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心理的距離と課題への価値づけが課題遂行に及ぼす影響に関する検討 [ PDF

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Academic year: 2021

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心理的距離と課題への価値付けが課題遂行に及ぼす影響に関する検討

キーワード: 心理的距離, ネガティブ感情, ストレスコーピング、合理的思考 行動システム専攻 尚 斌 問題と目的 本研究では、課題遂行中に生じるストレス状況(ネガテ ィブ体験時)において、ネガティブ体験から心理的に距離 を取る方略が、喚起されるネガティブ感情を抑制しながら、 合理的に思考力を発揮することにどのように貢献するのか に関して検討することを主要な目的とする。 ネガティブ感情とコーピング理論 ストレスフルな状況 に対するコーピングの種類は研究者によってさまざまな分 類がなされている。たとえば、Folkman & Lazarus(1980)は コーピングを大きく情動焦点型対処と問題解決型対処に分 けている。一般的に、コーピングが心理面に与える影響と しては、①問題解決、計画立案、情報収集などのストレッ サーの解決に焦点をあてたコーピングは不安や抑うつを緩 和する効果あること、②情動焦点型のコーピングの中でも、 回避的対処や諦めのようなコーピングはストレス反応を増 悪する可能性があること、③情動焦点型コーピングであっ ても、肯定的に良い方向へ事態をとらえようとする肯定的 解釈は不安感情を低減することが明なになっている (Folkman, Lazarus, Gruen, & Delongis, 1986; 布施・小 杉, 1996)。

ネガティブ感情と心理的距離 ストレス状態への対処とし て、ネガティブ体験(体験した自己)から心理的に距離を とって振り返ることが、そこで喚起されるネガティブ感情 を低減することが実験的に示されている(Ayduk & Kross, 2008; Kross & Ayduk, 2008; Kross, Ayduk, & Mischel, 2005)。 Ayduk & Kross(2010)は、実験操作による心理的距離方略 の効果ではなく、日常的なストレス場面において、当事者 による自発的方略使用がネガティブ感情に与える効果の検 証を行った。その結果、①自発的に行う心理的距離方略が ネガティブ感情を低減すること、②心理的距離方略のネガ ティブ感情低減効果は、ネガティブ体験の再解釈を媒介し て達成されること、③心理的距離方略は対人的葛藤場面で、 問題解決的行動を促進することなどを明らかにしている。 感情と思考(ホットシステム・クールシステム) 近年, 感情・情動や動機づけといった“ホット”な感情的側面と, 抽象的,脱文脈的な思考や合理的思考といった“クール” な認知的側面の影響関係が明らかにされてきている(鈴木, 2004)。一般的に、ネガティブ感情は拡散的思考 (e.g., Hirt,

Levine, McDonald, Melton,&Martin, 1997; Isen et al., 1987),カテゴリー流暢性(e.g., Isen et al., 1987),新 しい連合形成(e.g., Murray, Sujan, Hirt, & Sujan, 1990) の減衰を引き起こすといった知見が報告されている。 本研究の目的 先行研究では、心理的距離を取ることが、 ネネガティブ感情の低減を促すことが示されてきた。感情 が思考に影響を及ぼす知見を考え合わせるなら、心理的距 離方略はネガティブ感情低減だけでなく、認知的側面にお いても有益な効果を発揮する可能性が考えられる。しかし、 これまで心理的距離と思考との関係を直接的に調べた研究 は少ない。そこで、本研究では心理的距離方略と感情(特 にネガティブ感情)及び認知的側面(特に合理的思考)の 3者の関係性を統合的に検討することを主な目的とする。 検討点1:ストレス状況において心理的距離方略が自発 的に意図される程度 Ayduk & Kross(2010)は、自発的な心 理的距離方略の効果を検証している。しかし、そもそも人 が心理的距離方略をどの程度自発的に行おうとするのかに 関しては明らかにされていない。心理的距離方略が有効で ある場合でも、ストレス状況にいる人自身が自発的に心理 的距離方略を使用していないのであれば、実質的に方略の 恩恵を受けていないことになる。本研究ではこの点に関し て、ストレス状況で人がよく行うコーピング方略との比較 において、心理的距離方略が相対的にどの程度実行意図さ れているのかを明らかにすることを1つ目の検討点とする。 検討点2:心理的距離方略の実行意図と実際に取られる 心理的距離との関係 自発的な心理的距離方略が有効であ ったとしても、心理的距離を取ろうと意図すれば、実際に 心理的距離を取れるのかという問題も残っている。心理的 距離方略の実行には複雑な心理プロセスが関与している可 能性が考えられるため、心理的距離を取ろうと意図したか らといって、必ずしも心理的距離が取れるとは限らないか もしれない。こうした考えから、本研究では心理的距離方 略を意図することと、実際に心理的距離が取れること(実 行)との間の関係(相関関係)を明らかにすることを第2 の検討点とする。 検討点3:ネガティブ感情に対する心理的距離方略の効 1

