1 はじめに 我々は様々な情報を,視覚や聴覚,そして体 性感覚といった感覚情報として知覚し,生体内 に取り込み,日常生活活動を行う際の情報源と している1).この感覚情報の中でも,視覚が情 報取得の8割以上を担っているとの報告もあ り2),視覚情報をどのように活動に反映させる のかが環境に適応した活動の遂行に大きく関与 していることが考えられる.実際,視覚と動作 遂行の関連について様々な研究が行われている. 近年,外界を探索する際や環境に適合した上 肢運動を行う際の眼球・頭部協調運動に関する 研究が行われており,歩行中の身体の上下動に 対しては,過剰な頭部の代償動作の修正に,周 期的な眼球の代償的回転が必要になることが報 告されている3).また,円周歩行中の頭部と眼 球は協調的に動き,視線の安定を維持している との報告もある4).更に,小型電子端末を用い た読書時の眼球運動と頭部運動を分析した新川 らの報告5)では,頭部を固定した条件と比べて, 頭部を固定しない自由な条件では Saccadeによ る改行が大幅に減少したことを示し,読書にお いても頭部運動が動作に一定の関与をしている 投稿日:2019年12月3日 採択日:2020年9月4日 1)札幌医科大学大学院 2)札幌医科大学 保健医療学部 3)札幌医科大学 医療人育成センター
*責任著者:秋田谷結奈 [email protected]
作業療法の実践と科学 3(2):3137,2021
■研究
眼球・頭部協調運動から見た
新たな日常生活動作評価の試み
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秋田谷結奈
1),中村 裕二
2),中島そのみ
2)大柳 俊夫
3),仙石 泰仁
2) 要旨:我々が行っている眼球・頭部協調運動は様々な動作に関与していると考えられてい る.本研究では,日常生活動作評価の新たな観点として眼球・頭部協調運動を利用するこ との有用性を検討するため,食事動作と移乗動作における眼球・頭部協調運動の特性を明 らかにすることを目的とし,動作中の眼球・頭部協調運動の測定を行った.その結果,食 事動作のような静的な動作と姿勢変換を伴う移乗動作のような動的な動作で眼球・頭部協 調運動の特性が異なっていることが明らかとなった. KeyWords眼球・頭部協調運動;食事動作;移乗動作ことを報告している.これらの報告から,様々 な環境に適合した動作を行うために必要な視覚 像の安定化やそれを基にした運動を行う上で, 眼球・頭部協調運動の関与が明確になってきて いる. しかし,現状では歩行や読書のように姿勢変 換が含まれない課題や,動作工程が少ない課題 が分析対象となっており,日常生活動作(以下 ADL動作)のように姿勢変換を伴う課題やい くつかの動作が組み合わされた課題については 研究が行われていない.そこで本研究では, ADL動作の中でも動作の相を区切ることが行 いやすい,また姿勢変換を伴う課題として立位 から便座への移乗動作,そして複数の動作が組 み合わされた課題として食事動作を用いて,そ れぞれの動作課題中の眼球・頭部協調運動の特 徴を,健常成人を対象として明らかにすること を目的とする. 2 方 法 1)研究対象 対象は健常成人21名(男性11名,女性10名), 平均年齢は24±1.8歳,21名中左利きの者が3 名であった.実験は全員利き手での実施とし, 利き手による影響は考慮しないものとした.眼 鏡を日頃着用している対象者は裸眼であっても 対象物を操作するのに支障のない視力があるこ とを確認し採用した.神経学的疾患,眼科的疾 患,動作を行うのに困難な整形学的疾患を有す る者は除外した. 2)測定方法 本研究では課題遂行中の眼電位(■)と頭部 角加速度(LSB)を JINSMEME(JINS社製 JINSMEMEES-R)を用いて測定した.また, ヘッドカメラ(Panasonic製 HX-A1H)で被 験者側から見た映像を撮影し,デジタルビデオ カメラ(SONY製 HDR-CX485)で課題遂行 中の動作全体の様子を記録した.