モンゴルにおける普通教育学校の教科書供給の現状と課題
――ウランバートル市の実態調査から――
The Present Condition and Problems of the Textbook Supply System in Mongolia:
A Survey of General Education Schools in Ulaanbaatar
TAKAHASHI Kozue 髙橋 梢
目次 はじめに
1.モンゴルの学校教科書制度
1.1.現行教科書制度のしくみ
1.2.供給システムの現状と問題点
2.教科書供給にかんする実態調査――オラーンバー
タル(ウランバートル)市の事例から
2.1.調査の概要
2.2.調査結果と分析①――生徒編
2.3.調査結果と分析②――教師編
3.考察 おわりに
In 2009, a textbook system for general education schools was revised in Mongolia. But problems appear in this current textbook system. The one is a problem in the supply side.
In Mongolia, textbooks used in the stage of elementary and secondary education are not completely free of charge unlike the other developing countries. According to the current textbook system, textbooks are given to all children of the elementary school and some students of the secondary school. In addition, this system adopts a loan system, not a distribution system.
Therefore, students borrow textbooks from their school library at the beginning of a new school year and return them at the end of the year. The students who are not supported by the new textbook system will have to pay or ask someone for their textbooks before a school year begins.
However, it’s still the case that most of the students cannot prepare all textbooks for various reasons. Compared with the previous system, more students can obtain textbooks for free with the loan system, but it is hard to say that the educational environment is satisfactorily provided.
So both students and teachers have not a little dissatisfaction with the current supplying method.
In this study, through an analysis of the fact-finding survey of students and teachers in general education schools in Ulaanbaatar, I find a causal relationship between the present condition of the textbook supply system and the dissatisfaction that students and teachers have for it, and try to find ways to solve the problems of the system that Mongolia is facing now.
Abstract
はじめに
学校教育において、教科教育をおこなうさいに教科 書が中心的役割をになうものであるということは、一 般に認識されていることである。日本では、学校教育 法においてすべての児童生徒にたいする教科書の使用 義務が定められている。また義務教育教科書無償制度 にもとづき、全国の国公私立の義務教育諸学校で児童 生徒が使用する教科書は、すべて無償で給与されるた め、児童生徒ひとりひとりが自分用の教科書をもって いる。これは、「日本国憲法第26条に掲げる義務教育 無償の精神を広く実現するため」「次代を担う子供た ちに国民的自覚を深め、我が国の繁栄と福祉に貢献し てほしいという国民全体の期待を込めて、教育的意義 から実施」「教育費の保護者負担の軽減」という趣旨 のもと実施されている制度である1。こうした初等中 等教育教科書無償制度は、給与か貸与かなどのちがい はあるが、日本だけではなく諸外国においても、先進 国といわれる国々を中心として実施されている。
モンゴルの教育法には、児童生徒にたいする教科書 の使用義務が明示された条項はない。また現行教科書 制度では、普通教育学校で使用する教科書にかんして、
初等教育は無償貸与、中等教育は各学年の生徒人口の うち経済的な理由など特別な事情を有する家庭の生徒 を中心とする40%までが無償貸与であり60%は有償 となっている2。すなわち、義務教育段階にふくまれ る前期中等教育課程であっても基本的には生徒が自分 たちで教科書を入手しなければならないのが現状であ る。
毎年、新年度がはじまる時期に前後して、新聞やテ レビのニュースでとりあげられ、ひとびとの関心をひ くのが、初等中等教育学校で使用される教科書の問題 である。とりわけ注目されるのは、教科書の価格は妥 当であるかということや発行部数が生徒数を満たして いるかといった供給に関する点である。これは、教科 書を供給する方法やその部数が、実際に使用する子ど もたちやその保護者にとって、まず直面する切実な問 題のひとつとなっているためである。
2006年、モンゴル政府により「教育開発のための マスタープラン」として2015年までの基本計画が発 表された。そのなかで、教科書にかんする質的改善目 標として、「教科書の質の向上および普及のための公 正な競争が展開できる法的環境を整備する」「教科書 基準や作成・発行・供給にかんする規程の刷新」「教 科書購入能力について調査をおこない、低所得者層の 子どもへの教科書支援にたいし政府や世論からの支援 を獲得する」「学校図書館に低学年児童が授業外で読 むことのできる蔵書を増やす」等の項目が掲げられ た3。また、直面している課題として、教科書の普及 が不十分であることが指摘され、教育環境改善にむけ ての戦略が議論されている。しかしながら、教科書が 子どもたち全員に行きわたらないという状況や価格に 対する不満は、一刻も早い解決が望まれているにもか かわらず慢性的な課題として現在も根強くのこってい る。
筆者は、モンゴルの普通教育学校における自国史教 育の研究を専門としているため、オラーンバータル(ウ ランバートル)市内の普通教育学校を訪問し、歴史の 授業を参与観察する機会がおおい。教科書の分析研究 もおこなっているため、授業観察のさいには教科書の 活用方法などにも注目してみているのであるが、2012 年2月に訪問した同市バヤンゴル区に位置するセトゲ ムジ統合学校の9年生のクラスでは半数ちかくの生徒 が自分用の教科書をもっておらず、2人で1冊を共用 している光景をまのあたりにした。教科書をもってい ない生徒がクラスに少なからずいるということはすで に知っていたが、その数が半数ちかくにのぼるクラス が存在することに驚いた。教師いわく「本校にはゲル 地区から通う子どもが比較的多く、経済的に貧しい家 庭では教科書を買えない子が多い。授業中に演習問題 をあたえるときは、教科書もワークブックももってい ない子が多いので私がプリントして課題にとりくめる ようにする」とのことであった。そのとき配布したプ リントはほかのクラスでも使用するためか、授業後に 回収されていた。このような例は総体的にみればそれ ほど多くはないであろう。しかしこの経験から筆者は、
現行の教科書流通制度に深刻な問題があるというひと つの仮説をたてた。実際にどれほどの生徒が教科書を もたずに教育をうけているのか、それはなぜなのか、
その原因と教科書供給の実態をあきらかにする必要が あると考えるにいたった。
そこで本研究では、実際に教科書を使用する子ど も・教師をとりまく教育環境整備の問題に焦点をあて、
解決の緊急性を要すると考えられる教科書制度におけ る供給システムの現状と課題について考察し、仮説の 検証を試みる。21世紀にはいり、めまぐるしく変化 する教育制度の直接的な影響をうける子ども・保護 者・教師の側にたち、かれらの視点から、教科書にか かわる諸問題について、政策や文献研究からのみでは みえにくい現場の実態を丹念に調査し、総合的に検討 することで真実をあきらかにし問題解決の糸口を探る ことは、モンゴル一国のみならず各国各地域における 教育環境の向上の議論になんらかの示唆をあたえるこ とができると考える。
モンゴルの教育政策に関する研究としてはGita Steiner-KhamsiとInes Stolpeの研究があげられる4。同 研究は「教育政策の輸入」というキーワードを軸に、
モンゴルにおける教育政策の分析を、歴史のながれを ふまえながら丁寧におこなっている。とくに1990年 の民主化以降、モンゴルが社会主義を放棄し、グロー バル化の潮流のなかで国際協調路線へとむかっていく なかで、資本主義諸国による教育援助がモンゴルにあ たえた影響に着目した分析は、現在のモンゴルの教育 事情とその背景を理解するうえで非常に参考となるも のである。両氏は民主化直後のモンゴルにはいり、現 場に密着した調査研究やモンゴル国内の教育専門家ら とともに長期にわたり研究をしており、説得力がある。
ただし、本研究があつかう初等中等教育教科書にかん してはほとんどふれられておらず、教科書制度につい ての言及はない。
モンゴル国内における教育研究としては、N. Begz
やSh. Shagdarによる研究がもっとも代表的である。N.
