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遺贈の持戻しについて

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(1)

遺贈の持戻しについて

その他のタイトル Sur le rapport des legs

著者 千藤 洋三

雑誌名 關西大學法學論集

巻 52

号 4‑5

ページ 1060‑1092

発行年 2003‑03‑20

URL http://hdl.handle.net/10112/2009

(2)

( 1 )  

日本民法九 0 三条一項によれば、遺贈は、婚姻・養子縁組•生計の資本の三種類の贈与と同じく特別受益財産と

して︑被相続人の反対の意思表示がない以上︑原則的に持戻し対象財産となっている︒そして︑これらの特別受益を

受けた者が共同相続人中にいれば︑被相続人が相続開始時に有した財産の価額︵遺産額︶にその贈与の価額を加えた

ものを相続財産とみなし︑法定相続分︵九

0

条︶・代襲相続分︵九 0 0

一 条

︶ ・

指 定

相 続

分 ︵

0 二

条 ︶

よって算定した相続分の中からその遺贈または贈与の価額を控除し︑その残額をもってその者の相続分とする︒この

は じ め に

目 次 一 は じ め に ニフランス民法における遺贈の持戻し 三日本民法における遺贈の持戻し 四 結 び に 代 え て

遺贈の持戻しについて

( 1 0

六 0

)

の三カ条に

(3)

遺 贈

の 持

戻 し

に つ

い て

( 1

0 六

一 ︶

場合︑贈与については︑その額を算出しその名目額を遺産額に加算するが︑遺贈については︑相続開始当時︑なお被

相続人の手にあったものと見て加算する必要はないと解されている︒通説・判例である形成権

1 1 物権的効果説によれ

ば︑遺贈物そのものは︑遺言者死亡と同時に受遺者の所有物になるはずであるが︑遺贈の持戻しに際しては︑まだ被

( 2 )  

相続人の残した遺産の中に入っていると一種の擬制をするのである︒ともあれ︑贈与と遺贈のいずれも持戻しされる

のが原則であり︑いわば例外的に贈与者あるいは遺贈者が反対の意思表示をしていた場合には遺留分に関する規定に

反しない範囲内で効力を有する︵九 0 三条三項︶︒要するに︑遺贈に焦点をしぼっていえば︑共同相続人の一人に遺

贈がなされていても︑この受遺者は原則として遺贈物を持戻す義務を負い︑遺言者が免除する場合に限って持戻しを

( 3 )  

ところで︑わが国の特別受益財産の持戻し制度の源流の一っとなっているフランス民法では︑当初は︑わが国と

同様に︑贈与・遺贈とも原則として持戻しに服したが︑現在では︑贈与とは異なり︑遺贈は原則として先取分として

相続分外に行ったものとみなされ︑被相続人による反対の意思が表明される場合にはじめて︑受遺者は自己の相続分

と差引きでなければ︑その遺贈を主張することができないとされている︵仏民八四三条二項︶︒より詳細にいえば︑

一 八

0 四年制定のフランス民法典は︑遺贈を贈与と同様に︑原則として持戻させることを要件とし︑例外的に贈与

者・遺言者が意思表示により持戻しを課することを認めた︒これが明治民法制定時にわが国に継受︵旧規定一

0

七 0

条︶され︑今日でも︑遺贈は贈与と同じく原則として持戻し対象財産となっており︑被相続人が持戻し免除の意思を

表明した場合に限って免除されるという仕組みになっている︒しかし︑ 免

れ る

フ ラ

ン ス

で は

一 八

九 八

年 の

民 法

一 部

改 正

で ︑

遺言者が遺言という形で推定共同相続人中の特定者に遺贈を行うときは︑その遺贈分を特別な好意で︑あるいは特定

(4)

第五二巻四・五号

者の貢献行為に報いるために︑特定者である受遺者に財産を提供するというのが通常の意思であると推定され︑結局︑

遺贈は贈与とは異なり︑原則として先取分として相続分外に行ったものとみなされ︑逆に遺言者が要求したときに

限って持戻しを課するというように明文規定が改められた︒これに比して︑明治民法下のわが国では︑諸外国の立法

例を参考にしつつ特別受益の持戻し制度が継受され︑﹁遺産相続﹂の中に上述したような贈与・遺贈のいずれも原則

持戻しとする規定が明文化され︵単独相続システムである﹁家督相続﹂には︑基本的に共同相続人の間での公平性維

持を主眼とする本制度を設ける必要はなかった︶︑フランスでの改正が特に問題となることもなく今日に至っている︒

結論から先にいえば︑私は︑わが民法においても︑フランス民法同様に︑遺贈は原則として先取分として相続分外に

行われるものと解するのが妥当であり︑わが民法の体系上からいえば︑遣贈は原則として持戻し免除付きでなされた

ものと解することが可能ではないかと提言するものである︒

日本民法において︑遺言者が共同相続人の一人に遺贈をした場合︑この遺贈は遺留分減殺の対象財産となること

はいうまでもないが

( I

0 1

 

一 条

・ 1

0 三三条︶︑すでに見てきたように︑さらに原則として特別受益財産となり持

戻しの対象になる︵九 0 三条︶︒そうすると︑せっかく︑遺言者がある特定の相続人に特別授益を行おうとしたにも

かかわらず︑他の共同相続人との間で公平維持のために︑この遺贈が生きてこないということになりかねない︒わが

民法解釈の遺贈に対するこのような冷めた扱いが︑いわゆる﹁相続させる﹂旨の遺言の大流行を招いた隠れた原因の

( 4 )  

︱つであるように私には思われる︒つまり︐遺贈を行う遺言者の意思は︑本来は︑共同相続人の一人である受遺者に︑

その者の本来の法定相続分外に先取分として特別の恵与を行おうとするものと扱われるべきはずであるが︑わが国で

は︑法定相続分内の恵与︵そこにおける遺贈のメリットは単に当該遺贈物を優先的に取得できるにすぎない︶である 関法

五 四

( 1

0 六

(5)

遺 贈

の 持

戻 し

に つ

い て

と多数説により解されてきたことによる︒もちろん︑持戻し免除の意思表示をすればよいが︑この制度の存在があま

り知られておらず︑利用されることも少ないという事情をも踏まえれば︑そうした公平性に過ぎた解釈が︑﹁相続さ

せる﹂旨の遺言による遺言者の意思を最優先させる方法を一般化させたといえよう︒そこでは当然のことながら︑当

該財産は特別受益でもなんでもなく単に分割方法が指定されたに過ぎないとして︑持戻しの対象財産から意図的には

( 5 )

6

)  

