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Jackendoff の「無意識的意味の仮説」

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(1)

Jackendoff の「無意識的意味の仮説」

―脳科学者

Koch

の意識研究と比較して―

キーワード: Unconscious Meaning Hypothesis, Hard Problem, consciousness, unconsciousness, Neural Correlates of Consciousness (NCC), mind-body problem,

inner voice, brain (mind), neuron, zombie agent, integrated information theory 金 子 輝 美

1.はじめに

ごく最近、言語学と脳科学に関する2冊の新著(いずれも2012年出版)を通読した。研究方法 や視点は異なるが、両著の共通点は脳と意識の問題を扱っていることである。本稿は、それらの内 容を対比的に紹介し、若干の私見を加えた一種の感想文である。本稿の構成は次のようになって いる。

1. 「はじめに」と題して、本稿の全体的構成とその内容の輪郭に触れる。

2. 概念意味論の提唱者として知られる言語学者Ray Jackendoffの最新の著書A User’s Guide to Thought and Meaning(2012)で重要な位置を占めるUnconscious Meaning Hypothesis(無意識的意味の仮説)について、研究の出発点と概要を紹介する。

3. 脳科学(神経科学)の権威として知られるChristof Kochの新著CONSCIOUSNESS:

Confessions of a Romantic Reductionist(2012)で、「脳と意識」の問題は現在どこまで 明らかにされているのか、関連してどのようなことが目標になっており、どのような方法 でアプローチしようとしているのかなどを簡単に紹介する。関連して、「自然科学とキリ スト教」について、かつてはカトリック教徒であったKochは、現在どのように考えている のかを紹介する。

4. 人文科学者としてのJackendoffと、自然科学者としてのKochのそれぞれの研究目的 や方法はどのように異なるのか、その違いはどこから来るのかを説明する。

5. 論点の確認と補足説明に充てる。

(2)

2.Jackendoff の 「無意識的意味の仮説」(Unconscious Meaning Hypothesis)

2.1 A User’s Guide to Thought and Meaning (2012)の構成

最初に、Jackendoffの上掲の新著を取り上げる。本書は4部(Four Parts)から成り、各部には9-

14 の短い章(Chapters)が割り当てられている。各部の見出しは次のようになっている。

Part One. Language, Words, and Meaning(Chapters 1-14)

Part Two. Consciousness and Perception(Chapters 15-26)

Part Three. References and Truth(Chapters 27-35)

Part Four. Rationality and Intuition(Chapters 36-43)

本書は、言語と意味に関心をもつ一般読者を対象にした入門書であると著者は述べているが、必 ずしもそのようには感じられない。Unconscious Meaning Hypothesisという用語が導入されるのは、

PartTwoChapter15である。この仮説は以後PartTwoの各章で詳述されるが、PartThree PartFourにおいても、心理現象や言語現象がこの仮説の枠組みの中で説明されている。本書は この仮説を提示するためにあると言ってもいいだろう。

Jackendoffの過去の著書には、Unconscious Meaning Hypothesisという用語は見られない。基本 的考え方そのものに大きな変化はないと思われるが、本書では、「脳と意識」の問題を視野に入れ て、より精緻な理論が展開されている。なお、本書では、彼の概念意味論を理解する上で必須と思 われる、three models for the description of meaning(音韻・統語・意味の三部門並立モデルの概念 基盤)やargument structure and thematic roles(意味範疇を関数と項に分解して、任意の言語の 文の普遍的意味構造を求める理論)などは対象外になっている。それはなぜか。それらは1つのま とまった学説なので、説明するとなると全編を要することになるし、すでに学術書として刊行されて いるからであろう。

