• 検索結果がありません。

工業構造と初期占領政策

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "工業構造と初期占領政策"

Copied!
17
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)工業構造と初期占領政策 衣 は. し. が. 本. 箪. 彦. き. 昭和30年以降の工業生廂力の展開は日本経済がかつて経験したことのないダ. イナミックな経済成長を実現してきた。 それだけに, 戦後の工業研究が昭和30. 年以降の工業構造の高度化とその展開矛盾に焦点をおいて論じられることにも. なった。 それに反して, 昭和20年代の工業構造の再生過程は単なる経済的回顧. の対象領域にはいるものとして軽視されてきたように思われる。 確かに, 戦後. 30年を経過した今日においては, それを 一つの歴史としての理解を可能にする IIり問(Iりな流れがそこにあるが, この歴史としての現代の重要性は, 工業構造に. 閲していえば, 戦前型から戦後型への構造転換の過程であり, いわば昭和30年. 代以降の工業構造高度化を準備した時期であったといえる。 したがって, 戦後. こ「文の研究において, 昭和20年代には過小に評価してはならない歴史的位置が. 見出されねばならないであろう。 われわれはこのような問題意識において昭和. 20年代の工業展開を考察しようとするものである。. その協合に問源となるのは. 連合国の対日占領政策の在り方である。 ポツダ. ム宜―占の受諾によって敗戦日本の経済活動のすべては独立まで辿合国総司令部. の竹理下におかれた。 なお. この日本経済の絶対的条件も戦後の国際関係の変. 化を反映させて曲折がみられる。 そのなかで最も明確な政策転換は昭和22-23. 年煩である。 そこで, 本稿では, 終戦から昭和21年末ばiのいわゆる "初期. ”. 占. 僻i政策期に焦点をおいて, 工業再建問題に対する連合国総司令部と日本政府の かかわり合いを論じ,. lj以後工業構造の研究の第一歩にした。. - 19 (7279)-.

(2) 1. 戦時工業構造の崩壊. 軍霊生産はエ文生産活動にみられる生迎1'」勺梢費あるいは最終の侶人的泊費を. 目的とする生賄ではなく,. 再仕荏の屈外へ生陀物を破菜させるものであるか. ら, もし, 長期にわたって経済が軍協生咲に大きくf瑣斜したならば, そ(;)国民. 経済循環は必然的帰結として本来有する生嵐洛力の布機的なバランスを阪J災せ. しめ, 縮小再生産を余儀なくさせるであろう。 太平洋戦争終結の前年, li/j f:iil9 年の国民総生症はアメリカ戦略爆撃調査団の推計によれば493岱円であった. (同闊査団著, 正木(訳)「日本戦争経済の崩壊」146頁)。 その構成をみれば, 政i(J'支. 出241億円, 民間資本形成64伯円, 消費者支出188飴円からなる。 そして, 政府. 支出の約84%が戦費支出であり, また, 民間資本形成の内, 軍需工業に由する. 工場及び設備投資は77%を占めている。 両者の合計は251イ邸円となり,. 11 、:1民総. 生産の半分以上が軍事生密に直接かかわっていたことになり, これに間桜的な 経済活動を考応すれば, 国民経済はまさに敗争遂行間であったといえる。 そし. て, 戦争経済は通常その異常性が国家権力によって竹狸され, 矛盾の卯在化が 阻止されるところに特徴がある。 「輸出入品等臨時机附法」, 「国家総動員法」. および「戦時緊急措置法」等を根幹とする種々の経済統制が日中戦争以降のII 本経済の全面にわたってはりめぐらされていた。. ところで, このような戦争経済力の維持はエ文構辿を不均衡な状態におとし. 入れることによって達成されて(注1)いた。 戦局の悪化にともなう物資動日叶両. の崩壊, 酷使による生産設価の老朽化さらには戦災などによって, JI召下1118年を 境に総生産品を拡大しつつ軍駕生産を拡大するという条糾·が失われ, 軍·,1,;:化光. カの維持はそのまま国民経済のストックの喰いつぶしになった。すなわち,終済. 統制は不急不要の消費財部門から基従的な生産財部門にまで企業整備や設備ス. クラップ化を推進して, ア)レミニウ ムや飛行機などの特定品目の生産Jf侶金をは. かったのであった (黒松巌〔戦時中に於ける日本工業構造の変化〕「経済学論叢第7在 - 20 (7280)-.

(3) 第6号」51-52頁参照)。「航牢懐OJ�/砂士を頂.'.\とした軍i盆品生狙のための庁二の ビラミッド」(小林義k.fl「企業整備と独占資本」5頁)はまさに工業構辿の騎刑的団. 体化を取倣するも0)であった。そして,ll/1和20イi'8)]15日のポツダム宣言の又 記によって,. Ii中戦争以来, 8年のLこきにわたる戦争紆済化に終止符がうた. れ,}生文部門間の布罠的/J:I辿をはとんど餃失し, 菱縮した工業構造が戦争経済. の迅光として銭された0)であった。'.,]八/,;:の泊滅によって,エ某加造活動は戦前. 水H/の10分1以下に下治し,ほとんど利情した状態にあった (第1表参照)。そ して戦争終沿0)氾光として銭された丁叉0)�l:i辛能力は,径済安定本部の謁べに 第1表終戦時の工業生産指数. ヽ. (東i (経祈調). ---------種別 イト月 -.......... I. -. --. I. —-•�-- 113.5 ----42.7 5月. I. 68.1. --. 6月. 1. 製K氏繊維工業合 - ·--- __I __. I 飲鋼業!化学工業窯文. 昭和20イド 4月82.5. .. __ _I. 60.3. 113.3. 一• 一. 95.5. 35.9 - - -, - - - - •. -—-. 7月 37.7 ,. 37.2. ――. 33.6. I. 1-. ----- ·-· -. 31.4 30.3. 26.9. I. 9.5. 1-- -. i. 8.5. 10.7. 6. 9 • 16一.5—--I -―. ー- •• - • - - --'-- �. �1_ _ . 8月I. 9.5. 10.6 11.1 —• - .— 11.2 10.7. 9 月5.6. 12.3 21.7 I. 門.1 _ _!__3_�4_1_3�.3 11月 6.3 29.0 4 28.4 —- - -- -1 - -17.-I-. 10月 I_ ー5_._2 1. 12月 ー.. 1. 7.9. . -. -. i .. 4.5. 30.0. 22.2. --. (注)昭和財政史(19)統,'「紺102頁より引用. i 20.2 -. —. -. I. •. ---. 27.2'. 28.4. 16.6. 4.5. ー. 5.1. -. 7.0' -�7.1 9.9. 5.3. I. 1. 39.0'. --. 4.2. ー•. -. 計. 1. -1. ーー・. 26.4. (昭和6 - 8年=100). 10.3 I. •一. 10.2. →. よると,第21-<に示される。それによるとかなりの応約住業'i「要i崖業部門の 釦仰没り//i能力が「経済的にいえばそっくり屑0)山と化し」ていたことがうかが える。それだけに,戦後経済の再建はこの生i正力をいかに再生するかが問題で あった。この点に関しては後述するように,辿合国側と日本政府との間には大 きな見解の五がみられ,そのことが占領助初期を特徴づけていた。 - 21 (7281)-.

