現代台湾における原住民母語復興(1)
――諸政策の歴史的展開と現在――
石 垣 直
はじめに
2009 年 2 月、ユネスコ(UNESCO)は、世界の約 2,500 の言語が消滅の危機に直面 しているとの調査結果を発表した1。英語、中国語、スペイン語などの世界の主要言語、
ならびに各国の「国語」(national language)として教育されるマジョリティ集団の言 語に圧され、世界各地で様々な「言語」が衰退、もしくは消滅の危機に瀕しているという のである。日本国内においては、「アイヌ語」、「八丈語」、「奄美語」、「沖縄語」、「国頭語」、「宮 古語」、「八重山語」、「与那国語」の計8「言語」が「消滅の危機に瀕している言語」とし て取り上げられている。
こうした流れを受け、日本国内でも「言語」・「方言」(地方言語)の継承に向けた取り 組みが行われるようになってきた[e.g. 上野 2012;佐藤 2012]。とくに沖縄県では、そ の歴史・文化的な特殊性を背景として、琉球弧の島々(南西諸島)で歴史的に使用されて きた諸言語の危機的現状を重く受け止め、ユネスコによって「危機言語」として指摘され る以前の 2006 年から、9 月 18 日を「しまくとぅばの日」に定めてきた。現在、沖縄各 地では「しまくとぅば」2を用いた話し方大会や弁論大会などが地方自治体ならびに学校 単位で開催され、また沖縄県自体も近年、『しまくとぅばハンドブック』[cf. 中本/西岡(監 修)2014]を発行するなど、言語復興で主導的な役割を果たそうとしている。
日本における言語・方言復興においては、言語・文化の衰退・消滅への危機が叫ばれる と同時に、多文化主義・多言語主義の潮流において、カナダ、米国、ニュージーランド、
アイルランド、スペインといった欧米諸国、あるいはその旧植民地における言語復興の先 進的政策・事例が紹介されることが多い[e.g. 西川/渡辺/マコーマック(編)1997;
Matsumoto 2011]。しかしながら日本では、隣国である台湾の多言語政策や母語・ロー カル言語復興の先進的な取り組みは、あまり知られていない。たしかに、戦後の言語政策 史や近年の動きをまとめた研究は日本でも発表されている。しかし、台湾社会のマイノリ ティであるオーストロネシア語族系の先住者集団(現地の公称は「原住民(族)」)の状 況については、一部の先駆的な報告・研究を除き[e.g. 片桐 2003;中川 2003;林晏如 2008;山本 2008;中野 2009]3、十分には知られていないのが実情である。また、原住 民に対する母語復興政策の歴史や現行の諸政策に関する報告や概要の検討は、日本国内で は依然として十分には行われていない。そこで本稿では、台湾における原住民の母語復興 へ向けた諸政策・取り組みの歴史と現状を報告し、その特徴を論じてみたい。こうした基 本理解をもとにした母語教育の具体的な状況の報告と検討については今後の課題とし、本
稿では、あくまでも政策史の歴史と現行の政策の整理に重きを置く。
本稿の構成は以下の通りである。まず第1章では、台湾原住民社会の概要と歴代の外来 政権による原住民統治・言語政策を概観する。つづく第2章では、台湾において 1980 年 代後半より始まった多文化主義・多言語主義的な政策ならびに 1990 年代からの郷土語・
母語復興政策の歴史を、台湾の社会・政治状況との関連から整理する。さらに第3章では、
現在台湾で実施されている様々な取り組み(教材、教師の育成、諸メディアの利用、教学 施設など)を紹介する。最終章では、前章までの内容から台湾における原住民母語復興政 策の特徴を検討し、今後の課題を整理する。なお、台湾では、「国語」(標準中国語)以外 のローカル言語を指し示す公式・政策的な表現として「郷土語(言)」、特に原住民諸語を 指す場合には「族語」が用いられているが、原住民社会では「母語」という表現が普及し ている。したがって本稿では、原住民の諸言語に関しては基本的に「母語」と表現し、諸 政策に関連した記述では、状況に応じて「郷土語(言)」あるいは「族語」という表現を 用いることにする。
1.台湾原住民の概要と歴代の外来政権による統治・言語政策史
1.1 台湾原住民社会の概要
東シナ海の南に位置する台湾には、2014 年現在、約 2,300 万人が生活している。その 人口の大部分は、17 世紀以降に中国大陸東南部(福建省や広東省)から移住した漢族系 住民(閩南系、客家系)である。その入植以前より、この土地にはオーストロネシア語 族4の「原住民」が生活していたが、かれらは過去 400 年にわたる諸外来政権による統 治の中でマイノリティ化していった。言語学や遺伝学の研究者の中には、台湾における 原住民の歴史は紀元前 2,000 〜 3,000 年にまで遡り、台湾はオーストロネシア語族系の 人々が東南アジア島嶼部や太平洋地域に広がっていく上で、「起源」あるいは「中継基地」
として重要な役割を果たしたと主張する者もある[cf. Blust 1999;Bellwood & Dizon 2008]。
ひと口に「オーストロネシア語族系の原住民」とは言っても、その内部には狩猟・焼畑 農耕・漁撈といった類似する諸文化様式を共有しつつも、多様な社会制度を有し、相互に 意思疎通の困難な言語を話す諸「民族集団」(ethnic group)が存在する[cf. Mabuchi 1960;土田 1989]。日本植民地統治期(1895 〜 1945 年)には、「蕃人」・「蕃族」・「高 砂族」といった総称が用いられたが、その内部は言語や社会制度などの違いを基礎として、
「タイヤル」、「アミ」、「パイワン」、「ブヌン」などの八族(後に九族)に分類されていた。
しかし戦後、特に 1980 年代における民主化運動の後に政権を獲得した民主進歩党(以下、
民進党)政権によって 2001 年に日月潭付近に居住する「サオ」(邵族)が 10 番目の「原 住民族」として認定を受けて以降、再三にわたって新たな原住民族集団の認定が行われて きた。2014 年 10 月現在、16 の集団が「原住民族」として政府の公式な認定を受けている。
ただし、その人口は台湾の総人口の約 2%、54 万人程度に過ぎない。
1.2 原住民に対する統治・言語政策の歴史
