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左右両部における「還城楽」 : 音楽学フィールド・ワーク調査報告

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(1)

音楽学フィールド・ワーク調査報告

左右両部における「還城楽」

A Report on a Field Work : ‘Genjoraku’ of the Right and Left Dance.

(1)本研究における目的及び概要

General lntroduction

立目

 舞楽は,平安時代以来左方唐楽,右方高麗楽の両部に大別され今日に伝承され来ったことは 夙に知られているところである。この左右両部における舞楽の相違は,伴奏の楽器編成,舞の        ツガイマイ 構成様式の上から更には舞人の装束の色彩に至る迄厳然と区別され,「番舞」の制により,左 方の舞曲とこれに対応する右方の舞曲とが一対として定められ,様々な場における舞楽の番組 編成の上にそのことが重要な意味を持っている。ところがここに、本来左方唐楽に属する舞曲で ありながら左方と右方の両部に亘って存在する舞楽がある。「還羽冠」「抜頭」の両損がそれで ある。これらの曲には楽曲も舞も共に左方唐楽に属する舞曲が存在する一方,「右方磐城楽」 「右方抜頭」と称する別曲が右方扱いとして存在し,それぞれ左方の曲とは異った舞手や舞態 を有しており,その点では,・同名異曲と称しても差つかえがない。しかし,左右両曲とも, めん  む し  りょうとうしょうそく ばち   び 面,牟子,補櫨装束,揆,蛇(但し還城楽のみ)等の装束や調度を用いること,又舞曲の楽 曲、その基本的な構成やそれらの演奏順序が相互に同じであること,舞の手の中の一部に共 通したものが認められること等の諸点から考え合わすと,両者は相互に何らかの関係を有して いることがうかがわれる。すなわち,左右のいずれかに元曲があり,これをもとにしてアレン ジされたものがこれ又右左のいずれかに配されたものであろうとの推測が成立するのである。  古来よりの楽書には、この「抜頭、」「還城楽」両曲については伝説的な楽曲の由来以外にはあま り多くの記述が見られず、まして、この左右両舞の成立に関する時期やその推移について述べら れた記述は寡聞ながら見出すことはできない。こうした問題の解明にあたってまずその第一段 階として現在伝承されているこれらの舞楽を分析し,両者の特質を比較することから始めた。  更に第二段階では,舞の現行譜と二二との比較を行い,分析した現行の舞手とこれら舞譜と を照合せしめ,その成立の上限を推定することを目標としている。  こうした意図のもとに,我々フィールドワーク担当者は,左右抜頭・還城楽の採集調査を開       1

(2)

左右両部における「還城楽」 始した。 採集調査対象としては, 南都の楽統を伝承する奈良春日大社の雅楽演奏団体である 「南都楽所」と四天王寺の楽統を継ぐ演奏団体である大阪の天王寺楽所「雅亮会」を選んだ。 「南都楽所」は平安時代以来,宮中の「大内楽聖」とも深い関係を持ち,御所へは常に左方を 以て仕えて来た。従って今日南都に伝わる「抜頭」「還城楽」は南都楽家芝氏の流れをくむ左 方のそれであって,本来右方のものは伝わってはいない。ただ,近年に至って,「右方還城楽 」を元宮内庁楽部楽長安倍季厳氏によって伝授され,現在は南都楽所のレパートリーに加えら れているが,これは宮内庁の右方還城楽ともいうべきものである。  これに対し,天王寺楽聖では古来,御所においては右方を以って奉仕して来たところがら, 右方の「抜頭」「還貧楽」のみが伝えられている。「抜頭」は天王寺楽家岡氏の系統を伝えるも のであり「還城楽」は,近世を通じて楽家東儀氏(季)が伝えたものであったが明治以降は楽 家岡氏のものが伝えられている。  このように南都楽所と雅亮会とでは歴史的にもそれぞれ左方と右方との異った伝承を持ち, それが今日に至るも遵守されている所から,我々の調査対象としては真にふさわしいものであ るといえる。  我々は担当する授業の一環として南都楽所と雅亮会に「抜頭」「還城楽」の採集調査に赴い た。その採集日程及び内容については次の通りである。     第1回  月  日  昭和58年5月15日  場  所  奈良春日大社  採集対象  左方抜頭

