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性霊集﹄の成立事情
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与 越 州 節 度 使 請 内 外 経 書 啓 与 本 国 使 請 共 帰 啓 狸 毛 筆 奉 献 表 大 唐 神 都 青 龍 寺 故 三 朝 国 使 灌 頂 阿 闇 梨 恵 果 和 尚 之 碑 ﹃ 性霊集﹄の制作意図 ﹃ 性霊集﹄の編纂時期 ﹃ 性霊集﹄の目録と原初形態 付-別 表1 空 海 ( 七 七 四-八 三 五 ) の 詩 文 集 で あ る ﹃ 遍 照 発 揮 性 霊 集 ﹄ ( 以 下 略 称 を 用 い る ) は、 空 海 十 大 弟 子 の 筆 頭 ・ 真 済 ( 八 〇 〇-八 六 〇 ) に よ っ て、 十 巻 本 と し て 編 纂 さ れ た こ と は、 真 済 自 身 の 序 に 明 ら か で あ る。 し か し、 巻 八 ・ 九 ・ 十 の 三 巻 は、 早 く に 秩 書 と な り、 済 逞 ( 一 〇 二 五-一 一 一 五 ) が、 承 暦 三 年 ( 一 〇 七 九 ) に 新 集 し た ﹃ 続 遍 照 発 揮 性 霊 集 補 閾 砂 ﹄ 三 巻 を 加 え、 十 巻 に 復 し た こ と が 巻 末 の 済 逞 の 践 に 記 さ れ て い る。 ﹃ 性 霊 集 ﹄ の 古 写 本 に つ い て は、 筆 者 は 夫 だ 調 査 に 及 ば ず、 以 下 は 先 学 の 報 告 に よ る。 古 写 本 と し て 重 文 指 定 に な っ て い る 著 名 な も の に つ い て 見 て も、 そ の 時 代 認 定 は 平 安 期-鎌 倉 期 と 曖 昧 で あ る。 日 本 古 典 文 学 大 系 本 ( 岩 波 書 店・ 渡 辺 照 宏・ 宮 坂 宥 勝 氏 校 注 ) の 底 本 に な り、 完 本 と し て 最 古 の 醍 醐 本 は、 平 安 末 期、 北 院 御 室 頃 の 内 容 を 具 備 し て い る。 小 論 も、 多 く こ の 本 に 依 拠 し て い る。 一 方、 管 見 に 及 ぶ ﹃ 性 霊 集 ﹄ の 研 究 に つ い て は、 著 名 な 運 空 海 真 跡 の 控 文 の 出 現 で 判 明 し た ﹁ 性 霊 集 ﹂ の 成 立 事 情密 教 文 化 倣 の ﹃ 遍 照 発 揮 性 霊 集 便 蒙 ﹄ や、 最 近 の 宮 坂 宥 勝 氏 の 優 れ た 業 績 等、 相 当 数 が あ る。 し か し、 そ れ 等 の 主 題 は 注 解 や 校 閲 上 の 問 題 に 占 め ら れ て お り、 ﹃ 性 霊 集 ﹄ の 成 立 事 情 に つ い て は、 真 済 の 序 を、 敷 術 す る 程 度 に 留 ま っ て い る。 そ の 真 済 の 序 の 当 該 個 所 の 訳 を 示 す と ( 日 本 古 典 文 学 大 系 本 に よ る。 以 下 大 系 本 と 略 )、 ﹁ 夫 れ 其 の 詩 賦 哀 讃 の 作、 碑 諦 表 書 の 制、 遇 ふ 所 に し て 作 す。 草 わ つ か 案 を 仮 ら ず。 纏 に 了 つ て 競 ひ 把 ら ず は、 再 び 之 を 看 る に 由 無 し。 ま じ は よ も ぎ お そ 弟 子、 金 玉 の 難 石 に 揉 ら む こ と を 憂 へ、 蘭 桂 の 秋 の 文 に 圧 は れ む ほ ぼ こ の か た こ と を 歎 く。 侍 坐 し て 集 記 す る に 略 五 百 よ り 以 来 の 紙 を 得 た り。 ひ ろ 兼 ね て 唐 人 の 贈 答 を 撫 っ て 梢 警 策 を 挙 げ て 此 の 秩 の 中 に 雑 ふ。 編 む で 十 巻 と 成 す。 名 け で 遍 照 発 揮 性 霊 集 と 日 ふ ﹂ と あ る。 つ ま り、 序 の 筆 頭 の ﹁ 西 山 禅 念 沙 門 眞 濟 撰 集 ﹂ と 符 節 し て、 こ の 集 が、 真 済 の 控 書 き を 元 に、 真 済 自 身 の 企 画 と 取 捨 選 択 に よ っ て 編 成 さ れ た、 と す る の が 定 説 化 し て い る わ け で あ る。 古 典 の 伝 播 に と っ て、 原 典 か ら の 逸 脱 ・ 改 窟 は 避 け 難 い 問 題 で あ る。 と り わ け、 原 形 を 秩 し て い る ﹃ 性 霊 集 ﹄ に と っ て は、 そ の よ り オ リ ヂ ナ ル を 求 め る こ と が、 命 題 で あ る が、 そ れ に 利 す る 一 群 の 資 料 が あ る。 そ れ は、 空 海 の 真 跡 と 伝 承 さ れ、 か つ ﹃性 霊 集 ﹄ に 採 ら れ て い る 書 跡 群 で あ る。 早 く も 明 治 四 三 年、 長 谷 宝 秀 師 は、 そ の 資 料 性 に 着 目、 司 弘 法 大 師 全 集 ﹄ 第 三 輯 で は、 ﹃ 性 霊 集 ﹄ の 校 合 に 活 用 さ れ て い る。 そ の 書 目 を 列 記 す る と、 補 陀 落 山 碑 銘 二 種 (醍 醐 寺蔵・神 護 寺蔵)・益田 池 碑 銘 (釈 迦 文 院蔵)・綜藝 種 智 院 式 (上 杉 神 社 蔵)・勤操 僧 正 影 讃 (普 門 院 蔵)・十喩 詩 蹟 ( 東 寺 蔵 ) の 六 点 で あ る。 長 谷 師 は、 以 上 の 総 て を、 空 海 の 真 跡 と し て 扱 っ て お ら れ る。 今 日 の 書 道 史 の 定 見 と し て、 こ れ 等 六 点 に、 空 海 の 真 跡 と 認 め る 書 は な い が、 書 道 史 研 究 が 学 門 と し て 成 立 し て い な か っ た 当 時 と し て は、 当 然 の 判 断 で あ る。 大 系 本 の 解 説 に は、 如 上 六 点 の 他 に 二 点 の 資 料 が 追 加 さ れ て い る。 一 ・ 崔 子 玉 座 右 銘 断 簡、 二 ・ 狸 毛 筆 奉 献 上 で あ る が、 座 右 銘 は ﹃性 霊 集 ﹄ 本 文 に 無 く、 い か な る 意 図 で こ こ に 挙 げ ら れ た か 不 明。 錯 誤 で あ ろ う。 二 ・ 狸 毛 筆 奉 献 上 は、 小 論 の 課 題 の 一 つ で あ り、 後 述 す る。 但 し、 大 系 本 で ﹁ 伝 弘 法 大 師 筆 と い う も、 今 目 で は 伝 教 大 師 最 澄 の 真 筆 と 判 定 せ ら れ る。 ﹂ と あ る が、 そ の よ う な 説 は、 全 く 管 見 に 及 ば ず、 あ る い は 最
澄 書 写 の 東 寺 本 空 海 請 来 目 録 と 錯 覚 さ れ た の で あ ろ う。 又、 大 系 本 で は、 ︹ 写 本 ︺ と し て 東 京 大 学 文 学 部 国 語 学 研 究 室 蔵 の 恵 果 和 尚 之 碑 } 巻 を 紹 介 し て い る が、 後 述 す る よ う に こ れ は ﹃ 性 霊 集 ﹄ の 写 本 の 残 巻 で は な く、 誤 認 で あ る。 全 集 本 ・ 大 系 本 で 紹 介 さ れ た 八 点 の 他 に、 二 点 の 資 料 が 出 現 し て い る。 そ れ は、 与 越 州 節 度 使 請 内 外 経 書 啓 と 与 本 国 使 請 共 帰 啓 で あ り、 共 に ﹃ 性 霊 集 ﹄ 巻 五 に、 並 ん で 収 め ら れ て い る も の で あ る。 以 下 に、 そ の 解 説 を 簡 単 に 行 う。 え つ し ゆ っ せ つ と し に あ た え ま い げ の キ リ い し よ を こ う け い ︹与 越 癬 節 度 使 請 内 外 経 書 啓 ︺ そ め が み 現 状 は、 濃 い 黄 茶 の 染 紙 料 紙 五 枚 を 繋 ぎ、 天 地 に 覆 輪 を と っ た 巻 子 本 一 巻 で あ る が、 筆 者 よ り 数 年 前 に 実 見 し た、 駒 井 鷲 静 氏 の 示 教 に よ れ ば、 承 前 は 各 紙 バ ラ バ ラ で、 所 謂"ま く り"の 状 態 で あ っ た。 神 戸 の 個 人 蔵 で、 寸 法 は、 天 地 二 九cm ・ 左 右 一 四 九cm。 全 文 七 六 行。 内 容 は、 大 同 元 年 (八 〇 六 ・ 中 国 で は 元 和 元 年 ) 長 安 を 出 立、 帰 国 の 途 に つ い た 空 海 ら は、 越 州 で 数 カ 月 滞 在 す る こ と に な っ た。 同 年 四 月、 空 海 は 越 州 の 節 度 使 に 啓 を 発 し、 故 国 に も た ら す た め、 お よ そ 人 の 啓 蒙 ・ 救 済 に 役 立 つ 典 籍 な ら、 内 典 ・ 外 典 を 問 わ ず 何 な り と 与 え て 欲 し い、 と 切 望 し た も の で あ る。 本 書 の 全 容 が 初 め て 影 印 紹 介 さ れ た の は、 昭 和 五 十 三 年 五 月、 筆 者 が そ の 研 究 発 表 を 行 っ た ﹁ 墨 美 ﹂ 二 七 六 (京 都 墨 美 社 ) に 於 て で あ る。 そ の 後、 ﹃ 弘 法 大 師 書 蹟 大 成 ﹄ 全 五 巻 (S54東 京 美 何、 解 題-筆 者 ) に も 再 び 原 寸 大 で 収 録 さ れ た。 部 分 的 な 紹 介 と し て は、 寛 政 五 年 ( 一 七 九 二 ) 北 条 鉱 が 刊 行 し た ﹁ 集 古 法 帖 ﹂ 巻 二 で、 七 六 行 中 一 一 行 が、 初 め て 白 黒 が 反 転 し た 状 態 で 影 印 さ れ た。 そ の 後、 永 く 所 在 不 明 で あ っ た が、 近 時 現 所 蔵 者 の 有 に 帰 し て 後、 ﹃ 書 道 芸 術 ﹄ 12(S47中 央 公 論 社、 解 題-中 田 勇 次 郎 氏 ) 一 九 行 が 景 印 さ れ た。 写 真 が 一 部 で あ り、 か つ 臨 墓 本 と の 否 定 的 見 解 で 紹 介 さ れ た 為 か、 筆 者 以 外 の 研 究 者 の 注 意 を 喚 起 し な か っ た よ う で あ る。 筆 者 は、 原 本 を 調 査 ・ 撮 影 し、 全 文 の 一 字 一 字 を、 空 海 の 真 跡 と 比 較 研 究 し た。 又、 中 田 氏 が 模 本 と 認 め る 最 大 の 理 由 と す る ﹃ 性 霊 集 ﹄ と の 校 合 上 の 異 同 に つ い て も、 考 究 し た。 そ の 結 論 と し て 得 た も の は、 本 書 は 紛 れ も な く、 伝 承 ど う り 空 海 真 跡 の 控 文 の 出 現 で 判 明 し た ﹁ 性 霊 集 ﹂ の 成 立 事 情
