(東東女医大誌・第23巻 第4号頁100−109昭和28年11月)
本邦日令月総別乳児死亡の時系列的研究
第一報新生児死亡
東京女子医科大学衛生学教室(主任 吉岡博入教授) 甕 モタイ 君 キミ 代 ヨ (受}付昭和28年10月18日) 緒 言 吾国の乳児死亡率は第二次世界大戦後もますま す順調な低下をつづけ,漸く欧米諸国の域に近づ V・てぎた。しかしなお地域的には,高率な東北, 北陸諸県より低率な東京,神奈川にいたる大きな 地域差がみられ,なお改善の余地が多分にあるこ とを示している。乳児死亡の研究は,自然①及び 社会的環境(2)(3)の面より,或は男女差(4),死因別 (5),生存月詣別(6)(7)(8),季飾別(g)等種々の方面よ りおこなわれ,従来その数は枚挙にいとまがな v、。これらの研究の結果,乳児死亡率の高低を決 する因子の中畑:も重要なものは社会的文化的環境 であることは明らかである。その中でも特に都市 化,産業化が重要な因子であることはいうまでも なV、(ユ。)。 ここにおいて私は社会的環境の変化が乳児死亡 の年次的推移にどのように反映して来たかを,環 境に対する感受性の鋭敏度を異にするであろう乳 児の月令に重点をおV・免生存月留別乳児死亡率に ついて,地域的に分析してみようと思う。而して 一臨床医家としての経験よりかんがみて,多分に 内容の不明瞭を伴うと信ずる死因別乳児死亡の分 析はその後にゆすることとする。生存月令別乳児 死亡率の年次的推移に関する研究は高口⑤,丘 村(7),丸山(8)等があるが,私は更に時系列趨勢と して統計学的に扱ってみようとおもうQ 第1報でぱ1ヵ月未満の乳児死亡を特に新生児 死亡として,その後の乳児死亡と区別しft。即ち 三生児は胎内より胎外へと分娩を劃しての一大環 境の変化を経て,一まず胎外環境への適応がおこ なわれるとみるべき:重:要な時期である。即ち1ヵ 月未満の乳児死亡は量的には乳児死亡の約45%を 占め,質的にはその期の死亡の約60%が先天的疾 患によることが最近(昭和24年)の動態統計上に あらわれており,その後の月島の死亡とは当然異 るべきことが示されている。この期の死亡がどの ような推移をなして現今に至ったか,明治大正を 通して第二次世界大戦までの吾国の新生児死亡現 象を一連の時系列趨勢として,ます明らかに環境 を異忙する都市的地域と農村的地域の特徴をみ, かつ全国府県を観察しようとおもう。 研 究 方 法 明治32年より昭和17年にいたる全国及び府県別の1 ケ月未満乳児死亡率並に明治39年より論罪13年に至る 入口10万以上の大都吉及び人口10万以下の市郡の1ケ 月未満乳児死亡率即新生児死亡率を算出する。(すな秘新生児死俸1
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000)。次にその趨勢をみるべく,最小自乗法(11)による 直線趨勢線y’=a十btを求めだ。但しaは趨勢年聞の 平均新生児死亡率,bは趨勢線の傾斜の度合, tは年 次を示す。bが(十)のときは上昇,(一)のときは下降 を示す。しかして上昇率,低下率は死亡率の高さを考 慮にいれた」L×100を以てas標とする.翻線は全 a 期聞を一乃至二期,場合によっては三期に区分して算 出,叉特殊な変化とみとめられる大正7年を中心とす る数年は等比補間法により埋めた。 研究の結果と考察 1),全国及び都鄙別薪生児死亡率の趨勢変化 全国新生児死亡率は既に明治32年よりゆるやか ながら下降の傾向を示し,大正7年を中心とする数 年間の高まりの後ぱ,更に急激に下降をつづけ第 二次世界大戦を経てなお下降の傾向を示している 一 100 一15
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o 第1図 乳児死亡率及び薪生児死亡率の趨勢変化・ … の乳児死仁率
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年 次第2図都鄙別新生児死亡率趨勢線
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年 次
第1表 全国,都鄙新生児死亡率趨勢線方程式y’ Xin.kSmp.明治32年∼大正4年
(全国以外は明治39年より)大正9年∼昭和17年
