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2010年12月24日

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2011 年 11 月 16 日 ロシア関連メモ 079 国際公共政策研究センター 主任研究員 神野 雅人 ロシア 2012 年問題関連(5):メドベージェフと改革派の敗因 1. 本稿について 2012 年 3 月に行われる予定の大統領選挙に、メドベージェフ大統領とプーチン首相のどちらが 立候補するのかという所謂「2012 年問題」に関しては、9 月 24 日の統一ロシア党大会において、 プーチン首相が立候補し、当選した場合メドベージェフ大統領を首相とする1 メドベージェフ大統領の近代化政策の理論的後ろ盾であり、次期大統領としてメドベージェフ 支持の姿勢を明確にしてきた現代発展研究所(INSOR)のユルゲンス所長は、この度コメルサン ト紙のコメンテーター、ビクトル・ハマラエフ氏のインタビュー との決定が発表され た。 2に応じ、メドベージェフ氏及び 改革派が結果的に敗北した要因や、メドベージェフ大統領の評価、近代化の展望等について詳し く語っている。興味深い内容が含まれるので概略を報告する。 2. 論点 インタビュアーから提起された論点と、それに対するユルゲンス所長の回答の要点は以下のと おり。 (1) メドベージェフと改革派の敗因 a.客観的要因 ユルゲンス所長によると、ロシアの支配層には、プーチン首相に連なる保守勢力と、メドベ ージェフ大統領に希望を託す改革派の2 勢力が存在し、この間続いてきた勢力間闘争に最終的 に改革派が敗れることとなった。その客観的な要因としてユルゲンス所長は以下の点を挙げて いる。 ① 軍産複合体、国軍体制、農業コミュニティ、エネルギー産業等のリソースを支配する保守 派ロビーの勢力が改革派より強く、政権内でも保守派が多数を占めていること。これに対 1 一般的にこのように解釈されており、メディアもこの決定を“job swap”(職務交替)と呼んでいる。しかし、厳 密にはプーチン首相は9 月 24 日の統一ロシア党大会でのスピーチにおいて”Дмитрий Анатольевич возглавит Правительство Российской Федерации, для того чтобы продолжить работу по модернизации всех сторон нашей жизни.”「私はメドベージェフ氏が国民生活の全面的近代化のために政府を主導することを 確信する」と述べただけで「首相に任命する」と明言しておらず、その後もこの点について明確な発言がないた め、メドベージェフ氏の首相就任を疑問視する見方もある。 2 Коммерсанть"Люди, занимающиеся внутренней политикой, сделали все наоборот"18 октября 2011

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し、改革派支持勢力である民間銀行は欧州債務危機等の影響で流動性不足に陥り主導権を 国営銀行に奪われたため、目立った支援ができなくなったこと。 ② 国民の中で改革の推進力となるべき若手起業家、科学者、知識人、熟練労働者層は、人口 の15%~20%に過ぎず、大きな勢力とならなかったこと。 ③ 国際市場の不安定性やユーロ圏の動揺、米国の経済的困難等の問題が、保守派アナリスト によって西側経済システムの欠陥を指摘する材料として喧伝されたこと。 b.政治的要因 ユルゲンス所長は、改革指向のリベラル政党が対立し、一致点を見出して連合しようとしな かったことを「下からのプロジェクト」の放棄と、敗北の政治的要因として指摘している。そ して、リベラル派は「上からのプジェクト」、すなわちクレムリン主導の右派リベラル政党「正 義の事業」の勢力伸長に期待したが、同党はアレクセイ・クドリン前財務相を党首とすること に失敗し、代わって党首に就任した実業家ミハエル・プロホロフ氏もクレムリンの意向に反す る動きをしたことで党首を解任された。他方、保守派は国民戦線結成等強力な連合形成を進め た。 さらに政権側からの弾圧もあり、ロシアの政治領域において保守派と改革派がそれぞれ基盤 を持ち、互いに敵対しない政治構造を作り出すことができず、保守派の有力者が全てを仕切る ことを許してしまったことが敗因であると総括している。 c.政権内リベラル派の問題点 政権内のリベラル派も、表面的にはメドベージェフ大統領が掲げた「市民社会との対話」や 「専門家コミュニティの関与」を実行に移そうとはしたが、権力者的傲慢さを克服できず、実 際に政策として採用した市民や専門家による提案等は極めて少なく、支持基盤を拡大すること ができなかった。 (2) プーチン再選シナリオ決定時期について 9 月 24 日に発表されたプーチン氏の再選シナリオについては、メドベージェフ大統領とプーチ ン首相が「初めに友好的同盟関係を結んだ時」から、すなわちメドベージェフ大統領就任前から 議論してきたものであるとメドベージェフ大統領は述べた。これについて専門家やメディアの間 では、真実は異なり、発表直前になってメドベージェフ大統領がプーチン首相からの圧力に屈し て今回の決定に至ったとの見方が有力である。 ユルゲンス所長も、メドベージェフ大統領のこれまでの発言や政策、西側首脳や経営者等のと の対話における言葉等から、メドベージェフ氏が2 期目の大統領としての責務を担う覚悟であっ たことは間違いないとして、プーチン再選シナリオが既定方針だったということを強く否定して いる。

