著者 丸山 真人
雑誌名 經濟學論叢
巻 65
号 3
ページ 279‑308
発行年 2014‑03‑20
権利 同志社大學經濟學會
URL http://doi.org/10.14988/00027406
エコロジー経済学と生命系の経済学
丸 山 真 人
は じ め に
エントロピー概念を経済分析に導入しようとした経済学者ニコラス・ジョー ジェスク=レーゲンの考え方は,アメリカと日本でほぼ同時期に受け継がれ ながら,アメリカではエコロジー経済学として,また日本では生命系の経済 学としてそれぞれ独自の発展を遂げた.本稿は,両者の比較を通して持続可 能な経済の前提条件を明らかにすることを目的としている.
1 エコロジー経済学
ハーマン・デイリーのエコロジー経済学は,環境マクロ経済学とも呼ばれ ている.その名が示唆するように,それは既存のマクロ経済学を否定するも のではなく,むしろ,その前提として環境の制約条件を明示的に取り入れる ことにより,政策科学としてのマクロ経済学の有効性を高めようとするもの である.しかしながら,このことは,マクロ経済学が人間の経済のすべての 領域を包摂すべきであることを意味しているわけではない.デイリーは,エ コノミストたちによるマクロ経済学の濫用を戒めつつ,生態系と調和のとれ た経済に資する限りでの経済学の効用を提唱しているのである.
* 本稿は,平成23〜25年度科学研究費補助金挑戦的萌芽研究「資源開発と人間の安全保障」(代 表丸山真人)および平成23〜25年度環境研究総合推進費「持続可能な発展と生物多様性を実 現するコミュニティ資源活用型システムの構築」(代表矢坂雅充)に基づく研究成果の一部であ る.
1. 1 3
つの課題デイリーは,エコロジー経済学において検討すべき課題として,以下の
3
つを挙げている(Daly, 2010).すなわち,
(1)経済規模の最大値を想定すること,(2)富の公正な分配を図ること,そして,(3)資源の効率的配分を行うこと,
である.そして,この順番に沿って課題を解決していくことが経済学の目的 であるとする.ところが,既存の経済学は順番が逆になっており,しかも一 番大切な規模の問題を無視しているとして,デイリーは経済学批判としての エコロジー経済学を展開する.
1. 1. 1 経済規模の最大値
従来の経済学は,資源の枯渇の問題と廃熱および廃棄物の捨て場の問題を 過小評価してきた.ここ
20
数年ほどの間に急速に体系化した環境経済学にお いても,代替エネルギーやリサイクル技術の開発に期待を寄せる発想が支配 的である.確かにそれらのすべてが間違っているというわけではないが,ミ クロレベルでは省資源であり,また廃棄削減を達成したとしても,マクロレ ベルでは依然として経済成長が前提されたままである.楽観的な経済学者は,経済成長と環境負荷の軽減とは両立可能だとしているが,現実には,それと は逆の方向で事態が進行している.しかも,既設の人工資本が寿命を迎える につれて,ストックそれ自体が廃棄物と化して環境への負荷を高めることに なる.
経済分析の道具がいかに精緻化されても,その前提となるビジョンが間違っ ていれば,そもそも有効な経済政策は導き出すことができない.既存の経済 学はまさにそのビジョンの段階でつまずいているのである.それを明らかに するために,デイリーはまず経済規模の最大値を想定するという,既存の経 済学ではほとんど顧みられなかった課題に挑戦するのである.
デイリーは,(1)地球の生態学的な環境容量,(2)経済活動に起因する環 境負荷,(3)経済活動の許される最大規模,を認識するための具体的手法と
して,エコロジカル・フットプリント・アプローチを取り入れる1)
.エコロジ
カル・フットプリント・アプローチの考え方によれば,環境容量は生物容量(biocapacity)のことであり,水域も含めた生態系が供給できる再生可能な資 源生産量と廃棄物吸収量を意味している.そして,その大きさは生態系の面 積の総和によって表現される.これに対し,エコロジカル・フットプリント は,人類の全需要を満たすために必要な土地の合計面積によってあらわされ る.この土地には,耕作地,牧草地,漁場,森林地,生産能力阻害地(built-up
land) ,排出された二酸化炭素の吸収に必要な土地が含まれる.ここで重要な
ことは,後者,すなわち人間の環境への負荷は,事実上,生態系への負荷となっ て現われているということである.
したがって,エコロジカル・フットプリントが生物容量の範囲内にとどま る間は,人類の経済活動は持続可能ということになる.デイリーはこのよう な状態にある世界を「空っぽの世界」(empty world)と呼んでいる.つまり,
経済活動を拡大する余裕があるということである.これに対し,エコロジカル・
フットプリントが生物容量と等しくなる時,経済規模はすでに上限に達して おり,これ以上拡大する余地がない.デイリーはこの状態を「満杯の世界」(full
world)
と呼ぶ.ところで,エコロジカル・フットプリント・アプローチの教えるところに よれば,1970年代には既にエコロジカル・フットプリントが生物容量を凌駕 しており,2008年現在で前者が後者の
1.5
倍程度にまで膨れ上がっていると 推定されている2).このことは,
現在の経済規模が将来にわたって維持される ならば,生態系の劣化が累積的に進行し,経済活動それ自体の基盤が破壊さ れることを示唆している.既存の経済学においては,資源の可塑性や代替性が重視されている.たと
1) エコロジカル・フットプリントについては,WWF(2012)を参照した.
2) 2008年における地球全体の生物容量とエコロジカル・フットプリントは,それぞれ120億グ
ローバル・ヘクタールと182億グローバル・ヘクタールであった(WWF, 2012, p. 39).ここでグロー バル・ヘクタール(gha)とは,生態系の再生産能力を考慮に入れた生態系面積である.
えば,ある製品を生産する時に資源
A
と資源B
が必要とされるものとしよう.A
とB
の比率は技術構成の変化に伴って変動することが可能である.また,資源
B
の枯渇に伴って,資源C
がB
を代替することもできる.だが,実際に は理論通りにならないこともある.デイリーの例に従えば,ピザを作るとき に小麦粉の量を減らして労働者の数を増やしたとしても,ピザの量は増えな いし,むしろ減るであろう.ましてや,レシピが山のようにあっても食材が なければ料理はできないのである.同じように,生態系がなければ資源の供 給に支障が出るだけでなく,廃棄物・廃熱の処理そのものが滞ることになり,経済活動は停止してしまうだろう.
このような問題を避けるためには,持続可能な経済の規模の最大値を正し く認識し,その範囲内で富を公正に分配し,しかる後に資源の効率的な分配 を行うことが何よりも重要である.
