• 検索結果がありません。

Vol.5 , No.1(1957)013武邑 尚邦「西藏護『集量論』のテキスト批判-『因明正理門論』との蓮關において-」

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "Vol.5 , No.1(1957)013武邑 尚邦「西藏護『集量論』のテキスト批判-『因明正理門論』との蓮關において-」"

Copied!
11
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

西

﹃集

-﹃

て-武

陳 那 の 主 著 ﹃ 集 量 論 ﹄ の 梵 文 テ キ ス ト は、 既 に 散 供 し て 現 在 た だ 後 世 の 論 書 に 引 用 さ れ る 僅 か の 断 片 を 見 う る の み で あ り、 漢 課 ま た 失 課 ( 開 元 繹 紹 録)と さ れ 手 に す る こ と が で き な ( 1) い。 と こ ろ が 西 藏 大 藏 経 中 に、 そ の 完 課 が 保 存 さ れ て い る こ と は 幸 で あ る。 帥 ち ナ ル タ ン 版 ・ 北 京 版 の 爾 版 に は K a n a-k a v a r m a n と Da-pa c e s-r a b の 課 出 に か か る ﹃ 集 量 頒 ﹄ b r a -m a n a sa m u c c a y a ( 以 下 K V. 課 頚 と 略 構 す る)と ﹃ 集 量 ( 論 ) 註 ﹄ P ra m p n a s a m u c ca y a v ri t t i ( 以 下 K V. 諜 註 と 略 繕 す る ) 並 に V a s u q a r a ksita と s e n-g y a l の 課 出 に か か る 宴 集 量 ( 論 ) 註 ﹄ が 牧 め ら れ、 デ ル ゲ 版 に は V a s u d a r a r a k s it a と s e n-rg y a l の 課 塒 に か か る ﹃ 集 量 頚 ﹄ ( 東 北 目 録 四 二 〇 三 番 ) P ra m a n a sa m u c c a y a -n a m-prakrana ( 以 下 V R. 課 頒 と 略 繕 す る)と ﹃ 集 量 ( 論 ) 註 ﹄ ( 東 北 目 録 四 二 〇 四 番 ) ( 以 下 V R. 課 註 と 略 樗 す る)が 牧 め ら れ て い る。 從 つ て、 こ れ ら を 利 用 す る こ と に よ つ て ﹃ 頒 ﹄ に も ﹃ 註 ﹄ に も 異 課 を み る こ と が で き る。 い ま こ の 爾 課 に 注 意 す る に 第 三 の 現 量 章 で は、 課 文 繹 語 共 に 大 し た 違 い は な い が、 第 二 章 か ら 第 六 章 の 各 章 に は 相 當 な 違 い が あ る。 こ れ ら の 詳 細 は 別 稿 に ゆ ず り、 ﹃ 頚 ﹄ の み の 上 で、 そ の 違 い を 注 意 す る と、 ま ず 現 量 章 で は V R. 課 碩 が 四 七 頚、 K V. 課 頒 が 四 六 頚 二 句 で 二 句 の 差 異 が あ る。 次 に 自 比 量 章 で は V R. 課 頚 五 一 頚 二 句、 K V. 繹 頚 五 〇 頚 一 句 で 一 頒 一 句 の 違 い が あ る。 他 比 量 章 で は K V. 課 碩 五 〇 頒 二 句、 V R. 課 頚 五 四 頒 一 句 と 三 頚 三 句 の 違 い が あ り、 観 喩 似 喩 章 で は K V. 課 頚 二 〇 頚 三 句、 V R. 課 頒 二 一 頒 三 句 で 一 頚 の 差 異 が あ る。 さ ら に 観 離 章 で は K V. 課 頚 五 三 頚 一 句、 V R. 課 頒 五 五 頚 で 一 頚 三 句、 観 過 類 章 で は K V. 課 頚 二 五 頒 三 句、 K R. 課 碩 二 五 頚 で 三 句 等 と そ れ ぞ れ 違 い、 総 計 で は K V. 課 碩 二 四 七 頚、 VR. 課 頚 二 五 四 碩 で、 V R. 繹 頚 が 七 碩 多 い こ と と な る。 こ れ ら の 一 々 に は 立 入 る 鯨 裕 が な い が、 こ の 偶 頚 の 歎 の 差 異 は 爾 課 書 の 形 の 上 ば か り で な く、 そ の 性 格 の 差 異 を も 西 藏 課 ﹃ 集 量 論 ﹄ の テ キ ス ト 批 判 ( 武 邑 )

(2)

