東南 アジア研究 13巻3号 1975年12月
タイ国 ライス ・プ レ ミアム政策 の実証的経済分析†
辻
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博 *
Economic Analysisof the Rice Premium Policy of Thailand
by
HiroshiTsUJII
Inthispapertheformation,themechanism,the objectives,andthe argumentsconcerning thericepremium (specificriceexporttax)policyofThailandarediscussed.Thericepremium policylSCOnSideredtohavebeeninstitutedin1955,butaspeciallevyamongotherlevieson commercialriceexport,thericepremium,wascollected from 1951. Theextractionoflarge amountsofgovernmentrevenuefrom Thairiceexportstartedin1946.Thedeeprootsofthis policycanbeshownby:(1)TheThaigovernmenttraditionallyadheredtoriceexporttaxfrom themiddleofthe19thcentury,and(2)Thericepremium orotherleviesonriceexportfrom 1946Seem tofillthevacuum ingovernmentrevenuecausedbytheabolitionofthetraditionally importantlandtaxandcapitationin1938.
From 1955thericepremium policyhasbeeneffectivewithoccasionalapplicationofexport quotas. Undertherelativelystableworldrice marketfrom 1955 to 1965,therice premium policywasmainlyusedforthepurposeofearnlng governmentrevenue. Butbecause ofthe explosiveprlCefluctuationintheworldrice marketsince 1966,the policy began tobeused effectivelyforstabilizationofthedomesticriceprlCeWiththehelpoftheexportquota.These tworiceexportpolicieswereused complementarily in thevery unstableworld anddomestic riceconditions.
Concerningthedisputeaboutthericepremium policy,theemplrlCalandtheoreticalanalysis inthispapershowedthattheworldricemarketthatThailandfacesisimperfectlycompetitive. Thusmostofthecritics'assertionsareshowntobewrongandrequireconsiderable revision, andtheproponents'positionsaremostlysubstantiated.
Ⅰ
序 ライス ・プ レミアム とは タイ国 の米 (こめ) に関す る従量輸 出税 で あ るが,そ の米輸 出価格 に対す る割合 が非常 に大 き く,1)ゆ えに ライス ・プ レミアム政策 の タイ国内で の政治的 ・経済 千 本論文 に対す る中嶋千尋教授,安場保吉教授か らの御指摘,御批判に筆者は深 く感謝す る。なお,本論 文は,1970年お よび1973年の筆者の タイ国の米経済 ・政策に関す る調査 ・研究,1974年7月に行なわれた 京都大学農学部中嶋千尋教授 と筆者 とに よるタイ国の米輸出政策お よび米経済に関す る実態調査,お よび それ以後現在 までの両 者に よる共同研究を基盤 としている。ただ し本論文中の誤 りは,すべて筆者の責任 であ ることは言を待たない。 * 京都大学東南 アジア研究セ ンタ-1) その割合は,1971年か ら1973年を除 く,1956年以降の各年に21%∼35%の水準であ った。1946年か ら 1955年 までの タイ国か らの米輸 出価格に対す る諸賦課金合計は この水準か ら, これ よりかな り高い水準 の問にあ った。 358的影響は非常 に大 きか った と考え られ る。 事実, ライス ・プ レ ミアム政策は タイ国において戦 後 もっとも激 しく論争 され た経済政策 の一つであ る。 この論争に平行 して,後 にあげ るよ うな, ライ ス ・プ レミアム政策に関す る多 くの研究成果 が 出版 され て きた。 しか しこれ らの研究のほ とん どは, ライス ・プ レミアム政策 とタイ国内お よび世界の米市場 との,具体 的機構や機 能 の十分 な実証的 ・理論的検討に基づいていない。そ れ ゆえ, 後述す るよ うな 「タイ国の直面す る世界米市場が完全競争的であ る。」 とい う誤 った 基 本仮定に基づ くライス ・プ レミアム政策反対論が広 く流布 され, この主張が ライス ・プ レミ アム政策を研究す るほ とん どの経済学者 に受け入れ られ て きたのであ る。 本論文は, タイ国の ライ ス ・プ レミアム政策 とそ の補助的政策,お よび タイ国内外 の米市場 の十分な実証的 ・理論的検討 に基づ き,主 と して ライス ・プ レミアム政策 の成立基盤, 同政策 の機構 と機 能,お よび ライス ・プ レミアム政策論争 の,実証的 ・経済理論的分析 ・評価 を 目的 とす る。 この実証的方法に よ り得 られた本論文 の もっとも重要 な結論は以下の とお りであ る。 タイ国が直面す る世界米市場は不完全競争的であ り, タイ国政府 は ライス ・プ レミアム政策や 輸 出割当政策に より世界の米市場において寡 占者的立場 に立つか ら, ライス ・プ レミアム政策 反対者たちの世界米市場が完全競争的 との仮定に基 づ く批判は成立 しないか, あ るいは大幅 な 修正が必要であ る。 これに対 して, タイ国の直面す る世界米市場は不完全競争的 との仮定に基 づ くライス ・プ レミアム政策支持者 の主張 の大部分は支持 され る。 本論文の構成 は以下 の ごと くであ る。 第1に, ライス ・プ レミアム政策 の歴史的成立過程を 簡単 に記述 し, 同政策の経 済的 ・政治的成立基盤 の一部を明 らかにす る。 第
2
に, ライス ・プ レミアム政策,輸 出割当政策お よび低価 供 出制 の内容, これ ら政策 の実行過程,お よび ライス ・プ レミアム政策 の政策 日的 とその達成度を実証的,理論的に検討す る。 ここでは タイ米の政 府輸 出 と民間輸 出 との経済的特徴,制度 な どについて も考察す る。 第3に, ライス ・プ レミア ム政策論争 の理 論的 ・実証的評価 を行 な う。Ⅰ
Ⅰ
タイ国の米輸出政策の変遷 - ライス ・プ レミ7ム政策の成立基盤1
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5
5
年 に英 国 との間で結ばれた タイ国 の開国条約 (ボ- リング条約)以後 , タイ国か らの米 輸 出は急速に増加 した。 タイ国の米輸 出量 は19世紀 中期 に年間約10万 トン程度であ った ものが 20世紀 のは じめには100万 トソに も達 し,それ 以後 も1940年頃 まで急速に増加 した。2)19世紀中 期か ら第2次世界大戦直前 までの タイ国か らの米輸 出は, ボー リング条約に よ り決定 された 白 米lkwi
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トン)当た り4
バー ツ3) とい う低 い輸 出税 と,国内で米不足が発生 した時 の 2) J,C.Ingram,EconomicChangeinThailand,1850J970,Stanford:Stanford UniversityPress,1971.p.38.
