21世紀における、管打楽器教育を通じた人間形成のパラダイム構築とその重要要素の解析
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(2) 『芸術・スポーツ文化学研究 2』 21 世紀における、管打楽器教育を通じた人間形成のパラダイム構築とその重要要素の解析. 執筆者名 渡部謙一 北海道教育大学岩見沢校音楽文化専攻准教授. はじめに. 時代の流れによって進化する人間文化の変遷は、若い世代とりわけ中学校高校から大学まで の人間形成の基盤となっている。本論では、現代日本において最も人口の多い部活動である吹奏 楽に着目し、管打楽器を演奏すること、そして音楽を演奏することによって受ける人間形成への 根本的意義、様々な視点を持って論ずるものである。そこでは、音を扱うという表面的な行動の 影に内包された、人間が生きていくうえで必要とされる普遍的価値観を構築するパラダイムの 始点となるものを詳らかにしていっている。. 第1節. 多様化社会と吹奏楽. (1) 多様性の本質 21 世紀の現代に生きる私たちは、働き、食べ、眠り、学び、一日を過ごし、また次の 一日を迎えていく中、多種多様な文化の海を泳いでいる。その文化発展はとどまるとこ ろを知らず、同時に多彩な価値観も存在することになり、人間にとって「本当にいいも の」、「実はあまりよくないもの」の違いが不鮮明になってきていることも事実である。 このような世の中にあって、より多くの人が集まる文化というものには、多くの人をと らえて離さない何らかの魅力が潜んでいると考えられる。それらは、予告なしに突然爆 発的に生まれてくるものもあれば、長い時間をかけて発展成長を遂げてくるものもある。 一般的に言って、爆発的なものは、極めて刹那的な強いエネルギーを放出し、短い期間 で収束することが多い。反面、長い時間をかけて成長してきた文化価値は、多くの人の 耳目にはあまりかからない時期を経て、少しずつ少しずつ世に露出するようになり、次 第に、より多様なエリアでその価値を発揮することになる。その未来への光は、わずか の人にしか感じ取られないかもしれないが、長い時間を経て着実に影響力を持った価値 観へと成長していくことで、より多くの人たちへと認識されるに至るのであろうと考え.
(3) る。 (2) 現代日本の吹奏楽の発達と現状 そういった、影響力ある「成長株」としての文化に吹奏楽がある。近年では、映画や ドラマ、そして漫画にまで吹奏楽が取り扱われ、とりわけテレビの影響もあって吹奏楽 人気は隆盛を極めているといっても過言ではない。全日本吹奏楽連盟資料によると、現 在、連盟に登録している団体数は約 14000 余。ここに小学校から中学、高校、大学、そ して一般とカテゴライズされており、一団体当たり、仮に最小で 20 人、最大で 80 人の 人員を保有しているとして一団体当たり平均 50 人のメンバーがいるとすれば、現時点 で、70 万人以上のアクティヴな吹奏楽従事者がいることになる。これに加えて、連盟未 加盟団体及び、個人愛好家等を考えると 100 万人は優に超える人口を吹奏楽は有してい る。毎年行われる吹奏楽コンクールは、最も大きな朝日新聞社主催のもの以外に、全国 規模のものは数種類存在し、そのコンクールのチケットがプラチナチケットすることも 今では通常のこととなっている1。これだけの人口を毎年毎年学校の部活動として排出 し続けた結果、一説では、日本全人口の 1 割から 2 割近くが吹奏楽従事者及び経験者と 言われている2。 こういった、現代日本の吹奏楽界の中核をなすのが、小中高の学校吹奏楽、すなわち、 「部活動」の吹奏楽である。その演奏レヴェルはもはや、他国の追随を許さないものと なって久しい。そのレヴェルを表す一例がある。アメリカのさる有名作曲家の作品の中 には、アメリカ本国の吹奏楽団のレヴェルでは編曲することを許さず、日本の団体のみ 編曲が許されているものがあるほどである3。また、日本における学校吹奏楽部のコン クールでの演奏は、世界的に見ればもはや完全に一般的なアマチュアレヴェルとしての 想像の遥か上を行くものになっている。この吹奏楽のシーンでは、毎年枚挙にいとまが ないほど新しいレパートリーが生まれ、大きな流行を作り上げ、その楽譜の販売やレン タルがひとつのビジネスとなって確立されている。また、全国トップクラスの高校吹奏 楽部の中には、メージャーレーベルから CD を出し、オリコン上位に入る売り上げを見 せたところもあるほどである4。 このような高レヴェルに到達し、社会的にも大きな影響力を発揮しつつある日本の 「スクールバンド」のほとんどは、多種な練習メニューをこなし、週末及び祝祭日も休 み無く練習しており、他の部活動が半日で終わるところが少なくない中、基本的に一日 中練習に時間を費やしている。また、こういったスクールバンドの多くは、学校単位で の最大部員数を保持している場合が多く、少子化のわが国にありながらも、都市部では 部員数の減少がそれほど顕著でないところも多い。特に高校では、少子化による生徒数 減少により、学年ごとのクラス数減少の傾向にありながら、部員数が 15 年前 20 年前と ほとんど変わらないところも見受けられる。ほぼ毎日練習し、学習塾等習い事も別に持.
