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日蓮聖人遺文に於ける國神勸請義 (特編『法主即管長制度確立讃辭』)

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(1)

此の論は﹁日蓮聖人大曼茶羅に於ける國祁糊請の座配﹂︵大崎學報第九十二號所載︶のつぎきとして起草した。識 者の併せ讃まんことを希望して緒言に代へる。 ︵1︶垂迩法門︵毯ユ読岼︶榊明は正直の者の頭に住給也、::・今時の垂迩和光は是皆本地樺迦如來の化身也。受︶ 此書には﹁大明祁﹂の語もあるが未だ二祁の名を出してゐない。一班的に祁佛の本迩槻であって、佛教一般の奮 説を繼紹したに過ぎない。︵遺文二七四、南都奏状、山門奏状等参照︶叉正直の頭に住むの思想は聖人の前後を通じて 換らざるところで、﹁戒法門﹂︵二七︶に五戒を以て﹁萬物之母萬祁之父﹂とすると相通じ、耐を以て正とし徳と 二榊糊講義を求むくく煩雑を顧みず關係遺文を年次を途うて列學しその意義を研討して見る。蓋し糊請意義を求む

くき基礎であるからである。.

日蓮聖人遡文に於ける國紳勅講義

日蓮聖人遺文に於ける國瀞勤講義

二、遥文の列示

■■■■■ 、

一 一一 一 一

望月歎厚

一○四

(2)

一 & するものである。この書、億書の説あるも鋤講義に關しては特別の意義を有たない。 ︵2︶︹立正安國諭慶本︵垂擢先砕︶法然聖人選搾現在也、以諾佛諸經法華經教主繰尊諸菩薩諸天天照大祁正八幡等載一 拾閉閣勉之悪言︸其女顯然也。因し鼓聖人去レ國、善祁拾し所、天下飢渇世上疫病等。︵丈︶︵眞駿在京本圀き︺ 遺文に於ける二帥の名はこの書を以て最初とするやフである。但し慶本にのみあって、﹁安國論﹂三八九︶には﹁以二 諸佛諸經諸菩薩諸天等一敬二拾閉閣弛一其文頴然也﹂となってゐる。略本と廣本との成立問題と關聯して論ぜらる べきであるが、廣本を弘安年中の再治とすれば二紳を出せるは當然のことであり、廣本を草案本とすればこの書 を以て二祁の竣初とする。この獣は後の再論に譲って、所載の意を案ず肌ぱ、連文に﹁所詮國土泰平天下安穏自二 一人一至二萬民一所し好也所し樂也、早止二閥提之施一切一誘法之根︸:::﹂の文によりて、二帥を日本國家の守謹、若 くは正法法華擁談の祁とするのである。 ︵3︶︹行者佛天守護紗︵哩圭碑︶法華經をたもつ人をば、繰迦多賓十方の諸佛梵天帝織日月凶天龍祁、日本守護天照 大祁八幡大菩薩、人の眼を於しむがごとく:・・;守り液ぽしめし・・・・・・︵文︶︺ 此書は法華持考の守護をいふのであるが、二刺に特に日本守謹の四字を置きたるに注目すべきである。安國諭廣 本を弘安の再治とすれば、二郷の名はこの害を溌初とし且つ二刺の祁格を決定した最初である。併しこの書にも 系年に異説があって、録外十五には文永元年に系けてある。しかし次の月水害も文永元年に系年すれば、全年全 月全日のこの書を以て最初とするに防げない。但し遺文録の系年に依れば弘長三年の持妙法華問答紗︵四七五︶に 八幡大菩薩、松尾大明紳の名が出てゐるが、系年に就ては建治二年説、弘安三年説があって決定的でない。大旨に さしたる關係がないから略して引かない。行者守誰紗は既に伊豆流罪中教機時國妙の後であるから二祁守談の恩 日蓮聖人遡文に於ける閣紳鋤諦義 一○五

(3)

∼ = 己下に此の國に生れたるもの祁明に背くべからざる由を述べてゐる。垂迩云麦は紳佛の關係を述べたのではある が明に本迩をいはない。此由を知らざる智者共とは、念佛の徒を指すことは、念佛者追放宣欣事︵二七四︶に南都奏炊 を引いて.蔑如霊紳事,右我朝本是祁國也、百玉承二彼苗喬一四海仰二其加護一、而專修之輩永不レ別二祁明一、不﹄ 論二椛化賞類一、不し恐二宗廟租祗弓若患二祁明一堕二魔界一云云﹂等とあるによって明である。聖人が法然の徒の榊は 鬼祁也の説に同ぜずして﹁至二椛化垂迩一者既是大聖也﹂の南都北嶺の奮義に随つたことも明である。然るに我門 の後輩が二祁の所鴎を論じて○○界に属したのは腿意を失った説である。この書に二洲の名は出さないが﹁帥國 也﹂の語に聖人の國祁槻を見るべきである。 ︵5︶︹一ハ郎恒長御消息︵琢罫元奔︶二手餘斌の大小の榊祇も鐸尊の御子息也、全非阿彌陀佛子也。︵丈︶︺ 警嚥品の今此三界の文を樺して日本國の一切は繰迦の子也と樺し、阿彌陀に對して騨尊本師を主張したのであっ て、二刺の名を出さず、叉二跡の糊講義を論じたのでもない。但し一般的に佛祁本迩の奮読の土台に立つことはて、二刺の々 想も決して不合理とは老へられない。 ︵4︶︹月水貴雌嘆き日本國は刺國也、此國の省として佛菩薩の垂迩不思議に經諭にあひにぬ︵る︶事も多く侍る ::・此由を知らざる智者共、脚は鬼祁なれば敬ふくからナなんど申す扱義を申て多く檀那を損歩る事ありと見ぬ ︵6︶︹女人成佛紗︵垂茎垂︶︺ 此書に慧心僧都の加茂参龍とその時の明祁御託宣とを載せてゐる。即ち法華經守談の加茂明訓である。 勿論である。 て候也。︵文︶︺ 日蓮聖人遺文に於ける國祁獅請義 一 ○ 六

(4)

︵7︶塁懲問答紗象錨哩誉を日本隷國として伊奨諾伊鍵盤此國を作り天葵祁垂迩璽して御裳涛の流

れ久して今にたにす。堂此國に生を受けて此邪義を用ゆべきや。︵さ 叉、二所三島熊野羽黒天照太祁八幡大菩薩此等の名を一遍も唱ん人は、;・・⋮:⋮無間には於つとも往生すべから叉、二所二

