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密教文化 Vol. 1961 No. 55 001山本 智教「天龍山石窟 P1-28」

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山 西 省 天 龍 山 石 窟 は 大 正 七 年 六 月 関 野 貞 博 士 に よ つ て 発 見 せ ら れ た。 博 士 は 太 原 県 志 や 山 西 通 志 の 記 事 に よ つ て 昔 の 晋 陽 の 都 の あ つ た 現 在 の 太 原 附 近 に 古 寺 古 石 窟 が あ つ た こ と を 知 り、 そ れ を 実 地 踏 査 に よ つ て 発 見 さ れ た の で あ る。 博 士 は 二 日 問 天 龍 山 に 滞 在 し て 石 窟 を 調 査 し、 そ の 結 果 を 早 速 大 正 七 年 十 二 月 の 建 築 学 雑 誌 三 八 四 号 に 発 表 し、 つ い で 大 正 十 年 八 月 発 行 の 国 華 三 七 五 号 に 発 表 さ れ た。 天 龍 山 石 窟 は こ の 様 に し て 初 め て 世 に 知 ら れ る こ と に な つ た。 常 盤 大 定 博 士 は 大 正 九 年 之 を 踏 査 し、 大 正 十 年 八 月 刊 行 の ﹁ 古 賢 の 跡 へ ﹂ に 公 に さ れ た。 つ い で 小 野 玄 妙 博 士 の す す め に よ り、 田 中 俊 逸 氏、 外 村 大 治 郎 氏 は 写 真 技 師 平 田 饒 氏 を 伴 い、 大 正 十 一 年 三 月 七 日 か ら 一 週 間 こ こ に 滞 在 し て 充 分 に 石 窟 を 撮 影 記 述 さ れ た。 断 崖 を よ じ 登 つ て 先 の 関 野 博 士 が 気 付 か な か つ た い く つ か の 石 窟 も 発 見 し て、 そ の 解 説 を 早 速 大 正 十 一 年 五 月 発 行 の ﹁ 仏 教 学 雑 誌 ﹂ 皿 4 に 発 表 せ ら れ た。 次 い で 同 年 十 月 に は 豪 華 写 真 版 ﹁ 天 龍 山 石 窟 ﹂ と 題 し て 出 版 さ れ た。 図 版 実 に 八 〇 葉 か ら 成 る。 仏 教 学 雑 誌 に の つ た 解 説 は 田 中 俊 逸 氏 の 筆 に な り ﹁ 天 龍 山 石 窟 調 査 報 告 ﹂ と い う も の で、 三 一 五-三 八 三 頁 に わ た る 詳 細 な 報 告 で あ る。 一 々 の 窟 の 細 部 に つ い て 充 分 く わ し く の べ て い る。 尚 同 雑 誌 は 大 正 十 年 八 月 発 行 の 国 華 三 七 五 号 に の つ た 関 野 博 士 の ﹁ 天 龍 山 石 窟 ﹂ と 題 す る 一 文 を も 併 せ て 載 録 し て 読 者 に 便 益 を 与 え て く れ る。 ( こ の 文 は 後 に 関 野 貞 ﹁ 支 那 の 建 築 と 芸 術 ﹂ ( 昭 和 13 年 ) に 転 載 さ れ た。 ) 関 野 博 士 の 紹 介 文 は 割 に 簡 単 で あ る が、 要 領 を 得 て お り、 新 発 見 の 石 窟 群 の 年 代 や そ の 造 像 に つ い て 概 説 し て あ る。 序 で な が ら、 仏 教 学 雑 誌 は 私 の 恩 師 小 野 玄 妙 先 生 の 編 集 に か か る も の で、 そ の 毎 号 に 先 生 の 論 文 が 一 つ か 二 つ の つ て い て、 先 生 の 人 並 は ず れ た 精 力 的 な 活 動 が う か が わ れ て、 之 に ょ つ て 博 士 自 身 の 声 咳 に 接 す る 思 い が す る。 ﹁ 天 龍 山 石 窟 ﹂ と い う す ぐ れ た 図 版 が 出 来 上 る 天 龍 山 石 窟

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密 教 文 化 の に 小 野 先 生 が 大 き な 推 進 力 に な つ て い る 様 で あ る。 こ の 図 版 と 田 中 氏 の 解 説 を 対 比 し て 読 め ば、 吾 々 は 居 な が ら に し て 殆 ん ど 実 地 に 調 査 す る 場 合 に 近 い ほ ど に 石 窟 の 細 部 に つ い て 知 る こ と が 出 来 る の で あ る。 お ま け に、 石 窟 内 の 多 く の 尊 像 が そ の 後 に 仏 像 泥 棒 に ょ つ て 破 壊 さ れ て、 今 で は 見 る 影 も な い 様 に な つ て い る の で あ る か ら、 破 壊 以 前 の 完 好 な 姿 を 伝 え て く れ る 図 版 は 掛 替 の な い 貴 重 な も の と な つ た。 中 国 美 術 史 家Osvald Siren氏 は 一 九 二 二 年 ( 大 正 十 一 年 ) 十 月 に 天 龍 山 を 踏 査 し、 そ の 結 果 を 一 九 二 五 年 ( 大 正 十 四 年 ) 発 行 のChinese Sculpture(中 国 彫 刻 ) 第 三 巻 の 図 版206 -338 そ の 他 に 出 し た。 常 盤 大 定 博 士 は 大 正 十 三 年 と 十 四 年 に 中 国 人 の 学 生 を し て こ の 地 を 調 査、 撮 影 せ し め ら れ た が、 当 時 既 に 彫 像 は 多 く 破 壊 せ ら れ て あ つ た。 そ の 結 果 を 大 正 十 五 年 刊 行 の 常 盤 ・ 関 野 両 博 士 共 著 の ﹁ 支 那 仏 教 史 蹟 ﹂ 第 三 輯 図 版 二 五 -六 一 に 出 さ れ た。 田 中 ・ 外 村 氏 の ﹁ 天 龍 山 石 窟 ﹂ の 方 が く わ し く も あ る し、 破 損 以 前 の、 保 存 の よ い 尊 像 を 含 ん で い る の で、 価 値 は 高 い わ け で あ る。 山 中 貞 次 郎 ﹁ 天 龍 山 石 仏 集 ﹂ と い う 図 版 集 ( 昭 和 三 年 ) は ま だ 見 て い な い の で 私 は 以 上 の 資 料 に 依 ら ざ る を 得 な い。 天 龍 山 石 窟 の 研 究 資 料 が 以 上 の 通 り 少 く て し か も そ の 主 な 資 料 で あ る 田 中 ・ 外 村 氏 の 調 査 と 出 版 に 小 野 博 士 の 息 が か か つ て い る の は 私 に は 何 か の 因 縁 と 思 わ れ る し、 も う 一 つ、 こ の 地 の 石 仏 は 数 多 い 中 国 の 石 仏 で も 最 も イ ン ド 風 で あ る 事 が 私 を ひ き つ け た の で、 私 は 以 上 の 資 料 に よ つ て 天 龍 山 石 窟 の 解 説 を し た い と 考 え た 次 第 で あ る。 太 原 は 古 の 晋 陽 の 地 で あ り、 北 斉 文 宣 帝 の 故 郷 で あ る。 首 都 の 鄭 と 並 ん で 北 斉 の 別 都 で あ る こ の 地 の 附 近 に 古 寺 が 多 か つ た。 そ の 中 の 一 つ で あ る 天 龍 山 聖 寿 寺 は 太 原 県 志 に よ る と 県 西 南 三 十 里 天 龍 山 麓 に あ り。 創 建 は 皇 建 元 年 と 伝 え ら れ る が、 現 在 の 建 物 は 明 代 の 再 建、 清 代 の 重 修 で あ る。 そ し て 石 窟 は こ の 寺 の 正 北 方 直 径 六 七 百 米 の 山 に 南 面 し て 東 西 の 峯 に 横 に 並 ん で い る。 年 代 は 大 ま か に い え ば、 北 斉 に は じ ま り、 階 代 に つ づ け ら れ、 唐 代 に 盛 で あ つ た。 響 堂 山 石 窟 と 共 に 数 少 い 北 斉 彫 刻 の 遺 例 で あ り、 又 唐 代 彫 刻 は 濃 厚 な イ ン ド 色 を 特 色 と し、 類 例 少 い 資 料 で あ る。 石 窟 全 景 ( 田 中 p1.1,39,Siren,p1.206 常 盤 ・ 関 野III 25,26) 山 峯 の 懸 崖 が 一 つ の 谷 に よ つ て 東 西 の 二 つ の 部 分 に 分 れ る。 こ の 二 つ に 石 窟 が 並 ぶ。 東 峯 に 8 窟、 西 峯 に 9 窟 あ る。

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こ れ ら 以 外 に 更 に 西 に 少 く と も 4 窟 あ る が、 荒 廃 甚 し く 土 砂 に 埋 も れ て い る。 石 窟 と 造 像 は 自 然 に い た ん だ も の や 人 工 的 に 破 壊 さ れ た も の が 多 い。 特 に 近 代 に な つ て 仏 像 が 商 品 価 値 を 持 ち は じ め て か ら、 仏 像 泥 棒 が 仏 像 を か い て 持 つ て 行 く こ と が 流 行 し た の は 遺 憾 な こ と で あ つ た。 こ の 山 の 石 は 軟 か い 砂 岩 で あ つ て、 容 易 に 風 雨 の 浸 蝕 を う け る。 恐 ら く 東 イ ン ド ウ ダ ヤ ギ リ の 古 い 窟 堂 の 石 に 似 て い る 様 で あ る。 あ そ こ の 石 も 自 然 に 風 化 し て と け た 様 に な つ て い る そ の 有 様 が こ こ と よ く 似 て い る。 第 1 窟 ( 田 中,p1.1-5, Siren, p1.207-208; 常 盤 ・ 関 野III p1.27,28) 第 1 窟 は 関 野 氏 が 見 お と し、 田 中 氏 ら が 発 見 し た も の で、 関 野 氏 の 発 見 し た 東 端 の 窟 よ り 東 方 約 27 米 の 処 に あ る。 関 野 氏 は 東 と 西 の 方 位 を ま ち が え、 あ た か も 石 窟 群 が 北 面 し て い る か の 様 に 考 え て い る 様 で あ る が、 田 中 氏 や シ レ ン 氏 に よ る と、 石 窟 列 は 東 峯 の 東 か ら 西 に 順 次 番 号 を つ け た の で あ り、 石 窟 群 は 大 体 に お い て 南 面 し て い る 様 で あ る。 第 1 窟 の 外 に 前 廊 が あ り、 そ の 上 部 に 木 造 建 築 の 軒 組 を 再 現 す る。 即 ち 上 部 中 央 と 両 端 に 三 斗、 そ の 中 間 に 叉 手 束 が あ つ て、 そ れ で 軒 を 支 え る 形 を 示 す。 三 斗 の 肘 木 に ぎ ざ ぎ ざ の く り 型 が あ る。 こ れ ら を 梁 で 承 け、 も と そ の 下 に 二 本 の 柱 が あ つ た が、 今 は 折 れ て い る。 柱 が 三 斗 の 下 で な く、 叉 手 束 ( 人 字 束 ) の 下 に あ る の は 木 造 建 築 の 原 意 か ら や や 外 れ て い る。 こ れ ら の 柱 が 八 角 柱 で あ つ た こ と は、 こ の 窟 の 入 口 と 内 部 に 見 え る 柱 及 び 第 16 窟 前 廊 の 柱 に よ つ て 推 測 せ ら れ よ う。 前 廊 の 向 う の 壁 面 の 中 央 に こ の 窟 の 入 口 が あ る。 そ れ は 尖 棋 を な す。 こ の 様 な 尖 撲 は 北 魏 時 代 の 尖 供 を う け つ い だ も の で、 も と は イ ン ド の チ ャ イ ト ヤ 棋 に 発 源 し た こ と は 疑 な い。 こ の 尖 換 は 換 額 が 幅 広 く、 換 梁 は 太 く、 中 程 に 花 辮 ( 恐 ら く 蓮 花 か ら 出 た ) を 巻 く。 こ の 撲 を 支 え る 柱 は 八 角 柱 の つ も り で、 三 面 を つ く り 出 す 壁 柱 で あ る。 そ の 上 に 蓮 花 を あ し ら う。 こ れ は イ ン ド の 八 角 柱 の 柱 頭 に 蓮 辮 を 配 す る 意 匠 に 倣 つ た も の で あ ろ う が、 蓮 花 そ の も の は イ ン ド の と ち が つ た 工 夫 を 示 す。 蓮 花 柱 頭 の 上 に 左 右 と も に 鳥 が と ま る の を あ ら わ す。 鳥 は 中 国 流 に 鳳 鳳 と 解 す べ き か。 こ の 様 に 八 角 柱 と 尖 撲 は も と イ ン ド に 発 源 し た も の で あ る が、 棋 額 が 広 く な り、 鳥 を そ こ に 示 す の は 中 国 の 新 工 夫 で あ る。 但 し チ ャ イ ト ヤ の 屋 根 に 鳥 が と ま る の は イ ン ド に あ る。 こ れ を 鳳 鳳 に し た り 後 に 見 る 通 り 龍 に す る の は 中 国 的 考 え 方 で あ る。 前 廊 の 八 角 柱 は イ ン ド 天 龍 山 石 窟

