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多文化共生社会における国際理解 -日本語教育の視点から-

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多文化共生社会における国際理解

──日本語教育の視点から──

春 原 憲一郎 はじめに ご紹介をしていただきました春原と言います。春夏秋冬の 春 に原っぱ の 原 と書いて はるはら と読みます。東京都の電話帳を見ると、数十 人の春原という名前があります。本家本元は長野県の丸子町の近くにこの春 原という名前だけの村があって、そこでは すのはら と読みます。従って、 元々の読み方は すのはら です。昔、大学で金田一春彦先生の講義を受け た時に、私の名前を見て、 お名前は“すのはら”とお読みしますか。“はる はら”とお読みしますか と聞かれて はるはらです と言ったら もう東 京へ出てきて長いんですね とおっしゃったのですね。古代の音韻論で春を す と読み、その下にもう一つ漢字が付いて熟語になると、助詞の の が入って すのはら という読み方になるんだという話をされて、さすがと 思ったのですが、そういう人間です。 インドネシアからの看護師・介護福祉士の受け入れ 今、ご紹介があったのですが、私は今、大きな国家プロジェクトに つ関 わっています。 つは、 日後に第一陣が来日するのですが、インドネシア の看護師、介護福祉士候補者の人たちの受入準備をやっています。今のとこ ろ 名のインドネシアの看護師、介護福祉士の人たちが来日する予定です。 その内の 名強が国際交流基金( )で、残りの 人程度が 私の所、 で受け入れて、東京、横浜、名古屋、大阪、神戸の研修セ ンターで半年間の基礎日本語の勉強をしていただいて、その後、全国津々浦々 の病院、介護施設に散らばっていって、そこで働きながら日本語の日本人の ために作られた国家試験を受験するという制度です。看護師の人たちは 年、 介護福祉士の人たちは 年以内に国家試験を受験して合格すれば、何回でも 在留資格は更新できる。つまり、ある意味で一生日本にいられる。不合格だっ たら帰国という制度です。 この外国からの看護師、介護福祉士の人たちの受け入れの準備をもう数年 特別寄稿

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間やってきています。それで、看護日本語入門や介護日本語入門というよう な教材とカリキュラムを作って、ずっとフィリピンからの医療福祉関係者の 人たちの受入準備をしてきました。フィリピンだと英語、カトリックという ところ。ところが、 ヶ月前に突然インドネシアに変わったのです。フィリ ピンはフィリピンの国会がまだ通らない。それで、フィリピンからの医療福 祉関係者の来日はまだ先になりました。いきなりインドネシアに変わって、 インドネシア、インドネシア語、イスラム教に方向転換です。今までは英語 と教会で準備をしてきたのですが、突然、インドネシアに変わったので、モ スクやお祈りをして殺した ハラール・ミート の世界になりました。 医療福祉分野の言葉の構造的な難しさ ここから皆さんに少し考えていただきたいのです。専門分野の日本語とい うのは私たち日本語教師が教えられることはすごく少ない。はっきり言って 専門家である医療関係者、福祉関係者が教えた方が早い。ただ極々入門的な 部分だけ若干紹介するということを考えているのですが、教材を 、 年前 に開発し始めて、とても大変だなという気がしています。ちょっとメモを取っ てもらえますか。今から私が言う言葉を書いてもらえますか。まず つ目が きれいにふくという意味の せいしき 。もし書けたら漢字で書いてください。 つ目が はいせつ 、これはまだとても簡単な方ですね。 番目が、施設 などでは 大症状と言われるのですが はいかい 、松尾芭蕉ではなくて、 施設でふらふら歩き回るという意味の はいかい です。少しずつ難しくな りますが、 番目がしびれるという意味の まひ 。これも右肩麻痺や左肩 麻痺などはよく使います。最後が じょくそう 。これはお分かりになる方 いらっしゃいますか。長い間、ベッドや布団に寝ていると背中がこすれて、 別の言葉では床ずれと言います。それを専門用語では じょくそう と言う のです。 この漢字クイズは、日本人の高等教育を受けた方でも 書けない という ことが肝心なのです。これは見てしまえば簡単なものもあり、最初が清潔の 清 に拭く、体をきれいに拭くことを 清拭 と言います。福祉や医療の 世界では基礎の基礎です。 つ目が 排泄 、これも見てしまえば簡単な作 りの漢字なのですね。 番目が 徘徊 、 番目が 麻痺 、やまいだれはよ く出てきます。 褥瘡 はころもへんに恥ずかしめる。そして、やまいだれ に 倉 です。 褥瘡 は分からない方も多いとは思いますが、後は漢字を

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見れば別に何てことのない言葉だと思うのです。しかし、書けと言われると、 最近特にパソコンでほとんど文章を作っている人にとっては、なかなか書く のは大変ですね。 年前に厚生労働省の看護・介護の専門家の人と教材を作り始めた時に、 こんな漢字本当に使うんですか と言ったら、 基礎の基礎です という答 えでした。 でも、読めればいいんでしょう と尋ねると、 いいえ、電子カ ルテ化されているのは大手の病院だけで、ほとんどの施設は手書きですから、 書けなきゃ困ります と言われました。こういう言葉は看護・介護入門の早 い課に出てくるものです。例えば、 右足蹠 、これは何かというと、右の足 の裏のことを言うのですね。そういうのが陸続と出てくるわけです。一般の 日本人でも普段使わない。見れば分かりますが、普段少なくとも書いたり、 発音したりはあまりしない言葉がほとんどなのです。さらに大変なのは、利 用者さんや患者さんにはどう言うかというと、 褥瘡の具合いかがですか と聞いても はっ? という感じなので、そうすると 床ずれ、ひどいです ね という言い方をするわけですね。しかし、この漢字、 褥瘡 を覚えて かつこれは じょくそう だという読み方を覚えて、書き方、読み方、そし て利用者さんへの声掛けをする時には 床ずれ と言って、床ずれというの はこう書くんですという言語知識が必要になるわけです。そうすると、語り かける時の言葉、それから専門家同士が使う言葉、それぞれの漢字を覚えて いくということは 倍、 倍に学習の負担が掛かるわけです。 外国からの医療福祉関係者の受け入れに際し日本語を開くべき こういう日本語の書き言葉、話し言葉、専門用語がオンパレードで出てく る介護福祉士の国家試験の合格率は、日本人でも 割程度です。日本人にとっ てもハードルは高い。 床ずれは床ずれでいいじゃないですか と言ったの ですが、 業界では褥瘡という言葉を使ってきています と言うのです。 で は、業界が変わらないと駄目です。業界が変わらなかったら外国人の医療福 祉関係者を日本に受け入れるというのは難しい と思います。インドネシア という非漢字圏の、特に看護師は 年(フィリピンは 年)以上の実務経験 があるプロの人たちが、 台の後半になってから日本に来て、あいうえおか ら、わずか半年間だけ基礎日本語を勉強して、その後は病院や施設で働くわ けです。その中で仕事にもキャッチアップしなければいけない。全国各地の 地域社会の住民として生活をする。それと同時に日本語の国家試験を目指し

