「体育の日」50年とその前史 : 実施過程,意義や課題を各紙社説・報道等から振り返る
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(2) 北海道教育大学紀要(教育科学編)第67巻 第1号 Journal of Hokkaido University of Education(Education)Vol. 67, No.1. 平 成 28 年 8 月 August, 2016. 「体育の日」50年とその前史 ―― 実施過程,意義や課題を各紙社説・報道等から振り返る ――. 門 脇 正 俊 北海道教育大学岩見沢校教職特任教員室. “Health Sports Day” 50 Years Old and its Prehistory ―― looking back on the carrying process, significance and problems from newspaper editorials and reports ――. KADOWAKI Masatoshi Department of Education, Iwamizawa Campus, Hokkaido University of Education. 概 要 2015年10月12日に国民の祝日として50回目を迎えた「体育の日」について,その前史ともい える1961~65年の「スポーツの日」,1958~61年の「国民体育デー」や1924~32年の「全国体 育デー」を含めて振り返り,それらの実施過程,意義や課題等の検討を試みた。研究方法は, 先行研究を踏まえながら,前史はその時々の新聞報道,「体育の日」50年は各紙社説を主に活 用した。祝日としての「体育の日」は国際的にも珍しいが,祝日であるか否かが,つまり「体 育の日」以前と以後では,新聞報道の量と質が大きく異なってきたし,「体育の日」の制度化 50年が国民のスポーツ熱の高まりや健康への関心,各地でのスポーツ施設の整備に大きな貢献 をしてきたことは確かであろう。しかし,土日月3連休化に組み入れられて以来, 「体育の日」 の趣旨が薄れつつある。当初の期日に戻すのは困難であろうが,国民の健康や運動への関心が 維持され高まるように,行政やマスコミ等は,祝日の理念や課題についてもっと情報提供し, 国民的関心を盛り上げる継続的努力が求められる。学校教師もまた,祝日前の授業やホームルー ム等で,その祝日の意義や歴史等に言及し続けることも必要ではなかろうか。. はじめに 2015年は戦後70年ということで,TV・新聞報道,雑誌特集,行事・集会など,戦後日本を振り返る様々 な催しが行われた。また,戦後復興の象徴として語られてきた1964年東京オリンピックも2014年には50周年. 1.
(3) 門 脇 正 俊. を迎え,2020年開催予定の東京オリンピックに向けての様々な取り組みと関連させながら,50年を振り返る 催しも行われた。しかし,1964年東京オリンピック成功を契機に開会式10月10日を記念して2年後に制度化 された国民の祝日「体育の日」については,50回目を迎えた2015年10月12日「体育の日」各紙朝刊等には, 50周年に言及した記事を見出すことができなかったし,体育・スポーツ系雑誌等でも関連論文を見出すこと ができなかった。「体育の日」30周年を迎えた1995年10月号では,「体育の科学」誌が「体育の日」特集企画 を組んでいたが,50周年を迎えた2015年10月号では,「体育の日」を取り上げた記事は見当たらなかった。 新聞社説では,読売と産経の2紙だけが50回目を迎えた「体育の日」当日に社説で「体育の日」を取り上げ ていたが,1964年東京オリンピックとの関連や64年以来実施されてきた体力・運動能力の2014年度調査結果 を取り上げているものの, 「体育の日」50周年には言及していない。後掲の各紙「体育の日」社説題目一覧 が示すように,国民の祝日として制度化された最初の「体育の日」であった1966年10月10日の全国4紙や北 海道新聞も社説で取り上げていたし,その後も毎年のように社説でその意義や課題などを論じていたが,と りわけハッピーマンデー政策によって第2月曜日となって以来,各紙とも「体育の日」社説掲載回数も減少 している。 ところで, 「体育の日」の由来等について,東京オリンピックから記述されることが多いが,体育の日に は前史がある。1961~65年の「スポーツの日」(10月第1土曜日,1965年には10月10日にも),1958~61年の 「国民体育デー」(1958年5月4日,59~61年5月第3日曜日)は,東京オリンピックの誘致や成功を見据 えて導入された前史といえるのではなかろうか。また,前史とはいえるかどうか微妙ではあろうが,1924~ 32年という戦前の一時期に「全国体育デー」(11月3日)が実施されていたことにも言及する必要があると 思われる。したがって本稿では,全国体育デー,国民体育デー,スポーツの日,体育の日,の順序で,記述 を進めることにしたい。 研究の方法としては,関連の先行研究や行政資料,国会議事録等に言及はするが,主に当時の新聞報道や 社説を活用したい。1966年の「体育の日」制定後は各紙とも,当日朝刊の社説で取り上げている場合が多い が,前史の「スポーツの日」「国民体育デー」「全国体育デー」については,残念ながら社説記事を見出すこ とができなかったので,その時々の新聞報道記事を収集して考察資料とすることにした。東京オリンピック 後に国民の祝日として制定された体育の日とそれ以前の非祝日であった記念日とでは,やはり,新聞社の注 目度が全く異なっていたということであろう。しかし,小さな記事が多かったとしても,スポーツの日(ス ポーツ振興法第5条),国民体育デー(閣議決定),全国体育デー(文部次官通知)について,新聞報道記事 を見出すことができたので,それらを紹介しつつ,考察を試みたい。. Ⅰ 体育・スポーツ文献における「体育の日」注目度 スポーツ・体育に関する過去及び現在の重要な情報が大量に収録されている最新の「21世紀スポーツ大事 典」 (大修館.2015)の中に,残念ながら,見出し項目にも索引項目にも「体育の日」用語が登場しておら ず「体育の日」に関する記述を見出すことができなかった。10年ほど前に出版された日本体育学会監修の大 事典「最新スポーツ科学事典」 (平凡社.2006)でも同様で, 「体育の日」用語は(後述する前史としての「ス ポーツの日」 「国民体育デー」等を含めて),説明項目にも巻末の索引用語にも取り上げられていなかった。 これらの例に限らず,スポーツの門外漢である筆者が最近,スポーツ制度や「国民の祝日」に関心を抱き, その1つの「体育の日」の視点から「生涯スポーツ」を含むスポーツ関係の文献を調査し概観してみて気づ き驚いたことであるが,生涯スポーツが論じられる際に「体育の日」が視野から欠落しているのではないか ということである。例えば,「生涯スポーツの理論と実際」(日下・丸山・加納編,不昧堂書店,2001),「生. 2.
