第
79巻 第
3号
2006年
12月
207‑2281 9 9 8 年土地再評価法の設定過程分析
辻 川 尚 起
1 .
緒 ロ
周知のように,会計規制
(accountingregulation)の政策過程
(policyprocess)分析とは,会計規制が形成され実施されるライフ・サイクルを政策過程と捉
え,その構成過程である議題設定過程,設定過程,実施過程の 3つの過程を経 済学の政治学への応用である公共選択論という分析手法に依拠しながら,理論 的かつ実証的な分析を試みるものである。当該問題意識にしたがって,小論で は,具体的な設定過程分析と,辻川
[2000]および辻川
[2002]でみた公共選 択という見方からの設定過程分析という
2つの視角からの検討を行う。そのた めの具体的な会計に関する事例として,一般に認められた会計基準
(Generally Accepted Accounting Principles : GAAP)の設定過程ではなく,特定の規制目的
に基づいて認められた会計基準
(RegulatoryAccounting Principles : RAP)であ
(2)
る
1998年の「土地の再評価に関する法律」(以下,士地再評価法)の設定過程 を取り上げる。
土地再評価法の設定過程を特に公共選択論に基づく設定過程分析という視角
(1)
小 論 は , 財 団 法 人 全 国 銀 行 学 術 研 究 振 興 財 団 か ら の
2002年 度 学 術 研 究 助 成 に よ る 研 究成果の一部である。
本稿の執筆に際して,土地再評価法の議案者である大原一三衆議院議員(当時)には,
ご多忙にもかかわらずお会いして頂き,貴重な話をお伺いさせて頂いた上に,同法の立 法にかかわる数多くの貴重な資料を御貸与頂いた。小論中の「大原資料」とは当該資料 である。付言するまでもなく本稿に存する思わざる錯誤や過誤はすべて筆者の責めにの み帰するものである。
その大原先生は
2005年
11月
3日にご逝去された。生前のご厚情に深く感謝するとと もに,そのご功績を偲び,心からご冥福をお祈りいたします。
(2)
同法は平成
10年
3月
31日に法律第
34号として公布され,同日施行されている。
5 2 6
からの検討として,辻川
[2002]を基礎として政策決定行為手段である投票行 動の考察と,辻川
[2000]を基礎として集合行為論からみた土地再評価法が立 法化される機制つまり集合財として供給される機制の考察を行うこととした
し゜
土地再評価法の設定過程は大別して,自民党財政部会資産再評価小委員会等 の党内調整,大蔵省・法務省等の関係省庁との調整,国会審議における調整の 3つの政治過程に分割できよう。設定過程内の各プレーヤーの行動と政策決 定,また個別の会計内容に関する調整に注目する。
小論の構成は次の様である。まず次節において,土地再評価法が議案として 国会に提出される以前の政治過程に関して,立法議案以前の経過と土地再評価 法の内容に関する政治過程を中心に検討する。次に第 3節では,土地再評価法 が議案として国会に提出されて以後の政治過程を,衆議院での審議,参議院で の審議の順で整理する。また,第 4節では,士地再評価法の設定過程分析とし て,辻川
[2000]および辻川
[2002]で検討した設定過程分析に基づいた,土 地再評価法の投票行動分析と集合行為論に基づく解釈とをそれぞれ論じる。そ して終節となる第 5節では,以上の議論を要約した後に,若干の結言を述べる こととしたい。
2.
土地再評価法の議案以前の政治過程
本節では,士地再評価法が国会において議案として取り上げられるまでの過 程を,同法の立法化に関して立法面でも立案面でも中心的な役割を果たした議 案者,大原一三議員と他のアクターとの政治的な交渉などを特に注目しながら 見ていくことにする。会計に係る関心から,いつ,だれが,どの会計項目につ いて意見を示し,その結果によって,大原案と他のアクターから提出された案
との妥協点がどこに落ち着いたのかを考えることにしようと思う。
会計規制の設定過程分析の事例として土地再評価法の設定過程を眺める前
に,土地再評価法の成立それ自体を,同法案の議案提出政党であり同時に政権
与党でもある自民党内の立法化に向けた調整の経過をまず確認し,その後土地
再評価法における会計関連項目の調整について述べる。
2. 1
立法議案以前の経過
土地再評価法は自民党の委員会において法案がまとめられた議員立法という 形で国会に提出されている。法案の立法化には当然国会での可決が必要条件と なる。政権与党の最大派閥に属する議員の提起によりあらわれた土地再評価と いう法案は国会提出前に可決見込みが得られるよう党内調整が進められていっ た 。
金融システム不安や貸し渋り問題が社会問題化した
97年末,土地再評価法 の立法化に向けての動きが本格化し始めた。銀行の貸し渋り解消策として土地 再評価を実施するという案は大原議員の持論として知られていた。これに注目
したのは当時の橋本首相である。
97年
12月
19日,橋本首相から大原議員にこの土地再評価について間い合わせの連絡があり,週明けの
