調査報告 〔東女医大誌 第60巻 第10・11号頁 968∼972 平成2年11月〕
健康成人女子尿成分についての検討
一1968年から1989年の結果について一
東京女子医科大学 アラ 荒 生化学教室(主任:降矢 榮教授) キ キミ コ木 仁 子
(受付 平成2年7月20日)On the Some Components of the Healthy Adult Women,s Urine:1968∼1989
Kimiko ARAKI
Department of B重ochemistry(Director:Prof. Kei FURIYA) Tokyo Women’s Medical College
Following determinations on urine of about 1500 healthy female college students were made from 1968to 1989. In 1988 following results were obtained.
1.Volume:693±226 ml/24 h at medical college students
680±229ml/24 h at nurses’college students
2.Total Nitrogen:7.98±1.91 g/24 h at medical college students 3.Total NaCl:7.08±2.51 g/24 h at medical college students
7.31±2.289/24hat nurses’college student
Those results were lower than 1970’s results.
緒 言 終戦後40年余りを経過し,食糧事情が回復改善 されるのに伴って青少年の体位は著しく向上し, その様は目を見張るぽかりである.しかし最近で は肥満や食塩の摂り過ぎによる成人病の予防に目 が向けられるようになり,食事の摂取傾向も変化 してきている. 著者は1971年に??健康成人女子尿についての一 考察1)”として本学学生を中心に,24時間尿中の諸 成分値について報告したが,今回はその後の推移 を尿量,総窒素量ならびにクロール排泄量を主体 に測定し,日本人のタンパク質および食塩摂取量 の動向と併せて検討したところ,いささかの知見 を得たのでその結果を報告する. 方 法 1.測定対象 東京女子医大2年または3年学生および東京女 子医大看護短大1年学生が生化学実習の際に採取 した尿を分析に供した.測定(採尿)季節,対象 人員数は表1に示した.測定対象者の年齢は大部 分が18ないし22歳の女子であるが,25歳を越す者 も何人かいる. 2.蓄尿方法と尿量測定 実習前日午前7時から当日の午前7時までの24 時間蓄尿を原則にした.蓄尿前および蓄尿;期間中 の食事,飲水は学生の自由に任せ,制限はしなかっ た.蓄尿が完全か否かは学生自身の申告に従い, 尿量もメスシリンダーを用いて学生自身に測定さ せた.学生達の実習(クレアチニンの測定など) 終了後蓄尿の一部(約101nl)を提出させ,一20℃に 凍結保存したものを以後の分析に供した. 3.総窒素およびクロール測定法 総窒素はミクロキールダール法で測定した2). すなわち全尿の一部0.5mlを湿性灰化の後水蒸気
蒸留を行い,生成したアンモニアをホウ酸溶液に 捕弄し,0.05N HCIで滴定し,窒素量を求めた. クロールは1968,69年はVolhard−Arnold法3), 1982,83年は平沼の臨床用クロライドカウンター, !985年以降は常光のクロライドメーターC50A による電量滴定で測定し,塩化ナトリウム(NaCl) 量に換算した. 総窒素は各試料ごとに二重測定,クロールにつ いては三重測定を行い,結果はその平均値を用い た. 前回の報告では学生以外の女性(母親,姉妹な ど)の尿についての測定結果も集計に加えたが, 今回は学生本人の尿について尿量と共に総窒素あ るいはクロールの測定が行われているものを集計 の対象とした.なお,1982年度の学生は同一人が 初夏と,秋ないし冬の2回採尿している、 結 果 24時間完全に蓄尿したと答えた学生について尿 量の年次別変化を対象群別に示したのが表1であ る.