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密 教 文 化 に 多 い の で、 こ れ は イ ン ド 風 と 解 す べ き で あ る。 し か し 軒 下 の 組 物 は 勿 論 中 国 風 で あ る。 こ の 様 に 第 1 窟 前 面 に 中 国 式 と イ ン ド 風 の 共 存 を 見 る の で あ る。 窟 内 は 幅3.30m奥 行3.30mの 正 方 形 で、 高 さ は 2 m あ ま り で あ る。 そ の 三 つ の 壁 面 ( 即 ち 奥 壁 と 両 側 壁 ) に 各 一 寵 が あ る。 即 ち 三 壁 に 三 寵 あ る こ と に な る。 籠 は 同 じ く 尖 換 寵 で、 換 額 ひ ろ く、 換 梁 の 中 ほ ど に 花 辮 を ま き、 又 こ れ を 支 え る 八 角 柱 に 蓮 花 柱 頭 を い た だ く。 柱 頭 に の る の は 西 壁 で は 鳥、 他 の 壁 で は 龍 で あ る ら し い。 又 東 寵 に は 柱 身 の 下 部 に 花 辮 を ま く。 北 籠 -北 壁 の 寵 に は 仏 碕 像 が 土 に 埋 れ て い る。 前 腕 が 欠 け て い る が、 恐 ら く 施 無 畏 で あ つ た ろ う。 左 手 は 与 願。 仏 像 の つ く り は こ の 窟 の 他 の 籠 の 仏 像 と 同 様 式 で あ る。 即 ち 肉 髪 は 平 た く、 ひ く い 肉 髪 と 頭 部 に 毛 髪 の 線 が な い。 こ の 無 髪 の 仏 頭 は 北 魏 に 先 例 が 多 い。 顔 は 口 字 形 で あ る。 眼 は 切 れ 長 で 下 を 向 き、 そ の 眼 の ひ ら い て い る 部 分 が 波 立 つ て い る。 こ れ は イ ン ド の グ プ タ 仏 の 眼 に 倣 つ た に ち が い な い。 又 鼻 翼 が 割 に 張 つ て い る の も 中 国 と し て は 珍 ら し く、 こ こ に も グ ブ タ の 影 響 が あ ろ う。 長 い 耳、 円 い あ ご、 あ ご の く び れ、 喉 の 三 道 な ど 皆 グ プ タ 風 で あ る。 更 に、 衣 が 割 に う す い こ と も グ プ タ の 感 化 で あ ろ う。 北 魏 末 期 の 厚 ぼ た い 衣 に 比 べ る と、 よ ほ ど 薄 く な つ た。 衣 の ひ だ は あ さ い 陰 刻 線 で あ る。 も と 後 期 ガ ン ダ ー ラ 派 風 の 薄 い 衣 に 薄 い 隆 起 線 の あ つ た 衣 か ら 次 第 に 簡 易 化 し て 遂 に こ の 様 に な つ た の で あ る が、 中 国 で は 陰 刻 線 は 隆 起 線 と 並 ん で 初 期 か ら 用 い ら れ た。 両 脇 侍 は 見 え な い。 そ れ は 掘 り 取 つ た 形 跡 が あ る と 田 中 氏 は い つ て い る。 東 西 寵-東 寵 は 坐 仏 を 中 心 と す る 三 尊 で あ る。 坐 仏 の 膝 以 下 は 埋 も れ、 又 雨 水 で 浸 蝕 さ れ た。 様 式 は 北 寵 の 仏 に 同 じ。 た だ 内 衣 を お さ え る 帯 の は し が 見 え、 大 衣 は 羽 織 の 様 に 両 肩 を 蔽 う。 喉 に 三 道 は な い。 両 菩 薩 立 像 は 仏 坐 像 よ り や や 小 さ い。 魏 代 の 菩 薩 像 よ り す ら り と し て い る。 衣 は 肉 体 の 線 を か く さ ず こ れ に 附 随 す る。 西 籠 は 東 寵 と 相 称 的 で、 坐 仏 が 施 無 畏 与 願 に し て、 両 脇 侍 も よ く 似 て い る。 第 2 窟 ( 田 中p1. Siren, p1.209-212. 常 盤 関 野III p.29-32) 窟 の 外 壁 面 に 彫 刻 は な い。 入 口 は 上 部 で 換 を な し、 下 部 で 方 形 を な す。 全 体 で 馬 蹄 形 を な す。 内 部 は2.42mの 正 方 形 に 近 い。 床 を 少 し ほ り さ げ る。 天 井 は 覆 斗 形 ( 裁 頭 方 錐 状 ) を な し、 高 さ は そ の 中 心 で2.57mで あ る。 こ の 様 な 天 井 は 西 域

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Kuchaに もTurfanに も あ り、 又 敦 煙 に も 多 い。 恐 ら く 西 方 か ら 伝 つ た の で あ ろ う。 北 の 奥 壁、 東 西 の 側 壁 に 各 々 一 寵、 都 合 三 壁 三 籠 を つ く る。 奥 壁 の 寵 は 方 形 の 上 と 両 脇 に 垂 幕 を し ぼ り、 そ の 上 に 鱗 形 垂 飾 な ど、 更 に 上 に 花 辮 状 と 円 形 を あ ら わ す。 左 右 側 壁 は 尖 供 寵 で あ つ て、 供 端 に は パ ル メ ッ ト を あ し ら つ た 龍 頭 が 鮮 か に の こ つ て い る。 形 は イ ン ド の マ カ ラ を 思 わ せ る が、 無 関 係 か も 知 れ な い。 撲 を 支 え る 柱 は 第 1 窟 で の 様 に 八 角 柱 で な く 方 柱 で あ る。 奥 の 寵 に は 須 弥 座 上 に 坐 す る 仏、 寵 の 外 の 左 右 に 両 菩 薩 立 像、 東 寵 内 に は 仏 並 脚 碕 像 を 挾 ん で 両 菩 薩 立 像、 西 寵 内 に も 並 脚 碕 像 の み が あ つ て、 脇 侍 は 寵 外 の 左 右 に あ る。 中 央 の 仏 は 須 弥 座 に 坐 し、 か な り 複 雑 な も か け 座 を 示 す。 両 側 壁 の 碕 像 も 様 式 は 同 じ で あ る。 碕 像 は 共 に ひ く い 蓮 花 座 の 上 に 脚 を の せ、 右 手 施 無 畏、 左 手 与 願 で あ る。 頭 と 顔 は 第 1 窟 の 諸 像 と 殆 ん ど 同 じ で あ る。 た だ 肉 髪 は こ の 方 が 少 し 高 い。 顔 の 輪 廓 は 同 じ で あ る。 眉 は 隆 起 し、 耳 長 く、 眼 は 伏 し 眼 で 中 だ る み を 見 せ、 あ ご に く び れ が あ る な ど、 い ず れ も グ プ タ の 影 響 と 見 て よ い。 し か し 仏 衣 は 第 1 窟 の 諸 仏 よ り も 厚 い 中 国 風 の 衣 で あ る。 殊 に え り が 高 く、 も か け 座 で あ る の は 東 西 魏 時 代 の 様 式 で あ る。 か け 裳 の 類 例 を 求 め る と、 大 村 氏 ﹁ 支 那 美 術 史 彫 塑 篇 第 六 〇 〇 図 やSiren, Chinese p1.173 切 な ど よ く 似 て い る。 前 者 は 東 西 魏 時 代 の も の と 見 ら れ、 又 後 者 は 東 魏 武 定 二 年 (544)の も の で あ る。 両 側 壁 の 碕 像 の 衣 も あ つ く、 又 そ の す そ が 少 し 左 右 に 突 出 す る の は 古 い 龍 門 式 仏 衣 の 名 残 で あ る。 又 菩 薩 像 は 髪 が 蕨 手 を な し て 肩 に 垂 れ、 下 裳 の さ き が 左 右 に ひ ろ が り、 か な り 厚 い 階 段 状 の ひ だ を 示 し、 又 細 長 い 肩 掛 が 下 腹 部 で 交 わ る。 腕 か ら 垂 れ る 肩 掛 ( 領 巾 ) が い く 分 両 方 に ひ ろ が る 傾 向 が あ る の は 古 い 様 式 の 名 残 で あ る。 こ の 様 な 古 い 様 式 は 山 西 省 で は 山 東 省 よ り も 後 ま で の こ つ た 様 で あ る。 し か し 尖 頂 楕 円 形 お よ び 宝 珠 形 光 背 に は 何 ら 彫 刻 的 装 飾 は な い。 こ れ が 既 に 北 斉 風 で あ る。 第 2 窟 の 諸 像 は 第 1 窟 の 諸 仏 よ り も い く 分 古 い 様 式 を 伝 え て い る。 し か し 年 代 的 に ど れ だ け ち が う か は 問 題 で あ る。 こ れ ら の 菩 薩 に や や 似 た 像 を 求 め る と す れ ば、 崇 山 少 林 寺 の 仏 三 尊 (Siren, Ibid p1.238)が あ る。 こ れ は 様 式 は や や 古 い も の を 残 し て い る が、 天 保 八 年 (557)の も の で あ る。 こ れ に よ り 第 2 窟 を 六 世 紀 の 中 頃 ( 北 斉 初 ) と 見 て よ い の で あ ろ う。 天 龍 山 石 窟