土|去了。︵文︶︵眞餓在正中山︶︺ 故 眞砿現存の御響としては安國論鹿本を除いてはこの鍔を以て二洲所載の最初とする。此書は法然大日の念祁に對 して枝山の﹁法華眞言﹂を以て正法として赫佛の法味とし、これを以て國土守護の正法とする。故に﹁佛祁彌作二 旗悪一破一壌國土一事無し疑者也﹂とも一爲レ國爲レ法爲レ人﹂ともいはれてゐる。枝山守護の二紳と記載されたるのも 此の意によるもので、日本守謹といふ︵3︶行者守談紗︵前出︶と同意である。次の︵9︶宿屋書には明に日本守謹と あ愚を照合すべきである。叉善祁捨國については、後來聖人門下の大なる異義とはなったが、正直の頭に祁宿る とい参ご般的意義︵垂迩法門二一八︶﹁法華經の行者日本國に有るならば其所に栖み給くし﹂詞︶︵諫暁八幡紗二 ○四○︶︵u︶︵法門可申書杳二同意︶特殊的信仰から見、特に日本國の本尊建立の國土、閻浮廣布の根源たる國 としてざある。 系年と倶に眞偲に異論あって一定でない。諸刷の順列に注意を要するものがある。所載の意義は日本守談の善祁 佛破と全同であって佛祁本迩義が顯れてゐる。但し二紳の名は行者佛天守護紗に次ぐものである。然しこの醤は 前文は法然の魁拝雑行を破する文、次文は唱名雑行を破する文である。祁國、垂迩等の文によって月水害の對念 歩と云云。 日蓮聖人抵丈に於ける鬮紳獅諦義 ︵文︶︺ 叡山守護天脈大祁正八幡富山王七砒幽中守謹諸大善祁不レ喰二法味一失一威光一拾一函 一○七

(5)

I 土開顯の意義よりすれば、捨國を弧調するは國土弊墨の聖意であると断歩るに嬬踏しない。 ︵9︶信屋入道許御典趣唖避念佛宗里祁宗等︸有二御蹄依一之故、日本守謹諸大善祁作腹塞所迩災也。︵文︶︺ 前文︵8︶御勘由來は法然大日を學げ、この書はその所弘の念騨二宗を出す、彼には叡山守護といひ、是には日本 守護といひ、彼には二祁の名を出し、これにはたざ諸大善刷といふ。彼此比較して聖意の同じきを知るべきである。 此書反偲の論はあるが、一乘擁謹の榊明とし、日本を祁國とし、法華経を以て食とし、正直を以て力とまるを榊 としてゐる。但し二祁の名を州さず一般的に﹁天祁七代地祁五代榊祁其外諸天善祁﹂とある。別段論歩べき黙を 見ない。尚この書己下十通は常に同一債値に於て考へら鯉るのであるが、與李左衞門尉頼綱害実一○︶には﹁宜し 蒙言善祁之擁護一者也﹂とあり、與北條彌源太書︵六一Cには﹁天照大紳八幡大菩薩等放二此國一故自二大蒙古國一牒 欣來欺﹂とある。但し己下の諸寺諸僧に典へられた七通には祁明に開する記載がないのが注目される。 ︵Ⅷ︶法門可被申様之事︵謹製ハ評︶日本一州上下萬人一人もなく誘法な艇ば、大梵天王帝桓竝天照大祁等、隣國の聖 人に仰せつけられて誇法をためさんとせらる鴬か。例せば國民たりし清盛入道王法をかた怠けたてまつり、結局 は山王大佛殿をやきはらいしかば、天服大祁正八幡山王等よりきせさせ給て、源頼義が末頼朝に仰下て平家をほ ろぼされて國土安穂なりき、:::世間の上下繭人云、八幡大菩薩は正直の頂にやどり給、別のすみかなし等云云。 世間に正直の人なければ大菩薩のすみかましまさ歩。叉佛法の中に法華經計こそ正直の御經にては於はしませ。 法華經の行者なければ大菩薩の御すみか淀はせざるか。但日本國には日蓮一人計こそ世間出世正直の者にては候 へ⋮もししからば八幡大菩薩は日蓮が頂をはなれさせ給てはいづれの人の頂にかすみ給はん。︵文︶︵眞熾在中巴︺

︵㈹︶興北條壁藝急、曜琶︺

日蓮聖人遺文に於ける國赫勧請義 一 ○ 八 0

(6)

︵吃︶呈曇畏三藏輿減蝿ざ、天照失榊正八幡宮等は我國の本主也、迩化の後榊と瓢れさせ給ふ。此榊にそむく人 此國の主となるべからず。されば天照大祁〃鏡にうつし奉りて内侍所と號す。八幡大菩薩に勅使有て物申あはさ 日本國の本主としての二刺を垂迩榊とせられてゐる。この文段は騨尊の三徳を主張する中の主徳の段下である。 ︵旧×重一言七重勝劣象・魂妙天照大紳爲二産一、八幡奎晨爲二第二座、是より己下の榊は二手一昔三十一証也︹丈︶︺ 刺の次第を明したのである。祗數については餘所の御書には三千一百三十二砥とある。︵三七。一九三・二9一三。 二○五七︶。三千二百三十二砒とあるは此書だけのやうである。 ︵卿︶︹秋一兀殿御返事寂、垂祇避正月は妙の一宇のまつり天照大祁を蔵の榊とす。︵女︶︺ 天照太祁を主赫とし、次には﹁梵天帝鐸日月四天王等﹂を列してゐる。歳跡としての義は三十番刺思想と關係あ るものとも老へられる。

︵帽︶個條衾憂濤書象鎖琴天奨祁塁をそさのをのみことにさづけて玉の如くの菫まふけたり。然間日

の榊我子となづけたり。きてこそ正哉吾勝とは名けたれ。︵丈︶︺ 此害には例話として國祁を出したのではあるが叉、日月I蓮華1日蓮l天照1日刺の祁秘的關聯の暗示のあるに よって祁秘的因縁樺の竣初をこの御書に置き得るであらう。 せ給き。︵文︶︺ 愛らざる祁襯である。 捨國は日本守護の反顯的弧調である。叉世出一蓋に渉って正直の頂に棲む八幡大菩薩槻は聖人に於ては一貫して 此紗には日本守誰、正法守誰圃法華経行者守誰の義が主流をなしてゐる。︵8︶御勘由來宍○五︶の下に述べた如く、 日通禦人遺文に於ける剛祁柵耐義 一○九

(7)

︵Ⅳ︶︹一昨日御書寂・噴唾是偏爲身不通芝,爲蓋爲擁爲祁章一切衆生駈令︾言上一也。︵文︶︺

特に爲レ帥の一句は︵9︶︵、︶等の日本守誰の諸大善紳と相應し,正しくは天八の二帥を指すものである。 ︵旧︶促經難持十三箇秘訣念畷蓉佛者本地刺者垂迩故。︵文︶︺ 一般的に佛本祁迩をいふのみ。

︵旧︶開目典球鏡陛天照大紳正八幡山王等諸守護の諸奎統も法味をなめざるか、國中を去り給かの故に。悪鬼

便を得て國すでに破れなんとす。︵丈︶︺ 叉、︵七七四︶︹諸天等の守護跡は佛前の御誓一言あり、法華経の行者にはさる︵狸︶になりとも”・・:.⋮麦︶員蹟焼き︺ 前文は日本國家守謹の善祁として二帥山王等を學げたれども、次の丈よりすればその守謹卿は即ち法華正法の行 者を守護する諸天善祁である。聖人に於ては國祁たると正法守謹の善紳たるとは同一義であるのであるo 宛︶眞言諸宗遠目蔵ゞ鏡睦如“是大悪梵澤猶雑防鍵何況日本守護○祁也。︵丈︶︺