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(3) メドベージェフ大統領の評価 インタビューの中では大統領としてのメドベージェフ氏の存在とは何だったのか、メドベージ ェフ大統領は本当に改革者だったのか、ロシアの政治上どのように評価すべきかということが最 大の論点となっている。 インタビュアーのハマラエフ氏から、改革派はメドベージェフ大統領の近代化や自由化につい ての言葉を「上からの革命」と真剣に捉えて希望を託したが、結局それもプーチンと合意済みの 話だったというならばメドベージェフ氏は「工作員」だったということになる。つまりメドベー ジェフ氏は近代化・民主化を進める振りしただけだったのではないかとの問いかけがなされてい る。 これに対しユルゲンス所長は「そのような見方は断固として拒否する」として強く否定する。 根拠として挙げているのは、リベラル派の理論的支柱である INSOR に対しメドベージェフ大統 領からの介入や提言への反対は全く無かっただけでなく、リベラルな内容を持つ近代化政策が歓 迎されたこと、INSOR が提唱した米国、欧州、NATO、ポーランドとの関係改善、コーカサスか らの撤退方針等が実行されたこと、さらにメドベージェフ大統領のイニシアティブによる「政治 システム近代化の10 ステップ」、人権評議会設置、企業活動の非犯罪化に係る法律制定、ルシコ フモスクワ市長解任、腐敗将校の更迭等が現実に行われてきたこと等を挙げている。 ただ、メドベージェフ大統領が本当に「工作員」ではなかったかどうかについての回答は、い ずれ歴史上時を経て明らかにされるべきだとして、100%自信を持って否定できるとは考えていな い模様である。 (4) メドベージェフ再選が無くなった真の理由 ユルゲンス所長は、上記のコメントにくわえて、メドベージェフ大統領が一連の近代化・民主 化措置を実行してきたことが保守派の危機感につながり、結局メドベージェフ大統領再選の道を 閉ざすことになったのであり、再選断念をメドベージェフ氏1 人の責任とするのは誤りだとして いる。 さらに、私見として、プーチン氏が 2008 年の大統領選に際しメドベージェフ氏を後継に指名 した時、メドベージェフ氏のリベラルな政治的指向を理解していたプーチン氏には、ロシアに民 主主義の萌芽があるか、それが何をもたらすかを見極めようとする意図があり、それが終了した と判断されたことでメドベージェフ氏の大統領再選が無くなったとの見方を明らかにしている。 (5) 近代化の展望 今回の決定を受け、今後の近代化の展望についてハマラエフ氏から「当面見通しが暗いか」「一 筋の光明の見えないのか」「メドベージェフ氏は首相になって近代化を推進できるか」「保守派が 近代化を推進するようになるのか」等、言葉を変えて繰返し問いかけがなされている。 ユルゲンス所長は、ロシアは既に身動きができない状態になっており、近代化を進める以外の 選択肢はなく、国際情勢によりいずれ保守派も自ら近代化を進めることになるとの展望を示して いる。そして、保守派の全ての人々が現状に満足している訳ではなく、国家が直面する問題を解

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決するために母国仕える道決意を持つ善良な人々も多数存在し、ロシアが救いようのない腐敗し た社会であるとの見方は間違っているとしている。 また、改革派が為すべきことは、分裂した状況を克服するために選挙とは関係なく協議を開始 し、ロシアが直面する問題解決のための政策について合意形成を目指すべきだとしている。 (6)ユーラシア同盟構想について 10 月 4 日にプーチン首相が発表したユーラシア同盟構想についても言及されており、ユルゲン ス所長はこれを旧ソ連的なロシアの影響力の及ぶ地域を拡大するための「保守派独自のビジョン」 として強く批判している。そして同盟に加わる対象とされているベラルーシ、カザフスタン等で 強権的支配が現に行われていることから、同盟が構成された場合には過去のような独裁的手法が 用いられるとの危惧を示している。また、プーチン首相がユーラシア同盟は将来的に中国とヨー ロッパの架け橋となると述べていることについても、ロシア側から架け橋として使ってくれと懇 願する必要などないと一蹴するなど極めて厳しい見方をしている。 3. コメント 今回明らかにされたユルゲンス所長の見解のポイントは、メドベージェフ大統領の近代化・民 主化政策の進展によって危機感を持った保守派がメドベージェフ大統領の再選阻止の道を選び、 さらに保守派が政治的基盤を構築し得たのに対し、改革派が連合形成に失敗し分裂状態となった ため対抗することができなかったことが敗北の要因であるということであろう。 ユルゲンス所長はメドベージェフ大統領が近代化・民主化を装う「工作員」の役割を担ってい たとの見方を強く否定している。これはメドベージェフ氏の近代化政策の立案者の1 人であった INSOR 所長としては当然のことであるが、大統領就任前からブレーンとして活動してきたユルゲ ンス所長の説得力ある見解だと考えられる。 今後リベラル派政党が協議を開始して、合意形成を目指すべきだとしているが、それらの政党 は議会に議席が無く、最近の世論調査等でも12 月の議会選挙で議席獲得の見通しは見えていない。 したがって、リベラル派の政治勢力が近い将来にユルゲンス所長が考えるように力をつけること は難しいと言わざるをえないだろう。INSOR が近代化支持層として期待する中産階級は人口の 15%~20%に過ぎず、INSOR はその程度の基盤があれば改革は可能だとの立場であるが、国民の 大多数に対し INSOR の近代化政策が求心力を発揮していないという現実がある限りそのような 楽観はできないと思われる。 来年5 月のメドベージェフ大統領退陣、そして恐らく想定されるプーチン大統領就任後 INSOR がいかなる活動をしていくのかについては、恐らくユルゲンス所長自身思案中であろうが、イン タビューの最後に文教、厚生関係関連予算が削減され、国防費等が増加しつつある事態に憂慮を 示し、「何らかの行動を起こさなくてはならない。」と語っていることからも、新たな活動へと踏 み出そうとしているものと考えられる。 以上

