II. 各論
II-1.1.1. 基調講演(1) 山中 伸弥先生
*ICRR2015 の学術プログラムは山中伸弥先生(京都大学 iPS 細胞研究所所長・教授)による
Plenary Lectureから開始された。大会初日のオープニングセレモニー直後にもかかわらず、2012 年
ノーベル生理学・医学賞受賞者の講演を目当てに、1,000名に迫る聴衆が京都国際会館メインホー ルに集まった。Recent Progress in iPS Cell Research and Applicationと題された40分の講演は、山中先 生が基礎研究者を志した経緯の説明や米国留学中の経験談に始まり、iPS 細胞研究黎明期の研究の 進展や今後の展望などが軽快に紹介された。特に『臨床医として勤務していた頃、救うことの難し い患者さんを目の当たりにし、自分の出来る貢献は基礎研究にある…と研究の世界に進んだ』とい うエピソードや、Gladstone Institutesへの留学中にRobert W. Mahley博士から学んだ『サイエンスを 進める上で重要なものはVW。それはVolkswagenではなくVision & Hard Workである』といった話 題がジョークを交えて紹介されるなど、若い研究者へのメッセージに富んだ講演であった。山中先 生の人柄と圧倒的な研究業績、さらには『iPS 細胞研究を通じて臨床医学に貢献する』といった力
強い Vision に、筆者を含む多くの聴衆が魅了された。ICRR2015の開幕を飾る素晴らしい Plenary
Lectureであった。(京都大学大学院 医学研究科 放射線腫瘍学・画像応用治療学 原田 浩)
II-1.1.2. 基調講演 (2) 有馬 朗人先生*
日本アイソトープ協会会長有馬朗人先生から、「福島第一原子力発電所事故と放射線、そして世 界におけるエネルギーの将来」との演題でご講演いただいた。座長は本会議事務局長の神谷研二先 生が務められた。ご講演は、東大総長・理化学研究所理事長・文部大臣・科学技術庁長官という輝 かしい経歴を持つ知の重鎮として、世界の放射線研究者に対し、人類が直面する深刻な困難に立ち 向かう先導役を果たすことを求める強いメッセージであった。
まずは福島原発事故についてデータに基づき事実の記載がなされ、引き続いてその影響として環 境に放出された放射能に対する社会的懸念の存在が指摘された。住民は低レベルの放射線の健康影 響について強い関心があり、科学者による正確な説明が求められている状況を有馬先生はあえて説 かれた。更に話は世界のエネルギー事情に及び、爆発的な人口増加と化石燃料に大きく依存したエ ネルギー供給の現状を踏まえ、地球温暖化とエネルギー危機を同時に解決する手立ての確立が喫緊 の課題として指摘された。再生可能エネルギーは、未だ主要なエネルギー源として見通しが立って いない中、有馬先生は原子力を含め、利用し得るあらゆるエネルギー資源をうまく組み合わせてい くことが最善の選択であると真摯に主張された。そして最後に、直面する深刻な問題を解決できる 人類の英知を信じようとの力強いエールで講演を締めくくられた。(放射線医学総合研究所放射線 防護研究センター 根井 充)
*編集注:基調講演の概要については、それぞれ講演者の許可を得て掲載した。
II-1.2.1. 特別講演:ICRR2015 大会長 The Evolution of Radiation Therapy; from 3D to 4DRT
ICRR2015
大会長(京都大学大学院医学研究科放射線腫瘍学・画像応用治療学)
平岡 真寛
5月28日(木)11時10分-50分、アネックス1にてICRR2015 大会長による特別講演を行った。
座長はアジア放射線腫瘍学会連合(FARO)次期会長の Soehartati Gondhowiardjo 教授、講演題目 はThe Evolution of Radiation Therapy; from 3D to 4DRTであった。
放射線治療における最大の命題は「がんに対して如何に選択的に損傷を与えるか」である。近年、
物理工学技術の革新により、腫瘍に放射線を集中させる手法が急速に発展し、放射線治療による治 療成績の向上、有害事象の軽減に大きく寄与している。はじめに、放射線照射技術が二次元から、
定位放射線治療や強度変調放射線治療で代表される三次元に進化したことで放射線集中性が高まり、
治療成績が飛躍的に向上したことを示した。次に、三次元放射線治療に時間軸を加味した四次元放 射線治療の重要性を強調した。多くの腫瘍、特に膵がん、肝がん、肺がんなどの難治がんは呼吸に より数cmオーダで動いており、この動きに対応できる四次元放射線治療の開発・普及が難治がん の治療成績向上に欠かせない。この分野の研究開発では日本が世界を先導しており、2000年以来、
自らも産官学連携で開発に従事してきた。最後に、2011年にはリアルタイムモニタリング下の動 体追尾定位放射線治療(肺がん)を、2013年には動体追尾強度変調放射線治療(膵がん)をFirst
in Humanで実現したことを紹介した。
II-1.2.2. 特別講演:ICRR2015 Secretary General
Health Effects of the Fukushima Nuclear Accident and Research on Low Dose Radiation
広島大学原爆放射線医科学研究所
1福島県立医科大学放射線県民健康管理センター
2神谷 研二
1、2福島原発事故により環境中に大量の放射性物質が放出され、放射線の人体影響の解明とその対策 が求められている。放射線事故での健康管理の基本は被ばく線量の推定であり、福島原発事故での 住民の被ばく線量の概要も明らかにされつつある。外部被ばく線量は、県民健康調査の基本調査に より線量が推定されている。第17回「県民健康調査」検討委員会で報告された約44万人の集計結 果では、全県の93.9%の人が2 mSv未満であり、平均値は0.8 mSvであった。また、福島県が最近 報告した WBC による内部被ばく線量検査では、233,225 名の預託実効線量は、1 mSv未満が約 99.989%であった。一方、甲状腺の被ばく線量では、限られた情報しか得られてないが、放射線医 学総合研究所や床次ら等の報告では、最高値でも 50 mSv以下であり、チェルノブイリ事故の場合 より低いと考えられている。国連科学委員会(UNSCEAR)は、福島県では、チェルノブイリ事故後 のように小児甲状腺がんが大幅に増加する事態が起きる可能性は低いとしている。
今後、福島で問題となるのは、低線量・低線量率被ばくの健康影響であるが、科学的には十分解 明されていない。低線量・低線量率被ばくの影響は、高線量・高線量率被ばくの影響から推定され ているが、線量率効果のように生物に与える影響が異なる可能性も指摘されている。また、最近の 研究により、細胞は放射線被ばくに対して DNAの修復、細胞周期の停止や細胞死、さらには細胞 老化などの様々な DNA損傷応答を誘導しており、その分子機構も明らかにされて来ている。この 様な現象は、放射線の健康リスクに何らかの影響を与えると推定されるが、それがどの程度の影響 を与えるかは不明である。今後、低線量・低線量率被ばくの健康リスクを解明するためには、疫学 的な研究に加え、動物モデルでの発がん機構の解析やリスク研究、低線量放射線に対する細胞の応 答現象や DNAへの影響、幹細胞に対する影響等に関する研究も不可欠であり、今後の研究の進展 が期待される。
II-2.1. 放射線生物影響研究
富山大学大学院医学薬学研究部 鈴木 文男
