製品評価システム構築のための調査研究
本 明子*1 石川 弘之*1 森田 昌嗣*2 曽我部 春香*2
Research on the Creation of a Design Evaluation and Assessment System
Akiko Moto, Hiroyuki Ishikawa, Yoshitsugu Morita and Haruka Sogabe
様々な価値観に対応したより良いモノづくりのためには,その価値観に対応した評価が必要となる。本研究は,
製品に対して,異なる立場からの評価を行い,その立場に起因する評価のズレの要因を抽出し,解決方法を提案す ることで,製品に対し多角的な視点からの評価が可能な新しい製品評価システムの構築を目指した研究の一事例で ある。著名デザイナーの椅子10脚について,JISに準じた強度試験を実施した物性評価の結果と,椅子の物性や強 度など性能と関連した項目について主観に基づき行われたデザイン評価の結果とを照らし合わせて検討を行った。
その結果,従来の椅子に使われていない素材や製法で作られた椅子は,主観評価と物性評価とのズレが生じる傾向 にあり,専門機関における評価の必要性が示唆された。
1 はじめに
本研究は,製品に対する評価・診断システムのマネ ジメントシステム方法を策定することを目的とし,多 様な評価主体(デザイナー,メーカー,エンドユーザ ー)の複合評価を行うことで,より良いモノづくりの 方向へと導くための手法を構築するために九州大学ユ ーザーサイエンス機構で実施している研究開発の一部 である。この研究開発の中で進めている評価・診断シ ステムは,これまでのような技術者主体による品質評 価や機能評価,デザイナー主体の感性評価といった専 門家中心の一元的なものではなく,一定基準を設けて 合否判定や格付けを行うものでもない。開発・製作に 携わる人々が,より良いモノづくりや開発者間の良好 な関係づくりを行うために,多様な評価主体間に存在 するズレを認識する評価指標を構築するものである。
この評価・診断ツールを「クオリティカルテ」とし,
これによって可視化された評価のズレを読み取ること で,より良いモノづくりへと繋げていく1)。
本稿は,椅子を対象としたデザイン評価実験の結果 より抽出した性能に関する評価結果と,「家具の強度 と耐久性の試験方法」などのJIS規格等に基づいたそ れぞれの椅子の物性評価の結果に関し,評価主体間の ズレ,主観評価と物性評価のズレについて検討を行な ったものである。
2 研究,実験方法 2-1 評価対象
評価対象としたものは以下の10脚である。海外の著 名デザイナーによる椅子を中心に様々な形態や素材の ものを選出した。
No.1 go No.2 Ero|s| No.3 OLIO
No.4 CUBA No.5 La Marie No.6 Y-chair
No.7 PUNTO No.8 SPAGHETTI No.9 Meda
No.10 Multi Chair
*1 インテリア研究所
*2 九州大学ユーザーサイエンス機構
写真1 評価対象の椅子
1 1.5 2 2.5 3 3.5 4
品質がよい 完成
度が高 い
丁寧
・確実に 作ら
れている
適切 な素材
を使っている
長く使い 続けることが
でき る
実際 に座ってみ
て、座面 の高さ
に違和感が ない
素材 や座
り心 地など、総
合的にみ 安心感
を感じる
見た目から安 定感を
感じ る
実際 に座ったり
使ったり してみて、
ガタガタ しない
評価項目 て
go Ero|s|
OLIO CUBA La Marie Y-chair PUNTO SPAGHETTI Meda Multi Chair
2-2 主観評価
東京,大阪,福岡の3カ所において,
デ
られている
る
に違和感がない
みてガタガタしない
子に対し,JIS等の試験方法に基づく,
以
1203:1998]
背もたれの静的強度試験
の静的強度試験および背 も
結果と考察
に関し,各製品に対する全ての評価 者
果,異状が認められたものは,
No
図1 すべての椅子に対する全ての評価者の平均得点 主観評価は,
ザイナー58名,メーカー22名,エンドユーザー174 名の計254名を評価主体として行われた。評価は,配 布した質問紙に記入する方法で,実際に椅子に触れた り座ったりしながら,40項目の質問2 )について「思 わない」「あまり思わない」「やや思う」「思う」「わか らない」の5段階で回答した。評価の結果は,「思わな い」から「思う」をそれぞれ1〜4点で得点化し,「わ からない」を欠損値として扱った。評価主体間のズレ は,各者を独立変数,評価項目を従属変数とした分散 分析を行い評価した。本稿では,椅子の物性や強度に 関連する以下の9項目を検討の対象とした。
・品質がよい
・完成度が高い
・丁寧・確実に作
・適切な素材を使っている
・長く使い続けることができ
・実際に座ってみて,座面の高さ
・素材や座り心地など総合的にみて安心感を感じる
・見た目から安定感を感じる
・実際に座ったり使ったりして 2-3 物性評価
それぞれの椅
下の物性評価を行った。
・座面の静的強度試験 [JIS S
・ [JIS S 1203:1998]
