多頻度気象観測データの自動収集・地図表示システムを利用した
甲府盆地冬季の気温分布特性
The Distribution of Air Temperature in the Kofu Basin in Winter : Results Based on
High Frequency Observation Data from an Auto-Collection and Auto-Mapping System
尾 藤 章 雄 近 藤 英 一
*Akio BITO Eiichi KONDO
1. 携帯電話ネットワークを利用した小スケールの気象観測システム 著者らは 2012 年度から継続して、低コストで移動可能な気象観測装置にGPS と無線装置を接続し、 その位置情報と観測データを無線伝送により基地局で集約 し、気温、気圧、湿度などの分布をインターネット上に地図 化するシステムの構築を試みてきた。昨年度は気象ステーショ ン2台を同時に移動させ、得られた観測データの解析から、 甲府盆地北部と中央部の僅かな気温差を把握することに成功 した。しかしこの実験においては、観測データの伝送に用い たアナログ無線通信システムが、音声パケットの送受信を伴 うために不確実であり、長時間にわたる安定した運用が困難 であった。 本年はこの無線伝送に関わるシステムの一部を商用の携帯 電話ネットワークに置き換え、リアルタイムにインターネッ ト上の地図に観測データを表示するという利点をそのまま に、安定して多頻度で集約するシステムの構築を行った。商 用の携帯電話ネットワークを使うことによって、アナログ無 線通信の直接波では観 測データの伝送が困難 な、山間地谷底部から の観測データの取得や、県外など遠隔地から届く複数の気象観 測データを、同時に集約することも可能になる。 この新たなシステムを、甲府盆地を南北に貫流する荒川の河 川敷に設置した6カ所の気象観測ステーションに適用し、詳細 な観測データを取得することができたので、その結果から甲府 盆地の冬季に出現する気温分布特性について明らかになった知 見を紹介する。 甲府盆地は周囲に連なる山々が 2000m を越える高山のため、 特有の気候現象が観測できることで知られ、冬季に盆地底に出 現する冷気湖、これに伴って山麓斜面に観測される逆転層など について、多くの研究成果が得られている。しかしながら盆地 内に設置されている気象庁のアメダス(AMeDAS、地域気象観 測システム)観測点は甲府、韮崎、大泉、勝沼、身延の5点の みで、本稿で扱うような盆地特有の小スケールで生起する気象現象は、詳細に把握できていない。 図 1 市街地中心部の貢川との合流点 に設置された気象観測ステーション 図2 市街地南部に設置された 気象観測ステーション * 工学部先端材料理工学科 教授
2 システムの概要 (1) 気象観測ステーションの設置 気象観測ステーションを設置した荒川は、山梨県と長野県の県境に聳える金峰山を源流とし、甲府市 北部では花崗岩質の山肌を刻んで名勝昇仙峡を作り出した川として知られる。低平な盆地底に流れ出た 後は甲府市の市街地を貫いて蛇行しながら南東~南に 12 キロほど流れ、盆地南端で笛吹川に合流する。 笛吹川共々、一級河川富士川の支流の1つである。甲府市街地においては、河川敷がゲートボール場や 公園として整備され、また緊急時の避難場所としての役割も併せ持っている。 甲府市街地が気温分布に与える影響を考慮できるよう、気象観測ステーションは荒川の河川敷に北か ら南にほぼ等間隔で第1地点から第6地点まで6カ所設置した(図7)。いずれも水流に近く、周囲の 人口構築物が影響しない場所を選び、地上高はこの機器を製造したDAVIS 社の推奨する 1.5m とした(図 1、2)。標高は第1地点が 325m、第6地点が 254m となった。 気象観測は 2014 年2月4日の気象観測ステーションの設置と同時に開始したが、当初は機器類の調 整に時間を要し、6カ所の観測地点で1分おきという多頻度の観測データを、同時に安定して集約でき るまでには1ヶ月近くを要した。2月8日の 43cm 及び2月 14-15 日の 114cm(いずれも気象庁発表の 最深積雪)に及ぶ大雪の際には、降雨量をはかるRAIN COLLECTER の中で雪が凍り付くなどして、正 確な観測が行えない事態も生じた(図3)。本稿の4章以下の観測データの解析には、種々の課題を解 決した3月4日以後3月 20 日までのものを利用している。 (2) 携帯端末と導入コスト アナログ無線通信システムに代えて新たに導入したの は、NTT ドコモ社の提供する携帯端末 FOMA モジュール ( 型番UM-03KO、以下モジュールと略)であり、気象観 測ステーションと周辺機器類は、前年から使用してきた アメリカDavis 社の「Cabled Vantage Pro2」である。 