セラミックス王国・森村グループと「名古屋的経営
」 : 名古屋圏の産業・経営にみる森村イズムの今
日的意義
著者
十名 直喜
雑誌名
名古屋学院大学論集 社会科学篇
巻
41
号
3
ページ
61-84
発行年
2005-01-31
URL
http://doi.org/10.15012/00000817
名古屋学 院大学論集 社会科学篇 第 41巻 第3号 (2005年 1月)
セラ ミックス王国・ 森村グループと「名古屋的経営」
―
名古屋圏 の産業・ 経営 にみ る森村 イズ ムの今 日的意義 ―
十
名
直 喜
目 次1.は
じめに2.森
村グループの経営理念と「名古屋的経営」3.名
古屋圏の産業構造 とその発展の系譜4.近
代セラ ミックス産業を主導する森村グループの経営 と技術5.お
わりに1.は
じめに
1904年に創 立 され た「 日本 陶器合 名会社」 (現・ ノリタケカンパニー・ リミテ ド)の
創立 百周年 を記念 して,「土 と炎 の世紀一 ノ リタケ チ ャイナと製陶王国の百年一」展覧会が,愛
知 県 陶磁 資料 館 にお いて2003年4月 5日 か ら6 月8日にか けて開催 され た1。 その生 みの親, 森村組が森村市左衛門・ 豊兄弟 によ って創立 さ れたのは1876年 (明治9年
)の
ことで,す
でに 130年近 くになろ うとしている。 この森村組 に 端 を発 し名古 屋 の地 を中心 に発展 した森村 グ ループの軌跡 は,
日本セ ラ ミック産業の縮図で もある。 白色硬質磁器 の完成 に10年,さ らにその後10 年,計
20年の歳月 と苦難の末につ くられたデ ィ ナーセ ットは,「 ノリタケチ ャイナ」 と呼ばれ, その洗練 された美 しい素地は世界中で愛用 され た。 この製造技術は,食
器 にとど まらず,生
活1
展覧会の図録を中心にまとめたのが,田村 哲・ 宮田昌俊編『土 と炎の世紀― ノリタケチャイナと 製陶王国の100年史―』愛知県陶磁資料館,2003 亀 に不可欠 な衛生陶器,電
力供給 のための碍子, エンジンの点火プ ラグ,
タイル,各
種 ファイン セ ラ ミックス素材 など,多
様 な世界へ と発展 し てい く。各部門は次 々と独立 して,そ
れぞれが 世界屈指 の企業 に成長す るに至 っている。 森村 グループの展開の主要 な舞台 とな った名 古屋圏は,
日本の地理的中央に位置 し,生
産機 能 が高度 に集積 した地域 で,日
本 の モ ノづ く り 。生産拠点 として位置づけ られ る。伝統産業 か ら派生的に発展 した多様 な産業の生産機能が 高度 に集積 し,
日本の貿易黒字 の7割
を稼 ぐな ど,
まさにモ ノづ くりに長 けた地域 といえよ う。 堅実 。実直をキーワー ドとす る土地柄や経営, 創業 オーナーの意 を汲 む長寿命企業 などに も, 手堅 く実直に仕事をす るとい うものづ くりの考 え方,特
徴が反映 されて い る。 この地域 には, 本業重視 の路線を維持 し,長
期的 な展望 を持 ち なが らも現実 には地道 な努力を積み重ねている 企業は少な くない。 ただ し,同
じものを同 じよ うにつ くっているだけでは綻び も生 じかねない。 新 しいモ ノに絶 えず挑戦 してい くことが不可欠 で,モ
ノづ くりの伝統は絶えざる創造的営みの なかで こそ継承 し発展 させ ることが可能 となる。こうした名古屋圏の企業 にみ られ る経営のあ り方 や風土
,そ
の良質的部分を,「名古屋的経 営」 として括 ることがで きよ う。 それ はまた, 「 日本的経営」といわれて きた もの と合 い重 なる 側面 も少 な くない。 小論 は,こ
うした「名古屋的経営」,む
しろ 「 日本的経営」の最良部分を,明
治以降,い
ち早 く開拓 し創造 して きた先駆的な経営 モデル とし て,森
村 グループの経営理念 とその展開に注 目 す る。森村 グループのアイデ ンテ ィテ ィをなし 百年 後 の今 日もなお光 を増 す経営理念,セ
ラ ミックスの各分野で 日本の トップ水準 を維持 し 最先端 を走 る森村 グループ各社,名
古屋圏にお けるそれ らの産業的 。経営的意義を明 らかにす る。2.森
村グループの経営理念 と「名古屋的
経営」
2.1.「
名古屋的経営」の先駆 としての森村グ ループ 名古屋圏の産業,経
営への注 目・ 再評価 名古屋圏2の産業 と経営,文
化がかつて な く 注 目されている。かつてはダサいもの,堅
物 の 代 名 詞 で あ った ものが,今
や経 営 か ら消 費, フ ァッシ ョンに至 るまで名古屋ブ ランドとして 関心 を呼ぶ「 ナゴヤ現象」がみ られ る。名古屋 圏 いや 日本 の経済界で存在感 を増す トヨタおよ びその経営 システム,こ こ数年 ファッシ ョン業 界 の中で もてはや され る「名古屋嬢」,大
家族2
名古屋圏をはじめ中部圏,東
海圏あるいは東海 地方など, この地域の呼び方,その対象範囲は多 様である。小論では,統
計数字で比較する便宜上, 愛知,岐阜,二
重の東海3県を名古屋圏 とみなし, そこに静岡を含む東海4県を東海圏 として区別す る。 主義 など田舎の面影 を残す「大 いなる田舎」消 費パ ヮーなど,枚
挙 にいとまが ない3。 「地味で穏健で,微
温的」という土地柄 に加え て,か
つては「五摂家」1に代表 され る地元有力 企業の固いガー ドは,「 堅実,排
他的,保
守的」 とい う名古屋財界 イメージを増幅 させて きた。 しか し,バ
ブル経済崩壊の後遺症の軽微 さ,立
ち直 りの早 さは,老
舗企業 などにみ る「踊 らさ れ ない経営」,モ
ノづ くりを中心 とす る本業 に 徹 した堅実経営 として再評価 され るに至 ってい る。 森村グループの発展一 日本セラミックスエ業の 縮図― 名古屋 は,
日本の近代的陶磁器産業を リー ド した森村 グル ープの発祥 の地 で あ る。森村 グ ル ープの発展史は,伝
統的 な和陶器の技術か ら 始 ま り,そ
の後近代セラ ミックス産業 として発 展 し,
さらなる イノベーシ ョンを遂げつつある 日本 セラ ミックスエ業の縮図であ り,全
国 に数 あ る陶磁器産地 の うちで も稀有 の事例 といえ る5。 森村 グループは,森
村市左衛門 らが設立 した 森村組,日
本陶器 をル ー ツとす る企業集団 で, 「世界 で最大 の セ ラ ミック企業群」6であ る。大 倉和親 の「一業一社」 の精神 によ って独立 した 各社 の うち,
ノ リタケカンパニー リミテド,
日 本 ガ イシ,日
本 特 殊 陶 業,TOTO,NAX7は
,3
週刊東洋経済編「 日本経済を リードする最強の 名古屋」『週刊東洋経済』臨時増刊,2004.5.21号。 4 1司 上〕名古屋財界の「五摂家」に挙げられたの は,中部電力,名古屋鉄道,東海銀行,松坂屋, 東邦ガスで,影
響力が大 きか ったのは「昭和 30年 代 まで」 とみられている。5
名古屋市,前掲書,50頁。6
田村 哲 。宮田昌俊編,前
掲書,87ページ。7 1NAXは
,2001年に トステム(住宅サ ッシの トッセ ラ ミックス王 国・ 森村 グループ と「 名古屋的経営」 東証第
1部
窯業の陶磁器で売上高の多い トップ5社
(TOTO,:NAX,日
本ガ イシ,日
本特殊陶 業,
ノリタケ)を
占め,そ
れぞれ 日本一の分野 (衛生陶器,内
外装 タイル,碍
子,自
動車 エンジ ンの点火栓,洋
食器)を
持つ。 日本陶器株式会社は,洋
食器だけでな く,工
業用の研削砥石 において も日本一 の会社 に成長 した。1981年,社
名 もノリカンパ ニー リミテ ド に変更 し,今
や食器 メーカーとい うよ り電子関 連 メーカーの色彩が濃 い。東洋陶器株式会社 は, 建築用設備機器 の トップ メー カーで1970年に 東陶機器い に社名変更 し,
さらに ロゴをTOTO
に して広 く浸透 してい る。伊奈製陶株式会社(NAX)は
,建
築用内外装 タイルにおいて終始 日本一で,衛
