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発話解釈におけるアブダクション 〜忘れられた推論様式について〜

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(1)21 発話解釈におけるアブダクション 〜忘れられた推論様式について〜. The Role of Abduction in Utterance Interpretation: a Forgotten but Important Mode of Inference Eiichi Yamamoto Abstract Abduction is a mode of inference that Peirce focused on in his attempt to identify the way of scientific discovery. Deduction, on the other hand, is another mode of inference with a long history in Western philosophy. The difference between the two is that the former just offers a most likely (plausible) option out of possible alternatives while the latter always gives the true conclusion as long as the underlying assumptions are correct. In utterance interpretation, especially when we are interested in implied meaning (or implicature), an abductive process with its focus on hypothesis-formation is in order, because abduction is quite in line with implicature as the former is non-monotonic (i.e., with more than one conclusion) and the latter defeasible (i.e. can be cancelled). Being monotonic and non-defeasible, deduction in contrast is incompatible with implicature. Relevance theory, a pragmatic study of implicit meaning, however, depends heavily on DEDUCTIVE processes in trying to identify how implicature is produced and understood, although it obviously refers to ABDUCTIVE processes. This paper shows the widespread preference for deduction in Western literature including linguistics, and why abduction has long been ignored and even practically forgotten (to be replaced by deduction) in academic discussions..

(2) 22.

(3) 23 発話解釈におけるアブダクション 〜忘れられた推論様式について〜 山本 英一. はじめに 発話解釈に注目し、推意(Implicature)と呼ばれる言外の意味が産出され理 解されるプロセスを解明することが、語用論(Pragmatics)が扱うべき主たる 課題の一つである。文字通りの意味と同時に、言外の意味もまた、話し手と聞 き手の双方で合意できることが、コミュニケーションの理想像である。しかし、 合意は唯一の解釈の存在を強く示唆するため、合意を妨げる曖昧性は議論から 排除される。本論では、曖昧性に依拠する推意の特徴に言及しながら、記号学 者パースが詳述したアブダクション(Abduction)という推論形式に着目し、筆 者を含む研究者が違和感を感じるにもかかわらず、唯一の解釈を産出する推論 様式として重用される演繹法(Deduction)の問題点と背景思想を明らかにする。 グライス:推意伝達・理解の契機 言外の意味産出・理解を解明の第一歩は、 《協調の原理》(Cooperative Principle) と《会話の公理》 (Conversational Maxims)に基づき、明確に公理違反をするこ と(Flouting)が引き金となって(聞き手側としては)発話解釈(推論)のプロ セスが起動することを指摘する Grice(1989)の著作にある1。すなわち、 (1). B was on a long train journey and wanted to read her book. A was a fellow passenger who wanted to talk to her. A: What do you do? B: I’m a teacher. A: Where do you teach? B: Outer Mongolia..

(4) 24. 山本 英一. A: Sorry I asked!. Thomas (1995:68). A の問いに対する B の「外モンゴルで」という発話は、私たちが常識的に期待 する情報、たとえば「東京で」とか「ロサンゼルスで」からは乖離している。 この発話は真実を伝えているとは思えない。Grice が言う《質の公理》に違反 していることが A にも明白なのである。ゆえに、なぜこのような発話をしたの か、その意図を A は探ろうとする。ここで、ト書きの説明にある状況を重ね合 わせると、B の真意は「よけいなお節介よ、黙ってちょうだい」という意味で はないかと、A は推論をする。つまり、“Mind your own business!”という推意を 読み取るわけである。最後の「ごめんなさい、立ち入ったことを質問して」と いう A の詫びは、 その推意に対するリアクションなのだと解釈できるだろう 2。 同様に、コミュニケーションにおいて、私たちは相手の意図を推論すること、 あるいは察することを求められることが多い。会話と言わず、コミュニケーシ ョンと言ったのは、言語に頼らない状況も含めたいからである。たとえば、 (2). Peter: Did you enjoy your skiing holiday? Mary: (displays her leg in plaster). Wilson & Sperber (1994:89). において、ギプスをはめた足をメアリがピーターに見せる行為は、事によって は言葉よりも雄弁に、あることを伝えているかも知れない。たとえば、「スキ ー場で骨折して、この有様。楽しむどころか最低よ」というメッセージが考え られる。そのメッセージをピーターは推論により導き出すことができる。言い 換えれば、推意を読み取ることができるわけである。 Grice の説明が「プロセス解明の第一歩」と先に述べたのは、公理違反が契 機となって言外の意味を推論するプロセスが起動するには違いないが、どのよ うなプロセスを経て、 「よけいなお節介よ(=例文 1) 」とか「楽しむどころか 最低よ(例文 2) 」という推意に行き着くかまでは明確には述べていないからだ。.