Begzは現在、教育科学省附属教育研究所の所長であ る。1980年代にはすでに国家の教育政策実践の第一
線で手腕を発揮しており、また教育学者として多くの 研究実績を残している。政策決定の中心的立場にもあ り、その経験と研究者としての見地から分析された現 代モンゴルの教育制度、政策についての提言は注目す べきである。Sh. Shagdarは古代から現代にわたるモ ンゴルの教育史を体系的にまとめており、モンゴルの 教育史の概略を理解するうえで重要な研究といえる。
「モンゴルにおいて、1920年代はじめの近代学校成 立以降、学校教育の場で活用されてきた教材が、上述 のように教育課程の構成に応じて作成される 教科 書 として全科目において発行されたのは、1950年代 にはいってからのことである。しかし、それらの教科 書は、ソ連で使用されていた教科書の翻訳版であった。
全科目の教科書が、自国の著者によって作成・発行さ れるようになったのは1957年以降のことである」5と いうように教科書の歴史についても整理して言及され ている。教科書、教科書制度についてまとめられたも のとしては同研究が最初とみられており、その点でも 評価すべきものである。これらの研究にもとづいて、G.
Sodnomvaanchigが初等中等教育における教科書の発
展について論じているが、時代の重なる部分について は基本的にSh. Shagdarのとらえかたを踏襲したもの である6。近年では、教科書の記述内容の分析研究な どが徐々にふえつつある7。
モンゴルにおける教科書研究の代表的なものとして、
L. Tuyaaの研究をあげておく必要がある8。L. Tuyaaは、
教科書研究の理論・方法論的研究において外国語教科 書を事例として教科書内容や活用の方法など多角的に 論じ、教科書制度についても言及している。「1990年 以降の教育政策のなかで国民に浸透させるべき教育制 度のひとつとして教科書問題があったが、国民に浸透 させる前に教育省内において教科書についての認識不 足や無理解、知ったかぶりで対処するなどの事態がお こっていた」事実や教科書発行のさいの出版社入札制 度にかんするずさんな実態などをとりあげ、教科書制 度の改善や議論の必要性を主張している。これは、現 在の教科書制度においてもつうずる点である。
これらの先行研究により教科書制度のおおまかな歴
史的枠組みをとらえることは可能であるが、その時ど きに採用された制度がどのように成立し、また廃止に いたったのかという経緯やその制度の特徴などに焦点 をあてて論じた研究はほとんどみあたらない。その意
味ではL. Tuyaaの研究にもおぎなうべき点が散見さ
れるが、教科書研究を理論のみでなく実態調査の経験 もふまえてひろい視野で分析し考察している点で、本 研究におおきな示唆をあたえてくれるものである。
本研究は、L. Tuyaaの研究でも言及されていない、
教科書制度の一連のながれにおける最終段階にあたる 供給システムの問題に焦点をしぼり、分析することと する。研究の方法としては、法令や政策文書などの公 文書や先行研究などの文献資料を参考にしながら、現 地調査で収集したオラーンバータル市内の公立普通教 育学校の子ども・教師への質問紙調査の分析をとおし 考察するという方法を採用する。
1.モンゴルの学校教科書制度 1.1.現行教科書制度のしくみ
モンゴル国ナショナルスタンダード第5418号「初 等中等教育課程の発行教科書要領」の第3条第1項に おいて、教科書(surakh bichig)は、「教育スタンダー ドおよびカリキュラムの実行目的を有する学習および 教授の総合的充足のために要求される理論、方法論の 基礎となる教訓的決定を包括的に形態化した基礎的な 学習教材」と定義されている9。また、初等中等教育 法第8条「初等中等教育における教科書」においては、
「教育スタンダードおよび衛生的要求に合致したも の」(第1項)であり、「第1項に定める教科書の作成・
発行・供給事業を、政府教育問題管理担当の承認した 規程にしたがって組織する」(第2項)ことが定めら れている10。これらの法規定にもとづいて、初等中等 教育課程で使用する教科書が作成・発行・供給され、
子どもたちの手にとどく。
現行教科書制度は、2008年の教科書検定制度廃止 をうけてあらたに制定された2009年4月16日付のモ ンゴル国教育文化科学大臣令第131号「規則改定の採
択について」に付録の「普通教育学校用教科書の作成・
発行・供給規程」11(以後、教科書規程とする)にも とづいている。条文は6条29項から成っている。以 下に、概要を示す。
普通教育学校用教科書の作成・発行・供給規程 第1条 総則
1.1.普通教育学校用教科書の原稿執筆・見本試 作・発行・再発行・供給事業を組織する、
教科書を使用するにあたり発生する関係事 項について調整するばあいは本規程に準拠 する。
1.2.毎年、新規発行あるいは再発行する教科書 の一覧表は、教育問題を管轄する政府行政 中央機関(以下、「省」とする)が認可する。
1.3.本規程にしたがって発行された教科書の著 作権およびこれに関連する権利は省が有す る。
1.4.教科書を執筆・改訂・見本試作・発行・再 発行・供給する事業についての計画は、省 が認可する。
1.5.教科書は、2つの部から成ってよい。
第2条 教科書原稿の作成および試作
2.1.教科書原稿を、著作・編集チームが作成する。
2.2.教科書原稿を作成する著作・編集チームを、
教育研究機関(以下、「研究所」とする)
の意見にもとづき省より任命する。
2.3.著作・編集チームは、モンゴル国ナショナ ルスタンダード第5418号「初等中等教育 課程の発行教科書要領」(2008)に記載の 条件を満たしていること。
2.4.研究所は、著作・編集チームを、内容およ び方法論の統一した管理のもとに組織する。
2.5.省は、教科書の見本を試作する出版社を、
関連法規にしたがって選出し、契約締結す る。
2.6.選出された出版社は、著作・編集チームと
協同し教科書の見本試作事業を実行する。
2.7.研究所は、教科書原稿についてモンゴル国 ナショナルスタンダード第5420号「初等 中等教育」(2004)、同第5418号「初等中 等教育課程の発行教科書要領」(2008)お よびカリキュラムに照らして監修する事務 局を組織する。
2.8.著作・編集チームおよび出版社は、事務局 より出された助言にしたがって教科書原稿 にたいして要請された修正をおこなう。
2.9.研究所は、発行作業にうつす教科書原稿を 省の初等中等教育スタンダード、教育内容、
カリキュラムおよび普通教育用教科書政策 調整管轄局にひきわたす。
第3条 教科書の発行・再発行・供給
3.1.教科書を発行・再発行・供給する事業は、
出版社が担う。