1. 1. 2 富の公正な分配
経済を持続可能な状態に維持するためには,経済の規模を現在より縮小す ることが必要である.ところで,既存の経済学においては,経済規模の拡大 によって低所得層および途上国の生活水準を向上させることが当たり前とさ れてきた.すなわち,エコノミストの課題は国民総生産(デイリーは
GDP
の代 わりにGNP
指標を使用)の成長率をプラスに保つことであった.ゼロ成長はも とより,マイナス成長は国民経済を貧しくするものとして,長らく敵視され てきた.しかしながら,近年では,先進工業諸国における経済成長と生活の 満足度とが相関関係を示さなくなってきている.所得水準は上がっても豊か になったという生活実感が伴わないのである.むしろ,1990年代にバブル経 済の破綻を経験した日本では,将来への不安が生活の満足度を押し下げてい る.通常,経済学では個人間の限界効用の比較はできないとされているが,デイリーは,生活必需品,便益品に関して,高所得者の限界効用は低所得者 の限界効用よりも明らかに低いことを指摘している.しかも,高所得者は低
所得者よりも環境により多くの負荷をかけている.
そこでデイリーは,経済規模を拡大することなく富を公正に分配すること が可能であることを示すため,次のように説明する.すなわち,累進課税と 最低所得保障を組み合わせることによって,高所得者から低所得者への所得 移転を促進することを基本とし,これを国際関係および世代間関係にも応用 する,というのである.国民所得の増加は,事実上,高所得者層への富の分 配を厚くするものであり,上述のように高所得者がこのことから得る利益は さして大きなものではない.他方,多くの国民にとっては,所得増加によっ て得られる利益よりも,国民所得の増加に伴う環境負荷の増大から受ける不 利益の方が大きい場合がある.したがって,国民全体をとってみれば,たと え経済規模をある程度縮小したとしても,富の公正な分配によって生活の質 を高めていくことは決して荒唐無稽な話ではない.
1. 1. 3 資源の効率的配分
使用可能な資源量の上限を定め,富の平等な分配を行ったうえで,はじめ て人々のあいだでの資源配分の問題を扱うことができる.既存の経済学では,
希少財の最適配分の問題として,ミクロ経済学の領域で取り扱われる.近年,
経済学ではマクロ経済学のミクロ的基礎と称して,個別経済主体の合理的行 動を説明する原理をマクロ経済の領域にも拡張しているが,デイリーによれ ば,そこには重大な欠陥があるという.すなわち,個々の企業をとってみれば,
限界生産性の逓減により最適経営規模がおのずから明らかになるのに対して,
国民経済全体をとってみると,いつの間にかミクロの世界で制約条件とされ ていた最適規模の問題が消滅し,際限のない経済成長が容認されてしまうの である.もし,論理の徹底化を図るのであれば,規模に関するミクロの分析 手法をマクロ経済にも適用しなければならない.
そこでデイリーは,具体的手法として次のような提案を行う.まず,廃棄 物の排出総量を設定した上で,Cap&
Trade
方式により排出物市場を制度化し機能させるというものである.基本的には,環境税と排出権取引市場の組 み合わせになるが,デイリーはこの
Cap
&Trade
方式を公共財や自然資本に も援用するべきだとしている.すなわち,生物容量を取引総量の上限として 定め,その範囲内では市場原理を活用し,それを超える部分に環境税を適用 して,環境修復費用に充てるというのである.ちなみにデイリーは,企業の収益や人々の収入に対して課税するのではな く,環境に負荷をかける経済主体に課税するように税制を抜本的に改めるこ とが,資源の過剰消費や不適切な使用に対する歯止めになると考えている.
また,際限のない金融市場の拡張は,経済の規模を環境容量の範囲内にとど めようとする営為をますます困難にするとして,信用創造を廃止し
100
パー セント・バンキングを導入するように提唱する.ここで100
パーセント・バ ンキングとは,銀行が貨幣貸借の仲介業務や諸種の貨幣取扱業務に特化して,それらの手数料を利子の代わりに取得するような銀行業のことである.また,
貨幣発行の国家独占を廃止して,地域通貨の自由な発行を認めることも推奨 している.
1. 2 残された課題
以上のように,デイリーのエコロジー経済学は,市場に環境を従属させる 経済モデルから,環境に市場を従属させる経済モデルへと,パラダイムをシ フトさせた点に最大の功績がある.また,元世銀エコノミストとしての経験 を活かして,金融政策,財政政策,通貨政策の各分野において,経済規模の 上限設定がどのような制度的変革をもたらすことになるのかを具体的に示し た点は画期的と言えよう.
しかしながら,デイリーの示したパラダイムにはなお未解決の課題が残さ れている.その一つは,生態系を共生的自然ではなく対象的自然としてとら えているように見えることである.たしかに,デイリーは更新性資源と非更 新性資源を区別しており,前者に関しては資源の再生産の速度に特別の注意
を向ける必要があることを指摘している点で,適切な判断を行っているとい えよう.ただ,自然資本といい,更新性資源といい,人間が働きかける対象 として自然をとらえているという意味では,依然として人間は後述する生命 系の外側に立って,それを客観的に観察しているということになるのではな いだろうか.別の観点からすれば,農業と工業の差異,ないし有機的生産と 機械的生産の差異,という問題意識が希薄なように思われる.デイリーのパ ラダイムでは,人間もまた生態系の一員として主体的にそれに関わっている という側面が消極化されてしまうだろう.
また,このことと関連して,デイリーのパラダイムにおいては,人間がよ りどころとすべき基層単位が必ずしも明確ではないように思われる.市場(私)
と国家(政府=公)の領域に比べて地域コミュニティ(共)の存在が弱いので ある.アメリカにおける自然資本の管理主体としてデイリーが政府の役割を 強調するとき,それは事実上,連邦政府のみならず地方政府をも含んでいる と思われる.たしかに,国家の自立がなければ,環境税などの財政政策は有 効には機能しないだろう.ただ,日本における雑木林や地先の海など,地域 のコモンズの管理について考えようとすると,その管理主体をいきなり公的 な政府とするわけにはいかないことが明らかになる.デイリーのパラダイム では,地域コミュニティによるコモンズの管理という共的な側面が消極化し てしまうと思われる.
