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理論から歴史へ : 現代批評理論の動向

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理論から歴史へ

現代批評理論の動向一

福 岡

忠  雄

 振り返ってみれば,1987年PMLAの冒頭に掲載されたPresidential

Addressが一つの契機だったように思われる。当時の会長はHillis Miller。 所謂テキスト派の領袖の一人である。彼のThe Trizamph of Theo7y, the Resistance to Reading, and the Question(ゾthe Material Baseと銘打った 論文は,かなり強い調子でmaterial baseに対する盲信を戒め,“歴史的事実” なるものも結局はテキストに過ぎないと説いたのである。ここで言うテキ・ス トの概念は“読む”という行為と一体となったものであり,だとすれば,“読 み”が含む複雑な諸問題,時には読みの不可能性の問題を避けて通ることは できないことを改めて強調したのである。しかし,敢えて「理論の勝利」と 題せざるを得なかったことが,皮肉にも,返って当時の“理論派”の危機感 を顕わにする結果となった。つまり,ポスト構造主義を誇称し,一時は文学 批評界を席巻しそうな勢いを見せたディコンストラクションが,ここにきて 新しい動きに押されて自らの騎りを自覚し始めたのである。それでは,理論 派が危惧した文学研究の新しい傾向とは何だったのか。それは,Millerの同 論文の中ではたった一回しか言及されていないが,所謂ニュー・ヒストリシ ズムと呼ばれる動きである。 Nothing that is said about the end of theory, for example by advocates and practitioners of the so called new historicism who claim that they have gone beyond theory and back to the solid, atheoretical historical

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      1) research, can obscure that fact.  私は既にこれまで三度にわたり“作者”の概念を軸にして,複雑な現代批 評理論の一角へのアプローチを試みてきた。即ちFoucault, Barthes, Fish 等が説く作者の概念を手がかりに,現代批評理論が何を問題とし,何を目指 そうとしているのかを考えてみたのである。この方法のメリットは,論点を 作者に絞り込むことによって,問題を単純化,明確化し得ることである。他 方,これによって切り捨てられた部分も少なくない。例えば,理論をめぐる 攻防を一つの流れとして捉える観点である。切り口を決めてFoucault, Barthes, Fish等それぞれの論者の主張を見てみることは言わば点と点を渡 り歩くものであり,現代批評理論の展開そのもの,点と点をつなぐ線,を捉 えるには適していない。その不備を多少でも補おうと試みたのが以下の小論 である。つまり,ディコンストラクションを中心とするポスト構造主義とニ ュー・ヒストリシズムの対立の構図,Millerの論文が契機となって浮き彫り となったこの構図を基に,現在に至る批評理論のおおまかな推移を辿るのが 本論の主旨である。 1  ディコンストラクションの重要な命題の一つは「テキストの外には何もな          2) い」ということである。 この有名なDerridaの一句が何を意味するかはひ とまず差し置くとして,ここで言う“テキスト”の概念について考えてみた い。一見したところ,それはニュー・クリティシズムと余D変わらないよう な印象を与えるかもしれない。確かにディコンストラクションは,精密なテ キスト分析という点でニュー・クリティシズムに似通ったところがあるのは 事実である。Derridaの考え方が本国のフランスではそれ程でもないのに,ア メリカでもては:やされ,一種のブームを引き起こしたのも,一つにはニュー ・クリティシズムの提唱した精読の方法論が既に浸透していたからだと思わ