生陶器で もTOTOに
次 いでNo.2の 位置 にある。 1986年 に社名表記 を 日本 ガ イシに した 日本 碍子株式会社 は,特
別高圧碍子 の生産 に とど ま らず,
フ ァインセラ ミックス技術を中心に最先 端 の分野 に進 出 し,い
まや世界一 の碍子 メー カーに成長 している。 日本特殊陶業株式会社 は, 点火栓および酸素 セ ンサーでは世界 シェア トッ プ で あ り,同
社 の点 火栓 は,基
本 的 に全 メー カーにOEMで
入 って い る。 さらに,圧
電 セ ラ ミックス製品やIcパッケージ,人
工股関節骨頭, 骨補填材 などのバ イオセ ラ ミックス,酸
素濃縮 器 など もつ くっている。 森村 グループには,以
上5社
の他にも,株
式 会社大倉陶園,共
立 マテ リアル,森
村商事 など がある。大倉陶園は,大
倉父子 によって,良
き プ メーカー)と経営統合 し,INAXト ステム・ホー ルデ ィングスを設立 した。 これを契機に,森
村グ ループかり離れ ることになった。なお,TOTOお
よびNAXの
動向については,拙稿「住宅設備機器 メーカーの経営革新と国際展開」『 日本企業の生産 システム革新』 ミネルヴ ァ書房,2004年。 が上 にも良 きもの,
この上 なき美術品をつ くり たい とい う理想の もとに創立 されたもので,高
品質 に徹 した森村 グループの経営姿勢の一端 を 示す もの といえ よ う。世 界で最 も高温 の1,460 度 で焼 かれ た白色硬質磁器 は,「 セーブルのブ ルー」に対 して「 オー クラのホワイ ト」 と称 さ れ,最
高級品 として販売 されてい る8。 「名古屋的経営」の先駆的モデル としての森村グ ループ 森村 グル ープの各主要企業 にみ られ る長年 に わた る トップの座 の維持が,一
体 ど うして可能 にな ったのであろ うか。小論では,森
村グルー プが共有す る歴史的伝統,
とりわけ経営理念の 先駆性 ・ 卓越性 にその鍵があるのではないか, とい う仮説を提起 したい。 この5社
は,創
立当時の場所を離れていない(TOTOが
北九州市,NAXが
常滑市,そ
の他3 社 は名古屋市)。 社史 を辿 って い くと,森
村市 左衛門・ 豊兄弟 (森村組 の創設)お
よび大倉孫 兵衛 。和親父子(5社
の創設)に行 きつ く。1876 年創設以来,脈
打 っ表裏 のない誠実 な仕事,徹
底 した品質管理 と不断の技術開発,明
治期 に遡 る国際的にも高 い信用 とブ ランドの構築,対
米 輸 出貿易 の開拓 。推進 などは,「 名古屋的経営」 いや「 日本的経営」の先駆的モデル とみること がで きる。8
田村 哲 。宮田昌俊編,前
掲書,29ページ。大 倉陶園創立の前年にあたる1918年 に書かれた大倉 孫兵衛の手記にみる次の文言は,最高級品づ くり に徹 した大倉 イズムの一端が示 されたものとして 注目される。 「良 きが 上にも良 きものを作 りて,英国の骨粉焼, 仏国のセーブル,伊
国のジノリー以上のものを作 り出し度 し。利益を思 うてはとて も此事は出来ぬ 故,全く大倉の道楽 として此上なき美術品を作 り 度 し」。粗悪品 の代 名詞であ った戦前 の メイド・ イ ン・ ジャパ ンの中で, 日本陶器の ノリタケブ ラ ン ドは,「二 つの例外が ミキモ ト(真珠
)と
ノ リ タケ」。といわれたよ うに例外的に高い声価を得 ていた。森村組のニューヨーク支社 といえる森 村 ブ ラザ ー スは,ニ
ュー ヨー クの邦人商社中, 最古 の歴史を もち,同
社 の発行す る手形類 は紙 幣 と同視 され た とい う1%森
村組 が明治 の半 ば か ら輸出 した花瓶や食器類 は,今
や世界の陶磁 器 コレクターを魅了す るアンテ ィー クと化 し, 日本人が海外か ら買い戻す高値商品 となってい る11。2.2.森
村グループの経営理念 とその誕生 輸 出貿易立国型 の近代産業,
と くに製造業の 生成 。発展 は,
日本経済の根幹をなす ものであ るが,そ
の先駆をな したのは名古屋圏の陶磁器 産業である。 そして,そ
のパ イオニアとして業 界の リーダーとして主導 して きたのが,森
村 グ ル ープで あ り,と
くに森村組 お よび 日本陶器 (ノ リタケ カンパ ニー リミテ ド)で
ある。 森村組 の創設 と「 独立自営」の気概 1876年 (明治9年
),森
村市左衛門は弟の森 村豊 と外国貿易 (直輸 出業)を
行 うために森村 組 を創立 した。外国 とのアンバ ランスな通商に よる金の流出に義憤をおぼえた森村市左衛門は, 国家 のために外国貿易を発展 させ よ うとした。 国家 のため とは,国
か らの補助金を受 けること な く,「独立 自営」の気概を もって事業の発展 に あた ることと考 えたのである1ち 明治維新 の経 済建設 は,富
国強兵,殖
産興業の もとに行われ9
砂川幸雄『森村市左衛門の無欲の生涯』草思社, 1998年,215頁。 10 小出種彦『黒い煙 と白い河―山城柳平 と瀬戸の 人形―』貿易之 日本社,1959年,101-2貞。 11 砂川幸雄,前
掲書,3頁。 た。殖産興業は政府の保護政策 によって推進 さ れ た重要な課題の一つであ ったが,森
村組 はそ の例外的存在 として注 目され る1・ 。 福沢諭吉のア ドバ イスと自主貿易振興 政府の援助を固辞 し独立 自営を経営方針 とし た森村組 は,不
利 な立場 におかれた。浮 き沈み の多い貿易業に苦闘す る市左衛門に,
さまざま な ア ドバ イスを与 え支援 したのが福沢諭吉 で あ った。開港後,小
判が海外に流出す るのを不 審 に思 い,福
沢諭吉 にその理 由を教 え られて, 市左衛門は外国貿易の重要性 に目覚 め るのであ る!t1876年
,森
村豊 は福沢諭吉 の紹介状 を携 えて渡米 し,ニ
ュー ヨー ク支店を開設,78年
に は森村ブ ラザースを設立す る。 ここに,対
米輸 出の拠点が据 え られ,森
村組 の礎石 ともな るの であ る。森村市左衛門は,対
米輸 出の仕事で窮 迫 に陥 った時,福
沢の叱咤激励で立 ち直 った15。 また,福
沢が創立 した慶応義塾か ら村井安固 のような優秀な人材を得,弟
の森村豊は慶応義 塾で教えを受 けた。福沢の実学重視 と「独立 自 尊」の理念 は,市
左衛門の「独立 自営」の精神 に引 き継がれ,
自主貿易振興 の支え となるので あ る16。 森村の経営理念 と労働倫理 政府の手厚 い保護を受 けた競合会社 は,一
時 は隆盛を極めた ものであるが,そ
の後 これ らの 多 くは経営不振 に陥 った。 これに対 し,森
村組 の勃 々たる商魂 と自主独立の精神は,あ
らゆる 障害 を打破 してい った。 12 日本ガイシ株式会社『 日本ガ イシ75年史』1995 年,9ページ。 13 日本陶器株式会社『 日本陶器 70年史』1974年, 179ページ。 14 同上,175-6ページ。 15 同上,180ページ。16
日本ガイシ,前
掲書,10ページ。出 所 セ ラ ミックス王国・ 森村 グループ と「名古屋的経営」 図表
1「
我 力社 ノ精神」(森村市左衛門) ■ 海外貿易′ヽ四海兄弟人権機張共同幸扁 フ得 テ永 ク世界ノ平和 フ保チ国家富強 ノ元 フ開 キ膊末国家二志ス者 ノ執ルベキ事業 卜決心 シ創立 シタル祗中也1.私
利 フ不榮一身 フ犠牲 トシ後世国民 ノ凌達 スル フ柴 トスルフロ的 トス1.至
誠 フ心 トシ信賓 フ旨 トシ約束 フ違ヘサル 事1.ウ
ソフツカズ慢心 イカ リ 昴 り 怠 リ 私慾 フ恨ム事1.身
フケガスナカン朋友′ヽ肉身 ヨ リ大切ナ リ 和合共カスル時′ヽ其功徳金錢杯 ノ及 フ所 ニ アラズ終生 ノ耐震ナ リ 1. 天 ノ道 フ信スヘ シ天ノ`人 ノ局二萬物 フ組誉 シ寸時モ休ム事ナシ 右ノ條 々フ鐵石心 フ以勇氣昇天 ノ如 ク確守 スペシ修養 シテ怠ラサ レ′ヽ心耐 ノ至誠天ニ 通スベシ 明治四十二年五月 森村組組長森村市左術門 謹白 日本陶器株式 会社『 日本 陶器70年史』1974年 181ペ ー ジ。 このよ うな森村精神は