(4) っている子供たちも多い中、高い部員保有率を誇っている事実が存在する。またむしろ、 学習塾側も、吹奏楽部の練習時間に合わせた講習時間を設定しているところもあると聞 き及ぶ。「ゆとり教育」という実験的教育システムが導入されていた数年前のような、 「学校以外の自主的活動」が奨励されていた時期にこそ、このような「多忙」な部活動 が淘汰されてもおかしくは無かったのにもかかわらず、むしろそのころにこそ吹奏楽部 員数増が助長されたようにも見受けられる。どうしてこのような現象が起きているので あろう。おそらくそこに間違いなく、子供たちをひきつける「何か」が存在しているの ではないかと考えられる。多様性の時代にあって、学校教育活動における、あくまでも 副次的な要素であるはずの部活動に、それも吹奏楽に子供たちが惹きつけるための何か がそこにあるのではないかと考えられる。 (3) 音楽教育の社会形成への影響と現代的意義 ここに、近年アメリカの教育研究分野において注目すべき発表がある。それは、音楽 のトレーニングを行うことで知能が高まる、というものである。これに関してノースウ ェスタン大学は、Science Daily という研究広報サイトで以下のように伝えている。 Music training、begun as late as high school, may help improve the teenage brain’s response to sound and sharpen hearing and language skills, suggests a new study. The authors say that these results highlights music’ place in the high school’s curriculum.. (遅くとも、高校生のうちに音楽の訓練を行うことで、何らかの形で、10代の子供 たちが言語をはじめとする音自体にたいしての脳の反応が磨かれるであろう。そして、 学校での授業カリキュラムでの音楽の地位が上がっていくだろう。 筆者訳) これは、2015年6月20日付での、Proceeding of the National Academy of Sciences にその研究結果が掲載されたもので、研究主幹のニナ・クラウス博士(神経生物学)は ここで、音楽での指導が学習能力向上に強く影響することを説いている5。 また、2014年10月14日付のウォールストリートジャーナルでは、このクラウ ス博士の研究の多様性を紹介している。クラウス博士は「音楽のレッスンを行うことで、 貧困地区と富裕地区の子供たちの学業成績のギャップを小さくすることが出来る」と論 じている。ウォールストリートジャーナルでは、この研究は、危機的な教育機器に直面 しているアメリカの社会全体にとてもきわめて有益なものと評している。現在アメリカ の学校生徒の平均的学力は他国と比べても大きく遅れをとっており、学習障害の子供が 全体の5分の1に達するといわれているほど大きな社会問題となっており。これに対し て多くの解決策が試みられているが、抜本的な結果を残せたものはほとんど無いともこ こには書かれている。ゆえに、音楽技能を用いた様々な練磨が、人間力向上をきっかけ となり、ひいてはまちまちの環境向上に役立つと、ここで論じられている6。.