密 教 文 化 空 海 の 真 跡 で お る、 と す る も の で あ る。 そ の 発 表 が ﹁ 墨 美 ﹂ 二 七 六 で あ る。 近 年、 筆 者 は ﹃ 空 海 大 字 林 ﹄ (S58講 談 社 ) を 公 刊 し た。 こ れ は、 空 海 の 遺 墨 よ り 四 万 字 を 選 び 字 典 化 し た も の で あ る が、 従 来 の 形 だ け を 表 す 字 典 と 異 な り、 オ リ ヂ ナ ル 撮 影 と 特 殊 製 版 に よ っ て 一 字 一 字 の 筆 ・勢 の 強 弱、 墨 の 濃 淡、 筆 ・圧 の 軽 重、 運 筆 の 緩 急 に 到 る ま で、 正 確 に 表 現 し て い る。 従 来 の 書 道 史 研 究 は、 個 々 の 鑑 賞 力 に 依 存 し、 客 観 性 ・ 実 証 性 に 乏 し い 弊 が あ る。 そ れ を 改 善 す る た め に 首 唱 し て い る 比 較 書 像 学 の 為 の 私 的 字 典 を 精 選 ・ 上 梓 し た も の で あ る。 本 書 も 無 論、 全 字 収 録 し て あ り、 誰 人 に も 容 易 に あ り の ま ま の 書 の 姿 で、 他 の 真 跡 と 比 較 研 究 が で き る。 か よ う な 開 か れ た 研 究 の 場、 共 通 の 土 俵 を 提 供 す る こ と が、﹃ 空 海 大 字 林 ﹄ 公 刊 の 目 的 で あ っ た。 本 書 が 空 海 の 真 跡 か 否 か、 の 究 明 に 関 し て は、 上 述 の ﹃ 墨 美 ﹄ の 他、 ﹁ 弘 法 大 師 書 蹟 大 成 ﹄ 及 び ﹃ 空 海 大 字 林 ﹄ で、 就 中 の 数 十 字 を 拡 大 し、 結 体 ・ 筆 法 し 線 質 の 細 部 ま で を 他 の 真 跡 と 比 較 研 究 し て い る。 そ れ を こ こ に 再 現 し て も 意 味 が な い の で、 真 跡 で あ る と す る 結 論 を 前 提 と し て、 次 に 進 む こ と に す る。 本 書 が 空 海 真 跡 と す る 物 的 証 拠 に つ い て の み、 付 言 し て お く。 筆 者 は、 古 筆 研 究 の 必 要 か ら、 奈 良 ・ 平 安 時 代 の 料 紙 の 研 究 を、 実 際 的 に 二 十 年 続 け て い る。 実 際 的 と い う の は、 自 ら 染 紙 や 唐 紙 を 造 る と い っ た、 体 験 を 指 し て い る。 さ て 本 書 の 料 紙 を 透 過 光 で 調 査 す る と、 粗 大 な 藁 状 の 繊 維 が 散 見 さ れ る。 こ れ は 和 紙 の 紙 素 で あ る、 麻 ・ 楮 ・ 雁 皮 と は、 全 く 異 る -巻 頭-
-38-物 質 で あ る。 又、 こ の 料 紙 の 紙 の 厚 薄 が 部 分 的 に 著 し い。 そ し て 繊 維 は 全 く 無 秩 序 に 絡 み あ っ て い る。 こ れ は 和 紙 の 流 漉 法 で は な く、 中 国 紙 の 溜 漉 法 に よ る も の で あ る。 つ ま り、 こ の 料 紙 は、 紙 素 と 抄 紙 法 か ら し て 中 国 製 で あ る。 筆 者 は、 こ れ と 同 質 の 料 紙 を、 唐 代 の 敦 煙 経 で 複 数 過 眼 し て お り、 こ の 見 解 に 間 違 い は、 な い。 中 国 製 料 紙 は、 舶 載 も さ れ て い る か ら、 こ れ の み で、 本 書 を 在 唐 中 の 空 海 の 書 と す る わ け に は ゆ か な い。 し か し、 わ ざ わ ざ 輸 入 さ れ る 料 紙 は、 日 本 に は な い 珍 し い 加 工 紙 で あ っ て 本 書 の 如 き、 日 中 を 通 じ て 粗 末 な 素 紙 と い え る 部 類 ま で、 舶 載 さ れ る こ と は 考 え 難 く、 や は り、 空 海 在 唐 中 の 書 と 判 断 す べ き な の で あ る。 そ し て、 こ の 判 断 は、 他 の 在 唐 中 の 書 と の 書 法 的 な 近 似 性 か ら も 立 証 で き る の で あ る ( こ れ に つ い て は、 ﹃ 空 海 大 字 林 ﹄ に 詳 し い )。 本 書 を、 空 海 在 唐 中 の 真 跡 と す る 拙 論 に、 左 祖 す る 研 究 者 の 声 が 寄 せ ら れ 続 け て い る が、 須 ら く が そ う で は、 な い。 公 刊 さ れ て い る 異 論 と し て は、 中 田 勇 次 郎 氏 ﹃ 書 聖 空 海 ﹄ ( s 57法 蔵 館 ) と 春 名 好 重 氏 ﹃ 古 筆 大 辞 典 ﹄(S54淡交 社 ) が あ る。 両 論 は、 同 工 異 曲 で、 ﹃ 性 霊 集 ﹄ に 比 し、 誤 字 ・ 誤 写 が 多 い の を 第 一 と す る。 書 的 判 断 と し て は、 中 田 氏 は 前 著 よ り か な り 容 認 的 と な っ て い る が、 春 名 氏 は ﹁ 字 形 が 崩 れ て い る し、 点 画 は 筆 力 が 弱 い。 ま た 筆 脈 の 貫 通 が 無 い ﹂ と、 否 定 さ れ て い る。 書 的 判 断 に つ い て 寸 言 す れ ば、 こ の 書 は、 空 海 書 法 の 根 底 で あ り、 固 有 の 筆 法 で あ る 傭 仰 法 で な く て は、 書 け な い。 点 画 は 充 実 し、 一 毫 だ に 浮 滑 の 線 は な く、 線 質 は 極 め て 厚 い。 筆 鋒 を 傭 仰 法 に よ り 極 限 的 に 働 か せ る 前 半 の 華 麗 で 装 飾 的 な 書 風 と、 蔵 鋒 を 混 え た 朴 訥 の 終 半 の 書 風 の い ず れ を 観 て も、 第 一 級 の 書 で あ る。 殊 に 前 半 で は、 七 祖 像 行 状 文 に あ る 章 草 の 筆 法 を 採 り 入 れ た 特 異 な 雑 体 書 法 を 基 調 と し、 ま ま 垂 露 法 や 草 書 を 加 え た 破 体 的 表 現 と な っ て い る。 こ う し た 表 現 が、 空 海 が 書 表 現 と し て 最 も 意 を 用 い た も の で あ る こ と は、 他 の 真 跡 で あ る 七 祖 像 行 状 文 や 破 体 心 経、 模 本 の 益 田 池 碑 銘 に 明 ら か で あ る。 畢 寛、 書 の 鑑 賞 力 の 深 浅 や 相 違 は、 経 験 や 感 性、 そ し て 鍛 練 の 差 に よ っ て 自 ず と 顕 れ る も の で あ っ て、 統 一 を 計 る 性 質 の 問 題 で は な い。 空 海 真 跡 の 控 文 の 出 現 で 判 明 し た ﹁ 性 霊 集 ﹂ の 成 立 事 情
密 教 文 化 さ て 本 書 と ﹃ 性 霊 集 ﹄ と の 校 合 上 の 問 題 は、 小 論 に と っ て 不 可 欠 か 事 項 で あ る の で、 柳 か 詳 し く 触 れ て お き た い。 筆 者 は ﹃ 墨 美 ﹄ で 二 三 ヵ 所 の 異 同 に 触 れ た が、 こ こ で は 諸 家 が 問 題 と す る 点 に 絞 る。 頭 の 数 字 は、 本 書 の 行 数 を 示 し、 最 初 は 原 本、 次 に 大 系 本 に よ る ﹃ 性 霊 集 ﹄ を 掲 げ る。 な お、 こ の 校 合 に つ い て、 空 海 研 究 を 長 年 大 変 な 執 念 で 進 め て お ら れ る 駒 井 驚 静 氏 か ら 見 解 が 寄 せ ら れ て い る。 筆 者 の 説 は、 既 に 何 度 か 著 し て い る の で、 こ こ で は 氏 の 説 を 主 に 紹 介 し て み た い。 氏 の 空 海 研 究 は、 近 々 ﹃ 空 海 の 書 は 何 を 語 る か ﹄ (雄 山 閣 ) と し て 上 梓 さ れ る の で、 詳 し く は 同 書 に よ ら れ た い。 文 中、 駒 井 説 と あ る の は、 こ の 本 を 意 味 し て い る。 1与 越 州 節 度 使 請 内 外 経 書 啓 一 首-請 越 州 節 度 使 求 内 外 経 書 啓 ﹁ 首 小 論 に と っ て、 こ の 一 行 の 存 在 は、 実 に 重 要 な も の。 こ の 首 一 行 は、 本 文 と は 全 く 相 違 し た 行 草 書 で 書 か れ て い る。 本 文 の 柳 か 異 風 の 書 風 を、 容 易 に 空 海 書 と 解 せ な い 者 に と っ て も、 こ の ﹁ 行 は、 空 海 書 と 判 る 筈 で あ る。 何 故 な ら こ れ は、 三 十 帖 策 子 の 第14帖 策 子 総 目 録 や 第27帖 と 全 く 同 一 の、 空 海 の 平 生 の 行 草 体 で あ る か ら で あ る。 文 意 か ら し て、 こ の 首 行 は、 本 来 の 啓 書 に は 無 い も の で あ る か ら、 空 海 に よ っ て 後 か ら 書 き 加 え ら れ た こ と に な る。 更 に こ れ が、 ﹃ 性 霊 集 ﹄ に 付 せ ら れ た 表 題 と 一 致 す る こ と が 重 要 な 意 味 を 持 つ が、 こ れ に つ い て は 後 述 す る。 空 海 は、 ﹁ 有 ﹂ ﹁ 與 し を 正 し く 使 い わ け て い る。 ﹁ 与 ﹂ は ﹁ あ た え る ﹂ の 意 味 の 本 字。 ﹁ 與 ﹂ の 本 義 は ﹁ と も に ・ く み す る ﹂ -巻