,す
でに創業当初か らあらゆる面 にその特色を発揮 していたが, 1909年(明治 42年)に
なり,市
左衛門は「我 カ 社 ノ精神」(図表1)と
して宣明 した。海外貿易 を,「四海兄弟人権拡張幸福を得て永 く世界の 平和を保ち国家富強の元を開」 くもの,す
なわ ち世界平和 と国家的大義を進める事業と位置づ け,「独立 自営」の精神を,「私利を不楽 一身 を犠牲 とし後世国民の発達するを楽とするを目 的とす」,「至誠を心 とし信実を旨とし約束を違 えさる事」など,
日々仕事の姿勢を正す姿見と なる崇高な経営倫理に具現化 したのである。そ れ らの国家的な大義 と日々立ち返 るべき労働倫 理を核 とする経営理念は,
まさに「創始者 らが 身をもって事に処 した血のにじむような誓詞」 「我 力社 ノ精神」に示 された経営理念 の核心 は, その5年
前 に書かれた 日本陶器創立宣誓文,
と りわけ「誓て至誠事に富 り以て素志を貫徹 し永 遠 に国利民福 を図 る事 を期す」 とい う一文 に端 的 に示 されている。最初 は「天佑 に依 り素志を 貫徹せん事を」 とあ ったのを,森
村市左衛門が 「誓 て 至誠 事 に富 り」 と改 め させ た とい う1% 「誓 て至誠事 に富 り」 とい う文言 は,1917年
の 「定礎 の辞」(図表2)に
も記 されてお り,そ
の 根幹 に据 え られている。「定礎 の辞」は,日本陶 器小倉工場が設立 された時に,初
代社長の大倉 和親が直筆で丹精込 めて書 き上げた もので,東
洋陶器 の経営理念 として引 き継がれてい くので 17 日本陶器,前
掲書,18卜1ペ ージ。 18 日本陶器,前
掲書,201ページ。でもあった
lЪ図表
2
日本陶器小倉工場建設の宣誓文「定礎の辞」(大倉和親) 出所 :日本陶器株式会社『 日本陶器 70年 史』1974年 233ページ。 ある。 日本陶器創業期の1907年,会
社 の社 内報 とし て「 さきがけ」が発行 された。1909年には,労
使共栄,従
業員の福祉 と教育を目的 とした「同 人会」が,森
村市左衛門 と大倉孫兵衛 の寄贈基 金で設立 され,「さきがけ」がその機関誌 とな っ た。同年発行の「 さきがけ」22号に掲載 された 「同仁の意義」は,「己の利 を求めず」「人の悪 を 思 わず」「不義を退 く真実 を尽 くす」など,公
正 かつ誠実 な経営 と労働を重視す る森村精神を表 明 す る もの と して注 目 され る"。 また,「 向上 心」のテーマで記 された「進 まざ るものは退 く 退 くものは滅亡 な り」(「さきがけ」1908年12月) の句20は,不
断の努力 と挑戦 を図 って きた森村 グループの経営姿勢を象徴す るもの といえよう。 次章では,森
村 グループが創 出 し発展 させて きた産業 と経営 とはいか なるものかについて, 名古屋圏の産業構造 とい うマ クロ的な視点,
さ らにその発展の系譜 とい う歴史的視点か ら捉え 直 してみたい。 19 日本陶器,前
掲書,181ページ。 20 田村 哲 。宮田昌俊編,前掲書,24ページ。3.名
古屋圏の産業構造 とその発展の系譜
3.1.名
古屋圏の産業構造 わが国3大
都市圏の一 つを形成す る名古屋圏 は,地
理的中央に位置 し,国
土幹線交通網 は整 備 されているとい う恵 まれた条件下 にある。繊 維,陶
磁器,
自動車,工
作機械 などのモ ノづ く り産業を育む「産業技術の中枢圏域」 として 日 本経済 を引 っ張 って きた。 その経済的位置は,お
おむね全国の1割弱経 済 (人口8.7%,県
内総 生産9.4%)で
あ る。 し か し製造品出荷額では,15.8%に
ア ップ し,と
くに愛知県 (11.4%)が25年以上 も日本一をキー プ し東京都や大阪府の25倍に相当するなど,そ の圧倒的な大 きさが際立つ。 また,図
表3にみ るよ うに圏内総生産 (約46兆円)に
占める製造 業比率33%は
,他
の大都市圏を10ポ イン トも上 回 るなど,モ
ノづ くり,生
産拠点 としての位置 を鮮明に示す ものとな っている。逆 に,金
融 ・ 保険業,不
動産業,サ
ービ ス業の割合は低 く, 「企画や商売 は東京で」とい う形で商圏が東京や 大阪にシフ トしがちで地盤沈下の一因にもな っ て きた。セ ラ ミックス王国・ 森村 グループ と「 名古屋的経営」 図表
3
名古屋圏の産業構造 (圏内総生産1999年
度) (%) 100 80 60 40 対家計民間非営利 サー ビス生産者 政府サー ビス生産者 サー ビス業 20 全国名古屋市
名古屋圏
東京圏 (注
)帰
属利子等 を含んでいるため構成比の合計 は100%を超 え る。 出所 :内閣府『 県民経済計算年報』 工業の特徴 (図表4)と
しては,重
工業加工 型が 6割 以上を占め,
とくに輸送用機器 (全国 比40.8%)お
よびその関連産業 (プラスチック20.2%,ゴ
ム製品19.7%)の
集積の高 さが特徴 的で あ る。 また,繊
維工業24.5%,窯
業土石19.6%,木
材木製品13.2%など当地域に歴史的 に発達 して きた素材産業の高 さも注目される。 運輸・ 通信業 不動産業 金融 。保険業 卸売・ 小売業 電気・ ガス・ 水道業 建設業 製造業 水産業 大阪圏 愛知県における先端技術産業の集積状況 (図表 5)で は,輸
送用機器に加えて,メ カトロニクス, 航空宇宙,フ
ァインセラミックスなどの分野で の集積の高さが特徴的である。 メカトロニクス に代表 される工作機械 (一般機械に含 まれる) でみると,全
国シェアは35.5%で その世界シェ アは9%に
相当する。図表
4
名古屋圏の製造品出荷額の構成 (3大都市圏比較 2000年) 圏 域 等 項 目 全 国 構 成 比 対 全 国 比 全 国 名古屋市名古屋圏 東京圏 大阪圏 名古屋市名古屋圏 東京圏 大阪圏 製造品出荷額等 十億円 300,478%
100.0%
100.0%
100.0%
100.0%
100.0%
1.6%
15.8%
21.8%
13.4 軽工業素材型 57,817 19.2 17.0 13.8 13.5 18.7 1.4 11.3 15.3 13.1 23,888 10,933 3,008 3,194 7,934 8,860 8.0 3.6 1.0 1.1 2.6 2.9 6.9 4.3 0.7 1.3 1.0 2.9 4.7 1.4 1.6 0.9 1.6 3.6 7.3 1.9 0.2 0.3 1.8 2.0 7.6 4.0 1.6 0.8 2.6 2.2 1.4 1.8 1.1 1.8 0.6 1.5 9.3 6.3 24.5 13.2 9.3 19.6 20.0 11.7 4.1 6.7 14.9 14.5 12.8 14.9 21.0 10.0 13.3 9.9 軽工業加工型 37,919 12.6 17.2 10.3 17.2 15.4 2.1 12.9 29.8 16.4 3,479 2,703 12,778 10,486 3,107 678 4,687 1.2 0.9 4.3 3.5 1.0 0.2 1.6 1.4 1.0 10.3 3.1 0.4 0.2 0.8 0.7 0.9 1.9 4.5 1.3 0.1 1.0 0.6 0.7 10.1 2.8 0.9 0.4 1.8 1.7 0.9 5.2 3.5 1.0 0.5 2.5 1.9 1.7 3.8 1.4 0.6 1.4 0.8 9.8 15.9 6.9 20.2 19.7 4.7 9.9 10.9 17.1 52.1 17.3 18.0 41.2 24.8 20.1 13.9 16.6 13.5 13.0 30.4 21.8 重工業素材型 51,314 17.1 13.1 11.6 20.0 19.7 1.2 10.7 25.6 15.5 23,762 9,434 11,927 6,191 7.9 3.1 4.0 2.1 4.3 0.1 4.9 3.9 4.2 1.8 4.0 1.6 10.0 4.9 3.3 1.7 9.5 2.6 5,7 1.9 0.8 0.0 1.9 3.0 8.4 9.1 15.8 12.0 27.7 34.2 18.3 18.1 16.1 11.2 19.2 12.5 重工業加工型 153,428 51.1 52.6 64.4 49.3 46.1 1.6 19,9 21.1 12.1 15,143 29,972 59,449 44,367 4,071 427 5.0 10.0 19.8 14.8 1.4 0.1 5.2 14.2 8.0 24.5 0.7 4.1 9.2 11.9 38.1 0.8 0.3 4.6 9.2 21.3 12.0 1.8 0.4 7.0 12.6 19.1 6.3 1.2 0.0 1.6 2.2 0.6 2.6 0.8 13.0 14.6 9.5 40.8 8.9 29.7 19.7 20.2 23.5 17.7 29.0 58.4 18.7 16.9 13.0 5.7 11.8 0.0 出所 :経済産業省『工業統計表』 品 目別 でみ ると,名