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-5-密 教 文 化 小 野 玄 妙 博 士 に よ る と ( 仏 教 学 雑 誌III 5 天 龍 山 石 窟 造 像 放 )、 こ の 窟 に 紀 年 銘 が あ つ て、 そ れ は 北 斉 文 宣 帝 天 保 二 年 (551)で あ る。 三 つ の 仏 寵 の 左 右 の 上 方 に 小 仏 列 坐 像 が あ る。 通 肩 で 定 印 を 結 ぶ 千 仏 像 で あ る。 こ の 窟 の 南 壁 即 ち 入 口 内 の 左 右 壁 に 比 丘 像 の 薄 浮 彫 が あ る。 斜 横 顔 を 見 せ る。 東 の は 香 盒 を も ち、 衣 の は し が 尖 り、 ひ だ の 線 が 斜 に 轡 曲 す る が、 西 の は 香 炉 を さ さ げ、 木 ぐ つ を は く。 そ の 衣 の ひ だ は 全 く 垂 直 な 平 行 線 を な す。 そ の 時 は 極 め て 浅 く 絵 画 的 で あ り、 す が す が し い。 し か し 顔 は 平 板 ど こ ろ で な く、 筋 肉 の も り 上 り が 微 妙 に 暗 示 さ れ て い る。 共 に 無 文 の 円 頭 光 を も つ か ら 羅 漢 で あ ろ う。 一 対 と し て よ く 現 わ さ れ る も の で、 多 分 東 が 阿 難、 西 が 迦 葉 で あ ろ う。 東 壁 の 東 端 の 中 程 に か な り 龍 門 風 の 維 摩 像 が 浮 彫 ら れ る。 居 士 は 円 い 天 蓋 の 下 に あ る。 こ れ に 対 す る 文 殊 像 は 見 え な い。 そ の 下 に 二 人 の 供 養 者 の 像 が あ る。 天 井-天 井 は 覆 斗 形 を な す。 そ の 頂 上 の 方 形 部 に は 十 六 葉 の 蓮 花 を あ ら わ し、 そ の 下 の 四 つ の 梯 形 斜 面 に 各 々 一 人 の 飛 天 を あ ら わ す。 飛 天 は 両 膝 を 立 て て 上 体 を 支 え る 時 の 様 に し 細 く 尖 る 天 衣 を 風 に な び か せ、 供 物 を さ さ げ、 霊 芝 雲 に の つ て 飛 ぶ。 又 壁 面 の す き 間 は 小 さ い 蓮 花、 四 辮 花、 宝 珠 な ど で う ず め る。 そ の 彫 は 浅 い け れ ど も、 す が す が し い 印 象 を 与 え る。 以 上 に 見 た 通 り、 こ の 第 2 窟 は い く ぶ ん 北 魏 風 を の こ し な が ら、 し か も 殆 ん ど 之 を 脱 却 し、 次 の 時 代 に 足 を ふ み 入 れ た 気 分 が た だ よ つ て い て、 す べ て が 簡 素 で あ る。 東 魏 と 北 斉 の 過 渡 的 な 様 相 と 見 る こ と が 出 来 よ う。 い い か え る と、 北 斉 初 頭 と い つ て よ い の で あ る。 第 3 窟 ( 田 中p1.17-25,Siren, P1213-219 常 盤 ・ 関 野IIIp1.33-37) 第 3 窟 入 口 上 部 は 尖 撲 を な す。 高 さ1.50m 窟 内 約2.40m 平 方。 第 2 窟 と 同 じ 形 式 で あ る。 床 は 壁 際 か ら0.21mお い て 少 し 掘 り 下 げ、 天 井 は 第 2 窟 と 同 じ く 覆 斗 形 で あ り、 又 三 壁 三 籠 で あ る。 仏 籠 の 形 式 も 第 2 窟 の そ れ に 等 し い し、 仏 菩 薩 像 の 様 式 も 全 く 同 じ い。 の み な ら ず、 北 籠 が 仏 坐 像 と 両 脇 侍 東 籠 西 は 仏 椅 像 と 両 脇 侍 の 三 尊 像 で あ る こ と も 同 じ で あ る。 仏 衣 の ひ だ も 全 く 同 一 作 者 の 作 で あ る 程 に よ く 似 て い る。 だ ら 第 3 窟 は 第 2 窟 と 一 対 の 窟 で あ る。 強 い て 相 違 を 求 め る こ か と、 脇 侍 菩 薩 が か す か に 腰 を ひ ね る の が イ ン ド 風 で あ る

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と、 北 寵 に 垂 幕 な く、 単 に 尖 供 寵 で あ る こ と、 仏 寵 間 に 千 仏 像 が な い こ と な ど で あ る。 菩 薩 の 手 は 多 く 破 損 し て い る。 第 3 窟 北 壁 の 左 脇 侍 は 左 手 に ハ ー ト 形 の も の を も ち、 東 寵 左 脇 侍 は 合 掌 し、 西 寵 右 脇 侍 は 右 手 に 水 瓶 を も つ。 北 壁 の 仏 寵 の 左 右 に 両 比 丘 像 が あ る。 向 つ て 左 即 ち 西 の 若 い 阿 難 は 袋 を も ち、 右 即 ち 東 の 迦 葉 は 柄 香 炉 を も つ て 本 尊 の 方 に 向 く。 共 に 木 ぐ つ を は い て い る。 第 2 窟 の 比 丘 像 の 顔 面 に 見 ら れ た 微 妙 な 凹 凸 は な い。 東 籠 の 北 側 と 西 寵 の 北 側 に は 籠 内 の 仏 に 対 し て 腰 を 屈 め て 合 掌 礼 拝 す る 人 物 が あ る。 通 常 の 長 袖 の 上 衣 を つ け ず、 裳 と 肩 掛 を ま と つ て い る。 肩 掛 に 陰 刻 線、 裳 に 階 段 状 の 線 を 以 て ひ だ を 現 わ す。 又 東 寵 の 南 側 と 西 寵 の 南 側 に い ず れ も 樹 下 静 観 の 菩 薩 像 が あ り、 そ の 下 に 夫 々 維 摩 文 殊 対 問 像 が あ る。 維 摩 は カ ー テ ン を し ぼ り 上 げ た 室 内 に 塵 尾 を も つ て 坐 し、 文 殊 は 天 蓋 の 下 の か な り 複 雑 な も か け 座 に 坐 す る。 そ の 彫 は 浅 い が、 ひ だ は 北 魏 後 期 風 の 複 雑 さ を 示 し て い る。 こ れ ら の 両 像 の 下 に、 中 国 服 に 帽 子 を か ぶ り、 蓮 花 の つ ぼ み を も つ て 立 つ 供 養 者 像 夫 々 三 人 と 二 人 を あ ら わ す。 南 壁 即 ち 入 口 内 の 左 右 壁 面 下 方 に も 供 養 者 像 を あ ら わ す が、 磨 滅 甚 し く 識 別 に 苦 し む。 天 井 は 第 2 窟 と 同 様 覆 斗 形 で、 頂 上 の 方 形 区 劃 内 に 十 六 葉 の 蓮 花 を 配 し、 そ の 下 の 斜 面 に 各 々 一 人 の 飛 天 が 鉢 に 供 物 を さ さ げ て 飛 ぶ の を あ ら わ す。 霊 芝 雲 は 湧 き 上 り、 天 衣 は 風 に は た め く。 彫 は あ さ い が 何 と も い え ず 清 ら か で 簡 素 で あ る。 飛 天 は 北 魏 後 期 の 飛 天 に 見 ら れ る 様 に、 両 膝 を 地 に つ け て 上 体 を 支 え る 時 と 同 じ 姿 勢 を し な が ら 飛 ぶ。 飛 行 の 姿 勢 と し て は 不 自 然 で あ る。 こ れ が こ の 時 代 の 飛 天 の 姿 勢 と し て 普 通 で あ る。 又 下 方 の 両 端 に 一 つ ず つ の 蓮 花 を 配 す る。 飛 天 の 四 肢 の 恰 好 も 第 2 窟 の そ れ ら と 同 じ で あ る か ら、 一 方 が 他 方 を ま ね た の で あ ろ う。 多 分 第 3 窟 が 第 2 窟 を ま ね た と 思 わ れ る。 要 す る に 第 3 窟 は 第 2 窟 と 一 対 で あ つ て、 同 じ 形 式 で ほ ぼ 同 時 に つ く ら れ た で あ ろ う。 つ き つ め れ ば、 そ の 開 さ く 年 代 は 六 世 紀 の 中 頃 と 見 て よ い。 果 せ る か な 碑 銘 に よ る、 と 第 3 窟 は 第 2 窟 と 同 じ く 北 斉 文 宣 帝 天 保 二 年 (551)で あ る と い わ れ る。 ( 小 野、 博 士 前 引 論 文 )。 第 3 窟 と 第 4 窟 の 中 間 ( 田 中p1.26常 盤 ・ 関 野p1.38) 第 3 窟 と 第 4 窟 の 中 間 の 壁 面 に 上 下 二 列 の 小 籠 列 が あ る。 上 列 は 高 さ30cm位 の 小 寵 7 個 よ り 成 り、 各 籠 に 一 坐 仏 が あ り、 中 央 の だ け 碕 仏 で あ る。 東 端 の は 施 無 畏 印、 多 く は 定 印 天 龍 山 石 窟

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密 教 文 化 を 結 ぶ。 下 列 は や や 大 き い 三 籠 よ り 成 る。 各 籠 に 坐 仏 を 中 心 と す る 三 尊 が あ る。 中 央 寵 は 八 角 柱 二 本 で 支 え ら れ る。 左 寵 で は 三 尊 は 一 茎 三 花 の 蓮 花 を ふ み、 右 寵 の 前 に は 香 炉 双 獅 子、 脆 坐 礼 拝 者 が あ る。 第 4 窟 ( 田 中 p l.27-30;Siren,p1.485-486常 盤 ・ 関 野III p1.39 第 4 窟 は 小 窟 で、 入 口 は 高 さ1.15mの 換 形 を な す。 窟 内 は 方 約1.40m、 床 を20cm掘 り 下 げ、 三 面 は 三 日 月 形 に 轡 曲 す る。 天 井 の 高 さ1.90m、 三 壁 に ひ く い 宝 壇 が つ く ら れ、 そ の 上 に 蓮 花 座 又 は 須 弥 座 が あ つ て、 諸 尊 が の る。 仏 寵 は 北 壁 に 名 残 を と ど め る が、 側 壁 に は な い 様 で あ る。 仏 寵 が 衰 退 し て 宝 壇 が 発 達 し た 時 代 の も の で あ る。 北 壁-北 壁 に は 須 弥 座 に 降 魔 印 を す る 仏 坐 像 と 蓮 花 座 に 立 つ 脇 侍 比 丘 像 を あ ら わ す。 こ の 三 尊 は 何 の 装 飾 も な い 仏 籠 内 に あ る。 仏 像 の 楕 円 身 光 と 宝 珠 形 頭 光 に 何 ら の 装 飾 も な い。 両 比 丘 は 円 頭 光 を 負 つ て い る。 比 丘 の 頭 部 は 破 壊 さ れ て い る。 仏 の 頭 部 と 肉 髪 に 大 き な 渦 巻 が あ る。 眼 は 切 長 で 口 は 小 さ い。 耳 長 く あ ご に く び れ の 線 が あ り、 喉 に 三 道 が あ る。 髪 の 渦 巻 は ガ ン ダ ー ラ 派 の 交 代 短 波 型 の、 西 域 で 発 達 し た 頭 部 正 面 の 渦 巻 を、 他 の 部 分 に も お し ひ ろ め た も の で あ つ て、 こ れ は 中 国 独 自 の 変 貌 で あ る。 そ の 他 は 大 体 グ プ タ 風 の 顔 貌 に な ら つ た も の で あ る。 最 も 明 ら か な の は 喉 の 三 道 で あ る。 次 に 仏 衣 は へ ん だ ん で あ る。 し か も そ の へ ん だ ん は 中 国 式 で な く、 イ ン ド 風 の 真 の へ ん だ ん で あ る。 即 ち 右 肩 は 全 く 露 わ で あ る。 衣 が う す く、 ひ だ が 細 い 隆 起 線 で あ る の は グ プ タ 風 で あ つ て、 こ こ に 新 た な イ ン ド か ら の 刺 戟 の 痕 跡 が 見 え る。 衣 端 は 台 座 の 上 半 部 を 蔽 う が、 も は や 左 右 に 開 か な い で 自 然 に 垂 れ る。 菩 薩 の 衣 も 仏 衣 と 同 じ く う す く て、 ひ だ は 隆 起 し て い る 様 で あ る。 右 脇 侍 は ぐ つ と そ り 身 に な り、 左 脇 侍 は ま つ す ぐ に 立 つ。 東 壁-東 壁 は 仏 碕 像 と 両 菩 薩 の 三 尊 で あ る が、 右 脇 侍 は 殆 ん ど 崩 壊 し た。 中 尊 は ぬ れ た 衣 の 様 に、 す か し て 身 体 の 輪 廓 が 見 え る 様 な 感 能 的 な ほ り 方 で あ る。 こ れ は 唐 代 初 期 の イ ン ド か ら の 新 た な 影 響 と 思 わ れ る。 右 手 は 施 無 畏、 左 手 与 願 の 様 で あ る。 肉 髪 と 頭 部 は 以 前 か ら あ る ガ ン ダ ー ラ 流 の 交 代 短 波 型 で あ る が、 正 面 の う ず 巻 は 巴 文 の 様 に 幅 広 く、 そ の 左 右 の 短 波 も ひ ろ い。 顔 は 丸 顔 で あ る。 眉 は ガ ン ダ ー ラ と ち が つ て、 グ プ タ 風 に 隆 起 し、 そ の 曲 線 は 八 字 を さ か さ ま に し た 様 で あ る。 こ れ は 明 ら か に グ プ タ 風 で あ る。 眼 は 伏 し 眼 で 上 瞼