(全国以外は昭和13年迄) 全 国y’=74.1−O.5t(一〇.6) y,=52,1−1.5t (一2.9) 入ロ10万以 y’=66.7−1・8t(一2・7) yt・・44・1−1・2t(一2.7) 上の大都市 一全期間yt=532−1.2t(一2.3) 人 口 10万以下の市郡
yt==73.3−O.6t (一〇.8) yr==56.9−1.4t (一2.5) ()内は低下率b/a×100 一 101 一これを明治より大正7年にかけて上昇傾向を辿る 乳児死亡率の趨勢変化に比べると,薪生児死亡率 はその度ぱ緩やかながら乳児死率に一歩先んじて 下降し始めているということが出来る(第1図)。 次に人口10万以上の大都市と人口10万以下の市 郡,計に分ち,都市と農村的地方との新生児死亡 率の趨勢変化を比べると,第π図のようにはじめ ぱほぼ同率であるが,都市の低下が農i村的地方に 比し初めから大きいため,一早くより農村との間に ひらきを生する。而して農村的地方の趨勢変化は 全国とほぼ同様である。大正9年以後の低下率ぱ 都鄙ほとんど同率を示す(第1表)6 2) 府県別新生児死亡率の趨勢変化 a,類 型 沖縄を除く46都道府県に同様な:方法で趨勢線を ほどこしてみると,その全休の形からおよそ四つ の類型に分けるごとができる。 i) 都会型:あだかも人口10万以上の大都市に おいてみられ元ようIC,はじめはかなり高率(多 くは80%以上)であるが,:大正7年の山以前の下 降の度も大ぎく,その涜め趨勢線は一直線の下降 を示し,その頂点は明治32年以前にあるとおもわ れる型である(第3図)。大都市のある多くの府県 を含むエ4県であるが,中国地:方以西にはみられな ノ00 登・∂’ 児 空6。 季 璽4・
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第雄図 新生児死亡率の趨勢線による類型(第1型都会型)東.京府
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摯 a.__x_ 6 v“ ’o/2厚 ks婚 第豆表 新生児死亡率趨勢に:よる分類「都会型」あ趨勢線方程式と低下率府県刷
趨 勢 線 方 程 式 y’ 障下率書・…髄の乳児死圏
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宮 城 y’=66.6−1.6t’.セ治32∼昭和17 2.4 62.3 27.7 福 島 y1=61。3−1.2t 〃 2.0 63.0 27.0 栃 木 yF=65.3−1.3t 〃 2.0 54.7 25.3 群 馬 y’=62.2−1.3t 〃 2.1 53.7 26.3 東 京 y’=57.9−14t 〃 2.9 44.3 19.7 神 奈 川 y’=55。2−1.1t 〃 2.0 41.7 18.3 新 潟 y’==49.4−1.Ot 〃 2.0 60.0 26.3 長 野 y’==56.6−1。Ot 〃 1.8 48.7 250 静 岡 y’=61。4−0.9t. 〃 1.5 54.3 25.7 愛 知 y’=64.2−1.2t 〃 1.9 60.3 28.7 大 阪 y’=68.8−1βt 〃 2.6 56.0 25.3 兵 庫 y’=60.0−1.Ot 〃 1.7 55.0 24.3 奈 良 y’=77♂4−1.Ot 〃 1.3 68.7 33.3 和 歌 山 y’==56.9−05t 〃 1.1 56.3 28.7’ 乳児死亡率は昭和24.25・26年3ケ年平均全国62.1% 新生児死亡率は紹和23。24.26年3ケ年平均全国293% 一 102 一v・。第∬表にその趨勢線方程式と低下率を示す。 奈良を除く凡ての府県は乳児死亡率も新生児死亡 率も低く,東北の宮城,福島が中位ICある外は何 れも全国平均以下である。これらの県は乳児死亡 の面よりみて,文化的な府県と老えられる。低下 率は種々であるが,東京,大阪が塒に大で,奈良 和歌山が最小であることが注目される。 ii)農村A型;明治後期から大正7年にむかい 第w図 ’D
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徐々に上昇し大正7年以後はじめて下降をぽじめ 全体として慰轡形の山をつくる。関東の茨城,埼 玉,北陸の富山,石川,福井,中国の岡山,九州 の長崎,熊本等の定型的な県を含む13県がこの型 に入る。急峻な山をつくる関東,北陸の諸県は最 近なお砦生児死亡率高く,ゆるやかな山をつくる 九州の諸県は終始低率な県が多い(cr W図,第皿 表)。 新生児死亡率の趨勢線による類型(第璽型農村A型)慰・・1 〃.イPで