末-で あ る (駒 升 説 )。 従 っ て ﹁ え っ し ゅ う の せ つ と し に あ た え、 な い げ の け い し ょ を こ う け い ﹂ と 読 む の が 正 し い。 11煉 庸-蠕 席 こ れ を 単 純 に 誤 字 と す る ( 春 名 説 ) 以 前 に、 唐 代 の 異 体 字 を 調 べ る 必 要 が あ る。 ﹁ 需 ﹂ に 造 る 例 は、 僧 令 法 師 墓 誌 ・ 陸 束 之 文 賦 ・ 楮 遂 良 枯 樹 賦、 日 本 で も 奈 艮 時 代 の 王 勃 詩 序 等 で 広 く 行 わ れ て い る。 空 海 は、 両 様 に 書 く が 金 剛 童 子 法 で も こ れ を 用 い て い る。 ﹁ 席 ﹂ に は、 異 体 字 が 多 く、 空 海 も 三 様 に 書 い て い る。 こ の 体 は、 晩 年 の 書 と 思 わ れ る 象 隷 千 字 文 で も、 用 い て い る が、 こ れ は、 唐 砂 本 の 世 説 新 書 に あ る よ う に、 や は り 唐 代 の 異 字 体 で あ り、 誤 字 で は な い。 16柞 楯-矛 盾 と も に 同 音 で 同 義。 古 く は ﹁ ぼ う じ ゐ ん ﹂ と 訓 じ た。 ﹁ 鉾 楯 ﹂ を 間 違 い と す る 根 拠 は な い ( 駒 井 説 )。 既 に ﹁ 墨 美 ﹂ で 指 摘 し た こ と だ が、 こ れ を 問 題 に す る の は、 流 布 本 を よ く 検 討 せ ず に、 大 系 本 の ﹁ 矛 盾 ﹂ を 是 と す る か ら で あ る。 大 系 本 の 底 本 ( 醍 醐 本 ) や、 全 集 本 の 底 本 ( 義 演 蔵 本 ) も ﹁ 榑 楯 ﹂ と な っ て い る。 こ れ を ﹁ 矛 盾 ﹂ と し た 方 に 問 題 が あ る。 22途 経-途 樫 用 法 と し て は、 ﹁ 脛 ﹂ の 方 が 多 い が、 互 通 字 で あ る か ら 誤 記 で は な い ( 駒 井 説 も 同 )。 と ぶ ら く 44訪 徐-訪 採 ﹁ 訪 ひ 徐 む ﹂ と 訓 む。 ﹁ 徐 ﹂ ﹁ 徐 ﹂ は 同 じ。 と ぶ ら い さ ぐ る 唐 で は ﹁ 木 ﹂ ﹁ 才 ﹂ 同 じ に 用 い た。 ﹁ 訪 採 ﹂ は、 日 本 的 で や や 新 し い 用 字 法 で あ る ( 駒 井 説 )。 よ づ 47汲 劣-人 劣 ﹁ 汲 む こ と は 劣 り ﹂ と 訓 み、 こ の 方 が 表 現 と し て 優 れ て い る ( 駒 井 説 )。 人 劣 と 意 味 は、 変 ら な い ( 中 田 説 )、 と あ る が、 い ず れ と し て も、 こ れ を 誤 り と す る こ と は 出 来 な い。 50屠 裂 諸 氏 は、 原 本 が ﹁ 梨 ﹂ ﹁ 裂 ﹂ と 書 い て い る と 解 し、 誤 字 と さ れ る。 し か し、 下 は 明 ら か に ﹁ 木 ﹂ で な く ﹁ 衣 ﹂ で あ る。 空 海 は 三 十 帖 策 子 第 20帖 で ﹁ 列 ﹂ を ﹁ 列 ﹂ と 書 く が、 こ れ と 同 じ で あ る。 つ ま り ﹁ 刊 ﹂ で は な く、 誤 字 で も な い。 よ 70義 績-茂 績 既 に 何 度 も 指 摘 し た こ と だ が、 正 道 に 杖 り し た が う の 意 で あ る 義 績 の 方 が、 下 の ﹁ 英 聲 刻 銀 肌 骨 ﹂ と の 関 連 に 於 て、 よ り 相 応 し い。 茂 績 は、 立 派 な 事 ・業 の 意 で 通 じ な い わ け で は な い が、 義 の 草 書 体 に は、 茂 に よ く 似 た 体 が あ る の で、 誤 記 か も 知 れ な い ( 駒 井 説 も 同 )。 な お、 ﹁ 鍍 ﹂ を 正 し く 書 い て い な い と い う 指 摘 ( 春 名 説 ) が あ る が、 空 海 は 聾 蓄 指 帰 で も、 こ の 体 以 外 は 書 い て お ら ず、 誤 字 で な く、 異 体 字 で あ る。 74丹 疑 輕 籍-丹 款 原 本 は ﹁ 疑 ﹂ と し、 傍 に ﹁ 款 ﹂ と 正 し て 空 海 真 跡 の 控 文 の 出 現 で 判 明 し た ﹁ 性 霊 集 ﹂ の 成 立 事 情
密 教 文 化 い る。 丹 疑 で は 意 味 が 通 ら ず、 款 が 正 し い。 空 海 は ﹁ 昊 ﹂ を 一 貫 し て ﹁ 美 ﹂ に 作 る。 こ れ は、 唐 代 の 一 般 的 な 体 で あ る。 ﹁ 素 ﹂ も ﹁ 美 ﹂ に 作 る 異 体 が あ る の で、 誤 っ た の で あ ろ う。 訂 正 の ﹁ 款 ﹂ も ﹁ 圭 ﹂ に 作 っ て い る。 ま た ﹁ 蕪 ﹂ の 点 が な い と す る 指 摘 (春 名 説 ) が あ る。 目 下 こ う し た 用 例 は 見 出 せ ず、 御 説 の 如 く 誤 字 か も 知 れ ぬ が、 筆 写 体 と し て 省 画 の 法 が あ り、 あ る い は そ れ か と も 思 う。 こ の 他、18白 象 を ﹁ 蒙 ﹂ と 書 き、 傍 に 正 し て い る。 訂 正 は、 空 海 の 手 に 思 え る が、 空 海 と て も 全 く 誤 ら な い と は 言 え な い、 こ れ は そ の 例 で あ る。 76空 海 啓 空 海 は、 自 称 の 海 は、 ﹁ 毎 水 ﹂ と 異 体 字 を 用 い て い る が、 こ こ で は、 ﹁ 海 ﹂ と し て い る 点 に 疑 問 が 寄 せ ら れ て い る。 空 海 が 須 ら く ﹁ 毎 水 ﹂ と す れ ば、 後 世 の 草 名 ・ 花 押 に 通 つ る 最 も 早 い 例 と な る が、 果 し て 何 処 ま で 徹 し た か に は 疑 問 も あ る。 何 故 な ら 空 海 ほ ど 多 様 な 自 称 を 用 い た 人 は な く、 草 名、 つ ま り サ イ ン の 意 識 ほ ど に 徹 底 し て は い な い か ら で あ る。 更 に 重 要 な の は、 章 法 上 の 制 約 で あ る。 書 き 出 し の ﹁ 元 ﹂ を 紙 幅 の 中 央 か ら 始 め た た め、 ﹁ 啓 ﹂ 字 は、 料 紙 の 下 端 に 接 し て 書 か れ て い る。 こ こ で ﹁ 毎 水 ﹂ と 書 け ば、 ﹁ 啓 ﹂ を 書 く 余 白 に 不 足 す る の で、 ﹁ 海 ﹂ と し た の で あ ろ う。 こ れ を し て 疑 問 と す る 程 の 問 題 で も な い。 以 上 の 十 項 が、 本 書 を 疑 問 と す る 指 摘 の 総 て で あ る が、 改 め て 説 く ま で も な く、 そ の ほ と ん ど が 逆 に 本 書 が ﹃ 性 霊 集 ﹄ に 先 行 す る 資 料 で あ る こ と を 証 明 し て い る の で あ る。 こ の 他 32云 除 登 山 ( 流 布 本 け 際 )、 37且 儒 且 史 ( 流 布 本 は 吏 )。 69少 人 之 所 ( 流 布 本 は 小 ) 74丹 款 軽 賄 ( 流 布 本 は 漬 ) 等 で も、 流 布 本 に 対 し て、 オ リ ヂ ナ ル 性 を 表 し て い る。 こ の よ う な 校 合 の 結 果 と、 比 較 書 像 学 の 結 論 か ら、 筆 者 は 本 書 を 大 同 元 年 四 月、 越 州 節 度 使 に 啓 を 発 し た 空 海 が、 当 座 に 於 て 自 ら 控 文 と し た も の と 認 め る わ け で あ る。 こ の 結 論 に よ っ て 生 じ る 問 題 に つ い て は、 後 段 で 扱 う と し て、 更 に も う 一 点 の 資 料 ・ 与 本 国 使 請 共 帰 啓 に つ い て 考 察 す る こ と に す る。 ほ ん ご く の つ か い に あ にえ と も に か え ら ん と こ う け い ︹ 与 本 国 使 請 共 帰 啓 ︺ 本 書 の 存 在 が 世 に 知 ら れ た の は、 明 治 末 か 大 正 初 め 頃 の ﹃ 書 苑 ﹄ 誌 上 に 於 て で あ る。 爾 後、 そ の 書 と し て の 優 秀 さ か ら、
書 道 人 の 注 意 は 引 い た よ う だ が、 研 究 報 告 は な さ れ ず に 時 を 費 や し た。 そ れ は、 本 書 が 公 開 は お ろ か、 特 別 閲 覧 も 容 易 で な い、 御 物 で あ る こ と が 要 因 で あ る よ う だ。 本 書 に つ い て の 研 究 発 表 は、 ﹃ 墨 美 ﹄ 二 七 六 で 筆 者 に よ っ て 行 わ れ に。 天 地 二 九 二×左 右 五 四 五mmの 素 紙 一 紙 に、 一 八 行 を も っ て 書 写 さ れ た 一 巻 で あ る。 筆 者 の 本 書 に つ い て の 考 究 は、 ﹃ 墨 美 ﹄ の 他、 ﹃ 弘 法 大 師 書 蹟 大 成 ﹄﹃ 空 海 大 字 林 ﹄ と 再 三 に 及 ん で い る の で、 推 論 内 容 は 省 略 す る。 筆 者 は、 宮 内 庁 の 御 理 解 を 得 て、 本 書 の 調 査 ・ 撮 影 を 行 っ た。 そ し て、 全 文 の 一 字 一 字 を 分 解 し て 他 の 空 海 の 真 跡 と 比 較 研 究 し た。 ま た ﹃ 性 霊 集 ﹂ と の 校 合 か ら、 諸 流 布 本 に 対 し、 本 書 が オ リ ヂ ナ ル な 存 在 で あ る こ と も 確 認 し た。 こ の 両 面 の 研 究 か ら 得 た 結 論 と し て、 筆 者 は、 大 同 元 年 ( 八 〇 六 ) 一 月、 遣 唐 判 官 高 階 真 人 に 留 学 を 切 り 上 げ、 同 行 帰 国 の 許 可 を 得 ん と 願 い 出 た 啓 書 の、 空 海 自 身 に よ る 控 文 で あ る と 結 論 す る も の で あ る。 爾 来、 筆 者 に 左 祖 す る 見 解 (﹃ 弘 法 大 師 書 蹟 大 成 ﹄ 解 題-松 原 茂氏・﹃空 海 の 書 と 思想﹄-駒井 鷲 静 氏 ・ ﹃ 空 海 崔 子 玉 座 右 銘 他 四 種 ﹄ 書 芸 文 化 新社-飯 島 春 敬 氏 等 ) が 著 さ れ て い る が、 な お 異 論 も あ る。 そ の 論 拠 ( 中 田 勇 次 郎 氏﹃ 書 聖、 空 海 ﹄﹃ 春 名 好 重 氏﹃ 古 筆 大 辞 典 ﹄ ) の 主 要 は、 ﹃ 性 霊 集 ﹄ に 比 し、 誤 り が あ る と す る も の な の で、 そ の 問 題 点 に つ い て の み、 略 説 す る こ と に す る。 1与 本 国 使 請 共 帰 啓 一 首-與 本 国 使 請 共 帰 啓 一 首 こ の 首 一 行 は、 本 文 と 書 風 が 異 な り、 か つ 章 法 か ら し て も 加 筆 で あ る。 書 風 は、 与 越 州 節 度 使 請 内 外 経 書 啓 の 首 一 行 と 同 一 で、 し か も 同 様 に ﹃ 性 霊 集 ﹄ の 表 題 と 一 致 す る。 こ れ は 小 論 に と っ て 最 も 重 要 な 問 題 な の で、 後 述 す る 事 に す る。 先 学 は、 こ の 訓 み を 多 く 問 題 と さ れ る。 ﹃ 性 霊 集 ﹄ の 目 次 に は ﹁ 請 本 国 使 与 共 帰 啓 ﹂ と あ り、 こ れ は ﹁ 本 国 の 使 と 共 に 帰 ら ん と 請 う 啓 ﹂ と 訓 む。 と こ ろ が 本 書 と ﹃ 性 霊 性 ﹄ 本 文 の 表 題 で は、 ﹁ 本 国 の 使 に あ た え 共 に 帰 ら ん と 請 う 啓 ﹂ と 訓 ま ね ば な ら な い。 つ ま り、 目 次 の 訓 み で は、 こ の 啓 書 が 唐 朝 に 宛 ら れ た こ と に な り、 本 書 と 表 題 で は 高 階 真 人 に 宛 ら れ た こ と に な る。 そ こ で、 目 次 を 是 と す る と、 表 題 等 が 否 と な る わ け だ が、 し か し こ れ は、 本 書 以 前 に 指 摘 究 明 さ れ る べ き、 目 次 と 表 題 と の 相 違 ( 大 系 本﹃ 醍 醐 本 ・ 局 野 板 目 次 互 照 表 ﹄ に 詳 し 空 海 真 跡 の 控 文 の 出 現 で 判 明 し た ﹁ 性 霊 集 ﹂ の 成 立 事 情