採取の季節により尿量の変化することが考え られるが,女子医大学生についてみた場合,約20 表1 女子医大・看護短大学生の尿量の推移 学校 対 象 試料採取 測定 尿量(ml/日) 年度 学年 年 月 人員 平均値±標準偏差 1968年 3 昭和43.6 105 994±385 69 3 44.11∼45.2 104 1,194±388 1970 3 45.5 89 960±300 71 3 46.5 67† 東 1980 2 55.11∼55.12 95 935±354 示 81 2 56.11∼57.1 68† 780±300 女 82 2* 57.5∼57.6 87 853±305 子 〃 2* 57.11∼58,2 85 860±340 医 1984 3 59.6 109 958±347 大 85 3 60.6 100 900±379 86 3 61.6∼61,7 102 883±296 87 3 62.6∼62.7 84 918±379 88 2 平成元.1∼元,2 99 693±226 89 2 2.1∼2.2 89 841±296 1985 1 昭和60.12 44 764±261 看 86 1 61.11γ61.12 50 685±211 護短 87 1 63。1∼63.2 67 775±282 大 88 1 63.11 79 680±229 89 1 平成元.11 86 765±258 *:同一学生が初夏と秋∼冬の年2回採尿. †:尿量の他に総窒素またはクロールの測定結果のない者は 集計から除外. 年前にくらべ,、最近の学生の方が尿量が少なく なっている.女子医大学生より年齢の若い看護短 大学生では平均尿量は一層少ない.蓄尿は学生が 各自クレアチニンクリアランスと尿中クロール排 泄量を測定するために行ったものであるが,尿量 の少なかった理由として??完全に蓄尿しなければ ならない”という心理的な緊張・圧迫感があげら れる.採尿の煩わしさを避け,通学途上重い蓄尿 瓶を持ち歩かなくて済むように飲水を制限した者 も少なくない.看護短大学生では放課後のベビー シッターや看護助手などのアルバイトのため採尿 が困難になることを理由に飲水を控えた者もあ る.女子業大学生,看護短大学生とも1988年度学 生より89年度学生の方が尿量の多い理由は不明で ある. 女子医大学生の24時間尿中総窒素排泄量とそれ に6.25を乗じて推定したタンパク質量を表2に示 す.1971年度9.83g−N/日の排泄量を示したもの が,1982年度は8.68g−N/日,1988年度の学生では 7.98g−N/日と低下している.1989年度(1990年 1月から2月に採尿)の学生では9.20g−N/日と前 年度にくらべかなり総窒素排泄量は増加してい る4). さらに年次別のクロール排泄量を女子医大およ び看護短大の学生について示したのが表3であ る.図1はこれを食塩量で現し,排泄量の変化と 共に,厚生省発表による食塩摂取量の年次推移5)6) を併示した.学生の場合多少の起伏はあるが, 1968,69年度にくらべ,1980年代は食塩排泄量は 減少の傾向が著しい.1989年度は前年度に比し排 泄量が増加しているが,この年は尿量,総窒素排 表2 女子医大学生 年次別尿中総窒素排泄量 測定年度 尿中総窒素排泄量(g/日)ス均値±標準偏差(例数) タンパク質キ算量(9/日) 1968 8.38±2.01(103) 52.4 1969 *9.23±2.43(104) 57.7 1970 *8.99±2.30(51) 56.2 1971 *9.83±2.22(67) 6L4 1982 8.68±2.39(87) 54.3 1988 7.98±1.91(98) 49.9 1989 *9.2G土2.45(82) 57.5 *’ T%水準で1988年の結果との間で有意差を認める. 一969一
宙工5 き 蕊 吉 迷10 咽 翌 婁 軽 騰 5
一女子医大
x一一一×看護短大 鮪糠量・年取移〔無勘舶
当たの 倉塩伽造量 l i一 一 一 一 一 一 一 一 目標摂取量の上限 →(一 、 ! ,×鴫ト慧_H←←__+___+_____
1968 70 75 80 85 90 年次 図1 学生の尿中食塩排泄量と国民の食塩摂取量の年次推移 表3 年次別尿中クロール排泄量(mEq/日) 女子医大生 看護短大生 測定年度 平均値±標準偏差(例数) 平均値±標準偏差(分数) 1968 187,7±63.4(105) 一 1969 215.9±68.2(104) 一 1982 162.9±55.9(87) 一 1984 152.3±61.0(59) } 1985 150.6±61.2(100) 139.0±48.0(44) 1986 130,8±44.8(102) 136.8±44,1(48) 1987 139.3±64.8(84) 142.7±61,2(67) 1988 121.0±42.9(91) 工25.0±39.⑪(79) 1989 136.3±50.4(89) 141,0±49.8(86) 泄量も前年に比し増加しており,総窒素およびク ロール排泄量がある程度尿量に左右されることを 窺わせる. 考 察 終戦後40年余りを経過し,戦中から戦後にかけ て低下していた食糧事情が好転するにつれ,国民 の体位は著しく向上した.