2 生命系からの問い直し
デイリーのエコロジー経済学は,基本的にジョージェスク=レーゲンのエ ントロピー論を出発点にしている(Georgescu-Roegen, 1971)
.開放定常系とし
ての地球系の範囲内においてのみ経済系は存続しうるという考え方がその根 底にある.その限りでは,日本において玉野井芳郎,槌田敦,室田武らが中 心となって1970
年代から1980
年代にかけて提唱した生命系の経済学と通底 するものがあると言えよう.だが,先述のように,デイリーは必ずしも生命系と地域コミュニティに焦点を合わせてはいなかった.デイリーの最大の関 心事は,エコロジー的基礎の上に立って国民経済を作り直すことであったが,
デイリーは,エコロジーと人間との関係について,生命系の経済学にみられ るような踏み込んだ分析を行っているわけではない.そこで次に,生命系の 経済学の基本的特徴を明らかにする作業を通して,デイリーの残した課題に 取り組んでみることにしたい.
2. 1 生命系の経済学
エントロピー論の本質は,熱や物質の拡散が不可逆的に増大することを明 らかにした点にある.拡散した熱や物質を凝集させるためにはエネルギーの 投入が必要であるが,それがまた新たな熱や物質の拡散を生む.生命系もま た例外ではない.しかし,生命系の世界はあきらかに非生命系の世界とは異 なっている.それを説明するのもエントロピー論である.
2. 1. 1 エントロピー
締め切った寒い部屋で電気ストーブのスイッチを入れると,ストーブの熱 が部屋全体に行き渡って部屋が暖かくなる.次に,ストーブのスイッチを切 ると,ストーブの温度はどんどん下がって,やがて部屋の温度と同じになっ てしまうだろう.さらに,部屋の熱が壁や窓から外に逃げて部屋の温度が下 がり,やがて外気温と等しくなってしまうだろう.この一連の変化を熱の動 きに着目して観察してみると,ストーブから飛び出した熱は部屋の中に拡散 し,さらに部屋の外へと拡散していることがわかる.だが,これを逆にして,
外気に散らばっている熱を部屋に集めて部屋を暖め,さらにその熱をストー ブに凝集してストーブを熱くすることはできない.
このような不可逆的な熱の動きを表す概念がエントロピーである.エント ロピーは熱の拡散の度合いを示す物理量であり,拡散の度合いの低い状態に ある熱のエントロピーは低く,拡散の度合いの高い状態にある熱のエントロ
ピーは高い.そして,熱と物質の出入りのない孤立系においては,エントロ ピーは増大することはあっても減ることはない.これは一般に熱力学第
2
法 則として説明されていることである.物質の出入りはないが熱の出入りのあ る閉鎖系では,系内で拡散した熱を系外に排出することで,系のエントロピー は減少することがある.上述の例でも,部屋の中に拡散した熱が外気によっ て奪われることで,部屋のエントロピーは低下している.じつは,熱に関して言えることは物質にも当てはまる.すなわち,物質も また不可逆的に拡散するのであり,時間の流れとともに物質のエントロピー も増大する.もしも物質のエントロピーが減少するとすれば,それはエネル ギーの投入があるためであり,エネルギーの消費によって熱のエントロピー が増大しているのである.なお,ジョージェスク=レーゲンは,物質エント ロピーの増大則を熱力学第
4
法則と名付けている.さて,『生命とは何か』を著わした
E.
シュレディンガーによれば,生物体 は生きていることによってたえずエントロピーを生成しているが,他方で周 囲の環境から「負のエントロピー」を摂取することによって増大する体内の エントロピーを相殺し,みずからを定常的で低いエントロピー水準に維持し ているという(Schrödinger, 1944).シュレディンガーの意図は,生物体が食物
の摂取と排泄を通して周囲の環境と物質代謝をしており,そのことによって 生物体は崩壊=死を免れていることを明らかにすることであった.しかし,「負 のエントロピー」は物理学の定義に反しており無理があることを物理学者か ら指摘されたシュレディンガーは,出版の翌年,同書第6
章への補注におい てこの批判に答えて,生物が体内で発生させたエントロピーを捨てることの 重要性を追加した.ただし,本文中の「負のエントロピー」という表現その ものは改めることがなかった.ところで,エコロジストたちはシュレディンガーの説明をどのように受け 止めただろうか.それを理解する上で参考になるのは,デイリーの解釈である.
シュレディンガーは生命を次のように表現した.それは,熱力学的に不均衡な定 常状態にある系であり,周囲の環境から低エントロピーを得ることで均衡状態(死)
から一定の距離を保っている.すなわち,高エントロピーのアウトプットを低エン トロピーのインプットと交換することによって.この交換は,(地球上の――筆者挿 入)エントロピーの純増をもたらす.それゆえ,わが地球上の生命は自分自身を維 持するために,太陽からの低エントロピーの投入のフローをつねに必要とする.こ のことに疑問の余地はない.(Daly, 2010, p. 68)
大変興味深いことに,デイリーはシュレディンガーの「負のエントロピー」
を低エントロピーに改めているものの,高エントロピーの廃棄を基本とする 考え方にはあまり注目せず,低エントロピーの摂取の方を重視している.エ コロジストを自負するデイリーは,多くのエコロジストと討論を重ねてきて おり,彼らに共通の見解を代表しているとみてよいだろう.ここにおいて,
ようやく,日本の生命系の経済学の独自性が浮き彫りにされることになる.
2. 1. 2 生命系
上述のシュレディンガーの補注の重要性を初めて指摘したのは槌田敦で あった.槌田は,シュレディンガーがエントロピーを捨てることの重要性を 指摘しながら,その考えを十分に発展させなかったために,依然として「負 のエントロピー」によるエントロピーの相殺という誤った議論の展開を許す ことになったという.そこで槌田は,シュレディンガーの補注での論点を徹 底して,次のように述べる.
動物体内に発生するエントロピーは相殺されることがなく,シュレディンガーも 追加したように,何らかの方法で体外に廃棄しなければならないものなのである.(槌 田,1978,149頁)
あらゆる自己維持の能力を持った定常開放系は,系内で発生したエントロピーを 捨てることにより,系のエントロピー状態を保持している.(同上書,162頁)
生きることの本質はエントロピーを捨てることであるという槌田の考え方 は,まもなく玉野井芳郎や室田武らによって共有されていく.
一般的に,系内で増大するエントロピーを系外に放出する能力を持っている系の ことを「生きている」系と定義してよかろう.(室田,1979,56頁)
生命とは,生きていることによって生ずる余分なエントロピーを捨てることによっ て定常状態を保持している系,と定義することができよう.(玉野井,1982,141頁)
こうして,系内で生成された余剰エントロピーを捨てる系として生命系が 定義されるようになると,こんどは系外に捨てたエントロピーがどこに行く のかが改めて問題になる.