(4) (注)経済安1.£ 本祁調. 第2表残存する工業生産力. 工業分類. 単位生産別. 力 工 業 軍 気 力. 勅火 i 千kw 年 庁 水力電気 I 瓦 斯千m'Fl産 石油栢製1千kl 年虹 " kl 人 辿鋼 石 油 業 鉄普 通 鋼 々 材 千t 年前 銑鉄 特殊鋼 非鉄 金屈 電 気 銅t月泥 舷j 亜鉛 ” " 錫 " kg 金 ,, " 銀 // 釦 水 アルミニユム t アルミナ マグネシウム 機工械作工 機 業 械 'I: F花 t II. II. II. II. II. II. II. II. II. II. II. II. 軸爽 空 管 自 動 Jj ( 転 化 自学 工 車 業 安 硫 石灰窄品 過燐酸石灰 カーバイド 酸 硫 ‘ 苛性 ノ ー ダ ー ソ ダ灰 脂 肪 酸 ア)レコール H,.央,、 石 セメント 板 砧 廿C ゴ ム 革 皮 繊 糸it : I. 文 粕 綿スフ約 絹紡 綿織 物 絹 絹人様物 毛糀胸 製紙パル 紙 袢 紙 板 和 紙 人絹パルプ. II. II. II. II. 謬 台. 忍 A.. 千台 t " " " ". ,, ". ". I. kl t " 面 t. " ,,. 鈍. 合 II. 英t. 〗. 3,15 5 > 368斗 4,43 1, 2,3. 7,5 5,239: 719,. 〗. 。. ”. 53.3 1] 6.1 67.2 61.2. I. II. II. A. I. II. 年ff " ". 1,680 6,233 2,978 1,443 42,400. 0 /r-. 0/ —B- '--'. 8,0401 107.l 5,660 ]08,0 919 127.8 I 12,590: 10,380: 82.4 3,110' 4,450 ]43. ] 5,790'6,770'116.9 1,145 990 86.5 105.7 4,445j 4,205・ 47, 40,3501 85.4 20, 32,900 162.1 7, 8,3501 115.3 16, � 27,490 168.4 360 112.5. 110, 119,000 " 9, 4, 月年 陀朋 2. ii 11: Jlt� 1,819, " 321, " 2 ,353, " 451,8401 " 5,920,220: " 652,6601 " 889,200 177,403 " 93,600 277,518' " 10,422,8 755,0 月年 咋pr_ 59,4 " 72,8 II. II. ” 英t 千J寸度 ”. .15設I 16 備昭-能 年力末(A設) i昭i-曲- 20.8 能-- 力(B-) • .. 且. 13,796,056 380,000 393, 352, 28, 678, 2,067.242 1,204,327 1 747,979 200,200. - 22 (7282)-. 120,000 257,300 4,000' 1,850 720I. 762,000 344,000 1. 557,220 373,200, 5,376,000 464,690 527,200 95,856 I 217.800 99,621 5,677,920 443,000 36,0961 58,691! 2,809,046 154,852 123,747 121,213 11,264 678,630 958,226, 657,9861 483,262 200.2001. I. 109.1 216.2 42.1 42.0 25.0. 41.9 107.2 66.2 82.6 90.8 71.2 59.3 54.0 232.7 35.9 54.5 58.7 60.7 80.6. 20.4 40.8 31.5 34.4 39.1 100.0 46.4 54.6 64.6 100.0.

(5) (注1)政力増強を目的に国家のいわゆる工業構造政策が本格化したのは昭和18年に入っ. てからである。18年6月 に「戦力増強企業整備要綱」が決定され, 生産の増強拡 允を目的とする工業部門を第2種工業部門として, 整理の対象部門を第1柾およ. び弟3柿工業部門とした。第2種工業部門は, 鉄鋼, 石炭, 軽金屈, 造船, 航空. 機, 機械および液体燃料工業が含まれ, 第1種には, 労務の供出, 工場設備の転. 用, 金屈回収に寄与するところ大なる工業であって, 繊維, 金屁, 化学工業等が. 対象とされた。また第3種は設備の転用等に貢献度の少さい工業で,第1種,第 2種に含まれない工業のすべてがここに合まれる。 そして, 昭和19年に入ると戦. 力増強の担い手であった第2種工業に対しても整備が検討され, 機械工業等賂備. 要網が発表された(商工行政史刊行会編「商工行政史下在」. II. 294-296頁参照)。. 経済混乱と工業構造. 戦争による叱桜, 間接の生花力基盤の破壊も著しく, 経済安定本部による. 「大平i「戦争による我\;日の被古総合報告丑,」によ れば, 資産的一 般I試富のI付, 仕産財の 24.9%. iiり費J!オの 24. 791るそして交通財の 29.2 党が餃’』を受けていた。. また戦Tiりの有力な食杯およびJ京料O){共給地であり, また工業製品のiii J易であっ た柾(l!心地および勢力阻0)喪失, 貿易の杜絶さらには長期の散争によるJ悶業の疲 瞥などの悪条併が囚民経済規松を極度に粕小させることになった。 そこえ,?iii 外からの引批者,1及i. \者などが1」附に妍大し, 総人口が急増したから, 食料l間 凶, 住宅間雌さらには失文問題が尖鋭化し, 社会不安を醸成していた。 ところで, こO)j I 、11心粁済の窮乏的混乱が危機的様札lをともないはじめた決定. (I附炭囚はインフレ ー シ ョ ンであった。 それは主.にi戦時経済から平和舒済への転 恢を目的としたこI�・文1',','i辿の軍',r',j1c\·:J笙体系から仄?直舷体系への再枷過利でおき. たところの戦IIり中に缶柏せられた貨幣的資州が「擬制」化した結果であった。 すないち政J{Jは財政, 金融両而からのインフレ政姐を実施することによって.. 戦II!」経済過利でJ他人化した屈幹産業, 重関崖文を合理化することなくそのまま 脹後の民孟生即体系へ組み入 れることを目的としていた (鈴木武雄著「ドソジ・. ライン」17-18頁参照)。政 Mは手拉脱材料の払下げに加えて臨時隼事費の放没な. - 23 (7283)-.