放射線生物学を基盤とする生物影響研究は常にICRRの中心的役割を担ってきており、ICRR2015 においても総一般演題登録数1149題の約20%が生物影響関連の発表であった。そこで、26日から の4日間にそれぞれに「生体組織に対する影響」、「低線量・低線量率放射線」、「放射線発がん」及 び「細胞に対する影響」に関するテーマを設け、Eye Opener、Congress Lecture、Symposiumを通し て体系的に発表・討論ができるように指定演題セションを組むとともに、Oralセッションでは口頭 発表希望のあった一般演題から最も関連する演題を中心にプログラムを編成した。ここには、座長 の先生方(氏名を付記)から提供いただいた情報・原稿を中心に、発表・討論内容についての概要 を記載する。
1.組織・臓器に対する影響と幹細胞の関わり(26日の主要課題)
まずEye OpenerではDr. Wolfgang Doerr(オーストリア)による教育講演が行われた。放射線治
療において正常組織が受ける影響についてレビューするとともに、1980年代までに放射線感受性 には血管や結合組織、免疫系の変化も関与していることが分かってきたこと、そして最近では正常 組織(臓器)内での線量分布の不均一性も重要な要因であることが明快に示された。(京都大学、
高橋千太郎)
午前のシンポジウムでは5名の研究者による多彩な発表があり、満員の聴衆者も加わって幹細胞 の生物学的な特徴やその放射線生物学的な振る舞いに関する学問的で活発な議論が行われた。最近 国際放射線防護委員会(ICRP)は放射線防護体系のための幹細胞生物学の課題について刊行物を 編纂した。そこで、最初の演者としてICRP第一委員会前委員で同刊行物編集に携わったDr. Jolyon
Hendry(英国)が、その要点を紹介した。次に、胎児の放射線生物学の泰斗である Dr. Christian
Streffer(ドイツ)が、Oxford Studyの成果を初めとする胎児への放射線影響の疫学及び生物学研究
のレビューをした。続いて肺上皮、腸上皮、乳腺上皮の幹細胞の放射線生物学においてそれぞれ第 一線で推進しているDr. Barry Stripp(米国)、Dr. Kensuke Otuska(日本)、Dr. Barcellos-Hoff(米国)
によって lineage tracingやシステムズバイオロジーといった最新の技術を用いて行った研究成果が
報告された。各演者のこれまでの研究実績と未発表データを含む魅力的な研究成果は、幹細胞とい うトピック自体が持つ魅力をさらに増大させるものであった。(放射線医学総合研究所 今岡達 彦)
午後の特別講演において Dr. Catherine Booth(英国)は、マウス小腸組織の放射線照射による急
性症状(gastrointestinal syndrome)と回復機構についての研究成果をレビューするとともに、このモデ
ル系を用いた放射線防護効果を持つ新規薬剤の開発・スクリーング法に関する興味ある報告を行っ た。(放射線影響研究所 野田朝男)
午後のシンポジウムでは、まず Dr. Hiroshi Mitani(日本)がメダカ精巣への放射線照射に対する p53機能欠損の影響について報告した。p53ノックアウトメダカ精巣では、放射線照射により野生 型メダカではみられない卵巣様細胞(testis-ova)の数とサイズが一過性に増加することが分かった。
次に、Dr. Naoki Takemura(日本)は放射線による急性腸障害の進展に自然免疫で役割を担うトル様
受容体3(TLR3)が関与することを報告した。また、Dr. Jacqueline. P. Williams(米国)は、放射線 被ばくの影響が線量・線量率・線質等の物理学的要因だけでなく、正常組織・臓器の応答や年齢・
性・免疫状態等の生物学的要因によってどの様に変わるのかについて発表した。最後にDr. Charlrs.
Limoli(米国)は、頭蓋部の放射線被ばくによって生じる認知障害に、放射線被ばく後の海馬特定 領域のニューロンやシナプスの構造的変化が強く関連することを報告した。(大阪府立大学 児玉 靖司)
26日の一般演題の口頭発表は、「Non-cancer Effects」をテーマとする演題で構成された。まず、
Dr. Piotr Widlak(ポーランド)は、IMRT時の同じ体積、同じ線量の局部照射でも血漿プロテオーム
レベルに有意な差があり、組織ごとの放射線感受性や初期副作用のちがいがあることを報告した。
次に、Dr. Jaroslav Pejchal(チェコ)は 11 Gy 被ばくマウスのダメージに対する EGF(epidermal
growth factor)と骨髄移植の併用効果について調べ、腸管や肝臓損傷の病理組織学的、形態学的な
予後が有意に改善されることを示した。一方、Dr. Eleanor A. Blakely(米国)は、0.1 Gyの単回X線 照射でも長期にわたりサイトカインネットワークが乱されることを報告した。さらに Dr. Palma Simoniello(ドイツ)らは、放射線応答に関するヒト皮膚組織と抗炎症作用の関係のなかで、抗炎症 作用には被ばく後の皮膚組織の 3次元構造が重要な役割をしていることを報告した。(大阪大学 中島裕夫)
2.低線量・低線量率放射線の生物影響(27日の主要課題)
Eye Opner講演者としてDr. Zhimin Yuan(米国)は、100 mGyの放射線を被ばくした時にのみ観 察される解糖系代謝経路の放射線応答性の存在とその分子機構に関して、低酸素環境で培養された 細胞とマウス個体を用いて明らかにした研究結果を紹介した。この報告は、放射線適応応答の新た な分子反応を示したものであり、今後の研究の進展が期待される。(広島大学 河合秀彦)
午前のシンポジウムでは、主に組織レベルで低線量あるいは低線量率・低線量放射線の影響研究 を行っている4研究者からの報告があった。最初の演者であるDr. Claudia E. Ruebe(ドイツ)は、
マウスを用いてγH2AXあるいは53BP1フォーカスを指標とした解析を行い、毎日1回の10 mGy
あるいは100 mGyの照射を最長10週間に渡り繰り返して照射した場合、組織内にDNA損傷が残
る事を示した。Dr. Michele T. Martin(フランス)は、毛嚢の組織幹細胞に着目した研究の紹介を行 い、幹細胞が放射線抵抗性であるのに対し、progenitor細胞は、10 mGy程度の放射線に対しても感
受性を示す事を明らかにした。Dr. Keiji Suzuki(日本)は、低線量率・低線量放射線の長期慢性被 ばくの影響を紹介し、1 mGy/日の線量率で100日間連続して照射を受けても、組織内にはDNA損 傷が蓄積しない事を示した。最後にDr. Tatsuhiko Imaoka(日本)は、乳腺幹細胞の放射線応答につ いて紹介した。本シンポジウムにより、低線量あるいは低線量率・低線量放射線の影響が組織レベ ルあるいは組織幹細胞の視点で解明されつつあるが、これらの組織反応が最終的な発がんにどうつ ながっていくかについては今後の研究課題として残されている。(長崎大学 鈴木啓司)
この日の特別講演は環境科学技術研究所のDr. Ignacia Tanaka(日本)が行った。既に報告されて いるように、マウスに一日当たり20 mGyのγ線を照射し続けると種々の腫瘍発生に起因する寿命 短縮がおきるが、それ以下の線量率では未照射と変わらないことが示された。最近では、低線量率 照射マウスで生じる生体内の生理的・免疫的変化やがん細胞に見られるがん関連遺伝子の変異につ いても解析していることが報告され、興味ある研究としてその成果が注目されている。