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【抄訳・仮訳】 ハマラエフ氏(インタビュアー):ゲームは終わった。議会も大統領も選挙結果は明らかだ。既に 決まっている。我々は投票日を待つだけだ。 ユルゲンス所長:現体制のモデルのマネジビリティーが強かった。ウラジミール・プーチンが大 統領に再選されることは確実だ。だが、社会とエリートが一枚岩で支持する保証はない。その 証拠に社会学者達が12 月の議会選挙での統一ロシアの得票率は 45%程度と予測している。 ハマラエフ氏:統一ロシア以外の政党では、共産党と自由民主党だけが議席を獲得し、統一ロシ アが450 議席中最低でも 300 議席を取るのではないか。 ユルゲンス所長:私は楽観的な性格なので、公正ロシア3にもヤブロコ4にもチャンスはあると思 う。 ハマラエフ氏:そうだろうか。それらの政党が 1 議席でも獲得するには少なくとも 5%の得票が 必要だが、公正ロシアもヤブロコもそのために目立った活動きをしているとは思えない。統一 ロシアの方が有権者の注目を集めることに遥かに成功している。 ユルゲンス所長:確かにその点私は間違っているかもしれない。だが、決定が実質的に行われて いないことを指摘しておかなくてはならない。周知の通りドミトリー・メドベージェフは代議 制改革のため自由化の10 ステップを決定した。さらにウラジミール・プーチンは国民戦線を設 立し、統一ロシア党員に対し、現状に安住すること無くいつか統一ロシアがその立場に置かれ るかもしれない野党から学ぶために対話を促進するよう指示した。しかし、大統領と首相の指 示を実行すべき人々、例えば国内政治を監視する者達は正反対のことを行った。彼らは下院で 議席を取る可能性のある党を3 党に減らした。これは極めて近視眼的でやり方で、教育があり オープンでインターネットを使い海外旅行をする社会層における与党の支持基盤を損なうこと につながる。野党に投票する機会が制限されるならば、これらの層は間違いなく与党には投票 しない。これは教育ある知的な人間の正常な反応である。 ハマラエフ氏:だが、それは少数派だ。 3 2006 年設立のロシアの政党。中道左派、社会民主主義を志向するとされる。2007 年議会選挙では約 538 万票 (7.74%)の得票で 38 議席を獲得した。 4 ロシアのリベラル政党。プーチン政権に批判的。2007 年議会選挙では得票率 1.59%で足切りラインの 7%に及 ばず議席は無い。インタビュー中ユルゲンス所長は12 月の議会選挙で議席獲得のチャンスがあるとの見通しを 示しているが、2011 年 10 月の全ロシア世論調査センター(VTsIOM)の予測では得票率 3.3%となっており、 議席獲得は厳しい情勢にあると見られる。