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      理論から歴史へ  37 れる。しかし,ディコンストラクションとニュー・クリティシズムの共通点 はその辺までであって,そこから先は大きく異なっている。言語についての 考え方,作品の自律性(autonomy)の問題,作者一作品一読者の三項からな る図式の捉え方,比喩的表現の本質的不確実性,その他ことごとく考え方を 異にしていると言っていい。  例えば,ニュー・クリティシズムでは“テキスト”はそれ自体で完結した 自律的世界を作り上げているとされる。従って,内に包み込んだもの以外の 何物にも煩わされない。作者の意図とか,読者の印象とか,テキストが書か れた経緯とかは,全てテキストの外側の出来事であり,従ってテキストの意 味とは直接関係がない。テキ・ストの意味は全てテキストに包み込まれたフォ ルムの中に実現されている。逆に言うと,フォルムとして実現されていない 意味は,意味としての体をなさないのである。なるほど,フォルムを構成す る諸要素は一見したところ様々な対立・緊張の関係にあるように見える。し かし,それら対立・緊張は決してテキストを分断したり,不協和音のままに したりはしない。優れた作品であれば必ず,その緊張の中から,否,むしろ 緊張があるからこそより高次の調和,“有機的統一”(organic unity)を生み 出す。これがニュー・クリティシズムの“テキスト”観である。ここには幾 つかの事項が自明のこととして前提されている。例えば,テキストはそれ自 体完結した閉じられた世界であること,様々な曖昧性やパラドックスにもか かわらず,意味は必ず確定できること,意味作用ないし記号は意味の確定を 決して妨げる因にはならないこと等々。ディコンストラクションはこれら前       3} 提事項の全てにわたって疑義を呈したのである。  両者の違いの根は深く,言語の原点にまで立ち返る。“山”という言葉を例 に取ろう。三つの子供でもその意味を知っているという点で,これ以上の原 点はあるまい。しかし,ディコンストラクション,それに先行する構造主義 では事はそう簡単ではない。そもそも,山や丘や谷が初めから我々の回りに あって,それらの一つ一つに名前を貼り付けていった,その集合体が言語で ある一という従来の考え方を覆してしまったのである。

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a b a b c 図1 図2 例えば,図1のように,aとbとがあって, aを“丘”と呼びbを“山”と 呼ぶ。そこまでは問題はない。しかし,図2に於けるbと。はどうであろう か。すぐに分かるように,我々は普通aとbとは区別して“丘”と“山”と 呼び分けているが,bと。とは区別しない。明らかな差異があるにもかかわ らず,我々はそれを違うという風には考えず,“山”として同じ範疇でくくっ てしまうのである。つまり,ある種の差異はこれを機能させ,別の差異は差 異と認めないのである。これは何を意味するのであろうか。ひょっとしたら, 山や丘は始めから山や丘としてそこにあったのではなく,我々が勝手に差異 を持ち込んだ結果初めて“山”や“丘”が生まれてきたということではない のだろうか。所謂外なる自然,我々を取り巻いているexternal realityは本来 混沌ないしは切れ目のない連続体(continuum)なのであって,そこに切れ目 を施したのは人間だったのではないか。初めからあったのは山でも丘でもな く,人間が生得的に持っていた差異化する能力,即ち,広い意味での“言語 能力”だったということになるのではないか。  となると次なる疑問は当然,「では,その差異化はどのように生まれてきた のか」ということになる。これに対してDerridaはストレートに答えること を避ける。だからといって彼が逃げているわけではない。そのような,事実 を因果関係の鎖を辿って,やがては最終的なoriginを確定しない限り納得し ない考え方そのものを否定しようとするのである。つまり,原因とそれに続 く結果という構図そのものが問題だというのである。このことについては, Derridaの良き理解者であるJ. Cullerは次のように説明する。ある時急な痛

