学校間の「交流及び共同学習」の課題 ―”函館圏”の実態調査結果から ―
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(2) 北海道教育大学大学院高度教職実践専攻研究紀要 第8号. 学校間の「交流及び共同学習」の課題 ― “函館圏”の実態調査結果から ― 阿部 二郎*1・丸山 美音*2. 要 旨 「分離教育」と「統合教育」の相関、及び「交流教育」概念と「交流及び共同学習」概念の相違に ついて検討を加え、 「共生社会の形成」を標榜してインクルーシブ教育の一環としても推進される学 校間の「交流及び共同学習」に着目して“函館圏”の当該学校への取材調査を行った。特別支援学校 (5つの障害種総て)と交流校への取材調査によって、学校間の「交流教育( 『交流及び共同学習』 を含む) 」の実施状況とその内容、実施プラン段階と実践活動段階での「ズレ」等を事例的に明らか にし、“通常(普通)教育”の立場から「交流教育( 『交流及び共同学習』を含む) 」を検討すること によって、両者の意識の相違(乖離)や、実施プラン段階で生じる課題を明確化した。最終的に、課 題が生じる原因を検討し、6つの要因(教育行政に由来する要因2つ、物理的環境に由来する要因1 つ、教員の意識や能力、組織論に由来する要因3つ)に整理して提示した。 キーワード:特別支援教育 交流教育 交流及び共同学習 学校間交流 特殊教育. 1.課題の所在と研究の目的 1-1.分離教育と統合教育の相関 公教育制度としての「学校教育制度」が成立してから、古今東西を問わず、国民教育としての義務 教育には様々な困難な問題がつきまとってきた。「困難は分割せよ」という至言があるように、まず ・・. 学校教育制度は専門教育と普通教育に区分され、普通教育は「通常の教育(健常者のための教育内容 と方法)」と「特殊教育(障害者のための教育内容と方法) 」に分割された。それは、 「国民に対して、 国民の能力に応じた教育を保障する」という近代教育の基本的な観点に立てば、極めて妥当な施策で あった。それは即ち「分離教育」制度の開始ということでもあった。 義務教育課程における「分離教育」制度に対しては、我が国の国民はあまり良い印象を持っていな いかのように思える。けれども、日本国憲法第26条は「すべて国民は、法律の定めるところにより、 その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。 」と保障している。従って、 「ある児童・生 徒が平均的能力の健常者と共に、等しい内容と等しい方法で教育される」ことに不合理性があれば、 教育基本法(第4条・第5条・第6条)を親法とする学校教育法第8章の各条項によって「障害の種 別と程度に相応しい特別支援教育」の機会が保障されることになる。とはいえ、我が国において「全 ───────────────────── *1. 北海道教育大学教職大学院(大学院教育学研究科高度教職実践専攻)函館. 札幌市立手稲北小学校. *2. 131.
(3) 阿部 二郎・丸山 美音. ての障害者の被義務教育権」が物理的に保障されるようになったのは、実質的には昭和54(1979)年 度の「養護学校教育の義務教育化」からである。 我が国の義務教育課程の学校は、国公立と私立に区別されて併存してきたが、これを「分離教育」 とは呼ばない。それに対して、健常者と障害者に区分することを「分離教育」と呼ぶ。つまり、機会 均等原則とは別の「教育内容と方法が異なることの区分呼称」ということになる。諸外国の場合は、 「分離教育」として「エリート教育」も制度化されて併存しているため、 「能力に応じて分離して教 育する」という意味が我が国のように消極的で否定的に評価されない傾向がある。本来なら、これら の概念は、形態による「分離教育」よりも、 内容による「特殊教育」と呼称するのが相応しいだろう。 我が国の場合は、前述したように「分離教育(特殊教育) 」の2つの柱の内の「特別支援教育(障 害者教育)」しか制度として認めていないことによって、 「分離教育は差別教育である」かのような誤っ た見方も存在している。そのような見方をする人々の場合、 「国際大会で成果を出すようなスポーツ エリート教育」に対しては、 「問題視することもなく是認してしまう」という便宜主義的な一面があ るようにも思われる。こうした傾向は、 戦後の我が国の教育観 (思想) における矛盾点の1つであろう。 ところで、 「困難を解決するために分割する」という意味での「分離」であるなら、 「分離(分割)」 するだけで困難は解決できない。解決方法として、解決するべき問題を小さく分割して解決しやすく するということであるなら、その成果は「整合性を持って再統合されなければならない。 」そうでな ければ、「困難を解決した」ことにはならない。 「分離」は手段であって目的ではないから、 「分離」 したものは、最終的に「統合」される必要がある。 諸外国の「分離教育(特殊教育) 」としての「エリート教育」では、 仮に中等教育段階までは「分離」 されていても、 「高等教育課程の大学教育(大学院教育を含む)において大学生という身分の下で統 合される」ことになる。