3.2.省は、出版社を、関連法規にしたがって選 出し、契約締結する。
3.3.省は、発行された教科書を本規程の3.2 に示された契約にしたがって審査し、供給 のための結論をだす審査委員会を組織する。
3.4.省は、審査委員会の結論にもとづいて、教 科書供給の情報を出版社に書面で通達する。
3.5.出版社は、供給情報を受けとったのち、省 とかわした契約したがって供給し、供給に かんする情報、報告を省およびアイマグ、
首都の教育文化局、区の教育局に通達する。
第4条 教科書の活用
4.1.新規に発行された教科書は、学校図書館を 通じて児童生徒に利用させる。
4.2.学校は、教科書を基礎財産に登録する。
4.3.学校は、訓令をだし、教科書活用の改善事 業を責任をもって組織する。
4.4.学校は、それ以上利用不可能になった教科 書について結論をだすための事務局を組織
し活動させる。
第5条 教科書の補充
5.1.アイマグ、首都の教育文化局は、教科書供 給、活用にかんする情報、報告、補充教科 書の注文を、年度の前半および年度末の状 況にそくして年2回省に送る。
5.2.省は、補充教科書の注文にもとづいて、再 発行する教科書の名前・部数をまとめ、追 加で購入する教科書の価格から換算し、そ の教科書を発行した出版社と追加契約を締 結し実行させる。
第6条 その他の事項
6.1.教科書のとびらに、「教育文化科学省認可」
と記載し、著者名を教科書の発行記載情報 にしたがって記載する。
6.2.学校図書館を通じて使用する教科書のとび らには「学校図書館用。販売を禁止する」
と記載する。
6.3.出版社は、省への事前通知にもとづいて発 行した教科書を、図書商取引を通じて販売 してよい。販売される教科書のとびらには 本規程6.2の記載をせずに教科書の裏表 紙に価格のみを明記する。
6.4.規程の実行過程において発生した論争につ いては、関連法規にしたがって解決をはか る。
以上のように、教科書の作成・発行・供給について の基準を定めたのが本規程であり、教科書作成の詳細 な基準はナショナルスタンダード第5418号12において 定められている。これらに準拠して教科書がつくられ ることになる。教育科学省13の附属機関である教育研 究所が教科書の編纂事業を管轄すると定められている が、これは現行制度の特徴のひとつでもある。教科書 の発行認可にたいする最終決定権は省にあるが、実質 的なイニシアティブをとっているのは教育研究所とい
うことになる。こうして発行された教科書が子どもた ちに使用されるまでの経緯を簡単に図式化するとおお むね以下のとおりになる(図1)。
(1)著作・編集チームの選出
教育研究所教科書編纂事務局の選出にもとづ き教育科学大臣が任命する。
(2)著作・編集
任命された著作・編集チームは、教育スタン ダードや発行教科書規程にしたがって教科書を 作成し、教育科学省が入札した出版社と協同し て教科書原稿を作成する。
(3)認可
修正等の段階を経て完成原稿としてできあ がった教科書は、教科書編纂事務局により教育 科学省へ提出される。同省の認可により発行が 可能となる。
(4)製造・供給および使用
教育科学省は、首都・アイマグの教育行政機 関による需要数の報告にもとづき、入札した出 版社に発行部数を通達する。これをうけて出版 社は教科書を製造し、各教育行政機関に供給す る。教科書は、各教育行政機関から各学校図書
館に分配され、無償貸与の対象となる子どもた ちを中心に使用される。有償の対象者は市場に 流通する教科書を購入して使用することとなっ ている。
(5)無償制・有償制の併用
普通教育学校で使用される教科書については、
初等教育課程の児童にたいしては100%、中等 教育課程の生徒にたいしては学年ごとに40%
まで無償で貸与される。のこる60%の生徒に たいしては有償制がとられている。
1.2.供給システムの現状と問題点
ここで、現行制度のしくみをふまえ、供給システム の現状と問題点について検討したい。
教科書がつくられ使用されるまでの過程において供 給の段階は、子ども・保護者・教師と教科書を直接む すびつける場となる。
さきにふれたが、現行制度では初等教育課程の児童
は100%、中等教育課程の生徒は40%まで無償貸与制
により学校図書館から借りて教科書を使用する。しか しながら、中等教育課程の60%の生徒は、有償の対 象であり、自分で教科書を手に入れなければならない ⴭస࣭⦅㞟
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図1 教科書が使用されるまで
図2 教科書の供給システム
のが現状である。そこで利用されるのが、一般書店、
臨時教科書販売所、古本市場、学校の上級生や知人と いった流通市場である(図2−①、②)。
子どもたちは、新年度のスタートにあわせて教科書 を探してまわる。一般書店や臨時教科書販売所では定 価で販売されているが、古本市場では価格が変動する。
基本的に、使用済みの教科書の場合であれば定価より も安くなる。しかし、新しい教科書も販売されており、
市場に出まわる部数の少ない教科書となると、定価の 2倍以上になるばあいもある。
教育科学省は、そのホームページ上において、新年 度にあわせて新規発行される教科書の一覧とともに販 売場所を公開するようになった14。しかしながら、こ れを確認すると、各学年で使用する教科書のすべてを 一か所でまとめて購入することができないことがわか る。教科書は一教科につき一種類であるが、教科書ご とに発行元の出版社が異なるばあいがあるため、おろ す市場が出版社によって異なることや発行部数の相違 などが影響しているものと考えられる。
筆者は、長期留学を利用して教科書が販売されてい る場所に日常的に通い、在庫教科書の種類の増減や価 格の動向に注目していた。書店や古本市場を訪れたさ いに多くの教科書を購入したが、必要な教科書がなか なかみつけられない状況や、本来販売が禁止されてい
るはずの学校図書館用の教科書が市場に出まわり売買 されているのをたびたび目撃した。
近年、モンゴル経済の成長によりインフレ率が上昇 し、一般家庭の経済を圧迫する状況がつづいている。
インフレの影響は教科書にもおよんでいる。とくに古 本市場で商売をしている個人販売業者にとっては、教 科書は大きなマーケットシェアをほこり、売り上げが 期待できる商品であるため、需要が高まる時期になる とほとんどの販売者が設定価格をあげる。商売相手が 子どもであっても容赦はない。したがって、子どもの 教育活動に欠かせないと理解してはいるものの、教科 書を購入することに慎重になる家庭が少なくない。学 校図書館には、無償貸与用のほか、常備用としての教 科書も数冊所蔵されているが、これは一時的にしか借 りることができない。
