アジ研ワールド・トレンド No.240(2015. 10)
28
年)
です。著者がニューギニアで
フィールドワークをしている時に、
現地の人から、欧米人と彼らとの
生活水準にどうして大きな差が生
じたのかを尋ねられたそうです。
この疑問に答えるべく、考古学や
生物学、文化人類学などさまざま
な分野の研究成果を縦横無尽に使
いこなし、地理的な要因が現在の
大きな経済格差をもたらしたのだ、
という結論を著者は導き出しまし
た。ユーラシア大陸は東西に長い
ので、野生動物を家畜化したり、
栽培に適した植物を発見したりで
きた場合には、緯度が一定の範囲
内におさまっていることから、そ
うした品種が広がりやすかったの
に対して、南北アメリカは縦に長
く連なっているがためにそれが難
しかった。そのために両大国間に
は技術に差が生じたのだ、と彼は
考えました。また、ユーラシア大
今日もたくさんの本を借りてき
たようですね。いま夢中になって
読んでいる『何でも魔女商会』を
ちらっとみましたが、その内容の
本を読むことができるなら、私が
ウン十年前に買ってもらった『ド
リトル先生』や『大草原の小さな
家』などをそろそろ子供用本棚に
こっそり並べて置こうかな、と思
った次第です。ところで、今から
紹介する本は、いささか気が早い
話ですが(とはいえ、せっかくこ
のような機会をいただきましたの
で
)、
高
校
生
く
ら
い
に
な
っ
て
か
ら
ぜひ一度読んでもらいたいと思っ
ている本です。読んだ後には世の
なかの見方が変わるくらいの衝撃
的な本です、というと大げさでし
ょうか。
最
初
に
取
り
上
げ
る
の
は
ジ
ャ
レ
ド・ダイアモンド『銃・病原菌・
鉄(上・下)
』(草思社、二〇〇〇
陸では、その家畜の種類の豊富さ
と人口密度の高さにより致死性の
高い病原菌の進化がもたらされ、
これが後にヨーロッパ人が新大陸
を訪れた際に、銃と一緒にアメリ
カ先住民の人口激減をもたらした
のだ、としています。読んでいて
その壮大なスケールに圧倒される
本です。
これに対して、このような地理
説では産業革命後に顕著にみられ
るようになった国家間の所得格差
を説明できない、として、持続的
経済成長には制度の果たす役割が
重要であることを指摘しているの
が、
ダロン・アセモグル
/
ジェイ
ムズ
・A
・ロビンソン『国家はな
ぜ衰退するのか(上・下)
』(早川
書房、二〇一三年)
です。彼らは、
地理的環境や民族構成などはほぼ
同じなのに、歴史的偶然からある
条件だけが違う、といったケース
に注目して、その違いが何をもた
らしたかを丹念にみていきました。
身近なところでは、日本からの独
立をきっかけとして誕生した朝鮮
半島の二つの国もその一事例とし
て取り上げられています。このよ
うに歴史上観察される実験的な事
例の分析を通じて、彼らのいうと
ころの収奪的な制度のもとでは、
新しい技術を発明・導入しようと
するインセンティブが削がれるこ
とを示していきます。そして、所
有権や発明が促進されるような制
度が重要であること、さらに、こ
うした経済制度は政治制度の発展
と切り離せないものであることを
丁寧に説明しています。残念なが
ら『銃・病原菌・鉄』ほどにはこ
の本はあまり知られていないよう
な気がするのですが、中身の重要
さでいえば『国家はなぜ衰退する
のか』のほうがより広く読まれて
ほしい本です。
これらの本からは歴史を学ぶこ
との大切さが分かると思います。
もうしばらくすると学校で歴史を
勉強し始めますが、むしろ小説を
通じて歴史に親しむ機会も増える
ことでしょう。しかし、どうやら
歴史小説については取り扱いに注
意しなければいけないようです。
●
特
●
集
本の森への道案内
父
が
子
に
語
る
本
の
話
東方
孝之
[開発経済学・インドネシア経済]
29
アジ研ワールド・トレンド No.240(2015. 10)
特に司馬遼太郎の小説については、
その「明治維新は正しい変革だっ
たのに、日露戦争で勝利してから
道を誤った」という単純な歴史観
(
司
馬
史
観
)
が
あ
ま
り
に
も
人
口
に
膾 かい
炙 しゃ
したため、少なからぬ歴史研
究者がその副作用を危惧していま
す。ということで、私の本棚にあ
る司馬遼太郎の本を読むころには、
歴史小説をフィクションとして楽
