パイナップルのフレーバーに及ぼす保存温度の影響
Effects of the storage temperature on the flavor of pineapple
時 友 裕紀子 戸 栗 彩 花
*小宮山 幸 子
**Yukiko TOKITOMO Ayaka TOGURI Sachiko KOMIYAMA
The volatiles of pineapple fruits stored in three different temperature conditions were isolated by solvent assisted flavor evaporation techniques and analyzed by GC/O and GC/MS. The fruits stored at 13.5 ℃ and 2 ℃ possessed over-ripe and unfavorable odor. Those flavor dilution factors of ester and furanone compounds were different from those of the fruit stored at 7.2 ℃ . The results of sensory evaluations showed that the flavor profile of pineapple stored at 13.5 ℃ was similar to that of the fruit stored at 2 ℃.
1. 緒言 生鮮パイナップルのおいしさは、適度な甘味とさわやかな酸味、美しい色調、多汁によるみずみずし さ、および豊かな甘い香気に寄るところが大きい。 パイナップルの香気についてはアメリカを中心に数多くの研究報告1)-8)や、Flath9)、Berger10) による 総説があり、現在では 280 種以上の香気成分が報告されている。そのうち、他の果実香気にも広く存 在するエステル類はパイナップルのフルーティーな香気においても重要な成分である。また、Berger ら3)
が最初に報告した不飽和炭化水素の1-(E,Z)-3,5-undecatriene と 1-(E,Z, Z)-1,3,5,8-undecatetraene は閾
値が低く、パイナップルの新鮮な香気を有する。さらに、4-hydroxy-2,5-dimethyl-3(2H)-furanone (HDMF)
(furaneol
®
) はパイナップル様、カラメル様香気を有し、Rodin ら1)によって初めてパイナップル中に同 定された。
筆者らは、パイナップル香気に寄与する成分を明らかにするため、GC オルファクトメトリー(GC/ Olfactometry, GC/O)と AEDA 法(Aroma Extract Dilution Analysis)による香気寄与成分の選抜、安定
同位体希釈法(Stable Isotope Dilution Assays, SIDA)による定量、および官能評価によりパイナップ
ルの新鮮香気に寄与する成分の特定を試み、ethyl 2-methylpropanoate、methyl 2-methylbutanoate、ethyl 2-methylbutanoate、1-(E, Z)-3,5-undecatriene、β-damascenone、および、HDMF がパイナップル香気への
寄与が高いと報告した11)。
一方、熱帯果実のパイナップルは7℃前後に保存することで味や香りが保たれるが、低い温度による 保存では、低温障害により食味が低下し、特に香りの変化が大きいとされている。
本研究ではパイナップル香気に及ぼす保存温度の影響を明らかにするため、パイナップルを2℃、7.2
℃、13.5℃で保存し、香気成分を溶媒抽出法とSAFE(Solvent Assisted Flavor Evaporation)装置12)
によ る蒸留・精製により得て、GC/O 分析を行い、各香気濃縮物の香気の違いを検討した。また、パイナッ プル果汁について官能評価を実施し、GC/O 分析結果との比較を行った。 2. 実験方法 (1) 試料 パイナップルはフィリピン産マヤンゴールド(株式会社ドールの商品名はスウィーティオ)を用いた。 現地で収穫後、2℃、7.2℃、13.5℃に設定したコンテナに保存し、日本への輸送中も同温度に保った。 * 教育人間科学部家政教育専修 2008 年度卒業生、** 同 2004 年度卒業生