(4) 「体育の日」50年とその前史. 涯スポーツ実践学―生涯スポーツを学ぶ人たちに―」(川西・野川編,市村出版,2002),「生涯スポーツの 理論」 (金崎良三著,不昧堂書店,2000),「学校五日制と生涯スポーツ」(團琢磨・大橋美勝,1993),「生涯 スポーツのプログラム」 (遊戯館.1995)等の「生涯スポーツ」を表題に取り入れた著作の目次にも,巻末 の索引用語にも「体育の日」用語を見出すことができなかった。スポーツの普及・振興を取り上げた 「Change !みんなのスポーツ」(みんなのスポーツ全国協議会編,不昧堂書店,2002)や「みんなのスポー ツQ&A―指導者のための基礎知識―」(条野豊編,不昧堂書店,1985),また,「現代社会とスポーツ」(渡 辺融編,放送大学教育振興会,2001)や「高齢者とスポーツ」(宮下充正・武藤芳照編,東大出版会, 1986)などにも「体育の日」への言及を見出すことができなかった。同様にまた, 「戦後日本のスポーツ政策」 (大修館.1997)と題した関春南の大著でも,スポーツ振興法の成立過程についての詳しい考察がなされな がら,スポーツ振興法が規定している「体育の日」(←「スポーツの日」)への言及がみられない。「講座・ スポーツの社会科学」全4巻(池田勝・守能信次編,杏林書房,1999,①スポーツの社会学,②スポーツの 経済学,③スポーツの経営学,④スポーツの政治)の中にも「体育の日」は登場していないようである。 なお,30年ほど前の事典であるが,日本体育協会監修「最新スポーツ大事典」(大修館書店.1987.6)に は「体育の日」の項目があり,「体育デー」や「スポーツの日」については索引用語にだけ登場し,「体育の 日」や「スポーツムーブメント」の記述の中で簡単に言及されていた。また,1976年の「新修体育大辞典」 (不昧堂出版.1976)だけは「体育の日」「スポーツの日」「体育デー」を説明用語として取り上げていた。 また,その少し前の「現代スポーツ百科事典」(大修館.1970)では説明用語には採用されていないが,巻 末の索引用語には登場し,「スポーツの歴史」項目の記述の中で言及されていた。 「国民の祝日に関する法律」や「スポーツ基本法」(←「スポーツ振興法」)で法制化されている「体育の 日」は,日本の生涯スポーツやスポーツ振興,体育制度にとって重要用語だと考えたいのであるが,体育学 やスポーツの多くの文献であまり取り上げられていないのは何故であろうか。「体育の日」は年1回の非日 常の祝日であり,日常的な継続を必要とする体育やスポーツにはなじまないためであろうか。各種大会や運 動会も年に1回か2回の非日常ではあるが,それに向けての準備は日常であり,「体育の日」の趣旨も同様 ではなかろうか。しかし,少ないとはいえ,「体育の日」に関して筆者が把握できた論文には下記のものが あり, それぞれ重要で優れた先行研究と思われる。そのほとんどが20年前の研究であるが,その主なものは, 以下の9本である。 ○特集「 『体育の日』―スポーツ享受―」(「体育の科学」日本体育学会編集.1995-10) この特集は,30回目の「体育の日」を迎えるにあたって組まれた特集で,以下の7編の論文から構成されている。 「体 育の日」に関する体系的な論文集ともいえ,本稿の課題意識と重なる部分もあるが,本稿が主な研究資料に用いた新聞 報道・社説については,第7論文での那覇市の「体育の日風景」で引用されている琉球新報記事だけである。 ・佐伯聴夫:「体育の日」の意義を問う~スポーツの変化の中で~ ・谷釜了正:祭日とスポーツ~スポーツの歴史人類学の視点から~ ・中条一雄:東京オリンピックの功罪 ・仲澤真・平真:オリンピックの成績からみた日本の競技力~東京オリンピックの前と後~ ・岸本 建:体育の日に思う ・飯島俊明:地域にみる「体育の日」の風景~長野県の場合 ・新垣 範:地域にみる「体育の日」の風景~沖縄県那覇市の場合~. ○渡辺哲司: 「体育の日」の新聞報道から考える文部省スポーツテストの問題点と改革の必要性(「体育 の科学」1996-12) 文部省「体力・運動能力調査」について1994年10月10日の各紙朝刊報道姿勢や文部省のスポーツテスト調査方法が,. 3.
(5) 門 脇 正 俊. 子供の体力動態を正確に把握していないことを,厳しく批判している。. ○木原資裕他:マスメディアの中のスポーツⅡ~新聞社説にみる「体育の日」~(「鳴門教育大学研究 紀要」第13巻,1998) この論文は,本稿と同じ新聞社説を用いた貴重な先行研究で学ぶことが多いが,1966年から1996年までの朝日新聞に 限定された「体育の日」社説研究である。また,「体育の日の歴史的概略」と題した記述の中で,本稿と同様に,全国体 育デー,国民体育デー,スポーツの日についても言及されているが,ごく簡単な記述にとどまっている。しかし, 「体育 の日」30年間の社説内容をキーワードで分類・分析した研究の手法は面白い。. Ⅱ 「体育の日」の前史――全国体育デー,国民体育デー,スポーツの日―― 1.全国体育デー(1924~1932) 大正13(1924)年9月22日,文部省は次官名で各地方長官宛「全国体育デーニ関スル件通牒」を発し,帝 国学校衛生会長よりの別紙に基づき,地方の実情に鑑み適宜の方法により普及されたい旨,全国体育デーに ついて通知している。 この地方長官宛通知直後に発行された「教育時論」誌(開発社)10月号には,時評として「体育デーとは 何ぞや」と題した短い批判的記事が掲載されていた。そこでは,体育の奨励,その普及発達を図ることに対 して誰も反対する者がありうるはずはないが,「吾人は特に体育デーなるものを設けて,所謂お祭り騒ぎに 類したことを行うを甚だ滑稽に感ずる」と疑問を表明しながら,以下のような巷説を紹介している。即ち, 「内務省が文部省を出し抜いて,11月3日の明治神宮記念祭に全国から学生の選手を集めて各種運動競技を 行い殆ど文部省の領域内に侵入したような企画をなすに対し,その腹いせのため同じ日を選んで体育デーを 催すことにしたとのことである。吾人は斯くの如き邪推には左端することはできないが,しかし体育とか衛 生とかの問題に関して,文部省側と内務省側とが近時頗る犬猿の間柄となって相反目するという噂なり事実 なりは否定されないものであると思う」 最近,野口が第1回全国体育デーについての詳細な研究報告(参考文献①)を行っているが,野口も指摘 しているように「体育デー」実施の背景には,内務省と文部省の権限争いがあり,運動競技の普及を目指す 内務省に対し, 文部省は,運動競技を徳性の涵養と結びつけ実践する“体育化”を主張していたようである。 文部省がその威信をかけて実施した全国体育デーであったためか,実施翌年には文部大臣官房学校衛生課名 で「大正13年全国体育デー実施概況」と題した90頁ほどの詳しい報告書を公表していた。その報告書では, 道府県別実施状況が主催者別に表と文章でまとめられ,大学等,中等学校等,小学校,地域団体等ごとに, 具体的事例も詳しく報告されていた。 ところで,体育デーに関する文部次官通知を受けての取り組み状況について,第1回全国体育デー2週間 前の10月27日の北海タイムス紙は,その概要を次のように紹介していた。 全国体育デーは11月3日を中心にして前後数日に亘り全国一斉に行われる筈であるが,期日の切迫と共に全国各団体 に於ては各種の計画を樹てて各々準備に忙殺されているが,文部省が調査した全国各地の状況は大体次の如くである。 一,体育運動に関する講演会の開催するもの 一,運動競技会,体育進行,遠足,登山,武道大会,連合体操模擬戦,相撲大会等の体育運動を実施するもの 一,体育に関する調査研究をなす 一,公園,遊園,校庭運動場,寺院,神社の境内等の利用を推奨するもの 一,体育事業の表彰や健康者の表彰等を行うもの 一,活動写真,ポスター,展覧会等に依って体育運動の宣伝をするもの 一,衛生上の訓練を行い衛生検査を行う者 一,一般民衆に広く花マーク等を附けしめ体育デーの宣伝をなすもの. 4.