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ユルゲンス所長:繰り返すが、国家の近代化は少数の教育があり創造的なセグメントにかかって いる。ヤルスロヴリ・フォーラムで大統領が言ったように、彼らは隊列を組んで1 つの政党の 周りにまとまることはない。そのような時代は去った。今このセグメントが改革のプロセスに 統合されていないとことが完全に楽観的になれない理由の1つである。 ハマラエフ氏:「国内政治を監視する者達」がやってきたことの成果については、タンデムの2 人5 は十分満足しているのではないか。 ユルゲンス所長:確かにタンデム、誰よりも大統領が何らかの状況の影響下で決定された新たな 任務の配分6に満足している印象を受ける。私には統一ロシア党大会で発表された内容7がずっ と前から決まっていたとはとても考えられない。それは断じて無いと言える。ドミトリー・メ ドベージェフのすべての演説、彼が採用した方針、企業経営者や人権活動家、西側首脳や専門 家との対話からも、彼はロシア大統領として2 期目の責務を担う覚悟であったと考えられる。 何かが上手く行かなかったのだ。 ハマラエフ氏:以前あなたは支配層の中に2 つの勢力があると言った。1つはウラジミール・プ ーチンに連なる用心深い保守・安定を掲げる勢力、もう1 つはドミトリー・メドベージェフに 希望を託す近代化指向の改革派である。過去4 年間、社会の目から隠れたところで勢力間闘争 が行われてきたのだろうが、なぜ改革派が敗れたのか。 ユルゲンス所長:保守安定派ロビーの方が強く勢力が大きかった。彼らが支配するリソースの方 が重要であった。リソースとは軍産複合体、国軍体制、軍人、農業コミュニティ、石油・ガス 複合体等である。これらの分野の人々が保守的発展や安定を唱導する政治勢力を支持するのは ロシアに限られることではない。例えば米国の石油ロビーは伝統的に共和党を支持している。 ハマラエフ氏:銀行、金融界はどちらの側に属するか。 ユルゲンス所長:民間銀行セクターとその優れた代表的存在であるピョートル・アーヴェン8は、 絶対的に正確で現実に即した的視点を持っており改革派に属することは間違いない。銀行界は 好調な時期は近代化の熱心な支持者だった。だが、私が理解する限り、今日では西側諸国の銀 行セクターの困難な状況の影響でロシアの銀行の流動性が縮小し、そのためズベルバンク、VTB、 VEB、ロシア農業銀行等の国営銀行に支配的位置を奪われて、民間銀行からの支援は殆ど無く なった。民間銀行が危機の第2 波を乗り越えることを望む。 5 メドベージェフ大統領とプーチン首相。 6 プーチン氏が大統領に復帰し、メドベージェフ氏が首相になるいわゆる“job swap”を指す。 7 脚注 2 に同じ。 8 ロシアの新興財閥の1つアルファ・グループの最高幹部。

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ハマラエフ氏:国民の中の改革派とは誰のことか。 ユルゲンス所長:若手起業家、科学者、教授、知識人、熟練労働者、芸術家等。これらの層は中 産階級に属し、ロシア人口の15~25%程を占める。保有資産は多くないがホワイトハウスとク レムリンの様々な構造に影響を与えている。政権内では保守派が多数を占めている。残念だが それが現実である。GDP が集中する部門の有力者が多い。だが、今後ロシアが G8 と G20 に 留まり、国際的課題解決に「資源モデル」以外で協力して行くためには、近代化推進派の言う ことを信用しなくてはならない。改革派はある程度は支持されているもののまだ明らかに少数 派である。 ハマラエフ氏:どのような支持があるのか。そのような少数派の隊列に加わるというのか。 ユルゲンス所長:もし、ロシアが古典的民主主義国のやり方に従うならば隊列に加わる必要はな い。たとえ少数派でも影響力ある梃子となり得る。我々は国家の状況が良い時期をロシアの政 治空間に保守派と改革派が基盤を持って敵対しない構造を作る機会とすべきだった。だがそれ はできなかった。我々が保守派の中の特に有力な勢力が全てのことを仕切ることを意図的に許 容してきたために、国民が今のような状況に置かれることになった。さらに国際市場の不安定 性、ユーロ圏の将来の不透明性、米国の困難な状況等の外的要因もある。これらが保守派アナ リストの手にかかると、西側は我々の手本にはならないし我々の同盟国でもない、ロシアは西 側の問題に関与すべきでないという議論になる。保守派には独自の将来ビジョンがある。それ はロシアが伝統的に影響力持っていた領域を再構築することである。ウラジミール・プーチン が論文で発表した9ように、ロシアは来年ユーラシア共通経済圏を発足させ、ロシアのプレゼン ス、言語、影響力が及ぶ範囲の拡大に動き出す。そこでは恐らく独裁的手法が用いられるだろ う。保守派はそのようなレジーム・領域においてどう行動すべきかを良く知っている。アレク サンドル・ルカシェンコ10、ヌルスルタン・ナザルバエフ 11、ウラジミール・プーチンは同じ 文化と歴史を持つ人物であり、ニュアンスは異なるが行動パターンは酷似している 12。保守派 の意図はロシアがこの地域で影響力を強め、西側諸国の困難の解決後にロシアが中国とヨーロ ッパという2 大文明の架け橋になることだ。だがロシア側から西側諸国に架け橋として使って くれと懇願する必要があるだろうか。必要があれば向こうから頼んでくるだろう。 ハマラエフ氏:今までの話はどちらかと言うと改革派の失敗の客観的理由についてだが、改革派 自身に過ちはなかったのか。改革派も大きなミスを犯したのは間違いないと思うのだが。 9 プーチン氏10 月 4 日にイズベスチア紙に《Новый интеграционный проект для Евразии – будущее, которое рождается сегодня》(ユーラシアの新プロジェクト:構築中の未来)と題する論文を発表し、ユーラ シア同盟構想を明らかにした。 10 ベラルーシ大統領 11 カザフスタン大統領 12 ともに強権的政治手法を用いることを意味している。