22日,官邸にお いて大原議員から橋本首相に対して土地再評価に関する説明が行われる。その 後,橋本首相から自民党内での検討が指示される。これを受けて同週 25日 , 大原議員を委員長とする自民党資産再評価小委員会の準備会合が開かれた。自 民党内調整として,翌 2 6日,中曽根康弘,竹下登,宮沢喜一の 3人の元首 相,および林義郎党税制調査会長を大原議員が訪問し,士地再評価法の立法化 への協力要請を行う。当時の自民党執行部関係方面に対しては,翌
98年
1月
12日の午前,自民党総裁でもある橋本首相が首相官邸で自民党山崎拓政調会長と会談し,土地再評価法について党内において具体的な検討作業および調整
(3)
に入るよう指示したと報道されている。
土地再評価法案の検討を行った自民党資産再評価小委員会が自民党財政部会 内の小委員会として設置されたのは,
98年
1月
14日のことである。この日の 小委員会では同小委員会の大原一三委員長から土地再評価法案に関しての
9項
目からなる法案骨子が示される(表 1)。
(3)
日経金融新聞
[1998/1/3];日本経済新聞
[1998/1/12夕刊],
[1998/1/30]。
香川大学経済論叢
528表
1土地再評価法案骨子
(98/01/14時点)
1 政策目的
① 対象法人における不動産の長期保有に伴う資産価値の評価の適正化,経営の健全性向上 に資するため,不動産(土地)の評価に関し商法の特例を定めることとする。
② 本法案は,
BIS規制上の自己資本比率を高め,目下問題となっているいわゆる銀行等金 融機関の貸し渋り対策に寄与することとなる。
(注)わが国においては,昭和
25年から
29年の間四次にわたり資産再評価を実施した が,土地の再評価は企業の任意とされた。
(注)ただし本法案の対象を銀行等に限定することは,
BIS対象上問題があるので,その 他の企業についても適用を認めることとする。
(注)ドイツは
1992年銀行(証券業を含む)についてのみ土地の再評価を認めているが,
バーゼル委員会からクレームが付いた経緯がある。
(注)イギリスは
1985年以降すべての企業について再評価が認められ,特にバーゼル委 員会からのクレームは付いていない。
( 注 )
BIS規制
(1988年バーゼル合意)では,不動産の再評価については,再評価準備 金として貸借対照表に計上されている場合に限り自己資本に算入できるとしている。
2 対象法人
商法監査特例会社(資本金
5億円以上,負債
200億円以上の会社),預金取扱金融機関 を対象とする。
(注)昭和
29年の第四次の資産再評価(資本充実法)においては,資本金 5 千万円以上 の会社,資本金 3 千万
5千万円で再評価差額が
1億円以上のものについて,償却資産 についてのみ再評価が強制された経緯がある。
3 対象資産
土地を対象とする。ただし事業用の土地に限り,売買目的の土地を除く。
4
再評価の実施方法
対象法人が再評価を行うかどうかは任意とする。ただし,再評価を行う場合においては,
全ての事業用土地を対象とする。
5 再評価の基準
再評価額は地価公示価格を上限とする。
6 再評価の時期
1 2
年間に限定する。
7 再評価の経理
再評価差額を再評価準備金とし,特別勘定を設けて管理する。
8 課税関係
税制上は再評価前の簿価を引き継ぐこととし,再評価時には課税しない。
9
以上の対策は別途政府提案の金融緊急対策に準じるものであり,本年
3月決算に間に合 うよう法律が施行される必要がある。
(出所)大原資料。
また同法の立法化について,
1月中に法案を作成し
2月中旬を目途にして国 会に議員立法として提出するとの予定が示された。大原委員長は同日,自民党 の加藤紘一幹事長,森喜朗総務会長,林義郎党税制調査会長と個別に会い,党 内調整を急ぐことが確認されている。また同日,三塚博大蔵大臣も土地再評価
(4)
法の立法化支持を表明し,大手各銀行も土地再評価実施の検討に入った。
98
年
1月
16日,大原委員長は衆議院予算委員会での質疑に立ち,諸外国で の資産再評価の実情,第
2次大戦後の資産再評価法,銀行の貸し渋りと自己資 本比率規制との関係,資産再評価小委員会で検討されている土地再評価法の法 案,および土地再評価実施による貸し渋りへの効果の試算などを述べ,広く土 地再評価法立法化の必要性を説いた。橋本首相,三塚大蔵大臣も同法の早急な
(5)
立法化の実現に関してその意欲を示している。
同月
21日の資産再評価小委員会では,同法の実施に強い影響を受けること となる関係
5団体からの意見聴取が行われた。参加したすべての団体から土地 再評価法の早期立法化・実施を求める声が相次いでしめされている。関係団体 の代表として委員会に参加したのは,経団連の中村芳夫常務理事,全銀協の望 月高世一般委員長,日本証券業協会の大津隆文専務理事,生命保険協会の日吉 章副会長,日本損害保険協会の日高壮平副会長である。全銀協はさらに委員会 に対して,大手銀行
19行が土地再評価を実施した場合の貸出増加余力に関す る試算の結果を提出した。その試算結果では土地再評価により
19兆円
7千億
(6)
円の貸し出し増加が理論上期待されることが明らかにされている。
資産再評価小委員会は設置からわずか約
2週間後の
1月