(6) 支 出 を行なう と と もに 金漁 機 関 を通 じ て の 軍需工業へ の 厖 大な資 金 貸 出 を 雙 励 し (注 1 )た の で あった。 砧幹防菜 ・ 璽要 在 業 は 「 エ ネ ル ギ ー 蔀 1 1 1] , 生庄M ;·;11111J, 投 資 財 部 門 中の主要 な i粒業であって, 迂 回 生 光 の 主 淡 な 結 節 点 に 位し • • • • • • 仝虹 業 に 対する共通の 原料供 給者あ る い は 介 I附文の投資 に お け る 共通 の 設 餅汁幾 械供 給者と して存在する 」 (内 田星美他 「 日 木の 工業 資本」 5 1頁) も ので, 国民舒済0) 化 産)」的賊礎を担っ て いる。こ の役割は戦時 の 特殊 な 再生栢過粒 に おいて も , ま. た 平1均 の 再生光過程 に お いて も ,. )も本的 に は か わ り がない 。. し たがっ て ,. 政. J(、J' O) と った 経済 復 卯 第 一 主義 は 「 在米 の i瓜 又 枯辿を継承し , 此 件 の 仕面 設 仙 を 利 用 す る 方 訟がtl : 1!i' )Jの手 っ 取 り 早い 皿 復 0) た め に 介効 で あ る と い う 名 え )j」. (前掲 「 ド ソ ジ ・ ラ イ ン」 18貞) に 政 J(fが立っていた こ と を示す も IJ)であった 。 し. か し こ ()) よう な工文構巡 の 両生策はイ ン フ レ の 高 進 に よって か えっ て 軌道 に (;) り え な く な っ て いたので あ った (第 3 表参照) 。 た と え ば, 第3表 東京物価指数 ( 日 銀晶) (昭20年 8 月 =100) 昭20年 I 8月 10月 12) J. 昭2 1 作 2 )] I 4 )'J i. 卸売物価. 6月I 8月I 10月 12 月 I. cm. i 小売物価. 100 112 200. 100 102 199. 257 454 485 541 595 674. 269 517 664 680 811 9 16. 昭 和産業史 (統叶組) 157頁, 1 6 1 頁よ り 作成. lL. 生産再開を可能に. するか に み えた 政府 の 手枠 原 材料の 放 出 は資本の 生 肖臼 サ ボ タ. ー. ジ ュ に つ ながった. から で あ る。すなわ ち , 高進す る イ ン フ. レ ー シ ョ ン は 既 成 の 資 材の流通過利へ の 役 入 に よ っ て得ら れる 利 益がそれ を � I庄 過利へ投入して得られる 利 益 を 圧 倒 す る 条件 と な る と と もに 仕所 期 間 の 長い 資 本 的 生 産 を 不 利 に する 条 件 に な っていた (相原茂編 「 現代 I I 本の 資本帝科」 13頁参照) 。. そ の 結果, 終戦から 昭 和 21年に お け る 鉱. 工業生i崖 は 本 格 的な 回 復がみら れ ぬ ま ま. に 推 移した (第 1 表およ び 第4 表参照)。 ま. た, そのこ とが第 2 次並業祁 J ]の産業構造上 の 地 位の低下に つなが っ ていたと い える (第 5 表参照)。. 政府 の 抽怜産菜 · 重製産菜の再建策 と し て はこの期に お い て は イ ン フ レ 政策 - 24 (7284) -.

(7) 第 4表 鉱 工 業 生 産 指 数 (昭9-11= 100) (経済安定木部淵) I I--------, 基礎物資 投 資 財 生活資財 ·---.1. 以外は ほ と んどみ る べ き もの が な か っ た 。 た だ, 次期の 占 領政棗転換肌. \`. 21年 1 月 2 3 4 5. 6 7 8 9. I. 10 11. 12. I. !. I I. I. I I I ,. 10. s. 15.o ; 19 . 3 21 . 2 24 . 3 . 24 . 3 25.4. 27 . 7 28 . 3 29 . 1 29.1 28 . 9. にお いて 辰Ill]さ れた傾斜 生佐 )j 式 を. 2s . 1 f . 11 . 3 34 . 1 43 . 5 47 . 7 50 . 0 55 . 6 55 .5. 57 .2 56 . 8 53.1 52 . 9 47 .5. 1. 1 :. 1. I I I I I. 16 . 3 19 . 2 19 .7 1. , '. 25 .2 25 . 1 24 . 2 24 . 1 24.1 ,. 吋t備した 生迎政 策があ る。 石 炭 闊 叱 対染がそれで あ る 。 当 時石 炭 の 不足. 22 . 1 1 22 . 9 24 . 0 ,. , ·. が欽鋼 生産の I盗路, 鉄道の 半 封 不 随 などによって 食祝の不足 , イン フ レ. ー シ ョ ン と と も に 経 済 混乱の三大疫 囚に か ぞえら れて いた から で あ る 。 な お , 『要 産業 と して民 沿生陀 の 中. I (注) 昭和財政史 ( 1 9)統計編90頁より 引 用. 核 と 期 待 さ れる繊維工業 は 辿 介 ! isl 総 可 令 部によ る 附 和20年10月 の屈認 1 愉. 入 の 叶可 を 契機に生咲 再 闘]が1焦 備 さ れ , 翌 年 に は繊紐 崖業再建三 カ 年計 面も 策 定さ れて いた。 繊 絣T菜の再建は 載 後の過剰 労働力 収 容の可能性の拡大. 枯 渇 し き っ た 生 活 必 沿物資たる 衣 料の 確 保 , 戦後 経済の生活水準の 向 上 と い う 目 的 をも っ ていたが, 戦争 後 辿 i面が強 く , 容 易 に は 戦 前の 圧[文 規 校 に 復掃する こ と. がで きない 状態で あった (通産省級維局 「戦後繊維産文の 回顧」 4 - 5 頁) 。 第 5表 産 業 別 国 民 所 得 構 成 比 (経済企画庁調) 1. 昭 和 9 -11年 平均 一 昭和16年. I. 第 1 次光棠. 昭和21年. (注). 第 2 次汎業. 96 20 _. ←. 20 39. 31. 39. 1. 26. 96. 1. I. I. 日 本股業弘礎統叶 2 - 3 頁よ り 作成. 1. 第 3 次桁業 I O/. 合 計. 49 /0 1 __ 1066 - : _ I 41 I 100. 35. i. 100. I. (注 1 ) 戦争終結後 で あ りな がら臨時叩事毀からの 文払 が10n 木 ま で行 なわれ , その 総頷 が140岱 fl]にの (まっ た 。. ま た , 政府は社会経済の 秩序維持と 国民生活の 安定確保. の目的 から預貯金 引 出 を放任 すると ともに, 命令滋資のかた ち で 金融機 閃 の軍滸 - 25 (7285) -.