(5) 発話解釈におけるアブダクション 〜忘れられた推論様式につて〜. 25. 関連性理論と演繹法 Grice の提案では、推論過程の起動は明らかになっても、結論に至るプロセ スが、いわばブラックボックス化しているのである。その不備を補うのが、 Sperber & Wilson が唱える《関連性理論》 (Relevance theory)である。たとえば、 (3). Peter: Is George a good sailor? Mary: ALL the English are good sailors.. における Mary の発話は Yes/No で答えられるにもかかわらず、遠回しの表現に なっている。Grice 流に言えば「なぜこのような言い方をしたか」 ( 「様態の公 理違反」 )が推論を誘発する。具体的には、 (4). a. Premise 1: All the English are good sailors. (If X, Y) b. Premise 2: George is English (X) c. Conclusion: George is a good sailor. (Y) Wilson & Sperber (1994:98). という一連の推論が立ち上がる。すなわち、Premise 1 と、Mary と Peter の共通 理解と考えられる Premise 2 とが掛け合わされ、結論が導き出される。ここに 登場する推論プロセスとは以下の形式に基づいており、 (5). a. Premise 1: If X, then Y. b. Premise 2: X c. Conclusion: Y. これは《演繹的推論》 (Deductive inference) に他ならない。3 推意の特性としての取消可能性 Grice の著作により推論プロセス解明の第一歩が記録され、その詳細が関連.

(6) 26. 山本 英一. 性理論によって解き明かされようとしている推意の最大の特徴は、Grice が指 摘するように《Defeasibility》 (取消可能性)にある。たとえば、 (6). A and B are sisters. A is getting ready for a job interview. A: Did you get your velvet jacket back from the cleaner? B: You are NOT borrowing it. A: I don’t want to borrow it. I just wondered if you’d got it back. B: You just wondered! A: Well, I haven’t got anything decent to wear!. Thomas (1995:83). 「お姉さんのベルベットのジャケット、クリーニングから戻ってる?」という A の問いは、 「 (戻ってたら、就職面接のために)貸してくれない?」という言 外の意味、すなわち推意を伝える、と考えられる。B の「貸さないわよ」とい う返事は、その推意に反応したものである。それに対する A の「貸してなん て言ってないじゃないの!」という発言は、そのような推意の存在を否定して いる。推意とは、推論を通して相手側が(いわば勝手に)察する意味であるが ゆえに、不確かなメッセージといえる。この場面でも、「貸してなんて言って ない」の背後に「お姉さんの邪推よ!」という気持ちが見え隠れしていて、明 示的には何も言っていないのだから「あなたの考えすぎよ」とも主張できるの である。つまり、推意は取り消すことができるのである(Thomas 1995:82-84) 。 推意の不確定性 さて、このような推意の取消可能性は、コミュニケーションを考える上で重 要な特徴である。非言語コミュニケーションの事例(2)を思い出してみよう。ギ プスをはめた足を見せるメアリの行為は、スキー場で骨折して散々な目に遭っ た彼女の姿を私たちに思い起こさせるが、この解釈は絶対的なものであろうか。 スキー旅行を楽しみにしていたメアリが、出かける前日に家の階段を踏み外し て足の骨を折った可能性もある。だとすれば、「楽しいも何も家にいたのよ」.