つまり、最終的には「統合」できるから、それまでの過程では「分離」して いても問題はないということになるのであろう。これに対し、 戦後の我が国では 「飛び級 (飛び学年)」 制度は、 「機会均等原則違反」であるかのような認識の下で、制度の復活・導入を認めてきていない。 近年になって、 「理数教育」の分野で極一部の例外的な処遇(大学講義の受講)が容認されるようになっ てきたが、依然として18歳未満の大学入学は承認されていない。我が国では、合理的に「統合」する 制度がないから「エリート教育」として「分離」もできないという論理になるのだろう。 (先進国の 中で、特殊教育としての「エリート教育」制度を持たないのは我が国だけである。この「エリート教 育」制度の問題は、後日に稿を改めて論ずることにしたい。 ) 前述してきたように、 「分離」と「統合」は表裏の関係であり、この2つは整合性と合理性を保っ て展開されていくべき概念である。ところが、諸外国の場合でも「障害者教育(特別支援教育)」に おける「分離」は、 「エリート教育」のような制度上の「統合」はなかった。それ故に、現代の「障 害者教育」の施策では「障害者の人権問題」とも関わりながら、 「分離によって誘発される『差別』 の解消」が強く意識されてきた。特に20世紀後半から、障害者の人権の尊重と社会生活者としての平 等性や社会への参画権利が意識され始め、その延長上に平成18(2006)年12月に開催された第61回国 連総会での障害者権利条約(Convention on the Rights of Persons with Disabilities)採択がある。 我が国では、古くから人権教育や地域教育、国際教育(国際理解教育)など様々な分野・領域にお いて「交流活動を通して教育を行う=交流教育(交流学習) 」実践成果の蓄積が多数あり、その交流 形態・方法も多様である。ところが、平成16(2004)年以降、 「交流教育」は「交流及び共同学習」 と言い換えられる傾向が強まる。この新呼称における「共同学習」とは、 「どの子も分け隔てなく共 に学び育つ」という意味と同時に「統合」の趣旨も内包しており、旧来の「交流教育」概念を組み込 132.
(4) 学校間の「交流及び共同学習」の課題. んだ“教育スローガン”として用いられるようになったもののようである。 「交流及び共同学習」と いう文言は、平成15(2003)年告示の学習指導要領一部改正においても記載は見られない。それにも かかわらず、後述の理由によって平成16(2004) 年以降に使われるようになった教育概念 ( “教育スロー ガン”)と言える。今日報告されている「交流及び共同学習」の実践事例を見る限り、 「交流及び共同 学習」という“括り”の場合は、 「交流」の意味が「障害者と健常者の交流」に限定(=矮小化)さ れているようであるが、その背景には、インクルーシブ教育を推進している我が国の文教政策があり そうである。平成24(2012)年7月23日に公開された、文部科学省「共生社会の形成に向けたインク ルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進(報告) 」で、次のように述べられている。 「共生社会の形成に向けて、障害者の権利に関する条約に基づくインクルーシブ教育システムの理念が重要であり、 その構築のため、特別支援教育を着実に進めていく必要がある」。† †: < http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/044/attach/1321669.htm >(2015年10月20日現在). その上で、 「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システムの構築のための特別支援教育の 推進についての基本的考え方」について、学校教育関係者をはじめとして国民全体に共有されること を目指すべきであり、システム構築を着実に進めていく必要があるのだと指摘している。 健常者の“通常(普通)教育”における「交流及び共同学習」概念の導入は、平成20(2008)年3 月告示の小学校学習指導要領第1章総則での記述が起点となる。総則では、 「交流及び共同学習」以 外にも、高齢者との交流や、小学校間や幼稚園、中学校との交流も図ることが謳われている。つまり、 小学校学習指導要領では、広義の「交流学習」の中の1つとして「交流及び共同学習」が位置付けら れていることになる。それに対して、特別支援学校小学部・中学部学習指導要領第1章総則では、 「交 流学習」として「交流及び共同学習」を行うことと、地域の人々などとの連携活動についてのみの記 述となっており、狭義の「交流学習」を推進しているかのように思われる。 いずれにせよ、 「分離」で生じたメリットを「統合」でさらに有効に作用させる一方で、 「分離」で 生じたデメリットを「統合」で解消させる必要がある。