ずすことが主張されている︒しかし︐この﹁相続させる﹂旨の遺言にはあまりに多くの問題点がありすぎる︒そこで︑

遺贈について原則と例外を逆にして︑遺贈がなされたときには原則として持戻し免除付であって︑持戻しをさせるに

は遺言者の意思表示を要すると解することにより︐本来の遺贈制度を活性化させうるのではないかと提案したい︒そ

して︑このことは︑ちょうど︑

五 五

( 1

0 六 一

フランス民法が一八 0 四年立法時にはわが国の現行規定と同様であったのに比して︑

一八九八年改正により原則と例外を逆にしたことに軌を一にすることになるのである︒

本稿は︑わが国における遺贈の持戻しについて︑現在のような持戻しを原則とし例外的に免除するというのでは

なく︑原則は免除であり例外的に持戻しを求めることができるということを︑立法改正をまつまでもなく解釈論とし

て可能ではないか︑ということを考察・提案しようとするものである︒まず第二章の﹁フランス民法における遺贈の

持 戻

し ﹂

で ︑

フランスの遺贈の持戻し規定の改正経緯を簡潔に紹介し︑ついで第三章の﹁日本民法における遺贈の持

戻し﹂で︑わが国の立法経緯と学説を概観し︑最後の第四章﹁結びに代えて﹂で︑私見らしきものを述べたい︒

( 四

l )

わ が

民 法

0 三

条 で

い う

﹁ 遺

贈 ﹂

に ﹁

特 定

遺 贈

﹂ が

含 ま

れ る

こ と

は い

う ま

で も

な い

が ︑

﹁ 包

括 遺

贈 ﹂

が 含

ま れ

る か

︑ い

か え

れ ば

﹁ 包

括 受

遺 者

﹂ は

持 戻

し 義

務 を

当 然

に 負

う の

か に

つ い

て ︑

わ が

国 の

学 説

に は

積 極

説 と

消 極

説 の

争 い

が あ

る ︒

積 極

は ︑

包 括

受 遺

者 は

相 続

人 と

同 一

の 権

利 義

務 を

有 す

る こ

と か

ら ︵

日 民

九 九

0 条

︶ ︑

持 戻

し 義

務 が

あ る

と 解

す る

︒ こ

れ に

対 し

て ︑

(6)

関法 第五二巻四・五号

消極説は︑受遺者が第一順位の相続人である場合以外は持戻し義務がないと解する︒その理由として︑遺言者は包括受遺者

に対して遺言で定めた遺産の何分の一かの全額を贈与する意思を持ち︑その割合の増減は予想していないとみるのが妥当で

ある場合が多いと思われるので︑この遺言者の意思を重視し︑包括受遺者には持戻義務はないと解する︵松原正明﹃判例先

例 相 続

I ﹂ ︹ 日 本 加 除 出 版 ︑ 一 九 九 四 年 ︺ 二 八 八 頁 ︶ ︒ 法

私は︑立案者は民法九 0 三条でいう﹁遺贈﹂には特定・包括の両遺贈を含むと考えていたと思う︒そうした立法意思を前

提とした上で︑遺贈の原則持戻し免除を解釈論として認めようとするもので︑消極説のようないわば︱一段構えの解釈は不要

である︒消極説は︑遺言者の意思が包括遺贈で積極財産のみを包括受遺者に恵与することを望み︑原則として受遺者に遺贈

を持戻しさせないことを明示しているようなものではないか︒しかしながら︑包括受遺者の法的性質に関するわが国の民法

九 九

0 条は︑フランス民法やドイツ民法草案等を母法として継受したが︑それらの国では︑歴史的に包括遺贈による相続人

の指定制度が存在しており︵原田教授は︑﹁持戻義務に関しては︑民法[日本民法 I 筆者注]は相続人の指定を認めていな

いから︑持戻がユ帝新勅法の規定するがごとく遺言相続人にも発生するか否かの問題は生じない﹂という︒原田慶吉﹃日本

民 法 典 の 史 的 素 描

﹄ [ 創 文 社 ヽ

L 几五四年]ニニ O 頁 Y その制度を近代法典の中に取り込むか否かで大いなる論議があつた

のに対して︑わが国ではそのような歴史的産物はなく︑判例や実務家においては包括遺贈とは特定遺贈の集合物であるとの

理解がなされているほどで︑積極財産のみの遺言による贈与である﹁特定遺贈﹂と積極・消極の全財産を承継させる遺言に

よる相続人の指定制度である﹁包括遺贈﹂︵たとえば︑近藤英吉﹃判例遺言法﹄︹有斐閣︑一九三八年︺一七二頁以下参照︶

との本質的な相違に関する問題意識すらもたれていない︒もっとも︑わが国にはわが国のやり方があるともいえるわけで︑

そうした態度は何ら否定されるべきことでもない︒特定遺贈と包括遺贈との違いを踏まえた上で︑戦前の解釈論ではあるが︑ 「包括受遺者も、亦遺産相続人と同一の地位に立つべき者であるから(民一 0 九二条〔現行九九 0 条—筆者注〕)、包括遺贈

の放棄をなさない限り︑持戻義務を負ふものと解すぺきである︒佛民法上は︑法定相続人のみが持戻義務を負ふものとせら

れてゐるが︑吾民法上同一に解すべき何等の根拠もない﹂との見解がみられる︵近藤英吉﹁相続法論︵下︶﹄︹弘文堂書房︑

一九三八年︺五六二頁以下参照︶︒そういうわけで︑包括受遺者の持戻し義務については︑別途︑さらなる深い検討が必要

ではあるが︑ひとまず本稿でいう﹁遺贈﹂には特定遺贈と包括遺贈の両者を含むものとしておきたい︒

なお︑近時に公刊された体系書によれば︑持戻し規定の説明の箇所で﹁包括遺贈は相続分の指定と解してよく︑それだけ

五 六

( 1 0 六

四 ︶

(7)

遺贈の持戻しについて

五 七

( 1

0 六

五 ︶

親 族 ・ 相 続 ﹄ ︹ 東 京 大 学 出 版 会 ︑ で相続分が決まるから︑ここでは特定遺贈のみが問題となる﹂という︵内田貴﹃民法 N

二 0

0 二年︺三七九頁︶︒︱つの考え方ではある︒

( 2

)

中川善之助

1 1

泉久雄﹃相続法[第四版]﹄︵有斐閣︑二 O ゜ O 年︶二七二頁参照 o 戦後の早い段階でヽ本文のように遺贈の

目的物が依然として相続財産中に残るのは︑民法の立案者が︑特定遺贈は単に債権的効力を有するにとどまり︑受遺者は単

に遺贈による権利移転を相続人に対して請求しうるにすぎないと考えたからであって︑もし特定遺贈について物権的効力説

をとり︑遺贈者死亡のときに︑当然に権利は移転すると解するならば︑相続開始時の相続財産には遺贈の目的物は含まれて

いないことになるとの指摘がなされていた︵中川善之助監修﹃註解相続法﹄︹法文社︑一九五一年︺[島津る即分担]‑二三

頁︶︒しかし︑遺贈の目的物が相続財産に残っていると解するのは︑一種の擬制に基づくものであって︑仮に形成権

1 1 物権

的効力説を採ったとしても︑遺贈の効力問題とは切り離して考えることができるといえよう︵同旨︑高木多喜男﹃口述相

続法﹄︹成文堂︑一九八八年︺九五頁以下参照︶︒なお︑起草委員の一人であった梅博士は︑この点︑遺贈の価額を相続財産

に加えないのは︑ほかでもなく遺贈は当然︑相続財産の中よりこれを出すべきもので︑すなわち相続財産中に包含せらるる

をもってなり︑と述べている︵梅謙次郎﹃民法要義巻之五相続編﹄︹有斐閣︑一九八四年︺ U 九一三年版復刻版]︱二

七頁︶︒彼の見解は非常にわかりやすく︑当然の理のように思える︒

( 3

)