(8) 工業への 貸出 を 推辿し た (経済企画庁戦後経済史編簗室編 「戦後経済史」 総観編 45-46頁。. 1ll. 工業構造の再生策. J恥戦後の稲 々 の経済的 ・ 社会的 浪乱の な かでの工業構造の再生にと っ て は,. ま ず ビ ジ ョ ン 作 り が必要で あ っ た 。 昭 和 21 年. 3 月 に 示さ れ た,. 外務省報告 「 日. 本経済再建の基本問題」 が 最 初の もので あ っ た。 戦後経済の再姓が辿合 囚の 占. 領政策によ っ て制 約 さ れるという 絶 対 的 条件下に おいて, ま た , 戦 後の 内 外経 祈踪境の変化のなかで , 「固民 ノ 経 済 生 活 ノ 保 院 卜 生活水準 ノ 実應的 向上」 を 実況で きる経済的 可能性 が 検 討 さ れ た の で あ っ た 。 そこに は 当 然のこ と で ある が , 当 時の経済危機感が弛 く 反 映さ れ てい た 。 「 戦争 ノ 結果 日 本経済 ノ 基盤ハ 著 シ ク 縮小 セ ラ レ 国民 経 済 ハ 徹 底 的 二 貧窮化 シ タ, 若 シ 荏笛現状 ノ 侭 二 推 移 ス ル ナ ラ バ 日 本経済ハ 国民 ノ 大 多 数 ガ l胤食 ハ ン ガ 為 二 其 ノ 「 エ ネ ル ギ ー 」 ノ 九'.,lflj. 迄 ヲ 費 ス カ ノ 「 エ ス キ モ ー 」 的 段 階 ヘ ノ 逆転, 終 局的 ニ ハ 人 ロ ノ 大払縮紘 ヲ 招. 来 ス )レ ノ ミ デ ア ラ ウ 。 斯 ル 逆転 ヲ 阻止 シ 更 二 将来 ノ 発 展 ヲ 期 ス )レ為 ニ ハ 乏 シ キ. 二 耐 ヘ ッ , 経済カ ノ 函私 恢復 二 努 ム )レ ト 共 二 新 シ キ 地盤 ノ 上 二 立ツ経済表 ノ イ午. 成 卜 之 二 韮 ク 経済建設年次計画 ノ 樹立 二 依ツ テ ー 日 モ 速 カ ニ 具体 的 ナ 再建 ノ 第 ー ・ 歩 ヲ 鉛 ミ 出 サ ネ バ ナ ラ ナ イ (「 日 本経済再建の 基本問題」 後編, 第 l '!�:) と 捉言し て し ヽる。 そのなかで, 工業の 産 業 構造 的 位 樅 づ けと エ文の構造 的 在 り 方 も 示 さ. れ て い た 。 前者に つい て は , 戦 後 経済の 出 発 点 は J塁 業 の 近代化 と 罠 L心 の 仕活水. 渭 の 向 上 による 低賃 金 旭 俯の解体に ある が, そのた め に は 悶村から 流 出 する過 剃 人 口の 吸収i源 とし て 工業の発 展が不可欠で あるとし て いる 。 ま た 後者に つ い て は 戦 前 同 様の 加 工 貿 易 塑工業t栂造の必要性を強 調 , その た めに は エ文の技術 的高 度 化 と 基礎産〗、 部 門の育成による 構造的均衡をはから ね ばならない と して いる 。 すなわ ち , 出の禁止,. 戦後田界の プ レ ト ン ・ ウ ッ ズ体制による " ダ ン ビ ン グ. ま た 国 内 的に は チ. ー. プレ. ー. バの解 消 等 の 条件によ っ て ,. ’’. 輪. 「資本カ ノ. 切小 ナ 技術 的 二 低 度 ノ 工業 ニ ヨ ッ テ ハ 日 本ガ必要 ト ス )レ 多 箪 ノ 必要物釘 ノ 輸入. - 26 (7286) -.

(9) ヲ 賄ウベ キ 程度 二 輸出 ヲ 維 持 ス )レ コ トガ 困 難デア ロ ウ」 から, 工業生産 は 技術. 的高度化 によって低 コ ス ト を 可能にし, 合理化されねばならない。 ま た 工業 生. 産力の甚礎となる産業 は たと え国際競争力に乏しくともそれを政策的に育成せ. ねばならないとして, いわゆる叩化学工業 化政策の必要性をも展望してい た 。. 要するに, この ビ ジ ョ ン は 戦後 イ ン フ レを高進させた復剪主義の上 に 発 展され た 工 業 再建案であ っ たといえる。 この特徴は政府と連合国総 司 令部による 占 領. 政策と の 比 校に よ ってより一屈 明らかなものとなる。 以下において , この点 に. ついて論 じよう。. 両者の相閃はまず イ ン フ レ ー シ ョ ンに対する考 え 方のなかにある。 連合いの. 対 田·/: 理はW戸に的にも経済的にも敗色が濃 く なった昭和18年のカ ロ イ 宣言から. ヤ ル タ 協定を経て, ポ ツ ダ ム宣言において基本方向が定められたが, その具体. 的実施について は, 昭和20年 8 月 16 日 の 卜 )レ ー マ ン 大統領による 日 本 占 飢方式. の発 表に示さ れるように, アメリカの単独統治を反 映したものであった。 この. アメ リ カ に おいて は, カ イ ロ 宣言よりは や く , 昭 和17年の夏頃より対 日 竹理が 検 討されは じ め, 終 戦の前 年 に は, 訓 務 省の "戦後計画委員会. ”. を 中 心に全般. 的な戦後 政染が審 ,,義されてい た (泰郁彦 〔ア メ リ カ の対日 占 領政策〕 「昭和財政史 3 」. 26-31頁参照)。 昭 和19年11 月 に は, 同 委 員 会におい て 「軍政下における経済政. 策」 が 審 議さ れている。 これに よ ると蔽重渋 課題が軍事施設の破壊におかれて. いるが, その次が経済統制である。 そして 「軍事 占 領期間 中における イ ン フ レ ー シ ョ ンの極 良 0) 裔進 は 軍政 当 局の 困 難を 増 大させるので, 供 給の不安 • • • • • も. し く は 流通通貨の堺大, また はその双方に起因する イ ン フ レ 傾 向に対処するよ. ぅ . 占 領 開 始 0) 伯 後から 必要な枯憧をとらねばな らない」。 そのためには (A)既. 存の価格統制機構 は 利 用し得る限り利 用することおよび(B)過剰な 貨 幣購 箕 力の. 圧力 を可能な 部 而 から減少させることが必要とされた。 これ は 終戦後の 占 領政. 策の実施過程において賃 金 . 物価の統制維持. 財政改革. 日 銀券発行の許可制. な どの指令のなかで具 体化された 。 たと え ば. 政府の イ ン フ レ 政策の契機とな った臨時軍事費の放 出 は 主に 「軍需品の未払代金の支払のみならず工場疎開.. - 27 (7287) -.