密 教 文 化 い ) 点 に 過 ぎ な い の で あ る。 空 海 の 帰 国 申 請 の 実 際 を 考 え れ ば、 こ の 是 非 は 容 易 に 解 決 す る。 ﹃ 旧 唐 書 ﹄ ( 巻 一 九 九 上 ・ 東 夷 伝 ) に ﹁ 元 和 元 年 日 本 国 使 ス ノ ク リ フ ニ ケ 判 官 高 階 真 人 上 言、 前 件 学 生 芸 業 精 成 願 二帰 本 国 一 便 請 与 レ ヲ ラ ン ト 臣 同 帰 従 レ 之 ﹂ と あ る。 前 件 学 生 と は 空 海 と 橘 逸 勢 を 指 す。 こ れ に よ り、 唐 朝 へ 上 申 し た の は 高 階 真 人 で あ る と 判 る。 滞 留 二 十 年 を 約 し た 留 学 生 が、 任 期 を 切 り 上 げ て 帰 国 す る に は、 第 一 に 本 国 の 許 可 を 得 な け れ ば な ら な い。 そ れ を 認 め た 遣 唐 判 官 は、 そ れ に つ い て 唐 朝 の 認 可 を 申 請 し な け れ ば な ら な い。 そ れ は 留 学 生 は、 唐 朝 に そ の 保 護 ・ 管 理 を 委 ね ら れ て い る の で あ る か ら、 当 然 の 手 続 で あ る。 つ ま り、 以 上 の 実 情 に 合 致 す る の は、 表 題 と 本 書 で あ っ て 目 次 は 誤 り な の で あ る。 与 と 與 に つ い て は、 与 越 州 節 度 使 請 内 外 経 書 啓 ( 以 下 越 州 帖 と 略 称 ) の 首 一 行 の 項 を 参 照 さ れ た い。 こ の 首 行 が、 い か に 重 要 な 意 味 を 持 つ か に つ い て は 後 述 す る。 又、 首 を 巻 と 解 し、 こ れ を 不 必 要 と す る 説 (春 名 説 ) が あ る が、 そ れ は 紙 損 に よ る 誤 解 で あ る。 7入 大 悲 胎 蔵 之 大 曼 茶 羅-入 大 悲 胎 蔵 金 剛 界 大 部 之 大 曼 茶 羅 先 学 は、 ﹁ 金 剛 界 大 部 ﹂ が 脱 文 し て い る の が 不 審 と さ れ る。 こ の 後 文 を 出 す と ﹁ 入 大 悲 胎 蔵 之 大 曼 茶 羅。 沐 五 部 玲 伽 之 灌 頂 法 ﹂ で、 こ れ を 以 下 と 較 べ て 頂 き た い。 ﹁ 臨 大 悲 胎 蔵 大 曼 陥 羅 ⋮⋮沐 五 蔀 灌 頂 受 三 密 加 持 ﹂。 こ れ は 請 来 目 録 の 一 節 で あ る が、 内 容 ・ 表 現 と も に 合 致 す る。 受 法 の 過 程 は、 請 来 目 録 に 詳 し い が、 空 海 の 最 初 の 灌 頂 は 六 月 の 胎 蔵 界、 続 い て -巻 頭
-五 部 灘 頂、 そ し て 七 月 に 金 剛 界 及 び 五 部 灌 頂 と な る。 ﹃ 性 霊 集 ﹄ の 記 述 で は、 胎 蔵 金 剛 両 部 の 大 曼 茶 羅 に 同 時 に 入 っ た こ と に な り、 こ れ は 誤 り で あ る。 空 海 は 本 書 で は、 た ち ま ち に 胎 蔵 界 に 入 り、 続 い て 五 部 玲 伽 の 灌 頂 を 受 け た と い う、 恵 果 と の 出 逢 の 様 子 を 描 い て い る の で あ っ て、 受 法 の 全 容 を 記 し て い る の で は な い。 こ れ を、 伝 法 の 全 容 と 解 釈 し た 者 が ﹁ 金 剛 界 大 部 ﹂ と ﹃ 性 霊 集 ﹄ に 加 え た 事 に 起 因 し て お り、 本 書 の 方 が 正 し い の で あ る。 11大 曼 茶 羅 一 鋪 並 七 幅 丈 五 成 -丈 五 尺 こ の 割 注 は 流 布 本 間 に、 わ ず か に 異 同 が 多 い。 醍 醐 本は"並 七 幅 才 五 成"と す る。 丈 を 文 と す る 春 名 氏 の 説 は 誤 認。 こ れ ら の 混 乱 も、 請 来 目 録 に よ っ て 解 決 す る。 こ の 曼 茶 羅 を 請 来 目 録 で は、 ﹁ 一 鋪 七 幅 一 丈 六 尺 ﹂ と 記 し て い る。 つ ま り 空 海 は、 両 部 大 曼 茶 羅 は 各 一 鋪 と し、 そ れ を 七 幅 に 分 割、 一 丈 五 尺 に 仕 上 げ て あ る、 と 記 し て い る の で あ る。 成 (仕 上 げ る ) が 尺 に な っ た の は、 請 来 目 録 に よ る 加 筆 ・ 補 正 で あ ろ う。 六 と 五 の 相 違 は、 空 海 の 記 憶 違 い ( 請 来 目 録 の 記 述 に 際 し て は、 実 寸 を 計 っ た で あ ろ う か ら、 こ こ で 初 め て 正 し い 寸 法 を 知 っ た と 考 え ら れ る )。 ろ う が ん 17今 不 住 随 願-今 不 任 随 願 随 願 は、 せ ま い ね が い、 ひ た え く い ね が い の 意 で、 住 は と ど ま る の 意。 流 布 本 の ﹁ 随 願 に 任 ず ﹂ と 大 差 は な い が、 字 形 の 類 似 か ら 生 じ た 混 乱 で あ ろ う。 先 学 の 存 疑 は、 以 上 で あ る が、 こ の 他14入 聖 之 捷 怪 也-き よ け い し よ う け い 嘘 径 も 違 う。 文 意 か ら す る と、 嘘 径 は け わ し い 道、 捷 径 は 近 -巻 末 -空 海 真 跡 の 控 文 の 出 現 で 判 明 し た ﹁ 性 霊 集 ﹂ の 成 立 事 情
密 教 文 化 道 で、 こ こ は"入 聖 の 近道"と あ る べ き で あ り、 捷 怪 の 方 が 正 し い。 怪 ・ 径 は 互 通 字。 15翼 此 明 珠 答 之 天 命-兼。 諸 本 は、 ﹁ こ の 明 珠 を 兼 ね て 之 を 天 命 に 答 う す ﹂ と 訓 ん で い る が、 明 珠 は 密 教 の 伝 法 を 象 徴 し て い る の だ か ら、 兼 ね る と い う 用 法 は 不 適 切 で あ る。 北異 は、 こ い ね が う で あ り、"こ の 明 珠 を こ い 願 っ て、 こ れ 天 命 に 答 えん"と す べ き で あ る。 以 上 に 述 べ た 如 く、 本 書-与 本 国 使 請 共 帰 啓 ( 以 下 国 使 帖 と 略 称 ) は、 本 文 内 容 と し て も﹃ 性 霊 集 ﹄ よ り も 正 し く、 そ の オ リ ヂ ナ ル 性 を 高 く 備 え て い る の で あ る。 こ の 校 合 の 結 果 と、 比 較 書 像 の 結 論 と し て 筆 者 は、 本 書 と 首 一 行 は、 共 に 空 海 の 真 筆 で あ り、 か っ 本 文 は 大 同 元 年 一 月、 空 海 が 発 し た 啓 書 を、 自 ら 書 し て 控 文 と し た も の と 認 め る も の で あ る。 そ し て 首 一 行 は、 何 ら か の 意 図 の 元 に、 空 海 自 身 が こ れ に 加 筆 し た も の と 考 え ざ る を 得 な い。 さ て 重 要 な 課 題、 越 州 帖 と 国 使 帖 に、 空 海 自 身 に よ っ て 書 き 加 え ら れ た 首 一 行 に つ い て 論 じ よ う。 こ の 首 行 は、 本 来 の 啓 書 に は な か っ た も の で、 か つ そ の 内 容 が﹃ 性 霊 集 ﹄ の 表 題 と 一 致 す る。 し か も、 そ の 上 こ れ が 空 海 の 手 に な る と い う 事 実 は、 以 下 の 結 論 を 導 か ざ る を 得 な い。 (一)﹃性 霊 集 ﹄ 編 纂 に は、 真 済 の 控 書 き の 他 に、 空 海 自 身 の 控 文 が 存 在 し た。 (二)﹃性 霊 集 ﹄ の 表 題 は、 空 海 自 身 に よ っ て 案 文 さ れ た。 そ も そ も 真 済 は、 空 海 よ り 二 六 歳 下 で あ る。 仮 に 彼 が 二 〇 歳 で 侍 坐 し、 控 え を と り 始 め た と し て も、 弘 仁 十 年 ( 八 一 九 ) ︹ 別 表・1︺
以 前 の 文 書 は、 何 に よ っ た の か。 こ う し た 抜 本 的 な 疑 問 が、 今 迄 寄 せ ら れ な か っ た こ と 自 体 が、 柳 か お か し い。 そ こ に 他 の 侍 僧 の 存 在 を 考 え る こ と も 可 能 だ が、 そ れ に も 検 討 す べ き 点 が あ る。 筆 者 は、 原 形 を 保 つ ﹃ 性 霊 集 ﹄ 巻 七 ま で の 年 代 推 定 で き る 資 料 四 九 点 と、 巻 八 以 下 と ﹃ 高 野 雑 筆 集 ﹄ ﹃ 拾 遺 雑 集 ﹄ の 六 〇 点 を 編 年 表 に し て 検 討 し た 結 果、 幾 つ か の 事 が 判 明 し た (︹ 別 表・1︺参 照 )。 こ こ に 詳 述 は で き な い の で、 結 論 の み を 記 す と、 八 〇 四-八〇 七 年 の 存 唐 中 八 点 と 帰 国 後 の 一 点 は、 空 海 自 身 の 控 文 に よ っ て い る。 そ の 理 由 は、 自 筆 の 越 州 帖 と 国 使 帖 の 存 在 が 証 明 し て い る し、 こ の 当 時 の 空 海 に 侍 僧 は 存 在 し な か っ た か ら で あ る。 八 〇八-八 〇 九 年 は、 空 白 ( 巻 四 の 世 説 の 屏 風 揮 毫 を 八 〇 九 年 と す る の は 誤 認 で あ る。 こ れ に つ い て は、 ﹁ 書 品 ﹄ 二 六 八 ﹁ 空 海 ・ 最 澄 交 際 の 軌 跡 ﹂ 及 び ﹃ 空 海 大 字 林 ﹄ で 説 い た )。 八 一 〇-八 一年 の 一 二 点 の 内 八 点 は、 嵯 峨 天 皇 へ の 上 表 文 で あ る。 こ の 上 表 文 も 総 て、 空 海 自 身 の 控 え に よ る と 考 え ら れ る。 そ の 根 拠 を 以 下 に 論 証 す る。 た た げ の ふ で を げ ん じ た て ま つ る ひ よ う ︹ 狸 毛 筆 奉 献 表 ︺ 醍 醐 三 宝 院 所 蔵 の 狸 毛 筆 奉 献 表 一 巻 は、 ﹃ 性 霊 集 ﹄ 巻 四 ﹁ 進 真 行 草 等 筆 表 一 首 ﹂ ( 目 録 で は ﹁ 奉 献 筆 表 一 首 ﹂ ) と 同 じ 内 容 で あ り、 狸 毛 筆 奉 献 表 と い う の は、 俗 称 に 過 ぎ な い。 ﹃ 性 霊 集 ﹄ と 校 合 す る と、 中 途 で 四 一 字 が 侠 文 し、 流 布 本 が 坂 井 名 と す る 処 が、 坂 名 井 と な っ て い る 点 が 相 違 す る。 侠 文 に つ い て は、 巻 末 の 義 演 ( 一 五 五 八-一 六 二 六 ) の 賊 に 明 ら か で、 後 水 尾 天 皇 が 二 行 を 所 望 さ れ、 切 断 し た と 記 し て い る。 実 際 に は 三 行 失 っ て お り、 誤 記 か そ の 後 に 又 一 行 切 ら 空 海 真 跡 の 控 文 の 出 現 で 判 明 し た ﹁ 性 霊 集 ﹂ の 成 立 事 情