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あ つ く 下 瞼 せ ま い グ プ タ の 眼 を ま ね て い る。 鼻 翼 が か な り 張 る。 頬 が 豊 か で あ ご に く び れ が あ り、 喉 に 三 道 が あ る な ど み な グ プ タ 風 で あ る。 し か し 衣 は 中 国 風 に 両 肩 を 蔽 い 胸 を 見 せ て い る。 衣 は う す く、 ひ だ は 低 い が 隆 起 し 又 陰 刻 線 も 併 用 す る。 衣 は 座 具 の 前 面 に 垂 れ 下 る。 左 脇 侍 も 丸 顔 で あ る。 顔 貌 は 仏 に 同 じ。 リ ボ ン と 細 い 肩 掛 は 非 常 に や わ ら か に の び る。 そ れ は 両 腕 を つ た つ て 長 く 垂 れ、 別 の 端 は 足 の 近 く ま で 垂 れ る。 そ こ に 一 種 の リ ズ ム が 生 れ る。 腰 を く ね ら せ る の は 中 イ ン ド の 影 響 で あ る。 右 脇 侍 は 腰 以 下 が わ ず か に の こ る。 そ れ と 同 じ 恰 好 の 菩 薩 が 西 壁 の 北 の は し に の こ つ て い る。 西 壁-西 壁 の 北 端 は 七 成 蓮 花 座 の 上 に 胡 坐 し て 上 体 を 少 し 左 に 傾 け る 菩 薩 で あ る。 感 能 的 な ほ り 方 で あ る。 胸 か ら 腹 へ か け て 急 に 細 く な る の も イ ン ド 風 で あ る。 総 じ て 姿 態 お よ び 蜷 作 が 甚 だ 中 イ ン ド グ プ タ 風 で あ る。 そ の 南 に 菩 薩 立 像 が あ る が、 首 が か け て い る。 第 4 窟 の 諸 尊 が イ ン ド の グ プ タ 様 式 を う け て い る 事 は 疑 な い。 第 5 窟 ( 田 中 p1.31) 第 5 窟 は 幅1.44m 高 さ1.36mの 小 窟 で あ る。 仏 坐 像 と 両 菩 薩 坐 像 の 三 尊 で あ り、 共 に 高 い 台 座 の 上 に 坐 す。 頭 部 肉 髪 は ガ ン ダ ー ラ 式 交 代 短 波 型 で あ り、 顔 は ガ ン ダ ー ラ 風 に ひ き し ま つ た も の で、 比 較 す れ ば 龍 門 恵 簡 洞 の 仏 像 (673)に 近 い。 喉 に 明 ら か な 三 道 が あ り、 通 肩 の 衣 は う す く 身 体 に 密 著 し、 ひ だ は マ ト ゥ ラ の グ プ タ 仏 の 様 に ほ そ い 隆 起 線 か ら 成 る。 定 印 を な す。 右 脇 侍 菩 薩 坐 像 は 肩 幅 広 く 胸 あ つ く、 腹 ほ そ く、 イ ン ド 式 の 高 い 宝 讐 を な し、 顔 は 重 厚 で 喉 の 三 道 は ふ く れ、 全 体 と し て イ ン ド の 七 世 紀 頃 の 尊 像 を 模 し た 事 は 疑 な い。 グ プ タ 風 は 勿 論 グ プ タ 風 だ が、 純 正 グ プ タ で な く、 そ れ よ り お そ い 型 で あ る。 こ れ に 近 い も の を 求 め る と す れ ば、 龍 門 東 山 揺 鼓 台 中 洞 の 仏 像 で あ る。 SirenはChinese Sculptureに お い て 天 龍 山 の 唐 代 彫 刻 が700-710又710-720に つ く ら れ た と 見 る。 そ の う ち 第 4、 5、 6、 14 窟 を 早 く 見、 17、 19、 20 窟 の も の を お そ く 見 る。 水 野 清 一 氏 も 大 体 之 に 同 意 し ( 仏 教 芸 術 ﹂ 9 号、 唐 代 の 仏 像 彫 刻 ) 第 5 窟 を 8 世 紀 初 頃 に 第 4 窟 を そ れ よ り や や 後 に 見 る。 山 本 は 前 記 の 通 り、 第 5 窟 の 仏 像 が 龍 門 恵 簡 洞 の 本 尊 に 近 く、 又 菩 薩 が 龍 門 揺 鼓 台 中 洞 の 仏 像 に 非 常 に 似 た イ ン 天 龍 山 石 窟

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-9-密 教 文 化 ド 式 で あ る の で、 こ れ を 7 世 紀 末 と 見 た い。 そ し て 第 4 窟 は 第 5 窟 よ り も 少 し 進 ん で い る の で、 8 世 紀 初 頭 に 当 て た い と 思 う。 上 層 諸 窟 ( 田 中p1.1) 上 層 第 1 窟-第 2 窟 か ら 第 5 窟 ま で の 窟 列 の 上 方 に 四 つ の 窟 が あ る。 右 か ら 左 へ 番 号 を つ け る。 上 層 第 1 窟 は 第 2 窟 の 上 に あ た り、 幅7.70mの 窟 で あ る。 外 面 に 一 本 の 方 柱 が あ り、 内 側 は 三 つ に 仕 切 ら れ、 又 壁 に 棚 が あ る。 上 層 第 2 窟-上 層 第 1 窟 の 北 壁 に あ る。 天 蓋 と 帷 幕 を 絞 つ た 形 を あ ら わ す 寵 で あ つ て、 も と 三 尊 仏 が あ つ た が、 今 は な い。 中 尊 の 台 座 と 胴 体 が の こ つ て い る。 薄 衣 の ひ だ は 初 唐 頃 の 作 た る こ と を 示 す と い う。 上 層 第 3 窟-ア ー チ 形 の 入 口 の つ い た 窟 で、 内 部 は 方2.11 日 天 井 の 高 さ2.42mで あ る。 三 壁 に 棋 籠 が あ る。 仏 菩 薩 像 は 持 去 ら れ て、 台 座 と 光 背 の み が の こ る。 こ れ は 唐 代 の す ぐ れ た 作 で あ つ た。 中 に も 半 蜘 坐 の 菩 薩 は ふ く よ か な 柔 肌 に 薄 衣 を ま と い、 台 坐 の 細 密 な 彫 刻 に 時 代 の 作 柄 を 見 せ て い る。 上 層 第 4 窟-上 層 第 3 窟 か ら 孔 道 に よ つ て 通 ず る。 東 西 南 北 壁 は 幅2.10-2.4m 天 井 の 高 さ は 中 心 で2.12m、壁 際 で 1.5m、彫 刻 は な く、 四 壁 に 小 仏 画 を 描 く。 以 上 で 上 層 四 窟 を お え る。 も と の 下 層 に も ど る。 第 6 窟 ( 田 中 p l.32,33 p1.487,488; 常 盤 ・ 関 野IIIp1.39(2)40) 第 6 窟 は 第 5 窟 の 西 に あ る。 入 口 の 外 の 左 右 の 高 さ1 m の 金 剛 力 士 像 が あ る。 右 手 を あ げ、 左 手 を 下 げ、 腰 を く ね ら せ 脚 を ひ ら い て ふ ん ば る。 口 を ひ ら き 胸 や 頸 の 筋 肉 を 硬 ば ら せ て い る。 そ れ に 伴 い、 腰 衣 は 風 に 吹 か れ る か の 様 に 右 に 靡 き、 う す い 肩 掛 は 両 肩 か ら 頸 の 後 に ま わ つ て 環 を つ く る。 こ れ は 唐 代 の 金 剛 力 士 の 力 を 誇 示 す る 型 で あ つ て、 細 部 が み な 誇 張 的 で あ る。 こ れ ら の 金 剛 力 士 は 龍 門 奉 先 寺 の 金 剛 力 士 像 (67 -675 年 ) (Siren,Chinese p1.457)ほ ど の 迫 力 は な い が、 あ れ よ り 円 熟 し た 感 じ で、 す ら り と し て い る。 こ れ を 房 山 雲 居 寺 北 塔 の ま わ り の 四 小 石 塔 の 金 剛 力 士 (711-727) (Sorem 同 書p1.535-537)に 比 し て も 見 劣 り す る ど こ ろ か、 迫 力 は そ れ ら を 凌 ぐ。 短 い ド ホ ー テ ィ ー を つ け 上 半 身 裸 体 と い う こ と は 最 も よ くVajrapani金 剛 手 の イ ン ド 的 観 念 に 合 致 す る も の で あ る。 武 器 を も た な い 代 り に 筋 肉 が 誇 張 さ れ る。 顔 面 も 異 常 に 緊 張 さ せ て い る が、 風 蝕 を う け て 細 部 を 失 つ た。

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窟 の 入 口 は 棋 を な し、 そ の 上 に 尖 撲 額 が つ い て い る。 内 部 は 方 約1.30mあ ま り。 三 壁 を 半 円 形 に ほ り く ぼ め、 仏 寵 の 名 残 を と ど め て い る。 天 井 の 高 さ1.76m。天 井 は や や 円 天 井 を な す。 仏 像 の 保 存 は 悪 い。 北 壁 の 尖 棋 籠 内 に も と 仏 坐 像 ど 両 比 丘 像 の 三 尊 が あ つ た が、 み な 大 破 し て い る。 東 壁 の 中 尊 は 仏 坐 像、 そ の 北 に 七 成 蓮 花 座 に 坐 す る 菩 薩 が あ る。 そ の 坐 法 は 結 跡 跣 坐 で な く て 胡 坐 で あ る。 そ の 右 隣 の 菩 薩 立 像 は 破 損 し て い る。 又 西 壁 に 仏 碕 像 と 左 右 両 菩 薩 が あ る が、 ほ ぼ 崩 壊 し て い る。 こ の 窟 で や や 完 全 に の こ つ て い る の は 今 の べ た 胡 坐 菩 薩 像 で あ る。 そ れ は 前 に の べ た 第 4 窟 西 壁 の 菩 薩 と 瓜 二 つ で あ る。 即 ち ふ と つ た 円 顔、 ふ く れ た 喉 の 三 道、 う す い 衣 文、 頭 か ら 垂 れ 下 る 長 い リ ボ ン お よ び 肩 掛、 唐 草 文 の よ う ら く な ど み な 同 じ で あ る。 こ れ は 同 一 人 又 は 同 一 家 の 人 々 が つ く つ た も の で あ ろ う。 光 背 は 楕 円 身 光 と 宝 珠 形 頭 光 よ り 成 る。 保 存 は 第 4 窟 の 菩 薩 よ り よ い。 年 代 に つ い て は、 第 4 窟 で の べ た こ と が そ の ま ま あ て は ま る。 即 ち こ の 第 6 窟 の 造 営 を 8 世 紀 初 頭 と 見 て よ い で あ ろ う。 尚、 田 中 俊 逸 氏 の 言 を 信 ず る と す れ ば、 こ の 窟 の 諸 像 は 前 の 第 4 窟 お よ び 上 層 諸 窟 の 小 仏 像 と 形 式、 刀 法 を 同 じ く し、 同 時 代 同 一 流 派 の 巧 入 に よ つ て つ く ら れ た 感 じ が す る と い つ て い る か ら、 上 層 諸 窟 の 小 仏 像 も ま た 8 世 紀 初 頭 と 見 て よ い の で あ ろ う。 第 7 窟 (Sien, p1.489) 第 7 窟 は 小 窟 で あ る。 入 口 の 幅70cm、高 さ 約 1 m、 内 部 も 小 さ く 天 井 の 高 さ 僅 か に1.21m、 北 壁 に 降 魔 印 の 仏 坐 像 を 中 心 に 両 比 丘 像 が あ る。 東 壁 の 菩 薩 は 全 く 風 化 し 去 つ た。 西 壁 の 菩 薩 は 高 さ45 c m、 頭 を 梢 斜 に 傾 け る。 こ の 窟 の 図 版 は 田 中 氏 の ﹁ 天 龍 山 石 窟 ﹂ に な い が、Sirenに 一 葉 あ る。 円 く 肥 つ た 仏 像 の 髪、 顔、 衣 文、 二 重 光 背、 や や そ り 身 の 比 丘 立 像 な ど 既 に 見 た 第 4 窟 の 三 尊 像 と 全 く 同 一 様 式 で あ る。 時 代 も 同 じ で あ る こ と は 疑 な い。 だ か ら 恐 ら く 8 世 紀 の は じ め 頃 と 見 て よ い で あ ろ う。 第 8 窟 ( 田 中p1.34-38;Siren,p1 293-299 常 盤 ・ 関 野IIIp1.40(2)-42) 第 8 窟 は 第 1 窟 の 如 く、 前 面 に 前 廊 が あ る。 間 口 約4.5m 二 本 の 円 柱 が 三 斗 を 支 え て、 斗 棋 間 に 叉 手 束 が あ り、 そ れ で 軒 を う け て い る。 柱 が 第 1 窟 の 様 に 八 角 柱 で な く 円 柱 で あ る の が ち が つ て い る。 柱 二 本 で 前 面 が 三 問 と な る。 左 の 柱 は 殆 ん ど 折 れ て し ま つ て 上 端 の み の こ つ て い る。 柱 の 下 に 蓮 花 柱 天 龍 山 石 窟