(5) 上記のような研究結果が、現代日本の学校生徒たちの多く知られているとは考えにく いが、彼ら彼女らが何らかの形で、「自分たちを向上させたい」という、ほとんど認識 されていない内なる声によって、音楽することに、吹奏楽することに向いていっている のではないかと思われないだろうか。だが、吹奏楽部は一般的に言ってどこも非常に忙 しい。ほぼ毎日休み無く練習している。しかし、学校内及び地域のイヴェントへの出演 も多く、毎年行われるコンクールは前述のように世界的なレヴェルにあるゆえ、部活動 としての魅力があるのかもしれない。しかし、学業に差し支えるほどの影響が出てもお かしくないほど忙しく、たとえば学校として進学に影響が出てくることも大きく考えら れるにもかかわらず人が集まるということは、部活動としての魅力だけではない、もっ と根源的なところに大きな何かがあると考えられる。第一、学校ごとに強い部活動やア クティヴな部活動は違っている。運動系の部活動にたくさん人が行ってもなんらおかし いことではない。それでもなお、全国的に見て押しなべて吹奏楽に人が行く理由とは何 か。そこをもう少し掘り下げてみる必要があるのではないだろうか。 (4)現代性の脆弱性を補う音楽訓練 テクノロジーが進化し便利な社会になり、活発に体を動かすという「運動」無しに今 は生きていくことが出来るが、それでは何か「物足りない」と、人間本来の意識の中で 感じているのではないだろうか?家族団らんでテレビのチャンネルを変える際に、昭和 のころならばテレビの前まで行きチャンネルを「回さ」なければならなかった。今なら、 その場から動かずリモコンで「ピッ」。お風呂を沸かすなら、昔ならガスに火をつける、 もっと前なら薪を割らなければならなかった。今ならやはり、スイッチひとつで「ピッ」。 その昔、高度経済成長に育った、この平成時代を牽引する役割を持つ筆者のような中高 年世代は、音楽が聞きたければレコードを買いに、街の店舗まで赴き、希望の物がすぐ 手に入る時代ではなかったのでカタログを見て注文し、首を長くして待っていた。FM 等のラジオも、エアチェックと称して、カセットテープレコーダーをラジオとつなぎ録 音し、繰り返し聞いていた。もちろん今のようなデジタル記録機器も無ければ、インタ ーネットも無い。いまや、インターネットで注文し、クレジットカードで決済すれば瞬 時にして入手できる。そして YouTube 等を用いることによって、代金支払い無しに膨大 な音楽を享受できる時代が、現代である。 そのような時代でもなお、多くの子供たちはなぜ、毎日練習しなければならない部活 動に向くのだろう。そこには、人間が本来持っている能動性が強く関係すると考えられ る。児童生徒の世代すなわち小学校世代から思春期を経て中学高校と進む世代が最も心 と体の成長するときである。これは生まれながらにして人間が持っている本能的な動き である「能動性」がもっとも活発な時期である。ここでは心と体がせめぎあいながら微.
(6) 妙なバランスをとりつつ発達する。ということは、文化的利便性の高くない時代に生ま れ育った筆者の世代は、現代の思春期の子供たちと比べて、より利便性の高さを生むも のを欲することにより、精神と肉体のバランスをとっていたのだと考えられる。すなわ ち、現代の子供たちは利便性に優れた時代に生きていることで、精神的かつ身体的なバ ランスをとるために、敢えて、手間のかかる、面倒くさい作業に向いていく傾向を持つ という、筆者の世代とは逆の方向に向かう傾向にあることが想像でき、むしろ、それは 自然のことであろうと考えられる。したがって、この吹奏楽の持つ様々な特徴を考察し、 人間成長のための有効性を紐解くことで、より多様性に満ちていくであろう未来を担う 子供たちの成長パラダイムを構築できると考えるところである。 第2節 「音」の本質、そして想像力と創造性 (1)「音」の真の姿とは では吹奏楽の根本となる「音」 、そして「音楽」そのものについて考えてみたい。 だがその前提として、ひとつ基本的な考え方を確認しなくてはならない。それは、こ の地球上には、 「自然」と、 「人間が作ったもの」の二種類しか存在していない、という ことである。木々の緑、さえずる鳥たち、色鮮やかな虫たち。これらはすべて自然であ る。雨風、雪、霧、寒暖の変化、新緑や紅葉。これらもまた自然のものであり、そこか ら生み出される音もすべて自然のものといえる。他方で、建築物の数々、機械、道具と いわれるもの、そして楽器等も、すべて人間が作ったものすなわち人工物である。では、 それら人工物から発せられた「音」、自動車の騒音、建築中の機械の音、そして楽器か ら響く音、これらはすべて人間がこういった人工物を操作することで何らかの音を生み 出している。これらの「音」も完全な人工物なのだろうか。 見方を変えてもう一度「音」について考えてみる。「音」とは;物の振動によって生. じた音波を、聴覚器官が感じ取ったもの、また音波(小学館 大辞泉2008年度版)。 人間の耳に聞こえるのは、振動数(周波数)が毎秒 12~2 万ヘルツの音波。しかしこの 「音」は、前述のとおり、地球上には基本的に 2 つのカテゴリーに分けられたものしか 存在し得ない。それらは、 「自然」な音と、 「人為的」な音である。この地球上には、こ れら 2 つにカテゴライズされた以外の「音」は存在しない。風のそよぐ音、波の音、鳥 のさえずりや虫の声、動物たちの声、等。これらはすべて自然のもの。即ち人間が作り えないもの、であるといえる。それに対して、自動車のエンジン音、工場のモーター音、 足音、ものづくりの槌音等、こういったものはすべて、「人間の作ったもの」が「生み 出した」音であり、人為的な音であるといえる。人の怒鳴り声、叫び声、鳴き声、等も すなわち人為的な音である。だがこれらは音楽として成り立つ「音」とはいえない。で は音楽を構築するための音はどういったものなのであろう。.