槌田は,生命系をとりまく地球それ自体が熱に関して開かれた系であるこ とを重視する.すなわち,地球上の廃熱は大気上空に運ばれて宇宙空間に放 射されることによって処分されることになるのである.廃物に関しては,表 層土壌の微生物を含む生態系の食物連鎖を通して植物や動物の体内に取り込 まれることになるが,その過程でエネルギーが消費され廃熱が生ずる.こう して,物質エントロピーは熱エントロピーに変換されて,地球系外に捨てら れるのである.この時に重要となるのが熱の運び手としての大気と水の循環 である.生命系は,地球の大気と水の循環の中に位置づけられることによって,
はじめて自らを維持することができる.以上をまとめると,生命系は生態系 と地球の大気・水循環を踏まえることによって自立することができる,とい うことになる.
人間の経済活動は,本質的にエントロピー生成行為である.廃物・廃熱の
処分ができなければ低エントロピーの製品は生産することができない.そう である以上,経済システムもまた生命系に立脚するものでなければならない.
それを明らかにしたのが生命系の経済学なのである.
2. 2 地域主義
玉野井は,経済学にエントロピー概念を導入するのに先立って,地域主義 の視座を経済学に取り入れることを試みていた.玉野井によれば,地域主義 とは「一定地域の住民が,風土的個性を背景に,その地域の共同体に対して 一体感をもち,みずからの政治的・行政的自律性と文化的独自性を追求する こと」(玉野井,1978,60頁)であった.ここではエコロジーは風土的個性とい う文脈の中に位置づけられている.そして人間は地域住民として共同体の中 に存在している.自然と人間は,地域コミュニティを媒介して結びついてい るのである.しかも,地域コミュニティの自律性と独自性はその中に住む人 間が主体的に追求するものであることが明示されている.
2. 2. 1 地域主義の再生
エントロピー論の重要性を認めた玉野井は,「現存の社会・経済システムに 自然・生態系を導入することは,社会システムに 地域主義 を導入するこ とにひとしい」(同上書)と述べるに至るが,それは,エコロジーも地域コミュ ニティもともに,目的がシステムの外部ではなく内部に位置している点で等 しい,ということを意味している.そして,エコロジーの中核にはいうまで もなく生命系がある.玉野井は,「もともと生命系とは,目的がシステムの外 部に置かれているものではなく,その内部に入った系のことである」(同上書,
34
頁)と述べ,地域主義がまさに生命系と相即不離の関係にあることを確信 したのである.こうして,地域主義は情緒的なふるさと志向や懐古的な田舎暮らしとは一 線を画して,市場と工業に支配された現代社会を内側から作り直すラディカ
ルな思想となった.玉野井は,清成忠男や中村尚司とともに『地域主義』の「は しがき」で次のように述べている.
仮に<地域>を次のように定義してみよう.「人間だけでなく,人間以外の動物・
植物・微生物をも含めた生命の維持と再生産を可能にする,自立した生活空間の単 位である」と.…(中略)…逆説的ではあるが,<地域>は自立しようとすればす るほど,それぞれの<地域>が部分であると同時に全体であり,中心でありうるよ うな結合様式をめざさざるをえないのである.(玉野井他,1978,ⅳ頁)
ここで明らかなように,玉野井らは,生態系の中に生命系としての人間が 存在し,そしてその生態系が開放定常系としての地球の中に位置づけられて いることを意識している.自立した生活空間は,生命系の生み出すエントロ ピーを地球という開放定常系に受け渡す重要なはたらきをしているのである.
エントロピーを廃棄するためには,<地域>は地球にたいして開かれていな ければならない.しかし,開かれっぱなしでもいけない.この点に関して,
室田が重要な指摘をしている.
水のサイクルを通じて地球は相当程度エントロピーの廃棄能力をもっているのだ から,その範囲では人工的にエントロピーをつくり出しても許容される,という議 論が一部にある.しかしながら,非常にグローバルな意味での地球のエントロピー の廃棄能力と実際の人間活動の中でのエントロピー廃棄能力とは区別して考えなけ ればならない.一カ所で消費された物質やエネルギーの転化形態である廃物や廃熱 は,地球上に万遍なく拡散するのではなく,種々の発生形態をとり,また偏在3)して 現れる.(室田,1982,128頁)
3) 原文は「遍在」となっているが,文脈からすると「偏在」でなければならない.
人間の生活が生み出すエントロピーは,なぜ地域ごとに処理しなければな らないのか,室田はそれを明快に説明している.そして室田は「エントロピー のふきだまり」という巧みな表現を用いて,グローバルなレベルでは東京が かなりのエネルギーを消費しても問題ないはずなのに,「実際には都市気象と いう形で地域的な異常気象が発生する」と述べる(同上書)
.
この室田の指摘を踏まえると,地域主義は,地域が主体となって「エント ロピーのふきだまり」を回避することをめざす思想と言い換えることができ る.
2. 2. 2 地域主義の継承・発展
さて,1970年代に提唱された地域主義は,その後各地に浸透して,日本に 成熟社会をもたらすかのように見えた.だが,1980年代から勢力を増してき た新自由主義は,市場メカニズムをグローバルに展開するだけでなく,地域 社会にまで押し広げようとするものであった.国は市場原理から地域を守る のではなく,逆に規制緩和や民営化の名のもとに,地域に市場原理を強制した.
「地方の時代」はいつのまにか「東京一極集中の時代」に逆戻りした.
こうした時代の潮流の中で,地域の自立を理論的にも実践的にも考え続け た人物がいなかったわけではない.たとえば,元福島県知事の佐藤栄佐久は,
地域コミュニティの基盤を強化するためには,中央集権から地域分権へと国 制を改める必要があると主張する.
「強くなるための地方の論理」あるいは「中央と戦うための地方の論理」ではない,
自らが自らであるための,いわば「共に生きるための地方の論理」を作っていかな ければならない.(佐藤他,2012,215頁)
この佐藤の言葉は,まさに放射能汚染という最悪の「エントロピーのふき だまり」を押し付けられた地域から発せられているだけに,非常に重みがある.
2. 2. 3 グローバル時代の地域主義
ところで,人とモノと情報の移動がグローバルな規模で行われる現代社会 においては,国境を越えた地域コミュニティ同士の関係の形成が重要な課題 となる.とりわけ,福島第一原発事故を経験したばかりの私たちにとって,
このことは喫緊の課題といってよいだろう.佐藤元福島県知事は,チェルノ ブイリ原発事故の教訓が「スラヴィティチ基本原則」(2006年制定)として生 かされていることを紹介している.その基本原則の第三項は次のようになっ ている.