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       理論から歴史へ  39 みを感じたとしよう。何だろうとその痛みの個所を探ってピンがささってい たことが見つかったとする。ここで奇妙な逆転が起こる。即ち,我々の肉体 的反応としては,痛みがあってその後でピンを発見するという経過を辿った にもかかわらず,我々はピンを原因,痛みを結果として,その位置を逆転さ せてしまうのである。つまり,painからpinへの関係が, pinからpainへの 関係に置き代えられてしまうのである。言うまでもなく,先行する原因,そ       かなめ の後に続く結果というのは西洋合理主義の要中の要である。しかし,この疑 うべくもない原因と結果が,時間的経過を逆転させてなり立っているの   4) である。Cullerが引いているこの例は,西洋合理主義の“非合理性”をいち 早く見破ったNietzscheからのもので, NietzscheこそFoucaultやDerrida など,フランスの思想界をゆさぶった一連の知的革新の原点なのである。さ らにNietzscheは,その後のPaul de Manなどに先駆けるように,このよう な論理上の逆転・すり替えを可能にしたものとして,言語,特に言語の本質        5) である比喩性を挙げているのである。  先ほどの,言語の差異化に話を戻すと,差異化を徹底的に追い詰めてゆく と,最後に究極の一点に辿り着かざるを得ない。あらゆる差異化がそこから 枝分かれしていったという最後の拠点が必要になってくるはずである。その 他のものは,全て差異化による産物であるとしても,その究極の一点だけは 差異化によらない“現前”(originary presence)ではなくてはならないはず である。しかし,Derridaはそれこそがlogocentrismに捕らわれた結果なの だと言うのである。つまり,常にpresenceを追い求め, presenceが無いと論 理としては認めないという考え方に異議を申し立てるのである。Derridaに 言わせれば「初めにtraceありき」なのである。 II  言語は差異によってのみ意味を持ち得るというのは勿論Saussureの:革命 的とも言える洞察からきており,ディコンストラクションも原点をこの命題      6) に置いている。先ほどの例で言えば, ‘山”という語は“丘”や“谷”や“海”

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という語との関連でのみ意味を確保しているのであって,“山”という言葉と 窓から見えるあの土地の隆起したものとの直接的関係に於てではないのであ る。外界,自然界との対応関係ではなく,ある特定の言語はその言語独自の システム内の諸要素との関連に於てのみ意味を持つ,言語は同一システム内 の他の構成要素との対比・類似・相違等々,さまざまな繋がりの中で編まれ たものとして成り立っているのであって,単独で湿る一つの語が意味作用を 持つことはあり得ないのである。ここから,“テキスト”の概念が生まれてく る。テキ・スト,つまり編まれたもの,さまざまな糸・コードの撚り合わさっ たもののことである。ここで先のtraceの概念が重要になってくる。我々が書 かれたり,話されたりした語を理解できるのは,その語を取り巻く他の語と の関連からだということは既に何度も言った通りだが,これを言い替えると, 我々が“山”という語を見たり聞いたりした時,その語を理解できるのは, その語を取り巻く“丘”や“海”や“谷”という語の見えざる影,それらの 語の痕跡(traces)を意識するからだということになる。これをもっと論理的 に追い詰めてゆくと,差異化を可能にする原点は,決して何らかの形あるも ののpresenceではなくて,痕跡そのものだということになる。これが先の「初 めにtraceありき」ということの意味である。 Whether in the order of spoken or written discourse, no element can function as a sign without referring to another element which itself is not simply present. This interweaving results in each “element”一 phoneme or grapheme−being constituted on the basis of the trace within it of the other elements of the chain or system. This interweav− ing, this textile, is the text produced only in the transformation of another text. N othing, neither among the elements nor within the system, is anywhere ever simply present or absent. There are only,        7) everywhere, differences and traces of traces.

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      理論から歴史へ   41  一方この概念は,範疇を少し広げれば文学のテキストにもあてはまる。あ る文学作品,ある文学のテキストが意味を持つのは,その作品と,その作品 に描かれた外なる世界との対応関係ではなくて,そのテキストと古今の様々 なテキストとの関係によるものだということになる。それが,intertextuality という考え方である。Northrop Fryeの有名な言葉を借りて言えば,「詩は他        8} の詩との関係に於てのみ書かれる」というわけである。さらに,この概念を 世界全体,現象界全体に広げた場合どうなるであろうか。その世界そのもの が一つのシステムであり,意味作用の交差するテキストと捉えられる。つま り,あらゆるもの,あらゆる現象の一つ一つは,それ単独で定義できるもの ではなくて,それ以外のものとの関係のネットワークの中での差異によって のみ定義され得るのだということになってくる。これが記号論的世界である。 この記号論的枠組の中には勿論“人間”も入る。人間性という普遍的・超越 的なものがあるのではなくて,その時々の社会的・文化的システムの中で, 時に他の事物と同等な地位に置かれたり,或いは,啓蒙運動以降の近代西洋 社会に於けるように,事物より一段も二段も高い自律的存在として持ち上げ られたりもする。いずれにしても,‘S人間性”なるものは決して本質的なもの ではなくて,社会的・文化的諸力によって規定されるもの,socio−cultural constructだと言うのである。すっかり有名になったFoucaultの,「人間なん       9) て極く最近の発明品だ」というのはこの意味である。  以上は,ディコンストラクションと言うより,広い意味でのポスト構造主 義の基本的考え方である。これよりはもっと的を絞り,テキストのテキスト 性の厳密な検証に専念しようとするのがディコンストラクションである。周 知の通り,Hillis Millerはディコンストラクションの牙城と言われたYale 大学の重要なメンバーの一人であった。彼を含めて,Paul de Man, Harold Bloom, Geoffrey Hartmanの四人は当時“イェール・マフィア”と呼ばれ るほど,その文学理論の過激さ,精密さ,理論的堅固さで,端干すべからざ る存在,恐れられる存在だったのである。しかし,Derridaを思想的支柱と仰 ぐこのグループも,次第に影が薄らいでゆく。それは,彼等の方法が余りに