日蓮聖人辿文に於ける國紳勘講義二○

︵胴︶胃滿御前御箕域繁琴此國の主八幡大菩薩は卯月八日にうまれさせ給ふ。娑婆世界の教主緯尊も叉卯月八日 に御誕生なりき。今の童女久月は替れども八日にうまれ給ふ、緯尊八幡のうまれ巷りとや申さん、日蓮は凡夫な れば能クは知歩、.⋮・・⋮念頃に十羅刹女天照太祁等にも申て候。︵さ︺ 前書は懐胎の報によって符を與へ、今需は安産を聞いて喜を絃べてゐる。前書に例話的に太紳の名を出し、今書 には八幡を主として同じく帥秘的な説示を鯛してゐる。然し後段に太紳を緊げたのによって、榊の次第はあって も二紳について同様に考へてゐられたことは明である。即ち國紳として更に紳秘的因縁的意義が加へられて來た のである。

(8)

︵創︶︹架鑿芸裏穰某霧寂峨嘩觜幾千溌現喬慧霞脇士一、閻裳塞輩可五二此

國一。︵丈︶︵眞蹟在中山︶︺ 引文に止めてその意義の稔討は後章に譲る。 壷︶︹諸法衝相紗癒・錘斗畦繰迦佛多蜜佛十方の諸佛菩薩天祁七代地脚五代の肺炎$鬼子母測十羅刹女→四大天王 梵天帝樺閻磁法王、.:⋮:.:︵丈︶︺ ・行者守護の諸佛諸赫を列いたのであるが、諸祁の列次が他と異ってゐる。多くは梵天帝鐸日月四天の成句を爲し、 その次下に天八の二脚等國祁を列してゐる。叉﹁鬼子母祁十羅刹女﹂と併せ出した御書はこの書の外、經王書︵九 4○日女御前御返事︵一六二五︶に二例あり,下山消息︵一五八七︶には逆に﹁十羅刹女鬼子母榊﹂とある。そ の他は殆んど+羅刹女のみを出すやうである。日女紗︵一七三○︶を参照せよ。

露︶鍾佛未來記癒嘩蓉諸襄極錨涌千界等菩薩守二護法華行者︲此人得二守護之力一以二本門本尊妙法蓮華經五

字一令鬮廣二宣流三布於閻浮提一歎・︵文︶︺ 前引本尊紗と全同の意義を有し、加ふるに請天善祁の守談を明瞭に表はしてゐる。後諭に譲る。 ︵餌︶︹彌源太殿御返事︵垂俄一言一岬︶日蓮は日本閲の中には安州のものなり。総じて彼國は天照大測のすみそめ給し國 なりといへり。かしこにして日本國をさぐり出し給ふoあはの國御くりやなりoしかも此國の一切衆生の慈父悲母 なり。か強るいみじき國なれば定て故ぞ候らん。いかなる宿習にてや候らんo日蓮又彼國に生れたりo第一の果報 って明である。 梵緯と國祁との大小を相對してゐる。しかし國祁即行看守護なる鮎は、次の﹁必假二心間一祁守即眼﹂と引くにょ 日蓮聖人遺文に於ける脳祁棚諦義 一一一

(9)

、 ︵面︶の凹條書、︵鯛︶の月滿書に見えたる祁秘的因縁樺はこの書に來って更に明瞭に本因縁的解樺を遂げ來って日 本1日蓮l天照の關係に於て本尊紗・顯佛記等に願れたる本國土と紬合さるべきものとなった。即ち是れを本因 繊的解繰と呼ぶべきものであらう。法華取要紗の一篇の旨趣は叉この一貫の理路の中に牧めらるべきである。 ︵西︶︹異鵠同心事︵球睡垂蓉︶三に承りて日天にも大帥にも申上て候ぞ。︵丈︶︺ ︵配︶︹凹條金吾殿女房御返事︵垂.唯ルーご鯉迦佛法華経日天の御まへに申上候。︵丈︶︵虞賦断片︶︺ ︵”︶︹富木殿御返事︵鉱唯呼碑︶此帷をきて日天の御前にして此子細を申上ば、定めて鐸梵諸天しるしめすべし。︵丈︶ 上引の三文中の︵弱︶は年次について異論あるも文永こより一二、建治元年頃の御詳とするに︵郡︶︵幻︶の二書 と類同するに差支はない。三書は要するに日天の信仰である。垂︶彌源太書の天脈太帥の本因縁に約する祁槻 と、後に明瞭なる撰時妙の日天、榊國王書の日祁、報恩妙の天照I日本刈日種の信仰と比較するとき文永九年の本 噂妙より次第に本因縁的、本闘士的、閲祁棚の次第に明瞭なる番見出すことが州來るであらう。今上引の三書を 日天信仰の方面よりする擬頭と見たいのである。委読は後に譲る。尚次引の新尼書も比較すべきである。 ︵配︶︹新尼御前御返事︵垂・鰹か認︶安房國東條郷邊國なれども伺本國の中心のごとしo其故は天照大祁跡を垂れ給へ り。:⋮・⋮日蓮一間浮提の内日本國安房國東條郡に始て此の正法を弘通し始たり。︵丈︶︺ 安房東條と聖人、天照太祁と東條との因縁は正法弘通の本國土としての﹁第一本尊可立此國﹂︵本尊紗︶﹁佛法必 可出自東土日本﹂︵顯佛記︶一︲本門三法門建立之﹂︵取要妙︶といふ所以である。 ︵眞蹟在中山︶︺ なるなり。︵文︶︺ 日蓮聖人泄丈に於ける鯛祁鋤諦義 一一一一

(10)

己 翁︶︹兄弟紗︵誕罫聿稗︶應紳天王と申す今の八幡大菩薩これなり。受︶︵眞俄散在玉澤池上等己 池上兄弟への教訓として、二皇子の例話が學げられてゐる。 ︵釦︶︹撰時妙︵謹読垂奔︶日本國と申は天照大祁の日天にてましますゆへなり。︵丈︶︵眞蹴在玉津︶︺ 慈蝿の日輪を射るの夢を破して、日本1日天l天照1日種の本因縁信仰を披瀝されてゐる。即ち日本守護の太祁 露︶︹祁國王御書︵謹奉嘩癖︶地跡五代の第一は天照大榊伊勢大祁宮日ノ榊是也。︵文︶︺ 叉︵三四九︶、︹第十六は應祁天皇仲哀祁功ノ御子今の八幡大菩薩也。受︶︵眞蹟在京妙顯毒︺ 右二文は説明以外に意義はないが一︲日の祁一の語に注意を要する。撰時紗︵ご二三︶と同意である。 叉︵三五三、︹榊と申は、叉國麦の國主等の崩去し給へるを生身のごとくあがめ給う。此叉國王國人のための父 母也主君也師匠也、片時もそむかば國安穏なるべからず。受︶︺ 守護といはんよりは國の主としての大祁である。 叉、︵一二八五︶︹日本國の王となる人は天照大祁の御魂の入かわらせ給王也。異︶︺ 金︶︹乙御前御消息︵謹読極畔︶利生あるならば、今の八幡大菩薩といははるるやうにいはうべし。︵さ︺ 八幡大菩薩の利生顯著を疵は艇た文意である。正八幡は當代に於ては、大脚を除いては尤も威光勢力弧盛の榊と ︵訓︶︹高橋入道御返事︵謎読痙畔︶陰岐法皇は人王八士一代祁武よりは一手餘年、天昭芙祁入かわらせ給て人王となら せられてゐる。 せ給・︵文︶︺ である○ 日蓮聖人遺文に於ける幽瀞鋤講義 一 一 一 一 一