(7) 発話解釈におけるアブダクション 〜忘れられた推論様式につて〜. 27. というメッセージかも知れない。それがわかった時点で、「スキー場で骨折し て、この有様。楽しむどころか最低よ」という先の解釈は取り消されることに なる。 最初の解釈に比べて、現実にはこちらの解釈の可能性は少ないと思われるが、 全面的に排除できるとも言い難い。推意はどこまでも不確かなものなのである。 演繹法と絶対的真理(あるいは必然性) さて、推意の不確かさと取消可能性は、この問題を考える上で重要な意味合 いをもつ。たとえば、(6)の「お姉さんのベルベットのジャケット、クリーニン グから戻ってる?」という問いかけは、発話者の(結果として)意図通り「貸 してくれないか?」の意味で解釈されたわけであるが、(たとえば、最近クリ ーニングからの戻りが遅いことが気になって)字面通り「戻ってる?」という 問いだったかも知れないし、面接にあたって服装が気になっていて、お姉さん のジャケットの色やデザインを思い出して「参考にしたいから、見せてくれな い」というリクエストだったかも知れない。つまり、文脈を与えることによっ て、その解釈(推論)はいかようにでも展開する可能性を秘めているのである。 ところが、関連性が依拠する演繹法(If X, then Y(Premise 1); X (Premise 2); ∴ Y (Conclusion))を用いると、その自由度は霧散してしまう。つまり、 (7). Premise 1: もしジャケットが気になるなら、 「貸して欲しい」との合 図だ Premise 2: ジャケットが気になる Conclusion: 「貸して欲しい」との合図だ. のように、演繹法とは、前提が正しければ、導き出される結論も必ず真である こと(つまり必然)を保証する推論スタイルであるがゆえに、「貸してなんて 言ってない!」と言って、結論を取消すことは許されないからである。それは、 ちょうど《論理的含意》 (Entailment:“All” entails “Some”)を否定すると.

(8) 28. 山本 英一. みんなパーティに来ていたけど、来ていなかった人もいたよ. *. (8). のように、 《論理的矛盾》 (Contradiction)が生じるのと同じ事情なのである。 演繹法とアブダクション このように、関連性理論が頼りとする演繹法とは、前提となる内容 X と Y さえ正しければ、結論が「真」であることが保証される推論である。言わば、 必然性の世界が拓けてくる推論である。ところが、上のジャケットの例でも、 ギプスの例でも、実際には、結論が「真」であることは保証されていない。結 論は、数多ある帰着点の一つ(仮説)に過ぎず、いつでも取消可能だからであ る。つまり、私たちが見ている対立は、演繹法が (9). If X, then Y X ∴ Y. のごとく、正しい推論形式であるのに対して、コミュニケーションの現場に立 ち現れる推論は、 (10). If X, then Y Y ∴ X. 《後件肯定式》 (Affirming the consequent)と呼ばれる、論理的には正しくない 推論形式なのだ。これは《前件肯定式》 (Modus Ponens)とも呼ばれる演繹法 とは異なる。4 この(10)のような推論に注目したのが Peirce であり、彼はこれ を《仮説的推論》 、もしくは《アブダクション》 (Abduction)と呼び、演繹法と も帰納法とも異なる推論スタイルであることを示した。5.