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ユルゲンス所長:最大の失敗は改革派が「下からのプロジェクト」を放棄したことだ。右派勢力 同盟やヤブロコなどのリベラル派政党は、自ら合意に達することはないと決めつけてしまった。 最も影響力を持つ改革派の人々が合意ベースの連合形成は不可能だと考え、「上からのプロジェ クト」すなわち「正義の事業」13に望みをかけた。この政党を 3 人共同代表の下に設立する企 ては失敗した。信念と知性を持った右派であり、知事たちからも一目置かれ、「正義の事業」が 幅広い組織的基盤を持って選挙を戦うことができたであろう人物を党首に据えようとする努力 は水泡に帰した。私はアレクセイ・クドリンのことを言っているのだ。 ハマラエフ氏:なぜ彼らが次に「正義の事業」の党首にしたミハイル・プロホロフも上手く行か なかったのか。 ユルゲンス所長:プロホロフの企ては政権強化を任務とするメディア操作担当アドバイザー達の 周到な操作によって失敗させられた。だが、例え「正義の事業」がミハイル・プロホロフを党 首に選挙に臨んでも生産的な結果は得られなかっただろう。先程言った社会の右派を支持する 新しい社会層の支持を得て状況を変えるには、プロホフロフはプロジェクトに加わるのが遅す ぎた。そして改革派は政党もリーダーも不在の状況となった。私はグレゴリー・ヤブリンスキ ー14を高く評価し、彼のイデオロギーを擁護し、彼の名に傷が付かないようにしてきた。しか し彼だけでは不十分だった。ヤブロコは私の見るところまだ中道左派政党である。今回の結果 は政権側アドバイザー達の力のためだけではない。我々が政権側の保守派が開始した巨大かつ 独占主義的な行動に対抗するための合意形成と連合を目指し、それぞれの主義・原則の一部に ついてでも妥協して組織化することに失敗したことが最大の要因である。これこそが疑いなく 我々リベラル派の悲劇だった。 ハマラエフ氏:支配勢力の中にもリベラル派は存在する。彼らはこの数年間社会の下からの支持 を得ようとしてこなかったのか。あるいは彼らはメドベージェフの存在とメドベージェフが何 かをやってくれるという期待に望みをつないでいたのか。 ユルゲンス所長:どちらかと言うと後者だろう。彼らはそれぞれの持場で極めてまともに仕事を している。私の意見ではアレクセイ・クドリンの辞任15 13 「正義の事業」(Правого дела:英語名 Right Cause)。2008 年結党。民主主義、法の支配、法の下の平等、 自由市場等リベラル的主張を掲げ現政権支持の立場を取る。大統領選挙においてはメドベージェフ支持の方針。 2011 年初め議会選挙キャンペーンへ向け党首を選定しており、その際クドリン財務大臣、ドヴォルコビッチ大 統領顧問、シュヴァロフ第一副首相等現政権の有力者の名が挙がった。結局5 月に実業家で大富豪(オリガルヒ) のミハイル・プロホロフ氏が党首に就任し、これはホドルコフスキ以来のオリガルヒの政治関与として注目され た。プロホロフ氏は議席獲得を目指して多額の資金を拠出しキャンペーンに動き出したが、最大政党の議席制限 や反プーリン派の取り込みに動いたり首相就任の意図を仄めかしたりする等、政権の意図を超えた動きをしたこ とにより9 月に党首を解任された。 は彼らにとって大きな衝撃だったろう。 14 政党「ヤブロコ」の元党首 15 クドリン財務大臣は 9 月 24 日の統一ロシア党大会における発表を受け、来年組閣されるであろうメドベージ