午後のシンポジウムでは、「低線量/低線量率放射線影響のオーミクス解析」というテーマに関 して最先端解析技術を駆使した研究成果が披露された。本シンポジウムではタンパク質を解析した 3題とゲノムDNAを解析した1題が紹介された。Dr. Andrew J. Wyrobek (米国) 等はラットに100 mGyと1 GyのFeイオンビームを照射し、その後長期的なタンパクの変化を脳脊髄液と海馬で調査 したところ、記憶やアルツハイマー病に関連する様々なタンパクが変化していることを見つけた。
Dr. Soile Tapio (ドイツ) 等は、ApoE遺伝子欠損マウスを用い低線量率放射線長期照射(1 mGy/d x
300 日、20 mGy/d x 15日)による海馬への影響を調べた結果、シナプスの長期増強と抑制、軸索誘
導に関与するタンパクの変化を見出した。Dr. Keiji Ogura (日本)等は C57BL/6J 雄マウスに 20
mGy/d で400 日間照射した後その仔をとり、DNA の一部にコピー数の変化がないかどうかをarray
CGH という方法で全ゲノムについて調べた。その結果、照射群では非照射群より高い頻度で変異 することがわかった。Dr. Naohiro Tsuyama (日本)は LS-MS法を用いてヒト培養細胞に 20, 100, 1000 mGy を照射した時の細胞内タンパクの変化を調べた結果、ヌクレオチド合成とアシルカルニ チン代謝の変化が示唆される結果を得た。(環境科学技術研究所 小野哲也)
一般演題の口頭発表では、低線量・低線量率での生物影響研究を行っている5名の研究者(スウ ェーデン、フランス、ベルギー、英国、米国)が選ばれた。講演内容はモーリス水迷路実験と神経 組織を用いた神経系への影響、137Csの内部被曝による代謝への影響、低線量率放射線連続照射に
よるHUVECへの影響、神経幹細胞における DNA鎖切断、低線量放射線による糖尿病合併症の抑
制作用とユニークな視点の研究が多かった。いずれの成果も国内では珍しく、解析手法も DNA・
代謝分子といった分子レベルから、細胞、組織応答、モーリス水迷路実験のようなマクロなレベル まで多様であった。本セッションの講演は全て国外の若手研究者によるものであったが、同じく低 線量・低線量率放射線の生物影響の解明を目指しつつも異なる発想で発見された様々な成果は、多 くの日本人研究者にとって非常に刺激になったと思われる。(環境科学技術研究所 廣内篤久)
3.放射線発がん機構と低線量放射線による健康影響リスク(28日と29日の主要課題)
28日の教育講演において Dr. Hiroshi Tanooka(日本)は、がん発生頻度と線量との関係が明らか に直線的でない閾値様の事象が見られる事例が多くあることを紹介した。さらに、原爆放射線の線 量率は爆発後1μ秒の即発放射線と5μ秒後の遅発放射線がありそれらを基に計算をするとはるかに
高い108 Gy/minとなり、この原爆放射線の線量率の値と環境放射線に近い低線量率での推定値との
比をとり DDREFの値とすると 16.5となることが示された(国際放射線防護委員会(ICRP)では
DDREF値を2としている)。(環境科学技術研究所 田中公夫)
続いて、「動物モデルを用いた放射線発がんの分子機構」についてのシンポジウムが行われた。
まず、Dr. Yoshiya Shimada(日本)が、近年、社会的な関心の高くなっている幼若期の被ばくの感
受性時期の臓器特異性について紹介し、放射線誘発腫瘍の特徴として介在型欠失を示唆した。Dr.
Kazuhiro Daino(日本)は、放射線誘発ラット乳癌においてエピゲネティックな変化をする複数の
遺伝子を同定し、この中には、ホメオボックスを含む発生に関わる遺伝子が含まれることを報告し た。Dr. David Kirsch(米国)は、p53遺伝子をひとつ多く持つスーパーp53マウスは、K-ras変異を 持つマウスにおいて自然発生の胸腺リンパ腫や肺がんを抑えるが、放射線誘発の胸腺リンパ腫は抑 えないし、肺がんに至っては逆に促進することを報告した。これは、自然発がんと放射線発がんに おけるp53の役割は違うことを示したものとして興味深い発表である。最後にDr. Tomonori Hayashi
(日本)は、マウスにおいても原爆被爆者と同様に、ROSの活性が加齢とともに増加し、その増 加は、IL6Rなどのハプロタイプの違いなど遺伝的なバックグランドに依存することを報告した。
(放射線医学総合研究所 島田義也)
その日の特別講演のため、放射線発がん研究に実績のあるDr. Ryo Kominami(日本)に講演をお 願いした。既に Kominami らは、マウスの放射線誘発胸腺リンパ腫に関与するがん抑制遺伝子とし
て Bcl11bを同定している。本講演ではこれまでの研究成果をレビューするとともに、TCR分化マ
ーカーを指標として調べた限り、Bcl11b遺伝子が片方欠損したマウスでは胸腺幹細胞よりも胸腺前 駆細胞の方が放射線照射によりがん化変異しやすいことを示唆する興味ある研究結果が紹介された。
なお、午後はヒトの放射線発がん機構に関するシンポジウムが行われたが、これは広島大学が企 画したものなので、講演内容の概要については共催シンポジウムの項を参照されたい。また、放射 線発がんに関する一般演題口頭発表は、プログラムの編成上28日ではなく29日午前にE会場で行 われた。取り上げられた 5演題はどれも大変興味深いものであったが、その中でも Dr. Julia Hess
(ドイツ)らの発表では、甲状腺乳頭がんにおいてCLIP2遺伝子が放射線被ばくのバイオマーカー となりうる事が示され注目された。演者らはこれまでにチェルノブイリ原発事故で増加した甲状腺 乳頭がんにおいて、7q11.23領域のDNAコピー数が増加し、その領域にCLIP2が存在することを報 告している。本発表では、組織免疫染色を行い、いくつかの独立した腫瘍コホートにおいて、放射
線被ばくと関連した CLIP2タンパク質の増加を見出していることと、放射線量と CLIP2発現に明 白な線量反応関係がみられることを報告した。(広島大学 飯塚大輔)
4.細胞に対する放射線作用機構と感受性に関わる細胞内因子(29日の主要課題)
まず、教育講演として Dr. Munira A. Kadhim(英国)によりバイスタンダー効果に関する最近の 研究動向とともに、細胞間情報伝達におけるエキソソームの新たな役割についての知見が紹介され た。エキソソームはタンパク質や RNAを含む脂質二重層からなる膜小胞であり、照射細胞から培 養液中に放出されるエキソソームが非照射細胞に作用してゲノム損傷を誘導すること、miRNA の 輸送を介して特異的な遺伝子制御に関与すること、また持続的なバイスタンダー効果の制御を通し てゲノム不安定性の誘導にも機能し得ること等が論じられた。(放射線医学総合研究所 根井充)
次に、「放射線応答に対する活性酸素種(ROS)の役割」と題するシンポジウムが開催された。
まずDr. Jian Jian Li 氏(米国)は、放射線によるアダプティブレスポンスとMnSODとの関連につ
いての研究結果を報告した。また、Dr. Hiroko P. Indo(日本)らは、世界で最初に発表したミトコ ンドリア発生活性酸素と放射線によるアポトーシスが放射線による細胞核関連死とは独立しておこ ることを発表した。さらに、Dr. Valerian E. Kaganら(米国)は放射線によるミトコンドリア関連死 がミトコンドリア内膜のカルディオリピンからシグナルが発せられることを示し、Dr. Kaushala P.