古屋圏 (と くに愛知県) には全国 シェア・ トップの品 目が多数み られ, シェア30%以
上 の品 目では 111品 目 (84品 目), 内 シ ェア50%以
上 で44品目 (35品 目)に
達 す る。 これ は,京
浜 地 域 (東京,神
奈 川)の
各 72,29品日,阪
神地域(大阪,兵
庫)の 各108,31 品 目に比べて も高 い水準 にな っている21。 しか も,多
様な業種・ 品目にわたって高いシェアを 21 野村證券株式会社編「 東海ビッグバンーグレー ター・ ナゴヤの新たなる飛躍にむけて一』中日新 聞社,2004年,38-43ペ ージ。本書では,名古屋圏 のシェア30%以上の品 目数を115と しているが, その詳細内訳をまとめた図表には111例が示 され ているので,小
論では111と した。分 野 目 全国製造品 出荷額等 (億円) 愛知県製造品 出荷額等 (億円) 全 国 シ ェ ア (%) 輸送用機器 メカ トロニ クス 航空宇宙 ファインセラ ミックス エ レ ク トロニ クス 医療・ バ イオ 軽 。小型乗用車 (2000cc以下) 普通乗用車 (2000cc超) 数値制御旋盤 マシニングセンタ 産業用 ロボ ット 監視制御装置 ヘ リコプ ター 飛 しょう体
,同
部分品・ 付属品 理化学用 。工業用ファインセラミックス 電気用陶磁器 電子計算機 。同付属装置の部品 。取付具・ 付属品 プ リン ト配線板 (配線済みの もの) プ リン ト回路板 医療用機械器具 。同装置 医薬品原末 。原液 医薬品製剤 (医薬部外品製剤を含む) 60,639 64,122 2,330 2,885 5,660 8,761 475 589 391 2,996 10,801 12,204 5,116 5,853 5,692 53,987 19,808 34,904 624 649 1,210 567 317 278 86 1,012 181 567 375 208 95 1,344 31.1 54.4 26.8 22.5 21.4 6.5 66.7 47_2 22.0 33.8 1.7 4.6 7.3 3.6 1.7 2.5 分 野 全国年間 売上高 (億円) 愛知県年間 売上高 (億円) 全国 シェア (%) 情 報 サ ー ビ ス ソフ トウェア開発 ・ プログラム作成 システム等管理運営 66,951 7,957 2,688 268 4.0 3.4 セ ラ ミックス王 国 。森村 グループ と「名古屋的経営」 図表5
愛知県の先端技術産業の集積状況 出所:経済産業省『平成 12年 工業統計表 品目編』『平成 12年 特定サービス産業実態調査報告書 情報サービス業編』 確保 していることは,新
技術の受け皿 もまた多 様で広範囲に及ぶ ことを意味しており,新
しい 事業や産業を創出するポテンシャルの高 さを示 すものである。 名古屋港は,全
国の主要港別貿易額において 輸出額では全国で第2位
,輸
入額では第5位
で あり,外
国との貿易貨物量では日本5大
港中20 年連続 トップを占める。名古屋税関管内だけで 日本の貿易黒字の7割
を稼 ぐ。名古屋港におけ る全国比の高い輸出品目には,碍
子95.3%,陶
磁器85.1%,航
空機類 52.0%な ど,こ
の地域 に 生産拠点をもつ ものが並び,名
古屋港が地域 の 産業 にとって不可欠な輸出港 となっていること を示 している22。3.2.名
古屋圏の産業発展にみる系譜 名古屋圏の主要生産品目のうち全国比の高い もの(図表6)に
,タ イル94.2%,毛
織物86.4%, 22 名古屋市,前
掲書,181-2頁。図表
6
名古屋圏の主要生産品 目の全国比 交流電動機960万
kW
銑鉄鋳物138万
t ガス機器1,432億
円 ガラス1,613億
円 プラスチック67千
t 金属工作機械 3,433億円 自動車部品 21,615億円 乗用車381万
台 航空機 。同部品 4257億円 内燃機関電装品2,186億円 カーエアコン 3,155億円 陶磁器製飲食器138千
t 碍子51,184t
毛織物8,483ポ
タイル5,094万
ポ 0.0 200 40.0 600 800 出所 :中部地域経済産業 の将来展望 に関す る検討委員会『 中部地域経済産業 の将来展望』 (2003年) 碍子79.8%,陶
磁器製飲食器 74.5%な どが並ぶ。 名 古屋の周辺地域 には,綿
織物,陶
磁器,木
材 産業などの産地が早 くか ら形成 されたが,そ
れ らを反映 したものとして興味深 い。 繊維産業 では,江
戸時代か ら尾張,三
河,知
多 な どで綿織 物 の産地 を形成 し,明
治 以 降 は 綿 。毛 。合繊 の三拍子揃 った繊維王国 として 発展 した。 こうした繊維産業の発展の中か ら自 動織機 などの繊維機械が生み出 された。繊維機 械 は精密 な機能が要求 され る精密機械 にはかな らず,そ
れを作 るには高度 な工作機械が必要 と なる。 一方,名
古屋圏では木 曽や飛騨が生 み出す良 材を利用 して,材
木,建
具,仏
壇・ 仏具などの 木材加工産業が発展 した。木曽,長
良 の2大
河 川が原材料 の流通経路 とな り,名
古屋周辺 には 木材 の製材,流
通,加
工,倉
庫機能 などを担 う 一 大集散地 が形成 され て,木
材加工 に特色 を 1000 もった地域 として発達する。 また,か
ら くり人 形,鉄
砲 (木工技術 と金属加工技術の組み合わ せ),櫓
時計 など独 自な製 品技術 を創造 して き た。 こうした技術力を基礎にして,近
代的な時 計 (柱時計や置時計が中心),鉄
道車両 (初期 の 車両 は部材 の大半が木製),精
密機械,合
板,家
具,楽
器 (バイオ リンなど),インテ リア材料 な どの近代工業が発展す る。 また,そ
うした中か ら航空機工業 (初期 の航空機 はプ ロペ ラ,機
体 などに良質の木材が使われた)も
発展 した。手 作 りで高度 な精密機械 である和時計をつ くる技 術 は,か
ら くり技術に伝播 し,か
ら くり人形の メッカとな り,今
日の産業用 ロボ ットのルーッ とな るのである。 当地域 におけるこうした製造 業発展 の系譜は,愛
知県を中心にみ ると図表7 のよ うに描 くことがで きる。 こうした多様 な技術は,そ
の後,糸
や土や木 の産業の発展 と同期化 し相乗効果を発揮す る形で発展 し
,そ
れらの素材を加工 し部品を生産 し 組み立てる機械工業の成長をもたらした。 この 地域には,工
作機械,産
業機械,繊
維機械,木
工機械,包
装機械,
レーザー加工機,射
出成形 機などの トップ メーカーが多数集積 している。 さらに,機
械工業は今日,エ
レクトロニクス技 術や情報通信技術 と融合 し,
メカトロニクスエ 食の産業 業,マ
ルチ メデ ィア産業 などへ と裾野を広げて 発展 している3。 セ ラ ミックス王国 。森村 グループ と「名古屋的経営」 図表7
名古屋圏 (愛知県)に