(6) 「体育の日」50年とその前史. 而して之等主催となるものは,府県当局,郡市町村当局,学校教育会,体育会,学校衛生会,青年団,少年団,処女会, 在郷軍人会,工場会社等がその主なるものであるようである。. また,全国体育デー当日の11月3日と翌日4日の北海タイムスは,札幌での取り組みについて,次のよう に報道していた。 ○札幌の体育デー,大通りでは市民体操あり,その他各学校の催しあり(北海タイムス1924.11.3) 今日11月3日,この日体育デーを期して全国津々浦々に至るまで一斉に体育上の催しが行われる。札幌市内では大通 りの逍遥地で3発の花火を合図に市民体操が行われる筈で,各方面からの夥しい参加者がある模様である。尚当日は昨 年同様『花の日』を催す筈で,市民の胸には秋に相応しいデジーの花が咲き乱れている事であろう。尚今日各学校の催 しを記せば左の通りである(省略:8中等学校) 。. ○札幌の市民体操,参加者約千(北海タイムス1924.11.4) 札幌体育デーにおける市民体操は,昨日午前6時より大通広場に於て盛大に開催せられたるが,朝まだき霜を踏んで 元気よく集まった学生市民2千,それに数百の観衆を加えてさしも広い逍遥地が人を以て埋められた,先ず八重柏所長 開会を宣し次いで高岡市長は健全なる精神と健全なる身体の養成に関して短い挨拶の後札師佐々部教諭の指導にて一斉 に体操を行ったが勇ましい幾千の男女の呼称が澄み切った朝の静もりを破って蒼空にこだましなんともいわれぬ爽快を 覚えた。終わって高岡市長のリードにて今上両陛下並びに摂政宮殿下の万歳を三唱し6時半散会した。. 続けて,第3回の体育デーについての新聞記事も紹介しておく。 ○札幌市の体育デー 各校の催し(北海タイムス1926.11.2) 明3日全国一斉に行われる体育デーに札幌市では市立体育所主催の下に全市民を大通り5丁目逍遥地に集合札師 水 間教諭指導の下に一斉に体操を行いマスゲームの総観を現す筈であるが,当日は午前5時花火を合図(なきときは中止) に集合,同6時から7時迄初心者にも容易に出来る体操を行い気勢を挙げることになって居り之に市民は勿論全校生徒 を始め各市内中小学校生徒が参加する筈である。尚市内中等学校中一中では剣道決勝戦, 二中では全校教練閲兵雨天講演, 札工では剣柔道試合を,北海高女では午前9時から小運動会(雨天の際卓球)を, 市立高女では8時半から庭球試合行い, 庁立高女では2日午前9時から篭球決勝戦を行う由。. 2.国民体育デー(1958~1961) 1958年3月22日,保健体育審議会は松永寛文部大臣に対して,前年に諮問を受けていた「国民体育デー(仮 称)の実施方法について」と題した課題の審議結果を答申した。即ち,「体育・スポーツ・レクリエーショ ン活動(以下「体育活動」という)をひろく国民に普及させることは,国民の健康を促進しその生活を豊か にするための極めて重要なこと」であり, 「そのためには年間を通じてできるだけ多くの機会に,それぞれ の地域職域において,その実情に即して,老若男女こぞって,体育活動を実践するよう諸々の催しを実施す るとか,その他体育活動の奨励に必要な措置を講ずることが大切であるが,とくにその活動を全国的に盛り 上げるための措置として,国民体育デー(仮称)の如き特定の日を設定することがこの際極めて適切なこと と考える」として,国民体育デーの趣旨,期日,設定方法や企画・実施の方法について答申した。趣旨につ いては「広く国民が,日常生活を通じて積極的に体育活動を行い,楽しみ,かつ健康に対する自覚を高める 機会とすること」 ,期日については「地域の特性や職域の実情等を考慮して,例えば4月下旬から5月上旬 の間の適当な日を選び,年1回とすること」などと表記していた。また,設定の方法として, 「国民体育デー は,法律に基づく国民の祝日とすることが望ましいが,早急にその実現が困難な場合には,適当な方法によ り, この日を設定すること」とした。この答申を受けて,政府は4月11日の閣議で,1958年度の国民体育デー を5月4日とすることを決定した。4月11日の北海道新聞夕刊は,つぎのように報じていた。また,1週間 後の18日には,文部省通達による実施上の留意点を報じていた。. 5.
(7) 門 脇 正 俊. ○「国民体育デー」に 来週閣議で正式決定(北海道新聞1958.4.11) 文部省はゴールデンウイークの5月4日を「国民体育デー」とすることになり,内閣法制局など関係当局と折衝を始 めた。最終決定は来週の閣議で行われるが,文部省の考えは明年度から「国民体育デー」を祝日として休日にしたい考 えでいる。なお,「国民体育デー」は来週の閣議で正式決定次第,全国都道府県教委に通達される。. ○お祭騒ぎにならぬよう 国民体育デー実施要領(北海道新聞1958.4.18) 文部省では5月4日の第1回体育デーを前に実施上の留意点などについて17日,都道府県教委,学校長につぎのよう に通達した。 一,市町村教委では体協,体育指導員を中心に運営委員会を設けて体育デーの実施にあたらせること。 一,派手な大会形式をさけ,なるべく小範囲の区域ごとに実施,各種のスポーツ大会,登山会,体操祭,潮干狩り, わらびとり,魚釣り,タコ上げなど家庭や個人が気軽に参加できるものにすること。 一,体育デーには学校施設,公民館などを無償で開放,会社,事業場の施設も使用料割引をはかるようにする。秩序 と安全には十分注意すること。 一,都道府県教委は,市町村教委のために研究協議会を開き指導,助言を行う。しかし,全道的な行事は原則として 行わないようにすること。. 北海道新聞は,国民体育デーの実施名称や実施要領の決定に際しては,その都度(4月11日,18日),論 評を加えずに簡潔に報道していたが,第1回当日(5月4日)朝刊コラム(卓上四季)で厳しい批判を展開 していた。なお,この第1回国民体育デー実施については,北海道新聞のこのコラムを除いては,朝日,毎 日,読売,日経の全国各紙でも,5月4日や5日の朝夕刊ともに報道記事を1つも見出すことができなかっ た。つまり,第1回の実施状況については新聞報道が全くなかったようである。しかし,5月第3日曜日に 変更された第2回以降については,全国各紙も,当日夕刊か翌日朝刊で写真を含めて大きく報道していた。 ○第1回国民体育デーに関する卓上四季(北海道新聞1958.5.4) 反対の声も強かったのだが,文部省はきょう5月4日を“国民体育デー”にしてしまった。3日の“憲法記念日” ,5 日の“子供の日”。まんなかの4日は,ことしは幸い日曜日だ。文字通りのゴールデンウイーク。ちょうどよいから4日 は体育デーにする。来年からはこの日を“祝日”にすると騒いでいる。閣議決定をし, 第1回体育デーの用意万端ととのっ た行事を,ご破算にせよ,とまで野暮ったいことはいわない。全国に配置された2万人とかの体育指導員と,これに対 する補助金1千万円を有効に利用して,きょうの体育デーを運営するんだそうだ。市町村教委が体協,体育指導員を中 心に,運営委員会をつくることにもなっているそうだ。とにかく高座から押しつけられた体育デーである。文部省のタ クトに,どこまで国民が躍るかは知らない。が,本道でも小さなスポーツ行事くらいは,企画されているようだ。用意 されたものは,立派におやりなさい。きょう1日をスポーツで鍛える。結構なことだが,それがそのまま天下り体育デー の謳歌にならないことを断っておく。法律改正をして,来年から祝日にする,などということにはさらに反対する。ど うも近頃の文部省のやり方は,宣伝統制癖が強すぎる。露骨過ぎるようである。体育デーなどは統制されてつくっても, なんにもなるまい。国民全部が楽しめるスポーツの日にすることは悪くなくても,上から強制されたり指導されての無 理なスポーツ行事は愉快でない。大衆的でもない。スポーツを国民行事にしたければ,国民全部がスポーツを楽しめる ように,施設なり生活条件を整えることが先決問題であろう。お互いがスポーツに興じて大をなす。なにもスポーツの 日でなくても,休日利用で用は足りる。上から強制して,祝日にしたりするのは問題だ。祝日を増やすついでに,紀元 節も復活しようとするのが狙いではないか?そういえば先般の国会でも, おかしなことがあった。紀元節法案は衆院通過, 公務員寒冷地手当は参院通過,自社両党は面目を半部ずつ保って,お互いに廃案にした。ワヤクソな話である。. このような批判のためか,5月4日の第1回国民体育デー実施についての道内外行事の報道は見当たらな い。上記の道新コラムは,紀元節復活の手段にされそうな体育デーへの反発であろうか? 1959年の国民体 育デーは5月第3日曜日に変更され,当日や翌日の北海道新聞にも国民体育デーに関する報道は見当たらな. 6.