以上のような事情により、クラスの半数ちかくの生 徒が自分用の教科書をもっていないという事態が多く はなくとも発生しているのである。これは、そのクラ スが義務教育段階にあたる学年であったばあいを考え ると、なおさら看過できない問題である。
以上のような供給システムの現状と問題点をさらに 明確にするため、生徒と教師を対象に質問紙による実 態調査をおこなった。
2.教科書供給にかんする実態調査 ――オラーンバータル市の事例から 2.1.調査の概要
(1)調査の目的
本調査の目的は、教科書の供給システムの現 状にかんして子ども・教師がもつ認識およびか れらがかかえている問題について把握し、解決 の方法を探ることにある。
(2)調査の対象
本調査は、2012年1月から3月にかけてモ ンゴル国の首都オラーンバータル市にある公 立の普通教育学校5校における中等教育課程7
−11学年の生徒および教師を対象に実施した。
対象地域をオラーンバータル市としたのは、調 査環境が整っているためである。同市がモンゴ ル国の人口のおよそ3分の1を占める中枢都市 であり、学校や調査対象者の数が多くサンプル を収集しやすいこと、教科書流通市場が大きい こと、都心部と郊外の生活格差があるため多様 な回答が得られると考えた。もっとも発展して いる地域の現状を知ることで、地方の状況をあ る程度予測することも可能となるため、まずは 同市の調査をもって現状を検証する。なお、対 象学年から初等教育課程の児童をはずしたのは、
同課程の教科書は100%無償貸与のため、調査 の目的を十分に満たさないためである。
調査協力校の抽出は、現地の指導教授および 知人の紹介による。事前連絡のうえ訪問し、校 長もしくは教頭に調査の趣旨を説明し、許可を 得て実施した。教務主任に調査方法を説明のう え質問紙をあずけ、生徒および教師に配布回答 してもらい、後日受け取りに行った。
調査対象者数は、生徒526人、教師200人と した。回収率は、生徒100%、教師78%(155人)
である。
(3)調査方法、項目設定
子どもたちが教科書を手に入れる手段や環境 について、生徒自身あるいは教師がどのように 認識しているのか、何を問題だと感じているの かを把握するため、質問紙調査を実施した。調 査項目には、選択形式および自由記述形式の両 方がふくまれている。本来は、生徒や教師ひと りひとりの率直な意見やおもいを自由に回答し てもらうことが望ましいと考えたが、質問項目 の数が多いばあいや記述形式の項目ばかりのば あい、回答率が大きく下がってしまうので設定 のしかたを考慮するようアドバイスをうけたた め、選択形式の項目を増やした。ただし、でき るかぎり自分の言葉で本音を自由に回答しても らいたかったため、回答理由などを自由に表現 できるよう記述欄を設けるなどして対応した。
(4)集計方法
集計方法は単純集計である。本調査の質問項 目には複数回答可能な項目や自由記述形式の項 目があり、回答数よりも内容を重視した。また 集計のさい、不明確な回答や無回答を外して集 計した。
2.2.調査結果と分析①――生徒編
まず、生徒を対象とした質問紙調査の結果を検討す る。質問項目は9項目である。
A. 教科書の入手方法
子どもたちが教科書を入手する方法は、おおま かにわけると「購入」「貸与」「譲渡」の3つがあ る。そこで「教科書をどのようにして入手しまし たか」という質問をした。教科書は科目の数だけ あり、入手方法の組み合わせも多様であることを 考慮し、選択肢を以下のように設定した。
【回答】
1.購入のみ228人(43.3%)
2.購入+貸与232人(44.1%)
3.購入+譲渡3人(0.6%)
4.購入+貸与+譲渡5人(1%)
5.貸与+譲渡1人(0.2%)
6.貸与のみ50人(9.5%)
7.譲渡のみ1人(0.2%)
8.その他6人(1.1%)
手に入れた教科書すべてを「購入した」と回答した 生徒は全体のおよそ4割である。少なくとも1冊以上 教科書を購入した生徒の割合を算出すると、「購入の み」「購入+貸与」「購入+譲渡」「購入+貸与+譲渡」
の合計で468人になり、全体の89%にのぼる。「その 他」と回答した生徒のうち3人がその理由を述べてく れていたが、いずれも「1冊も教科書をもっていない」
という回答であった。
1冊以上「貸与」の割合は55%であり、「購入」と
「貸与」を活用しながら授業参加していることがわか る。「譲渡」により入手した生徒は、ほとんどみられ ない。
B. 購入先
つぎに、教科書を「購入した」と回答した生徒 にたいし、「どこから(だれから)購入しましたか」
(複数回答可)という質問をした。回答は以下の とおりである。
【回答】
1.一般書店から258人(38%)
2.臨時教科書販売所から31人(4%)
3.古本市場から158人(23%)
4.学校の上級生から167人(25%)
5.知人・友人から33人(5%)
6.その他28人(4%)
「一般書店から」と回答した生徒がおよそ4割を占 める。新品の教科書は大型の書店に行くとある程度そ ろっている。また新規発行の教科書は上級生や古本市 場から購入することが困難なこともこの回答を選択し
た理由のひとつであると考えられる。
「学校の上級生から」が25%、「古本市場から」が 23%とあるが、これはできるだけ安く購入したいとい う希望から選択される手段であり、一般書店よりも教 科書の種類がそろっていることも関係すると考えられ る。ある生徒は、「前年度と同じ教科書を使用する場 合は、上級生から安く売ってもらうのが一番簡単でら くだ」と語った。そのように考えている生徒は比較的 多いように印象をうけた。
C. 購入時期
教科書は、夏休み期間である8月下旬ごろに各 学校に届けられ、また市場に出る。新年度がはじ まる9月には店頭にならびはじめる。前年度から 使用している教科書は、年中市場に出ているため、
基本的にはいつでも購入することができるが、新 しく発行された教科書や発行部数の少ない教科書 は、大型書店であっても、売りきれると再入荷が ほとんどない。
そこで、教科書の購入時期について、「いつ購 入しましたか」(複数回答可)と質問したところ、
つぎのような回答が得られた。
【回答】
1.新年度がはじまる前63人(12%)
2.新年度がはじまってから450人(84%)
3.まだ購入していない14人(2%)
4.購入するつもりはない4人(1%)
圧倒的多数が「新年度がはじまってから」購入する との回答であった。これは、新年度がはじまるまでに 教科書が市場に出そろわないという事情がしばしばみ られることによるものだと考えられる。
D. 購入価格
教科書の価格は、教育科学省によって定めら れる。しかし、古本市場や個人から購入する場 合、使用済み教科書であれば定価と同じか安くな り、新品のばあいは定価よりも高くなることがあ