外来政権による台湾の統治の始まりは、17 世紀前半におけるオランダ東インド会社に まで遡る。しかし、このオランダ勢力、同時期に北西沿岸部に進出したスペイン勢力、明 清交替期にオランダ勢力を駆逐して明朝の復興を目指した鄭氏政権、そして後に中国を 治めた清朝もまた、台湾に関してはその一部を支配下に置くのみであった。19 世紀後半、
イギリスやフランス勢力が中国大陸沿岸部に進出し近代化を推し進める日本が伸張するよ うになると、清朝は慌てて「台湾省」設置、基幹道路建設、山地や東部沿岸への漢族系住 民の入植、「撫墾局」設置、「番学堂」(教育所)開設などの政策を講じた。しかし、これ らの諸政策が原住民の居住する山地に本格的に浸透する前に、日清戦争後の日清講和条約
(1895 年)によって、日本が台湾を領有することとなった[cf. 伊能 1904]。
日本による原住民統治は、端的に言って、警察権力を用いた同化・「教化」政策であった。
領台当初、西部平地での漢族系住民による抵抗の「鎮定」に追われていた台湾総督府(以下、
総督府)は、山地部で生活する原住民に対しては「綏撫」(懐柔)政策をとっていた。しかし、
20 世紀初頭になると徐々に原住民の諸集落に対して「帰順」を迫り、反抗者を武力で「鎮圧」
するという政策を進めた。総督府はこれと並行し、警備道路の整備、駐在所・「蕃童」教育所・
交易所・医療所などを設置して、日本語教育や授産を通じた同化・「教化」政策を推進した。
1928 年には「蕃童」教育所の修学年限を正式に 4 年間と定め、日中戦争ならびに太平洋 戦争勃発後には「補習科」(2 年)を加えた 6 年制の「蕃童教育制度」を敷いて(1943 年)、
国語、算術、修身、自然観察、体育、唱歌などを原住民子弟に教育した[台湾総督府警務 局(編)1944:10-11]。植民地期末期における原住民の就学率・日本語普及率は西部平 地の漢族系住民のそれを凌ぐものであり、現在 70 代後半以上の原住民古老らの多くが依 然として基礎的な日本語能力を具えているのは、こうした徹底的な同化・「教化」政策の「遺 産」である[cf. 台湾総督府 1944;北村 2008;松田 2011]。
1945 年、日本の敗戦によって台湾を接収した中華民国は、原住民に対しても中国化・
国民化政策を推し進めた。具体的には、漢族式姓名の使用、地方自治制度の導入、「国民 学校」教育、生活改善、定住農耕、造林といった政策が採用された。言語政策に関して言 えば、1951 年に「山地推行国語弁法」が施行されて「国語」(中国語)使用の徹底が目 指された。各地で開催される「国語」発表会などで優秀者が表彰される一方で、学校で「国 語」を話さない者は、それを記録され警告を受けた。さらに「加強山地教育実施弁法」(1958 年)や「山地郷国語運動法令」(1973 年)では、当時原住民社会内部および原住民と漢 族系住民との間におけるリンガ・フランカとなっていた日本語、そして原住民母語の使用 を戒めている。他方で、戦後初期から長老教会やローマ・カトリックなどの宣教師(漢族 系および原住民自身)らによって精力的な布教活動が行われていたキリスト教信仰の現場 に対しても、教育部(文部科学省)の国語推行委員会は 1984 年、「国語普及の妨げにな
るとして」、教会における母語使用の禁止を通達している[cf. 劉 2002;林英津 2010]。
総じて言えば、台湾原住民の社会は、過去 100 年にわたる日本および中華民国という アジアの近代国家による二つの同化・国民化政策を経験してきた。植民地期の「日本語」
や戦後に教育された「国語」は、当所、多くの原住民にとって二次的な言語であった。し かし、同化・国民化教育が浸透した 1970 年代以降には、原住民社会にも中国語を第一言 語とする世代が登場し、原住民諸語の保護・継承が困難な状況が深刻化しつつある。(表1)
表1 歴代の外来政権による言語政策関連略史(〜 1987 年)
西 暦 原住民政策・言語政策・出来事 背 景
17C 前半
外来者との接触、間接的交易 蘭東インド会社の間接統治
1680s 〜
接触、「熟番/生番」区分、隘勇線 清朝による消極的山地政策
1880s 〜道路建設、番人教科所・番学堂の設置 清朝の積極的山地開発政策
1890s 〜
綏撫政策、国語伝習所設置 日本の台湾領有
1900s 初
道路 ・ 駐在所建設、蕃童教育所設置、日本語教育 綏撫政策→直接統治
1910s
日本語教育、同化・教化政策 武力制圧と帰順圧力
1920s
「教育所に於ける教育標準」通達(四年制) 警察権力による直接統治
1930s 〜理蕃大綱と同化・授産政策、皇民化政策 霧社事件、日中戦争
1940s 初「教育標準」改正→四年制から六年制へ 大東亜戦争
1940s 末
中国化政策(漢姓名、「国語」使用、国家意識) 中華民国の台湾移転
1950s 〜
「山地施政要点」による「国語」化 ・ 定住 ・ 生活改善「山 地推行国語辦法」→母語 ・ 日本語の排除
「山地行政改進方案」→一般社会との融合
白色テロ、地方自治の浸透
1970s 〜
「山地郷国語運動法令」と母語 ・ 日本語の排除 中華民国の国際的孤立
1980s 〜原住民運動の高揚と自文化・言語意識 民主化、台湾・郷土ブーム 出典:本稿の内容に基づき筆者作成
2.原住民に対する言語政策の展開――1980 年代後半からの転換
以上でみたように、世界各地で進む国民国家化やグローバル化の潮流のなかで、台湾に おいても「国語」の教育・浸透によるマイノリティ言語の継承危機が進行していた。しか し、こうした状況にも、民主化の機運とともに台湾の歴史・文化への関心が高まり始めた 1980 年代後半から、変化がみられるようになった。本章では、台湾の言語・文化政策が 大きく転換する 1980 年代後半以降の諸政策・方策の状況を整理する。
2.1 中華民国の民主化・「本土化」と多言語政策
先述のように、度重なる移住・移民の波や諸外来政権による重層的な統治の歴史におい て、台湾には「多族群」5(multi-ethnic)な状況が展開してきた。ここに言語・文化的 な統合を目指したのが、半世紀にわたる日本の植民地統治であり、戦後の中華民国による 同化・国民化政策であった。しかし、1970 年代により一層深刻化した中華民国の国際的
孤立、政府主導の国内経済へ振興政策、急速な工業化・経済発展と中産階級・高等教育就 学者の増大は、1980 年代に至り、「民主化」要求や「台湾ナショナリズム」の高揚とし て結実していった。1987 年 7 月には 38 年間続いた戒厳令が解除され、翌 88 年には蒋経 国総統の死により、副総統の李登輝が台湾出身者として初めて中華民国総統に就任した。