(10) 戦 'f! 保険, 命令融資などによって金融機関 や 企業が蒙る批失 に つ いて, 政府が. 公約 し た諸種の国家補償」 (大森と く 子 〔財政制度, 財政機関〕 「昭和財政史 4 」 547頁) に よるものであ り , 軍 駕の 消 滅 に 代わってその支払いが 実 施された背後 に は ,. 叩 品工業 救済融資の金油 政策とあい まって, 蒻衛崖文, 重 要 産 業 お よ び それに. 融資して いた 金融機 関の破産を 阻止しようとする政府の蕊図があったが, 辿合 囚総可 令 部 は 当 然の事としてかかる補伯の打切 り を指令 し た 。. も う一 つ は 工業構造の再生その も の に 対する考え方の相 屎であった。 前述の. 外務省報告は究極の 目 的を印化学工業化 に お き. その過 渡 的 な 手段と して, ''技. 術の高良 化. ’’. を掟唱 し ていたの に す ぎ ない。 この こと は 「過 去 二 於 テ 財 閥 ガ 大. 宜 本 カト シ テ 日 本経 済 二 於 テ 果 シ タ 私 極面 即 チ (イ)全tH: 界 二 弧 リ 渡 サ レ タ 商業機 枯 ニ ヨ )レ貿易上 ノ 貢献(口)大査本 ノ カ ニ 依)レ高度シ 技術力及 ビ近代 的 経営能カ ノ. 森 成 , 各柾 ノ 調査研究. 中 間工又化試験等 ノ 担 当 , V ヽ)各種 ノ 企菜 二 対スル投毀. 即 チ 厄険 ノ 分散 二 基ク経営 ノ 相 対的安 定(二)大 資本カ ニ 依)レ重化学工 業育 成 芍 ノ 如 キ 諸 機能 ハ 今 後 ノ 日 本経済 二 於 テ モ 何 等カ ノ 形態デ存続 サ レ ネ バ ナラナ イ ,. 恐ラ ク ハ 民主化 セラ レ タ 政府 自 休 ガ 其 ノ 使命 ヲ 果 サ ネ バ ナラ ヌ ノ デ ハ ナカラ ウ. カ」. (後編, 第 1 弟, 第 2 項) と 考 えている こと から も う かが い 知る ことがで き. る。 これ に 対 して, 外務省報告のすぐあと に 竹 成された辿合 囚 総 司 令 部の「 日. 本経済 の プ ロ グラム」 (昭和21年 5 月 ) に お いては, 軍 化学工業化政策を採用 し. な い こ と , 庄業 構造に お ける工業 部 門の縮少と 軽工業化 などが方 向 づ け られて いた。. (前掲書 〔 ア メ リ カ の対 日 占 領政策〕 246-247頁) 。. これは 占 餡 政策そのもの. が 銭 存する基幹産文 • 印要産業 機枯0) 鮒 体 論 に 立っていたことを 示す も のであ. った 。 こ の 点を次Jり に おいて 論及しよう。. W. 経済の 非 軍 事 化. ア メ リ カの対 日 占 領 政策は, ボ ツ ダ ム宣言の具体化と し て , fl{J和20年 9 月 22. 日 に 発表された 「降伏 後 に 於 ける米 国の初期の対 日 方針」 の枠 内 に お いて実施 - 28 (7288)-.

(11) さ れ た 。 こ の 「対 1 1 方針」 は 1 1 ) 究 枠の 目 的 , (2)連 合 国 の 枡 限 , 13)政治, (4)経済. の 四 忽 か ら 構成 さ れ て い る 。 枠 究の 目 的 と は 国 際 連 合 慮り の 押 想 と 原則を守る 囚 家 の 国辻で あ り . そ の た めには武装解 除 と 叩 i、tl円 義 の 排 除 および自 由 の 将叩. と 麟t=じ 義 ))乳 則 の 焚 励 が必娑で あ る と し て いる。 い わ ゆ る 1 1 本 の JI可pド化 と 仄. 工 化 が恥下 災 な 政 第 ,,集 辿 と さ れ た 。. と こ ろ で, こ の 期 の 占 tii政策が も っ と も 牡徴 的で あ っ た の は, 経済復 郎 に 対. す る 應良で あ っ た。 「 初 期 の 対 日 方針」 は 「 日 本 ノ 苦袋 ハ 日 本 f l、1 「 1 ラ ノ 1 i lり ノ. 柏 校 ノ 糾 果 ニ シ テ 辿 介 囚 ハ 共 ノ 家 リ タ )レ 狙 苫復 [ 日 ノ fd「l ヲ リ 1 受 ケ ザ )レ ベ シ 」 と ‘. 辿 べ て い る よ う に . ア メ リ カは 1 1 本 の 終済復製 に は 泊 朽 的 な 態 良を 表 明 し た 。. こ の 態良 は 昭 和20什11 月 にア メ リ カ政 府 か ら 辿 合 国 最高司 令 官 に 伝辻 さ れ た 占. 伯 及 ひ ’胃 J用 の た め の 初 期 瓶 本 (I勺 指 令 に お い てよ り 一 屈 りj m「 な も の と なる。 「 負 ―1. 店 は I I 本 し) 経済 的復製, ま た は 1 1 本 紆 済 の 強 化 に 対 し て な んら の 直任 も お わ な t ヽ 。 以官は. n宜 が 日 本 に お t ヽ て い か なる 附i定 の バ活 水叫いを も 糸ff:枠する義 務を有. し な い こ と を 1 1 本 1<!.D心 に 明 ら か に され た い 」 ( J . B コ ー ヘ ン, 大 内 (訳) 「戦時戦後 f. の 日 本経済」 ト忍, 22 1頁) と の 指 令 が行 な わ れた。 初期 の 占 領 政策は 日 本経済の ー. u 力 復 郎 を さま た げる も のでは な い が. そ の 政策主 目 的を非軍主 化 ・ 民土 化 に. お き , 経済復財」を抜助 するものではな か っ た。 そ し て, こ の j卜 軍事化 目 椋が戦. 後のエ叉構造 の 在 り 力 に 絶対 的 な 制 約 条 件 と な っ て いたので ある。 「 初 期 の対 1 1 方針」 第 4 部舒済.. 第 1 拍 に お い て, 戦前 の 軍国 土義が経済構. 辿 ( こ 根 さした も ので あ り , そ の 根 絶 は 政 治 的 』武 装 化 と 同I卜り に 経済 的 非 武装 化. が辻成 さ れ ね は な ら な い と し て, 「 L I 本 国 ニ ト リ 其 ノ 価 値 ガ上トシ テ 戦争 準 価. 二 在 )レ ガ 如 キ 特定廂文 又 ハ り -:vt 部 門 ノ 除 ム " ' " ' 将米 ノ 平 和 的 闊;淡 ノ l限 度 二 日 本 ー. TID 叉 ノ 規松 及性格 ヲ 制 限 ス )レ コ ト 」 が 要 ,;立された の で あ っ た。 し たが っ て ,. 畠肌 政染によ っ て ,;'1 容されるT・文 と は次 の 二点がJ;',j 辿にな る。 そ の 一 つは 「戦. 争鉗 仙 二 在 ) レ ガ 如 キ 牡定肪叉 又 ハ �[:_;崖部門」 の 範 曲, 換 言 す れば軍·, 了, ;丁 文 の 概 念にかかわる問辿であ り , 軍 事 施設に限定する 狭義 の 理鮒 か 又は兵P,\;: 生腔を支. え て き た 砧 幹 i祖 文 部 門を も 合 む 広 義 の 理解.か と いう 閻 閻で あ る。 も う一 つ はど. - 29 (7289)-.