る。こうした価格変動が、子どもたちに負担をか けているひとつの要因でもある。そこで、「教科 書をどの程度の価格で購入しましたか」(複数回 答可)という質問をした。
【回答】
1.定価192人(34%)
2.定価より高く199人(35%)
3.定価より安く121人(22%)
4.その他37人(7%)
一般書店や臨時教科書販売所では定価販売がまもら れているため、定価購入の割合が3分の1を占めてい ることに違和感はない。価格変動がおこる販売場所で ある古本市場や上級生・知人など個人から購入する割 合は、全体の50%を超えるが、それは定価より安く 購入できるというメリットがあるからだ。しかしなが ら、この回答をみると、「定価より高く」購入した生 徒が「安く」購入した生徒より13%も上まわっている。
これは、個人販売業者が新規発行教科書および新品教 科書の価格をあげたことによる。使用済み教科書であ りながら出まわっている部数が少ないことにより価格 が高騰したということも要因としてあげられる。一般 書店等で在庫がなく、古本市場で購入するほか方法が なくなると、売り手優位の状況がつくられやすくなる。
とくに需要の高まる9月、10月ごろはなかなか価格 がさがらない。
E. 価格にたいする意見
ここでは、「教科書の価格についてどう思いま すか」と質問をした。
【回答】
1.高い248人(47%)
2.ふつう215人(41%)
3.安い7人(1%)
4.わからない49人(9%)
「高い」と回答した生徒が「ふつう」と回答した人 数を上まわり、およそ5割ちかくを占めた。反対に、「安
い」と回答した生徒は7人のみであった。これは、売 り手優先の市場という環境が背景にあるが、単純に定 価以上の価格で購入した生徒がふつうよりも高く感じ たことによるものと考えられる。
F. 未入手教科書の有無
「授業で使用するがまだ入手していない教科書 はありますか」と質問したところ、「ある」と答 えた生徒が369人(70%)、「ない」と答えた生徒 が153人(29%)であった。「ある」と答えた生 徒に「なぜ入手していないのか」と理由を問うた ところ、つぎのような回答であった。
【回答】
1.購入の意志はあるがみつからない199人(42%)
2.販売しているが高い109人(23%)
3.販売しているが教科書の状態が悪い54人(11%)
4.教科書がなくても授業に支障がないと思った 64人(14%)
5.その他43人(9%)
これは、教科書を購入したくても、みつからない、
高い、使用済みの教科書になると状態が悪い、など の回答から外的要因によるものが多いことがわかる。
いっぽうで、「教科書がなくても授業に支障がない」
ため、わざわざ購入するつもりはないという回答をし
た生徒が14%いた。本調査では、特定の科目ではな
くすべての科目の教科書について問うているため、ど の科目の教科書のことをさしているかは知り得ない。
理由はさまざまあるにせよ、必要な教科書を入手し ていないと回答した生徒の割合が70%にものぼる現 状は、本調査をした期間が1月から3月という、学年 の後半から終盤にかけての時期であることをかんがみ ると、なおさら義務教育を含む中等教育課程の教育環 境のありかたとして、放置してはおけない問題である。
G. 教科書をもっていない生徒への教師の対応 では、教科書をもたないまま授業に参加してい る生徒にたいし、教師はどのように対処している
のであろうか。ここでは、教科書をもっていない ばあいに教師がとった態度について自由に記述し てもらった。まとめると以下のような回答となっ た。
【回答】
1.買いなさいという237人
2.しかる91人
3.ほかの子に見せてもらうようにいう54人
4.ほかのクラスや図書館で借りるように指導す る・教師が貸してくれる28人
5.教科書の必要性を説く27人
6.もってこないと授業を受けさせないという
(立たせる・教室の外に出す・たたく等)21人
7.成績にマイナス点をつけられる9人
8.とくにかまわない76人
9.その他11人
圧倒的に多かった回答は「買いなさい」という対応 であった。その場では、応急的に、隣の生徒に見せて もらう・ほかのクラスや図書館で借りさせる・教師が 自分の教科書を貸す・黒板に板書あるいは口頭で教科 書を読みノートに書きとらせる等の対処をし、次の授 業までに用意するようにと指導をするやりかたがみら れる。なぜもっていないのか理由を尋ね、教科書をさ がしてもみつからず、あったとしても高くて買えない といった現状を理解し、丁寧に対応してくれる教師も いる。
「買いなさい」のつぎに多かった回答は「しかる」
であった。どのようにしかるのか、そのしかりかたに もよるが、回答6にあるように、その場で立たせる・
教室の外に出す・たたくというような行動にでる教師 もみられる。成績がさげられることもあり、教師に対 する不満もみられた。
いっぽう、教科書をもたない生徒がいても「とくに かまわない」で授業をすすめる教師の数も少なからず いることが確認された。宿題や課題をおくれずに提出 していれば特に問題はないとみる教師も存在する。
H. 入手方法にたいする意見
「教科書の入手方法についてどう思うか」と質 問したところ、現状に「満足している。今の方法 でよい」と答えた生徒が191人(36%)、「不満で ある。改善してほしい」と答えた生徒が372人
(61%)であった。「その理由を述べてください」
(自由回答)との質問にたいして、つぎのような 回答を得た。
【回答】
a.「満足」と回答した理由
1.書店に行けばだいたい購入できるから33人
(45%)
2.今のところ負担はない21人(29%)
3.今のままでよいが、できれば国からの無償配 布を希望する11人(15%)
4.上級生から買えばよいから6人(8%)
5.学校図書館で借りることができるから(借り 物なので大切に扱わなければならないという 責任感が出る)2人(3%)
b.「不満」と回答した理由
1.必要な教科書の数が不足していてみつからず、
あちこち探しまわるのが大変125人(44%)
2.国から全員に無償配布してほしい72人(26%)
3.価格が高い、または価格が変動する44人(16%)
4.学校など1か所でまとめて定価で購入できる
ようにしてほしい24人(8%)
5.新年度がはじまる前にすべての教科書を不足 なく販売してほしい6人(2%)
6.その他11人(4%)
「みつからず、さがしまわるのが大変である」と現 状に不満をいだいている生徒が125人と最多であり、
24人が「まとめて購入」したいと希望している。「そ の他」のなかには、「何か所もまわり購入しなければ ならないのは教科書代だけでなくバス代もかかる」と いう意見や「買いたいときにすぐに買えず、何日もか けてさがすのは時間の無駄」であるという意見もあっ