李登輝はもともと、日本留学・米国留学を経験した農業経済学者であった。しかし彼は、
蒋経国に重用されて行政院政務委員さらには副総統となり、ポスト蒋経国の権力闘争を勝 ち抜いて、中華民国初の総統・副総統選挙(1990 年)に勝利した。そして彼は、中国国 民党(以下、国民党)内部に様々な亀裂を生じさせつつも、憲法改正や国会改革を通じて「中 華民国の台湾化」を推し進めた。李登輝の改革はその後、「台湾意識」や「台湾の前途の 住民自決」を掲げて初の政権交代を実現した民進党の陳水扁政権(2000 〜 2008 年)の 下で、さらなる進展をみせることになった。
この時期から始まる言語関連政策の転換に関する出来事は、大きく二つの領域に分けて 整理することが出来る。第一は、母語・郷土語さらには地元や台湾の文化の学習を推奨す る諸政策であり、第二は、公共領域における多言語平等理念を強調した諸政策である。前 者の諸政策は、1987 年 7 月の戒厳令解除と前後し、これまで国語推進政策のもとで抑圧 されてきた「方言」である閩南語や原住民の諸語が、マスメディアで用いられ、閩南系の 行政首長あるいは教育部長(文部科学大臣)の政策方針に基づき、教育現場の実験的な試 みが政策として追認されていったものである[cf. 菅野 2012:8 章]。こうした実験的な 試みの嚆矢としては、1990 年 9 月に台北県(現、新北市)の烏来国民中学・小学で始ま ったタイヤル語教育がある。また同じ頃、台湾省出身あるいは民進党の行政首長の下で
(e.g. 台北市、宜蘭県、屏東市、etc.)、閩南語教育も開始されている。そして、これらの 実験的な母語・郷土語教育あるいは台湾の歴史・文化の教育をカリキュラムとして制度化 したのが、「国民小学課程標準」における「郷土教学活動」の履修規定(1996 年)、「国 民中学課程標準」における「郷土芸術活動」および「認識台湾」の履修規定化(1997 年)
であった。さらに 1990 年代末には、戦後・民主化後の教育改革の成果として実施された「国 民中小九年一貫課程」において「郷土語言教育」が独立した科目として初めて規定化され
(2001 年)、小・中学校で週 1 コマの「郷土言語」(閩南語、客家語、原住民諸語)教育 が行われるようになった[cf. 陳 2006:56]。なお、授業時間は、小学校では必修科目と して週 1 回 40 分、中学校では選択科目として週 1 回 45 分となっている。各学校の時間 割や担当教員の都合により、曜日および時間帯は地域・学校により一定していない。
民主化ならびに戒厳令解除後に行われた言語政策転換の第二点は、公共領域における多 言語平等理念を強調した諸政策の登場である。一連の政策の代表的なものとしては、「広 播電視法」における「方言」制限の緩和(1987 年)、同法「方言」制限の撤廃(1993 年)、
さらに民進党政権と時期を同じくする、「大衆運輸工具播音語言平等保障法」(2000 年)、
「通訊伝播基本法」(2004 年)、「国家通訊伝播委員会組織法」(2005 年)の公布・施行な どが挙げられる6。これらの法律の制定・施行により、台湾の公共機関・公共交通などに
おいては、これまで「国語」推奨政策の下で虐げられてきた閩南語や客家語、地域によっ ては原住民諸語を積極的に使用することが義務付けられるようになった。現在、その成果 として、現在の台湾の鉄道などでは、「国語」(ならびに英語)以外にも、閩南語および客 家語での車内アナウンスが行われている。また、原住民が多く居住する花蓮・台東などの 地域では、同じく鉄道や病院施設などにおいても、アミ語やパイワン語など個々の地域 に多く居住する原住民の諸言語アナウンスが採用される場合もある。また、上記のよう に「国語推進」から「多言語」を許容するものへと台湾の言語政策が大きく転換するなか で、閩南語によるラジオやテレビなどの放送に加え、2003 年 7 月には「客家テレビ」が7、 2005 年 7 月にはアジア初の原住民専門チャンネル「原住民族テレビ」(TITV)がそれぞ れ開局し、個々の「族群」の歴史・言語・文化に関連する番組を精力的に放送している。
こうした動きは、台湾の諸政党が諸「族群」の調和を掲げていることの表れであり、多民 族・多言語を許容する多文化主義・多言語主義は、現代台湾において既定路線となってい る[cf. 石垣 2011]。
なお民進党政権は、多言語的状況ならびに国内における諸言語の平等を保障する方策と して他にも、「語言平等法」草案(2003 年)、「国家語言発展法」草案(2003 年)、「語言 基本法」草案(2004 年)などを審議してきた。このうち、国内における平等な言語使用 のなどを謳った「国家語言発展法」草案は、2007 年に行政院(内閣)の審議を通過した。
しかし、国民統合の基礎である「国語」の形骸化を恐れる国民党議員などの反発や 2008 年春における国民党への政権交代もあり、同草案は依然として立法化されていない。
2.2 原住民に対する母語復興政策
以上でみてきたように、台湾における言語政策は 1987 年の戒厳令解除前後から大きく 転換してきた。以下では、こうした潮流において、原住民諸語の復興に向けていかなる政 策が採用されてきたのかを整理する。(表2)
上述のように、台湾における母語の復興を目指した教育の実施は、1990 年 9 月に開始 された烏来中学校・小学校におけるタイヤル語の教育が始まりだといわれる。その後、原 住民居住地域の各地で試験的な母語教育が実施されるようになり、中央研究院歴史語言 学研究所の李壬癸(Paul Li)教授によって 1994 年 4 月に発表された「中国語文台湾語 言之語音符号系統」(オーストロネシア語標準表記法)の成果なども踏まえ、1995 年に は教育部の政策として各族の教材編纂プロジェクトが実施された。さらに 2002 年からは、
同じく教育部主導の教育改革によって前年から開始された「国民中小九年一貫課程」にお ける「郷土語言教育」の必修化(小学校)/選択必修化(中学校)にともない、中学校で の教育課程も含めた「九段階教材」(各学年に対応)および教員用指導ハンドブックが編 纂されるようになった。
表2 民主化後における原住民母語復興関連の政策・取組み
西 暦 原住民に対する言語政策・取り組み 背 景
