アスベスト(石綿)関連疾患とその補償
について
労働者健康福祉機構 東京労災病院
呼吸器内科
戸島洋一
本日のポイント
•アスベスト(石綿)とはどういうものか?何に使われ
てきたのか?どのような人にリスクがあるのか?
•アスベスト関連疾患にはどうようなものがあるの
か?
•アスベスト肺がんを見逃さないためにどのような注
意が必要か?
•アスベスト関連疾患に対する社会的サポートにはど
のようなものがあるのか?
相談員に期待する役割
• 仕事でアスベストにばく露した可能性があるが、今の病気 (肺がんなど)との関連はないのか?証明するためにはど のような方法があるのか? • 住んでいた家の近くに石綿工場があったが、今の病気(肺 がんなど)との関連はないのか? • アスベストが原因で病気になった場合、どのような補償が 受けられるのか? • 健診で胸膜プラークがあると言われたが、今後どうすれば よいのか?がんになる可能性が高いのか? このような患者さんや家族からの質問に的確に答えられるようになってほしい粉塵吸入と呼吸器疾患
•有機粉塵(微生物、植物など)
– アレルギー性肺炎(過敏性肺炎) – Organic dust toxic syndrome
•無機粉塵(鉱物、化学物質など)
– 塵肺:線維増殖性変化(線維化) – 珪肺(遊離珪酸)、石綿肺(アスベスト)、ベリリウム肺、ア ルミニウム肺、タルク肺、溶接工肺(酸化鉄)など•ナノ粉塵
– 1次元が1∼100nmの超微小物質アスベスト(石綿)とは?
•天然に産する繊維状の鉱物で工業的に利用してきたものの 総称 •繊維が極めて細いため、飛散して人が吸入するおそれがある •以前は建築工事で、保温断熱の目的で石綿を吹き付ける作 業が行われていた(昭和50年に禁止) •その後もスレート材、ブレーキライニングやブレーキパッド、防 音材、断熱材、保温材などで使用されたが、現在では製造等 が禁止されている •石綿はそこにあること自体が問題なのではなく、飛び散ること、 吸い込むことが問題Harvard Center for Cancer Prevention: Harvard Report on Cancer Prevention, 1996
米国人のがんの原因 −確立したがんの要因のがん 死亡への推定寄与割合(%)−
物質 がんの部位 主な産業・使用 4−アミノビフェニル 膀胱 ゴム製造 砒素および化合物 肺、皮膚 ガラス、金属、農薬 アスベスト 肺、胸膜中皮腫 断熱材、フィルター材、繊維 ベンゼン 白血病 溶剤、燃料 ベンジジン 膀胱 染料・顔料製造 ベリリウムおよび化学物 肺 航空宇宙産業・金属 ビス(クロロメチル)エーテル 肺 化学工場中間産物・副産物 カドミウムおよび化合物 肺 染料・色素製造 クロロメチル メチルエーテル 肺 化学工場中間産物・副産物 クロム(VI) 化合物 鼻腔、肺 鍍金、染料・顔料製造 コールタールピッチ 皮膚、肺、膀胱 建材、溶接棒 コールタール 皮膚、肺 燃料 エチレンオキシド 白血病 化学工場中間産物、滅菌剤 ミネラルオイル(精製がされていないか不十分なもの) 皮膚 潤滑剤 マスタードガス(硫黄マスタード) 咽頭、肺 化学兵器ガス 2-ナフチルアミン 膀胱 染料・顔料製造 ニッケル化合物 鼻腔、肺 治金、合金、触媒 シェールオイル 皮膚 潤滑剤、燃料 石英結晶(シリカ、クリスタライン) 肺 石工、採鉱、鋳造 煤煙 皮膚、肺 顔料 硫酸を含む強い無機酸ミスト 喉頭、肺 金属、電池 アスベスト様繊維を含むタルク 肺 紙、塗料 ダイオキシン (2,3,7,8-TCDD) 複数の臓器 非意図的産生 塩化ビニル 肝臓 プラスチックモノマー 木材のくず 鼻腔 木材産業