た。生活圏が郊外にあるばあいは、教科書にかかる費 用のほか交通費も負担となる。流通部数の不足や価格 の問題にくわえ、生徒それぞれの生活圏内にどれだけ 教科書を販売している場所があるかということも、上 記のようなおもいを生じさせる要因のひとつになると 考えられる。また、満足と回答した生徒のなかにも「無 償配布」の希望がある。これらの率直な意見は、さら なる制度改善を検討するさいに示唆を与えてくれる。
I. 教科書販売の現状改善策
最後に、教科書を使用する当事者として、「教 科書供給の現状を改善するためにどうすればよい と思いますか」と質問したところ、つぎのような 回答が得られた。
【回答】
1.学校に教科書販売所を設置する146人(25%)
2.教科書取扱店に全種類そろえて販売する122
人(21%)
3.定価販売、古本のばあいは安くする293人
(51%)
4.その他13人(2%)
以上の回答結果から、生徒の多くは、価格の安定を 望んでおり、確実に購入が可能な販売所の設置を求め ていることが明らかになった。
2.3.調査結果と分析② ――教師編
つぎに、教師にたいする調査結果を分析する。ここ では、教師自身の教科書にたいする意識の確認をし、
子どもたちが自分専用の教科書を所有し活用するため に、整備された状態であるべき供給環境が決してよい とはいえない現状を、教師がどのように考えているの かを具体的に知るために以下の項目を設定し回答をも とめた。質問は6項目である。
A. 教科書の重要性
まず、教師自身の教科書にたいする意識をはか
るため、「学校教育において教科書はどの程度重 要だとおもいますか」という質問をした。
【回答】
1.とても重要96人(61.9%)
2.重要58人(37.4%)
3.ふつう1人(0.7%)
4.それほど重要ではない0人(0%)
5.重要ではない0人(0%)
ほぼすべての教師が教科書を学校教育に必要な学習 教材であると考えていることが判明した。また、回答 の理由を自由に記述してもらったところ、「子どもに とって第一の学習材だから」「教科書にそって授業を すすめるから」「子どもに自主学習能力をつけさせる ことができるから」「スタンダードに準拠してつくら れた教材だから」などの理由が述べられていた。子ど もたちの自主学習能力の向上をはかるために教科書を 活用したいと考えている教師が比較的多くみられたこ とは興味深い。
B. 教科書の使用頻度
つぎに「授業中に教科書を活用する頻度はどの 程度ですか」と質問したところ、以下の回答が得 られた。
【回答】
1.常に活用する52人(34%)
2.だいたい活用する78人(50%)
3.ときどき活用する20人(13%)
4.活用しない0人(0%)
全体の85%程度の教師が教科書を活用している。
これらの結果から、教師にとって、現在の学校教育に おいて授業をすすめるうえで教科書は欠かせないもの であることが理解できる。
C. 生徒の教科書購入状況
生徒が教科書をどのようにして入手している か、その現状を教師たちが把握しているかどうか
を確認するため、「一部の生徒が古本市場などで 定価より高い値段で教科書を購入している状況を 知っていますか」と質問した。回答結果は、「よ く知っている」が38人(25%)、「知っている」
75人(49%)、「少し知っている」24人(16%)、「知 らない」13人(8%)であった。調査した教師全
体の88%が多少なりとも子どもたちのおかれて
いる環境を把握していることがわかる。さらに、
「このことを知ってあなた自身はどのように考え ますか」と質問し自由回答を得た。調査人数155 人中81人が意見を記述していた。代表的な意見 としてはつぎのような回答がみられた。
【回答】
1.教科書の発行部数が不足しているからこのよ うな価格の上昇という事態が生じる。十分な 部数を発行すべきである30人
2.生徒数を満たした部数を学校図書館に配布し 貸与できるようにするべきである11人 3.販売価格や販売場所にかんする統一規則をつ
くるべきである6人
4.上級生が使用していた教科書を安価で買える ようにするといい4人
5.その他の少数意見30人
もっとも多かったのは、教科書発行部数が子どもの 数を満たしていないという意見であった。その他の少 数意見としては、「ほかの場所では販売せず、学校経 由で販売するのがよい」「個人や古本市場では転売さ れた教科書が高い値段で売られる」「わざわざ高い値 段の教科書を買う必要はない」「学校図書館にも教科 書が不足している」「新学期がはじまるころになると 急に高くなる」「市場経済だからしかたのないこと」
「100%無償貸与であるはずの小学生用の教科書です ら不足している」「子どもたちや保護者が話している のを耳にした」「教育システムがわるい」等、教師そ れぞれがどのように感じ、考えているかを多少なりと もあきらかにすることができた。
D. 教科書をもっていない生徒への対応
教科書を購入していない生徒にたいして、教師 はどのように指導しているのであろうか。教師そ れぞれが、受けもつクラスの生徒ひとりひとりに どれほどの注意をはらっているかを確認するため、
「教科書を購入していない生徒にどのように対処 していますか」と質問したところ、つぎのような 回答が得られた。
【回答】
1.購入していない理由を尋ね、入手するように 指導する119人(77%)
2.生徒自身の問題なのでとくに気にしない7人
(5%)
3.その他16人(10%)
8割近くの教師が、教科書をもっていない生徒がい ると、その理由を尋ねて何らかのかたちで入手するよ うにと指導している。具体的な方法としては、「ほか の生徒にみせてもらうように対処する」、「図書館やほ かのクラスの生徒から借りて使用させる」など、その 場で臨機応変に対応策をとっている。そのうえで、購 入するようにうながしている。また、保護者にたいし て、「子どもが教科書をもっていないことについて話 し、用意するように依頼する」という回答も複数みら れた。しかしながら、教科書を入手することが困難な 状況をある程度把握しており、生徒や保護者にたいし て購入を強くうながすことができずにいるといった複 雑な心情を有している教師がいることも把握すること ができた。生徒への質問にたいする回答に多くみられ た「しかる」という対処法はここではみられなかった。
生徒と教師のあいだに認識のちがいがみられる。
少数ではあるが、教科書をもっているか否かについ ては生徒個人の問題であるとわりきり、とくに気にと めずに授業をすすめる教師もいた。
E. 教科書供給の現状について
ここでは、現在初等教育課程の児童100%、中 等教育課程では生徒の40%がうけている教科書