1987
台湾マスメディアにおける閩南語・客家語使用 戒厳令解除
1990烏来小中学校における母語教育の開始。 李登輝政権の誕生
1993
「広播電視法」の改正
1994
憲法改正作業と「原住民」という正名 第3次憲法改正
1995教育部の補助による母語教科書の編纂開始
「原住民諸語表記法」発表(教育部)
1996
「行政院原住民委員会」設置、『原住民教育季刊』 国民党 vs 民進党
1997
憲法改正と「原住民族」・「多元文化」条文 第4次憲法改正。『認識台湾』
1998
「原住民族教育法」制定 一連の憲法改正
1999
国立政治大学・原住民族語言教育文化推展中心発足 国家典蔵デジタル (D) 化計画
「原住民族文化振興発展六年計画」(〜 2004 年) 諸分野での D メディア活用
2000母語復興・自治政策の推進 民進党政権と原住民族政策白書
2001「母語認証テスト」開始、「族語巣」(台北市) 教育制度改革、郷土・多元化
国民中小学九年一貫教育
2002「母語教員養成講座」開始、「部落大学」設立
2004
「原住民族教育法」改正、新憲法原住民章 「新憲法草案」審議、陳水扁・民 進党政権の再選
2005
「原住民族語標準表記システム」公表(原民会)
「原住民族基本法」公布・施行
「原住民電視台」開局、『原教界』刊行(政大)
2007
「進学用母語能力認証テスト」開始 原住民族諸語語・辞書編纂計画
2008
国民党政権の復活、対中交流
2010
原民会「原住民教育政策白書」
2011
イマージョン方式幼児母語教育 ニュージーランドの先例
2013幼児母語教育、母語保育士養成
2014
(レベル別)「母語能力測定テスト」開始 出典:本稿の内容に基づき筆者作成
こうした初等・中等教育における「郷土語言教育」と合わせて、2001 年 12 月から年 一回ペースで実施されてきたのが「原住民族語能力認証テスト」8(以下、母語認証テスト)
である。この試験は、多元文化教育ならびに原住民言語・文化を尊重し、独自の教育の在 り方の重要性を認めた「原住民族教育法」(1998 年)に基づいて、行政院原住民族委員 会(以下、原民会)の主導、政治大学原住民族研究センター(旧「原住民族語言教育文化 推展中心」)などの協力によって実施されてきた。同テストではこれまで、①教育・研究 業績に基づく「書面審査」、②「推薦審査」、③筆記試験と面接からなる「一般試験」とい う 3 種類の方式が採用されてきた。①に申請するのは通常、長年にわたって母語教育や(原
住民母語を用いた)宣教などに従事してきたネイティブあるいは外来の研究者・宣教師な どであった。②はアルファベットの書き取りなどに不慣れな 55 歳以上の原住民を対象と したもので、原住民関連団体、キリスト教会、地方自治体など信用度の高い団体の推薦が 必要とされた。①・②に該当しない者が受験するのが③の一般試験であり、筆記試験(80 点満点)・面接試験(120 点満点)の結果を合計し 140 点以上の者が合格(合格証の贈呈)
とされた。①と同様に③の受験者資格も、原住民身分の有無は不問とした[行政院原住民 族委員会(編)2005:145-146]。なお、これまでに行われてきた母語認証テストの具体 的な内容は、筆記試験については単語の意味や文章の穴埋めを選択肢から選ぶ「選択問題」、
文章の正誤を問う「○×問題」、空欄に母語の単語を埋める「穴埋め問題」、関連する単 語を選ぶ「配合問題」、単語を並べ替えて文章を作る「並べ替え問題」、単語の意味を説明 する「説明問題」などであった。また面接試験は、与えられた文章カードの朗読、面接官 との会話・即興対話といったものであった。なお、母語認証テストの実施状況および試験 結果については、台湾の研究者らにより、分析・検討が進められている[e.g. 李 2003;
陳 2006;黄 2007]。
上述の政治大学原住民族研究センターは、同認証テストの実施に際し、言語学者やネイ ティブ研究者・教育者らと協同し、民族毎のテスト用問題集『原住民族語練習題』を編纂 してきた[政治大学原住民族語言教育文化推展中心(編)2001;cf. 陳 2006]。(写真1、
2)さらに実際のテストでは、原住民諸族および民族内部の言語・方言的な差異を考慮し、
諸「方言」単位で区分した筆記試験・
面接が実施されてきた。例えば、筆者 の主な調査対象であるブヌンの母語認 証テストを受験する場合、大枠でのブ ヌン語から、現在「社群」9と呼ばれ る民族の下位区分に対応し、「タケト ド方言」、「タケバカ方言」、「タクバヌ アズ方言」、「タケヴァタン方言」、「イ シブクン方言」の内からひとつの「方 言」を選択することになる。2001 年 におけるサオの公式認定以降、政府認 定の「原住民族」数は変更されており、
2014 年 10 月現在の言語・方言数は「全 16 言語 42 方言」となっている。(表 3)なお、これまでオーストロネシア 語の表記にはキリスト教会が原住民村 落への布教活動の際に個々の民族・地
域で用いてきたローマ字表記10、言語 写真2 母語認証テスト問題集(12 冊セット組)
提供:国立政治大学原住民族研究センター 写真1 母語認証テスト問題集(民族毎 12 冊)
提供:国立政治大学原住民族研究センター
学者や教育部が用いてきた表記法、政治大学原住民族研究センターの表記法などがあった が、それらの成果を踏まえ、2005 年には原民会発表の標準表記法として、国際表音記号
(IPA)とある程度の対応関係にある「原住民族言語表記システム」11が民族毎に整備さ れるにいたっている。
表3 母語関連試験に即した原住民諸語の分類(16 言語 42 方言)
民 族 サブ・グループ(社群)方言
1
アミ(阿美族) A.北部アミ語/ B.中部〃/ C.海岸〃/ D.馬蘭〃/ E.
恒春〃
2
タイヤル(泰雅族) A.スコレク・タイヤル語/ B.四季〃/ C.宜蘭ツオレ
〃/ D.ツオレ〃/ E.汶水〃/ F.万大〃
3
パイワン(排湾族) A.東パイワン語/ B.北〃/ C.中〃/ D.南〃
4
ブヌン(布農族) A.タケトド・ブヌン語/ B.タケバカ〃/ C.タケヴァ タン〃/ D.タクバヌアズ〃/ E.イシブクン〃
5
プユマ(卑南族) A.知本プユマ語/ B.南王〃/ C.初鹿〃/ D.建和〃
6
ルカイ(魯凱族) A.霧台ルカイ語/ B.東〃/ C.多納〃/ D.萬山〃/ E.