石綿の種類
白石綿 茶石綿 青石綿
白石綿(クリソタイル)の繊維 青石綿(クロシドライト)の繊維
直径0.02-0.08μm 毛髪の直径は80∼100μm 0.04-0.15μm
繊維サイズ(長さ)と体内耐久性が発がん性と
深く関係する
発がん性と繊維の性質の関係
発 が ん 性 長さ 直径 アスペクト比 生体内耐久性 強 弱 長い 細い 大 高い 短い 太い 小 低いアスベストの生体への影響
アスベスト繊維 線維化 癌化 石綿肺 胸膜中皮腫 胸膜プラーク 胸膜炎 肺癌 クロシドライト臓側胸膜
壁側胸膜
リンパ開口部 中皮細胞
石綿が繁用された理由
•木綿や羊毛のようにしなやかで糸や布に織れる(紡織性) •引っ張りに強い(拡張力) •摩擦・磨耗に強い(耐摩擦性) •燃えないで高熱に耐える(耐熱性) •熱や音を遮断する(断熱・防音性) •薬品に強い(耐薬品性) •電気を通しにくい(絶縁性) •細菌・湿気に強い(耐腐蝕性) •他の物質との密着性に優れている(親和性) •安価である(経済性)奇跡の鉱物
静かな時限爆弾
石綿輸入量の推移と中皮腫による死亡者数
0 50000 100000 150000 200000 250000 300000 350000 400000 1 9 5 0 1 9 5 2 1 9 5 4 1 9 5 6 1 9 5 8 1 9 6 0 1 9 6 2 1 9 6 4 1 9 6 6 1 9 7 0 1 9 7 2 1 9 7 4 1 9 7 6 1 9 7 8 1 9 8 0 1 9 8 2 1 9 8 4 1 9 8 6 1 9 8 8 1 9 9 0 1 9 9 2 1 9 9 4 1 9 9 6 1 9 9 8 2 0 0 0 2 0 0 2 2 0 0 4 0 200 400 600 800 1000 1200 1400 1 9 9 5 1 9 9 7 1 9 9 9 2 0 0 1 2 0 0 3 2 0 0 5 2 0 0 7 2 0 0 9 トン 人アスベストに関する主な法令
• アスベスト製造・使用などを規制 – 労働安全衛生法 • アスベスト製品の製造、使用、輸入などの原則禁止(2004) • アスベストによる健康被害者への補償・救済 – 労働者災害補償保険法(労災保険法) – 石綿健康被害救済法(2006年) • 労働者の健康を守るための法令 – じん肺法(1960) ・アスベスト粉塵などの予防措置や健康管理を規定 – 特定化学物質等障害予防規則(特化則)(1971) • アスベストを含む有害な化学物質の排気装置設置などを規定 – 石綿障害予防規則(2005) • 建築物の解体・改築時などに労働者をアスベスト粉塵から守る • 環境保全のための法令 – 大気汚染防止法(1989) ・工場や建築解体現場からの粉塵飛散を規制 – 廃棄物処理法 ・廃棄物となったアスベストの取り扱い・処分方法を規定 – 建築基準法 ・アスベストを含む建材の使用禁止、増改築時のアスベスト除去の義務化世界では石綿が大量に使用されている
カナダケベック州のアスベスト鉱山 ロシア 92.5万t カナダ 24万t 中国 45.8万t カザフスタン 30万t ブラジル 22.7万t ジンバブエ 9.7万t コロンビア 6万t 世界総生産量は230万トン (2006年)環境有害要因に対するリスク
• リスク=傷害の程度×頻度(×情報の確かさ) • リスク・アセスメントとリスク・マネジメントを区別する 有害性の確認 (人への影響の定性的評価) 量ー反応評価 (定量的評価) 曝露量の評価 (曝露状況で違い) リスクの推定 (対象集団における 有害作用発生頻度) 規制施策の策定 規制策の公衆衛生 経済、社会、政治の 各面からの評価 施策の決定と実施リスク・コミュニケーション