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果 これまで先行研究では、心理的距離方略の効果を検討 する際、ストレス状況において一般的に行われるはずであ るコーピングの実行によるネガティブ感情の低減効果が統 制されていなかった。そこで本研究では、コーピングも測 定し、その感情への影響を考慮した上での心理的距離方略 の効果を検証する。先行研究の知見からは、自発的な心理 的距離方略にはネガティブ感情の低減効果があることが予 想される。もしそうなら、ネガティブ体験(体験した自己) から心理的距離が遠い人ほど、喚起されるネガティブ感情 は低減されるだろう。これが本研究の第1の仮説である。 検討点4:合理的思考に対する心理的距離方略の効果 本研究の第4の検討点は、心理的距離が合理的思考に及 ぼす影響に関するものである。先述のように、ネガティブ 感情を低減する心理的距離方略は、ストレス状況での合理 的思考水準の低下を防ぎ、維持(または促進)する効果が あることが予想される。ただし、合理的思考を駆使する活 動では、失敗や躓きといったネガティブ体験にめげないだ けでなく、その体験を分析し、次に活かすことも必要であ る。ネガティブ体験から心理的距離を取りすぎることは、 体験の分析を抑制し、次に活かす機会を阻害する可能性が 考えられる。もしそうなら、ストレス状況での心理的距離 と合理的思考水準との間には逆U型の関係が成り立つこと が予想される。すなわち、適切な心理的距離の範囲が存在 することになる。これが本研究における第2の仮説である。 方 法 実験参加者 実験群:福岡市内大学生 120 人(男性:93 人; 女性:27 人。)M=21.73 歳;SD=2.75。 統制群:福岡 市内大学生 23 人(男性:17 人;女性:6 人。)M=25.00 歳;SD=2.97。 実験計画 本研究の仮説を検討するために,合理的思考の 測定及びネガティブ体験をもたらすために設定されたコイ ン立て課題,ネガティブ感情や心理的距離、コーピングを 測定するための質問紙を作成した。実験は大きく,コイン 立て課題を実施する前後に質問紙調査を行い、ネガティブ 感情及び合理的思考に対する心理的距離の影響を検証した。 コイン立て課題 ルール(機能)の異なる3色のコイン計 30 枚(赤 10 枚,青 10 枚,黄色 10 枚)を、制限時間(10 分) 内にルールを考慮して出来るだけ多く並べる,という課題 であり、コインの並びから合理的思考得点を算出した。ま た4人一組の3グループ間で並べたコインの枚数を競い、 優勝グループには報酬(2000 円)が与えられた。 質問紙 コイン立てゲームの結果(優勝 or 敗退,自他が並 べたコイン枚数の比較)に基づくネガティブ・ポジティブ 感情、及び心理的距離、ストレスコーピングの実行意図、 実行程度が測定された。 心理的距離:参加者は自身がネガティブ体験を振り返っ た際の心理的距離を 0~500 の目盛で測定した。参加者には 0 地点がまさに体験中を表し、500 は他人事のように体験を 振り返るほど心理的距離が離れていると説明した。 コーピング:神村ら(1995)、三浦ら(1997