茂林〃/ F.大武〃
7
ツォウ(鄒族) A.ツォウ語
8サイシャット(賽夏族) A.サイシャット語
9ヤミ(タウ、達悟族) A.ヤミ語
10
サオ(邵族) A.サオ語
11クヴァラン(葛瑪蘭族) A.クヴァラン語
12タロコ(太魯閣族) A.タロコ語
13サキザヤ(撒奇莱雅族) A.サキザヤ語
14
セデック(賽徳克族) A.トダ語/ B.タカダヤ語/ C.トロコ語
15サアロア(拉阿魯哇族) A.サアロア語
16
カナカナブ(卡那卡那富族) A.カナカナブ語 出典:行政院原住民族委員会[2014:32]
他方で、台湾ではかねてより、文化的マイノリティや社会的弱者に対する「積極的差別 是正措置」(affi rmative action)の一環として、高校以上の教育機関に原住民が進学す る場合における加点、特別枠設定、学費減額・免除といった施策が政府・民間を問わずさ まざまな部門で実施されてきた。しかし、民主化以降に原住民の権利回復が叫ばれ、また 高等教育進学者が増加するようになると、こうした施策はマイノリティの権利を強調する ことでマジョリティの権利を抑圧する「逆差別」に相当するという批判が、漢族系住民か ら上がってきた。この種の批判も考慮し、また原住民学生の母語学習への関心を高めるこ とを目的とし「原住民学生升学優待及原住民公費留学辦法」(2006 年)に基づいて 2007 年から施行されたのが、進学試験における原住民への加点に「母語・文化理解能力の有
無」という条件を課した新制度(2007 〜 2013 年)であった。「原住民学生進優遇取得文 化・言語能力証明テスト」12(以下、進学用母語能力テスト)と呼ばれるこの試験制度では、
入学試験において原住民籍の受験生全員を同等に加点するのではなく、実質的な母語・文 化理解の能力を有する者に対して、より多く加点することになった。同試験は、音声を聴 いて「○×式問題」・「選択式問題」・「組み合わせ式問題」などに答えるリスニング試験(60 点)と、放送される母語音声に対する応答やイラストの内容に関連する内容を録音したも のを採点する口述試験(40 点)から構成され、60 点以上が合格となる。受験する各高校・
大学・大学院などの制度にもよるが、この進学用母語能力テストの合格者に対しては、個 人の入学試験総合得点に対し 35%を加点することが決定された[cf. 行政院原住民族委員 会 2007]13。
以上でみてきたように、教育部および原民会が主導する原住民族の母語復興政策の下で、
2007 年以来、進学用母語能力テスト(12 月)と母語認証テスト(11 月)がそれぞれ年 一回のペースで実施されてきた。しかしながら、この母語認証テストは、応募者数の減少 などもあり、これまでにも数度、実施を見送った経緯がある。また、既存の一元的な試験 ではなく、母語能力のレベルに応じた試験区分を設けるべきとの議論、ならびに進学用母 語能力テストとの関係性を整備する必要性も指摘されていた。そこで両系統の試験の機能 を併せ持つものとして、2014 年 12 月から実施されることになったのが、「原住民族言語 認証測定テスト」14(以下、母語測定テスト)である。これまでの二系統の試験と比較し た新たな母語測定テストの最大の特徴は、このテストが「初級/中級/高級/薪伝級」と いう 4 つのレベルに分けて、個々の筆記試験(マークシート、作文・翻訳など)および 面接試験(朗読、図の説明、対話など)で母語能力を測定するという仕組みをもっている 点である[cf. 行政院原住民族委員会 2014]。「初級」では、小学校から中学校における 母語教育のレベルに応じた九段階教材の(1)〜(3)段階ならびに中学校版の文型が対 象の学習教材・範囲とされ、また基本語彙は 300 語に設定されている。同じく「中級」は、
九段階教材の(1)〜(4)段階、さらに高校版の文型がその学習教材・範囲となってい る。また、同級の語彙数は 500 語に設定されている。そして、「高級」および「薪伝級」
の学習教材は「範囲なし」で、語彙数は前者が 1,000 語、後者は「無制限」となっており、
より高度の母語能力が要求されている。
このように母語理解能力が個々のレベルごとに設定された同テストは、「初級」が高校 や五年制専科学校への進学用、「中級」が四年制・二年制技術学校/二年制専科学校/大 学への進学用の加点基準となっている。また「高級」は母語教員/民族学校(大学)教員
/母語通訳/母語放送アナウンサー・記者/母語教育・保育担当者などの新たな資格基準 として、「薪伝級」は大学・専門学校・コミュニティ学校などでの母語・文化講座の担当 教員の資格基準という設定になっている。すなわち、原住民学生の進学に際した加点の問 題、個々の原住民の理解能力に応じた等級試験の実施、各級の合格証書取得者の目的にあ った母語学習・教育の発展性といった諸点を踏まえたのが、この母語測定テストという新
施策なのである。なお、テストの概要・試験時間・配点は表4の通りである。(表4)
表4 母語測定テストの試験方法・採点概要
レベル 測定種 出題形式 時間 形式 配点 合格点 総計
初級
リスニング ○×、選択、一致 20 分 筆記 60 45 100 面接 単語朗読、簡単な応答、図説明 5 分 口述 40 15
中級
リスニング ○×、選択 20 分 筆記 60 45 100 面接 語朗読、簡単な応答、図説明 5 分 口述 40 15
高級
リスニング 選択 40 分 筆記 150 105 200 閲読 選択穴埋め、問題群選択 50 分
作文 段落翻訳、作文 60 分
面接 朗読、口頭での表現 30 分 口述 50 35
薪伝級
リスニング 選択 40 分 筆記 150 105 200 閲読 選択穴埋め、問題群選択 50 分
作文 作文、評論 60 分
面接 朗読、即興演説 30 分 口述 50 35
出典:行政院原住民族委員会[2014]より翻訳・整理して転載
3.母語復興に向けた取り組みの現状――教材・教師、メディア、正課外活動 前章では、台湾における 1980 年代後半以降の言語政策の転換、さらには原住民に対す る母語復興政策の展開をまとめた。つづく本章では、現在実施されている様々な母語復興・
継承の取り組みを「テキスト編纂と母語教師育成」、「諸メディアを利用した施策」、「正課 外での取り組み」の三点に整理して紹介する。
3.1 テキスト編纂と母語教師育成
1990 年代初頭に原住民の母語教育が開始されて以降、原住民地区の各地では個人や地 域毎での教材作成が試みられてきた。現在でも学生の理解力に合わせ母語教師らによる自 前の教材研究・作成が進められているが、上述のように 1995 年からは教育部主導による 母語教育テキストの編纂も開始されている。例えば筆者が 1999 年以来研究対象としてき たブヌンの社会(特に台湾中西部の南投県一帯)においては、教育部の補助を受けなが ら、現地の原住民教員、牧師、古老、ネイティブの研究者らが主体となり、『布農母語読 本
