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大学における外国語・異文化教育

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Academic year: 2021

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(1)

 大学で母語以外の言語を学ぶこと、異文化を学 ぶことの意義についての私見を述べるのがこの稿 のテーマです。私は英語担当教員ですから、言語 のなかでも主に英語について稿を進めることにな ります。  私が属する社会システム学科のオリエンテー ション資料に新入生へのアドヴァイスとして、私は 次のように書いています。「受験英語から解放され てほっとされているみなさんが、あらたに大学で英 語を学ぶ、さらに言えばことばを勉強するとはどう いうことなのかを一緒に探りたいと思います。コ ミュニケーションのための英語を身につけると同 時に、そのことばの用いられている国・地域の文化 を理解してことばを身につけましょう。」言語を学 ぶことは、その言葉を話している人のモノの見方や 考え方を学ぶことになります。モノの見方や考え方 は、文化の根底に流れるものです。ですから、言語 を学ぶということは、文化を学ぶということに他な らないのです。大学入学までに

6

年以上接している 英語という言語をそういった視点で見直すことで、 それを実感する、つまり、

6

年も学んだのである程 度理解していると思っている英語ですら、それが 展開する世界は、日本語というフィルターやレンズ を通して見えていた世界とは異なるということを実 感すること、また、違うから難しいと否定的になった り、拒絶したりするのではなく、違うから面白いと 知的好奇心や探求心を育てていくことが望まれま す。さらに大学で学ぶ第二外国語を通して、新た な視点を加えることができます。そして、学んだ言 語を実際に使ってみて、日本語をそのまま翻訳した だけでは通じないということを体験することも重要 です。そういう失敗を重ねることで、異なる言語体 系においては、自らの用いている言語の論理を押 しつけても機能しないことを学びとって欲しいと思 います。このことは、誰しも頭では認識していること

大学

における

外国語・

異文化教育

真鍋晶子 Akiko Manabe 滋賀大学経済学部 / 教授

(2)

でしょうが、世界に多くの見方があることを実感す ることにつながるはずです。その結果、多くの異な る考え方を受け入れるようになること、違いを排除 しないこと、といった心のありようを獲得すること が、大学で様々な言語や文化を学ぶ意義だと思い ます。あまりに当たり前と思えることでしょうが、意 識しているかどうかが大きな違いを生みます。  第二外国語として、滋賀大学経済学部では、ド イツ語、フランス語、スペイン語、ロシア語、中国 語、韓国語を学ぶことができます。交流協定を結ん でいる大学には、これらの言語を用いる所以外に、 タイ、ヴェトナム、モンゴル、マレーシアといったア ジアの国々があり、これらの大学との交流事業を 通じて、外国語科目として提供はしていないこれら の国の文化や言語に接する機会もあります。また、 さまざまな文化が存在していることを学ぶ機会を 提供する講義としては、アジア社会・文化論、ヨー ロッパ社会・文化論、アメリカ社会・文化論などの 専門科目があり、様々な教員の専門性を生かした 授業が進められます。講義では、教員がそれぞれ の専門領域で研究したことを披露しているので、 学生も様々な地域の特殊性を学ぶことが出来ます。 私はヨーロッパ社会・文化論を担当し、アイルラン ドについて、インターネットなどから入手した画像 や音声も駆使して、様々な観点で、その社会や文 化を紹介しています。(現在の経済学部の教室の 環境は音声や画像を提示するのに優れたものに なっています。)西洋言語の場合は、既に学んでき た英語と文法・言語構造・語彙などの点で似てい るところ、異なっているところが見えてくるでしょう。 アジアの言語の場合は、漢字を使うからとの安易 な見通しで履修を決定し、戸惑うケースが多い中 国語に典型的に現れるように、近いと思っている 地域(の文化)が意外と「遠く」に存在し、地理的 に近いが故にかえって受け入れ難いという拒否反 応を起こしてしまうことがあります。異なったことに 出会った時に、拒否せずに、違いを分析する力を 大学生は持っているはずです。記憶力や、音を模 倣するという点での言語習得能力は、幼い頃に比 べて、大学生の年齢になれば劣って来ているでしょ うが、論理思考をする力は格段に高くなっています から、今が高度な言語習得にふさわしい時期です。 大学時代こそが最適と思って、この今を逃さない ことです。そして、異なる考え方を学ぶことを通じて、 自らが日常的に用いている言語や文化、当たり前 のこととして受け入れている日常を見直すことにな るのです。  さて、ここまではある程度受け身的に学び吸収 していく過程です。次の段階として、その自らのモ ノの見方、つまりは自らの文化を、異文化の人々に 理解してもらうように発信することが、求められま す。現在のところ、世界に発信するツールとして最 適なのは、英語です。ですから、英語による発進力 を身につけることが望まれます。英語の論理で発 信する基本は、一度身につけたら、一生使えます から、学生時代に身につけて、社会に出てもらいた い技能です。  上の段落で「受け身的」と述べた部分、異文化 や異なるモノの見方や考え方を知った上で自らを 見直すという言語習得・文化理解の根本的な部 分を、私は滋賀大に着任した

