自己主体感の変調と付随する知覚変動の検討
Investigation of Modulating Sense of Agency and the Accompanying Perceptual Effect
5118E003‐9
大石 博之 指導教員 渡邊克巳 教授OISHI Hiroyuki Prof. WATANABE Katsumi
概要:本研究では,行為の遂行時またはそれに先立つ内在的なプロセスが自己主体感の変調に及ぼす影響 および自己主体的な行為が結果の感覚情報処理に与える影響を検討した。研究
1
では,行為の選択自由度 および行為時の生理状態が潜在的な自己主体感に及ぼす影響を検討した。結果として,選択自由度の効果 は見られなかったが,心臓の拍動周期が一部条件において自己主体感に作用する可能性が示唆された。研 究2
では,成否を伴う継続動作において直前の動作の結果が現在の自己主体感に影響を与えることが示さ れた。また,この予期的に変調した自己主体感は,その結果により遡及的に書き換えられることが示唆さ れた。研究3
では,自己主体感が視聴覚情報処理における多感覚統合に及ぼす効果を検討したが,有意な 効果は認められなかった。以上の結果を踏まえ,自己主体感の変調要因や自己主体感に伴う多感覚情報処 理について,従来提唱されているモデルと比較し議論した。キーワード:自己主体感,選択自由,インテンショナルバインディング,予期的変調,視聴覚統合
KeyWords : sense of agency, freedom of choice, intentional binding, prospective modulation, auditory-visual integration
1.
序論「自分こそが自分の行為を引き起こしている,
または自分の行為を通して外界のある出来事を引 き起こしている」といったような主観的感覚は自 己主体感と呼ばれ[1],内在するメカニズムやその 測定方法について,これまで多くの知見が蓄積さ れてきた。しかしながら,自己主体感に関わる認 知プロセスの全体像を明らかにするためには,自 己主体感に作用する様々な要因と過程をさらに詳 細に検討する必要がある。本研究では,未だ知見 の蓄積が不十分である自己主体感に予期的な影響 を与える原因を単一行為(実験
1),継続行為
(実験
2)の観点から調べた。また自己主体感の
変調に伴い,ヒトの知覚が変わり得るかについて の検討を行った(実験
3)。
2. 研究1:選択自由度と拍動がインテンショナルバイ
ンディングに与える影響
インテンショナルバインディング(IB)とは,
意識的な行為とそれにより生じた結果の時間間隔 が,非意識的行為時に比べ圧縮して知覚される現 象であり,自己主体感の潜在指標として広く用い
られている。本研究では,選択自由度条件(4つ のボタンから
1
つを自由に選択し押す、または定 められた1
つのボタンを強制的に押す)と心臓の 拍動周期がIB
に与える影響について,間接時間 推定法であるリベットクロック課題(実験1)と
直接時間推定課題(実験2)を用いて考察した。
図
1
リベットクロック課題による実験フロー結果として両実験においても選択自由度が
IB
に与える影響は認められなかった。また実験2
に おいてのみ拍動の収縮期に行為が行われると拡張 期と比べてIB
が強まった。選択自由度が自己主 体感に影響を与えないことが示唆される一方,拍 動周期との関連性が示唆された。3.研究2:継続行為における自己主体感の予期的変調 日常的にヒトはボタン押しのような単一行為の みに留まらず,多くの場合長時間の動作を伴う継 続行為を経験する。本研究では画面上に呈示され るドットを継続的に
10
秒程度操作して随時色が 変化するターゲットまで導く(ターゲットの色に より成功・失敗の結果が決まる)課題を用いた。これにより直前の試行結果が,現在の試行に与え る影響について調べた。
図
2
ドット操作課題による実験フロー結果として現在の試行のフィードバックを得る 前に自己主体感を回答する条件では,直前の試行 が成功の時,現試行中の自己主体感が高いことが 分かった(予期的変調)。しかし現在の試行の フィードバックを得た後に自己主体感を回答する 条件では,予期的変調が見られなかった。これ は,直前の試行により予期的な影響を受けた自己 主体感が,現在の試行のフィードバックによって 遡及的に書き換えられたことを示唆する。
4.研究3:自己生成刺激が視聴覚統合に及ぼす影響
自己主体感が変調する要因だけではなく,自己 主体感に伴う感覚知覚の変動についても先行研究 において重要な示唆がなされている。例えば,聴 覚刺激の位置情報を視覚刺激の位置方向に誤定位 する「腹話術効果」は,呈示される刺激をただ観 測していたとき(観測条件)に比べ,自身の行為 によって刺激が生成されたとき(自己生成条 件),すなわち自己主体感が高いときにその効果 が弱まることが知られている[2]。もし刺激の自己 生成に伴い腹話術効果が弱まるのであれば,自己 主体感がある場合には聴覚情報の信頼度が相対的 に高まると考えられる。そこで本研究ではドット 消失位置推定課題を用いて,自己主体感の変調に 伴う視聴覚情報の信頼度変動を検証した。
図
3
ドット消失位置推定課題による実験フロー結果として,聴覚刺激の呈示時間の長さによっ てドット(視覚刺激)の呈示位置が誤推定され た。しかしながら,観測条件と自己生成条件によ る違いは認められず,自己主体感の変調による多 感覚統合の変化は観測されなかった(実験
1)。
そこで,視覚刺激の情報量を減少させるためにド ットをストロボ呈示させたが,実験
1
同様に自己 主体感の変調による多感覚統合の変化は認められ なかった(実験2)。従って、自己主体感の変調
は視聴覚の信頼性には影響を及ぼさないことが示 唆された。5.結論
本研究では自己主体感の生成・変調要因ならび に自己主体感変調に伴う知覚変動に関する検討を 行った。特に単一行為,継続行為時の自己主体感 の予期的な変調(研究
1,研究 2)や,自己主体
感変調に伴う多感覚統合(研究3)を主軸に研究
を進め,新たな知見を示した。一方で自己主体感 を変調させ得る要素を定量的に示すためには更な る調査が必要となる。今後,実世界により即した 場面での検討や脳科学的手法を用いた検討を行う ことで,より詳細なメカニズムの解明に繋がるこ とが期待される。6.引用文献