私たちは︑残された貴重な資料から︑明治民法制定時に︑フランスにおける特別受益の持戻し制度が委細に検討されてい

ることを知ることができる︵法務大臣官房司法法制調査部監修﹃日本近代立法資料叢書 7 法 典 調 査 会 民 法 議 事 速 記 録 七 ﹄

︹ 商 事 法 務 研 究 会 ︑ 一 九 八 四 年 ︺ 五 六 六 頁 以 下 ︶ ︒

( 4

)

筆者は︑わが民法の九 0 二条の﹁相続分の指定﹂制度ならびに九 0 八条の﹁遺産分割方法の指定﹂制度のいずれも︑九 0 三

条に明規された﹁特別受益の持戻し﹂制度の存在を無視するような形での共同相続人の一人への財産分配は認められるべきで

はないと解する︒なんのための﹁特別受益の持戻し﹂制度であるのか︑その存在理由がなくなってしまうからにほかならない︒

( 5 )

﹁相続させる﹂旨の遺言と特別受益との関係については︑千藤洋三﹁﹃相続させる﹂遺言の解釈をめぐる諸問題﹂関大法学 論集四八巻三•四号(-九九八年)三七一頁以下に詳述している。

( 6 )

もっとも大きな問題点は︑わが民法では︑﹁遺産分割方法の指定﹂規定はわずか一カ条しかなく︑相続法体系上︑結局︑

﹁相続させる﹂旨の遺言は全面的に﹁遺贈﹂規定の類推適用に依拠せざるをえない︒明治民法以来︑法体系に基づいて長年

(8)

0 条︑八四三条から八六九条まで︑九一八条︑九一九条︑ 第五二巻四・五号

に わ

た っ

て 形

成 ・

蓄 積

さ れ

て き

た 判

例 ・

学 説

・ 実

務 な

ど を

い わ

ば 無

視 し

た 形

で 解

釈 論

が ま

っ た

く 新

た に

展 開

さ れ

る に

は ︑

ほ ど

何 ら

か の

必 要

性 が

要 請

さ れ

た 上

で の

こ と

で あ

ろ う

と 思

う ︒

特別受益財産の持戻し制度は︑現在多くの国で採用されており︑その起源は︑

するといわれているが︑ただ遺贈の持戻しについて﹁元来ローマ法においては︑遺贈は持戻の客体ではなく︑相続人

( 8 )  

の一人が相続財産の中より或る目的物を先取する先取遺贈のごときものもある﹂というものであった︒フランス古法

こ ま

, ' , ' ︑

̲  

ローマ法およびゲルマン法に由来

ローマ法を主に継受したフランス南部のツールーズ地方を中心とした成文法地域とゲルマン法を主に継受した

フランス北部のパリを中心とした慣習法地域があるが︑成文法地域にあっては︑持戻しの客体には遺贈は含まれず︐

生前贈与だけであった︒これに比して︑遺贈を持戻しに服せしめたのは︑ フランスの一部の慣習法である︒そこでは

﹁何人も同時に死者の相続人かつ受遺者たることを得ない﹂という法格言︵パリ慣習三

0

条︶が持戻し制度にも影 0

( 9 )  

響を及ぼしたからである︒法格言どうりにフランス古法で︑相続人が遺贈物を持戻さなければならなかったのは︑相

続人という資格と受遺者という資格が両立しなかったためであり︑その後︑相続人でありかつその者が受遺者となる

( 1 0 )  

ことができるようになれば︑遺贈を持戻しに服せしめる規定の存在理由が失われたのである︒

一 八

0 四年のフランス民法典は︑特別受益財産の持戻しについて三三カ条余の規定を新設した︵八二九条︑八︱︱︱

( 1 1 )  

一四六八条ほか︶︒これらは︑相続人間の完全な平等思想

を反映した革命時代の中間法体系に倣いながらも︑いかなる贈与・遺贈をも持戻しさせるというものではなく︑被相

( 7 )  

フランス民法における遺贈の持戻し

関法

五 八

( 1

0 六

六 ︶

(9)

遺 贈

の 持

戻 し

に つ

い て

J こ

で は

続人による持戻し免除を認めたため︑平等という意味において中間法よりも多少後退している︒その後︑諸規定は︑

一 八

九 八

年 三

月 二

四 日

法 ︑

一 九

三 八

年 二

月 七

日 法

五 九

( 1

0 六

七 ︶

一八九八年法により︑遺贈は先取分として相続分外に行 一九七一年七月三日法などにより部分

的に修正が加えられ︑三三カ条余のうち一八 0 四年当時の原形をとどめているのは︑およそ一三カ条である︒本稿で

考察する遺贈のみに限定して紹介すれば︑すでに述ぺたように一八 0 四年立法は︑相続人間の公平をはかるために贈

与と遺贈とを区別することなく︑原則として両者ともに持戻しに服せしめた︒フランスの一部の慣習法の考えに引き

ずられ︑また相続人を平等に扱うのが被相続人の意思であろうと推定した結果に基づいたからである︒しかし︑贈与

の場合には︑確かに相続人を平等に扱うことは被相続人の意思にかなうといえることから相続分の前渡しと解されう

( 1 2 )  

るが︑遺言者が遺贈を行うときは︑通常の場合︑遺言者の意思は受遺者に特別な利益を与えようとするところにある︒

一 八

0 四年立法後に︑このような意見が強くなってきて︑共同相続人の一人への遺贈を原則として持戻しに服せしめ

たことは適切でなかったという批判が生じてきた︒そこで︑

われたものと推定され持戻しの対象からはずされ︑ただ遺言者に特別授益の意思がないと認められる場合︑つまり具

体的には遺言者による持戻し要求の意思が表明される場合には︑受遺者は自己の相続分と差引きでなければ︑その遺

( 1 3 )  

贈を主張することができないと改正した︵現行仏民八四三条二項︶︒フランス成文法とほぼ同じ扱いになったのであ

る ︒

そ し

て ︑

フランスでは今日までこの改正が維持されている︒

一 八

0 四年立法時の八四三条と現行規定との相違について︑もう少し踏み込んで紹介し検討してみよ

う︒まず最初に︑現行規定︵ということは︑

( 1 4 )  

介する︒同条第一項は︑﹁相続に臨むすべての相続人は︑限定承認相続人であっても︑その者が死亡者から生存者間 一八九八年改正による条文と同様︶を稲本洋之助教授等の翻訳により紹

一 九

三 八

年 六

月 一

七 日

法 ︑

(10)