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て勉強しなければいけない。院内研修以外に 年半以内に看護の国家試験が 通らないと帰国というこの枠組みで、一番問題なのは、恐らく、この日本語 の筆記問題を通らなければ本当に看護の業務ができないのか、老人ホームで 利用者さんのケアをすることは本当にできないのだろうかという議論だと思 います。日本のいろいろな資格制度が根本的に持っている、筆記試験の異様 な難しさ、特に用語と文体が特異です。これから本当に日本という国を開い ていくとすると、まさに日本語から開いていくということが必要なのではな いかなというのを、この 年余り、フィリピン等の医療福祉関係者の受け入 れ準備をしていて感じています。 外国人労働者の表玄関からの受け入れの意味 間もなく外国人看護師・介護福祉士候補者の第一陣が来日して、すぐ日本 語研修コースが始まります。恐らくいろいろな所で、いろいろな話題に上る と思いますので、皆さんも注目して見ていてください。 この医療福祉関係者、今回来るのはわずか 人ですが、これはある意味 では大きな事件です。外国からの労働者を表玄関、フロントドアから受け入 れるのは、 年の敗戦後初めてのケースです。今、日本では多くの外国籍 の労働者と言われる人たちがいますが、いずれも労働者として表玄関から受 け入れた形ではない。例えば、日系人という身分で受け入れたり、それから 年以降、技能実習生という資格で受け入れたりしています。この研修と いうのはあくまで学びに来ているという前提です。しかし、研修制度で受け 入れて、現実にはさまざまな分野、例えば農業であったり、養鶏であったり、 水産加工であったりというところで労働と分離できないことをやっている。 これらは全て表玄関からではなく、サイドドアというか、要するに横から受 け入れているのです。後は就学生や留学生のアルバイトという資格外就労も あります。その他にも、裏口から、いわゆる非正規労働者と言われる人たち がいるというのがあります。 しかし、今回の表玄関から入れる初めてのケースが、何を意味しているか というと、世界的に起きている移民と言われる人たちの受け入れの第一歩で す。今、世界的に起きていることは、一時滞在者の受け入れではなくて、あ る意味でその国で生涯を送ることを想定した定住者や永住者、移民と言われ る人たちの受け入れを国がどうするかという議論で、 年前後から世界中 で起きています。その議論と社会の動きが恐らくアジアで日本以上に激しい

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のはお隣りの韓国です。韓国は日本よりも、若干遅れて外国の人たちの受け 入れを始めたのですが、ここ数年は日本よりはるかに早く、例えば外国籍の 人たちの地方参政権やインターネットによる子どもの資格更新、帰国準備の ための 日間の延長などができるようになりました。現在、日本から韓国に 外国の人たちの受入政策をどうしたらいいのか視察に行くというくらい早い ペースで韓国は動いている。他にも、マレーシアもそうですし、シンガポー ル、台湾、もちろんドイツやスペイン、イギリス、アメリカなど、みんな今、 移民の受け入れをどうするか。受け入ればかりでなく移民の統合政策をどう するかという議論が起きています。今回の 、二国間経済連携協定によ る医療福祉関係者の受け入れというのは、その一端ということです。 留学生に対する日本企業への就職支援 もう一つ、先ほどの紹介にもありましたが、留学生が日本で日本の企業に 就職することをサポートするという事業に関わっています。今、お話しした インドネシアからの医療福祉関係者の受け入れと留学生の日本企業への就職 支援は、実は非常に似た、同じような考え方に基づいた事業なのですね。 私が勤めている海外技術者研修協会、通称 は丁度半世紀、 年間 海外からの研修生の受け入れに携わっています。恐らく皆さん はご 存じですね。 は外務省の所轄で、 は経済産業省の所轄です。 海外から研修生を受け入れて、そして日本で研修をしてもらって、自分の国 に帰って日本で学んだことを自分の国の発展のために活かすということを やってきたわけです。 年に、当時の中曽根首相が 留学生 万人計画 というのを掲げて、当時の 人から 年後に 万人を突破しました。基 本的には留学生も日本で学んで、学んだことを自分の国で活かすという形で した。だから、留学生の日本で就職する数は、ずっと 人台から 人 台というごく低い数字だったわけです。 ところが今、自分の国に日本で学んだことを還元するのではなくて、日本 で学んだことを日本で活かすという、つまり一時滞在ではなく、日本で定住 していくことを目的とした、帰らないことを前提とした人の受け入れ、人の 教育や研修、育成が起きてきている。これは日本だけではなくて、グローバ ルに起きている現象です。だから、留学生 万人計画が、留学生が入ってく る所、入口の整備だとしたら、 アジア人財資金構想 というのは出口、就 職して日本企業に勤めるという回路を整備する事業です。

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年の 月 日に当時の福田首相が 留学生 万人計画 を打ち出しま したが、何かこういう数字というのはドキッとさせるのですね。自民党に国 家戦略会議というグループがあって、そこが、 年の 月の初めに 移民 万人計画 というのを掲げました。それは、 年に日本の人口は 万人になる。そこで、その 分の 、つまり %を優秀な外国人に入っても らって、今の強い日本を維持しようという、移民 万人計画というのを中 川秀直を中心として提出したわけです。 万人と聞くと、やはりぎょっ としますよね。何か今のままではいけないのだということ、そういう不安を 与えるために大きな数字を出すということをします。そうするとみんなが不 安を持つ。留学生も 万人で、大学ベスト かと言われると何か不安になり、 何か落ち着かない気持ちにさせられます。極めて戦略的な数字の出し方だと いう気がします。 ただ、いずれにしても国境というものが根本的に揺れてきていることは事 実です。従って、国境を越えて、どのような人がどう動いて、そこでどんな 国か、というよりむしろどんな地域社会を作っていくことができるかという のは、大きな課題だと思います。そういう意味では、相撲の世界などはいち 早くそういう多文化・多言語的、かつ極めて同化的な社会を作っていってい るのかなという気がします。 赤ちゃんポストと行旅法 私は最近起きていることで、 つ注目すべきことがあるという気がします。 つが赤ちゃんポストですが、聞いたことがありますよね。赤ちゃんポスト というのは、 年にドイツが公的に始めて、それ以降世界中に広がってい て、日本だけの現象ではない。世界中でというのはインドやパキスタン、南 アフリカ、フィリピン、ブラジルなど、世界中で赤ちゃんポスト的なものが 広がっている。もう つが、口で言ったのでは分かりにくいのですが、 行 旅法 と言われる法律が再び議論をされてきている。正式に書くと、 行旅 病人及び行旅死亡人取扱法 という法律があって、言ってみれば行き倒れの 人、身よりのない行き倒れの人をどう扱うか、公的な所が扱いますよという 法律です。今、自治体で外国の人たちが行き倒れた時に、この法律を使って 面倒を見るということを法律の細則として決めるということが起きてきてい ます。 最初の赤ちゃんポストというのは、要するに生まれて身よりがない赤ちゃ