収穫1週間後に大学研究室に到着し、その後は同温度に調整した冷蔵庫に保管し、実験に供した。 (2) 香気濃縮物の調製 パイナップル果肉(可食部)を細断し、家庭用ミキサーにてホモジナイズし、300gの果汁を得た。 これにジクロロメタン 200 ml と内部標準物質(0.1%シクロヘキサノールジクロロメタン溶液 150μl) を加え1時間半撹拌抽出を行った。静置後、分液ロートおよび遠心分離(2800 rpm)により、ジクロロ メタン層と水層を分離した。ジクロロメタン層を無水硫酸ナトリウムにて脱水、ろ過後、常圧、45℃に て約 50 ml まで蒸留濃縮した。抽出液を約 40 mL まで常圧濃縮し、SAFE 装置12) にて香気成分の蒸留・ 精製を行った。得られた蒸留物を脱水、蒸留濃縮し、香気濃縮物を得た。SAFE 装置の条件は水温 51 ~ 52℃、減圧度5~7× 10-3 Pa である。得られた香気濃縮物について、GC/O 分析を行い、AEDA 法 によって、各濃縮物の香気特性を比較した。 (3) 香気濃縮物の分析 1) 試料 (2) で調製した香気濃縮物は、窒素ガス気流下でさらに 390 mg まで濃縮して、分析に供した。 2)GC/O 分析 GC/O 分析は以下の条件で行った。
GC:6890 Series GC System (Agilent Technologies)
検出器:FID、検出器温度:260℃、水素流量:40 ml/ min、空気流量:400 ml/ min
キャリアーガス:He
カラム:DB-5、30 m × 0.32 mm (i.d.)、膜厚 0.25 μm (J & W)
カラム温度:40℃ (5 min hold) → 240℃ (5℃ / min)
注入口:オンカラムシステム、43℃ (5 min hold) → 243℃ (5℃ / min)
試料注入量:1 μl においかぎ装置:OP275(ジーエルサイエンス)、においかぎ出口と FID への流量を3: 1になるよ うにカラム出口で溜出する香気成分を分岐した。 化合物の同定、推定は、各ピークのGC における RI[CnH2n+2,(n=6~24)で算出]、においの性質お よびGC-MS データが標準物質または文献値と一致することにより行った。 3)AEDA 法 (3)-1) の香気濃縮物 390 mg を1倍とし、GC に1μl 注入して GC/O 分析を行った。その後、順次4、 16、64、256、1024、4096 倍(4n倍)にジクロロメタンで希釈して同様にGC 注入し、においが感じら れなくなった希釈倍率の前の倍率を各においのFD ファクターとした。 4)GC-MS 分析 GC-MS 分析は以下の条件で行った。 GC:Shimadzu GC-7A キャリアーガス:He カラム:DB-5、30 m × 0.32 mm (i.d.)、膜厚 0.25 μm (J & W)
カラム温度:40℃ (5 min hold) → 240℃ (3℃ / min)
注入口:スプリットシステム、250℃ MS:Shimadzu MS QP5000
インターフェイス温度:250℃
(4) 官能評価 1) 試料 パイナップルの果肉をミキサーでかゆ状にし、不織布で漉して果汁を得た。 2) パネル 山梨大学教育人間科学部学生 25 名(18 歳から 23 歳)とした。 3) 方法 果汁 30 ml を各々ワイングラスにとり、パネルに2種類の果汁を同時に与えた。甘味、酸味、さわや かな果物の香り、甘い香り、不快なにおい、全体的な風味の好ましさについて5段階評価(+2:良い、 +1:やや良い、0:普通、-1:やや悪い、-2:悪い)をさせた。香りとにおいはレトロネーザル アロマとした。 2種類の組み合わせは、初めに 13.5℃保存パイナップルと 7.2 ℃保存パイナップルとし、2日後、 同じパネルに2℃保存パイナップルと 7.2℃保存パイナップルを供した。検査用紙は試料ごとに記載す るよう各1枚ずつ提供し、記載させた。 4) 解析法13) 評点法で評価された2試料の平均値の差について有意差検定を行った。 3. 結果及び考察 (1) 香気成分の比較 研究室到着直後のパイナップルは、7.2℃保存のものが新鮮な香気を有し、食味も甘味と酸味のバラ ンスがとれていた。2℃保存は 7.2℃保存と比べてエステル様の香気がやや強く、甘い香気も強く感じ られた。また、やや不快な香気が感じられた。13.5℃保存は熟したような濃厚な甘い香気が強く、過熟 状態であった。 3種類の温度で保存したパイナップルの香気濃縮物のGC/O 分析の結果、45 ピークで香気が感じら れた。その中で、パイナップルの香気寄与成分11)を含めた主な 17 ピークの香気成分、香気の特徴、FD ファクターを表に示した。FD ファクターが大きいほど、そのピーク(におい)のパイナップルへの香 気寄与度が高いと考えられる。 13.5℃保存はFD ファクターが全体的に高く、濃厚な香気を有していた。ガスクロマトグラム上の総 ピーク面積も大きく、香気の量が多いことが認められた。他に比較して、methyl 2-methylpropanoate(No.