遺言者は︑この持戻し義務付き遺贈を行うことにより︑自ら自己の財産の分割をなしうるという利点を有するといわ

五 四

こ の

よ う

に ︑ 第 五 二 巻 四 ・ 五 号

一 八

の贈与によって直接又は間接に受領したすべてのものを︑その者の共同相続人に対して持ち戻さなければならない︒

その者は︑死亡者がその者に対して行った贈与が明示的に先取分として相続分外に︑又は持戻しの免除を伴って行っ

たのでなければ︑それを保持することができない﹂︒同条第二項は︑﹁相続人に対して行った遺贈は︑遺言者が反対の

意思を表明したのでなければ︑先取分として相続分外に行ったものとみなされる 0 [反対の意思が表明される]場合

には︑受遺者は[自己の相続分と]差引きでなければ︑その遺贈を主張することができない﹂︒これに比して︑

0 四年の当時にあっては︑まず第二項がないこと︑また第一項中の第一パラグラフは現行通りであるが︑第ニパラグ

︑ ︑

︑ ︑

ラフは︑﹁その者は︑死亡者がその者に対して行った贈与や遺贈

l e g s

が明示的に先取分として相続分外に︑又は持戻 ︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑ しの免除を伴なって行ったのでなければ︑贈与を保持し

( r e t e n i r )

遺贈を請求する

( r e c l a m e r )

ことができない﹂と

( 1 5 )  

なっていた︵傍点部が存在していた︶︒つまり︑遺贈の場合に︐いったん遺贈物を返還して︑しかる後に相続分を定め

( 1 6 )  

るというわけではなかった︒

一 八

0 四年立法時に一部の慣習法に引きずられた形で遺贈を贈与と同様に原則として持戻しに服せ

しめたが︑この点については︑歴史上の誤りであり︑少なくともフランス古法規定の時代錯誤の残存物であったとの

( 1 7 )  

批判がある︒ともあれ︑わが国では︑遺言者の意思が特別授益にあたるか否かといった点についてはあまり深く議論

されることもなく︑詳細に後述するように明治民法制定時に一八 0 四年のフランス民法典の当該制度を継受し︑結局︑

遺贈を贈与と同様に︑原則として持戻しに服せしめ︑今日に至っているのである︒

ところで︑持戻し義務付き遺贈がなされた場合のメリット・デメリットは︑どのようなものかを触れておこう︒ 関法

六 〇

( 1

0 六 八

(11)

遺 贈 の 持 戻 し に つ い て 六

( 1

六 0

九 ︶

( 1 8 )  

れる︒また︑特殊なケースではあるが︑遺言者の死後︑認知宣言がなされることにより相続人となった者が現れたと

きには︑先取分として相続分外に行われたとの推定規定︵仏民八四︱︱一条二項︶が排除され︑遺言者は︑受遺者に対し

て持戻し義務を望んだものと推定されなければならない︑と解する下級審判例がある︒なお︑持戻し義務付き遺贈が

なされたとしても︑受遺者に利益を与えることが少ないため︑事実上存在しないのと変わらず︑仮に多くの利益とわ

( 1 9 )  

ずかな不利益を課すだけであれば︑負担付遺贈を行えばすむという理解が学説の一部になされている︒もっとも︑今

日では︑遺贈の持戻しも︑贈与の持戻しと同様に原則として差引き

( 1 1

価 額

で行われるので︑受遺者は︑遺贈され

た対象物を保持できるというメリットがあり︑また法定相続人でもある受遺者は︑相続を放棄することにより持戻し

( 2 0 )  

義務を免れ︑遺贈物だけを取得することも可能である︒

( 7

)

本章での論述は︑かつて筆者が研究し上梓した千藤洋三﹃フランス相続法の研究ー特別受益・遺贈ー﹂︵関大出版部︑一 九八三年︶に負うところが多い︒なお︑同書に所収されたもの以外にその後に筆者が公表した﹁特別受益の持戻し﹂に関す る論稿として、①「『相続分不存在証明書』に関する裁判例の研究」関大法学論集三六巻三•四・五合併号(-九八六年)

︱ 一

九 頁

以 下

︑ ②

﹁ 民

法 九

0 三 条 三 項 で い う 意 思 の 表 示 に つ い て ﹂ 関 大 法 学 論 集 一 = 八 巻 ニ ・ 三 合 併 号 ( ‑ 九 八 八 年 ︶ 二 九 五 頁以下︑③﹁寄与相続人の特別受益と寄与分について﹂関大法学論集三八巻五・六合併号(‑九八九年︶二五一頁以下︑④

﹁ 民

法 九

0 三条でいう特別受益者の範囲について﹂関大法学論集三九巻四・五合併号(‑九九 0 年 ︶ 一 三 五 頁 以 下 ︑ ⑤ ﹁ フ ランス法における贈与財産の持戻し免除について」阪大法学四 0 巻三•四号(-九九一年)四 0 三頁以下、⑥「民法九 0 三 条でいう生前贈与の範囲について﹂関大法学論集四一巻五・六合併号(‑九九二年︶四四一頁以下︑⑦﹁生命保険金請求権 の民法九 0 三条の特別受益性について」関大法学論集四二巻三•四合併号(-九九二年)三ニ―頁以下、⑧「死亡退職金・

遺族給付の民法九 0 三条の特別受益性について﹂関大法学論集四三巻一・ニ合併号(‑九九三年︶五七六頁以下︑⑨﹁特別

受益者の相続分の算定をめぐる諸問題日口﹂関大法学論集四三巻三号(‑九九三年︶二七頁以下・同四四巻三号(‑九九四

年 ︶

八 三

頁 以

下 ︑

が あ

る ︒

(12)

関法 第五二巻四・五号

( 8

)

原田・前掲注

( 1

) 二ニ︱頁︑有地亨﹁特別受益者の持戻義務日﹂民商法雑誌四 0 巻一号(‑九五九年︶ーニ頁参照︒

( 9

)

原田教授は︑日本民法について﹁遺贈を持戻の客体とすることには考慮の余地があろう﹂という︵原田・前掲注

( 1

) ニ

ニ 一 頁

︶ ︒ 千 藤

・ 前 掲 注

( 7

)

﹃ フ ラ ン ス 相 続 法 の 研 究 ﹂ 一 五 頁 参 照 ︒

( 1 0 )

  R i p e r t   e t   B o u l a n g e r , T r a i t e e   d   d r o i t   c i v i l   d '

a p r e l e s     t r a i t e e   d   P l a n i o l ,   t .   I V ,   1 9 5 9 ,

n ︒

2 8 4 4 , p . 8 9 4 .   I t ' 芦

t . 曲 四 獨 注

i ( 7 )

﹃ フ

ンス相続法の研究﹄三一頁注

( 6

) 参照︒なお︑有地亨教授もまた︑プラニオル

1 1 リペールの同趣旨の意見を紹介している

︵ 谷

口 知

1 1

久貴忠彦編﹃新版注釈民法

( 2 7 )

相続

( 2

) ﹂

︹ 有 斐 閣

︑ 一 九 八 九 年

︺ [ 有 地 亨 分 担 ] 二 ニ ハ 頁 参 照

︶ 〇

(11) 千藤•前掲注 (7) 『フランス相続法の研究』一九頁参照。

( 1 2 )

原田・前掲注

( 1

) 二

ニ ︱

頁 ︒

( 1 3 )

木村健助﹃現代外国法典叢書⑮佛蘭西民法

[ I I ]

財産取得法①﹄︵有斐閣︑一九五六年)[復刻版]︱四八頁・一五七頁以

下 参

照 ︒

( 1 4 )

法務大臣官房司法法制調査部編﹃フランス民法典ー家族・相続関係│﹄︵法曹会︑一九七八年︶二五九頁︒

( 1 5 )

 

CODE 

C I V I

L   D E S   F

R A N c

; : A I S , D   E I T I O N   O R I G I N A L   E T  S E U L E   O F F I C I E L L E ,   1 9 7 4 ,   L i b r a i r i e   E d o u a r d   D u c h e m i n ,   p . 1 5 4 .  