(8) 「体育の日」50年とその前史. いが,1960年5月第3日曜日に実施された第3回国民体育デーについては,下記のように報道されていた。 ○札幌では体操祭,きょう国民体育デー,4氏1団体を表彰(北海道新聞1960.5.15) この日札幌では午前6時全市に勢いよく2発の花火が打ち上げられ,やがてテレビ塔前に札幌ラジオ体操の会会員を はじめ,自由参加の市民たち,なかにはハイキングに出かける札幌レクリエーションの協会の会員たちも参加して約30 分にわたって雲1つなくすっきりと晴れた空の下でのびのびと体操をした。さらに同9時からは会場を中央創成小に移 して“体操祭”が行われた。校庭には市内小,中学生をはじめ一般市民など約12000人が参加,小学2年生の盆踊り,中 学生のブラスバンド,高校生のマット競技から市内婦人会有志の民謡踊りなどで1日を楽しんだ…。. 3.スポーツの日(1961~1965) 1961年6月制定のスポーツ振興法は,その第5条で「スポーツの日」について次のように規定した。 「第5条(スポーツの日)国民の間にひろくスポーツについての理解と関心を深めるとともに積極的にスポーツをす る意欲を高揚するため,スポーツの日を設ける 2.スポーツの日は,10月の第1土曜日とする 3.国及び地方公共団体は,スポーツの日の趣旨にふさわしい事業を実施するとともに,ひろく国民があらゆる地域及 び職域でそれぞれの生活の実情に即してスポーツをすることができるような行事が実施されるよう,必要な措置を講 じ,及び援助を行うものとする」. このスポーツ振興法第5条を受けて第1回スポーツの日(10月7日)が間近に迫った, 同年9月16日付で, 文部次官通知「 『スポーツの日』実施について」が都道府県知事・教育委員会等に発せられた。そこでは,ス ポーツ振興法第5条の趣旨を強調するとともに, それまでの 「国民体育デー」 について次のように述べている。 「昭和33年度から閣議了解により行政措置として実施されてまいりました国民体育デーは,このスポーツの日の法制 化により本年限りで廃止されますが,本年は5月の国民体育デーに重ねて新法によるスポーツの日を実施することにな りますので,年間行事の調整等何かとご配慮を願うことも多いことと存じますが,スポーツ振興法に依る最初の行事を 成功裡に実施したいと考えております」. この文部次官通知は,さらに別紙の「スポーツの日実施要項」で,趣旨,名称,期日,標語,実施方針, 実施事項,実施上の留意点について,指示と説明を行っている。 ところで, 第1回スポーツの日であった1961年10月7日,道内は集中豪雨による水害に見舞われたようで, 当日夕刊や翌日朝刊では「スポーツの日」に関する道内行事の記事を見出すことはできなかったが,北海道 新聞8日朝刊スポーツ欄下段の小さな記事で,国体開催地の秋田県で開催された「スポーツの日」制定記念 大会の様子を次のように報道していた。 ○両陛下をお迎えして “スポーツの日”記念式典 スポーツ振興法でことしから10月第1土曜日に定められた“スポーツの日”の制定記念大会が,天皇,皇后両陛下を お迎えして7日午前10時半から高曇りの秋田県本荘市で行われた。若松に囲まれた本庄市立南中学校グランドの中心会 場には全国のスポーツ関係者や本庄市民などやく1万3千人が参加,荒木文相,津島体協会長,小畑秋田県知事らのあ いさつ,松永スポーツ国会議員懇談会会長,人見全国都道府県体育協会会長などの祝辞で記念式典を終わり,11時15分 から本庄市民による“子供”“夫婦”など6つのつどいが披露された。両陛下は午後1時10分特別列車でご到着,同28分 からやく30分市民のつどいをご覧になり,午後2時秋田へ向かわれた。. このように,1961年6月のスポーツ振興法の制定を受けて,同年10月7日から実施された「スポーツの日」 について,集中豪雨被害があった北海道を基盤とした北海道新聞とは異なり,例えば朝日新聞などは写真付 きで大きく報道していた。しかし,1962年10月5日,1963年10月6日の「スポーツの日」については,朝日 新聞などの報道記事が見当たらなかった。したがって,祝日ではなかった「スポーツの日」についてはマス. 7.
(9) 門 脇 正 俊. コミも,そしてまた国民も,持続的な関心を示さなかったのかもしれない。 なお,スポーツ振興法第5条に基礎づけられた10月第1土曜日の「スポーツの日」とは少し異なり,関連 が不明であるが,感動的であった東京オリンピック開会式の翌年の1965年10月10日には,日本体育協会の呼 びかけで「スポーツの日」として記念行事が各地で開催されたようである。つまり,スポーツの日は,実質 的には,10月第1土曜日から10日に変更されたことになろうか。1965年の北海道新聞の10月10日の朝刊は, 次のような記事を掲載していた。 ○東京五輪を記念し,きょうスポーツの日 全国各地で多彩な行事(北海道新聞1965.10.10) 10日はオリンピック記念「スポーツの日」。“東京オリンピック”のあの感激の開会式からちょうど1年。日本体協は この日を「スポーツの日」として全国民がそろってスポーツに親しむ日と決めた。ことしはその第1回で,東京はじめ 全国各地で記念行事が行われることになっている。東京・国立競技場の中央大会には皇太子殿下をお迎えし,オリンピッ クの開会式なみに,正午から音楽隊の入場,スポーツ少年団,各競技団体による入場行進,聖火の点火,オリンピック 旗の掲揚などが行われる。そのあと日体大学生らのマスゲーム,陸上競技リレー,日本サッカーリーグの八幡製鉄対東 洋工業戦の模範競技を行う。また東京体育館では鶴見修治(日体大出)ら今月下旬,キエフの日ソ対抗体操競技会に出 場する男女代表が模範演技を披露し,東京オリンピックをしのぶことになっている。このほか全国各地では家族ぐるみ のスポーツテストを実施,また福岡では記念行事の一環として日本選手権兼朝日国際マラソンが行われる。. Ⅲ 体育の日の制定とその後の法改正など(1966~) 1. 「国民の祝日に関する法律」への「体育の日」等の追加と期日の変更 「体育の日」は,1948年制定の「国民の祝日に関する法律」が1966年6月に改正された際に,「建国記念 の日」や「敬老の日」と共に,第2条に追加された祝日で,制定時には「体育の日10月10日スポーツにした しみ,健康な心身をつちかう」と規定されていた。期日に関しては,1998年改正(2000年実施)で,「10月 10日」が「10月の第2月曜日」に変更されて今日に至っているが,「スポーツにしたしみ,健康な心身をつ ちかう」という「体育の日」の目的(意義?)規定については,1966年制定以来こんにちまで変更はない。 しかし,ハッピーマンデー政策で「祝日」より「休日」意識が強まる中で,「体育の日」目的意識も薄らい できたことは否定できないであろう。 「国民の祝日に関する法律」第1条が「自由と平和を求めてやまない 日本国民は,美しい風習を育てつつ,よりよき社会,より豊かな生活を築きあげるために,ここに国民こぞっ て祝い,感謝し,又は記念する日を定め,これを『国民の祝日』と名づける」と規定した祝日の趣旨があい まいになってきているといえよう。文部省の行政指導にもその傾向が見られ,例えば,1966年の第1回「体 育の日」実施前の9月,文部省は「体育の日について」と題した次官通達で,一 体育の日制定の趣旨につ いて,二 体育の日の生かし方,三 諸行事の実施について,四 諸施設の開放について,それぞれ,かな り詳しい説明を記した文書を都道府県知事・教育委員会に送付していたが,1998年法改正で第2土曜日に変 更する通知(1998.12.10)の際に1966年通知を廃止し,次のような簡潔な説明文にとどめている。しかし, 連休化は, 「体育の日」趣旨のスポーツ振興にとって有意義であることも強調していた。 「今回の法改正の趣旨は,10月10日であった体育の日を10月の第2月曜日にすることで,祝日と週休日とを一体とし た連休化を図り,国民がスポーツに親しむ機会を増やすなど国民の余暇活動のより一層の充実を図ろうとするものです。 現在体育の日には,スポーツ振興法(昭和36年法律第141号)第5条および体力つくり強調月間設定の趣旨に基づき,国 による中央行事や地方公共団体によるスポーツ振興及び体力づくりに関する諸行事が実施されております。 貴職におかれては,『スポーツに親しみ,健康な心身をつちかう』祝日である体育の日が連休の中に位置づけられた趣 旨やスポーツ振興法第5条等を踏まえ,体育の日を含む連休中に,ひろく国民がスポーツに親しみ得るようスポーツ振. 8.