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のコーピン グ尺度を参考に 8 カテゴリー、すなわち「肯定的解釈」「回 避的思考」「計画立案」「放棄・諦め」「責任転嫁」「積極的 対処」「認知的対処」「悲観・抑制的解釈」を作成し、それ ぞれ意図程度と、実行程度を測定できようにした。 実験手続き コイン立て課題実施後、優勝群の各参加者に は自身のコイン枚数がグループ内で最高であるという結果 を報告し、敗退群には自身のコイン枚数がグループ内で最 低であるという結果を報告した。統制群には、ゲームの勝 敗やコイン枚数の自他比較の報告はなされなかった。 結果報告後、参加者は質問紙により感情を測定し、その 後、2回目のゲームに向けて2分間の休憩をとった。休憩 中は 1 回目のゲーム体験を振り返るよう教示されており、 休憩後に再度質問紙によって、感情やコーピング意図・実 行程度が測定された。最後に2回目のゲームにおけるコイ ンの並びが記録され、1回目のコインの並びとの比較から 合理的思考水準の変化が測定された。 結 果 ストレス状況において心理的距離方略が意図される程度 ネガティブ体験時(直後)に,心理的距離方略の使用を どの程度自発的に意図的しているのかを検討するために, 3(群:優勝群,敗退群,統制群)×12(方略:心理的距 離方略及びコーピング方略)の 2 要因分散分析を行った結 果、方略の主効果のみが有意であった(F(11,1540)=51.00, p<.001)。単純主効果の検定の結果,「心理的距離を取ろう とする」よりも、「冷静に思い出そうとする」や「積極的対 処を行おうとする」「計画立案しようとする」「肯定的に解 釈しようとする」といった方略の方が有意に(p<.05)意図 されており、心理的距離方略の自発的実行意図はそれほど 高くないことが明らかになった(図1参照)。 0 1 2 3 4 5 6 心 理 的 距 離 を と ろ う と し た 冷 静 に 思 い 返 そ う と し た 客 観 的 に 思 い 返 そ う と し た 他 の 人 の 視 点 か ら 捉 え 直 そ う と し た 肯 定 的 解 釈 意 図 回 避 的 思 考 意 図 計 画 立 案 意 図 放 棄 ・ 諦 め 意 図 責 任 転 嫁 意 図 積 極 的 対 処 意 図 認 知 的 対 処 意 図 悲 観 ・ 抑 制 的 解 釈 意 図 Distance方略の実行意図 平 均 値 優秀群 敗退群 統制群 図 1. ネガティブ体験時(直後)における各群の心理的距離方略 及びコーピングの実行意図程度 2

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心理的距離方略の実行意図と実際の心理的距離との関係 ストレス状況において、心理的距離を取ろうとする意図 が高い場合には、実際に心理的距離を取ることに繋がるの だろうか。そうした意図と実行との関連の強さは、他のコ ーピングにおける意図と実行との関連性の強さとどの程度 異なるのだろうか。この点を検討するために、ゲーム体験 を振り返る際にコーピングや心理的距離を取ろうと意図し た程度と、実際に測定されたコーピング及び心理的距離と の相関分析を行った(表1参照)。 相関分析の結果、コーピングに関しては、どの方略も意 図と実行との間には有意に高い正の相関関係が認められた (r=.46~.86