(16) 梅•前掲注 (2) ―二四頁参照。

( 1 7 )

  R i p e r t   e t   B o u l a n g e r , o e   J .   c i t .  

干藤・前掲注

( 7

)

﹃フランス相続法の研究﹄二四頁参照︒本文のような批判とは別に︑そ

もそも遺言者の死亡により執行されなければならない正にその時に︑持戻されなければならない遺贈とは一体︑どのような ものなのか、という疑問が起こる (Fran~ois

T e r r e   e t   Y v e s   L e q u e t t e ,  

d r o i t   c i v i l ,   L e s   s u c c e s s i o n s   L e s   l i b e r a l i t e s ,   1 9 8 3 ,   p .   7 9 1 .

)  

( 1 8 )

  H e n r i ,   L e o n   e t   J e a n   M a z e a u d ,   Le~ons

d e   D r o i t   C i v i l ,   t .   4 ,   v o l .   2 ,   1 9 8 0

,   n ︒

1 6 4 4 , p .   8 3 2 ,  

n ︒

1 6 6 2 , p p 8 .   4 6   e t   s .  

( 1 9 )

  P l a n i o l   e t   R i p e r t ,   T r a i t e   p r a t i q u e

e   d   d r o i t   c i v i l   fran~ais,

t .   I V

̀   

1 9 5 6

,   n ︒

5 7 6 , p .   8 0 7 .  

It '芦〖·曲四碑 tii(7) 『フランス ffi 碑呼法

の 研 究 ﹂ 四 七 頁 参 照 ︒ (20) 千藤•前掲注 (7) 『フランス相続法の研究」八九頁参照。 六

( 1

0 七

0 )

(13)

( 2 )   還﹂と訳されており︑今日のような﹁持戻し﹂には至っておらず︑概念の認識がそれなりに形成されていたとしても︑

いまだ用語として確定したものでないことから︑認識内容にもぶれがあることを窺わせる︒

旧法

( 1 1

明治民法︶規定

( 2 3 )  

旧 法

一 0

0 七条一項は︑﹁共同相続人中被相続人ヨリ遺贈ヲ受ケ⁝⁝タル者アルトキハ被相続人力相続開始ノ時

な お

遺 贈

の 持

戻 し

に つ

い て

'  

( 2 2 )  

一八七五︵明治八︶年に公刊された箕作麟祥訳の﹃佛蘭西法律書民法﹄によれば︑

D e

s

r a p p

o r t s

は ︑

﹁ 返

条文化を見送ったのか︑知りたいところではある︒

本章では︑遺贈の持戻しについて︑まずわが国における立法経緯について一瞥して︑ついで学説を紹介し検討を加 えてみよう︒とりわけ︑第二次大戦前の明治民法下において主流であった﹁家督相続﹂制度についてはいうに及ばず︑

﹁遺産相続﹂制度に関しても︑研究書や教科書の類は結構充実しており︑今日においても十分に参考になるものと思

量 さ

れ る

︒ 立 法 経 緯

( 2 1 )  

一 八

九 0

( 明治ニ︱︱‑︶年公布の旧民法には︑遺贈のみならず贈与についても持戻し規定は設けられていなかった︒

財産取得編の第一三章﹁相続﹂の起草に関与したともいわれる磯部四郎・熊野敏三各氏ほかが︑どのような理由から

( 1

0 七

一 ︶

① 旧 民 法 規 定

( 一

日本民法における遺贈の持戻し

(14)

第五二巻四・五号

まったくといってよいほど同じ内容である︒二項・三項も同様である︒

︵ 遺

贈 看

倣 主

義 と

よ べ

よ う

( 1

0 七

二 ︶

ニ於テ有セシ財産ノ価額二其贈与ノ価額ヲ加ヘタルモノヲ相続財産卜看倣シ前三条ノ規定二依リテ算定シタル相続分

ノ中ヨリ其遺贈又ハ贈与ノ価額ヲ控除シ其残額ヲ以テ其者ノ相続分トス﹂と明規する︒現在の民法九 0 三条一項と

穂積陳重起草委員は︑明治二九年九月二三日に開催された第一八八回法典調査会議で︑第一

0

0 九条︵旧法一〇

0 七条とは多少異なっているが︑本質的な部分において相違はない︶制定の趣旨説明として︑まず諸外国における三

( 2 4 )  

つの立法例を述べる︒第一は︑絶対返還主義でフランスなどにみられるものである︒第二は︑被相続人の意思に基づ

く主義で︑被相続人が意思を表示した場合︵穂積委員は︑遺贈主義とよぶ︶と法律が被相続人の意思を推測した場合

の二種類がある︒第三は︑遺贈物の返還をまったく認めないという主義である︒そして︑

フランス法典などは︑公平かつ平等ということを極端に実行しようという考えであり︑したがってことごとく返させ

るという第一の主義を採ったが︑生前に受けた贈与財産が長い間不確定で返還に際して証拠が非常に困難なことがあ

り︑また存続期間をめぐって紛争が惹起され︑かつ一人相続制を主としているわが国では今まで例がないことである

から︑本案は採りませなんだという︒第二の遺贈主義は︑いたって面倒が少なく︑これを採るか否かということは私

どものうちでも考えてみましたが︑たとえば分家に際して資本を与えてやるが︑しかしこれは相続分の代わりである

と実際に意思を明示して行うということは甚だ少なく︑被相続人の意思に反するようなことが出来て危険でもあるか

ら︑遂に採らないということにした︒第三の遺贈物の返還をまったく認めないという主義も︑平分主義を採りました

以上︑本案では採らなかった︒結局︑面倒を避けるようにして︑なるべく狭い範囲において︑かつなるべく被相続人

の意思にかない他の共同相続人のために迷惑にならないという範囲において狭く認める方がよくはないかというので︑ 関法 六四

(15)

遺 贈

の 持

戻 し

に つ

い て

黙示の意思を法律が推定してごく狭い範囲内においてこれを遺贈︵贈与と遺贈の両者を含む言葉の遣い方であろうー

( 2 5 )  

箪者注︶とみなすという方の主義を採ったのであるという︒

以上が穂積委貝の説明である︒同委員の用いた﹁遺贈物﹂という言葉には︑遺贈と贈与が含まれていると解して 間違いではなかろうが︑﹁遺贈﹂は︑言葉通りに遺贈だけなのか︑それとも贈与をも含むのか判然としない部分があ る︒そうした言葉づかいの点を踏まえつつ︑穂積委員の法典調査会での趣旨説明を読み込んだかぎりでは︑次のよう な三つの解釈もしくは疑問が生じてくる︒つまり︑第一は︑穂積委員は︑