 演奏者 南都楽所舞人堀川俊氏

    第2回  月  日  昭和58年5月16日

 場所大阪四天王寺

 採集対象  右方抜頭

 演奏者 天王寺楽界雅亮会舞人跡見法隆氏

    第3回  月  日  昭和58年9月5日  場  所  四天王寺  採集対象  右方還城楽

 演奏者 天王寺町所雅亮会舞人徳山雅宥氏

    第4回  月  日  昭和58年9月13日  場  所  春日大社       2

(3)

左右両部における「還城楽」 採集対象  左方出城楽 右方還城協 演奏者  南都楽所 舞人 堀川俊氏・井沢敬允氏    第5回

昭和58年11月24日

場  所  相愛大学404教室 採集対象  右方還城楽 演奏者  天王寺楽所雅亮会 舞人 小野功龍氏  以上5回に亘っての調査において,われわれは舞をVTRに収録することに成功した。そし て授業を軸にしてその分析作業を開始し,今なおその作業は続行中であり未だ半ばではあるが ,これらの中で「右方還城楽」については大略の分析を終えることができた。そこで,フィー ルド・ワークの中間報告として,ここに「右方還城楽」の分析結果を大谷氏の執筆によって御 紹介したい。先にも述べたように南都楽所の「還城楽」は近年宮内庁から導入されたものあり ,いわば間接的には宮内庁の「右方還城門」であるといえる。又天王寺雅亮会の還城楽は天王 寺楽所固有のものとして古来伝え来ったものであるが,両者においては舞態の相違に加えて舞 の手にも相違が認められ,同じ計画にも伝承の過程における差異のあることが解った。そのこ とはこの研究を進めて行く上に,大きな問題と興味がひきおこされるところでもある。  次項大谷氏の論考を御一読の上御教示を仰ぐ次第である。

(2) 「還城門」の舞の比較

A Comparative Study of Two Versions of ‘Genjoraku’

紀美子

分析の手続 1. 「還聖楽」の2つの伝承をヴィデオテープレコーダーにより録音・録画を行った。

 雅亮会。昭和58年9.月5日於四天王寺

     舞人 徳山雅宥      楽  雅亮会      。昭和58年11月24日 於 相愛大学      舞人 小野功竜       3

(4)

左右両部における「還城楽」       楽  レコード『四天王寺聖霊会』  南都四所。昭和58年9月13日 於 春日大社       舞入 井沢敬允       楽  南都遊所 2.収録されたヴィデオを見ながら,破の部分を小野が雅亮会の舞を,手付譜を作成するよう  に,動作を小単位に区分し,名称を与えていく。この名称は,雅亮会で通常用いられている  ものを使用。 3. 2で行ったと同様に,南都楽所の舞の破の部分を大谷が動作を小単位に区分し,名称を与  えた。この場合,比較の際の便宜を考慮し名称は雅亮会で用いられているものを,使用し  た。従って,必ずしも南都楽所でこのような名称が用いられているのではない。        注1 4.次に2つの伝承の動作を,箪築(最初の2小節は龍笛)の旋律および打楽器群の譜の下  に,書き加えていった。 5.小単位が幾つか集って1つの‘型’が作られるが,それぞれの‘型’によって区切った。  それぞれに名称を与えたが,本来舞楽(雅亮会)で用いられている ミ檸巻き”やミ大輪”  ミ小輪”などを∼の手という風にし,名称のない最初の部分を“導入の手”と我々が名付け  た。        注2 6.次に平群和太郎の右舞譜「還城塁」の破の部分の本譜を上記の譜に書き加えた。当り所が  明白なのは‘百’の汰鼓の部分のみなのでそれ以外は,雅亮会および南都楽所の譜に準じ  た。従って,音楽と動作の関係は実際の演奏とは異るかもしれない。しかし, 1つずつの   ‘手’を構成する小単位の比較および‘手’そのものの1曲の中での配列の比較は可能であ  ろう。また括孤に入れた‘手’の名称は,東儀の本譜には書かれていなかったが,構成要素  を考察した結果, 雅亮会・南都楽所の‘手’に相当すると考えられるので,便宜上記入し  た。 分析  同種の舞の比較を行う場合,次の2つの点から考えなければならない。まず第1は振付の上 での相違,第2は様式上すなわち舞態の相違である。第1の点は,同じ曲とされているもの が,伝承の違いによってどのように違っているかを,振付けつまり,ここでは‘手’の組み合 わせがどのようになっているか,という点と,1つの‘手’を構成する要素の比較から考察し なければならない。第2の点は,名称からは同じ動作と考えられるものが,実際にはそれぞれ の舞態の違いによって,見る者には大きく異って写る場合の違いである。  この小論では主に1の点に関して,比較検討を行っていきたい。まず,3つの伝承の‘手’        パチマキ を比べた場合,1曲(破の部分)を構成する種類は同じである。つまり,導入の手,檸巻の手,       4

