論 文 審 査 報 告 書
とう えん 氏 名 陶 娟 学 位 の 種 類 博士(工学) 学 位 記 番 号 博生第 23 号 学 位 授 与 日 平成 29 年 3 月 18 日論 文 題 目 Enzymatic Conversion of Cellulose Pretreated by Amino Acid
Ionic Liquid/Cosolvent System
(アミノ酸型イオン液体/共溶媒系を用いたセルロースの酵素変換) 論 文 審査 委員 (主査)富山県立大学 教 授 中島 範行 教 授 伊藤 伸哉 教 授 加藤 康夫 准教授 岸本 崇生 京 都 大 学 教 授 高野 俊幸 内 容 の 要 旨 地球温暖化の抑制や、石油消費量の削減のため、再生可能なバイオマスの利用拡大に関心が集まって いる。特に、最大の蓄積量があり、食糧と競合することがない木質バイオマスの有効利用は、化石資源 に頼らない循環型社会の実現に向けて、ますます重要な課題となっている。このような木質バイオマス のマテリアル利用やエネルギーとしての利用では、木質バイオマスの化学変換や酵素変換、微生物変換 等が必要であり、バイオマス変換に適した前処理法の開発が望まれている。植物の細胞壁は、高分子化 合物であるセルロース(約 50%)・ヘミセルロース(約 20~30%)・リグニン(約 20~30%)の複雑な複合体 であり、そのまま水や有機溶媒に溶かすことはできない。そのため、これらの高分子成分の分離には煩 雑な操作が必要である。一方、イオン液体は常温で液体状の塩である。様々な分子設計が可能であり、 揮発しない等の利点があり、繰り返し利用できるグリーンソルベントとして注目されている。イミダゾ リウム塩タイプのイオン液体中で加熱撹拌することにより、セルロースを溶解できることが2003 年に 初めて報告された。それ以来、関連した研究が活発に行われており、木質バイオマスの有用物質への変 換への応用が期待できる。 本論文では、セルロースの溶解時にイオン液体と共に用いる共溶媒の効果を明らかにし、新規に設計 したアミノ酸型イオン液体/共溶媒系をセルロースの前処理溶媒として用いることにより、メチルβ-D -グルコシドをセルロースから効率よく酵素合成できることを明らかにし、その成果を全3 章にまとめた ものである。以下に本論文の構成を示す。
第1 章では、イミダゾリウム塩タイプのイオン液体(AmimCl)へのセルロースの溶解時に共溶媒を 用いることにより、セルロースの溶解性が向上し、室温という温和な条件でセルロースを溶解できるよ うになるだけでなく、溶解に伴うセルロースの重合度低下や熱安定性の低下の抑制に効果があることを 示した。 セルロースの溶解性を改善し、より低い温度でセルロースを溶解するため、様々な極性有機溶媒をイ ミダゾリウム塩タイプのイオン液体の共溶媒として用いた。検討した極性有機溶媒はすべてセルロース の溶解性を向上させる効果があったが、特に、N‐メチルイミダゾール、N‐メチル‐2‐ピロリドン、 ジメチルスルホキシド(DMSO)の効果が高く、1‐アリル‐3‐メチルイミダゾリウムクロライド ([Amim]Cl)へのセルロース(Avicel PH105、微結晶セルロース)の溶解性は、30℃という室温条件下 で12~15%に達した。天然セルロースはセルロース I の結晶構造であるのに対し、イオン液体から再生 したセルロースのIR スペクトルは、セルロール II の結晶構造あるはアモルファスセルロースの特徴を 示した。[Amim]Cl/DMSO から再生したセルロースは、熱重量測定の結果、DMSO を使わない場合と 比べて、熱分解開始温度が高く、顕著な熱安定性を示した。さらに、ジメチルアセトアミド(DMAc)を 1 ‐エチル‐3‐メチルイミダゾリウムアセテート([Emim]OAc)の共溶媒として用いたところ、セルロー ス(ろ紙パルプ)の溶解性が著しく増加し、室温で12%のセルロースが溶解した。[Emim]OAc から再 生したセルロースの重合度は、元のセルロースと比べて 8–9% 程度低下したのに対し、[Emim]OAc/ DMAc から再生したセルロースの重合度低下はほとんど見られなかった。これらの結果から、DMSO や DMAc などの極性有機溶媒は、イオン液体へのセルロースの溶解性を高めるだけでなく、熱安定性 の改善や重合度低下の抑制などのセルロールの保護効果を示すことを明らかとなった。 