平成20(2008)年3月告示の小学校学習指導 要領や特別支援学校小学部・中学部学習指導要領では、その「統合」の方法として「交流と共同の学 習」を利用するという趣旨が示されたことになる。2つの学習指導要領を比較すると、前述のように “通常(普通)教育”と特別支援教育における「交流及び共同学習」概念の位置づけに相違があり、 その事実も相互に理解されているとは言い難い状況がありそうである。もし仮に、健常者と障害者の 「学校間の交流学習」を実践するにしても、両者の学校の「基本的な教育スタンス」が異なっていれ ば、効果的且つ効率的な実践や、価値のある成果を得るのは期待し難いと予想される。 1-2.「交流教育」概念と「交流及び共同学習」概念の相違 前述した、「交流教育」概念と「交流及び共同学習」概念の相違について詳細に整理する。戦後日 本の特殊教育(障害者教育)史を概観すると、高度成長期の昭和40年頃から“通常(普通)教育”学 校における「特殊学級(特別支援学級) 」や「通級指導教室」としての言語障害児学級、情緒障害児 学級、難聴児学級、弱視児学級など「新たに細分化された分類とその指導形態」が提唱され、多様化 している。こうした、 「特殊学級(特別支援学級) 」を巡る戦前・戦後の動向は、八幡ゆかり「知的障 害教育の変遷過程にみられる特殊学級の存在意義 ―教育行政施策と実践との比較検討をとおして ―」『鳴門教育大学研究紀要第23号』 (鳴門教育大学2008)に詳しく、昭和30年代まで「劣等児」 「精 神薄弱児」とも称された「知的障害児」の扱いについては戸崎敬子「学業成績不良児問題と『劣等児』 学級の成立」『障害者教育史』 (川島書店 1985)で詳細が述べられている。従って、本稿では概要を 述べるに留めるが、前掲書で戸崎が指摘する、大規模校で複数の学級編成が必要な時に「劣等児」に 133.
(5) 阿部 二郎・丸山 美音. とっての利益のみでなく優等児にとっても利益になるという考え方から彼らの学級編成が問題にされ る場合が多かったという意味は、昭和32(1957)年に三木安正が「精神薄弱児教育の現状と問題点」 『精神薄弱児研究 第2巻1月号』(1957年,pp.5-6)で述べた、(今日のインクルージョン教育概念 に繋がる) 「一般児童の中に特殊学級を置くことで,一般児童の知的障害児への理解を高め,人間の 価値について正しい見方を与え、彼らを温かく受け入れる態度を養うことができ,修身的教育で欠け ていた最も重要な新しい道徳教育のねらいにしなければいけない」という概念とは異なり、学校に在 籍する児童・生徒総数を増加させて「標準法」による県費負担教員数を多く確保することに主眼が置 かれていたということに注意する必要がある。つまり、 「統合教育」を本来の趣旨に基づいて実現化 しようとしていたものではなかったということになる。 ところが、文部省(当時)内に設けられた特殊教育総合研究調査協力者会議は、昭和44(1969)年 の報告書『特殊教育の基本的な施策のあり方について』で、 「可能な限り普通児とともに教育を受け る機会を多くし、普通児の教育からことさらに遊離しないようにする必要がある」と指摘し、教育課 程審議会も、昭和45(1970)年の「盲学校、聾学校及び養護学校の教育課程の改善について(答申)」 で、 「学校行事などを通じて、できるだけ地域の小学校及び中学校との交流の機会を設けるようにす ることが望ましい」と提唱した。日本教職員組合が委嘱した教育制度検討委員会も、昭和47(1972) 年の1次報告と昭和49(1974)年の最終報告で、特殊教育原則の1つとして「普通教育と共同教育の 原則」を掲げている。昭和54(1979)年の養護学校義務制実施を目前にして、 「障害児を一般の学級 に積極的に統合しよう」という考え方の台頭、「分離」から「統合」へという転換期が訪れたと言え そうである。位頭義仁は、 『交流教育の実際』 (教育出版1982)で、以下の3つに言及している。①統 合教育はそれぞれ個々の特性に応じた教育を十分に保障する。②できる限り障害児と健常児が同じ場 で教育を受け、共に育ちあうことをめざす。③交流教育は統合教育の一環としての具体的な教育形態 で、特殊教育諸学校と小・中学校等や地域社会との交流、特殊学級と普通学級との交流などがある。 結局、 「統合教育」は昭和45(1970)年ごろから提唱され始め、同時に「交流教育」という考え方 も提唱され始めている。当時の文部省は、 「養護学校義務教育化」以前の時期であるため、その著作 物である『初等教育資料』で確認すると、 「交流」の対象は①高齢者、②小学校と中学校、③小学校 と幼稚園、④山間地の小学校と海辺の小学校、⑤異文化交流、⑥養護学校、⑦父母、等多岐にわたり、 “通常(普通)教育”では「交流教育」を広い意味(広義の「交流教育」 )で使っていたと言える。 他方、特殊教育(障害者教育≒養護学校教育)推進の立場からは、 昭和54(1979)年告示『盲学校、 聾学校及び養護学校小学部・中学部・高等部学習指導要領総則』に「小学校の児童又は中学校の生徒 及び地域社会の人々と活動を共にする機会を積極的に設けるようにすること。 」と示している。 