研究雑話
住民投票と地方議会
法学部教授 村 上 英 明
住民投票の季節である。現在、そのほとんど は市町村合併に関係するものではあるが、!合 併の是非についての住民の意見分布を調査する 一般的な投票の他に、"議会で否決された合併 協議会の設置の是非を決定する投票(例:昨年 2月の福岡県宮田町で設置否決)、#合併問題 に関する首長や議会の姿勢に対してリコールを 求める投票(例:本年4月の山口県周南市議会 の解散成立)もみられる。"#は、各々合併特 例法および地方自治法上の制度であり、有効投 票の過半数の賛成により合併協議会の設置ある いはリコールが決定される。これに対して、! においては、その投票結果には法的拘束力はな く、いかに多くの住民が合併に反対しようとも、
首長や議会がそれを無視して合併を推進するこ とに法的な問題はない。もっとも、その場合は
#のリコール問題が提起される可能性があるこ とから、事実上の拘束力はあるといえよう。
こうした市町村合併に関係する住民投票の状 況に比べて、それ以外の特定の単一争点(シン グル・イッシュ‐)をめぐる住民投票は、わが 国で初めて1995年に新潟県の巻町で原子力発電 所の設置について実施されて以来、その数は少 数にとどまっている。これは、そもそもわが国 にはそのような住民投票制度がないことから、
自治体でそのような住民投票を実施しようとす るには、そのための条例(いわゆる「住民投票 条例」)を制定しなければならず、首長や議会 の提案による場合はともかく、住民の提案によ る場合には、条例制定の直接請求における署名
の収集および議会による採択という高いハード ルが存在していることによるものであり、従来、
直接請求が議会により受け入れられた率は1割 に満たない。
この条例制定(改廃)の直接請求は、地方自 治制度上、住民が自分たちの意見を公の場に持 ち出すことのできるもっとも効果的な手続であ り、住民は議会で意見を述べることもできるよ うにもなっている。しかし、議会で条例案が否 決されてしまうと、住民の意思表明はその時点 で潰えてしまうことから、場合によってはその 案を否決した議会あるいはそれに消極的だった 首長に対するリコール請求に形を代えて登場す るという事態もまま見られたところである。リ コール請求は、議会や首長の行動全般に対して 総合的な判断のもとに行われるべきところ、こ うした「ぶちきれ」的な請求は、直接請求制度 本来の趣旨には合致しないともいえようが、そ こには、議会が住民により選出された後も不断 に住民との意思疎通を確保する手続あるいはそ のための議会側の努力が欠けていることに本質 的な原因があるように思われる。
この点、ドイツの多くの州では、州の政治的 意思形成に関する案件一般について、州民が有 権者の1%程度の署名により議会に提案できる ことを認め、議会がその提案を否決した場合に は、有権者の10%程度の署名により再度議会に 提案し、それを議会が否決した場合には、住民 投票が実施される(その際には、住民の提案に 対して議会が対案を提出し、両案について各々
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賛否を問うこともできる)という制度が採用さ れている。最終的には住民投票で決着をつける としても、その段階に至るまでに、住民と議会 が3段階にわたって各々の主張を交わすことの できる仕組みが工夫されており、わが国におけ る住民投票の制度設計に際して有益な示唆を与 えるものといえよう。
住民投票は、住民の意見を自治体の行政に反 映させる極めて直接的かつ効果的な手段である が、それは憲法上の間接(議会制)民主主義を 補完する手段、すなわち住民とその代表者であ る首長や議会の各々の意見が乖離し、他の手段 をもってしてもその溝を埋めることができない ような場合に例外的に発動されるべき手段であ る。したがって、住民から自治体の決定を委ね られた代表者は、まずはその権限内で最大限の 努力をすべきであり、決着をつけることが困難 であるからといって、安易に住民投票を持ち出 して住民に「丸投げ」するといった姿勢は厳に 慎むべきである。
住民の要求が一般的な生活基盤の充実よりも 高齢社会生活における個別的な「ゆとり・やす らぎ」へと多様化し、行政の目標がナショナル・
ミニマムから「シビル・ミニマム」へと変化し ている地方分権(=自己決定・自己責任)の時 代にあっては、議会や首長は、自分たちの地域 の住民の気持ちを的確に把握し、となりの町と は違う「オンリー・ワン」を目指した地域間競 争を推し進めていかなければならない。そのた めには、住民投票を一般制度(条例)化して、
事あるときには決定を民意に委ねる仕組みを予 め作っていくことも必要であろう。
しかし、それにもまして重要であるのは、住 民の多様な意見を政策決定に反映させる仕組み を作ること、とりわけ議会が住民の代表機関と しての役割を果たすために積極的に汗をかくこ とではなかろうか。通常、自治体の政策は執行 部(首長)で立案され、議会で審議決定される
が、最近は、地方分権下での自治体改革を推進 する首長のパフォーマンスが目立ち、議会はど ちらかというと損な役回りにとどまっているこ とが多く、住民にとっても議会はどのような仕 事をしているのかよく分からない縁遠い存在と なっている。
そこで、まずは、議会情報を様々なメディア を通じて住民に積極的に公開することにより議 会がより身近な存在であることをアッピールし たり、また議会自らが議会の外に出向いて住民 懇談会や議会報告会などを開催して住民の生の 意見を聴取するなどして、議会と住民との距離 を縮めていく必要があろう。住民から「見られ る」存在になれば、次には、会議がセレモニー 化しないようにする工夫が必要であろう。例え ば、議員が執行部に対して質疑を行う場合に、
執行部を背にして同僚議員の方を向いて発言す る議場が多いが、発言台を執行部側に向かい合 うよう対面式に設置したり、執行部に対する質 疑を一括質疑・答弁方式ではなく、一問一答方 式に変えて実質的な質疑応答にしたりすること など、執行部との間に一定の緊張感を生み出す 方策が考えられる。もちろん、住民も、自治体 の政策決定を自分たちが選挙で選んだ議会に委 ねた以上、議会がその信託に応えるだけの仕事 をしているか否かについて不断の監視を怠って はならず、会議の傍聴、パブリック・コメント での意見提出などに積極的に取り組むことこそ が、自分の住む町をよりよくすることにつなが るであろう。
現在、住民投票の動向をフォローするととも に、地方議会の活性化を目指すアイディアと実 践を調査中である。
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