Mishra(インド)はある種のハーブが放射線由来活性酸素発生を増強させ放射線感受性を増加させ
ること見つけた。一方、Dr. Tohru Yamamoriら(日本)は、放射線照射後、細胞周期がG2/M期に入 り、ミトコンドリア電子伝達系を活性化させ活性酸素発生を増強させることを報告した。(鹿児島 大学 馬嶋秀行)
最後に、5人の演者による一般演題口頭発表が行われた。最初にDr. Alexander Helm(ドイツ)は 放射線の非がん影響としての心疾患について、マウス心筋細胞を用いた放射線応答の解析結果を報
告した。Dr. Giovanna Muggiolu(フランス)はマイクロビームを照射した線虫を用いて蛍光タンパ
ク質GFPとDNA修復タンパク質の融合タンパク質(GFP-XRCC1)のDNA損傷部位への集積につ いての興味ある報告を行った。Dr. Isabel L. Jackson(米国)はマウス系統間における肺の放射線感 受性の差について、放射線障害からの回復能の違いや肺組織を構成するクララ細胞や肺胞II型上皮 細胞の放射線照射後の再増殖についての詳細な実験結果を発表した。4人目の演者Dr. Roel Quintens
(ベルギー)は、p53ノックアウトを用いたマイクロアレイによる遺伝子発現の解析結果を紹介し、
新規の p53応答遺伝子が脳の発達に関連して発現する遺伝子であることを示した。最後の演者 Dr.
Atsuko Katano(日本)は、放射線の標的としてタンパク質の翻訳に関わる転移 RNAへの影響につ
いての解析結果を紹介した。(国立保健医療科学院 志村勉)
膨大な数のポスター発表(合計190演題)については要約することが困難なため、ここでは各テ ーマカテゴリー別の発表演題数を記載することに留める。機構解析;23題、非発がん効果;24題、
組織損傷;42題、発がん効果;16題、細胞に対する影響;68題、その他;17題
II-2.2. ライフサイエンス
東京大学大学院医学系研究科 宮川 清
はじめに
ライフサイエンスの発展は、現代の医学に大きく貢献しているが、放射線医学においても、その 重要性は今後格段に高まってくるものと考えられる。既に、放射線の生体への影響や放射線治療生 物学の分野においては、その歴史的な成果も出ているために、ICRR2015のプログラムでは、非電 離放射線の分野も含めて3つのトラックと一部の共催シンポジウムでは、ライフサイエンスのアプ ローチによる研究成果は重要な位置を占めることが明白であった。その一方で、これらの領域にす ぐには応用されないかもしれないが、近い将来必ず放射線科学において避けることができなくなる 基礎的な分野の発表のために、ライフサイエンスとして単独のトラックを設定することとなった。
ただし、これらの応用と基礎は明確に区別できるものでなく、融合した部分もあるために、話題に よっては他のトラックと重複が生じることも当然である。
このような時代の流れにおいて、放射線研究関連学会で設定されるライフサイエンスのトラック の課題は、質の高い基礎的な科学と放射線研究の相互の理解の促進である。この分野が、放射線生 物学のみならず、他の医学・生命科学領域と競合し数歩先んじることは、放射線科学の将来を左右 するとも考えられ、この点を配慮しつつ、プログラムを検討した。
コングレスレクチャー
5月26日は、京大放生研・放医研シンポジウムとして、Ashok Venkitaraman博士(Oxford Univ) が講演を行ったために、そちらの章を参照されたい。
5月 27日は、Markus Löbrich博士(Darmstadt Univ)が、「Repair of DNA double-strand breaks by
homologous recombination」の題目で講演を行った。相同組換えの中心的な分子であるRad51が、そ
の過程で形成されるフィラメントからどのように除去されるかは不明であるが、Nek1が Rad54 を リン酸化することによってRad51のDNAからの解離が促進されることが示された。
5月 28日は、Alexander Spektor 博士(Dana-Farber Cancer Inst)が、「DNA damage in micronuclei generates chromothripsis and other complex chromosomal rearrangements」の題目で講演を行った。近年 のゲノム解析によって、ある染色体部位に限定的に激しい染色体再構成がおこる現象である
chromothripsisの存在が明らかとなったが、その機序は不明である。彼らは生細胞イメージングと単
一細胞ゲノム配列解析を組み合わせることによって、小核に分離された染色体が chromothripsis の
原因になることを示した。この機序の発見はゲノム変異の生成の理解を深めるものであり、同日の Nature誌に掲載された。
アイオープナー
ICRR2015の領域別講演の初日である5月26日の冒頭となったのは、小松賢志先生(京都大学)
の「Cloning of NBS1 and DNA repair genes: strand break repair is linked to cellular DNA damage responses」 の題目での講演であった。DNA修復研究の歴史において、XRCC細胞の研究と放射線高感受性の 患者細胞の研究が、これらの責任遺伝子の同定に直接貢献したことの紹介から始まり、その中でも ATMとNBS1の研究が、DNA損傷応答における情報伝達経路の確立の端緒となったことが詳しく 紹介された。さらには、これらに関係する分子として、RNF20やRAD18が取り上げられ、DNA損 傷応答においてクロマチンリモデリングや多様な DNA修復機構が役割を果たしていることの最近 の研究成果が紹介された。生命科学と放射線生物学が一体となった研究の大きな流れがわかりやす く説明され、トップバッターの講演として大きな感銘が与えられた。
5月27日は、武田俊一先生(京都大学)が「Genetic analysis of proteins involved in the initial step of
double-strand break repair」の題目で、DNA二本鎖切断生成後の修復の初期過程において、複数のヌ
クレアーゼの段階毎の役割分担の最新の成果を紹介し、朝早い時間帯であるにもかかわらず、活発 な議論が行われた。
5月 28 日は、田代聡先生(広島大学)が、「Nuclear topography of homologous recombinational
repair」の題目で、RAD51 の局在を一つのモデルとして、相同組換え修復と核構造の関係について、
超解像顕微鏡を用いた解析結果を紹介した。これまでの顕微鏡と比べて、新しい情報が得られるよ うになり、やはり早い時間帯であるにもかかわらず、活発な議論が行われた。
5 月 29 日 は 、Tom K Hei 博 士 (Columbia Univ) が 、「Role of abscopal effect in radiation carcinogenesis」の題目で、放射線発がんにおけるabscopal effectの寄与について、多様なデータを用 いてわかりやすく概説した。その後にマイクロビームのシンポジウムが引き続いて行われたために、
これらの領域全体の理解を深めるために、よい順序であった。
シンポジウム
5月 26 日午前の「Pathways and players of DNA repair」と、午後の「Human diversity affecting biological responses to radiation」は、京大放生研・放医研シンポジウムとして共催されたために、詳 細はそちらの章を参照にされたい。
5月27日午前のシンポジウムは、「Dynamics of chromatin and nuclear architecture in radiation damaged
