は じ め に 沖縄県では,台風や大雨時に農耕地から土壌が沿岸海 域に流出し,海洋生態系へ及ぼす悪影響が大きな問題と なっている。土壌流出防止対策として,グリーンベルト や草生マルチ,減耕起栽培等,様々な技術が開発されて いるが(亀谷,2004),緑肥を休閑期間(主に春∼夏) にカバークロップとして利用することは,地力増進にも つながるため農家にメリットのある対策として高く評価 されている。 緑肥のような新鮮有機物は,鋤込み直後は糖類を分解 する微生物が急激に増殖するため,作物の発芽・生育不 良が懸念される(橋爪,1995)。そのため,沖縄県では 慣行的に緑肥鋤込み後4 週間程度の腐熟期間を設けてい る。しかし,この期間は裸地状態となり,台風襲来シー ズン(主に8 ∼ 9 月)でもあることから土壌流出が発生 しやすい。そのため,土壌流出防止の観点からは,腐熟 期間はより短期間であることが望ましい。 腐熟期間を短縮し,後作播種適期を検討するために は,上述した緑肥鋤込み後の土壌微生物性の変化を評価 する必要がある。土壌微生物性の評価には様々な手法が あるが,PCR―DGGE 法では培養過程を経ずに,土壌か ら直接抽出したDNA を PCR で増幅し,変性剤濃度ゲ ル電気泳動(DGGE)を行うことによって培養できない 微生物も含めた微生物相を簡易に解析できる(對馬, 2010)。 そこで,本稿では,PCR―DGGE 法による有機物(緑 肥・堆肥)鋤込み後の糸状菌相多様性指数の変化および クロロホルム―くん蒸抽出法による微生物バイオマス(微 生物量)の変化,これらの土壌微生物性解析による播種 適期評価の可能性について紹介する。 I 緑肥鋤込みがコマツナ発芽と土壌微生物性に 及ぼす影響 緑肥鋤込み後の発芽阻害発生期間と,その間の土壌微 生物性の変化について解析するため,ポット試験を行った。 試験区は,緑肥区と対照区の2 区を設けた。緑肥区 は,ジャーガル(灰色台地土)の生土とセスバニア茎葉 (Sesbania cannabina,マメ科の緑肥,C/N 比:18.8)を 混合し,ポットに充てんしてガラス室に設置した。対照 区は,セスバニアを混合せずに土壌のみをポットに充て んした。適宜灌水を行い,0,3,6,14,30 日後に,そ れぞれのポットにコマツナ(Brassica rapa var. perviridis) を1 ポット当たり 30 粒播種し,播種後 6 日目に発芽調 査を行った。 コマツナ播種直前に,ポットの中央付近から土壌を少 量採取し,土壌微生物性を解析した。緑肥鋤込み後は糖 類を分解するような特定の微生物が急増するため,微生 物の多様性指数は低下し,微生物量は増加することが想 定 さ れ る。そ の た め,PCR―DGGE 法(森 本・星 野, 2008)による DGGE パターンの画像解析から,糸状菌 (18 S)の多様性指数の変化を解析した。また,クロロ ホ ル ム く ん 蒸― 抽 出 法(土 壌 環 境 分 析 法 編 集 委 員 会, 1997)によって微生物バイオマスを解析した。 コマツナの発芽数は緑肥混合6 日後までに播種した場 合には,対照区に比べて有意に少なく発芽阻害が見られ た(図―1,2)。その後,14 日後,30 日後に播種した場 合には,対照区と有意な差はなく発芽阻害は見られなか
有機物施用による土壌微生物相変化の
PCR―DGGE 法での評価
宮 丸 直 子
沖縄県農業研究センター*Evaluation of Changes in Soil Microbial Community with Application of Organic Matter by PCR―DGGE. By Naoko MIYAMARU (キーワード:PCR―DGGE,糸状菌多様性指数,微生物バイオ マス,緑肥) * 現 沖縄県農業研究センター宮古島支所 図−1 コマツナの発芽状況 (左:対照,右:緑肥混合3 日後に播種)
った。糸状菌のDGGE パターンに基づく多様性指数は, 対照区では試験期間を通してほとんど変化はなかった (図―3)。一方,緑肥区では混合前に比べて混合 3,6 日 後に多様性指数は有意に低下した。その後,14,30 日 後には,混合前と有意差がない水準に回復した。微生物 量の指標であるバイオマス炭素は,緑肥区では緑肥混合 後に急増した(図―4)。14 日後にはやや減少したが,試 験期間を通して対照区より高く推移した。 このように,緑肥区でコマツナの発芽阻害が見られた 期間は,糸状菌の多様性指数が低下し,微生物バイオマ スが急増した。それ以降,多様性指数は回復し,微生物 バイオマスに大きな変化はなかった。 