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しかし、それらの人々にも権力者特有の傲慢さが見られた。彼らは閣僚を初めとする非常に重 要なポストに就きながら、ドミトリー・メドベージェフのもとでファッショナブルになった言 葉を極めて表面的に使う。例えば「市民社会との対話」、「専門家コミュニティの関与」等であ る。恐らく彼らにも自分の省の役人や部局に市民社会や専門家との対話を行わせる意思はあっ たのだろうが、現実は専門家の提案や市民の意見のうち採用されたのはせいぜい1 割程度に過 ぎなかった。 ハマラエフ氏:彼らは我々の言うことを聞くといっただけだったのか。 ユルゲンス所長:そうだ。彼らの傲慢さとは「尊敬する専門家、市民社会の皆さん、ありがとう ございました。非常に理知的なご意見を頂きましたが、これは基本的に我が国の政策には適用 できません。我々は適用できる最適な方法を知っています。指導者からもそのように指示され ています」というようなものだ。だからリベラル派は支持基盤を拡大できず、リベラル派の中 も最良の人々の状況も良くなってはいない。 ハマラエフ氏:敢えて過去形を使うが、結局、ロシア政治におけるメドベージェフ大統領という 存在は何だったのか。改革派はメドベージェフの近代化や自由化に関する言葉の全てを「上か らの革命」の動きと捉えて真剣にメドベージェフに望みをかけたが、それも全てが数年前から ウラジミール・プーチンと合意していたことだという言葉によって終わってしまった。ロシア で政治闘争が激しかった時期にそのような人物は「工作員」と呼ばれたではないか。 ユルゲンス所長:私はそのような言い方は断固として拒否する。しかし、歴史的に時が来たらそ の問に答を出す必要があることは認める。それはドミトリー・アナトリービッチ 16自身にも言 えることである。しかし、メドベージェフ大統領在任中の4 年間、大統領から我々の研究所の 活動に対する介入は無かったし、まして頭ごなしの否定など全く無かった。それどころか近代 化計画、特にリベラルな内容を持つ計画は歓迎された。我々が提唱した米国・ヨーロッパ・ NATO・ポーランドとの関係改善、コーカサスからの迅速な撤退方針などは今や自明の理とな っている。さらに政治システム近代化のための10 ステップ、人権評議会設置、リュドミラ・ア レクセ-ワ 17 ェフ内閣には加わらない意思を表明し、9 月 26 日にメドベージェフ大統領によって財務相を辞任させられた。 クドリン氏がメドベージェフ内閣での閣僚就任を拒否する理由はメドベージェフ氏の経済政策に同意できない ということで、特に現在進められている軍事費や社会的支出の増大がロシア経済全体を危機に陥れると警鐘を鳴 らしたものである。 のような人物がまだ存在することをどう考えればいいのか。価値がないと判断さ れ、或いは政権に従順でない企業の非犯罪化に係る重要な法律についても同様だ。企業経営者 が裁判なしに投獄されることはなくなり、連邦刑務所に投獄されているビジネスマンは数十万 人減った。 16 メドベージェフ大統領のこと。 17 ロシアの人権活動家。モスクワ・ヘルシンキ・グループの創立メンバー。

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ハマラエフ氏:これらはウラジミール・プーチン大統領の2 期の間に確立されたシステムの本質 には何ら影響を与えなかった中途半端な措置と言えるのではないか。 ユルゲンス所長:確かに望み得たこと全ては実現しなかった。だが、実行されたことだけでも社 会の雰囲気の変化につながった。もし、メドベージェフの意思と行動が本当にシステムに脅威 を与えなかったとしたら、彼らは我々にメドベージェフに2 期目をやらせると言ってきただろ う。しかし、今述べたようなことが行われ、200 人の将官が更迭され、ユーリ・ルシコフ 18 含む重量級の知事も幾人も解任された。私の考えでは保守派がある時何処かに集まって事態を 検討し、「だめだ。危なくなってきた」という結論に達したのだと思う。そのような会話は間違 いなく行われたと思う。その結果があのとおりだ19。私は全てがメドベージェフ1 人の責任だ とは考えていない。 ハマラエフ氏:もし、政治家が本当に改革者であれば、社会は就任後の最初の 100 日で分かる。 その後遅くとも18 ヶ月あれば改革プログラムを作り実行に移すことができる。しかし、過去 3 年半の間にそのようなことは何も起こらなかった。それでもあなたはメドベージェフ大統領が 改革者だと思うか。 ユルゲンス所長:私は精神分析学者ではない。しかし、我々にチャンスがあったとは言える。ウ ラジミール・プーチンが4 年前に後継者を選んだ時、彼が改革のアイディアを全く軽く見てい なかったという人は嘘をついている。私はセルゲイ・イワノフ 20とドミトリー・メドベージェ フの選挙プラットフォームがどのようにして作られたか知っている。そして、メドベージェフ が候補者に選ばれたことがどんな驚きをもって迎えられたかを覚えている。その時既にニキー タ・ミハルコフを含む多くの専門家が、セルゲイ・イワノフの専門家評議会に参加しようと押 しかけていたのだ。 ハマラエフ氏:ドミトリー・メドベージェフが後継者として相応しいと考えられたのは、もしセ ルゲイ・イワノフが大統領になったら間違いなく2 期目もやろうとしただろうからではないか。 ユルゲンス所長:そうだとしても、プーチン大統領にしてみれば、現状維持だけを考えるならば イワノフを候補者として指名する方が理にかなっていた。私の考えでは、2008 年にウラジミー ル・プーチンに、民主主義の萌芽がどこにあるか、それがロシアに何をもたらすかを見極めよ うという意図があったのだと思う。今、彼はその意図は明らかに終了し、保守派とそのアナリ スト達が彼を周知の決定に導いたのだ。 18 前モスクワ市長。2010 年 9 月 28 日にメドベージェフ大統領によって解任された。 19 2012 年 3 月の大統領選挙にプーチン首相が立候補するという決定。 20 ロシア副首相。2008 年のプーチン大統領(当時)の任期切れに際し有力な後継者と目されたが、結局メドベー ジェフ現大統領が指名された。

