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「学校をひらく」とはどういうことか? : 近年の諸答申にみる「開かれた学校」観

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Academic year: 2021

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(1)Title. 「学校をひらく」とはどういうことか? : 近年の諸答申にみる「開かれ た学校」観. Author(s). 大崎, 功雄. Citation. 北海道教育大学紀要. 教育科学編, 57(1): 1-16. Issue Date. 2006-08. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/435. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) 北海道教育大学紀要(教育科学編)第57巻 第1号 JournalofHokkaidoUniversityofEducation(Education)Vol.57,No.1. 平成18年8月 August,2006. 「学校をひらく」とはどういうことか? 一近年の諸答申にみる「開かれた学校」観−. 大 崎 功 雄 北海道教育大学旭川枚数青学研究室. Whatdoesitmeanbythe“OpeningaSchool’’?. −AnAnalysisofSchooIviewsintheRecentReportsofGovernmentCouncils− OHSAKI Isao. DepartmentofEducation,AsahikawaCampus,HokkaidoUniversityofEducation,Asahikawa,070−8621. 概 要 本箱は,「開かれた学校」とは何かを問うことを目的として,臨教審以降の各種政府機関の答申に盛りこ まれた「開かれた学校」観とそれを導き出す論理を分析するものである.検討の結果,開かれた学校の立論 には明らかな変化がみられ,多様な位置づけが析出された.主要な変化は,地方分権および規制横和の推進 を契機として出現したと総括される.以後,規制横和推進の展開とともに,公教育の包括的民間委託構想と パラレルに,開かれた学校論が展開した.その過程で登場した日本型コミュニティ・スクール構想は,当初,. 選択的開かれと地域的開かれの両義的開かれにおいて論議されたが,最終的には地域に開かれた学校づくり の系に位置づけられ,立法化された.最後に,これらの教育言説をふまえ,開かれた学校を論じる際の基本 的視点について,試論的に整理した.. キーワード:開かれた学校,学校評価,学校選択,規制横和,地方分権,教育の自律性,公共性. 1.「学校をひらく」とは一間題の所在 「開かれた学校」づくりが構想され,喧伝され,. 「ひらく」というそのことばの心地よさに,わ. れわれはためらわずに,容易にそれを受け容れて しまう.心を開く,扉を開く,未知の世界を開く,. そして制度化されつつあるのだが,そもそも「開. 世の中を開く(啓く),無知蒙昧を啓く,荒れ地. かれた学校」とは何を意味するのだろうか?「開く」. を拓く等々.ことほど左様に,「ひらく」とはポ. とはどういうことか,「学校」と「開く」とはどの. ジティブで,何か良いこと,善なることと受け止. ように結びつくのか,両者はどう関係するのか?. められる.「開く」とは「閉ざす」の対概念である..

(3) 大 崎 功 雄. 心を閉ざす,扉を閉ざす,世界を閉ざす,閉じた. ればならないのか,その「根拠」は何に求められ. 思考等々.「開く一閉ざす」,「開放一閉鎖」の二. るのかが問われなければならない.その際,何の. 項関係的概念が,学校を開くことの良さを自明の. ために学校を開くのか,その「目的」が,また誰. こととして,ためらわずにそれを受け容れさせる. が誰に対して開くのか,開く「主体」と「対象」. のである.. が,そして学校の何を開くのか,開く「内容」が. しかし,よくよく考えてみると,学校を開くこ. とはそれほど自明なことではない.「学校」は制 度的な産物である.少なくとも近代学校は国家的 制度として形成され,今日に至っているものであ. 関われなければならないであろう.加えて,学校 を開く際のマナー(ルール)も問題となろう. 本稿においては,以上のような諸点に関わって, 「開かれた学校」なるものが,いかなる意味にお. る.学校が今日の制度的な姿を取ってきたのには. いて構想されてきたのかを明らかにするために,. それなりの必然性があったわけであり,その制度. 臨教審以降の政府機関の諸答申に盛りこまれた教. を「開く」というのだから,決して自明なことで. 育言説を分析するものである.個々の時点におけ. はない.開く=開放性ということばのニュアンス. る政策分析は多数に上るが,「開かれた学校」に. だけではその当否は推し量れない.「学校」とい. 関わる,およそ20年にわたる国家政策上の教育言. う制度そのものへの問いを伴わなくては開くこと. 説の変容過程の検討は,これまでほとんど行われ. の適否は判断できないし,その聞き方の妥当性も. ていない.本稿は,斯かる研究を進める上でのもっ. 判然としない.加えて,一般的に言っても,「閉. とも初歩的な作業として,公開された主要な答申. ざす」こと自体が必ずしもネガティブで,何か悪. や報告類にかぎって,そこにおける学校を開く論. いことであるわけではないという事情がある.閉. 理に着目してこれを分析するものである.加えて,. じること,閉ざすことが必要な場合さえある.門. その検討を通じて,「開かれた学校」を論じる際. を閉ざすのは,外敵に対する防備として必要であ. にふまえなければならない論点は何かについて試. ろうし,目を閉じるのは心を集中する上で必要で. 論的に明らかにしたい.. ある.精神を集中して思考を深めるには,種々の. 刺激を遮断して,自らの世界に沈潜するという回 路をたどることを不可欠とする.社会的集団が縄. 2.「開かれた学校」施策の形成. 張りを作って外部のものを遮断するのは,自らの. 学校と地域の連携を強化し,学校を地域に開か. 利害を守り,結合を強めていくためには必要であ. れたものにするという角度から,その制度的保証. り,有効なはたらきをしてきた.さまざまな結社,. の一つとして「学校評議員」の設置を求めたのは,. 社会的グループ,組織は,開くとともに閉じる機. 中央教育審議会答申「今後の地方教育行政の在り. 能をもって初めて成立している.子どもたちの日. 方について」(1998年9月21日)であった.学校. 常生活においても,閉じる機能は不可欠である.. を地域に開くことを,地方教育行政の在り方改革. 子どもの遊びは意味をもち,その意味的ルールに. という角度から正面に据えて碇起したのは,おそ. おいて閉じることによって成立する.そもそも,. らくこの答申が初めてであろう.しかし,学校の. 人間が個人=主体として自律するには,内=中心. 機能面において(そのスリム化を目指し),「学校・. に向かう運動(閉ざす)と,外=世界に向かう運. 家庭・地域社会の連携」という角度から「開かれ. 動(開く)を通じて以外にはあり得ない.人間の. た学校」を碇起したのは,周知のとおり,その2. 対話の成立は,中心性をもった「自己」の存在を. 年ほど前の中教審答申「21世紀を展望した我が国. 抜きにはあり得ない.. の教育の在り方について」(1996年7月19日)で. 制度としての学校を開くということはどういう. 事態を指すのか,そもそも学校がなぜ開かれなけ. あった.さらに,「開かれた学校」論のルーツを 遡ると,臨時教育審議会答申にたどり着く..