おける製造業発展の系譜 機械の産業 糸の産業歴甍到
臣聾ヨ
出所 :愛知県『愛知 ブ ラン ド検討委員会報告書』2003年 。 木 曽の木材 三河 、知多の木綿 材 木 江戸時代に和時計作り、 からくり人形の技術に伝播 から綿織物の 家具 建 具 明治時代以降 綿・毛・合繊の繊維産業 時計産業 生産財としての織機 航空機工業 自動車工業 機械産業 宇宙産業 エレクトロニクス技 術 情報通信技術 工 作 機 械匿堅□
□理□
医璽□
匝亜□
射 出成形機 産 業 用 ロボット レーザー加工機 メカトロニクスエ 業 マル チメデ ィア産 業 の陶土 鎌倉時代から 窯業の産地を形成 明治時代以降 近代セラミックスエ業 洋食器 プラグ 衛生陶器 碍 子 建築用タイル 味嘔・溜り ,酉匿□
E菫∃
バイオテクノロジー ファイン・セラミックス]1業 エレクトロニクス(IC基還∋ エネルギー(燃料電池) エコロジー(排ガス機器) バイオテクノロジー (排水処理プラント) 23 名古屋市,前掲書,48-52頁。3.3.名
古 屋圏の陶磁器産業 にみ る急速 な発 展 名古屋の周辺 には陶都 といわれ る瀬戸や多治 見,常
滑が あ り,優
秀 な陶土資源を背景 に古 く か ら陶磁器の産地を形成 していた。 こうした技 術力を基礎 に して,近
代的 な洋食器,衛
生陶器, 建築用 タイル,絶
縁碍子,プ
ラグなどの近代陶 磁器産業が発展 し,名
古屋圏の産業 と輸 出を主 導 して きた。 名古屋圏 (特に愛知県)へ
の生産集中化 日本の陶磁器産業 は,明
治以降,名
古屋圏ヘ の集中化の傾向を飛躍的に高めていった。図表 8にみ るよ うに名古屋圏への生産集中は,1886
年 (明治19年)に
は25%に
達 していたが,1892
年 に50%を
越 え,第
一次大戦中には60%台
に達 す る。 さらに,第
二次世界大戦前の成熟期には79%と
い う圧倒的な割 合 に達 した。第二次大 戦後 にお いて も,復
興期 は7-8割
台 を キープ し,高
度成長期 において も5-6割
台で推移 す るなど高 い比重がみ られ る。 名古屋圏の3県
(愛知,岐
阜,二
重)の
県別 全国比 をみ ると,1886年には愛知 と岐阜が10%
を越え,二
重 はわずかに1%で
あ った。 その後, 愛知県の比重 は一路30%台
を越え,第
一次世界 大 戦 に よ って この上 昇 傾 向 は さ らに強 ま り,40%か
ら50%へ
と伸びてい った。愛知県へ の 急激 な集中化 とその圧倒的比重 は,第
二次大戦 を契機 に大 き く転換する。戦後か ら高度成長期 にかけて,量
的には拡大傾向を維持す るが,相
対的な低下傾向を余儀 な くされ,1960年
代後半 には4割
台を切 るに至 る24。 日本の陶磁器輸出にしめる名古屋港の高い比重 日本の陶磁器輸出は,明
治のは じめは微 々た るもの (総額2万
円ほど)で
あ ったが,急
速 に 上昇 していき,1915年
には1,200万円 とな り,成
熟期には2千
万 円か ら4千
万円にまたが る規模 を維持 しなが ら第二次世界大戦中の異常 な激減 を迎える。戦後,戦
前規模へ実質的回復す るの は1954年の ことで,そ
の後,順
調 に拡大 し,20
年間で4倍
に達 した25。 名古 屋 港 で の陶磁 器輸 出額 は,開
港 直後 の 1908年で 100万 円を越え,第
一次世界大戦後に 1,000万 円台 に達 し,1987年
には4千
万 円台を 越 えた。第二次大戦後,1948年に2億
円が 51年 には 114億 円,72年
には312億円に達 す る。 日 本の陶磁器輸 出額 に占める名古屋港 の比をみ る と,1908年
に20%で
あ ったのが,第
一次世界大 戦前か ら上昇 し30%台
を越え,第
一次世界大戦 後 は一層高 まり,第
二次大戦前 には70∼80%台
に到達 した。第二次大戦後 も,しば しば90%台
の高 い比重が見 られ,生
産集中のみならず陶磁 器輸 出において も名古屋港への集中化 は際立 ち, 日本の陶磁器輸出の主要港 とな っている2.。 名古屋港か らの総輸 出に占める陶磁器の割合 をみて も,陶
磁器の高 い地位が読み取れ る。図 表 9に み るよ うに,名
古屋港か らの総輸 出額 に 占め る陶磁器輸 出額 の比率 は,第
一次大戦か ら 第二次 大戦 にか けて2-3割
台 に上 り,戦
後 は 1950年 代後半 も2割
台 を 占めて いた。 この よ うな特徴は,輸
出数量でみ るとよ り明瞭になる。 名古屋港管理組合 の輸 出統計 によると,1907年
の開港か ら1966年 まで,第
二次大戦の4年
間を 除 く55年間,ト ン数 で連続 トップを陶磁器が 占 めた。 と くに昭和 に入 ってか ら輸 出が際立 ち, 名古屋港の年間輸 出数量 の5割
以上 を陶磁器が 占めた時代が30年以上 も続 いたのである21。 陶 磁器 は まさに,名
古屋港の主要輸 出品 目に他 な25
日本陶器,前掲書,448-50ページ。 26 同上,448-452頁。 27 田村 哲 。宮田昌俊編,前
掲書,88ページ。 24 日本陶器『 日本陶器 70年 史』1974年,446-7頁。セラ ミックス王国 。森村グループと「名古屋的経営」 図表
8
陶磁器生産額 に占める名古屋圏 (および各県)比
率の推移 (%) 100 一 ¨一 ‐全国陶磁器生産額 に愛知・ 岐阜・ 二重3県が占める割合 (H) 一 全国陶磁器生産額 に愛知県が 占める割合 (E) … … …・ 全国陶磁器生産額 に岐阜県が 占める割合 (F) 一・一 ・全国陶磁器生産額 に二重県が占める割合 (G) ′ ﹁ ︲ ● い ︲ ︲ ︲ ︲ H , ︺ ご F ′・ ヽ ヒ G 1886 年 1896 日 清 戦 争 年 年 年 年 91 年 90 年 年 1926 年 1935 1940 1945 1950 1955 年 終 戦 19651968 1973 年 年 年 朝 鮮 動 乱 太 平 洋 戦 争 二 次 大 戦 満 州 事 変 日 露 戦 争 次 大 戦 関 東 大 震 災 出所 :日 本陶器株式会社『 日本陶器70年史』1974年図表
9
名古屋港か らの総輸出額 に占める陶磁器輸出客財ヒ率の推移 74.82 66.90 66.64 71.83 36.87 80% 70 60 50 40 30 20 10 0 39.31 49.84 49.ヽ
Q響 5.27 1968 1973 年 年 0/ 11`
`
`
`争
:;轟 5¨井‐
―
―
〃
―
――
―ヽヽ
、
、ヽ
ヽ
(単 位 百 万 円) 100,000 50,000 20,000 10,000 5,000 2,000 1,000 500 200 100 50 20 10 5 2 1 0.5 0.002 0.001 1907 年 出所 :日本陶器株式会社『 日本陶器 70年 史』 1974年 193719401945 1950 1957 年 年 朝 鮮 動 乱 年 終 戦 年 太 平 洋 戦 争 二 次 大 戦 年 日 華 事 変 満 州 事 変 年 関 東 大 震 災 年 一 次 大 戦 ― 全国陶磁器輸出額に名古屋港が占める割合 ―一――名古屋港総輸出額に名古 磁器輸出額が占める割合 名古屋港陶磁器輸出額セ ラ ミックス王国 。森村 グループ と「名古屋的経営」 らなか った。
4.近
代セラミックス産業を主導する森村
グループの経営と技術
4.1.近
代セラミックス産業の成立・ 展開と 森村グループ 名古屋圏 (さらには日本)に
おける近代セラ ミックス産業の成立 。発展は,森
村組の創設 (1976年)か
ら日本陶器の設立 (1904年),そ
の 下での白色硬質磁器のデ ィナーセ ットの完成 (1914年)を
起点にしている。洋食器の製造技 術は,衛
生陶器 (東洋陶器)や
タイル (伊奈製 陶)な
ど近代生活用陶磁器の国産化へ,
さらに は特別高圧碍子(日本碍子),点
火栓(日本特殊 陶業),研
削砥石 (日本陶器)な
ど産業用陶磁器 の国産化へと連鎖波及的な技術発展を促 し,