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んを公的にセーフティネットを作って命を守りましょうという制度ですよ ね。この赤ちゃんポストの話を聞いて、これは一体どういう現象なのだろう と調べてみると、ここ数年全世界で同じようなことが起きているのだという ことが分かってきました。その時にふっと思ったのは、村上龍の代表作で 年、バブルが丁度始まる頃に コインロッカー・ベイビーズ という、コイ ンロッカーに赤ちゃんが放置されて、コインロッカーの闇のなかから人生を はじめた 人の男の子、キクとハシの物語があります。 コインロッカー・ ベイビーズ は公的なセーフティネットがなくて、コインロッカーに赤ちゃ んが捨てられていたわけです。それが 年経って赤ちゃんを預ける公的なコ インロッカーができた、それが 赤ちゃんポスト です。 地域社会の持つセーフティネットの欠如 もう つの行旅法というのに私がふれたのは 回目なのです。今、外国籍 の人たちで行き倒れの人たち、もしくは病人だった人たちをどうするかとい うので、この法律が使われ出した。私がふれた 回目はハンセン病の人たち に関してどうするかということから、この法律が出てきた。以前大学院でハ ンセン病に関して院生たちと調べていたことがあって、今回外国籍の人たち にこの法律が適用されるという話を聞いて、ハンセン病の人たちに使われた ものがまた、今ここで出てきたんだと思いました。 その時に思ったのが、小川洋子の 博士の愛した数式 という小説があり ますね。 分間しか記憶が維持できない数学が好きな学者先生の所に家政婦 が行くという話です。私はあの小説自体も面白いのですが、あれが 年に 出た時にハァーッと思ったのはむしろ家政婦という存在だったのです。家政 婦というのが主人公となる、そういう小説が出て来たのかと思いました。そ れは最近東京でタクシーに乗ると、こういうチラシ、宣伝が必ず入っている のですね。これは何かというと、年収が 万を超える人は家事などしない で家政婦を雇おうという、家政婦派遣業のチラシなのです。この家政婦派遣 業のチラシとメタボリック対策のチラシと豊胸手術のチラシが定番で入って います。仕事が遅くなるとタクシーに乗るのですが、こういうチラシを見始 めたのは 年代に入ってからです。 年代にはこのようなものはなかっ たですね。こういう、家事は家事労働者に、というチラシが入ってくる。格 差が広がっているのだろうなと思います。片方で何千万という収入をもって 家事など家政婦に任せるのだよ というような層が出てきている。一方で

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大学院を出ても、漫画喫茶で暮らしている、高学歴ワーキングプアの人たち が出てきている。そういう中である意味で地域社会が持っていたセーフティ ネットがなくなってきているのではないか。つまり、経済格差というものが 広がることで、本来地域が持っていた、例えば捨て子や行き倒れや病気になっ た人たちを、そこで面倒を見ることができなくなっている。 日本で暮らす外国人のコミュニケーションの問題 今、日本ではホームレスが増えている。ホームレスの つの傾向をいうと、 つは若年化。若い人のホームレスが増えています。 つ目が女性化。女性 のホームレスが増えています。 つ目が二代目化。ホームレス同士の子ども として、例えば上野や隅田川のほとり、そういう所で生まれてくる子どもが 出てきています。ホームレス研究をしている人たちはこの つを言いますが、 実はもう つあって、ホームレスに今、外国の人が交じっているというのが 全国各地で起きている。 このような話を聞いて、私たちが安心して生まれて死ぬ。 生老病死 と いいますが、病気になっても、ケガをしても、年を取っても安心して暮らせ るのか。地域社会を含めて、金を持っていないと安心できないというのでは なくて、金は必要だけどほどほどあればいいという地域が支える力がなく なってきている。それは赤ちゃんもそうだし、病気になったり、年を取った りしてもそうですね。 外国籍の人、外国人と言っても、ある意味で恵まれた人もたくさんいます ので、十把一絡げには言えないのですが、一方では社会の隅っこに追いやら れてしまっている人たちもいます。そのような外国から来た人たちは何が問 題かというと、コミュニケーションが取れないこと、そこに日本語の問題が あるのですね。コミュニケーションの問題を強く突きつけてくる人たちとし て、外国籍の人だけではなく、例えば聴覚障害の人や視覚障害の人もいます。 私たちの地域におけるコミュニケーションの問題、職場におけるコミュニ ケーションの問題、家庭におけるコミュニケーションの問題というのを、強 く問題として突きつけてくる存在の つとして、海外から来た人たち、違う 言葉と文化を持った人たちがいるのだろうなと思います。 心地よい日本語への変換 一番最初に報告したインドネシアから来る看護士、介護福祉士の人たちは、

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わずか 年でこのような言葉がちりばめられた筆記試験に合格しなければな らないわけですが、本当に必要なのだろうかというのは、まさにそういう問 題です。本当にこういう用語が必要なのか、まさに彼らが突きつけてくるわ けですね。 今はかなり簡単になりましたが、自動車の運転免許を取る時に筆記試験を 受けますよね。あの時に車を運転する上で 回も使わない用語が数多くあり ますよね。何でこのような言葉を覚えなければいけないのでしょうか。試験 にだけ出る言葉、それから業界でしか使わない言葉、そういう言葉はもちろ ん研究者や専門家にとっては必要です。しかし、現場で患者さんや利用者さ んと接する人たちが、本当にこれが必要なのかどうかというまさにコミュニ ケーションに本当に必要なのかということ、日本語が本当にこれでいいのか ということを考えています。 私は 年近く日本語を教えることをしてきたのですが、今、強く感じるの は、日本語そのものを、 回読んで、もしくは 回聞いて、すっと頭に入っ てくるような日本語に変えていく必要があるなということです。日本人自身 にとって、一部のおたく、漢字オタクやカタカナ語オタクなどは勝手にすれ ばいいのですが、そうではなくて日常生活を送る上で私たちはもっともっと 心地よい言葉というものを使っていっていいのではないかなと思います。そ れがひいては、海外から日本語の世界に入ってくる人たちや様々な障害を 持っていて、例えば日本手話を使っていて、そこから日本語の書記言語、読 み書きの世界に入ってくる人たちにとって、ある意味で入りやすい言語に なっていくのではないかなと思います。でないと、日本は鈴木孝夫さんが 年前に言っていますが、本当に日本語によって壁を作ることになる。それは 日本人にとっても、大きな障害だという気がします。 今までの話をまとめると、私たちは日本語を教えることをしながら、教え ている日本語は本当にこれでいいのかということを常にチェックをして、場 合によっては日本語そのものを変えていくということを、自らの手でやるこ とが必要ではないかというのを、いろいろなことをしていて感じるというこ とです。 真の互恵的な関係とは それからもう つ、ぜひ言いたいことがあります。今年の 月にインドネ シアのジャカルタでインドネシアの看護師が 人ぐらい集まってデモが