1996

年以来ずっと述 べてきており、その点全く変化はないと信じていま す。ただし「次の段階」と述べた発信力について、 コミュニケーションの道具としての言語教育、特に、 経済学部で学んだ学生が大学を卒業し次の段階 に入るまでに身につけることが望ましい英語能力 に関しては、以前とは随分変わった事情が英語教 育にも反映されています。  具体例を挙げて説明します。前提として申しあ げたいのは、一口に英語と言っても、アメリカ、カナ

(3)

打ちする生き様がそのまま現れてくるものです。  次に、日本人学生に多く見られる英語の例で、 日本人の思考が反映されているために、現実の英 語としては「不自然」なものをひとつあげましょう。 日本人学生が書く英語には、必要以上に受動態 が多用されます。日本語の思考を反映する「∼して もらう」「∼させてもらう」という表現、しかも行為を 行う主体を述べないでこのような表現を用いるこ とが多いということがそのまま英語に使われてしま うという例だと思われます。(もちろん、英語を用い る人たちでも、心理的なことが反映されるのは当 然で、例えば、「うちの子は自分がドアを壊したの

に“

The door is broken.

”と言うくせに、自分が修 理したら“

I fixed the door.

”と言う」とこぼされた

のを聞いて、笑ってしまったことがあります。)文法 や構造のうえでは「間違い」のない英語だが、実際 の使われ方が「おかしい」と気づくようになる。大 学の段階で身につけるべきはそういうものです。大 学入学までに英語の基礎力を身につけた大学生 に求められていることは、現実に用いられている 「良い」英語にたくさん触れ、「本物」の英語の使わ れ方や本質を学ぶことです。また、我々教員の仕事 は学生のこういった英語を修正して、より現実に運 用される自然なものに導いていくことです。  言語運用は常に変化するもので、最近の世の中 の変化によって、日本語も随分変化しています。特 に

IT

の急速な発達により、

PC

はもちろん、携帯電 話、スマートフォン、タブレット、ゲームなどの普及 により、語彙ひとつをとってみても、

10

年前には存 在していなかったものが日常的に用いられている 最近の変化を感じていない人はいないでしょう。 (語彙面に関しては、

PC

用語には英語がそのまま 用いられていることが多く、そのまま英語でのコ ミュニケーションに用いることができるのですが、 その語の品詞と発音に注意することが必要です。 ダ、イングランド、スコットランド、ウェールズ、アイ ルランド、オーストラリア、ニュージーランド、旧大 英帝国の植民地と様々に異なった地域で、異なっ たものが用いられています。私の専門は英語で書 かれた文学で、特にアメリカとアイルランドがその 中でも専門とする地域です。ですから、文学、つま り書かれた英語の伝統の面では、英国、アイルラ ンド、アメリカの英語を広く、深く掘り下げています。 実際の生活経験はアメリカの西海岸(サン・フラ ンシスコ)での

