第33回 水理 講 演会論 文集1989年2月
都市 地 下空 間開 発 に お け る地 下水 環 境保 全 ・管理 手 法 の研 究
Study on Preservation and Control of Groundwater Environment for Developing Underground Space in Urban Area埼 玉 大 学 工 学 部 ○ 佐 藤 邦 明Kuniaki SATO 都 市 地 下 空 間 活 用 研 究 会 西 淳 二Junji NISHI
Summary: This paper is motivated by the social needs with respect to groundwater protection and prevention of land subsidence when developing the underground space in urban area. The hydrological assessment of groundwater environment is enumerated in
realizing of a large scale and deeper underground space because it permits more reasonable design. The construction of underground space may locally invite the groundwater damming
and whithdrawal around underground works^and it may possibly create a new groundwater sink of aquifer in addition to the channeling flow along a tunnel extension. The water budget in underground space is evidently associated with groundwater inflow and air conditioning, but it may also be influenced by the relative humidity under a given temperature.
Keywords: Groundwater, Underground Space, Environment, Urban Area
1。 序 論 今 日,わ が 国 で は 内 需 主 導 型 経 済 へ の 転 換,社 会 基 盤 の 整 備 ・充 実 へ 向 け て 豊 か で 安 全 な 質 の 高 い 国 土 づ く りが 進 め ら れ つ つ あ る 。 国 土 の 有 効 利 用 に 加 え 新 しい 空 間 と して 地 下 空 間 の 利 用 ・開 発 が 脚 光 を 浴 び て い る。 と り わ け て 大 都 市 に お け る 地 価 高 騰,都 市 機 能 ・施 設 の 過 密 化 及 び 都 市 再 開 発 に 係 っ て 地 下 空 間 に 熱 い 目 が 注 が れ て い る 。1),2),3)本 邦 に お け る 地 下 空 間 は 大 別 す る と,岩 盤 地 下 空 洞 の よ う に 都 市 外 に作 られ る も の と 地 下 街 の よ う に 都 市 内 に 建 設 さ れ る もの に 分 け ら れ,か つ 形 態 も拠 点 的 な もの と ト ンネ ル の よ う な 線 状 の もの に 分 か れ る 。 この よ う な 地 下 空 間 の 開 発 に お い て 地 形 ・地 質 条 件 や 空 間 形 態 は も と よ り利 用 の 仕 方 に よ って も テ ク ノ ロ ジ ー ・ア セ ス メ ン ト,設 計,施 工 の 考 え 方 が か な り違 っ て く るが,い ず れ に して も共 通 して 言 え る こ と は 地 下 水 ・地 盤 環 境 へ の 影 響 を 的 確 に 予 測 し,そ の 評 価 手 法 を 確 立 して お く こ とで あ ろ う 。 地 下 空 間 開 発 に 伴 う地 下 水 環 境 の 変 化 に よ っ て もた ら さ れ る 障 害 ・弊 害 は 端 的 に 言 え ば,地 下 水 の 異 常 な 低 下(あ る い は 上 昇)と そ れ に よ って 誘 起 す る 地 盤 変 動,場 合 に よ って 水 質 劣 化 で あ る。 従 来,こ の 種 の 障 害 や 弊 害 は 多 く の 工 事 ・開 発 で 多 か れ 少 な か れ 経 験 さ れ,そ れ な り に 対 策 が と ら れ て き た が 何 分 開 発 す る側 か ら 見 れ ば,ネ ガ テ ィ ブ な 部 分 で あ る だ け に 系 統 的 に 論 じ られ る こ と は 少 な い 。 