日 本の近代セラミックス産業を担 う主要会社の独 立・ 発展をもたらした。 明治維新から第二次世界大戦 までの日本の陶 磁器産業は,欧
米からの近代セラミックス技術 の導入,各
種陶磁器製工業製品の国産化など, 欧米技術を吸収 し工業化 し発展 させ るとい う キャッチアップの時代 として特徴づけることが できる。 戦後 日本の陶磁器産業 (いわゆる伝統的セラ ミックス28)は 飛躍的に成長 し,そ の洗練 された 28 英語のセラ ミック(CeramOは
,古代ギ リシ ア語のケラモスに由来 している。土器,陶器,妬
器,磁
器に分類 される「やきもの」は,粘土を主 とする天然原料を使 ったセラ ミックスで伝統的セ ラ ミックスとして位置づけられる。 これに対 して,和製英語のファインセラ ミック ス(Fine Ceramics)は ,化学組成,微細組織,形 状および製造工程を精密に制御 して製造 したセラ ミックスで あ り,海外 で は先進 セ ラ ミックス 技術 と品質は海外か らも高 く評価 され,世
界最 大 の陶磁器輸 出国に成長 した。 しか し,1970年
代以降,と くに 1985年 のプ ラザ合意以降の急激 な円高が,
日本のセラ ミック産業に襲 いかか り, 呑 み込 まれ て い く。洋 食器輸 出 は,1984年
の 1009億 円をピークに下降線をたど り,89年
に約 600億円,94年
に約300億円へ と急激 に減少 し, 1996年には洋食器の輸入国へ と転落す る"。 し か し,転
機 とな った まさにその時期 に,す
なわ ち1970年代 に,特
殊磁器 とされ た ニ ューセ ラ ミックス,す
なわちファインセラ ミックス産業 への方向転換が本格化す るのである。 その担 い 手 として浮上 した森村 グループの各社 は,総
合 的なセ ラ ミック産業 の創造的な展開を進 めてい く。図表 10に みる(名古屋圏における)20世
紀 セ ラ ミック産業の展開 と技術開発の画期は,
ま さに 日本のセ ラ ミック産業の縮図 ともいえるが, そ うした主要な役割を担 った森村 グループ各社 の活躍を浮 き彫 りにしている。 セ ラ ミックス産業の総合的な製品体系を示 し たのが,図
表 11で あ る。 日本の伝統的な窯業の 土壌の上 に工業材料が花開 き,や
がて電子工業 材料 へ と展開 し,光
学原料,生
体関連材料 へ, さらには原子力材料,構
造材料へ と広が りをみ せ る。用途別に焼結・ 加工 した成形製品 として 商品化 され るセ ラ ミックスは,高
温高強度,耐
食性 および電磁気 。光学特性 などに優れた特徴 があ り,先
端技術分野において不可欠な材料 に 一 つ とな っているのである30。 (Advanced Ceramics)あ るいは テ クニ カルセ ラ ミンクス(TeChniCal CeramiCS)と呼ばれている (平野員一「セラ ミックス 温故知新―展開と期待 について一」田村 哲 。宮田昌俊編,前
掲書,8
ページ)。 29 田村 哲 。宮田昌俊編,前
掲書,90ページ。 30 平野員―,前
掲論文。蓮 廻 惑 工 ヽ い H ヽ 唱 埋 讐 ・ 翠 量 製 C κ ヽ 、 ′′′ い や M ヾ 熟 ・ ︵ 迷 ヨ 彙 ︶ 遂 副 怪 S ボ ミ く ベ ーー ´ ︱ ぼ ︺ S ほ 瑯 緊 懸 ´ 緊 期 ・ 上 ゛ 緊 測 嘲 躍 嘔 ゛ ′ 瞑 懺 C ζ 獣 ぐ 中 艘 ・ 感 肥
伸
” う ヽ トぐ
画
田
ヽ ,H l ヽ ヽ 卜 幅 ± ︵ ︱ 然 ハ や К ヽ 、 ″ い や ハ ヽ 卜 ヽ ︵ 本 一 ︶ ヽ ド ヽ 一 さ ヾ 〓 ● 一 ヽ ︲ ヽ 2 1 ヽ ヽ ヽ ヘ コ ︶ 鮒 ︵ 塁 ′ヽ、 狡 K 使 夜 e ‘ ︵︱ ︵ へ や К ヽ 、 ″ い や ヽ ヽ 卜 ヽ ︵凝 一︶ ′ ﹂ ¨ ″ ヽ一︱ ¨ し 、、 R 卜 も ヽ一ヽ R ← ︶ ︵埋 朴 直 据 咄 掏 叩 .塁 ・ハ ヽ 状 K m ︶ ヽ ︱ ロ 。 ヘ ー て 卜∞ .計 ∞ o o ゛ ﹃ 榊 却 騨 ︱ ︵一 ︱ ム К ヽ ヽヽ 中 く ト バ ー ー ″ ヽ ︱ い 工 、 ヽ 曇 製 ζ 軽 米 側 ﹄ 嘔 米 側 逮 即 輪 ■ 紳 涎 即 器 欄 一 さ ヨ K 常 ^ ヽ 巌 ミ ヽ ヽ ′ 一 . ヽ ま 、 ヽ 中 麟 ︵ ヽ﹂ き 輝 コ く C 駅 ド C 製 憮 一 ヽ ヽ ヽ 卜 К ・ 串 装 念 撻 響 К ヽ ヽ ヽ 体 ´ 緊 副 怪 К ゝ 卜 ・ 攣 喜 C 唱 曜 ‘ 0 “ り 一 コ ︶ 漂 雇 駆 毬 S ・ 螺 匿 ︵ ヽ 出 塁 絲 m ■ ぺ ” 澱 力 樹 羅 黙 に よ 撻 ・ 熙 峻 C と 駆 串 撻 盤 苺 駅 応 識 撻 恭 ‡ ︵X < Z ¨ 塁 ︶ 蜘 引 撃 琳 ′ ミ ヽ ヽ 籠 E 楓 曝 ・ ︵ 暇 S 撃 ミ ヽ も C 礁 刹 ︶ は 曇 メ 憚 〓 熙 報 苺 L 疑 ・ ︵製 菜 割 準 出 留 幽 撻 L 興 X 覇 拍 撃 和 卜 ′ 督 や К 崚 ︵ X く Z 幕 下 ︶ ︶ ︵囲 固 拒 靱 ︶ 総 響 O 釈 肛 ぎ 軽 測 肛 出 O 線 週 K ヽ 、 ″ い や ビ 製 o r 憔 図 ︵ ‘ 苺 理 ︿ ゝ E ミ ≪ ミ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ 卜 . 製 蝶 ∽ C 製 ︵ も コ ヽ 理 コ ︵番 ′ 、ヽ 無 K 口 ︶ 塁 薄 廻 凛 脚 0 ﹂ イ ヽ ヽ ヽ ・ く ︱ 卜 ヽ ・ 理 ご 怪 イ 尋 ・ こ 繁 悩 檄 こ 増 製 ヽ 単 C < ヽ ヽ ■ ・ く 丼 C こ 郭 ・ 撃 籠 C イ 社 ぐ く . ■ 0 ・ く 甘 S 羅 一 一﹄ こ 峯 訃 尋 S 凛 固 く ・ ポ さ S 聴 撻 d 硼 ^ ヽ ︶ 薫 薔 ・ く 掛 C い こ 部 採 絣 ぎ ︺ ハ V ︵ ● 卜 ・ ︵ ︱ 呵 ″ 一 挙 ひ ヽ ︶ 〓 0 2 二 、 ロ ︵ ● 卜 ・ ︵ ︱ ︻ ″ 一 ヽ い ヽ ︶ ロ ニ ー・ ノ ヽ K 口 ︶ぐ
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輩 噸 礁 判 壼 べ 饗 C 製 翠 塾 眠 鵬 判 恕 ・ 鮒 朧 C 採 H 掛 C 皿 ∧ 請 咲 ね ぐ 翠 V 継 題 索 “ 籠 猟 H 蟹 最 鄭 猷 総 郷 К 味 響 ベ ー 熙 ∧ 計 咲 れ 硝 却 v 硝 翠 筆 駄 コ ヽ ミ ヽ 輩 議 C 黙 軍 米 ロ ∧ 聯 晰 拒 α 週 V ハ 乙ムセ ラ ミックス王国 。森村 グループ と「 名古屋的経営」 図表
11
セラ ミックス産業の総合的製品体系 土・天然鉱物 出所 :田村哲 ・ 宮 田昌俊編『土 と炎 の世紀 ― ノ リタケチ ャイナと製陶王 国の 100年 史 ―』愛知県陶磁 資料館, 2003年,8ページ。4.2.森
村 グル ープ にみ る伝統 的セ ラ ミック ス経営の歴史的発展 米国で厚い信用 と人気を博 した抜群のデザ イン と高品質 1878年 に森村豊が ニ ュー ヨー クで創設 した 森村 ブ ラザ ースは,好
業績を保 ち続け,輸
出貿 易が生む莫大 な利益が国内での長期 にわたる技 術開発を支えた。好業績をあげえた要因の一つ は,デ
ザ インと品質が抜群 に良か ったことであ る。 「同業 の 日本人 は,見
本 を精巧 にす る反面,現
品は粗悪 な物 を平気で輸出 した」 のに対 し,森
村組 は「現品を見本 よ りもむ しろ精巧 につ くる 方針を とり,ほ
んのわずかの欠陥があって も決 して売 らなか った」。 それが結局,ア
メ リカ人 も驚 くほどの厚 い信用 と人気を森村組 にもたら したのである31。 1882年,従