2.2 Unconscious Meaning Hypothesisの出発点

A User’s Guide to Thought and Meaning(2012)のChapter 1. Why do we need a User’s Guide to thought and meaning?で、Jackendoffは議論の出発点として日常生活のありふれたワン・シーン を引いている。書斎でコーヒーマグを手に取り、コーヒーを飲むとき、脳内では非常に複雑なプロセ スを経て、この一連の行為がなされているはずなのに、何の支障もなく楽々と実行されているように 感じられる。この場合、脳のメカニズムを私たちは意識することはできない。All of this seems so perfectly simple.(p.4)/ […] language and thought seem so transparent.(p.5)という表現はこのこと を指摘している。脳の働きは実際にはtremendously intricate(p.212)であり、hard work(p.213)をし

(3)

て い る が 、

Yet these processes feel totally transparent. ( p.212 ) / But because the work is

unconscious, it all feels totally transparent.(p.213)と、Part Fourでも、同じ説明が繰り返されてい る。このことは、この仮説を理解するための重要な出発点にしなければならない(なお、文中の transparentは、「障害がない」という意味である)。

本書のChapter 1は、Jackendoffの研究の原点を知る上で重要である。言語・思考・知覚の背後 に潜むメカニズムを推察すればするほど、それらは私たちが体験することができる範囲のものとは

似ても似つかぬ複雑なものであることが解ってくる。脳が行なう大部分のことに対して、私たちは無

意識であり、意識できるのはごくわずかである。脳のどの部分がどのような意識を生み出すことに関 わっているのかということは、最近のneuroscienceの研究で解明され始めているという。視覚・聴

覚・触覚・嗅覚などの経験に加えて、希望や絶望など多種多様な経験にそれぞれ異なる脳の部位

(あるいはニューロンと呼ばれるさまざまな種類の神経細胞)が関わっているという。これらの発見は fascinatingだが、それだけでは十分ではない。まだ答えを出す段階には至っていない(They don’t tell us how these parts of the brain do what they do – how they work.)と述べて、今後の脳科学の 発達に期待を寄せている。確かにJackendoffのこのような問題意識は先進的である。本書を読み

進むと、What is consciousness? Your experiences depend on what’s going on in your brain.

(Chapter 18, p.100)という問いが何度も発せられている。脳科学者たちの最新の研究成果に並々 ならぬ関心を寄せていることは明らかである。

本書のタイトルにあるように、思考と意味は言語使用者にとって重要なものである。思考は言語 によって表現され、両者は意味によって結びつけられる。語や文の意味は、私たちの心の中で音

声に結びつけられる。したがって、意味(概念)は外界ではなくて、心の中で醸成されるのである。

Jackendoff(Chapter 13. p.70)は、意味と概念(concepts)をひとまとめにして、語の意味とは、その 語が表わす概念であると言っている(I’d like to pull meanings and concepts together, and say that the meaning of the word is the concept it expresses.)。このようないくつかの基本的考え方を理解 した上で、Unconscious Meaning Hypothesisを概観することにしたい。

この仮説の提唱者Jackendoffの研究者像にごく簡単に触れておきたい。本書の著者に関する

情報欄では、Seth Merrin Professor of Philosophy and Co-Director of the Center for Cognitive Studies at Tufts University

と紹介されている。代表的大著として知られるFoundations of Language:

Brain, Meaning, Grammar, Evolution(2002)の「はしがき」では、In the course of these years, I found my own interests slowly drifting away from the mainstream. Yet, unlike most people who have undergone such a shift, I still consider

myself a generative linguist.

と当時の心境を語っている。「転

向した人たちと違って」(unlike most people who have done such a shift)という件りは、G.

Lakoff R.W.Langackerなど、かつて

N.

