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ドイツ労働者派遣にみる失業保障の課題(二) 利用統計を見る

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ドイツ労働者派遣にみる失業保障の課題(二)

著者名(日)

上田 真理

雑誌名

東洋法学

54

3

ページ

101-130

発行年

2011-03-29

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00000803/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

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目次 はじめに Ⅰ   問題の所在 Ⅱ   派遣労働者の低賃金化・貧困化の現状と背景   1   派遣労働者の現状   2   低賃金をめぐる最近の訴訟動向    ( 1 )  協約による派遣労働者の低賃金化(以上、五四巻二号)    ( 2 )  ベルリン労働裁判所二〇〇九年決定と社会保障行政の課題 Ⅲ   セーフティネットの優先関係の回復:労働行政の使用者に対する償還請求権の行使   1   賃金請求権の労働行政への移転(社会法典一〇編一一五条)   2   協約の無効又は賃金が良俗に違反する場合の差額賃金請求権 Ⅳ   派遣労働に対する社会保険法の適用関係   1   使用者の平等な賃金支払い義務と被用者保険の法律関係   2   保険料遡及払い義務 101 《 論    説 》

ドイツ労働者派遣にみる失業保障の課題(二)

 

  

 

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  3   「平等な賃金」との差額賃金請求権と保険料請求権の実効性   4   保険者の使用者に対する保険料請求権の行使を求める労働者の権利(以上、本号)    ( 2)   ベルリン労働裁判所二〇〇九年四月一日決定と社会保障行政の課題   (ⅰ)   労 働 者 派 遣 法 は 均 等 待 遇 を 原 則 と し つ つ、 有 効 な 協 約 に よ り 逸 脱 す る こ と が で き る こ と を 定 め て い る (九 条 二 号) 。 派 遣 元 は 労 働 協 約 に よ り 均 等 待 遇 原 則 の 適 用 を 回 避 す る 結 果、 多 く の 派 遣 労 働 者 に 低 賃 金 を 内 容 と す る 協約が適用されるようになった。こうした状況を打開するために、組合の協約締結能力が問題にされている中で、 ベ ル リ ン 労 働 裁 判 所 二 〇 〇 九 年 四 月 一 日 決 定 (以 下、 ベ ル リ ン 労 働 裁 判 所 二 〇 〇 九 年 決 定 と い 1) う) に 注 目 し た い。 本 件 は、 派 遣 労 働 及 び 人 材 サ ー ビ ス エ ー ジ ェ ン シ ー (P S A) の た め の キ リ ス ト 教 労 働 組 合 同 盟 ( Tarifgemeinschaft ch ris tlic he r G ew er ks ch aft en fü r Z eit ar be it un d Pe rs on als er vic ea ge ntu re n [ C G ZP ]) に 協 約 を 締 結 す る 能 力 が あ る の か が 直接の争点になっており、もし協約締結能力がないと判断されれば、協約は無効になり、その結果、労働者派遣法 の均等待遇原 ( 2) 則に立ち戻り、派遣労働者に派遣先従業員との平等な賃金を支払わなければならない。これまでも当 該組合連盟が協約でどんどん廉価な賃金を約定することが批判されてきた ( 3) が、ベルリン労働裁判所は、当該組合同 盟に協約を締結する能力がないとする判断を示した。この決定が確定すれば、協約締結能力がないCGZPが締結 した協約は無効になり、数十万の派遣労働者に影響を与え、派遣元事業主の責任が大きな問題になる、と指摘され てい ( 4) た。それは、一つに、使用者は、実際に支払われていた賃金と本来支払われるべき平等な賃金の差額を遡及し て 支 払 う 義 務 を 負 う か ら で あ る (民 法 六 一 二 条 二 項、 一 三 八 条 二 項) 。 二 つ に、 平 等 な 賃 金 を 基 礎 に し た 被 用 者 保 険 の 法 関 係 が 成 立 す る こ と に よ り、 増 額 さ れ た 賃 金 に 応 じ た 保 険 料 の 差 額 の 支 払 い 義 務 を も 負 う か ら で あ る。 つ ま 102

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り 、 被 用 者 保 険 法 に お い て は 、 派 遣 元 ・ 派 遣 先 事 業 主 の 保 険 料 負 担 に 関 す る 責 任 が 次 の よ う に 問 わ れ る こ と に な 5) る。 すなわち、協約締結能力がないCGZPの協約は無効であるとされ、派遣元は、派遣先での就労期間につき、派遣 先 の 事 業 所 に お い て 比 較 し う る 労 働 者 に 対 し て 適 用 さ れ て い る 賃 金 を 含 め た 主 要 な 労 働 条 件 を、 派 遣 労 働 者 (派 遣 に つ く 前 に 失 業 者 だ っ た も の を 除 く) に 保 障 し な け れ ば な ら な い。 多 大 な 影 響 を 及 ぼ し う る ベ ル リ ン 労 働 裁 判 所 二〇〇九年決定を簡単にみておこう。   (ⅱ)   ベ ル リ ン 労 働 裁 判 所 二 〇 〇 九 年 決 定 及 び 控 訴 審 の ベ ル リ ン・ ブ ラ ン デ ン ベ ル グ 州 労 働 裁 判 所 二 〇 〇 九 年 一二月七日決定はおおよそ次のような内容である。すなわち、CGZPは次の理由から労働協約法二条三項でいう 連合団体ではない。というのも、一つに、CGZPには協約締結能力があるものの、その構成員である四つの労働 組合は労働者派遣を対象とする旨を規約に定めていないことから、CGZPに加盟する組合には派遣労働に対する 管轄権がない。そのため、CGZPには協約の管轄権がなく、そしてそのことが協約締結能力を否定することにな る。二つに、労働組合の協約能力の要件をCGZPは満たしているのかが論点になる。労働者派遣法は、九条二号 に、 「同 一 賃 金 原 則」 を 定 め つ つ、 同 原 則 か ら 逸 脱 す る こ と を 許 容 す る の は「協 約」 に よ る こ と か ら、 有 効 な 協 約 が締結されなければならない。ベルリン労働裁判所によれば次のような理由から、CGZPは、協約を締結する能 力 の 要 件 で あ る 社 会 的 勢 力 を 有 し て い る ( soziale Mächtigkeit ) と い え な い。 二 〇 〇 三 年 一 月 一 日 に 施 行 さ れ た 労 働 者派遣法は派遣先労働者との平等な労働条件の請求権を定めているが、それは法律が「最高の状態」を定めている にすぎず、実務では協約が法律上の規定より低い労働条件を設定することが問題になる構造にあることである。労 働者派遣法九条二号が逸脱を許容するのは協約による場合であり、なんらかの合意によるものであってはならない ( Rn. 185 ) 。 労 働 者 連 合 に 協 約 締 結 能 力 が あ る と 判 断 す る に は、 協 約 が 個 別 の 契 約 よ り も 公 正 さ へ の 信 頼 を 得 る も の 103

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で あ る こ と を 前 提 に す れ ば、 労 働 者 の 連 合 に は 一 定 の 実 現 す る 能 力 と 社 会 的 勢 力 が 必 要 で あ る ( Rn. 187 ) 。 本 件 で はCGZPに必要な社会勢力があると判断する事情が認定されない。   (ⅲ)   そして、二〇一〇年一二月一四日に連邦労働裁判所はCGZPの協約締結能力を否決する判断を示してい る (以 下、 連 邦 労 働 裁 判 所 二 〇 一 〇 年 判 決 と い う) 。 連 邦 労 働 裁 判 所 の 判 決 理 由 は ま だ 文 書 で 示 さ れ て い な い の で、 こ こでは連邦労働裁判所の報 ( 6) 道による要旨をまとめておく。   CGZPは、自己の名前で労働協約を締結することができる連合団体ではない。CGZPは協約締結に必要な協 約 上 の 条 件 を 満 た し て い な い か ら で あ る。 C G Z P は 二 〇 〇 二 年 一 二 月 に 設 立 さ れ、 サ ー ビ ス 産 業 労 組 ( ver.di ) とベルリン州の共同の手続きにより協約締結能力が確認された。CGZPの唯一の規約による任務は、派遣業を営 む使用者と協約を締結することにある。締結された協約には非組合員にとっても重要な意義がある。労働者派遣法 九条二号によれば、派遣労働者は派遣先に派遣されている期間派遣先に適用されている重要な労働条件を求める権 利を有している。均等待遇原則から逸脱し、労働者の負担になることが許容されるのは協約によるか、協約による ことを契約で定めている場合だけである。   そ し て、 報 道 に よ れ ば、 連 邦 労 働 裁 判 所 は 次 の よ う な 理 由 か ら 原 審 (ベ ル リ ン・ ブ ラ ン デ ン ベ ル グ 州 労 働 裁 判 所 二〇〇九年一二月七日決定) を支持している。原審は、CGZPに協約締結能力がないことを確認している。それに 向 け ら れ た 上 告 を 連 邦 労 働 裁 判 所 第 一 小 法 廷 は 棄 却 す る。 C G Z P は、 そ の 加 盟 組 合 (キ リ ス ト 系 金 属 産 業 組 合 [ CGM ]、 ド イ ツ 商 業・ 工 業 職 員 団 体[ DHV ]、 公 共 サ ー ビ ス 労 組[ GÖD ]) に 協 約 締 結 能 力 が な い に も か か わ ら ず 連 携 していることから、労働協約法二条三項による連合団体ではない。さらに、労働者派遣に対してCGZPの規約に 規定された組織領域はその構成員組合のそれを超えているからである。 104