地域住民の連帯:原子力の安全は,国の政治・行政上の制限によって縛られては ならない.国の縛りを超えて関係諸地域すべてをイコールパートナーとする真の地 域住民の団結と越境的協力体制が必要である.(同上書,223頁)
課題は原子力の安全だけではない.およそ,「エントロピーのふきだまり」
を招くような人間の活動はすべて,この原則に従って規制すべきであろう.
3 地域コミュニティ再生の試み
自然を破壊したのちに修復するのではなく,生産活動そのものが自然の修 復を伴うように経済を再構築するためには,以上みてきたように生命系のは たらきを保障するような自立した生活空間が必要である.それは地域コミュ ニティの再生をとおして獲得される.
3. 1 生活空間
地域主義はしばしば自給自足の閉鎖経済を理想視するものと誤解されてき た.だが,以上の分析を踏まえるならば,地域主義がそのような閉鎖モデル に基づくものでないことは明らかであろう.重要なことは,ある地域コミュ ニティの活動が他のコミュニティのエコロジー的基礎を破壊しないことであ
る.個々のコミュニティがそれぞれの生活空間を生態系の営みの中に根付か せている限りにおいて,コミュニティ同士の取引は活発に行われて構わない.
ここでおそらく問題となるのは,大都市の暮らしをどのように改めていけ ばよいかということであろう.生態系の循環を随所で断ち切ってしまい,土 をコンクリートで覆い尽くした人工的な居住空間においては,エントロピー の処理を行うために多大のエネルギーを投入しなければならない.地域主義 はできるだけこのような都市空間の膨張を抑制し,地域コミュニティの中心 に文化的な生活の核となるものをつくり出すことをめざしてきた.だが,現 実には大都市はますます膨張し,都会的な施設とライフスタイルを地域社会 にまで押し付けるような地域開発が強行された.その結果,地方都市のいた る所にシャッター通りが生まれ,大都市への人口と資本の流出が続いて生活 空間の自立性が失われた.
では,地域社会における生活空間の再生はどのような筋道をたどっていけ ばよいのだろうか.逆説的だが,大都市の価値基準から脱却することが一番 の近道であると思われる.大都市の中で「働く」ということは,雇用される ことを意味する.もちろん,都市には多くの自営業者が生活しており,彼ら がまちづくりの主役であることは言うまでもない.だが,大多数の都市住民 は自宅と勤め先の間を往復し,隣人との交流の場を持たない.雇用に依存す る生活形態は自立した生活空間からあまりにも遠く隔たっている.雇用され なければ生活できないのが大都市の宿命であるとしても,同じ宿命を地域社 会までもが背負い込む必要はない.
3. 2 地域通貨
愛知県の足助町と豊田市を中心にして,「おむすび通貨」という期間限定の 地域通貨が流通している.3年ほど前から流通が始まっているのだが,従来 の地域通貨と異なるのは,玄米本位制をとっていることだろう.愛知県の主 要都市に「おむすび通貨」を使える提携店が何百店も散在しており,住民同
士でももちろん使用できるが,提携店同士での取引の促進が期待されている.
「通貨」の有効期間は,コメの作付けから収穫までの半年ほどであり,満期を 迎えた「通貨」は低農薬または有機栽培の玄米と交換されることになっている.
「おむすび通貨」の発行主体は「物々交換局」と呼ばれる事務局である4)
.
「交 換局」はスポンサーとなる企業やNPO,個人を募り,その広告を「通貨」の
裏面に掲載する.そして「通貨」は「交換局」で貨幣と引き換えに発行される.次に,「交換局」は広告収入と「通貨」販売代金をもって契約農家から玄米を 購入する.「通貨」が満期になれば「交換局」で玄米と交換され,寿命を終え る.翌年以降も同じサイクルが繰り返される.
「おむすび通貨」の単位は「むすび」である.1「むすび」は
50
円相当の購 買力がある.興味深いことに,「交換局」では1
「むすび」は45
円で購入できる.つまり,円の購買力は「むすび」と交換することで高まるのである.他方で,
「交換局」は契約農家から玄米を一般卸売価格の
2
倍から3
倍の高値で買い取 る.「交換局」のねらいは,地域商店街の活性化と農家の耕作放棄の抑制であ る.特に後者が重要であり,土づくりの促進を通して地域生態系を豊かにし,将来的には矢作川水系一帯を自立した生活空間として再生させることを目標 にしている.
地域限定の通貨による価値表現は,このように地域の生態系に生産を埋め 戻し,生態系を豊かにする流通,消費を促すような可能性を持っている.そ こに成立する地域市場は,地域の富を正当に評価し,公平に分配する機能を 発揮すると言ってもいいだろう.地域通貨は,地域社会でかけがえのない資 源に高い価値を与えることができ,しかも評価の主体は抽象的な「市場関係者」
ではなく生身の地域住民なのである.
すでに明らかなように,地域通貨は自然を修復する行為が価値を生むよう
4) 「おむすび通貨」に関しては,2013年2月12日に名古屋市のウインクあいち(愛知県産業労
働センター)で開催された「COMMUNITY通貨フォーラム2013」での説明をもとにしている.
また,おむすび通貨HP(http://www.f-money.com/)も参照した(2013.9.19.取得).
に生活世界を設計しなおす手段の一つであり,雇用という枠組みに収まらな い仕事の領域を広げていくうえでも重要な役割を果たすと言ってよい.また,
地域の自立性が高まれば,地域間の新たな関係も構築可能になるだろう.大 都市への富の一方的移転ではなく,地域の富の持続的再生産を強化するよう な地域同士のつながりも生まれてくるだろう.
3. 3 地域コミュニティ同士の交流
たとえば,東京都目黒区自由が丘商店街と宮城県登米市大網商店街との交 流について考えてみよう.自由が丘商店街はテンプラ廃油などをリサイクル した燃料で走るバスに象徴されるように,エコロジーを意識したライフス タイルを発信し続けている.2011年
3
月11
日の東日本大震災以降,チャリ ティー・イベントや募金で集めた義捐金を被災地に届ける活動をとおして被 災地支援に力を入れているが,最近ではより長期的な視点から被災地周辺と の交流を図るようになった.その手始めとして,2012
年10
月の自由が丘「女 神まつり」では,登米市のコメに自由が丘商店街のキャラクターである「ホイッ プるん」の名を冠した「ホイップるん米」が売り出され,好評を博した5).さ
らに,2013
年5
月の自由が丘スイーツ・フェスタでは,登米で開発されたロー ルケーキ「絆ロール」が発売された6).
登米市は南三陸町の西に位置しており,津波の被害はなかったものの,南 三陸から避難してきた多数の津波被災者のために仮設住宅を提供している.