30日,土地再評価 法案の概要を決定した。大原委員長は同法案を
3月中に国会で成立させ,土地 再評価の実施およびその効果の発現を
98年3月決算に間に合わせたいとの考 えを明らかにした。これを受けて,自民党は
2月
20日午前に党本部で臨時経 済対策協議会(会長,山崎拓政調会長)を開き,土地再評価法の制定・実施を
(4)
日本経済新聞
[1998/1/15]。
(5) 142
回ー衆一法務委員会ー
03号;日本経済新聞
[1998/1/17]。
(6)日本経済新聞
[1998/1/22]。
香川大学経済論叢
530(7) (8)
含む第
4次緊急国民経済対策をまとめ,公表した。
2. 2
土地再評価法の内容に関する政治過程
土地再評価法の素案は,大原議員がまとめたものである。この素案は土地再 評価法の土台となったとともに,その後の数々の政治過程におけるたたき台と もなっており,土地再評価法の設定過程において多様な関係者から提示された
提案を受け入れることによって徐々に変化していく。
(7) 97
年末から
98年初頭にかけての与党自民党の緊急国民経済対策について,ここで少 し説明を加えておくことにしたい。
長引く経済不況,そして不良債権処理の遅れや貸し渋り等の金融機関に関連する経済 問題が顕在化していく中で,
1997年
11月
3日三洋証券,同
11月
17日北海道拓殖銀 行,同
11月
24日山一証券が,それぞれ相次いで経営破綻した。これにより国内外にお いて,わが国金融機関ないし金融界全体に対しての不安定視が加速される。かかる金融 システム不安払拭や長引く経済不況改善を目的として,与党自民党は緊急に減税,規制 緩和,中小企業対策,金融システム安定化などを軸とする経済対策案を取りまとめ,矢 継ぎ早に公表する(自民政策トピックス
http://www.jimin.or.jp/jimin/title.html)。
第
1次 緊 急 国 民 経 済 対 策 は
1997年
10月
21日に公表され,①情報通信,環境,産 業,金融,福祉・労働,土地利用等の分野における規制緩和,②土地・住宅税制見直し 等の土地流動化・有効利用・住宅対策の促進,③中心市街地活性化等の中小企業対策,
④税制改革の 4 つの柱を中心に構成されている。
続く第
2次緊急国民経済対策は
1997年
11月
14日に公表されている。その主な内容 は,①政府系金融機関の融資枠拡大等の中小企業対策の拡充,②田園住宅の建設促進等 の住宅対策の推進,③情報通侶基盤整備の促進,④物流基盤施設の整備等の物流効率化 の推進,⑤民間都市開発推進機構の積極的活用による都市基盤整備等の推進,⑥環境政 策の推進等であった。
大手金融機関である都市銀行の北海道拓殖銀行ならびに四大証券のひとつ山一証券が 経営破綻した直後の
1997年
12月
17日,自民党の第
3次緊急国民経済対策が明らかに された。そこでは,① 2 兆円規模の所得税・住民税減税の実施,②法人税・法人事業税 の基本税率引き下げ,③有価証券取引税,取引所税の税率半減,④金融システム安定化 対策,⑤中小・中堅企業に対する「貸し渋り」対策,中心市街地再活性化対策,⑥雇用 対策⑦民間資金を活用した社会資本整備を促進するための
PFI手法の活用などが掲げ
られており,金融システム安定化対策にもかなりの重点がおかれていた。
そして
1998年
2月
20日には,①土地再評価法の制定,金融安定化
2法に基づく金融 システム安定化対策,②資本準備金による自己株式の取得・消却のための商法の改正,
証券市場の活性化対策,③優良田園住宅の建設促進に関する法律の制定,④PFI (民間 資金を活用した社会資本整備)の推進,⑤不動産の証券化等の土地流動化対策,⑥タイ
に端を発したアジア諸国の通貨・金融危機に対する通貨・金融対策などから成る第 4 次 緊急国民経済対策が発表された。
(8)
日経金融新聞
[1998/1/31];日本経済新聞
[1998/2/20夕刊]。
大原議員が土地再評価法の素案をまとめるにあたってその基礎としたのは,
わが国における第
2次大戦後の
5度にわたる資産再評価と,諸外国における固 定資産再評価の法制度などである。また,土地再評価の実施に伴う自己資本比
(9)
率の向上を通じた貸し渋り解消への効果も,これに関連して試みられている。
(10)
第
2次大戦後の資産再評価は計
5度実施されている。第
1次資産再評価法,
第
2次資産再評価法,第
3次資産再評価法,資本充実法,中小企業再評価法の 5つの法制に基づく資産再評価がそれである。それぞれの根拠法について付け 加えておくと,第
1次資産再評価は
1950年
4月
25日施行の資産再評価法,第
2次資産再評価は
1951年
4月
10日施行の改正資産再評価法,第
3次資産再評 価は
1953年
8月
7日施行の改正資産再評価法,資本充実法に基づく資産再評 価は
1954年
6月
1日施行の企業資本充実のための資産再評価等の特別措置
(11)
法,中小企業再評価は
1957年
5月
28日施行の中小企業の資産再評価の特例に
(12)
関する法律が,各資産再評価の根拠法である。資本充実法を除く
4度の資産再 評価は任意採用であり,再評価にあたっては税率は異なるもののすべての資産 再評価において再評価税が課されている。