Itu Bunun Patasan
』(1996 年)や『国民小学郷土語言教材 布農語』(および同『教 師手冊』 1997 年)などの教材・教学マニュアルを編纂してきた。その内容は基本的に、「発 音記号」・「語彙」・「日常生活」・「対話文章」・「神話・伝説・物語」といったものであった。母語教材における同様の形式は、「国民中小九年一貫課程」の制度化にともなって 2002 年から開始された小学校 1 年生から中学校 3 年生までの各段階に応じた上述の九段階教 材にも踏襲され、巻末に CD が添付された各族・「方言」毎の教材(教科書)が作成され
てきた。例えば小学校3年生の教科書
(ブヌン語イシブクン方言版)の場合、
その内容は「私の友達」・「先生は私た ちを教える」・「熱が出た」・「歌と踊 り」・「祖父を訪ねて」などの対話スキ ット(全 10 課)から、小学校6年生 の教科書では「帰宅」・「あなたは何を 食べたいですか?」・「食事の際に」・「虫 歯」・「褒める」などの対話スキット(全 10 課)から構成されている[cf. 政 治大学原住民族研究中心(編)2009、
2013]。(写真3)なお、2009 年からは、2014 年に始まる「十二年(一貫)国民基本教育」
15に対応すべく、小学校・中学校・高校の 3 区分、計 12 段階の教材編集も始まっている。
原住民の母語(「郷土語」)教育ではこの他にも、母語の復興・継承に強い関心をもつ郷 土史家、母語教師、キリスト教関係者などの個人および団体による教材の編纂も盛んであ る。上記と同様に筆者が調査してきたブヌン社会に限っても、台東県鸞山国民小学編『布 農族語補充教材 伝統祭儀与歌謡』(2006 年)、同『郷土語言教学補充教材 布農族童謡』
(2007 年)、同『郷土語言教学補充教材 小米的祭典』(2008 年)、台東県政府編『台東 県 郷土語言教学補充教材 布農族語学習認証手冊』(2007 年)、Anu・Ispalidav 編『布 農族語読本』(2008 年)、胡金勝著『族語語法及応用』(2009 年)などが刊行されている。
近年は、この種の教材だけでなく、ブヌン語の辞書・語彙集・文化事典の編纂も進んでいる。
筆者が知る限りでも、現在までのところ、台湾キリスト長老教会布農(ブヌン)中会文化 部員編『布農族文化曁各種祭典・神話・故事』(2000 年)、Manias・Istasipal 編『布農 族語詞彙集 認識巒社群布農族語』(2006 年)、台北県政府原住民族行政局『布農族 生 活図解小辞典』(2009 年)、全茂永・伍阿好・全木森編の『卡社布農語図解辞典』(2010 年)、台東県延平郷の古老タハイ・パララヴィ(Tahai・Palalavi)16がまとめた後に中 国語に翻訳された台東県延平郷桃源国民小学校刊行の『布農族字典
Dangia hai daaza
halinga
』(2012 年)、胡金勝編『台東県 101 年度 本土語言輔導団 布農族語言字典』(2012 年)、Anu・Ispalidav 編『認識布農語基本構詞』(2012 年)、胡金勝著『布農文化 辞条――禁忌與論理
Bunun habas tu sinhahasam
』(2014 年)などが刊行されている。台湾における原住民の母語復興への取り組みにおいては、こうした政府主導および民 間の教材編纂・刊行のみならず、母語教師の育成にも重点が置かれている[cf. 波 2008;
邱 2008;黄 2011]。「国民中小九年一貫課程」が開始される前年の 2001 年には「原住 民言語教師養成課程」17が教育部によって策定され、翌 2002 年には原民会主催による初 の母語教員養成研修会(講座)が開催された。原民会ではその後も、母語教師の育成と 教育方法・内容の向上をめざして類似の研修会を、ほぼ毎年開催している。初回となっ
写真3 「国民中小学九年一貫課程」用 教材
た 2002 年の母語教師育成研修会の内容は全参加者に対し画一的なものであったが、翌 2003 年からは、母語教師支援班、母語教材編纂班、母語辞典編纂班、原住民文化研修班、
デジタル・メディア利用研修班などの複数のワーク・グループに区分して実施されており、
研修内容の多様化も進んでいる。しかしながら、参加者および主催者の間で母語教師の能 力に合わせた研修クラスの整備が必要との議論が盛り上がり、2008 年からは参加する母 語教師の能力に応じて「基礎班」と「上級班」に分けた研修会を実施するようになってい る。なお後者は、「母語教学上級」、「母語出題形式技術」、「母語教材編纂」、「母語翻訳技術」
など複数の研修班に分かれている。他方で 2002 年からは同じく原民会によって、教学方 法・技術の共有と改善を目指した見学・講習型の研修会も開催されてきた。
母語認証テストの合格者は、上記のような教育研修(「族語支援教学人員研習」)を 36 時間(以上)受講することで、母語教育に従事する資格(「研修証書」)を取得する。これ らの資格を有する者は、母語教育を実施している各小中学校の募集要項に従い、書類審査 や面接などをへて、母語教師として教壇に立つことになる。こうした母語教師は、1 コマ 当たり小学校で 320 元(約 860 円)、中学校で 360 元(約 970 円)の講師料を得ること ができる。また、毎年 12 月の進学用母語能力テストが近付く 10 月〜 11 月頃には「進学 用母語能力テスト・対策クラス」を開設する学校もあり、こうした集中・対策クラスの場 合は、母語教師に対しプラスアルファの手当てが付くこともある。この他、学期ごとに交 通費なども支払われている。しかし、一人の母語教師が担当するのは一般的に週 1 日〜 2 日/数コマ程度であり、就業先が少ない村落部の生活を基準としても、固定収入として十 分なものとは言えない。したがって母語教師は、職業のひとつとしては決して経済的な魅 力が高いものではなく、一般的には、村落内の古老、キリスト教会の長老・執事などの幹 部、母語認証テストに合格した壮年者などが、母語継承に対する使命感をもって教壇に立 っているというのが実情である。
3.2 諸メディアを利用した施策
一部の先行研究が指摘してきたように、台湾における原住民諸族の母語復興に向けた取 り組みの中で特徴的なのは、そのメディア利用の先進性にある18。以下では、最新の動向 も踏まえながら、オンライン・メディアなどを用いた母語復興の取り組みを整理する。