仮設住宅に住む被災者の支援活動を中心になって行っているのが,登米市大 網商店街にある有限会社「コンテナおおあみ」である7)
.
「コンテナおおあみ」は,5) 2012年10月7日,筆者が自由が丘商店街「女神まつり」に参加して得た情報.
6) 『自由が丘新聞』2013.7.14.および2013.8.16.
7) 「コンテナおおあみ」については,2013年7月26日から28日にかけて行った東京大学大学
院総合文化研究科「人間の安全保障」プログラム実験実習の現地調査での聞き取り,および,
コンテナおおあみHP(http://www.kontena.jp/)(2013.9.15.取得),東北電力HP(http://www.
tohoku-epco.co.jp/tomoni/kon_tenant_oami/index.html)(2013.9.15.取得)の「東日本大震災復興 情報レポート」を参照した.
地域の起業活動を支援するインキュベータ組織として
2011
年春に開設の予定 であったが,その直前に東日本大震災が発生したため,発足と同時に被災者 の支援活動に全力を注ぐことになった.しかし,本来の業務が起業支援であ るため,被災者の避難生活が長期化するにつれて,被災者の生活自立の支援 に力を入れるようになった.仮設生活者に就農をあっせんしたり地元での仕 事を紹介するかたわら,仮設住宅の女性たちの手仕事を支援するグループの 支援をおこない,着物の端切れを利用したオリジナル人形「南三陸復興三地蔵」やアクリル製のエコタワシ「編んだもんだら」などのヒット商品を全国に紹 介する活動を行っている.
また,「コンテナおおあみ」では自家用のソーラー発電蓄電器の開発も進め ている.ソーラーパネルと鉛蓄電池を組み合わせた単純な構造であるが,大 型機種で
1000
ワット,小型機種で300
ワットの出力がある.災害や停電時の 非常用電源として,またアウトドアでの使用などが直接の使用目的であるが,もし,各家庭で普及することになれば電力会社への電力需要を減らすことも 可能である.もちろん,すべての電力をソーラー発電で賄うことは不可能で あるし,巨大なソーラー発電所の開発はいうまでもなく石油の浪費を加速す ることになるだろう.「コンテナおおあみ」の基本的な考え方は,電力を大量 消費する生活スタイルを見直し,自家発電した電力で生活の安全保障を図る ことである.実際,東日本大震災に伴って発生した停電時に,携帯電話の充 電ができずライフラインの確保がきわめて困難だった経験がこのアイディア につながったという.
登米市のコミュニティは目黒区のコミュニティとのつながりを深めること によって,地域自立の試みを様々な形で展開できるようになった.また,目 黒区のコミュニティのほうでも,このようなつながりを通して,エネルギー 多消費型の生活をいろいろな角度から見直す機会が与えられたと言ってよい.
4 アフリカの新たな取り組み
アフリカはともすれば援助対象国とみられることが多い.しかし,視点を 変えれば,コミュニティづくりの先進地帯でもあり,私たちがそこから学ぶ ことも多い.
4. 1 ナイジェリア連邦
石油輸出大国ナイジェリアは農業大国でもある.ヤムイモの生産は世界一 を誇り,国内のみならず近隣諸国にも輸出している.しかし,その陰で自給 作物の生産はなおざりにされており,土地生産性も低い.そうした中で,土 づくりを中心にしたコミュニティ農業の開発が静かに広がりつつある.
4. 1. 1 モノカルチャーから「緑の革命」を経て自給農業へ
8)植民地時代(1914〜
1960
年)のナイジェリアでは,モノカルチャーによる 農産品の輸出が盛んであった.主要な商品作物は,パームオイル,ココナツ ミルク,落花生などであった.独立してからの20
年(1960〜1980
年)は,人 口増加による食糧不足が発生する一方で,石油油田開発が進行し,石油を輸 出して食糧を輸入するという貿易構造が出来上がった.1980年代になると石 油価格が低迷するようになり,輸出用農産物の生産合理化を進める必要が高 まった.こうして「緑の革命」が始まった.しかし,80年代半ばに
IMF
の構造改革(1986〜1988
年)を受け入れた頃か らより深刻な問題が顕在化するようになった.構造改革においては,作付面 積の拡大と政府援助による化学肥料と農薬の普及によって食糧生産の増産が 図られたが,現実には生産性が上昇せず,耕作適地が稀少になり地力も低下 することになった.とりわけ,国内消費用根菜類の生産性の低下が目立った.その結果,食料輸入がますます拡大するようになった.その後,財政破綻に
8) ナイジェリアの農業については,室井(1988)および落合(1998)を参照.
よる政府援助が打ち切られると,化学肥料や農薬を使う近代的農業は困難に なった.農地改革は完全に行きづまり,また,遊牧民の定住政策も停滞する に至った.こうして,「緑の革命」は失敗に終わるほかなかった.
このような状況の中で,農民たちの間では伝統農業への回帰が見られるよう になった.彼らは商品作物の栽培に特化するのではなく,自給作物の栽培を主 目的とする伝統的農業を新たに営むようになったのである.農薬と化学肥料を 購入するための資金の不足は,結果的に農民たちを有機栽培へと誘っている.
4. 1. 2 中部ナイジェリアの小農民
ナイジェリア中部のナイジャー州ビダ市近郊の農村地帯では,農耕民のヌ ペ族と遊牧民のフラニ族とのあいだで土地の貸借関係がみられる.未利用地 に限りのある状況の下では,耕作地の拡大は遊牧民にとっては放牧地の減少 を意味している.遊牧を続けるためには,耕作地への「侵入」もやむを得な いことである.ここで農耕民と遊牧民が対立すれば,希少資源をめぐる争奪 戦になる.だが,ヌペ族とフラニ族とは共存の道を選択した.
かれらは「囲い契約」9)を結ぶことでそれぞれの生業を維持する方途を見出 した.ヌペ族は休耕地を一時的に囲い,その「囲い地」にフラニ族とその家 畜を招き入れる.フラニ族は一定期間そこにとどまり,周辺の未耕地に家畜 を連れて行って水と草を与える.そして契約期間が終了してフラニ族が「囲 い地」を立ち去ると,ヌペ族はそこに残された畜糞を肥料として利用し,地 力増進を図るのである.「囲い契約」そのものは昔からアフリカでは広範に存 在したと言われているが,ヌペ族とフラニ族とのあいだの「囲い契約」は比 較的最近のもののようである.
4. 1. 3 コミュニティ農業への取り組み
ナイジェリア南西部の都市アベオクタにある連邦農業大学には,コミュニ
9) 「囲い契約」については,Fu(2013)を参照.