大原議員が土地再評価法の素案を作成する際に参考にした諸外国における固 定資産の再評価制度としては,イギリス, ドイツ,フランス,ベルギー,
EC会社法第
4号指令の同制度があげられる。これらの各制度において,イギリ ス,フランス,ベルギーでは固定資産の再評価額を
BIS自己資本比率規制上の自己資本として算入されることが認められたものの, ドイツではそれが認め られなかったという経緯がある。それは, ドイツが
1992年に銀行法を改正す ることによって
BIS規制対策として土地等の再評価を認めることとしたけれ ども,対象法人が金融機関と限定的なものであり,なおかつ貸借対照表上に再
(9) ここで重要なのは,大原議員がこれらの素材をどう知覚した上で土地再評価法の基礎 としたかということである。つまり,他者がどう知覚しているか,あるいは一般に(例 えば会計研究での共有知識等)どう知覚されているかは問題ではない。
( 1 0 ) 以下の記述は大原資料「過去に実施された資産再評価の概要」によっている。
(11)
同法は
1967年に資産再評価法の一部を改正する法律によって廃止されている。
(12)
同法は
1967年に資産再評価法の一部を改正する法律によって廃止されている。
香川大学経済論叢 5 3 2 評価益が計上されなかったという理由によってである。大原議員はこの点を特
(13)
に重視している。
これに加えて,銀行の土地含み益の自己資本算入に伴う貸出量増加に関する 効果算定も土地再評価法の起案時に試みられている。このことから,貸し渋り 解消という目的をいかに大原議員が重視していたかということを容易に窺い知
ることができる。
また,先に掲げた表
1で示した土地再評価法案骨子は,大原議員がかねてよ り考えていた素案が,資産再評価小委員会の第
1回会合が開催された時点でど のように変化しているかを理解するのに有益な資料となる。なぜといって,同 小委員会が開かれるまでの政治的交渉の結果が,土地再評価法骨子の内容に既
に表れていると考えられるからである。
この中でとりわけて注視すべきは,
1の② 「主たる立法目的」,
2「対象法 人 」 ,
6「再評価における時価」,
7「再評価の期間」,
9「立法目的の再確認と 立法化期限」の項目内容である。中でも
2と
9に示される事柄は,大原議員と 関係アクターとの政治的な折衝過程において,大原議員が規定子細に関して譲 歩する際の妥協理由となるものである。すなわち,銀行の自己資本比率向上を 通じた貸し渋り解消という立法の主目的を, 9 8年 3月期決算に間に合わせる 形で果たすという
2つの条件が,以後の交渉に際しての妥協の境界条件となっ たと考えられるのである。
自民党財政部会資産再評価小委員会には,自民党内における関係者として,
金融問題調査会,金融システム本部小委員会,財政部会,商工部会,法務部会 等の関係各部会長も参加している。表 2は 97年末の資産再評価小委員会準備
(14)
会合時点の同小委員会名簿である。
(13)
大原資料「諸外国における固定資産の再評価」;大原資料「土地再評価法骨子」の
1ー②の注。
(14)
表
2の名簿によって固有名詞レベルでの同法に関する資産再評価小委員会という政治
過程でのアクターが明らかとなる。その重要性は既に辻川
[2001b]で語った。
表
2自民党資産再評価小委員会名簿
(97/12/25時点)
氏名 自民党内関係役職 氏名 自民党内関係役職
麻 生 太 郎 甘 利明
石 原 伸 晃 江 ロ 一 雄
衛藤征士郎 越 智 道 雄 金融問題調査会長
太 田 誠 一 大 野 功 統
柿 沢 弘 治 金 子 一 義
岸 田 文 雄 木 村 義 雄
小杉 隆 政調会長代理 佐 藤 剛 男
坂 井 隆 憲 杉 浦 正 健 財政部会長
津 島 雄 二 中 川 昭 一
野田 実 商工部会長 牧 野 隆 守
村 田 吉 隆 保 岡 興 治 金融システム本部小委員長
柳 沢 伯 夫 金 田 勝 年
斉 藤 文 夫 楢 崎 泰 正
成 瀬 守 重 法務部会長 須藤良太郎 地方行政部会長 大 原 一 =
(出所)大原資料。
これらの関係部会から法案概要の中で特に,対象法人と再評価期間とに対す
(15)
る調整要求が入った。起案当初は金融機関だけが対象法人として想定されてい たのに対し,銀行に限らずその他の法人も範囲に含めること,対象期間を単年 ではなく
2年とすることなどが提起された。
これに対して大原委員長は,対象法人に関して,銀行以外にも商法特例法第
2条に大会社として規定されている法人であれば会計監査人による外部監査が 義務付けられており,「対象について適切な土地の評価と帳簿価額の恒常的な
(16)
二重管理が期待できる」という理由と,
1992年のドイツでは対象法人が金融 期間に限定されていたので
BIS自己資本比率規制上の自己資本として認めら(15)
資産再評価小委員会会合でのフォーマルな交渉以外に,小委員会組織以前やインフォ ーマルな交渉も含める。
(16)
大原資料「士地再評価法
Q&A」,問
7。
‑216‑
香川大学経済論叢
534(17)
れなかったという経緯があるという理由から,法案修正に応じている。一方,