東南 アジア研究 13巻3号 輸 出禁止措置 とを除いて, ほ とん ど政府 の規制 を受けず行なわれ て きた。政府はむ しろ公共投 資や土地税制 な どを通 じての米 の増 産に よ り,米輸 出を促進す る役割を果た して きた。4) 20世紀初期 の タイ国の財政政策は,収入増加 のため輸入税 率を引 き上 げ ることに重点が置か れた。1926年 の開国条約 の改定に よ り同国が関税 自主権を回復 した後は,政府収入に 占め る輸 入税 の割合は急増 した。他方輸 出税 収入 の政府収入に 占め る割合は1926年 以降漸減 した。 これ は同年 以降多数 の輸 出税 が廃止 された ことに よる。 しか し米輸 出税制は維持 された。 この米輸 出税制 の継続は, タイ国政府 の財政収入面におけ る米輸 出税 に対す る伝統的重視ない し勤着を 示す5)ものであろ う。 1938年に立憲君主制 の下で新 しい税 法が成立 し,農民に対す る伝統的 な重税であ り,総税収 の10-22%を も占めて きた土地税 と人頭税 が廃止 され た。それにかわ って法人税 が新設 され, 所得税制が改定 された。 しか しこれ ら直接税は戦前 お よび50年代末頃 までほ非常に少ない税収 しか もた らさなか った。6)戦後 においてほ後述す るよ うに, 1946年か ら現在に至 るまで米輸 出 か らの財政収入が全政府収入の中で大 きな割合 を 占め るよ うにな った。その割合は1937年 以前 の土地税 と人頭税 のそれにち ょうど匹敵す るものであ った。主 として米作農民が負担 していた と考 え られ る土地税 と人頭税 の廃止後8年 して,両税か らの税収減をち ょうど埋 め合わせ るよ うな形で米輸 出が重要な財政収入源 として取 り扱われ るよ うにな った のであ る。 第2次世 界大戦には, タイ国は1942年 1月に 日本側で参戦 した。戦争 の激化 とともに米 の輸 出量 は急減 し1945年には年間20万 トン程度 の低水準に落ち込んだ。戦後 の米輸 出に関す る政策 と制度の展開お よび米輸 出の回復 は, この戦争 の結果に強 く規定 され て きた。筆者 は この展開 を以下の よ うに時代 区分 して考察す る。7) 1946年 1月-1947年 8月,第 1期 (戦後賠償期) 1947年 9月-1949年12月,第 2期 (国際管理期) 1950年 1月-1954年12月,第 3期 (国家統制期) 1955年 1月-1955年12月,第 4期 (自由輸 出期) 1956年 1月一現在, 第5期 (政府 ・民間輸 出併存期) 戦争は 日本 の敗北に終わ り, 戦争終結直後 タイ国は米輸 出の国家独 占を宣言 した
。
8
)戦争直 後 の世界の米需給は極端な米不足 の状況にあった。1946年 1月 1日タイ国は英国お よび イ ン ド との間に和平 の公式協定 を結んだ。そ の1項で, タイ国は戦争中の 日本- の協力に対す る賠償 4) Zbid.,Chapter3,4,and8. 5) Zbid.,Chapter8,p.180,andp.183.1926年以前にも米輸出税は,他の輸出税に比べ特別扱いされた。 6) Zbid.,p.184& p.300.7) SuraSanittanont,Thailand's Rice Export Tax:Its Effectson theRice Economy,Bangkok: NationalInstituteofDevelopmentAdministration,1967,chapter2.第3期まではこのSuraの論文 での区分を参照した。
8) Ingram,op.cit.,p.87. 360
として,最高
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万 トンの白米を無料で輸 出す る義務 を負 った。 ここに上述 の第1
期が始 まる。この賠償米に関す るタイ国側 の機 関は初めは Mixed Committee,後 には Rice Purchasing Bureau(米穀購売局)であ り,英国側は英 国食糧 省の タイ国出先機 関であ る Siam RiceUnit
であ った。そ して賠償米 の引 き渡 しは これ ら両 国の機 関の問で英国側の指示に よ り行 なわれた。 また1946年5月 6日には タイ国 と英米 の間に 3国協定が結ばれ ,それに基づ いて合 同 シ ャム米 委員会が設立 された。 同委員会 は英米 を構成員 とす る CombinedFoodBoard の勧 告に基づ 普, タイ米 の輸 出を促進す るとともに タイ経済 の復興に勧告,協力を行な った。9) この よ うな制度 の下で第1期 の戦後賠償的米輸 出は行なわれ た。第 1期 の初めには, タイ国 政府 の米 の国内買い入れ価 格が非常に低か ったので十分な量が集 まらず, 同輸出は失敗 した。 米輸 出を促進す るため,同期 の米輸 出管理機構 は以下の よ うな対策を行 な った。す なわ ち(1)米 輸 出の低価格で の有償化,(2)国内買い上 げ価格 の引 き上げ,(3)国内の米の流通 ・貯蔵 の統制, (4)政府-の米 の販売 に対す る奨励金交付,(5)政府- の米の販売量に応 じた販売者- の少量 の米 の民間輸 出許 可や小額 の外 国為替上 の利益 の供与, な どであ った。 しか し米輸 出はあ ま り増大 しなか った。10)第
1
期 に タイ国が負 った米 の総輸 出義務量 は2
2
5
万 トンであ ったがそ の内76万2
千 トンのみが 同期間中に輸 出 された。1947年8月末に上述の 3国協定は終 了 し,合 同 シ ャム 米委員会 も廃止 とな り,輸 出義務未達成 分は免責 に された。11) この よ うに実際の輸 出量 が非常 に小 さ くな った のほ,主 として政府 の米購入価格 が国内市場価 格 に比べ て非常に低か ったため であろ う。 政府 の意識的な賠償的輸 出義務 の回避 の意図が, こ うい う結果 を もた らした根本原 因であ るとい う人 もあ る012) 第1期 の政府 に よる米輸 出の独 占と国内での低価 格買い上 げは,農家の米販売価格 を この よ うな制度が存在 しない時に比べ大 き く押 し下げた と考え られ る。ゆえに第1
期 におけ る賠償的 米輸 出は米販売農家 の大 きな負担 の下に行 なわれ た と言 え る。 逆に政府が賠償的米輸 出か ら得 る価格は,無償 であ った1946年1- 3月を除いて政府 の国内買い入れ価格 の約 2倍 であ ったか ら,13)第1期 の賠償的米輸 出か ら政府はか な りの財政収入を得 た。第1期 において タイ国の米輸 出を法的に独 占 した RicePurchasingBureau は,この時期 に は まだ腐敗 していなか った。14) しか し同Bureauや タイ国政府 の米輸 出の統制は十分でな く, シ ソガポ-ルや クアラル ンプールにおけ る米 のやみ価格 の暴騰 が強 い誘困にな って,米 の密輸
9
)
長谷川善彦,
『タイの米穀事情』
東京 '.アジア経済研究所,1962,pp・473-476. 10) laid.,pp.474-481.米輸出促進のための民間輸出の許可や為替上の利益を与える政策は3% andlO% InducementSchemeと呼ばれた。政府へ米を販売した者がその販売量の3%を民間輸出でき,その民間 輸出額の10%の外国為替を自己保有できるようにする政策であった。 ll) Sura,ob.cii.,pl19. 12) Ingram,oP・cii・,p・87. 13) Sura,ob・cii・,p・18を参照せよ。14) T.H.Silcock,TheEconomicDevelopmentof ThaiAgriculture,Canberra:AustralianNational UniversityPress,1970,p.216.
東南 アジア研究 13巻3早
出は盛んに行なわれた。
第2期 (国際管理期)は1947年8月31日に上述 の3国間協定が終了 したのち始 ま り,上述 の
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の管理下で米輸 出が行なわれた時期 であ る。 上述 の
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が決定す る割 り当てに従 い行なわれ た。 タイ国か らの輸 出米 は他 の米輸 出国 と同 じ 基礎価格15)を受け取 る ことにな り,この時期か らタイ米 の翰 出は戦争賠償的色彩を取 り去 って 行なわれ る よ うにな った のであ る。 米穀庁は余剰米 の全量吸収 な ど国内米市場 の統制 も行 なっ た。政府 の米 の国内買い入れ価格は1947年には46年 の水準 のほぼ倍 の トン当た り50ドルにな り, 48年,49年には63.1ドルにな った。輸 出価格 も1947年に1946年 の倍近 くの95.1ドル,1948年,49 年には138.8ドル とな ったので,16) タイ国の米輸 出は この期間に急速に戦前 の水準に回復 した。I
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は1949年末に解散 しタイ国は米輸 出に関 して完全 な 自主性を持 つに至 る。 この時点か ら1954年末 までが第3期 (国家統制期)であ る。 この よ うに タイ国の米輸 出は1946年か ら1949 年 までほ外部従属的国家独 占,1950年か ら1954年末 までは 自主的国家独 占の下で行 なわれたの であ る。1950年 以降 も米輸 出が国家独 占的に行 なわれ よ うとしたのほ, い まだ不安定性を持 っ てい る世界米市場においてあ る程度安定性 を維持 しよ うと英, タイ両 国が合意 したか ら で あ る。17)国内の米 の流通 と在庫 の統制 については第 2期 の制度がそのまま存続 した。 この第3
期には,米 の輸 出制度はかな り複雑 にな りまた大 き く変化 し,かつ国内政治 と政治 資金面で深 く関わ るよ うにな った。1950年は安定 した市場 条件 の下で タイ国は政府 間契約 の形(
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で150万 トンほ どの多量 の米を輸 出 した。 しか し1951年 にはい ると朝鮮戦争 の 影響で一次産品の価格 が高 くな り, イ ン ドネシアな ど米輸入国の外貨事情が良 くな り,米 の輸 入需要が高 ま り,米 の国際価格 も上昇 した.同年 にイ ン ドネ シアは,戦後 は じめてG-
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以外に も米 を タイ国か ら買い付けた こともあって タイ国の国内市場米価 も上昇 した。18)これに 対 しタイ政府 の米 の国 内買い上げ価格は一定に保たれ ていた19)ので,政府- の米販売業者は採 算上 の問題に直面 した。 同時に タイ米輸入国は,輸入米 の晶質低下ない し契約量 の輸入不可能 とい う問題に直面 した。 この間題 に対 し,タイ米 の主要輸入国であ った 日本 と英国は,次の よう な対策を行 な った。 日本は上記米販売業者 の損 失を補償す る支払いを行ない,英国は タイ政府 を指導 して,米穀業者が タイ米穀庁に売 り渡す米 のそれ ぞれ4.5トンに対 して1トンの割合で, 民間輸 出の許可を業者 に与 え るとい うI
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を採用 させた。 このSc