(7) (2)音楽の「音」の真の姿とは この観点で考えると、「音楽」として存在し得る音を作ることが出来るのは地球上で 「人間」のみである。では、「人間」とは自然なのだろうか、人工物なのだろうか。人 間は確かに母親から生まれてくる。そしてその母親もまた母親から、となる。この観点 だけでいえば人工物に考えられなくはない。だがしかし、自然物としての定義として考 えられる、 「人間の力ではどうしようもない」 「人間が制御し得ない」物を持っている時 点で、「人間」とは「自然」であるといえる。髪の毛が伸びるのを、禿げ上がることを 止めることは出来ない。歯が生え、抜けていくことを止められない。おなかがすくこと を、排便すること求められない、等、枚挙に暇が無いほど、人間には、人間自身で制御 できない要素を多く持っている。ゆえに人間とは自然であるといえるのである。したが って、 「音楽」とは、自然物である「人間」が、その意志を持って音を生み出し、何らか の感情をこめることで構築性を持たせたものであるといえる。では再び問わなくてはな らない。音楽とは人工物といえるのだろうか。 次に「音」そのものの性質について考えたい。人工的に作られた音も、自然の音も、 どちらも発せられるとすぐに空気中に「漂い」 「響き」そして「拡散し」 「溶け込み」 「消 えて」ゆく。人間の手ではいかなる方法でも「原形」をとどめた形で残すことは出来な い。「録音」という人為的な方法を使う以外には。したがって「音」自体もまた、その 発生源は異なっても「自然」のものとなっていくことがわかる。 したがって、発生源のいかんにかかわらず自然物である「音」を人間が「奏でる」と いうことは、自然物と人工物の両方の要素を持ったものを作ったということになるので はないだろうか。したがって「音楽」とは、すなわち、それら両方の要素を持ったもの であるといえるのである。見方を変えれば、人間自身が何らかの感情表現や、主張の表 現として用いていた音楽とは、人間同士のコミュニケーションツールであると同時に、 自然とのコミュニケーションツールであるとも言えるのではないだろうか。なぜなら、 音楽することが人間自身の発生源である自然への回帰であるとも考えることが可能だ からである。このことはちょうど、多くの人々がバカンスで海や山に出かけ、自然と触 れ合うことと類似する。人工物である「都市」に住んでいる人々こそこぞって自然に触 れるようとする。しかしながら利便性にあふれた「住み心地」を追求した「都市」もま た人間が発展進歩していくうえで必要性と必然性の中に生まれたものである。故に、自 然にあふれた環境に住んでいる人たちは、都会に興味を強く持つ傾向を見せるわけであ る。「音楽」にはこれと同じ性質も存在し得ないだろうか。すなわち「音楽」とは、人 間が生きることそのものを体現したものであるともいえないだろうか。ゆえに、若者た ちが自分の成長のためのバランスをとるために音楽に傾倒することは、この「音」その ものの価値や意義から見ても至極当然のことであろうと思われるのである。.
(8) (3)想像力を育てる これまでの考察をもとに、ここからは音楽的思考を軸にした、人間における想像力及 び創造性育成のメソードについて考えたい。以下はこれまでに行った様々な指導ワーク ショップでのメソードとその結果である。 ここに平面(黒板やホワイトボード)があり、小さな点が一つ打ってある。 この点から、点以外の物を想像させる。 図1 多くの生徒たちは、「ほくろ」、「ごま」「砂」、と言った、即物的なアイテムまでで想 像力が止まることが多い。だが、演奏レヴェルの高い部活動や、自然に溢れた環境地域 の学校の生徒たちの中には、ここから一歩発展的な想像力を発揮する子たちがいること がある。そこで出てくる反応は「穴」、 「シャープペンシルの芯」、 「箸をタテに見たもの」、 「ドラムのスティック」、と言ったもの。すなわちこれらは創造的視点の違いを表して いる。前者の視点は平面的であり、後者は立体的であると言える。またこのあと、 「穴」 から、「蟻の巣」を想像し、その奥に沢山のアリや繭がある事を想像することができた り、スティックの形状にイメージ膨らんでいったりするように発展していく。 次の段階として、平面に直線を描く。 図2 多くの生徒たちはこれに対して、 「線」、 「ヒモ」、 「糸」、 「ミミズ」 、と言った、やはり 平面的な想像でとどまりがちである。ここで、もっと奥行きを感じるように促すと、 「地 平線」、 「水平線」という回答に発展する。この線の後ろに太陽が昇りまた沈む様子を想 像したのである。だがもう一歩進化した想像力を育んでほしい。例えばこの直線が「ポ ケット」に見えないだろうか。「郵便ポスト」や「貯金箱」の口に見えないだろうか。 とある優秀な吹奏楽部では、直線の書かれた黒板と、その上に設置してあった二つのス ピーカーとを組み合わせて、「カエル」という回答を出すところもあった。これは素晴 らしい想像力ではないだろうか。 そしてこういった想像力を音楽に結びつけるための次のステップに進みたい。.