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Ⅲ   セーフティネットの優先関係の回復:労働行政の使用者に対する償還請求権の行使 1   賃金請求権の労働行政への移転 (社会法典一〇編一一五条一項)    ( 1)   失業手当Ⅱを受給する派遣労働者をめぐる法律関係   派遣労働者の協約が無効である場合、労働者は「平等な賃金」を遡って請求しうる。社会保障法においても「平 等な賃金」が次の形で実現されなければならない。低賃金労働者のなかには租税による失業手当Ⅱの受給者が増加 し て い る こ と は 述 べ た が (Ⅱ 章) 、 失 業 手 当 Ⅱ を 支 給 し て い た 労 働 行 政 に は、 労 働 者 の 賃 金 は 公 的 扶 助 よ り 優 先 す るという原則に立ち返ることが課題になる。本来支払われるべき賃金が支払われず、結果として租税による失業手 当Ⅱを支給するという形で、平等な賃金を支払う使用者の責任が労働行政に転嫁されている。そこで、公共の負担 になっている現状が適切でない場合には、それは修正されなければならない。   派 遣 労 働 者 に つ い て い え ば、 労 働 者 派 遣 法 に 基 づ き 均 等 待 遇 原 則 に か な っ た 賃 金 請 求 権 が 成 立 す る (労 働 者 派 遣 法 一 〇 条 四 項) 。 失 業 手 当 Ⅱ を 受 給 し て い る 派 遣 労 働 者 が 本 来 支 払 わ れ る べ き 賃 金 請 求 権 を 事 後 的 に 取 得 す る 場 合 に、 労 働 行 政 は、 使 用 者 に 対 す る 派 遣 労 働 者 の 差 額 賃 金 請 求 権 の 移 転 を 求 め、 償 還 請 求 権 を 行 使 す る こ と が あ る (社 会 法 典 一 〇 編 一 一 五 条 一 項、 二 編 三 三 条 一 項) 。 失 業 手 当 Ⅱ を 支 給 し て い た 労 働 エ ー ジ ェ ン シ ー か ら み れ ば、 本 来 支払われるべき賃金が支払われていたならば、派遣労働者に失業手当Ⅱを支給する債務が全部又は一部生じなかっ たからである。   連邦労働裁判所二〇一〇年判決がだされた直後、次のような報道がなされている。二〇一〇年判決により無効と さ れ た 労 働 協 約 が 適 用 さ れ て い た 約 二 八 万 人 の 派 遣 労 働 者 は、 「同 一 就 業 場 所 に お け る 同 一 労 働 に 対 す る 同 一 賃 105

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金」請求権を有す ( 7) る。その結果として、労働行政は使用者に対して償還請求を、さらに社会保険の保険者は使用者 に対して平等な賃金を基礎にした保険料追徴請求をおこなうことになるだろうが、一年あたり五から六億になり、 しかも遡及して請求しうるので、追徴される総額は数十億にのぼるという。ただし、賃金請求権は三年の消滅時効 に か か り (民 法 一 九 五 条) 、 さ ら に 社 会 保 険 料 の 請 求 権 の 消 滅 時 効 は 通 常 四 年 で あ る (四 編 二 五 条 一 項 一 文) 。 二〇一〇年に過去の賃金や保険料を請求しなければ、二〇〇七年の労働者の賃金債権、そして二〇〇六年の保険料 債 権 が 消 滅 す る。 そ こ で、 派 遣 労 働 者 の 賃 金 遡 及 払 い 請 求 の 実 現 の た め に、 労 働 組 合 (ド イ ツ 労 働 総 同 盟[ DGB ]、 金 属 産 業 組 合[ IG Metall ]) は 重 要 な 役 割 を 果 た し て い る (Ⅳ 章 三 節 で 後 述) 。 ベ ル リ ン 労 働 裁 判 所 二 〇 〇 九 年 決 定 が 確定されることで社会保障法にも重要な課題が突きつけられている。以下では、使用者に対する労働行政の償還に 関する論点を検討し、次いで保険者の使用者に対する保険料の事後請求を検討したい。 社会法典一〇編(行政手続) 一一五条   使用者に対する請求権 ( 1 )  使 用 者 が 労 働 者 の 賃 金 に 対 す る 請 求 権 を 満 た さ ず、 そ し て そ の た め に 給 付 主 体 が 社 会 保 障 給 付 を 提 供 し た 限 り に お い て、 労 働 者 の 使 用 者 に 対 す る 請 求 権 は、 給 付 主 体 が 提 供 し た 社 会 保 障 給 付 の 支 給 額 ま で、 給 付主体に移転する。 ( 2 )  一項の移転は、請求権が譲渡、差し押さえが禁止されていることによっても排除されるものではない。 ( 3 )  省略 106

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   ( 2)   低賃金をめぐる訴訟の特徴   派遣先の正規従業員と派遣労働者に支払われる賃金に格差がある場合には、派遣労働者は労働者派遣法一〇条一 項四文に基づき差額賃金の請求権を有する。派遣労働者の賃金が低く、最低生活の水準にいたらないため、そうし た 低 い 賃 金 を 補 完 す る た め に 失 業 手 当 Ⅱ を 受 給 し て い る こ と が あ る (Ⅱ 章 一 節 参 照) 。 そ の よ う な 場 合 に は、 協 約 締 結能力のある組合が適切に協約を締結していていたならば、失業手当Ⅱを支給する必要がなかったのであれば、失 業手当Ⅱを支給していた行政が、同時期に低い水準でしか賃金を支払っていなかった使用者に対して、労働者の使 用者に対する賃金請求権の移転を求めることがある。これは、社会法典一〇編一一五条一項により、給付主体が使 用者に対して償還請求権を行使することによる。つまり、労働者の賃金請求権が充足されていない結果として、労 働者が失業手当Ⅱを受給していた場合には、差額分の賃金請求権がまず労働者に成立し、その請求権が法律により 労働行政に移転するという方法である。社会法典一〇編一一五条一項によれば、労働者の賃金請求権が提供された 社会保障の支給額まで給付主体に移転するのは、使用者が賃金請求権を満たしていない、それゆえに社会保障を受 給 し て い る 場 合 で あ 8) る。 こ れ ま で、 社 会 法 典 一 〇 編 一 一 五 条 に 定 め る 「使 用 者 が 賃 金 請 求 権 を 満 た し て い な い」 か が、良俗に違反する賃金をめぐり問題になってきた。 2   協約の無効又は賃金が良俗に違反する場合の差額賃金請求権    ( 1)   「賃金搾取 (( Lohnwucher ) 」を補完する失業手当Ⅱ   (ⅰ)   労働者に差額分の賃金請求権が成立するのは、ベルリン労働裁判所二〇〇九年事件のように労働協約によ る賃金がすでに違法と評価される場合又は特定の業種を対象とした労働者送出法に違反する場合、さらには労使間 107