多すぎて駄目であり︑被相続人の黙示の意思推定に基づいた︑同委員の言うところの遺贈看倣主義を採用したという

ことから︑同委員は︑

六 五 フランスのような絶対返還主義では問題が

フランスの遺贈の原則持戻しに反対したとも解せられる︒そう解すると︑絶対返還主義を採ら なかったということの意味がよく分かる︒つまり︑遺贈については持戻しを原則とすることに否定的であったのであ る︒このような理解とは対局に位置する第二の見方として︑穂積委員は︑遺贈の原則持戻しには何の疑問も抱かな

かったのであり︑ただ︑ フランスが絶対返還主義を採っているという点に誤解があった︒というのは︑

一 八

0

四 年

の フランス民法の採ったやり方は︑かつて歴史上みられたような︑すべての贈与・遺贈を持戻しとして返還せよといっ ているのではなく︑被相続人の持戻し免除意思や相続分外に先取分としての遺贈意思を尊重しているのであって︑あ えていえば︑穂積委員のいう遺贈看倣主義であって︑立法化されたわが民法の一

0

七条と同様であったからである︒ 0

そこでは︑遺贈を贈与と同様に原則として持戻しの対象とした一八

0 四年のフランス民法典の影響を受けていたとい

わざるを得ない︒ただこの穿った第二の見方の最大の欠点は︑穂積委員のみならず︑わが民法一

0

0 七条一項が返還

主義を採ったという点は︑立案関係者の間での共通認識になっていたということである︒たとえば︑明治民法第四

( 1

0 七

三 ︶

(16)

第 五 二 巻 四

・ 五 号

六 六

( 1

0 七

四 ︶

( 2 6 )  

編・第五編の公布・施行年であった一八九八︵明治三一︶年に公刊された﹃民法修正案理由書﹄には︑﹁第一項二於 テ豫贈物ハ之ヲ返還スルヲ要セスト雖モ⁝⁝現物返還ノ不便ヲ避クルト同時二分割上ノ公平ヲ保タシメタリ﹂と記述 する︒ともあれ︑こうした第一や第二のような見方ではなく︑まったく違った角度から穂積委員をはじめ立案関係者

の深い思惑をかぎとるべきかもしれない︒これが第三番目の見方である︒つまり︑

一 八

0 四年のフランス民法が遺 ︵もっとも前述したように︑﹁贈与は保持することができない﹂となってい

たのに対して︑﹁遺贈は請求することができない﹂となっていた︶︑これに比して︑わが民法は贈与と同様に遺贈を原

則持戻しとしても︑それは価額持戻しであり︑

たものとはいえず︵この点︑牧野菊之助氏は︑わが法律が採用した主義を﹁仮想的の返還主義﹂とも名づけることが

( 2 7 )  

できるという︶︑しかも遺贈そのものは被相続人死亡時の相続財産に含まれており︑その結果︑受遺者は遺贈額が相 続分に等しいか︑もしくは超過した場合には︑その相続分を受けることができないだけで︑超過額を返還する必要は ない︒超過額だけ受贈者または受遺者である相続人に特別利益を与える意思だったと推測すべきであるとの学説もみ

( 2 8 )  

られる︒ともかくこのようにして︑受遺者︵受贈者にも︶に意外の損害が及ばないようにし︑かつまた紛争の防止と

( 2 9 )  

煩雑さを避けるようにしたのである︒要するに︑立案関係者︑とりわけ穂積委員は︑

贈を原則持戻しとしていたことに疑問を抱いており︑しかもこの原則持戻しをわが民法に継受することにやや問題が

あるとの思惑を有していたとしても︑差引き持戻し主義

( 1 1

計 算

充 当

主 義

︶ く︑この点フランス民法のやり方とは異なると判断したともいえるのではあるまいか︒そして︑この素直な第三の見

方によれば︑後にフランスが遺贈を原則としての持戻し対象からはずしたところで︑わが民法には独自のやり方が 贈与物を現物持戻しの対象としていたが 関法

フランスのような現物持戻しではないことから絶対返還主義を採用し

の採用により︑受遺者にとって実害はな

一 八

0 四年フランス民法は遺贈と

(17)

遺 贈

の 持

戻 し

に つ

い て

六 七

あって︑このことを何ら早急に顧慮する必要はないと結論づけることすら可能となろう︒

なお、法典調査会では、ドイツ民法第一•第二•第三草案が参照されている。

( 3 0 )  

法二 0 五 0 条では︑贈与とは異なり遺贈は持戻しの対象財産となっておらず︑今のところ十分な調べを行っていない

一 九

0

0 年に公布されたドイツ民

ものの︑草案段階からすでに対象となっていなかったように思われる︒ただし︑ここでいう遺贈とは特定遺贈のこと

をいい︑後述するように柳川勝二判事によれば︑ドイツ民法二 0 五二条で︑包括遺贈は贈与と同様に原則として持戻

しの対象になっているようである︒ともあれ︑わが民法の立法時にドイツでのデリケートな問題状況はまったく議論

ス民法典に倣っていて︑ されていない︒もっとも︑遺留分のことではあるが︑法案の起草者が︑ドイツ法は﹁ほとんど参考にならなかった﹂

( 3 1 )  

と明言していたようである︒だからといって︑﹁わが国の現行民法︑とりわけ﹃相続﹂編の条文のほとんどはフラン

( 3 2 )  

フランス法のシステムに即して理解すれば最も無理のない解釈が可能なのである﹂とまでは

いえない︒すでにみてきたように︑特別受益財産の持戻し制度ひとつ︑全面的にフランス民法を真似たものでないこ

とは明らかである︒北川善太郎教授が書かれているように︑﹁日本民法典は︑法典的継受であり︑起草者の一人穂積

( 3 3 )  

陳重が誇ったように﹃比較法の所産﹄であって︑混合的・選択的継受である﹂ことは否定できない︒

( 3 4 )  

ともあれ︑今日の時点から鑑みれば︑有地教授が明言しているように︑わが国における当時の実態をみると︑農

村社会における生前贈与は︑家長の一方的︑任意的意思による恩恵的処分であって︑家産の一部の分与を受けること

により︑本家家族から離脱し︑家産に対する相続権を終局的に決済するものであり︑﹁このかぎりでは︑持戻しの観

念を持ち込む余地は全くなく︑民法の持戻しの規定はわが国の持戻しの慣行を定着せしめた形跡はなく︑もっぱら︑

外国の諸立法の原則を承継したものと云うことができる﹂︒結局︑持戻しは︑他の共同相続人との不均衡を調整する

( 1 0 七

五 ︶

(18)

第五二巻四・五号

ために相続分の前渡しとしての意義をもつ生前贈与あるいは遺贈をもって︑持戻しの義務に服せしめるのが同時に被

( 3 5 )  