(10) 「体育の日」50年とその前史. 興に関する諸行事等を積極的に行うことなどを,貴管内の各市町村,学校,関係諸団体などに周知願います」. 2.スポーツ振興法とスポーツ基本法における「体育の日」条文の修正 1966年に「体育の日」と一緒に祝日の仲間入りをした「敬老の日」が「老人福祉法」 (→高齢者福祉法) でも,それまで祝日でなかった「老人の日」に代わって規定されたと同様に, 「体育の日」も,それまでの 祝日でない「スポーツの日」に代わって,スポーツ振興法にも規定され,目的等がより詳しく明文化された。 1966年の「国民の祝日に関する法律」改正で新設された祝日が「スポーツの日」でなく「体育の日」と表記 されたことに伴い, スポーツ振興法第5条も改正されたわけであるが, 改正第5条はつぎのように表記された。 「第5条(体育の日)国及び地方公共団体は,国民の祝日に関する法律」(昭和23年法律第178号)第2条に規定する 体育の日において,国民の間にひろくスポーツについての理解と関心を深め,かつ,積極的にスポーツをする意欲を高 揚するような行事を実施するとともに,この日において,ひろく国民があらゆる地域及び職場でそれぞれの生活に即し てスポーツをすることができるような行事が実施されるよう,必要な措置を講じ,及び援助を行うものとする」. 2011年, それまでのスポーツ振興法に代わってスポーツ基本法が新しく制定されたが,それに際してスポー ツ振興法第5条(体育の日)が,第23条(体育の日の行事)へと移行されるとともに,条文の内容表記も少 し修正されている。 「第23条(体育の日の行事)国及び地方公共団体は,国民の祝日に関する法律(昭和23年法律第178号)第2条に規定 する体育の日において,国民の間にひろくスポーツについての関心と理解を深め,かつ,積極的にスポーツを行う意欲 を高揚するような行事を実施するよう努めるとともに,ひろく国民があらゆる地域でそれぞれの生活の実情に即してス ポーツを行うことができるような行事が実施されるよう, 必要な措置を講じ, 及び援助を行うよう努めなければならない」. その修正点について,「体育の日」に言及した数少ない単行本である「詳解スポーツ基本法」(日本スポー ツ法学会編.2011.12)が「体育の日の行事と野外活動,スポーツ,レクリエーションの奨励」と題した記 述の中で,23条について,わずか半ページの記述であるが,以下のように解説している。 「基本法第23条は国と地方公共団体が行う体育の日の行事について定めたものである。基本法22条の規定と同様に, 振興法では『行事を実施する』『援助を行う』としていたのを,基本法では『行事を実施するように努める』『援助を行 うよう努めなければならない』というふうに努力義務規定に変えた。 『措置』 (振興法)を『施策』 (基本法)に変えた。 しかし,より大きな変更は『あらゆる地域及び職場で』(振興法)とあったのが,『あらゆる地域で』(基本法)とし, 職場スポーツを基本法の対象から除外したことである」. 体育の日の行事の実施が行政の実施義務から実施努力義務に変更されたことについても,職域の除外につ いても,既に実態がそのように変化してきていたことの追認であろうか。 体育の日の行事が実施義務であれ努力義務であれ,この条文が規定しているように,国及び地方公共団体 は体育の日にスポーツへの理解と関心を深めスポーツへの意欲を高揚するような行事の実施等を要請されて いることには変わりがないが,実際はどのようになっていたのであろうか。 筆者の知る限りでは,国民の祝日に関する法律の改正で「体育の日」が祝日となった1966年,及び,同法 の改正で「体育の日」が10月10日から10月第2月曜日に変更された2000年,の両年には文部科学省通達が出 され,意義や行政の責任について,明白に述べられているが,1966年と2000年の2度の通知だけにとどまっ てきたのかもしれない。そのためかどうか,以前(2009年),北海道教育委員会生涯学習推進局スポーツ振 興グループや文部科学省生涯スポーツ課に問い合わせたことがあったが,スポーツ振興法第5条に基づく行 政指導の有無について全く記憶がないという返答であった。数年ごとの担当職員の移動と引継ぎの不十分さ がそのような状況に拍車をかけていると推測するがどうであろうか。とにかく,「体育の日」制度化以来, 文部(科学)省が奨励してきたはずの「体育の日」行事の実施状況を把握することが非常に困難な現状に遭. 9.
(11) 門 脇 正 俊. 遇し,驚いたことがあった。2015年9月に再度北海道庁スポーツ課に尋ねた際にも,文部科学省からの調査 依頼を近年受けた記憶はないとの返答であった。 平成14年9月3日付けで文部科学省が各都道府県教育委員会スポーツ主管課長宛に「体育の日におけるス ポーツ行事等の実施状況について」調査依頼をしていたことを文科省ホームページで知り,文部科学省の生 涯スポーツ課調査係に電話で問い合わせをしたことがあるが,その全国調査の集計結果の所在の有無すら知 ることができなかった。そこで,北海道教育委員会に対しても,その際に道教委から文科省に回答された「北 海道主催及び道内市町村主催スポーツ行事実施状況」の文書について照会し,また,文部科学省から全国の 実施状況をまとめた報告文書の所在の有無についても調査を依頼し,1週間後に再確認の電話をしたが,結 局は,探しても見つからなかったとの返答であった。既に言及した大正時代の「全国体育デー」の調査結果 がかなり詳細に把握できることと比べて大きな違いである。なお,北海道では独自に, 「市町村におけるスポー ツ(体育)の日制定状況」(や「市町村におけるスポーツ市町村技の制定状況」)と題した調査報告を一覧表 にまとめてネット公開してきている。この調査は隔年で行われ,2014.12.1現在の調査報告が最新である。 2012年にスポーツ行政は道教委から知事部局に移行し,同調査も道庁文化・スポーツ局が担当している。. Ⅳ 「体育の日」50年の各紙社説の概観 国民体育デーやスポーツの日についての新聞報道は極めて少ないし,それらを取り上げた各紙「社説」は 見当たらなかった。しかし,1966年に法制化された「体育の日」については,各紙とも当日の朝刊社説でた びたびその意義や課題等について論じてきた。「体育の日」社説掲載率は,ほとんどが50%を超している。「体 育の日」50年間の「体育の日」に関する各紙社説数の推移は次の通りである。1970年代前半をピークに減少 し,ハッピーマンデーへの移行時期が特に少ない。最近10年間は少し増加傾向にある。 「体育の日」社説内容では,当初は日常的にスポーツ活動が可能となるように,スポーツ施設の増設や学 校施設の開放など,スポーツ環境の整備に関するものが多かったが,80~90年代の体力・運動能力結果から, とりわけ子どもの体力・運動能力低下を問題視する社説が多くなり,学校体育への批判や遊び再評価論を主 張する社説も目立っていた。最近では,再度の東京オリンピック開催についてやそれを意識したスポーツ法 やスポーツ行政組織の整備なども目立っている。 「体育の日」社説数の推移(5年間別,新聞社別). 10. 門脇正俊作成. 1966~70年 1971~75年. 朝日 3 4. 毎日 2 5. 読売 5 5. 日経 4 4. 産経 2 5. 北海道 2 2. 合計 18 25. 掲載率 60% 83%. 1976~80年 1981~85年 1986~90年 1991~95年. 5 5 4 0. 2 2 5 2. 5 5 5 4. 1 3 4 2. 4 0 2 3. 5 5 3 5. 22 20 23 16. 73% 67% 77% 53%. 1996~00年. 0. 2. 3. 0. 3. 1. 9. 30%. 2001~05年 2006~10年 2011~15年 合 計. 2 3 0 26. 0 4 1 25. 1 4 5 42. 0 0 1 19. 0 2 5 26. 0 3 3 29. 3 16 13 167. 10% 53% 43% 56%. 掲載率. 52%. 50%. 84%. 38%. 52%. 58%. 56%.