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年間で、これに研究の関係で訪れ ることが多かったアイルランドが加わります。です ので、コミュニケーションに用いられている英語に 関しては、アメリカ、しかも西海岸の英語を中心(時 にアイルランドを含む)に例を出すことになること をお断りしておきます。  まず、言語とモノの見方・考え方の繋がりについ て、授業でも話すことの多い二つの例を紹介します。 どちらも日本語と英語を支えている考え方の違い が見えてくるものです。  一つめは現代の日本語ではもはや使われること の少ない例ですが、そこには日本語運用に内包さ れる比喩性・象徴性と文脈依存の傾向、対して英 語の直接性の差が見えてくると思われます。一昔 前の、特に私の出身地である京都における例かも しれませんが、何か提案をした場合に、受けた側が 「考えておきましょう」(「考えときまひょ」)と言った 場合、その状況にもよりますが、「難しい、無理だろ う」を意味するというルールがありました。ところが、 同じ状況の下で、英語、特にアメリカやアイルラン ドにおいて“

I will think about it.

”と答えた場合、 真剣に検討することを意図していますから、提案 者は後日返答を求めます。これは、同じ言質をその

まま「翻訳」したのでは、意味が通じないという、

言語ごとに異なる特性やコード性が反映されてい

(4)

 さて、今一つは、私自身が体験したことに基づき ますが、日本語と英語の同じ表現をそのまま用い て、意味は変わらないけれど、社会・文化によって、 用いる場が異なるという例です。アメリカでの交通 事故の際のエピソードです。相手は運転者と助手 席の東洋系の女性

2

名、私は一人でした。事故でか なりあたふたした心理状態でしたが、とにかく“

I

am sorry

”は自己の全面責任を認めることになる ので、口にしてはいけないということを頭において 議論しました。相手側も当然決して“

I am sorry

” とは言いません。最終的にお互いの保険会社に任 すことにし、とりあえず、個人情報の交換になり、ま だ携帯電話も一般でない時代なので、免許証で名 前、住所などを確認することになりました。するとお 互いの名前を見て、日系、しかも

first name

が私は

Akiko

で日系というより日本人、相手も明らかに日 本人の名前であることがわかりました。サンフラン シスコは東洋人が多いので、お互いの

nationality

を全く考えもしていませんでした。そこで「日本の方 なんですか?日本語わかりますか?」がお互いの第 一声でした。互いに日本語が分かることが分かっ た直後に発せられたのが、ほぼ同時に「すみません でした」。アメリカの英語を使っている文脈では発 してはならない表現が、日本語の文脈ではすんな りと出てしまい、それでも問題が起こらないのです。  実際に英語が用いられる場に行かなくても、言 語運用の基本を身につけるためには、多くの英語 に接して、自然に英語を身につけることが肝要で、 大学生の間に様々な場で用いられる英語に多く接 して、英語を生み出している「空気」を身につけて いってもらいたいと思います。多くの英語に接する と書きました。言語能力を伸ばすためには、魔法の ような簡単な道はなく、できるだけ多くの時間その 言語、しかも「まともで良い」ものに、「意識的」に接 することが求められます。楽な方法はありません。 品詞を間違うと英語の用法では成立しない構造を もつものになってしまいますし、発音、特にアクセン トが日本では違う位置におかれて発音されている 場合が多く、そのまま日本語で慣れたまま発音す ると全く通じないこととなってしまいます。)語彙面 だけではなく、

IT

、特にインターネット、

e-mail

が生 活の一部になってきたことにより、コミュニケーショ ンの方法が変化し、我々は多大な恩恵を得ていま すが、コミュニケーションのテンポが早くなったり、 ゲームと現実の世界が一体化してしまった精神構 造が産み出す事件が起こったりしていることからも、 思考方法にも影響が及んで来ていることは誰しも 感じているでしょう。最初に出した日本語の例が、 もはや古めかしいものと化してしまったことは、変 化が定めである言語の実例と言えます。英語にお いてもしかりです。学生は英語の不変・普遍的な 部分をゆるぎなく身につけることが第一義的に必 要です。それと同時に、グローバル化が進んでいる 今の社会に対応するために必要な言い回し、それ らは変化が激しい現代では、英和辞書に載ってい ないことも多いのですが、それらも大学で学んでい かなければならないことです。日常表現、