こ う い っ た 背 景 に あ っ て 本 研 究 は 都 市 地 下 空 間 に注 目 し,地 下 空 間 建 設 時 及 び長 期 に お け る空 間 周 辺 と広 域 の 地 下 水 挙 動,地 下 水 環 境 変 化,加 え て 地 下 空 間 内 の 水 収 支 と水 分 管 理 に つ い て 述 べ,地 下 水 環 境 の 評 価 の 視 点 を も示 した もの で あ る。 2.地 下 空 間 の 機 能 と 利 用 形 態 地 中 開 発 は,地 下 資 源 開 発,地 下 エ ネ ル ギ ー 開 発,地 下 空 間 開 発 の3つ に 整 理 され,地 下 空 間 開 発 は 生 活, 都 市,供 給 処 理,生 産,貯 蔵,交 通,防 災 等 の 施 設 か ら成 る もの で あ り,そ の 多 様 化 は 人 類 の た め に す べ て 適 正 に 利 用 され る こ と が 求 め られ て い る 。 今 日 の 都 市 地 下 空 間 利 用 に 当 っ て,① 地 上 に 必 ず し も あ る 必 要 の な い 施 設 の 地 下 化 に よ る地 上 ス ペ ー ス の 確 保 あ る い は 都 市 の 美 化,② 都 市 域 で の 過 密 ・立 地 難 に よ る 交 通, 通 信,エ ネ ル ギ ー 及 び 廃 棄 物 搬 送 シ ス テ ム の 地 下 化,③ 工 場,オ フ ィ ス ビル,レ ク リ エ ー シ ョ ン施 設 な ど の 地 下 化,④ 気 候 の 厳 しい 都 市 に お け る地 下 空 間 の 利 用,⑤ 防 災 の た め の 地 下 空 間 の 活 用,な ど と い う 概 ね5
つ の 方 向 が 見 られ る。4),5) 一 般 に,地 下 構 築 物 を 特 徴 づ け る 支 配 要 素 は地 盤 面 と の 関 係 の 仕 方 で あ る 。 す な わ ち,表-1に 示 す 様 に,大 略,① 地 下 埋 設 型,② ビル デ ィ ン グの 地 下 階 利 用 型,③ ア トリ ウ ム(atrium)型,④ 坑 道 型 に 分 類 で き よ う。 歴 史 的 に 知 ら れ た 中 国 の ヤ オ ト ン(洞 窟)や チ ュ ニ ジ ア の そ れ な ど も 坑 道 型 に 入 れ る こ と が で き よ う。6),7)次 に 深 度 に 着 目 して み れ ば,都 市 部 に お け る 深 い 地 下 利 用 の 状 況 は 温 泉 井 ・井 戸 を 除 け ば,現 状 で は 約50m以 浅 の 利 用 で あ る(杭 基 礎 な ど で は,N値 や 支 持 層 の 深 さ に よ る の で 地 層 条 件 に 依 存)。 しか し,近 い 将 来 の よ り深 い 河 川 の 地 下 化,道 路 お よ び 鉄 道 の 地 下 化(地 下 駅 を 含 む) な ど 都 市 機 能 向 上 を ね ら っ た 計 画 お よ び 構 想 が 具 体 化 さ れ よ う。 こ れ らの 施 設 は,一 般 に 深 度 が 浅 い 場 合 に は 開 削 工 法,深 度 が 比 較 的 深 い 場 合 や 地 表 の 土 地 利 用 に よ る 制 約 が あ る 場 合 に は シ ー ル ド工 法,一 部 で は あ る が,深 度 が 比 較 的 深 く地 盤 が 良 好 な 場 合 に はNATMに よ り,各 々 建 設 され て い る 。 シー ル ド工 法 を 採 用 す る 場 合 は 発 進 基 地 が 必 要 と な る。 図-1に は 人 類 が 到 達 した 深 さ と人 工 空 間 の 鉛 直 利 用 階 層 を 選 択 的 に 描 い た 。 ま た 図-2に は 地 下 利 用 の 歴 史 的 経 緯 を ま と め て あ る 。
表-1地
下 建築 物 の形 状分 類
図-1人 類 が 到 達 した 深 さ と 人 工 空 間 の 鉛 直 利 用 階 層8) 図-2地 下 利 用 の 歴 史9),10)3.地 下 空 間 に 係 る環 境 因 子 都 市 地 下 空 間 に 係 る 環 境 因 子 は 技 術 的 側 面 か ら考 え る と,表-2の よ う に な ろ う。 これ ら は 短 期 的(工 事 中)に 地 下 水 流 の 変 化 を 通 じて 現 わ れ 易 い も の と 地 下 空 間 が 完 成 後 操 業 中 に 徐 々 に か つ 長 期 的 に 表 面 化 して く る 類 の もの が 予 想 され る。 前 者 の 中 に は 必 ず し も直 接 地 下 空 間 そ の もの に よ る影 響 と は い え な い ま で も, 工 事 そ の もの に よ る 水 域 汚 染 の 恐 れ,ま た 騒 音,振 動 と い っ た もの も環 境 に 対 す る検 討 事 項 と な る。 工 事 中 に お け る地 盤 変 性 や 地 盤 沈 下 は 地 下 掘 削 に 伴 う地 盤 の 支 持 力,強 度,安 定 性 の 低 下,土 留 め の 不 十 分 に よ る 陥 没 とか た りを 除 け ば,ほ とん ど 地 下 水 が 関 与 して 起 こ る か ら地 下 水 の 問 題 で あ る。