密 教 文 化 れ た の か は、 判 ら な い。 坂 名 井 に つ い て は、 宮 坂 宥 勝 氏 ( 大 系 本 月 報 ) が、 古 代 の 人 名 に 坂 井 名 姓 は な く、 坂 名 井 で な く て は な ら な い と 論 証 さ れ て い る。 流 布 本 の 誤 り を 正 し て い る わ け で、 本 書 の オ リ ヂ ナ ル 性 の 高 さ を 示 し て い る。 本 書 は、 大 正 十 一 年 に 国 宝 指 定 と な っ て お り、 著 名 な 存 在 で あ る。 そ れ 故、 既 に 書 道 史 の 立 場 か ら も 幾 つ か の 見 解 が 出 て い る。 そ れ は 甲 論 乙 駁 の 様 を 呈 し て い る。 筆 者 は、 原 本 を 調 査 ・ 撮 影 し、 そ の 一 字 ︼ 字 を 他 の 空 海 の 真 跡 と 比 較 研 究 し、 空 海 の 筆 跡 と 認 め る べ き 発 表 を ﹃ 墨 美 ﹄ 二 七 六 に 行 っ た。 本 書 を 空 海 の 真 跡 と 認 め な い 論 拠 は、 以 下 の よ う で あ る。 (一)﹃性 霊 集 ﹄ と 較 べ、 ﹁ 坂 名 井 ﹂ と 間 違 っ て い る。 (二) 本 書 は、 写 経 料 紙 を 用 い て お り、 上 表 の 原 本 で は な く、 か つ 草 稿 で も な い。 (三) 空海 の 署 名 が、 空 欄 と な っ て い る。 (四) 書 的 判 断。 (一)に つ い て は、 宮 坂 氏 の 論 証 に よ っ て、 立 場 は 逆 転 し て し ま っ た。(二)の 指 摘 は 正 し い。 だ が そ れ は、 ﹃ 性 霊 集 ﹄ の 成 立 が、 真 済 の 写 し に よ っ た と す る、 彼 の 序 を そ の ま ま 鵜 呑 み に し た 判 断 に 立 脚 し て い る。 し か し、 こ こ に 論 証 す る 如 く 越 州 帖 ・ 国 使 帖 と い う 空 海 真 跡 の 控 文 の 存 在 は、 新 た に 第 三 の 存 在 を 実 証 し た の で あ る。 上 表 の 原 本 で も、 草 稿 で も な い 本 書 こ そ は、 控 文 と し て の 性 格 を 顕 著 に し て い る の で あ る。 (三)の 空 海 の 署 名 が 無 い 点 に つ い て は、 か く 考 え る。 最 終 行 ア キ は、 ﹁ 弘 仁 三 年 六 月 七 日 沙 門□□進﹂と あ り、 確 か に ﹁ 空 海 ﹂ が 略 さ れ て い る。 こ れ を、 宗 祖 の 名 を 書 く の を 悼 か っ た 故 と す る 説 が あ る。 し か し、 三 行 目 で は ﹁ 空 海 ﹂ と 書 い た 者 が、 一 つ だ け を 遠 慮 す る の も 不 自 然 な 話 で あ る。 ﹃ 性 霊 集 ﹄ や ﹁ 高 野 雑 筆 集 ﹄ を 見 る と、 ﹁ 空 海 ﹂ で あ る べ き 処 が、 ﹁ 某 ﹂ ﹁ 某 甲 ﹂ し こ う ド ﹁ ム 甲 ﹂ あ る い は□□と、 様 々 で あ る こ と が 判 る。 例 え ば 平 安 期 に 上 る、 最 も 古 い 写 本 と さ れ る 武 田 家 蔵 の 巻 六 ﹁ 奉 為 桓 武 天 皇 帝 謁 太 上 御 書 金 字 法 花 達 噺 ﹂ で は、 流 布 本 が ﹁沙 門 空 海 聞 ﹂ と し て い る の に ﹁ 沙 門□□聞﹂と し、 別 筆 で 空 欄 に ﹁ 某 ﹂ と 加 筆 し て い る。 こ の 事 は、 写 本 の 伝 播 の セ オ リ ー と し て、□□↓某↓空 海 と 変 化 し て い っ た こ と を 物 語 っ て い る の で あ り、 そ の 逆 で は な い の で あ る。 空 海 は、 草 稿 や 私 的 な 文 章 で は、 よ く ﹁ 空 海 ﹂ を 略 し て、
﹁ 某 甲 ・ ム 甲 ・ 某 ・□□﹂ と し た の で あ る。 筆 者 が 先 年 施 福 寺 で 見 出 し た 真 跡 の 新 資 料 ・ 請 来 目 録残巻 (﹃墨 美 ﹄ 二 八 六 ) に は ﹁ 某 甲 ・ ム 甲 ﹂ と 記 し て い る の が、 そ の 実 例 で あ る ( こ の 点 に つ い て は、 宝 厳 寺 本 請 来 目 録 に つ い て 研 究 発 表 し た﹃ 墨 美 ﹄ 二 九 三 に よ ら れ た い )。 言 う ま で も な く、 い ず れ も ﹁ そ れ が し ﹂ の 意 で、 自 称 の 省 略 体 で あ る。 四 の 書 的 判 断 に つ い て は、 先 述 の よ う に 言 う な れ ば 個 体 差 も あ り、 見 解 を 強 い る こ と は で き な い。 こ れ に つ い て は、 ﹃ 墨 美 ﹄ ・ ﹁ 書 品 ﹂ ( 東 洋 書 道 協 会 ) ・﹃ 弘 法 大 師 書 蹟 大 成 ﹄・﹃空 海 大 字 林 ﹄ で、 他 の 真 跡 と の 相 関 性 に 於 て、 幾 度 と な く 図 示 し つ つ 比 較 研 究 を 行 っ て い る の で、 こ こ で は 論 証 は し な い。 只 そ の 書 表 現 に つ い て、 剃 か 付 言 し て お く。 日 本 で は、 並 び な い 程 の 能 書 ・ 空 海 で は あ る が、 草 書 ・ 行 書 の 秀 逸 さ に 較 べ、 楷 書 の 出 来 は か な り 劣 っ て い る。 尤 も 彼 の 楷 書 の 作 と し て は、 三 十 帖 策 子 ・ 宝 厳 寺 本 請 来 目 録 や 本 書 の 如 く、 書 写 体 に 類 す る も の が ほ と ん ど で あ り、 こ れ を も っ て 決 め つ け る の は 速 断 か も し れ な い。 し か し、 唐 の 銘 石 の 正 楷 を 知 る 今 目 の 眼 と し て は、 空 海 の 楷 は、 実 用 の 楷 書 と し て は 優 れ て い る が、 書 表 現 と し て の 物 足 り な さ は 否 め な い。 し か し、 楷 書 が 良 く な い の は、 空 海 に 限 ら ず 小 野 道 風 で も そ う で、 こ れ は 日 本 人 の 体 質 的 な 問 題 な の で あ る。 楷 書 は、 意 の 書 で、 一 点 一 画 を 刻 み つ け る が 如 き 強 靱 な 意 志 が 必 要 で あ り、 結 構 法 と し て も、 揺 ぎ な い 合 理 性 に 徹 し た 構 築 法 が 必 要 で あ る。 こ の い ず れ も が、 情 意 に 流 れ 易 く、 合 理 性 に 劣 る 日 本 人 の 体 質 と は、 合 致 し な い。 空 海 は、 速 筆 で あ り、 か つ 右 肩 上 り の 筆 勢 が 強 い。 そ し て 彼 の 筆 管 が 陰 陽 自 在 に 倒 れ る 傭 仰 法 は、 楷 法 に は 向 か な い。 つ ま り、 彼 の 器 用 過 ぎ る 筆 法 と 体 質 自 体 も、 楷 書 に は 適 さ な い の で あ る。 だ か ら、 三 十 帖 策 子 に し て も、 請 来 目 録 に し て も、 空 海 の 書 名 の 高 さ と し て は、 そ の 楷 書 が 凡 庸 な 書 と 映 る の は 当 然 で あ る。 本 書 に し て も 然 り で あ り、 こ の あ た り が 本 書 を 空 海 と 認 め 難 い 見 解 を 生 む 要 因 で あ る こ と は、 よ く 理 解 で き る。 だ が 書 道 史 と し て の 判 断 は、 個 々 の 芸 術 至 上 主 義 的 な 好 尚 や、 今 日 的 価 値 観 と は 別 に な さ れ る べ き で あ る。 奈 良 末-平 安 初 期 の 写 経 ・ 写 本 を 通 じ て、 例 え ば 請 来 目 録 の 書 は、 ど の よ う な 位 置 付 け が さ れ る の か。 そ し て、 空 海 の 楷 は ど の よ う 空 海 真 跡 の 控 文 の 出 現 で 判 明 し た ﹁ 性 霊 集 ﹂ の 成 立 事 情