Chomsky門下で研究していた仲間たちを指していることは明らか である。1945年生まれのJackendoffは、現在はChomsky

直系の主流派ではないが、その流れを 汲む生成言語学者であることを自認している。しかし、この自己評定はかなり控え目である。哲学・

心理学・社会学・論理学・神経科学・生物学・物理学・化学・機械工学・情報工学・数学・音楽など、

広範な領域の文献を参照して論究しており、言語学者とか哲学者という単一のレッテルを貼ること

(4)

は躊躇される。各種学会や流派の垣根を超えて屹立する大きな存在であることは、衆目の見るとこ ろである。

2.3 Unconscious Meaning Hypothesis

従来の普通の考え方(ordinary perspective)では、脳によるすべての精神活動は

consciousなも のである。私たちは、外界の事態や出来事を脳の中に直接的・意識的に取り入れて、それを瞬時 に理解していると考えてきた。例えば、相手の話す言葉の音声(音波)が鼓膜に達すると同時に、

私たちはその意味を理解すると考えていた。確かに、そのように感じられるのは事実であるが、もう

少し考えてみると、音声が鼓膜を打つ瞬間においては、その音声は意味をもたない単なる音声に

すぎない。有意味な音声として感知されるには、脳によってその音声が処理されなければならない。

視覚・触角・嗅覚やその他のさまざまな経験についても同じことが言える。2.2で述べたように、脳 によるこのような処理過程は、主として私たちの「無意識の世界」で遂行されている。音声は有意味 であるという感覚を伴うので、そのように感じるのも無理のない話である(Our intuition is sort of right.-- p.85)。

「無意識的意味の仮説」(Unconscious Meaning Hypothesis)の概要の説明に入ろう。Jackendoff は脳の全領域が意識的なMINDであるという従来の考えを斥け、“brain

/ mind”

には、unconscious な領域とconsciousな領域があり、無意識的なMINDの片隅をCONSCIOUSMINDが占めている と想定する。現在では、脳内の膨大な数の神経細胞(ニューロン)には、無意識なプロセスに関わ るもの、意識を生み出す機能を果たすもの、その他さまざまな役割を担当するものがあるという説が

有力である。しかし

Jackendoffは、「無意識的」「意識的」という特徴を基準にして、すべての精 神活動を包括的に捉え直し、脳の機能領域を截然と2分して独自の理論の構築を試みている。こ の点に、この仮説の大きな特徴がある。Jackendoffは「無意識的な心」を単にMINDとしており、

UNCONSCIOUSMINDと表記していないが、そのように解していいだろう。なお、本稿ではこれを MIND(unconscious)と表記することにする。

この仮説では、PRONUNCIATIONMEANINGは、MIND(unconscious)の領域にあると想定す る。両者には、この段階ではまだ意味があるとは感じられない。誰かが発した音声は、耳の鼓膜を

響かせて

awarenessの中に入るが、このとき私たちは脳の中で

“inner voice”(内なる声)を聞いて

いるに過ぎない。ここで重要なことは、その音声が有意味であっても、私たちはその意味を直接的 perceiveしているのではないということである。その意味は

backstage(舞台裏)に隠れており、音

声に付けられた “handle”(手がかり)が感知されたときに、私たちは初めて意味の存在を知るので

ある。MIND(unconscious)の領域には、MEANINGFULNESSMONITORがあり、このモニターが音

声と思考の間にリンクを感知すれば、CONSCIOUS

MIND

へと繋がるのである。このプロセスは、原

文では

“[…] an unconscious thought is linked to a pronunciation that’s a cognitive correlate of

consciousness”と説明されている。無意識の思考は、音声へとリンクされ、その音声はCONSCIOUS

(5)

MIND、すなわちconsciousnessと相互関係をもつことになり、その音声が有意味なものとして感知 される(本稿末尾の転載資料1、2、3を参照されたい)。例えば、thitという語には音声があっても 意味はない。また、私たちが知らない外国語を聞いても、意味を理解できないのも同じ理由による。

こ の

場 合

は 、

モ ニ タ

ー が

有意 味 と 判 定

し な い の で 、

結 果

と し て 、thit

未知 の 外 国

語 は CONSCIOUSMIND

へ繋がらない。

有意味かどうかを感受するモニターは識別標識(character

tag)と呼ばれる。標識には多くの種

類があり、それぞれ独自の役割を果たしている。本稿末尾の

転載資料2では、IMAGEMONITOR MINDの領域に設定されている。これはイメージと音声を繋ぐことができるかどうかを判定する標 識である。この標識は、音声と結びついたイメージというフィーリ