「活動 を共にする」は「交流」と同義であり、 「交流する」のは「小学校の児童や中学校の児童及び地域社 会の人々」である。この趣旨は、平成元(1989)年告示の『盲学校・聾学校及び養護学校小学部・中 学部学習指導要領総則』にも継承され、 平成10(1998)年告示『盲学校、 聾学校及び養護学校小学部・ 中学部学習指導要領総則』では、 「活動を共にする」ではなく「交流」と明記されるに至った。 これに対し、小学校の学習指導要領総則で「交流」について記載しているのは平成元(1989)年か らであり(盲・聾・養護学校等との「交流」については触れてはいない) 、平成10(1998)年の小学 校学習指導要領からは、 「交流」の対象として「小学校間や幼稚園、中学校、盲学校、聾学校及び養 護学校など」と具体的に言及されている。 以上のことから、特別支援教育(当時は特殊教育)の学習指導要領では、養護学校の義務化と同時 期に小学校や中学校、地域との「交流」を行うことが明記されていたにもかかわらず、小学校の学習 134.
(6) 学校間の「交流及び共同学習」の課題. 指導要領では、平成10(1998)年になってから特別支援学校との「交流」が言及されて障害児と健常 児の「交流」が促されるに至ったという歴史がある。このことからだけでも、両者の間には大きな乖 離があった事が分かる。前述したように、 “通常(普通)教育”で先行実践されていた「広義の交流 教育」概念があるにも関わらず、後発の特別支援教育の側から新たな「 (狭義の「交流教育」概念で ある)交流及び共同学習」概念が提唱し、 “通常(普通)教育”との連携・協同の必要性を表明し、 それが求めていくことになった背景を理解しておく必要がある。そもそも、 「交流及び共同学習」概 念を提唱し、その展開を推進していく理由として大きな影響を及ぼしたのは、以下の2つの動向であ る。 ①平成16年(2004年)6月の障害者基本法の改正と同法第14条で「交流及び共同学習」の推進が唱 われたこと。②障害者権利条約批准と施行に向けて必要な国内条件(国内法)の改正・整備が急速に 推し進められたこと。 現在は、我が国でも「障害者権利条約」が発効しており、 「理想的な社会」としての「共生社会」 の形成構築のための「共生社会政策」が内閣府によって推進されており、それを支える形で文科省に よってインクルーシブ教育が推進されつつある。こうした動向の前提には、我が国政府による⑴世界 人権宣言(1948年)、⑵国際人権規約(1979年) 、⑶万人のための教育に関する世界会議(1990年)、 ⑷障害者の機会均等化に関する基準原則(1993年) 、⑷児童の権利条約(1989採択、1990年発効)⑸ サラマンカ声明(1994年) 、特別なニーズ教育に関する行動のための枠組み-インクルーシブ教育の 概念(1994年)⑹世界教育フォーラム(2000年) 、⑺障害者権利条約(2006年採択・日本は2007年署名、 2014年批准書寄託・発効)などへの賛同・承認・締結(批准)という一連の流れがある。 現在は、「共生社会の実現に向けてインクルーシブ教育が積極的に推進されるべきである。 」という ことに加えて、学校教育という“括り”で見ると、 「交流教育」は特別支援教育の観点による推進が 目指されているように見えてしまう。つまり、 「交流教育」概念の矮小化である。けれども、前述し たように“通常(普通)教育”の分野では古くから「交流教育」が実施されてきている。その事実も 踏まえて、学校教育の場の状況を整理すると以下のようにまとめられそうである。 “通常(普通)教育”を行っている小学校・中学校では、あくまでも数ある「交流教育」の中の1 つの取り組みとして「交流及び共同学習」を行っているが、特別支援教育を行っている小学部・中学 部では、 「交流教育」=「交流及び共同学習」という認識に立って実践しようとしていることが考え られる。それは、障害者基本法によって「交流及び共同学習」が推進されたという認識が生まれてい ること、つまり、 「交流及び共同学習」という“スローガン”の展開は、 当初から特別支援教育側に立っ て始められたという認識が拡散・定着しているのではないかということでもある。 結局、特別支援学校の教員と連携・協力する健常者の通う小・中学校教員の「交流及び共同学習」 に対する「認識」には大きなギャップが存在している可能性が大きいにも関わらず、 その状況下で“イ ンクルーシブ教育のための「交流及び共同学習」が成立している”という“共同幻想”とでも言うべ き「認識」が生まれていることが懸念されるのである。 1-3.研究目的と方法 筆者らは、前述した現状認識の下で、学校間の「交流教育( 「交流及び共同学習」を含む) 」に着目 し、その実施実態を明らかにすると共に内包される課題を整理しつつ、 “通常(普通)教育”の立場 から「特別支援学校との交流及び共同学習」を検討し、特別支援学校側との意識の相違や“通常(普 通)教育”側に生じる課題を明らかにしようとした。 「交流教育(「交流及び共同学習」を含む) 」の実施状況は、障害種別に異なることが予想されるた 135.