前章で紹介したように、2001 年から年 1 回実施された母語認証テストの試験問題や参 考書の作成に尽力してきたのは、1999 年に政治大学に設立され、多くの民族認定にも関 わってきた上述の「原住民族研究センター」19である。諸メディアの利用例として特筆す べきは、同センターが母語認証テスト用に作成した民族毎のテスト用問題集『原住民族 語練習題』(CD 音源付き)の内容がすべて同センターのホームページで閲覧・視聴でき、
かつ PDF データなどのダウンロードが可能になっている点である20。同研究センターは さらに、政府の補助を受け、台湾原住民の教育・文化・言語・国際交流などをテーマにし た原住民族教育情報誌『原教界』(2005 年創刊)を隔月で発行している。2014 年 10 月
現在、同誌は延べ 59 号(「期」)が刊行されている。この雑誌は母語教材を提供する雑誌 ではない。しかし、各号に設けられた「原語論壇」などのコーナーでは、母語と歴史・文 化の関係を論じた文章などが掲載され、また母語復興政策や教育現場の現状などについて も、数度特集号が組まれてきた。同誌は、現代の原住民教育は勿論のこと、観光・産業化、
人材育成、教育改革、原住民の権利、オーストロネシア語族の言語と文化、世界の先住民 族、原住民関連メディア、社会問題などの原住民関連の様々なテーマを扱った雑誌であり、
原住民とくに教育関係者や文化復興運動に携わる人々にとって貴重な情報提供・交換の場 となっている。なお、同誌のバックナンバーも全て、PDF 形式で同研究センターのホー ムページからダウンロード出来るようになっている。
行政院の一部門として、母語復興政策を推進し様々な教材・情報の提供に尽力してきた のは上述の原住民族委員会(原民会)である。民主化および国内政治の激動の中で 1996 年 12 月に発足した同機関では、「総合企画処」・「教育文化処」・「社会福利処」・「経済発 展処」・「公共建設処」・「土地管理処」などの諸部門に分かれて、社会・文化生活の向上や 国家体制下での原住民の権利保護のための業務を遂行してきた。母語復興に関していえ ば、2001 年に始まる母語認証テスト、2002 年からの「国民中小学九年一貫課程」に対 応した母語教育、2007 年からの進学用母語能力テストなどの実施を推進してきた。例え ば 2014 年度(中華民国 103 年度)の場合、原民会は約 70 億元(約 189 億円)の年間予 算のうち約 1 億元(2 億 7,000 万円)を原住民族母語教育推進のための諸政策に充ててい る21。
原民会ではさらに、同ホームページに設けられた「族語教室」のコーナーで各原住民言 語の基本表現を文字(現地語の標準アルファベットと中国語)および音声付で紹介した内 容を公開するだけでなく22、様々なプロジェクトを組んで以下の複数のサイトにおける母 語学習教材・データをデジタル化および提供を積極的に支援してきた。こうしたサイトの ひとつが、「台湾原住民網路学院」(「網路」はインターネットの意)23である。同サイト では、「族語学習 e 学堂」・「毎日一句」などのコーナーを設けて原住民子弟の母語学習を サポートしている。こうした母語学習機能により一層特化した母語学習サイトとしては、
「原住民族語 E 楽園」24がある。2014 年 7 月に開設された同サイトには、現在、上記の 国民中小学九年一貫課程に基づいた母語基本教材(基本文章、テスト、検索)の学習機能、
発音記号・基本会話・生活会話・歌謡・語彙集などの補助教材の学習機能、物語・音楽・
会話などの映像・音楽コンテンツ、デジタル教材のダウンロード・コーナーが開設されて いる。同サイトはまた、年一回のペースで行われてきた母語認証テストや進学用母語能力 テスト(上述のように 2014 年からは統合)のサイト「原住民族語言能力認證測験」25に リンクされており、ネット上には同テストの初級・中級用の学習コーナー、初級から薪伝 級の練習問題、模擬試験、文字資料、音声教材のダウンロード・コーナーなどが完備され ている。なお、母語学習教材・データを専門的に提供しているわけではないが、母語学習 に活用できる重要なサイトとしては、同じく原民会によってサポートを受けて運営されて
いるサイト「原住民族族語辞典数位化平台」がある26。2013 年 8 月に開設された同サイ トは、原民会が 2007 年から始めた各族言語の辞典編纂プロジェクトの成果を公開したも のである。16 族全ての言語・方言を網羅している訳ではないが、当初計画されていた辞 典編纂はほぼ完了し、既にブヌン語、ヤミ語、タロコ語など七言語の辞書データーベース が同ホームページ上で利用可能となっている。また同サイトでは、デジタル化の機能を活 かし、中国語あるいは各族言語(アルファベット表記)での検索が可能なだけでなく、民 族を跨いだ単語検索や例文・音声データなどの確認もできる。加えて、検索される各族語 の辞書は PDF ファイルでもダウンロードできるようになっており、母語教育関係者だけ でなく、他分野の研究者にとっても貴重な情報を提供している。なお、母語学習教材・デ ータを提供しているインターネット・サイトとしてはこの他にも、教育部が運営し閩南語、
客家語などすべての「郷土語」の基礎教材を網羅したサイト「母語学習 fun 軽鬆」27、台 北市原住民族事務委員会が運営する「語言巣」(言語の巣)28がある。また、教育部と原 民会が共同で運営するサイト「台湾原住民歴史語言文化大辞典」29では、各族の歴史・文 化にまつわる重要な単語(各族の言語・用語)およびその解説文が紹介されている。
さらに、母語学習教材を集中的に公開しているインターネット・サイトではないが、
2005 年 7 月に開局した上述のアジア初・先住民情報専門チャンネル「原住民電視台」(後 に「原住民族電視台」に改称。原民台)もまた、母語を用いた番組を数多く制作・放送し ている30。開局 9 年目を迎えた 2014 年現在、同局が原住民諸語を用いて放送している番 組としては、「族語午間新聞」(母語ニュース・昼 60 分)、「族語晩間新聞」(母語ニュース・
夜 60 分)、「娃娃巴比卡」(子供向け番組、15 分)、「WaWa Senai」(子供向け番組 15 分)、
「族語学原」(各族母語教育番組 60 分)などがある。「族語新聞」に関しては、曜日なら びに時間帯(昼/夜)によって異なるが、現在 14 族の言語による原住民関連ニュース(中 国語字幕付)の放送が行われている。「娃娃巴比卡」や「WaWa Senai」などの子供向け 番組も期間ごとに各族の言語で放送されており、母語学習を目的とした「族語学原」や以 前に放送されていた「大家説族語」といった番組でも、各族の言語毎に番組が制作・放送 されてきた。なお、同局が放送する番組・コンテンツの大部分は、同局のホームページや You Tube サイトでも視聴することが可能である31。(写真4、5)