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ハマラエフ氏:もし、メドベージェフが政治家としてこの国を改革しようという意思を本当に持 っており、そのためにはもう1 期大統領をやらなくてはならないのであれば、彼はタンデムの パートナーが彼にそれを許すのを待つべきではなかったのではないか。真の政治家なら待つの ではなくエリートやビジネス、社会の中に支持者を見出そうとする筈だ。 ユルゲンス所長:ドミトリー・アナトリエビッチは大企業経営者との会合で彼らに自らを支持す ることについて決意を促した。だが彼らは決心しなかった。私は彼らを非難しようとは思わな い。彼らのような地位にあれば関係する労働者集団、規制当局、閣僚等への配慮が必要なのは 当然だ。 ハマラエフ氏:メドベージェフ自身がその時点で決心していなかったのに、どうして企業経営者 が決心できるのか。2011 年の初めに公正ロシアのリーダーの 1 人、ゲンナジー・グドコフが近 代化を支持する「前進、ロシア」の運動を立ち上げ、企業経営者も何人か参加した。しかし、 その時統一ロシアが既にそのような運動体を登録していることが明らかとなり、メドベージェ フはそれに対して感謝の意すら表したのだ。そのことを最も喜んだのはグドコフに協力した企 業家達である。なぜなら彼らはそれによってプーチンに反抗する立場に置かれずに済んだから だ。 ユルゲンス所長:繰り返すが、私は少なくともメドベージェフの行動を「工作員」とは分類しな い。彼はある段階で確かに及び腰だったと言えるかもしれない。だが、これはプーチンとその 取り巻き達が近代化を支持したかどうかで評価すべきだ。そしてはっきり言えることは保守派 の連合が確固たるものとして結成され、それに対して改革派が分裂していたということだ。分 断された改革派は保守派のリーダーとその支持者達がこの国が近代化の方向に進まなくてはな らないことを理解しないため全く身動きがとれなかった。私はその一群が誰かを知っており、 長い間彼らの合理的精神が近代化支持につながることを願っていた。しかしそうはならなかっ た。彼らの合理主義が分析的熟慮の結果敗北したのか、あるいは彼らが全員現在の西側の状況 が自分達にとって真の脅威であると考えたのかのいずれかであろう。旧ソビエト的領域を再建 することから開始される西側に対抗する統合の動きは、今後も論理的に維持され、しかもかな り長い間継続される可能性がある。そして経済、財政、その他今後行われるであろうすべての ことが、我々がロシア帝国やソビエト連邦の運命を辿る可能性を示唆している。 ハマラエフ氏:あなたの研究所(現代発展研究所)が「メドベージェフのために」活動してきた この数年間、あなたはメドベージェフとウラジミール・プーチンとの関係がゴルバチェフとエ リツィンの関係になることを望まないと何度も言ってきた。あなたは間違っていたのではない か。今の2 人は前の 2 人のように孤立したよそよそしい関係であるべきであったのではないか。