(9) 発話解釈におけるアブダクション 〜忘れられた推論様式につて〜. 29. Peirce とアブダクション ここで、具体的に Peirce が挙げた例を見ておこう。 (11). 私はトルコのある港に到着の後、訪ねていく家への道すがら、馬上の 人物を見かけた。この男は天蓋を差しかざす4人の騎士に囲まれている。 これほどの待遇を受ける人物として私が思いつくのは、この土地の領主 くらいである。したがって、私は「この人物が土地の領主だと」と推論 した。6. これを書き改めると、次のようになる。 (12). ・もし土地の領主ならば、その人に天蓋をかざして騎士が同行する (If X, then Y) ・ある人物に天蓋をかざして騎士が同行している (Y) ・ゆえに、 (おそらく)その人物は土地の領主なのだろう (∴ X). Y から X に至る論理的必然性はない、つまり X には他のオプションもあり得 る(たとえば、領主ではなく、土地の富豪かも知れない)ので、形式論理的に は、この推論は正しくない。すなわち、 《後件肯定式》なのである。 推論様式のすり替え さて、アブダクションが、このように論理的に正しくないと考えられている にもかかわらず、これを 《前件肯定式》 (Modus Ponens)、すなわち演繹法(上 記 (9)の例)と結局は同じなのだと主張する研究者もいる。 (13). アブダクションに対する前件肯定式の対応バージョン.

(10) 30. 山本 英一. If C were true, H would be a matter of course. C is true. Hence H is true.. 7. ここで、先のジャケットの例 (6)やギプスの例 (2) を思い出そう。アブダクシ ョンとは、論理的には正しくない《後件肯定式》であり、結論は唯一的には定 まらない。前者は、 「お姉さんのそのジャケット貸して」以外にも、文字どお り「クリーニングから戻ってる?」かも、「参考にしたいから、見せてくれな い?」の意味かも知れない。また、後者は、「スキー場で骨折して散々だった のよ」かも、 「スキーに行く前に階段を踏み外したのよ」の意味かも知れない。 しかるに、この推論様式を (10)ではなく、(9) として捉えるや否や、結論は ただ一つ、前者では「お姉さんのジャケット貸して」、後者では「スキー場で 骨折して散々だったのよ」に絞られてしまう。なんとなれば、(13)の条件式に おける C には、一つだけの情報(命題)が代入されることが、演繹法(または 前件肯定式)の約束事だからである。8 それにもかかわらず、(10) のように、 論理的には誤りとされる《後件肯定式》(=アブダクション)が関与したはず のプロセスが、いつの間にか論理的に正しいとされる《前件肯定式》(=演繹 法)にすり替えられてしまうことがほとんどである。これを《アブダクション の隠蔽》 (Suppression of abduction) 、あるいは単純に《隠蔽》と呼ぼう。 隠蔽がもたらす矛盾 さて、推意を中心とした発話解釈のプロセスを解明しようとする関連性理論 の発端には、個々の発話を解釈するために《復号化規則》 (Decoding rules)を 設け、それが発信者側の《符号化規則》 (Encoding rules)と一致するはずだと いう立場、すなわち《コミュニケーションの記号モデル》(Code model of communication)への疑念・反発があった。たとえば、Peter からの食事の誘い に対して、Mary が.

(11) 発話解釈におけるアブダクション 〜忘れられた推論様式につて〜. (14). I’ll be in Dublin tomorrow.. 31. Wilson & Sperber (1994:88). と答えたとしよう。もし、明日食事をする場所がロンドンだとすると、これは 「あいにく、明日はダブリンに行くのでご一緒できないわ」という断りの意味 (符号化・復号化規則(1) )になるだろうし、食事の場所がダブリンだとす ると、同じ発話が「幸い、明日はダブリンに行くのでぜひご一緒に」という承 諾の意味(符号化・復号化規則(2))になるだろう。同じ発話をめぐって、 文脈ごとに規則を対応させていくと、ここでは少なくとも2種類の規則が要求 されるわけで、それはあまりにアドホックで不合理である。だからこそ、記号 モデルを排除して、Wilson & Sperber は《コミュニケーションの推論モデル》 (Inferential model of communication)を提案したはずであったのだ。 ところが、解釈に関わる推論形式を演繹法に限定すると、結論としての推意 を一つに絞ってしまうので、 (15). Premise 1: もしメアリがダブリンに行くなら、食事は一緒にできない Premise 2: メアリがダブリンに行く Conclusion: 食事は一緒にできない (符号化・復号化規則(1) ). もしくは、 (16). Premise 1: もしメアリがダブリンに来るなら、食事が一緒にできる Premise 2: メアリがダブリンに来る Conclusion: 食事が一緒にできる (符号化・復号化規則(2) ). のように、二つの推論プロセスを想定(記述)しなければならなくなる。これ では、規則を一つひとつ書き出す必要のあった記号モデルの二の舞である。 実際には、これとは逆方向(つまりアブダクション)のプロセスで、.