昭和15(1940)年ないし 16年,戦前のピーク時,14歳女子で平均身長152 cm,体重45kgであったものが食糧事情の悪化に 伴い昭和22,3年には大正年代始めの値にまで低 下する.食糧事情が回復するにつれ,身長,体重 とも昭和35(1960)∼36年には戦前のピーク時の 値に回復し,さらにその後も順調に伸び続け,昭 和56(1981)年には14歳女子で身長156cm,体重 49.6kgに達した7).その後も成長期の男女とも体 位は向上を続けてきたが,近年その伸びが鈍化し たように見受けられる.しかし最近では人々は青 少年の発育よりも成人病の予防に大きな関心を 払っている.エネルギーの過剰摂取による肥満や, 食塩の摂り過ぎによる高血圧,ひいては脳血管系 の障害を防ぐには食事をどのように改善すべき か.ことに肥満防止というより痩せるにはどうす れぽよいかについての解説書は巷に氾濫している といっても過言ではない.??水の飲み過ぎは肥満の もと”という説さえある.肥満の問題が一般に取 沙汰されるようになったのはこの10年位かと思わ れるが,水の飲み過ぎで肥るというのは過剰水分 の体内貯溜による浮腫と肥満を混同したためと推 測される.しかし女子医大・看護短大の学生でこ の10年尿量の減少傾向がみられるのは前述のごと く,心理的な圧迫感や,採尿の煩らわしさを避け, なるべく瓶の内容を軽くするために飲水を控えた ことがあげられる.これらの原因は20年前の学生 でも同様のはずであり,女子医大学生でも3年生 より2年生,さらに女子医大学生より平均年齢の 若い看護短大学生で一層24時間尿量が少ない傾向 にある.これは単に瓶の重い軽いの問題のみなら ず,混んだ電車の中を蓄尿瓶(21のポリ瓶)を持 ち歩くセ出好の悪さ”を嫌う学生の心理が一因に なっているのではなかろうか.しかし女子医大学生・短大学生共1988,89年はそれぞれほぼ同じ時 期に採尿したにも関わらず,両者共5%有意水準 において1988年より1989年の方が平均尿量が多く なっている.学生に対しては鯉自己の24時間尿量 を知ることも実習の意義の一つである”と説いて いるが,急に学生の意識が変ったとは考え難く, 尿量増加の原因は不明である. 表2は女子医大学生について24時間尿中総窒素 排泄量と,それにタンパク係数(6.25)を乗じて 推定したタンパク質量を示す.尿中窒素はほとん どすべて摂取タンパク質由来とみなすことができ る.タンパク質の所要量:8)は18歳女子で1日65g, 19歳以降は60gとなっており,この値は生活活動 強度1(軽い)の場合も同様である.学生達は年齢 からみてほぼ成長は止まっていると考えられる. とすれぽ尿中総窒素排泄量と摂取窒素(タンパク 質)量は平衡を保っているとみなすことができる. 1988年度学生の1日尿中総窒素排泄量は平均7.98 gであり,これをタンパク質量に換算すると49.8g となり,所要量に比しかなり低い数字となってい る.しかし所要量は平均タンパク質必要量に相対 的利用効率,ストレスや個人差に関する安全率を 乗じた値である9).今,利用効率を日本人の栄養所 要量の第4次改定に採用された85%を用いると正 味生体内に取り入れられるタンパク質量は60× 0.85=51(g)となり,先の49.8gはそれ程低い数 値ではない.しかし年次を追って窒素排泄量を観 察すると,1989年置別として最近の窒素排泄量は タンパク質摂取量の低下傾向を示唆しているので はないかと心配される.試みに国民栄養調査の結 果から国民1人1日当たりのエネルギーおよびタ ンパク質摂取量の推移をみると,エネルギー摂取 量1Q)11)は1971年を頂点としてその後は漸減し, 1971年の値を100%としたとき1980年92.7%,1985 年91.3%,1988年89.9%となっている.タンパク 質も1973年の84.!gを最高値とし,1980年93.6%, 1985年93.9%,1988年94.2%と摂取量は減少する 傾向にある. 国民1人あたりのエネルギー摂取量の低下傾向 は一般の人々がエネルギーの過剰摂取による肥満 に注意を向けた結果であろうが,この数年若年者 の身長・体重の伸びは横這い状態とな:り,17歳で みた伸びは1987,88年にはほとんどストップした. このような状態は栄養状態を反映しての結果と考 えられる.先の女子医大学生の24時間尿中総窒素 排泄量も1971年学生では9.83±2.22g,1982年で は8.68±2.39g,1988年学生では7.98±1.91gと減 少しているのは,エネルギーの摂取制限に伴って タンパク質の摂取量も低下したことを疑わせる. 幸い1989年忌学生では尿中総窒素排泄量は9.20± 2.45gと前年より有意差をもって増加している が,最近では女性のみならず若い男性までeぞダイ エヅト” 正しい栄養学の裏付けなしに実行して いるという.