(4) 「学校をひらく」とはどういうことか? 臨教審答申と「開かれた学校」. では,臨教審においては,どのような意味にお いて学校の開かれが位置づけられたのだろうか. 「開かれた学校」が明文化されたのは,第三次答 申(1987年4月1日)においてであった1).同答. の財産であるという位置づけがなされる. そして,これらの帰結として,「学校の管理・ 運営への地域・保護者の意見の反映等をはじめと する開かれた学校経営のへの努力」が謳われる.. 第三は,児童・生徒の教育という学校本来の機. 申第2手中の「第5節 開かれた学校と管理運営. 能を充実させ,その責務を果たすために学校を開. の確立」において,「開かれた学校」が次のよう. くという主張である.「このため,学校は教育方. に説明されている.. 針等について,保護者に積極的に説明するなど十 分な情報の碇供を行い,また,保護者や地域住民. 生涯学習体系への移行の観点から,学校の施設・機. の意見を学校の運営に生かすように努めるなど保. 能を地域住民に開放することは重要である.また,情. 護者や地域住民に対してより開かれた学校経営を. 報化・国際化をはじめ今日の社会・経済などの変化は 著しく,こうしたなかで新たな変詰も生じている.こ れらの要請に対応するため,学校を地域社会の共同財 産としての観点から見直し,学校・家庭・地域社会の 協力関係を確立する.[中略]. 心がけなければならない」(同).. そして,この「開かれた学校」を総括する文脈 において「学校の管理・運営の確立」が位置づけ られている.すなわち,校長は「地域社会全体の. 従来いわれてきた「開かれた学校」は,学校施設の. 教育力の向上の中で,学校教育がその目的を十分. 地域社会への開放というような比較的狭義の意味でと. に達成できるよう,その職務の円滑な遂行に努力. らえられがちであった.しかし,これからの「開かれ. する必要」があり,教育委員会は「保護者や地域. た学校」の在り方は,単なる学校施設の開放という範. 社会の意見を適切に学校の管理・運営に反映でき. 囲をこえて,学校施設の社会教育事業等への開放,学. 校の管理・運営への地域・保護者の意見の反映等をは じめとする開かれた学校経営への努力,学校インテリ. ジェント化の推進など学校と他の教育・研究・文化・ スポーツ施設との連携,自然教室,自然学習等との教. るよう努力」(同,30頁)すべきとし,総じて地 域社会・保護者との関係から校長・教育委員会の 役割が押さえられている.. したがって,臨教審答申における「開かれた学. 育ネットワーク,国際的に開かれた学校などへと,よ. 校」論は,生涯学習体系への移行という教育体系. り広く発展するものと考えられる.学校の管理・運営. の転換をリード理念として,地域に学習社会をつ. についてもこうした「開かれた学校」にふさわしい在 り方が模索されなければならない(『臨教審だより』 第34号,29頁).. くるという角度から学校の施設・機能を地域に開 く(地域的利用)という論理と,学校教育充実の ための保護者・地域社会への開かれ(学校充実). という論理の二つから組み立てられている.しか 周知のとおり,臨教審第二次答申では「生涯学. も,前者の論理が中核となっているのがこの時期. 習体系への移行」が提起されたのであり,この第. の特質である.また,学校の管理・運営への保護. 三次答申はそれをふまえての碇言である.その特. 者・地域社会の意見の反映等の管理・運営の開か. 徴は三つある.第一に,学校を生涯学習体系の一. れ,学校のインテリジェント化や他の教育・研. 環として組み替えるという大前碇的認識.した. 究・文化・スポーツ機関との連携・ネットワーク. がって,学校は「地域社会の共同財産」という観. 化,国際化等の水平的開かれなど,以後の「開か. 点が強調される.第二に,学校施設の地域への開. れた学校」づくりの基本タームが登場しているの. 放だけでなく,その機能も含めて地域社会に開放. も特徴的である.. するという,地域との機能的連結という視点.し たがって,学校は,国際化や情報化をはじめとす る地域社会における教育(生涯学習)課題のため. この第三次答申の基本的方向は,次の第四次答 申(最終答申)において以下のようにまとめられた..

(5) 大 崎 功 雄 学校は地域社会共通の財産との観点から,学校・家 庭・地域の協力関係を確立する.このため,施設の開 放を進めるとともに,学校の運営への家庭・地域社会 の建設的な意見の反映,インテリジェント化など地域 との連携,自然学校等とのネットワーク,国際的にも. 開かれた学校へとより広く発展していくための管理・. とだが,この答申の書きぶりは,こうした学校の 「閉鎖性」に対置して「開かれた学校」論が展開. された好事例である.しかし,答申の眼目は,〈閉 鎖性一問放性〉の対比にあるよりも,学校・家庭・ 地域社会の連携論にあった.その前碇は「子供の. 運営の在り方が模索されなければならない(『臨教審. 育成は学校・家庭・地域社会との連携・協力なし. だより』第39号,25頁).. にはなしえない」とする「子ども育成論」にあっ. た.そして,この三者連携論は,子ども育成に関 臨教審では,「教育の自由化」が大きな論点で. わる三者の役割分担論とセットになって展開され. あったのだが,その一方で生涯学習体系への移行. たところに特質がある.そこから,子どもの育成. という文脈において,学校と地域社会との関係の. に占める学校の役割の肥大化を是正する,「学校. 強化,「地域に開かれた学校」という改革理念が. スリム化論」が,同時に展開されるのであった.. 提示されたのも一つの特色である.だが,地域に. 開かれた学校という開かれ方と,教育の自由化と いう制度的開かれ方との関連は解明されないま ま,課題として残されたかたちになった.. 学校・家庭・地域社会の連携と適切な役割分担を進 めていく中で,学校がその本来の役割をより有効に果 たすとともに,学校・家庭・地域社会における教育の. バランスをよりよくしていくということは極めて大切 なことであり,こうした観点から,学校が今行ってい. 第15期中教審答申(第一次答申)と「聞かれた学校」 「生きる力」と「ゆとり」をメイン・スローガ. る教育活動についても常に見直しを行い,改めるべき 点は改めていく必要がある.こうした見直しを行うに. ンにした中教審答申「21世紀を展望した我が国の. 当たっては,我が国の子供たちの生活において,時間. 教育の在り方について」(第一次答申,1996年7. 的にも心理的にも学校の占める比重が家庭や地域社会. 月19日)は,学校・家庭・地域社会の連携を主要. に比して高く,そのことが子供たちに学校外での生活. テーマに改革論議を提起していた.それをリード. 体験や自然体験の機会を少なくしているとも考えられ. する理念は,学校・家庭・地域社会の役割分担論 であり,「学校のスリム化」論であった.まず,. る現状を踏まえることが必要である(同上,(学校の スリム化)の項).. そこでの「開かれた学校」理解はどのようなもの であったのか,傾聴してみよう.. このスリム化論(あるいはバランス論)は,本. 質的には,制度としての学校の問い直しを求める 学校が社会に対して閉鎖的であるという指摘はしば しば耳にするところである.[中略]これからの学校が, 社会に対して「開かれた学校」となり,家庭や地域社 会に対して積極的に働きかけを行い,家庭や地域社会. とともに子供たちを育てていくという視点に立った学 校運営を心がけることは極めて重要なことと言わなけ. 性質をもつものでもあった.だが,その制度的問 い直しは,理論的になされたというよりも,むし ろ政策的に行われ,周知のように「完全学校週5 日制」実施の提言としてなされたのであった. このように,この時点での「開かれた学校論」. ればならない(第一次答申,第2部,「第4章 学校・. は,一方では学校の閉鎖性を是正し,学校に対す. 家庭・地域社会の連携」中(開かれた学校)の項).. る地域社会の支援・協力を取り付ける議論である. とともに,他方では学校のスリム化・教育力の社 ここに「閉鎖的」と指摘されている事態は,「い じめ・登校拒否の問題などでの学校の対応ぶり」, 「学校内でのH来事や学校での取組などをできる だけ外部に漏らすまいとする傾向」を指してのこ. 会的再配分を進める論理でもあった..