cells」であり、放射線生物学でも最近研究者人口が増加している領域であるが、たまたま Cold
Spring Harborでも同類のmeetingが開催されたために、ここでは4名の演者のシンポジウムとなっ
た。生命科学の分野で有名なシンポジウムと重なったのは仕方ないことであるが、それでも高いレ ベルのシンポジウムを開くことができたのも、ICRR の実力と言えるであろう。古谷寛治先生(京 都大学)は、「Mitotic kinase dependent phosphorylation of DNA damage checkpoint proteins」の題目で、
間期クロマチンをモニターするチェックポイント制御における HsRad9のリン酸化の意義について 紹 介 し た 。Gisela Taucher-Scholz 博 士 (GSI Helmholtz Center for Heavy Ion Research) は 、
「Spatiotemporal protein dynamics and double-strand break repair: the impact of damage and chromatin
complexity」の題目で、生細胞顕微鏡解析を行い、DNA二本鎖切断の複雑性とクロマチン環境の、
DNA 損傷応答の時間空間的変化への影響を議論した。井倉毅先生(京都大学)は、「The role of histone H2AX dynamics in DNA damage response」の題目で、TIP60によって制御されるH2AX交換が 介するクロマチン動態について議論した。Xuetong Shen 博士(MD Anderson Cancer Center)は、
「Regulation of key checkpoint kinases by ATP-dependent chromatin remodeling complexes」の題目で、
SWI/SNFクロマチンリモデリング複合体が Mec1(哺乳類ではATR)の活性を制御することを紹介
した。
5月27日午後のシンポジウムは、「Radiation-induced DNA damage response and cell death」であった。
Penny A Jeggo博士(Univ Sussex)は、「Radiation induced DNA damage and cell death in the embryonic and adult brain」の題目で、神経発生におけるNHEJの役割を理解するために、DNA ligase IV変異マ ウスでの胎生期神経幹細胞に注目し、この細胞が存在する部位での DNA二本鎖切断とアポトーシ スが増加していることを観察し、このことが胎生期の神経幹細胞の低線量放射線に対する高い感受 性に結びつくことを、出生後の神経幹細胞と比較して議論した。Marc S Mendonca 博士(Indiana Univ)は、「Alteration of Warburg metabolism and NF-kB signaling to enhance pancreatic cancer x-ray
sensitivity」の題目で、膵癌では高頻度に活性化しているNF-kappaBをその阻害剤で抑制するととも
に、Dichloroacetateにより Warburg代謝を酸化代謝に戻すことによって、膵癌細胞株の増殖が抑制
さ れ 、 放 射 線 誘 導 細 胞 死 が 増 加 す る こ と を 報 告 し た 。Prakash M Hande 博 士 (National Univ Singapore)は、「Disruption of telomere equilibrium sensitises human cancer cells to DNA repair inhibition and radiation」の題目で、DNA修復経路の抑制とtelomeraseの抑制とがDNA損傷による抗腫瘍効果 を増強し、新たながん治療の戦略となる可能性を示唆した。David J Chen 博士(Univ Texas Southwestern)は、「Phosphorylation of Ku results in displacement from DNA ends which plays a role in DNA double-strand break repair pathway choice」の題目で、KuのDNA二本鎖切断からの解離はリン酸 化によって媒介され、この過程がその後のDNA修復経路の選択に影響を及ぼすことを報告した。
5月28日午前は、「Frontiers of Radiation Research」のシンポジウムが企画されたが、これは公募し た口演の中から、領域を問わずこれからの放射線研究の発展に貢献する可能性のある魅力的な発表 をまとめたものである。Insa S Schroeder博士(GSI Helmholtz Canter for Heavy Ion Research)は、
「Differentiation of human embryonic stem cells - assessing the risk of radiation during early embryo
development」の題目で、ヒト胚性幹細胞から心臓に分化する細胞を用いて、放射線照射の影響を検 討したところ、非被ばく細胞に比べて心臓のマーカーが早期に発現することを報告し、放射線誘発 奇形の理解が進む可能性を示した。Benjamin J Blyth博士(放医研)は、「Discovering the role of Pten in protecting from tumours induced by childhood irradiation」の題目で、Ptenの放射線発がんにおける抑 制効果について、Pten遺伝子の1コピー欠失を異なる時期に誘導することによって、小児期の被ば くでどの時期の Pten が抑制的役割を果たすのかを議論した。Michael Hausmann博士(Heidelberg Univ)は、「Changes of nucleosomal arrangements after irradiation and during repair as detected by super- resolution localization microscopy」の題目で、Spectral Position Determination Microscopyを用いて、放 射線照射後のヘテロクロマチン領域とユークロマチン領域で、クロマチンの再配列の動態が異なる こ と を 報 告 し た 。Lihua Zeng 博 士 (Fourth Military Medical Univ, China) は 、「Aberrant IDH3a expression promotes malignant tumor growth by inducing HIF-1-mediated metabolic reprogramming and angiogenesis」の題目で、IDH3aがHIF-1の上流に存在して、HIF-1によるWarburg効果や血管新生 を誘導するはたらきがあることを報告し、IDH3aのレベルが、がんで上昇していることから、それ が治療の標的となる可能性を示した。Roger F Martin博士(Peter MacCallum Cancer Centre, Australia) は、「New DNA-binding antioxidants as topical radioprotectors」の題目で、新しいDNA結合性抗酸化剤 が、放射線防護剤として有用である可能性について紹介した。George DD Jones 博士(Univ Leicester)は、「Redox modulation of ROS-mediated mechanisms: a radical therapeutic approach for the selective targeting of cancer cells」の題目で、メラノーマ細胞は正常細胞と比べて酸化ストレスに感受 性が高いことを示し、ROSが媒介する機構のredox修飾が、選択的ながん治療となる可能性を議論 した。