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ユルゲンス所長:私は間違っていない。ゴルバチェフとエリツィンの途は国家を発展ではなく分 裂に導いた。しかし、2009 年の初めに私が提唱したような別の途も可能だった。つまり保守派 と改革派が国内に共存することを合法化すべきだった。その場合プーチンが統一ロシア党首と なり、メドベージェフが他党の党首となる。そのような政党が設立できて運動員や専従、宣伝 担当、地方ネットワークを作り、2012 年の大統領選には 2 人の候補者が友好関係にあり、国家 を保護することについて志を同じくするが、改革派と保守-安定派という全く異なる政治的・経 済的パラダイムを代表する。これは 2010 年には不可能となった。ドミトリー・メドベージェ フの基盤となり得た政党は強い圧力に晒されるようになった。 ハマラエフ氏:その道は現実に起こったこと比べて良いことなのか。選挙を行わなくとも統一ロ シアもプーチンも勝つことは分かっている。それと同じように例えメドベージェフが自分の政 党を持ち大統領選出馬を断念しなかったとしても、選挙を行わずして統一ロシアとプーチンが 勝つことは明らかではないか。 ユルゲンス所長:フィールドは初めから踏みつけられるべきではない。「オレンジ革命」の恐怖や ロシア人がCIAやモサドの資金援助だけで反乱を起こすという説明しがたい疑念から、彼らは カシアノフの党、ミロフの党、ルシコフの党、ネムツォフの党 21など全てを弾圧した。なぜこ れらの人々や政党が今政治領域から消されたのか。なぜ彼らに機会が与えられないのか。彼ら にもはや見込みは無い。しかし、やがて事態が自然に展開し、彼らや彼らの周囲の小政党がよ り大きな連合を結成する時が来るだろう。そして保守派を脅かすようになり、ロシアで過去150 年の間に2、3 回起こったような途を辿ることになるだろう。 ハマラエフ氏:当面は見通しが暗いということか。 ユルゲンス所長:暗闇しか見ようとしないのであれば得られるのは暗黒だけだ。国家を近代化す るという任務は政治状況がどんなに「安定化」しようとも、国家の指導者はそれを回避するこ とはできない。『未来の実現』で現代発展研究所が提示した近代化計画の遂行は「安定」の破壊 を前提とするものではない。そのためのステップはミハエル・プロホロフが言ったようにトッ プレベルにおける政治的動揺によって刺激されはする。我々はエリートの破壊と転換の瀬戸際 にいる。なぜなら全ての人に真に人間的なものを与えないままでいることは不可能だからだ。 ハマラエフ氏:エリートは少数である。さらに多数派の言うように原油価格は非常に安定してい る。 ユルゲンス所長:現状は国民の多数にとって適合的である。食べていくことはできる。子供を育 て、学校へ送り出し、小さい車を買い、小さな土地を買う。これらはすべて良いことが、エリ 21 いずれも反プーチンの立場を取るリベラル派政党。党首、リーダーの名を挙げているもの。

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ートは国家に災難が発生した時、それに備える控えのチームが必要だということを理解しなく てはならない。そして、社会的組織は個人が車や土地を手放さなくてはならず、子供を食べさ せられなくなったときに、そのショックに耐えられるようにしなくてはならない。そのような 事態はロシアの歴史上現実に発生し、革命が起こっている。正常な進化システムが必要であり、 その中で社会主義者から保守派へ行われたような権力移譲がなされなくてはならない。我々は 豊かな時代にそのようなシステムを設計すべきだった。「ソブリン・デモクラシー」22とその一 派による政府はそのようなシステムを作るよりも遥かに高くつくことになるのは明らかである。 ハマラエフ氏:するとまだ一筋の光明も見えないのか。あるいは勝者である保守派が近代化を進 めるようになるのか。 ユルゲンス所長:私がドミトリー・メドベージェフに次期大統領となるよう求めたことに対し、 ロマンチシズムとの批判を受けた。今私は再びロマンチシズムの誘惑に屈し、保守派に対し幾 つかの良識的なルールを求めたい。いずれ国際情勢によって彼らは自らの手で近代化パラダイ ムを把握する必要に迫られるだろう。彼らはメドベージェフによって解任された建築費数千万 ドルの宮殿を保有する市長がやったように今後も度を越すかもしれない。もし彼らが不法で不 透明な方法で得た富を蓄えるのであれば、彼らは結局社会にもより広い世界にも自らを明らか にすることができなくなるだろう。そうなると彼らは最後までそれらの物を守り抜くという袋 小路に陥る。それは彼らにとっても我々にとっても大きな悲劇となる。 ハマラエフ氏:彼らはまだ度を越していないのか? ユルゲンス所長:あなたがもし、保守派の7 割が悪者で富を盗み、現に盗み続けているという仮 定から始めるなら、覆いに包まってじっとしてその仮定に相応しい現実に直面し続けるか、或 いは逃げ出したほうがいいだろう。私はそうは思わない。私は母国に仕える道を選択する善良 な人々を大勢知っている。彼らは多くのことに満足しておらず、問題を解決し、超えてはなら ない一線を見た人達だ。だから私はロシアが後戻りできない程腐敗した社会であると言う気は ない。 ハマラエフ氏:改革派は何をなすべきか。 ユルゲンス所長:選挙と関係なく協議を開始する必要がある。まず初めに現在国家が直面する問 題について合意を形成しなくてはならない。それからどのように行動するかを考えるべきだ。 ハマラエフ氏:ドミトリー・メドベージェフは首相ポストにあって実際に近代化を進めることが 22 2006 年 2 月 22 日の統一ロシア党大会において、ウラジミール・スルコフ現大統領府副長官(内政担当)によ って初めて使われたロシアの政治的方向性を示す用語。

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できるだろうか。 ユルゲンス所長:近代化に選択肢は無い。ロシアはもはや身動きが取れなくなっている。我々は 世界において自己完結的経済主体ではあり得ない。海外市場で起こったことが国内に影響する。 統一ロシア党大会における発表の結果、資本流出が起きたことが何よりも事実である。ルーブ ルが下落し、そのためロシア中央銀行による大規模介入が必要となった。不足しているリソー スが現状維持のために使われている。教育、文化、保健関連予算が減らされ、国防費、安全保 障費が増加している。これは憂慮すべき事態である。何らかの行動を起こさなくてはならない。

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