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ありました。それはインドネシアの病院における看護師の待遇改善を訴える デモでした。 つが仕事がきつ過ぎる、過重労働。賃金が安すぎる、低賃金。 もう つが地位。病院内における地位、社会的な認知というものが低すぎる。 そういうことを訴えてデモがありました。よくよくこの つを見ると、日本 語教育の現場と似ている。日本語教育の現場は賃金が安い。過重労働、ただ 働きが多い。社会的な認知度が低い。全て当てはまる。さらに転職が多い。 非常に近いものがあるので、我々もデモをしなければ。 それはともかくとして、今、フルタイムでジャカルタやバリなどのインド ネシアの病院で働くと、大体 カ月の給料が 円ぐらいです。夜勤や休 日出勤などの残業も含めると 万 円ぐらい。インドネシアでは 円 から 万 円で、日本に来ると 万円ぐらい手に入る。しかし、恐らく いろいろ引かれますし、かつ看護師ではなくて看護師候補者として日本の病 院に入りますので、そうすると 万ぐらいになるでしょう。しかし、 円や 万円という給料の所から 万円や 万円というのは、これはすごく格 差がありますよね。 倍でしょう。もし 倍の給料がもらえるとしたらどう しますか。行きますよね。日本で一生懸命働いて 万円ぐらい、隣りの国に 行けば 万円が カ月にもらえるという状況をもし皆さんが耳にすれば、 密航したって、ボートピープルになったって何とかして隣りの国へ行って、 不法就労だろうが何だろうが数年間働いて、数千万稼いで帰ってきて、家で も建てようと思いますよね。 要するに、そういう状況が今、あるわけです。一方で、世界的な人材の争 奪戦が今、起きている。日本もインドネシアもフィリピンも (ウィ ン・ウィン)の関係でいきましょうというわけですよ。ウィン・ウィンの関 係、つまり漢語で言えば互恵的な関係、お互いに恵みのある関係を唱えてい ますが、実際は互恵的な関係にはならないわけですよね。つまり、一方的に 日本がインドネシアで養成された即戦力の人たちを使うという形なわけです ね。この関係は、例えば、 (世界保健機関)はずっと警告を発してい るわけです。それでいいのか、と。つまり、アメリカやイギリス、カナダ、 サウジアラビア、さらには日本も加わって、開発途上国が自分の所でお金を かけて養成した人材を即戦力として、引き抜いて、自分の所でその人たちを 育成するコストをかけずに使う。その送り出した国は空洞化していく。この 関係をどうすれば、本当のウィン・ウィンの互恵的な関係に持っていくこと ができるのだろうか。これは本当にある意味、真剣に考える必要があるので

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す。 私は東南アジアにもいっぱい友人がいるのですが、 春原が最近やってい ることはおかしいんじゃないか などと、怒りのメールが来るわけです。今 までは自分たちの国へ帰って、自分の国の利益になる人間を育成していたわ けです。ところが、今やっていることは、医療福祉関係者も留学生もそうで すが、日本が日本で消費する人間を作っている。 日本人の日本人のための 日本語教育を最近はやっているのか と言われて うーん と思い、 いやぁ と言ったものの実際そうだなと思いました。 現在の先進国と開発途上国、要するに北の国と南の国の関係は全然互恵的 ではなくて、片方は供給国、片方は消費国になっています。これをどうすれ ば、サイクルが回るか、つまり自分たちの国にとっても、送り出した国にとっ ても恵みがあるような形にもっていくことができるか。国際的なセーフティ ネットと言える関係を作っていく。そういうことを考えながら英語教育でも 日本語教育でもいいのですが、やっていきたい。しかし、実際に自分がして いることというのは決してそうなっていない。そういうジレンマの中で自分 としては、日本語教育をしているのですが、恐らくこのジレンマというのを 手放してはいけないだろうなと思うのです。ここから私が引くことは簡単に できる。そういう罪深いことは止めますと言って引くことはできるのですが、 恐らく引いても誰かが引き継ぐだろう。であれば、こういう罪深い現場にい ながら、この関係をどうやっていけばいいのだろうということや、本当にお 互いにいい関係を作っていけるように持っていけないだろうかということを 言い続ける人間がいてもいいのかなという気がしています。これが つ目の 今日のメッセージです。 つ目が日本語というものを変えていくのだということ。 つ目が日本人 の日本人のための日本語教育ではなくて、互恵的な関係を将来的に目指した 研修や教育の構築ができないのかということです。 減少する言葉 そろそろせっかく用意してもらった資料に入ろうかなと思います。資料の 最初の部分に目次がありますが、たくさんの資料の中からいくつかピック アップして今日の話としたいと思います。まず (ア)に減少する言葉とあ ります。これは言葉の数が減るということです。 行目、 紀元前 年 ごろ、 万語から 万 千語あったという言語は 年から 年までの間

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に 、ここに 年から 年までとありますが、この時期はどういう時期か、 大航海時代が始まって植民地時代が始まったわけですね。ブラジルがポルト ガル語になり、その他のラテンアメリカはスペイン語が広がって、インドや フィリピン、シンガポールでは英語が使われ、 年から 年の期間に 万 千語から 語、つまり %言語が減っているのです。世界の言葉の 多様性が、今、どんどん減っていて 世紀中に、つまりこの世紀中には % に減るとすると、約 語の言語しか残らないということになります。 これもジレンマなのですが、日本語教育とは、むしろ言語を消滅させる事 業なのです。つまり、強い言語を普及させるということは、多くのマイナー な、小さな言語をむしろ滅ぼしていくという働きをしている。そういう意味 で言語抹殺の加害者なのです。 言語はアイデンティティ 言語というものをどう考えるか。これはいろいろな説があります。言語道 具論、言語は道具なのだからなくなってもいいでしょう、どんな言語も単に 道具として考えればいいのだからという言語道具論もあります。そうではな いというのが (ア)の第 段落からです。そこは読んでいただいて、 (ア)の第 段落 要するに というところです。 言語はアイデンティティ なのです。この場合のアイデンティティとは何を指すかというと 根っこ です。 世界の中での自分の居場所 、つまりどこにいるのかというのを言葉 が物語ってくれるのです。ニュージーランドのマウイの人がこう言っていま す。 自分の言語を話さずに育てば、自分が何者なのかわからなくなる 、つ まり、自分の 根っこ が分からなくなってしまうということを言っていま す。 言語のピラミッド ただ、言葉を潰していくのはすごく簡単で、 (イ)を見てください。言 語のピラミッドのようなものが描いてあります。これはあるヨーロッパの学 者は 層で描いているのですが、私は 層で描いています。この図は配分が 少しうまく描けていないのですね。スーパーハイパー言語と言われる英語が 一番上にあって、その次に つの言語があります。日本語以外は国連の公用 語です。その後で、 つの国を越えた地域ブロックというのでしょうか、例 えばケニア、ウガンダ、タンザニア、ザイール辺りで使われているスワヒリ