第2章では、ホスホニウム塩タイプのアミノ酸型イオン液体のセルロース溶媒としての可能性につい て検討した。さらに、セルラーゼによるセルロースの酵素加水分解の前処理溶媒としての効果も検討し ている。イミダゾリウム塩やハロゲン系のイオン液体は、環境への影響なども懸念されている。ハロゲ ンやイミダゾリウム塩を用いないイオン液体は、酵素に対しても親和性があると考えられ、セルロース の酵素加水分解の前処理溶媒として期待できる。ホスホニウム塩タイプのアミノ酸型イオン液体は、そ れ自体にはセルロースの溶解性はなく、120℃でもセルロース(Avicel PH105)を全く溶解できなかった。 しかし、DMSO などの極性有機溶媒を共溶媒として用いることにより、30℃でセルロースを溶解でき ることが分かった。テトラブチルホスホニウムグリシン([TBP][Gly])/DMSO を用いた場合は、セルロー スの溶解度が15%に達した。[TBP][Gly] と DMSO の比はセルロースの溶解性に大きな影響を与え、 およそ1:1の比率の時に溶解性が最大となるが、いずれの溶媒も単独ではセルロースを溶解できない。 また、セルロースの酵素加水分解の効率は、アミノ酸型イオン液体/共溶媒による前処理を行うことによ り著しく向上した。新規イオン液体であるテトラブチルホスホニウム N,N‐ジメチルグリシン ([TBP][DMGly])を DMSO と共に用いた場合には、グルコースの収率はほぼ 100%に達した。またイ オン液体/共溶媒系にセルロースを溶解させた後、イオン液体濃度が 6%になるまで緩衝液で希釈した場 合および 13%濃度に希釈した場合は、酵素加水分解によるグルコースの収率はそれぞれ 98% および 79%となった。アミノ酸型イオン液体によるセルラーゼの活性低下は、イミダゾリウム塩タイプのイオ ン液体を用いた場合と比較して小さく、セルロースの溶解とセルラーゼによる酵素加水分解をイオン液 体の洗浄除去を行わずにワンポットで行うことが可能であることを示した。 第3章では、市販のセルラーゼとホスホニウムタイプのアミノ酸型イオン液体で処理したセルロース を用いて、メチルβ‐D‐グルコシドをセルロースから直接合成するという新しい方法について報告し
ている。メチルβ‐D‐グルコシドは、セルロースのモデル化合物としての需要のほかに、非イオン性 の界面活性剤の合成中間単体として利用されている。第2 章で用いたホスホニウムタイプのアミノ酸型 イオン液体によるセルロースの前処理は極めて有効であり、メチルβ‐D‐グルコシドの収率と反応速 度の大幅な増加が見られた。前処理をしない場合は、天然セルロース(Avicel PH105)からのメチルβ ‐D‐グルコシドの収率は、48 時間の反応でもわずか 1.4%と極めて低いのに対して、[TBP][Gly]/DMSO を用いて前処理した場合は、4 時間のセルラーゼ処理により収率 35%、24 時間の処理により収率 40% に達した。この方法は、セルラーゼによる酵素加水分解の際にメタノールを20%程度加えるという極め て簡単な方法である。メタノールは、酵素反応の基質として働くとともに、セルラーゼの活性を抑制す るため、メタノール濃度を適切に設定する必要がある。さらに、グラムスケールのセルロースを用いた 合成実験では、33%の収率でメチルβ‐D‐グルコシドを単離することができた。セロビオースやグル コースを基質として用いた実験により、セルロースはまずセロビオースに加水分解され、生成したセロ ビオースがメチルβ‐D‐グルコシドとグルコースに変換されるという経路で反応が進行していると推 定している。 最後に結語として、以上の内容を要約するとともに今後の展望についてまとめて述べている。 本研究を通じて、イオン液体/共溶媒系がセルロースの溶解や有用物質への変換に有用であることを示 したといえる。さらに合成した新規アミノ酸型イオン液体はセルラーゼの活性低下を抑え、セルロース の酵素加水分解効率を上げるとともに、セルラーゼを用いたセルロースからのメチルβ‐D‐グルコシ ドの直接合成にも初めて成功している。