(12) 「体育の日」50年とその前史. 1.体育の日の意義や目的等に関連して 「体育の日」 (1966~)には,「スポーツの日」(1961~65),「国民体育デー」(1958~61)等の前史がある ことを述べてきたが,第1回の1966年を始めとして2015年までの50年間「体育の日」各紙社説の中に前史に 言及した記述を見出せなかったのは残念である。「国民の祝日に関する法律」第2条での「体育の日 スポー ツにしたしみ,健康な心身をつちかう」との規定は,スポーツに親しむことと健康な心身の育成,つまり, 「スポーツの日」と「国民体育デー」の両方の趣旨を取り入れた表現になっている。 1961スポーツ振興法5条は「国民にひろくスポーツについての理解と関心を深めるとともに積極的にス ポーツをする意欲を高揚するため,スポーツの日を設ける」と表記し,健康な心身をつちかうことへの言及 はない。他方で1958国民体育デー(閣議決定)は「明るく健康な国民生活に資するため,運動の好季節を期 して体育デーを設け,これを中心にして,国民の日常生活における体育・レクリエーション活動の普及振興 を図る」 と表記し,健康や体育が重視され, 「スポーツ」用語はごく僅かしか登場していない。「国民体育デー」 から「スポーツの日」への名称変更は,オリンピック開催が近づいてきた時点での欧米を意識した「スポー ツ」重視の施策の反映であろうし,オリンピック終了後の「スポーツの日」から「体育の日」への名称変更 は,目的表記の中では,スポーツ的なものと体育的なものの併記になっている。従ってまた,各紙社説の内 容においても, 「スポーツにしたしみ,健康な心身をつちかう」目的に即して,スポーツ振興に関する論説 と健康な心身の育成に関する論説が,片方に重点をおいたり,両論併記的に展開されている。 朝日1966社説は,体育の日をスポーツを中心に,つまり「この日の目的は,スポーツを盛んにすることに あり, 「それも,一流選手を集めて全国大会を開く,という方向ではなく,一人でも多くの国民が,なにか の形でスポーツをする,ということだろう」と,「自分でやるスポーツ」「運動施設の増加を」「数の足りぬ 指導者」の3項目を中心に,国民がスポーツに親しむことができるような環境整備について論じていた。そ れに対して,同じ1966読売は,体育の日が国民の体力づくりを目的として制定された祝日であることに注目 し, 「食生活と健康管理」「体操を毎日やる習慣を」という2つの小見出しを中心,健康・体育的視点から論 じていた。日経や北海道などは,その中間的,両論併記的内容になっている。全体的には,スポーツ論より, 健康や体力・運動能力の向上・回復を論じたものが多く,「スポーツの日」的社説より,「体育の日」的社説 が多いのではなかろうか。 2. 「体育の日」朝刊での「体力・運動能力調査」結果の発表と社説 「体育の日」各紙は,毎年のように,文部(科学)省の「体力・運動能力調査」について大きく報道し, 社説でも取り上げることが多いが,それは,文部省が前年度に実施した同調査結果について,体育の日の前 日に発表するのが恒例となってきたためである。2014年の「体育の日」は,1964年から実施されてきた同調 査50回目となる13年度調査結果について,各紙とも50年間を振り返る報道をしていた。例えば2014年「体育 の日」朝日朝刊は,1面で「国の調査50年 子供の体力30年前ピーク 五輪開催後は向上」の見出しで, 2013年度調査結果とともに, 「小中学生の体力,50年でどう変わった?」について図表も掲載していた。毎日, 読売,産経の各紙も,表現や注目度に若干の相違はあるものの,類似の報道をしていた。この50回(年)を 超える「体力・運動能力調査」の大雑把な推移について,北海道新聞を例に,「体育の日」朝刊が「体力・ 運動能力調査」についてどのように報道してきたかについて,いくつかの年度の社説以外の報道見出しを紹 介。また,それらに関連した他紙の社説題目も「→」で紹介しておきたい。 ・67体育の日:体力おいつかぬ “もやし型ふえる” 受験がブレーキ 高校の進学組にはっきり(66年度調査) →体力不足をどうするか(読売67) ・77体育の日:たくましさ失う青少年 背筋力がガタ落ち 受験戦争のゆがみ反映 遊び少ない生活 運動公園もっと. 11.
(13) 門 脇 正 俊. 造れ スポーツ派の体力 年より10歳若い(76年調査)→体育で青白い子を追放しよう(読売77社説) ・88体育の日:体力 長寿社会受験競争世相映す 中高年アップ特にママさんが著しい向上 十代伸び悩む(87調査) →スポーツは楽しくなければ(朝日88社説) ・98体育の日:16歳の体力4種目で最低,落ち込みが目立つ女子,ダイエットが影響(97年度調査) →体力低下,子どものシグナルに耳を(毎日98社説) ・08体育の日:中学生の体力向上傾向,運動の機会増加(07年調査)→体力向上に弾みをつけよう(読売08社説) ・15体育の日:高齢者体力↗運動習慣の成果。スポーツ庁調査, 「70年代後半最高(14年度調査) 」 →日常に運動習慣を組み込もう(読売15社説). 3. 「体育の日」名称をめぐる問題 2016.1.26朝日新聞は,超党派でつくるスポーツ議員連盟が「体育の日」を「スポーツの日」に名称変更す るための祝日法改正案を作成するプロジェクトチームを前日に設置し,今秋以降に国会提出をめざしている ことを伝えていた。この名称問題について,以前,いくつかの社説が名称問題に言及していたことがある。 「体育の日」25回目の90年毎日が「スポーツ振興の発想転換を」と題した社説の終わり部分で「日本では, スポーツが学校を中心に発達したため『体育の日』と名付けられたのだろうが,発想の転換を図るためにも, 新しい四半世紀を迎える来年からは『スポーツの日』と改めて,出直す契機とすべきだろう」と述べていた。 また,93年産経は,「『スポーツの日』にしたら」と題した社説を掲げ,その年から体育学部を「スポーツ健 康科学部」に衣替えした順天堂大学を例にも挙げながら,次のように述べている。 「体育とスポーツはもともと,意味が異なる。一般に体育は身体教育,スポーツは運動競技をいう。ところが,日本 では明治以来,学校教育のひとつである体育の中にスポーツが組み込まれ,体育とスポーツの区別があいまいになった。 体育といえば,スポーツのことと思ったり,逆にスポーツに教育的意味付けをして,堅苦しく考えたりする傾向がある」. 他方で,91年日経は「 『体育』の意味を考える」と題した社説で「体育」用語使用に関連して次のように のべている。 「なぜスポーツの日ではないのだろうか。同じように国民体育大会はなぜ国民スポーツ大会と呼ばれないのだろうか。 言葉の遊びと言われるかもしれないが,これにはそれなりの意味が込められているように思われる。…体育の日は,人 間にとって『体』が持つ意味を改めてかみしめる機会でもあるまいか。…人々が体のことを積極的に考えることは,社 会全体としても重要なことである。体の在りようについて,社会にどのような合意があるかは,勤労や学業の在り方, ライフスタイル全般,社会の雰囲気にも影響を持つだろう」. 筆者は, 「スポーツ振興法」が制定された1961年と「体育の日」の新設を含む「国民の祝日に関する法律」 が改正された1966年の国会議事録を調査してみたが,なぜ「国民体育デー」が「スポーツの日」になったの か,なぜ「スポーツの日」が「体育の日」になったのか,といった名称問題についての政府説明・答弁や議 員質問を見出すことができなかった。 なお,佐伯聡夫は,「体育の日」30周年特集(「体育の科学」1995-10)の巻頭論文で,スポーツ振興法制 定による「国民体育デー」の「スポーツの日」への引継ぎは,東京オリンピック成功に向けての「スポーツ 理解の国際水準への摺り合わせ」であり,オリンピック終了後は,1964年12月の「国民の健康・体力増強対 策について」閣議決定を受けた政府主導の体力作り国民運動が展開され,「スポーツ」から「体育」へと復 古した「体育の日」制定は,わが国のスポーツ政策が福祉・文化政策から教育・社会政策へ逆流したことを 象徴すると述べている。. 12.