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の個別合意が民法一三八条の良俗に違反している「賃金搾取」による場合がある。近年、良俗に違反する賃金と評 価される基準が労働事件で争点になってい ( 9) る。派遣労働者以外にも、違法に低い賃金しか支払われていない結果、 労 働 者 に 対 し て 労 働 行 政 が 失 業 手 当 Ⅱ を 支 給 し て い る 場 合 に は、 社 会 法 典 一 〇 編 (行 政 手 続) 一 一 五 条 に 基 づ く 使 用者への償還請求が争われている。たとえば、シュトラールズント労働裁判所二〇〇九年二月一〇日事 ( 10) 件では、使 用者の支払う賃金が良俗に反し低すぎること、とくに通常の賃金と比較した場合に「賃金詐取」を理由としてその 額が無効であることを、行政が主張している。そして、失業手当Ⅱを支給していた労働行政は、使用者に対して、 労働者に帰属するべきであった、民法六一二条に基づく「通常の賃金」請求権の移転を求める、というわけである (社会法典一〇編一一五条一項) 。   使用者に対する行政の償還請求権は明文化されている一方で、ドイツにはわが国のような一般的な最低賃金法が 制 定 さ れ て お ら ず、 「良 俗 に 違 反」 す る か 否 か を 審 査 す る の は 裁 判 所 に 委 ね ら れ て い る。 行 政 は、 違 法 に 低 い 賃 金 しか支払っていない使用者に差額賃金を請求するには、次のような困難に直面する。すなわち、民法一三八条二項 は、一項の「良俗に反する法律行為は無効となる」に続けて「とくに、ある者が、相手からの窮迫、軽率又は無経 験を悪用して、その者又は第三者に、ある給付に対し財産上の利益を約束または提供させ、その利益が給付と比べ て著しい不均衡を生じるほど給付の価値を超えるならば、法律行為は無効となる」と定めている。賃金水準が良俗 違反といえるのか、又は利益と給付が「著しい不均衡」といえるのか、が論点になる。   連邦労働裁判所は、協約賃金の六九・四%の賃金も無効と判断してこなかっ ( 11) た。連邦労働裁判所は、二〇〇六年 四月二六日判決でようやく通常賃金の七五%を超えない場合には良俗違反となるとの判断基 ( 12) 準を示した。さらに、 連邦労働裁判所二〇〇九年四月二二日判 ( 13) 決は、当該産業領域の五〇%以上の労働者に適用のある労働協約基準の三 108

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分 の 二 を 下 回 る 賃 金 は 良 俗 違 反 で あ る と し、 本 件 の 時 給 三・ 二 五 ユ ー ロ (協 約 賃 金 七 ・ 八 四 ユ ー ロ) を 無 効 と し て いる。最近では、違法な低賃金の基準が判例により確立しつつあるとはいえ、個別救済にとどまることに加えて、 良俗に違反すると判断されるのはあまりに低い賃金であることが問題になっている。そして、賃金ダンピングに歯 止めがかかるというより、労働行政も労働裁判所もそれを加速し、低賃金労働者には失業手当Ⅱを見込んでいるの ではないか、という指摘もあ ( 14) る。   とはいえ、賃金の良俗違反をめぐり個別事例の救 ( 15) 済を蓄積することは、たとえば福祉労働者に対して、国家資格 のない介護労働者をも含めて労働条件を特別に保障する規制を展開することにつながっている。それは、特定の業 種を対象にした労働者送出法による二〇〇九年改正により新たに介護領域が特別に労働条件を保障する規定が設け ら れ、 二 〇 一 〇 年 八 月 一 日 以 降 の 最 低 賃 金 が 時 給 八・ 五 〇 ユ ー ロ と 設 定 さ れ る に い た っ て い る (介 護 領 域 に 対 す る 強 制 的 労 働 条 件 に つ い て の 法 規 命 令 [ V er or dn un g ü be r z w in ge nd e A rb eit sb ed in gu ng en fü r d ie Pfl eg eb ra nc he ( Pfl eg eA rb bV )] 二条二項、労働者送出法八条一項と一三条) 。   (ⅱ)   連邦労働裁判所二〇〇九年四月二二日判決の後に、労働エージェンシーが、良俗違反の賃金を理由に、使 用者に対し償還を請求している事 ( 16) 案がある。本件では、連邦労働エージェンシーが使用者に民法一三八条、六一二 条 二 項 に よ り 認 め ら れ る 賃 金 請 求 権 の 移 転 を 求 め て い る (一 〇 編 一 一 五 条 一 項) 。 一 一 五 条 に よ る 請 求 権 の 移 転 は、 労働者の使用者に対する賃金請求権が完全に履行されていないゆえに、行政が社会保障給付を提供した範囲におい て 生 じ る。 本 件 被 告 は、 料 理 補 助 者 を 雇 用 し て い る が、 当 該 地 域 の 通 常 の 賃 金 は 五・ 一 二 ユ ー ロ (二 〇 〇 七 年) 、 五・ 二 七 ユ ー ロ (二 〇 〇 八 年) 五・ 三 八 ユ ー ロ (二 〇 〇 九 年) と 認 定 さ れ て い る の に 対 し、 時 給 一・ 八 八 ユ ー ロ か ら 二・一一ユーロしか支払っていない。裁判所はそれを「良俗に違反」した賃金である、と判断している。そして、 109

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賃金が良俗に違反して低いために行政が失業手当Ⅱをもって補完している場合には、労働エージェンシーは使用者 に「通 常 に 支 払 わ れ る」 報 酬 を 請 求 す る 権 利 を 有 し て い る (民 法 六 一 二 条) 。 労 働 エ ー ジ ェ ン シ ー に 賃 金 請 求 権 が 社 会 法 典 一 〇 編 (行 政 手 続) 一 一 五 条 に 基 づ き 移 転 す る、 と 結 論 づ け て い る。 こ う し た 争 い は、 失 業 手 当 Ⅱ を 支 給 す る労働行政に刺激的であり、注目されてい ( 17) る。ただし、賃金搾取に関しては、地域での労働市場に鑑みて違法とい えるほどの低い賃金であることを行政が個別事案ごとに証明する困難をともなうことから、これまで各地域の労働 行政が使用者に対してこうした訴訟を提起するのは多くない。賃金搾取に関して労働裁判所に提訴するのは、労働 者・失業者だけではなく、労働行政にとっても負担の多い証明が求められることから、実務上の大きな影響をもた らさなかった。   他 方 で、 数 十 万 人 に 及 ぶ 派 遣 労 働 者 に 対 し て は、 ベ ル リ ン 二 〇 〇 九 年 労 働 裁 判 所 決 定・ 州 労 働 裁 判 所 決 定 を 経 て、 連 邦 労 働 裁 判 所 が 同 じ 結 論 に 至 れ ば、 低 賃 金 を 補 完 し て い る 労 働 行 政 に も 多 大 な 影 響 を あ た え る と さ れ て き 18) た。派遣労働に関する協約が無効である場合には、賃金搾取又は良俗に違反する賃金か否かを個別事例ごとに証 明する負担をともなわず、協約締結の能力自体が争点になっていることから、労働者派遣法一〇条四項に基づき、 差額賃金請求権が生じるのである。その帰結として、行政は一〇編一一五条一項に基づく請求権を容易に行使でき る。派遣労働者の平等賃金請求権の実現は、使用者の賃金支払い義務として表れていることが確認できる。社会保 障法では不当に賃金が支払われない又は違法に低い額でしか支払われていなかったことが、租税による失業手当Ⅱ の支出の原因になっていることは、労働関係から生じる使用者の賃金支払い義務の不履行により、公共に負担が転 嫁されている、と評価されるわけである。そうした場合に、公共に転嫁された負担を、行政が使用者に償還すると いう形をとり、使用者が平等な賃金支払い義務を優位して負うことを改めて確認しているといえよう。 110

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   ( 2)   小括   以 上 を 踏 ま え れ ば、 近 年、 わ が 国 で も 雇 用 の ネ ッ ト、 社 会 保 険 の ネ ッ ト、 公 的 扶 助 の ネ ッ ト の「三 層 の セ ー フ テ ィ ネ ッ 19) ト」 が 指 摘 さ れ て い る。 し か し、 公 的 扶 助 が「最 後 の セ ー フ テ ィ ネ ッ ト」 と さ れ る よ う に、 「三 層 構 造」 には、まず雇用が、そして被用者保険、最後に公的扶助という優劣の関係があること、さらにかなりの多くの市民 が労働者であること、に鑑みれば、雇用のセーフティネットの責任の優位性が回復されなければならない。ドイツ の使用者に対する行政の償還請求権の行使は、セーフティネットの基礎に置かれるのは平等な労働条件であること を改めて確認できるものではないだろうか。労働者にとって雇用・社会保険が機能していない結果を最終的には公 的 扶 助 が カ バ ー す る と し て も、 公 的 扶 助 の 補 足 性 (ド イ ツ で は 後 順 位 性[ Nachrang ] と よ ば れ る) を 回 復 す る 法 的 仕 組みが必要になる。   ドイツには、労働関係と社会保障を、同じ目的の達成を目指した関係にあり、労働法の私法上の目的を社会保障 法の手段により実現する局面がある、という学説があ ( 20) る。人間の尊厳に値する賃金が保障され、そして、失業・傷 病などの被用者保険法の事故が生じた場合には、人間の尊厳に値する生活が確保されるという目的は同じであり、 それを別の方法、つまり賃金に代替して被用者保険の給付が支給される方法を社会保障法が定めているとみるわけ で あ る。 社 会 保 障 は、 私 法 上 の 解 決 方 法 (例 え ば「平 等 な 賃 金」 支 払 い 義 務) が 適 法 に 実 行 さ れ て い な い 状 況 ( aus ­ bleiben ) を 補 償 す る ( kompensieren ) 機 能 を 果 た す。 社 会 保 障 は、 労 働 者 の 賃 金 請 求 権 が 完 全 に 満 た さ れ て い な い 状況に対応する責任を負うとしても、私法上の義務を履行していない使用者が、自己の責任を社会保障の行政主体 に最終的に転嫁することを、許容するものではない。それを、立法者は、社会法典一〇編一一五条に労働者の賃金 債権の法定移転として定めている。 111