表-2地
下 空 間 に係 る環 境 因子
地 下空 間 に係 る地 下 水 問題 と して従 来 か ら知 られ て い る もの は水 位低 下 工法 によ る地 下水 障害 で あ るが,
帯 水 層の 規模 に比 べて 地下 空 間が 大型 化 ・長 大 化す る と,地 下 空間 そ の もの への 湧水 によ る水位 低 下及 び地
下 空 間構 造 部 に よる地 下水 流 況 の阻害 が 予想 され る(後 述)。 当然,そ れ に伴 う地盤 変 動が 考 え られ る。 し
か し,問 題 の捉 え 方 と評価 の 段階 で 次の 点 は念 頭 にお く必 要が あ る。 つ ま り,都 市 を支 え る地盤 の ス ケ ール
は人 が構 築 す る地 下構 造部 に比 べて 十分 大 き く,例 え都 市 トンネ ルの よ うに長 い もので あ って も断 面 は十 分
小 さ く,か つ地 下 水盆 の拡 が りか ら見れ ば それ は非 常 に細 い線 の よ うな もの で あ る。 従 って,広 域 地 下水 か
らす れ ば,拠 点 的 地下 空 間 は点,線 状地 下 空 間 は細 い 線 と見 な し得 よ う。 その観 点 か ら推 して地下 空 間 に よ
る広 域 地下 水 へ の影 響 は考 え に く く,地 下 空 間周辺 の か な り局 所 的 な地 下水 流況 の 変化 や 工事 中 の水 位低 下
とい った もの が 問題 の中 心 に な る もの と思 わ れ る。
つ ぎに,地 下空 間 開発 に よ る水質 問題 は工事 中 の地 盤 改良 材 によ る ものが 考 え られ るが,直 接 表面 に現 わ
れ る もの は事 故 の場 合(た とえば,地 下貯 油槽 の 漏え い)を 除 いて考 え に くい。 さ らに,従 来 の 環境 問 題 に
入 るか否 か は別 と して,地 下空 間 の中 の地 下 水湧 水 に よる環 境影 響 は新 しい角 度か ら研究 の 余地 は あ るよ う
に思 う。
4.地 下 空 間 の 地 下 水 環 境 へ の 影 響 と保 全 (1)地 下 空 間 と地 下 水 の 干 渉 地 下 空 間 に よ る地 下 水 へ の 影 響 は,工 事 中 の 短 期 的 か つ 局 所 的 な 水 位 の 異 常 変 化(低 下 や せ き 上 げ 等)と, 完 成 後 徐 々 に 顕 わ れ る 長 期 的 な 地 下 水 の 変 化 と に 大 別 で き よ う 。 掘 削 工 事 中 の 短 期 的 な 地 下 水 へ の 影 響 の 中 で 最 も表 面 化 し易 い もの は,開 削 と 立 坑 工 事 に よ る 場 合 で あ ろ う。 開 削 工 事 は,地 下 街,ビ ル の 地 下,地 下 鉄 の 駅 部 と い っ た 拠 点 的 地 下 空 間 の 建 設 の 際 に,ま た,立 坑 工 事 は 拠 点 的 地 下 空 間 の 建 設 に 加 え て シ ー ル ド トン ネ ル の 発 進 基 地 建 設 の 際 に 行 わ れ る もの で あ る。 両 者 と も に 地 下 水 に 影 響 を 与 え な い 工 法 を と る の が 基 本 と な る が,施 工 方 法,地 質 条 件,施 工 深 度 等 に よ って は,工 事 の 過 程 で 周 囲 の 地 下 水 を 低 下 させ ざ る を 得 な い 場 合 が あ る 。 そ の 場 合 の 開 削 に よ る地 下 水 へ の 影 響 は模 式 的 に 表-3中 ① の よ う に 現 わ れ る。 一 般 的 に 開 削 場 内 及 び 周 辺 に ウ ェル ポ イ ン トを 配 置 して 周 辺 の 地 下 水 位 を 強 制 低 下 さ せ る 方 法 が と られ る。 こ れ ら地 下 水 位 の 予 測 や 揚 水 計 画 を 立 案 ・評 価 す る に は,解 析 解 の み で な く数 値 シ ミ ュ レ ー シ ョ ン 法 等 が 用 い られ る 。 簡 便 な 手 法 と し て は,井 戸 理 論(群 井 理 論,ホ ル ヒ ハ イ マ ー の 式 等)が 適 用 され よ う。次 に,地 下 空 間 完 成 後 に お け る 長 期 的 な 地 下 水 へ の 影 響 は,① ト ンネ ル 部 な ど の 線 状 地 下 空 間 及 び 駅 部 な ど の 拠 点 的 地 下 空 間 に よ る 遮 水 効 果,② 地 下 空 間 内 へ の 漏 水 に よ る周 辺 地 下 水 位 の 低 下,③ シー ル ド ト ンネ ル の よ う な 線 状 地 下 空 間 に 沿 う地 下 水 の 流 れ に よ る 地 下 水 位 の 低 下 な どが 考 え られ る。 