IT

関連、 環境問題に関する言葉は、どんどん新しくなってい ます。どのような分野に進もうと、常識として絶対 に必要になってくるものです。たとえ、それが何年 か後には、もはや使われなくなってしまう表現でも、 社会に出たらすぐに必要となってくるでしょうから。 日常語で例を挙げてみましょう。

1950

年代のアメ リカ映画を見ると、口語で一般の人々を気軽に指 すのに

folks

が多用されるのに気づかれるでしょう。 ところが、今ではほとんど使う人はなく、

guys

が男 女問わず用いられています。今

folks

を使えば、妙 な古めかしさが感じられる、そういう感覚も身につ けて欲しいと思います。

(5)

しています。どちらも英語に接する時間を増やす 場を(無理矢理に)提供しています。多読教材に関 しては、学生は通学中に電車で読んだり、楽しみ ながら、英語に接していて一定の効果が出ていま す。ネット・アカデミーに関しては、

4

月からの春学 期の間にまんべんなく継続的に課題に取り組んで もらいたいのですが、期限近くに一気にこなす学 生も見られ、期待した効果が現れることに苦労し ているのが現状です。  さて、最後の段階は英語による発信です。発信 するためには、論文であれ、雑誌や新聞に書く記 事であれ、プレゼンテーションであれ、ひとまとま りの論理的な英文のもつ英語特有の基本的な 「形」を身につける必要があります。アカデミック・ ライティングの基本を身につけるのです。私は近年、 英語の授業で、こういった能力を学生が身につけ ることを主眼に授業を進めてきました。もちろんこ の基本形・原則を知っていると、発信の時だけで はなく、論文や雑誌、新聞の記事を「読む」時の読 解力が高まり、講演や講義を「聞き取る」時もポイ ントをおさえることができます。ただ、私は特に学 生が発信すること、プレゼンテーションなどで、英 文によって自らの考えを「表現し、発信する力」が 社会に出た際に必要だと思っています。そのため には、相手に伝わるにはどうすべきかを考える必 要があり、そのことは、コミュニケーション能力の 育成にも繋がってきます。伝えるべきことを考えた 上で、ある形を身につけて発するためには、積極的 に取り組む姿勢や、エネルギーも必要となります が、練習すれば必ず身に付くものです。英語に固有 の論理やきまり、また、それを育んできた伝統や文 化を理解する必要もあります。全学生対象の授業 での導入ではなかなかむずかしいですが、「英語 演習」のように必修以上に英語を学びたいという 意識を持った学生が集まる機会には、

CALL

教 日本では、英語を使わなければ生きていけないと いう環境にはないので、そのような環境を自らなん とか作り出さなければなりません。映画が好きなら 英語の映画をできるだけ見る、洋楽が好きならで きるだけ好きな音楽に接して英語のリズムを体の なかに覚えこませる、あるいは歌詞を学ぶ(歌詞を 聞き取るのはなかなか難しいですが)、インターネッ トで出来るだけ

ABC, CBS, BBC

などのニュース を見る、興味のある分野の本や雑誌を読む、ネッ ト情報を得るなどなど、現在は、英語に身をさらす には非常に恵まれた環境にあります。これも、ネッ ト社会になった恩恵が大きい。ただ、受験で英語 が課せられているから勉強するという大きな動機 づけがなくなったうえ、必修科目も多く、また、クラ ブ活動、友人との付き合い、バイト、趣味といくら 時間があっても足りない大学生活に入って、多くの 場合、英語を伸ばしたいという要求はあっても、英 語 に使う時間の 優先順位は低くなっているで しょう。  滋賀大学経済学部で提供している一回生の春 学期必修英語科目は「大学英語入門」(日本人教 員担当)と「英会話基礎」(英語を母語とする教員 担当)ですが、授業は