(11)

、 急︶︹種左御振舞御書︵越奉仁砕︶天照大祁正八幡宮の僻について,日本國のたすかるべき事を御計のあるかとをもわ 叉︵三宝四︶、︹其上紳は叉第一天照大祁、第二八幡大菩薩、第三は山王等の三千餘吐、喪夜に我國ぞまほり朝夕 に國家を見そなわし給・.:⋮・・其上八幡大菩薩は殊に天王守謹の大願あり。受︶︺ 又︵三一六二︶、︹天照大祁の内侍所も八幡大菩薩の百王守護の御ちかいもいかで叶はせ給べき。受︶︺ 已上の三文何れも日本守護の二祁を出す意趣である。但し大帥を國家の本主刺とし、大菩薩を殊に國王守護の榊 とする。國家の主祁と國王守誰の榊明とに分つのである。此書全隠の旨趣は我國土を正法流布佛祁守談の國とな し、それにも拘らず王法に盛衰ある源由を究めて正法に違背するに在りとする。然れどもその究極の所詮は聖人 の法華經の行者なるを顯し、佛祁の必ず守護あるべきを促されたのであるから、その間の推論は要するに正法守護 の祁佛たるを瀬すにある。故に﹁三界の諸王は皆此の鐸迦佛より分ち給ひて諸國の惣領別領等の主となし給へり﹂ ︵三宝三の大小分別は所詮の旨趣ではなくて能詮の諭道である。本鵠的論述ではあるが、目的的論旨ではない。 此職種麦御振舞紗諫曉八幡紗等と同致の御書として拝すべきである。併し本因縁的解鐸としての祁観と背馳する ものではない。 これは日本守護の榊明としての文である。 叉︵三一九二︶、︹八幡大菩薩に最後に申べき事ありとて馬よりさしをりて高齢に申やう。いかに八幡大菩薩はまこ との跡か:⋮・まづ天照大祁正八幡こそ:::︵丈︶︺ この段は法華經守護の大菩薩としての文である。 るべきに。︵丈︶︺ 日蓮聖人遺文に於ける國赫鋤講義 一 一 四

(12)

P 法華行者守護と日本守護とを兼含した文意であって,御振舞紗の如く大小等の慣値分別はない。 記︶︹南條殿御返事︵鈍雌一燕︶八幡大菩薩は日本第十一ハの王。本地は雄山浄土に法華經をとかせ給ひし教主樺尊なり。 叉︵一四○四︶、︹天照大祁正八幡なんどと申は此國には重ずけれども梵樺日月四天に對すれば○帥ぞかし。︵文︶︺ e 梵繰等と對比して大小を判じてゐる。これは佛紳本通読と殊り、法華經會座の列衆の高下晃己大小中邊の國の 差別に伴ふ上下︹是己の睡別である。然しながらこの腫別は本通説と同じく何等か特殊の所論を弧調する時常に 用ひらる弾ところである。この害及帥國王書の如き、帥明の大小を分ちこれによって行者の守護若くは日本守護 を要請せんとするのである。 叉︵一四○四︶、︹天照大榊正八幡宮も頭産かたぶけ,︵丈︶︺ 法華正法行者の守護を促す文意である。 叉︵一岡○七︶、︹隠岐法皇は天子也、樅大夫殿は民ぞかし。子の親をあだまんをば天照大榊うけ給なんや。所從が 主君を敵とせんをば正八幡は御用あるべしや。︵さ︺ 大義を明にし日本守護の本義を説く、この書成立について議論の存するあるも、その二赫槻は刺國王書、諫曉八 幡紗等と同系に属し、特殊の所顯を必要とするが故に、その論述に帥の大小を云云するのである。 翁 ︶ ︹ 光 日 房 御 書 ︵ 趣 唯 一 認 ︶ 梵 天 帝 繰 日 月 四 天 は い か に な り 給 ぬ る や ら ん 。 天 照 大 祁 正 八 幡 宮 は こ の 國 に を は せ ぬ 本通説にして正法守護を兼含する。但し大小上下の観念がないから在減相對の本迩といふべきであらう。回向功 ︵丈︶︵眞賊在大石寺︺︺ か◎︵文︶︺ 日蓮聖人遺文に於ける國紳鋤請義 一 一 五

(13)

徳紗に一︲我滅度後の末法の中に於て大明刺と顯れて衆生を利益すべし。::・されは明祁と申すは諸佛如来の御祁 也﹂といふと同一意義であらう。 ︵訂︶”報恩紗︵趣峠準奔︶帥をば天照という、岡をば日本という。叉教主織奪ぞば日種と申す。︵丈︶︹興賊焼亡︶︺ 前に︵鋤︶撰時紗を引けり、今この紗を引く前後相映すべし。 ︵羽︶︹四信五品抄︵謎率鮨李︶天順尖純正八幡等久住守護祁失レカ、梵帝四天去レ國己爲レ成二亡國一。︵丈︶︵眞蹟在正中山︺︺ 日本久住の守謹洲としての二刺は梵鐸に超えてゐるのである。﹁佛法漸陵王法次第変﹂と説く聖人は、やがて王 佛其合、廣宣流布を確信する聖人であると知らば、﹁失力﹂、﹁去國﹂は一旦の警策であることは勿論である。 ︵調︶︹凹條金吾殿御返事︵述鏥峠群︶天脈芙祁正八幡山王等に一’一に御いのりありき。︵丈︶︺ 眞言天台僧等の承久の祇臓を紋した文である。 ︵㈹︶︹下山御消息︵謹謹一畔︶今生には守謹國土の天照大祁正八幡等にすてら虹。︵丈︶︺ 又︵一蚕︿九︶、︹此國既に梵樺日月四天大王等の諸天にも捨てられ、守護の諸天善榊も還て大怨敵となり。︵さ︺ 又︵一五七五︶,︹御起請文を見るに梵鐸凹天天照大祁正八幡等を書のせたてまつる。異︶︺ 叉︵一五八八︶、︹日本守護の天照大祁正八幡等もいかでかか塗る國をぱたすけ給べき⋮.:日本園の諸祁ども四天大 王にいましめられてやあるらん。︵丈︶︺ 上掲の四文、その骨子は守誰國土の二刺である。第二は梵繰も亦守談日本の帥である。但し第四文の如く大小その 威祁力を異にすと考へられる。併し第三文の貞永式目の起請文を出して聖人が特に起請文になき天照大祁を學げ て、二所。三島。天滿等を略されたのは、當代の鎌倉武家等の過誤を訂正し、日本最高の脚として天照大祁を尊崇 日蓮聖人迩丈に於ける幽脚勘講義 一 一 ︷ ︿