・座面の耐衝撃性試験 [JIS S 1203:1998]
・いすの繰り返し衝撃試験 これらの試験の中で,座面
たれの静的強度試験は,No.10 Multi Chair を除く,
すべての椅子に関して実施した。座面の耐衝撃性試験 は,座面に特殊な素材が使用されている No.2 Ero|s|,
No.3 OLIO , No.5 La Marie , No.8 SPAGHETTI , No.9 Meda,No.10 Multi Chair について実施した。椅子の 繰り返し衝撃試験は,木製椅子の接合部の強度などを 調べる一般的な試験であることから,木製の No.6 Y- chair と No.7 PUNTO について実施した。
3
3-1 主観評価 先述した9項目
の平均値を図1に示す。相対的に,Meda,Y-chairの 評価が高く,ついでPUNTO,goの評価が高い。反対に,
La Marie,OLIOに対する評価が低い結果となっている。
3-2 物評性価 物性評価を行った結
.3 OLIOに対する座面の耐衝撃性試験,No.4 CUBAに 対する背もたれの静的強度試験であった。またNo.10 Multi Chairに対して座面の耐衝撃性試験を行った結 果,破損等の異状はなかったが,衝撃により上下のク ッションにズレが生じた。その他の椅子については,
強度試験の結果,異状は認められなかった。
ー,
エ
価の結果,評価主体 3 者の有意 な
価では,あまり高い評価を得なか っ
評価の低い椅子であった。特に「丁 寧
評価の結果,評価主体3者の有意 な
作 ら れ た La Marie は
目に対しても高い評価を得てい る
3-3 性能に関する主観評価と物性評価の整合性 最後に,各アイテム別に,デザイナー,メーカ ンドユーザーの 3 者の主観評価の結果を検討しなが ら,物性評価の結果との整合性を考察する。
3-3-1 No.1 go go に対する主観評
差は認められていない。どの項目に対しても比較的 高い評価であり,品質,完成度,丁寧な作り,座った 際の印象などに対し特に評価が高い。この結果を裏付 けるように,強度試験の際にも,頑強で安定した作り であることが実感された。
3-3-2 No.2 Ero|s|
Ero|s|は,主観評
た椅子である。評価者別に検討すると,「丁寧確実 に作られている」,「長く使い続けることができる」の 項目に対して,エンドユーザーがデザイナーに比べ有 意に低い評価をした。強度試験の際にも,見た目の印 象から,座面部分が割れるのではと懸念されたが,異 状は認められなかった。主観評価の結果は,広い座面 と細い脚部で構成される不安定な形態と透明なポリカ ーボネートの素材から受ける印象が強いせいであると 思われる。デザイナーがエンドユーザーより高い評価 をしたのは,デザイナーやメーカーなどはこの椅子の スペックに対する知識を有するからであろう。
3-3-3 No.3 OLIO OLIOも相対的に
確実に作られている」の項目に対しては10脚の椅子 のなかでも最も低い評価である。ホットプレス成形の ファイバーボードをアルミフレームに差し込んだだけ という斬新かつシンプルな構造ゆえに,この評価結果 となったものと思われる。この椅子は,部品点数の少 なさや,常識的に必要とする貫がない構造からか,特 にメーカーの評価が低い傾向にあった。また,「座面 の高さ」「実際に座ってがたがたしない」の項目につ いては,エンドユーザーに比べ,メーカーが有意に低 い評価をしている。実際の座面高は435mmで特に高い ものではないが,座から背が一体構造であるがために,
座姿勢に対する自由度が少なく,違和感を得たものか もしれない。また,左右に貫が入ってないので,座っ た際にガタガタはしないにしても一般的な椅子に比べ ると揺れは感じられる。強度試験では,荷重に対する
座や背の変形が懸念されたが,目視で判断できるほど の変形はおこらなかった。しかし,座面の衝撃試験の 結果,座面裏側の補強材の接着の剥がれが生じている。
このような弱さという点では,主観評価と物性評価の 結果が一致したものであった。
3-3-4 No.4 CUBA CUBAに対する主観
差は認められていない。各項目に対して特に高い評 価は得ていないが,平均的によい評価が得られている。
しかしながら,強度試験の結果,背に荷重をかけた際 に,背もたれ(木製部)とフレーム(金属部)の接合 部に緩みが生じた。CUBAは,スチールと木材で直線的 なデザインで処理されているため,頑強で堅実な印象 を与える椅子であるが,細いスチールフレームと材の 厚みが12mmの背もたれをビスで接合しているため,接 合部の強度が足りなかったものと考えられる。全体的 な印象からは,想定するのが困難な箇所の破損である ため , 主観 評 価と の ズレ が 生じ た もの と 思わ れ る。
3-3-5 No.5 La Marie
ポ リカ ー ボ ネ ー トの 一 体 成 形 で
,主観評価の結果では,他の椅子と比べると,相対 的に最も評価が低かった。「素材や座り心地など総合 的にみて安心感を与える」という項目では,エンドユ ーザーがデザイナーに比べ有意に低い評価をし,透明 な素材に対する不安感をうかがわせる。逆に,「実際 に座ってみてガタガタしない」という項目に対しては,