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-11-密 教 文 化 礎 が い た く 風 化 し た。 前 廊 の 東 端 の 岩 壁 に 彫 ら れ た 碑 に 圃 甲 辰 季 ﹂ と い う 紀 年 銘 あ り。 彫 像 が 階 代 で あ る か ら 階 代 で さ が す と、 甲 辰 年 は 開 皇 四 年 (584)以 外 に な い。 関 野 氏 や 田 中 氏 は そ う 考 え た。 次 に 見 る 尊 像 の 様 式 は こ れ に 合 致 す る 様 で あ る か ら こ の 説 は 是 認 出 来 る。 こ の 碑 の 北 に 門 神 又 は 武 神 が 立 つ て い る。 ど こ か ら か 持 つ て 来 た も の か。 薬 叉 の よ う な い か め し い 顔 を し て 宝 冠 を か ぶ り、 頸 の 筋 肉 を 緊 張 さ せ 左 手 を 握 る。 固 形 の よ う ら く を つ け 肩 掛 を ま と う。 要 す る に 薬 叉 に 装 身 具 を つ け た も の で あ る。 入 口 の 両 側 に 高 さ 2 m あ ま り の 金 剛 力 士 像 が あ り。 こ れ も 薬 叉 の タ イ プ に イ ン ド 式 装 身 具 を つ け さ せ た も の で あ る。 内 側 の 手 を 胸 ま で あ げ、 外 側 の 手 に 金 剛 杵 を も つ て い る。 肩 掛 は 割 に あ つ い。 第 6 窟 の 金 剛 力 士 の 様 に 力 を 誇 示 す る こ と な く、 す な お で あ る。 し か し 窟 内 の 菩 薩 像 や 比 丘 像 に 比 べ る と、 顔 を 斜 横 に 向 け て い る だ け に 動 き が あ る。 前 廊 西 端 の 壁 に 小 尖 棋 籠 が あ る。 入 口 は 尖 撲 寵 で、 そ の 換 額 は ひ ろ く、 両 側 で 円 柱 を も つ て 支 え る。 円 い 柱 頭 上 に 鳳 鳳 が の つ て い る。 柱 身 の 先 端 に は 蓮 辮 か ら 変 化 し た 布 状 の も の を ま き つ け、 柱 の 下 に は 各 々 前 を 向 く 獅 子 が う ず く ま る。 こ の 入 口 の 意 匠 を 第 1 窟 の そ れ と 比 較 し よ う。 第 1 窟 で は 柱 身 が 八 角 形、 蓮 花 辮 を ま き、 系 統 を 同 じ く す る。 獅 子 が な い の が ち が つ て い る。 室 内 は 幅4.40 4.90m奥 行4.40m、天 井 高 さ3m、室 内 に 方2 m た ら ず の 方 柱 が あ る。 方 柱 の 四 面 と、 そ れ を か こ む 四 つ の 周 壁 と に 仏 寵 を つ く る。 方 柱 は 上 部 で ジ ョ ウ ゴ 状 を な し、 窟 の 天 井 と 合 す る 点 で 剣 先 を な す。 方 柱 は 西 域 諸 窟 の 形 式 を う け た も の で、 こ の 時 代 以 前 に 敦 煙 や 雲 岡 の 石 窟 に も 認 め ら れ る。 方 柱 の 四 面 の 仏 籠 に は 各 々 蓮 花 上 に 跣 坐 す る 仏 像 お よ び そ の 左 右 に 両 比 丘 像 を 刻 し、 像 の 上 部 と 左 右 に 垂 幕 を 絞 り 上 げ た 状 を 作 り 出 す。 窟 の 奥 壁 と 左 右 壁 即 ち 北 壁 と 東 西 壁 の 仏 寵 は 尖 棋 籠 で あ り、 換 端 に 鳳 鳳 を あ ら わ し、 金 欄 巻 と い う 柱 頭 装 飾 が あ る。 寵 の 両 側 に 両 比 丘 と 両 菩 薩 を 作 り、 本 尊 と で 五 尊 像 を な す。 北 壁-仏 寵 内 に 仏 坐 像 が あ る が、 肢 体 及 び 台 座 土 に む け 落 ち て い る。 顔 面 は 幸 に 保 存 が よ い。 髪 の 毛 が な く、 肉 髪 は 失 な わ れ た。 耳 は 非 常 に 細 長 い。 顔 は や や 下 を 向 き 伏 し 眼 で あ る。 眉 は 少 し 隆 起 す る。 顔 は ふ つ く ら し な が ら 肉 感 的 で な く 端 麗 で あ る。 こ の 顔 は 開 元 三 年 の 仏 坐 像 (Siren, p1.306)の 顔 に よ く 似 て い る。 仏 の 右 に 天 像 を 安 置 す る。 も と は 他 か ら

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う つ し た も の ら し い。 寵 外 の 四 尊 の う ち 東 側 の 二 尊 は 全 く 消 滅 し、 西 側 の 比 丘 と 菩 薩 の 下 半 身 は 風 化 し、 美 し い 上 半 身 が の こ る。 比 丘 の 横 顔 は 仏 の そ れ に 近 い。 右 手 を あ げ 左 手 を 下 げ て 夫 々 何 か 円 い も の を 持 つ て い る。 菩 薩 は 首 を か し げ、 左 手 を あ げ て 何 か 円 い も の を さ さ げ て い る。 東 西 南 壁-東 壁 大 寵 の 中 尊 は 仏 坐 像 で あ る。 面 貌 は 雄 大 で あ る が、 鼻 が か け る。 寵 の 外 の 南 側 に 比 丘 像 と 菩 薩 像 が あ る。 直 立 不 動 で 硬 直 し て い る。 し か し 衣 は ま つ す ぐ 自 然 に 垂 れ、 菩 薩 の 両 脚 間 は や や く ぼ み、 下 肢 の ま る さ を 暗 示 す る。 ひ だ は 陰 刻 線 と 階 段 状 の 線 か ら 成 る。 菩 薩 の 顔 は や さ し く、 喉 は な め ら か で あ る。 比 丘 の 頸 の 筋 肉 の 隆 起 が 写 実 風 に 示 さ れ て い る。 菩 薩 の 髪 が 蕨 手 に 肩 に か か る の は 前 時 代 か ら 伝 え ら れ た 手 法 で あ る。 寵 外 の 北 側 の 壁 面 に 同 様 な 二 躯 が あ つ た が、 風 化 磨 損 し て い る。 西 壁 の 寵 に は 中 尊 坐 仏、 寵 外 の 南 北 側 に 比 丘 と 菩 薩 像 が あ る。 南 壁 即 ち 入 口 内 の 左 右 壁 面 に 霊 山 釈 迦 説 法 の 壁 画 が あ つ た 痕 跡 が 認 め ら れ る。 方 柱 四 面 の 仏 籠-方 柱 四 面 の 籠 の 上 部 は 折 た た ん だ 天 蓋 の 様 に し、 下 は 所 々 で 絞 つ た 帷 幕 を ほ る。 籠 内 は い ず れ も 中 尊 坐 像 と 両 比 丘 像 の 三 尊 で あ る。 仏 像 は 定 印、 与 願 そ の 他 の 印 を な し、 比 丘 は 若 い の と 老 人 と あ つ て、 恐 ら く 夫 々 阿 難 ・ 迦 葉 を あ ら わ す。 持 物 は 水 瓶 如 意 な ど を も ち、 又 は 手 を 胸 に あ て た り 合 堂 し た り し て い る。 東 寵 の 仏 は 須 弥 座 に 坐 し、 西 寵 と 南 籠 の 仏 は 楕 円 形 の 蓮 花 座 に 坐 す る。 本 尊 は 顔 が 四 角 形、 胴 も 四 角 形 で、 両 肩 が い か つ い。 こ け し 人 形 の 様 に は と 胸 で あ る。 肉 髪 低 く、 肉 髪 と 頭 部 に 髪 が な く、 眉 が 隆 起 し、 耳 が 長 い の は 前 か ら の 風 を う け た が、 階 式 の 一 特 徴 と し て、 あ ご が 張 り 顔 が 四 角 形 で あ る の が 力 強 い。 長 い 頸 に 線 が な い。 衣 は 北 魏 末 の 羽 織 式 で、 内 衣 の 帯 が 見 え る ( 東 籠 ) の と、 見 え な い ( 南 寵 ) の と、 イ ン ド 式 へ ん だ ん ( 西 籠 ) と あ る が、 さ す が に 衣 は う す い。 ひ だ は 上 体 で は 数 少 い 陰 刻 線 で 示 し、 両 膝 で は 細 い ま る い 隆 起 線 で 示 す。 衣 が う す く 肉 体 の 輪 廓 が 外 か ら う か が え る の は 北 斉 時 代 に 入 つ た イ ン ド の 影 響 が の こ つ て い る か ら で あ る。 比 丘 立 像 の 衣 は 同 様 に 簡 単 で あ つ て、 ひ だ は 陰 刻 線 で 示 す。 第 9 窟 ( 田 中 p1.40-47;Siren. p1.490,491 常 盤 ・ 関 野IIIp1.43-46) 大 仏 殿 の あ る 第 9 窟 は 西 峯 の 東 端 に あ る。 石 窟 列 は 東 峯 の 天 龍 山 石 窟