(6) 「学校をひらく」とはどういうことか? もに,地域全体として,子育てを支援し子どもの成長. 3.「開かれた学校」と学校評価 臨教審答申から第15期中教審答申までの「開か れた学校」論が. ,生涯学習体系への移行や三者連. を支えていくような取組を展開することが不可欠であ る(「今後の地方教育行政の在り方について」中「は じめに」の3).. 携論,地域における子ども育成論にみられるよう に,曲がりなりにも「教育論」として展開されて きたのに対し,以後の「開かれた学校」論はそれ. 要するに,教育諸改革は各学校が地域とともに 「特色」ある教育活動をするかどうかにかかって. とはややトーンを違え,国の行財政改革の枠組み. いると総括し,その実現のために教育行政改革を. において位置づけられてのものだった.この点で,. 行うのだ,と敷術される.ここに,「特色ある教育」. それ以前の論議・構想とは基本的な性格を異にす ると言わねばならない.. 「特色ある学校づくり」が教育改革のスローガン となったのである.(以後,各学校現場は「特色」. の競い合いに駆り出されることとなった.もとよ 行政改革と「特色ある学校」づくり 「開かれた学校」施策にとって重要な位置を占. めるのが,第16期中教審答申「今後の地方教育行. り,「特色ある学校づくり」は学校選択の自由を 保障する,競争的環境づくりの上で不可欠な命題 でもあった.). 政の在り方について」(1998年9月21日)であった.. 行政分野全般における地方分権(同年5月には地 方分権推進計画が閣議決定され,6月には中央省. 「開かれた学校」と「学校評価」. さて,このような「特色ある学校づくり」とい. 庁等改革基本法が成立)と規制横和の方針のもと. う標語の先導のもとに,教育行政の地方分権化と. で進められる行政改革の一環として,地方教育行. 規制横和が位置づけられ,学校レベルのシステム. 政の在り方が検討されたわけである.ここにおい. 上の改革が碇言される.つまり,「開かれた学校」. て,「開かれた学校」施策が行政改革の枠組みと. の位置づけに直接関わる諸制度が提言されるので. 論理において位置づけられることになる.. ある.それは,一つは各学校の裁量権限の拡大と. その際,1996年の第一次答申以降の教育諸改革. 校長中心の組織的・一体的体制づくりの制度改止. を,「特色ある教育,特色ある学校づくり」と総. であり,もう一つは学校運営に地域住民の参画を. 括し,そのために,学校と地域を結びつける,あ. 求める制度づくり,という提案であった.前者は. るいは学校を地域に開かれたものにする,という. 学校の裁量権限の拡大と校長権限の強化を図るた. 論理展開がなされる.(1998年7月の教育課程審. めの学校管理規則の見直し,後者は「学校評議員. 議会答申の特色ある学校づくり論がそれを誘導し. 制度」の新設として具体化する.では,後者の地. ていた.)つまり,上から,「特色ある学校づくり」. 域住民の学校運営への参画構想はどのような枠組. が喧伝されることになったのである.その立論部. みを用意するものか?. 分を示しておこう. 学校が地域住民の信頼にこたえ,家庭や地域が連携 このような提言等(1996年の中教審第一次答申以降. 協力して教育活動を展開するためには,学校を開かれ. の諸提言=…・引用者)を踏まえて,現在,心の教育の. たものとするとともに,学校の経営責任を明らかにす. 充実,個性を伸ばし多様な選択ができる学校制度の実. るための取組が必要である.このような観点から,学. 現などの視点から教育改革が進められているが,教育. 校の教育目標とそれに基づく具体的教育計画,またそ. 改革の成否は,各学校と各地域が教育改革の理念と目. の実施状況についての自己評価を,それぞれ,保護者. 標を踏まえて,実際にどのような取組を行うかにか. や地域住民に説明することが必要である(向上,第3. かっている.すなわち,すべての学校がその特色を生. 章,「6 地域住民の学校運営への参画」の項).. かして,創意工夫をこらした教育活動を展開するとと.

(7) 大 崎 功 雄. ここに,学校を開くために,学校の「経営責任」 の明確化が謳われることとなった.学校がビジョ. 周知することなどにより,学校と地域の連携に資する ことが期待される(同).. ンを示し,それに向けた計画と実施状況を明らか にし,「自己評価」を加え,それを保護者・地域. みられるように,学校評議員は校長が自らの学. 住民に説明する,これが「学校の経営責任」であ. 校運営に閲し,「意見を聞き,必要に応じて助言. る.したがって,学校を開くことと,学校の自己. を求める」ための機関であり,その意見や助言に. 評価とは裏表の関係におかれる.学校を経営体と. は制度的な拘束力は付与されない.学校の自主. とらえ,その効率化・有効性を絶えず追求すると. 性・自律性と公開性とをセットにした制度と評し. いう,一種の民間経営の手法を取り入れる,これ. ても良いであろう.. が「開かれた学校」の方法原理となる.それゆえ, 「開かれた学校」は「学校評価」の系とリンクす. この学校評議員制度は,学校教育法施行規則第 23条の3において規定され,2000年4月から施行. る.以後,学校評価システムづくりが,当事者の. される運びとなったが,「設置者の定めるところ. 喫緊の課題となる端緒が開かれた.また,経営の. により,学校評議員を置くことができる」(同条,. ための組織マネジメント論も打ち出されていく.. 第1項)規定であり,制度上,画一的・義務的に. だが,この時点での学校評価は,学校の「自己. 設置すべきものとはされていない.この制度が,. 評価」が中心で,経営責任としてのアカウンタビ. 地域に開かれた学校運営を促進する目的で設けら. リテイ(一般に「説明責任」と翻訳されているが,. れたのだから,それが強制的・画一的であること. むしろ,文脈上は「経営責任」と訳されるべき). は,制度本来の趣旨に反するということからであ. に対応する,学校側の自己作業として位置づけら. ろう.したがって,類似制度を有するところでは,. れる.やがて,評価システムの構築が課題になる. それが学校評議員制度の代理をするものと位置づ. につれて,「外部評価」とその在り方が追求され. けられる.それゆえ,当然のことであるが,設置. ていく.それは,のちにもふれるように,都道府. 者(地方公共団体)によっては,学校評議員を設. 県・指定都市教育委員会に対する文科省からの委. けない,ということも許容されることになる.. 嘱,「学校の評価システムの確立に関する調査研 究」(2002年4月23日)として展開される.. ところで,学校評価との関連からみると,学校. 評議員に対して学校の自己評価が提示され,学校 評議員はそれに対して意見を述べることになるか. 学校評議員制度 「地域住民の学校運営への参画」の具体的制度. ら,学校評議員制度は,学校の外部評価を担う制 度という位置づけもできる.以後,学校評価シス. として構想されたのが,学校評議員の設置であっ. テムの構築に関わって,学校評議員制度の利・活. た.その位置づけは次のようになされた.. 用が重要なテーマとなる.. [前略]今後,より一層地域に開かれた学校づくり. を推進するためには学校が保護者や地域住民の意向を 把握し,反映するとともに,その協力を得て学校道営 が行われるような仕組みを設けることが必要であり, このような観点から,学校外の有識者等の参加を得て, 校長が行う学校道営に閲し幅広く意見を聞き,必要に. 教育改革国民会議と学校評価. 内閣総理大臣のもとに設置され,「教育を変え る17の提案」を出して終結した教育改革国民会議. は,臨教審とは対照的に,2000年3月27日から同 年12月22日までのわずか9か月間で結論を出すと. 応じ助言を求めるため,地域の実情に応じて学校評議. いう,異例のスピード会議であった.その全貌を. 員を設けることができるよう,法令上の位置付けも含. 検討することはここでの課題ではないが,その後. めて検討することが必要である.. の国の政策課題を枠づけ,文科省の「21世紀教育. また,学校評議員には,学校運営の状況等を地域に. 新生プラン」にそのまま生かされた,ということ.