(9) 図3 上記の楽譜を見てわかるように、一般的に楽譜とは「平面」である。この「平面」上 に音符が記され、また、補助的な役割の種々の記号や文字が書かれている。これらすべ ての音符および記号を「立体的」に扱う想像力を持たせたい。例えば「f (フォルテ) 」 は、音符が力強く濃くなるかのように、「 ≻ (アクセント)」は強調されるように楽譜 から飛び出し、クレッシェンドやディミニュエンドは、音量がズームアウト、ズームイ ンするような形になるように。楽譜を数学的なX軸Y軸で表現される二次元的なものか ら、様々な記号によってZ軸を加えた三次元的すなわち立体的な、「飛び出す絵本」の ような発想力が、実際に楽譜に書かれているものを「音」に「創造」するために必要と 考える。「目に見えない」音というものへの感覚を、さも「目に見えるもの」であるか のように音を創造し具現化することが、 「演奏」という音楽にしかない「行動・作業」な のである。この想像力という「心の働き」と、その想像力を演奏という形で創造すると いう「肉体の動き」のコンビネーションが音楽といえる。 (4)「共感覚」を「意識」する 同時に、より多様なイマジネーションを働かせ深めることも重要である。それは、ま た別のファクターで上記のように多元的な感覚を持つということである。たとえば、明 るさを象徴することが多い長調の作品から悲しみを感じとる。悲しみを多く含むことの 多い短調の作品から、前向きなヴァイタリティーを感じ取る。こういった相反するイン プレッションを作品から感じ取るということである。この種の感覚は一般的に「共感覚」 7. 、といわれ心理学的な見地で論ぜられる。 「音」という物理的見解で論ずるところの空. 気の振動(もしくは刺激)に対して、通常「音」として「聞こえる」つまり聴覚的感覚 とは異なる感覚でものをとらえる能力を意識し養うことがポイントである。目に見えな い「音」から「色彩」の濃淡や明暗を感じ、肌で触れられない「音」から温度の寒暖を 感じる。もしくは、空気中を漂う音に速度を感じ、形や硬度をイメージする。これらを、 多くの人間は実感を持って認識することを意識的には行わないことが多い。しかしなが ら、音楽を演奏するということは、作曲した人間のイマジネーションを内包した音楽作 品を演奏することで、こういった共感覚的想像力を働かせ、自分の心の中でより深く実 感し、また、実感している事をより具体的に認識することからはじまるとも言える。こ のような感覚涵養を若い世代に習慣づけさせることで、単に音楽演奏のためのトレーニ ングとしてではなく、個人個人の前向きな意思や主体性を持たせることに役立てられる と考えている。 (5)感覚と脳生理との合致.