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  労働により人間の尊厳に値する生活の基盤を確保することは、租税により公共が負担する生活保障責任よりも、 優位する。その上で、賃金を補償する被用者保険での保障制度が機能することは、公的扶助により公共が租税での 負担を回避するのに適切な方法であるとい ( 21) う。賃金により最低生活をこえる生活基盤を形成することは、社会保障 が機能するのに不可欠であ ( 22) る。   違法に低い賃金しか払っていない場合に問われるもう一つの使用者の責任を、派遣先事業主に対する保険料の支 払い義務 (四編二八e条) について次章で検討する。 Ⅳ   派遣労働に対する社会保険法の適用関係 1   平等な賃金支払い義務と被用者保険の法律関係   協約が無効になる場合には、労使関係だけではなく、労働行政・被保険者・保険者の三面関係にかかる被用者保 険の法律関係にも検討すべき問題が生じる。というのも、賃金の差額分の請求権が労働者に成立することから、一 つに、派遣労働者に対して適用されている雇用保険法・被用者保険法の保険料の額にも、本来支払うべき金額とす でに支払った金額に差額が生じるからである。二つに、保険料の負担面だけではなく、被保険者である労働者には 従前の賃金を基準に所得が保障されるので、雇用保険、医療保険 (傷病手当金) 、年金の受給額も増額が見込まれる か ら で あ る。 失 業 し て い る 労 働 者 が、 事 後 的 に 失 業 手 当 の 支 給 額 の 増 額 を 請 求 す る 権 利 の 実 現 が 論 点 に な る。 以 下、順に検討するが、これらの前提になっているのは、派遣労働者には雇用保険・被用者保険が適用されている点 である。そこで、まず適用基準を確認しておこう。 112

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  派遣労働者に対する被用者保険・雇用保険法の適用基準は正規従業員と区別して特別に定められているわけでは ない。その点だけをみれば、労働者派遣は「非典型的な」就業形態ではな ( 23) く、社会保険総則を定める社会法典四編 の一般的な基準にしたがってい ( 24) る。社会法典四編八条によれば、被用者保険法の適用除外は、月収が四〇〇ユーロ 未 満 (一 項 一 号) で あ る か、 雇 用 期 間 が 二 カ 月 未 満 で あ る 場 合 で あ る (一 項 二 25) 号) 。 し た が っ て、 派 遣 労 働 者 が 四〇〇ユーロを超える就業をしているか、雇用期間が二カ月以上であれば被用者保険・雇用保険に加入する義務が ある。   労働者派遣に特有の問題は、労働者に対して被用者保険・雇用保険の責任を負う「使用者」はだれか、というこ とである。保険料に関する法関係は、労働者派遣法一条一項による派遣許可を取得している合法派遣か、それを得 ていない違法派遣かにより異なっている。まず、合法派遣をみれば、保険料負担責任を負う使用者は派遣元である (四 編 二 八 e 条 一 項 一 文) 。 社 会 法 典 四 編 (社 会 保 険) に よ れ ば、 派 遣 元 事 業 主 は、 保 険 料 関 係 の 成 立 に 必 要 な 届 け 出 義 務 (二 八 a 条) 及 び 保 険 料 支 払 い 義 務 を 負 26) う。 つ ま り、 派 遣 労 働 者 の 使 用 者 と し て 派 遣 元 は、 賃 金 を 支 払 い、 社 会 保 険 料 総 額 ( Gesamtsozialversicherungsbeiträge )(二 八 d 条) を 引 き 渡 す 義 務 を 負 う。 こ れ と 並 ん で、 派 遣 先 も、 独 自 の 届 け 出 義 務 を 負 い (二 八 a 条 四 項) 、 派 遣 を う け る 期 間 に つ い て は 連 帯 保 証 責 任 ( Selbstschulderische Bürge ) を保険料徴収機関に対し負っている (四編二八e条一項一文) 。   他方で、違法派遣に対する被用者保険の責任は原則として派遣先が負う。違法派遣の場合、労働者派遣法一〇条 一 項 一 文 に よ り 労 働 関 係 も 社 会 保 険 法 上 の 就 業 関 係 も 派 遣 先 と 派 遣 労 働 者 の 間 に 成 立 す る (社 会 法 典 四 編 二 八 e 条 二項三文及び四文) 。   ベルリン労働裁判所二〇〇九年事件のように、合法的な派遣でも、協約が無効になった場合に、派遣先は、労働 113

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者派遣法一〇条一項四文により、実際に派遣労働者に支払っていた賃金より高い賃金の支払い義務を負う。その帰 結として、使用者は、本来支払うべき賃金額に基づき社会保険の保険料を負担することになる。社会保険料の差額 分も遡及して請求される場合に、だれが保険料の支払い責任を負う使用者なのだろうか。ドイツでは、派遣元が保 険料の支払い義務を履行しなければ、最終的に責任を負うのは派遣先である。これを、社会法典四編は、派遣先は 保 険 料 請 求 権 に 対 し て 派 遣 元 と と も に 連 帯 保 証 人 ( Gesamtschuldner ) と し て 責 任 を 負 う と 規 定 し て い る (二 八 e 条 二項四文) 。次節で詳細に検討しよう。   2   保険料遡及払い義務    ( 1)   社会保険料に対する派遣先の連帯保証責任   (ⅰ)   実際の賃金と平等な賃金の差額を遡及して支払う義務が派遣元事業主に生じることはすでに述べたが、被 用者保険法においても、平等な賃金に応じた保険料の差額を事後的に支払う義務が問題になる。   差額保険料支払いを連帯保証人として責任を負うのは派遣先であ ( 27) る。つまり、賃金に関する差額分の支払い責任 を 負 う の は 派 遣 元 で あ る の に 対 し (労 働 者 派 遣 法 一 〇 条 四 項) 、 社 会 保 険 料 に 関 す る 差 額 分 の 支 払 い 責 任 を 負 う の は 派 遣 元 及 び 派 遣 先 双 方 で あ る (社 会 法 典 四 編 二 八 e 条 二 項 一 文、 労 災 に つ い て 七 編 一 四 〇 条 三 項) 。 使 用 者 に 対 す る 保 険 料 遡 及 払 い 請 求 は 労 働 者 が 実 際 に 平 等 な 賃 金 と の 差 額 分 を 仮 に 請 求 し て い な い と し て も、 影 響 を 与 え な い (四 編 二三条一 ( 28) 項) 。   ドイツ労働者派遣法の重要な特徴の一つは、違法な派遣事業主に対する規制である。派遣であるにもかかわらず 当 事 者 間 で の 法 律 関 係 が 請 負 と し て 成 立 し て い る 場 合 に は、 そ れ は 派 遣 許 可 の な い 違 法 派 遣 と 評 価 さ れ る (労 働 者 114