(12) の程度の IJg 内 市楊が保証されるかという 問 戯である。 占 領 政 策 に よ っ て ]乍 容さ れる 凪 民 生活水碍孔 こ よって必然的 に 工業規模が決定されるからである。. こ の 点 を 妓 初 に 具体的に 示 し た の は 昭 和20年12月 の ポ ー レ ー 使 節 団 に よ る. 「 中 間 賠伯報告」 であ っ た。 も っとも,. 賠 伯 問雌について は, 「 初 期 の 対 IこI 方. 針」 に おいても取 扱われているが, そこ に おいて は 「 平 和的 日 本紆済 又 ハ 占 仙. 軍二 対ス )レ補給 ノ 為必要ナラザ)レ物質 又 ハ 祝存資本設仙又施設 ヲ リ I 渡ス コ. ト」 と抽 琢的な表 現 に お わ っていた。 な お, そこ に 示された生庄 設 餅i . 施設等. の資本財 を対 象と した 賠佑方式 は 貨 幣方 式あるい は生産物方式と 比 校 して既存 工業構造 に 直 接的な変化を与える方 式といえる。. ポ ー レ ー 案 は 広 義の軍衛工業概念 に 立 っ ていた。 ボ ー レ ー 大使 は 「 l 」 本が そ. の屈幹産業 に よ っ て 近 隙諸 国の原材料 を 泊 費 する立以から今後ふたた び そ れら. 諸 国の経済生活を支配することのないよう全 而 !'Iり な 工以撤去を主張 し 」. 厳格的. な 平 和 主 義 を 基約笙業 解 体 論と し て 具 体 化 し た の であった (前掲 「戦時戦後の 日 本経済」 下巻225頁) 。 そ れによると,. 什運i1 250万ト ン の製鋼能力を 超える能 力 の. 全 部の撤去など, 鉄鋼染 お よ び造船文 の 生税能力 の 4 分の 3 '. エ 1叶幾械,. 化学. 工業, 火力発‘屯所の半 分 お よ び 軽 金 )面 Jー業, 航空機産業の全生産能力0) 撤去が. 勧告された。 そ して II田 和21年11月 , ポ ー レ ー 大 使 は 最 終 案 をアメ リ カ大統伯に. 提出 し たが, 基幹産業解 体 論 は 一 屈 強 化され, 級維工業などの平和産菜 部 門 に. まで賠低対象 枠が拡 大されたのであった。 ポ ー レ ー 案 は戦時 に 肥 大化 し た工業. プラ ン トの過剰 部分の 除 去 を 目 的と するも の であっ て,. 日 本工業の完全な否定. を 意 味 するもので はなか っ たが, そ の 規校がア ジアの他の 諸 国 を上まわらない 生活水 準 に 規定された 囚 内 面要 を 充足 し うる程度の も のであったという点で農. 業国段階への 引 きも ど し 案 に 近い過酷さをもっていた。 要する に ボ ー レ ー 報告. は 産業の許容規松や国民生活水準の 設定 を 通 し て 日 本工業の将来像に対するア. メリカの戦後最初の 展塑と し ての体裁を も っていた (前掲書 〔ア メ リ カ の対 日 占 領 政策〕 196頁参照) 。 そ して, ポ ー レ ー の 中 間 案 を 基 礎 に 極東委員会 は 中 間 賠 償 計. 画 を昭和21年 5 月 に 決定 し , そ の後数次 にわたって賠償工場の指定の追 加およ - 30 (7290) -.

(13) び削除が行なわれた。 戦災を免がれた重要な工場の 多 く が 賠 償指定およ び管理 保全の指令を受 けたが, 民間工場の場合, 主に三井, 三菱, 住友, 安 田 等の財. 閥の傘下工場であ っ た。 しかしJI音償の 実 施は極東委員会 内 部における覚見不一. 致な どによ っ て行 な われず, ただ賠 償の脅威を資本側に与え混乱をひきおこす. だけに推移し, 貧 本側による戦後の工業再建の気連を抑圧する結果とな っ た。. この 点に つ いて は , 最初の経済 白 書 ( 昭和22年 7 月 )が次のよう に 述べている。. 「 賠 屈工J品の最終的決定のすすまぬこと も ,. 生産再開に影 密を与えて いる。 極. 束委員会の 中 間 賠 恨計画にもとづき 指定を受けて いる工場は … … 現在約千工場. とな っ て いる。 原料, 動力の不足する現下の経済事情から い えば , 賠低の指定. は必ずしも生産の低下を意味しな い けれ ども, 最終的に残される工場が 明 ら か でないこと は 生 産忍欲を 弱 め ることにな っ て いる」。 V. 経済の民主化. 経 済 の 民土 化 は ,. 「 初期の対日方針」 の第 4 部第 2 項 民主主義勢力の助長に. お い て , 「l(�し L義 JJ'雌蒻礎 ノ 上 二 組織 セ ラ レ タ )レ労働,. 産業及農業 二 於 ケ ル組. 織 ノ 発展ハ 、乙 ヲ 奨 励文椅 ス ベ シ 」 と 示 されて いるように, 労働運動の解放, 財 閥解体, J塁文 の 土地 改 革に代 表 される。 そこで, 戦後工業の再建に関連して 占. 領期初期にお ける経済民土化の怠義を検 討しておこう。 (1). 労働辿動の解放. 戦前のエ文 化 は 厖大な低貨 金 労 働を囚 際競争力 化し , ソ シ ア )レ. ・. ダ ン ビ ング. を テ コ に 加工貿易体制を 発 展 さ せる方法 に お い て 展閲 され て きた (名和統一 「日. 木資本主義と貿易問題」 17-19貞参照) 。 こ の 低賃 金 は 此 村 の 後追性と 過 剰 人 口 の. 存在を基底的条件とし て , そ の 上に 治安紺.柑法 や 治 安 笞 察 法による 労 働 組織の 弾圧政第が 加 えられ て 闊 良 化 さ れた も の であ っ た。 また戦時 中にお い ては, 国. 家総動員休制 による労働統制が労 働 市 場の再編成を行な い , 労働運動は産業報 国迎 動へと変質させられ て いた。 そこで , 辿合 因総司令 部は昭和20年 9 月 大 日 - 31 (7291)-.