エンドユーザーの方がデザイナーに比べ,高い評価を しており,「座ってみると思っていたより,しっかり したものだった」という結果であろうか。強度試験の 結果,異状は認められず,Ero|s|同様に,ポリカーボ ネートの強さを実証した結果となった。「透明なプラ スチックの椅子」から受ける弱そうな印象とは異なる,
衝撃や傷に強いポリカーボネートの性質による評価の ズレであろう。
3-3-6 No.6 Y-chair Y-chairは,どの項
。 特 に デ ザ イ ナ ー の 評 価 が 高 く ,「 品 質 」,「 完 成 度」,「丁寧・確実な作り」,「長く使い続けることがで きる」の項目で,エンドユーザーに比べ有意に高い評 価 (p<0.05) を し た ( 図 2) 。 デ ザ イ ナ ー に と っ て , Y- chairが「椅子の名作」として身近なものであるため と思われる。強度試験の結果も,破損や緩みは生じず,
頑強な作りであることが実感され,主観評価と性能と が合致した製品であることが示唆された。
3-3-7 No.7 PUNTO
PUNTOに対する主観評価の結果,評価主体間の有意 な
り高い評価を得 な
eda
に最も評価が高かった椅子であり,
評
差は認められていない。どの項目に対しても比較的 高い評価であり,日常的によく目にする形状,素材で 作られたしっかりした,信頼をよせやすい製品と思わ れる。また,他のいわゆる名作椅子と異なり,地場の メーカーが作っている椅子であるため,デザイナーも この椅子に対しては,先入観なく評価したのではない かと考えられる。強度試験の結果,異状は認められず,
主観評価と性能とが合致したものであった。
3-3-8 No.8 SPAGHETTI
SPAGHETTIは,主観評価では,あま
かった椅子である。評価主体別に検討すると,「品 質」に対してエンドユーザーがメーカーやデザイナー に比べ有意に低い評価をしている。スチールパイプに PVCコードを張ったユニークな形状は,丈夫さや耐久 性を期待できないような感じを受ける。強度試験の際 にも,PVCコードが切れるのでは,と懸念されたが,
試験の結果,コードが切れたり伸びたりということも なく,フレームの作りも頑強であり耐久性もあると思 われる。この製品も,通常,椅子には使用しない素材 や形状であり,強度を想定し難いゆえの,評価のズレ であろう。
3-3-9 No.9 M Meda は,相対的
価主体 3 者の有意な差も認められていない。しっか りとした構造体がデザインの一部となっており,視覚 的にも頑強な印象があり,座ってみても,安定感を感 じさせるものである。誰もが性能の高さを感じたとお
り,強度試験を行った際にも,異状は生じず,頑強で 安定した作りであることが認められた。
3-3-10 No.10 Multi Chair
Multi Chair は主観評価では,あまり高い評価を得 なかった椅子である。評価主体間の有意な差も認めら れていない。いわゆる,脚のある椅子ではないため,
他の椅子と同じような試験は行わなかったが,参考ま でに,座面の衝撃試験を行った。その結果,破損や変 形などの異状はなかったが,衝撃を与えるたびに,上 下のクッションにズレが生じていた。このような形状 が,不安定な感じを与えるのかもしれない。
4 まとめ
本研究では,名作椅子ともいえる著名な椅子を中心 に評価を実施した。その椅子のことを知っているか否 かで,主観評価の結果は左右される傾向にある。しか し,その椅子を知ってはいても,強度や性能に関する 評価は,椅子として従来使われない素材や製法で作ら れているものは,判断が難しく,低い評価をする傾向 にあった。実際に,強度に対する試験を行っても,思 った以上に強かったというのが正直な印象であり,強 度や性能の評価に関しては専門機関における評価の必 要性を感じる。安全面からだけ考えると,丈夫なもの は丈夫に見え,危険なものは危険に見えた方が,ユー ザーに親切ではある。しかし,例えば,「華奢にみえ て,実は実用性もある」という意外性は,使う場所や 使う人によっては,製品の面白みにもつながるもので ある。製品の強度・性能の評価の結果,不適合なもの や破損してしまったものは改良をすることは当然であ る。しかし,性能や強度を満足した上で,主観評価と 照らし合わせ,受ける印象と性能との一致や不一致を 製品にどう反映させていくかが,デザインの面白さに もつながるのだろうと思われる。
5 参考文献
1)九州大学ユーザーサイエンス機構 評価マネジメン ト部門:平成18年度評価・マネジメント部門成果報 告書, pp.8-9 (2007)
2)同上,pp.448-450
図 2 Y-chair に対する各評価者別の平均得点
0 1 2 3
4 * * * *
品質がよい 完成度が高い 丁寧・確実に作られている
適切な素材を使っている 長く使い続けることができる
実際に座ってみて、座面の高さに違和感がない 素材や座り心地など、総合的にみて安心感を感じる
見た目から安定感を感じる
実際に座ったり使ったりしてみて、ガタガタしない 評価項目
全平均値 デザイナー平均値 メーカー平均値 エンドユーザー平均値