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語であったり、インドシナ半島で使われているタイ語であったり、ある地域 で広域に使用されている言語があります。それから国の言葉、国家言語があっ て、その下の ローカルな言語 はすごく小さな層になっているのですが、 各国の国語というところまでを全部合わせても %です。従って、本当はこ こまではもっともっと上の方の位置に示されなければならないわけですね。 さらに、各国の国語は、全ては含まれないのですが、ほぼここまでの 語 というのが 万人以上のユーザー、使用者がいる言語です。 絶滅が危惧される言葉 今、一番問題なのは、一番下にあるローカルな言語で、その言葉を使って いる人たちが平均 人程度という言語が、非常に多くある。 エスノロー グ という世界中の言語のデータベースのウェブサイトがあって、そこでは、 その言語を使う人が 人ぐらいしかいない、まさに絶滅が危惧される言 語が今 語あると言われています。 いかに言葉が簡単になくなるかという一例として、オーストラリアにアボ リジニーと言われる人たちがいます。その人たちはいろいろな言語を持って いて、 年には のアボリジニーの言語があった。今はいくつあるかと いうと です。ということは、英語普及政策によって、アボリジニーの持っ ていた固有言語が消滅していったのが分かります。これは日本の国内でも方 言というものに言えるのかも知れないのですが、ある意味で言語や文化の伝 承を断ち切るのは簡単にできるのですね。 力の格差を示すピラミッド このピラミッドを見て、もう つ大変重要なことは、このピラミッドは言 語のピラミッドですが、実はこの言語圏にいる人たちの力の格差を表してい るということです。このピラミッドの下から上に移動する人たち、例えば、 今回のインドネシアから日本に来る看護士、介護福祉士の人たちがそうです が、下から上に移動すると何が起きるかというと、格下げ現象です。これは 医療福祉関係ではすごくはっきりしているのです。例えば、医師は看護師で 移動する。看護師は介護士で移動する。例えば、フィリピンからカナダに行 く。介護士は家政婦で移動するというように自分の社会的な地位を つ下げ る形で、力が上の国に移動していくのが世界的に起きている現象としてある。 もう一方で、上から下に移動すると、今度は格上げが起こる。だから、どう

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でもいい若者であっても、上から下の国に行くと先生と言われるのです。何 かありがたい思いをする。語学教師などそうですね。下の国に行くと、いい 生活ができたりする。そのような現象が起こる。 非効率的だが幸せをもたらす多文化・多言語共生社会 この図で私は何か結論を言いたいのではないのですが、世界が つの言語 になってしまえという思いがどこかにあるのではないか。世界が英語になっ たら楽ではないか。 言語道具論 というのは基本的にそれです。世界が つの基準だったらすごく効率的ではないか。そこで、ぜひ皆さんに考え続け て欲しいのは、本当に効率的になることが幸せをもたらすのかということで す。多言語、多文化ではない方がいい。その方が効率的で楽だ。多分、その 道もあるのだろうと思います。それとも、いろいろ非効率でいろいろな衝突 がある。つまり、考え方が違うということは、いろいろな紛争、抗争、行き 違いがあるわけです。そういう行き違いや伝わらなさ、分からなさというも のが、実はすごく大事なのだ。多文化社会というものを、本当に選択するか どうかは、もしかしたら私たちのライフスタイルを効率性というものと切り 離して考えることが必要かも知れないと思うのですね。ひたすら効率的であ るのだったら、多言語、多文化である必要がないという私の主張にぜひ反論 をしてください、というのが、このピラミッドを使って言いたかったことで す。 高度人材のみで構成される地域社会は住みやすいか .に グローバル化と高度人材 とあります。日本政府は一貫して、高 度人材を受け入れると言っています。ところが、高度人材を受け入れるとい う建前、方針にも関わらず高度人材は日本を回避し、労働集約型の現場に単 純労働者と言われる人たち、要するに、高度人材ではない人たちがたくさん 入ってきているということですね。 果たして高度人材だけで構成されるような地域社会や国というものが住み やすい国なのかどうか。これはドイツでも同じ議論があるのです。ドイツの 移民局長が 丁度プロサッカーのチームのように、優秀な人たちを集めて強 いドイツを作るんだ ということを言っています。ところが、そういう優秀 な強い人たちだけを集めて社会を作っていく。こういう社会に住みたいです か。ここはすごく大事で、選択しなければいけないと思います。仮に自分が

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そうではなかったら自分はそこから排除されるのです。今、日本でもそうい うことが起きているわけです。経済的に恵まれていなかったら、学歴がなかっ たら、いろいろなことで障害を持っていたら、つまり強くなかったら排除さ れるということが起きている。果たして、そういうような社会がいいのかど うかということも、このグローバルな人の移動という世紀の中で考える必要 がある。企業が強い人材を求める。しかし、地域社会を考えた時、強い人間 だけで健康で五体満足で優秀で、そんな人間ばかりで構成されるということ はあり得ないし、そういう社会が居心地がいいという気はしないわけです。 であれば、どういうような地域社会を作りたいかということを考えていく必 要があるし、その中の重要なテーマの つとして、コミュニケーションの問 題がある。 医療従事者の言葉の壁 今言った、日本が高度人材を受け入れていくというものの小さな例ですが、 (エ) 年医師の国籍条項撤廃。医師のみで看護師、保健師、歯科医 師もまだ。 というのがあります。皆さん、 年の 月に医師の国籍条項 が撤廃されたというのを知っていましたか。秋田大学に留学したバングラデ シュの青年と話をしていて、 僕、日本の国籍を取得しないと日本で医療行 為はできないんだ と言っていたので、 本当か と言って調べてみると、 国籍条項は撤廃されていることが分かったのです。本人も国籍条項が撤廃さ れたのを知らなかったのですね。 国籍条項、日本の医科大学を出る、日本語の国家試験に合格するという つの条件があったのですが、このうちの つが撤廃されたのです。 つとい うのは国籍条項、つまり、バングラデシュ国籍であろうと、アメリカ国籍で あろうといいのですね。日本の医科大学を出るという条件も撤廃されている のです。従って、シンガポールの大学であろうとインドの大学であろうと、 どこで医学を勉強しても構わない。 つだけ残っているのが、日本語による 日本人と同じ国家試験に合格しているということです。ということは、やは り非常に高い日本語力が要求されているのですね。非常に高度な日本語力と いうことだけが残っているということは、日本で医療行為を行うのは大変だ ろうなという気がします。