(12) 32 (17). 山本 英一. Premise 1: メアリがダブリンに行く・来る(と言っている) 【観察】 Premise 2: ダブリンで食事できる(できない) 【仮説】 Conclusion: 食事が一緒にできる(できない)という意味だろう【結論】. 「If X(未定), then Y(メアリがダブリンに来る(と言う) ) 」の Y から逆算し て、未定の値 X を文脈に沿って代入している(ここでは、 「食事が一緒にでき る(できない) 」 )と考えられる。X には、仮説として文脈上ありそうな値(意 味)が代入されるため、一つの解に限定されない。そもそもこの形の推論は、 後件肯定という論理的錯誤を犯しているため、引き出された(受信者側の)結 論は間違いの余地を残している。9 つまり、 (発話者側で)取消可能なのであ る。 仮説的推論としてのアブダクション このように、アブダクションとは、ある出来事を観察したとき、文脈と常識 にしたがって一つの仮説を立て、その上で「おそらく〜だろう」という結論を 導き出す推論である(上記 (17)を参照) 。この仮説(形成・検証)の過程を、 奇しくも Wilson & Sperber は以下の例を用いて説明している。 (18). a. 朝起きると、屋根をパタパタ叩く音が聞こえる 【観察】 It is raining.(雨が降っているのだろう) 【仮説】 b. 窓を開けてみると、本当に降っている It IS raining.. 【検証1】. c. 窓を開けてみると、落葉が屋根に当たっているだけだった It is NOT raining. 【検証2】. Wilson & Sperber (1994:92-3). 検証1では、仮説の正しさが確認されたので、これを《強化》 (Strengthening) と、また検証2では、それが誤りであると確認されたため、これを《否認》 (Contradicting)と、それぞれ呼んでいる。惜しむらくは、観察から(常識に.

(13) 発話解釈におけるアブダクション 〜忘れられた推論様式につて〜. 33. 基づき)仮説を立て、その仮説が正しいときもあれば、誤りと判明することも ある(つまり取消可能)と、アブダクションの過程と特徴を述べているにもか かわらず、その後の議論が演繹法へと流れてしまっている点である。先の言葉 を使うならば、アブダクションの隠蔽が起こっているのである。 非単調性推論 このように、アブダクションによる結論は、これまでにわかっている事実に 基づいて導き出される、いわば仮説ではあるものの、可能性としては一番あり そうだと判断されるものである。しかし、仮説であるがゆえに正しさの保証は ない。これが、唯一正しい結論(必然)を導くとされる演繹法による推論と決 定的に異なる点である。答えが一つに収斂されないという意味では、《デフォ ールト推論(論理) 》 (Default inference (logic))と呼ばれる推論様式が思い出さ れる。 (19). Assumption 1: If x is a bird, x flies.(X が鳥ならば、X は飛ぶ) Assumption 2: Tweety is a bird. (トウィティーは鳥である) Conclusion: Tweety flies.(トウィティーは飛ぶ). Reiter (1980: 82). これは演繹法とまったく同じ様式に従っているが、結論は必ずしも正しくない。 なぜならば、前提1は「すべての鳥の特性」として述べられているが、実際に はペンギン、キウィのような(鳥には分類されるが)飛ぶ特性を欠く例外があ るからである。演繹法と言えども、前提が不適切であれば結論も偽となる。 それにしても、 (学術的ではなく)日常的な推論として(19)を眺めると、それ ほど重大な誤りとも言い難い。たとえば、「鳥といっても実はペンギン(キウ ィ、ダチョウ)なのだ」という「但し書き」がつかない限り、私たちは「トウ ィティーは飛ぶ」と考えることが許される。10 なお「但し書き」には、飛ば ない鳥の名前だけではなく、 (怪我をして)翼が使えない鳥も含まれる。この ように、デフォールト推論の結論は一つに絞られることがないため、(結論が.