-49-密 教 文 化 な 技 法 と 論 理 で 作 ら れ て い た か。 そ う し た 綜 合 的 な 分 析 と、 そ の 上 で な お か つ、 一 字 一 字 に"空海"が あ る か を 丹 念 に 追 求 し て ゆ け ば、 先 述 の 個 体 差 も か な り 等 し く な る か と 思 う。 以 上 に 論 述 し た よ う に、 嵯 峨 天 皇 へ の 上 表 文 の 控 文-狸 毛 筆 奉 献 表 が、 空 海 自 身 の 手 に よ っ て い る こ と は、 他 の 七 通 の 上 表 文 も 同 然 と 考 え る べ き で あ ろ う。 天 皇 へ の 誰 れ か ら も、 自 ら 筆 を 取 っ た の で も あ ろ う が、 当 時 の 空 海 は、 優 れ た 侍 僧 を 擁 す ほ ど 組 織 が 確 立 さ れ て い な か っ た と も 考 え る。 卑 見 に よ れ ば、 空 海 が 一 山 の 組 織 体 制 を ま が り な り に も 整 え る ま で に 到 っ た の は、 弘 仁 三 年 ( 八 一 二 ) 十 二 月 高 雄 山 寺 に 三 綱 を 定 め て 以 降 の こ と で あ る。 真 済 が い つ か ら 空 海 の 侍 僧 と な っ た か は 判 ら な い が、 当 時 彼 は、 未 だ 一歳 で あ り、 秘 書 役 は 務 ま ら な い。 と ま れ、 弘 仁 三 年 の 狸 毛 筆 奉 献 表 が 空 海 の 手 に よ っ て い る こ と は、 組 織 体 制 の 進 展 と も 一 致 し、 少 な く と も こ の 頃 ま で の 控 文 は、 空 海 自 身 に よ っ て な さ れ て い た と 認 め る べ き と 思 う の で あ る。 こ の 推 論 を 補 う 根 拠 は、 以 下 に も あ る。 再 び、 ︹ 別 表・1︺ を 参 照 さ れ た い。 嵯 峨 天 皇 へ の 上 表 文 以 外 で、 最 も 早 い 文 書 は、 弘 仁 三 年 (八 一 二 ) 十 二 月、 高 雄 山 寺 に 三 綱 を 定 め た も の (﹃ 性 霊 集 ﹄ 巻 九 )。 そ れ 以 前 に、 筆 者 が 弘 仁 二 年 五 月 の も の と し た 尺 贋 が 一 通 あ る。 こ れ は ﹃ 高 野 雑 筆 集 ﹄54の 書 状 を、 最 澄 宛 と 推 論(﹃書品﹄二 六 八 ) し た こ と に よ る が、 尺 陵 は 風 信 帖 の よ う に、 原 本 自 体 が 伝 わ る 可 能 性 が 高 く、 控 文 と は 同 列 に 扱 え な い。 こ の 以 降 は、 巻 七 ま で の ﹃ 性 霊 集 ﹄ 以 上 に、 そ の 他 の 資 料 が 多 く 伝 わ っ て い る わ け で あ る。 こ の 事 と、 当 時 真 済 が 秘 書 役 が 務 ま ら ぬ 年 少 で あ っ た こ と を 考 阿え 合 せ れ ば、 彼 以 前 の 秘 書 役 の 存 在 を 想 定 す べ き で あ ろ う。 そ し て、 そ の 秘 書 役 の 侍 僧 こ そ は、 弘 仁 三 年 十 二 月 の 三 綱 発 布 に よ っ て 設 け ら れ た 可 能 性 が 強 い。 こ れ は 想 像 の 領 域 で し か な い が、 八 二 〇-八 二 三 年 の 資 料 が 散 失 し て い る 状 態 か ら し て、 存 外 真 済 が そ の 役 と な っ た の は、 天 長 元 年 ( 八 二 四 ) 頃 か ら で は な か ろ う か。 時 に 真 済、 二 四 歳 で あ る。 上 り 得 た と し て も、 弘 仁 九 年 ( 八 一 八 ) 頃 が、 上 限 で あ ろ う。 以 上 に よ り、 越 州 帖 ・ 国 使 帖 ・ 狸 毛 筆 奉 献 表 の、 三 点 に 及 ぶ 空 海 真 跡 の 控 文 が 確 認 さ れ た わ け だ が、 こ こ に 新 た に 真 跡 控 文 の 存 在 を 裏 付 け る 資 料 を 得 た の で、 報 告 し て お く。
-50-1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 だ い と う し 馬 と し ゃ う り ゆ う じ も と の レ 俘 ん て う の こ く し く わ ん じ よ う あ じ や り ほ い く わ く わ し よ う の ひ ︹ 大 唐 神 都 青 龍 寺 故 三 朝 国 使 灌 頂 阿 閣 梨 恵 果 和 尚 之 碑 ︺ 筆 者 が こ の 存 在 を 知 っ た の は、 大 系 本 月 報 の 築 島 裕 氏 の ﹁ 性 霊 集 の 古 訓 点 に つ い て の 寸 考 ﹂ で あ る か ら、 空 海 研 究 に 着 手 し て 間 も な い 頃 で あ っ た。 爾 来、 常 に 頭 の 傍 に 置 き つ つ も、 機 を 得 ぬ ま ま に 過 し て い た が、 去 る 昭 和 五 十 七 年 六 月 に 調 査 の 願 書 を 発 し た。 即、 築 島 氏 と 所 蔵 者-東 京 大 学 文 学 部 国 語 研 究 室 の 御 理 解 を 得 る こ と が で き た。 本 書 の 撮 影 と 影 印 発 表 は、 こ れ が 始 め て と 聞 く、 併 せ て 謝 意 を 表 す る 次 第 で あ る。 全 文 九 三 行 を、 楷 書 に ま ま 行 書 を 交 え た 書 写 体 で 書 い た、 有 界 の 四 紙 一 軸 で、 法 量 は 天 地 二 四 九×二 一 五 四mm ( 一 紙 -五 五 〇・ 二 紙-五 五 五・ 三 紙-五 五 六 ・ 四 紙-二 九 三mm)。 墨 界 は、 二 一 〇×一 九mmで あ る。 外 題 は、 茶 の 染 紙 に ﹁ 恵 果 和 尚 碑 ﹂ と 墨 書 さ れ て い る。 築 島 氏 は、 ﹁ 平 安 時 代 半 頃 の 書 写 で、 古 訓 点 が 付 せ ら れ て ゐ る。 そ の 訓 点 の 年 代 は、 私 見 に よ れ ば、 平 安 後 期、 天 喜 康 平 頃 ( 一 〇 五 〇-六 〇 頃 ) の と 見 ら れ る も の で、 朱 筆 を 主 と し て 墨 筆 を 交 へ て ゐ る。 訓 点 は、 句 点 と 仮 名 と ヲ コ ト 点、 そ れ に、 字 音 を 示 す 声 点 が あ る ﹂ ( 前 掲 書 ) と 記 さ れ て い る。 空 海 真 跡 の 控 文 の 出 現 で 判 明 し た ﹁ 性 霊 集 ﹂ の 成 立 事 情
-51-密 教 文 化 披 見 し た 印 象 で は、 本 書 の 筆 者 の 書 法 的 技 価 が 未 熟 過 ぎ て、 到 っ て 判 断 に 迷 う 面 が あ る。 一 見、 時 代 が 上 っ て 見 え る 面 が あ る が、 そ の 点 画 の 力 の 無 さ、 繊 弱 な 線 質、 骨 法 を 備 え ぬ 結 体、 表 現 と し て の 軟 弱 さ は、 と て も 中 期 ま で は 上 げ 得 ず、 院 政 期 頃 の 写 本 か と 思 わ れ る。 上 げ 得 た と し て も、 氏 が 訓 点 の 年 代 と さ れ た 天 喜 康 平 の 頃 で あ ろ う。 先 述 の 如 く、 大 系 本 解 説 で は 本 書 を ﹃ 性 霊 集 ﹄ 残 巻 と し、 醍 醐 本 ・ 流 布 本 と 比 較 す る と、 誤 字 ・ 宛 字 が 目 立 ち、 若 干 の 脱 字 が あ る と し、 問 題 点 と し て 一 八 個 所 を 示 し て い る。 又、 末 尾 の ﹁ 大 唐 元 和 元 年 正 月 十 五 目 建 也 ﹂ の 年 号 が あ る 点 に 注 意 す べ き、 と さ れ て い る。 本 書 を 詳 し く ﹃ 性 霊 集 ﹄ と 校 合 す る と、 四 八 個 所 の 異 同 が あ る。 既 に 与 え ら れ た 紙 数 を 大 巾 に 越 え そ う で あ る こ と と、 筆 者 の 浅 学 の 故 も あ っ て、 以 下 に そ れ を 略 記 す る が、 博 学 の 士 に よ り、 詳 し く 検 討 さ れ る こ と を 望 む も の で あ る。 今 仮 に ﹃ 性 霊 集 ﹄ の オ リ ヂ ナ ル と し て 容 認 し 得 る も の に○印、 両 様 の 判 断 が 成 り 立 ち、 あ る い は 誤 記 と 決 し 難 い も の に△印、 本 書 の 誤 り と 認 め ら れ る も の に×印 を 付 し た。 二 番 目 の 数 字 が、 本 書 の 行 数 を 示 し、 引 用 は 本 書 を 頭 に、 次 に ﹃ 性 霊 集 ﹄ (大 系 本 を 中 心 と し、 間 々 全 集 本 を 混 え る ) を 掲 げ た。 1 〇1阿 闊 梨 耶-阿 闇 梨 阿 闇 梨 は 梵 語 acarya の 略 で あ り、 本 書 の 方 が 音 訳 と し て 正 し い。 在 唐 中 に 空 海 が 書 い た 五 祖 像 の 恵 果 の 名 号 も 耶 を 加 え て い る。 2 〇1恵 果 和 上-和 尚 梵語 upahyaya の 訳 転 で あ り、 上 ・ 尚 ど ち ら も 可。 日 本 で は 上 は ほ と ん ど 用 い て い な い が、 唐 で は 上 も 多 い。 空 海 は、 施 福 寺 本 請 来 目 録 で、 永 忠 和 上 と 書 い て い る。 3 △2第 子-弟 子 一 般 的 な 用 法 と し て は、 弟 子 だ が、 第 ・ 弟 は 互 通 字 で、 音 も 共 に テ イ ・ ダ イ 集 韻 ・大 計 切 で 等 し い。 4 〇2撰 井 書-撰 文 撰 は 述 べ 作 る、 選 述 也 (字 彙 ) で、 撰 文 で は 重 複 す る。 例 え ば 顔 真 卿 は、 総 て の 碑 で 撰 丼 書 と し て お り、 用 法 と し て こ の 方 が 正 し い。 た な ご こ ろ 5 〇7大 師 指 掌-拍 掌 こ れ を. 性 霊 集 ﹄ は ﹁ 大 師 掌 を 法 う 城 の 行 崩 に 拍 っ て ﹂ と 訓 ん で い る が、 句 法 と し て も 苦 し く、 て し め そ の 上 文 意 も 不 鮮 明 で あ る。 ﹁ 大 師 法 城 の 行 崩 を 掌 で 指 し ﹂ と し た 方 が、 句 法 も 単 純 で、 前 後 の 意 味 に 通 ず る。 6 〇8天 縦 清 梓-精 梓 清 輝 は、 潔 白 で 混 じ り 気 の な い こ
-52-17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 27 29 30 31 32 と。 精 粋 は、 細 密 で 純 粋、 純 粋 で 混 じ り け の な い こ と で、 ほ ぼ 同 義。 底 本 が 清 で あ る の を 正 す 必 要 は、 な い。 す い 7 ×8嘱 卵-鳳 卵 嘱 は 吹 に 同 じ で あ り、 こ れ は 誤 記 と 解 す る 他 は、 な い だ ろ う。 え ん ま 8 〇9禅 林 之 苑 實-龍 實 苑 は、 そ の で 苑 に 同 じ。 龍 は、 は な。 大 系 本 頭 注 の 如 く、 林 は 択 木 を 受 け、 蕗 は 林 を 受 け る の な ら な お さ ら 酪 ( は な ) よ り 苑 ( そ の ) の 方 が 合 致 す る。 9 △10大 昭 禅 師-照 曇 貞 の 設 号 で あ る が、 慣 用 は、 照 で あ る。 し か し、 昭 は 照 に 通 じ る が、 て る の 意 で は セ ウ 集 韻 ・ 之 笑 切 で、 照 と 同 音 で あ る。 10 〇14蜜 蔵-密 蔵 空 海 は、 三 密 を 三 蜜、 曼 茶 羅 を 曼 茶 羅 と も よ く 書 い た こ と は、 真 跡 に よ っ て 枚 挙 に 暇 ま な く 指 摘 で き る。 こ れ は 誤 用 で は な い が、 空 海 の 個 性 的 な 用 法 で は あ る。 11 ×15聞 聲 上 口-止 口 こ れ は 上 で は、 意 味 が 通 じ な い。 字 形 の 類 似 か ら の 誤 記 で あ る。 12 〇16有 勅 追 入-迎 入 ﹃ 性 霊 集 ﹄ で は ﹁ 勅 有 り 迎 入 す ﹂ と 訓 ん で い る。 迎 入 と い う 用 語 に も 疑 問 が あ る が、 代 宗 は こ の 後 の 恵 果 と の 交 流 に よ っ て、 恵 果 を 厚 遇 し、 そ れ に よ っ て ﹁ 騒 駿 迎 送 ﹂ (19行 ) す る よ う に な る の で あ る。 こ う し た 経 空 海 真 跡 の 控 文 の 出 現 で 判 明 し た ﹁ 性 霊 集 ﹂ の 成 立 事 情