ングが意識と相互作用する(a

cognitive correlate of consciousness)ことを可能にする。

私たちが音声に意味があると感じるのは、その音声が意味に繋がる

“handle”

をもつときである。

心の中で聞く音声が有意味であると感じるとき、その音声は単なるsymbolでも、思考を入れて運ぶ

vehicle

でもなく、その音声は思考そのものだという確信を得ることになる(p.84)。なぜ言語的イメー

ジは思考であるという確信が得られるのだろうか。それは脳の働きに起因すると

Jackendoffは考え て い る 。 だ か ら 、

音 声

や 意 味 だ

で な く 、 「

音 声

付随

す る有意 味 の 感

覚」 ( the feeling of meaningfulness that goes with the pronunciation)を説明しなければならないと

Jackendoffは考えて いるのである。

知覚方法の種類には、聴覚のように概念構造に関わるものと、視覚、触覚(sense of touch, or

“haptic”

perception ) 、

体 感

階 段

を 上 が る と き 、 自 然 に 足 が

作 動

す る

能 力、”proprioception”, or perception of your own body configuration)のように、空間構造に関わるも

のがある。本書Chapter24では、これらの知覚方法の関連性が図示されているので、本稿末尾に 転載資料4として紹介した。この図では、

visual surface, haptic view, feel of body

perception

段階で、COGNITIVE CORRELATES OF UNCONSCIOUSNESS(無意識と相互関連性をもつもの)

として示されている。sensation(感覚)→perception(知覚)→cognition(認知)の順に認識の精度 が高まっていくことも、転載資料4から知ることができる。

「モノを見る」とはどのようなことなのだろうか。その認知プロセスに沿って筆者の言葉で素描する と、次のようになると思われる(本稿末尾の転載資料3を参照されたい)。

▼ 視覚の認知プロセス

「眼でモノを見る」という外部的な普通の行為

UNCONSCIOUS MIND

へ vision

が投入され

MIND(unconscious)に空間構造と概念構造が構築される

→ 網膜の visual

surface CONSCIOUSMINDで明らかになり、MIND(unconscious)の空間構造へと繋がる

さらにそ の意味を捉えるために概念構造へ繋がる

それが有意味と判断されれば、CONSCIOUS MINDPRONUNCIATIONに結びつけられ、意味と音声をもつと認知される

聴覚は

CONCEPTUAL

STRUCTURE へ、視覚は SPATIAL STRUCTURE へとそれぞれリンクされ、

(6)

2つの構造はPRONUNCIATIONを介して相互関係(SPATIAL

STRUCTUTE ←→

CONCEPTUAL

STRUCTURE)をもつことになる。

「聞く」、「見る」という2種の経験は、ほとんど同じ認知プロセスを経て得られる。これらの経験の 脳内のプロセスを時系列に沿って縦に図示すると、次のようになる(転載資料2、3、4を参照され たい)。

▼ 視覚経験と聴覚経験の認知プロセス

EYES EARS (1) MIND

(unconscious)

↓ SPATIAL STRUCTURE ↓

VISUAL INPUT ↓↑ AUDITORY INPUT CONCEPTUAL STRUCTURE

(2) CONSCIOUS MIND

↓ link: real link: external sound ↓ VISUAL SURFACE PRONUNCIATION ↓↑ link: meaningful link: meaningful ↓↑

(1) MIND (unconscious)

↓↑ ↓↑

SPATIAL STRUCTURE ←→ CONCEPTUAL STRUCTURE

繰り返しになるが、確認しておきたい。視覚経験では、MIND(unconscious)にインプットされた視覚 イメージが真実であると判定されれば、CONSCIOUS