5月28日午後は、若手放射線生物研究会との共催シンポジウム「Re-evaluation of biological targets of radiation-induced cell killing」を開催したために、そちらの章を参照されたい。
5月29日午前は、12th International Workshop on Microbeam Probes of Cellular Radiation Responseとの ジョイントセッションである「Recent progress in microbeam research - non-targeted effects on cells/tissues surrounding irradiated cells」を開催したために、そちらの章を参照にされたい。
口演
5月 26 日は、「DNA Damage Response」のテーマで口演が行われた。Tej K Pandita 博士は、
H4K16acのユークロマチンとヘテロクロマチンにおける違いとDNA修復の関係を議論した。Asuka
Hira 博士は、新たなファンコニ貧血遺伝子として、ユビキチン結合酵素E2遺伝子であるUBE2Tを
同定した。Mikio Shimada博士は、Polynucleotide kinase/phosphataseの欠損が神経発生においてDNA 損傷を起こすことを報告した。Noriko Hosoya博士は、シナプトネマ複合体構成分子SYCE2が体細 胞ではDNA損傷応答に影響を与えて放射線抵抗性を誘導することを報告した。Lovisa Lundholm博
士は、肺癌の癌幹細胞モデルでは、増殖因子受容体の情報伝達に異常があるとともに、ヘテロクロ マチンのマーカーが増加しDNA損傷応答に影響を与えていることを報告した。
5月27日は、「DNA repair」のテーマで口演が行われた。Yuji Masuda博士は、PCNAのポリユビ キチン化を再構成系で検討し、RAD18 と HLTFの重要性を報告した。Anthony J Davis 博士は、
BRCA1がDNA-PKcsの自己リン酸化を低減することによって S期におけるNHEJを抑制すること
を報告した。Ryo Sakasai博士は、DNA-PKcsの新たなユビキチン結合酵素 E2を発見し、この経路 が異常染色体形成と S期におけるチェックポイント制御に関わる可能性を議論した。Yoshihisa Matsumoto博士は、XRCC4のDNA-PKによる4つのリン酸化部位を同定し、核内局在とDNA ligase IV との結合に重要であるリジン残基を見いだした。また、XRCC4のクロマチンへの結合は DNA ligase IVに依存することも報告した。William D Dynan博士は、NHEJに関わるNONOの欠損マウス で、生殖細胞と造血幹細胞の異常を報告した。
5月29日は、引き続き「DNA damage response」と「DNA repair」の2つのテーマでの口演が並列 で行われたが、2会場において活発な議論がなされた。Jac A Nickoloff博士は、EEPD1の相同組換 え、複製フォーク再開、ゲノム安定性における役割を紹介した。Miki Shinohara 博士は、M期に DNA 二本鎖切断修復がなされる場合のゲノム安定性への影響について議論した。Takaaki Yasuhara
博士は、Rad54Bのチェックポイント抑制作用について紹介した。Afshin Beheshti博士は、陽子線治
療の腫瘍と宿主への影響をトランスクリプトーム解析も含めて検討した結果を議論した。同様に、
Ralf Kriehuber博士は、放射線種毎の遺伝子発現の違いを検討した結果を議論した。
「DNA repair」セッションでは同じく5名が発表した。Mahmoud Toulany博士は、Aktのアイソフ ォームのNHEJへの影響を報告した。Sara Ahrabi博士は、相同組換えが微小相同による末端結合を 抑制することを報告した。Aashish Soni博士は、異なる PARPが放射線による染色体転座の形成に 及ぼす影響を議論した。Tsukasa Matsunaga博士は、NERに対する新しい阻害剤を発見したことを紹 介した。Geraldine Gonon博士は、異なるLETの粒子からのエネルギー付与のトポロジーとDNA損 傷との関係を議論した。
まとめ
招待講演から一般口演、ポスター発表までのすべてのセッションにおいて、極めて質の高い発表 がなされ、さらに活発な討論も行われ、会場は常に熱気に満ちていた。放射線研究におけるライフ サイエンスの貢献とともに、医学・生物学におけるこの分野の重要性が認識でき、この領域全体が これからさらに発展することが印象づけられた。
II-2.3. 放射線防護
放射線医学総合研究所放射線防護研究センター 酒井一夫
【はじめに】 今回のICRR2015のテーマは、「人と地球の未来を拓く放射線科学」であり、ヒト と放射線の関わりを議論するテーマのひとつとして、福島原子力発電所事故に関する話題が取り上 げられた。「放射線防護」の分野は、もっぱら放射線のヒトや環境に与えるリスクを検討する分野 ではあるが、その基礎には、環境中の放射性物質の挙動、環境中の放射性物質やその他の放射線源 からヒトや環境に与えられる線量の評価、評価した線量によってどの程度の影響がもたらされるか の把握、さらには、そのような影響・リスクをどのように低減させるかについての方策の検討と実 施など、広く「放射線科学」と結びついている。「放射線防護」では、具体的な課題を設定し、放 射線科学のこれまでの貢献についてまとめるとともに、新たな課題や今後への挑戦などについての 議論や検討を行った。
【プログラム】「放射線防護」の領域の中で実施されたセッションをプログラムに沿って以下にま とめる。
5月26日 Eye Opener:原爆被爆者における発がんリスクに関する疫学調査。 放射線リスク評価、
放射線防護の原点ともいえる原爆被爆者におけるリスク評価につき、放射線影響研究所の小笹疫学 部長からこれまで調査研究の成果と今後の見通しおよび課題につき概要が紹介された。
シンポジウム「原爆被爆者の長期フォローアップ(放射線影響研究所との共催)」 原爆被爆者 を対象としたこれまでの調査研究の結果から明らかになったことと、今なお残されている課題につ いて議論が行われた。福島原子力発電所事故の健康影響の解明を今後どのようにして進めていくべ きか、に関する指針ともなるシンポジウムであった。
Congress Lecture「放射線生物学および放射線防護における線量率効果」 放射線の生物影響に関 する分野では、一般に同じ線量を受けた場合でも、線量率(単位時間当たりの線量)が低くなると、
影響の程度が小さくなることが知られている。放射線防護、放射線管理においては、高線量・高線 量率被ばくの場合のリスクを、低線量・低線量率の場合に「外挿して」評価することが多い。この 意味で、高線量・高線量率に比べ、低線量・低線量率の場合に影響がどれほど低減されるか見積も ることが重要であり、大きな課題となっている。高線量・高線量率と低線量・低線量率の場合の影 響の程度の違いを示す指標を(DDREF:Dose and Dose Rate Effectiveness Factor.線量線量率効果係 数)と呼ぶが、国際放射線防護委員会(ICRP)でもこの問題が取り上げられ、この課題のための タスクグループが組織され、検討が進められている。このレクチャーの中では、このタスクグルー