写真4 原住民族電視台ホームページ 写真5 原住民族電視台 You Tube アカウント
3.3 正課外での母語教育の取り組み
台湾の原住民族母語の復興に際しては、教育部が進める「郷土語教育」のような正規カ リキュラムや原民会主導の母語認證テスト/進学用母語能力テストではなく、正課外での 母語教育の取り組みも進められてきた[cf. 黄 2014]。そのひとつが、台北市が 2001 年 に開始し後に原民会も補助金によってサポートするようになった「語言巣」(language nest)の取り組みである。これは、ニュージーランド先住民・マオリの母語復興運動の中 で 1980 年代から積極的に実施されてきた「コーハンガ・レオ」(
kōhanga reo
「巣・言葉」)の取り組み[cf. King 2001]を、部分的に取り入れたものである。しかし、家庭での理 想的な言語体験を再現すべくマオリ語話者の保育士による毎日数時間の母語保育を進めて きた「コーハンガ・レオ」の試みとは異なり、台湾では依然として夜間や週末を利用した 母語教育の段階に止まっている。また原民会では、原住民に対する就業機会の提供や原住 民幼児に対する母語の浸透を目指して 2013 年から「族語保育」あるいは「イマージョン 式(没入式)母語教育」のプロジェクトも進めている。ただし、実施上の問題点や教育効 果に関する具体的な検討は今後の課題だといえよう。
正課外で原住民の諸文化・言語を伝える制度・施設としては、「部落大学」(community college)・「民族学校(大学)」(tribal school)などもある[cf. 陳 2014]。採用されて いる名称は地域・民族によって異なるが、いずれも原住民族の教育権や言語・文化の継承 を謳った「原住民族教育法」(1998 年)の理念32を踏まえて設立されたものである。政 府が 1990 年代から進める「社区総体営造」政策(地域コミュニティ振興政策)の潮流の中、
原住民の村落でも 2000 年代初頭から民族文化の保存・継承や村落活性化・産業育成を目 指した「社区大学」・「部落大学」の設立が進められてきた。こうした地域・村落毎の組織 は、原民会その他の政府の文化行政や地域産業振興部門などからの補助金を受けて、文化 の保存・継承や村落活性化・産業育成などの分野で様々な試みを実践してきた。しかし近 年、より制度化された民俗文化・歴史・言語教育のカリキュラム・講座を備え各民族の出 身者が中心となって運営する「民族大学」設立の取り組みが進み、すでにパイワン、プユ マ、アミ、ブヌンなどが地域レベルでの「部落学校」・「民族大学」を設立している。この 種の学校では、民族の歴史・文化教育、体験講座などが実施されているが、その中には歴 史・文化に関連させた母語教育を行っている学校もある。しかしながら、こうした取り組 みも始まったばかりであり、具体的な効果や問題点が明らかになるまでには、数年の時間 を要するだろう33。
おわりに
以上みてきたように、台湾原住民の母語教育をめぐる状況は、この 20 年間で一変した。
原住民が過去 400 年にわたって経験した外来の絶対的な強制力による母語喪失の歴史を 考えるならば、奇跡的な変化だと言える。本稿を結ぶにあたり、これまでに述べた台湾原 住民の母語復興政策の特徴をまとめた上で、今後の検討課題を整理してみたい。
第一は、原住民運動の高揚と同様に[cf. 石垣 2011]、台湾の民主化、台湾意識・郷土 ブームの高まりを背景としながら、原住民諸語ならびの閩南語・客家語などの「郷土語」
(母語)復興の動きが盛り上がってきたという点である。1987 年における戒厳令解除や 1990 年代初頭からの憲法改正作業・国会改革なしには、「郷土語」や郷土の歴史・文化 に対する関心が大規模な広がりをみせ、瞬く間に政策として実施されていくことはなかっ たであろう。原住民の母語復興に対する政府の後押しは、民進党政権期(2000 〜 2008 年)
により実質的なものとして制度化されていった。たしかに、「郷土語」の正規カリキュラ ム化は、マジョリティである閩南系住民や客家系住民も含んだ広義の「本土化」(台湾化)
のムーブメントの中で実施されてきたものである。しかし、母語認証テストや進学用母語 能力テストの制度化、「原住民族基本法」の制定、「原民台」の開局といった一連の流れを 振り返る時、「ひとつの中国」を主張する国民党や中国大陸の共産党に対し「台湾の独自性」
を強調しようとしてきた民進党(の一部)の政策意図(台湾における原住民の象徴的な存 在意義の強調)が、原住民母語復興の強力な後押しになったことは明らかである。
第二点として指摘したいのは、20 年来の原住民の母語復興政策によって、現在、母語 学習のための教材・資料が広く公開されていることである。もちろん、その基礎には、戦 後のキリスト教布教や信仰生活において利用されてきた聖書・讃美歌の各民族言語での ローマ字表記や、言語学者によるオーストロネシア語族研究の蓄積があった。さらに、
1990 年代から台湾全土で教育・文化面における重要施策として進められてきたデジタル 化の潮流の中で、原住民の母語教材や音声・映像資料がオンライン上でも利用可能なもの として広く提供されるようになってきた。台湾におけるオンラインでの原住民母語学習環 境の整備や多様なコンテンツの提供は、世界的にも先進的だと言われてきたハワイ語やマ オリ語学習の状況と比較しても、決して引けを取らないものとなっている34。
最後に、第三点目として、少数言語の復興という動きを調査する際に考えなければなら ないのは、こうした先進的な母語復興政策の「実質的効果」という問題である。たしか に、台湾原住民の母語使用をめぐる政策・環境は、中国化・国民化政策が徹底されてきた 1990 年代以前の状況と比較し、大きく様変わりしている。それを特徴付けるのが、上記 のような「母語認証テスト」制度・「進学用母語能力テスト」の実施、諸教科書・教材の 普及とオンライン上での学習コンテンツの提供である。しかしながら、2001 年に開始さ れた「母語認証テスト」が、受験者不足を理由とし数回にわたって実施を見送ってきたこ と、小学校高学年以上の原住民学生における学習意欲の低下、さらには先行研究が指摘し てきた現行制度の問題(e.g. 準備不足のままでの母語教育制度のスタート、正課カリキュ ラムにおける授業時間数の短さ、母語教員養成の不十分さ、母語教員給与・育成の予算不 足、etc.)[cf. 波 2008;中野 2009;黄 2014]などを考慮するならば、残された課題は 少なくないといえる35。
「言語」は、人々が歴史的に作り上げてきた「文化」の基礎であると同時に、その存続・
継承を可能にする「道具」でもある。本稿でみてきたように、台湾原住民の母語復興をめ