審 査 の 結 果 の 要 旨 植物細胞壁の主要な構成成分の一つであるセルロースは、そのまま水や有機溶媒に溶かすことができ ないため、セルロースの化学変換や酵素変換などによる有用物質への変換の際の障壁の一つになってい る。本論文は、まず、セルロースの溶媒として働くことが報告されているイオン液体に共溶媒を用いた 場合の効果を明らかにした。さらに、ホスホニウム塩タイプの新規アミノ酸型イオン液体を合成し、セ ルラーゼによるセルロースの酵素加水分解とメチルβ-D-グルコシドへの効率的な変換のための前処理 溶媒として用いることができることを明らかにした。 第1 章では、イミダゾリウム型のイオン液体([Amim]Cl)へのセルロースの溶解時に共溶媒を用い ることにより、セルロースの溶解性が上がり、室温でセルロースを溶解できるようになるだけでなく、 溶解によるセルロースの重合度低下や熱安定性の低下の抑制に効果があることを示した。様々な極性有 機溶媒の効果を検討した結果、特に、N‐メチルイミダゾール、N‐メチル‐2‐ピロリドン、ジメチル スルホキシド(DMSO)の効果が高く、[Amim]Cl へのセルロースの溶解性は、30℃で 12~15%に達した。 再生したセルロースは、熱重量測定の結果、DMSO を使わない場合と比べて熱分解開始温度が高く、顕 著な熱安定性を示した。DMSO や DMAc などの極性有機溶媒は、イオン液体へのセルロースの溶解性 を高めるだけでなく、熱安定性の改善や重合度低下の抑制などのセルロールの保護効果を示すことを明 らかにした。 第2 章では、ホスホニウム塩タイプのアミノ酸型イオン液体のセルロース溶媒としての可能性につい て、さらにセルロースの酵素加水分解の前処理溶媒としての効果を検討した。その結果、ホスホニウム 塩タイプのアミノ酸型イオン液体は、それ自体にはセルロースの溶解性はなく、120℃でもセルロース を全く溶解できなが、DMSO などの極性有機溶媒を共溶媒として用いることにより、30℃でも 15%の セルロースを溶解できることを明らかにした。さらに、アミノ酸型イオン液体/共溶媒による前処理を行 うことによりセルロースの酵素加水分解の効率は著しく向上した。新規イオン液体であるテトラブチル ホスホニウムN,N‐ジメチルグリシン([TBP][DMGly])を DMSO と共に用いた場合には、グルコー スの収率はほぼ100%に達した。またイオン液体/共溶媒系にセルロースを溶解させた後、イオン液体を 洗浄除去せずに緩衝液で希釈した場合でもグルコースの収率はそれぞれ 98% および 79%となった。 [TBP][Gly]/DMSO はセルラーゼとの親和性は比較的高く、セルロースの溶解とセルラーゼによる酵素 加水分解をイオン液体の洗浄除去を行わずにワンポットで行うことが可能であることを示した。 第3 章では、ホスホニウムタイプのアミノ酸型イオン液体を用いて、メチルβ‐D‐グルコシドをセ ルロースから直接酵素合成するという新しい方法について報告した。ホスホニウムタイプのアミノ酸型 イオン液体によるセルロースの前処理は極めて有効であり、メチルβ‐D‐グルコシドの収率と反応速 度の大幅な増加が見られた。前処理をしない場合は、セルロースからのメチルβ‐D‐グルコシドの収 率は、1.4%と極めて低いのに対して、アミノ酸型イオン液体を用いて前処理した場合は、収率 40%に達 した。また、メチルβ‐D‐グルコシドの生成機構についても考察している。 最後に結語として、以上の内容を要約するとともに今後の展望についてまとめて述べている。 以上で述べたように、本研究では、新規なアミノ酸型イオン液体/共溶媒系を用いたセルロースの温和 な条件での溶解と、それを利用したセルロースの加水分解およびメチルβ‐D‐グルコシドへの変換法 を確立したといえる。その研究手法および結果において高い独創性が認められ、結果の解釈も適切とい える。得られた成果は、バイオマスに関する生物工学分野において、工学的観点から極めて重要な知見
が得られており、工学の発展に貢献できると評価される。さらに、温和な条件下でセルロースを溶解す る手法を確立しており、この溶媒系を用いたセルロースの化学変換や酵素変換、有用ケミカルの調製な ど、バイオマスのエネルギー化やマテリアル利用における貢献が今後大いに期待される。なお、本論文 に関連する発表論文は3 編であり、すべて申請者が筆頭である。 平成29 年 2 月 1 日に博士論文の審査および最終試験を行った結果、申請者は学術研究にふさわしい 発表および討論ができ、本研究で用いられた研究手法と得られた結果を十分に理解していること、当該 分野に関して博士としての十分な全般的知識を持ち、独立して研究を遂行する能力を有していると判定 されたことより、博士(工学)の学位論文として合格であると認められた。