(8) 「学校をひらく」とはどういうことか?. だけは押さえておこう.. となる.. では,「国民会議」においては,「開かれた学校」. の位置づけはどのようになされたであろうか.全. 各々の学校の特徴を出すという観点から,外部評価. 体として,「教育評価」「学校評価」「教員評価」. を含む学校の評価制度を導入し,評価結果は親や地域. という三つの評価を打ち出す戦略に貫かれてい. と共有し,学校の改善につなげる.通学区域の一層の. る.「いまなぜ教育改革か」と題して,改革促進. 弾力化を含め,学校選択の幅を広げる(同,提言(2)).. の方略として「評価」を次のように打ち出してい こうして,「学校評価」−「特色ある学校づくり」. る.. −「通学区域の弾力化」−「学校選択」が四点セッ 教育は社会サービスであり経済活動とは自ずと異な る面を持っている.しかし,教育行政や教育機関の情 報を開示し,適切な評価を行うことで健全な競い合い を促進することが,教育システムの変革にとって不可. トになる.そして,それをリードするのが「開か れた学校」論なのである.. 国民会議では,学校づくりはコ. ミュニティ次第. である,「コミュニティが学校をつくり,学校が. 欠である.学校は学ぶための場であり,その本来の機 能を果たすようにしかナればならない.教育機関はぬ. コミュニティをつくる」としてコミュニティの役. るま湯につかっていてはならない.親は子どもの学校. 割を強調しているが,その一方でコミュニティは. が安心して通わせられる良い学校であって欲しいと. 多様な学校選択により,少なくとも通学区のレベ. 願っている.学校に刺激を与え,それぞれの学校が不. ルでは解体されていく.このような,内部的に矛. 断に良くなる努力をし,成果が上がっているものは相. 盾したベクトルをもつコミュニティ論,地域論が. 応に評価されるようにしなければならない(「教育改. 同居しているのも国民会議報告の特徴である.. 革国民会議中間報告」の「1.いまなぜ教育改革か」 の項).. コミュニティ・スクール構想. 国民会議報告のもう一つの目玉は,周知のとお このように,学校に刺激を与え,「健全な競い. り,「コミュニティ・スクール」構想である.「開. 合い」を促進し,「教育システムの変革」を作り. かれた学校」づくりの,新次元である.その立案. 出すための,手段としての評価観が前面に打ち出. 過程についての検討はべつの機会に譲ることにし. されたのである.この手段,ツールとしての評価. て,ここでは地域への開かれという角度からその. 観に基づき,学校づくりが位置づけられる.した. 位置づけだけを押さえておこう.. がって,国民会議における「学校評価」は,基本 的に「外部評価」を指す.「学校,特に公立学校は,. 地域独自のニーズに基づき,地域が運営に参画する. 努力しなくてもそのままになりがちで,内からの. 新しいタイプの公立学校(“コミュニティ・スクール”). 改革がしにくい.地域で育つ,地域を育てる学校. を市町村が設置することの可能性を検討する.これは,. づくりを進める.単一の価値や評価基準による序. 市町村が校長を募集するとともに,有志による提案を 市町村が審査して学校を設置するものである.校長は. 列社会ではなく,多様な価値が可能な,自発性を. 互いに支え合う社会と学校を目指すべきである」. マネジメント・チームを任命し,教員採用権を持って 学校経営を行う.学校経営とその成果のチェックは,. (「教育改革国民会議報告」の[4.新しい時代. 市町村が学校ごとに設置する地域学校協議会が定期的. に新しい学校づくりを」中の「地域の信頼に応え. に行う(同「新しいタイプの学校(“コミュニティ・. る学校づくりを進める」の項).. スクール”等)の設置を促進する」の項).. 学校内部からは改革がしにくいから,外部から 評価する,そして多様な価値に見合う,学校選択 の機会を,公立学校内部に作り出す,という論法. 「起業家精神を持った人を学校教育に引き込む ことにより,日本の教育界を活性化する」という.

(9) 大 崎 功 雄. ねらいで,地域の「有志による提案」を受けて市. れたのである.それは,四つの「基本的な考え方」. 町村が審査してコミュニティ・スクールを設置す. と17項目の「政策課題」からなる.その第3の基. るというもの.この案では,校長に教員採用権を. 本的な考え方「新しい時代に新しい学校づくりを」. 付与し,地域学校協議会が学校経営とその成果を. の中の第12項目の政策課題「地域の信頼に応える. チェックすることになっている.そして,この校. 学校づくりを進める」に,「開かれた学校」は位. 長を市町村が募集できるという仕組みである.し. 置づけられた.また,コミュニティ・スクール構. たがって,地域有志提案→市町村の審査→地域学. 想は,第15項目「新しいタイプの学校(“コミュ. 校協議会の設置→校長募集→校長による教員採. ニティ・スクール’’等)の設置を促進する」にそ. 用・学校経営案→地域学校協議会のチェック→学. のまま横滑りした.ただし,留意しなければなら. 校経営実施→チェック…という過程をたどって進. ない点は,第12の政策課題は「地域の信頼に応え. 行する.. る学校づくり」と性格規定されたが,第15の政策. このシステムを少し検討すると,有志提案がは. 課題は「多様な教育機会を提供する新しいタイプ. たして地域全体のものと判断できるのかどうかと. の学校設置の促進」(傍点は引用者)と性格規定. いう基本問題が浮かび上がる.さらに,設置され. されたことである.つまり,コミュニティ・スクー. る地域学校協議会と地域住民,とりわけ当該児. ルは,この時点では,地域に開かれた学校づくり. 童・生徒の父母との関係が不明である.地域に開. の系には位置づけられていなかったのだ.そうで. かれた学校が,企業家精神をもった地域有志にの. はなく,多様な教育機会の提供,つまり学校選択. みに開かれた学校に変質するおそれが最初から潜. の系列に位匿づけられていたのである.国民会議. んでいる.また,ここにいう,地域ないしコミュ. 報告では曖昧だった,地域と「有志提案」の関係,. ニティの規模はどうなるのか,それは行政単位=. 地域住民と地域学校協議会との関係は,原理的に. 自治体を指すのか,通学区域を指すのか,それと. は,有志=関係者内の関係に置き換えられる構造. も広域な行政空間を指すのか,曖昧である.通学. となっているのだ.. 区域の弾力化が前提であるから,児童・生徒の居. さて,「教育新生プラン」では,政策課題12に. 住地域ではなく学校コミュニティが構想されてい. 対し,「各学校における自己評価システムの確立」. るだろう.ライフ・コミュニティとスクール・コ. と「学校評議員制度の導入など開かれた学校づく. ミュニティが分離・禿離するおそれも多分にあ. りの促進」が主要施策として掲げられた.以後,「学. る.加えて,分権化政策のもとでは,コミュニ. 校評価制度」の導入が急ピッチで展開する.. ティ・スクール運営の財政基盤も不安定である.. 学校評価制度は,いわゆる「官から民へ」の流. さらに,校長の権限,市町村の校長公募権など,. れを追求する規制横和推進勢力の側からも碇起さ. 人事権をめぐる法的な問題も浮かび上がる.これ. れていた.「総合規制改革会議」は「規制改革の. らは,のちに地数行法の改正により具体化される. 推進に関する第一次答申」(2001年12月11日)を. と,都道府県および市町村教育委員会との関係か. 出し,義務教育段階への私立学校参入を積極促進. ら,校長と地域学校協議会(学校運営協議会)の. するために小・中学校設置基準(私立学校に配慮. 権限は縮小されていく.. した媛やかな基準)の明確化を求めるともに,学. 校選択推進の観点から,初等中等教育段階の各学 学校評価政策の加速化 周知のとおり,教育改革国民会議報告は,翌2001 年早々に文科省において「21世紀教育新生プラン」 (同年1月25日)としてまとめられ,公表された.. 以後の教育施策のための基本方針の位置に据えら. 校の自己評価(自己点検評価制度)の推進を強く. 求めた.そして内閣はこれをほとんど丸受けして 「規制改革推進3カ年計画(再改訂)」を決定し た(2002年3月29日,閣議決定). 私立学校参入一学校間競争の活発化一特色ある.