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派 遣 法 九 条 一 号) 。 違 法 派 遣 の 場 合 に は、 労 働 者 派 遣 法 一 〇 条 一 項 一 文 に よ り、 違 法 派 遣 に よ り 派 遣 元 と 派 遣 労 働 者 の間で締結された契約が無効になり、派遣先と派遣労働者の間に労働法関係が擬制され、労働契約の内容が是正さ れる。この特徴により、派遣関係が違法か否かは被用者保険法にも重要な影響を及ぼす。違法派遣であると評価さ れると、社会保険関係においても労働者と就業関係が成立するのは、派遣先になる。仮に派遣元が賃金を支払って いるとしても、社会保険法上の使用者は派遣先であることには影響を与えない。   (ⅱ)   他方で、合法的な派遣関係が成立している場合、就業関係に基づく使用者は派遣元であるので、就業関係 に 基 づ く 保 険 料 支 払 い 義 務 を 負 う の も 派 遣 元 で あ る (四 編 二 八 e 条 一 項 一 文) 。 し か し、 社 会 保 険 か ら み た 派 遣 法 の 二つ 目 の 特 徴 は、 合 法 派 遣 で も 社 会 保 険 の 責 任 か ら 派 遣 先 は 免 れ る わ け で は な く、 補 完 的 責 任 ( subsidiärhaftung ) を 負 う こ と に あ る。 労 働 者 派 遣 法 一 〇 条 三 項 は、 派 遣 労 働 者 に 支 払 わ れ る 賃 金 を 基 に 社 会 保 険 料 を 引 き 渡 す ( abführen ) 義 務 が 派 遣 先 に あ る こ と を 規 定 し て い る。 社 会 法 典 四 編 も、 賃 金 に 応 じ た 保 険 料 に つ い て は、 派 遣 先 が 保 険 料 の 差 額 を 支 払 わ な け れ ば な ら な い と し て い る (四 編 二 八 d 条 二 項 一 文) 。 協 約 の 無 効 が 確 定 し た ベ ル リ ン 労 働裁判所二〇〇九年事件のように、派遣の許可を取得している合法的な派遣関係であるとしても、派遣元が履行し な い 場 合 に は 最 終 的 賠 償 責 任 ( Ausfallhaftung ) を 負 う と い う 方 法 で、 派 遣 先 が 社 会 保 険 料 総 額 に 対 す る 連 帯 債 務 者 と し て の 保 証 責 任 を 負 っ て い る (四 編 二 八 e 条 二 項 一 文、 労 災 に つ い て も 同 様 に 七 編 一 五 〇 条 三 項) 。 派 遣 先 が「連 帯 保 証 人 と し て」 責 任 を 負 う と い う の は、 先 履 行 の 訴 え ( Vorausklage ) の 抗 弁 を 援 用 で き な い (民 法 七 七 一 条 二 項 一 号) こ と を 示 す も の で あ る。 徴 収 機 関 が 派 遣 元 事 業 主 に 期 日 を 定 め て 保 険 料 支 払 い の 履 行 を 求 め た が、 履 行 さ れ な かった場合には、派遣先が保険料支払い責任をすべて負 ( 29) う。   合 法 派 遣 の 派 遣 先 が「連 帯 保 証 人」 と し て、 補 完 的 に、 し か し 最 終 責 任 を 負 う と い う 特 徴 は (社 会 法 典 四 編 二 八 115

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e条) 、派遣元事業所が破産手続を開始し、事業を派遣先が継承している場合に近年問題になっている。派遣先が、 継承した事業の展開のために、社会保険上の責任を軽減するべきである、という主張をすることによる。例えば、 連邦社会裁判所二〇〇七年三月七日判 ( 30) 決事件では、派遣先が破産手続を開始している派遣元の事業を継承したが、 破産前の期間の保険料を派遣元が滞納していた。そうした派遣元の保険料滞納にかかる責任を派遣先が負わなけれ ばならないのかが、争点になっている。連邦社会裁判所は、社会法典四編二八e条二項一文による補完的責任を派 遣先が負うのは、派遣労働者に対する直接的な社会保険法上の保護ないし社会保険主体の歳入の確保と並んで、派 遣 元 に、 法 律 上 の 義 務 の 履 行 を 間 接 的 に 強 制 す る こ と を 目 的 と す る も の で あ る、 と 判 示 し て い る。 保 証 責 任 ( Bür ­ genhaftung ) の リ ス ク を 派 遣 先 が 負 う こ と は、 派 遣 元 の 信 頼 性 ( Seriosität ) を 自 ら 継 続 し て 調 査 す る 契 機 と な る、 という。そして、派遣労働者の搾取を避けるために派遣事業を許可制にしている。こうした事情は、派遣元が破産 しても妥当するものであり、当該労働者を保護する必要性が小さいと考える理由は全くない、と判示している。さ ら に、 通 常 裁 判 所 で も、 「派 遣 元 事 業 所 が 破 産 し た 時 の 派 遣 先 の 責 任」 が 争 点 に な っ て い る。 通 常 裁 判 所 も、 破 産 に よ っ て も 社 会 保 険 料 総 額 に 対 す る 支 払 い 責 任 が 軽 減 さ れ な い と い う 破 産 リ ス ク ( Insolvenzrisiko ) を、 労 働 者 派 遣の場合には派遣先が負うことは、立法者がすでに決定していることであるとす ( 31) る。四編二八e条二項により合法 派 遣 で も 派 遣 先 に 保 険 料 の 保 証 責 任 を 負 わ せ る こ と に 対 し て、 派 遣 先 事 業 主 は 財 産 権 (基 本 法 法 一 四 条) 、 職 業 の 自 由 (基 本 法 一 二 条) に 違 反 し て い る、 と ま で 主 張 し た 事 件 が あ る。 州 社 会 裁 判 所 は、 次 の よ う に 労 働 者 派 遣 の 特 徴 を踏まえて、この規律内容は立法者の裁量の範囲内であると判示している。すなわち、労働者派遣は、派遣元と派 遣先の派遣契約と、派遣元事業主と労働者の就業関係が分離する領域であるので、濫用の危機があり、保険料の支 払いのリスクを伴う。そのため、派遣先に責任を負わせて保険料の支払いを確保することは社会保険の財政を規律 116

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する際の立法者の裁量として認められ ( 32) る、と。    ( 2)   保険料債権の消滅時効   (ⅰ)   保 険 関 係 が 遡 及 的 に 成 立 す る 場 合 に、 事 業 主 に 対 し て 保 険 料 を 遡 及 し て 請 求 で き る の は、 年 金 保 険 者 (社 会 法 典 四 編 二 八 p 条 一 項 五 文) 及 び 徴 収 機 関 と さ れ る 医 療 保 険 者 で あ る (四 編 二 八 h 条 一 項 一 文 及 び 三 文、 同 条 二 項 一 文) 。 そ れ ら の 保 険 料 の 事 後 請 求 権 が 派 遣 関 係 に お い て は 派 遣 元 の み な ら ず 派 遣 先 に も 生 じ る が、 そ の 範 囲 が 制 約 されうるのは消滅時効による (四編二五条) 。   保 険 料 債 権 は、 原 則 と し て、 四 年 の 経 過 に よ り 時 効 に よ り 消 滅 す る が (四 編 二 五 条 一 項 一 文) 、 事 業 主 が「故 意 に」納付しなかった保険料請求権には三〇年の時効消滅期間が適用される (二五条二項一 ( 33) 文) 。   違法派遣の場合に、派遣先と派遣労働者に労働関係が擬制されるが、それにより派遣元の責任が消滅するわけで はない。派遣元が約定賃金を支払っている場合には、社会法典四編によると、派遣元が労働者負担分も含む保険料 総 額 を 徴 収 機 関 に 支 払 う 義 務 を 負 い (四 編 二 八 e 条 二 項 三 文) 、 そ の 支 払 い 義 務 に 関 し て は、 派 遣 元 は 派 遣 先 と 並 ん で使用者とみなされ、派遣元と派遣先双方が連帯債務を負う (四編二八e条二項四 ( 34) 文) 。   違法な派遣関係が認定された事案は、保険料支払い責任が三〇年間に及ぶのかが争点になることがある。違法派 遣 の 場 合 に、 医 療 保 険 者 で あ る 一 般 地 区 疾 病 金 庫 (A O K) が 遡 及 し て 保 険 料 の 事 後 支 払 い 及 び 課 徴 金 を 求 め た こ と を 契 機 に 争 い に な り、 派 遣 会 社 が 時 効 の 抗 弁 を す る こ と が あ る。 裁 判 35) 所 は、 使 用 者 が 四 編 (社 会 保 険) 二 五 条 一 項一文の四年の時効消滅期間内に保険料納付義務の認識を得ていること、したがって、本件には「故意」による保 険料の不払いに基づき四編二五条一項二文の三〇年の時効が適用され、保険料債権は消滅していないことを判示し ている。 117

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  (ⅱ)   他方で、事後的に長期に遡及する場合に、被保険者も、すでに控除された保険料に加えて、是正された賃 金に応じた保険料の控除をさらに無制約に甘受しなければならないのだろうか。社会法典四編は、事後的に控除で き る 期 間 を 賃 金 又 は 報 酬 の 成 立 以 後 の 三 支 払 い 期 ま で と し て い る (四 編 二 八 g 条 三 文) 。 し た が っ て、 事 後 的 に 労 働 者の賃金から控除されうる保険料額についても、事業主として派遣先は控除することが許されないので、結果とし て派遣先が労働者負担分も含めて保険料を保険者に全額納付する義務を負う。   (ⅲ)   それでは、ベルリン労働裁判所二〇〇九年事件のように協約締結能力がなかったとされると、保険料の差 額払い義務はどの時点に遡及するのだろうか。つまり、三〇年の消滅時効の適用があるのか、少なくとも四年の消 滅時効の適用があるのか、が問題になる。学説には、このような事例には、通常、保険料を本来支払うべき金額で 全額納付していなかった点に「故意」が認められると指摘する立場もあ ( 36) る。他方で、とくに企業横断的労働協約が 適用されている場合には、三〇年の時効が常に適用されるとはいえない、とする立 ( 37) 場が有力である。ベルリン労働 裁判所二〇〇九年事件に限定すれば、連邦労働裁判所により確定したのが二〇一〇年一二月一四日という年末に四 年前に遡及して二〇〇六年分を徴収するのか否かの決断が迫られている。 3   「平等な賃金」との差額賃金請求権と保険料請求権の実効性    ( 1)   労働者の差額賃金請求権の行使   (ⅰ)   賃金が良俗に違反している場合に、賃金および保険料の差額分につき遡及して請求権が成立することをみ たが、差額賃金および差額保険料の請求権を実効的に行使するには検討すべき点が残されている。まず、差額賃金 の請求権を労働者が使用者に実際に行使する必要がある。しかも、ベルリン労働裁判所二〇〇九年事件のように、 118