ヘッドカメラ およびデジタルビデオカメラで記録した映像か ら,動作分析を行い課題動作に含まれる動作単 位を分析した. 3)実験課題 ①食事動作課題 課題実施前の準備として被験者はヘッドカメ ラ,JINSMEME,介護用エプロンを装着し た.また周囲に視覚・聴覚刺激の少ない環境で 実施した. テーブル(縦57㎝,横85㎝,高さ70㎝)の前 に自然に着席した姿勢を開始姿勢とした.テー ブルの下端(着座している側)から5㎝のとこ ろに縦32㎝,横45㎝のマットを敷いた.そのマッ トの四隅に皿を配置し,それぞれの皿に一辺が 3㎝である立方体型のスポンジを1つずつ載せ た(図1).被験者には開始合図の後,皿から スポンジを箸でつまみ上げ,口元まで運び,そ のまま箸を開いて真下の介護用エプロンの中に スポンジを落とすよう指示した.皿の順番は右 下から反時計回りとし,終了は全てのスポンジ をエプロンの中に落とし終わるまでとした. 皿は平皿(縦7㎝,横7㎝,高さ3㎝)と深 皿(縦9㎝,横9㎝,高さ6㎝)の2種類を用 い,それぞれ3試行ずつ実施した.平皿と深皿 の順番は被験者ごとに不規則とした. 図1 食事動作課題 実験設定
②便座への移乗動作 課題実施前の準備として被験者はヘッドカメ ラ,JINSMEMEを装着し実施した.開始姿 勢は便座に向かって直立位とし,便座までの距 離は約60㎝とした(図2).開始合図の後,被 験者は便座に着座した.着座後,3秒間閉眼し, その後開眼して立ち上がるよう指示された.立 ち上がり後もまた3秒間閉眼して終了とした. 便座の高さを40㎝と55㎝の2段階とし,それぞ れ3試行ずつ実施した.便座の高さの設定基準 として,一般的な便座の高さは約38~40㎝であ り,リウマチなどで一般的な便座において立ち 上がりが困難な対象であれば便座を45~50㎝に 補高を行うと報告されている6).そのため今回 は便座の高さによる差を検討しやすくするため, 一般的な高さである40㎝と補高便座の設定より, わずかに高い55㎝と設定した. 4)データ分析/解析方法 今回測定したデータのうち,右眼の眼電位と 頭部の Z軸方向(矢状面)の角加速度(頭部回 旋)を分析対象とした.分析では,食事動作及 び移乗動作の動作単位を以下のように分類し行っ た.食事動作時ではa)右下の皿から右上の皿 に移る,b)右上の皿から左上の皿に移るの2 行程,移乗動作ではc)方向転換とd)立ち上 がりの2工程で分析した. 今回得られた結果から,食事動作課題と便座 への移乗動作課題のそれぞれの動作工程ごとの 眼球運動・頭部運動の開始のタイミングとその 潜時の差の大きさについて分析した.更に,角 加速度に関する波形の最大値と最小値の差の大 きさを運動量の大きさと定義し,それぞれの課 題における運動量の大きさを算出した.また, 眼電位については動作工程ごとの電位変化の中 で振幅の最大値を求めた. 統計学的分析では,3試行の平均値を採用し 実施した.食事課題,移乗動作課題ともに眼球 運動が先行した人数及び頭部運動が先行した人 数について,母比率の検定で比較を行った.先 行した人数については,工程ごとの分析は実施 しなかった.運動量の大きさ及び眼電位の最大 値では,対応のある t検定を用い,課題条件に よる比較(平皿-深皿,40㎝便座-55㎝便座)と 動作単位による比較(右下から右上-右上から 左上,方向転換-立ち上がり)を行った.有意 水準は5%とし,統計解析に使用したソフトは SPSSwindowsfor25であった. なお,本研究は札幌医科大学倫理委員会の承 認を得た上で実施した(承認番号:30-2-44). 3 結 果 1)運動の開始の順序性(表1) 食事動作では,眼球運動が頭部運動に先行す るものが有意に多い結果であった(p<0.001). 皿の形態と動作方向との関係では,平皿での右 上から左上に行く際に眼球運動が先行する者が 14名と最も少なく,深皿で右上から左上に行く 動作で19名と最も多かった.眼球運動が先行す る際の頭部運動との時間的な差としては平均 210.8±338.6ミリ秒であった. 移乗動作では,便座の高さ,動作単位に関係 なく全被験者において頭部運動が先行している という結果であった.その際頭部運動が眼球運 動に平均389.9±259.4ミリ秒先行していた. 図2 移動動作課題実験設定