(10) 「学校をひらく」とはどういうことか?. 教育一学校評価と選択の促進一学校選択の自由と. しては,2003年の文科省大臣からの諮問を受けた. いうサイクルが明確化する.したがって,学校評. 中教審が,「今後の学校の管理運営の在り方につ. 価は,「開かれた学校」づくりの系だけでなく,. いて」(2004年3月4日)を答申し,これに応えた.. 学校選択の系にも位置づくものであり,学校の開. 日本版コミュニティ・スクールの法制化に向けた. かれは,地域に開かれる(地域的開かれ)だけで. 答申である.コミュニティ・スクール,あるいは. なく,選択するためにも開かれる(選択的開かれ). 地域運営学校構想の立案過程については,英米等. のだ.これを両義的開かれと定義しておこう.. との比較も含めて詳細に検討されなければならな. こうして,情報開示,特色明示を中心とする「自 己点検評価制度の推進」が各学校の課題として内 閣挙げて掲げられたのである.これより先に,教. いが,ここではそれを一切省き,答申にみられる 学校を開く論理だけを検討しておこう.. この答申も,各種の現代公立学校批判と新しい. 育課程審議会答申「児童生徒の学習と教育課程の. 学校管理運営の在り方追求というこれまでの論調. 実施状況の評価の在り方について」(2000年12月. を承けてのものであるが2),しかし,そこには,. 4日)において,「教育課程の実施状況から見た. いくつかの点でそれらとは異なったトーンがみら. 学校の自己点検・自己評価の推進」が提起されて. れる.その一つは,そもそも学校とは何かという. いたことは周知のとおりである.. 学校論を展開していること,もう一つは義務教育. かくて,小学校設置基準,中学校設置基準の新. の意義・役割をふまえての提言であるということ. 制克と,高等学校設置基準と幼稚園設置基準の一. である.その点で,国民会議や総合規制改革会議,. 部改正が断行され(2002年3月29日制定・改正,. それを承けた閣議決定などの論調とは異なってい. 4月1日施行),各学校の「自己評価等」が設置. る.公教育制度を変えようとするのであるから,. 基準において努力義務化されることとなった.小. そもそも学校とは何か,義務教育とは何か,公教. 学校に代表させて,その規定をみてみよう.. 育制度とは何かという原則論をぬきにしては論じ られない,という自覚の反映として評価したい.. (自己評価等). 第2条 小学校は,その教育水準の向上を凶り,当該 小学校の目的を実現するため,当該小学校の教育活. 動その他の学校運営の状況について自ら点検及び評. (もとより,それは,前年の文科大臣からの諮問 の一つが「義務教育など学校に係る諸制度の在り 方について」であるから,当然の帰結とも言える.) だが,その学校論ははたして十全であろうか?. 価を行い,その結果を公表するように努めるものと する. 学校は,教育の目的を達成するために,一定の計画. 2[省略] (情報の積極的な提供). 第3条 小学校は,当該小学校の教育活動その他の学 校運営の状況について,保護者等に対して積極的に 情報を提供するものとする.. に従って,年齢や能力をほぼ同じくする多数の人間に 対し組織的・継続的に教育活動を行うものである.さ らに学校は,その継続的な活動を通じて,社会的伝統 を維持し,前の世代の文化的遺産を受け継いでいくと. いう役割をも担うものである(同,第1章の「2 学 校数育とは何か」の中の「(1)学校の意義・役割」の. 文科省は,この各学校における自己評価に関す. 項).. る規定を承け,「学校の評価システムの確立に関 する調査研究」事業を平成14(2002)年度から3 カ年計画でスタートさせたのである.. これが,そこで展開された学校論である.学校 のとらえ方は非常に静的(スタティック)であり,. いわゆる学校という仕組みを説明したものに過ぎ 中教審2004年答申にみる学校論・義務教育論. 懸案となっていた地域の学校運営への参画に関. ない.学校の社会的機能論も,目的論的学校論も, いわんや歴史的総括(したがって,現代学校の課.

(11) 大 崎 功 雄. 題)と学校主体の把握や発達論的学校論もみられ. 公立学校における教育としての公平性,中立性の. ない.それゆえ,学校外からのさまざまな学校批. 確保を前提としつつ,[中略]学校管理の在り方. 判・社会的要請がストレートに盛りこまれるおそ. をより柔軟で弾力的なものとするためにはどのよ. れが多分に存在する.また,教育の目的認識につ. うな改革が必要かという視点から検討を行った」. いては,教育基本法第1条をふまえて展開するの. (同,第1章の「4 検討の基本的な視点」の項).. だが,個人として自律した人間育成と国家・社会 の形成者との二つに分解してみせるだけで,第1 条に内包されている肝腎な教育価値的認識は捨象. 「地域運営学校」の性格. 以上のような視点から,地域が運営に参画する. されている.そして,「知・徳・体の調和のとれ. 新しいタイプの公立学校運営の在り方と公立学校. た教育」というように,いわゆる世間的常識レベ. の管理運営の包括的民間委託の二つが検討され. ルに引き下ろしてしまっている.. た.後者については,「憲法で保障された児童生. 一方,義務教育の役割認識では. ,憲法第26条を. 徒の義務教育を確実に保障するという観点から,. ふまえた上で,「国民が共通に身に付けるべき公. 義務教育諸学校の管理運営を包括的に委託するこ. 教育の基礎的部分を,誰もが等しく享受し得るよ. とについては,特に慎重に検討する必要がある」. うに制度的に保障するものである」として,その. として,その検討対象は「当面,幼稚園及び高等. 共通性,基礎性,平等性を確認している.そして,. 学校」とする,と限定的に押さえた.公立学校の. この義務教育制度を「近代国家における最も基本. 設置者管理主義の例外=民間への開かれは,ひと. 的かつ根幹的な制度」ととらえるとともに,戦後. まず以上のように整理された.(しかし,このよ. 日本の義務教育制度を「我が国社会の発展を支え. うな結論は答申自体が引用する「経済財政運営と. てきた柱の一つとして国際的にも高く評価されて. 構造改革に関する基本方針2003(骨太の方針. いる」と押さえる.これらの点は,先行する諸碇. 2003)」(2003年6月27日閣議決定)や「構造改革. 言と比べ,戦後日本の教育学的知見を比較的正確. 特区の第3次提案に対する政府の対応方針」(2003. に押さえていると評価できよう.この認識が,第. 年9月12日)において既に提示されていた.). 3章で検討される「公立学校の管理運営の包括的. 地域の運営参加についてはどうか.これは,す. な委託の在り方について」において,義務教育段. でに検討の視点を導き出す過程で暗示されていた. 階の公立学校の管理運営を包括的に民間委託する. ように,「新しい学校運営の選択肢の一つとして」. ことに対しては慎重な姿勢をとらせることとなっ. 位置づけられた.その際特筆すべきことは,この. た,ととらえることができよう.もとより,検討. 新しい学校運営を導き出す論理である.「国民会. の基本は,「国家社会の要請としての側面」と個. 議報告」や. 人の「人格を完成させるという側面」のバランス. とは異なり,学校選択の系に位置づけられて登場. 論に貫かれていることは否定できない.. したのではなく,地域に「開かれた学校づくり」,. さて,以上のような学校と義務教育認識に基づ き,「設置者管理主義」と「設置者負担主義」を. 「21世紀教育新生プラン」におけるの. 「学校・家庭・地域社会の連携・協力」の系にお いて位置づけられたのである.. はじめとする学校の管理運営の基本原則と,近年 の学校管理運営に関する改革動向が確認される.. このような中で,近年,学校と地域社会との連携・. その特徴は,学校の「公共性」という大枠を押さ. 協力を更に一段進め,地域の力を学校運営そのものに. えて改革動向をその中に位置づけたもの,と押さ. 生かすという発想が出てくるようになった.平成12年. えられる.「検討の基本的な視点」にそれは集約 されている.「中央教育審議会では,公教育の基 本原則である公共性,継続性,安定性の確保や,. 10. の教育改革国民会議報告においては,「新しいタイプ の学校(“コミュニティ・スクール”等)の設置を促 進する」という提言が行われ,文部科学省では,平成 14年度から,モデル校を指定して,新しいタイプの学.