プの活動とこれまでのとりまとめの状況を、当タスクグループのChairであるWerner Ruehm(ド イツ・ヘルムホルツ研究センター)および、疫学、動物実験、放射線生物影響のメカニズムについ ての専門家から報告があり、これまでのとりまとめと今後の課題が、それぞれの観点から報告され 議論された。DDREFは、放射線管理を考えるうえで大変に重要な要素であるが、従来の疫学的な アプローチだけでは解決できない課題でもある。動物、細胞、分子レベルでの放射線科学の貢献が 期待できる課題であることが改めて確認できた。
シンポジウム「低線量・低線量率影響の新たな展開(環境科学技術研究所との共催)」環境科学技 術研究所では、低線量率長期照射設備を設置し、放射線影響における線量率効果の課題について取 り組んでいる。このシンポジウムでは、同設備を活用した国内外の研究成果が紹介され、今後の課 題を含めた議論が行われた。
口頭発表「放射線防護の基礎としての生物影響」。放射線が胎児に与える影響、診断レベルの放 射線による発がん、放射線感受性の個人差など、放射線防護方策を考える上での基礎となる生物影 響に関する発表があった。
5月27日 「DoReMiシンポジウム」:ヨーロッパの低線量放射線影響研究をリードしてきた
DoReMi(Low Dose Research towards Multidisciplinary Integration)のこれまでの実績と今後の展望に ついて報告があった。同プログラムからの要請に基づいて設定したセッションである。ヨーロッパ では、1990年代から放射線科学の進展を、放射線リスクの評価に活用しようとする動きがあり、
DoReMiプログラムという形で実施されてきている。このシンポジウムでは、同プログラムの推進
状況とこれまでの研究成果並びに今後の展開について報告があり、議論が行われた。
まず、同プログラムの推進役の一人で、同プログラムに当初からかかわって来たSisko Salomaaa
(STUKフィンランド放射線・原子力安全庁)の全体概要紹介に続き、ヨーロッパにおける当該分野
の研究設備・装置の紹介、教育訓練の状況、発がん影響、非がん影響、感受性の個人差等の話題に ついて、それぞれ担当者から報告があり、疫学、動物個体レベルの研究から、細胞、分子レベルの 影響まで、幅広く総合的な研究が進められていう状況が紹介された。研究成果そのものに加え、こ のような長期にわたるプログラムの活動を維持、継続している体制についても参考となるシンポジ ウムであった。このシンポジウムには、ヨーロッパ以外からの参加者も多く、DoReMiプログラム にとっては、研究活動を広く発信することになり、また、聴衆にとっては、ヨーロッパでの最新動 向につき、情報収集する良い機会になったものと思われる。
Congress Lecture「低線量・低線量率被ばくに対する分子レベルでの応答」 演者は、米国 Radiation Research Societyの会長、Gayle Woloschak(米国ノースウェスタン大学)。低線量影響に関
する米国におけるキーパーソンの一人である。低線量・低線量率放射線の影響が、伝統的な疫学的 アプローチのみでは解明できない状況のなか、これを補う貴重な情報源である「メカニズム」にい かにアプローチするかが論じられた。
シンポジウム「低線量・低線量率放射線被ばくに関する疫学研究の新たな展開(米国National Institutes of HealthおよびNational Cancer Instituteとの共催)」疫学研究に的を絞って、これまでに何 が明らかになっているか、残されている課題は何か、が論じられた。
口頭発表「疫学」原爆被爆者、職業被ばくにおける健康影響に関する発表が行われた。
5月28日 Eye Opener「環境生物に対する放射線の影響」近年の話題である環境の防護(ヒト以外
の生物種に対する放射線の影響の評価とこれに基づく生物多様性の維持等、「環境の放射線防護」) に関する紹介を、ICRPの、この問題に係る専門委員会のVice Chairを務めるKathy Higley(米国オ レゴン州立大学)が紹介した(ちなみに、同委員会のChairであるCarl-Magnus Larssonは、原子放 射線の影響に関する国連科学委員会の議長を務めており、今回のICRRでは、福島原子力発電所事 故に関するセッションで大きく貢献した)。聴衆からの質疑応答の中で、放射線科学がこの分野に おいて大きく貢献する可能性につながるような質疑応答が行われた。放射線科学分野の研究者にと って、これまでなじみがなかった分だけ新鮮な話題提供になったと思われる。今後の研究のきっか けとなったことを期待したい。
シンポジウム「自然界に存在する放射性物質による被ばくに関する研究の現状と見通し(弘前大 学との共催)」自然放射線が高い地域における、線量の評価と健康影響(発がんリスク)について のとりまとめ状況が報告された。
Congress Lecture「放射線防護剤に関する成果と課題」放射線防護剤開発に関し長い歴史を有する
Armed Force放射線研究所から Mark H. Whitnall博士を招いて、放射線防護剤に関する基礎、開発に
まつわる話や、放射線防護剤が果たしてきた歴史的な役割と今後の展開が紹介された。
シンポジウム 「放射線災害への備えと対応並びに原子力災害からの復興(広島大学との共 催)」広島大学が原子力災害・放射線災害に係る緊急時医療を担う人材の育成を目的として推進し ている「広島大学フェニックスプログラム」との共催で、放射線災害に対する備えと対応に関して、
ICRPの考え方やリスクコミュニケーションまで、様々な側面が取り上げられ、議論された。
5月29日 Eye Opener 事故時の高線量被ばくへの対応を視野に入れた「幹細胞治療」につき、
この方面の経験が豊富なフランスIRSN(放射線防護・原子力安全研究所)からBenderitter博士を
招待して、幹細胞移植治療についての概要が紹介された。緊急時対応、緊急時医療が取り上げられ たことはこれまでにない。特徴的なセッションとなったと思う。
シンポジウム「ベネフィット・リスク・コミュニケーション」 今回のICRRでは、放射線のリ スクが大きな話題として取り上げられたが、放射線の医学利用に関しては、放射線を利用すること のベネフィットについても十分に説明する必要がある。この観点から、特に小児科領域の放射線診 断に的を絞り、医療プログラムを進める立場、医療を実施する立場、さらに患者の立場の講演者か ら話題が提供された。リスクのみでなく、様々な立場からの報告と議論が本シンポジウムの大きな 特徴であった。
(1)もともとは放射線診断医であり、the International Radiology Quality Network(医療の品質に 関する国際ネットワークの創始者でもあり、放射線診療の最適化に長くかかわって来られた
Laurence Lau博士から、放射線診療におけるリスクとベネフィットの考え方と伝え方についてのイ
ントロダクションのあと、(2)IAEA(国際原子力機関)にてProtection of Patients というウェブサ イトを立ち上げ、積極的な情報発信を続けているMadan Rehani博士(現在の所属は米国マサチュ ーセッツ総合病院)から情報の伝え方についての報告、(3)国立成育医療研究センター放射線診療 部 宮嵜治医長から、日々の診療の現場の経験に基づいて、放射線に関する患者の受けとめ方と、
福島原子力発電所の事故の前後でのその変化など、さらに(4)ご家族が放射線診療を受けた経験 がきっかけで、「患者ネットワーク」に加わり、積極的な活動を続けているマレーシア大学ビジネ ススクールのRosmini Omar准教授が患者の立場から、患者ネットワークの経験に基づいた報告が あった。
講演後の討論では、リスクとベネフィットの両面をきちんと説明することの重要性と、放射線科 学に携わる専門家の役割などについて議論が行われ、本シンポジウムからのメッセージとしてまと められた。
口頭発表 「生物学的線量評価」主に染色体異常を指標とした線量評価手法について、技術的な 進展について報告された。