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は ) ) ) ) ) 5 6 7 8 9 1 1 1 1 1 この価格は自由市場価格よりまだかなり低かった。 これら諸価格は Sura,op.cit,,pp.18-19より引用した。 長谷川,op.cii.,p.488. Zbid"p.491. Sura,op.cit.,p.21,上述 の第 1期 の3%
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の線 に添 った ものであ る。20)1952-53年 にな ると米 の国際価格 は さ らに上昇 したので, タイ国政府 は輸 出価格 の よ り低 い政府輸 出米を で きるだけ少 な くし,価格 の よ り高い民間輸 出米 の シ ェア-を増大す る政策を とった。21)そ し て52,53両年 の米輸 出は1951年 にそ の端緒が見 られた3方法に よ り行なわれた。 この 3方法 と はす なわち政府輸 出,I
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に よる民間輸 出,お よび政府 の悪意的許可に よる 民間輸 出であ る。 第3の方法に よる米輸 出は, 上述 した 1951年 のイ ン ドネシアに よる G-Gc
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以外 の タイ米の買い付けが最初であ る。 第3期におい てのみな らずすでに第2期 よ り, タイ国は米輸 出の国家管理 と複数為替 レー ト 制度22)に よ り多額 の財政収入を得 ていた。第 2,3期 の タイ国 の米輸 出の主要部分を 占め る政 府輸 出では, まず米穀庁が精米業者か ら購入 した 白米をその価格 の約20%高の価格です ぐに輸 入 国の指定代理店であ る輸 出業者に売 り渡す とい う,書類上 だけの費用のかか らない行為に よ り巨額 の収入を得た。 さらに輸 出に よ り得 られた外貨は法的に タイ国国立銀行に公定 レ- ト23) で集中 されたので, 同銀行が この外貨を 自由市場 レ- トで売 る時 さらに巨額 の差益が入 り,そ れが また政府収入にな る。 つ ま り政府 輸出米に関 して政府は二 重の財政収入を得た のであ る。 他方第3期 よ り再 開 された米 の民間輸 出か らも,政府は同様 の二重の財政収入を得た。す なわ ち上述 の民間輸 出の2形態 とも,輸 出業者は政府が全量購入 した余剰米か ら,輸 出用米を政府 購入価格 の15-20%24)高 で購入 させ られ, さらに米輸 出に よって得 られ る外貨は公定 レ- ト で タイ国国立銀 行に売却 させ られた。 また上述 の政府 の悪意的許可に よる民間米輸 出につ いて は,1951年 よ り政府 はそ の輸出許可証交付に対 して"
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と呼ばれた特別賦課金 を徴収 した。そ の額は時には トン当た り15-30ドルに も達 した。25)1955年か ら実施 され るライ ス ・プ レミアム政策(
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の萌芽は, この よ うに1951年にすでにあ っ たのであ る。 また民間輸 出に対す る許可証はそれ 自身売買 され,その価格 は1951年に トン当た り35ドルに も達 した.B8)政府 の役人で この許可証 を入手 しす ぐ売 り払 うことで私的収入を得 る 者 もあ った.BT) 上述 した よ うに タイ米穀庁 の米輸 出か らの収益は巨額にのぼ った。 タイ米穀庁か ら財務省-繰 り入れ られた金額だけで も1948,49,50の各年 にそれ ぞれ1,440,1,950,660万 ドルに達 し, 20) 長谷川,坤.cit.,pp.49ト492.3% andlO% InducementSchemeについては脚注10)を参照せよ。 21) 長谷川,oP.cit.,p.493.22) PaulSithi・Amnuai,FinaceandBanking inThailand,Bangkok'・ThaiWatana Panich,1964,pp. 74-75. 23) タイ国側か ら見て自由市場比率の約2倍。 24) Sura,ob.citUp.21. 25) Ibfd.,および長谷川,ob.citりpP.493-494,and p.504.後者によればこの賦課金からの収入は財政収 入とならず,政治的資金として使われた。 26) Ingram,ob.ciiリP.91. 27) Zbid.
東南 アジア研究 13巻3号
それ らは各年 の タイ国の全財政収入 の
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年代初期, タイ国が米 の売手市場に直面 した期間中,米穀庁 の収支は公に され なか った。
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は米穀庁 の財政収入に関す る検討において次の よ うに述べ てい る。
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の述べた米穀庁の収入 の高官に よる流用の点を さらに強調 し, また ラ イス ・プ レ ミアム政策成立 の基盤に関 して次 の よ うに述べ てい る。"
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年代初期 の,政治 と密接 に絡み合 った タイ米 の輸 出制度が,1
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年以後 の ライス ・プ レミアム政策の成立の基礎 であ る とす るのであ る。 筆者は,Si
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年か らの正式実施後,同政策 か らの収入はすべ て国庫に納入 された ことを考 え ると,Si
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の主張には同意 しがたい。筆 者は ライス ・プ レミアム政策成立 の よ り根 本的な基盤は, タイ国におけ る徴税 の伝統 と米関係 の経済活動- の課税 の当然性にあ るのではないか と考 え る。 米に対す る輸 出税 は本節のは じめ に述べた よ うに1
9
世紀 中頃か ら現在 まで継続 して徴収 され てお り, タイ国政府は同税を伝統的 に重視 していた。 また タイ国におけ る米 の生産,流通,輸 出な どほ, タイ国経済において過去, 現在を問わず もっ とも重要 な経済活動であ り, ゆえに これ ら経済活動が課税 され るのは当然 と も考 え られ る。 じっさい,先述 した よ うに,1
9
3
8
年にそれ まで長期にわた りタイ国 の財政収入 の大 きな部分を 占めていた米生産農民に対す る人頭税 と土地税が廃止 されたが,それか ら8年 後には両税 か らの収入 の消滅を補 うよ うな形で米輸 出が政府収入の重要 な源 とされ,現在に至 28)I
n
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,o
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・cit・,p・185;S
u
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,op,ciiUp.20.これらの収入は外国為替差益は含まないOなおS
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は 1951年か ら1954年の問の同比率を15-20%と推測している。 29)I
n
g
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,op.cii.,p.186. 30) Silcock,oP.cit.,p.216. 364ってい るのであ る。 1951年を ピー クとして下が り始めていた米以外 の大部分の一次産品価格 は1953年 (朝鮮戦争 の終了),54年にかけて急落 した。 これ ら商品の輸 出国の多 くは, 米の輸入国であ りこれ ら諸 国の外貨事情が悪 くな った ので,米の輸入需要は減退 していた。 また米の国際価格は1950年か ら53年 まで上昇を続けたが小麦の価格は同期間ほぼ安定 してお り,世界的に米か ら小麦への需 要 の代替が起 こっていた。 この よ うな状況 の下で タイ国か らの米輸 出は次第に困難にな り港頭 在庫は1954年に80万 トンに適 した。 また米の民間輸 出価格 も低落 し,従来 の政府統制 と複数為 替 レ- ト制度の下での民間輸 出へのイ ソセ ソテ ィプは減少 した。 この よ うな米輸出の困難に直 面 した タイ国政府は,徐 々に米輸 出手続 きの簡素化や米輸 出 自由化を行な った。 タイ政府は1955年 1月米輸出の政府独 占制を廃止 し, ライス ・プ レミアムを徴収 して米の民 間輸 出を許可す る新制度を発足 させ,民間輸出に頼 って米輸 出を促進 しよ うとした。 ここに第
4
期がは じまる。 ただ政府は同年7
月 までは,米輸 出に関 して複数為替 レ- ト制度の下での為 替集中制を ライス ・プ レミアム徴収 と並行 して行な ったが,8月か らは ライス ・プ レミアムだ けの徴収に単純化 した。31)この よ うに1954年末で戦後 の政府独 占的な米の輸 出制度は廃止 され, 第4期である1955年 1年間は米輸出がすべて民間輸 出に よって行なわれた。1955年 の米輸 出に 対す る政府賦課金合計額は トソ当た りで第3期 と比べ約半分 (5%
r
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で約1,160バー ツ) と な り,同年 の米輸出は124万 トンと前年 より約22%増加 した.32) ライス ・プ レミアム政策は一般には第4期,1955年に始 まった とされてい るが,それは次の 理 由のためであろ う。(1)第3
期 の複数為替 レー ト制度の下におけ る非常に複雑 な米輸出に対す る賦課制度が ライス ・プ レミアムとい う従量輸出税一本に単純化 された こと。(2)第3期 には米 輸出か らの収益 のかな りの部分が個人的 ・政治的に流用 され ていたのを,主 として タイ国国立 銀行か らの圧力33)で,少な くともその大部分が経済省に新たに設け られた会計に繰 り入れ られ 国家 の収入にな るようにな った こと。 しか し,上 の第3
期 の輸 出制度の検討 の ところで述べた ように, ライス ・プ レミアムとい う言葉は,米の民間輸 出に対す る特別課徴金 とし て す で に 1951年か ら存在 していた。I
I
I
第5
期 (政府 ・民間輸 出併存期)(=おけるタイ国の米輸出政策 - ライス ・プ レミアム政策 とその政策 目的を中心に 第4期す なわ ち1955年中の タイ国か らの米輸出はすべ て民間輸出に よ り行 なわれたが,1956 年か らは また政府輸出 と民間輸出の両方が行なわれ るようになった。 この よ うに第5
期 (政府 ・民間輸出併存期)は1956年か ら始 ま り現在 までを カヴ ァ- してい る。 本節では, ライス ・プ 31) 長谷川,o
P.