-91-西 藏 課 ﹃ 集 量 論 ﹄ の テ キ ス ト 批 判 ( 武 邑 ) 示 し て い る。 從 つ て テ キ ス ト ク リ テ ィ ク に は、 ま ず こ の 黙 が 明 か に さ れ ね ば な ら な い。 次 に 問 題 と な る の は ﹃ 頚 ﹄ と ﹃ 註 ﹄ と の 關 係 で あ る。 例 え ば ﹃ 倶 舎 論 ﹄ の 場 合 の よ う に、 頚 が 先 に 書 か れ、 後 に 何 か の 必 要 か ら 註 が 書 か れ た の か ど う か、 と い う こ と で あ る。 こ の こ と は、 ﹃ 正 理 門 論 ﹄ と の 蓮 關 に 於 い て 後 に 考 察 す る。 さ ら に、 こ の 外、 現 存 梵 文 の 断 片 と の 比 較、 ま た 繹 語 の 比 較 槍 討 等 が な さ れ ね ば な ら な い。 い ま、 こ こ で は こ れ ら の 全 般 に つ い て 詳 し く 述 べ る こ と が で き な い か ら、 主 と し て ﹃ 正 理 門 論 ﹄ と の 蓮 關 に お い て の テ キ ス ト 批 判 の 一 端 を 述 べ よ う と 思 う。 一 ﹃ 集 量 論 ﹄ と ﹃ 正 理 門 論 ﹄ ﹁ 量 を 解 明 ぜ ん が た め に、 自 身 の 著 作 で あ る ﹃ 正 理 門 論 ﹄ 等 の 中 か ら 量 に 關 す る 種 種 の 断 片 を、 こ こ に 集 大 成 し て ﹃ 集 量 論 ﹄ を 造 る ﹂ 乏 陳 那 は ﹃ 集 量 註 ﹄ の 初 め に 言 つ て い る か ら、 ﹃ 正 理 門 論 ﹄ が ﹃ 集 量 論 ﹄ 噌製 作 の 代 表 的 素 材 で あ る こ と は 明 か で あ る も つ と も、 こ こ に ﹁ 等 ﹂ と い わ れ る か ら、 素 材 と し て 彼 自 身 の 因 明 に 關 す る 著 作 の ﹃ 因 輪 決 揮 碩 ﹄ が 等 取 さ れ、 そ の 他 ﹃ 倶 舎 論 繹 要 鍵 燈 ﹄ ﹃ 佛 母 般 若 波 羅 蜜 多 圓 集 要 義 論 ﹄ 及 び 唯 識 に 關 す る ﹃ 観 所 縁 縁 論 ﹄ 等 も 引 用 關 説 さ れ た 跡 が 認 め ら れ る か ら、 こ れ ら も、 ま た 素 材 と な つ て い る と 思 わ れ る。 し か し ﹃ 集 量 論 ﹄ の 代 表 的 な 素 材 ほ、 何 と い つ て も ﹃ 正 理 門 論 ﹄ で あ る。 こ の こ と は 爾 者 の 内 容 を 比 較 す れ ば 一 目 瞭 然 で あ る。 い ま 限 ら れ た 紙 敷 で こ れ を 比 較 表 示 す る こ と は 許 さ れ な い が、 全 六 章 に つ い て、 そ の 大 要 を 述 べ れ ば (一)現 量 章 で は 傍 破 を 除 い て 陳 那 自 身 の 主 張 が (イ)量 の 数 回 現 量 の 規 定 的 特 に p r a ty a k s a の 語 義 (ニ)現 具異 の 種 別 (ホ)自 詮 が 現 量 た る こ と の 確 認 似 現 量 量 量 果 (チ)自 詮 が 量 果 で あ る こ と ( リ)識 の 二 相 の 顯 現 と 自 謹 等 の 九 段 十 二 頚 (V R. 課 願 で は 一 一 頒 三 句 ) で 説 か れ、 そ の 中 (イ)-(ヘ)は ﹃ 正 理 門 論 ﹄ の 引 用 整 理 に よ つ て 叙 べ ら れ て い る。 (ニ)次 に 自 比 量 章 は 三 相 の 因 が 中 心 と な つ て い る の で ﹃ 正 理 門 論 ﹄ の 素 材 性 は 稀 薄 で あ る。 と い う の は ﹃ 正 理 門 論 ﹄ は 狭 義 の 正 理、 帥 ち 能 立 sa d h a n a 能 破 d u s a n a を 中 心 と す る も の で、 常 に 封 他 的 立 場 で 論 詮 の 研 究 を 主 と す る か ら で あ る。 し か し 本 章 が (イ )比 量 の 庭 分 (ロ)爲 自 比 量 の 規 定 (ハ)量 果 (ニ)現 比 量 の 匠 別 (ホ)比 量 の 境 (ヘ)三 相 の 因 (ト)六 種 似 因 (チ)所 比 の 異 義 と そ の 評 破 ( リ)正 し く 所 比 を 説 く (ヌ)因 相 所 相 の 不 離 を 示 す 等 の 十 段 二 四 碩 二 句 で 陳 那 の 主 張 が な さ れ る 中、 ( イ)と ( リ) の 二 段 七 頚 牛 句 の 叙 述 は ﹃ 正 理 門 論 ﹄ を 素 材 と し て い る。 (三 ) 次 に 他 比 量 章 は 傍 破 の 部 分 を 除 い て、 そ の 素 材 は ﹃ 正 理 門 論 ﹄ で あ る。 部 ち 本 章 は ﹁ 他 比 量 と は 自 の 観 察 し た 義 を 顯 示 p r a -k a c a k a す る こ と で あ る ﹂ と い う 碩 で 始 ま る が、 そ れ は ﹁ 如 是 慮 知 悟 他 比 量 亦 不 離 此 得 成 能 立 ﹂ と 相 慮 す る。 帥 ち ﹁ 此 ﹂ と は 自 比 量 を 指 し、 他 比 量 が 自 比 量 を 離 れ ず し て 共 に 能 立 と

(3)

な る こ と を い う の で あ り、 ﹁ 顯 示 ﹂ と は、 こ れ を 意 味 す る。 帥 ち 能 立 と は ﹁ 由 宗 因 喩 多 言 鼎 説 他 未 了 義 故、 此 多 言 ⋮⋮説名 能 立 ﹂ と い わ れ、 三 相 の 因 の 説 示 で あ る 三 支 作 法 を も つ て、 他 の 未 了 義 を 辮 説 す る こ と で あ る か ら、 顯 示 と は 三 相 の 因 を 説 示 す る こ と で あ る。 と こ ろ が、 ﹃ 集 量 論 ﹄ と ﹃ 正 理 門 論 ﹄ と は、 同 じ く 他 比 量 を 説 く に、 一 方 は 三 相 の 因 の 説 示、 他 方 は そ の 説 示 を 三 支 で 始 め て い る。 こ の 差 異 は 爾 者 の 根 本 的 差 異 を 示 す が、 ﹃ 正 理 門 論 ﹄ が 前 説 の よ う に 狭 義 の 正 理 を 示 す こ と に 深 い 關 心 を 示 し た 結 果 の 差 異 で あ り、 そ の 根 本 的 立 場 は ﹃ 集 量 論 ﹄ の 意 圖 に 從 う べ き で あ る。 し か る に こ の 瓢 が 從 來 は 氣 付 か れ て い な い。 そ こ で 訣 減 n y u n a に つ い て、 直 ち に 三 支 で こ れ を 解 繹 し、 實 に 奇 妙 な 誤 解 を 犯 し て き た が、 ﹃ 集 量 論 ﹄ は こ れ を 明 か に ﹁ こ の 場 合、 三 相 中 い ず れ か 一 相 を 説 示 し な い な ら ば 歓 減 の 過 失 を 示 す こ と と な る ﹂ と 三 相 で 述 べ て い る 黙 注 意 す べ き で あ る。 次 で 本 章 は 宗 に つ い て (イ)宗 (ロ)似 宗 (ハ)宗 違 を 説 き、 因 に つ い て (イ)因 似 因 の 総 説 (ロ)宗 法 (ハ)四 種 不 成 の 似 因 (ニ)宗 法 の 理 (ホ)非 因 (ヘ)数 論 の 二 種 比 量 の 評 破 (ト)同 品 異 品 (チ)九句 因 暢 正 因 相 違 因 不 定 因 (ヌ)結 頚 四 別 し て 四 相 違 に つ い て 等 十 一 段 二 四 頚 一 句 ( V R. 課 頚 で は 二 五 頒 一 句)を 説 き、 次 で 因 と 似 因 と を 分 け て 傍 破 し て い る。 し か も 十 三 段 中 (ヘ)と (ル)を 除 く 凡 て は ﹃ 正 理 門 論 ﹄ を 素 材 と し て い る。 そ の 中 (ヘ)は ﹃ 正 理 門 論 ﹄ に ﹁ 如 破 藪 論 我 己 廣 辮 故、 慮 且 止 廣 識 傍 論 ﹂ と い う も の の 補 説 で あ り、 (ル)は ﹁ 邪 謎 法 有 法 自 性 或 差 別 此 成 相 違 因 若 無 所 違 害 ﹂ が ﹃ 正 理 門 論 ﹄ で は 註 繹 さ れ て い な い か ら、 そ れ を、 補 充 し た も の で あ る。 こ れ ら に つ い て は、 い ま 少 し 詳 し く 槍 討 す べ き で あ る が、 こ こ で は 省 略 し な け れ ば な ら な い。 (四 ) 次 に 観 喩 似 喩 章 で は 傍 破 を 除 い て 陳 那 の 主 張 が (イ)総 じ て 喩 を 説 く (ロ)同 法 異 法 二 喩 の 具 不 具 (ニ)三 支 の 關 係 (ホ)喩 の 意 義 (へ)似 喩 等 と 五 段 二 〇 碩 三 句 ( V R. 課 頒 は 二 一 願 三 句 で 説 く ) で 説 か れ る が、 全 般 的 に ﹃ 正 理 門 論 ﹄ を 素 材 と し て い る。 こ の 場 合、 似 喩 が 最 後 に 説 か れ て い る 黙 が ﹃ 正 理 門 論 ﹄ と 異 つ て い る が、 そ れ は 整 理 の た め で あ る。 (五)観 離 章 は 相 慮 し な い。 (六)観 過 類 章 は 傍 破 を 除 い て 一 致 す る が、 十 四 遇 類 の 配 列 は 異 な る。 こ の 黙 に つ い て 何 故 配 列 を 異 に し た か が 考 察 さ れ ね ば な ら な い。 詳 細 は 紙 歎 の 制 限 の た め 省 略 す る が、 ﹃ 正 理 門 論 ﹄ で 同 法 異 法 分 別 無 異 可 得 猫 豫 義 准 の 七 と 至 非 至 と 無 因 と の 二 と 無 説 無 生 所 作 の 三 と 生 過 の 一 と 常 佳 の 一 と 十 四 種 に 配 列 し た も の を、 ﹃ 集 量 論 ﹄ で は 初 め に 因 支 歓 減 の 過 で あ る 至 不 至 と 無 因 を あ げ、 宗 の 過 類 の 常 佳、 多 く 似 宗 過 で あ る 無 説 無 生 所 作 ( 果 ) の 三 を 次 に あ げ、 疑 不 決 定 の も の で あ る 同 法 乃 至 義 准 の 七 を あ げ、 最 後 に 喩 に 關 す る 過 類 と し て 成 相 似 ( 生 過 相 似)を と 順 序 を 整 理 し た と 思 わ れ る。 以 上 略 述 し た こ と か ら 明 ら か な よ う に、 ﹃ 正 理 門 論 ﹄ は ﹃ 集 量 論 ﹄ の 中 心 的 素 材 と い う べ き で あ る。 と こ ろ が こ こ に 一 つ 西 藏 課 ﹃ 集 量 論 ﹄ の テ キ ス ト 批 判 ( 武 邑 )