対象期間に関しては,準備等に要する時間も考え猶予期間を含めて
2年とする
(18)
こととした。
また自民党外部との政治過程でも,省庁の作成する政令による土地再評価実 施に関する子細を通じて,土地再評価法の素案は議案者の起案から変更を余儀
(19)
なくされた。法務省および大蔵省(主税局,理財局等)との調整により,再評 価によって生じる事業用土地の簿価と時価との再評価差額を貸借対照表のどこ
(2o)
に計上するかという計上個所の問題が吟味・調整される。
省庁サイドの主張は,第
1に未実現利益とはいえ再評価差額には税金相当部 分が半分含まれており,第
2に商法での資本の扱いは極めて厳格であること,
そして第
3に
98年
3月時点でわが国の主たる会計基準設定主体であった大蔵 省企業会計審議会でも税効果会計に関する会計基準は審議・成立していなかっ
(21)
たことなどを論拠に,再評価差額金を資本項目として計上することに難色を示 す。これに対して議案者サイドは,何よりも早急な立法化を最優先した<,な おかつ
BIS自己資本比率規制上は貸借対照表上の計上個所については,オンバランスされてさえいれば負債計上であっても自己資本への参入が許容されて いること,そして
1992年のドイツではオンバランスしなかったために
BIS自己資本比率規制上の自己資本として算入することが認められなかったという例
胆2)
から,省庁サイドの提案を受け入れることとした。
(17)
大原
[1998], 92頁;
142回ー衆一法務委員会ー
04号 。
(18) 142回ー参一法務委員会一
07号 。
(19)
この他にも,同法案の作成にあたっては,通産省からの見解の提示もあった。「土地 の資産再評価と
BIS規制について」と題された同見解では,土地再評価に関する論点の 整理と自己資本充実に関する効果の評価が示されており,対象期間や貸借対照表上の計 上箇所などについては示されていない(大原資料「通産省
[1998]『土地の資産再評価と
BIS規制について』」)。
(20)
この政令内容がはじめて報じられたのは,日経産業新聞
[1998/3/17]においてであ る。同記事によると,この時点で既に「自民党など与党との調整を終えて」いたという。
(21)
「税効果会計に係る会計基準の設定に関する意見書」が企業会計審議会で初審議され たのは
98年
4月
17日であり,その後同年
6月
18日に公開草案が,
10月
30日に最終基 準が公表された。
(22) 142
回ー衆一法務委員会ー
04号;
145回ー衆ー大蔵委員会ー
10号 。
3.
土地再評価法の議案以後の政治過程
(23)
3. 1
衆議院での審議
土地再評価法案は,
142回国会の衆議院にまず提出される。付託委員会は法 務委員会(委員長,笹川尭議員)であった。審議日程は,
3月
17日に議案者 による法案の趣旨説明および委員による質疑が行われ,翌
18日,参考人聴 取,討論の後,投票というものであった。
質疑にのぞんだ議員は,北村哲男議員(民友連),若松謙維議員(平和・改 革),谷口隆義議員(自由党),木島日出夫議員(日本共産党)である。
土地再評価法の会計に関する論点のうち再評価差額金の負債計上に関して は,国会審議においても議論が集中した。その他の論点とは異なって,衆議院 法務委員会で質疑を行った全ての議員から再評価差額金の取扱に関する質問・
意見が提出されている。その中でもとりわけて,政党「平和・改革」所属の若 松謙維議員と大原議員との質疑応答は,三圃谷勝範大蔵省証券局企業財務課
(24)
長,森脇勝法務省民事局長を巻き込んで非常に激しいものとなった。
特筆すべきは,この質疑の内容が,第
1に,再評価差額を資本ではなく負債
怠5)
に計上するという政令の内容を明らかにするものであり,第
2に,将来に再評 価差額金の資本計上に関する検討の余地を残したという
2つの点で重要な意味 を持つということである。前者については,土地再評価の実施は,銀行以外に とって負債計上により
ROAが低下するということがネックとなるものとなっ てしまい,それまで実施を表明していた企業も実施を見送ることとしている。
後者に関しては,事実,大原議員も続く参議院法務委員会において,税効果会
図
計の導入を前提に負債と資本との分割計上の可能性を言及している。翌年の改 正土地再評価法では,再評価差額金は部分的に資本項目とすることができるこ
(23)
同議案の審議は,同時に提出された「株式の消却の手続きに関する商法の特例に関す る法律の一部を改正する法律案」(太田誠一議員外 7 名提出)とあわせて審議された。
(24) 142
回ー衆一法務委員会ー
04号;
145回ー衆ー大蔵委員会ー
10号 。
(25)
日経産業新聞
[1998/3/17], [1998/3/19] ;日本経済新聞
[1998/3/19]。
(26) 142回ー参一法務委員会一
07号 。
536
ととなる。
質疑の後,参考人聴取が行われている。参考人として上村達男教授(早稲田 大学法学部),長谷川徳之輔教授(明海大学不動産学部)の