cit.,pp.509-510. 32) Zbid,p.510お よび Sura,ob.cii.,pp.22-26参照O 33) Silcock,o
P
.
cit・,pp・217-219.東南 アジア研 究 13巻3早 レミアム政策に重点をお きつつ, 同期 の米輸 出制度お よび米政策の実証 的経済分析 を行な う。 このための資料 として筆者 の現地調査結果や関係 出版物を利用す る。
1
9
5
6
年か ら再開 された米 の政府輸 出の全輸 出に 占め る割合は,1
9
6
0
年 までは徐 々に増大 した が,6
0
年代 以降はほぼ3
0-5
0%
の水準にあ った。 しか し, この政府輸 出の再開は第3
期 以前 の よ うな政府 に よる米輸 出の再統制を意味 しない。米 の政府輸 出 と民間輸 出 とは並行 して行なわ れ,輸 出業者は ライス ・プ レミアムな どの輸 出賦課金を政府 に支払 うだけで米を民間輸 出で き た。 米 の政府輸 出が民間輸 出 と併存す る理 由について商務省貿易局局長Sut
he
e
氏 は84)(1)輸 入国が政府輸 出を希望,(2)政府間契約に特徴的な1取 引で大量 の輸 出は民間業者では不可能, (3)政府輸 出は民間米輸 出を補完す る役割を持 つ, の3
点をあげた。 まず米 の政府輸 出の メカニズムについて簡単 に検討 しよ う。 政府輸 出は上述 の第1-第3期 の米輸 出の国家独 占期 に も行なわれ,そ の基本的な機構 は第5
期 のそれ とあ ま り変わ らない。 す なわち米 の政府輸 出は政府(最近 では商務省貿易局)が輸 出価格 と量 に関 して外国政府 と輸 出 契約を結び,民間か ら米 を買い上げ,それ を民間 の輸 出業者 に輸 出 させ るとい うプロセスで行な われ る。 この政府輸 出米 の実際の取扱 いはすべ て民間業者が政府か ら手数料を取 って行ない, 貿易局は書煩上 の処理 を行な うだけであ る。 後述す るよ うに ライス ・プ レミアムに よ り米の国 内価格が輸 出価格 よ り低 くな ってい るので,政府は政府輸 出か ら巨額 の財政収入を得 られ るの であ る。 米 の政府輸 出におけ る政府 の国内買い上げ価格 と輸 出価格 の差 もライス ・プ レミアム と呼ばれ る。35)政府輸 出米 の タイ国政府 の買い上げ価格 は,第1-第 3期 と同様第 5期 に も公 定価格であ った86)が,最近では業者か らの入札で決定 され,ゆえに市場価格 とな ってい る.
3
7
)
次に米 の民間輸 出の機構 と制度 とを簡単に検討 しよう。 米 の民間輸 出は基本的には民間業者 が独立に外 国の輸入業者 と契約 し,政府か ら輸 出許可を受け,後述す るライス ・プ レミアムな どの諸輸 出賦課金を支払い輸 出す るとい う手続 きで行なわれ る。 ライス ・プ レミアム総額は輸 出時点の,米 の規格別 ライス ・プ レミアム水準で計算 され,輸 出業者 に よ り支払われ る。 米輸 出業者は政府 よ り免許 を与 え られ てい る。タイ国におけ る米輸 出業者数は,タイ国商業 会議所
(
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and)
の リス ト に よれば1
2
6
社であ る。88)しか しこの中には 1)ス トに載 ってはい るが現在何 も米輸 出を行 なっていない ものがかな りあ る。 また上位
5
社では米輸 出に閑 し約3
0%
のシ ェアーを持 ってい る。39)多 くの輸 出業者は米 の国内流通に も従事 し,米倉庫や精米所 を操業 してい る。 上記の上位
5
社34) 筆者の1974年 7月のインタビューによる。
35) Jittima PookkachatikulandD,E.Welsch,ThaiRicePremium Data,1954-1973,Staff Paper No.12,°ept.ofAgr.Econ.,KasetsartUnivり1974,p.2.
36) Sura,op.cii.,p.26.この価格は市場の需給条件に応 じ,ある期間ごとに調節された。
37) 貿易局局長 Mr.Sutheeとのイソタビューによる。
38) BoardofTradeofThailand,AnnualReportfor1973,Bangkok,1974. 39) 筆者の米輸出業者 とのインタビ31-による0
は国内米市場 に多少 の支配 力 を持 ってい ると言われ てい る。 次 に タイ国の米輸 出政策 の機構 を具体 的に検討 しよ う。 最初 に本節 の主 題であ るライス ・プ レ ミアム政策 を取 り上 げ る。 前 節で ライス ・プ レ ミアム政策 の萌芽 はす で に
1
9
5
1
年 に現われ て お り, また同政策 の基盤 は タイ国経 済 ・財政 の伝 統的特徴 にあ ると指 摘 した。 さ らに ライス ・ プ レ ミアム政策は1
9
5
5
年 よ り実行 され,1
9
5
5
年 の米輸 出に対す る ライ ス ・プ レ ミアム金 額は第2
次大戦後 の第3
期(
1
9
5
0
年-1
9
5
4
年) の米輸 出に対す る賦課 金総額 の約 半分に減少 した こと 表1 米輸出とライス ・プレミアム ラ イ ス ・プ レ ミ ア ム (1) ■童邑事 堅ヨ (1000tons) 1,418 1,474 価 筑 (100月 ノヾ-ツ) 1,672 1,824 …三……… 日 ;……… 1955 1 I,236 1957 1958 1959 1960 1961 1,570 1,133 1,092 1,203 1,576 王……23 日 莞 ………日 ……… 1967 ∃ 1,482 1968 1969 1970 1,068 1,023 1,064 3,133 2,861 3,622 2,968 2,576 2,570 3,598 3,240 3,424 4,389 4,334 4,001 4,653 3,775 2,945 2,517 2,909 価 格 (パ ー ツ/トン) 1,179 1,237 1,697 2,757 3,084 2,535 2,262 2,307 2,620 2,359 2,136 2,283 2,534 2,416 2,315 2,281 2,650 3,144 3,534 2,879 2,366 1,846 2,101 ………… 十 …;冒 昌 ・'…89日 4・':33:p (4) : (5)A プレミアム 総収入 (100万 バ ー ツ) l 1 3 p 2 0 2 6 5 2 3 9 8 2 5 5 8 7 0 5 8 3 4 4 4 1 5 4 7 5 1 3 9 9 9 6 3 4 2 5 3 2 8 8 8 7 7 8 7 8 2 1 9 9 2 0 5 2 1 3 1 平 均 プレミアムからの 財政収 入の割合 (6)b 弓 (7) 誉 /烹子 i対総輸出(%)額 潤i 駅(% )政 666 535 717 692 619 553 592 578 6 53 629 660 671 1,187 1,014 508 142 75 392 3,072 9 3 7 9 9 4 3 4 8 8 5 1 4 5 1 8 4 9 4 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 3 3 2 3 r 7 7 6 5 3 1 2 9 9 2 1 8 7 8 6 3 1 0 1 8 1 「⊥ l 1 1 1 1 1 100%白米の 卸売価格 (バ ンコク) (ぺ-I/トン) 8 2 8 5 0 8 1 3 0 1 1 2 9 0 9 9 2 0 7 3 7 6 7 1 6 3 1 1 0 8 5 7 6 0 4 3 9 9 8 4 8 3 1 7 0 8 7 0 2 7 7 9 7 7 8 8 7 9 8 6 7 9 7 6 6 1 5 1 3 1 7 9 0 9 0 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 2 2 2 2 2 1 1 3 3 4 注 :a.(4)÷(1) b.(4)÷(2) p.推定値 *.Febり1975・出典 :BankofThailand,MonthlyReport;BankofThailand,IMF Consulidtions,1960,1970;