モジュールは1セット 19100 円、このほかに気象観測 ステーションコンソール用の電池、モジュールを稼働さ せるためのバッテリー(大容量カーバッテリー65B24L を 充当 ) とDC-AC 変換コンバーター及び各種接続コードを 合わせて全部で 22300 円かかるので、機器セット1台あ たりのコストは 41400 円であった(図6)。 携帯電話の契約はNTT ドコモ社のデータ通信従量プランで月額 2310 円+プロバイダ(mopera)利用 料 525 円の合計 2835 円である。冬季の気温分布を観測するという目的なので、2013 年 12 月から 2014 年3月までの期限を定めた契約を行い、6台を稼働させた(図4)。 3 携帯端末と気象観測ステーションのインターネット接続 (1) 携帯端末FOMA モジュールの仕様 モジュールは、携帯電話の通信部にモデムと音声入出力を組み合わせてあり、これを組み込んだ 遠隔機器とユーザーの間を結んで携帯電話回線でデータ通信を行うことができる。通信回線には FOMA (3G) を用いる。モジュールには、周辺機器とのインターフェイスを容易にするための「専用ア ダプタセット」が用意されている。通話器、UART、USB、GPS、アンテナ端子、電源ジャックなどを 汎用のコネクタ・インターフェイス規格で接続することができる。今回の実験では気象観測ステーショ ンのコンソールとのインターフェイスにUART (以下 RS-232C) を用いた(図5)。 図3 積雪時の気象観測ステーション (2月14日)
コンソールからのデータ出力の内容は、内部に組み込んだインターフェイスボードの仕様に依存し、 設定した時間間隔ごとに定期的に出力する「APRS ロギングモード」と、外部機器側からの送信要求命令 に対して応答する「シリアルロギングモード」がある。今回は両者のいずれにも対応できる必要があった。 モ ジ ュ ー ル は 内 部 にPoint-to-Point Protocol (PPP)、Internet Protocol (IP)、User Datagram Protocol (UDP)/ Transmission Control Program (TCP) の各レイヤを実装している。この意味するところは次のとおりである。 モジュールは外部装置(気象観測ステーションコンソール)との間でRS-232C 通信を確立すると、 次にFOMA ネ ットワーク交 換 器 と 接 続 し、外部装置 と交換器間の 通信を確立す る(PPP リ ン ク )。 交 換 器 は イ ン タ ー ネットゲート とのデータパ ケット交換を 確立し(IP 接続)、同時にモジュールと交換器も IP 接続 する。つまり、モジュールと外部のサーバーとがIP 接続 されるので、両者間で更に上位のUDP ないし TCP 接続に よるデータ交換が可能になる。 モジュールのIP アドレ スは、今回の実験ではNTT ドコモ社を通じて mopera と 呼ばれるプロバイダから付与されている。 (2) 大学内のサーバーと集約システム 山梨大学内のサーバーにTCP/UDP ソケットを実装した プログラムを用意した。モジュールの宛先IP として、グ ローバルIP アドレスを割り当て、TCP/UDP ポートを開放 した。大学内部では、学内LAN にルーティングされ、さ らに研究室のルーターでアドレス変換されて、サーバー 宛に配信される。 以上に必要な機能を有するアプリケーションソフト ウェアを新たに製作し、山梨大学の専用サーバー上で運 用した。主な機能は、モジュールとの通信機能、APRS-IS サーバーとの通信機能、気象観測ステーションの観測デー タの加工機能、モジュールのIP アドレスの管理、並びに 各機に付与された識別用のコールサインのマッチング機 能、ログ保存機能である。 モジュールとの通信には5つのUDP ソケットを実装し た。うち1つは大学のファイアフォールで開放したUDP ポートで受信専用とし、6カ所の気象観測ス テーションからデータが送信されてくる。また他の4つは送信専用とした。これは6カ所の気象観測ス 図4 携帯モジュールを使った気象観測データの集約・地図化システム(概念図) 図5 気象観測ステーションコンソールと 携帯端末FOMAモジュールとの接続 図6 機器類の収納状況
テーションのうち4カ所のモジュールがシリアルロギングモードで動作しており、気象観測ステーショ ンコンソールに向けて、データ送信命令を与える必要があるためである。命令送信は多頻度の観測デー タを取得するという目的から1分おきと設定した。残り2カ所の気象観測ステーションコンソールは APRS ロギングモードで動作しているので、UDP 受信ソケットを監視しているだけで良い。 シリアルロギングモードの場合、気象観測ステーションコンソールからは 100 byte のバイナリーデー タが送信されてくる。またAPRS ロギングモードの場合は APRS 気象フォーマットの文字列が送られて くる。データの先頭バイトの内容で両者を判別し、前者の場合は必要な観測データとして加工し、後者 の場合はそのままサーバーに保存した。