リスク アセスメント リスク マネジメント リスクコミュニケーション 科学ベース 政策ベース リスクに関する情報および 意見の相互交換 どのような毒性があるか(有害性評価) どれだけ体に侵入する危険性があるか(曝露評価) 起こりえる健康影響はどの程度か(リスク評価) どのような対策が必要か 費用と効果 実施の具体化(予算、時期、・・) アスベスト作業環境 生涯リスク10-4∼10-3 アスベスト大気環境 生涯リスク10-6∼10-5石綿の主な用途と特徴
用途 写真 特徴 吹き付け アスベスト 石綿とセメントに水を加えて混合し、吹き 付け施工したもの。1956年∼1975年ころ 使用された。 吹き付け ロックウール 吹き付けアスベストが原則禁止になった後、吹き 付けロックウールに切り替わり、しばらくの間は石綿 を混ぜて使用されていた。石綿を混ぜて使われてい た期間は、1968年ころ∼1988年ころ。 アスベスト 保温材 保温材、耐火被覆板として用いられた。板状・筒状 のものは、プラント(生産設備)の外壁や配管の定形 部にボルトや針金で固定されて使用され、ひも状の ものは各種プラントの曲管部や施工しにくい部分に 巻きつけて使われた。石綿の主な用途と特徴
用途 写真 特徴 アスベスト 成形板 代表的なものに石綿スレートがある。防 火性、耐熱性に優れていることから、建 物の外壁、屋根など建材として幅広く使 用された。 その他の アスベスト 製品 ●石綿セメント製パイプ状製品(煙突や 排気管、上下水道用の高圧管) ●タンクやパイプラインの接続部分の液 漏れを防ぐシール材 ●摩擦材(車のブレーキやクラッチの部 品)1.石綿紡織製品(石綿糸、石綿布等)製
造作業
2.石綿セメント又はこれを原料として製
造される石綿スレート、石綿高圧管、石綿
円筒等の石綿セメント製品の製造工程にお
ける作業
3.石綿の吹付け作業
高濃度石綿ばく露作業
職業性石綿ばく露と石綿関連疾患,三信図書,2005
石綿含有建材と切断作業
石綿吹付け作業
注意したい職業
• 造船業 • 倉庫業 • 港湾労働者 • 船員 • ボイラーマン • 断熱・保温・配管業 • 自動車修理業 • 鉄道車両修理 • ビル建築業(鉄骨・内装等) • 一般住宅大工・左官・内装業 • ビル解体業 • 廃棄物処理業 • ビルメンテナンス • エレベータ設置・メンテナンス • 電気配線業 • プラスチック形成石綿ばく露のレベル
ば く 露 濃 度 ばく露人口 直接ばく露 間接ばく露 家庭内ばく露 近隣ばく露(工場、鉱山) 一般環境ばく露 職業性ばく露石綿関連の疾患・病態
肺 胸膜 腫瘍性疾患 肺がん 胸膜中皮腫 (腹膜などの中皮腫) 非腫瘍性疾患 (病態) 石綿肺 円形無気肺 胸膜プラーク(肥厚斑) びまん性胸膜肥厚 良性石綿胸水主な石綿関連疾患の石綿ばく露量と
潜伏期間の関係
10 20 30 40 50 潜伏期間(年) 石 綿 ば く 露 量 多い 少ない 石綿肺 肺がん 胸膜プラーク 中皮腫石綿曝露の医学的指標
石綿小体と石綿繊維
顕微鏡下に観察
胸膜プラーク
(胸膜肥厚斑・限局性胸膜肥厚)
画像所見:胸部X線・CT
内視鏡所見
肉眼的所見:手術時・剖検時など
Electron microscopic image
BAL sample
Filter sample
石綿小体
胸膜プラーク(胸膜肥厚斑)
過去における石綿ばく露の
重要な指標
健康に障害は起こさないが、
肺がんや中皮腫を発症するリスクがやや高い?