東南 アジア研 究 13巻3号 も指摘 した。 この ライ ス ・プ レ ミアム政策 は
1
95
5
年 以後現在 まで (第4
,5
期 の間)継続 して 行 なわれ て きた。 ところで現在 タイ国 の米輸 出に対す る賦課金 には, 次 の3種塀があ る。 (1)Ri
c
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(本論文では ライ ス ・プ レ ミアムと呼ぶ 。) (2)Ri
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(米輸 出関税) (3)Lo
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40)(地方税) (1)の ライ ス ・プ L/ミアムは上述 の ごと く従量 輸 出税41)で あ る。 表1に示 され てい るよ うにそ れ か らの年 間総税収 は1
9
71
年 か ら1
9
73
年 の期 間 を除 い て米 の総輸 出額 の2
1
%
か ら3
5
%
の高い割 合 を 占めた。特 に ライ ス ・プ レミアムか らの税収 の総財政収入 に 占め る比率 は1
9
6
5
年 以前 は9
%∼1
7%
もあ り, ライス ・プ レ ミアムは タイ国の重要 な財政収入源で あ った。 この比率 は1
9
66
年 以後低 下傾 向に あ ったが,世界 の米需給 が極度 に緊迫 した1
9
7
4
年 には8%
に上昇 した。 ライ ス ・プ レ ミアムは多数 の米 の規格 のそれ ぞれ につ いて決め られ,平均値 では民間輸 出に対す る ライ ス ・プ レ ミアムのほ うが政府 輸 出に対す る ライス ・プ レ ミアムよ り高い .42) (2)の米輸 出関税 は戦前 に もあ った一般輸 出税 と同 じもので あ り,政 府 に よ り決め られ る米 の 公定輸 出価 格 の3.2-10%43)ほ どの従価税 で あ る。(3)の地 方税 は内務 省が税 関で徴収 し市 お よ び町に交付 され る。 これ に対 し上述 の(1)と(2)の米輸 出賦課金は国家 の財政収入にな る。 QI Qe 図1 ライス ・プレミアムと輸出割当制 Q Quantity これ ら3
種 類 の賦課金 の うち ライ ス ・プ レミアムは,米輸 出単位量 当た り 金額 や政府収入に 占め る割合か ら見て 他 の 2種類 の賦課金に比べ非常 に大 き い.W ゆえに本節では ライス ・プ レ ミ アムに焦 点を合わせ て検 討 を加 え るの で あ る。 まず ライス ・プ レ ミアム政策が タイ 国 の米 の輸 出価格(Pa'),国内価 格(Pd) 輸 出量 (Q), 国内需給に及 ぼす影響を 簡単 な図(図1)を使 って示 してお こ う。40) AnanLewchalermwong,Ta-x-ationandTaxRefo,m in Thailand,Bangkok:KurusaphaLadprao Press,1972,p.96. 41) Ingram,oP.cii.,p.247によれば,米の急な需給逼迫の始まった1967年 1月か らライス ・プレミアム は規格別の公定米価を基礎にした従価税にな り, 逼迫がなくなってか らも従価税として存続し, 1969年 9月になって元の従量税にもどった。 42) Ingram,oP.cit.,p.247. 43) Anan,olI.Cit.,p.96および筆者のインタビュ-による0 44) Anan,oP,cii・,p・96を参照せよQ
3
6
8
ここにおいて
D
wは世界 の タイ米需給 曲線,ⅩCは タイ国の タイ米輸 出曲線 (超過供給 曲線)であ る。 この図の0
7
に関 して反対側の象 限にⅩりこ対応す るタイ国内の米の需給 曲線が描け るが, 本稿では単純化 のため省略す る。45-米 のマーケテ イングに関す る手数料は単純化 のためな しと 仮定す る。D
wの傾 きない し世界 の タイ米需要 の価格弾力性は本稿 の主要 な論点の一つであ る が,それは次節 で詳 しく検 討す る。 さて図1は, ライス ・プ レミアムがない場合 タイ米 の輸 出 量 は Qe,輸 出価格お よび国内価格は同一水準 のPeとな るが,米輸 出量1
単位当た りB
7
とい うライス ・プ レ ミアムが諌 され ると輸 出量 はD
T
eq,輸出価格は Pm,国内価格は Pdとな ること を示 してい る。 す なわ ちB
T
e とい うライス ・プ レミアムに よって,そ の他 の条件に変化がなけ れば, タイ国の米輸 出量 はQCよ り瓦
に減少 し, 輸 出価格 と国内価格 とはF
c だけ窮離 し, 輸 出価格は P∬とPeよ り高 く,国内価格は PaとPeよ り低 くな るのであ る。 図には示 してい ないが,配
とい うライ ス ・プ レミアムに よ り国内価格が下が るので ライ ス ・プ レミアムがな い ときに比べ タイ国内の米 の供給 は減少 し,米 の需 要は増大す る。 これ ら国内需給 の変化は上 述 の タイ米輸 出量 のQeか らi
兎 へ の減少 と一致す る。 タイ国では後述す るよ うに米 の輸 出割 当制が,戦 後断続的に行なわれ て きた。図1に よ り同 制度 とライス ・プ レミアム政策 の関係 を簡単 に示 してお こ う。 図1で輸 出割 当量が 6TQl,ライ ス ・プ レミアムがB
T
eの ときは,割 当制 が効いてお り (割当制 が タイ米の輸 出量 と輸 出価格お よび国内価格を決めてい る。), ライス ・プ レミアムは効 いていない。 しか し,割当制 に伴 う余 剰利益(4
辺形 GHI
J) の分配は, ライ ス ・プ レミアム政策に よ り4
辺形 AEFD
が財政収入 に,二つ の斜線 部分が輸 出業 者に帰属す るよ うにな ってい る。 も し割当量 がD
q
Cよ り大 きけれ ば ライス ・プ レミアム政策だけが効 くよ うにな る。 では ライス ・プ レミアムの具体的決定機構 について検討 しよ う。 この点は今 日までの諸論文 で まった くと言 っていいほ ど触れ られ ていない。 また この決定機構は後 に述べ るよ うな重要 な 問題 を含 んでい る。 ライス ・プ レミアムは経済省貿易局 の管轄下 にあ り,規格別のそ の水準は 同局 の米 の国際市場,国内市場 の需給条件 の毎 日の検討を基礎 に同局に よ り決定 され る.W 第 1に1週間 とい うよ うな短期, または長期で後述す る米輸 出割当制が効いてい る場合 には,栄 の輸 出量 は一定 と考え られ るか ら, ライス ・プ レミアムは以下 の よ うに決定 され ると考 え られ る。す なわ ち,(1
)米 の規格別の輸 出価格 と,(2)
国内卸売価格,輸 出諸費用,正常利潤(
no
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)
の3
項 目の和 とが計算 され , 原則 として両者 間の 格差 を基準 として プ レミアムの水準45) 同園は HiroshiTsujii,"AnEconometricStudyofEffectsofNationalRicePoliciesandtheGreen RevolutiononNationalRiceEconomiesandInternationalRiceTrade among LessDeveloped and DevelopedCountries:WithSpecialReferencetoThailand,Indonesia,Japan,andtheUnitedStates,"
unpublishedPh.D.dissertationsubmittedtotheUniversityoflllinoisatUrbana-Champaign,1973, p.78の図の一部を基に描かれた.