遮 水 に よ る 地 下 水 変 化 は,① 地 下 空 間 の 利 用 形 態, ② 地 質 条 件,③ 地 下 空 間 と 地 層 の 規 模 や 位 置 関 係 等 に 関 係 す る が,実 用 上 は 巨 視 的 に 構 造 物 を 遮 水 壁 に お き か え,条 件 を 単 純 化 して 検 討 して も お お よ そ の 水 理 的 影 響 を 知 る こ と が で き る11),12)。 そ の 解 析 解 に よ る 計 算 で は遮 水 さ れ る 帯 水 層 が 不 圧 か 被 圧 地 下 水 に よ っ て 分 け,ま た 遮 水 の 形 態 を 全 断 面 遮 水 か 部 分 遮 水 に分 け て 比 較 的 容 易 に 遮 水 効 果 を 算 定 す る こ と が で き る。 こ の 場 合,表-3の ② に 示 す 様 に 鉛 直 二 次 元 の 問 題 と して 取 り あ つ か う こ と もで き よ う。 例 え ば,不 圧 地 下 水 の 全 断 面 遮 水 の 場 合 に は遮 水 に よ る 地 下 水 位 の 変 化 量(h1b/h10,h2b/h20)は 図-3の 様 に な る。 な お,ト ンネ ル 等 の 線 状 地 下 空 間 に よ る 遮 水 は 上 述 し た よ う に 鉛 直 二 次 元 の と り あ つ か い で も よ い が,拠 点
的地 下 空 間の場 合 は表-3の
④ に示 す 様 に三次 元 的 な遮水 効 果 を検討 す る必 要 が あ る。
図-3遮
水 壁 上下 流 水位 と透 水 係数 比
トン ネ ル 部 へ の 漏 水 に よ る 地 下 水 へ の 影 響 は 表-3の ③ に 示 す 様 に 直 上 部 の 水 位 低 下 が 生 じ る 。 しか し, 都 市 部 の トン ネ ル 施 工 に は,密 閉 型 シ ー ル ドが 主 体 に な る と考 え られ,シ ー ル 材 の 改 良 ・開 発 に よ り,ト ン ネ ル 内 へ の 漏 水 が 極 力 お さ え ら れ れ ば,こ の 影 響 は 比 較 的 軽 微 と な る う 。 ま た,シ ー ル ド ト ンネ ル の セ グ メ ン トの 外 周 は 注 入 材 で 充 て ん す る の が 常 識 と な るが,周 囲 の 地 層 よ り も 透 水 性 の よ い ゾ ー ンが 形 成 さ れ れ ば , トン ネ ル 直 上 部 は 表-3の ③ に 示 す よ う に 周 囲 よ り も 地 下 水 位 が 低 下 す る 場 合 も生 じ得 よ う。 以 上 の よ う に 地 下 空 間 に よ る地 下 水 の 変 化 は 空 間 の 掘 削 時 や 完 成 後 に 局 所 的 に い くつ か の 形 態 で 現 わ れ る こ と が 予 想 され る。 水 理 解 析 法 そ の も の は従 来 の 方 法 の 延 長 線 上 で 対 処 で き よ うか ら地 形 ・地 質 の モ デ ル 化, パ ラ メ ー タ ー の 決 定,水 理 境 界 条 件 の 設 定 と い っ た 実 務 と の 対 応 を 調 べ ,適 切 な 評 価 法 を 確 立 す る こ とが 肝 心 と な る 。 (2)地 下 空 間 内 の 水 環 境 地 下 街,駐 車 場,工 場,交 通 トン ネ ル と い っ た もの は 常 時,あ る い は 一 時 的 に せ よ 必 ず 人 間 が 活 動 す る 空 間 で あ る。 そ の よ う な 空 間 に お い て は 適 当 な 空 調 条 件 に な け れ ば な ら な い 。 閉 空 間 に お け る 水 の3要 素 は "湧 水" ,"湿 度"及 び"結 露"で あ り,こ れ ら は 気 圧,温 度 及 び 換 気 条 件 に 支 配 さ れ る 。 こ れ らの 事 を 概 念 的 に 示 し た も の が 図-4で あ る 。 閉 空 間 内 へ 入 る 水 は 湧 水qと 換 気 流 入 水 分qiで あ り,出 る水 は 排 水qd と 換 気 流 出 水 分qoで あ る 。 従 っ て,空 間 内 の 水 の 貯 留 量Ssと す れ ば,水 収 支 式 は,(1)
と な る 。 こ こ に,t:時 間 で あ る 。表-3地
下 空 間 と地 下水 の 干渉
同 様 に,空 間 内 の 熱 収 支 は,換 気 に よ る 流 入 熱 量Qi,空 間 内 の 発 生 。持 込 み 熱 量Qg,空 間 外 へ の 伝 導 熱 量Qc,換 気 に よ る 流 出 熱 量Qo,及 び 貯 留 熱 量Qsと す れ ば,