(7) 阿部 二郎・丸山 美音. め、各障害種別に調査する必要があるが、函館市及びその近郊(以後、 “函館圏”と記述する。 )には、 長い歴史のある特別支援学校と5つの種類(視覚障害者教育領域、聴覚障害者教育領域、知的障害者 教育領域、肢体不自由者教育領域、病弱者(身体虚弱者を含む。 )教育領域)の特別支援学校総てが 存在している(平成27年度)ことから、実態調査の対象を“函館圏”に限定し、関連校への訪問取材 調査(平成27年10月~平成28年12月)を行った。. 2. “函館圏”の特別支援学校について 函館市は、人口26万人程(2017年10月1日の推計人口)の中核都市である。 “函館圏”には、5つの障 害種総ての特別支援学校が存在するという教育環境がある (2015年現在) 。 ヘレン・ケラー(1880-1968 年)は生涯で3回来日しているが、その内の2回(戦前・戦後各1回)に渡って、函館盲学校・函館 聾学校(戦前は函館聾唖院)を訪れている。また、昭和39(1964)年には北日本を対象とする国立函 館視力障害センター(現国立障害者リハビリテーションセンター自立支援局函館視力障害センター) が開設されたり、昭和25(1950)年の保育園開設に端を発し、児童施設・成人施設・高齢者施設、就 労グループホーム、福祉就労施設、早期療育施設、相談機関として地域に根ざした活動を行っている 社会福祉法人侑愛会と同学校法人ゆうあい学園などがあり、 北海道の中でも障害者教育においては「長 く充実した歴史」を持っていると言えそうである。 “函館圏”の平成27(2015)年時点の特別支援学 校(義務教育諸学校)は、 以下の通りであった。①北海道立「函館聾学校」 (視覚障害)②北海道立「函 館盲学校」(聴覚障害)③北海道立「七飯養護学校」 、北海道教育大学附属特別支援学校(知的障害) ④北海道立「函館養護学校」 (肢体不自由)⑤北海道立「函館五稜郭支援学校」 (病弱・虚弱)†† ††:函館五稜郭支援学校は、平成27(2015)年度に病弱小中学部1学級が認可(中学部1)されていたが、平成 28(2016)年度に在籍者0となり、平成29(2017)年度から法令等の改正によって「病弱部門」がなくなり、 知的障害者を教育する高等部のみの特別支援学校となった。. 3.調査結果の概要と考察(結論に変えて) 本節では、調査結果から以下の2点について明らかにする。①「交流及び共同学習」は障害種別で どのような相違があり、 交流校として“通常(普通)教育”を行っている小学校(一部中学校を含む) ではどのような相違があるのか、②特別支援教育と“通常(普通)教育”を担っている教員間で「交 流及び共同学習」に対する意識にどのような相違があるのか。 その上で、「交流及び共同学習」が内包する課題を明確化し、その要因について考察を加える。 3-1.各障害種別の「交流及び共同学習」の相違点 本項では、各障害種別の特別支援学校で「交流及び共同学習」を行う際にどのような相違がみられ るのか、2つの対象の2つの段階毎に比較して概要をまとめる。 1)各種障害別特別支援学校毎の、①実施プラン段階、②実践実態、の「傾向と特徴」整理。 ①実施プラン段階(表1)で確認できた「傾向と特徴」は、以下の3点である。 a.どの障害種でも「交流及び共同学習」の実施際し、 年度当初に(年度計画で) 「大まかな日程」 を定めてある。 b.障害種別に、交流校に対する配慮要請の有無があること。障害種別に、活動に関して交流校 に求める配慮への視点が異なっている。 136.