46) 以下の政府側のライス ・プレミアム決定プロセスの説明は,筆者の1974年7月の貿易局局長Suthee氏
東南 ア ジア研究 13巻3号 は決定 され る。 ここには輸 出業者 に正常利潤を保証す るとい う考 え方があ る。 第
2
に長期で輸 出割当制が効いていない場合は,世界 の タイ米需要 曲線 とタイ国の米輸 出曲線 とは価格 の関数 であ るか ら, ライス ・プ レミアムはす ぐ上で述べ た よ うな方法では決め られない。 この場合, ライス ・プ レミアムは次の よ うな要素 を考慮 して貿易局に よ り決定 され ると考え られ る。 それ らの要素 とは(1)あ る時 点で社会的,政治的に許容 され ると考 え られ る最高 の卸売価格 と最低 の 農家手取価格 とを,実際 の両価格 が越えない こと。(2)ライス ・プ レミアムか らか な りの財政収 入が得 られ ること。(3)従来か らの安定 した タイ米輸入市場 を確保す る こと,であ る。47)これ ら 三つ の要素か ら明 らかな ように,第 2の場合では, ライス ・プ レミアムの水準は主 として タイ 国の消費者 と農民 と政府 の3着問 の政治的力関係,お よび若干 の経済的,財政的問題に対す る 政府 の判 断に基づいて決定 され るのであ る。 これが政府側 の ライ ス ・プ レミアム決定 プロセスであ るが,米輸 出業者側は次 の ような手順 で この プロセスに影響を与 え ることがで きる。す なわ ち タイ国商業会議所 内に米委員会(
Ri
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t
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)
があ り, 同委員会が ライス ・プ レミアムの水準を検討 し, もしその水準 の変更要 求を決定すれば, 同会議所 の理事 会か ら政府 に要請す るとい う手順であ る。48) 貿易局 の中には ライス ・プ レミアムに関す る公式 の委員会の よ うな ものはない。同局局長が ライス ・プ レミアムの最終決定 に関 してかな りの発言権 を持 ってい る。 ライス ・プ レミアムの 変更 の必要が生 じた ときは,貿易局が内閣の同意を得たのち変更す る。 この同意が得 られない 時は関係大臣か らな る一時的な委員会が作 られ, これが ライス ・プ レミアムの水準について検 討を行な う。 ところで この ライス ・プ レミアム決定機構 において問題は どこにあ るのだろ うか。問題は ラ イス ・プ レミアム決定 の重要 な要 因であ る米 の輸 出価格 と国内卸売価格にあ る。 両価格は タイ国商業 会議所 内の米委員会 の下 の米価小委員会
(
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)
に よ り毎週 月曜日にそ の遇に対 して決定(クォー 目 され,貿易局の承認を受けた ものであ る。 ところで タイ国 商業会議所は民間の機 関であ り,民間の貿易 ・諸産業関係者 と政府 との問の連絡 ・調整,貿易 の振興,商業紛争 の調停 な どを 目的 としてお り,その中の米価小委員会は米輸 出業者に よ り構 成 されてい る。 ゆえに貿易局の ライス ・プ レ ミアムの決定に際 し最 も重要 な基礎 とな る米 の輸 出価格 と卸売価格 とは,米輸 出業 者側が貿易局-報告 した価格 なので あ る
。1
9
7
4
年夏 の米輸 出 関係者 との イ ンタビュー に よれば, 米価小委員会の付 けた輸 出価格 は輸 出商 が オ フ ァーで き る実勢価格 の性格を持 ってお り,実際の輸 出価格はそれ と必ず しも一致せずそれ よ り高 くな る 47) 筆者のライス ・プレミアム政策担当者とのインタビュ-か らの印象では,米輸出からの外貨獲得量は, ライス ・プレミアム決定に際しあまり重要な要素 ((3)の要素で間接的に表わされているが)としては考 えられていないようである。この点は後述する世界のタイ米需要曲線の弾力性が1に近いことと関係し, 興味深 い。 48) タイ国商業会議所でのイソクビ,.-による0 370ことが多い とい うことであ った。報告 された価格 と現実 の価格 とが異な ると,第
1
に,短期 な い し割当制が効 いてい る場合,米輸 出業者 の利潤に大 きな違 いを もた らす。第 2に,長期で割 当制 が効いていない場合,米輸 出業者 に動態的な利潤 または損失 を与え, また政帝 の適切 な ラ イ ス ・プ レ ミアム政策 の実行 を難 しくす る。 これ ら二 つ の理 由に よ り,貿易局は ライス ・プ レ ミアム決定 の基本材料 と して使われ る米 の輸 出価格 と国内卸売価格に,米輸 出業者が報告す る 価格 でな く,業 者 とは独立に調査 され た価格を使用すべ きであろ う。 ただ米輸 出業者 と貿易局 の間には,米輸 出に関す る知識 な どに関 して大 きなギ ャップはな く, また あ る程度 の相互信頼 関係があ ることが1
9
7
4
年7
月の筆者 の調査で明 らかにな った ことを付言 してお く。 ライス ・プ レミアム政策 の補助的な制度 として,輸 出割当制 と米輸 出に リンクした低価供 出 制 (Reserve Stock Policy)が1
9
5
5
年以降断続的に行なわれ てい る。49)まず輸 出割当制 について検討 しよう。 輸 出割当制 は最近では
1
9
6
6
-6
8
年 と1
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7
4
年 との,世界 とタイ国内 との米需 給が非常に切迫 し米 の国際貿易価格が急上昇 した時期 に実施 された。 ライス ・プ レ ミアム政策 は1
9
5
5
年以降継 続 して行 なわれ て きたので,輸 出割 当制が行なわれ ると両制度が併存す ること にな る。 輸 出割 当制 と輸 出税制 とは,国際経済学 の理論で明 らか な よ うに,輸 出価格 と国内価 格 との差額部分が民間業者 に属す るか政府 に属す るかの違 いを別にすれば,価格 と輸 出量 に関 す るあ る政策 目的に対 して代替的な関係 にあ る。 す なわち両制度 の どち らか片方だけで,理論 的には十分価格 と輸 出量 に関す るあ る政策 目的を達成で きるのであ る。 ライス ・プ レミアム政 策は輸 出税政策であ るか ら, 本政策 と割当制 とが両方同時に施行 されたのは どうい う理 由に よ るのだろ うか。筆者は タイ国貿易局,米貿易業 者,輸入国大使館 関係者 とのイ ンタビューを基 礎 に した実証的 ・理論的分析 に よ り次の よ うに考え る。 まず ライス ・プ レミアム政策 だけでは不都合が生 じる理 由は次 の通 りであ る。 米が タイ人 の 主食であ り賃金財であ る故,そ の国内価格 の安定は政府 の重大課 題であ る。 ところで世界の タ イ米 に対す る需 要が急速 に増 加 した とき (前掲図1でのDw
の右方- の急速 なシフ ト), 米 の 国内価格を ライス ・プ レミアム政策 だけで一定 に保つためには, ライス ・プ レミアムは従量税 であ るので同需要 の増加に従 って ライス ・プ レミアムの水準を短時間に機動的に何回 も変更せ ねば な らない。 しか し上述 の よ うに ライ ス ・プ レミアムの変更には内閣の同意が必要であ るの で時間がかか り機動的 な変更が困難であ る。 また ライス ・プ レミアムの多数 回の変更は輸 出業 者か ら (不確実性 を増大 させ るとの理 由で)反対が強 い。50)さらに ライス ・プ レミアムの水準 49) 割当制の間欠的採用に関してはSilcock,ob.cii.,p.217;Surd,ob.eit.,p.27などを参照。 低価供出制については,Ammar Siamwalla,"A HistoryofRice Price Policies in Thailand,"inFinance, Trade,andEconomicDevelopmentin Thailand,ed.by Pratheep Sondyauvan,Bangkok:Sompong Press,1975,pp.14ト165をみよ。1974年7月の割当制と低価供とl描Uとは1972年に始まったものである0
50) タイ米の輸出関係者からの聞き取 りによると,民間の輸出契約は輸出時点の2- 3カ月前にされるが,