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テキストに固執したものであったからである。「テキストの外側には何もな い」というDerridaの中心命題は,当然のことながら,テキストを編んでい る様々な言語の綾,即ち,比喩および修辞の分析に熱中し,そこに論理の空 白,或は,矛盾を見いだすことに血道をあげることになっていった。当然テ キストの産出された時代や文化,政治的背景などは等閑視されたのである。 つまり,一言で言えば,“歴史”が無視されたのである。彼等に言わせれば, 歴史という概念はもともとうさん臭いものだった。第一,歴史と言うからに は時間の持続性が仮定されなければならない。しかし,直線的に連続する時 間の概念そのもの,或は,合目的的にevolveし,至福の状態に至るキリスト 教的歴史観,或は,マルクス主義的歴史観等,所謂,teleologyに対して彼等 は極めて懐疑的な立場をとったのである。そのような曖昧な概念を相手にす るよりは,専らテキストを編むレトリック,トロープなどの厳密な分析を通 して,つまり,言葉の分析を通して西洋の伝統的認識方法の空白・矛盾を指 摘する方を選んだのである。そして,このような社会的・文化的要素を一切 無視したテキスト分析の閉塞性に対する懸念から生まれてきたのがニュー・ ヒストリシズムなのである。 III  既に述べたように,構造主義,それに続くポスト構造主義では,基本的に は共時性のモデルが中心となる。ということは,時間的経過を全く無視する とまでは言わないまでも,ある程度棚上げにしてしまうところがある。もっ とも,Derridaの考え方の中には既に歴史性が含まれていると言う人もいる ことはいる。彼の例の造語“diff6rance”は,共時的differenceと通時的       10) deferra1との組合わせであり,時間性がある程度窺えると言うのである。しか し,全体として見た場合やはり歴史性という,時間を流れるものとして捉え る態度は希薄であると言わざるを得ない。アメリカン・ディコンストラクシ ョンの旗手de Manにしても,彼の最大の関心はテキスト分析で,言語の本 質はその比喩性にあるのであり,それ故に,あらゆる言説は必ず“盲点”

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       理論から歴史へ  43 (blindness)を内蔵している。もっとも,その盲点こそが実は優れた“洞察”       11)(insight)を生み出す契機なのだというのが彼の主張である。確かに, Derrida やde Manの指摘は言語の本質についての鋭い分析であり,我々をして,根 本に立ち返って問題を考えさせるだけの力をもっている。しかし,こういう 場合の常として,優れたoriginatorには色あせた亜流はつきもので,厳密な テキストの分析であったものもやがて単なる言語遊戯に堕するようになって いった。いたずらにpunを重ねたり,語源をひねくったりしては,それがい かにも深遠なことのように言い出したりしたのである。またその一方で,デ ィコンストラクションが必然的に含む相対主義,絶対的ものを認めず, teleologyを排する態度が,やがて一種の知的ニヒリズムとなり,マルキスト たちからの批判を浴びるに至ったのである。それ以上にディコンストラクシ ョンに批判的だったのは,歴史的視点を守ろうとする側からの攻撃で,ディ コンストラクションは歴史的視点を軽視する余り特定の時代の社会的・文化 的・政治的諸要素,それらの間の葛藤・拮抗の中で形成されるイデオロギー に対して余りにもロを閉ざし過ぎる,それがひいては象牙の塔に立てこもる 真空地帯的アカデミズムを生みだしているのだと,批判され始めたのである。 理論から歴史へ  こうしてニュー・ヒストリシズムという新しい方法論が 脚光を浴びるようになったのである。