の無償制にたいする考えについて知るため、「教 科書の供給方法についてどう思いますか」と質問 したところ、つぎのような回答が得られた。
【回答】
1.小中高すべての子どもに無償給付するべきで ある31人(18%)
2.小中学生は無償にするべき、高校生は有償で もよい24人(14%)
3.適した価格で販売する67人(38%)
4.学校図書館から無償貸与し学年末に返却41人
(23%)
5.その他9人(5%)
無償給付・無償貸与よりも適した価格で購入する有 償のシステムを支持する声が多く、現実的に考えてい る教師が多いことがよみとれる。無償にすると教科書 を大切にあつかわないと考えている教師もいる。
F. のぞましい教科書購入方法
すでに述べたが、現行教科書制度において、中 等教育課程の生徒たちは基本的に自分で教科書を 購入することになっている。そこで、「生徒が教 科書を購入する方法としてもっとも適切だと思わ れる方法はどのような方法だと考えますか」とい う質問をした。得られた回答は以下のとおりであ る。
【回答】
1.書店等で購入57人(34%)
2.学校を通じて購入87人(53%)
3.その他20人(12%)
現在は「書店等で購入」するのが一般的であり、「学 校を通じて購入」する方法はとられていない。しかし ながら、後者の方法が半数以上を占めていることは注 目すべき点である。「その他」と回答した教師の意見 として、「国からの無償貸与」や「国がなんとかする」
ことを望む声があがっていることからも、生徒の教科 書所有状況がよいとはいえない状況であることを認識
し、改善の必要性を感じていると考えられる。
3.考察
質問紙調査の結果から、子どもや教師が教科書の供 給システムの現状をどのようにとらえているかを総合 的に考察すると、3点の共通性をみいだすことができ る。
第1に、教科書の発行部数が生徒総数にたいし不足 していると感じている。生徒の調査では、必要な教科 書を探して何か所もまわるがみつからないため、新年 度がはじまってから半年以上経過しても入手できない 教科書があるという声が全体のおよそ4割にのぼった。
とくに新規発行の教科書を入手するさいにこのように 感じる生徒が多い。教師の認識は、より確信的である。
生徒が教科書を古本市場などで定価より高く購入して いる状況にたいし、「教科書の発行部数が不足してい るからこのような事態が生じる」とはっきりと記述し た教師が全体の25%を超えている。こうしたかれら の認識は的を射ている。
教科書には発行部数が記載されている。筆者が購入 した教科書を数冊確認したところ、同一学年の教科書 であるにもかかわらず、発行部数が統一されていな かったり、無償貸与用の教科書と販売用の教科書の発 行部数が同じであったりした。一部の教科書は発行部 数の記載がないものもあった。無償貸与用の教科書に 記載の発行部数は、各学年の生徒数の40%分の数で あるため、販売用の教科書がこれと同数であれば、確 実に不足する事態が生じる。また、一般販売されてい る教科書は、生徒だけでなく筆者のような一般のひと びとも自由に購入することが可能であるため、発行部 数に余裕がなければ生徒に確実に行きわたらない状況 がおこりうる。
第2に、価格設定に問題があると感じていることが あげられる。教育科学省が、発行の契約をむすんだ出 版社と協議のうえ、発行可能な最低限度の価格を定価 として決定するのであるが、古本市場など個人販売業 者によって売買される教科書は、定価をまもらず値段
の上げ下げがおこなわれているのが現状である。少な くとも1冊以上の教科書を購入して使用している生徒 の数は、全体の9割ちかくにのぼるが、定価より高い 値段で購入せざるを得ない状況に、生徒やその保護者 は負担を感じている。安くなってから購入しようと考 える子どももおり、結果的に教科書なしで授業に参加 することになれば、本人の学習にとって支障がでるだ けでなく、教師にとっても授業進行に影響がでること も容易に想像がつく。
かれらがよく利用する古本市場では、新年度がはじ まる8月下旬から10月上旬をピークに、教科書の需 要が高まるために価格の上昇がおこる。教科書が他の 一般図書と同様のあつかいで販売され、売り手にとっ ててがたい収入源となるゆえ、こうした価格の変動は なくならない。子どもや保護者の経済的負担をおさえ られるように、教育科学省主導で価格設定をおこなっ ているはずであるが、このような現状にたいする対策 は整備されず、教育科学省は販売業者への注意喚起な どをおこなっていない。
第3に、すべての教科書をそろえた販売所の設置を 望んでいることである。調査対象となった生徒のおよ そ7割が、すべての教科書をそろえることができてい ないという結果がでた。その理由として多かったのは、
何か所も書店等を探しまわったがみつからないためだ という回答であった。オラーンバータル市のなかで教 科書を販売している場所はいたるところにあるが、各 学年で使用する教科書を全科目そろえている販売所は ない。大型書店でも販売教科書の種類はかぎられてい る。
こうした現状にたいする措置として、多くの生徒と 教師が、学校で販売することを希望すると回答してい た。たしかに、学校でまとめて販売することが可能と なるならば、生徒にとっては時間とお金をかけて探し まわる必要がなくなり、安全性もある程度確保される。
もしくは、学校周辺に学区ごとの指定販売所を設ける という方法もあろう。
調査をとおして得られた現場の声をもとに、あらた めて現行教科書制度をみなおしてみると、このような
問題が生じる根本要因は、制度そのものの完成度の低 さにあるといえる。それが現在の悪循環をのばなしに しているのである。また、法律上、教科書の使用義務 が明示されていないことも、供給不足に多少の影響を およぼしている可能性があると考えられよう。
本稿で提示した現行の教科書規程は、無償貸与用の 教科書を基準とした内容であり不完全な規程であると 評せざるを得ない。無償貸与用教科書とは区別して販 売用教科書が発行されるにもかかわらず、後者につい ての規定が明確にされていないからである。販売用教 科書についての規定が確認できるのは、第6条の「出 版社は、省への事前通知にもとづいて発行した教科書 を、図書商取引を通じて販売してよい。販売される教 科書のとびらには本規程6.2の記載をせずに、教科 書の裏表紙に価格のみを明記する」(6.3)という条 項のみである。教科書の体裁や記述内容は同一である ため問題はないが、製造の段階から使用されるまでの 一連の流れが明確に規定されていないのである。その 結果、子どもたちや教師が満足しえない現在の状況が 生じていると考えられる。教育科学省はすべての児童 生徒にいきわたるように計算して発行していると表明 しているが、販売用教科書の実質発行部数が生徒数を 完璧に満たしているのかどうかは、販売用教科書に記 載の発行部数をそのまま信用することができないうえ、