MIND

へ送られ、そこで有意味であると判定さ

れれば、再びMIND(unconscious)へ戻り、そこに構築されている空間構造を経て概念構造に達す る。空間構造では「見たモノ」の位置関係や形状など、概念構造では「見たモノ」の意味、すなわち それは何を表わすのかが照合され、意味が確定する。「何かを聞く」という経験では、音声が有意 味であると判定されれば、MIND(unconscious)へ戻され、そこにある概念構造と結びついて意味が 認知される。もちろん、これらのプロセスはほとんど瞬時に行なわれるが、「無意識」

「意識」

「無意識」、すなわち「<無意識の脳の領域の働き>

← → <意識的な脳の領域の働き>」

という 関係を重視すれば、わずかな時間的な差があることが想定される。

MIND(unconscious)内にあるthoughtは直感されるものであり、その作動速度は瞬間的である。

これは私たちが、犬や猫のような動物と共有するものである。対照的に、CONSCIOUSMIND consciousness

へリンクされた

pronunciationは、直線的(linear)で不連続(discrete)なので、人間

特有の理性的(合理的)思考も同じように、slow

anddiscreteになると考えられる。もちろん、この場

合、音声と思考は “handle”

によって繋がれている(なお、前掲図 では、「(1) MIND(unconscious)」

2箇所に分断して描かれているが、それは便宜上のことで、脳には2種の領域があるという想定 に変わりはない)。なお、Jackendoffによれば、視覚経験は

You experience the visual surface as a

real and meaningful object out there.として、聴覚経験は

You experience the pronunciation as a

(7)

real and meaningful utterance.と説明される(Chapter 34, pp.196-197)。

Unconscious Meaning Hypothesisという用語が最初に現れるのは、Part Two. Chapter 15である

(For convenience, I’ll use the term “the Unconscious Meaning Hypothesis” to refer to this whole package.)。このthis whole packageとは、“Having a conscious thought”についてのJackendoff 構想のことであり、本稿ですでに説明したことである(本稿末尾の転載資料 1を参照されたい)。

この仮説は、要するに、MIND(unconscious)に入った視覚・聴覚・触覚・思考イメージなど、意味 が具現化されていないイメージが音声を介して概念構造に繋がり、概念化(意味化)されるという、

脳内の情報処理の仕組み(経路)の大枠を独自に想定したものである。脳の無意識的領域と意識 的領域は相互関係をもつ。この仮説は、「無意識」「意識」という脳の領域を想定することによっ て、複雑な脳の働きを説明する試みであると言える。本書では脳科学や心理学などの知見が参照 されているが、臨床実験を通して理論を検証するという手法を採ることには限界がある。だから、説 明が抽象的になるのはある程度まで避けられないことであろう。「この仮説は、奇妙で直感に反する と一般読者は思うかも知れないので、あと数章をその説明に費やしたい」と著者は読者の気持ちを

し て 説 明 を

続 け

て い る (

You may find the Unconscious Meaning Hypothesis strange and

counterintuitive, […], I want to spend the next few chapters sharpening it and helping you to get used it. -- Chapter 16, p.86)。

本書には、英語表現をこの仮説の中で説明している箇所がある。私たちは文の意味(この場合 は unconscious

meaning)から推論したり、その文が描くイメージを選び出したりする(pick out a

picture the sentence describes)。例えばThe bear chased the lion.

/ The lion was chased by the bear.(p.87)という2つの文は、同じ意味にリンクされる(これらは同じ

thought、すなわち同じ知的意 味を表わすと著者は考えているはずである)。原文では、The two sentences are the different

“handles” for the same unconscious thought.

と説明されている。この無意識のthoughtは、どちら かの

”handle”

を得て、能動文あるいは受動文としての現実の意味が意識されるようになる。能動 文と受動文はともに無意識的思考状態の段階ではまだ分化していないと著者は考えている。しか し、このような生成意味論の伝統的な考え方は、LangackerLakoffなどの認知言語学者の考え 方と対立する。能動文と受動文は出生を異にするものであり、同じ意味ではないとLangackerたち

主張する。例えば、Beavers build

dams.は、ビーバーの習性を述べる自然な表現であるが、

Dams are built by beavers.