しむためにも、
小島毅『父が子に
語る日本史』
・『父が子に語る近現
代
史
』(
ト
ラ
ン
ス
ビ
ュ
ー、
二
〇
〇
八年・二〇〇九年)
の一読をおす
すめします。高校生を相手に日本
の古代から現代までを語る、とい
うスタイルで話を進めていますの
で、とても読みやすい本です。著
者は、かつて知識人に広く読まれ
た
頼 らいさんよう
山陽
の『日本外史』という物
語に描かれた歴史観が明治維新に
いたるまで大きな影響を与えたこ
と、さらにその影響が戦前の日本
に色濃く残っていたこと(そして
今も残っている(!)こと)を紹
介していますが、その同じ枠組み
のもとで司馬史観の副作用を懸念
していることが分かります。そし
て、日本があの戦争に突入した背
景には、戦前に広がっていた
頼山
陽的
歴史観に加えて、必ずしも合
理的・科学的判断に従わない「常
民」の存在を指摘しています。こ
うした過去と照らし合わせて、日
本の現状に少なからぬ危機感を持
っていることもその平易な語り口
か
ら
伝
わ
っ
て
き
ま
す。
「
海
外
の
人
と否応なく接点ができてしまう現
代において、自国の歴史を学ぶこ
とは避けられません」という説明
にも全く同感です。毎日のように
勉強不足を痛感していますので、
私も日本史を学び続けることにし
ます。
と
こ
ろ
で、
『
国
家
は
な
ぜ
衰
退
す
るのか』で強調されていたのは制
度の役割でしたが、政治制度につ
いては、各国がどの程度中央集権
的であったか、そしてどのような
形態の民主主義体制が採用されて
いたか、という点に著者らは注目
しています。そろそろ小学校のク
ラスで何かを決めるときには多数
決という方法を使っていませんか。
民主主義のもとでは、どのように
意見集約をはかるのか、を考える
ことがとても重要です。そして、
直感的には最も望ましそうに思え
る多数決という意見集約方法には、
みんなの本当の意見が汲み取られ
ない可能性がある、という深刻な
欠点があることが分かっています。
では、どのような方法が望ましい
のでしょうか。
坂井豊貴『多数決
を
疑
う:
社
会
的
選
択
理
論
と
は
何
か
』(
岩
波
新
書、
二
〇
一
五
年
)
は、
ボルダやコンドルセ、そしてルソ
ーらの業績紹介を間に挟みつつ、
簡単な事例とともに様々な意見集
約方法の長所・短所を解説してい
る良書です。そして、ボルダ・ル
ールという方法(例えば三つの選
択肢がある場合には、各自が重要
だと思う順番に三点・二点・一点
を割り振ってその値を集計する方
法)がより望ましいことを分かり
やすく教えてくれます。さらに、
この本では、現行の憲法改正ルー
ルのもとでは国民の意見を反映し
ていない判断が可決しうる、とい
う極めて重要な指摘をしています
(
代
わ
り
に
国
民
投
票
で
は
六
四
%
の
賛成を求めることが必要だとして
い
ま
す
)。
近
年、
憲
法
改
正
を
め
ぐ
って色々な意見が交わされるよう
に
な
っ
て
き
ま
し
た。
『
父
が
子
に
語
る
近
現
代
史
』
に
は、
「
私
た
ち
は
騙
された被害者だ」とのセリフを後
になって繰り返すことのないよう、
物事をきちんと判断する力を養っ
てほしい、というメッセージが込
められていました。その判断する
力に含まれているのかもしれませ
んが、みんなの意見が真っ当に反
映される制度を作る大切さにも配
慮できる力を養ってほしい、と私
は付け足しておきます。
話が長くなりました。実際にこ
の文章を読むことがあったとして
も、早くても一〇年後でしょうか。
今回紹介した本は私の本棚に残し
ておきますので、いつかどれか一
冊でもその感想を聞かせてもらえ
たらとても嬉しいです。その時に
は、例えば『国家はなぜ衰退する
のか』で取り上げられていた国々
がどうなっているのか、憲法改正
の動きがどうなったか、といった
ことを一緒に振り返ってみたいと
思います。とはいえ、まずは先ほ
ど
子
ど
も
用
本
棚
に
紛
れ
込
ま
せ
た
『
ド
リ
ト
ル
先
生
ア
フ
リ
カ
ゆ
き
』
か
らでしょうか。その本の感想もと
ても楽しみです。それではまた。
(
ひ
が
し
か
た
た
か
ゆ
き
/
ア
ジ
ア
経済研究所
東南アジアⅠ研究グ
ループ)