これ以外に数字が公になっていないため現状では知る ことができない。
したがって、現状改善のためには、まず教科書制度 を支えるこれらの規程をみなおし整備する必要がある。
調査結果からみえてきた3つの観点を中心に考えてみ るならば、たとえばつぎのような対策があげられよう。
すなわち、応急措置として販売価格に上限を設定する。
あるいは、販売用教科書をさらに生徒用・一般用にわ け、生徒用は定価を超えないように規制し、生徒数に 合致した発行部数および販売数を確保する。また、上 述のように販売場所の指定をする等。財政面や政策面 など各方面での調整が不可欠であり、制度変更は容易 なことではないが、直面している課題にたいし一刻も 早い改善がもとめられる。
ただし、供給システムにかんして、現行制度が前制 度にくらべて進展した点もあることを確認しておきた い。冒頭に述べたマスタープランで掲げられた目標の ひとつであった「低所得者層の子どもへの教科書支 援」に関連して、中等教育課程において低所得者層・
障害者・3人以上の子どもがいる家庭の生徒にたいす る無償貸与の割合が、前制度では30%までであった が現行制度では40%までと拡大された。また、初等 教育課程の児童にたいして教科書の完全無償化を貸与 というかたちで実現した。これらは、評価できる成果 のひとつといえる。
モンゴルにおける義務教育は前期中等教育課程まで の9年間である。義務教育とさだめるからには、国家 の責任において、なるべく早い段階で少なくとも9学 年までの生徒にたいする完全無償化を達成するべきだ と考える。いずれにせよ、現場の声をのばなしにして おくのではなく、責任ある立場の政府や教育科学省、
専門家らが政策決定の場で真剣に議論するべきときが すでにきている。子どもにとってよりよい教育環境を 整備していくことはおとなの責任である。
注
1 文部科学省ホームページに掲載。
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyoukasho/gaiyou/04060901/012.htm
2 普通教育学校とは Yörönkhii Bolovsrolyn Surguuli のことをいう。初等教育課程、前期中等教育課程、後
期中等教育課程をふくむ。長く10年制が採用されてきたが、2005年9月より11年制(5・4・2)、2008 年9月より12年制(6・3・3)へ移行。モンゴルは9月から新年度がはじまり6月に修了する。12年制 は2012年9月より(5・4・3)の編成となった。
3 Mongol Ulsyn Zasgiin Gazar(2007), xxiii, p. 7.
4 Gita Steiner-Khamsi and Ines Stolpe(2006)
5 Sh.Shagdar(2010), Ⅱ, p. 573.
6 G.Sodnomvaanchig(2008).
7 N.Begzを中心とした教育研究所の研究チームは1939年のハルハ河戦争の歴史がモンゴルの歴代中学校歴
史教科書にどのように記述されてきたかを比較研究した(N.Begz, 2010)。N. Bayartsetsegは、モンゴルで おきた1990年民主化の歴史記述の比較分析を中学校歴史教科書をもちいておこなった(N.Bayartsetseg,
2010)。Ya.Shiiregmaaはソ連解体後のロシア、モンゴルの歴史教科書を政治的影響という観点から比較分
析している(Ya.Shiilegmaa, 2012)。
8 L.Tuyaは、外国語教科書を事例に教科書の理論・方法論的研究で博士号を取得している(L.Tuya, 2005)。
現行教科書制度下において教科書編纂事業の責任者として携わっている。
おわりに
以上、モンゴルにおける現行教科書制度を概観し、
実態調査によって普通教育学校の教科書供給の現状を 分析することにより、現在モンゴル社会が直面して いる教科書問題の一端をあきらかにした。モンゴル は21世紀にはいり大幅な教育改革にとりくんでいる。
試行錯誤をかさねているが、政権交代などの影響もあ り、現在も国家としての教育改革の方向性がゆれてい る状態がつづいている。教科書についていえば、本稿 でとりあげた問題にくわえ、2013年にあらたに採用 され試行がスタートしたカリキュラムに対応した教科 書の作成がまにあわず、学期ごとに発行することで対 処するという事態も発生している。課題は山積みであ る。
本稿では、教科書制度のなかでも供給システムのみ をあつかうにとどまった。供給にいたるまでの段階に あたる執筆者の選出や作成の工程についても教科書の 質的側面を追究するうえでつまびらかにする必要があ り、教科書制度の歴史的変遷をたどる研究もすすめな ければならない。別の機会にあらためて検討したい。
9 Baga, dund bolovsrolyn khevlemel surakh bichigt tavikh shaardlaga , Mongol Ulsyn Standart (MNS5418 : 2008), УБ., pp. 1-2.
10 モンゴル国教育科学省ホームページに掲載。第8章第2項の条文中にある「政府教育問題管理担当」は教
育科学省のことをさす。http://www.meds.gov.mn/director-content-58-315.mw
11 Juram shinechlen batlakh tukhai , Mongol Ulsyn Bolovsrol, Soyol, Shinjlekh Ukhaany Saidyn Tushaal, 2009.04.16,
№ 131, UB.
12 Baga, dund bolovsrolyn khevlemel surakh bichigt tavikh shaardlaga , Mongol Ulsyn Standart (MNS5418 : 2008), UB.
13 2000年から2012年まで教育文化科学省。2012年より教育科学省と文化スポーツ観光省に分化。本文では
便宜上現在の「教育科学省」に統一した。ただし、教科書規程中の表記は公布時の「教育文化科学省」と した。
14 モンゴル国教育科学省ホームページ http://www.meds.gov.mn/schoolbook
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子どもと教科書全国ネット21編著(2008)『最良の「教科書」を求めて――「教科書制度」への新しい提言――』
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