(14)

0 された眞意を知らなければならぬ。叉﹁梵天帝繰四大天王﹂につざいて﹁日本六十餘州大小祁祇﹂を棚請せる式 目の欽列は當代の常識的順序であって、聖人も亦恒にこの欽列を取られたが、必ず﹁日月二天﹂を四天王の上に添 加勧請された聖人の意圃は、叉撰時報恩等の御書に顯著なる、日本的特質を願し以て王佛の冥合を表顯せらる翼

にありと考察される。/

︵“︶︹頼雑陳欣諭輔一岬︶天照大洲正八幡百王百代の御誓やぶれて:。;夫服大榊正八幡も力及給は宗。︵丈︶︺ 梵緯との大小槻,二祁の日本守謹、正法治國、王佛の盛衰が説かれてゐる。 ︵枢︶︹彌三郎殿御返事︵韮猫一碑︶今此三界・:・此文の意は今此日本國は樺迦佛の御領也。天照大榊八幡大菩薩祁武 天皇等の一切の跡國主竝に萬民までも鐸迦佛の御所領の内。受︶︺ 慈悲救護の鐸迦は精紳的救濟主である。これを以て不忠といひ、不遜といふ非難ありとせば、あまりの狭量であ る。呪んやこの書は彌陀の無縁を主張するを眼目とするに於てをやである。次文に﹁日本國にすみながら﹂云云 の文によっても聖人の眞意大忠にあるは明瞭であらう。 ︵帽︶︹日女御前御返事︵遮雛一燕︶されば首題の五字は中央にかかり、四大天王は費塔の四方に坐し・繰迦多礎本化 の四菩薩肩を竝ベ、普賢文殊等舎利弗目蓮等坐を屈し、日天月天第六天の蠅王龍王阿修羅、其外不動愛染は南北 の二方に陳を取り。悪逆の逵多懲擬の龍女一座をはり。三千世界の人の壽命を奪ふ悪鬼たる鬼子母測十羅刹女等。 加之日本國の守護祁たる天照大祁八幡大菩薩天祁七代地跡五代の榊奄總じて大小祁祇等鎧の榊つらなる其餘の 用の祁豈にもるべきや。:⋮此等の佛菩薩大聖等総じて序品列坐の二界八番の雑衆等一人ももれが。此御本尊の 中に住し給ひ、妙法五字の光明にてらされて本有の奪形となる是を本尊とは申也。︵さ︺ 円蓮聖人遼丈に於ける剛紳棚諦義 一 一 七

(15)

ノ 直接本尊中の國紳を説明せる御書として第一に推さねばならぬ御書である。よって委細に考察して見るに、冒頭 の﹁首題の五字は中央にか固り﹂は中尊を標高し第一に掲げたのであるが、第二句に﹁四大天王は賓塔の四方に 坐し﹂とあるは、大に他と趣を異にする。寧ろ第三句己下に在るべきであるのに、中尊に績いて第二句に据えた のは四大天王は繰迦多讓等の十界諸尊の勧請と別趣あるを恩はしめる。第三句己下佛界、本化、迩化,二乘、天 龍、修羅を順次これを列ね、﹁其外不動愛染は﹂の一句は鞘意趣を別にし、次で地獄の提婆、畜生の龍王を列し、 更に餓鬼界たるべき鬼十二祁を出す、地獄畜生餓鬼の列次の不順なるは鬼十二祁の本尊上の位置の不順なると照 合して糊請意趣に別意あるを思はしむる。最後に一日本國の守護祁たる天照大祁八幡大菩薩﹂を出すは,山川師 もいはる夢如く、十界勧請の外に明に一日本國守護﹂の勅請意趣を有するものである。本書列尊の中にその糊請 意趣を明示されたのは國祁のみである。鬼十二刺の﹁三千世界の人の涛命を奪ふ.﹂とあるは棚請意趣ではない。 たざ列衆の中に人界を欠くが故に﹁加之﹂の以下を以てこれに充てると老へられないこともないが、﹁其外﹂﹁加 〆 之﹂の簡別の語は不動愛染・天八雨祁の渤請に別趣あるものを見るべきであらう。人界は二界八番中に識在する のであらう。本尊全艘が悉く本有尊形として妙法光明裏の本佛禮なることは勿論であって、この義を以て二祁の 國榊としての釉読義を無覗せんとするは誤りである。 念︶︹二蕊妙︵誕鏑皿秤︶榊は所從なり法華経は主君なり八幡大菩薩の百王のちかいもやぶれて。︵丈×填餓在京妙蝿寺︶︺ ︵認︶祁國王書︵三五三︶、︵鍵︶振舞紗︵一四○g等と同例にして、﹁法華経﹂に樺迦佛を置換へ得る文意であら う。併しこの紗も祁佛の参詣の前後を指摘して信仰の有無を責められた御書であるから意義に於ては特例に属す るものである。 日蓮聖人遺文に於ける國紳棚誌義 一 一 八

(16)

霜︶︹檀越某御返事︵到罐一証砕︶願くは法華經のゆへに國主にあだまれて今度生死をはなれ候ばや。天照大祁正八幡 日月帝澤梵天等の佛前の御ちかい今度心み候ばや。︵丈︶員蹟正中山︶︺ 諸榊の順位が常に梵天帝樺日月凹天天照大祁八幡大菩薩とある排列に殊るのは、前文の﹁國主にあだまれ﹂の丈 に對應して國祁として先づ天八二洲を列したのであらう。一佛前の誓﹂は、法華正法守謹の義を表はしてゐるの 霜 ︶ ︹ 窪 尼 御 前 御 返 事 ︵ 乱 雲 垂 鉾 ︶ 日 蓮 は い や し け れ ど も 経 は 梵 天 帝 繰 日 月 凹 天 天 照 大 祁 八 幡 大 菩 薩 の ま ほ ら せ 給 御 經なれば。︵丈︶Q呉鏡上半分在保田妙本寺︶︺ 正法守誰の諸祁として排列の順序は一般例である。 ︵仰︶︹日女品燕供養︵認罐垂奔︶三代の國王は心には佛法樺迦如來を信じまいらせ給ひてありしかども、外には國の 瀧にまかせて天照大祁熊野山等を仰ぎまいらせさせ給ひしかども。︵下略︶︵眞蹟断片京本能寺︶︺ 國赫として天照大祁熊野權現を出すも、祁佛の信を比較して信仰を勧進するを目的としてゐる。よって祁佛の輕 ︵帽︶︹治病大山 ︵興賊在正中山︶ 弘安五年説もあるが今は弘安元年に從って系年する。 ⑮ ︶ ︹ 千 日 尼 御 前 御 返 事 ︵ 罫 罎 垂 奔 ︶ 月 氏 漢 土 日 本 國 の ふ る き 榊 た ち も 皆 其 座 に つ ら な り 給 し 祁 共 な り 。 天 賑 芙 祁 八 幡大菩薩熊野すずか等の日本國の祁盈もあらそひ給べからが。︵丈︶︵眞峨佐渡妙宣言︺ ︹治病大小椛賛遠目︵塾華︾ 重が鞘孤く表現されてゐる。 弘安元 である0 日蓮聖人泄文に於ける國測棚諦義 年 二一○一 ー 王始て天照大祁等の榊を國灸に崇めしかば疫病やみぬ。故に崇祁天皇と申妥︶︺ 一 一 九 、