(14) 「体育の日」50年とその前史. 4.その他の傾向や特徴など ・表題等での使用頻度は少ないが, 「社会体育」「生涯体育」「生涯スポーツ」といった用語表現の推移が見 られる。69読売と70産経には「社会体育」が,86日経には「生涯体育」が,85朝日,88・89・91・94読売 には「生涯スポーツ」用語が表題に登場し,時代の流れを感じさせてくれる。 ・スポーツ環境の貧困を指摘し施設拡充や学校施設の開放を主張する一方で,施設や用具の不要なウォーキ ングなどの効用を説く社説もいくつか登場している(68毎日「姿勢と歩き方」,80朝日「自然の中を歩く」, 86朝日「みんな歩こう」など)。. おわりに 祝日としての「体育の日」は国際的にも珍しいようであるが,祝日であるか否かが,つまり「体育の日」 以前と以後では,新聞報道の量と質が大きく異なってきたように,祝日としての「体育の日」制度化は,マ スコミの注目度に決定的な違いを生み出してきた。「体育の日」50年が,国民のスポーツ熱の高まりや健康 への関心,各地でのスポーツ施設の整備などに大きな貢献をしてきたことは否定できまい。しかし,土日に 連続する連休化に組み入れられて以来,体育の日の趣旨が薄れ,あいまいになりつつあるのは否定できない。 筆者としては,連休拡大より,本来の祝日理念に立ち返ることが必要と考えたいが,ハッピーマンデーによ る3連休創出政策が定着しつつあるように感じるこんにち,当初の期日に戻すのが困難であれば,国民の健 康や運動への関心が維持され高まるように,行政やマスコミは,祝日の理念や課題についてもっと情報提供 し,国民的関心を盛り上げるための努力を継続すべきではなかろうか。 「体育の日」に限らず,大型連休や「文化の日」その他の祝日にも言えることであろうが,行政やマスコ ミだけでなく,学校教師も,祝日前の授業やホームルーム等で,祝日の意義や歴史等についてもっと言及す ることも必要ではないかと考える。もちろん,幼稚園であれ,小・中・高校であれ,学級担任から祝日の前 日等にその祝日の意味を聞く機会は多いであろう。しかし,筆者は以前,受講学生たちに祝日についての学 習体験について調査を試みたことがあるが,各祝日の意義を明記している「国民の祝日に関する法律」の存 在を知っている学生は皆無といってよく,また,祝日の意義や歴史などについて学習した記憶も乏しいよう である。祝日は休日であり,学習や仕事から解放された自由な余暇を楽しむことが大切であるが,祝日前に その意義や歴史などを学校や家庭で再認識しておくことも,精神的な充実につながるのではなかろうか。大 人にとっても,毎年やってくる祝日ではあるが,その都度認識を新たにするべき生涯学習の課題でもあるよ うな気がする。. 参考文献(引用文献は本文中にその都度表記してきたが,新聞以外の主な参考文献は下記の通り) ①野口穂高「1924年の第一回全国体育デーの活動状況に関する一考察」 (玉川大学教育学部紀要2013) ②時論「体育デーとは何ぞや」(「教育時論」1415号.1924年10月) ③文部大臣官房学校衛生課「大正十三年全国体育デー実施概況」1925 ④木原資裕・大國亨・藤塚久雄「マスメディアの中のスポーツⅡ―新聞社説にみる「体育の日」― ⑤「体育の科学」(日本体育学会編集)1995-10 特集「 『体育の日』―スポーツ享受―」. (追記2016.6.30) 1.本稿投稿後の紀要編集委員会査読・掲載決定通知を受けたコメント・誤字脱字等修正期間(2016.6.22~ 30)に,日本体育学会研究大会での口頭発表要旨集録に,下記の3報告があることを知った。いずれも,. 13.
(15) 門 脇 正 俊. 「体育の日」各紙社説に注目した研究で,筆者の課題意識や研究手法と類似部分も含まれており,本稿の 貴重な先行研究である。特に,1971年という段階から,新聞社説に注目した「体育の日」研究が既に行わ れていたことに驚くとともに敬意を表したい。 ⑴ 畠山トミ・谷村辰巳・疋田圭吾:体育の日に関する研究(日本体育学会22回大会.1971.10.15.p.94. 1ページ手書き) 1966~70年の「体育の日」6紙社説(全国5紙と東京新聞)内容の概観 ⑵ 新井野洋一:「体育の日」21年間の新聞社説からみた体育・スポーツ現代史の一端 (日本体育学会38回大会.1987.8.15.p.99:1ページワープロ) 新聞4紙(不明だが,恐らく朝日,毎日,読売,中日)1966~1986年間の「体育の日」社説内容の研究。 ⑶ 新井野洋一:“体育の日”33年間の新聞社説から見た体育・スポーツ現代史の一端 (日本体育学会50回大会.1999.9.15.p.802~803:2ページワープロ) 新井野洋一の第一報告から12年目の第二報告で,新聞4紙(A~C全国3紙,ブロックD紙と表記) の1966~1998年間の「体育の日」社説内容の研究。 2.同様にまた,木下秀明著「体操の近代百年」(不昧堂出版.2015)の終章(p.297~299)にも,「『国民 体育デー』から「スポーツの日」へ」と題した記述があることを知った。終章以外では「体育の日」やそ の前史に関する記述は見当たらなかったが,この短い終章記述(実質2ページ)のなかで,「体操」との 関連で「全国体育デー」「国民体育デー」「スポーツの日」にも少し言及しており,体操も「スポーツ」用 語に含まれるようになったと,以下のように締めくくっている。 「日本の近代の幕開けとともに実用と身体づくりに始まった体操は, こんにちでは『体操』と呼ぶ呼ばないに拘わらず, 『体力づくり』の範疇で捉えられて『スポーツ』の一部となったのである。体操競技,すでにスポーツ界に重きを為し ている。新興の体操団体もスポーツ界への参入に取り組んでいる。要するに,広義と狭義二面から始まった近代日本の 体操は,現代においては,一つにおいては競技スポーツとしての「体操」種目となり,他のひとつには,『体操』と呼ぶ 呼ばないに拘わらず,『体力づくり』となって,スポーツの一部に組み込まれたのである」 (p.298~299). 「体育の日」の各紙社説題目一覧. ・自然の中を歩く意味(朝日80.10.10) ・早起き野球に栄光あれ(朝日81.10.10). ―全国5紙と北海道新聞― 門脇正俊作成 (朝日新聞). ・みんなスポーツしたいのに(朝日82.10.2) ・国民体育大会を国民のものに(朝日83.10.10). ・ 「体育の日」を迎えて(朝日66.10.10). ・汗を流して人間らしく(朝日84.10.10). ・スポーツについての二つの偏見(朝日69.10.10). ・生涯スポーツをめざそう(朝日85.10.10). ・こどもの遊び場を作ろう(朝日70.10.10). ・みんな歩こう(朝日86.10.10). ・オリンピック至上主義を排す(朝日71.10.10). ・子供の体力づくりこそ大切だ(朝日87.10.10). ・ 「体育の日」に思うこと(朝日72.10.10). ・スポーツは楽しくなければ(朝日88.10.10). ・気軽にスポーツを楽しもう(朝日73.10.10). ・好きこそものの上手なれ(朝日89.10.10). ・ 「体育の日」に寄せて(朝日75.10.10). ・体育の日,見るもよし,やるもよし(朝日04.10.10). ・体力づくりへ踏み出そう(朝日76.10.10). ・五輪招致,あの青空をもう一度(朝日05.10.10). ・ 「体育の日」の趣旨を生かそう(朝日77.10.10). ・体育の日,すそ野広げる知恵を(朝日06.10.9). ・毎日を「体育の日」に(朝日78.10.10). ・体育の日,こどもの体力は遊びから(朝日07.10.8). ・ 「体育の日」に思うこと(朝日79.10.10). ・スポーツ大会,精神障害者も共に流す汗(朝08.10.12). 14.