(14) 34. 山本 英一. 一つに絞られる演繹法の《単調性推論》 (Monotonic inference)に対して) 《非単 調性推論》 (Non-monotonic inference)とも呼ばれる(Reiter 1980: 85ff.) 。単一の 結論が約束されるわけではないアブダクションも、この非単調性推論の一種と いえる。 推理に現れるアブダクション 犯罪の謎解きで有名なシャーロックホームズの探偵譚には、少なくとも 217 回のアブダクションが登場するという(Truzzi 1983:70) 。しかし、そこにアブ ダクションという言葉が現れることはない。反対に演繹法(Deduction)は (Deduce も含めると)97 回現れる。11 実際、ホームズは次のように語る。 (20). Like all other arts, the Science of Deduction and Analysis is one which can only be acquired by long and patient study nor is life long enough to allow any mortal to attain the highest possible perfection in it. 12. すなわち、演繹法のスキルは他の技芸と同じで、長年にわたる不断の努力によ って獲得されるものであり、名人の域に達するには人生は短すぎるのだと。し かし、考えてみると、すでに前提(If X, then Y)の中に結論(Y)が含まれて いる推論形式は、もう一つの前提(X)を代入しさえすれば(つまり論理的必 然性を確認すれば)よいのであって、人生をかけて熟練する技芸とは思われな い。難しいのは、Y という事象を観察したときに、文脈情報をはじめ、持てる 知識を総動員し、その挙句に(おそらくこれ以外に Y を説明するにふさわしい) 仮説(X)は他にあり得ないとの結論に達することなのである。つまり、ホー ムズが語っているのはアブダクションのことに他ならない。 さて、ここで考えたいことは、発話・ジェスチャー・事象の解釈にあたって、 関連性理論に代表されるように、あるいはシャーロックホームズの話に見られ るように、実はアブダクションと呼ぶべき推論プロセスが、なぜ演繹法にすり 替わってしまうのか(アブダクションの隠蔽の理由は) 、という問いである。.

