分子と原子の中間状態を発見
− 高圧下の固体ヨウ素の分子解離における変調構造 − 平成 15 年 6 月 26 日 独立行政法人物質・材料研究機構 [概 要] 独立行政法人物質・材料研究機構(理事長:岸 輝雄)物質研究所(所長:渡辺 遵)の 竹村謙一主席研究員らは、固体ヨウ素中のヨウ素分子が高圧下で分解する時に、分子と原 子の中間状態が現れることを発見した。 2つの原子が繋がった二原子分子はもっとも単純な分子であり、ヨウ素もその一つである。 固体ヨウ素中では、分子を作る二つの原子同士は強い力で結合し、分子と分子の間は弱い 力で結合している。圧力をかけると結合の弱い分子間の距離は急激に縮まり、分子は互い に接近する。ついには分子間と分子内の原子間の距離の区別がつかなくなって、分子はば らばらになり、原子を単位とした固体状態へ変化する。この現象は分子解離と呼ばれ、X 線 結晶構造解析により1980年に発見された。一方、核共鳴散乱や光学測定などから、ヨ ウ素の分子解離はひとつのステップで起きるのではなく、いくつかの中間状態を経て進む のではないかという説も出されてきた。しかし、これまで分子解離の進行過程の詳細は解 明されないままであった。 今回の研究では、高圧実験で使う圧力伝達媒体にヘリウムを用いることで圧力の均一性 を格段に向上させ、固体ヨウ素の分子解離の詳細をX線回折で調べることで、約 24 万気圧 から 28 万気圧の圧力範囲に分子と原子の中間状態が存在することを発見した。この中間状 態ではヨウ素の原子間距離が分子と原子のちょうど間に分布し、非整合変調構造と呼ばれ る結晶構造を組んでいることも明らかになった。非整合変調構造は複雑な無機化合物では 多く知られているが、元素ではきわめてめずらしい。 今回、高圧下のヨウ素において分子と原子の中間状態が見いだされたことは、水素・窒 素・酸素など他の二原子分子にも類似の中間状態が存在する可能性を示唆するのみならず、 原子から分子が形成されるメカニズムを明らかにする上でも極めて重要である。 この成果は、6月26日付け英国科学誌「ネイチャー」で発表される。 1.研究の背景 人間のからだをはじめ、多くの生命体や有機物は分子から成り立っている。一般に分子は いくつかの原子が集まってひとつの単位を構成しているが、もっとも単純な分子は2つの 原子が直線状につながった二原子分子だ。二原子分子の例には、水素・窒素・酸素などが あり、ヨウ素もこの仲間である。ふつうの温度・圧力条件ではヨウ素は固体で、ヨウ素分 子 I2を単位とした結晶を作る。固体ヨウ素に圧力を加えると何がおきるだろうか? 固体ヨウ素中では、分子を作る原子同士は強い力で、分子と分子の間は弱い力で結合している。圧力をかけると、結合の弱い分子間の距離はどんどん縮まり、分子は互いに接近す る。さらに圧力を加えると分子と分子は極限まで接近し、ついには分子間と分子内の原子 間距離の区別がつかなくなって、分子はばらばらになり、原子を単位とした固体状態へ変 化する。この現象は圧力誘起分子解離1)と呼ばれ、1980 年に行われたヨウ素の X 線回折実 験によって約 21 万気圧ではじめて発見された。現在では、水素・窒素・酸素などでも 100 万から 500 万気圧の超高圧力をかければ同様の分子解離が起きるだろうと考えられている。 一方、核共鳴散乱(メスバウアー分光)や光学測定(ラマン散乱)などから、ヨウ素の 分子解離はひとつのステップで起きるのではなく、いくつかの中間状態を経て進むのでは ないかという説も出されてきた。しかし、これまで分子解離の詳細な仕組みは解明されな いままであった。 2.今回の研究成果 今回発見された中間状態(中間相)の結晶構造を分子相、原子相と並べて図 1 に示す。 分子相では明瞭に I2分子が識別される。一方、完全に分子解離した原子相では、ヨウ素原 子一個一個が単純な結晶格子を作っている。中間相はこの原子相に近い単純な格子を基本 構造として、その原子位置が中央の図に示すような変調波によって周期的にずれた構造(変 調構造2))をしている。変調波の波長は基本格子の長さの整数倍ではないため、原子位置の ずれは、どこまで波が進んでも完全にもとに戻ることはない。