(8) 学校間の「交流及び共同学習」の課題. c.病弱・虚弱教育領域では「交流及び共同学習」を行う以前の段階で、 「医師の診断と参加の 是非判断」が下されなければ、実施そのものがは不可能となる。また、年度によっては在籍児 童・生徒数が0名ということもありえる。 表1 「特別支援学校(障害種別)の実施プラン段階での特徴」. ②実践実態の整理(表2)から確認できた「傾向と特徴」は、以下の4点である。 a.事前・事後指導の有無は、障害種の特性や活動内容と深い相関がある。 b.活動内容は障害種別に制限される側面もあるが、学校の特徴を活かせる側面もある。 表2 「特別支援学校(障害種別)の実践実態の特. 表3 「普通教育を行っている小学校・中学校の実. 徴」 . 践実態の特徴」 . c.全障害種で「交流及び共同学習」の実施目標に設定しているのは、 「社会性を育む」 「人間関 係を築く」 等であった。その他の目標設定によっては、 独特な交流方法が導入されることもある。 137.
(9) 阿部 二郎・丸山 美音. (例えば、 「居住地校との交流」は、 児童・生徒が居住地に戻り易くするために実施している。) d.重複障害の有無によって、活動内容と方法が異なることがある。 2)“通常(普通)教育”を行っている小学校(一部中学校を含む)毎の、①実施プラン段階、②実 践実態、の「傾向と特徴」整理。 “通常(普通)教育”を行っている小学校(一部中学校を含む)の、①「実施プラン段階」は上述 の特別支援学校の「傾向と特徴」と近似なので省略し、②実践実態(表3)について述べる。 ②実践実態の整理から確認できた「傾向と特徴」は、以下の3点である。 a.「交流及び共同学習」の実施目標が、障害(者)理解教育の一環であること。 (ただし、特別 支援学級の場合は、各種障害別特別支援学校と同様の「社会性を養うこと」である。 ) b.知的障害・自閉症・情緒障害や肢体不自由の特別支援学校と交流している小学校では、障害 に応じた活動内容を考えて準備する時間も事前・事後指導の時間に行っているため、 「交流及 び共同学習」のために大変多くの時間を割り当てている。 c.教育課程外で「交流及び共同学習」を実施するという選択肢もある。教育課程外で実施する ので、教育課程に占める「交流及び共同学習」の時間数の割合が少なくなっている。 3)「交流及び共同学習」の実践実態から整理した相違点 ① 事前・事後指導を行っている学校と、ほとんど行っていない学校があり、相違は障害種に由来 することが判明した。障害の状態から指導を行えない場合、在籍児童がいない場合、指導を必要 としない内容で交流する場合があるためである。例えば、 知的障害・自閉症・情緒障害の場合は、 ほとんど行っていない。事前に交流校の児童の名前を確認する程度で、事後としても観察結果や 児童の感想などの評価をする程度のためである。聴覚障害でも事前・事後指導に時間をかけてい ない。これは、特別支援学校(聴覚障害)が、単元の中の1~2時間を、他校との“授業交流” に充てるため、 「交流及び共同学習」のために「独立した事前・事後指導」を行う必要がないた めである。病弱・虚弱では、近年は作品交流や鑑賞交流に限られているため、事前・事後指導を 行っていない。これに対して、視覚障害の場合は学級毎にではあるが、授業時間に事前・事後指 導を入れて実施している学級もあり、それなりに事前・事後指導を行っているようである。肢体 不自由は、取材調査不能で事前・事後指導の有無が確認できなかった。 他方、児童が活動内容を考えて準備をする活動をしている知的・自閉・情緒障害の交流小学校 Aや肢体不自由の交流小学校Eの場合、 特に後者は「交流及び共同学習」に計16~20時間を配し、 事前指導にも多くの時間を充てていた。調査結果から、交流小学校は事前指導に時間をかけてい る方が多いと言える。そのため、共同の「交流及び共同学習」を行っているにもかかわらず、必 要な総時間数が異なり、交流小学校側の負担感が大きくなる可能性を指摘できる。 ② 学校間「交流及び共同学習」実施の大前提として、実施プラン段階で念入りな実施計画の立案 をする必要がある。“函館圏”では、インクルーシブ教育提唱以前から自主的な学校間交流を実 施してきており、 「交流が恒例行事となっている学校」が大半である。そのため、年度当初の打 ち合わせでは“前例”を活用し、日程調整がスムーズに行われている。しかし、 「病弱・虚弱」 の場合は、年度当初に在籍している児童の有無、児童の在籍期間の見通し(医療の進歩から、短 期入院傾向が強まり、短期間在籍の児童も多くなっている)と医師の参加許可(疾患を抱えてい るため)が下されなければ「交流活動」は不能となるため、年間行事計画とするには不確実性が 高く、日程調整に苦慮する事もあるようであった。調整段階での「安全面への配慮」は、どの障 害種の特別支援学校との交流でも不可欠であり、障害種別によっては交流校に求める配慮事項の 138.