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供給国と需給国 先ほど少し触れた格差ですが、 (ア) 医療従事者の移動 に、 現在世 界で 万人といわれる医療従事者が国境を越えて働いている。 と書いてあ ります。日本の医療従事者は比較的移動が少ない部類です。なぜかというと、 日本語という非関税障壁があるからです。日本にも入ってきにくいし、日本 からも出て行きにくい。これがいいか悪いかは別ですが、 クイズ のア 円 円 というのは、フィリピンのケースです。フィ リピンの カ月の看護師の給料と、アメリカに行った場合の給料です。イ 病 院数 というのは、フィリピンでこの 年間に病院が から に減ったということです。減ったということは病院が閉鎖されているという ことです。これだけ空洞化が激しいのです。例えばこういうデータがありま す。ワシントン で現在働いているナイジェリア国籍の医師の数は全ナ イジェリアの医師の数より多い。もう つ、パリで働いている西アフリカの ベナン出身の医師の数は全ベナンの医師の数より多い。ということは、いか に供給国は供給国でしかないかということです。つまり、そこには互恵的な 形でメリットが戻ってきていないということが起きています。 その下のウ 千万人 百万人 というのは、フィリピンの人口と海外 で働いているフィリピンの人の数ですね。その下のエ 人 人 というのは、 年でしたか、興行というエンターテイメントのビザで来て いたフィリピンの人の数。これが人身売買だという国際的な非難を受けて、 万人が 千人に減ったのです。この後すぐに出てきた議論が による 看護士・介護福祉士の受け入れという話です。人の移動というのは、少し長 いスパンで見ると、どうしてここでこういうことが起きたのかが見えてきま す。エンターテイナーの人たちが減り、次に による看護士・介護福祉 士の受け入れという話が出てきます。こういうのは非常に重要なことなので、 現実を見る時にぜひその前後の文脈を見てください。例えば、日本からブラ ジルへの移民が 世紀初頭に始まりました。その 年前にブラジルで奴隷制 度が廃止されている。それで、日本や韓国、中国などから移民の受け入れが 始まるわけです。どういう経緯でその国が受入政策を始めたのか。送り出し 国にどういう送り出し理由があるのか。そういうことを踏まえた上で私自身 は納得して日本語教育をしたいなと、このようなことを考えているわけで す。 その次のオ 医師 %・看護師 % というのは、現在のイギリスにおけ

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る医師の %、看護師の %が外国人ということです。一番下のカ 実需 人 現在 人 というのは、日本の介護施設で実際に必要な人 数は 万人なのですが、現在働いているのは 万人ということです。ただ、 ここからすぐに、だから外国人が必要なのだと言うのは全く別の議論ではな いかなと思います。 フロー政策からストック政策へ ここからポイントだけいきます。目次の に フロー政策からストック 政策へのグローバルな流れ とあります。フロー政策というのは受入政策、 つまり、どういう人たちをどのくらいの期間、何人ぐらい受け入れるのか。 例えば、 年に入管法が改正されて日系人を入れましょうということです。 あれははっきりしているわけですね。日系人は、南米中探しても数十万人と いう規模が分かっていますので、そういう人たちを、出稼ぎで受け入れる。 そういうのをフロー政策、つまり受入政策というのです。ストック政策とい うのは、受け入れて住んでいる人たちと一緒に、社会をどうやって作ってい くのかというものです。日本語でいうと、いい訳とは思えないのですが、 社 会統合政策 と言われています。これも移民国家と言われるオーストラリア やカナダ、アメリカなども含めて、 年あたりから世界中でフロー政策、 受入政策の議論からストック政策、その人たちと一緒にどうやって社会を 作っていこうかという議論が世界中で起きています。 ストック政策、社会統合政策の柱は つです。 つ目が教育保障です。日 本でも今まさにそうですね。学齢期の外国籍の子どもたちの教育は、日本政 府の義務なのだと全国の草の根で、外国人の児童生徒を支援している人たち がずっと訴えています。 つ目が労働保障。働くということです。学ぶとい うことと働くということ、そして、 つ目が社会保障です。年金や保険のよ うな社会保障です。 例えば、今日私が一番最初に話したアジア人財資金構想は、まさにこの、 教育と就労の支援をしているわけです。留学生という教育制度で来た人たち が次のステップに移って、日本企業で働こうという時に、ビジネスジャパニー ズとして、今度は教育から就労、労働に入っていく、そのための今度は新し いステップの日本語教育をする。従って、フロー政策とストック政策の日本 語教育的な違いは何かというと、フロー政策というのは導入教育。従って、 日本に来る前か、もしくは日本に入ってすぐに、例えば数ヶ月、もしくは

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年という形で導入基礎教育をするのがフロー政策における日本語教育のあり 方です。今までの日本語教育は全てそうです。中国帰国者も、インドシナ難 民も、技術研修生も留学生もそうです。それが今、ストック政策の時代に入っ て初めて、生涯学習としての日本語教育が始まりました。だから、学生とい う身分から、今度は社会人という身分に移行する時に何が必要かということ で、アカデミックジャパニーズでなくてビジネスジャパニーズなるものが出 てきたわけです。 今度日本に入ってくる看護師や介護福祉士の人たちもそうですね。私の所 で導入研修をする。その後で病院や施設に入ってから、今度は国家試験を受 けるための学習に移行していくわけです。この問題を考える上で各国はそれ ぞれいろいろな実験をしています。本当に今、世界中で実験が起きています。 ドイツは 時間のドイツ語と 時間のドイツ文化教育、スウェーデンは 時間、韓国はどうか、カナダはどうだろう。世界中で社会統合政策の実験を しています。それは非常に流動的でダイナミックな状況なので、興味のある 人はぜひ調べてみてください。 定住者のための日本語教育を 最後に、日本の場合の非常に困難な、または大変な、考えなければいけな い、特に言語教育、言語に関わる人たちが考えなければいけないこととして、 リテラシーの問題があります。読み書き能力、もしくは書記言語能力、文字 言語能力です。日本語は音声、もしくは文法は、世界の あまりの言語 の中でも比較的シンプルな言語です。ただ、 つのことがとても複雑です。 つは語彙の問題。ある言語が 語でカバーできることが日本語の場合、 ずっと多くの語彙がないとカバーできない。語彙の種類が多い。点検すると 言ったり、チェックすると言ったり、見ると言ったり、和語でも言えるしカ タカナ語や漢語でも言えるし、それがみんな使い分けられている。そして、 つ目が表記。どう書くかという問題です。 日本に住んでいる外国人にとって、日本で暮らしていてある時点でどうし ても読み書きができないと日本社会に十分に参加できないという時期が来 る。例えば、配偶者で来ている人たち、フィリピンやベトナム、インドネシ ア、スリランカの人たちが今、数多く配偶者で来ています。はじめは会話を 生活の中で身に付けていき一応日常会話はできる。しかし、子どもが学校に 上がって、いろいろな物を持ってくる。その時に読めるかどうかという読み