ティ農業計画(Community-Based Farming Scheme, COBFAS)と呼ばれる研究教育 プロジェクトがある10)
.2011
年に発足したこのプロジェクトは,隣国ベナン との国境沿いにあるケトゥという村落に学生を送り込み,数か月にわたって 農家体験をさせている.学生たちは,農民から農作業の指導を受け,農家経 営を実地で学ぶ.そして,実習期間中に研究したことを論文にまとめ,卒業 後は農業ないし農業関連の事業に従事する.もともと連邦農業大学は農業大学でありながら,卒業生のほとんどは農業 とは無関係の仕事に就くのが常であった.ナイジェリアの農業の停滞に危機 感を持った同大学は,これまでの反省の上に立ってこのプロジェクトを立ち 上げたのだった.
コミュニティ農業計画プロジェクトの目標は,農村コミュニティの自給能 力を高めることである.そのために有機農業を導入して地力の増進を図るこ とに力を入れている.大学は有機農業の指導員を農村に駐在させて,家畜の 飼い方や有機肥料の作り方などをアドバイスする.また,池を作って淡水魚 を養殖することも教えている.他方では,農民たちが金銭収入を得るための 手段も提供している.たとえば,ケトゥでは綿花栽培を奨励しており,その ために必要となる化学肥料も使用している.これは有機農業の普及とは矛盾 しているようにも見えるが,自給用食料の生産領域には適用されず限定的で ある.
なお,学生が農村に住み込むことによる副次的効果も現われている.たと えば携帯電話やパソコンの使用に必要な電源を確保したり,学生向けの雑貨 を売る小売店を開設したりするためにインフラ整備が行われ,農民たちも携 帯を使うようになったり店で買い物をするなど,消費生活の幅が広がり始め ている.このプロジェクトが今後どのような方向に展開していくのか忍耐強 く見守る必要があるが,このプロジェクトで育った学生たちが将来のナイジェ
10) COBFASについては,2012年9月24日にアベオクタの農業大学を訪問し聞き取りを行った.
また,COBFAS HP(http://www.unaab.edu.ng/about-cobfas.html)(2012.12.16.取得)を参照.
リア農業の中核を担うことになるのは,大変心強いことである.
4. 1. 4 有機農業への移行の問題
11)ナイジェリアには,有機農業を普及させるための研究センターが数多く存 在している.それらは大学の付属機関であったり民間の組織であったりする が,あるセンターでは,近代的農業に馴染んだ農民が有機農業に移行する場 合に直面する困難について,次のような点を挙げている.まずは,収穫量の 相対的低さである.また,草取りなどの重労働を伴い,労働集約的で生産費 用が相対的に高いことである.さらに,市場では割高感と作物の見栄えの悪 さから売れ行きは決してよくない.
だが,将来の見通しは決して暗いものではない.確かに既存の市場での有 機農産物の需要は限られているが,イバダンなどの大都市のレストランと産 直提携を行ったり,都市のエリート消費者とのネットワークづくりを促進し たりすることによって,新しい市場を開拓することは可能である.事実,同 センターではこうした方向での有機農業の普及をめざしている.そして何よ りも,農民たちに有機農産物を作る意味をみずから考えるように導いている ことの意義は大きい.ある女性は次のように語っている.
化学肥料や農薬を使ったヤムイモやトマトは有機のものに比べると早く腐ります.
私は人間の命も同じだと思います.有機の食品を食べる人は化学物質で育ったもの を食べる人よりも長生きするでしょう.(Fabusoro, 2013)
4. 2 ベナン共和国
ベナンはかつての内陸王国ダホメの領域を一部に含む小国である.ダホメ
11) Eniola Fabusoroの口頭発表を参照.(Transition to Organic Farming in Nigeria: The Experi- ence, Challenges and Way Forward, presentation at the 2nd International Symposium: Environmen- tal Friendly Agriculture Based on Community Resources: A Strategy for Sustainable Development and Biodiversity, University of Tokyo on March 2, 2013.)
は近隣の強国からの侵略圧力と西欧諸国の貿易圧力に挟撃される中で奴隷貿 易に手を染めたが,カール・ポランニーが注目したように12)
,基本的には自
給自足にもとづいた農業国であった.その伝統は今なお継承され発展の途次 にある.4. 2. 1 地域自立型のエコロジー農業
ナイジェリアの西隣にある小国ベナンは農業が主な産業である.ここでも また,有機農業や環境調和型農業の普及に力を入れている様々な集団が存在 する.世界的に有名なものとしてはポルトノボのソンガイ・センター13)がある.
ソンガイ・センターは
1985
年に設立されたNGO
で,農村コミュニティの自 立的発展をめざし,持続可能な農業の普及や職業訓練に力を入れている.セ ンターの農場では有機農法の研修を実施しているほか,有機農産物の販売も 行っており,エコロジー・ツアーで訪れる観光客も多い.ソンガイ・センターで研修を受けた研修生たちは,それぞれの村に戻って 地域自立型農業の普及活動に従事する.たとえば,ポルトノボからウェメ峡 谷を
100
キロほど北にさかのぼって奥地に向かうとカカニチュエという集落 にたどり着く.そこにSAIN
(Solidarités Agricoles Intégrées)と呼ばれる農場学12) Polanyi(1966)参照.なお,同書の序文でポランニーは「たとえ過去にみられた特色ある ことがらの数々が私たち自身の時代にとって手本を提供しているように見える場合であって も,私たちは過去の(遅れた)世界を理想視することには注意しなければならない(Yet even if some features of the past would seem to offer lessons for our own time, we must still beware of ideal- izing backward worlds.)」(Polanyi, 1966, p. xv)と述べている.ポランニーは,過去から学ぶこ とと過去を理想視することとを明確に区別している.ところが,翻訳書では「たとえ過去の時 代のいくつかの特徴が現代に教訓を与えるように見えても,私たちはそれでも現在の未開の世 界のなかに理想的なものがあることに注意しなければならない」(Polanyi,1966,翻訳書27頁)
となっており,意味を完全に取り違えている.日本では,経済人類学に対する批判として,過 去や未開社会の非市場経済を理想視している,とするものがしばしば見受けられるが,おそら くその原因の一つは,ここにみられる致命的な誤訳にあると思われる.
13) ソ ン ガ イ・ セ ン タ ー に つ い て は,Songhai Centre HP(http://www.songhai.org/english/in- dex.php?option=com_content&view=article&id=56:songhai-center-porto-novo&catid=42:the- sites&Itemid=78)(2012.12.16.取得)を参照.
