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は じ め に

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Academic year: 2021

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は じ め に

「中田君,大学で使う教科書はわかりやすくてはいけない.もっと威厳が なくてはいけない. 」これは私が最初の教科書を書いたときに, ある東京大学 名誉教授の先生から賜ったお言葉である.日頃, 尊敬する先生だっただけに,

思いもよらぬ言葉に耳を疑ったが,自分が大学生時代にどうして講義を理解 できなかったのか,その理由がなんとなくわかったような気がした.もしか したら, 大学の先生は教科書と同じように, 「講義はわかりやすくてはいけな い,威厳がなくてはいけない」と思っていたからかもしれないし,学生が理 解できるわかりやすい教科書を使っていなかったからかもしれない.でも,

本当にそれでよいのだろうか.

私はその先生の言葉に逆らって,その後もわかりやすい大学の教科書を書 き続け,それなりに多くの読者の支持を受けてきた.この『化学結合論』も その路線に基づいて書かれた教科書である.わかりやすく,そして,読んで いて楽しくなることを執筆のスタンスとしているがゆえに,スペースの関係 で,内容は最も基本的で重要な項目を厳選している.学生がもっと知りたい と思ってくれるならば,私の教科書はそれで十分に役割を果たしたと考えて いる.今はインターネットの時代である.もっと知りたいと思えば,イン ターネットで好きなだけ情報を集めることができる(ただし,信憑性の乏し い情報も多いので,正しいかどうかの判断ができる能力を身に付けてほし い)

「化学結合論」は化学で最も重要な基礎知識である.物理化学はもちろん

のこと,無機化学でも有機化学でも,化学結合を正しく理解していなければ

何も始まらない.そのためには,量子論を使って化学結合を正しく理解する

必要があるが,スペースの関係で式の展開を避けつつ,それでも大事な概念

を正しく理解できるように努力した.第 1 章から第 4 章では,最初に原子の

iv

(2)

中の結合について解説し,最も簡単な分子である二原子分子を使って,波動 関数とその物理的意味,そして,波動関数の重なりによって生まれる共有結 合について説明した.第 5 章から第 8 章では,化学でよく目にする基本的な 多原子分子について,その共有結合と,その結合によって生まれる分子全体 の形,そして分子の多様性と柔軟性について説明した.第 9 章から第 14 章 では,身近な物質の化学結合について,とくに,結晶を中心に説明した.ど うして結晶を題材に選んだかというと,結晶はいろいろな化学結合の代表例 だからである.ダイヤモンドのような共有結合であったり,塩

しお

のようなイオ ン結合であったり,金

きん

のような金属結合であったり,氷のような水素結合で あったり,ドライアイスのようなファンデルワールス結合であったりという ように,化学結合の本質とそれぞれの違いを学ぶためには最も適した題材だ からである.

他の教科書と読み比べるとすぐにわかるが,この教科書では,すべての化 学結合を包括的かつ系統的にとらえるという新しい試みをしている.これま での教科書にはなかったとらえ方である.そして,最後まで読んでみると,

化学結合の全体像の美しさに感激してもらえるのではないかと期待してい る.学問とは美しいものであり,その美しさの中に真実が見えてくると,私 は信じている.

この教科書のもう一つの特徴として,化学結合の本質とともに,無機化合 物と有機化合物の分子構造がどのようなものであるかについても,包括的か つ系統的に扱っている.したがって,化学結合論だけでなく,構造化学の教 科書としても, また, 無機化学や有機化学の参考書としても使えるようになっ ている.少しでも多くの読者が,この「化学結合論」の新しい姿を楽しんで くれることを期待している.

2012 年 8 月

中 田 宗 隆

は じ め に v

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