(4)

-93-西 藏 誰 ﹃ 集 量 論 ﹄ の テ キ ス ト 批 判 ( 武 邑 ) の 疑 問 が あ る。 そ れ は 前 に 示 し た よ う に 現 存 の 西 藏 課 に ﹃ 碩 ﹄ の み の も の と ﹃ 頚 と 註 ﹄ と を も つ も の と が あ る か ら、 こ の 爾 者 を 一 慮 優 別 し て ﹃ 碩 ﹄ が 先 に 作 ら れ、 次 で ﹃ 正 理 門 論 ﹄、 さ ら に ﹃ 集 量 註 ﹄ と い う 次 第 を も つ て ﹃ 集 量 論 ﹄ が 完 成 し た と 推 定 す る こ と が で き る。 と い う の は ﹃ 正 理 門 論 ﹄ に ﹁ 本 頒 日 ﹂ と し て ﹃ 集 量 頚 ﹄ の 二 頚 牛 が 引 用 さ れ る か ら で あ る。 こ の 意 味 で ﹁ 本 頚 日 ﹂ の 正 し い 解 繹 が 求 め ら れ ね ば な ら な い。 さ て、 こ の ﹁ 本 頒 ﹂ に つ い て は、 慧 沼 の ﹃ 纂 宴 ﹄ 智 周 の ﹃ 前 記 ﹄ ﹃ 後 記 ﹄ は ﹁ 足 目 所 造 の 頚 ﹂ と い い、 寳 雲 は ﹁ 量 に 關 す る 陳 那 の 二 十 頚 の 著 作 ﹂ を 指 す と い う。 し か し、 こ れ ら の 説 は 根 嫁 が 不 明 で あ り、 ま た 偶 頒 の 内 容 か ら し て も 正 當 で は あ り え な い。 と こ ろ が、 こ の 本 頚 を ﹃ 集 量 碩 ﹄ と み る こ と は 一 慮 正 し い。 も し、 こ の こ と が 認 め ら れ る と す れ ば ﹃ 正 理 門 論 ﹄ は ﹃ 集 量 論 ﹄ に と つ て、 純 粋 な 素 材 で な く、 逆 に ﹃ 集 量 論 ﹄-嚴 密 に は 頚 の み-が ﹃ 正 理 門 論 ﹄ の 素 材 で あ る と ( 2 ) い う こ と に な る。 も つ と も ﹃ 頚 ﹄ を 現 存 の ﹃ 集 量 碩 ﹄ と し て 保 存 さ れ て い る も の 以 外 の 何 等 か 手 記 的 な も の と す る な ら ば、 論 外 で あ る が、 現 存 の も の で み る 場 合、 ﹃ 集 量 碩 ﹄ が ﹃ 正 理 門 論 ﹄ の 素 材 で あ る と す る こ と は、 次 の 理 由 か ら 疑 わ し い。 (一 )﹃ 正 理 門 論 ﹄ に 頒、 重 頚、 囁 頚 等 と し て 説 か れ る も の は 全 部 で 二 七 頚 二 句 を 歎 え る こ と が で き る。 そ の 中、 現 存 の K V 繹 碩、 V R. 課 頚 中 の 頚 と 相 慮 す る も の は 全 部 で 二 一 頚 一 句 あ る。 從 つ て ﹁ 本 頚 日 ﹂ が ﹁ 集 量 頒 日 ﹂ の 意 味 で あ れ ば、 こ れ ら の 中 で 殊 更 に 二 頚 二 句 の み を ﹁ 本 頒 目 ﹂ と い い、 他 の 一 八 頚 三 句 を 何 故、 本 頚 と 指 摘 し な い か。 そ の 理 由 が 明 か に な ら な い。 (二 )次 に 二 頚 二 句 中、 ﹁ 於 同 有 及 二 在 異 無 是 因 翻 此 名 相 違 所 絵 皆 不 定 ﹂ ﹁ 如 自 決 定 己 稀 他 決 定 性 説 宗 法 相 慮 所 立 飴 遠 離 ﹂ の 二 碩 は よ い と し て、 ﹁ 現 量 除 分 別 飴 所 説 因 生 ﹂ の 二 句 中 ﹁ 鯨 所 説 因 生 ﹂ は 相 慮 頒 が な い 黙 を 如 何 に 解 繹 す る か。 (三)さ ら に 次 の 節 で 述 べ る よ う に、 少 く と も 現 存 の ﹃ 集 量 碩 ﹄ は、 後 に ﹃ 集 量 註 ﹄ か ら 取 出 さ れ 別 行 さ れ た と 考 う べ き で あ る 等 で あ る。 か く て ﹁ 本 頒 日 ﹂ を 直 ち に ﹃ 集 量 碩 ﹄ に 曰 く と 解 繹 す る こ と に は、 少 な か ら ぬ 疑 問 が あ る か ら、 陳 那 の い う 通 り に ﹃ 正 理 門 論 ﹄ は、 純 粋 に ﹃ 集 量 論 ﹄ の 素 材 と し て 取 扱 か う べ き で あ ろ う。 次 に、 そ れ で は ﹁ 本 頒 ﹂ と は 如 何 な る 意 味 に 解 繹 す る か と い う に、 こ の 二 頒 二 句 の 中 第 一 は ﹁ 同 品 に 有 な る と 倶 で あ る と、 異 品 に 無 な る と は、 同 品 定 有、 異 品 遍 無 の 二 相 を 満 足 し て 正 因、 こ れ に 翻 ず る も の が 相 違 因、 そ の 他 は 不 定 因 で あ る ﹂ と、 謂 ゆ る ﹃ 二 八 正 因、 四 六 相 違、 蝕 皆 不 定 ﹄ と 九 句 因 を 述 べ た も の で あ る。 次 の 一 頒 は ﹁ 自 比 量 に よ つ て 自 ら に 決 定 智 を 生 じ た も の が、 他 に も 同 じ よ う に 決 定 智 を 生 ぜ し め ん と し て 説 く た め に は、 師 ち 他 比 量 で は 三 支 の 立 量 の み で 十 分 で あ り、 合 結 の 二 支 の 如 き は 不 必 要 で あ る こ と を 説 く の