前者のほうが容量は大きいものの、風速・風向の精度について は両者の間に基本的な差はない。気温は前者の場合は華氏で小数点以下1桁 (##.#、単位は華氏 ) の精 度をもっているが、後者の場合は小数点以下の精度がないもの (##.) になっている。 データ送信要求に対する応答は、インターネットのパケットリレー遅延があるため、サーバーからの 要求順序でそのまま応答データが送られてくるわけではない。そのため、送信元のIP アドレスで、ど の気象観測ステーションからの観測データかを識別することとした。運用した限りでは、モジュールか らIP レイヤを確立すればその間は IP アドレスは固定されていた。APRS ロギングモードの場合は、デー タ文字列に予め自局の位置情報を設定できるので、これを識別情報とした。 通信ソケットとしてAPRS-IS(Amateur Radio Packet Reporting System Internet Service)との通信用に TCP ソケットを 1つ装備した。取得した観測データない し は 文 字 列 を、 前 記 のAPRS 気 象 デ ー タフォーマットに加工し、サーバーに送 信した。その際には各機について、別途 設 定 し た 位 置 情 報、IP アドレスから識 別し各々のコールサイン、その他必要な 文字列を付与した。なお、APRS-IS とは アマチュア無線上でのパケット通信を応 用してリアルタイムでデータ配信を行う 通信プロトコルであり、アメリカのBob Bruninga 氏が 1992 年に提唱したものであ る。 前述の通り、モジュールは気象観測ス テーションコンソールからのRS-232C 信 号入力をトリガとしてIP 通信を確立する (ダイレクトモード動作)。 シリアルロギングモードで動作する気 象観測ステーションコンソールは、コー ルドスタート時を除き、自らはRS-232C 信号を出力しない。そのため本ソフトウェ アから送信命令を定期的に送出し、オン ライン状態を維持することとした。そう でなければルーターの不調などの要因で サーバーからの命令が着信しないと、IP 図7 荒川沿い6カ所の観測地点
接続が切断されてしまうことになるからである。そこで全く別の系統のネットワーク環境にあるパソコ ンから、モジュールのIP アドレス宛に定期的に送信命令を送信し、モジュールの IP 接続を維持するよ う試みた。この場合でもモジュールのデータの宛先は大学内のサーバーとした。 4 システムの課題 図4からわかるように、新たに導入した携帯端末FOMA モジュールは、カーバッテリーからの電源 をいちど 100V に昇圧した上で利用しており、この段階でのロスは大きくなった。気象観測ステーショ ンコンソールは乾電池でバックアップもでき、凡そ1ヶ月間の連続運用が可能であるが、このモジュー ルは送信時の消費電流が 720 ミリアンペアと大きいこともあって、1分おきという多頻度で観測データ の送信を行うとバッテリーへの負担は大きく、約 40 時間しか連続稼働ができなかった。この点で従前 のアナログ無線通信システムにおける電力の課題が十分に解決されたとは言えない。さらにシステムの 課題ではないが、1カ所でもオンライン状態が切れると再度立ち上げの際に、サーバーがどの気象ス テーションからのデータかを認識するのに時間を要する点が観測の上で大きな負担となった。 気象観測ステーションコンソールが 2 種類あり、これにあわせてモジュールをダイレクトモードとシ リアルロギングモードで動作するように設定したため、送られてくる観測データのフォーマットが異な り、特にAPRS 気象データフォーマットは得られる項目が限定された。この点はシステム構築以前から わかっていた点であるが、今後はAPRS サーバーを経由しない形で、大学独自のサーバーを介した観測 データの集約を検討する必要がある。 上記のシステムでは、リアルタイムにインターネット上の地図に気象観測データを表示するという利 点に加えて、商用の携帯電話ネットワークを利用することで複数箇所の気象観測データを安定して集約 することを目標としていたが、上記の幾つかの課題が見つかり、次年度以降もシステムの継続的な改良 を行うこととした。 4 観測データの有用性と解析結果 上記システムで得られた観測データに、各観測地点に出向いて気象観測ステーションコンソールから 直接ダウンロードして得た観測データをあわせて利用し、3月の甲府盆地の気温分布特性を検討した。 最初に6カ所の観測データから気温だけを抽出して、等時間面の気温分布をみたのが表1である。最も 甲府市中心部に至近なのは第3地点であり第2-4地点が市街地、第1及び第5、6地点は郊外で住宅 地や農地が卓越している。 気温分布の傾向は全部で4つの型と 18 のTYPE に識別できた。表 2 では微妙な気温の推移も示せる ように連続した2分間の値をとり、温度差を視覚的に捉えるためにEXCEL のスパークライン表示を用 いて示した。