(14) 本韮業報国会を解散 さ せ,. 10 月 の. 「 政 治 · 公民的及 びぷ教的 l'.:l 由の除去に杖l す. る此占」およ び 11 月 の「)屈IT」 方 針に 閲 す る 党出」 に よって, )]及I卜�'労務統制立法の. 廃 止 を 命令 し た。 これに対応して, 政 府 は, 労働行 政 を 内 務省 から1い 生省 に 移. し, 戦 前 の 密 察権による労働辿 動の竹理を排除 す る と と も に 新 た に 灼生省に労 政),,] を 設硲 し た。 (前掲 「戦時 戦後の 日 木経済」 下在252真参照) 。 そ し て ,. 11(.:l :J 」20作 f. 12月 , アメリカ の 国家労働 関係法を モ デ ルにした労働組合払が公在 さ れ, 翌年 3 月 胆行 さ れた。 こ れ に よ っ て 労働 者の団結権, 団体交 沙杓の保I約 お よ び 罷文. 権が認められた。 これを契機に 製造業を 中 心 に 労働組合迎 動 は 急 展開 し はじめ. た 〔第 6 表参照〕。 すな わ ち, 組合数 は昭和20年 9 月 の 2 から昭和21年 12 月 に は. 17, 265に 急増し, そ の 内 の499'る に あたる7, 868糾合が製迅 菜 であ っ た 。. ↓. 第6 表 年 月. 労働組合設立状況 別. 昭和20年 9 月 10月 1 1月 12月. —. 期 末 現 在 数. 1 組 合 数. I. 2 9 75 509. 組合員数. 1 , 007 5 , 072 68 , 530 380 . 677 1. 902 ,751 1 , 517 3 . 243 1 , 537 , 606 6 , 538 2 , 568 , 513 s , 53 1 I 3 , 028 , 979 1 0 , 5 41 3 , 4 1 4 ,699 1 2 , 007 3 , 681 , 017 1 2 , 923 3 , 81 4 , 711 I 1 3 , 34 1 3 , 875 , 272 14 , 697 4 ,122 , 209 1 5 , 172 4 , 168 , 305 16 , 171 4 , 296, 589 4 , 8 49 , 329 17 , 265 I 昭和飴業史(統計編) 596頁より 引 用. 昭和21年1 月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月. (江). I. (労働省,j/.j). 12 ). 財 閥解休. 山 他'i 政第 1よ 戦 争 に 対 す る M l樹 ()). 役 割 を 附 部 と 一体 に な っ て 似 略. 戦争 を 推進し た と す る 財 閥'• i(I 月. 主義者 論の立場にあ っ た。 そ し て 「 l」 本囚 ノ 商工棠 ノ 大部分 ヲ. 支 配 シ 来 リ タ ル陀業上及金融上 ノ 大 「 コ ン ビ ー ネ ー シ ョ ン」 ノ. 悧 休 計 附」 (初期 ノ 対 日 方針第 4 部 第2項) への 準価が終戦後囲ちに. 辿合J:t 、1 総 司 令 部 から 行 な わ れ た。 す な わち昭和20年10月 . 「主. 要金融機関ま た は 企業の解体ま. たは泊勾に1父I する此古」 に よっ て , 三井, 三菱, 住友, 安 田,. 日 産, 浅野, 古河, 大介, 野村,. J刑研, I I 曹 , J I \ 崎, ',, ;;; 1.-, 執 沢 ,. - 3 2 (7292) -.

(15) 日 窒の15財閥を連合国総司令部の菅理下にお く とともに, 11月 2 日 , その資産. 油結を命令した。 これに対応して, 11月 4 日 , 政 府 は 持株整理委員会方式によ. る三井 , 三 菱 , 住友 , 安 田の解体計画を総司 令部に提出し た 。 この計画の即時 実行が指令されるとともに, 総司令部は 「持株会社の解体に関する覚書」 を示. し, 財 閥解体を単なる 終戦処理政策的な性格から, いわゆる反独占政策へと高. め た 。 それというの は , 財閥本社の解体にのみ焦点をおいた 日 本政府案に対し. て, 財 閥の組織体のなかで, その頂点の持株会社だけが解体されるにと どまる. ならば, 下位 レ ベ ルにお ける財閥本社機能の代位ま た は 将来の復活の可能性が 銭されるので はないかということが懸念されたから である (前掲書 〔ア メ リ カ の. 対 日 占 領政策〕 201頁参照)。 そ こで, 「覚書」 は 次のような 内 容の骨子を指令した 。. (1)財 閥本社の解体と財 閥家族の支配力の断 絶 およ び 財 閥 以 外の私的独占の解 体, その手段として, 株式相 互保有の禁止, 人的結合の排除, 金融 機関との関 連除去, (2)財 閥及び私的独 占が排除され た あとの再生防止措置を指令 (注 1 )し た. (美濃部亮吉 〔財閥解体の意義 と そ の経過〕「戦後経済の再編成」 123-125頁参照) 。 こ の. 結果, 財 閥解 体 計 画の視野が広がり, 総司令部は12月 11 日 持株会社とそれに関 連する376社 に会社解散を 制 限し, 現有資産の移動とその活用 を禁止した。 こ. の指定 は その後も追加され, 昭和21年 8 月 に は 制 限 会 社 数 は 持株会社41社, 関 連会社1, 175社に までふ く れ あがっ た。. と こ ろで, 財 閥解体の担当 機関で ある持株会社整理 委 員 会 (同委員会令は昭和. 21年 4 月 公布施行) が設置され たの は昭和21年 8 月 で あ っ た。 同 委員会 は 5 次に. わた っ て解体指定を行なっ たが, 昭和21年中の 3 次の指定によっ て , 財閥とそ. の関連会社の ほ と ん ど が 指 定され, 解 体 実 施の準備が完了していた。 (3). 地主. ー. !�� 地 改 革. 小 作制 度 は 明 治 6 年の地 租改正において改善されず, ま た , その前期. 的性格 が 日 本経済の工業化. ・. 資本主義化の過程で払拭されずに敗前股業を特徴. づ け た 。 す でに明 治40年に は 小 作 地 は 全耕地面積の44 . 45!る となり, 過剰人 口 の. 存在 と 強 度の土地偏在が小作 料の高騰化をも た らし た。 しかも, 高率小作料に - 33 (7293) -.