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書き能力の問題に日本に定住していると、ある時点でどうしてもぶつかって しまう。その時にどうやって読み書き能力を習得することができるのかとい う問題を言語教育、日本語教育をしている人たちはぜひ真剣に取り組んで欲 しいし、その時に日本語そのものが本当にこれでいいのかについても考えて ほしい。 今、全国の自治体で分かりやすい表記に変えようという動きが起きていま す。例えば、 こちら避難所 と書いてあるのを 逃げる所 にする。そ うすると、初級でも分かるわけですね。そういうのを幼稚だと言っている場 合ではないのです。私たちにとってもやはりその方が、やさしい言語である わけです。すなわち、言葉そのものをできるだけ心地よい言語にしていくと いった問題をぜひ考えていただけたらというお願いをして、丁度時間になっ てしまいました。私の配付の資料にはほとんど触れることはできませんでし たが、私が今、関わっているところで非常に訴えたいと思っていることを勝 手に訴えさせていただきました。私の話はこれで終わりにします。どうもあ りがとうございました。 はるはら けんいちろう (財団法人海外技術者研修協会( ) 日本語教育センター長)

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資 料 目次 .グローバル化と言語生態系 (ア)減少すること (イ)階層化・序列化すること (ウ)既得権が発生すること .グローバル化と人の移動 (ア)第 局面 (イ)少子高齢化と人の移動( 年問題 日本) .グローバル化と高度人材 (ア)経済連携 (イ)留学生 アジア人財資金構想 (ウ)資格の相互認定制度 (エ)国籍条項の撤廃 (オ)投資移民 .グローバル化と医療・福祉従事者の移動の現状 (ア)医療従事者の移動 (イ)市場自由化 (ウ)格差の拡大 .フロー政策からストック政策へのグローバルな流れ

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.グローバル化と言語生態系 (ア)減少すること 外国語教育の食卓に上るのはどのような言語群であろう。まず、言語をめ ぐ る 盛 衰 史 を 瞥 見 し て み る。 他 の “ ”( 新訂・世界言語文化図鑑 東洋書林 )によれば、紀元前 年ごろ、 万語から 万 千語あったという言語は 年から 年までの 間に 語に減少し、 世紀中には更に 分の になるか、 パーセント は消滅すると言われている。 言語の絶滅には、どんな不都合があるのか?これも進化の一環であり、 世界共通のコミュニケーションが有利である以上しかたがない、言語の種類 が絞られていくのはその副作用にすぎない、と言う人もいる。もちろん、世 界共通語には大きなメリットがある。それをすでに体現している業界もある。 たとえば航空管制官にとっては英語が必須である。しかし、言葉の大切さは、 たんなる利便性だけではない。言葉が失われれば、生活の仕方や知識全般が そっくり失われるかもしれないのだ。込み入った宗教的・社会的儀式は消滅 し、口述伝承も絶える。世代を越えて蓄えられてきた植物、動物、環境につ いての知識も失われる。そして人間の発明した言語という豊かな力、知識や 経験を話して聞かせるという人間特有の豊かな力は、はるかに貧弱になって いく。 要するに、言語はアイデンティティ、世界の中での自分の居場所について を物語る。アニ・ローヒヒはニュージーランドの北島のマオリ族の教師だが、 これを端的に言ってのけている 自分の言語を話さずに育てば、自分が何 者なのかもわからなくなる 。 ( 毎年、 の言語が消滅している 世界を見る目が変わる の事実 ジェ シカ・ウィリアムズ 草思社 ) 生態系を例に考えてみても、わずかな強い生物種だけが生き残ることは食 物連鎖のネットワークが機能しなくなり、生態系の破滅につながる。持続可 能な環境であるためには、生物の多様性を必要とする。同じようにヒトとい う種が生き残るためにも、多様性が必要であり、多様性の根幹をなす言語文 化の多様性は大切である。強い少数言語だけが残るのは自滅行為である。言 語多様性は資源であり、力である。 しかし外国語教育は一部の趣味人や研究者を除けば、学習目的は現実的か つ実用的である。アイヌ語やマオリ語、ハワイ語などのマイノリティ言語の

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維持、継承、復活の運動もあるが、圧倒的に市場・商品・流通価値を持つの は覇権言語である。見方によっては外国語教育という産業は、言語を衰退さ せる推進力の一角を担っているとも言える。 (イ)階層化・序列化すること 言語には政治・経済・文化的資源として見たとき明らかに序列がある。世 界の あまりの言語は、五つの階層( )に分かれると思われる。 現在、第一にグローバルな支配言語としての英語がある。 二番目に英語に準ずるグローバル言語としてのフランス語、スペイン語、 アラビア語、中国語、ロシア語、そして日本語などがある。 三番目として南アジアのヒンディー語、インドシナ地域のタイ語、東アフ リカのスワヒリ語などの各地域ブロックで優勢な言語がある。 四番目は各国の国語、 番目はさらにローカルな言語と続く。 この中でグローバルな市場価値、商品価値をもっているのは上位階層の十 指に満たない言語である。英語、フランス語、スペイン語、ロシア語、中国 言語の階層図(はるはら )