(17)

︵別︶︹日眼女造立緤迦佛御供養事︵塾睡一碑︶御守害てまいらせ候。三界主燦尊一鰐三寸木像造立檀那日眼女::法 華経壽量品云或読己身或説佗身等云云。東方の善徳佛中央の大日如來十方の諸佛過去の七佛三世の諸佛。上行菩薩 等文殊師利舎利弗等。大梵天王第六天の臓王樺提桓因王日天月天明星天北斗七星八萬四千の無量の諸星。阿修羅王 天祁地祁山祁海祁宅祁里帥。一切世間の閲だの主とある人。何れか教主騨尊ならざる。天照大祁八幡大菩薩も其本 地は教主燦尊也。例せば繰奪は天の一月諸佛菩薩等は萬水に浮る影なり。燦尊一鵠を造立する人は十方世界の諸 佛を作り奉る人なり。::・・日本園と申は女人の國と申國也。天照大祁と申せし女祁のつきいだし給る島也。︵丈︶︺ この書は上に於ける二洲の説明としては︵鈴︶日女紗︵ニハニ五︶に次で直接的である。御守とは一種の漫茶雑で 本守謹の祁之を叉同時に正法擁護の祁なりとするのである。 法華の最第一なることは如來の金言にして、その鑑衆たる諸聖諸天の齊しく総くところなりとの文意である。日 記︶︹妙法比丘尼御返事︵遜鑑翫酔︶此日本國の一切衆生のためには樺迦佛は主なり師なり親なり。︵文︶︺ 今此三界皆是我有の説意である。︵詔︶祁國王書の下牲考。 叉︵一七七ろ、︹天照大刺正八幡等の天祁地祇十方の三賛にすてられ奉りて。︵さ︺ 叉︵一七七七︶、︹か夢る大科ある故に,天照大榊正八幡等の天祁地祇樺迦多費十方の諸佛一同に大にとがめさせ給 叉︵一七七七 二文は祁佛倶に日本を守護し給ふ、正法を失ふが故に祁佛の守産失ひ、叉は戒責を蒙るとする。故に第一文は一 般的意義であり第二第三の二文、即ち國家守護を當文の意義とじなければならない。紳佛の排列も此意からなさ 故に。︵丈︺︺ れてゐる。 日蓮聖人遡文に於ける幽測勘講義 一 二 ○

(18)

9 前文は正法の味を誉めずして、國祁去るの意にして國家守護の二郷、後文は輪陀王に比して正法行者守護の意で ある。聖人に於ては結句二意は一に蹄するのである。 ︵弱︶︹聖人御難事︵到罐匡坤︶去建長五年麩準四月一千八日に、安房國長狹郡之内東條の郷今は郡也。天照大祁の御 くりや右大將家の立始給日本第二のみくりや、今は日本第一なり。此郡の内清澄寺と申寺諸佛坊の持佛堂の南面 にして午時に此法門申はじめて今に一千七年弘安二年翫蝿なり。︵丈︶︺

日蓮聖人遺文に於ける脚紳勧誘義一二一

あって、二跡の特殊的因縁的勧誘意趣は日女妙の﹁加之﹂とこの書の二帥の特記と同義を成すものである。 意を得たるものではない。日女妙の﹁本尊の光明﹂に同被すると此の譜の.月寓影﹂とは法鵲的一般的説明で かの底意あるものと推察さ艇るのである。故にこの書を以て本通説のみによる十界羅列なりと論断するは未だ阻 に日眼女との關係に於てざあるとは云へ、天照大郷を特出して﹁日本國と申は女人の國﹂云云とある聖意は何等 本迩を誰けるは、二肺の糊請意趣が前來の諸尊と殊りあるを表示されたのであると老ふるに無理はあるまい。殊 樺尊也﹂は一同に冠する意であることも碓である。たざ﹁何れか教主繰尊ならざる﹂と一度総括して更に二祁の 天照大祁八幡大菩薩はその列順に於て鞘別趣あるは文言によって叉明瞭である。然れども一掴じてその﹁本地は あったであらうことは疑へない。その勤請に於て佛、菩薩、二乘〃諸天、修羅、刺、人王の次第によってゐる。 金 ︶ ︹ 曾 谷 殿 御 返 事 ︵ 認 建 仁 畔 ︶ 天 照 大 祁 は た ま し い を う し な っ て う ぢ ご を ま ほ ら ず 。 八 幡 大 菩 薩 は 威 力 ょ は く し て 國を守護せず、けつくは佗國の物とならむとす。︵さ︺ 叉︵一八七こ、︹今梵天帝樺日月四天天照大洲八幡大菩薩,日本園の三千一百三十二批の大小のじんぎは過去の輪 叉 ︵ 一 八 七 こ 、 陀王のごとし ︵ 文 ︶

(19)

念︶︹中興入道御消息︵認姪罫︶日蓮はいやしけれども所持の法華經を繰迦多賓十方の諸佛梵天帝鐸日月四天龍祁 天照大祁八幡大菩薩、人の眼を殻︵惜︶しむがごとく⋮⋮まばり於もんじ給ふゅへに。︵さ︺ ︵鑓︶聖人御難事︵一八七七︶と同例。 完︶︹秋元御書︵認獲一罫︶天照大祁正八幡に被捨給て。︵丈︶︺ 國祁としての二祁である。 完 ︶ ︹ 慈 蝿 大 師 事 ︵ 認 榧 鮨 奔 ︶ し か れ ば 此 等 の 人 人 は 騨 迦 多 喪 十 方 の 諸 佛 の 大 怨 敵 、 梵 し ゃ く 日 月 四 天 天 照 大 祁 正 八 幡大菩薩の御難敵なりと見候ぞ。︵ろ︵眞賦正中山︶︺ 正法守護の榊明である。 ︵師︶︹上野殿母御前御返事︵私罐程癖︶此経を持つ人をば、いかでか天賑芙榊八幡大菩薩富士千眼大菩薩すてさせ給 べきとたのもしき事也。受︶︵侭餓小泉、北Ⅲご 正法行者守護としてざあるが、上野殿の所在地の關係を以て﹁富士千眼﹂を掲げ、淺間を特に﹁千眼﹂として帝 樺に關係づけた黙が注目さ恥る。 翁 ︶ ︹ 四 條 金 吾 許 御 文 ︵ 郵 壁 垂 幸 ︶ 八 幡 大 著 唾 ぜ ぱ 世 間 の 智 者 懸 者 大 鰐 は 阿 獅 陀 佛 の 化 身 と 申 候 ぞ ⋮ : 其 霞 に は 樺 迦 叉︵一八七七︶、︹設い大鬼祁のつける人なりとも日蓮をば梵燦日月四天等天照大祁の守護し給ゆへにばつしがたか るべしと存給くし。︵丈︶︵虞餓化中山︶︺ 已上の二文は宝︶彌源太書、︵羽︶新尼書,︵鋤︶撰時抄等だの本因縁を説き、佛法西漸を説く御書と一連のもの と考察すべし。 日蓮聖人遺文に於ける國紳鋤講義 〃 一 一 一 一 一