(15) 発話解釈におけるアブダクション 〜忘れられた推論様式につて〜. 35. 西洋流ドグマとアブダクション〜結論にかえて 結論から述べると、アブダクションが演繹法にすり替えられる根底には、 「演 繹法はあることがそうであるに違いないこと(必然性)を証明するのに対して、 アブダクションはあることがそうかも知れないこと(蓋然性)を示唆するだけ」 という両者それぞれの特徴がある(Walton 2005:7) 。この必然性と蓋然性の対立 が、実は言語学を含む学問の土俵とも言える西洋的知の枠組みにとって重要な のである。それはどういうことか。 西洋的知の源流とも言えるギリシャ哲学は、目の前に現に存在する、調和に 満ちた世界という事実に驚嘆することから始まる。この驚きは、「世界とは何 か」という素朴な問いを生み、さらには「世界はなぜそうであるのか」、すな わち世界の存在を正当化する根拠(必然性)を希求する態度へとつながる。目 にみえる世界(=自然)を存在せしめる根拠・原理は、それを超えたもの(超・ 自然)に違いない。13 プラトンによれば、この世界は絶対者(=神)が永遠の イデアにならって創造したコスモス(秩序)であり、世界は昔も、今も、そし て将来も存在し続ける、いわば必然的なものとされる。イデアを模倣して見事 に秩序立てられた、このコスモスとしての世界にカオス(無秩序)は無縁であ る。無秩序からは、法則にしたがった(予測可能な)結果は生まれない。よっ て、カオスは偶然の別名でもある。 [コスモス=秩序=必然性]に対する、 [カオ ス=無秩序=偶然性]の構図を、まずしっかりと押さえておく必要がある。14 元々Peirce がアブダクションに注目した背景には、科学的発見に用いられる 推論様式として理論化したいとの思いがあったからとされる(Walton 2005:11) 。 しかし、同時に Peirce は「動物の直感にも似たもの」 (Peirce 1998:473)とも表 現した。無数に考えられる原因の中から、よもや結びつくと思っていなかった 結論に至る、創造的発見のプロセスは偶然の産物、まさにインスピレーション のようなものとも言えるので、この喩えは間違いではない。しかし、おそらく そのせいもあって、 (議論を正当化するプロセスが「論理的」なのに対して) アブダクションは「心理的」なものであり、論理の領域外にあると見なされて しまった(Walton 2005:19) 。アブダクション隠蔽の根元がここにある。.

(16) 36. 山本 英一. すでに指摘した通り、演繹法は必然を保証する推論ルールであった。同様に、 イデア(絶対的なもの)を模倣するコスモスは、まさに秩序を意味し、必然が 具現される場でもある。したがって、正しい推論ルール(論理的推論)を通し てのみ真理(絶対的なもの)に近づくことが可能なのである(西垣 2018:141) 。 これに対して、アブダクションとは、いわば《常識の論理》 (Commonsense logic) であり、私たちはほとんど無意識のうちに行っている。にもかかわらず、形式 論理および哲学の世界でほぼ 2,400 年にわたって見逃されてきた(Josephson 2001:1623) 。それは、まさに正しい推論ルールに属さないからである。 本当はアブダクションであるにもかかわらず、議論がいつの間にか演繹法に すり替わってしまうのは、 「真理」の在りかとしてのコスモス(必然性・秩序) を志向する西洋的知の枠組みで考えたとき、これに真っ向から対立するカオス (偶然性・無秩序)を示唆するアブダクションが、いかにも不都合な存在だか らである。発話解釈の問題を(少なくとも日本人は)言語プロパーの問題と考 えがちである。しかし、それは、アブダクションの隠蔽に見られるように、西 洋流のドグマに縛られているのだ。理論への共感表明は、このドグマへの忠誠 を誓っていることに等しい。言語(あるいは現象)分析に違和感を感じる背後 には、そのような土壌があることを意識しつつ理論と向き合う必要がある。15. 【註】 1.. Grice (1989:22-40) .. 2.. Grice が主張する公理には4つあって、 《質の公理》のほかに、 《量の公理》 、 《関 係の公理》 、 《様態の公理》がある。ここでは、紙面の都合で詳細は省くが、Grice (1989)を参照されたい。. 3.. 文脈的効果(Effect)と解釈にかかるコスト(Cost)との関係で定義(Relevance = Effect/Cost)しようとする関連性理論において、推意を演繹的に引き出す手 間(=Cost が UP)は、実は特別な理由(=Effect も UP)を与えて説明しなけ れば整合性が取れなくなる。そこで、 《弱い推意(群)》(Weak implicatures)によ.