(16) 「体育の日」50年とその前史. (毎日新聞). ・体育で青白い子を追放しよう(読売77.10.10). ・姿勢と歩き方を正しく(毎日68.10.10). ・子供の体力は停滞している(読売78.10.10). ・ 「体育」の意味を考える(毎日69.10.10). ・国民みんなのスポーツを(読売79.10.10). ・市民のためのスポーツを(毎日70.10.10). ・体力は意外に早く坂を下る(読売80.10.10). ・スポーツ振興と地域社会(毎日71.10.10). ・子供の生活にも体力づくりを(読売81.10.10). ・みんなが体育を楽しむために(毎日72.10.10). ・理屈抜きで,まず体を動かそう(読売82.10.10). ・体育館よこせ運動を始めよう(毎日73.10.10). ・アマチュアリズムの古びた衣(読売83.10.10). ・生活に直結したスポーツを(毎日74.10.10). ・東京オリンピックから20年(読売84.10.10). ・学校のスポーツ施設の開放を(毎日75.10.10). ・中高年へのスポーツのすすめ(読売85.10.10). ・体育の日に思うこと(毎日76.10.10). ・ゆとりのあるスポーツ観を(読売86.10.10). ・日常生活の中にスポーツを(毎日77.10.10). ・中高年のスポーツは“腹八分”に(読売87.10.10). ・大いに体を動かしたい(毎日83.10.10). ・気楽にやろうよ生涯スポーツ(読売88.10.10). ・健康のためのスポーツを(毎日85.10.10). ・ゆとりを広げる生涯スポーツ(読売89.10.10). ・健康スポーツの場を作ろう(毎日86.10.10). ・大切にしたい子供の体力づくり(読売90.10.9). ・スポーツに親しむために(毎日87.10.10). ・ 「生涯スポーツ」はまず子供から(読売91.10.10). ・体育とスポーツの間(毎日88.10.9). ・スポーツの楽しさを子供にも(読売92.10.10). ・展望開けぬスポーツ振興策(毎日89.10.10). ・生涯スポーツの拠点をつくろう(読売94.10.10). ・スポーツ振興の発想転換を(毎日90.10.10). ・遊びの連続としてのスポーツ(読売95.10.10). ・スポーツの楽しめる公園を(毎日91.10.10). ・運動部活動はもっとゆったりと(読売96.10.10). ・学校をスポーツ広場に(毎日92.10.10). ・スポーツ好きの子供を増やそう(読売97.10.10). ・体力調査,ゆとりと遊びを取り戻せ(毎日97.10.10). ・ 「記念日」と決別する体育の日(読売98.10.10). ・体力低下,子どものシグナルに耳を(毎日98.10.10). ・体育の日, 子どもをスポーツに連れてって(読売05.10.10). ・子どもの体力,まず運動の楽しさを教えよう(毎日07.. ・体育の日,自分の「体力」を確かめてみては(読売07. 10.8). 10.5) ・子どもの体力,指導者層の充実が急務だ(毎日08.10.13). ・体育の日体力の向上に弾みをつけよう(読売08.10.13). ・広島・長崎五輪,被爆地に聖火は来るか(毎日09.10.12). ・体育の日,幼少期に運動習慣をつけよう(読売09.10.12). ・子供の体力,向上へ社会総がかりで(毎日10.10.18). ・広島・長崎五輪,意欲はわかるが課題も多い(読売09.. ・東京五輪50年,次は国際貢献する番だ(毎日14.10.10) (読売新聞). 10.12) ・体育の日,存分に体動かせる場の確保を(読売11.10.10). ・体位向上を考えよう(読売66.10.10). ・体育の日,運動習慣身につけ体力向上を(読売12.10.8). ・体力不足をどうするか(読売67.10.12). ・体育の日,五輪励みに体力増進を図ろう(読売13.10.14). ・体育の日に思うこと(読売68.10.10). ・東京五輪半世紀,あの感動を2020年にも(読売14.10.10). ・社会体育の充実をはかれ(読売69.10.10). ・体育の日,日常に運動習慣を組み込もう(読売15.10.12). ・すべての人にスポーツを(読売70.10.10). (日本経済新聞). ・スポーツを国民のものに(読売71.10.10). ・体位向上して体力なし(日経66.10.10). ・スポーツクラブを育てよう(読売72.10.10). ・国民参加の体育振興を(日経68.10.10). ・みんなのためのスポーツを(読売73.10.10). ・体育参加は環境整備から(日経69.10.9). ・活を入れてほしい学校体育(読売74.10.10). ・体育向上に環境の改善を(日経70.10.9). ・みんなのためのスポーツを(読売75.10.10). ・広い視野で体力づくりを(日経72.10.10). ・学校スポーツはこれでいいのか(読売76.10.10). ・ 「体育の日」に住みよい社会を望む(日経73.10.10). 15.
(17) 門 脇 正 俊. ・体育の日を自らのために(日経74.10.10). ・体育の日,制定した意義を考えたい(産経06.10.8). ・ 「体育の日」の生かし方(日経75.10.9). ・子供の体力低下, 外で思い切り体動かそう(産経10.10.13). ・ 「体育の日」に望むこと(日経78.10.9). ・体育の日,国立改修で再び夢舞台に(産経11.10.10). ・親子共同の体力づくり(日経80.10.10). ・体育の日,東京五輪の興奮もう一度(産経12.10.8). ・各世代とも体力づくりを(日経81.10.10). ・体育の日,五輪精神思い出す機会に(産経13.10.14). ・体力づくりに総力を(日経82.10.10). ・体育の日,意味ある日付に戻したい(産経14.10.13). ・身近なスポーツを気軽に楽しもう(日経84.10.10). ・体育の日,制定の意義語り継ぎたい(産経15.10.12). ・生涯体育で体力づくりを(日経86.10.10). (北海道新聞). ・スポーツも自己流がいい(日経87.10.10). ・体育の日に考えたいこと(北海道66.10.10). ・子供置き去りの体育の日(日経88.10.10). ・アマスポーツ精神を見直そう(北海道70.10.31). ・スポーツで汗をかいてみよう(日経89.10.10). ・不十分な都市の体育施設造り(北海道73.10.10). ・ 「体育」の意味を考える(日経91.10.10). ・スポーツで君自身を鍛えよう(北海道75.10.10). ・市民スポーツの活性化を(日経93.10.10). ・暮らしに根ざすスポーツを(北海道76.10.10). ・ 「64年」超えて新しい五輪を(日経14.10.10). ・だれもができる体力づくり計画を(北海道77.10.10). (産経新聞). ・運動を楽しめる環境づくりを(北海道78.10.10). ・体育の日は戸外で(産経66.10.10). ・スポーツの生活化をめざそう(北海道79.10.10). ・社会体育の充実はかれ(産経70.10.10). ・子供の体力を鍛えよう(北海道80.10.1). ・ 「体育の日」はまず参加から(産経71.10.10). ・ 「体育の日」に思う五輪問題(北海道81.10.10). ・ “楽しむスポーツ”のために(産経72.10.10). ・体力づくりを生活のリズムに(北海道82.10.10). ・スポーツの場を身近に(産経73.10.10). ・さわやかな汗で生活を楽しく(北海道83.10.10). ・国民みんなのスポーツに(産経74.10.10). ・体と心の健康を確かめよう(北海道84.10.10). ・身近に体力づくりの場を(産経75.10.10). ・熟年世代の健康を考えよう(北海道85.10.10). ・体力づくりは心がけ次第(産経76.10.10). ・スポーツで中高年も若々しく(北海道86.10.10). ・家庭体力テストのススメ(産経77.10.10). ・スポーツは生きがいの“かて” (北海道87.10.10). ・体育の日はノーカーで(産経78.10.10). ・体育の日に北京惨敗を考える(北海道90.10.10). ・きょうは体育でだんらん(産経79.10.10). ・子供の体力低下を見過ごすな(北海道91.10.10). ・体力増強への小さな工夫を(産経80.10.10). ・ 「体力」より「学力」が優先とは(北海道92.10.10). ・体力向上やってみなはれ(産経84.10.10). ・スポーツを選べる環境がほしい(北海道93.10.10). ・ 「体育の日」20年の効能(産経85.10.10). ・自分の体との対話を楽しもう(北海道94.10.10). ・給食の改革さらに進めよ(産経86.10.10). ・今日も元気にナイスショット(北海道95.10.10). ・歓迎したい「歩く」ブーム(産経87.10.10). ・母さんが顧問の「部活」もいい(北海道96.10.10). ・メダルの数と日本人の体力(産経88.10.10). ・体育の日,世代結ぶ運動習慣こそ(北海道08.10.13). ・若者よ,もっと足腰を鍛えて(産経89.10.10). ・広島・長崎五輪, 平和の聖歌ともしたい(北海道09.10.12). ・こどもを“楽しく”鍛えよう(産経90.10.11). ・体育の日に,運動習慣を生活の中に(北海道10.10.11). ・親子で体力づくりの時代に(産経91.10.10). ・体育の日に,運動習慣は若いうちに(北海道11.10.10). ・身近に遊び場もっと充実を(産経92.10.10). ・体育の日,健康づくりは10代から(北海道12.10.8). ・ 「スポーツの日」にしたら(産経93.10.10). ・スポーツの力,励まし,競い,感動を(北海道13.10.13). ・地域に総合型クラブを作ろう(産経94.10.10) ・地域にスポーツの「輪」を(産経96.10.10) ・体育の日,子供の体力が国力を生む(産経99.10.10). 16. (岩見沢校 特任教授).
(18)
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