(10) 学校間の「交流及び共同学習」の課題. 有無や内容が異なる。視覚障害以外の障害種では、児童の実態により「交流校への配慮依頼」の 有無と内容を決めていた。視覚障害の場合に、交流校への配慮依頼をしていない理由は、引率教 員数を多く配置することで交流校側に配慮を求める必然性が低下していることと、児童同士が昔 からの顔なじみであるという環境も配慮されているようであった。 ③ 知的障害・自閉症・情緒障害、肢体不自由、病弱・虚弱との「交流及び共同学習」では、障害 特性に合わせた活動を実施している。これに対して、視覚障害では、プール活動など、学校環境 を活かした実践を行っていた。冬期には、雪山でのそりすべりなど北海道の自然環境を活かした 実践も行っている。このように、今回の取材では視覚障害があるために「交流活動」が厳しく限 定されているような実態は確認できなかった。聴覚障害でも同様に、遠足や学校行事での交流の 他、授業交流も行っている。また、交流校側に配慮をしてもらう側面はあるにしても、聴覚障害 があるために活動が厳しく限定されているような実態は確認できなかった。 3-2.教員間での「交流及び共同学習」に対する意識の相違 本項では、各障害種別特別支援学校教員の「交流及び共同学習」に対する意識と“通常(普通)教 育”を行っている交流校教員の「交流及び共同学習」に対する意識を、 それぞれ表4と5にまとめた。 表4 「特別支援学校(障害種別)の交流及び共同. 表5 「特別支援学校 (障害種別) の交流校 (通常教育). 学習」に対する意識」 . 教員の「交流及び共同学習」に対する意識」. その結果、明らかになったのは以下の3点である。 ① 全校とも現在の実施回数で満足しているが、回数を増加することはできないという意見が多い。 (現状において既に「最大限実施している状況」になってしまっている。学習指導要領(もしくは “準じた”)に沿った教育を行うに当たり、教科の学習指導時間が優先され、 「交流及び共同学習」 に費やすことができる時間が限られているのが実情である。 ) 139.
(11) 阿部 二郎・丸山 美音. ② “通常(普通)教育”を担う小学校の教員は、 学校間の「交流及び共同学習」の実施については、 「徒歩移動可能な距離かどうか」という判断基準を持っている。 (徒歩移動可能な距離に交流校が ないと、多くの移動時間が必要になる。移動手段によっては、 そのための費用確保の必要も生じる。 つまり、余計な時間と労力と費用が必要となる。教科学習を優先せざるを得ない現状では、可能な 限り近隣の学校と「交流及び共同学習」を行いたいと考えるのは自然なことである。 ) ③ 各種障害別特別支援学校の教員は、交流校が障害に対して理解のある学校だと認識している。 3-3.学校間の「交流及び共同学習」が内包する課題とその要因 “通常(普通)教育”を担う小学校でも、特別支援学校と学校間の「交流及び共同学習」を実施す れば、特別支援学校の児童の障害(種)についての理解が「体験的(経験的) 」に深まると考えられる。 その一方で、交流校以外の障害(種)についての体験的な理解は得られ難いことにもなる。 筆者らは、学校間における「交流及び共同学習」の実施には限界があると考えている。誰もが相互 に人格と個性を尊重し支え合い、人々の多様な在り方を相互に認め合える、 「共生社会の形成」を標 榜してインクルーシブ教育を推進しようとするなら、 1つの障害種の理解を促すだけでは、 インクルー シブ教育に力を入れているとは言い難い。全障害種は不可能だとしても、複数の様々な障害種の人々 と接する機会を体験(経験)していくことが必要である。同様に、障害者間の理解や深化を目指す特 別支援学校間の交流も必要であろう。そのためには、 学校ごとの自助努力による取組には限界がある。 “函館圏”は、各障害種別の特別支援学校全種類が存在するめずらしい地域(2015年当時)であっ たが、全国各地域に各障害種別特別支援学校総てが存在しているわけではない。また、現状では1校 との学校間「交流及び共同学習」を行うことで精一杯であり、 「交流及び共同学習」を十分に行える 時間が保障されていない。中学校では、時間の捻出・確保ができないために、課外活動として生徒会 (役員)活動の中で実施しているのが現状である。机上論では「 『交流及び共同学習』のための時間 は無理なく保障される必要がある」とはいえ、現実的には「移動による授業時間の損失」という問題 はとても大きく、 「学校間の距離」は大きな実施決定要因となっている。 「時間確保」という観点で考えるなら、長期計画として学年移行に従って交流障害種を変え、小学 校に在籍している6年間を通して複数の特別支援学校と交流することは可能である。しかし、もし複 数の特別支援学校との「交流及び共同学習」のための「時間確保」が可能になったとしても、小学校 側からの「近隣に特別支援学校がないことには、交流を考えられない」という意見は看過できず、こ こにも学校間交流における「現実の課題」がある。 結局、現実的な一般論として、複数の特別支援学校と「交流及び共同学習」を行うことは困難であ り、仮に複数の特別支援学校との「交流及び共同学習」を実施できるとしても、1つの交流活動のた めの事前・事後指導は「必要最小限の時間」に納めなければ実現は不可能である。 交流の「時間」という要素から、 「質」に目を転じれば別の課題が浮かび上がる。前述したような、 「できるだけ障害者と体験的(経験的)な交流の機会を講ずれば、障害(種)に対する理解が自然に 深まっていく」などと短絡するべきではなく、事前・事後で「交流する意義や価値、障害種の特徴」 等についての指導は不可欠である。それは、前述の「1つの交流活動のための事前・事後指導は必要 最小限の時間に納めなければ実現は不可能である。 」と矛盾することになる。 そのため、学校間の「交流及び共同学習」では、特に教員同士の指導計画の立案時の工夫が重要で あるが、多様に展開できる活動内容を考える際には多大な時間と労力を必要とする。何年も継続して 「交流及び共同学習」を行っている学校であれば、 “前例”の引き継ぎによって、新しく赴任した教 員でも比較的簡便に交流計画の立案が可能かもしれないが、初めて交流を行う障害種の特別支援学校 140.