(5)

-94-で あ る ﹂。 最 後 の 二 句 は 有 名 な 陳 那 の 現 量 規 定 と 現 比 二 量 の 差 別 を 明 か に す る も の で あ る。 從 つ て、 陳 那 の 新 因 明 に 於 け る 彼 猫 自 の 立 場 と 學 説 は、 こ の 二 頚 牛 に つ く さ れ て い る と い え る。 そ こ で、 い ま の ﹁ 本 頒 ﹂ と は こ の 意 味 に 澹 つ て ﹁ 根 本 ﹂ の 意 味 で 解 繹 す べ き で あ ろ う。 二 P r a m a n a s a m u c c a y a︹ n a m a -p r a k a r a n a ︺ と P ra m p n a sa m u c c a y a v r it t i と の 關 係 前 述 の 如 く ﹃ 集 量 論 ﹄ に は、 嚴 密 に い つ て ﹃ 集 量 頚 ﹄ と ﹃ 集 量 註 ﹄ の 二 本 が そ れ ぞ れ 二 種 の 課 書 と し て 現 存 し て い る が、 ま ず、 こ の 中 で ﹃ 頒 ﹄ と ﹃ 註 ﹄ と は ど の よ う な 關 係 で 成 立 し て い る の か。 こ の 黙 に 關 し て、 最 も 常 識 的 な 立 場 を と れ ば、 ﹃ 頚 ﹄ が 初 め に 作 ら れ、 そ れ が 何 か の 因 縁 に よ り 註 繹 す る 必 要 に 迫 ら れ ﹃ 集 量 註 ﹄ と し て、 頚 と 註 を も つ も の が 成 立 し た と 考 う べ き で あ ろ う。 と こ ろ が、 こ の 場 合 に は 成 立 の 因 縁 か ら み て も、 成 立 し た ﹃ 集 量 ( 論 ) 註 ﹄ P r a m p n a s a m u c c y a v r it it に 於 い て も 頒 は 中 心 的 地 位 に お か れ 一 註 は 專 ら 頚 に 随 つ て 施 さ れ、 頚 の 形 の 攣 化 等 は あ り 得 な い の が 普 通 で あ る。 と こ ろ が 實 際 に ﹃ 集 量 碩 ﹄ 及 び ﹃ 集 量 註 ﹄ に つ い て み る 場 合、 ﹃ 集 量 碩 ﹄ に 於 け る 偶 碩 の 形 が ﹃ 集 量 註 ﹄ で は 註 繹 す る 文 章 の 都 合 で 相 當 攣 更 さ れ て い る 場 合 が 見 出 さ れ る。 い ま、 最 も 顯 著 な 例 を と り 出 し て み れ ば、 そ れ は 有 名 な ﹁ 現 量 除 分 別 ﹂ に 關 す る も の で あ る。 ま ず、 そ れ の 頚 と し て ﹃ 集 量 頒 ﹄ に 現 わ れ る 形 を 西 藏 課 で み れ ば

KV.-/mnon-sum rtog-pa dan bral-ba//min dan rig sogs mi

b s r e s -p aho/ V R.-/m in d a n ru s so g s -s u s b y o r -p a h i/ /r to g-p a d a n b ra l m n o n s u m m o / と あ り、 K V. 課 頚 は ﹁ 現 量 と は 分 別 と 離 れ た り、 名 言 と 種 類 等 と 雑 わ ら ざ る も の な り ﹂ で あ り、 V R. 課 頚 は ﹁ 名 言 と 種 類 等 に 相 慮 す る 分 別 と 離 れ た る が 現 量 な り ﹂ で あ る。 と こ ろ が、 爾 繹 と も、 そ の ﹃ 集 量 註 ﹄ の 方 で は、 三 語 の 課 語 の 違 い を 無 覗 す れ ば 全 く 同 じ 形 で 示 さ れ る。 帥 ち /m n o n -s u m rt o g -p a d a n b ra l-b a // m in d a m ri g s -s og s b s re s, p a h o / と。 一 字 の 差 異 と は b s re s-pa-sbyor-ba の 一 字 で あ る。 一 髄 こ の 事 實 は 何 を 示 す の か。 も し 頚 が あ り、 そ れ に 註 が 後 に 附 加 せ ら れ た 場 合 な ら、 態 々 頒 を 攣 更 し な く と も 註 繹 は 可 能 で あ ろ う。 し か し、 こ こ で は ﹃ 集 量 註 ﹄ で 爾 課 が 一 致 し、 ﹃ 頒 ﹄ に な れ ば、 そ れ ぞ れ 形 を か え て 頒 の み で 意 味 の 巴 れ る よ う に 書 き か え ら れ て い る の で あ る。 そ こ で、 と れ は 明 か に ﹃ 集 量 註 ﹄ か ら ﹃ 頒 ﹄ が 引 き 出 さ れ た 詮 擦 と み ら れ る。 特 に、 こ れ を 裏 付 け る よ う に 思 わ れ る の は、 後 に ウ ッ ド ヨ ー タ カ ラ d q y o t a k a r a の N y a y a v a r ti k a に、 こ の ﹃ 註 ﹄ の 文 西 藏 課 ﹃ 集 量 論 ﹄ の テ キ ス ト 批 判 ( 武 邑 )

(6)

-95-西 藏 課 ﹃ 集 量 論 ﹄ の テ キ ス ト 批 判 ( 武 邑 ) 章 が 引 用 さ れ て

apare tu manyante pratyaksam

kalpana-p

o

d

h

am iti. atha keyam kalpana. nama-jati yojaneti.