2)運動量の大きさ ①食事動作課題(図3) 食事動作での眼電位には皿条件・位置の両方 で有意差は見られなかった. 頭部の角加速度では,位置に関して右上から 左上で有意に大きいという結果が得られた(平 皿:p<0.001,深皿:p=0.002). 映像データからは確認できた動作工程では, 箸の把持,スポンジへのリーチ,スポンジの保 持,口元へのリーチの4工程であった.動作の 特徴では箸の持ち方は三指で把持しているのは 共通していたが,箸が交叉している被検者も存 在した.スポンジの保持については全員がミス なく保持できていた.リーチに関して,平皿で は手関節の掌背屈や前腕の回内といった動作は ほぼ確認されず,深皿では数名の被検者で前腕 の回内動作が認められていた.スポンジや口元 へのリーチ動作では肘関節の屈伸と肩関節の屈 伸及び内外転が主体となっていた.正中線を超 える課題では,平皿・深皿ともに肘関節の屈伸・ 肩関節の屈伸及び内外転に加えて,肩関節の内 旋運動が加わるという特徴的な動作がみられた. ②便座への移乗動作課題(図4) 移乗動作における眼電位では55㎝の高さの便 座の方向転換と立ち上がりの間で振幅に有意差 が認められ,立ち上がりでより大きい値を示し た(p=0.002). 頭部の角加速度では,便座の高さに関係なく 表1 運動の開始順序 図3 食事動作における眼電位・頭部角加速度
方向転換と立ち上がりの間には有意差が認めら れ,方向転換で有意に大きな値を示した(40㎝: p<0.001,55㎝:p<0.001).40㎝と55㎝の便 座の比較では有意差は認められなかった. 動作との関係では,方向転換では頭部の角加 速度が著明に増加した.その後の立ち上がりで は眼電位の増加が観察された. 映像データから,便座への移乗動作は,便座 の接近,方向転換から着座,便座からの立ち上 がりの3工程で行われていた.開始の合図とと もに便座を見ながら前進し,方向転換時も頚部 を回旋させて便座を見続けていることが観察さ れた.また,立ち上がりの際には体幹を前傾さ せ立ち上がるという運動パターンが観察された. 55㎝の便座に着座した際には足底接地が不十分 である者が大半であった. 4 考 察 1)食事動作課題・移乗動作課題における眼球 頭部協調運動の順序性 今回の結果で特徴的なこととしては,課題間 の違いによって眼球運動と頭部運動の生起順序 が異なっている可能性が示されたことであると 考えている.今回の結果では箸操作という机上 で行う食事動作では眼球運動が先行し,姿勢変 換を伴う移乗動作では頭部運動が先に生じてい た.移動中の姿勢制御において空間的な認識を 行う必要があり,先行研究からも頭部の位置を 迷路や固有覚情報に基づいて把握することが, その後の視軸の安定性に関与する眼球運動に先 行することが指摘されている7).更に,高齢者 と青壮年を対象とし歩行中の頭部運動を測定し た宮田らの研究8)では,青壮年では頭部の周期 的な動きが確認できるが高齢者では生起してい ないか不安定となり,より視覚による制御に頼っ ている傾向があることを報告している.本研究 の対象は健常若年者であることからも移乗動作 では頭部が先行する結果となっていると考えら れた.一方,食事動作では座位姿勢での課題遂 行であり視野内に操作対象がある設定であった ため,視覚的な探索の後に注視点を移動させる ために頭部運動を行っていると推測される結果 であった.立位における視覚探索課題遂行時の 姿勢動揺特性に関する先行研究において,高齢 者に比べて若年者では頭部運動を固定して視覚 探索を行うことが報告されており,高齢者で生 じる頭部運動は姿勢制御自体を困難にする可能 性を指摘している9). 以上のことから,ADL課題の中でも姿勢制 御が含まれる課題と机上課題では眼球・頭部協 調運動の遂行戦略が異なっていることが考えら れた.しかし,潜時自体には個体差があること 図4 移動動作における眼電位・頭部角加速度