正確な知識の普及のないままに事態 が推移するのは体位の再低下を招く恐れがある. 図1は女子医大および看護短大学生の尿中ク ロール排泄量(表3)から求めた食塩排泄量と併 せて厚生省による国民1人1日あたりの食塩摂取 量の年次別推移を示した.厚生省によって昭和44 年日本人の栄養所要量が策定されたときには塩化 ナトリウム(食塩)の曽所要量”は成人で1日15 gという前回(昭和34年)と同じ値が採用された が12),「過剰なナトリウムの摂取は高血圧および心 疾患などの循環器疾患に悪影響を及ぼす可能性が あり,適正にナトリウム(食塩)の摂取を制限す ることはこれらの疾患を予防するためにも必要で ある」として現今では成人の食塩摂取量は1日10 g以下を目標としている13).女子医大学生の1日 尿中食塩排泄量は1968(昭43)年10.98±3.71g, 1969年12.63±3.99gと10gを上廻っているが,既 に1982年9.52±3.27gと10gを割り,1990年初頭 に採尿した学生では7.94±2.94gとかなり低い値 になっている.看護短大学生も1日尿中食塩排泄 量は女子医大学生とほぼ同様の傾向を示してお り,排泄量が摂取量と平衡しているとすれぽ,こ の値は彼女らの健康にとって好ましい数値と言え よう.一般家庭の食塩摂取量は図1に示したよう に漸減の傾向をみせてはいるが,まだかなり目標 摂取量の上限を上廻っているのに対し,女子医大 学生では医家の子女が多く,学生自身のみならず 家庭でも食塩摂取量に相当な注意を払っているた めにこのような結果が得られたのであろう.この 一971一
成績は高齢化社会を迎え,成人病予防のためにも 保健所などによる一般へのより適切な指導が必要 なことを示唆している. 結 語 1968年6月より1990年2月まで22年間,東京女 子医科大学および東京女子医科大学看護短期大学 学生1,500余名について24時間尿量,総窒素および クロール排泄量の推移を追跡した結果,
1.尿量は1969年3年生学生で最も多く,
1,194±388ml(N=104),最低は1988年看護短大 1年学生の680±229ml(N=97)であった.年次 によって変動はあるが,最近の学生では尿量が少 ない者が多かった. 2.女子医大学生について尿中総窒素排泄量を 測定したところ,最近では排泄量は減少する傾向 にあり,1988年の測定は7.98±1.91g(N=98)と なり,これをタンパク質量に換算すると49.8gと なった. 3.年次別尿中食塩排泄量は1968年は11,0g, 1969年は12.6gであったが,1989年度女子医大学 生(1990年1月,2月採尿)では7.94±2.94g(N= 89),看護短大学生(1989年11,月採尿)では8.25± 2.91g(N二86)となり,排泄量が摂取量と平衡を 保っているとすれば厚生省の食塩目標摂取量の上 限をかなり下廻る数字となった. 稿を終るにのぞみご指導を賜った降矢 焚教授に 深謝致します.また材料を提供して下さった学生諸嬢 に感謝致します. 本論文の要旨は第36回日本臨床病理学会総会で発 表した. 文 献 1)荒木仁子:健康成人女子尿についての一考察.東 女医大誌 41:902−909,1971 2)松村義寛:キールダール窒素定量法.臨床病理 3:51−59, 1955 3)藤井暢三:生化学実験法.定量篇,14版,pp97−98, 南山堂,東京(1967) 4)北村清吉:数学・統計学.pp76−93,医歯薬出版, 東京(1987) 5)厚生省保健医療局健康増進栄養課:昭和62年国民 栄養調査成績の概要.厚生の指標 36:26−32, 1989 6)厚生省保健医療局健康増進栄養課:昭和63年国民 栄養調査成績の概要.厚生の指標 37:42−46, 1990 7)香川 綾:四訂食品成分表.1989版,p249,女子 栄養大学出版部,東京(!989) 8)厚生省保健医療局健康増進栄養課:第4次改定, 日本人の栄養所要量:について.厚生省(1989) 9)Pellett PL:Protein requirements in humans. Am J Clin Nutr 51:723−737,199010)山崎文雄:国民栄養の推移と現状.厚生の指標
33:15−19, 1986
11)Pellett PL:Food energy requirements in humans. Am J Clin Nutr 51:7!1−722,1990 12)厚生省:日本人の栄養所要量.pp43−45,大蔵省印 刷局,東京(1969)
13)厚生省保健医療局健康増進栄養課:第3次改定, 日本入の栄養所要:量便覧,p61,第一出版,東京 (1985)