と い わ れ、 ﹃ 頚 ﹄ の 中 の 頒 が 引 用 さ れ て い な い こ と で あ る。 こ こ に ウ ッ ド ヨ ー タ カ ラ の 引 用 は ﹁ 現 量 除 分 別 ﹂ と い う 陳 那 の 現 量 規 定 を 批 評 す る た め で あ る か ら、 も し 別 行 偏 頒 が あ れ ば、 そ れ で 十 分 で あ る。 し か る に ﹃ 集 量 論 註 ﹄ の 文 を 殊 更 に 引 用 す る の は、 當 時 は 別 行 の ﹃ 集 量 頚 ﹄ の 如 き も の は な か つ た の で は な か ろ う か。 こ の よ う な 黙 か ら、 現 存 の ﹃ 集 量 頚 ﹄ は ﹃集 量 註 ﹄ か ら 頚 の み を 抜 き 出 し て 別 行 さ れ た も の と い わ ね ば な ら な い。 こ の 貼 は、 碩 の 抜 出 し が 非 常 に 機 械 的 で あ る こ と か ら も 知 ら れ る。 而 も こ の こ と はKV. 繹 頚 に 於 い て 甚 だ し い。 と い う の は ﹃ 集 量 頚 ﹄ に 於 い て 當 然 ﹃ 集 量 註 ﹄ か ら 抜 き 出 さ れ ね ば な ら な い 筈 の 頒 が 出 さ れ な い で、 ﹃ 註 ﹄ に 頒 の 形 で 残 つ て い る も の が あ る か ら で あ る。 そ の た め に 意 味 の 通 じ な い 揚 面 が 現 わ れ、 こ れ がVR. 繹 頒 で 補 わ れ る も の が 屡 汝 見 出 さ れ る。 例 え ば、 自 比 量 章 の 中 で 所 比 を 読 く と こ ろ に ﹁中 聞 の 偶 頚 ﹂ と し てKV. 本 碩 に / y o n -t a

n dri dan dri bsun rnams//de min khyad-par rim-pa las/

/ u-t v a -la -s

ogs la gcig hphel lo/

と あ る が、 こ の 第 二 句 と 第 三 句 と の 間 に は ﹃ 集 量 註 ﹄ に は /r d sa

s min la sogs rnam bcad na/の

一 句 が あ り、VR. 繹 頚 で は こ れ を 補 つ て い る。 こ の よ う な 例 は 他 比 量 章 の ﹁ 四 相 違 を 別 読 す る ﹂ 揚 面 で も 現 わ れ る。 ま た、 こ の こ と は 十 分 に 整 理 さ れ た と 思 わ れ るVR. 課 頚 で も 現 わ れ る。 そ の 例 は 現 量 章 に 於 い てKV. 本 頒 が あ げ て い る 一 句、 帥 ち /gzugs-la-s o g s -p a h i d r an -p a b s h in /をVR. 課 頒 で は あ げ な い 等 で あ る。 以 上 の 諸 鮎 か ら、 現 存 の ﹃ 集 量 頚 ﹄ は ﹃ 集 量 註 ﹄ か ら、 後 に 別 行 さ れ た も の と 考 え ね ば な ら な い。 三 チ ベ ッ ト 課 そ れ ぞ れ の 性 格 現 存 ﹃ 集 量 碩 ﹄ の 中KV. 繹 頒 が 二 四 七 頚、VR. 繹 頚 が 二 五 四 頒 で、 爾 者 に 七 偶 の 相 違 が あ る こ と、 さ ち に こ れ を 内 容 に 立 入 つ て み れ ば、 各 章 相 互 に 種 汝 差 異 が 現 わ れ る こ と は、 前 に 述 べ た。 而 も そ の 差 異 が ﹃ 集 量 註 ﹄ よ り ﹁ 頒 ﹂ の み を 取 出 す 時 に、 故 意 に 或 は 不 用 意 に な さ れ た 結 果 で あ ろ う と 考 え て き た。 も ち ろ ん、 こ の よ う に 不 用 意 に 起 つ た 睨 落 と い う こ と に つ い て は、 少 く と も 碩 を 別 行 す る と い う 揚 合 あ り え な い こ と で あ る と も 考 え ら れ る が、 そ れ で も、 な お し か 考 え ね ば な ら ぬ 歌 態 が あ る。 も つ と もVR. 謬 頚 で は 比 較 的 そ の よ う な 揚 面 は 少 な い が、KV. 課 頒 で は 明 か に そ う み ら れ る 揚 面 が 相 當 に 見 出 さ れ る。 こ の よ う な 黙 を 考 慮 し な が ら、 爾 繹 の 性 格 を 総 括 的 に み れ ば、 ま ず Vasudararaksita 繹 は 題 名 に 殊 更 に

(7)

nama-praka-ra n a と あ る よ う に、 偶 碩 の み で そ の 内 容 が 十 分 讃 み と れ る よ う に 配 慮 さ れ、 整 備 さ れ て い る。 と こ ろ が K a n a k a v a r m a n 諜 で は、 も し 註 繹 を 離 す な ら ば、 殆 ん ど 讃 み 切 る こ と が で き な い よ う な 禮 裁 で あ る。 こ の 鮎 は 爾 繹 を 比 較 し て 直 ち に 氣 付 く こ と で あ る。 例 え ば ﹃ 集 量 論 ﹄ 全 六 章 の 内、 第 五 観 い離 章 を 除 く 他 の 五 章 は、 凡 て 前 段 と 後 段 に 分 け ら れ、 後 段 に は ﹁ 論 ( 3) 軌 ﹂ ﹁ 正 理 ﹂ ﹁ 勝 論 ﹂ ﹁ 藪 論 ﹂ 等 の 各 學 派 の 學 論 が 評 破 さ れ る の で あ る が、 K a n a k a v a r m a n 諜 の ﹃ 集 量 頚 ﹄ で は、 評 破 の 野 象 と な る そ れ ぞ れ の 圭 張 が、 第 一 章 を 除 い て 他 の 四 章 で は 全 く 出 さ れ ず、 前 段 の 偶 碩 と 匪 切 な く 綾 け ら れ、 ま た 各 評 破 が 匠 別 な く 一 蓮 の 偶 頚 と し て 出 さ れ て い る か ら、 註 縄 を 豫 想 し な い で は 誤 護 の 恐 れ が あ る。 と こ ろ が ﹁V R. 謙 頚 ﹂ で は、 各 評 破 の 封 象 と な る 學 読 が 評 破 の 前 に 必 ず 挿 入 さ れ、 一 見 し て 問 願 の 中 心 が 明 か に な る よ う に 配 慮 さ れ て い る。 こ の こ と は ﹁ V R. 課 頚 ﹂ が 如 何 に 深 い 考 慮 の 上 に 誰 出 さ れ た か を 示 し て い る。 而 も、 こ の ﹃ 集 量 碩 ﹄ に 封 す る 配 慮 は、 さ ら に ﹃ 集 量 註 ﹄ に 於 い て も 明 か で あ り、 そ こ で は そ れ の 是 非 は 暫 ら く お く と し て、 こ の 配 慮 が 教 理 的 な も の に 迄 及 ん で い る 顯 著 な 例 を み る。 そ れ ば 爲 他 比 量 章 の 不 共 不 定 を 読 く 中、 相 違 決 定 に 關 す る 部 分 に 現 わ れ て い る。 い ま、 そ の 問 題 の 個 所 を ﹃ 正 理 門 論 ﹄ の 本 文 と 封 照 し て 次 に あ げ よ う。 ︹ 正 理 門 論 ︺ -又 於 此 中 現 教 力 勝 故、 鷹 依 此 思 求 決 定。 繹 繹 さ て、 相 違 決 定 と は、 例 え ば 聲 に つ い て 常 佳 と 無 常 と が、 ﹁ 聲 は 常 佳 な る べ し 所 聞 性 の 故 に、 聲 性 の 如 し ﹂ ﹁ 聲 は 無 常 な る べ し 所 作 性 の 故 に、 概 等 の 如 し ﹂ と い う 二 種 の 論 式 で、 そ れ ぞ れ 読 か れ た 揚 合、 爾 者 は そ れ ぞ れ の 立 場 で は 正 し い 圭 張 で あ り、 論 式 と し て 誤 謬 は な い か ら、 同 じ 聲 に 樹 し て 矛 盾 す る 常 と 無 常 と が 成 立 す る こ と と な る よ う な 揚 合 を い う。 こ の よ う な 揚 合、 こ の 封 立 す る 意 見 を ど の よ う に 解 決 す る か と い う に、 前 掲 の ﹃ 正 理 門 論 ﹄ 及 び K a n a -k a v a rm a n 繹 に よ れ ば、 そ れ は 現 量 と 聖 教 と が、 そ れ を 解 決 す る 力 を も つ て い る か ら、 そ れ に ょ つ て 思 惟 分 別 し て 決 す べ き で あ る と い う。 と こ ろ が V a s n d a r a r a k s it a 諜 で は ﹁ こ の 揚 合、 そ れ を 決 定 す る も の は、 そ れ を 思 惟 し 求 め る 人 汝 の 現 量 に よ る べ き で あ る ﹂ と い う。 こ こ で、 現 量 と い う の は、 嚴 密 な 意 味 で い う の で は な く 世 間 現 見 の 意 味 で あ る こ と は、 既 に ( 4) 宇 井 先 生 の い わ れ る 如 く で あ る が、 こ の 詳 で は ﹁ 教 ﹂ の 文 字 が 明 か に な い こ と が 注 意 さ れ ね ば な ら な い。 同 原 本 の 異 諜 と み れ ば、 こ の よ う な 喰 違 い が 爾 繹 に 現 わ れ る こ と は 不 思 議 で あ る。 し か し、 も し 推 測 が 許 さ れ る な ら ば、 V a s u d a r a r a k s it 西 藏 誰 ﹃ 集 量 論 ﹄ の テ キ ス ト 批 判 ( 武 邑 )