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密 教 文 化 第 8 窟 か ら 谷 に よ つ て 少 し 杜 切 れ て い る。 第 9 窟 に は 三 層 木 造 建 築 を 加 え て い る。 上 層-仏 殿 内 の 上 層 に 高 さ7.27mの 大 仏 碕 像 が あ る。 後 世 の 修 補 の た め に そ の 当 初 の お も か げ を 見 る 事 が 出 来 な い の で、 古 い も の を 知 る 事 が 出 来 な い の が 残 念 で あ る。 台 座 の 総 高2.27m。須 弥 座 の 上 方 の 凹 ん で い 6 部 分 に 格 狭 間 を い く つ か つ く り、 そ こ に 天 人 奏 楽 舞 踊 の す が た を 浮 彫 る。 楽 器 に は 太 鼓、 掲 鼓、 琴 な ど が あ る。 下 の 礼 盤 に も 格 狭 間 が あ つ て、 地 板 に 鬼 面 を ほ る。 こ れ は 一 種 のKirtmukhaで あ る。 逆 立 て た 太 い 眉、 怒 つ た、 眼、 遅 し い 鼻、 堅 く 大 き く 結 ん だ 口。 下 層-下 層 に 大 き な 三 尊 が あ る。 中 尊 十 一 面 観 音 立 像 は 蓮 花 座 上 に あ る。 高 さ6.06m、重 修 の た め 当 初 の お も か げ を 失 う。 十 一 面 観 音 の 背 後 の 岩 壁 を 掘 つ て 之 を 右 邊 し 得 る 様 に し て あ る。 本 尊 の 右 に 獅 子 に の る 文 殊、 左 に 象 に の る 普 賢 が 侍 す る。 な か な か 立 派 な も の だ が、 後 世 の 補 修 を へ て い る。 文 殊 は 獅 子 の 背 の 上 の 蓮 花 座 上 に 坐 し、 右 手 を 挙 げ 左 手 を 脚 上 に お く。 獅 子 は な か な か 雄 大 で、 均 斉 も よ い。 獅 子 に つ け た 索 を ひ く の は 波 斯 匿 王 で あ る。 普 賢 は 象 背 の 蓮 花 座 に 遊 戯 坐 又 は 半 蜘 朕 坐 す る。 象 は 釣 合 が と れ、 象 を 見 た こ と の な い 中 国 人 の 作 と し て は 上 乗 の 作 で あ る。 以 上 三 尊 の 後 の 壁 面 に 蔓 状 に 叢 生 す る 蓮 茎 に つ い た 蓮 花 に 数 百 の 化 仏 が 坐 す。 田 中 氏 に よ る と 三 尊 と こ れ ら の 化 仏 は 初 唐 頃 の も の で あ ろ う と い う が、 私 に は よ く わ か ら な い。 関 野 氏 は 階 代 の も の で あ ろ う と い つ て い る。 小 野 先 生 は、 碑 銘 に よ つ て 第 9 窟 の 大 仏 は 北 斉 孝 昭 帝 の 皇 建 元 年 (560)で あ る と さ れ た。 第 10 窟 ( 田 中p1.48-50 p1.220-223. 常 盤 ・ 関 野IIIp1.47) 間 口 約3.60m、高 さ2.40m、第 1 窟 と 同 様 の 前 廊 が あ る。 前 面 に 二 本 の 八 角 柱 が 梁 を 支 え て い た の だ が、 今 は 一 本 の み の こ つ て 他 は 崩 壊 し た。 八 角 柱 の 下 に 蓮 花 柱 礎 が あ り、 柱 頭 は 蓮 花 辮 で あ る。 八 角 柱 身 と 蓮 花 は 共 に イ ン ド 的 ア イ デ ィ ア に よ る。 柱 頭 の 上 の 大 斗 と 肘 木 は 今 で は 磨 損 が 甚 だ し い。 入 口 の 左 右 に 金 剛 力 士 が 立 つ。 菩 薩 の 様 に 腰 衣 と 肩 掛 を つ け る。 肩 掛 は ひ ろ が ら ず、 ま つ す ぐ に 垂 れ る。 眼 を む き 歯 を 見 せ る が、 唐 代 の 力 士 の 如 く 筋 肉 を 誇 張 し な い。 耳 が 長 い の は 仏 菩 薩 像 の 製 作 に な れ た 作 者 の 常 套 手 法 で あ ろ う。 シ レ ン の 図 版 (P1.220)で は 武 器 は 見 え な い が、 金 剛 杵 を も つ て い た で あ ろ う。 頂 上 に 花 文 の あ る 宝 冠 を い た y く。 全 く 菩 薩 の

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様 に つ く つ て あ る が、 足 は 大 き く い か つ い。 入 口 の 頂 部 は 棋 を な す。 窟 内 は 東 西3.33m、南 北 は 崖 が 裂 け て 前 方 に は み 出 し た の で3.93mと な つ た。 天 井 の 高 さ2.42m。 三 壁 に 三 寵 が あ つ た。 し か し 北 壁 は い ま 二 仏 並 坐 像 を 安 ず る が、 近 世 の 拙 劣 な 塑 造 で あ つ て、 全 く 原 形 を 失 う。 又 東 寵 の 南 に も も と は 仏 像 が あ つ た で あ ろ う が、 今 全 く あ と か た も な い。 東 寵-東 寵 は 西 寵 と 同 様 に 二 本 の 八 角 柱 に よ つ て 支 え ら れ る 尖 供 籠 で あ る。 八 角 柱 身 を 中 程 で 蓮 辮 で 巻 き、 柱 頭 に 蓮 花 が あ り、 そ の 下 で は 布 で つ N ん だ 様 に あ ら わ す。 雲 岡 や 敦 煤 に こ れ の 先 躍 に な る 柱 頭 飾 が あ る。 蓮 辮 柱 頭 の 上 に 片 脚 で 立 つ 鳳 鳳 が あ る。 第 1 窟 内 の 仏 籠 と 同 形 式 で あ る。 中 尊 は 菩 薩 交 脚 碕 像、 そ れ に 左 右 に 両 比 丘 と 両 菩 薩 が 侍 立 す る。 交 脚 像 は 天 龍 山 で は 珍 し い。 中 尊 は 宝 冠 を い た y き、 円 顔 で あ る。 無 雑 作 な 眉 目 で あ つ て、 特 に イ ン ド 的 な 点 は 認 め ら れ な い。 肩 掛 や ド ホ ー テ ィ ー は う す い が 風 化 磨 損 し て い る。 多 分 右 手 施 無 畏 で あ つ た ろ う。 左 手 与 願 は の こ つ て い る。 両 比 丘 は 合 掌 し、 簡 素 な 衣 を ま と う。 そ れ は 肌 に つ き、 ひ だ は 細 い 陰 刻 線 数 本 に す ぎ な い。 左 右 脇 侍 菩 薩 の 横 顔 が 第 1 窟 の こ れ に 対 応 す る 菩 薩 と よ く 似 て い る。 あ ま り 時 代 の へ だ た り を 認 め る こ と は 出 来 な い。 酉 籠 -西 寵 は 坐 仏 を 中 心 と す る 両 比 丘 両 菩 薩 で あ つ た が、 北 側 は 崩 壊、 南 側 二 尊 と 中 尊 の み の こ る。 仏 は 施 無 畏 与 願 を な し、 め ず ら し く 螺 髪 で あ る。 螺 髪 は 中 国 で こ れ 以 前 に 知 ら れ な か つ た わ け で な い が、 非 常 に 少 い。 そ れ が 再 び こ N に 現 れ た の は イ ン ド か ら の 新 た な 刺 戟 に よ る も の で あ ろ う。 仏 衣 の ひ だ は 隆 起 し て い た よ う で あ る が、 浸 蝕 に よ つ て い た ん だ 。 こ の 窟 の 南 壁 の 東 西 両 端 に 被 甲 し て 三 叉 を も つ て 立 つ 神 将 像 が の こ る。 保 存 は 割 に よ い。 守 護 神 で あ る が、 あ ま り い か め し く な く て、 愛 す べ き で さ え あ る。 頭 部 に 宝 冠 を つ け、 肩 掛 が 両 肩 か ら 垂 れ て 風 に ゆ ら め き、 外 に 近 い 手 で 三 叉 を も ち 内 に 近 い 手 を 腰 に あ て る。 何 ら の 誇 張 も な く、 簡 単 率 直 で 気 持 の よ い 彫 刻 で あ る。 頭 飾、 手 腕 の 位 置、 甲 及 び 肩 掛 の 垂 れ 工 合 な ど 後 述 の 第 16 窟 前 廊 の 両 金 剛 力 士 に 近 い。 小 野 博 士 は 第 10 窟 の 諸 像 が 北 斉 孝 昭 帝 皇 建 元 年 (560)造 で あ る こ と が 碑 銘 に よ つ て 明 ら か で あ る 旨 を の べ て い る。 様 式 上 の 徴 候 は こ れ に 合 致 す る 様 で あ る。 天 龍 山 石 窟

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密 教 文 化 第 11 窟 ( 田 中P1.39,54,52) こ れ は 極 小 の 窟 で あ つ て、 僅 か 一 人 を 容 れ 得 る に す ぎ な い。 天 井 の 高 さ90cm三 壁 を 轡 曲 さ せ て 刹 り、 同 じ 高 さ の 宝 壇 を し つ ら え、 そ の 上 に 尊 像 を 彫 る。 奥 壁 の 仏 に は 左 右 に 脇 侍 比 丘 像 が あ り、 又、 右 仏 と 左 仏 の 南 側 に 各 々 一 菩 薩 立 像 を 彫 る。 奥 の 仏 は 右 脚 を 上 に し て 結 蜘 跣 坐 し、 降 魔 印 を 結 ぶ。 仏 の 左 脇 侍 ( 向 つ て 右 ) の 比 丘 は 両 手 に 数 珠 を も ち、 右 脇 侍 は 両 手 を 重 ね て 立 つ。 左 の 仏 は 半 円 形 の 台 座 上 に 左 脚 を 上 に し て 坐 し、 裳 は 座 を 蔽 つ て 垂 れ る。 仏 の 髪 は ガ ン ダ ー ラ 末 流 の 交 代 短 波 型 で あ る。 顔 は ま る 顔 で 豊 頬、 耳 長 く 喉 に 三 道 が あ る。 衣 は へ ん だ ん で あ る が、 中 国 式 へ ん だ ん で あ る。 胸 は あ つ く も り 上 る。 衣 は う す く 肉 体 に 密 著 し、 そ の ひ だ は ほ そ い 隆 起 線 を な す。 脇 侍 菩 薩 は 合 掌 し て 立 つ。 そ の 裳 も 肩 掛 も 仏 衣 の ひ だ と 同 様 で あ る。 要 す る に グ ブ タ 式 薄 衣 を つ け た 唐 代 の 尊 像 で あ る。 仏 に 楕 円 身 光 と 宝 珠 形 頭 光 が あ り、 菩 薩 に 宝 珠 形 頭 部 の み が あ る。 右 の 仏 は へ ん だ ん、 右 手 施 無 畏、 左 手 は 膝 上 に 掌 を 伏 せ た 並 脚 碕 像 で あ る。 座 の 下 辺 か ら V 字 形 の 唐 草 様 の 茎 が 生 え て、 茎 上 の 蓮 花 が 仏 の 両 足 を 受 け て い る。 脇 侍 菩 薩 は 右 肘 を 曲 げ、 掌 上 に 円 い も の を 持 ち、 左 手 を 垂 れ て 肩 掛 の は し を も つ。 上 体 を 少 し 左 に 傾 け、 頭 を 少 し 右 に 傾 け て い る の で、 微 妙 な 動 き が あ る。 こ の 様 に 身 体 を 曲 げ る こ と は 薄 衣 と 共 に イ ン ド 系 美 術 の 影 響 と 見 ね ば な ら な い。 奥 壁 と 左 右 の 仏 の 光 背 の 上 方 に、 こ れ ら を つ な ぐ 様 な 工 合 に、 尖 撲 額 を つ く り 出 し 又 左 右 の 仏 と そ の 脇 侍 の 光 背 の 上 に 三 日 月 形 の 棋 額 を つ く り 出 す の は 棋 寵 の な ご り で あ る。 こ れ ら の 仏 像 を 他 の 像 と 比 較 す る の に、 例 え ば 馬 周 の 仏 坐 像 (貞 観 十 三 年639)を と る と、 馬 周 仏 像 は 胴 や 顔 に 階 式 の 円 筒 形 が 尚 目 立 つ て い る に 反 し、 こ れ ら は も つ と 円 熟 し、 写 実 風 に な つ て い る。 し か し 衣 文 は よ く 似 た 隆 起 線 で あ る。 更 に 又、 宝 慶 寺 出 の 尊 像 に は こ れ に 似 た も の が い く つ か あ る。 即 ち 儀 鳳 三 年 造 (678)弥 陀 五 尊 像 (大 村 前 掲 書P1.777)は そ の 姿 態、 表 文、 顔 面 が こ れ ら に 似 て い る し、 開 元 十 二 年 (724) 楊 思 昂 造 椅 仏 三 尊 石 像 ( 大 村P1.790)も 似 な く も な い。 し か し 一 番 似 て い る の は 天 龍 山 第 5 窟 の 仏 菩 薩 で あ つ て、 両 者 は 同 時 頃 の 様 に 見 え る。 所 で 水 野 氏 は ﹁ 唐 代 の 仏 像 彫 刻 ﹂ ( 仏 教 芸 術 ﹂ 9 号 ) で こ の 窟 を 開 元 頃 と 見 て い る。 私 は も う 少 し 早 く