ライス ・プレミアムは上述のごとく輸出時点で支払われる。 ゆえにライス ・プレミアムを例えば毎月変 更すると米輸出業者の採算予測が非常に困難になる。
東南 アジア研 究 13巻3早 を決め るのに必要 な世界の タイ米需要 曲線 自身 の位置を,特にそれが シフ トす るとき正確 に推 定す ることは非常に困難であ る。 しか し,割当制が併用 され てい ると,上述 の よ うに世界の タイ 米需要が急増 した場合急に シフ トした需要 曲線 の位置を推定 しな くて も, また ライス ・プ レミ アムを機動 的に変更 しな くて も国 内価格を一定 に保つ ことがで きる。 例えば上掲 の 図1で Ql を輸 出割当量 とす ると国内価格は
0百
に一定 に保て るので あ る。 次に輸 出割当制 だけでは不都合 が生 じる理 由は次の とお りであ る。 第1に,輸 出割当制だけ が行なわれ割当量 が米 の輸 出量 と輸 出価格を決定 してい る場合は,割 当制に伴 う利益は全 て米 輸 出業者に帰 して しまい,米輸 出業者に不当な利益を与 え る。 しか しその場合に ライス ・プ レ ミアム政策 を併 用 しておれば,上述 の よ うに この輸 出割当制 に伴 う利益は政府 と輸 出業者 とに 分配 され る。 これは最近 まで良い財政収入源 の少なか った タイ国政和 ことって重要 な結果であ る。 また割 当量 とライ ス ・プ レミアム水準 とを適当に調節す ることに よって米輸 出業者の取 り 分を,輸 出業者 の経営基盤 を強化で きるような適切な水準にす ることもで きる。51)第 2に タイ 米輸 出曲線 が少 し左に シフ トした場合,割当制 だけが実施 され てい ると国内米価 は上昇す る。 しか しも しライ ス ・プ レミアム政策が併用 され ておれば, ライ ス ・プ レミアムを適切に調節す ることに よって国内米価を元 の水準に保つ ことがで きる。 第3
に世界 の タイ米需 要曲線 とタイ 国の米輸 出曲線 の交点が輸 出割当量 の左側- きた とき,言いなおせば世界 の タイ米需要曲線 ま たは タイ米輸 出曲線 (または両方)が大 きく左- シフ トした とき,輸 出割当制 だけであ ると政 府は タイ米 の輸 出価格 と輸 出量を まった くコソ トロ-ルで きな くな る。 しか しライス ・プ レミ アム政策を併用 してい るとこの問題に対処で き,かつ ライ ス ・プ レミアムか らの財政収入 もあ る程度確保で きる。 この場合 は上掲 図1で世界の タイ米需要 曲線が DW* または タイ米輸 出曲 線が ⅩC*の位置にあ る場合に対応す る。 以上が ライ ス ・プ レミアム政策 と輸 出割当政策が併存す る理 由であ る。 この よ うに ライス ・ プ レミアム政策 と輸 出割当政策 とは,非常に変動的な世 界の タイ米需要 と多少変動的な タイ米 輸 出曲線 とに対 しタイ米 の国内価格 の安定 と財政収入確保 との政策 目的のため,互 いに補完的 に作用す るよ う上手 に組み合わ され て併存す るのであ る。 なお これ ら 2政策に低価供 出政策を も追加 した よ り詳 しい厚生経済学 的分析は本誌本号 の中嶋千尋教授 の論文 「タイ米輸 出制度の 経済理論的分析」でな され てい る。 タイ国での米 の輸 出割当は どの よ うに行なわれ るのだろ うか。 それは貿易局の 管 轄下 にあ る。 そ の方法は まず年初に米 の生産量を検討 しそ の年 の余剰米量 を推定す る。 次 いで輸 出 目標 としての総割当量 が決定 され る。52)輸 出業者 別の割当量 の決定規準は,1
9
7
3
年末 までは割当制 の通常 の規準であ る輸 出実績で あ ったが,1
9
7
4
年 1
月か らほ これに在庫保有量が規準 として付 51) 筆者の1974年 夏のタイ米輸出関係者とのインタビューで割当制がこの目的に使われているとの意見が あった。 52) 筆者の1974年の貿易局でのインタビー一によるoなお1974年の総割当量は白米で120万 トンであった。3
7
2
け加え られた053)割当は月別に行なわれ るが,各月の割当は3カ月間有効であ る.54) 次 に タイ国の ライス ・プ レミアム政策 に対 し,第
2
の補助的制度であ る低価供 出制 について 簡単 に検討 しよ う。 これは政府が民間輸 出量 のあ る割合 (供 出比率)を低価格で強制的に買い 上げ,消費者-市場価格 よ り安 く供給す る制度であ る。55'低価供 出制は1
9
6
2
年3
月 よ り供 出比 率1
5
%
で始め られ,その後 断続的に1
9
7
3
年3
月 まで供 出比率5-1
5
%
で施行 され て きた。 タイ 国の1
9
7
2
/
7
3年 の米 の雨季作は凶作で, 前年 よ り約1
8
%
減少 し, また1
9
7
2
年か ら7
3年 にかけ て 世界的に穀物需給が急迫 して穀物貿易価格が暴騰 した。 タイ国においてほ, 国内米価が1
9
7
2
年 末 よ り急上昇 を始め,1
9
7
3年6
月には ピー クに逢 した。 ここに タイ国に1
9
7
3
年6
月か ら8
月に かけ て 「米危機」が発生 した。56) この よ うな状況 に応 じ,低価供 出制に よ り集め られた米は多 量 に,低価格で消費者に売 られ, また供 出比率は1
9
7
3
年3
月 よ り急速に引 き上げ られ,8
月に は2
0
0%
に も達 した。 この よ うに低価供 出制は,1
9
7
2
年 よ り施行 された米 の輸 出割当制 ととも に,1
9
7
2
年末か ら1
9
7
4
年 にかけて タイ国内の急迫 した米需給 の緩和のために使用 された。 しか し, この高い供 出比率 に対 し米輸 出業者か ら強い反対が 出,1
9
7
3年1
0
月か ら同比率は漸 減 され, ライス ・プ レミアム制 に米輸 出政策 の重点が移 された。57'しか し1
9
7
4
年中は タイ国内 の米価は1
9
7
3
年 よ りも高 い水準を保ち,供 出比率は1
9
7
4
年7
月には5
0%,1
2
月2
7
日には1
0
0%
の水準に上昇 した。58) 最後 に ライス ・プ レミアム政策 の政策 日的お よび 日的達成度 につ いて検討 してみ よ う。 この 政策 目的は(1)財政収入を確保す ること,(2)変動的な世界米価 と国内米需給 の変化 に対 し米 の国 内供給を確保 し,国内米価 を安定化す ることの二つであ ると言われて きた。59'前節で述べた ラ イス ・プ レミアム制度 の成 立過程や,同制度を支 え る伝統的要素 を考 え る時, ライス ・プ レミ アム政策が行 なわれは じめた時期には財政収入の確保が重視 された と考え られ る。 しか し最近 では この初期 の 目的 の蛋要性 は減少 し,米 の国内供給 を確保 し,米 の国内価格を安定化す ると い うことが ライス ・プ レミアム政策の重要 な 目的にな って きた と考え られ る。 この二つ の政策 目的の間の重要性 の時 間的変化は下記 の事実に よ りは っき りと示 され る。 (1) 前掲 の表1
に関 し述べた よ うに, ライ ス ・プ レ ミアムか らの収入は1
9
6
5
年 以前 には総財政 収入 の9%∼1
7
%
を も占め, タイ国政府は ライス ・プ レミアムを菰 要な財政収入源 と考 えて いた。 しか し1
9
6
6
年以降は ライス ・プ レミアム収入 の財政収入に 占め る重要性は急速に減少 53) 筆者の貿易局でのインタビュ-による。 54) 同上。 55) 筆者の貿易局でのインタビュ-によれば, 政府は低価供出制の下で1974年7月に米輸出業者よりトン 当 り約99ドルで買い上げ,市場価格が197-213ドルの時,約164ドルで消費者に売 り渡した。 56) 1973年6月12日から7月30日まではタイ国からの米輸出が禁止された。 57) 以上の低価供出制,「米危機」についての記述は,筆者のタイ国での米政策 ・米輸出関係者とのインタビュ-,FAO,RiceTradeZntelligcnceの各号,およびAmmar,ob.cit.,p.164による0
58) 同上。
東南 アジア研 究 13巻3号 した。1974年 には世 界米価 が暴騰 し,輸 出 タイ米1トン当 りた の ライス ・プ レ ミアムも未 曽 有 の水準 に急上昇 したが, ライ ス ・プ レ ミアムか らの政府収 入 の総財政収入に 占め る割合は
8