や机上課題である食事動作では頭部運動が先に 生じる対象者も含まれており,これらの差異が どのような機能的な差異から生じているのか, また課題遂行結果にどのような影響を与えるの かという点については今後の検討が必要と考え られた. 2)各課題における運動量 ①食事動作課題 食事動作は,対象物のある場所による頭部の 角加速度に有意差がみられ,正中線交差を行う 右上から左上の皿に移る動作で頭部回旋の角加 速度が大きくなっていた.その際,深皿におけ る眼電位が大きくなる傾向にあった.このこと は,深皿では深さがあるために頭部運動で見る 範囲を拡大しただけでは対象物をとらえること が出来ず,より視覚的な確認が必要となった結 果であると考えられる. ②移乗動作課題 移乗動作では方向転換において頭部の大きな 角加速度が確認できた.移乗動作は大きな頭部 運動が必要となる動作であるため,視覚はその 運動中の姿勢の制御や視野の確保を頭部運動に 続き眼球運動が補完的に生じていることが示唆 できる結果の一つであると考えることができる. 座面の高さによる動作工程間の比較では,55 ㎝の座面で方向転換と立ち上がりの眼球運動の 変化が特徴的に大きくなっていた.その際の映 像データでは55㎝の便座で足底接地できない人 では,接地できている被検者に比べると足元を 見ている様子が確認できた.これらのことから 床面に足がつかない,不安定な状態では次の動 作に移るための視覚情報を得る目的でより大き な眼球運動が生じ,それが55㎝の高さの便座で の方向転換と移乗動作の有意差に繋がっていた 可能性がある. 3)新たな評価としての有用性 従来の ADL指導ではバイオメカニクスを応 用した方法の指導や動作手順の指導が中心となっ ていた10).しかし,その方法ではなかなか動作 獲得に結び付かない症例も存在していた.今回 行った実験より,食事動作では頭部運動より眼 球運動が先行すること,移乗動作では眼球運動 より頭部運動が先行することが明らかとなった. また,ADL課題では課題特性に応じた波形が 得られており,今回用いた指標が評価として妥 当である可能性も示唆された.更に目と頭部ど ちらを先行させるかという従来と異なった指導 を行うことにより,動作パターンの改善が望め る可能性があると考えられる. 5 謝 辞 研究を遂行するにあたり,快くご協力いただ いた皆様方に深謝致します.なお本研究は文部 科学省科研費17K01514の助成を受け実施した. 6 利益相反 本研究に関して,開示すべき利益相反はない. 7 引用文献 1)木村司,片山順一:体性感覚刺激処理に対 する視覚情報の効果-空間的注意を中心と して-.人文論究64:101-117,2014. 2)久米祐一郎:多感覚の利用.映像情報メディ ア学会誌53:932-936,1999. 3)平崎鋭矢:歩行中の視線安定を維持する頭 部運動と眼球運動.大阪大学大学院人間科 学研究科紀要26:177-193,2000. 4)平崎鋭矢:円周歩行中の頭部と眼球の協調 運動.バイオメカニズム学会誌28:34-40, 2004. 5)新川達矢,山田和平,山田光穂:小型電子 端末を用いた読書時の眼球運動と頭部運動 の解析.東海大学紀要情報通信学部5:23-28,2012. 6)松葉貴司,渡邉慎一,藤井智,入江亜紀: 慢性関節リウマチ患者の在宅生活指導.
PTジャーナル30:713-720,1996. 7)高橋正紘,岡田行弘,斉藤晶,武井泰彦, 竹内泉,他:生体内座標軸理論-空間認知 による固視,歩行の制御-.日本耳鼻咽喉 科学会会報94:161-169,1991. 8)宮田英雄, 白戸弘道:高齢者の歩行. Equilibrium Research53:449-457,1994.
9)紙谷司,上村一貴,森周平,山田実:高齢 者における視覚探索課題遂行時の姿勢動揺 特性.第50回近畿理学療法学術大会:6, 2010. 10)内田成男,佐藤純子,横山明正,寺林大史: 動作指導の基本.PTジャーナル38:481-489,2004.