来 の小売業か ら卸売業に転換 し, 電 池 人造宝石 瓦 基板 パッケージ 触 媒 核燃料 熱交換器 磁性材料 磁器光学材料 超伝導体 導電材料 半導体 電気光学材料 固体レーザー 発光材料 電子放射材料 ニューガラス 光ファイバー 人工歯 人工関節 人工骨 土器 陶磁器 れんが 板ガラス セメント 誘電体材料 圧電体材料 絶縁材料 切肖」研磨材料 刃物 理化学用磁器 トリチウム増殖材 核融合炉材料 エンジン材料 工作機械部品 (フアインセラミックス) 精 製 天 然 鉱 物 原 料 ・合 成 原 料 (伝統雨セラミックス) イ′ `iし ´ つ 電子工業 材料これが森村組発展の契機 になる。1899年
,意
匠 図案部を新設 して見本だけで注文をとる体制 に 移行 し,ア
メリカで本格的な予約注文を開始 し た。 当時,英
独仏か ら輸入の高価格品が米国市 場 を独 占 していたが,森
村組 による大衆 に も手 が出せ る値段の手描 き高級品に注文が殺到す る。 「到着 した現 品 は見本以上 の出来,期
日も約束 どお り,荷
造 りもていねい,破
損率 はゼ ロに近 い とい うので,毎
年 受 注 を開始 して か ら2∼ 3ヶ 月で締め切 るほかないほど盛況を呈 し,ア
メ リカ市場 に一大革命を もた らした。」32 森村組名古屋店 の開設 ・ 発展 陶磁器の輸 出が森村組 の主要業務 になるにつ れ て,名
古 屋 を中心 とす る陶磁器 の荷動 きが 年 々活発 となる中,1892年
に名古屋店が創設 さ れた。 これは日本陶器誕生 の第一歩をなす もの で,名
古屋を中心 とする名古屋圏を日本の陶磁 器輸 出の中心地 に した極 めて重大 な布石 となる のである:ち 日本の陶業の中心地である瀬戸を間近 に控え た名古屋では,
ウ ィーン (1873年),パ
リ(78 年)万
国博覧会 に瀬戸か ら出品 した陶磁器が大 好評 を博 したのを契機 に,陶
磁器輸出が発展 し, 多 くの画付工場 や問屋,輸
出業者 がみ られ た。 しか し,当
時輸 出の大部分 は室内装飾品で,外
国 における声価 はいぜん として骨董品の域 を出 なか った。森村組 は,独
自な立場か ら画付 け も 特殊 な技巧を要求 したため,
これ らの問屋,画
付工場 とは一線を画 した。 森村組では,1882年
に瀬戸生地の仕入れを始 め ると,年
々仕入数量 も増加 し,98年
頃,専
属 窯制度 (「手窯」)を
採用 して,輸
出向け瀬戸生 地 の育成に努めた。 この専属窯は,
日本陶器が 31 砂川幸雄,前
掲書,134-5ページ。 32 同上,135ページ。33
日本陶器,前
掲書,184ページ。 設立 され るまで森村組 の陶磁器輸出を支えた。 名古屋店 は,支
店 。出張所の中で も最 も遅れて 設置 されたに もかかわ らず,陶
磁器輸出が増大 す るにつれて取扱量が他店を凌駕 し,実
質的 に 本店 のよ うな地位を 占め るに至 る34。 日本陶器を設立 し洋食器輸出に挑戦,
ノリタケ プ ラン ド確立 1894年,村
井保固はニュー ヨー クの ヒギ ンサ イダーというデパー トの店主か ら,今
後商売 を 伸ばすにはテーブル ウェアに主体 をお く必要が あ り,生
地の色を純 白なものに改良す る必要が あ る との忠告 を受 けた。 これ は,瀬
戸生 地 を 使 っている限 り困難であ り,森
村組みずか ら白 色磁器の開発に携わる必要を意味 していた。 こ うして,自
色硬質磁器への挑戦が始 まった3Ъ そ の後 10年 の研究 と欧州視 察調 査 を経 て, 1904年,名
古屋の地 に 日本陶器合名会社を設立 (社長 は29歳の大倉和親)し,日 本で初めて石炭 を使用す る本格的な焼成窯を備えた近代的な欧 式製 陶工 場 を建設 した。創業 当初 の低 い生産 性 。歩留率を克服 し36,約20年に及ぶ開発努力 の末,1914年
(明治37年),ついに輸出用純 白硬 質磁器 の8寸
皿 (25cmデ ィナー皿)が 完成 した。 「辛苦 を共 に した関係者 らは,涙
をたたえて,い つ まで もこの記念すべ き8寸
皿 に眼を注いでい た」3Ъ 折か らの第一次世界大戦(1914-8年)は, ノ リタケのブ ランドで売 り出 したデ ィナーセ ッ トを,世
界的な商品へ と飛躍 させ る最大の要素 となる。 その製品の優秀性 は,や
がてNontak
Chinaの 名を もって,世
界の各市場,と
りわけ 米国市場 において欧米製品 と比肩 しうる牢固た る地位を築 いた。34同
L,184-5ペ ージ。 35 砂川幸雄,前掲書,11卜1ページ。36
日本陶器,前掲書,20併9ペ ージ。 37 同上,226ページ。セ ラ ミックス王国 。森村 グループ と「名古屋的経営」 衛生陶器の国産化 に向け東洋陶器 の設立
8寸
皿の完成が間近に迫 った1912年,大
倉孫 兵衛・ 和親父子 は衛生陶器 の国産化 に向け,工
場 の構 内に私費を投 じて製陶研究所 を設立 した。 しか し,成
功 までの道程 は苦難 の連続で,生
地 と釉薬の調合は 17,280余 種 もの実験が繰 り返 さ れ て いた。14年 には国産初 の衛生陶器 を出荷 す る。17年,九
州小倉に衛生陶器工場 の建設 に 着手 し,東
洋陶器い を分離独立 (社長 は大倉和 親)さ
せた“。 1920年,日
本初の107.5傷 に及ぶ大型 トンネ ル窯が完成 し,世
界的に も試験段階で技術的に は未知数だ った トンネル窯の操業 にふみ切 った。 28年には,熔
火質生地 による製品の開発 に成功 す る。吸水性の小 さい材質での高級衛生陶器を 売 り出 し,輸
入品を駆逐 していった."。 碍子を国産化 し日本碍子 を設立 芝浦製作所か ら碍子 の国産化の依頼 を受 けた 日本陶器は,設
立か ら2年
後 の 1906年 に製造研 究 を開始 した。「営利 で な く国家へ の奉仕 とし てや りたい」 とい う大倉親子の言葉が,森
村市 左衛門を動か したのである。1907年,特
別高圧 碍子 を芝浦製作所 に出荷 し,1909年
には 日本陶 器 の利益 の4割
以上 を占めるに至 った。売上高 は1割程度であ ったが,利
益率が5割近 くあ っ たためである。 第一次大戦 の影響で芝浦製作所か らの注文が 激増 し,生
産能力をオーバーしてほとんど受注 不能状態 に陥 り,本
業の陶磁器製増 との両立 も 難 し くな った。 そ うした中,1919年
,日
本陶器 の碍子製造部門を独立 させて,
日本碍子を設立 (社長 は大倉和親)し
た.0。 38 砂川幸雄,前掲書,218ページ。 39 同上,21)220ペ ージ。 40 同上,221-3ページ。 日本特殊陶業の設立 1920年,江
副孫右衛門 (日本碍子 の工務部 長)は
,デ
トロ イ トに あ るチ ャンピオ ン社 の 点 火栓(スパー クプ ラグ)工場を見学 し,帰
国後, 点火栓 の国産化 を進 言 した。点 火栓 は,高
い電 気絶縁性 と機械強度,耐
急冷却,厳
格 な寸法精 度 を要 し,商
品化 までに約 10年 をか けるのであ る。 1926年,陸
軍飛行学校 か ら完全認定を受 ける も,全
国販売準備 中の試験で若千 の不良品を発 見す るや全 て回収 し,再
度,研
究 開発 を重 ね, 本格的な製品化 に さらに4年
を費や して,1930
年,つ
いに自動車や航空機 に用いる点火栓 など の製品化 に成功 し,販
売 を開始 した。 と くに自 動車用点火栓 は,外
国製品に も劣 らないとい う ことか ら,陸
軍 や海軍 か らお墨付 きを もらい, 軍 用 自動 車 へ の販路 が広が る。点 火栓 の生 産 規模 が拡大す る中,1936年
,日
本碍子 か ら分 離 して「 日本特殊陶業」 を設立(社長 は江副孫 右衛門)し
た.1。 伊奈製陶への経営参加 と半磁器 タイルの開発 1921年,大
倉和親 の出資援助 (資本金 72万 円中 32万 円)で
匿名組合伊奈製陶所が誕生 し, 1924年には伊奈製陶株式会社 の設立 (取締役会 長 は大倉和親)に
至 る。洋風建築が盛んになる につれて建築用 タイルの需要が急増 したが,当