-53-密 教 文 化 緯 と 力 関 係、 そ し て 語 法 か ら し て、 こ こ は ﹁ 勅 有 り 追 っ て 入 る ﹂ と し た 方 が よ い。 13 △18龍 子 錐 小-少 ﹁ 龍 の 子 は 小 さ い と い え ど ﹂ ﹁ 龍 の 子 は お さ な い と い え ど ﹂ で、 ど ち ら も 可。 14 △19腺 騨-膜 騒 ど ち ら も 熟 語 と し て の 用 例 多 く、 可 否 は つ か な い。 15 ×20致 く-孜 く 致 な る 字 は な く、 誤 字。 16 △21洪 鍾-洪 鐘 い ず れ も 大 き な 吊 り が ね で、 共 に 可。 か ん ば つ 17 〇25旱 魅 -早 越 全 集 本 で は 早 に 作 る が、 旱 魅 で な け れ ば な ら な い。 大 系 本 は 正。 よ う 18 〇25霧 泡-湧 氾 霧 は 湧 と 同、 苞-宣 も 同 じ で あ る か ら 底 本 の 霧 泊 を 正 す 必 要 は な い。 り ん 19 〇31樫 法-怯 法 全 集 本 は、 怯 と す る。 怯 は 吝 ・ 恪 に 同 か ん じ、 を し む の 意 で、 樫 と 同 義。 大 系 本 は 樫 と し、 正 し い。 20 △32河湊-河 陵 東 印 度 の 国 名 を 表 す 場 合、 河 陵 と す る。 音 訳 と す れ ば、 湊 ・ 陵 は、 リ ヨ ウ 集 韻 ・ 閻 承 切 で 同 音 で あ る 21 〇32慧日-恵 日 恵 果 の 弟 子 の 名。 慧 目 は 恵 目 と も 書 く が、 本 書63行 で も、 慧 日 で あ る が 全 集 本 は、 そ こ で は 慧 日 と す。 22 ×33三 諜-三 韓 こ れ は、 明 ら か に 誤 記、 韓 が 正 し い。 23 ×33釘 南-創 南 剣 の 異 体 字 で あ る 劔 の 誤 写。 24 〇34印 可 紹 構-紹 接 全 集 本 は 接 に す る が、 誤 り。 大 系 本 は、 正。 25 △36智 際 政 壼-環 攻 恵 果 の 四 人 の 弟 子 の 名 を 表 し、 義 智 ・ 文 環 ・ 義 攻 ・ 義 壱 と 大 系 本 頭 注 は す る。 大 系 本 底 本 は 際、 全 集 本 は 環 攻 で あ る。 胎 金 両 界 血 脈 等 を 見 る と、 両 部 伝 授 さ れ た 者 に、 義 智 ・ 義 政 ・ 義 一 の 名 が あ る。 政-攻、 壼-壱-さ ん 一 の い ず れ が 正 し い か。 文 環 ・ 文 際 な る 者 は 見 出 せ ず、 後 考 を 侯 ち た い。 い き あ ま ね 26 〇38流 派 遍 城-遍 域 ﹃ 性 霊 集 ﹄ は、 ﹁ 流 派 域 に 遍 し ﹂ と す る。 城 で も 大 差 な い が、 空 海 は 殊 に こ う し た 用 法 ( 国 使 帖 ﹁ 歴 城 中 ﹂・ 越 州 帖、 歴 城 之 歎 ﹂ ) で は、 城 を 多 用 し て い る。 全 集 本 頭 注 に、 一 本 は 城 に 作 る と あ り。 27 ×39法 施-法 施 弓 偏 に 作 る の は、 誤 字。 28 △39落 錺-落 飾 錺 ・ 飾 は 同 じ で、 共 に 正。 ノ 29 △42其 業 不 退-不 レ 退 二 其 業 一 句 法 と し て、 ﹃ 性 霊 集 ﹄ の 方 が、 和 習 で は な い だ ろ う か。 ふ し ゆ 30 △51赴 道-趣 道 赴 ・ 趣 と も に、 お も む く で 正。
-54-33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 31 〇52佛 法 心 髄 妙 用-要 妙 要 妙 は 緊 要 玄 妙 の 処、 妙 用 は 神 妙 な る 功 用。 ど ち ら で も 大 差 は な い が、48行 で も ﹁ 我 師 之 禅 智 妙 用 ﹂ と し て い る。 32 ×56渡 頂-灌 頂 書 写 体"濯"の 誤 写。 33 〇58経 路-樫 路 経。 脛 ・ 倥 は 互 通 字。 空 海 は、 纒 ・ 儘 を 多 用 す る。 (越 州 帖 ﹁ 途 纒 ﹂ 国 使 帖 ﹁ 捷 脛 ﹂ ) ま う 34 〇65城 卯-城 郎 郎 は、 邑 の 名 ・ 山 名 で あ り、 通 じ な い。 ば う 大 系 本 頭 注 は、 長 安 城 郊 外 北 の 方 と す る が、 根 拠 不 詳。 卯 は ﹁ う ﹂、 方 位 で は 東 方 で あ る。 従 っ て こ れ は、 長 安 城 の 東 方 の 郊 外 の 意 で あ る。 全 集 本 は 郎 だ が、 大 系 本 の 底 本 は 卯 で あ り、 こ れ が 正 し い。 35 △66扉 永 閑 -閉 誤 認 し 易 い 字 で 誤 写 か も 知 れ ぬ が、 閑 も 閉 に 通 じ る。 36 〇67呑 雲-天 雲 こ れ は ﹁ 呑 火 不 滅 呑 雲 鰺 々 ﹂ で あ り、 呑 火 に 対 応 す べ き も の。 つ ま り、 呑 雲 の 方 が 正 し い。 37 38〇波 濤 萬 く 雲 山 千 來 也 非 我 力 言 蹄 非 我 志-也 來 ・ 言 ( 欠 字 ) こ れ を ﹃ 性 霊 集 ﹄ で は ﹁ 波 濤 萬 く た り、 雲 山 幾 千 ぞ 来 る こ と 我 力 に 非 ず、 蹄 ら む こ と 我 が 志 に 非 ず ﹂ と 訓 ん で い る。 こ れ は お か し い の で あ っ て、 空 海 は 波 濤 を 越 え て 自 ら 学 空 海 真 跡 の 控 文 の 出 現 で 判 明 し た ﹁ 性 霊 集 ﹂ の 成 立 事 情
-55-密 教 文 化 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 び に や っ て 来 た が、 今 こ こ で 帰 ら ざ る を 得 な い の は 自 分 の 意 志 で は な い、 と 述 べ た い の で あ る。 即 ち ﹁ 波 濤 萬 く と し て、 こ こ 雲 山 幾 千 た る を 来 た る な り。 言 に 蹄 る は 我 力 に 非 ず、 我 志 に 非 ず ﹂ と 訓 む べ き で あ る。 か く 訓 ん で こ そ、 ﹁ 性 霊 集 ﹄ に 脱 こ こ に 字 す る 強 覧 の ﹁ 言 ﹂ が 生 き て く る。 本 書 の 方 が、 正 し い の で あ る。 は ん 39 △73蹄 騒-蹄 帆 騒 は 帆 に 同 じ。 あ ひ と も 40 〇75相 與 誓 願-相 共 相 共 に と い う の は 和 習 で、 中 国 に さ う よ 建 て る 碑 文 と し て は、 相 與 の 方 が 正 し い だ ろ う。 こ こ 41 △77受 法 畢-受 法 云 畢 云 に-で 強 調 す る か ど う か の 違 い。 42 43〇78汝 西 上 也 接 我 足 吾 東 生 入 之 汝 室-汝 西 土 也 接 我 足 吾 也 東 生 入 汝 之 室 ﹃ 性 霊 集 ﹄ は ﹁ 汝 西 土 に し て 我 が 足 を 接 す。 吾 東 生 し て 汝 が 室 に 入 ら む。 ﹂ と 訓 ん で い る。 恵 果 が 自 分 の 居 る 場 所 を 西 土 と 言 う の は、 お か し い。 こ こ は 下 の 東 生 と の 対 比 か ら も、 空 海 が 恵 果 の 許 に 求 法 に 参 っ た か ら、 今 度 は 恵 果 が 空 海 の 処 に 示 教 を 受 け に 行 く と、 相 互 の 往 来 を 記 し て い る の で あ る。 つ ま り、 ﹁ 汝 は 西 上 し、 我 足 に 接 し た る な り、 ﹂ で な く て は な ら な い。 下 も ﹃ 性 霊 集 ﹄ の 句 法 は 複 雑 で 、
-56-65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 釈 然 と し な い。 こ こ も ﹁ 吾 は 東 生 し、 こ れ 汝 の 室 に 入 ら む ﹂ と 訓 む べ き だ ろ う。 44 ○81然-而 共 に 通 ず る が、 而 は 訓 む べ き で な い が、 こ し か こ で は、 然 も と 訓 み た い 処。 和 習 に よ る 改 変 か。 45 △83腸 粉-腸 断 腸 断 が よ り 一 般 的 な だ け で、 大 意 に 変 り な し。 46 ×88擁生-挺 生 擁 ・ 挺 は 混 同 し 易 い が、 正 し く は 挺 で あ る べ き。 47 △90万像-萬 類 萬 類 は、 す べ て の も の。 万 像 は、 あ り と あ ら ゆ る も の。 像-象 は 通 字。 48 △90泊 焉 蹄 眞-柏 乎 大 系 本 は 底 本 の 泊 焉 を 高 野 版 で 改 め、 全 集 本 は 伯 焉 と す。 泊-伯 は 同。 大 系 本 は ﹁ 伯 乎 と し 真 に し ず こ こ て 帰 す ﹂ と 訓 ん で い る。 ﹁ 泊 か に 焉 に 真 に 帰 す ﹂ と す べ き か。 以 上 を 総 括 す る と、〇印 二 四・△印 一 六・×印 八 と な る。 ×印 八 の 内 容 を 見 る と、 就 中 七 例 は、 単 純 な 誤 写 で、 こ の 筆 者 の 未 熟 に 帰 因 し て い よ う。△印 は、 解 釈 し だ い で〇に も × に も な り 得 る が、 そ の 異 同 の 多 く が、 同 音 の 別 字 に よ っ て い る 事 に 注 目 す べ き で あ る。 こ れ は、 こ の 文 が 和 訓 を 想 定 せ ず、 空 海 真 跡 の 控 文 の 出 現 で 判 明 し た ﹁ 性 霊 集 ﹂ の 成 立 事 情