IV

 “ニュー・ヒストリシズム”という呼び名はStehepn Greenblattの命名に よるという見方が一般的である。もっとも彼自身は,たまたま口が滑っただ けの仮の呼称がいつのまにか広まってしまったのであって,自分としては       12)“cultural poetics”という呼び名のほうがより適切であると言っている。い ずれにしても,ニュー・ヒストリシズムを代表する人物を一人挙げうと言わ れれば,彼になることだけは確かで,彼の代表的著書Renaissance Self− Fashioning :From More to ShaleesPeareを読めばニュー・ヒストリシズム とはどのような方法なのか,その大枠をつかむことはできる。

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44  彦根論叢第264号  ただ注意したいのは,ニュー・ヒストリシズムは理論から歴史へという反 作用から生まれたという経緯があるために,どうしても理論的整合性がディ コンストラクションなどに比べて弱いということがある。つまり,これはイ ズムというよD,むしろmethodology,理論というより実践と捉えるべきな のである。従って,同じくニュー・ヒストリシズムと言ってもそれぞれ微妙 に研究方法,或は,歴史に対する認識が異なっているというところがあり, 一人Greenblattのみを取り挙げて,これがニュー・ヒストリシズムの全貌だ とは言えないのである。従って,以下は,私がこれまでにニュー・ヒストリ シズムに属すると思われる著作を読んだ上で(極めて狭い範囲内であるが), 私なりにまとめてみたニュー・ヒストリシズム的方法論の極く大ざっぱな共 通項であることを予めお断わりしておく。  その第一は,歴史と言っても従来のキリスト教的,マルキシズム的,つま り,歴史は或る究極の目標に向かって発展する持続的流れであるとは考えて いないことである。つまり,歴史の持続性を無批判に受け入れることを拒否      13) するのである。ただ,ディコンストラクションと違って,時代の変化そのも のはこれを認める。変化は認めるがその変化を単一の動因で全て説明しよう とするような,マルキ・シズムの階級闘争にあたるような,決定的歴史の動因 などといったものを想定しようとはしないのである。要するに,transforma− tionは認めるが, evolutionは認めないと言っていいであろう。  第二に,物や人間について“本質”(essence)とv・うものを認めない。物に しても人間にしてもそれら全ては,或る特定の時代の社会的・文化的・政治 的・経済的諸勢三間の力関係,システム内の拮抗関係によって意味づけされ ているのであって,別の時代になれば別の意味づけが施されると考えるので ある。例えば,人間の肉体そのものについても,普遍的肉体というものはあ り得ず,常に予め社会のシステムの中で特定の歴史的意味づけが施された形       r4) でしかあり得ないとされる。ニュー・ヒストリシズム系統の著作に於てさか んにセクシュアリティの問題が取り挙げられるのもこのためである。つまり, これまで人間にとって最も根本的なものとされてきた性本能ですら,決して