時の硬質磁器 タイルは数年後 にひび割れゃめ く れが起 こる不良品だ った。大倉はそ うした欠陥 の起 きないタイルを研究 させ,所
期の タイル製 造技術 を確立 して「半磁器 タイル」 と命名 し, 1937年か ら本格生産 に入 った。伊奈製陶は,こ の半磁器 タイルによって建築用 タイルにおける 41 産業経済省中部経済産業局『産業技術地域 ネッ トヮーク ミュージアムモデル ス トー リー報告書』 2002年,93ページ,および砂川幸雄,前掲書,224 ページ。地歩を確立 し
,
さらに同業他社を断然引 き離す 会社 に成長 していった42。 「育ての親」大倉和親,「生みの親」森村市左衛 F] 現在,
日本陶器は ノリタケカンパニー リミテ ドに,東
洋 陶器 は東 陶機 器 に,伊
奈製 陶 は イ ナ ックスにさらには イナ ックス トステムホール デ ィングズに社名が変わ ったが,主
として大倉 和親 によって育て られた5つの陶磁器 メーカー は,売
上高で見 ると1位か ら5位
まで並ぶ こと にな る。大倉和親が 日本の製陶業界 にいかに大 きな役割を果た したか,森
村 グル ープの今 日の 隆盛が,森
村市左衛門 と並 んで大倉和親 の力 に いかに大いに預か っているか,を
雄弁 に物語 る 指標 といえ る。 森村 グループの経営理念 は,今
日なおみずみ ず しい生命力 と異彩を放 っている。 その先駆的 な経営理念の「生みの親」が森村市左衛門であ るのに対 し,そ
の「育ての親」は大倉和親であ る。大倉和親は,市
左衛門の経営理念を陶磁器 産業の中に植え付け,今
日もなお トップ水準 に 位置す る長寿命 の先進的 な各社 を創 出 し発展 さ せて きたのである。4.3.森
村 グル ープ にみ る先端技術開発へ の 挑戦4.3.1.フ
ァインセラミックスヘの展開と限 りない挑戦 戦時中は,金
属やゴムなどは軍需 資材 として 利用が制限 されたため,陶
磁器による金属代用 品の研究成果が蓄積 された。金属加工用の研削 砥石が開発0活用 された ことが,戦
後 に電気電 子部品へ とセ ラ ミックスの応用分野が拡大す る ことにつなが る。 戦後,軍
需産業が解体 され,軍
需研究を行 っ ていた人材が陶磁器試験所瀬戸試験場 に入所 し て きた。 その中の一人,杉
浦正敏 らが,1950年
代 にIC(集
積回路)の
基板にセラ ミックスを使 用す ることを提唱 した。 当時,ICの
基板には樹 脂 が使 われ て いたが電 熱性 と耐熱性 に問題 が あ った.Ъ IC基板へのセ ラ ミックス利用の提唱 は,陶
磁 器 における金線・ 銀線 の技術 (水金,金
液,転
写 などの印刷技術)の
利用をふ まえた ものであ る。 この呼びかけに地元企業で応 じたのが 日本 特殊陶業 と鳴海製陶の2社
,地
元以外では京都 セ ラ ミックス (現,京
セ ラ)で,参
加企業 には 名古 屋 工 業技 術 試 験 所 が 口頭 指 導 を行 った。 1963年頃,伝
熱性 の良 いアル ミナを使用 したセ ラ ミック基板が実用化 され るに至 る。 こうした 革新技術の開発・技術移転 のプ ロセスにおいて, 名古屋工業技術試験所 の果 た して きた役割 は注 目され る“。 生体 ・ 化学 。環境用セラ ミックスの分野で は,1976年
に 日本ガ イシが多孔セ ラ ミックスの 担体性 を生か した 自動車排 ガス浄化用触媒担体 (コージライト)を
開発 し量産 を開始 した。 電子 セラ ミックス分野では日本ガ イシによ り, 1973年に半導体 セ ラ ミックスを応用 したハニ カム ヒー ターの開発,79年
に単結晶 フェライ ト の製造法の発明がなされ,単
結晶 フェライ トはVTR用
の磁気 ヘ ッドや フロ ッピーデ ィスクの ドライブ装置に利用 された。 1980年代 になると,構
造用セ ラ ミックスの分 野で,1985年
に 日本特殊陶業,86年
に 日本ガ イ シが相次 いで自動車部品であるセラ ミックター 43 経済産業省中部経済産業局『産業技術地域 ネッ トワーク ミュージアムモデルス トー リー報告書』 経済産業省中部経済産業局,2002年 ,97ページ。 44 経済産業省中部経済産業局,前掲書,115ペ ージ。 42 砂川幸雄,前掲書,227-9ページ。セ ラ ミックス王国 。森村 グループ と「名古屋的経営」 ボ チ ャージ ャロー タの納入を開始 した。1994 年 には ノリタケカンパニー リミテ ドが
,
日本版 スペースシャ トルHOPEⅨ
に採用予定の耐熱 タ イルを開発 した。 固体電解質材料 の応用分野では,1982年
に 日 本特殊陶業が 自動車 エンジンの排気 ガス浄化 シ ステムに用いられ るジル コア酸素 センサーを実 用化 した。 圧電 セ ラ ミックスの分野 では,1976年
に 日本 特殊陶業が積層圧電 ア クチ ュエー タを,86年
に 日本ガ イシが圧電 アクチュエータを実用化 して い る。 日本ガ イシはさらに,マ
イクロセ ラ ミッ クス とい う新 たな分野 を切 り拓 いてい く。90 年代 には,
日本ガ イシが東京電力 と共同で,ナ
ト リウム・ 硫黄電 池(NAS電
池)を
開発 し, 国内各地の変電所や工場 など大 口電力需要家で の導入が進んでいる.Ъ4.3.2.セ
ラミックlC基板の開発 。オーガニッ クパ ッケージヘの展開く日本特殊陶 業>
日本特殊陶業では,1965年
頃か らICパ ッケー ジの基礎的な開発 を始 め,ガ
ラスシー リング, メタライズ,
メ ッキの各技術 を開発 し,1967
年 か ら生 産 を開始 した。1968年には初 めて電 電 公社(NTT)に
よ って電子交換機 および コン ピュー タに採用 され,主
力製品へ と発展 した。 基板 について も,1967年
にアル ミナ基板,73
年 には(多数個 に分割可能 で板 チ ョコのよ うな) ブ レー ク基板 などを次 々と開発 してい く。 日本特殊陶業は,セラ ミックスでICパッケー ジを製造 して きたが,近
年,技
術的な変化が生 じ た。同 社 の ユ ー ザ ー に はMPU(MicЮ
45 経済産業省中部経済産業局,前
掲書,97-101
ページ。 PЮcessing unit)の メーカーが圧倒的に多 く, 信号処理がより高速にで きるICの開発を して いる。周波数の上昇に伴い,セ
ラミックで対応 できていた電気的な特性に問題が生 じた。 絶縁体に樹脂を,電
極に銅を使い,多
層的に 構成 したのがオーガニ ックパ ッケージである。 日本特殊陶業は,2番
手であったが製品化に取 り組み,セ
ラ ミックスとオーガニ ックの両方の パ ッケージを生産 しているのは同社だけであ る.%4.3.3.日
本版 スペースシャトル用軽量耐熱 タイル開発 <ノ リタケカンパニー リ ミテド>
日本版 スペースシャトルには,コ ル ク材の 1/ 5ほどの超軽量 の耐熱 タイルの開発が必要 で あ った。(ガスタービン向けに繊維強化セ ラ ミッ クスを1989年に開発 した)ノ リタケカンパニー リミテ ドに,そ
の開発が委ね られた (92年)。 宇宙分野の材料 やエンジンは戦略物資で,各
国 は技術 を安 易 に外 には出 さない。 このため, 耐熱 タイルは自国での開発が必要不可欠であ っ た。繊維 をセ ラ ミックに加 え ることによ り,1
立方cmあ
た り0.lgと い うコル ク材の1/5の
軽 さを実現 した。繊維 を立体的 に絡 め る技術 は, 洗濯の柔軟仕上げ剤の コマーシャルに ヒン トを 得てその原理 を応用 した もの とい う。開発 した セ ラ ミックには,(吸
収 した熱 を電磁波 として 空気中に放射 し1800℃ で も溶けない)耐熱 ガラ スを コーテ ィング した。i。 この耐熱 タイルに使われている「成形,乾
燥, 焼成」 という3つの要素技術は,森
村 グループ 46 経済産業省中部経済産業局,前
掲書,114-5
ページ。 47 経済産業省中部経済産業局,前
掲書,123-7
ページ。の他の