(10) ここから、音楽を身体生理学的に考えたい。それは、音楽演奏がより物理的生理的に 人間の脳の発達に大きな刺激と栄養を与える媒体となっているのではないのか、という 考え方である。そのもっとも本質的なところに「呼吸」がある。音楽演奏は、ほぼすべ てのカテゴリーにおいて、甚だしい「意識的呼吸」を必要としている。呼気が音の振動 の根本である管楽器や声楽だけでなく、弦楽器も鍵盤楽器もそして打楽器も、演奏する 際に、あえて大きく呼吸することが不可欠である。なぜなら、呼吸は生命維持の根本で もあり、イコール人間の心・意識の根本でもあるゆえに、私たち音楽家は甚だしく呼吸 を行うことで意識をより活性化させることで、聴衆に自らの肉体でつむぎだした音に 「心」を織り込んでいると信じている。その結果、聴衆だけではなく、演奏者自身の精 神的充足感が生まれることが、ある種の心理的な「楽しみ」となっていることが、演奏 を続ける原動力となり、より心理的精神的な健康状態を保つことが出来るとも信じてい る。 だが、より根源的な脳内活動が、呼吸とともに進行しているはずである。本来呼吸は あくまで生命維持のためのもののはずである。それゆえに、延髄等が司る「呼吸中枢」 の「無意識下」で、止まることなく、生きている間ずっと呼吸活動は行われ続けている 8. 。ということは、音楽演奏のための呼吸は生命維持とは基本的には直接的な関連が薄. いとも考えられる。 では呼吸の基本的システムを確認したい。呼吸とは、空気を吸い、肺に入り、その中 の肺胞で酸素を取り出し、赤血球中のヘモグロビンに乗せて体内を巡らす事である。そ の酸素は例えば疲労した筋肉に溜まった乳酸と結びつき、化学反応を起こして、最終的 に二酸化炭素となって呼気となって吐き出される。もしくは体内脂肪を燃やすことで運 動性をあげて活発な筋肉運動を促進したりもする。こう考えるといかにも、呼吸はフィ ジカルな要素に主に使われるとイメージしがちである。その実、一回あたりの呼吸によ って「濾し取られる」酸素量のうちの、なんと20~25パーセントは常に脳に送られ るのである。また、人間が活動する上でもっとも必要な「燃料」にあたるグルコースは 酸素と結びつくことで大きなエネルギーを生み出し、人間の様々な活動を支えているわ けだが、驚くべきことに、その80パーセントは脳が消費しているといわれている9。 ここでもう一度演奏行動に視点を移したい。演奏する際の呼吸は、生命維持のそれと は関連が薄く、明らかな「意識呼吸」である。だがその「意識呼吸」のたびに30パー セントの酸素は脳に向かい、グルコースと結びついて脳内で大きなエネルギーを生み出 すことになる。当然脳内活動は活発となり、その影響は肉体に様々な積極性行動に起こ させることにはならないだろうか。また、脳は様々な学習行動の際、ある一定の回答を 見つけたりする際、何らかの理解度を示したときに「発火」すると言われている。そう やって脳神経細胞は成長していくと知られている。したがって、音楽演奏そして練習は、 本来「呼気を」音の創造に使うために「息を吸う」事を必要とした結果、まさに、多量.
(11) の呼吸とエネルギーを脳内で消費することになり、結果的に脳活動が活発になるわけで ある。これは、前述のアメリカの研究結果と合致するものである。呼吸という人間の本 能的活動が、単なる生命維持のためではなく、創造的活動の根本であるということであ る。このことこそが、前述のアメリカの研究である、「音楽が若い世代の発育に重要な 影響力がある」というファクターの根拠であり、若い世代の発達に如何に音楽が重要で 「栄養に富んだ」要素であることの象徴的事実ではないだろうかと考えられる。 おわりに (1)現代文明と問題提起 ここまで、吹奏楽そして音楽に取り組むこと有効性及び基本的なパラダイム(メソー ド)の確立について考察してきたが、最後に、現代の子供たちへの問題提起をしたい。 前章で、利便性の高い社会がゆえに、あえて「面倒くさい」「ストレスの多い」もの に子供たちが向かうのではないかということを論じたが、それゆえに、根本的な改善を 目指すべきところも多く見受けられるように感じられる。この視点から言って最も考え なければならないのは、日常生活において「敢えてよく考えなくてはいけないこと」や 「身体を使わないとできないこと」が現代人は日々少なくなっているということである。 本論第1節(4)で説いた現実を再び考える。現代人であれば、まず、テレビのチャン ネルを変えるため、近くにおいてあるリモコンを操作すればよい。お風呂を沸かすにも、 壁についているスイッチを一つ押すだけでいい。J-POP の新曲を聞きたければ、インタ ーネット経由で購入できる。一昔前であれば、テレビのチャンネルはツマミを回しに行 かなければならなかった。風呂を沸かすためにはまず、風呂桶に水がたまるまで待ち、 ガスに火をつけてちょうどいい温度にお湯が沸くまで待っていなければならなかった。 桶から水があふれ出ないように、お湯が煮えたぎらないように気を付けながら。いや、 もう一昔前ならまず薪を割らなければならなかった。お湯を井戸から汲んでこなければ ならなかった。非常に手間のかかる話である。その都度身体を使い、多くのことに気を 使いながら。音楽を聴くために、以前であれば、街のレコード屋まで行き、在庫などそ れほどあるわけもなく、カタログを見て注文し、ひと月二月待つのは当たり前だった。 これらの事象は、いかにこの数十年で人間生活の利便性が向上したかを表している。 だがしかし、それゆえに、人間にとって体を動かす必要性は激減し、利便性にあふれ た社会に生まれ育った子供たちは必然的に、「無理をしないで」生きていくようになる という強い傾向を持っているように感じられる。人間成長にとって最も必要な「進歩へ の憧憬」や「発展への欲求」を今の若い世代からは感じにくくなっているように思われ る。見方を変えれば、あまりも便利な機器が世の中にあふれているために、その機器一 つ一つがどのような仕組みになっているのか、といったディテールに対しての興味や疑.