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七 世 紀 末 と 見 る 方 が よ い か と 思 う。 第 11 窟 の 西 に 小 寵 内 に 単 層 塔 婆 を 浮 彫 に し て あ つ て ( 田 中 P l.53右 端 ) 四 角 形 の 屋 舎 の 前 面 に 投 形 入 口 が あ り、 上 に 持 送 に な つ た 屋 蓋 が あ る。 そ の 上 に 露 盤、 承 花、 覆 鉢、 相 輪、 宝 珠 な ど が あ る。 第 12 窟 ( 田 中P1.39,53;Siren, P1.492.常 盤・ 関 野IIIP,1.48) 窟 前 に 外 縁 が あ り、 そ の 右 端 に 北 斉 頃 の 簡 素 な 合 掌 比 丘 像 が 立 て か け て あ る。 そ し て 窟 入 口 の 左 右 に ほ y 同 大 の 同 様 の 単 層 塔 が あ る。 四 角 形 の 初 層 に 棋 寵 を つ く り、 そ の 中 に 各 々 三 尊 像 が あ る。 殆 ん ど ひ だ は な い。 上 に 二 成 の 屋 蓋 が あ り、 そ の 上 に じ か に 大 き な 覆 鉢 が の り、 覆 鉢 の 左 右 基 部 に 大 き な 承 花 が ひ ら く。 こ の 方 が 先 の 単 層 塔 よ り 一 層 イ ン ド の 原 形 に 近 い。 窟 内 の 図 版 は な い。 だ か ら 吾 々 は そ の 内 部 の 模 様 に つ い て は 田 中 氏 の 記 述 に よ ら ね ば な ら な い。 窟 内 幅1.42m奥行1.2 1m天 井 高 さ1.70m三 方 の 壁 を ま る く 割 る。 北 壁 の 仏 坐 像 は 降 魔 印 を な し、 こ れ を 挾 ん で 両 比 丘 立 像 が あ る。 一 比 丘 は へ ん だ ん で 何 か を さ N げ、 他 は 通 肩 で あ つ て、 両 手 を 重 ね 数 珠 を と る。 東 壁 で は 方 形 台 座 に の る 中 尊 仏 坐 像 を 挾 ん で 両 脇 侍 菩 薩 が あ る。 西 壁 中 尊 は 転 法輪(j)印 を な す 仏 坐 像 で あ る。 本 尊 及 び 両 菩 薩 立 像 は 悉 く 手 と 首 を 欠 か れ、 又 北 壁 の 仏 座 に 脇 侍 の 腰 以 下 は 風 化 し て と け て い る。 各 尊 の 姿 態、 衣 裾 の 様 式 は 唐 式 た る こ と を 争 え な い と い う。 果 し て そ う で あ れ ば、 こ の 窟 は 窟 外 の 単 層 塔 よ り 後 に 開 さ く さ れ た の で あ ろ う。 隣 り の 第 11 窟 及 び 次 の 第 13 窟 を 考 え る と、 多 分 こ の 窟 は 初 唐 時 代 殊 に 武 后 治 の 世 前 半 に つ く ら れ た の で あ ろ う。 第 13 窟 ( 田 中P1.39, SirenP1.492) こ れ は 窟 と い う よ り も 寵 で あ る。 そ れ は 幅63cm奥 行30cm 高 さ75cm。 そ の 中 に 三 尊 像 が あ る。 中 尊 は 蓮 花 座 上 の 仏 坐 像。 左 手 は 定 印、 右 手 は 触 地 印 で あ る ら し い。 髪 は 波 状、 眼 は 切 長、 鼻 は か け、 唇 は か な り 大 き く、 あ ご に く び れ の 線、 喉 に 三 道 が あ る。 大 体 に お い て グ プ タ の 流 を 汲 む。 胸 は 厚 く も り あ が り、 へ ん だ ん の 衣 は ま こ と に 薄 く、 ひ だ は 細 い 隆 起 線 で あ る。 脇 侍 菩 薩 は 長 身 で 脚 部 が 長 い。 う す い ド ホ ー テ ィ ー に つ N ま れ た 下 肢 の 両 腿 間 は く ぼ ん で 裳 の う す さ を 暗 示 す る。 腰 を 少 し ひ ね つ て 左 手 で 肩 掛 を も つ の は グ プ タ 式 で あ る。 菩 薩 の 像 は ボ ス ト ン 美 術 館 の 首 な し 菩 薩 立 像 (P1.375) に 劣 ら ぬ 美 し さ を も ち、 ほ と ん ど 純 グ プ タ 式 で あ る。 又 同 書 天 龍 山 石 窟

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-17-密 教 文 化 p l.539の 鹿 野 苑 派 を お も わ せ る 菩 薩 立 像 に も 比 肩 す る。 年 代 の は つ き り し た も の と し て は 龍 門 東 山 の 揺 鼓 台 中 洞 の 諸 尊 に 近 い。 だ か ら こ れ を 則 天 武 后 の 時 代 (684-705)と 見 て よ い。 い か に も 生 々 し い イ ン ド 様 式 が 出 て い る。 こ の 仏 寵 の 東 の 岩 壁 に も つ と 小 さ い 三 つ の 仏 寵 が あ つ て、 中 に 一 尊 又 は 三 尊 を ほ る。 い ず れ も 唐 代 で あ る。 第 14 窟 ( 田 中P1.39,55-58 p1.493-496. 常 盤 ・ 関 野III,P1.49,50) 高 さ1.15mの 換 門 を 入 る。 窟 内 は 関 野 氏 と 田 中 氏 と で は 大 分 ち が う が、 ゆ つ く り し ら べ た 田 中 氏 を と る と す れ ば、 大 体 円 形 で、 直 径 約3.63m、天 井 の 高 さ 約2.12m。こ の 窟 は 他 の 窟 と ち が つ て、 奥 壁 に 一 仏 が 坐 し、 そ の 左 右 東 西 に 大 小 六 躯 の 菩 薩 が あ る。 即 ち 奥 壁 中 央 方 座 上 に 仏 が 並 脚 碕 坐 し、 そ の 左 右 に そ り 身 に な つ た 菩 薩 立 像 が あ る。 東 壁 は 半 胸 坐 の 菩 薩 像 と そ の 向 つ て 右 即 ち 入 口 に 近 い 方 に 菩 薩 立 像 が 一 体 あ り、 西 壁 は 同 様 に 半 蹴 坐 像 の 向 つ て 左 即 ち 入 口 に 近 い 方 に、 こ れ に 侍 す る 菩 薩 立 像 が あ つ て、 尊 像 は 一 仏 六 菩 薩 と な る わ け で あ る。 諸 尊 は ひ く い 宝 壇 の 上 の 台 座 に の る。 周 壁 は 中 ふ く れ に 轡 曲 し、 天 井 も 弩 薩 を な す。 天 井 が 円 い の は 西 域 地 方 の 窟 堂 に お い て 盛 に 行 な わ れ た 手 法 が 伝 え ら れ て 来 た そ の 名 残 で あ る。 天 井 の 中 心 に 簡 素 な 蓮 花 を 刻 ず る。 北 壁 -北 壁 中 尊 の 仏 碕 像 は 両 脚 両 前 腕 な ど を 失 う が、 頭 部 顔 面 は の こ る。 頭 部 に は ガ ン ダ ー ラ 式 の 髪 型 か ら 脱 化 し た 渦 巻 が い く つ か 蔽 っ て い る。 眼 が 半 開 で や N 伏 眼 で あ る の は グ プ タ 風 で あ る。 耳 は 長 い。 あ ご は 発 達 し て 四 角 い 顔 を し て い る。 上 体 の 衣 文 は 剥 落 し て い る が、 下 腹 部 と 大 腿 部 に う す い 衣 が ま と い つ く。 頭 部 の う し ろ に 小 さ い 円 頭 光 と そ れ を 囲 む や N 大 き い 宝 珠 頭 光 と が あ る が、 そ の 表 面 に 何 ら の 彫 刻 も な い。 も と は 楕 円 身 光 も つ い て い た ら し い が、 今 は 殆 ん ど 消 え て し ま つ た。 こ の 仏 の 右 脇 侍 は ひ く い 蓮 花 座 上 に 立 つ が、 中 尊 よ り ひ く い。 体 を 斜 に 中 尊 の 方 に 向 け、 ぐ つ と そ り 身 に な つ て い る。 左 手 を あ げ 右 手 を 垂 ら し、 う す い ド ホ ー テ ィ ー に 長 い 肩 掛 を ま と い つ け る。 肉 体 の 輪 廓 が す い て 外 か ら 見 え る 薄 衣 お よ び 小 さ く 波 う つ ひ だ の 線、 大 き く 波 う つ 肩 掛 の う ね り が 快 い 譜 調 を か な で N 微 妙 な 気 分 を か も し 出 す。 東 壁-東 壁 の 半 蜘 坐 菩 薩 像 の ぐ つ と 横 を み つ め る 冥 想 的 な 眼 差 や そ の 聰 明 な 顔 つ き 及 び 唐 草 の あ る 頭 飾、 身 体 の ポ ー ズ、 ふ つ く ら と 写 実 的 な モ デ リ ン グ、 う す い 肩 掛 の あ つ か い 方 な