1)、ethyl 2-methylpropanoate(No.2)、methyl 2-methylbutanoate(No.3)、ethyl 2-methylbutanoate(No.5)、
ethyl hexanoate(No.7)の FD ファクターが高く、フルーティーなエステル香が強いことが確認された。
また、δ-octalactone(No.12)、vanillin(No.16)、δ-decalactone(No.17)の甘い重い香りも 13.5℃の FD ファ
クターが高い傾向にあった。
2℃保存は 7.2℃保存に比較して、ethyl 2-methylbutanoate、ethyl hexanoate の FD ファクターが高い傾
向にあった。 パイナップル様の香気を有する4-methoxy-2,5-dimethyl-3(2H)-furanone(No.8)と HDMF(No.9)は 保存温度が高くなると香気が強くなり、13.5℃保存のFD ファクターが高く、2℃保存では低いことが 観察された。HDMF はパイナップルの重要香気成分であり、その生成は温度依存であることが推測さ れた。HDMF とは性質が異なったさわやかなパイナップル様香気を有する 1-(E,Z)-3,5-undecatriene は3 種類のパイナップルで同じFD ファクターであり、保存温度による変化が認められなかった。 また、果実様やりんごの甘い香りを連想させるβ-damascenone は 7.2℃保存の FD ファクターが高い ことが明らかとなった。 一方,みそ様、じゃがいも様のmethional(No.6)は 13.5℃保存で高い FD ファクターを示し、不
快臭の原因物質と考えられた。No.10 の 3-hydroxy-4,5-dimethyl-2(5H)-furanone(sotolon)はカラメル様、 黒糖様の香気を示すが、閾値が低いため濃度が高くなると果実香の新鮮さを低減させると考えられ、 7.2 ℃保存でFD ファクターが低く、2℃保存と 13.5℃保存では高いことが明らかとなった。さらに、 ゴム様のNo.13、ゴム様あるいは発酵したみかんを思わせるにおいの No.14 はいずれも不快臭であり、 2℃保存と 13.5℃保存で認められたが、7.2℃保存では感じられず、前2者に存在する不快臭の一因と 考えられた。 以上のことから、過熟状態の 13.5℃保存パイナップルは香気の総量が多く、香気が強く、さらに不 快臭と思われる成分の存在が明らかとなった。13.5℃保存に比較してFD ファクターは小さいが、2℃ 保存パイナップルの香気は 13.5℃保存と共通点が多いことが観察された。7.2 ℃保存パイナップルは 不快臭成分のFD ファクターが低く、また、甘い香気が強すぎることがなく全体として調和のとれた香 気組成であることが示唆された。 (2) 官能評価 パイナップル果汁の官能評価結果を図1、2に示す。13.5℃保存は、甘味、不快なにおいが 7.2℃に 比較して有意に強く、酸味は弱いと判定された。2℃保存は甘味と甘い香りが 7.2℃に比べ、有意に強 いと判定され、酸味は弱いとされた。13.5℃および2℃保存をすると、甘味が強くなり、酸味は低下し、 果実の新鮮さが失われることが明らかとなった。また、図1と図2を比較すると、13.5℃保存と2℃保 存の味と香りのプロファイルが類似していることが認められ、両者のフレーバーが近いものであること が示唆された。 13.5℃保存のパイナップルは過熟状態であり、2℃保存のパイナップルは低温障害の状態である。低 温障害によって生成する香気は過熟パイナップルの香気に類似していることが明らかとなった。また、 官能評価の結果はGC/O 分析結果を裏付けるものであった。 表 AEDA 法を適用した GC/O 分析によるパイナップルの保存温度とその香気の比較 peak RI
Compounds Odor quality FD-factor
No. on DB-5 2 ℃ 7.2℃ 13.5℃
1 709 Methyl 2-methylpropanoate Fruity, sweet - - 4
2 748 Ethyl 2-methylpropanoate Fruity, sweet 4 4 1024
3 765 Methyl 2-methylbutanoate Fruity, apple-like 256 256 4096
4 808 Ethyl butanoate Fruity, green, apple-like 1 1 1
5 839 Ethyl 2-methylbutanoate Fruity 64 4 1024
6 908 Methional Miso-like, potato-like 1 1 1024
7 1004 Ethyl hexanoate Fruity, sweet 4 1 64
8 1055 4-Methoxy-2,5-dimethyl-3(2H)-furanone Pineapple-like 4 16 64
9 1063 4-Hydroxy-2,5-dimethyl-3(2H)-furanone Caramel-like, pineapple-like 4 64 256