(12) 学校間の「交流及び共同学習」の課題. との交流計画を立案しようとすれば、障害の特性を理解している教員の助言は必要不可欠であり、計 画案段階から多大な時間と労力を要することになる。そのような状況への予見は、既存の交流校以外 の学校間交流活動を阻害する要因となる可能性にも繋がるだろう。 筆者らは、通常学校と特別支援学校による「学校間の『交流及び共同学習』 」を理想的に成立させ るために、 “通常(普通)教育”を担っている教員の課題意識を明らかにする」という観点から調査 を進めた。その結果、 実施プラン段階で、 “通常(普通)教育”を担っている教員が感じている課題は、 次の3つに集約されそうであった。①特別支援学校との「交流及び共同学習」は、 「交流教育の1つ 要素」にすぎず、幅広い「交流教育」を行うことを理想とする価値観の下では、 「交流及び共同学習」 に費やせる時間が足りない。②交流することができる特別支援学校が近隣に存在しない。③ “通常(普 通)教育”を担っている教員が、適切な障害(者)理解のための教育を受けていなければ、実効のあ る「交流及び共同学習」計画を立案することが困難である。 このことを加味しつつ、学校間の「交流及び共同学習」実施に際して生ずる課題の要因を整理する と、以下の6点に集約できそうである。①義務教育課程に、達成するべき目標をあまりにも多く設定 している学習指導要領編成の問題(教育内容と配当時間数の不整合) 。②達成するべき目標に関わる 「専門知識」を持った人材配置の不足、教員養成教育上の教育内容の不足(例えば、養成教育段階で の充実した障害理解教育) 。③学校間の距離という物理的状況。④“通常(普通)教育”を担う小中 学校教員の「交流教育」概念範囲と、特別支援学校教員の「交流及び共同学習」概念範囲の齟齬と意 識の乖離。⑤計画立案段階で配慮するべき事項の多さ(障害種に起因する、一般的・汎用的ではない 配慮事項の多さ)と、実施中の安全管理責任・監督責任権所在の曖昧さ。⑥他校教員(担当責任者以 外の指導参加教員)との間で合意形成をすることの困難さ(相互に、 「立場上生じる必然的な意識の 乖離」を克服しようとする意識形成の困難さ) 。. 4.おわりに 障害者差別解消推進法、障害者権利条約の施行に伴い、今後は益々「交流及び共同学習」の実施が 求められていくことになる。 「交流及び共同学習」を行う必要がある以上、 “通常(普通)教育”と特 別支援教育を担う双方の教員にとって“負担なく不断に活動できる”ようにしていく必要があり、そ のための具体的で実効ある教育行政上の各種施策が求められている。 (本稿は、丸山美音の論文『平成27年度卒業研究「交流及び共同学習」のための基礎研究-函館圏 における学校間での実践実態の調査報告』 (阿部研究室所蔵)を基に、共同取材者の阿部の意見を加 えてまとめ直した上で、新たに共同執筆したものである。 ). 5.謝 辞 本調査研究に際しては、児童・生徒の個人情報保護の観点から「匿名を前提とした調査協力」をし て頂いた。そのため、本稿においても「校名や芳名」を記すのは極力控えることにしたが、この場を お借りして、ご教示下さった各特別支援学校及び交流校教員の方々に御礼申し上げたい。. 141.
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