2名の専門家が聴 取されている。このうち,主に土地再評価法案に対する聴取を受けたのは長谷 川教授である。長谷川教授は,短期的な貸し渋り対策というのは便宜的で,会 計学者や企業会計審議会等の専門家の手によるべきで,キャピタル・ゲインの 顕在化なのだから課税すべきである,等の主張を行っている。
すべての質疑の後,大原議員から最終答弁があり,木島議員から反対討論が 行われ,投票が行われる。投票は起立投票による採決であり,その結果,起立 多数で可決されることとなった。
土地再評価法案の可決後,八代英太議員から,次のような「土地の再評価に 関する法律案に対する附帯決議(案)」が提出され,同案もあわせて可決され
t 1 :
本法の施行に当たっては,政府は次の事項について格段の配慮をすべき である。
ー
事業用土地の再評価に当たっては,帳簿価額と時価の乖離を是正す ることにより,企業経営の健全性の向上に寄与するとともに,いわゆ る貸し渋りを是正し,金融の円滑化が図られるよう法の趣旨及び内容 を周知徹底すること。
二 商業帳簿の適正な処理及び管理・保存が行われるよう指導するとと もに,デイスクロージャーの一層の推進を図ること。
三
公正な会計監査と監査の的確性が確保されるよう指導を強化するこ と 。
四 再評価差額金の貸方計上の在り方については,税効果会計に係る考 え方の進展や他の評価益に係る会計上の位置づけの展開等を踏まえ
(27)
この附帯決議案は,自由民主党,民友連,平和・改革,自由党,社会民主党・市民連
合,新党さきがけ及び笹山登生議員の共同提案である。
て,時宜に即した取扱いとなるよう検討を進めること。
付託委員会を経て,
3月
19日,土地再評価法案は衆議院本会議へと運ばれ る。笹川法務委員会委員長から,法案の目的および概要,審査の経過および結 果の説明があり,ただちに採決が行われる。起立投票による採決の結果,起立 多数で法案は可決された。
3. 2
参議院での審議
衆議院での審議・可決を経て,土地再評価法案は,
142回国会の参議院に送 られる。付託委員会は法務委員会(委員長,武田節子議員)であった。審議日 程は,
3月
24日に議案者による法案の趣旨説明が行われ,同
27日に参考人聴 取,同
31日に質疑,討論,投票というものであった。
参議院法務委員会では,まず参考人聴取が行われる。参考人として奥島孝康 教授(早稲田大学総長),中川美佐子教授(関東学院大学経済学部)の
2名の 専門家が聴取されている。このうち,主に土地再評価法案に対する聴取を受け たのは中川教授である。中川教授は,銀行の有価証券評価方法に関する原価法 の許容と整合性を欠き,再評価の対象としての事業用土地の範囲について恣意 性が残る可能性があり,土地再評価にあたっての時価額は本来一律にすべき で,再評価の対象法人を中小企業にも広げるべきである,等の主張を行ってい
る ; !
質疑に臨んだ議員は,千葉景子議員(民友連),大森礼子議員(公明),照屋 寛徳議員(社会民主党,護憲連合),橋本敦議員(日本共産党),平野貞夫議員
(自由党),山田俊昭議員(二院クラブ),矢田部理議員(新社会党)である。
これらの質疑の多くは衆議院法務委員会での質疑と重複している。が,衆議院
( 2 8 ) . 1 4 2 回ー参一法務委員会ー 06 号 。
中川教授が参考人として意見を述べるにあたって,①会計規定や基準の設定は恣意性
を排除し利益操作の余地を狭めることを目的とするものであること,②財務諸表の利用
者に有益な情報を提供するのに役立つものであるべきこと,③法律の規定は解釈に疑義
が生ずるものであってはならないことの 3点を,基本的な立場として表明している。
538
法務委員会での質疑を経て,再評価差額金の貸借対照表上の計上個所につい て,大原議員自ら,企業会計審議会での税効果会計に関する基準設定を前提と して,税効果会計が導入されれば再評価差額金を負債と資本にわけて計上する ことが可能になるかもしれないとの新たな見通しが示されている。
すべての質疑の後,橋本議員から反対討論が行われ,その後投票が行われ る。投票は賛成挙手での投票による採決であり,その結果,賛成多数で可決さ れることとなった。
土地再評価法案の可決後,大森礼子議員から,次のような「土地の再評価に 関する法律案に対する附帯決議(案)」が提出され,同案もあわせて可決され
t f
本法の施行に当たっては,政府は,次の諸点について格段の配慮をすべ きである。
ー
事業用土地の再評価に当たっては,企業経営の健全性に寄与すると ともに,いわゆる貸し渋りを是正し,金融の円滑化が図られるよう法 の趣旨及び内容を周知徹底すること。
二 適正な土地の再評価と公正・妥当な会計監査が確保されるよう指導 を強化すること。
三
帳簿価額と時価との差額(再評価差額金)の貸借対照表への計上の 在り方については,他の評価益に係る会計上の位置づけの展開等を踏
まえ,時宜に即した取扱いとすること。
付託委員会を経て,
3月
31日,土地再評価法案は参議院本会議へと運ばれ る。武田法務委員会委員長から,法案の目的および概要,審査の経過および結 果の説明があり,ただちに採決が行われる。投票による採決の結果,賛成
217,反対
19で法案は可決された。
(29)
この附帯決議案は,自民党への民友連,公明,社会民主党・護憲連合,自由党及びニ
院クラプの各派共同提案である。
4.