(20)

、 前引︵師︶凹條書と同例八幡宮炎上に因んで刺天上を説き、彌陀化身説を破し、正法守誰を主張するものである。 ︵㈹︶︹諌暁八幡妙︵郵畦一転︶︵眞蹟在大禰寺︶︺ この書は前引の︵鍋︶智妙房御返事、霊︶凹條書と三書同趣、鎌倉八幡宮炎上に因って、共に同年十二月、正法守 誰の八幡大菩薩なるを明にした御害である。全文を通讃する要があるから引文を略した。たざ二三注意すべき戦 を畢ぐれば伊勢大祁宮の名を一所に出して日本簸高帥として八幡宮の上位なるを明瞭にせられたことoQ一○三g へ是ご一八幡大菩薩は正法を力として王法を守護し給ける也﹂︵二○三二︶の言が聖人の國祁観なること︵是二︶。八 幡諫曉の義を説いて○一○一二一巳下︶大願成就にあるを示し︵是一己。本通観が同艘説にまで進みて從來の佛本祁迩 読己上にあるやに恩はる淳黙︵二○三もが此書も前引の智妙房御返事、四條諜と同様である︹是四︶。三諜似に灘 迦八幡の降誕入滅の月日の因縁を説ける︵是吾。最後に佛法西漸を説いてその根本として﹁教主鐸尊何ぞ八幡大 菩薩と現じ給はざらんや一go四gといへる︵是さ。これ等の至鰐を通じて聖人の祁観が大國小國,大紳小柳 八幡宮の焼失に因みて書かれた御書で、天照大祁の御名は出してゐない。 國榊義、本迩義、正法守謹等の諸義が顯れ、祁天上の義を論じて正法の存する虚には祁亦在りとせられてゐる。 とも、法華經の行者を見ては季か其影をばをしみ給べき。受︶︺ せ給ひ、日本國にしては正直の頂にやどらんと誓給ふ。・・・.:されば八幡大菩薩は不正直をにくみて天にのぼり給 佛にて於はしまし候ぞ:::我朝の守謹洲.::八幡大菩薩の御誓は、月氏にては法華經を説て正直拾方便となのら 弱︶︹智妙房御返事︵郵唯一一坪︶八幡大菩薩は:.:鐸迦佛の化身と申事はたれの人かあらそいをなすべき。︵客︵眞蹟 正 中 1,11 、ソ L_/ 日蓮蝦人遼文に於ける隅紳勵諦義 一 一 一 一 一 一

(21)

御遺文の個舞について解説し、大鰐の國榊槻を述べたが、更に二三の襯黙から綜合的に考察して見たい。 ︵イ︶御書に於ける二帥の初出 二祁の御名の御書上に出づる最初を、︵2︶安國論廣本、︵3︶行者佛天守談妙、︵7︶聖懲問答紗の系年或は其他に異 論ある産除いては、︵8︶安國論御勘由來の交永五年に置くを確實とする。これは全年の蒙古牒欣と關聯して大に意義 が認められるが、根本的には宗租の大廟砒参の事實と併せ考へなければならぬ問題でもある。八幡祗頭の諌曉は遺文に よりて證明せられ、化導記等にも出てゐるが、大廟砒参は別頭高僧偲已前にはあまり明瞭ではない。しかしこれによ って開宗己前にその事賃無しと断定し得ないことは勿論であり、祗参の有無によって宗租の大祁尊崇の事實を否定し 得ないことも明瞭である。しかし史的に若くは教義的に研究すべき或ものを残すであらう。少くとも二祁御名の初出 ︵例︶︹曾谷二郎入道殿御報︵郵確認岼︶天照大祁八幡大菩薩争守謹此國一.。受︶︺ この外績集にも二三の御文がある。新池書︵古、八幡宮造瞥事︵八9、現世無間御響三五凸等である。但だ今は 慧日天照御書兜四︶の﹁縁迦佛の御名をば幼稚にては日種という。長大後異名をば慧日という。此國をば日本と いう。主をば天照申﹂の一文を上げ、︵訂︶報恩紗口四九己と同意であることを指摘するに止めやう。 ものである。 の大願成就を起請された底意を知悉しなければなるまい。所謂付文と元意とを明め眞意を誤る莫らんことを希ふ 等の比較によって國淋を下すの意は決してそのま夢に受取るべきではなく、佛法西漸の國日本の最高帥としてそ 日蓮聖人遥丈に於ける國諏鋤講義

三、激義的分野より

四 夕

(22)

「 を確資にすることは宗旭の祁槻の基礎を一府碓澄になし得るであらう。但し正元元年の念佛者追披宣炊事。一七吾に 山門奏欣のコ向専修黛類向背祁明不當事﹂に﹁所謂伊勢大祁宮八幡加茂日吉春日等皆是騨迦薬師彌陀槻香等之示現 也﹂・の文を出すを数ふれば尚早期に御名を發見するのであるが、これは宗腿の御文ではないから厩別するが受當であ らう。しかし欝代の祁棚として邸︶下山御消息の下に論じた武家の國紳槻と比較して興味がある。 ︵ロ︶彌陀本地説に對する本通説 宗駆の帥佛本通説は、多くは彌陀本地説に對する輝迦本地説であ2L、跡に對してその本迩鵠用を主張するが正意 ではない。特に文永五年御勘由來以前のそれは法然破の爲めに主張せら恥たる鐸尊本地説である。︽︵5︶︵認︶等︾即ち 彌陀に對する澤尊であって、卿に對する鐸尊を主張するを目的としたのではない。この間の腫別は大に必要である。 叉念佛者の祁明否定に對して大に日本祁國説を主張したのは︵2︶︵4︶︵7︶、法然に對する奮佛教徒に同じてはゐる が、っ一七四参思同時に宗腿が祁國説を識調するところ、繰尊本地諭を主張する眞意が彌陀對破にありといふことが 論せられやう。但しこの意義に於て叉この時代に於ては、應身繰迦に對する本通観であると老へる彩至鴬とする。﹁正 直の頭に宿る﹂云云の語は次第に鍵化して叉一髄の本通読をなした。法華經I正直の關聯に於ける法身騨迦の意義を なしたのである。即ち正法正義の顯現を赫明とする本通読であって、鰐用本迩槻として、前の彌陀本地説若くは樺零 本地説の在滅本迩槻と砿別して老ふくきである。

︵C善赫捨國の意義

︵8︶安闘諭御勘由来の下に述べた如く,聖人の眞意は日本守護の反顯的狼調に在る。安國論に於て﹁去國拾所﹂と ある語が文永五年の御勘曲來には、牒欣到来によって威光失墜、國土捨了の確定となり、次第に國祁の守護國家を弧 R蓮聖人遺文に於ける國祁鋤誌義 五

(23)