(20)

協約が無効である場合には、協約が適用されている労働者は、派遣先の従業員のうち「比較しうる」労働者との差 額 を 請 求 で き る が、 そ の た め に は「比 較 し う る」 労 働 者 の 職 務・ 賃 金 を 知 る こ と が 前 提 に な る。 「比 較 し う る」 労 働者は、派遣先で類似の業務に従事している労働者をさすが、類似の業務か否かは、実際の業務の内容だけではな く、資格や勤続年数も考慮され ( 38) る。そもそも労働者が重要な情報を適時に取得し、訴訟を提起するにも、権利を容 易に主張する援助が不可欠である。こうした条件が整備されていなければ、労働者が実際に使用者に対して平等な 賃金との差額を請求する可能性は大きくないかもしれな ( 39) い。しかも、判決が確定した時点以降、賃金請求権の時効 が進行することことに鑑みても明らかである。それゆえ、労働者派遣法は、派遣先の従業員と平等な賃金請求権を 明 文 化 す る と 同 時 に (三 条 一 項 三 号、 九 条 二 号) 、 派 遣 労 働 者 が、 派 遣 先 に 対 し て、 「比 較 し う る」 従 業 員 の 重 要 な 労 働 条 件 に つ い て 情 報 を 求 め る 権 利 ( Auskunftsanspruch ) を 定 め て い る (一 三 条 本 文) 。 通 常、 契 約 上 の 権 利 の 存 在 やその範囲については契約当事者が情報を提供する付随義務を負うが、派遣労働者と派遣先には契約関係が成立し ないことから、派遣労働者には派遣先に対する情報請求権が明文化されている。   (ⅱ)   二〇一〇年一二月一四日に連邦労働裁判所は、CGZPに協約締結能力がないことを判示しているが、そ れ を 受 け て、 労 働 者 の 請 求 権 の 実 現 を 支 援 す る 方 法 と し て I G M e t a l l・ D G B は 次 の よ う な 申 請 書 (資 料 1 参 照) を H P に ア ッ プ し て い る こ と に 注 目 し た い。 労 働 者 が 平 等 な 賃 金 を 請 求 で き る こ と は 労 働 者 派 遣 法 に 明 文 化されているとはいえ、賃金請求権は労働者が請求しなければ労働者に成立しないから、派遣労働者の権利の実現 に不可欠な情報といえる。    ( 2)   保険者の使用者に対する保険料請求権の行使   (ⅰ)   次に、被用者保険法における保険者の保険料差額請求権についても同様に実効性が問題になる。確かに、 119

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[資料 1 ]平等な賃金請求の申請書 場所、日付 氏名 住所 派遣会社 XY 住所    平等な賃金の請求 派遣会社 XY 御中  この文書をもって、私は・ ・ ・月から・ ・ ・までの期間について、基本利子に5% の利子を含め・ ・ ・ユーロ(税込)の賃金支払い、それぞれ月末で履行期になってい る賃金を請求します。  この請求は、貴殿から支払われた賃金と、派遣先事業所において基準となる賃金との 差額について添付した計算書に基づき算定したものです。  原則として、私の労働契約の ・ ・条項には、CGZP が締結した労働協約が示されて います。しかし、連邦労働裁判所2010年12月14日により CGZP は協約締結能力がないこ とが判示されたので、この協約は無効になります。したがって、いわゆる平等な賃金の 原則が労働者派遣法 9 条 2 項により適用され、私には派遣先事業所、つまり・ ・会社に おける比較しうる労働者の賃金が生じます。私は上記の額の支払いを期待しています。 もし・ ・ ・までに上記の額が支払われていない場合には、法的措置をとることがあり ます。   敬具 署名 平等な賃金を基礎にした法律関係が過去 に遡及して成立するが、裁判所が「良俗 に違反」した賃金である又は協約が無効 である、と判断しても、保険料に関する 差額請求権の行使は当然に保険者の義務 になるわけではない。賃金の差額請求権 と比較すれば、仮に労働者が賃金請求権 を事後的に行使しない場合でも、社会保 険法の法律関係は、実際に支払われた賃 金ではなく、合法的に支払われるべき賃 金 が 法 律 関 係 の 基 礎 に お か れ る (四 編 二 二 条 一 項 一 文 に 基 づ く 成 立 原 理) 。 し た がって、差額賃金が支払われていなくて も、保険料の差額分の請求権は保険者に 成立する。社会保険の保険者が保険料を 使用者に請求し、使用者の負担するべき 保険料額を確定しなければならないが、 遡及請求自体は保険者の義務とされてい 120

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ない。この点はベルリン労働裁判所二〇〇九年事件の提訴前にも、労働裁判所で良俗違反とされた事件がとりあげ られ、連邦議会で次のように議論されてきた。   (ⅱ)   社会法典四編は、合法的に保険関係が成立し、使用者が保険料義務を適切に履行しているのかを審査する 業 務 を、 年 金 保 険 者 に 課 し、 事 業 所 に 対 す る 抽 出 審 査 (四 編 二 八 p 条 に よ る 事 業 所 審 査) を 定 め て い る に す ぎ な い。 したがって、ある事業所が良俗に違反する賃金を支払っていたことが労働裁判所で確定したとしても、年金保険者 は合法的な賃金を基礎に保険料遡求払い請求をしなければならない、とは必ずしも帰結されない。たとえば、ディ ス カ ウ ン ト 店 の 販 売 員 の 賃 金 (時 給 五 ・ 二 〇 ユ ー ロ) が 良 俗 に 違 反 す る か が 争 点 に な っ た 事 件 に お い て、 良 俗 に 違 反する賃金であるとの州労働裁判所の判断が確定してい ( 40) る。本件の原告が従事する小売販売業の会社では補助的業 務のパート労働者が九割を占め、販売業に従事する労働者の約三分の一に協約が適用されておらず、時給四ユーロ から七ユーロという低い賃金しか支払われていないことが明らかにされている。その後、議会で緑の党は、原告だ け で は な く 販 売 業 の 多 く の 従 事 者 に か か わ る 本 件 事 件 を と り あ げ 、 判 決 の 確 定 を 受 け て 賃 金 の 支 払 い だ け で は な く 、 合法的な賃金を基礎として被用者保険の法関係を年金保険者が是正するように政府は要請したのかを問うてい ( 41) る。 加えて、CGZPの締結する協約が本件地裁・州労働裁判所で無効とされている点をも引き合いに出して、緑の党 は、年金保険者が厳格に対応するように政府に要請したが、二〇〇九年九月には連邦政府は連邦労働裁判所の判決 が 出 さ れ て か ら 年 金 保 険 者 と 協 議 を し、 対 応 す る こ と に し た い、 と い う 見 解 を 表 明 す る に と ど ま っ て い 42) る。 左 派 も、政府に「社会金庫を保険料喪失からまもるべきである」と提案している ( 43) が、これを連邦政府は否決してい ( 44) る。    ( 3)   ベルリン労働裁判所二〇〇九年事件への対応:保険料遡及払い請求   約二〇万人の派遣労働者に適用されている協約が連邦労働裁判所で無効とされたことは、年金保険にも課題の解 121