土地再評価法の設定過程分析
本節では,前節まで述べた土地再評価法の設定過程について,辻川 [2002]
での投票行動分析と辻川 [2000]での利益集団の行動分析とに基づく解釈を考 えたい。
4. 1 土地再評価法の投票行動分析
土地再評価法の設定に関係した資産再評価小委員会,衆議院法務委員会,衆 議院本会議,参議院法務委員会,参議院本会議という
5
つ の 集 合 的 選 択 の 場 は,政策決定ルールがすべて単純多数決に基づいていた。代替する選択肢は土 地再評価法を可決するか否決するかという 2つしかなく,単純多数決に基づい て民主的決定が行われている。したがって,投票のパラドックスは当然生じて いないし,選択肢が3
つ以上の場合に考慮すべき他の集合的決定ルールは関与 しない。また May [1952]のあげた多数決の 4つ の 条 件 も す べ て 満 た さ れ て(30)
いる。
政策決定に関する投票の結果は,次の様である。衆議院法務委員会では賛成
27, 反対3,衆議院本会議では起立投票において賛成多数,参議院法務委員会 で は 賛 成 18,反 対2'欠 席 1'参 議 院 本 会 議 で は 賛 成 217,反 対 19であっ た。すべての民主的政策決定において,過半数を大きくこえる賛成多数による
(31)
決定という結果となっている。多数決という集合的選択ルールが採用されてい る上でのかかる投票結果は,投票制度上,問題はないことになる。
当該結果は,与党自民党所属議員によって提出された議員立法であるという 性質から,議題設定に至ったかどうかが成立の可否を左右し,設定過程内にお
ける投票制度や投票行動は,成立の可否を揺さぶるような重大な影響は与えな かったことを意味する。この点で,主たる会計基準設定主体での政策決定とは 大きく異なるものであったといえる。
(30)
辻川
[2002]。(31)
両院の付託委員会での採決結果は,大原資料によっている。
540
次に,投票行動の分析を検討したい。
Downs [1957]
モデルに基づいて
Sutton [1984]が示したモデルをもとに考
(32)
えよう。同モデルは次のようなものであった。
P(UA‑UB)‑C > 0
ほぼすべての投票権者が投票を行ったので,同モデルは投票条件として満た されている。また,ここで,
UAは賛成に投じた場合に得られるベネフィット,
いは反対に投じた場合に得られるベネフィットとして考えられる。投票自体 に関する条件は満たされているので,焦点となるのは,
UA‑UBである。
会計基準の設定過程において
UA‑UBを考える場合,投票者が当該会計基準 案に賛成するか
(U心 反 対 す る か
(Us)という選択は,多様な要因によって 決まる。土地再評価法は国会での議員立法による会計基準だったので,会計理 論との整合性や他の会計基準の設定過程との一貰性による
UA‑UBよりも,他 の要因が大きく影響したものと思われる。例えば,党内調整による多数派エ 作,与党の緊急経済対策として同法が公表されたという事情を考えれば,賛成 に 投 じ る こ と に よ る い や , 反 対 す る こ と に よ る い は , 主 た る 会 計 基 準 設 定 主体におけるそれと同質のものであるとは考えにくい。同会計基準が,主たる 会計基準設定主体において審議されていたならば,主たる会計基準設定主体お よびその構成員の属性から考えて,
UAーいは負となり,また多数の個人がそ う判断していたであろうと考えられ,同会計基準は結果として成立していな かっただろうと予測されるのである。
4. 2 集合行為論に基づく解釈
辻川
[2000]において,
M.Olson [1965]の『集合行為論』を通じて公共選 択論の主要な議論の
1つである集合行為論の基礎理論を確認し,会計規制と集 合行為の関係を考察した。集合行為論の創始者である
Olson [1965]の議論に
(32)
以下の記述に関連して,当該投票行動の分析についてはすでに辻川
[2002]で詳しく
検討しているのでそちらを参照されたい。
までさかのぼり,いくつかの概念設定および集合行為のメカニズムの基本的な 説明をそれぞれ追っていった。そしてフリー・ライダー問題と密接に関連する 集合財供給の可能性に対しては集団規模が大きく影響していることが明らかと なった。その他にも,階層上より上位の会計ルールほど影響を受ける関係者規 模が大きくなり,大規模集団における個々の主体のロビーイング・インセン
ティブの希薄化,そして小規模集団における個々の経済主体のロビーイング・
インセンティブの高まりを促すという記述的含意や,集合財供給促進の条件で ある選択的誘因の設置や小集団化と大規模化が必要であるとする規範的含意等
(33)
についても言及した。
本項では,集合行為論を手掛かりにして,土地再評価法が集合財として供給 された機制を考えることにしたい。
まず,
Olsonは,大規模集団においては,
3つの累積的要因や集団成員間の コミュニケーション費用や交渉費用等の組織化コストのために,規模が小さい 集団と比較すると,集合財供給が難しくなる可能性があると論じていた。ここ に小規模集団とは,「全費用を自ら支払った場合でもより良くなるような便益 総量の大部分を獲得する集団」で「集合財は供給され」やすいという特質を持 ち,これに対して大規模集団は,「どの成員の分担も全体あるいは単一成員の 負担もしくは便益にそれほど影響しない集団」で「集合財は供給されにくい」
という性質を有すると論じられた。また集団規模と個別成員の重要度との関係 について,小集団では,集合財供給に対する強いインセンティブを有する行為 者によって,集合財供給に対する不釣り合いなほどの費用負担が生じる場合が
(34)
あることを示された。
土地再評価法の政治過程においては,議題設定過程でも設定過程でも,集団 の規模に関しては小規模集団であったと考えられるであろう。第
2節第
2項で 明らかにしたように,土地再評価法という集合財供給にかかわった人数,つま
(33)以下の記述に関連して,当該集合行為論についてはすでに辻川
[2000]で詳しく検討
しているのでそちらを参照されたい。また
Francis [1987], Lindahl [1987]もあわせて 参照されたい。
(34) Olson [1965], p. 44‑45
(依田・森脇訳
[1996], 38‑39頁 ) .