(17) 発話解釈におけるアブダクション 〜忘れられた推論様式につて〜. 37. る文脈的効果による補償という概念が登場するのであるが、これもさらなる矛 盾をはらんでいる。本論とは直接の関係はないため詳細を省く。詳しくは、山 本(2019)を参照されたい。 4.. 推論の方向が逆転しているゆえ、Walton(2005:14) のように、これを《逆さ演繹 法》(Reverse deduction)と呼ぶ人もいる。. 5.. Peirce (1998: 95ff.). また、米盛 (2007)も参照のこと。. 6.. Hartshorne and Weiss (1998:375).. 7.. Fann (1970:52). アブダクションを演繹法と同等視すべきとの指摘は、《ヒュー リスティック》(heuristics)と呼ばれる。この辺りの詳しい事情については、 Walton (2005: 14-16)を参照のこと。. 8.. Walton (2005:17) で《演繹的/単調性》説明モデル》 (Deductive-monological model of explanation)という用語が使われているように、演繹的推論から導き出され る結論は《単調》、つまり唯一的なのである。. 9.. 「最も有り得る」という意味で、Abduction のことを《最も有りそうな説明へ と導く推論》 (Inference to the plausible explanation)と呼ぶ研究者もいる。Harman (1996)を参照のこと。. 10.. まっとうなコミュニケーションでは、相手に誤解されないよう、この「但し書 き」をつけるのが普通である。反対に、意図的にこれを省くのが「ミスリード」 である。詳しくは山本(2019)を参照のこと。. 11.. ちなみに、conjecture が 28 例、surmise が 19 例ある。また、hypothesis が 23 例 現れる。山本 (2019:138)を参照のこと。. 12.. Doyle, A. C. The Study in Scarlet “The Science of Deduction” から引用。. 13.. 「超(meta)・自然(physic)」、すなわち 形而上(学)のこと。. 14.. 詳しくは、野内(2008)を参照のこと。. 15.. 意味内容を度外視した単なる記号の効率的伝送を扱った Shannon & Weaver の 《情報理論》(Information Theory)が成功を収めた背景にも、同様のドグマが 存在する。「奇妙なことに日本でもそうなの(=認められた)のだが」という 西垣 (2018: 155)のコメントには、それを共有しないはずの日本人の反応の不自.

(18) 38. 山本 英一. 然さを表現したものと言える。. 【参考文献】 Eco, U. and Sebeok, T.A. (eds.). (1983). The Sign of Three: Dupin, Holmes, Peirce, Bloomington: Indiana University Press. Fann, K.T. (1970). Peirce’s Theory of Abduction, The Hague: Martinus Nijhoff. Grice, H. P. (1989). Studies in the Way of Words, Cambridge, Mass: Harvard University Press. Harman, G. H. (1996). The inference to the best explanation, in The Philosophical Review, Vol. 74, No. 1, 88-95. Hartshorne, C. and Weiss, P. (1998). Collected Papers of Charles Sanders Peirce, Bristol: Thoemmes Press. Josephson, J. R. (2001): Abductive inference: On the proof of dynamics of inference to the best explanation, in Cardozo Law Review 22, 1621-43. Peirce, C.S. (1998). The Essential Peirce: Selected Philosophical Writings, Vol. 2, Bloomigton: Indiana University Press. Reiter, R. (1980). A logic for default reasoning, in Artificial Intelligence 13: 81-132. Thomas, J. (1995). Meaning in Interaction, New York: Longman Publishing. Truzzi, M. (1983). Sherlock Holmes: Applied Social Psychologist, in Eco, U. & Sebeok T.A. (eds.) (1983), pp. 55-80. Walton, D. (2005). Abductive Reasoning, Tuscaloosa: The University of Alabama Press. Wilson, D. and D. Sperber (1994). Outline of relevance theory, in Links & Letters 1, 85-106. 西垣通 (2018).. AI 原論 神の支配と人間の自由. 東京:講談社.. 野内良三 (2008). 偶然を生きる思想:「日本の情」と「西洋の理」. NHK ブックス. 山本英一 (2019). ウソと欺瞞のレトリック〜ポストトゥルース時代の語用論〜. 大阪:関 西大学出版. 米盛裕二 (2007). アブダクション〜仮説と発見の論理〜. 東京:勁草書房..

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