%にな っただけで あ ま り増大 しなか った。最近直接税 な どの重要性 が増大 し,財政収入源 に構造 的変化 が起 こって きた ことがそ の原 因であ る。 (2)前 掲 の表1で 明 らか な よ うに,1955年か ら1965年 まで は, タイ米 の平均輸 出価格に示 され てい るよ うに世界米価 は比較 的安定 していた。 ゆえに 同期 間には ライス ・プ レ ミアムの操作 に よ り世 界米価 の変 動 を吸収 し, 国内米価 を安定化 させ る必 要はあ ま り存在 しなか った。事 実表1に示 され てい るよ うに,平 均 ライ ス ・プ レ ミアムは1955年か ら1965年 の間あ ま り変化 せず, 国 内米価 も同期 間安定 的で あ った。 ところが1966年か ら1975年 にかけては,世 界米価 は表1の タイ米平均輸 出価格 に示 され る よ うに大 き く,かつ発散 的に変 動 した。例えば1967年 には タイ国はひ どい干害 を受け米生 産 が急減 し, また米 の国際価格は1967,68年 に急騰 した。 これ に対 し1968,69両年 には表1に 示 され る ごと く平均 ライス・プ レ ミアムは輸 出米1トン当た り1,000バー ツ以上 と,それ 以前 の倍近 い水準に引 き上 げ られ, また米 の規格 別 の ライス ・プ レミアム額 も,1967年か ら1969 年 にかけ て激 しく変 更 された。 さ らに1966年後 期か ら1968年頃 まで,米 の輸 出割 当制 も実施 された。割 当制 につ いて詳 しい資料が存在 しないので確定 的な ことは言 えないが,1966年か ら68年 の期 間には ライス ・プ レ ミアム政 策 と輸 出割 当制 が交互 に効 いてい るよ うな状況 にあ った のではないか と考 え られ る。60)そ の結果 1968,69年 の米輸 出量 は低水準 と考 え ら れ る 100万 トン近 くに急減 した。 国 内需給状態 を示す バ ン コクで の白米 の卸売価格 も,世 界的に 米 の価格 が急騰 しピー クに達 した1968年 にか え ってか な り低落 した。 これ らの事 実は, ライ ス ・プ レ ミアム政策が米輸 出割 当制 な どの補助的政策 とともに タイ国内の米需給 を緩 和 させ, 国 内米価 を安定 させ るために使 われた ことを示 してい る。 1971年 には タイ国お よび世 界 の米需給 は逆 に極端 に緩 み, タイ国 の米輸 出価格 は 急 落 し た。 この よ うな状況 に対 し, タイ国政府 は ライス ・プ レ ミアムの水準 を1970年頃 よ り低下 さ せ ていたが,1971年4月には (100%と5%の二規格 の)上質米 を除いて ライ ス ・プ レ ミア ムを廃止 した。前掲 表1に示 され てい るよ うに,平均 ライス ・プ レミアムは米輸 出量1トン 当た り1971年 には142バー ツ,1972年には75バー ツまで低下 した。 この よ うに ライス ・プ レ ミアムを非常 に低 くす ることに よって,米輸 出を促進 し国内米価 の急落を くい とめた。 1972年 末か ら1974年 にかけ ての, タイ国内お よび世 界 におけ る米需給 の急迫 と米価格 の急 60) ライス ・プレミアムは米の規格別に決められたが, 割当制は米輸出総量に対して行なわれた。 また米 の規格の変更は,米業者が nlixingとsiftingにより比較的容易に行なった。 ゆえに割当制が効いてい ても, ライス ・プレミアムの変更はタイ米の規格別の卸売価格, 輸出.価格および輸出量にある程度の影 響を与える場合がある。 またIngram,op.cit.,p.247,andpp.250-252によれば,ライス ・プレミアム は1967年1月か ら1969年9月まで,毎月規格別に決定される公定米価を基礎 とした従価税 となった。 374騰,お よび1973年 の低価供 出制下で の供 出比率 の急上昇 と政府 に よる供 出米 の廉価販売 につ いては,上 の低価供 出制 の検討 の ところで述べた。実際 タイ米 の平均 輸 出価格 は,表1にあ るよ うに1974年 には トン当た り9,131バ ー ツと戦後 の平均 的 な価 格水準 の4倍 近 くにな った. この間 ライ ス・プ レ ミアムも急速 に引 き上 げ られ,1974年 にはその平均値 は トン当た り3,072 バー ツに もな った。 また上述 の ごと く,1972年か ら1974年 までは輸 出割 当制 が 行 なわれ, 1973年6月12日か ら7月30日までほ米輸 出が禁止 され た。1972年か ら1974年 の期 間に も,輸 出割 当制は効 く月 と効か ない月が あ った と考 え られ る。61) ライ ス ・プ レ ミアム政策 とこれ ら そ の他 の補助 的政策 に よ り,表1に示 され るよ うに1973,74年 の米輸 出は低 水準に保 たれ, 1974年 の国内米価 は戦後 の平均 的水準 の2倍 強 の水準に上昇す るに止 まった。62) (1),(2)の記述 で 明 らか な ごと く,1965年頃 を境 と して ライ ス ・プ レミアム政策 の財政収入獲 得 の 目的はそ の重要性 を縮少 し,主 と して国内米価 安定 の 目的が, ライス ・プ レ ミアム政 策 と そ の補助的政策 に よ り追 求 され,か な りの成果 が あげ られ て きた。1974年7月の筆者 のイ ソク ビ3--で貿易局局長
Sut
hee
氏 は, 「ライス ・プ レ ミアム政策 の重 要な 目的は第 1に国 内の消 費者 米価 を適切 な水準 に保 ちかつ第 2に農民が公正 な米価 を得 るよ うにす ることであ り, ライ ス ・プ レ ミアムは財政収入 源 と してほあ ま り重視 され ていない。」 と述べた。 この言 明は正 に, 上述 した ライ ス ・プ レミアム政策 の 目的 に関す る重 点 の変化 とい うことと一致す る。 た だ "逮 切 な"消費者米価 水準 と "公正 な"農家手取米価 とを,ライス ・プ レミアム政 策 のみに よって同 時 に達成す るこ とは,上述 の ライス ・プ レ ミアムの決定 方 法か らも明 らか な よ うに一般 には困 難 で あ ることに留意す る必要が あ る。 ライス ・プ レ ミアム政策 の国内米価安定化効果 について次の よ うな意見が あ る。 タイ米 の輸 出価 格は短期 間 (毎週 ぐらい)に変化す る もので あ るが,1955年か ら1966年 まで の13年 間に主 要 な規格別 の ライス ・プ レ ミアムは2- 9回ほ ど変 更 され ただけであ る。 この結果 と して この 期 間 タイ国の米 の遇別 ない し月別の輸 出価格 と卸売価格 とは高 い正 の相関関係 を持 って変 動 し た。ゆ えに何人か の研究者は ライ ス ・プ レ ミアム政 策 は国内価格安定効果は あ ま りない と考 え た。63)1967年 以後 も, ライス ・プ レミアムの変更頻 度 はか な り増 加 したが輸 出価格 の変動 と比 61) 断片的データだが,例えば1974年の 1,2,8,9月には民間輸出の割当はそれぞれ8万,10万, 6万5 千, 6万5千 トンであったが, 実際の民間輸出はそれぞれ約7万4千,14万4千, 2万3千 トンと5万 6千 トンであった。 なお2月の民間輸出には1973年か らもちこされた割当がつかわれた。 また1974年の 米輸出総割当量は120万 トンであったが,現実の輸出量は105万 トンであったO 以上FAO,RiceTrade Inielligence各号および BankofThailand,MonthlyBulleiin各号による。62) 筆者の1974年7月のタイ米輸出関係者とのイソクビ,.-では, ライス ・プレミアム政策が割当政策と ともに国内米価の急騰をよく防いだとの判断が しばしば語られた。
63) たとえば Sura,oP.cii.,p.28;Ingram,ob.cit.,p.247and p・253;Chaiyong Chuchart& Sopin
Tongpan,TheDeterminationandAnalysisofPoliciesioSubPoriandSiabiliZeAgriculiurqlPrices andIncomesoftheThaiFarmers(WithSpecialReferencetoRicePremiu桃),Bangkok・.Ministry ofNationalDevelopment;KasetsartUniversity ;SEATO,May,1965,pp.37-41を見よ。