→ 半年毎に健診を受ける
70代男性
鉄の加工(石綿使用なし)
石綿肺
•石綿を大量に吸入することにより肺が線維化するじん肺の 一種 •石綿曝露から10年以上のちに下肺野に不整形陰影を呈す る病変が現れる(高濃度曝露であれば10年未満でも発症) •石綿肺を発症し得る作業 – 石綿製品製造(原綿の運搬も含む) – 配管、断熱、保温、ボイラー、築炉関連 – 石綿吹きつけ作業 – 船内等密閉空間で石綿を取り扱う作業 – 解体作業(建築物、構造物、石綿含有製品等) •肺癌、気胸、気管支炎などの合併に注意、進行すると慢性 呼吸不全に陥る 5∼20繊維/mlの長期曝露じん肺管理区分
胸部XP分類 著しい呼吸機能障害 管理1 じん肺の所見なし なし 管理2 第1型 管理3(イ) 第2型 管理3(ロ) 第3型、第4型A,B 管理4 第1型∼第4型A,B あり 第4型C なし又はあり胸膜中皮腫
・そのほとんどが石綿に起因するものと考えられ、中皮 腫の診断の確からしさが担保されれば石綿を原因とする ものと考えられる ・職業ばく露によるものとみなせるのは、概ね1年以上 の石綿ばく露作業歴が認められた場合である ・近隣ばく露や家庭内ばく露による発症も考えられる潜 伏期間の長い、予後の非常に悪い疾患である ・胸痛や呼吸困難が主な症状で、胸水貯留、不規則な胸 膜肥厚が認められることが多い中皮腫による死亡数
年 1,258人 大阪119人 兵庫117人 東京110人 神奈川104人胸膜中皮腫の病初期の発育形態
(中野孝司による) 壁側胸膜 に初発 臓側胸膜に 播種する 大量の胸水 が貯留する 全胸膜に進展 臓側胸膜 壁側胸膜局所麻酔下胸腔鏡
• ちゅうひしゅ
中皮腫 胸膜プラーク 壁側胸膜 肺胸膜中皮腫 CT画像の経過
H18.2.09 H18.8.28
H18.11.23 H19.01.23
中皮腫の治療
• 胸膜肺全摘術 胸膜とともに片側の肺全部、横隔
膜と心膜の一部を一緒に切除する
• 胸膜剥皮術 胸膜だけを切除する
• 放射線治療 胸膜肺全摘術後の治療
緩和照射
・化学療法 シスプラチン+ペメトレキセド
・Trimodality 術前化学療法+EPP+
術後放射線治療
・胸腔内化学療法
中皮腫の労災認定基準
第1型以上の石綿肺
業
務
上
の
疾
病
石綿ばく露作業
1年以上
石綿肺癌
石綿肺あり
石綿肺がんの労災認定基準
H24.3.29 医学的所見 石綿作業従事期間 業務上外の判断 1 石綿肺所見(じん肺標準写真の1型以上) 規定なし ○ 2 胸膜プラーク所見 10年以上 ○ 10年未満 △(個別検討) 広範囲の胸膜プラーク所見(胸部単純写真で明らか な場合、又は胸部CTで一側の胸壁内側の1/4以上) 1年以上 ○ 1年未満 △(個別検討) 3 石綿小体(5000本以上/乾燥肺1g) 石綿繊維(5μm超:200万本以上/乾燥肺1g) 石綿繊維(1μm超:500万本以上/乾燥肺1g) 気管支肺胞洗浄液1ml中5本以上の石綿小体 肺組織切片中の石綿小体又は石綿繊維 1年以上 ○ 1年未満 △(個別検討) 乾燥肺中の石綿小体が1000∼5000本未満 規定なし △(個別検討) 4 びまん性胸膜肥厚 規定なし ○ 5 医学的所見は不要(高濃度曝露作業3種) 5年以上 ○石綿曝露による肺癌と判断するために
• 肺癌の原因は石綿以外にも多くあるため、肺癌の発症リス クを2倍以上に高める石綿曝露をもって、石綿に起因する ものと判断する • 肺癌発症リスクが2倍となる曝露量とその指標 – (画像所見)胸膜プラークがあり、かつ第1型以上の石綿肺(胸部 CTで確認)があること – (職業歴)石綿25本/ml×年の曝露量で、石綿曝露作業歴10年以 上で該当する – (組織・BAL)乾燥肺1gあたりの石綿繊維200万本(長さ5μm以 上)、石綿小体5000本、BALFで1mlあたり5本以上の石綿小体 – 白石綿は、角閃石系の石綿繊維に比べ肺内に蓄積されにくいた め実際の曝露量を過小評価する危険性がある石綿小体の数が認定基準の値を下回る肺がん事案
• 昭和37年から50年にかけて約13年間、自動車の石綿含 有ブレーキライニング等の製造作業に従事した。その後、 肺がんを発症し、平成12年に死亡した。胸膜プラーク、石 綿肺の所見は認められなかったが、3,500本/g(乾燥肺)の 石綿小体が計測された。 • 本件に係る業務上外の判断 – 石綿小体の計測結果は、認定基準の一定量(5,000本/g)を下回 るものの、ブレーキライニングの製造工程に常時従事し、高濃度 の石綿ばく露を受けていた可能性が高いこと、石綿小体数の計 測に使用した肺組織の採取部位が腫瘍則近傍であること、など から、肺がんのリスクを2倍以上に高める量の石綿ばく露があっ たと認め、業務上の疾病と認定。石綿による肺がん、中皮腫の労災請求・認定状況
肺がん 中皮腫
399 546