(16) よ っ て蓄積された地主の富の 一 部は 直接に, また 一 部は国 ( 税 金 一工業 化資金). を 通 じ て , あ るいは銀行 を 通 じ て工業部面に振り 向 けられ. 農業への反対給 付. 又は再投資は ほと ん ど 行 なわれなか っ た。 農業生産力に関係 な く 小 作 料の 高 率. 化が可能に な っ たことから, 地主は農業への 寄生的性格 を 強 め , 農業 の 経済水 準の 向上を 阻害した。 この後進性がまた低賃金労働力の工業への 供 給を 可 能 に. し , 工業展開力 を支える結果に な っ た。 そこで, 連合 国総司令部は昭和20年12 月 9 日 , 「農地改革に 関 する覚書」 を 発表し,. 寄生地主制の解体を指令 し た。. 政府は 自 作農創 設特別措置法 (昭和21年10月 公布) お よび農地調整法の改正を通. し て 前期的な 土地所有関 係の除去を 実現することに な っ た。 それに よ ると不在 地主所有の小作地の全部お よび在村地主の小 作地の内 , 内 地 1 町歩, 北悔迅 4. 町歩を超える農地, 総計200万 町歩以上の小作地が解放され, 約200万戸の 自 作. 殷が生み出されることに な っ た。. 敗戦にと も なう権力の 失 墜と価値観の 動揺は経済民主化改 革 を 容 易 な ら し め. る客観的条件を 形成していたといえるか も し れないが, かかる改 革が f佑 備さ. れ, 実施されはじめた 占 領期初期において は, そこから く る 混乱がかえってこL. 業再建の足 どりを遅らせることに な っ ていた。 たとえば. 労働組合連虹� (;) 悠 展 開は国民生活の 当 時の過酷な 状態 を反映した も ので あるが, この質本へu) 労慟. 功 勢の高まりは資本側の生産 サ ボ タ. ー. ジ ュ と あ わさ っ て 工業生産の大 き な 溢路. を形成し ていた。 また財閥解体は, 賠償の脅威と 重 なり あ っ て , 資本家 の 復 興. 意欲を 減退させ生産サ ボ を常態化させ, 経済再建への担い手としての気 辿 を 見. 出 させ な く し て いた 。 なお, 農業の土地改 革は前二者と多 少 ち が っ た イ ン パク ト を 終戦直後の経済に与えた。 す な わ ちそ れは昭和22年以降におい て 実施され. る が , その 自 作農創 設計画は 引 揚者, 復只者お よび失業者に農業への 帰 悶 化 を 刺激し過剰 人 口の殷業への吸収に よる社会不安の緩和に役 立 っ ていた。. (注 1 ) こ の財閥解体の骨子は昭和22年に入っ て か ら 独 占禁止法お よ び過度経済力集中排 除法の制定に よ っ て整備 さ れ る 。. - 34 (7294) -.

(17) VI. 結びにかえて. 「初期の対 日 方針」 において, 「日本国政府 ハ 最高司令官 ノ 指示 ノ 下 二 国内 行. 政事項 二 関 シ 通 常 ノ 政治機能 ヲ 行使 ス ル コ ト ヲ 許容 セ ラル ベ シ 」 と示されてい. るよう に , 連合国の軍事 占 領は 間 接統 治の形態によって実施さ れた。 こ れまで. の論述において明らかに したように, この二元的な政策主体は戦後経済に対 し. て罪 なった視点 に 立っていた。 連合国総司令 部は経済の非軍事化 ・ 民主化を最 野要な政策諜題と し ,. 日 本政府の既存工業構造の再生による経済再建を否定す. るものであった。 この見解の相異が終戦直後の経済 混乱を激化させる要因の一 つ に なったことは明ら かである。 政府は イ ン フ レ 政策によ り , また連合国総司. 令 部 は 』軍事化 ・ 民主化計画を通 して資本の生産復興意欲を減退させた。. また既存工業構造を阻化学工業部 門と軽工業部門に分け , 非軍事化 ・ 民主化. と の I及I辿性を検 討 してみると, 非軍事化と民主化の財閥解体は主に前者に (第. 7 表参照) , そ し て民主化. 第 7 表 工業部面におけ る財閥の地位 払込資本金の対全国比率 〔昭和20年〕. I重化学工業 軽 工 業. 四大財閥. (三井 · 三菱 • 住友 • 安田). 六財II父l ! 鮎川 ・ 浅野 ・ 古河 • 中 島 I C 大倉 • 野村 .. ー. 合計. 十財閥. ' I. _l_,. 32 . 4. %1. 10.7. 16.6. 6.1. 49 . 0. 16.8. 彩. (注) 儀我壮一郎 「現代 日 本の独 占 企業」 92頁 よ り 引用 付記. の労働迎動の解放および農 地改革は両者に , とりわけ. 低賃金を最有力な存立条件. と する軽工業部面に与える 影 聰が大き く , 工業構造の. 再生は初期以降の 占 領政策 の 展開 如 何に深 く か か わ っ. ている こ とが指摘できる。. 本文中におい て利用 し た 「降伏後に於ける 米国の初期の対 日 方針」 お よ び 「軍政下 「 日 本経済再建の基本問題」. における 経済政策」 は昭和財政史 3 の付属資料で あ り ,. は経済評論 (特集 日 本経済ー戦後20年) の付属資料であ る 。. - 35 (7295) -.

(18)

参照

関連したドキュメント

 基本的人権ないし人権とは、それなくしては 人間らしさ (人間の尊厳) が保てないような人間 の基本的ニーズ

攻撃者は安定して攻撃を成功させるためにメモリ空間 の固定領域に配置された ROPgadget コードを用いようとす る.2.4 節で示した ASLR が機能している場合は困難とな

菜食人口が増えれば市場としても広がりが期待できる。 Allied Market Research では 2018 年 のヴィーガン食市場の規模を 142 億ドルと推計しており、さらに

ら。 自信がついたのと、新しい発見があった 空欄 あんまり… 近いから。

子どもたちは、全5回のプログラムで学習したこと を思い出しながら、 「昔の人は霧ヶ峰に何をしにきてい

しかしながら、世の中には相当情報がはんらんしておりまして、中には怪しいような情 報もあります。先ほど芳住先生からお話があったのは

化管法、労安法など、事業者が自らリスク評価を行

人間は科学技術を発達させ、より大きな力を獲得してきました。しかし、現代の科学技術によっても、自然の世界は人間にとって未知なことが