(8)

西 藏 課 ﹃ 集 量 論 ﹄ の テ キ ス ト 批 判 ( 武 邑 ) 課 に ﹁教 ﹂ の 文 字 が な い こ と は、 陳 那 が 聖 教 量 の 別 立 を 認 め な い 二 量 読 の 立 揚 に あ る こ と を 考 慮 し た も の と 思 わ れ る。 帥 ち、 ﹁ 教 ﹂ の 力 が 勝 れ て い る と、 た と え 本 文 に あ つ て も、 そ れ は 佛 教 の 聖 教 を 量 と し て 決 定 す る と い う こ と で は な く、 宇 井 先 生 の い わ れ る よ う に、 世 間 一 般 の 信 用 す る 立 揚 で と い う 意 味 に 理 解 す べ き で あ る。 し か し、 も し ﹁ 教 ﹂ の 文 字 が あ る と、 事 實 は 聖 教 量 的 に こ れ を 取 扱 か う 誤 り の 可 能 性 が あ る か ら、 そ れ を 考 慮 し て ﹁ 教 ﹂ を 省 略 し た と 考 え ら れ る。 こ の よ う な 黙 か ら す れ ば V a sn d a r a r a k s it a の 課 本 は K a n a k a v a r m a n 諜 の 修 正 と 整 理 に よ つ て な さ れ た と 推 定 さ れ る の で あ る と こ ろ が、 こ こ に 厄 介 な 例 が あ る。 そ れ は 他 比 量 章 の 中、 前 段 の 最 後 の 四 相 違 の 中 で、 爾 詳 に 偶 頚 の 顛 倒 が あ る。 い ま ﹁V R. 課 頚 ﹂ に よ つ て 示 せ ば 問 題 と な る の は、 次 の 二 頒 で あ る。 さ て、 こ れ を ﹁ K V. 課 碩 ﹂ で み る と、 こ の I と I が 全 く 逆 に な つ て い る。 そ こ で、 こ れ を ﹃ 集 量 註 ﹄ に 確 か め て み る と、 こ れ ら の 偶 頚 を も つ 文 章 が 逆 に な つ て い る の で あ る。 部 ち ﹁ V R. 課 註 ﹂ の /d e b s h in d n n -t v a la h i ⋮号 暴 ⋮ / g s u m -g n is -g o ig-t u r to g s -p a r h g y u r / ( 斗 ル タ ン 齎 5 3. b. 4-53. b. 5. デ ル 齎 48. b. 6.-48. b. 7)と い う 文 章 が、 ﹁ K V. 諜 註 ﹂ で は、 ﹁ V R. 繹 評 ﹂ の /h d ir y a n g o ig lt a -b u h i d b a-d n b y a s -n a s ri g -p a r b y a s t e / ( 斗 ル タ ン 齎 54. b. 5. デ ル ゲ49. b. 5) と い う 文 章 の 前 に 入 つ て い る の で あ る。 こ の よ う な こ と は 他 で は 全 く 見 當 ら な い こ と で あ る が、 そ の 文 章 の 綾 き 具 合 は ﹁K V. 課 註 ﹂ が 正 し い と 思 わ れ る。 從 つ て ﹁ V R. 誰 註 ﹂ が 改 訂 繹 で あ る と い う 前 か ら の 推 定 は、 こ こ で は 通 用 し な い よ う に み え る。 而 も ナ ル タ ン ・ デ ル ゲ、 北 京 の 三 版 と も 事 情 は 同 じ で あ る か ら 版 木 の 上 で の 誤 り と は 考 え ら れ な い。 あ る い は 傳 爲 中 の 誤 爲 と み る べ き で あ ろ う か。 し か し、 も し 誤 爲 と す れ ば 偶 頒 の 取 出 し 方 は、 全 く 機 械 的 で あ つ た と い わ ね ば な ら な い。 こ の 部 分 に つ い て は 十 分 に 縄 然 と し な い の で あ る が、 も し 誤 爲 と い う 推 測 が 許 さ れ る と す れ ば、 別 行 頚 の 形 成 は 誤 宣 側 さ れ た 後 の も の と 思 わ れ、 K a n a k a v a r m a n 鐸 が V a s n d a-r a ra ks it a 繹 よ り も 古 い と い う 一 つ の 詮 左 と も な る の で あ る。 こ の 黙 に 關 し て は、 さ ら に 槍 討 を 要 す る と 思 わ れ る が、 西 藏 繹 の 異 繹 の 性 格 は 以 上 で 大 髄 明 か で あ る と 思 わ れ る。

(9)