(5)

       左右両部における「還城楽」 オオワ    コワ   モロザリガイナ 大輪の手,小輪の手,両去肘の手の5種類である。しかし,これらの5種が現われる回数は, 南都楽所のものが他の2つとは異っている。次に3つの伝承の‘手’を現われる順に並べて いく。

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譜 本 儀 東 び よ お 会 亮 雅 導入の手 桿巻の手 甲巻の手 大輪の手 檸巻の手 俘巻の手 函去肘の手(左) 両去肘の手(右) 両去肘の手(左) 大輪の手(左) 小輪の手(左) 大輪の手(右) 小輪の手(右) 大輪の手(左) 小輪の手(左) 檸巻の手 燭巻の手 南都打所 1.     2.     3.     4.     5.     6.     7.     8.     9.     10.     11.     12.     13.     14.     15.     16.     17. 導入の手 桿巻の手 檸巻の手 大輪の手 檸巻の手 檸巻の手 両去肘の手(左) 大輪の手(左) 小輪の手(左) 大輪の手(右) 小輪の手(右) 大輪の手(左) 小輪の手(左) 大輪の手(右) 小輪の手(右) 桿巻の手 雨樋の手  どちらも17‘手’があらわれるが,雅亮会および東儀本譜には3回両立肘の手が続いて行わ れるが,南都楽所のものは1回しかなく,しかし,大輪の手および小輪の手が1回ずつ多く, 全体としての数は同じである。  次に,それぞれの‘手’を構成する個々の動きをみていぎだい。3つを並べ,異る箇所に下 線を引く。 a.導入の手  雅亮会 ①落居 ②左見 ③正面見 ④右足飛 ⑤左足立  南都楽所 ①落居 ②左見 ③右見 ④正面向 ⑤右足飛 ⑥右足立 5  車儀本譜 ①落居

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④右足飛 ⑤右足立

(6)

⑥左足踏 ⑦落居 ⑧立 ⑨落居 ⑩踊 ⑪擦足 ⑫聖母二度 ⑬下足 左右両部における「還城楽」 ⑦右足踏 ⑧落居 ⑨立 ⑩落居 ⑪踊 ⑫早足 ⑬踊退二度 ⑭押足 ⑥踏

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⑨押足 ⑩右足ヨリ踊退事二度 ⑪押足  3つの伝承ともほとんど1司じであるが,雅亮会の②ミ見る”と,⑤∼⑥が他の2つと異って いる。 b.檸巻の手 雅亮会 ①右指 ②左指 ③右指 ④右手巻3回 ⑤右手腰打 ⑥右足突  南都判所 ①落居 ②右捨 ③左捨 ④岬町 ⑥指四三足 ⑥右手巻3回 ⑦右手腰打 ⑧右足突  東洋本譜 ①落居 ②右へ捨 ③左へ捨 ④右へ捨 ⑤俘を正面へ指,左追足 ⑥檸を3回 ⑦右手腰打 ⑧右足突  檸巻きの手の大きな相違は,最初の動作がミ指す”と“捨てる”となっていることである。 その他はほぼ同じである。 c 大輪の手  南都甲所と平坐本譜のものは檸巻きの手の次に出てくるものと,後半で小輪の手と対になっ て出てくるものと少し異る。 初めのほうのものは次の通りである。  雅亮会 ①両手伏合落居 ②大輪 ③踊退二度  南都楽所 ①落居 ②右捨 ③取捨 ④大輪(左) ⑤踊退二度  東儀本譜 ①左右腰に付落居 ②右へ捨 ③左へ捨 ④右足ヨリ飛 ⑤踊退事二度 雅亮会には,落居った後“捨てる”動作がなく,直ちに大輪にはいる。南都楽所と東儀本譜        6

(7)