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      理論から歴史へ  45 “自然的”,“本源的”なものなどではなく,特定の時代を支配渇するイデオ ロギーによる“恣意的”意味づけに晒されたものでしかないというのである。 第三。これは今言った人間の肉体,或は,性本能とある程度共通するのであ るが,人間性の中核をなすselfそのものも実は時代々々の社会的・文化的ネ ットワークの中で形成される,或は,捏造されるものだと考える。既に挙げ たGreenblattのRenadSsance Self−Fashioningという本の題名はそのもの ずばりで,ルネッサンス期に於て人は,その文化的,社会的関わりの中で如 何に自己のアイデンティティを形成していったかを考察したものである。 Greenblattが第一に挙げているThomas Moreの場合を例に取れば, More は時の政治権i力との関係を二つの態度を使い分けることによって乗り切ろう とした。即ち,engagementとdetachmentの二つを同時に使い分けようとし たのである。それが可能となるためには,故意に自分を“演技者”に仕立て 上げる必要があった。矛盾する二つの“自分”を一つに収めるためには,演 技を演技と承知の上の演技者が必要なのである。別の言い方をすれば,自分 の人生を一つのフィクションに仕立て上げることである。ここに於てテキス トと実人生はその境目を失うことになる。彼と彼の文学との関わりは,「彼の 文学は彼の人生を映すもの」というだけに終わらない。同時に,彼の文学, 彼のフィクションが彼の人生を形成するものとなる。彼の偽装されたアイデ ンティティがいつしか偽装でなくなってゆき,マスクであったはずのものが, 皮膚にそのまま溶け込んで虚と実の境目を失う。このような人間性,self,そ のものをcultural constructと見ようとする認識はニュー・ヒストリシズム の重要な要素である。  第四に,ニュー・ヒストリシズムは“厳然たる歴史的事実”というような ものを認めない。「何と言っても,結局は事実というものがそこにあるわけ で,その歴史的事実をできるだけ客観的な形で発掘し,再現することがIiter− ary historianの最も重要な任務である」というような言い方を認めないので ある。なぜ認めないかと言うと,歴史的な事実も結局は“テキスト”である ことを是認するからである。この点では,ニュー・ヒストリシズムはポスト

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構造主義のテキスト観を十分に取り入れているのである。既に説明したよう に,ディコンストラクションは,則る語が意味をなすのは,その語に隣接す る語の見えざる痕跡(traces)に依るのだと考えた。だとすれば,歴史的事実な るものも,それのみを取り出して,これこそ唯一の事実といってみてもはじ まらないのであって,その特定の事実の周縁には記録として残されなかった 事実,マージナルな領域に追いやられた事実があり,それらの痕跡を無視し た,それだけで独立する事実などはあり得ないと考えるのである。これが, ニュー・ヒストリシズムのもう一人の代表者Louis Montroseの言う「歴史       16) のテキスト性,テキストの歴史性」ということの意味である。  最後に,これはニュー・ヒストリシズムが最も批判を受けやすい点である が,人間を文化的,社会的ネットワークの産物と捉える以上,ではそういう ニュー・ヒストリシスト自身はどうなのか。彼が記述する歴史そのものも, 彼が今の時代の文化的産物である以上,決して公平・中立・普遍的な歴史記       17) 述とは言えないではないか,となってくるのはむしろ当然である。この点に ついて,ニュー・ヒストリシストは素直にその事実を認めている。自分だけ が歴史の枠組の外側に立って,その特権的な位置から特定の時代を客観的に        18) 記述することなどできないことを認めるのである。つまり,過去を振り返る 自分の眼が,結局は現代に捕らわれている,その限界を認めるのである。こ れもまた,Stanley Fishに代表されるもう一つのポスト構造主義,受容理論 の主張を取り入れたもので,テキストの意味を考えるとき,単に対象となる テキスト内の意味を考えるだけでは不十分で,解釈するという行為そのもの を考慮すべきこと,極言すれば,意味は解釈が生み出すという主張を容認し たものと言えよう。 結 び  こうして見てくると,Hillis Millerがなぜあれほど危機感を募らせたのか が不思議に思えてくる。理論と歴史,それは決して相容れないものではない。 ニュー・ヒストリシズムの基本的な概念は少なからず,先行する構造主義,