‑224‑
香川大学経済論叢
542り大原議員が協力要請を行った人数自体は多くない。ただし,調整・協力要請 を受けた各人が背景に有する人員数は,より大きなものとなる。また,小規模 集団の優位性の
1つである「集合財供給に対する強いインセンティブを有する 行為者」についても,辻川
[2001a],辻川
[2001b],および小論で積極的に 焦点を当てた大原議員という個人が,この「集合財供給に対する強いインセン ティブを有する行為者」に該当することは明らかであろう。このように土地再 評価法という集合財供給に関しては,小規模集団の優位性が一助となっている
ことが理解できる。
Olson
は,集団をさらに,特権的集団,中間的集団,潜在的集団に
3分類す る。特権的集団とは,「成員の各々あるいは少なくともそのうちのだれか
1人 が,たとえ供給の全負担を支払わなければならないとしても,その集合財を供 給するよう取り計らう誘因をもつような集団」であり,中間的集団とは「どの 個人成員も集合財を進んで供給する誘因を有するほど十分に便益を受けない が , しかし,どの個人成員も他の成員が当該集合財の供給のために働くか働か ないかに注目しないほど,多くの成員を有しているわけではないような集団」
(35)
である。先の小規模集団の説明と同様に,土地再評価法という集合財供給に関 する集団の特質として,特権的集団あるいは中間的集団であったとする説明が 妥当するであろうと考えられる。
集合財供給に関して,集団目標実現増進のための費用負担を組織成員に引き 受けさせやすくするためには,集団規模が小さいことに加えて,もうひとつの 条件が考えられる。それは選択的誘因という名の「アメとムチ」の組織デザイ ンである。選択的誘因とは「潜在的集団内の合理的個人が集団志向的に行為す るよう動機づける」誘因,つまり集団構成員に対して状況対応的に選択し作用 する誘因を意味する。正の選択的誘因として集合財供給に協働するものに対す る追加的な便益があり,負の選択的誘因として集合財供給に協働しないものに
⑱)
対する追加的費用があると考えられる。
(35) Olson [1965], p. 49‑51
(依田・森脇訳
[1996], 42‑43頁 ) .
土地再評価法という集合財供給は,小規模集団という理解の他にも,この選 択的誘因からも捉えることができる。土地再評価法は議案者が意図していたよ
うに,貸し渋りという金融問題の解消を目的とするもので,土地再評価法が成 立し施行されることによって貸し渋りが解消されるのであれば,これに賛同す
る国会議員は多かったと考えられる。貸し渋りの解消による経済の安定化は,
各議員にとって正の選択的誘因として働いたと考えられる。
以上は,土地再評価法が国会において議員立法として成立した会計基準つま り
RAPとして勘案してきた。今度は,そのような
RAPではなく,企業会計審 議会などの主たる会計基準設定主体において設定される会計基準であったなら
ば,土地再評価に関する会計基準は成立していたかどうかを考える。
まず,主たる会計基準設定主体では,そもそもこのような政策的な会計基準 が臨時に期限付で設定されるということは困難であると考えられる。その上 で,仮に議題設定されたとしても,その成立に反対する個人が多かったのでは ないかと予想される。これはフリー・ライダー問題ではなく,小規模集団の説 明において述べた「集合財供給に対する強いインセンティブを有する行為者」
という解釈によって理解することができる。つまり,かかる
RAPの設定に反 対する「強いインセンティブを有する行為者」,あるいは「集合財『非』供給 に対する強いインセンティブを有する行為者」がいるために,集合財供給がな されないであろうと考えられるのである。
また,選択的誘因の観点からも同様に,主たる会計基準設定主体において土 地再評価に関する会計基準が集合財供給されなかったであろうということを考 えることができる。つまり,例え小規模な集団であったとしても,かかる例外 的な会計基準を審議メンバーあるいは会計基準設定主体が承認すれば,後に批 判という形で返ってくることは明白であり,これが負の選択的誘因として働く 可能性があることを示唆している。
(36) Olson [1965], p. 51