       左右両部における「還城楽」 の後半であらわれる大輪の手は,雅亮会のものとほぼ同じ,つまり”右捨””左捨”が省かれてい る。 d 両去肘の手    雅亮会         南都楽所        東儀本譜       ①落居         ①落居   ①千丁肘        ②千丁肘(左)     ②両去肘左へ寄事二度   ②早早肘        ③単字肘(左)       ④両去肘(左)   ③両手合       ③左右披   ④右足突        ⑤右足突        ④右足突   ⑤両手披右へ寄   ⑥両手合左足立     ⑥左足立        ⑤左足立踏   ⑦右足立踏       ⑦右足立踏       ⑥右足立踏  この手は,南都楽所が“両去肘”を3回行うが,他の2つは2回である。 e 小輪の手    雅亮会         南都本所        東儀本譜        ①左足ヨリ        ①左足立        ②右足摺       ②右足立        ③左足ヨリ   ①左足飛      ④左足ヨリ中央三飛   ②左足立   ③右足飛        ③左足踏   ④左足追足       ④右足踏   ⑤右足突        ⑤左足踏        ⑥落居         ⑤落居

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  ⑦右足突

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  ⑨右手腰打       ⑧右手腰当       ⑦丁字打   ⑩右足突        ⑨右足突        ⑧右足突       7

(8)

左右両部における「還三楽」 小輪の手は,かなり3つとも異る。  以上, ごく大まかにそれぞれの‘手’を構成している動作を比較したのだが, これに関して は,本来それぞれの伝承の動作の名称および舞態に習熟しているべきである。つまり1つの動 作の舞態が異るため,例えば“踊る”のはずである動作を“踏む”と誤って理解することがあるか もしれない。従って,今回のように,実際に踊られたものと譜のみのものとの比較は,危険を 伴うことを考慮に入れなければならない。‘手’の比較からみた大きな構成では,雅亮会のもの と,東儀本譜とが同じであり,南都止所のものは中間部が異っている。それぞれの‘手’を構成 する動作は,南都楽所と東儀本譜が類似する面が多い。つまり,導入の手,檸巻の手,大輪の 手一1,は上記の2つがほぼ同じと考えられるが,両去肘の手は,雅亮会が東儀本譜と類似し ており,南都楽所は少し異る。小輪の手は,より詳細な考察を必要とするので,ここでは詳し く言及しない。  次に,1つの‘手’の長さであるが,雅亮会;および東儀本譜は‘導入の手’を除いてすべて4小 節,雅楽で用いられる数え方によれば,太鼓1つ分(打楽群のリズム型の1周期)が1つの ‘手’の長さとなっている。しかし,南都楽所のものは,両去肘の手,大輪の手が大鼓1つ分と は異るので,‘手’の始りが打楽器群のリズム型の同じ箇所から始まるとはかぎらない。 しか し,同じ‘手’が再度あらわれる時長くなったり短かくなったりということはなく,南都楽所は 結局,曲の終りの部分で音楽をかなりリタルダンドさせることにより,うまく合わせている。  以上の点からは,これら3つの伝承がかなり似かよった振り付けであることがわかる。しか し,実際には,舞態が大きく異るため,雅亮会と南都楽所のものは大変異った曲のようにも見 える。舞態の比較には,ラバン記譜法のような,かなり精密度の高い手段を用いて採譜をしな ければならない。これは今後の課題としたい。 注1 箪築および打楽器群は芝祐泰編著「五線譜による雅楽総譜三四諸調子品舞楽曲高麗楽篇」(270−278

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  そうすれば,小節がかわる度に拍子記号を記入する繁雑さを避けられるとの理由で,2拍と3拍の間   は点線で区切った。また,楽譜を単純にするため,スラーやタイはすべて省いた。あくまでも,動作   の当り所をみるために最少減度必要なものだけを記した。 注2 朝儀の三舞譜「還一楽」の破(177∼192頁)の部分は,本譜および私譜と称する本譜より詳しい譜が   書かれている。しかし,樗蒲を知る手がかりとなる実際の演奏を我々は見ていないので,この小論で   は補助的な利用を目的とし,本譜のみを使用した。 文 献 芝 祐泰編著 東儀和太郎 レコード 平野健次監修 『五線譜による雅楽総譜」巻四 カワイ楽譜 昭秘7年 右舞々「還城頭」(下) 『雅楽界』第51号 小野雅楽会 昭和48年 『四天王寺聖霊会」 CBS・ソニー 50AG202∼3 昭和51年       8

(9)

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参照

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平成 24

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