● 調して弘安の夕に到るまで増上弧訴を綾けられたのである。

︵己守謹の意義

日本守護・正法守護︵法華經守護︶、法華行者守護、叡山守護等の表現が用ひられてゐるが、用語の不同はあるが、 その相違は横の約從の相遠か、或は縦の史的理由によったので,聖人の虞意若くは目的に於ては同一であり同趣であ る。︵3︶︵9︶︵銅︶︵謎︶︵銘︶等交照合。

︵ホ︶因縁稗と本艘樺

本通観に磯用,在滅の二相對があること前述の如しであるが、雨者共に本艘的解織と見るべきである。即ち祁の本 質的説明、祁格の本鵠的位置を規定するものである。しかしながら在滅相對或は在末相對の塲合は應身佛を本地と老 ふる所謂久近本迩に風するものである。若し宗祀に於ける本僻的解繩とせば、鵠用本迩相對して三身相即佛、本墨 本地佛と相對して本迩をいふので法身棉に對する本迩であるべきである。前述の如く宗租の初頭に於ける本通読は多 くは彌陀對破の在滅本迩緤に外ならないものであるが,後來の解騨は同じく本迩の燦を用ひるも綴朋本迩に約する遜 が弧い。この二の本通説は宗組の御書上に初より経りまで一貫して發見し得るものであるが、これを以て直に宗組の 國祁勅請の意義なりとするは早計である。それは從來の本迩槻の踏襲か或は一般的基礎的説述としてざあって決して 宗祗の澗自的のものでもなく、從って叉宗租の國祁棚請の意義でもない。奮來の本通説を晩化した宗腿猫自の本通読 がある。これが即ち國祁勧請の意義であって、本因縁的信仰が即ちそれであると信ずる。一往は本迩繰と因縁鐸と對 立するものではあるが、宗祗の本因縁的解繰は即ち高次的本迩樺であるところに國祁棚請の嵐意義は發見されるであ ら一つ0 日蓮聖人迩丈に於ける國測棚講義 一 一 一 一 ハ

(24)

文永五年の頃より蒙古牒炊に件ふ捨國の弧調は、六年の法門可申に至って弟子への特別書とはいへ誘國の呵責が御 め 勘山來以上であるo鼓に宗組の醤來の對法然の榊國説、若くは在滅本通説に鍵化を生ずる韓機がある。次で文永七八 年の念︶叫條群、念︶月滿課に見ゆる日抑槻を兆として、佐渡流罪本地開顯本法宣揚の樋蛎を経て、亀︶彌源太 書に具鴨的因縁鐸が明にされたのである。即ち交永十一年の金︶彌源太書に次で全年の露︶異綴同心書、十二年の 宛︶凶條書、霊︶密木書、霊︶新尼書等、佐渡願正に緩く文永十二一年の御書は皆この發表である。これを開目、本 尊雨紗及び露︶頴佛記、法華取要妙と連關して老ふるとき一貫の思想信仰の連鎖としか老へられない。佐渡より延 山の初に渉る、顯正的發表は正く宗腿の國祁槻の發表であると考へられる。他の理由によって條件づけられないもの である。換言すれば時代的條件、人的條件、教義的條件等塗によって説明の上に特殊を要する黙の少しも無い純粋顯 正であるといへる。故にこの間の御害を中心として測読意義を決定するが尤も受當である。呪んや塁茶羅圃顯に随伴 してこの時に正しく説明解耀が施さるべきであるからである。塁茶羅の圖出に於ては圖様織想鱗圖について溌際的具 鴨的問題として弘安に至って一切が決定されたことは営然であるが、思想若くは解説として御遥文上の發表は、資際 的圖州曼茶羅に先行すろは當然である。又これが反面宗組の曼茶羅上の鬮様に年代的鍵化はあっても、・本來二祁の渤 請位置は要請されたる特別位置の存したことを證明するものである。この黙は鍵に大崎學報誌上に指摘しておいた如 くである。即ち文永八九年より十二一年頃の御鐘文上の二祁の説明が、曼茶羅上に於ては遅れて弘安に到ってその渤 諦位置が決定されたのである。加之この思想解樺は建治弘安を通して罰︶撰時紗、命︶報恩妙、︵鈴︶聖人御難事等 日蓮聖人遼丈に於ける國祁勧誘義

四、歴史的観黙より

二 七

(25)

大まかに五大部を中心として考察して見るに︵2︶立正安國論は且く廣本によるに二紳の名を出し、念騨の紳祇輕覗 を呵寅せられ、︵鯛︶開目抄には二紳を日本守謹行者守護の善榊と祭められてゐる。︵鋤︶撰時抄、︵諏︶報恩抄の二抄に 至っては明瞭に本因縁的解樺に於て完全に一致する。こ肌を︵虹︶本尊紗の一︲可立此國﹂の國と併老へるに、國祁は即 ち本尊建立の國土の最高守誰の二刺として棚講されたといふことに疑義はない。其他の諸御需も五大部に湊合せしめ、 本尊紗に朝宗せしむるに於て、大曼茶羅に圖出せる二祁糊誌の意義は明らかではあるまいか。 彼の︵甥︶日女妙、︵罰︶日眼女紗の二害は直接的に大豊茶羅糊請の相を論明せる御書として或は五大部中心の糊諦意 義と合致せざるやに感ぜらるシも、その條下に論明せる如く二誓共に二肺の棚請意義に別趣あるを示すもので、寧ろ 二洲の座配棚請に於ては特殊の表現を以て本佛十界禮用本迩の説以外に本因縁的二榊勅請の意義を明にしてゐること 重要御書の大綱であることは特に注目される。 建治元年の露︶紳國王書より﹁日の卿﹂等の語はあるが、一面跡の大小、上下、主従等を弧言してⅢや蛍奮來に異 るものがあるやうである。建治二年の急︶振舞抄、弘安三年の︵㈹︶諌曉八幡抄等がその一聯に風する。九月元使を刎 ね、十一月九州探題北條實政を派した、建治元年の末頃は、日本祁家存亡を賭した秋であった。聖人海、日本守護の 善洲に睡訴し諌曉し來るは決して唐突のことではない。しかしながらこれを以て文永七八年より文永の経までの國祁 槻と背馳するものではない。たざ文永末の顯正的態度と建治に入って一面を流る斡反顯的態度との相違に過ぎないの であらう◎ 日蓮聖人遁文に於ける鬮祁勧請義

五、文献的見地より

一 二 八 色

(26)

』 はこ書の下の解説を見られたい。呪んや本尊紗等五大部に對してこの二書を以て是非を決せんとするが如きは文献的 にも教義的にも叉史的観黙よりするも不能の事に風する。 之を要するに御害上に於て、やシ不一致と感ぜらる画二脚槻も究極するところ、大漫茶羅坐配に現れたる宗旭の圖 顯せんとせられたる意義と全同であると信ずる。 ︵執筆中身遜多忙の事楕と手痛の爲め本論後半段は全く草忙の筆、説明欠略‘文意不通、幸に諒とせられんを希ら。︶ ︵昭和十三年十一月廿四日︶ 日蓮聖人遺文に於ける閏稗勧講義 一 二 九 一 ロ

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