(12) 問、そして探求心が生まれにくいのではないかと思われる。それだけ完成度の高いもの にあふれているということだが。そしてこういった機器の多くは、不便な時代に生まれ 育った世代が、より利便性を求めて作り上げてきたものなのである。だが、これからの 世代もまた、利便性を追求し続け、新しいより良い社会を構築していく義務を背負って いる。そこに音楽は間違いなく深くかかわっていくであろう。 (2)「音楽」の価値再考、そして新たな人間形成パラダイム構築 ここで論じた、音楽を通じて構築する人間形成パラダイムは、今すぐに何かを変革さ せるといった類のものではなく、10年後、20年後、もしくはそれ以降の未来の人間 社会のためのものと考えている。例えばノーベル賞を見てわかる通り、21世紀に入っ てからの受賞者の対象研究のほとんどは、数十年前に受賞者が発見構築したプリンシプ ルからの息の長い研究である。すなわち今回のパラダイム構築は、若い世代がこれから 数十年の人生の歩みの中の人間としての普遍的基礎に気が付き、そこを足場に個性的な 発展を遂げてほしいと望む一転で、成されているものである。 確かに、数多くの著名人が自分の成功の一因の一つに音楽経験を挙げている例を多く 見聞きする。2013年のノーベル医学賞を受賞したスタンフォード大学のトーマス・ スドフ教授は、ノーベル賞受賞は自分が木管楽器のファゴットをやっていたおかげだ、 といっている。また、相対性理論のアルベルト・アインシュタインは6歳からヴァイオ リンを習っており、その音楽的知見が自分の物理学的研究の根本の一角をなしていると も語っている。前述のクラウス博士の研究にあるように、やはり、音楽経験が大きな影 響を若い世代の人間形成に影響していることは間違いないであろう。また、大学最高峰 のひとつ、アメリカのハーヴァード大学では、専攻のカテゴリーを問わずすべての学生 に音楽を学ぶことを奨励している。長い伝統と格式と世界最上級の教育を誇る名門が、 人間を育てる上で音楽が絶対に必要であることを、大学自体が教育の上で実践している、 ある意味世界最大級の例といえるだろう10。もちろん、だからといって、ここで、若い 世代全員が必ず音楽を嗜まなければならないよう強制するものではない。今回題材とし た吹奏楽もしくは音楽が、人間形成における普遍的必要要素を多く含んでいることを論 じ、そして、音楽を部活動及び趣味として生きる道の傍らに置いておくことで、人間ひ とりひとりの個性的で主体的な人生の歩みを遂げていくエネルギーとしてほしいと考 えているだけである。 今回の研究を一つのスタートとして、実際にメソード化されている種々の音楽演奏上 のトレーニングにおける意義を解析し、その具体性をロジックに研究を繰り広げていく ことで、音楽演奏のレヴェル向上はもとより、未来社会をビルドアップする主役たる学 校生徒世代の、心の奥まで迫った教育パラダイムの構築を展開していきたいと考えてい る。.