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      理論から歴史へ  47 ポスト構造主義に負うている。彼等は決してmaterial baseを自明のものと は考えていないし,“歴史を読む”ということのはらむ問題点についても自覚 している。それでもなおかつ歴史にこだわるのは,結局我々が歴史の栓桔を 脱することが出来ないと考えるからである。彼等に言わせれば,テキストの 厳密な分析,それを通しての西洋形而上学の“仮構”の指摘,二十世紀中葉 に於ける理論への関心の昂まり自体が,既にしてより大きな枠組としての“歴 史性”の中に位置づけられるものではないかと言うのである。  一方,“テキスト派”の人々が最:も警戒するのは,理論がイデオロギーに取 り込まれることである。あらゆるイデオロギーを組み立てている概念の一つ 一つ,従来疑うべくもないとされてきた前提の一つ一つを検証し直し,それ らが言語によって組み立てられている以上,必ず論理的空白(アポリア)を 自ら生み出さざるを得ないこと,また,記号はそれが表象せんとするものに 対して必ず何らかの“過剰”或は“ずれ”を含むものであり,そうであるか らには“意味”の確定は究極的には不可能であること,こういつた彼等の主 張は,それら空白や過剰を隠蔽し,恰も単一の,明白な意味があり得るよう に装うイデオロギーの危険性を説くものであり,ひいては,そのイデオロギ ーを生み出す“歴史意識”の危険匪を説くものである。  テキスト理論か,ニュー・ヒストリシズムか。しかし,結局それは二者択 一で黒白をつける問題ではあるまい。双方に耳を傾けるべきところが有り, 双方に弱点もある。ディコンストラクションについて言えば,逆説めくが, その理論的厳密さこそが最大の弱みだったように思われる。ニュー・クリテ ィシズムがとにかくあれほどの影響力と命脈を保ち得たのはpedagogical deviceとしての汎用性があったからである。つまり,理論としてだけではな く,実際の作品解釈という利用面に於ても,柔軟性を持っていたからだと思 われる。一方,ディコンストラクションは,文学解釈のための一戦略という より,文学とは何か。言語とは何か,さらには,我々の認識行為とは何かな ど,極めて哲学的な諸問題に取り組んだのである。言い代えると,ここでは 特定の作品の解釈ではなく,「解釈するとはどういうことか」,つまり,“解釈

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の解釈”が重要な問題となったのである。これは確かに文学をめぐる理論活 動を刺激し,活発な議論を呼んだ。しかし,それはどうしても“理論のため の理論”という観を否めず,実際のテキストに対する新しい読みを模索する 研究者たちにとって,その理論的厳密さ故に,安易な応用を許さないもので あった。  それを埋め合わせるような形で出てきたのが,ニュー・ヒストリシズムで ある。確かに,ニュー・ヒストリシズムにもこれを“理論”として見た場合 いくつかの弱点はある。これまで顧みられなかった“取るに足らない”資料 を取り上げ,いかにpowerが,決してその姿を表すことなく,その時代の隅 々に行き渡っているdiscursive practicesを管理し統御していたかを明らか にすると彼等は言う。しかし,当該の資料がなぜ選ばれたのか,“取るに足ら ない”,隠された無数の資料の選択の基準は何なのか,それを特定のアプリオ リな価値観に依拠することなく設定することが出来るのか,などの疑問は依 然残る。反面,ニュー・ヒストリシズムは,テキストの様々な具体的な読み 方を提供してくれるものであった。つまり,Iogical rigorが“ゆるい”分だ け,各研究者の実践的応用を可能にしたのである。イギリスのルネッサンス 期やビクトリア朝の相貌は,彼等が試みた斬新なテキストの読み方,これま での歴史研究が無視してきた資料の活用などによって,これまでとは全く違 った一面を見せるに至ったのである。くり返して言えば,テキスト派とニュ ー・ qストリシストとは単純な二者択一の関係にあるのではない。それはむ しろ,理論と実践というdialecticalな関係,お互いがお互いを批判すると同 時に,お互いがお互いを必要とする関係なのであり,そのような関係を通し てのみ,より高次な文学理解,言語理解が可能となる関係なのである。        NOTES ( 1 ) J.Hillis Miller. “Presidential Address 1986. The Triumph of Theory, the Resist−  ance to Reading, and the Question of the Material Base,” PMLA 102 (1987), p.286. (2) Jacques Derrida, Of Grammatology (trans) Gayatri C. Spivak (Baltimore and