(12) 「学校をひらく」とはどういうことか? 校運営の在り方に関する実践研究を実施している.[中. して「学校運営協議会」(仮称)が設置される.. その権限・役割についての検討は,立案過程も含. 略]. 今後,公立学校をより多様で魅力的なものとするた めには,学校評議員制度に関する運用の改善を図るな ど,これまでの取組を更に発展させることが必要であ る.開かれた学校づくりの原点として,保護者や地域 住民が学校に対する様々な意見や要望を,幅広く,ま. めて別途なされることになっているが4),学校の. 開かれ方という文脈においてだけ検討しておこ う.. もっとも基本的な問題は,地域運営学校を主導. た気軽に相談できるような窓口を拡充していくことも. する発意を誰が行うのかという問題が明らかにさ. 重要であろう.. れていない点である.したがって,教育改革国民. 併せて,こうした既存の枠組みを超えて,新たに保. 護者や地域住民が一定の権限と責任を持って主体的に 学校運営に参加するとともに,学校の裁量権を拡大す る仕組みを制度的に確立し,新しい学校運営の選択肢 の一つとして提供することも必要と考える(同,第2. 会議の提案でなされていたような「有志提案」に よるのか,地域住民全体の発意によるのか,教育. 委員会主導になるのか,不明である.第二は,学 区制との関係が不明確な点である.学区の広域化. 章中の「1 地域が公立学校の道営に参画することの. と重なって実施されれば,学校選択の系として機. 意義について」の項).. 能する.したがってそこにできるコミュニティス クールは,金子の言う,「ローカル・コミュニティ. したがって,新しいタイプの学校,多様なタイ プの学校一つとして期待され登場するこの学校. (「地域運営学校」と仮称)は,地域の公立学校. とテーマ・コミュニティが重ね合わされた存在」 (金子郁容『コミュニティスクール構想』173頁) となる.したがって,金子の評価とは違って,ス. の一つであり,地域がその運営に関わることを選. クール・コミュニティが地域をつくっていく方向. ぶときに成立するものである.これは,利用者の. にではなく,逆に地域(児童・生徒のライフ・コ. 学校選択の系ではなく,地域による学校運営の選. ミュニティにおける教育関係)を解体する方向に. 択の系において位置づけられたことを意味する.. 機能することもあり得るのである.第三は,学校. 学校教育を,〈需要と供給〉,〈消費と供給〉という,. 運営協議会の地域との関係の問題である.委員の. たんなる市場原理でとらえる発想を超えて,学校. 選任,委員会の活動,その結果等についてが,地. コミュニティを可能とさせる論理を内包するもの. 域住民と保護者全体に対してどのように開かれる. と評価できよう.(しかし,通学区域の再編・弾. のか,必ずしも明確ではない.「非常勤の公務員」. 力化による消費者的学校選択制についての批判的. (特別職の地方公務員)と位置づけられる委員が,. 総括から登場してきたのではないことにも十分留. 教育委員会主導のもとに置かれることも十分考え. 意しなければならない3).. られる.. それゆえ,地域運営学校制度の導入は「地域と. このような不明瞭性を内包するものの,その運. のつながりが特に深い小学校や中学校が中心」に. 用次第では,「地域に開かれた学校」づくりに寄. 考えられ,「すべての公立学校に一律に求められ. 与する可能性をはらんだ構想ではある.. るもの」ではないとされた.文脈は異なるが,教 育改革国民会議報告が言うところの,「コミュニ. 地数行法改正と学校運営協議会. ティが学校をつくり,学校がコミュニティをつく. 答申を承けて成立したのが,教育委員会の判断. る」方向性において押さえておきたい.(地域運. により「学校運営協議会」を設置することを可能. 営学校が碇案者の金子郁客らのコミュニティ・ス. とする,地数行法改正である.先にみた三点に関. クール構想と異なり,教育委員会の包括的統制の. して,改正法と文科省事務次官通知「地方教育行. もとに置かれていることは,論を侯たない.). 政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する. そして,この地域運営学校の運営を行う組織と. 法律の施行について」をもとに検討しておこう.. 11.

(13) 大 崎 功 雄. (したがって,当該学校の教職員人事に関する意. の任用に関する意見等)は「地域住民や保護者の. 見表明権などの学校運営協議会の権限や校長の権. 意向を反映させる観点から」行われるとされ,協. 限,教育委員会との関係などの検討についてはこ. 議会自身の基本的目的・立場が強調されている.. こでは一切省略する.その検討は,別途の研究4). しかし,それを保障する仕組みは明示されていな. に委ねる.). い.保護者・地域住民等からの意見・要望の取り. 第一の,「地域運営学校」設立を主導するのは. 入れや地域住民等への説明,情報公開等が想定さ. 誰かという問題についてはどうか.結論的には,. れているが,法制上では明記されていない.した. 主導主体は教育委員会である.改正法は「教育委. がって,各教育委員会規則あるいは学校運営協議. 員会は,教育委員会規則で定めるところにより,. 会自身の在り方に任されることになろう.. その所管に属する学校のうちその指定する学校. なお,学校運営の開かれの面からみて,学校運. [中略]の運営に関して協議する機関として,当該. 営協議会の役割として特筆すべき点は,児童・生. 指定学校ごとに,学校運営協議会を置くことがで. 徒に意見表明の機会を保障していることである.. きる」(第47条の5,第1項)と規定し,「指定学. 事務次官通知では,次のように趣旨説明している.. 校」の指定を教育委員会に委ねている.その際,. 教育委員会は,「地域の特色や学校の実態を踏ま. 学校道営協議会において必要と認める場合には,児. えつつ,地域の住民や保護者の要望を的確に反映. 童,生徒の発達段階に配慮しつつ,当該学校の児童,. して指定を行う」(事務次官通知)とされるが,. 指定の仕方については「教育委員会規則」に委ね られる.指定に関わって「意向聴取」などの方法. 生徒に意見を述べる機会を与えるなどの工夫を行うこ とも差し支えないこと(事務次官通知,「記」の「10 その他」の「(5)児童,生徒の意見).. も例示されてはいるが,指定の発議を地域住民・ 保護者等に求めてはいない.その判断は,最終的. 以上,改正地数行法に取りこまれた学校運営協. には教育委員会に委ねられることとなる.要は,. 議会の開かれ具合を検討した.地域住民や保護者. 教育委員会の在り方次第と言っても過言ではな. への開かれという点(部分的には,児童・生徒へ. い.. の開かれの点でも)で,一定の新しい可能性が据. 第二の問題は未解決である.学区制の問題はふ. えられた,と評価できよう.. れられていない.しかし,「校長と地域の住民, 保護者等が,共同して学校づくりを行うとともに,. より透明で開かれた学校運営を進め,地域に信頼 される学校づくりを実現させる観点」(事務次官. 4.「開かれた学校」を論議する前提的認識 以上,臨教審第三次答申から,2004年の中教審. 通知)が強調されていることに鑑みれば,児童・. 答申(およびその法制化)にいたるまでの,諸答. 生徒があちこちの地域からまだら模様に通学して. 申にみられる「学校を開く」論理をフォローして. くる広域な通学区を想定するのは困難である.も. みた.そこで明らかになったことは,学校を開く. しそのような事態になれば,地域住民との共同と. 論理の多様性と,第16期中教審答申を境とする論. いう原則はうまく機能しないであろう.この点で. 理の変化,さらにコミュニティ・スクールの位置. は,地域コミュニティと学校コミュニティが重な. づけをめぐるプレ・揺らぎなどであった.最後に,. ることが望ましいことは言うまでもない.. これらをふまえ,開かれた学校を論議する際の基. 第三の問題は,改正法第47条の5では明記され. 本的視点を試論的に提起しておきたい.. ていない.事務次官通知による趣旨説明では,学. 校運営協議会の活動(学校運営に関する基本的な 方針の承認,運営に関する意見の申し出,教職員. 12. 学校の公共性と教育の直接責任性 まず第一に,学校がなぜ開かれなければならな.