校がある14)
.学校の名称は直訳すれば「統合型農業の連帯」ということにな
るだろうか.その略称サンはフランス語の健康的(sain)にかけてある.ちな みにSAIN
の目的は,持続可能な農業ないしエコロジー農業に根ざした生産 と研修の実践であり,カカニチュエの内発的発展の推進である.SAINでは,有機農法による循環的土地利用を基本とし,近隣農民の研修 を行っている.根菜類,雑穀,コメ,果樹などの栽培とともに,牛,ウサギ,
ニワトリ,ウズラ,ホロホロチョウなどの飼育や淡水魚の養殖を行っている.
コメに関しては,マダガスカルで考案されインドネシアなどで普及している 一本植え農法
SRI
が採用されている.畑地の周囲には雑木採取用の林がある.また,アフリカマイマイを飼育しており,貝殻ごとすりつぶして肥料にする という.人間の尿や畜糞は液肥や堆肥として用いられる.ちなみに,人糞を 肥料として使うことは忌避されているようである.また,農場の電気はソー ラーパネルから供給され,炊事用の燃料は薪である.
SAINでの研修は
1
年6
か月におよぶ.有機農法の基本を学び,フィールド 調査を行い,最後に研究をまとめる.全体に理論が4
分の1,実践が 4
分の3
程度の内容である.常時12
名ほどの研修生を受け入れている.SAINは1998
年に創設され,これまでに70
名以上の農民が卒業し,そのうち60
名前後が 各自の村で有機農業を実践している.また,農場内には宿泊施設とセミナー ルームがあり,都市住民や外国人の訪問も受け入れている.4. 2. 2 SAIN
の創始者農場学校
SAIN
の創始者パスカル・グベヌは農家の出身で,1990年に高等 学校を卒業している.そして,ソンガイ・センターで1
年間過ごし,有機農 法を学んだ.両親は彼が大学に行くことを望んだが,パスカルは大学には行14) SAINについては,2012年9月28日の現地での聞き取りによる.また,SAIN HP(http://
www.sain-benin.org/org.phpおよびhttp://www.sain-benin.org/acceuil_EN.php,2012.12.16.取得)も 参照.
かず,1992年に農場経営を始めた.しかし,1997年頃,豚が病気にかかって 経営が行き詰まり,翌
1998
年には事業をたたんだ.そして,同年,カカニチュ エにSAIN
を設立するにいたる.集落には当初学校がなく,子供たちは無学 であった.1999年,パスカルは農場に小学校を建設し,教師を招き入れて子 供たちの教育に当たらせた.今では,この小学校の卒業生の中から大学に進 学する者も出るようになったという.SAINの経営が軌道に乗ると,パスカルは大学での勉学を志すようになり,
2003
年からベナン大学で地理学を学び,2007
年に修士課程を修了した.また,2006
年には西アフリカ地域コメ生産者組合を設立し,2012年まで組合長を務 めた.この組合の目的は市場でのコメの販売であるが,食の安全保障の観点 から,前述のSRI
農法の普及に努めている.また,持続可能な農法をさらに 究めるために,パスカルはアボメカラヴィ大学の博士課程で研究を続けてい る.パスカルの農場経営の基本は,あくまで自給である.自分たちの命をつな ぐ食料を,土作りの過程を含めて自作する.その上で,農場への訪問者に余 剰生産物を販売する.そしてその次の段階として,近隣市場への出荷を考える.
グローバル市場への展開は考えていないという.まさに,アリストテレスの オイコノミアーを彷彿させる自給中心の農家経営である.しかも,自給中心 でありながら決して孤立していない.外の世界に開かれており,訪問者を歓 迎するとともに,ソンガイ・センターや
SAIN
の卒業生とのネットワークを 通して他の有機農場とつながっている.さらに,インターネットをとおして 世界の有機農業実践者ともつながっている.お わ り に
私たちが望むのは物質的な富の蓄積ではなく,あくまで生活の自立と自存 である.消費する物質とエネルギーを減らすことで生活が豊かになる仕組み を生活者が生活の現場で追求することである.本稿で紹介してきたような日
本やアフリカの事例は,そうした取り組みのごく一部であるにすぎないが,
これからの私たちの生活のあり方を考える上で示唆に富んでいる.
ここで本稿の冒頭で検討したエコロジー経済学の枠組みを思い出してみる と,経済学の最重要課題は経済の規模の最大値を明確にすることであった.
私たちはすでに「満杯の世界」に暮らしている以上,物質とエネルギーの大 量消費を促進するような成長経済とは決別しなければならない.そのために は,経済成長に依存しなければ成り立たないような経済制度を改めて,たと えマイナス成長であっても生活空間の自立と自存が維持できるような経済に 転換していく必要がある.本稿では言及できなかったが,すでにセルジュ・
ラトゥーシュをはじめとする『脱成長』派の人々がこの課題に取り組み始め ている.
それと関連して,生活空間の規模の問題も重要である.国民国家の自立は 地域コミュニティの自立とともにある.室田武がつとに指摘していたように,
日本の開発は,地域コミュニティの食料とエネルギー自給の手段を奪い,生 計の場を奪ってきた.農林漁業から人々を「失業」させ,都市の「雇用」を 宛がうという大いなる無駄を行ってきた.そして,雇用の場ではリストラや 倒産によって新たなる失業が生じている.開発とは,地域の資源を破壊して「資 源小国」を実現することだったのだろうか.もしそうなら,これほど空しい ことはない.肥沃な農地と豊饒の海を核廃棄物で汚染したり,大地の基盤と なる地層の奥深くに巨大な穴を開けてリニア新幹線を通そうとするのは狂気 の沙汰というほかない.このままでは,「国滅びて,山河なし」は必定であろう.
最後に,国家レベルで語られる言葉は生活世界を捉えきることができない ことに改めて注意を向ける必要がある.マクロ経済を縮小しても地域コミュ ニティにはならない.他方で,合理的個人から出発してもコミュニティの存 立基盤を解明することはできないであろう.ミクロ経済の集合が地域コミュ ニティではない.等身大の生活世界には,マクロ経済学をもってしても,ま たミクロ経済学をもってしても説明不可能な領域がある.生命系の経済学は
まさに等身大の生活世界を分析対象とする独自の経済学である.それは,決 してユートピア経済学でもなく,未来経済学でもない.現に存在していなが らそれを表現するのにふさわしい言葉がないために看過され,破壊されてき た領域を,言葉とともに再生することをめざす経済学なのである.誕生して から
30
数年の歳月を経た今日,生命系の経済学は次の時代を担う若い世代に 受け継がれて,さらに深められていく必要がある.【参考文献】
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