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理論から歴史へ 49    London:The Johns Hopkins University Press,1974), p.158. (3)ディコンストラクションの立場からのニュー・クリティシズム批判については,例え    ば,次の論文参照。Paul de Man,“Form and Intent in the American New Criticism,”    collected in his Blindness and動s顧’(Minneapolis:University of Minnesota    Press,1971,1983), pp.20−35. (4)Jonathan Culler, On Deconstruction(New York:Comell University Press,1982),    pp.86−7. (5)言語の持つ修辞性(rhetoricity)が意味の確定を不可能にする例としてde Manが挙    げている最も簡単な例に次のようなものがある。“What is the difference?”この文章    の文字通りの意味は勿論「その違いは何か?」であるが,一方,これを修辞疑問と解    せば「何の違いがあるというのか」の意となる。つまり,前者では違いがあることが    前提となっているのに対し,後者では違いはないことが含意されている。即ち,literal    meaningとfigurative meaningとがお互いに意味を打ち消し合って,意味決定を不    可能にしている。これは,単に一つの特殊な例なのではなくて,言語表現一般が含む    本質的不確定性(indeterminacy)の典型であるというのがde Manの主張である。 (6)“〔1〕nlanguage there are only differences without positive terms.”Ferdinand de    Saussure, Course in General Linguistics,(trans)Wade Baskin(New York:    McGraw Hi11,1959). p.120.    ロ (7)Jacques Derrida, Positions(trans)Alan Bass(The University of Chicago Press,    1981),p.26. (8)Northrop Frye, Anatomy of Cn’ticism(Princeton:Princeton University Press,    1957),p.97. (9)“Strangely enough, man−the study of whom is supposed by the naive to be the    oldest investigation since Socrates−is probably no more than a kind of rift in the    order of things, or, in any case, a configuration whose outlines are determined by    the new position he has so recently taken up in the field of knowledge−It is    comforting,…and a source of profound relief to think that man is oη砂arecent    invention, a figure not yet two centuries old, a new wrinkle in our knowledge, and    that he will disappear again as soon as that knoweldge has discovered a new    form.”Michel Foucau!t, The Order of Things(New York:Vintage Books,1973),    xxi童i.〔My italics〕 (10)Geoff Bennington and Robert Young(eds), Post−Strztcturalism and the Question    of Histo2Zy(Cambridge:Cambridge University Press,1987), p.1. (11)“Apenetrating but difficult insight into the nature of literary Ianguage ensues.    It seems, however, that this insight could only be gained because the critics were    in the grip of this peculiar blindness:their language could grope toward a certain    degree of insight only because their method remained oblivious to the perception    of this insight.”Paul de Man, op. cit., p.106. (12)Stephen Greenblatt,“Towards a Poetics of Culture,”collected in The IVew

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彦根論叢 第264号    Historicism (ed) H. Aram Veeser (New York and London : Routledge, 1989), p.1. (13) {W)e require a history that will educate us to discontinuity more than ever    before ; for discontinuity, disruption, and chaos is our lot.” Hayden White, TroPics    of Discouxse, (Baltimore and London : The Johns Hopkins University Press, 1978),    p.50. (14) See, for example, Catherine Gallagher and Thomas Laqueur (eds), The Making    of the Modern Body : Sexzaality and Society in the Nineteenth Centu7s, (Berkeley,    Los Angeles and London : University of California Press, 1987), vii. (15)Stephen Greenblatt,1∼enaissance SθゲーFashioning’Fro〃z More’o Sゐakespeare    (Chicago and London : The University of Chicago Press, 1980), p.50. (16) Louis A. Montrose, “Professing the Renaissance: The Poetics and Poltics of    Culture,” collected in H. Aram Veeser, oP.cit., p.20. (17) See, for example, Frank Lentricchia, “Foucault’s Legacy : A New Historicism?”    H. Aram Veeser, oP. cit., p.238. (18) “(O)ur analyses and our understandings necessarily proceed from our own    historically, socially and institutionally shaped vantage points・・一一(T)he histories    we reconstruct are the textual constructs of critics who are, ourselves, historical    subjects,” Louis A. Montrose, oP.cit.,p.23.

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