(13) 1. 2015 年度の吹奏楽コンクール全国大会のチケットは、チケットぴあ等で売り出され て約 2 分で売り切れ、数分後には大手ネットオークションで 20 倍前後の値がつい た。. 2. 渡部謙一、他吹奏楽雑学委員会、 「知っているようで知らない吹奏楽雑学事典」、 p58、ヤマハミュージックメディア、2006 年. 3. これは、映画音楽等で有名なジョン・ウィリアムスの作品のことである。彼の作品 は、アメリカ本国のアマチュアの吹奏楽、特にマーチングバンドでは編曲が許され ていない。Bands Of America 著作権セクション参照 http://www.musicforall.org/resources/copyright/copyright-resources. 4. 2014 年クラシック部門において、名だたるアーティストを抑えて、福岡県精華女子 高等学校吹奏楽部の CD がアルバムランキングで堂々の一位となった。これは吹奏 楽の CD としては初の快挙である。http://www.oricon.co.jp/news/2034129/full/. 5. Science Daily http://www.sciencedaily.com/releases/2015/07/150720154214.htm. 6. Wall Street Journal 2014 年 10 月 14 日付 http://m.jp.wsj.com/articles/SB12706435818283254423204580213501455904296?mobile=y. 7. 共感覚について 日経サイエンス 2003 年 8 月号 www.gavo.t.u-tokyo.ac.jp/~mine/japanese/media2013/synesthesia-J.pdf. 8. 呼吸困難のメカニズム 日本緩和医療学会 2011 年 https://www.jspm.ne.jp/guidelines/respira/2011/pdf/02_01.pdf. 9. 日本救急医学会 http://www.jaam.jp/html/dictionary/dictionary/word/0809.htm 北海道大学医学部講義ファイル、脳の生理 http://chtgkato3.med.hokudai.ac.jp/kougi/NuclMed/Brain_shiga.pdf. 10. 菅野 恵理子、(2015)、 『ハーバード大学は『音楽』で人を育てる』アルテスパブリ ッシング 2015 年8月(ちょうどこの研究論文を執筆しているとき)に出版された センセーショナルな音楽教育書 21 世紀の人間教育は音楽を中心としてなすべきで あるという、ハーバード大学でのある意味挑戦的な教養教育をレポートしたもの。. 参考文献 甲野 善紀、(2003)、 『古武術からの発想』、PHP 文庫 菅野 恵理子、(2015)、 『ハーバード大学は『音楽』で人を育てる』アルテスパブリッ シング 高橋 巌、(1987)、 『シュタイナー教育の方法』 、角川選書.
(14) 野口 晴哉、(2002)、 『整体入門』 、ちくま文庫 広瀬 敏雄、(1988)、 『シュタイナーの人間観と教育方法』 、ミネルヴァ書房 茂木 健一郎、(1997)、 『脳とクオリア』 、日経サイエンス 養老 孟司、(1994)、 『からだの見方』、ちくま文庫 養老 孟司、(1998)、 『唯脳論』 、筑摩書房 養老 孟司、甲野善紀、 (2002) 、 『自分の頭と身体で考える』、PHP 文庫 養老 孟司、(2008)、 『かけがえのないもの』、新潮文庫 養老 孟司、(2013)、『手入れという思想』、新潮出版 渡部謙一、他吹奏楽雑学委員会、(2006)、『知っているようで知らない吹奏楽雑学事 典』、ヤマハミュージックメディア. インターネット資料 Music FOR ALL、(2015)、Bands Of America 著作権セクション、 http://www.musicforall.org/resources/copyright/copyright-resources 2015 年 6 月 1 日 オリコン株式会社、 「福岡の女子高吹奏楽部が快挙 位」http://www.oricon.co.jp/news/2034129/full/ 2014 年 2 月 18 日. デビュー作がクラシック部門第一. Science Daily、(2015)、 「How music training alters the teenage brain」 http://www.sciencedaily.com/releases/2015/07/150720154214.htm 2015 年 6 月 20 日 Joanne Lipman、2014 年 10 月 14 日、 Wall Street Journal http://m.jp.wsj.com/articles/SB12706435818283254423204580213501455904296?mobile=y 2015 年 7 月 13 日 V.S.ラマチャンドラン/E.M.ハバード(カリフォルニア大学サンディエゴ校)、「数字に 色を見る人たち 共感覚から脳を探る」、日経サイエンス 2003 年 8 月号、 www.gavo.t.u-tokyo.ac.jp/~mine/japanese/media2013/synesthesia-J.pdf 2015 年 8 月 10 日 小林剛、(2011)、 「呼吸困難のメカニズム」 、日本緩和医療学会、 https://www.jspm.ne.jp/guidelines/respira/2011/pdf/02_01.pdf 2015 年 9 月 18 日 医学用語解説集「脳酸素消費量」 、日本救急医学会、2009 年 10 月 26 日 http://www.jaam.jp/html/dictionary/dictionary/word/0809.htm 2015 年 9 月 20 日 北海道大学医学部講義ファイル、「脳の生理」、北海道大学医学部核医学科 http://chtgkato3.med.hokudai.ac.jp/kougi/NuclMed/Brain_shiga.pdf 2015 年 9 月 20 日.
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