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ど、 先 に 見 た 第 6 窟 内 の 半 蜘 坐 菩 薩 像 と 瓜 二 つ と い つ て よ い。 同 一 人 は 又 同 一 派 の 朋 輩 の 美 術 家 の 作 品 で あ り、 従 つ て 同 時 代 の も の た る こ と を 疑 え な い。 よ つ て 第 6 窟 と 第 14 窟 を 一 具 の 窟 と し て 論 ず べ き で、 共 に 8 世 紀 は じ め と 考 え て よ い。 そ の 向 つ て 右 の 立 て る 菩 薩 の 保 存 が よ い。 喉 に 三 道 が あ つ て、 各 部 が ふ く れ て い る の は グ プ タ 仏 の 影 響 で あ る。 彼 は 手 を 合 わ せ て い る 様 で あ る。 う す い 衣 の ひ だ を あ ら わ す の に、 ひ く い 階 段 状 曲 線 及 び う す い 帯 状 隆 起 轡 曲 面 を も ち い る。 か つ ち り し た 両 肩 と 胸 か ら 腹 の 方 へ 急 に 細 く な る の は イ ン ド の 彫 像 の 通 有 性 で あ る が、 そ れ が こ N に 認 め ら れ る。 西 壁-西 壁 の 諸 菩 薩 は 東 壁 の と 相 対 応 し、 半 蜘 坐 の 菩 薩 も 立 つ て い る 菩 薩 も 保 存 は よ い。 前 者 は や N 首 を か し げ て い る。 充 分 に 発 達 し た 四 肢 に 自 由 な や わ ら か い 気 分 が あ る。 石 と い う 材 料 は こ N で あ た か も 塑 泥 の 様 に 自 由 に 駆 使 さ れ、 い さ さ か の 渋 滞 も な い。 頭 飾、 胸 飾、 腕 環 な ど も の こ つ て い る 肩 か ら 胸 に か N り 更 に 垂 れ さ が る 肩 掛 の 柔 軟 自 在 に 表 現 せ ら れ て い る の は 驚 く べ き も の が あ る。 生 々 し い グ プ タ 美 術 の 影 響 が 明 ら か に 認 め ら れ る。 こ の 窟 は 中 国 美 術 史 上 の 一 つ の 頂 点 で あ る と い つ て も よ い。 第 15 窟 (田 中P1.59;Siren,P1.497) 岩 壁 上 部 に 浮 彫 で 軒 組 を あ ら わ し、 そ の 下 に 尖 撲 形 の 入 口 が あ る。 軒 組 は 斗 棋 と う ず く ま る 徐 儒 で あ る が、 大 い に 磨 損 し て い る。 入 口 は 尖 棋 額 を い た ゴ く が 側 柱 は な い。 尖 換 額 の 形 は 第 13 窟 お よ び 前 に 見 た 第 6 窟 入 口 の そ れ と 同 様 で あ る。 そ の 入 口 の 左 右 の 金 剛 力 士 は す ぐ れ て 美 し い も の で あ つ た が、 風 化 磨 損 し て 表 面 の 細 部 が 失 な わ れ た の は 惜 し み て も 余 り あ る。 裸 体 に 短 い ド ホ ー テ ィ ー と 細 長 い 肩 掛 を ま と う だ け で、 し か も 両 手 を 上 下 に し、 身 を 弓 な り に ま げ て 力 を 入 れ、 そ れ に 伴 つ て 肩 掛 が 風 に 摩 い て 一 方 に 流 れ る 様 に 現 わ し、 快 い 譜 調 と 流 動 的 な 力 を 暗 示 す る。 そ の 大 体 の ポ ー ズ、 う す い 肩 掛、 浮 彫 の 仕 上 げ 方 に お い て 先 に 見 た 第 6 洞 の 入 口 の 両 金 剛 力 士 と 非 常 に 似 て お り、 時 代 も あ ま り へ だ た る ま い と い う 感 じ を う け る。 内 部 は2.42m ×2.12mで ほ y 円 形 を な す。 天 井 の 高 さ2.12m坐 仏 の 両 脇 に 立 つ 菩 薩 の 部 分 の み が の こ る。 第 16 窟 (田 中P1.39,60-66, P1.224-227. 常 盤 ・ 閣IIIP,1.51-53) 第 16 窟 前 面 に 前 廊 が あ る。 第 1、 8、 10 窟 の 通 り で あ る。 前 面 に 八 角 柱 二 本 と 両 端 に 壁 柱 が 立 つ。 柱 礎 は 蓮 花、 柱 頭 に 天 龍 山 石 窟

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密 教 文 化 大 斗 が あ り、 そ れ で 梁 を 支 え、 そ の 上 に 三 斗 と 叉 手 束 を 交 互 に の せ、 そ れ に よ つ て 丸 桁 を 支 え、 更 に 前 に 突 出 る 軒 を 支 え る 風 に な つ て い る の は 第 1 窟 や 第 10 窟 に あ る の と 同 巧 異 曲 で あ る。 三 斗 の 肘 木 の 側 面 に ぎ ざ ぎ ざ の 刹 型 が あ る こ と ま で 第 1 窟 前 廊 と 同 じ で あ る。 窟 入 口 は 幅 約1m.高さ1.3m第 1 窟 の そ れ と 同 様 に 八 角 柱 で 支 え る 尖 換 で あ つ て、 柱 身 の 上 に 蓮 花、 そ の 上 に 鳳 鳳 が の り、 撲 梁 が こ れ を 連 ね、 そ の 上 に ひ ろ い 撲 額 が あ る。 前 廊 の 木 組 と こ の 尖 換 入 口 の 意 匠 の 類 似 に よ つ て、 こ の 窟 が 第 1 窟 と ほ y 同 時 で あ る こ と は 動 か な い で あ ろ う。 そ の 入 口 の 前 の 左 右 に 金 剛 力 士 の 丸 彫 像 が 非 常 に よ く 保 存 さ れ て い る。 こ の 一 組 は 第 10 窟 内 の 南 壁 の 両 端 に 立 つ 金 剛 力 士 又 は 神 将 と 同 様 に、 花 文 の あ る 宝 冠 を い た だ き 甲 を つ け 肩 掛 を ま と う。 一 方 の 手 を 腰 に あ て 外 側 の 手 を 上 げ て 恐 ら く 三 叉 金 剛 杵 を も つ て い た の で あ ろ う。 即 ち こ の 金 剛 手 は ド ホ ー テ ィ ー の み を ま と う 薬 叉 の 型 で な く て、 皮 革 の 甲 を ま と う 神 将 の 型 で あ る。 甲 の 下 に 裳 を つ け た の が 見 え る。 唐 代 の 力 士 像 の 如 く こ と さ ら に 眼 を 瞑 ら せ る 様 な こ と は な い。 窟 内 尊 像-窟 内 は 方 3 m、 天 井 は や N ま る く 中 心 で3.33m 北 と 東 西 の 三 壁 に 各 々 一 寵 即 ち 三 壁 三 籠 制 で 各 五 尊 を 安 ず る。 仏 寵 は 三 寵 み な 同 形 式 で あ る。 即 ち 窟 入 口 と 同 じ 八 角 柱 二 本 で 支 え る 尖 撲 で あ つ て、 柱 身 上 部 に 蓮 辮 を ほ り、 そ の 上 に 北 寵 西 寵 で は 龍 頭 を、 東 寵 で は 鳳 鳳 を あ ら わ す。 換 額 に 火 熔 を え が く が、 そ れ は 近 世 の 補 修 で あ ろ う。 籠 内 の 五 尊 は 割 に よ く の こ つ て い る。 中 尊 は 北 寵 と 東 寵 で は 五 成 の 須 弥 座 上 に 坐 し、 西 籠 で は 蓮 花 座 に 坐 す。 左 右 脇 侍 は 奥 に 両 比 丘、 手 前 に 両 菩 薩 が 共 に 本 尊 の 方 を 向 い て 礼 拝 者 に 対 し て は ほ y 側 面 を 見 せ て い る。 中 尊 は み な 右 手 施 無 畏、 左 手 与 願 に し て 結 蹴 跣 坐 す る が、 脇 侍 の 持 物 や 手 相 は 多 少 ち が つ て い る。 仏 の 様 式 を 見 る と、 セ イ ロ ン の ポ ロ ン ナ ル ワ の ガ ル ・ ヴ ィ ハ ー ラ の 仏 像 を 思 い 出 す。 頭 部 は 螺 髪 で あ る が、 肉 髪 は は つ き り 隆 起 さ せ て い な い。 螺 髪 は め ず ら し い。 そ れ は 明 ら か に グ プ タ 流 で あ る。 顔 は ど ん ぐ り の 様 に 円 く、 そ の 相 貌 は と り た て て ガ ン ダ ー ラ 風 と も イ ン ド 風 と も い え な い。 胸 は ま る ま る と 円 柱 式 で あ る。 衣 は ま こ と に う す く、 簡 明 な 陰 刻 線 で あ ら わ す。 そ の 陰 刻 線 は 二 本 一 組 で あ る。 こ の 種 の 刻 線 は 武 定 元 年 (543)の 五 尊 像 (Siren 180)や 東 魏 興 和 三 年 (541)の 仏 立 像 (Siren,p1

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2 0 3 A ) 北 斉 天 保 三 年 (551)の 仏 立 像 (Si, P1.203B)に 認 め ら れ る け れ ど も、 こ の 窟 の 仏 像 は 真 に イ ン ド 的 な へ ん だ ん や 全 く 肌 に 密 着 す る 衣 に ょ つ て も、 又 螺 髪 や 殆 ん ど 陪 式 な 胴 や 頭 の ま る さ に よ つ て も、 も う 少 し 進 ん で い る と 見 る べ き で あ る。 即 ち570年 代 つ ま り 北 斉 末 期 と 見 て 大 過 な い の で な か ろ う か。 脇 侍 菩 薩 な ど 殆 ん ど ひ だ の 線 を も た な い も の も あ る の は 例 え ばSiren,p1.254な ど に 比 す べ き で あ ろ う が、 そ の 年 代 は 知 ら れ て い な い。 奥 の 寵 の 外 の 左 右 に 蓮 花 の つ ぼ み を も つ 天 像 が 合 掌 し て 立 つ。 衣 は あ た か も 革 製 の 如 く ひ だ を 全 く つ く ら な い 響 堂 山 な ど に も 見 る 北 斉 式 の 手 法 で あ る。 又 東 寵 の 外、 向 つ て 右 に 金 剛 力 士 像 が あ る。 宝 冠 を か ぶ り、 眉 間 に し わ を よ せ て 眼 を 見 開 き、 肩 掛 を 垂 ら し、 足 下 に 岩 座 を ふ ん で い る 様 で あ る。 も と は 左 側 に も あ つ た で あ ろ う。 西 寵 の 外 に あ つ た も の は 崩 壊 し て 岩 座 を ふ ん で い る。 即 ち 薬 叉 た る こ と を 示 す の で あ る。 尚、 こ の 窟 で は 天 龍 山 の 他 の 窟 と 同 様 に、 室 内 の 床 は 壁 ぎ わ を の ぞ い て 少 し 掘 り 下 げ る こ と に ょ つ て 壁 に 沿 つ て ひ く い 宝 壇 を つ く る。 そ の 宝 壇 の 上 に 仏 の 台 座 や 力 士 の 岩 座 が あ る。 そ う し て 仏 寵 の 前 面 の 宝 壇 の 前 に 各 々 三 つ の 頭 部 が 見 え る。 田 中 氏 の 図 版 で は 首 だ け し か 見 え ず、 そ の 下 は 埋 も れ て い る が、 シ レ ン の 図 版 で は 土 砂 は と り 除 か れ て、 も と の 通 り 床 は 掘 り 下 げ ら れ て あ る の が 見 え る。 そ れ ら は 楽 を 奏 す る 天 で あ る。 螺 貝 を ふ い た り、 小 鼓 を 打 ち、 そ の 他 の 楽 器 を 奏 す る 童 子 形 の 精 で あ る。 そ の 肩 掛 が 左 右 で 下 か ら 上 へ 舞 上 る 様 は 特 徴 的 で あ つ て、 第 9 窟 の 本 尊 の 基 壇 の 格 狭 間 の 天 入 の 天 衣 と は 様 式 的 に 区 別 が あ る。 天 井 -天 井 の 中 心 に 八 葉 蓮 花 を 薄 浮 彫 で あ ら わ し、 そ の 周 囲 に 飛 天 が 急 い で 飛 ぶ。 蓮 花 の 東 側 で は 飛 天 が 笙 を 吹 き、 北 で は 琵 琶 を 弾 じ、 西 で は 浮 彫 は あ さ い が、 や N 太 い 肩 掛 が 下 裳 と 共 に 風 に な び く の は 非 常 に す が す が し い。 頭 髪 を リ ボ ン で 結 え る の も 簡 素 で 美 し い。 第 2 窟 第 3 窟 で は 飛 天 に 雲 も あ り、 又 肩 掛 に 細 い 陰 刻 線 も あ つ た が、 こ N で は そ れ も 省 略 し て し ま つ た。 こ の 窟 は 同 じ 北 斉 で も 第 1 窟 第 2 窟 よ り も お そ く、 第 8 窟 の 階 式 に 近 ず い て い る。 こ の 窟 の 次 の 様 式 上 の 発 展 段 階 が 第 8 窟 に 見 ら れ る と す れ ば、 様 式 の 連 続 的 発 展 を あ と ず け 得 る で あ ろ う。 例 え ば 仏 の 五 成 座 が 七 成 座 と な り、 仏 寵 の 八 角 柱 が 四 角 柱 と な り、 仏 像 が ま る ま る と 円 柱 式 と な つ て 行 く。 天 龍 山 石 窟

参照

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