-98-四 西 藏 繹 ﹃ 集 量 論 ﹄ と ﹃ 正 理 門 論 ﹄ 西 藏 課 ﹃ 集 量 論 ﹄ の 爾 繹 と ﹃ 正 理 門 論 ﹄ を 比 較 樹 照 す る 場 合、 直 ち に 氣 付 く こ と は、 爾 諜 の 中 K a n a k a v aman 諜が ﹃ 正 理 門 論 ﹄ と 殆 ん ど 一 致 し、 こ れ ら 爾 者 が 密 接 な 關 係 に あ る こ と を 知 る。 帥 ち ﹃ 正 理 門 論 ﹄ が ﹃ 集 量 論 ﹄ の 素 材 で あ る と す れ ば、 そ の 素 材 と な つ た ﹃ 正 理 門 論 ﹄ が 如 何 に ﹃ 集 量 論 ﹄ 中 に 用 い ら れ て い つ た か を K a n a k a v a r m a n 謬 と 比 較 す る こ と に 於 い て 明 か に 知 る こ と が で き る。 し か も そ の 繹 語 の 相 慮 と 一 致 は ﹃ 正 理 門 論 ﹄ の 原 典 を 彷 彿 せ し め る。 こ の 黙 で 難 解 な ﹃ 正 理 門 論 ﹄ を 正 し く 讃 む た め に は、 是 非 と も こ の 西 藏 誰 を 参 照 す べ き で あ る。 こ め 黙 に 關 し て K a na k a v a rm a n 誰 が ﹃ 正 理 門 論 ﹄ を い か に 彷 彿 せ し め る か を 顯 著 な 例 を も つ て 示 そ う。 ま ず、 最 も 顯 著 な も の は 他 比 量 章 中、 非 因 を 読 く ﹁ 若 有 成 立 聲 非 是 常、 業 等 慮 常 故、 常 鷹 可 得 故。 如 是 云 何 名 爲 宗 法。 此 読 彼 過 由 因 宗 門。 以 有 所 立 論 鷹 言 故。 以 先 立 常 無 形 磯 故、 後 但 立 宗 斥 彼 因 過 ﹂ と い う 文 章 と の 相 慮 に あ ら わ れ る。 こ れ を K a n a k a v a r m a n 繹 で み れ ば ﹃ 例 え ば 聲 は 常 佳 に 非 ず。 業 等 は 鷹 に 常 佳 な る べ き が 故 に、 ま た 常 に ( r t a g -t u, n it y a ) 慮 に 可 得 な る べ き が 故 に と い う。 こ れ は 宗 と 因 と の 門 に よ つ て 答 え た の で あ る。 既 に 承 認 し て い る か ら 慮 に な る べ し と い う。 帥 ち 前 に m既 に 形 擬 な き が 故 に と て 常 佳 性 な る こ と を 認 め て い る か ら、 そ れ に よ つ て 答 を 示 す の で あ り、 こ こ で は、 た だ 宗 の み に ょ つ て い る の で あ る ﹂ と 繹 出 さ れ て い る。 と こ ろ が 如 何 な る 理 由 で か V a s ud a ra r a k s it a 繹 で は ﹁ 如 是 云 何 名 宗 法 ﹂ 以 下 に 相 當 す る ﹃ こ れ は 宗 と 因 と の 門 に ょ つ て 答 え た の で あ る ﹄ 以 下 が 繹 出 さ れ て い な い。 而 も そ れ ば 軍 な る 脱 落 と は 思 え な い。 と い う の は 相 慮 す る 前 文 が 完 結 的 に 示 さ れ て い る か ら で あ る。 こ の よ う な 例 は 外 に は 見 當 ら な い が、 K a -n a k a v a r m a n 繹 が ﹃ 正 理 門 論 ﹄ と 一 致 す る こ と を 示 し て い る。 次 に 繹 出 の 上 で の 顯 著 な 相 慮 例 を 酉 藏 繹 と ﹃ 正 理 門 論 ﹄ の 偶 頚 に つ い て 次 に 比 較 封 照 し て お こ う。 か か る 例 は 決 し て 吹 の 一 二 に と ど ま ら ず 全 騰 に 亘 つ て 見 ら れ る こ と は い う ま で も な い。 (一 ) 有 法 非 成 於 有 法 及 法 此 非 成 有 法 但 由 法 故 成 其 法 如 是 成 立 於 有 法 西 藏 繹 ﹃ 集 量 論 ﹄ の テ キ ス ト 批 判 ( 武 邑 )

(10)

-99-西 藏 繹 ﹃ 集 量 論 ﹄ の テ キ ス ト 批 判 ( 武 邑 ) o a n y a n d e b s h in / (二 ) 唯 内 謹 離 言 是 色 根 境 界 (三 ) 宗 法 於 同 品 謂 有 非 有 倶 於 異 品 各 三 有 非 有 及 二 五 テ キ ス ト 批 判 の 敷 果 以 上 ﹃ 集 量 論 ﹄ の テ キ ス ト に 關 し て、 注 意 す べ き 二 三 の 黙 を 指 摘 し た が、 こ れ ら の 黙 か ら、 特 に ﹃ 正 理 門 論 ﹄ に 連 關 し て 注 意 す べ き こ と は、 從 來 難 解 と い わ れ、 そ の た め に 種 女 の 誤 解 を 生 じ た ﹃ 正 理 門 論 ﹄ が K a n a k a v a r m a n 繹 を 参 照 す る こ と に よ つ て、 正 し く 理 解 さ れ る こ と で あ る。 さ ら に V a s u -d a r a ra k s it a 繹 と の 異 同 を 注 意 す る こ と に よ つ て 意 味 上 で 種 麦 難 黙 を 明 ら か に し う る で あ ろ う。 次 に こ の よ う な 手 績 に よ つ て 明 ら か に さ れ る 二 三 の 例 を 指 摘 し て、 こ の 稿 を 了 り た い。 ま ず、 初 め に 前 節 に あ げ た の 例 を み る に、 こ れ は 四 種 現 量 中 五 根 の 現 量 を 読 く 偶 頚 の 後 傘 の 二 句 で あ る が、 こ れ に つ い て 從 來 は ﹁ 唯 だ 内 謹 に し て 言 を 離 る、 是 れ 色 根 の 境 界 な り ﹂ と 讃 ん で い る。 た め に 色 根 と い う に つ い て 殊 更 に 五 根 五 力 等 と 匠 別 し て 五 色 根 の 意 味 を 表 わ す と 註 繹 さ れ て き た が、 相 鷹 の 藏 文 か ら み て、 こ れ は ﹁ 自 謹 さ れ 不 可 読 な る 色 が 根 の 境 界 で あ る ﹂ と い う 意 味 で あ る。 そ こ で 漢 繹 は ﹁ 唯 だ 内 詮 に し て 言 を 離 る。 是 の 色 は 根 の 境 界 な り ﹂ と 護 む べ き で あ る。 こ の こ と は K a m a la -gila の T. S. P. 293 に 引 用 さ れ る s va-sa m v e d y a m -a n ir d e y a m ru p a m -i n d r iy a g o o a r a. に よ つ て も 明 か で あ る。 い ま、 こ の 色 と は ﹃ 集 量 註 ﹄ に あ る ﹁ 多 く の 自 性 を も つ 法 が 根 に よ つ て 理 解 さ れ る 繹 で は な い。 そ れ ぞ れ に 自 詮 さ れ 言 詮 さ れ な い ﹂ 色 の 意 味 で あ り。 そ れ は 陳 那 が 現 量 の 境 た る 自 相 s v a la k s a d a を 認 知 す る こ と に つ い て ﹁ 不 可 読 で あ る 色 性 v a r n a tv a と し て、 色 v a r d a 自 身 を 認 知 す る ﹂ と い つ て き た 色 を い う の で あ る。 次 に 註 経 中 の も の に つ い て み れ ば、 前 に 指 摘 し た 相 違 決 定 の 直 前 に ﹁ 然 倶 可 得 一 義 相 違 不 容 有 故 是 猫 豫 因 ﹂ と い う 文 章 が あ る が、 こ れ に つ い て 古 く は ﹁ 然 る に 倶 に 一 義 の 相 違 す る こ と を 得 べ く、 ︹ 因 を 成 ず る こ

