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聞きたくない音

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Academic year: 2021

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14 Field+ 2010 01 no.3

イルカの音を求めて

森阪匡通

 

イルカは世界中の海にいる。いろんなイルカの

音を求めて三千里。苦労はあるが、まずは彼らと同じ環境を

「聞く」ことが重要である。

御蔵島のミナミハンドウイルカ。多様な音を出す。撮影は酒井麻衣。

聞く 1

もりさか ただみち /

日本学術振興会特別研究員(京都大学)

水の中でイルカの音を聞く

 「カチカチカチカチ……」「ピュイーピュ イー」

 小笠原のコバルトブルーの海に静かに入 ると、どこからともなく聞こえてくる音。

やがて目の前に想像よりも大きなミナミハ ンドウイルカたちが騒々しく現れ、私たち に一瞥をくれてそのまま泳ぎ去る……これ が私にとっての初めての野生のイルカとの 出会いであった。

 イルカは実に多様な音を出す。それらの 音を用いてどんなコミュニケーションを 行っているのだろうか、という素朴な疑問 が私の研究の出発点である。それを明らか にするには、学問分野を問わず様々な方法 を用いて研究を行う必要がある。元来苦手 な物理や数学も使わざるを得ない。今更な がら高校や大学の物理の教科書を開く日々 である。音は水中では空気中の約4倍もの スピードで進む。音がやってきた方向を、

両耳に届く時間のわずかなズレを用いて判 断している私たち人間にとって、水中で音 の来る方向を知るのは非常に難しい。つま り、どのイルカが音を出しているのか、人 間の耳ではわからないのである。

 しかし誰が音を出しているのか知りた い。私たちのグループは、防水ハウジング にビデオを納め、ステレオマイクの間を約

1m(私たちの両耳の間の距離の4倍以上)

離した水中ビデオシステムを作って、水中 でイルカの行動と音声を収録してきた。そ うすればちょうど人間が空気中で聞いてい るのと同じように水中の音も聞こえる。残 念ながら形が悪く、取り扱いが面倒だっ た。最近では簡易型として、マイクとマイ クの間に音を遮る板をはさんだ新型を用い ている。ビデオをハウジングに納める際に 重要なのが、乾燥剤である。市販のものは 大きすぎるので、隙間に入るサイズのもの として、海苔やお菓子の袋に入っているシ リカゲルが重宝する。「その乾燥剤、ちょ うだい」という人を見かけたら、イルカの 行動研究者かもしれない。

 水中では音が光より断然よく伝わるため に、姿は見えないが音は間近にはっきりと 聞こえる。小笠原ではイルカ同士2kmほ ど離れた場所でもお互いの音が聞こえる一 方、透明度は頑張っても50m。このため イルカはモノを「見る」際にも音を用いて いる。音を出して、その音のエコーからモ ノまでの距離やモノの動く方向、形、質感 などの情報を知ることができる能力(エ コーロケーション)を持っている。私たち が目で見ている水中の世界は、イルカに とって聴覚で「見て」いる世界であると考 えると、不思議な気分になる。

水中ビデオシステム(新型)。

水中でも音の方向がわかる。

持っているのは共同研究者の 酒井麻衣。

御蔵島

小笠原諸島 天草諸島

大槌

ケープタウン クレ環礁

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15 Field+ 2010 01 no.3

フィールドに入る

聞くことの大切さ  10年以上も通っている研究フィールドの 御蔵島では、長い間、宿のお手伝いをしな がら、イルカと一緒に泳ぐ観光客を乗せる イルカスイミング船に乗せてもらうという、

いわば「居候研究者」を続けていた。人口 300人弱のこの島では、人間関係がモノを 言う。昼は調査でイルカの音を聞き、夜は お酒を傾けながら島の方々のお話を聞く。

この御蔵島での調査をベースに、ミナミハ ンドウイルカの音の地域差の研究を行うた め、小笠原諸島と、九州は天草諸島下島に 出向き、共同研究者のお世話になりながら イルカの音を収録した。私は生粋の大阪人 で、大阪弁一筋で生きてきたため、九州や 御蔵島の海の男衆の話す言葉が聞き取れず 苦労した。そしてイルカの音にも地域差が あり、もし私のようにこの海域間を移動する イルカがいたら(今のところはその報告は ないが)、馴染むまでにきっと同じように苦 労するだろう。人間に酒を酌み交わすとい う手段があってよかったと、つくづく思う。