全てp < .01)。一方、心理的距離に関して は、意図と実行との間に有意な相関関係は認められなかっ た。このことは、コーピングにおける各種方略とは異なり、 心理的距離方略は、意図したからといって必ずしも上手く 心理的距離が取れるとは限らないことを示唆している。 ネガティブ感情に対する心理的距離方略の効果 ネガティ ブ体験から心理的距離を取って振り返ることが、喚起され るネガティブ感情に対してどのような影響を与えるのか (もしくは与えないのか)、またそうした影響はストレスコ ーピングとはどのように異なるのかを検討するために、休 憩前後のネガティブ感情の差(差が大きい程、ネガティブ 感情低減を意味する)と、休憩中のコーピング及び心理的 距離方略の実行程度との相関分析を行った(表2参照。表 2は敗退群における相関表)。 相関分析の結果、コーピングの「肯定的解釈」「計画立案」 「積極的対処」が、ネガティブ感情低減と有意な正の相関 関係があることが示された(r=.28~.36 p < .01)。しかし、 心理的距離はネガティブ感情低減と有意な負の相関関係() があることが示された(r=.25 p < .05)。こうした相関結 果を受けて、本研究ではさらに、ネガティブ感情低減に対 する心理的距離方略のより直接的な影響を検討するために、 心理的距離と肯定的解釈程度(ネガティブ感情低減と比較 的高い相関関係を持つ)を独立変数とし、ネガティブ感情 低減を従属変数とした2要因分散分析を行った。 3(心理的距離:近、中、遠)×2(肯定的解釈程度: 高、低)の2要因分散分析の結果、心理的距離と肯定的解 釈程度における交互作用が有意であり(F(2,45)=3.38, p<.05 ただし,心理的距離「近」と「遠」群の人数が少な いため,多重比較は行わなかった)、肯定的解釈がネガティ ブ感情を低減する効果は、心理的距離が近い時に有効に発 揮されることが示唆された(図2参照)。 -0.5 0 0.5 1 1.5 2 2.5 3 近 中 遠 心理的距離 ネ ガ ティ ブ 感 情 の 低 減 の 度 合 い 肯定的解釈低 肯定的解釈高 表1. コーピング及び心理的距離方略の実行意図と実際の実行との相関関係 心理的距離実行 -0.25 ** コーピング実行 肯定的解釈 0.42 ** 0.77 ** 0.32 ** 0.38 ** 0.36 ** 0.31 ** 回避的思考 0.46 ** 0.30 ** 0.49 ** 計画立案 0.31 ** 0.85 ** 0.78 ** 0.37 ** 放棄・諦め 0.30 ** 0.86 ** 0.49 ** 0.52 ** 責任転嫁 0.49 ** 0.64 ** 0.28 ** 積極的対処 0.39 ** 0.78 ** 0.80 ** 0.31 ** 認知的対処 0.46 ** 0.52 ** 0.70 ** 悲観・抑制的解釈 0.26 ** 0.32 ** 0.27 ** 0.34 ** 0.61 ** 0.00 *= P<.05 **= p<.01 0.00 |0.25|未満はのせていません 積極的対処 意図 認知的対処 意図 悲観・抑制 的解釈 心理的距離 意図 肯定的解釈 意図 回避的思考 意図 計画立案 意図 放棄・諦め 意図 責任転嫁 意図 図2.心理的距離及び肯定的解釈程度の違いによるネガティブ感 情低減程度の違い 合理的思考に対する心理的距離方略の効果 ネガティブ体 験から心理的距離を取って振り返ることが、ネガティブ体 験の振り返り中の合理的思考水準にどのような影響を与え るのかを検討するために、休憩中(ネガティブ体験の振り 返り中)におけるネガティブ体験からの心理的距離の程度 (近、中、遠)を独立変数、1回目のゲームにおける得点 と休憩後の2回目のゲームにおける得点の差(差が大きい 程、合理的思考水準が向上している)を従属変数とする1 要因分散分析を行った。その結果、心理的距離(近,中, 遠)の主効果が有意であった(F(2,76)=4.39,p<.05) ため,多重比較を行ったところ,心理的距離中群は,心理 的距離遠群より有意に(p<.05)ゲーム得点差が大きかった。 すなわち、心理的距離が中程度の者が最も合理的思考水準 が高い(ネガティブ体験によって合理的思考が低下するこ とを防ぐ)ことが示された(図3参照)。 表2. ネガティブ感情低減とコーピング及び心理的距離方略との相関関係 休 憩 前 ・ 後 感 情 差 ネガティブ感情差 (休憩前-後) -0.25 * 0.36 ** 0.28 * 0.29 ** ポジティブ感情差 (休憩前-後) -0.27 * *=p <.05 **=p <.001 0.25 回避的 思考 責任転 嫁 心理的距離 コーピング実行方略 積極的 対処 認知的 対処 悲観・抑 制的解釈 肯定的 解釈 心理的距離 逆転得点 心理的 距離 計画立案 放棄・ 諦め 心理的距離 -60 -50 -40 -30 -20 -10 0 10 近 中 遠 ゲー ム の 得 点 差 の 平 均 値 未満はのせていません |0.25|未満はのせて 図3.心理的距離の違いによる合理的思考水準の違い 3