II 緑肥および堆肥鋤込み後の土壌微生物性の変化 ポット試験において,緑肥鋤込み直後に土壌微生物性 の変化(糸状菌多様性指数の低下と微生物バイオマスの 急増)が見られたので,圃場試験においても有機物施用 後の土壌微生物性の変化をPCR―DGGE 法およびクロロ ホルムくん蒸−抽出法によって評価可能か検討した。 沖縄県農業研究センター内の有機物連用試験圃場(土 壌はジャーガル)において,有機物施用後の微生物性の 変化を解析した。試験区は,化学肥料区(以下化肥区, 有機物施用なし),緑肥区(セスバニア25 Mg ha−1施 用),堆肥区(牛ふん堆肥25 Mg ha−1施用)の3 試験 区とした。それぞれの試験区に緑肥または堆肥を鋤込 み,0,1,2,4 週 後 に 作 土(0 ∼ 20 cm)を 採 取 し, PCR―DGGE 法で糸状菌(18 S)の多様性指数を,クロ ロホルムくん蒸―抽出法でバイオマス炭素を解析した。 化肥区は有機物鋤込みと同日にロータリ耕だけ行い,同 様に作土の土壌微生物性を解析した。 有機物鋤込み後の糸状菌のDGGE パターンは試験区 間で異なった(図―5)。化肥区は試験期間を通して変化 が少なく,緑肥区では鋤込み1,2 週後に濃いバンドが 出現するとともにバンド数の減少が見られた。堆肥区で は,バンド数の減少は見られなかったが,バンドパター ンは鋤込み後に変化していた。多様性指数については, 化肥区および堆肥区は鋤込み後の期間によって有意差は なかったが,緑肥区は鋤込み1,2 週後に多様性指数が *** *** *** コマツナ播種日(緑肥混合後日数) 30 日後 14 日後 6 日後 3 日後 0 日後 緑肥区 対照区 緑肥区 対照区 緑肥区 対照区 緑肥区 対照区 緑肥区 対照区 0 5 10 15 20 25 30 コマツナ発芽数(本 /ポット) 図−2 緑肥混合後日数がコマツナ発芽数に及ぼす影響 (***:0.1%水準で有意差あり) a a a a a a c bc ab abc 30 日後 14 日後 6 日後 緑肥混合後日数 3 日後 0 日後 緑肥区 30 日後 2.5 2.3 2.1 1.9 1.7 1.5 2.5 2.3 2.1 1.9 1.7 1.5 14 日後 6 日後 3 日後 0 日後 対照区 多様性指数( H ) 多様性指数( H ) 図−3 糸状菌 DGGE パターンに基づく緑肥混合後の多様性指数 (異符号間に5%水準で有意差あり) 30 24 18 12 6 0 0 100 200 300 400 緑肥区 対照区 緑肥混合後日数 バイオマス炭素( mg kg − 1) 図−4 緑肥混合後のバイオマス炭素
有意に低下した(図―6)。その後,鋤込み 4 週後には鋤 込み前の水準まで回復した。 有機物鋤込み後のバイオマス炭素は,緑肥区および堆 肥区で化肥区に比べて高く推移した(図―7)。0 ∼ 1 週 後までは降雨がなかったためか全試験区で大きな変化は 見られなかったが,降雨があった1 ∼ 2 週後の間には全 試験区でバイオマス炭素が増加した。その間の増加量 は,緑肥区が112,堆肥区が 65,化肥区が 53 mg kg−1 であり,緑肥区の増加量は他の試験区の約2倍であった。 以上のことから,圃場試験でもポット試験と同様に, 緑肥鋤込み後に糸状菌多様性指数の低下と微生物バイオ マスの増加が確認された。緑肥(セスバニア)と牛ふん 堆肥施用が土壌微生物性に与える影響を比較すると,堆 肥区では,緑肥区と異なり,鋤込み後の多様性指数の低 下は見られなかった。鋤込み後の微生物バイオマスの増 加量は,堆肥区より緑肥区で大きかった。堀ら(2011) は,クロタラリア(Crotalaria juncea,マメ科の緑肥) と牛ふん堆肥の混合によるバイオマス増加量を培養試験 で比較した結果,クロタラリアによる増加量が大きかっ たと報告している。今回の試験でも,同様な結果が得ら れた。 製造過程で微生物による分解が既に行われている堆肥 25 Mg kg−1鋤込み 牛ふん堆肥 堆肥区 25 Mg kg−1鋤込み セスバニア 緑肥区 ロータリ耕のみ 化肥区 M 4 W 2 W 1 W 0 W M 鋤込み後週数 図−5 有機物鋤込み後の糸状菌 18 S の DGGE パターン 堆肥区 緑肥区 化肥区 0W 1W 2W 4W 0W 1W 2W 4W 0W 1W 2W 4W 有機物鋤込み後週数 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 多様性指数( H ) 多様性指数( H ) 多様性指数( H ) a a a a a bc c ab a a a a 図−6 糸状菌 DGGE パターンに基づく有機物鋤込み後の 多様性指数 (化肥区はロータリ耕のみ,異符号間に5%水準で有 意差あり)