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杵 16 18 第皿表 新生児死亡率趨勢による分類「農村A型」の趨勢線方程式と上昇率,低下率三嘆糊搬程却(上昇期)
1寺昇率1除×1001 J 趨勢線方程式y’(下降期)警灘の』最近の
佐 長 熊 大 茨城.iy1=112.9+L5t明治32∼大正7 埼 玉 3;y’= 84.0一{一1.5t グ 1 富 画ly』59・2十lo5’t闘治32∼大正5 石川iii yi一 76.1+0。5・興台32∼癌6・ 福 井、Iyt=“v3.3÷1.2t明治32∼大正5 く山梨暉=蘇:li臨1気笑墨i、
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岩 手 秋 田山形
千葉
高 知 趨勢線方程式y’(上昇期) y’=73.4十〇.6t 明諾台32(ノ41 y一83.3十〇.3t明治32・)大正7 y「=・107。9十〇.8t明治32 rN・38 yT=112.9十・O.5t fl yr =120.g’ ¥〇.st ,1 yt == 110.1十〇.Ot ri yノ=98護十〇.2t 明“f台一32(ノ42 上昇率 #’ ×loe 十〇.8 十〇.4 十〇.8 十〇4 十〇.4 十〇.o 十〇.2 趨勢線方程式y’(下降期) yt=52.4−Lst y, == 61 .0−19t yi == 81.1 一 1.7t yt =84.5−1.9t yi=78.5−2.3t yt:=84.OrX8t yt=74.9−1.6t 明治42∼箆召禾017 大正8・)昭和ユ7 明治39∼昭和17 tl t/ 明治40(ノ日召和17 明治43∼昭和17 低下率 書×100 一2.9 −3ユ ー2.1 −2.3 −2.9 −2.1 −2.1 最近の 乳児死 亡・率 最近の 新生児 死亡率 58.3 92.0 89.7 82.0 74.0 64.3 57.7 22.3 35.0 38.0 38.3 36.0 34.3 32.7 iv)全国型1全国乳児死亡率の趨勢に似て,大 正4,5年までは緩かに下降,その後大正7年を申 心とする山を形成再びよ)1大なる低下率を以っ て低下する型で,初めよりさほど高くなく(多く は80%以下)』全体としては大正7年を絶頂とす る。12府県がこれに属し,関東以北には一県もな Vio京都広島,山口,福岡等の近畿以西の都市 的府県もこの型に入り,これらは乳児死亡率も新 生児死亡率も特に低く,他は全国平均より高い が,乳児死亡率最高,最低の地方(7⑪漏以上,50 %以下蕩はこの型にはなb。叉新生児死亡率も四 国の香川,徳島を除ぎ,ほぼ中位に位する(第耽 図,第V表)。 以上全国府県を四つの型に分類したが,類型の 常として各型に二,三の不定型,混合型の含まれ ることは止むを得なかったQ b)各党における新生児死亡率と乳児死亡率との 関係。 、 乳児死亡率の約二分一の近くを市める新生児死 芒率が乳児死亡率全体の趨勢に大ぎく影響するこ とは当然老えられるので,次に以上類型した各型 における新生児死亡率と乳児死亡率の趨勢を比較 してみる。 大正7年以後最:近に至る乳児死亡率,新生児死 亡率の低下は全国共通の現象であるQしかして各 率の低下率を比較するに,大都市をのぞいてはほ 一 lon. .一.19 1ob
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、第VI図
新生児死亡率の趨勢線による類型(第VI型 全国型) 鳥取 縣㌃トー∼一・一ごニーべ一.、藁
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愛 媛 福 岡一一大正・輔・