(14) 「学校をひらく」とはどういうことか?. いのか,その根拠をどこに求めるのかという問題 である.これなしには,学校の窓意的な開かれに 帰着する. 法的には,教育基本法第6条をぬきには論じら. 学校論と教育論の再構築・再創造. 第二に強調すべき点は,「開かれた学校」を論 じる際には,そもそも学校数育という営みは何な のかという,学校論,教育論が展開されなければ. れない.「法律に定める学校は,公の性質をもつ. ならないということである.学校や教育活動への. ものであって,国又は地方公共団体の外,法律に. さまざまな介入が合理的に正当化されるのは,学. 定める法人のみが,これを設置することができ. 校の目的や教育活動の在り方に合致する場合であ. る」.学校の公共性を根拠づける規定であり,こ. り,それゆえ,教育学の最新の成果をふまえた学. れによれば,公立学校のみならず私立学校も含め. 校論と教育論がつねに展開されなければならない. て,公共性を体現しているとされるのでる5).2004. だろう.経済の論理,政治の論理,あるいは諸科. 年の中教審答申は,この後段の規定から学校の「公. 学や芸術・文化の論理が直ちに学校と教育に介入. 共性」を導き出している(教育事業主体説).こ. する事態は避けられなければならない.. れに対し,学校教育の供給主体の多元性を求める. 多くの答申に共通してみられたのは,時代的変. 見地から,教育基本法の公共性規定を薄める論議. 化論や社会的要請論であるが,そこには学校とは. (規制横和論)が横行しているが,公共性の根拠. 何か,近代の公教育制度についての原理的考察が. を設置者にではなく教育事業の公共性に求めるな. 欠けていた.それゆえ,自身が考える社会的要求. らば(教育事業説),規制媛和論は的はずれとな. を学校に直結させる論法のみが先行し,教育の自. ろう.教育事業の公共性ゆえに,学校法人も含め. 律性,学校の公共性についての認識がおそろしく. てすべての学校供給者の教育事業の具備すべき基. 希薄であった.そこから引き出される「開かれた. 準が求められるからである.. 学校」論は,. つぎに,教育基本法第10条規走が問題となろう. 「教育は,不当な支配に服することなく,国民全. 公教育の民間委託といったむき出し. の市場原理論であったり,あるいは行政改革とい う教育外的論理からのものであった.それゆえ,. 体に対し直接に責任を負って行われるべきもので. 学校はこのような教育外的論理にはむしろ閉じる. ある」(第1項).ここでは,「国民全体」に対し「直. ことが求められると言わねばならない.その点で. 接に」責任を負うという,全体性と直接性の規定. は,2004年中教審答申が,例えばいわゆる「骨太. が重要である6).これを個々の地域と学校におろ. の方針2003」などに枠づけられていたものの,学. してみるならば,学校教育は地域全体に対し直接. 校論,近代公教育論,義務教育制度論を展開して. 責任を負って行われるべきもの,となろう.. 臨んだことは,評価されて然るべきであろう.. 以上のように,教育事業の公共性,その国民(地. したがって,個々の学校を開く活動・運営にお. 域住民)全体に対する直接責任性が,学校数育と. いては,学校・父母・地域住民間において,学校. その運営を地域住民(市民)とその享受者に対し. 論と教育論が事実に即して生き生きと形成される. て開かれたものとして要求するもっとも根本的な. 必要があろう.そのことが,「開かれた学校」の. 根拠と押さえられよう.とりわけ,近年の日本社. 姿でもある.. 会が,経済的格差を急速にもたらしているという 現状にあっては,子どもの教育条件に格差を持ち. 教師の専門家性と市民性の統一. こまないという,実質的な機会均等を保障するた. 一方,教育の直接責任制は父母・地域住民の参. めにも,公共的教育空間としての学校の機能が強. 加を求めることであるから,いわば学校教育の素. く確認されなければならないであろう.. 人統制(1aymancontrol)ないし市民的参加を呼 びこむこととなる.そこには,教育は専門家とし. ての教師の専決事項であるとする論や,真理の代. 13.

(15) 大 崎 功 雄. 弁者としての教師論だけではもはや通用しない事. 通知が,学校運営協議会に対し当該学校の児童生. 態が広がっている.教育現場主権説による教育従. 徒の意見表明の機会を設ける工夫を例示している. 事者の専権論は再構築されなければならないだろ. 点は評価すべきである.しかし,この児童・生徒. う.教育の世界にかぎらず,医療,司法あるいは. への開かれは,学校運営協議会の運営レベルの問. 諸科学等における専門家が垣根をめぐらし,高み. 題にとどまるのではなく,学校の日常的教育活動. に座していること自体が,関われているわけであ. と運営において保障されなければならない.その. る.. 際,〈教師一生徒関係〉の開かれが基本であろう.. では,教育の論理に基づくことと教育専門家の 枠に閉じこもらないことという二つの要請はどの. 新たな教師論=教師像の創造が必要とされる所以 である.. ように統一されるだろうか.それは,教師個人に おいては専門家性と市民性の統一として表されよ. 学校の何が開かれるべきか. う.あるいは,教育活動と学校運営において,父. 最後に,諸答申における開かれた学校論におい. 母・地域住民等の教育ニーズを聞き分け,汲み取. ては,学校の何を開こうとしていたのかについて. るコミュニケーション能力,組織力も合わせ持つ,. 整理しておこう.まず第一は,学校設置主体を開. 臨床家的教師像が描けるかもしれない.新しい教. くという要求,いわゆる設置主体の多元性論で. 師像の再構築が求められている.. あった(設置主体の官から民へ).教育改革国民 会議における諸議論,総合規制改革会議の答申な. 学校の外と内への聞かれ 同時に,教師の個人性だけでなく,集団性・組. どが,これに当たる.第二は,学校の運営を開く. 要求である.学校運営協議会の設置は地域住民等. 織性においても考察されなければならない.開か. に開かれた新しい運営方式を可能にした.学校評. れた学校を追求すればするほど,統一的な組織体. 議員制度も,外部意見の学校運営への反映を可能. としての学校が求められるからである.バラバラ. にする仕組みとして押さえられる.第三に,学校. な,無責任な教育事業では学校の自律性を放棄す. 教育の制度的接合(カリキュラムの接合)として. ることになるからである.では,組織体としての. 開きの要求があった.中高一貫教育などに代表さ. 学校形成には何が必要であるか.. れるものである.. 諸答申において共通にみられる論調は,外に「開. 以上のような制度的な開きだけでなく,日常的. かれた学校」づくりと学校のアカウンタビリテイ,. な運営の中での開かれもある.教育活動を開くと. そのために必要な学校裁量権の拡大と校長の権限. いう要求である.これに関わって,教育的資源を. 強化・リーダーシップ(組織マネジメント)であっ. 学校内外に開く要求もある.学校外の教育人材を. た.そこでは,学校外への開かれは強調されるが,. 学校に取り入れること,逆に学校内の人材を学校. 学校内への開かれを求める論理はほとんど展開さ. 外に開くこと,教育空間・人・内容全般における. れていない.しかしながら,教育活動の直接の担. 学校の内と外との開かれである.したがって,カ. い手である個々の教師の創意と工夫が学校の意思. リキュラム上の開かれも伴う.これらの,総じて. 形成,学校運営に反映されること,逆に学校の運. 教育活動の開かれこそ,学校を開くもっとも基本. 営が個々の教帥の創意工夫を支えることが,有機. 的課題であろう.学校は何よりも教育の場所だか. 的・統一的な組織体としての学校には不可欠であ. らである.. ろう.教育活動そのものの開放性=教師の自主. 「開かれた学校」が十全に機能するのは上のよ. 性・自発性ぬきには,開かれた学校は成り立ち得. うな意味における教育活動の開かれがあるときで. ないからである.. あり,学校の内と外における子どもの育ちの全過. なお,学校の内に開かれるという点では,次官. 14. 程を子どもの発達の必要に即して作りあげていく.