観測地点は北から南に順に第1地点から第6地点が設置されているので、スパークライン の形態によって甲府盆地の北から南への気温分布がわかるようになっている。 このうちTYPE 1-7 は中心部が郊外に比較して気温が高いことを示し、市街地に出現するヒートアイ ランドが形成されていたものと考えられるので、『ヒートアイランド型』と名付けた。このほかに、第 2地点が低く地点間の気温差が1℃以下に収まるTYPE 8-10 を『一定型』、第6地点に向かって気温 が下がるTYPE 11-13 を『北高南低型』、逆に第6地点に向かって気温が上がる TYPE 14-16 を『北低南 高型』とした。この他、観測地点ごとに気温の高低が激しく、特段の傾向がみられないTYPE 18-19 の ような分布もあり、その他とした。 表2によると、『ヒートアイランド型』は気温が氷点下となる寒い日から、13℃を超える暖かい日ま で、いろいろなTYPE が出現しているが、地点間の最高気温と最低気温の差は、最も暖かい TYPE1を 除くと 1.5℃以内が多くなっている。寒い朝に顕著に表れるとされるヒートアイランド現象であるが、
その気温差は、甲府盆地の3月には意外に小さいことがわかる。また、6カ所のうち最高気温を観測し た地点が、第2地点から第5地点まで広くなるTYPE もあるが、第3或いは第4地点だけが突出して高 いTYPE もある。ヒートアイランドの形態は、日により時間帯により微妙に異なっていることがわか る。 これに対して『一定型』も最高気温が 3.4℃以下の寒い早朝に出現し、気温差は1℃以内、『北高南低型』 は最高気温が 2.8℃以上 5.3℃以下で深夜から朝まで幅広い時間帯に出現し、気温差は 0.6℃から 5.4℃ とまちまちである。いずれも第2地点が特に低い気温を呈しており、この地点だけ冷気の入る何らかの 理由があるものと考えられる。逆に『北低南高型』は最高気温が 2.1℃以上 2.8℃以下とやはり寒い早 朝に出現し、気温差は 1.1℃から 1.3℃と小さくなっている。 このような気温分布には、盆地特有の風向が関係していると考えられる。そこで、気温分布で特徴が みられた4つの型、18 のTYPE について、同時刻の風速と風向を示したのが表2である。3月前半の 日本列島周辺ではまだ冬型の西高東低の気圧配置が卓越し、北西季節風が甲府盆地の住民から「八ヶ岳 表1 6カ所の観測地点の気温分布(℃)とその傾向
おろし」という俗称で呼ばれるように釜無川に沿って盆地内に南下することが知られている。 表2をみると、観測地点の多くで北あるいは北西の風が卓越していることがわかる。この北からの風 が冷気を盆地に運んでくるとすれば、盆地北側の観測地点の気温が相対的に低くなるはずだが、この傾 向は『北低南高型』のTYPE 14、15、16 に顕著に表れている。 この逆に『北高南低型』になるTYPE では、幾つかの観測地点で南からの風を観測しており、TYPE 12、13 など早朝以外の時間帯がみられる点も指摘できる。一方で同じように寒い早朝のTYPE8、9では、 表2 6カ所の観測地点の風速(m/s)と風向(16方位)
北西の風が吹いていながら第1地点の気温が高くなっており、これは風向では説明できないため、他の 要因を考える必要がある。 さらに『ヒートアイランド型』は風の弱い早朝に出現するといわれておりTYPE6、7はこれに合致 するが、TYPE1、4、5においては深夜で北からの風が比較的強く吹いており、また TYPE2では南 の風が卓越しているので、必ずしも風向だけからヒートアイランドの形態を議論することは難しいもの と思われる。 本稿では多頻度気象観測データの自動収集・地図表示システムを構築して、甲府盆地における気温分 布の特性を考察した。今後は気象観測ステーションの設置場所について再検討を行い、機器の設定に起 因するエラーの解消や観測データの精度を上げるなどして、今回対象としなかった天候(晴れ、曇り、 雨など)や湿度、気圧と気温分布との関係について深く検討していきたい。 【謝辞】 千葉大学環境リモートセンシング研究センターの近藤昭彦教授には、共同利用研究全般にわたり様々 なご指導をいただいた。またFOMA モジュールの提供、設定については、NTT ドコモ山梨支店の根本 俊行、藏重龍樹の両氏に詳細な情報提供を受けた。 気象観測ステーションの設置作業には、工学部電気電子システム工学科3年荻野景太君、木下正登 君、コンピュータ理工学科2年大月昭紀君、教育人間科学部生活社会教育コース2年の木之瀬義政君の 協力を得た。ここに記して感謝申し上げる。 本研究を進めるにあたり、山梨大学において 2013 年度に採択された、戦略・公募プロジェクト(基 盤研究)「ヒートアイランドの河川卓越風による偏倚現象の解明」の経費を利用した。また、千葉大学 環境リモートセンシング研究センターの主管する 2013 年度共同利用研究「準天頂衛星「みちびき」の 山間地谷底部における精度検証実験」の経費の一部を利用した。