10 1103 3-Hydroxy-4,5-dimethyl-2(5H)-furanone Caramel-like 64 1 16
11 1171 1-(E, Z)-3,5-Undecatriene Fresh, grassy 64 64 64
12 1279 δ-Octalactone Sweet, coconut-like 16 16 64
13 1298 Unknown Rubber-like 16 - 256
14 1346 Unknown Rubber-like, sour 4 - 64
15 1391 β-Damascenone Fruity, apple-like 1 64 4
16 1410 Vanillin Vanilla-like 1 1 16
4. 要約 パイナップル香気に及ぼす保存温度の影響を明らかにするため、パイナップルを収穫時から2℃、 7.2℃、13.5℃に保存し、その香気について、AEDA 法を用いた GC/O により分析し、比較を行った。 AEDA の結果,パイナップルの保存には不適な 13.5℃、2℃保存は、熟した甘い香りや不快なにおい が 7.2℃保存に比べ強くなっていることが明らかとなった。特に、エステル類やフラノン化合物のFD ファクターが 7.2℃保存とは異なっていた。また、官能評価により 13.5℃と2℃保存のフレーバープロ ファイルが類似していることが観察された。 以上のことから、低温障害によって生成する香気は過熟パイナップルの香気に類似していることが明 らかとなった。 本研究の一部は株式会社ドールの研究助成によるものであり、同社ならびに米倉幸夫氏に深く感謝い たします。 5. 文献
1) Rodin, J. O., Himel, C. M., Silverstein, R. M., Leeper, R. W., and Gortner, W. A., Volatile Flavor and Aroma Components of Pineapple. I. Isolation and Tentative Identification of 2,5-Dimethyl-4-Hydroxy-3(2H)-Furanone. J. Food Sci., 30,280-285(1965).
2) Pickenhagen, W., Velluz, A., Passerat, J-P., and Ohloff, G., Estimation of 4-hydroxy-2,5-dimethyl-3(2H)-furanone (FURANEOL) in Cultivated and Wild Strawberries, Pineapples and Mangoes. J. Sci. Food Agric., 32,1132-1134(1981). 3) Berger, R. G., Drawert, F., Kollmannsberger, H., Nitz, S., and Schraufstetter, B., Novel Volatiles in Pineapple Fruit and Their Sensory Properties. J. Agric. Food Chem., 33,232-235(1985).
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5) Wu, P., Kuo, M.-C., Hartman, T. G., Rosen, R. T., and Ho, C.-T., Free and Glycosidically Bound Aroma Compounds in Pineapple (Ananas comosus L. Merr.). J. Agric. Food Chem., 39, 170-172 (1991).
6) Takeoka, G., Buttery, R.G., Teranishi, R., Flath, R.A., and Guentert, M., Identification of Additional Pineapple Volatiles. J.
図1 官能評価結果 7.2℃保存と 13.5℃保存の比較 **1% 危険率で有意差あり、*5% 危険率で有意差あり。 数値は平均値を示す。 図2 官能評価結果 2℃保存と 7.2℃保存の比較 ***1% 危険率で有意差あり、*5% 危険率で有意差あり。 数値は平均値を示す。
Agric. Food Chem., 39,1848-1851(1991).
7) Umano, K., Hagi, Y., Nakahara, K., Shoji, A., and Shibamoto, T., Volatile Constituents of Green and Ripened Pineapple (Ananas comosus [L.] Merr.). J. Agric. Food Chem., 40,599-603(1992).
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