(16) 「学校をひらく」とはどういうことか?. 努力に支えられるときであろう.その意味で,子 どもを取り巻く地域づくりと一体になって初めて. 教育長も参加しての検討が参考になる.「『学校選択問 題』の理論・比較・実証研究」文献⑨,43−51頁,参照. 他国と比べても,「官僚続制への批判と反省がない」「学. 機能するであろう.. 校への本格的な権限委譲と学校の実質的な自律経常が ない」「生徒・父母・住民の本格的な参加がない」とい. さて,以上の検討をふまえ,「開かれた学校」. をめぐる施策の地方レベルでの展開を考察するの がつぎの課題である.北海道における展開過程の. う,三つの「ない」に集約される「日本型学校選択制」 の問題点から,この中教審答申を読みこむ必要があろう. また,自身は学校選択と分権化を肯定して学校教育 の供給主体の多元化を要求する黒崎勲が,「コミュニ. 検討を以後の課題として,ひとまず筆を置くこと. ティスクール構想の二重性」(学校運営の現場主権主義. とする.. や住民参加原理による説明と市場原理や選択原理によ る説明という二重性)と評した事態は,「教育改革国民. (本稿は,本学の中期計画の研究課題38「『開か. 会議報告」から2004年中教審答申への流れにおいても 見いだされる.筆者は,黒崎とは評価の方向性におい. れた学校』実現の基盤に関する制度論的研究」に. てべつのベクトルを取るものであるが,だからこそ,. 関わる,2005年度の学術研究推進経費(共同研究. この事態を重視したい(黒崎勲「コミュニティスクール. 推進経費)によるプロジェクト研究「『開かれた. の立案過程と新しい学校のガバナンス」文献⑪,54−55. 学校』の基盤整備に関する総合的研究」の研究成 果の一つである). 頁). 4)共同研究者の一人である大坂治氏がこの課題を扱う ことになっている. 5)教育の公共性概念の教育法学からの整理と問題碇起 として,西原博史「教育基本法改正と教育の公共性」(文. 註. 献⑧)を挙げておきたい.「続治作用」としての教育観 の台頭という事態に対して,公共性の理論モデルを整. 1)なお,『現代学校教育事典』(ぎょうせい,2002年). 理し,最終的には子どもの教育を受ける権利保障とし. 第1巻中の「学校評議員制度」の執筆者は,「開かれた. ての公共性(「規範的公共性」)から論理づける点は評. 学校」構想が打ち出されたのは臨教審第二次答申にお. 価される.憲法26条から出発する公共性論である.「続. いてであるとして,該当箇所を引用しているが,明ら. 治作用」とは明確に区別される近代の「教育」概念の. かに第三次答申の誤りである.同書,524頁.. 吟味が「教育の公共性」論に必要不可欠であろう.同. 2)そこでは,各種の公立学校批判と学校管理運営の在. 時に,続治(government)に対し協治(governance). り方見直し論を次のように整理している.それは,各. が謳われる動向についても,慎重に検討しなければな. 方面における論調をほぼ包括するものであった.. らない.教育の「公共性」と「自治」の倫理を欠いた「教. 「[前略]これらの批判の具体的な内容や立場はそれ ぞれ異なるものの,全体を通じて,我が国の公立学校. 育ガバナンス」「スクール・コミュニティ」構想におい ては,決定への住民(一部)参加が決定そのものの正. 教育は硬直的で画一的であり,変化に対応する柔軟性. 当化に機能することは火を見るよりも明らかである(植. や多様性に乏しいこと,白ら改革に取り組む動機付け. 野「教育目的と公共性」文献⑦).したがって,「教育」. が働きにくく,効率性が十分に意識されていないこと,. の論理も,「自治」の論理,「公共性」の論理と一対になっ. 閉鎖性が強く,地域の一員としての意識や地域社会と. てとらえられなければならないであろう.それゆえ,. の連携を欠きがちであることなどが指摘されている.. 2004年の地数行法改正から,直ちに「コミュニティ・. その上で,学校教育をより質が高く,多様性と柔軟. スクール」の可能性を展望することも,また逆に「統. 性に富むものとするために,例えば,多様な主体によ. 治への同意」への危険性だけを見て取ることも,とも. る学校教育の碇供を認めることや,外部の人材や資源 を学校教育に積極的に活用すること,公立学校の運営. に一面的であろう. 6)ついに姿を現してきた教育基本改正案(政府案)が,. に保護者や地域住民を参画させる仕組みを構築するこ. この教育の国民全体に対する「直凛責任性」条項を変. と,公立学校の包括的な運営を外部に委託することな. 更ないし削除しようとしている点は,きわめて重大な. ど,学校の管理運営の在り方についての様々な見直し. 問題をふくんでいると言わねばならないだろう.政府. が提言されている」(「今後の学校の管理運営の在り方. 案は,「教育は,[中略]この法律及び他の法律の定め. について」第1章の「1検討の背景」の項). 3)この点では,「学校選択」制度をいち早く導入した東. るところにより行われるべきものであり」として,教. 育行政のたんなる法律主義のレベルに引き下ろしてし. 京都品川区の事例の,その推進責任者である若月秀夫. 15.

(17) 大 崎 功 雄 まっている.いうまでもなく,教育基本法第10条の精 神は,この教育関係語法律(それゆえ教育行政)の拠っ て立つ原則を定めているのであり,法と法に基づく教 育行政であれば何でも良いというわけではない.学校 が国民(そのバージョンとしての地域住民)全体に対 して開かれるという,その最重要の根拠規程が著しく 歪められようとしている点は,学校と地域をつなぐ論 理の形成の上からも到底座視できないものである.. 引用資料・文献 ① 改正地数行法関係:文部科学省ホームページ,コミュ ニティ・スクール・キックオフ・フォーラム,参照.. http://www.mext.go.jp/a−menu/shotou/community/ ② 教育改革国民会議関係資料:首相官邸ホームページ, 教育,教育改革国民会議,諸報告,参照. http://www.kantei.go.jp/jp/kyouiku/. ③ 総合規制改革会議(平成16年3月31日終了)関係: 規制改革・民間開放推進会議ホームページ. http://www.kisei−kaikaku.go.jp/または http://www8.cao.go.jp/kisei/ ④ 中央教育審議会答申関係:文部科学省ホームページ, 審議会情報,中央教育審議会,答申および議事録,参照. ⑤ 臨時教育審議会答申関係:『臨教審だより』1985年 6月臨時刊(通巻第8号),1986年4月臨時増刊(通巻 第20号),1987年4月臨時増刊(通巻第34号),1987年 8月臨時増刊(通巻第39号).. ⑥ 池上洋通ほか編著『市民立学校を作る教育ガバナン ス』大月書店,2005年.. ⑦ 植野妙実子「教育目的と公共性」『教育における公共 性の再構築』(日本教育法学会年報第34号),2005年. ⑧ 西原博史「教育基本法改正と教育の公共性」同上.. ⑨ 「『学校選択問題』の理論・比較・実証研究」『教育 学研究』第70巻第1号,2003年3月. ⑲ 金子郁容『コミュニティ・スクール構想』岩波書店, 2000年.. ⑪ 黒崎 勲「コミュニティスクールの立案過程と新し い学校のガバナンス」『教育学研究』第71巻第1号,2004 年3月.. (旭川校教授ノ. 16.

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参照

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