と異なり,新鮮有機物である緑肥を鋤込んだ場合には, 一時的に大きな土壌微生物性の変化,すなわち糸状菌の 多様性指数低下と微生物バイオマスの急増がおこること が明らかとなった。これらのことから,有機物施用後の 後作播種適期の評価において,PCR―DGGE 法による糸 状菌の多様性指数や微生物バイオマスが指標になると考 えられた。 III 緑肥鋤込み後の腐熟期間短縮による 土壌流出防止効果 土壌流出が大きな問題となっている石垣島のサトウキ ビ圃場で,緑肥鋤込み後の腐熟期間短縮による土壌流出 防止試験を行った(宮丸ら,2010)。試験区は慣行区と 実証区の2 区で,緑肥はピジョンピー(Cajanus cajan) を2006 年 4 月 26 日に播種した。慣行区では 8 月 2 日に 緑肥を鋤込み,その後,約l か月の腐熟期間を設けて 9 月 1 日 に サ ト ウ キ ビ を 植 付 け た。実 証 区 で は 8 月 31 日に緑肥を鋤込み,翌日にサトウキビを植付けた。 8 月 2 日から 8 月 31 日まで,流出土量を測定した結果, 実証区の流出土量は慣行区の44%であり,腐熟期間の 短縮によって土壌流出を低減できた(図―8)。また,サ トウキビ収量および品質に悪影響は見られなかった (表―1)。 サトウキビは栄養繁殖作物であり,茎を2 節に切って 植え付けるのが一般的である。種子繁殖作物に比べて発 芽は遅く,通常1 ∼ 2 週間かかる。前述のポット試験に おいて,緑肥を混合してから2 週間後以降はコマツナの 発芽阻害は見られず(図―2),この時期には緑肥混合後 の土壌微生物性の急変も収まっていた(図―3,4)。圃場 試験でも同様であった(図―6,7)。これらの結果は,緑 肥鋤込み翌日にサトウキビを植え付けても,生育阻害が 生じなかったことを支持しており,土壌微生物性の評価 によって緑肥鋤込み後の腐熟期間を短縮し,土壌流出を 低減できる可能性が示された。 お わ り に 土壌の特性は,物理性,化学性,生物性に類別される。 筆者は県の研究機関に所属しているが,物理性と化学性 については,日常的に多数の試料を分析し,そのデータ を土壌診断・土壌改良に活用している。しかし,生物性 (微生物性)については,これまで費用および労力の観 点から,多数の試料を分析できる「道具(分析手法)」 がなく,ほとんど分析されていない。有機物施用につい ても,土壌微生物性に何らかの影響があることは想定し ていたが,具体的なデータはなかった。 PCR―DGGE 法は,直接的に塩基配列情報を得ること はできない,ゲル間でDGGE パターンを比較すること はできない,等の欠点はあるが,培養できない微生物も 評価できる,微生物相の多様性を評価できる,分析コス トが比較的安価である,等の利点がある(對馬,2011)。 基本的には電気泳動なので技術的にも難しいものではな く,土壌採取から結果の解析まで3 日程度と短時間で解 析できるため,生産現場で多数の試料の土壌微生物性を 降雨 化肥区 緑肥区 堆肥区 降雨 降雨 降雨 4 3 2 1 0 有機物鋤込み後週数 0 100 200 300 400 バイオマス炭素( mg kg − 1) 図−7 有機物鋤込み後のバイオマス炭素 (化肥区はロータリ耕のみ) 総雨量:180 mm 測定期間:2006.8.2―8.31 実証区 慣行区 0 20 40 60 80 流出土量( kg ha − 1) 図−8 緑肥鋤込み直後植付けによる土壌流出防止効果 (宮丸ら,2010) 表−1 緑肥鋤込み直後植付けがサトウキビに及ぼす影響* 収量** Mg ha−1 対慣行比 % 糖度*** % 慣行区 実証区 73.0 78.3 100 107 22.1 22.4 *:宮丸ら(2010),**:原料茎重,***:圃場ブリックス.
大まかに評価するのに適した手法であると考える。生産 現場において,土壌研究者がこの新しい「道具」をどの ように使いこなすか,今後の展開に期待したい。 なお,本稿の内容は,主に農林水産省委託プロジェク ト「土壌微生物相の解明による土壌生物性の解析技術の 開発」の一環として行われたものである。 引 用 文 献 1) 土壌環境分析法編集委員会編(1997): 土壌環境分析法,博友社, 東京,p. 149 ∼ 151. 2) 橋爪 健(1995): 緑肥を使いこなす,農文協,東京,p. 93 ∼ 94. 3) 堀 兼明ら(2011): 土と微生物 65 : 11 ∼ 17. 4) 亀谷 茂(2004): 九州・沖縄の農業と土壌肥料―自然と共存 した食料供給基地をめざして―,日本土壌肥料学会九州支部 編,シモダ印刷,熊本,p. 76 ∼ 79. 5) 宮丸直子ら(2010): ペドロジスト 54 : 56 ∼ 58. 6) 森 本 晶・星 野(高 田)裕 子(2008): 土 と 微 生 物 62 : 63 ∼ 68. 7) 對馬誠也(2010): 同上 64 : 64 ∼ 69. 8) (2011): 植物防疫 65 : 455 ∼ 460.