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語、アラビア語、日本語などの言語をここでは グローバル言語 と呼ぶ。 (ウ)既得権が発生すること 他 多言語学習には膨大な時間・コスト・エネルギーがかかる。だれが、 どのぐらい他 多言語学習にエネルギーを使い、その見返りはどの程度ある のかは、どの言語階層に所属するかが影響する。 .グローバル化と人の移動 (ア)第 局面 グローバル経済は第三局面に入っていると言われる。第一局面は、換金作 物の生産。例えばコーヒーや紅茶、バナナ、エビなどである。大農園に周辺 の労働者、主に男性労働力、が安く大量に雇用される。第二局面は、大規模 な都市郊外の工業団地の建設である。自動車産業、家庭電器産業。半導体工 場などが建設される。この時期には、女性が大量に雇用され、 労働力の女 性化 とも呼ばれる。そして現在、第三局面と呼ばれるのは、 国境を越えたケア労働者、特に女性の移動の時代である。 グローバリゼーションの中で、資本の移動の自由は加速化している。しか し人の移動の自由に関してはヨーロッパの要塞化といわれる の ダブリ ン条約 などに見られるように世界各地で試行錯誤が繰りかえされている。 とくに男性労働者の移動の自由はむしろ厳しくなってきている一面、女性に 関してはむしろ移動が激しくなっている。それは 移動の女性化 とも呼ば れている。だが、そのなかでも女性の移民は家事・育児・看護介護分野等で 急増している。その背景として各国で公的保障としての医療福祉政策が後退 し、市場自由化が進んでいることが考えられる。 (イ)少子高齢化と人の移動( 年問題 日本) 歳と 歳に関係する 年(度)問題 というのがある。 年度に 歳人口と大学の定員数が同数に近くなり、全入時代と呼ばれる大学の生き 残りの時代が始まる。当然、人気のない大学は淘汰されていくこととなり、 大学経営のために全国のほとんどの大学は学生の確保に血まなこになってい る。日本人の十代人口が増えないということは勢い、年齢や世代の制限を拡 大する方向で社会人入学の推進、そして地域の枠を超える形で海外からの学 生の確保が議論の土俵に上ってくる。一方、アジア太平洋戦争直後の 年

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から 年に誕生した膨大な団塊の世代の定年退職期が始まるのが、同様 年度である。日本の戦後復興から高度経済成長期を生き抜き、ものづくり文 化を支えてきた世代である。まだ元気で、働く意欲があり、技術をもってい る団塊の世代を活用しようと、ハノイやウランバートルなどアジア各地に大 きな工業団地の建設が始まっている。そのような工業団地に定年退職した日 本人のもの作りの技術者を送り、現地の若いエンジニアの卵に技術を伝達す る。そしてやはりそこでも当然日本語教育の需要が出てきている。 .グローバル化と高度人材 (ア)経済連携 自由貿易協定( )、さらに包括的経済連携協定( ) による、もの、情報、人の自由化。 年インドネシア看護師・介護 福祉士候補者来日 (イ)留学生 年アジア人財資金構想 (ウ)資格の相互認定制度、 (エ) 年医師の国籍条項撤廃。医師のみで看護師、保健師、歯科医師も まだ。 (オ) 年新潟県構造改革特区による規制緩和を利用し佐渡島に投資移民 日本における外国人受入と言語政策に関しては、国策か民間ベースかで格 差がある。国費留学生、技術研修生、技能実習生、中国・サハリン帰国者、 インドシナ難民、北朝鮮拉致家族、 比国看護介護士等の国策ベースに ついては数週間から数ヶ月にわたる日本語教育等の言語保障が行われてい る。一方で外国人配偶者、日系南米人、就学生・私費留学生等の民間ベース については受益者負担となる傾向がある。またフロー政策として入国直後に は日本語や社会文化適応支援を行うが、それ以降のストック政策としての言 語保障は中国帰国者の一部を除き、ほとんど実施されず、地域のボランティ アに委ねられている。 .グローバル化と医療・福祉従事者の移動の現状 (ア)医療従事者の移動 現在世界で 万人といわれる医療従事者が国境を越えて働いている。

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クイズ 次の数字は何を表すか(解答は本稿の 供給国と需給国 参照) ア 円 円 イ 病院数 ウ 千万人 百万人 エ 人 人 オ 医師 %・看護師 % カ 実需 人 現在 人 (イ)市場自由化 年以降アメリカでは医療の市場原理が本格的に導入され、その結果、 以下のような現象が起こっている。 ア 看護師一人当たりの受け持ち患者数の増加(受け持ち患者数が 名増加する毎に) イ 患者死亡率の増加( ) ウ 看護師のバーンアウト率の増加( ) エ 離職希望者の増加( ) オ 経済力のない患者の切り捨て 以上のような現象は市場自由化のバンパイア(吸血鬼)効果と呼ばれてい る。 日本でも 年以降、医療の規制緩和・構造改革が急速に進んでいる。例 えば以下のようなことが起こっている。 ア 混合医療の導入 イ 診療報酬体系下での下落圧力傾向 人件費の切り下げ 病院職員の半数が看護師 雇用の不安定化 ウ 株式会社の参入( 年医療業務への派遣解禁) (ウ)格差の拡大 グローバルな規模での人の移動は経済的に下層の国・地域から上層の国・ 地域への移動であり、更に送り出した国の空洞化が世界各地で起きている。 たとえばイギリスの看護師が南アフリカから来る。南アフリカの医療が空洞 化する。すると今度は南アフリカの周辺国から南アフリカに看護師が行く、 という流れがある。そういう医療とか福祉とか教育のグローバルな偏在化・

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空洞化の問題についても議論が必要である。 世界保健機関は 不正な 医療関係者の引きぬき について先進国に警告を発している。 人の不正な 引きぬき だけではなく、日本からの産業廃棄物の輸送(何度も比国の住民 の反対運動にあっている)や、比国の臓器売買の国策化という前代未聞の計 画もニュースになっている。そのような言語間を移動する人たちの背景につ いての知識と情報の分析、そして想像力と議論が必要である。その上で、自 分の立ち位置 ポジショナリティを読みとり、言語事業に自分が納得して関 わるために何をしなければならないのか、考えぬく必要がある。自分はどの ような社会や世界をめざしたいのかという夢と展望、ミッションマインドを もつこと。それは、言語・文化間移動者に伴走する職業人として、かけはし となることでもある。 日本では、 歳以上の高齢化比率が パーセントをこえて、 人に 人は 高齢者という県が各地に出てきている。それに対応するため 年に介護保 険制度が導入され、国から巨額の予算が下り、多くの老人施設、養護施設が 建設された。全体的に女性の比率が高く、施設によっては 対 の割合で女 性が占めている。介護関係者は日本人にも成り手は多いが、離職率・転職率 が高く、外国人の看護師・介護福祉士受入要請につながっている。 や の背景には、 万 千人といわれるエンターテイメント 興行ビザで来日している人たちがいて、その中の 万人はフィリピンで、全 体の %を占めている( 年法務省入国管理局)。それに対して人身売買 や児童買春ではないかという警告を国連やアメリカから受けている。また、 日本がアジア各国で日本製品の関税を下げてもらう代わりに、第一次産品の 輸入や人の移動が出てきている。これは日本だけの事情ではなく、例えば、 台湾にもベトナムやフィリピンからたくさんの配偶者やメイドさん、ケア ワーカーが来ている。そういう人を送り出す力、背景が世界的な規模の人材 移動・派遣市場と結びついている。

参照

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