聞きたくない音

 上記した天草諸島下島は、海がとてもう るさい。イルカの音を探しヘッドフォンで 聞いていると、本当にげっそりする。ちょ うどラジオをひねって局の周波数にぴった り合わずにジャージャー雑音が入る中で、

必死に番組を聴いているみたいな感覚であ る。よくこんなうるさいところで生活して るなぁ、という率直な感想を持っていた。

ここに棲むイルカたちはこの雑音に対抗す るために、低くて単調で大きな音を出して いて、それが音の地域差(方言)につな がっている、という研究結果を得たときに は、とても納得がいった。イルカにとって も、あまり聞きたくない音なのだろう。ち なみにこのうるさい音は、主に4-5cmほ どの小さなテッポウエビがその特殊化した ハサミで発する音であり、とてもたくさん のテッポウエビがこの地域にひしめき合っ ているのである。聞きたくない音は、見方 を変えれば面白い。

聞こえない方がよい場合

北西ハワイ諸島  京都のシンポジウムでたまたま出会った 研究者とクラシック音楽の話で仲良くな り、そのまま研究フィールドに連れて行っ てもらえることになった。誰もが羨むハワ イの美しい無人島、北西ハワイ諸島クレ環 礁。ここに2ヶ月間、アメリカ人、ポーラ ンド人を含む外国人4名とハシナガイルカ の調査で滞在した。こんな美しい島暮らし

なのに、残り3週間以上もあるというのに 外国人の間で大喧嘩が勃発。なんて人間っ てあさはかなんだろう。幸い私は英語が聞 き取れないふり(?)をして適当にニコニ コすごした。祖父が自分の耳が遠くなっ たことについて「余計なことが聞こえん で、ええわい」と言っていたことを思い出 した。ちなみにこの島で得た結果は「イル カは雑音の少ない場所で休息する」であっ た。静かに大自然の驚異と美しさに身を任 せて生きる彼らから学ぶべきことは多い。

聞こえない音を聞く

南アフリカ&三陸沖  上記と同じ研究者が今度は南アフリカに 誘ってくれた。コシャチイルカという、こ こにしかいない珍しいイルカの調査で3ヶ 月、ケープタウンに滞在した。このイルカ を含め一部のイルカは私たちに聞こえない 高い音(超音波)を発する。多くの録音機 材は人間の聞こえる音(可聴域)までしか 録音できないので、超音波を録音する機材 は高額、かつ取り扱いが容易ではない。そ して実際に音が入っているかどうかを知る のは、調査後、データを読み込んだ後であ る。操作ミスで録音できていなかったり、

音がちょん切れていたりすると、顔面蒼

白。しかしよいデータが取れていると、音 の研究者以外にはわからないような波形 データをみんなに見せて得意顔。いずれに してもマッドサイエンティストである。コ シャチイルカのデータは世界で初めての報 告となる。帰国後、同様に超音波しか出さ ないイシイルカというイルカの音を収録す るため、海の幸がおいしい岩手県は大槌町 にある、東京大学海洋研究所の施設にお 世話になった。イシイルカは船首の波に乗 るのが好きなので、船が動いているとやっ てくるのであるが、録音するために止まる とどこかに行ってしまい、録音できなかっ た。そんなことはよくあることなので、来 年また異なる方法を考えて頑張りたい。

フィールドで聞くということ

 聞く、ということは受動的な動きであ る。主体はあくまでも相手側であり、聞き 手は相手の「音」を如何に正確に記録し、

そこから相手をどこまで思い遣ることが できるか。厳然とした種の違いの壁が立ち はだかるが、そのどこまで迫ることができ るのか、挑戦である。そのためにも、彼ら と同じ環境を感じ、その中で真摯に彼らの

「音」を聞き取りたいと思う。

クレ環礁のハシナガイルカ。美しい環礁はハシナガイルカの絶好の休息場所。

三陸沖のイシイルカ。高速で船首の波に乗るのが大好き。

南アフリカのコシャチイルカ。彼らの 声は超音波のみで人間には聞こえない。

参照

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