1

週間にそれぞれ

1

コマの計

2

コマしかなく、その授業時間数だけではとても語 学習得には全然時間数が足らないことから、授業 以外の時間、日常的に英語に接する時間を創出す るために、それぞれの科目で課題を課しています。 それが、前者のネット・アカデミー、後者の多読教 材の導入です。ネット・アカデミーはインターネッ トに繋げばいつでもどこでも、リーディング、リスニ ングの問題に接することができるもので、それに条 件を加えて、期限内に終えることを課題にしていま す。多読教材は元々就業力支援事業として 山善 基先生のご尽力により導入されたもので、簡単な 英語で書かれた薄い本を一定量読むことを課題に

(6)

年)、

semi-final

まで進んだロサンゼルス(

2010

年) での世界大会、いずれの場においても、自らが行っ てきたことに自信をもち、伝えたいことを自らの内 部に持っていた学生のプレゼンテーションは見事 なもので、世界

40

カ国

2,000

人の代表者のなかで、 説得力をもって輝いていました。伝えたいことがあ れば、英語の「形・型」を身につければ十分伝わる ことを実証してくれました。  以上述べてきましたが、他の違いを受け入れ、 自らを見つめ直し、それを他人に分かる言葉で語 ること、母語以外の言語を用いる場合はその言語 の論理で組み立てて語ることを柔軟に扱えること に集約されます。簡単に聞こえますが、なかなか難 しいことです。最初は母語と外国語を切り替えるこ とが必要かもしれませんが、英語に限らず母語以 外で自分が身につけたいと思う外国語に接する機 会を多く得れば得るほど、それぞれの言語「で」考 え、発信することが出来るようになります。  私個人の私見を述べさせていただきましたが、 結局のところ、マーティン・ルーサー・キング牧師 が“

I have a dream.

”と述べた理想の実践を大学 の外国語教育・異文化教育は目指しているのだと、 私は思います。 室の特性を生かして、プレゼンテーションを学ぶ 授業も行っています。様々な「良い」英語の模範例 に接し、最終的に自らが選んだテーマで、パワー ポイントや

You Tube

などを駆使したプレゼンテー ションをみな見事に成し遂げます。(一回生の秋に も同種の英語論理を身につけるためのアカデミッ ク・ライティングの基礎を学ぶ授業を行っているの ですが、上手くいく年と、学生が身につけている基 礎知識とこちらの期待度の差が大きくて、上手くい かない場合とのふたつに大きく分かれ、達成感に ムラがあり、教育方法に工夫をしなければならな いと自戒しています。)  文化によって論理が異なる面がある一方で、ど んな言語や文化にも共通する普遍的な部分もあり、 発信するためには母語での自己表現の力を養う 必要もあります。多くの学生が母語としている日本 語を用いた自己表現力をアップすることを狙いに、 彦根市で昔話の語り部として活躍されている先生 を講師に社会人基礎力育成プロジェクトの科目を 設けたこともあります。過去から伝えられてきた話 の意味や話法を学び、語りの力をつけ、学期の最 後に、学童保育の場で、学生たち自身が子どもた ちに語り聞かせました。既存の話ではあるものの、 なぜその話が長い時を越えて、語り継がれてきた のかを考え、「どのように」語れば、相手に伝わるの かを考えた上で自らの声、自らの表現で語り伝え、 子どもたちの正直な反応を直接的に感じ取った学 生たちは、クラスの中のひとりとして埋もれている のではなく、「個」としての自分をはっきりと打ち出 そうとする力を身につけました。  

SIFE

(現

ENACTUS

)の学生が、彦根市の地 域活性化を促進する事業を行った結果を世界の 人々に知ってもらうため、英語でプレゼンテーショ ンを行った際の指導もしましたが、国内大会で優 勝し、日本代表として参加したニューヨーク(

2008

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