-57-密 教 文 化 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 唐 音 に よ っ て 作 ら れ た と 考 え る べ き 根 拠 を 与 え て い る。 そ れ は、 同 じ 在 唐 中 の 文 で あ る 越 州 帖 に も 顕 著 で あ る 事 に よ っ て 明 ら か で あ る。 つ ま り、 先 学 が 誤 字 ・ 宛 字 が 多 い と す る 指 摘 は、 相 応 し く な い。 そ し て 何 よ り も 重 要 な の は、〇印 が 二 四 例 に 達 し、 騨﹃性 霊 集 ﹄ の 誤 り を 多 く 正 し た り、 そ の オ リ ヂ ナ ル と し て の 性 格 を 如 実 に し て い る こ と で あ る。 つ ま り、 本 書 は ﹃ 性 霊 集 ﹄ の 断 簡 で は な く、 越 州 帖 ・ 国 使 帖 ・ 狸 毛 筆 奉 献 表 の 如 く、 空 海 の 書 い た 控 文 の 写 し な の で あ る。 本 書 が 空 海 の 控 文 の 写 し と し て も、 そ の 底 本 が、 空 海 の 真 跡 な の か、 他 人 の 写 し な の か は、 以 上 の 推 論 で は 不 明 で あ る の で、 以 下 に そ の 検 討 を 試 み る。 筆 者 は 今 迄、 書 の 真 偽 を 解 明 す る 実 証 的 手 段 と し て、 比 較 書 像 法 を 掲 げ て き た。 書 法 的 判 断 は、 専 門 知 識 と 鍛 練 が 必 要 だ が、 容 易 な 法 と し て、 字 体 比 較 が あ る。 唐 ・ 奈 良 ・ 平 安 は 異 体 字 の 海 と い っ て 過 言 で な く、 少 な い も の で も、 一 字 に 三 -四 字、 多 い も の で は 十 字 以 上 の 異 体 字 が あ る。 異 体 字 に も、 多 く は 時 代 に よ る 変 遷 が あ る。 そ の 上、 識 字 過 程 で 身 に つ け た 字 体 は、 終 生 容 易 に 変 り 得 な い 習 性 が 人 に は あ る か ら、 こ の 二 つ に よ っ て、 実 証 的 な 判 断 が 可 能 と な る。
-58-と は い え、 こ の 法 を 精 度 の 高 い も の と す る に は、 結 局 個 人 の 用 字 法 の 総 て を デ ー タ ー 化 し た も の、 い わ ば 字 典 が 必 要 と な る。 筆 者 が、 空 海 の 書 い た 字 ・ 六 万 字、 王 義 之 の 字 ・ 二 万 五 千 字、 顔 真 卿 の 書 い た 字 ・ 三 万 字 を 集 め て 各 々 字 典 化 し、 そ れ か ら 個 々 の 研 究 に 入 る 意 図 の 一 つ は、 こ こ に あ る の で あ る。 か く し て 個 人 の 用 字 例 の 総 て を 集 積 し て 分 析 す る と、 そ こ に 極 め て 端 的 に、 個 別 的 な 用 字 法 が 明 瞭 と な っ て く る。 今 迄 の 書 道 史 研 究 に、 こ の 方 法 論 は な い が、 鑑 賞 力 な ぞ に 頼 ら ぬ こ う し た 客 観 的 な 法 を 普 遍 化 す る 必 要 を 覚 え て い る。 さ て 本 書 を 通 覧 し て、 一 般 的 字 体 で な い も の 総 て を、 ﹃ 空 海 大 字 林 ﹄ で 検 索、 照 合 を 試 み た。 そ の 内 容 を 紹 介 し た い が、 二 つ の 障 害 が あ っ て、 果 せ な い。 何 せ 総 て が 活 字 に な い 字 体 で あ る か ら、 多 量 に 作 字 を し て 頂 か ね ば な ら な い し、 又 紙 数 の 余 裕 も 乏 し い か ら で あ る。 従 っ て、 遺 憾 な が ら 一 ・ 二 を 例 題 的 に 示 し て、 結 論 を 述 べ る こ と に す る。 1l龍 こ の 体 は、 請 来 目 録 ( 宝 厳 寺、 施 福寺)・聾 替 指 帰 ・ 大 日 経 疏 要 文 記 に 多 い。 9l歩 請 来 目 録 ・ 国 使 帖 ・越 州 帖 に あ る 特 異 な 体。 12l昔空 海 は 多 く 正 体 を 書 く が、 こ の 異 体 も 聾 暫 指 帰 に 一 例 あ り。21l響 こ の 異 体 は 越 州 帖 に あ り。 28 l致 労 を ﹁ 支 ﹂ に 作 る が、 越 州 帖 ・ 聾 蓄 指 帰 ・ 仁 王 経 疏 の 総 て が こ の 体。 31l得 三 水 に 作 る が、 こ れ は 請 来 目 録 ・ 三 十 帖 策 子 ・ 越 州 帖 等 に あ り。 36l顧 左 を ﹁ 厄 ﹂ に 作 る が、 聾 普 指 帰 ・ 越 州 帖 に あ り。 43l勤 ﹁ 勤 ﹂ に 作 る が、 大 日 経 疏 ・ 仁 王 経 疏 等、 総 て こ の 体。 48l貴 こ れ は 象 体 に よ る が、 聾 瞥 指 帰 で 一 例 こ れ を 用 い る。 他 は 正 字。 64l溺 弱 を ﹁ 筍 ﹂ を 並 べ た よ う に 作 る 特 異 な 体。 大 日 経 疏 に 一 例 あ り。 67l鰺 黒 に 点 が な い。 越 州 帖 の 顯 の 点 が な く、 誤 字 と 先 学 に 指 摘 さ れ た が、 や は り こ う し た 省 画 の 異 体 が 唐 で 行 わ れ て い た と 考 え る べ き で あ る。 結 論 と し て、 本 書 の 異 体 の ほ と ん ど が、 空 海 の 用 字 法 に 合 致 し て い る。 こ れ が、 一 見 本 書 を 古 風 に 見 せ る 要 因 で も あ る。 以 上 の 結 果 と し て こ の 写 本 の 底 本 が、 空 海 の 真 跡 で あ っ た こ と は 確 実 で あ る。 し か し、 真 跡 の 直 接 の 臨 写 か と い う と、 筆 者 は 別 人 の 臨 本 の、 写 し と 判 断 す る。 そ の 理 由 は、 書 風 の 不 一 致 ・ 空 海 以 外 の 用 字 法 の 混 在、 章 法 の 混 乱 に あ る。 人 は 臨 書 の 姿 勢 で な く と も、 能 書 を 写 す と な る と、 自 ず と 真 似 よ う と す る 意 識 が 働 く も の。 だ が、 本 書 は 字 体 は 共 通 す 空 海 真 跡 の 控 文 の 出 現 で 判 明 し た ﹁ 性 霊 集 ﹂ の 成 立 事 情
-59-密 教 文 化 る に も 拘 ら ず、 書 風 が 空 海 の 真 跡 に 共 通 し な い ば か り か、 筆 法 ・ 結 構 法 が 不 正 確 で、 崩 れ が ひ ど い。 例 え ば、 弓 ・ 彳 偏 は 空 海 の 体 で は な い し、 そ の 他 に も 幾 つ か 指 摘 で き、 か つ 空 海 の 字 体 も 不 正 確 に 写 し て い る も の が 散 見 す る。 章 法 に つ い て 言 え ば、 空 海 は 尊 重 の た め の 空 格 ( 頭 に 余 白 を 設 け る 事 ) を 厳 格 に 守 っ て い る が、 本 書 で は、 ほ と ん ど が 省 略、 あ る い は 誤 用 さ れ て い る。 例 を 示 せ ば、16lの 代 宗 の 下 の 空 白 は、 頭 に 設 け ね ば な ら な い。74l﹁和 尚 ﹂ か ら 改 行 し 行 詰 を 改 え て い る が、 ﹁ 和 尚 ﹂ の 前 の 空 格 を 平 起 と 誤 っ た も の で、 行 末 の ﹁ 汝 来 ﹂ か ら 改 行 す べ き も の。 79lも ﹁ 籍 顧 ﹂ か ら 平 起 す べ き で あ る。 以 上 に 指 摘 し た よ う な 不 正 確 さ や 誤 用 ・ 混 乱 は、 こ の 筆 者 の 未 熟 を 考 慮 し て も、 一 度 に 表 れ る こ と は 考 え 難 い。 従 っ て 某 が 空 海 真 跡 の 控 文 を 写 し、 そ の 写 本 を こ の 筆 者 が 写 し た と 考 え る の が 妥 当 で あ ろ う。 又、 本 書 巻 末 に ﹁ 大 唐 元 和 元 年 正 月 十 五 日 建 也 ﹂ と 本 文 と 同 手 で 書 か れ て い る が、 目 下 こ れ を 信 ず べ き 根 拠 は 皆 無 で あ り、 後 人 の 仮 託 と 判 断 す べ き で あ ろ う。 如 上 の 推 論 で 明 確 に し 得 た よ う に、 本 書 の 出 現 に よ っ て、 空 海 真 跡 の 控 文 の 存 在 が、 ま た 実 証 さ れ た わ け で あ る。 そ の 上、 本 書 の 本 文 内 容 は、 ﹃ 性 霊 集 ﹄ 流 布 本 を 正 す べ き も の を も っ て お り、 今 後 こ の 存 在 の 貴 重 さ は、 重 き を 成 す と 思 う も の で あ る。 さ て 以 上 の 推 論 に よ っ て、 空 海 真 跡 の ﹃ 性 霊 集 ﹄ 記 載 の 控 文、 越 州 帖 ・ 国 使 帖 ・ 狸 毛 筆 奉 献 表 三 点 と、 そ の 写 本 で あ る 恵 果 和 尚 之 碑 の 存 在 を 確 認 し た わ け で あ る。 こ の 新 た な る 状 況 を 踏 ま え て、 以 下 に ﹃ 性 霊 集 ﹄ の 制 作 意 図 ・ 時 期 ・ 原 初 形 態 ・ 現 行 本 の 成 立 事 情 等 の 検 討 に 入 り た い。 こ れ に つ い て の 定 説 は、 頭 初 ︹ ﹃ 性 霊 集 ﹄ の 制 作 意 図 ︺ に 掲 げ た 真 済 の 序 を、 そ の ま ま 是 と し た も の で あ る。 即 ち、 真 済 が 空 海 の 詩 文 の 散 逸 を 怖 れ、 ﹁ 集 記 ﹂ し た 五 百 紙 を 編 纂 し た と い う 見 解 で あ る。 し か し、 こ れ は 採 れ な い。 何 故 な ら 既 述 の 如 く、 真 済、 あ る い は そ の 他 の 第 三 者 が、 控 文 を 作 り 出 し た の は、 弘 仁 三 年 以 降 と 想 わ れ、 そ れ 以 前 の 一 九 通 は、 空 海 自 身 に よ っ て 控 え が と ら れ て い る と 考 え ら れ る か ら で あ る。 世 に 草 稿 が 別 に 伝 わ る こ と も 間 々 あ る が、 現 存 四 種 の 資 料 は、 明 ら か に 草 稿 で な く 控 文 で あ る か ら、 少 な く と も 弘 仁 三