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決 を 迫 る。 「平 等 な 賃 金」 を 基 礎 に し た 保 険 関 係 を 遡 及 的 に 成 立 さ せ る の か、 で あ る。 す で に 二 〇 一 〇 年 に 連 邦 議 会では、良俗に違反する低賃金雇用や協約賃金に問題がある派遣をめぐり、年金保険はどのような対応をするのか が議論されてきた。   連邦労働裁判所二〇一〇年一二月一四日判決後に、年金保険者は、二〇〇六年分の保険料請求権が四年の時効に よ り 消 滅 す る こ と を 回 避 す べ く、 次 の よ う な 文 書 を 派 遣 会 社 に 送 付 す る と 報 道 さ れ て い る ([資 料 2] 参 照) 。 こ の 文書に示されているように、連邦労働裁判所の判断理由が文書で確認されていないことから、方針はまだ確定して いないが、ベルリン労働裁判所二〇〇九年事件については、連邦労働裁判所の判断が示された二〇一〇年から四年 の 遡 及 が あ り う る と い う 態 度 を 明 確 に し 四 年 の 消 滅 時 効 の 規 定 (四 編 二 五 条 一 項) を 適 用 す る 運 用 が 予 定 さ れ て い る。二〇〇六年の保険料債権が消滅時効にかからないように、年金保険者は事業所に処分を行う。さらに、社会法 典 四 編 に よ れ ば、 年 金 保 険 者 が 事 業 所 に 対 し て 保 険 料 に 関 し て 合 法 に 義 務 を 履 行 し て い る の か を 審 査 (二 八 p 条 に よる事業所審査、七編一六六条による労災保険者による審査) することで時効の進行が中断する (社会法典四編二五条二 項 二 文) 。 そ れ ゆ え、 年 金 保 険 の 事 業 所 審 査 業 務 ( Betriebsprüfdienst ) は、 二 〇 一 〇 年 一 二 月 二 二 日 付 で、 派 遣 会 社 に通知しているわけであ ( 45) る。 4   保険者の使用者に対する保険料請求権の行使を求める労働者の権利    ( 1)   保険料の遡及的徴収の申請   (ⅰ)   被用者保険法の保険料支払いをめぐっては、被保険者には保険者との関係における権利義務が直接に成立 していない。というのも、保険者が保険料の請求をするのは使用者であり、使用者が労使の内部関係において労働 122

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者の賃金をルールにしたがって控除する権限をもつに と ど ま る か ら で あ る (四 編 二 八 g 条) 。 違 法 に も 低 い 賃 金しか支払われていなかった場合に、事後的に保険料 をめぐる権利義務を是正するのは、総保険料の徴収権 限をもつ保険者であり、その相手方は使用者だけであ る。   被用者保険の年金、医療・介護保険、そして雇用保 険は被用者に対する保険料は使用者から疾病金庫に支 払 わ れ る (四 編 二 八 d 条 一 項 一 文、 二 八 e 条 一 項、 二 八 h 条 一 項) 。 そ う す る と、 労 働 者 に と っ て、 使 用 者 が 保険者に合法的に保険料を負担することは、形成され る年金、雇用、医療などの保険給付請求権、ひいては 将来の受給額に重大な影響を与えるにもかかわらず、 労働者は社会保険料の負担関係において直接の当事者 でない。自己にもかかわる事柄に対して、労働者は、 保険者が使用者に対して適切に対応することを求める 地位にない、ということになるのだろうか。   連 邦 労 働 裁 判 所 二 〇 一 〇 年 判 決 後 に I G M e t a l l [資料 2 ]ドイツ年金保険の事業所審査業務による派遣会社に対する通知 CGZP の協約締結能力の欠如― 締結している事業所への社会保険法上の影響 ・ ・ ・御中  貴殿は派遣会社の派遣労働者に対して CGZP との協約を締結していたと思います。  連邦労働裁判所は2010年12月14日に CGZP に協約締結能力がないことを判断しまし た。したがって、CGZP には、「平等な支払い」原則から逸脱する協約を締結する能力 がなく、また、過去においてもなかったのです。連邦労働裁判所文書での決定理由はま だだされていませんので、2006年以降に履行期にある保険料の遡及効果について、最終 的に確定したことは現時点では申し上げられません。社会保険が損害を回避するため に、われわれは、この文書をもって、期間内に受領する社会保険料の請求権を2010年に 主張する義務を負うものであると考えています。  したがって、貴殿は、本判決を受けて、どの保険料支払い義務及び届け出義務を履行 しなければならないのかを、独立して遅滞することなく審査する義務を負っています。  われわれは、2011年に事業所審査をあなたの会社に実行することを予定しています。 その際には、われわれもまた、保険料が適切に負担されているのか、そしてそれに応じ た届け出がなされていたのかを審査することになります。 敬具  ドイツ連邦年金保険      2010年12月22日 123

(25)

は、 「社 会 保 険 料 の 遡 及 的 徴 収 の 申 請 書」 を H P に 掲 げ、 労 働 者 個 人 が 医 療 保 険 の 保 険 者 に 主 張 す る 際 に、 こ の 申 請 用 紙 を 用 い る よ う に 勧 め て い 46) る ([資 料 3] 参 照) 。 申 請 書 で も 言 及 さ れ て い る よ う に、 被 保 険 者 で あ る 労 働 者 に は、医療保険者が使用者に保険料の支払いを適切に要求するように、自ら主張する権利がある、と連邦社会裁判所 が判示しているのである。   他 方 で、 連 邦 社 会 裁 判 所 は、 使 用 者 が 保 険 料 を 支 払 う 義 務 は、 社 会 保 険 の 事 柄 に 対 す る 私 人 と し て の 任 務 ( In­ diensntnahme ) と し て 使 用 者 が 外 部 関 係 に お い て 保 険 者 に 対 し て 履 行 す る も の で あ る と 判 示 し て い 47) る。 そ う す る と、被用者保険の強制保険においては、使用者が保険料支払い義務を保険者に負っているのであって、被保険者で ある労働者はそうした関係に直接に関与していない。それにもかかわらず、被保険者が、使用者に対する保険料債 権 者 で あ る 徴 収 機 関 に 対 し て、 債 務 者 で あ る 使 用 者 に 保 険 料 を 支 払 う よ う に 求 め る 地 位 に あ る の か、 が 問 題 に な る。 連邦社会裁判 ( 48) 所は、 被保険者は徴収機関に対して訴える地位にあると判示している。 IG Metallが 「申 請 書」 ([資 料 3 ]) で 連 邦 社 会 裁 判 所 の 判 決 を 引 用 し て い る よ う に、 第 十 二 小 法 49) 廷 は、 従 来 の 判 決 を 確 認 し、 保 険 料支払い期間は被保険者の年金請求権の前提になっていること、被保険者が社会保険料の支払いに対して固有の直 接の法的利益を有していること、したがって労働者は徴収機関に対して訴訟を提起する地位にあること、を判示し ている。つまり、被保険者は、使用者に未払い賃金を請求できるが、保険料に関しては、使用者に請求するのでは なく、使用者に保険料を請求できる徴収機関に対して、保険料債権を使用者に行使するように独立して主張する地 位にある。   (ⅱ)   以上を踏まえれば、近年、低賃金化している労働者にとっても、保険者に保険料の遡及的徴収を求めるこ とは、将来の年金額を引き上げ、また雇用保険の失業手当を増額する上で重要な権利といえる。労働者は、被保険 124

(26)

[資料 3 ]社会保険料の遡及的徴収の申請書 申請日 申請者:氏名     住所 受領者: ・ ・ ・保険者(徴収機関の医療保険者) 社会保険料の遡及的徴収の申請書  ・ ・ ・医療保険者御中 連邦労働裁判所は2010年12月14日に派遣労働及び人材サービスエージェンシー(PSA) のためのキリスト教労働組合同盟 CGZP が組合であることを否認しました。これをもっ て CGZP が締結した労働協約は最初から無効になります。したがって、労働者派遣法9 条2号によれば、派遣先の比較しうる労働者に支給されている額での賃金を請求する権 利があります。私は2006年から派遣会社に雇用され、以下の派遣先で就労していました。 派遣元 派遣先 業務 年 月 日から 年 月 日まで 年 月 日から 年 月 日まで 年 月 日から 年 月 日まで 私は、徴収機関としての貴殿に、合法的な社会保険料総額を派遣先事業所に確認するこ と、そして実際に支払われた賃金と「平等支払い請求権」の差額を遡及して派遣元に、 予備的に派遣先にも(4編28e 条2項)徴収することを要求します。  私が保険料の徴収を主張する権利は、連邦社会裁判所1996年8月13日の判断(下線筆 者)から明らかです。社会保険料の確認及び徴収に私が直接に法的利益を有しているこ とは法定年金保険における受給から明らかです。    敬具  (署名) 者 と し て も、 保 険 料 請 求 権 が「平 等 な 賃 金」請求権を基底として成立していること を前提に、保険料の支払いを求める固有の 権利を有している。    ( 2)   小括   連 邦 労 働 裁 判 所 二 〇 一 〇 年 判 決 を 通 じ て、使用者には、労働者からの「平等な賃 金」との差額請求権に加えて、それに応じ た保険者からの差額保険料請求権が成立す る場合に、差額保険料債務がどの時点にま で遡及するのかが、目下、実務上の問題に なっている。四年前への遡及払い義務につ いてのドイツの議論動向に注目しつつ、わ が国では遡及的成立について極めて抑制的 な 運 用 を (Ⅰ 章) 、 見 直 す 議 論 が 必 要 で あ る。さしあたり、地方裁判所の判決である が、解雇期間中の被保険者資格の回復につ いて行政の説明義務があるとする判断を示 125

(27)