このような構造を非整合構 造3)と呼ぶ。こうした原子変位の結果、中間相では原子間距離に近い部分と遠い部分が現れ る。図では原子間距離を近い方から遠い方まで 4 つに区分けして示している。このように 区分けすると、中間相の構造は、いくつかの原子が近くに集まった帯状の領域の集合体と も考えることができる。しかし非整合構造のために、帯状の領域のくり返しは規則的では ない。場所によって原子間距離が近づいたり離れたりすることは、とりもなおさずヨウ素 が分子性と原子性の間を揺れ動いているためであろうとわれわれは考えている。そしてそ の原子位置の変動が変調波というひとつの波によって記述できることも興味深い。 図 2 には分子相、中間相、原子相での原子間距離の分布を示す。分子相と原子相では原 子間距離は一定の決まった値をとるが、中間相では非整合変調のためにある範囲に分布す る。これを見ても中間相がまさに分子と原子のはざまにいることが理解される。 3.研究の意義と今後の展開 この発見の持つ意義のひとつは、分子が原子へ変化する中間状態がはじめて詳細に明ら かにされたことにある。異なる種類の原子を含む化合物の中には、ある部分は分子的で、 別の部分は原子的であるものも数多く存在する。これは、異なる原子間に働く力が多様で あるためとも解釈できよう。しかしそのような化合物を常圧で調べても、原子間距離の分 布は不連続なので、分子と原子の中間状態を実現することはむずかしい。今回の場合は、 圧力を変数として分子を連続的に近づけ、分子と原子の中間状態をストップさせて調べる
による検討が今後期待される。高圧下のヨウ素において分子と原子の中間状態が見いださ れたことは、水素・窒素・酸素などの他の二原子分子にも同様の中間状態が存在する可能 性を示唆するのみならず、原子から分子が形成されるメカニズムを明らかにする上でも極 めて重要である。 一般に変調構造および非整合構造を示す物質は温度によって変調波の波長や振幅が変わ り、また非整合構造から整合構造への相転移を示すなど、相転移理論からも注目される系 である。ヨウ素の非整合変調構造は、相転移理論の新たな展開を呼ぶものと期待される。 また、広く分子から原子へ、原子から分子への物質の移り変わりを考える上でも重要な発 見となる。
用語説明 1)分子解離 圧力などによって分子がこわれる現象。固体中の分子が極限まで圧縮されると、分子は 形をとどめることができずにばらばらの原子に解離する。超高圧力下ではほとんどの分子 が分子解離を起こすと考えられている。 2)変調構造 結晶は原子配列の規則的なくり返しでできており、そのくり返しの最小単位は単位格子 と呼ばれる。ときに原子位置や占有率が単位格子ごとに少しずつ平均の値からずれた構造 が存在する。このずれ(ゆらぎ)が単位格子の寸法の整数倍や非整数倍の周期をもった波 で表される場合、このような構造を変調構造と呼ぶ。原子位置のずれの場合は変位変調構 造とも呼ばれる。 3)非整合構造 変調構造のうち、変調波の波長が単位格子の大きさの整数倍や簡単な整数比倍(たとえ ば1.5倍)である場合、これを整合構造と呼び、簡単な整数比で表せない非整数倍の場 合を非整合構造(または不整合構造)と呼ぶ。 (問い合わせ先) 独立行政法人 物質・材料研究機構 広報室 TEL:029-859-2026 (研究内容に関すること) 独立行政法人 物質・材料研究機構 物質研究所 超高圧グループ 主席研究員 竹村 謙一 TEL:029-860-4411 E-mail [email protected]
独立行政法人 物質・材料研究機構
物質研究所 先端結晶解析グループ 主席研究員 小野田 みつ子 TEL:029-858-4396 E-mail [email protected]
図1 固体ヨウ素の分子相、中間相、原子相の結晶構造。各々の図で小さな四角が構造の 基本単位である単位格子を示す。中間相では構造図の下に示すような変調波が立ち、原子 位置が変位する。
図2 固体ヨウ素分子相、中間相、原子相での近接原子間距離の分布。距離の出現頻度を 配位数と呼ぶ。数字は右側に示す各原子間の距離。中間相では原子間距離は連続的に分布 している。