【分野間の連携】今回のICRRの開催にあたっては、「分野間の連携」がもう一つのキーワードで あった。宇宙放射線の影響や、福島原子力発電所事故に係るセッションの中で、また、放射線の臨 床応用のセッションにおいても「放射線防護」に関わる課題が取り上げられた。「学問分野の高度 化」とともに、「分野間の連携」も達成できたものと考える。
【共催プログラム】学際的な要素を多く含む放射線防護分野においては、カバーする範囲が広いこ とを反映して、演者の選定、招聘、セッションの運営につき、多くの研究組織、研究グループ・プ
ログラムとの共催という形でセッションが組まれた。上記、各セッションの紹介の部分にも付記し たが、放射線影響研究所、環境科学技術研究所、弘前大学、National Institutes of Health /National
Cancer Institute 、広島大学リーディングプログラム、などである。開催へ向けての関係各位の御尽
力に感謝したい。また、ここでは簡潔な記載にとどめたが、それぞれの詳細については、本報告書 の「各論」の、「共催シンポジウム」の項をご覧いただきたい。
II-2.4. 環境・光ストレス
大阪大学医学系研究科放射線基礎医学教室医学教室
1藤堂 剛
1環境・光ストレス(Room E)
紫外線・酸化ストレス・化学変異原・電磁場は、放射線同様ゲノム変異を誘発する重大な環境ス トレスである。Room Eでは、宇宙放射線及びこれら環境ストレス各々に焦点をあてた7つのシン ポジウムが組まれた。各シンポジウムのオーガナイザーあるいは座長による概要を以下に纏めた。
尚、各講演者名は各執筆者の表記に従った。
2-E-EO-04 Forty Years of DNA damage Tolerance(花岡文雄(学習院大学))
2-E-SY-04 Non-ionizing Radiation and Risk of Human Health: Comparison of Ultraviolet Radiation and Ionizing Radiation
紫外線は生命誕生から現在まで生物にとり最大の環境ストレスであり、最強の突然変異原である。
花岡先生は紫外線高感受性劣性遺伝病の原因遺伝子解明から、塩基損傷が存在してもDNA複製を 行える特殊なDNA複製酵素(Trans lesion synthesis (TLS) DNAポリメラーゼ)が紫外線による突然変異 誘発の根本要因である事を明らかにし、塩基損傷による変異誘発の基礎を築かれた。本研究領域の 歴史的変遷の中に、長年に渡る先生ご自身の研究成果を紹介され、続くシンポジウムの最良のイン トロダクションとなった。シンポジウムでは、TLSポリメラーゼに焦点をあて、その分子メカニズ ムから発がんへの寄与まで幅広い話題が取り上げられた。TLSポリメラーゼは、損傷部位において 通常のDNA複製ポリメラーゼと入れ替わり、損傷乗り越えDNA合成を行った後、再び複製ポリ メラーゼと入れ替わる。この損傷部位におけるポリメラーゼスイッチングはTLSにおける最重要 ステップであり、TLSポリメラーゼ同士、あるいはPCNAとの相互作用が重要な役割を果たしてい る。最初の2人の演者はこれら蛋白相互作用について話された。Rev1はPol, Polを含む様々な TLSポリメラーゼと相互作用するscaffold蛋白質として働き、TLS活性全体の制御を行っている。
Todd Washington先生(University of Iowa, USA)は、PolとRev1の2つのTLSポリメラーゼとPCNA の相互作用を示した。Rev1にはN末とC末に他の蛋白質との相互作用ドメインを持つが、前者の BRCTドメインの重要性を示した。続いて橋本博博士(静岡大学)は、Rev3-Rev7-Rev1相互作用に ついて話された。Polはcore サブユニットであるRev3とRev7から構成されているが、Rev7は
Rev3- Rev1相互作用のアダプターとしての役割を担っており、スイッチングにおける重要性を示し
た。村雲芳樹博士(北里大学)は、Rev7の抗癌剤耐性への役割について話された。Rev7はほとん どの上皮性卵巣がんで発現しており、発現量と予後の悪さの相関がみられる。また、Rev7 ノック ダウン腫瘍細胞はシスプラチンに対する感受性を示す事がin vivo で示された。今後Rev7が抗癌剤
の分子標的となる事が期待される。最後に高田慶一博士(University of Texas)は、ショウジョウバエ
mus308 のヒトホモログPolQ、 HelNに付いて話された。PolQは、その特殊なDNA複製活性を介し
てマイクロホモロジー媒介末端結合に、また HelNは、ATR、Rad51と結合しDNA鎖架橋修復に関 与している事を示された。
2-E-CL-06 DNA damage repair and the impact on aging (Jan Hoeijmakers (Netherland))
過去十数年の間、ガンが「遺伝子の病」であるという認識が定着するとともに、DNA損傷の発 がんにおける重要性は強く認識されてきたが、発がんに加え、DNA損傷と老化の相関についても、
より明確に示されるようになってきた。Jan Hoeijmakers博士(Erasmus Medical Center)は、これまでに 数多くのDNA修復遺伝子ノックアウトマウスを作成してきた経験に基づき、DNA損傷と老化の相 関を指示する多くの証拠を示された。(大阪大学医学系研究科 藤堂剛)
2-E-SY-13 Genetic and Epigenetic Mechanisms of Environmental Stress
このシンポジウムは「環境ストレスのジェネティックおよびエピジェネティックなメカニズム」
と題して企画され、国内より2名と、台湾および韓国からそれぞれ1名の演者が招聘された。台湾 国立成功大学の周佩欣博士は「バイオアッセイと高速液体クロマトグラフ質量分析装置を用いた下 水処理水中に含まれる物質の分析」と題し、酵母ステロイドレポーターアッセイ、大腸菌ウムラッ クテストとLC-MS/MSを駆使して、下水処理場放流水から17β—エストラジオール、エストリオー ル、プロゲステロン、テストステロン、ノニルフェノール、トリクロサン、トリクロカーボン、ビ スフェノールAを検出した。また排水の塩素処理によって塩素化ビスフェノールAの生成が疑わ れ、その甲状腺ホルモン活性が示唆された。これら研究の結果、下水処理水の水生生物への影響の 懸念が示された。韓国東国大学の徐英緑博士は「分子毒性学とトキシコゲノミクスを用いた統合的 アプローチを介して解かれた重金属の変異原性と発がん性の新しいメカニズム」と題する発表を行 なった。マウスのカドミウムの低容量長期処理後のトランスクリプトーム解析によって、カドミウ ム毒性に関わる主たる遺伝子セットを見いだした。さらにコンピューターを用いたパスウェイ解析 によって、p53依存DNA修復パスウェイがカドミウムの毒性・発がん性に重要であることを示し た。この方法は新しい発がんメカニズム解析法として期待される。静岡県立大学の伊吹裕子博士は
「化学物質によるヒストン修飾と紫外線感受性の変化」と題し、ホルムアルデヒド、17βエストラ ジオール、タバコ煙濃縮物などによる、細胞のヒストンのアセチル化とリン酸化を示した。さらに これらのヒストン修飾が紫外線(UVB)による細胞死を増強することを示し、環境化学物質と太陽 紫外線の複合効果が人体にも影響を及ぼしている可能性を述べた。大阪府立大学の川西優喜博士は
「環境発がん物質3-ニトロベンズアントロンによる付加体生成とその修復、損傷乗り越えDNA複 製(TLS)」と題し、3-ニトロベンズアントロンによる3種類のDNA付加体それぞれの生成率、修 復率、およびTLS率を求めた。その結果グアニンの8位の付加体が最も3-ニトロベンズアントロ ンによる突然変異誘発に寄与していることが示された。変異原による個々の付加体を同定し、それ