相続人の意思にも合致するという推測に由来するといい得よう︒家督相続がからむ場合の本家・分家間の問題ではな

く︑家族が死亡した際に︑家族構成員が所有した財産が子孫や兄弟姉妹により相続されるという慣習は︑明治前の時

( 3 6 )  

代より広くみられたところであり︑明治期にも伝えられてきたようである︒この場合には︑いわゆる遺産相続が行わ

れ︑そこにおいては︑特別受益の持戻し的概念が存在していたであろう︒

3  一九四八︵昭和二三︶年一月一日から施行された相続編における持戻し規定は︑旧法規定がそのまま承継されてお

り︑﹁分家︑廃絶家再興ノ為メ﹂という文言を削除し︑片仮名書きを平仮名書きに改めた程度で︑実質的には何らの

( 3 7 )  

変更をもみない︒旧法の継受したフランス民法が一八九八年に遺贈の原則持戻しを改めた点については︑何ら参照さ

れるところがなかった︒戦後の家族法部分の改正は︑旧法の親族・相続編における男女平等などの新憲法理念に反す

る条文の削除や改正などの応急的処置が施されただけであって︑解釈論上の諸問題を深く検討するといった作業には

とても手がつけられなかったというのが実情だったのであろう︒我妻栄教授が編者となり︑後に公表された﹁戦後に

( 3 8 )  

おける民法改正の経過﹄の中で︑資料の一部として﹁新旧規定対照表﹂が掲載されている︒この中で︑家督制度に関

する諸規定の削除以外に︑旧法規定中︑重要な修正または新設の規定がゴチックで顕されているが︑相続編にあって

は︑およそ二四カ条程度であり︑非常に少ないといえよう︒もちろん︑特別受益者の相続分規定についても重要な修

正をみていない︒なお︑応急措置法施行前に﹁分家︑廃絶家再興﹂のために贈与された財産は︑現行法の適用につい

( 3 9 )  

ては︑これを﹁生計の資本﹂として贈与されたものとみなされた︵民法附則三一条参照︶︒ 現行規定 関法

六 八

( 1

0 七

六 ︶

(19)

遺 贈

の 持

戻 し

に つ

い て

六 九

( 4 0 )  

教科書の類のほとんどは︑遺贈を贈与と区別することなく︑当然に持戻し対象財産と扱っている︒まず起草委員 の一人であった梅謙次郎教授は︑当然のことながら︑遺贈と贈与とを区別することなく﹁贈与又ハ遺贈ヲ為シタルハ

( 4 1 )  

其相続分トシテ之ヲ輿ヘタルモノト視ルヘク﹂と述べている︒穂積重遠教授は︑﹁被相続人は往々共同相続人中の或 者に生前贈与又は遺贈をすることがある︒遺贈の場合は勿論︑生前贈与の場合もそれが婚姻・養子縁組・分家又は廃 絶家再興のため若しくは生計の資本として与えられたのであれば︑被相続人は右の相続人に相続分以外の特別利益を

( 4 2 )  

与える積りではなくて︑それに相続させる財産を予定したものと推測するのが穏当であろう﹂と述べる︒また奥田義

人氏は︑旧法一

0

0 七条の解説で﹁如何ナル遺贈又ハ贈興アリタルトキナルカ︒曰ク︒本條第三項二依リ免除ヲ興ヘ

( 4 3 )  

サル凡テノ遺贈又ハ贈輿二適用ァルモノトス﹂という︒同様に︑仁井田益太郎氏も︑﹁今共同相続人中二被相続人ヨ リ遺贈又ハ贈与ヲ受ケタル者アルトキハ或程度二於テ其遺贈又ハ贈与ヲ料酌シ以テ相続分即チ各共同相続人力相続財

( 4 4 )  

産二付キ共有者トシテ有スル持分ヲ定ムルニ非サレハ不公平ノ結果ヲ生スルニ至ルヘシ﹂と叙述する︒板垣不二男判 事になると︑﹁遺贈贈与ヲ受ケタルコトナキ他ノ相続人卜之ヲ受ケタル相続人ト一様二相続財産上二相続分ヲ取得ス ルモノトスルハ公平卜云ウヲ得ス何トナレハ被相続人力平等二相続人ヲ愛スト推定スルハ正嘗ニシテ恩恵ヲ受クルニ

( 4 5 )  

至ルハ被相続人ノ意思二合スト断定し難ケレハナリ﹂と断定する︒さらに︑中川善之助教授は︑相続分の指定制度と の絡みで︑数人の相続人中の一部の者のみに指定がなされることを予想しなければならないことから︑むしろ各相続

( 4 6 )  

人が別に独り被相続人から遺贈を受けなかったことを前提としなければ明らかに不公平なことになるという︒そして︑

旧法下の学説

口 学 説

( 1

0 七

七 ︶

(20)

第五二巻四・五号

( 1

0 七

八 ︶

この観点から︑遺贈の当然持戻しを説明され︑かつ贈与は生前行為であり︑従って所有権本来の完全支配に基づいて

なされたものであるから︑遺贈に比して保護を厚くするのは不合理なこととはいえず︑そのため遺贈は全部被相続人

の財産中に加算されるのに反し︑贈与は原則として加算されず︑婚姻・養子縁組・分家・廃絶家再興のため︑もしく

は生計の資本として贈与を受けた場合にかぎり︑遺贈の例に倣うのであると展開される︒こうした叙述には︑遺贈の

このような遺贈の持戻しを原則として当然視する傾向の中にあって︑一九一八︵大正七︶年に初版が上梓された

( 4 7 )  

体系書の中で︑柳川勝二判事は︑非常に奥深い緻密な論述を展開している︒少し長くなるが紹介してみよう︒同判事

は︑まず持戻しに関する立法例として︑第一の持戻しを認めない主義と第二の持戻しを認める主義に大別し︑また第

一の主義の中にも︑①︹絶対認めない立法︺と②︹被相続人の持戻しさせる意思が明白なときは相続人に持戻し義務

を課す立法︺の二種類があるといい︑ついで第二の主義の中にも︑体様を異にするいくつかの主義があるという︒そ

して︑③︹贈与のみ持戻しさせる主義︺これに属する国としてフランスがあり︑同国では一八九八年三月二四日の法

律以前には特定名義の遺贈をも持戻させていたが︑この法律で削除された︒このほか︑オランダ民法︑イタリア民法︑

ポルトガル民法︑スペイン民法︑オーストリア民法︑スイス民法もこの主義による︒英米の法制もまた遺贈について

は持戻しを要求しない︒④︹贈与のほか包括遺贈をも持戻しさせる主義︺ドイツ民法︵二 0 五二条︶はこの主義に属

する︒ただし︑ドイツ民法は︑遺贈を受けた者が相続分の法定の割合におけると同一の遺贈を受けた場合に疑いある

ときは︑これを自己の相続分中に持戻すべきものとする︒わが民法はドイツ民法に従い︑包括遺贈をも相続分中に計

算するの主義を採用する︒これ相続人間の平等を維持しようとするためには︑ひとり贈与のみならず遺贈をも相続分 原則持戻しに批判的な考えはまった<窺えない︒ 関法

七 〇

(21)