しているものがある。裁判 ( 50) 所は、被用者保険関係が解雇された時点に遡及して被用者保険に加入できること、つま り 被 保 険 者 資 格 を 回 復 す る 方 法 を 説 明 す る 義 務 が 行 政 に 生 じ る、 と 判 示 し て い る。 わ が 国 で は、 過 去 に 遡 及 し て 「被保険者資格を回復する方法を説明する義務」という論理を手がかりに検討することが課題となろう。 (注) ( 1)   NZA 2009, S. 740ff. 本件決定はベルリン・ブランデンブルグ州労働裁判所二〇〇九年一二月七日決定により確認されている。 ( 2)   大橋範雄『派遣労働と人間の尊厳』 (法律文化社、二〇〇七年)一〇三頁以下参照。 ( 3)   さしあたり、 Park/Schüren, Arbeits ­, sozial ­ und strafrechtliche Risiken bei der Verwendung von Scheintarifverträgen, NJW

2008, S. 3670ff.; Ulber, Wirksamkeit tariflicher Regelungen zur Un

gleichbehandlung von Leiharbeitnehmern, NZA

2009, 23 2, 235. ( 4)   R olf s, D ie Ze ita rb eit im B eit ra gs ­ u nd L eis tu ng sr ec ht d er S oz ial ve rs ich er un g,V ier te lja hr es sc hr ift fü r So zia lre ch t 20 09 , S . 159ff; Schüren und Wilde, Selbständige und akzessorische Beitragsansprüche bei nichtigen Billigtarifverträgen in der Leiharbeit, NZS 2009, S. 303ff. ( 5)  

Schüren und Wilde, a.a. O., S. 303.

6)

 

Die CGZP kann keine Tarifverträge schliessen, Pressemitteilung

Nr. 93/

10.

7)

 

Pressemitteilung, ebenda; Sozialkassn vor Beitragsverlusten bew

ahren, BT ­Drucks. 17/304 2 v. 28. 09. 20 10, S. 1. ( 8)  

Udsching/Link, Aufhebung von Leistungsbescheiden im SGB II, SGb

2 007, 5 13, 5 19. ( 9)   最 低 賃 金 を め ぐ る 議 論 に つ い て は、 名 古 道 功「労 働 者 の 生 活 保 障 シ ス テ ム の 変 化」 『社 会 保 障 法』 二 四 号(二 〇 〇 九 年) 一四三頁、根本到「ドイツにおける最低賃金規制の内容と議論状況」 JIL 五九三号(二〇〇九年)八五頁。 ( 10)  

Arbeit und Recht

2009,

18

2 ―

183.

(28)

( 11)   BAG Urt. v. 4. 2. 198 1, AP §2 42 BGB Gleichbehandlung Nr. 45. ( 12)   AP §1 38 BGB Nr.63. ( 13)   DB 2009, 1599 ―1 60 1.連邦労働裁判所二〇〇九年四月二二日判決は社会裁判所にも継承され、失業手当Ⅱ受給者が「賃金搾取」 を 理 由 と し て 離 職 す る 場 合 に、 二 編 三 一 条 の 制 裁 規 定 の 適 用 可 否 を「協 約 賃 金 の 三 分 の 二」 の 基 準 を 用 い て い る も の が あ る(ハ ン ブルグLSG二〇〇九年七月一六日[結論は三一条の適用を認容している] 、ドルトムント社会裁判所二〇〇九年二月二日判決) 。 ( 14)   Spindler, Anmerkung von Arbeitsgericht Stralsund Urt. v. 26. 1. 20 20, info also 20 10, S. 133. Auch vgl. Schubert, Das Normal­

arbeitsverhältnis in der arbeits

­ und sozialrechtlichen Wirklichkeit, NJW

20 10, 26 13, 26 18. ( 15)   福祉領域の最低賃金規制の契機となったのは、

LAG München Urt. v. 03.

12 . 2 009 である。 ( 16)  

Arbeitsgericht Stralsund Urt. v.

26. 0 1. 20 10, info also 20 10, S. 12 8ff. 本件被告が雇用している女性労働者A (料理補助者) は時 給 一・ 八 八 ユ ー ロ か ら 二・ 一 一 ユ ー ロ、 別 の 女 性 労 働 者 B の 時 給 は 一・ 一 四 ユ ー ロ か ら 三・ 三 三 ユ ー ロ と い う 低 さ で あ る。 原 告 で あ る 労 働 エ ー ジ ェ ン シ ー は、 通 常 の 賃 金 の「三 分 の 二」 未 満 の 水 準 と い う 良 俗 に 違 反 す る 賃 金 し か 支 払 わ れ て い な か っ た こ と、 自 ら は 月 額 七 九 三・ 八 八 ユ ー ロ か ら 一 〇 五 八・ 一 二 ユ ー ロ 支 払 っ た こ と か ら、 被 告 に 一 〇 編 一 一 五 条 一 項 に 基 づ き 償 還 を 請 求 し て い る。なお、別の事案についてもすでに

Arbeitsgericht Stralsund Urt. v.

10.

2.

2009 Arbeit und Recht

2009, S. 18 2ff. がある。 ( 17)   Spindler, a.a.O., S. 13 2. ( 18)   Schüren und Wilde, a.a.O., S. 303; Buntenbach, Arbeitgebern drohen Nachzahlungen von Löhnen und Sozialbeiträgen, Soziale Sicherheit 20 10, S. 11 0ff. ( 19)   さ し あ た り 湯 浅 誠『反 貧 困』 (岩 波 新 書、 二 〇 〇 八 年) 一 九 頁 以 下。 労 働 分 野 で の セ ー フ テ ィ ネ ッ ト の 捉 え 方 に つ い て は、 和 田肇「セーフティネットとしての雇用の保護」労働法律旬報一六九八号(二〇〇九年)六頁以下。 ( 20)   Eichenhofer, Sozialrecht und Privatrecht ­Komplexe und komplizierte Wechselbeziehungen, in: Söllner u.a. ( Hrsg. ), Gedächt ­

nisschrift Meinhard Heinze,

2005, S.

145,

15

1ff; ders, Sozialrecht, 7. Aufl.,

20 10, Rn. 196. ( 21)  

Schulin/Igl, Sozialrecht, 6. Aufl.,

1999, S. 46.

(29)

( 22)

 

Waltermann, Sozialrecht, 8. Aufl.,

2009, Rn. 24 ­2 6. ( 23)  

Waltermann,Abschied vom Normalarbeitsverhältnis?,

20 10, Deutscher Juristentag, 20 10, S. B 47. ( 24)   社 会 法 典 四 編 ( 社 会 保 険 ) 七 条 に 関 し て 、 B er ch to ld , in :K re ik eb oh m , S pe llb rin k, W alt er m an n ( H rsg . ), K om m en ta r z um S oz ial­ re ch t, 2 009, §7 SGB Ⅳ Rn. 49ff.   ( 25)   雇 用 保 険 の 適 用 基 準 に つ い て、 上 田「有 期 雇 用・ 派 遣 労 働 者 に 対 す る 失 業 時 所 得 保 障 に 関 す る 一 考 察」 『福 島』 二 二 巻 三 号 (二〇一〇年)一六頁以下。   ( 26)   Berchtold, in: Kreikebohm, Spellbrink, Waltermann ( Hrsg. ), a.a. O., §7 SGB Ⅳ Rn. 50. 社会法典四編二八e条による規律につ いて、上田、前掲論文三七頁。 ( 27)  

Schüren und Wilde, a.a. O., S. 303.

( 28)   社 会 保 険 の 成 立 原 理 に よ る( Reipen,Dubiose Gewerkschaften ­ Sozialversicherungsrechtliche Risiken für Zeitarbeitnehmen

und ihre Kunden, NZS

2005, S. 407ff.

)。

29)

 

Reipen, a.a. O., S. 4

10.

派遣元の負担責任は過小評価されるものではない、と指摘されている(

Park/Schüren, a.a. O., S. 3673

)。 ( 30)   SozR 4 ­2 400 §2 8e Nr. 1. Auch Schleswig ­Holsteinisches LSG Urt. v. 28. 11 . 2 007. ( 31)   BGH Urt. v. 14. 07. 2005; BGH Urt. 0 2. 12 . 2 004. ( 32)   LSG Baden ­Würtemmberg Urt. v. 14. 09. 2004. ( 33)   詳細については上田、前掲論文、二七頁以下。   ( 34)   LSG NRW Urt. v. 27. 07. 2009. ( 35)   Bayerisches LSG Urt. v. 07. 08. 2008 ( L 9 AL 63/03 ). ( 36)   Schüren, in: Schüren/Hamann, Arbeitnehmerüberlassungsgesetz [ AÜG ], 4. Aufl., 20 10, §1 0 Rn. 253. Auch vgl. BT ­Drucks. 17/ 1121 , S. 3. ( 37)  

Reipen, a.a. O., S. 407.

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