(11)

-100-と ︺ あ る べ か ら ざ る が 故 に 是 れ 猫 豫 の 因 な り ﹂ と 護 み、 宇 井 先 生 は ﹁ 一 義 相 違 の 義 は 境 界 義 と 見 れ ば 聲 性 を 指 し、 一 義 に 於 て 相 違 す る を 得 べ く の 如 き 訓 讃 と な り、 義 を 道 理 義 と み れ ば 理 を 指 し、 一 に 於 て 義 の 相 違 す る を 得 べ く の 如 き 訓 讃 と な る ﹂ と い わ れ ﹁ 然 る に 倶 な ら ば 一 義 の 相 違 す る を 得 べ く の 如 き 訓 護 と な る ﹂ と い わ れ ﹁ 然 る に 倶 な ら ば 一 義 の 相 違 す る を 得 べ く ︹ か く の 如 き こ と ︺ 有 る べ か ら ざ る が 故 に、 是 れ 猫 豫 ( 5) の 因 な り ﹂ と 護 ま れ る が、 そ れ を K a n a k a v a rm a n 繹 で み れ ば g n i-g a d m ig s -p a n a h g a l-b a d a g d o n -g io g la mi sri- d-p a h i p h y ir t h e-ts h o m-g y i-r g y u y in n o と あ る か ら、 こ れ は ﹁ 然 る に 倶 に 可 得 な ら ば、 一 義 に 於 て 相 違 は あ る べ か ら ざ る が 故 に、 是 れ 猫 豫 の 因 な り ﹂ と 護 む べ き こ と が 明 か に な る。 而 も、 こ れ を 意 味 的 に み れ ば V a s u d a ra r a k s it a 繹 の よ う に ﹁ 爾 者 が 倶 に 可 得 の 義 と な る 場 合 に は、 相 違 の 義 で あ る ( 6) か ら、 疑 の 因 で あ る ﹂ と 解 す べ き こ と を 知 る の で あ る。 さ ら に、 V a s u q a ra r a k s it a 繹 を 参 照 す る こ と に ょ つ て 漢 誰 の 意 味 が 明 瞭 に な る 例 と し て は、 ﹃ 正 理 門 論 ﹄ の 他 比 量 中 宗 因 相 違 を 読 く と こ ろ に ﹁ 諸 有 読 言 宗 因 相 違 名 宗 違 者、 此 非 宗 過 ﹂ と あ る が、 こ の ﹁ 諸 有 ﹂ に つ い て、 從 來 は 陳 那 以 前 の 入 汝 と 漠 然 と 考 え て き た が、 そ れ は ﹁ 正 理 學 派 で は ﹂ と 明 瞭 に 指 摘 さ れ、 特 に こ の 宗 違 が ﹃ 集 量 論 ﹄ で 宗 に 關 し て の 傍 破 の 部 分 の 最 後 に お か れ て い る こ と は、 宗 違 が 如 何 な る 意 味 で と り あ げ ら れ た か を 明 か に し て い る 黙 注 意 す べ き で あ る。 以 上、 ご く 限 ら れ た 範 園 で テ キ ス ト 批 判 の 一 端 を 述 べ た が、 な お 幾 多 の 問 題 が あ り、 特 に 繹 語 に つ い て は 今 後 の 研 究 に ま ち た い と 思 う。 1 拙 稿 ﹁ 集 量 論 研 究 序 誘 ﹂ 龍 大 佛 教 學 會 編 ﹁佛 教 學 研 究 ﹂ 第 六 號、 滲 照。 2 宇 井 博 士 ﹃ 印 度 哲 學 研 究 ﹄ 第 五、 五 九 三 頁、 参 照。 3 藪 論 學 派 に つ い て は 現 量 章 と 他 比 量 章 で は S er-sk y a-b a-m a m s 郎 ち カ ピ ラ の 徒 と 出 し、 他 で は g ra n s -o a n -p a -r u a m s 帥 ち 敷 論 學 派 と し て 一 定 し て い な い。 こ れ は 當 時 の 藪 論 學 汲 の 朕 態 を 暗 示 す る も の と 竜 思 わ れ、 特 に 評 破 の 封 象 に な る 學 設 の 出 典 が 明 瞭 で な い 黙 注 意 す べ き で あ ろ う。 4 前 掲 書 六 〇 二 頁-六 〇 三 頁 滲 照。 5 同 上 六 〇 二 頁 参 照 6 K a n a k a v a r m a n 繹 の 一 義 e k a r th a. d on-goig は、 宇 井 先 生 の 言 わ れ る 境 界 義 の 意 味 で 解 縄 す べ き で あ り、 そ れ は 聲 性 を 指 す。 と こ ろ が、 V a s u d a ra ra k si ta 繹 に よ れ ば、 /g n is-ka d m ig s -p a h i d o n lt a r-n a-n i h g a l-b a h i d o n y in-p a h i p h y ir th e-ts h o m -g y i-g ta n -t sh ig s so / と、 義 a r th a q o n の 丈 字 が 二 同 使 用 さ れ、 初 め の 義 は 道 理 義、 後 の 義 は 相 違 の 義 で、 や は り 道 理 義 と 理 解 す べ き で あ る か ら、 こ こ で は 一 義 は 道 理 義 で 解 縄 さ れ た 竜 の と 思 わ れ る。 し か し、 ﹃ 正 理 門 論 ﹄ と 相 鷹 す る も の は K a n a k a v a rm a n 課 で あ る か ら、 一 義 は 道 理 義 で 解 繹 す べ き で あ る。 西 藏 繹 ﹃ 集 量 論 ﹄ の テ キ ス ト 批 判 ( 武 邑 )

参照

関連したドキュメント

「分離の壁」論と呼ばれる理解と,関連する判 例における具体的な事案の判断について分析す る。次に, Everson 判決から Lemon

ハイデガーがそれによって自身の基礎存在論を補完しようとしていた、メタ存在論の意図

「原因論」にはプロクロスのような綴密で洗練きれた哲学的理論とは程遠い点も確かに

 介護問題研究は、介護者の負担軽減を目的とし、負担 に影響する要因やストレスを追究するが、普遍的結論を

成される観念であり,デカルトは感覚を最初に排除していたために,神の観念が外来的観

︵4︶両ずの冒邑Pの.﹄四m 西ドイツ協約自治の限界論︵一︶ ﹀領域﹂に属するに至る︒ ︵名古︶

Keywords: nationalism, Japanese Spirit, the Russo-Japanese War, Kinoshita Naoe,

共通点が多い 2 。そのようなことを考えあわせ ると、リードの因果論は結局、・ヒュームの因果