遺 贈

の 持

戻 し

に つ

い て

中に計算するは︑理論上当然である︒最後に⑤︹特定遺贈をも持戻しさせる主義︺

法︑およびこれを模倣した羅馬尼民法がこの主義に属するが︑このほか外国多数の立法例は特定遺贈の持戻しを認め

特定名義と包括名義とを区別しないことをもって特定遺贈をも相続分の計算に加える法意であると解することができ

る︒特定遺贈を加えない主義は︑特定遺贈は被相続人が特にこれを受遺者に贈与しこれが持戻しを欲しない意思ある

らドイツ民法が︑贈与ならびに包括遺贈と異なって特定遺贈を持戻し対象からはずしていることをも知ることができ

た︒ともあれ︑他の教科書類とは明らかにレベルが異なり︑持戻し法理について詳細に叙述されている点に敬服せざ

る を

得 な

い ︒

た だ

1 0

0 0 七条︵現行九 三条︶の規定によれば︑汎く遺贈とありて

一八九八年のフランス民法一部改正が明らかに紹介されている︒また︑同書か

フランス民法の改正を受けて︑わが国の遺贈の原則持戻しに言及︑もしくは批判的な見解が述ペ

られていないかと期待したが︑そうした箇所は︑残念ながら今のところ見出せていない︒

一 九

三 八

︵昭和一三︶年に公刊された近藤英吉教授の著書には︑持戻しに関する各主義として︑持戻しを全然認

めないもの︵﹁柳川氏に依れば︑僅かにデンマーク︑ノールウェ︑メキシコの諸国を数え得るに過ぎずと云われてゐ

る﹂と柳川体系書を引用する︶︑単に特定の贈与のみの持戻を認めるもの︵佛民及び佛法系の諸国法並に填民︑端民︶︑

特定の贈与の外遺贈をも持戻さしむるもの︵特に指定によって相続分︹吾民法上の包括遺贈に該当する︺を取得した

共同相続人に対して︑その相続分の持戻を認むるものは獨民二 0 五二条である︒なお包括遺贈の外︑特定遺贈の持戻

( 4 8 )  

を認むるものは︑ベルギー及びルーマニア民法である︶とに区別することを得る︑と紹介する︒そして続けて︑持戻 以上のように柳川判事の著書には︑ を推定し得べしとなすによる︒ ない︒ドイツやスイスはそうである︒わが民法は︑

( 1

0 七

九 ︶

一八九八年前におけるフランス民

(22)

について取り扱われることはなかった︒ 戦後の初期段階における学説

ろ う

か ︒

第五二巻四・五号

( 1

0 八

0 )

しを認むる立法例においても︑現物返還主義によるものと︑充当計算主義を採るものとがあり︑わが民法は︑特定の

贈与の外すべての遺贈の持戻しを認めているのであるが︑その採用するものは︑充当計算主義である︑という︒ここ

一八九八年の改正後のフランス民法を知った上で︑叙述されていることが読み取れる︒しかし︑遺贈

の原則持戻しの適否に関する記述は︑同教授の著書には見当たらない︒論じるほどのことではないと思われたのであ

( 4 9 )  

第二次大戦後まもなくして上梓された我妻教授の新法に関する解説書には︑法定相続分の修正要因として︑第一

に﹁相続分の指定﹂を︑

若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるとき﹄︑又は﹃遺贈﹄を受けた者があるとき﹂と記述しているが︑

メ ン タ ー ル を 台 本 と し て ︑ 遺贈の原則持戻しを改めたフランスの改正や︑それを紹介したわが国の学説に触れられることはなかった︒

( 5 0 )  

︵昭和二七︶年に上梓された我妻栄・立石芳枝教授の共著﹃コンメンタール﹄にも何ら言及されていない︒このコン

( 5 1 )  

一九六六︵昭和四一︶年に公刊された我妻栄・唄孝一教授の共著﹃判例コンメンタール﹄

には︑民法九 0 三条について﹁本条には解釈上の疑義も少なくない︒しかし︑旧法下では共同相続が少なかったため

か︑判例はほとんど無く学説上でもほとんど論じられなかった︒新法に至ってから注目されるに至った事情は前述の

ごとくであるが︑なお︑判例や審判例として熟するに至らない﹂と述べられている︒しかし︑本書でも遺贈の持戻し

しかしながら︑まず初めに一九五二︵昭和二八︶年に柚木馨教授が︑﹁遺贈﹂の場合にも持戻しを認めることは

で は

明 ら

か に

関 法

ついで第二に﹁共同相続人の一部に︑被相続人から︑その生前に︑﹁婚姻︑養子縁組のため

一 九

五 ニ

(23)

遺 贈

の 持

戻 し

に つ

い て

わが民法の特異点であると喝破され︑﹁フランス民法︵旧八四三条︶は当初この慣習︵フランスの一部で施行された

一八九八年には廃止せられている︒わが旧法はこの廃止前のフランス民法

の規定に倣ったものであろうが︑遺贈にあっては相続財産の前払というよりは受遺者に特別利益を与えるというのが 通常の遺言者の意思であろうから︑遺贈の場合を本条に含めたことは立法論として疑いがある﹂と極めて的確に指摘

( 5 2 )  

した︒ついで一九五四︵昭和二九︶年に原田慶吉教授が該博な知識による好著を上梓され︑そのなかで︑

一 八

九 八

年 にフランス民法が遺贈の持戻しの客体を廃止したことを紹介し︑﹁通常の場合︑遺言者の意思は受遺者に特別の財産

( 5 3 )  

的利益を輿えるに存するから︑遺贈を持戻の客体とすることには考慮の餘地があろう﹂と述べた︒さらに一九五六

︵昭和三一︶年に公刊された加藤一郎教授等による討論形式の書物のなかで︑遺贈を原則として持戻すことに対する 疑問が提示された︒特別受益者の相続財産計算例の個所で︑加藤教授が﹁相続人の一人が遺贈を受けた場合には︑常 に特別受益分として︑それだけ相続分がへるわけです﹂と述べたのを受けて︑立石芳枝教授が﹁つまり︑遺贈を受け てみても︑実際にもらう財産に変わりがない︑ということですね﹂と応え︑ついで有泉亨教授が﹁その点︑少しおか

( 5 4 )  

しいね︒相続人に遺贈するのはそれだけよけいやりたいというのが普通の意思だろうから﹂と続けた︒しかし︑この 問題に関する話しはここまでで︑話題が他に転じてしまった︒こうした点はともかくも︑遺贈の原則持戻しに対する 素朴な疑問ならびに批判は︑結構︑醸成されつつあったといえるであろう︒このような状況下において︑

︵昭和三四︶年に︑有地亨教授のこの分野に関する﹁特別受益者の持戻義務曰口﹂という極めて優れたモノグラフィ

を迎えることになった︒同教授は︑ローマ法から説き起こし︑ゲルマン法︑ フランス慣習法に及び︑日本民法の持戻

しとその性質に筆を進め︑わが国の問題点を刷出し解決方法を示唆される︒その中で︑﹁遺贈を持戻に服せしめるの 慣習法ー筆者注︶を採用したのであるが︑

( 1

0 八 一

一 九

五 九

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