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4 考 察 ストレス状況に対処するために心理的距離方略はどの程度 自発的に意図されるのか 本研究ではストレス状況に対処 するために実行される方略として一般的に認められている コーピングとの比較においいて、心理的距離方略がどの程 度自発的に実行されようとするのかを検討した。その結果、 ストレス状況でより自発的に意図されるのは、冷静に思い 返す,積極的に対処する,計画を立てるといったポジティ ブなコーピング方略であり、心理的距離方略は肯定的解釈 などの次いでそれほど自発的に実行されようとする方略で はないことが示された。Ayduk & Kross(2010)は、自発的に 実行された場合の心理的距離方略の効果の検討を行ってい るが、そもそも、心理的距離方略は自発的に実行意図され にくい方略なのかもしれない。その理由に関しては、本研 究の結果から明確にすることはできないが、おそらく心理 的距離を取ることの有効性が一般的に認知されていないこ とや、以下で述べるように、自発的に意図したからといっ て、実際に上手く距離が取れるとは限らないことがあるの かもしれない。 ネガティブ体験から心理的距離を取ろうと意図することに よって実際に心理的距離を取ることができるのか 心理的距離の実行意図程度と実際の距離との間に有意な 相関は示されず,心理的距離を取ろうと意図したとしても 実際にどの程度の距離を取るかとは,それほど関係がない ことが示された。一方、コーピングに関しては、全てのコ ーピング方略で実行意図と実際の実行との間に有意な正の 相関が認められ、意図の程度が高ければ高いほどより実行 されることが示された。 こうした結果は、心理的距離方略が他のコーピング方略 とは異なり、意図したからといって、必ずしも上手く実行 できるとは限らないような、複雑で繊細な心理的過程を要 することを示唆している。さらにそうした事情が、ストレ ス状況において、心理的距離方略を自発的に実行しようと 意図しないことの原因の1つであるかもしれない。 ネガティブ体験からの心理的距離を取ることで,ネガティ ブ体験によって喚起されるネガティブ感情にどのような影 響があるのか 先行研究では自発的に意図され,実行され たDistance 方略がネガティブ感情を緩和する働きがあるこ とが示されていた (e.g., Ayduk & Kross, 2010) 。この知 見を踏まえ,ネガティブ体験からの心理的距離が遠ければ 遠いほど,ネガティブ体験によって喚起されるネガティブ 感情は緩和されるだろうと予想した。だが,予想と異なり, 心理的距離とネガティブ感情の緩和程度との間には弱い負 の相関が示され,心理的距離がむしろ近いほどネガティブ 感情がより緩和されやすいことが示された。また,肯定的 解釈や積極的対処といったポジティブなコーピング方略と ネガティブ感情の緩和程度との間には正の相関が示され, ポジティブコーピング方略がより実行されているほどネガ ティブ感情はより緩和されることが明らかになった。 そして,心理的距離は上記の肯定的解釈が効果的にネガ ティブ感情を緩和することに影響していることが示唆れた。 すなわち、肯定的解釈を行う際に心理的距離が近いほど、 ネガティブ感情を緩和効果が大きいことが示され、心理的 距離は他のコーピングとの関連伊おいて、ネガティブ感情 の緩和に影響するということが明らかになった。 心理的距離方略を実行することで,後の課題遂行に関わる 合理的思考にどのような影響を与えるのか 本研究の仮説 では、ネガティブ体験から距離が近すぎても遠すぎても合 理的に思考することは難しく,中程度の最適な心理的な距 離を取ることで合理的な思考が可能になると考えた。この 考えを検討した結果、ネガティブ体験から取られた心理的 距離が合理的思考水準に及ぼす促進(維持)効果は,逆 U 字型の結果になることが示され、仮説が支持された。すな わち、合理的思考に及ぼす影響に関して言えば、心理的距 離は近すぎず、遠すぎず、取るべき最適な距離の範囲があ るということである。

今後の課題と展望 心理的距離は、Ayduk & Kross(2010)の 研究では、ネガティブ感情緩和の観点から、十分に心理的 距離を取ることが適切であるとされており、また本研究で は、効果的なコーピングのために心理的距離を近づけるこ とが示唆されたが、ネガティブ感情緩和だけでなく、その 後の合理的思考をも考えるなら、心理的距離は近づけすぎ たり、離れすぎない適度な距離に調節することが最も重要 であると言える。ただし、心理的距離は、意図することで 簡単に距離を取れるものでもないことも本研究の結果は示 しており、効果的に心理的距離を取るためには、十分な訓 練を要することが示唆される。今後、どのようにすれば、 上手く心理的距離を取れるようになるのかの解明を含め、 心理的距離方略を適切に実行するための支援を考えていく 必要があるだろう。 主要引用文献

Ayduk, Ӧ. & Kross, F. (2008). Enhancing the pace of recovery: Self-distanced analysis of negative experiences reduces blood pressure reactivity. Psychological Science, 19, 229-231.

Ayduk, Ӧ. & Kross, F. (2010). From a distance: Implications of spontaneous self-distancing for adaptive self-reflection. Journal of Personality and Social Psychology, 98, 809-829.

参照

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