吹E一線r・1・l!−iSity, (1([[F47{lf一以後・鱒・1難雛 yr 一m73.5−e.2t yノ=70.9−0.5t yt == 67.8 一〇.2t y,=72.5−O.2t yt =: 64.6−O.4t yr=62:8−O.3t yt == 67.4 一 O.4t yr=46.2−O.Ot yr=69.4−O.Ot yノ=76も一〇.4t yt 一一 58.0−O.lt y, = 60.2−O.4t 明治32・V大正4 明治32∼大正5 rl Il 明治32・V大正4 si rf tl rf rf tl Il 一〇.3 −Q.7 −O.3 −O.3 −O.6 −O.5 −O.6 −o.o −o.o −O.5 −O.1 ’On7 y, =:= 56.1 一1.lt yt=55.3−1.2t y, z= 55.6 一1.Ot yt= 52.9−IAt yt==5L6−LOt yr = s4.7−1.Ot yt=50.7−1.3t y,=41.4−O.7t y,=62.5−Llt yノ=66ユー1.2t yt =48.8−1.Ot y, ;= 44.6−1.2t 大正9∼昭禾017 大正8N昭和17 tx rx 大正9∼昭和17 t/ rt tf 大正8∼ 〃 大正9∼ 〃 大正8∼ 〃 rl 一2,0 −2.0 −1.8 一一Q.6 −1.9 −1.8 −2.6 −1.7 −L8 −1.8 −2.0 −2.7 1亡率 i 64.7 67.3 67.4 51.7 60.3 62.3 52.0 52.3 66.7 66.3 56.7 53.7 32.3 32.0 33.7 25.0 28.7 29.3 25.3 23.7 36.0 36.3 25.7 21.7 とんど同率であるが(第VI表),明治より大正初期 にわたる両率の趨勢を比べると次のことがみとめ 第W表 新生児死亡率と乳児死亡率の も 低下率(Z×100) ()内が乳児死亡率の低下率徽低下率轟鋸鵠劉毒正7隼腋輩
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られる。 一 都会型の府県においては,新生児死亡率は,は じめよりほぼ一直線に下降するが,乳児死亡率は ジグザクながら大体k昇の傾向乃至は逡巡を示し 二,三下降の傾向あるものもその程度は僅かに過 曽ない(第珊図)。 全国型の府県は,新生児死亡率が緩やかな下降 をkどる大正7年以前に乳児死亡率では明らかな 上昇を示している(第四図)。農村B型諸県も,新 生児死亡率は既に大正7年以前より下降をはじめ ているにもかかわらず,乳児死亡率は,大正7年 までぱ高率に停頓乃至は上昇している(第IX図)。 ひとり農村A型の府県のみは,両率の趨勢線は併 行して同様の山を呈している(第X図)。 以上を総括すると,農村A型以外の凡ての府県 一 105 一第冊図 乳児死亡率及び新生児死亡率の趨勢変化 都会型(新潟県) ij,ii’
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些些図璽乳児死亡率及び新生児死亡率の趨勢変化 全国型(広島県)i .
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第X図 乳児死亡率及び新生児死亡率の趨勢変化 農村A型(熊本県) 。 9 ・ 9 }多し児デヒt:率. … 其新旧懸鉾・ 麹勢線
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幽
灘
聾謡 繍 羅 11,,iK ,rIJIL・ 相通する点が集えられて興味深い。 次に中部地方の中,北睦農村諸県は概ね農村A 型を示す中,ひとり新潟県ぽ都会型を示し,且つ 最:近の乳児死亡率,新生児死亡率も他の諸県に比 し低く,北陸諸県のうちでは:文化的に先進せる県 とおもわれる。しかるに本県の新生児死亡率は明 治32年頃より70漏以下の低率を示し,この点他の 都会型の府県と異IJ,むしろ富山,福井などと同 様である。この様に隣接地区で趨勢が異った類型 を示す時でも,明治後期即ち未だはげしい社会的 変動にさらされる以前に,ほぼ同率を示してV・る ことが各地にみられる。このことば,新生児死亡 率の高低た何ら炉民族的な,或V・ぽ地域的な特異 性をもつとv・う裏付けになるとも考えられ,る(6)。 伺様な例ぽ閣東,四国,九州などにもみられる。 その他中部地方では長野,静岡,愛知が低率で 何れも都会型を示すことが注目される。しかして 都会型の長野県と農村A型の山梨県は同じ低率で も,その型よりみておのすとその社会発展の様相 が異ることが想像される。即ち,長野県は文化的 低率,山梨県は原始的低率といいうるのではない か。 近畿地:方でぱ,大阪,兵庫,が都会型を示すの 一 108 一一は当然とおもわれるが,京都が低率でありながら 全国型を示すことは,京都という都市の性格が大 阪,兵庫とは何等か異ることが憩像される。 叉農村A型のみの九州諸県の中,工業化,都市 化の発達の大きな福岡のみが都会型に一歩近い全 国型を示すことが注目される。