は「世界中のダムはすべてビーバーによって作られる」という意味にな り、人間が造るダムもあるという事実は排除されるからである。

2.4 「意識」(consciousness)に関する先行研究批判

脳科学者FransisCrickChristof Kochは、brain perspectiveの視点から、「脳と意識」の問題を

Neural Correlates of Consciousness(NCC)であると捉え、主として聴覚経験について、他の数人の

研究者たちと研究を続けてきた(Chapter 18. p.102)。一方、Jackendoffは、前節で説明したように、

(8)

cognitive(or computational)perspectiveという立場から、この問題を追求している。

Jackendoffは、CrickKochたちの研究をかなり評価している。Jackendoffは、脳科学者たちが 唱える

brain

perspectiveと自身が唱えるcognitive(or computational)perspectiveの両面から、脳 のどの部分が聴覚や視覚などの経験とどのように関連しているのかを中心に、研究を深めていくこ とができるだろうと希望的観測をしている。このことは、“What is consciousness?”is best answered in terms of

both brain and computational(or cognitive)perspectives. […]. Along with Crick, Koch,

and many others, I suggest we can make a lot of progress on the question of correlation without first answering the Hard Problem(p.102)という記述から明らかである。

Jackendoffは、人間の脳や心に関する有力な諸説についてどのように考えているのだろうか。そ の批判内容を知ることは、この仮説をよりよく理解する上で有益である。主に本書(Part Two.

Chapter 20, Some prestigious theories of consciousness, pp.108-113)を参照しながら、Jackendoff の反論の根底に何があるのかを確認したい。なお、Jackendoffの取り上げる脳科学・心理学・哲学 などの文献を筆者はほとんど読んでいないのが現状である。読破した唯一の文献は、3章で解説 するKoch(2012)だけである。だから、批判対象となる先行研究に関しては、私見を交えた論評を することはできないことをお断りしておかなければならない。

人間の知性と意識はthe highest,

most noble, most awe-inspiring(最も畏敬の念を感じさせる)

であるという長い伝統的定説に私たちは慣らされてきた。そして知性と意識は同じレベルのものだ と考えてきた。このような前置きのあと、最初に批判の対象になるのは、2人の脳科学者である。

Antonio Damasio

[…] conscious images are “the highest level of biological phenomena.”

と賛美 し、Bernard Baars

[…] consciousness “is king of the hill: all mental processes make use of it”

言っているからである。

Jackendoffはそのようには決して考えていない。それはなぜか。彼の議論の根底には、犬・猫・

猿・人間などはすべて同じ祖先から枝分かれして進化してきたので、哺乳動物としていくつかの特 徴を共有しているという事実に注目すべきであるという認識がある。したがって、伝統的な定説の呪 縛から開放されないと、「脳と意識」の問題は新しい研究の緒につくことはできないと考えている。

言語をもっているから、私たちは他の動物とは異なる方法で思考(thoughts)を意識することがで きる。言語能力とは、言語を音声にリンクして、考えていることを伝達形式に転換する能力のことで ある。簡単に言えば、言語をもたない他の動物たちも思考することはできるが、それは直感に近い 思考パターンである。したがって、犬や猿にとっては、思考と意識はほとんど同じものである。ところ が、私たちはすでに述べたように、「内なる声」(inner

voice)という音声から意識の原型(form)を得

ており、思考それ自体から直接的に意識を得ているのではない。Unconscious Meaning Hypothesis は、意識は神に与えられた深遠な(Profound)ものであるという古い考えを基盤にするのではなく、

思考経験に注目しているのである([…] is

based on really paying attention to the experience of

thinking […])。

名 指

し は し て い な い が 、 い く つ か の 脳 科 学 の 視 点 か ら の 意 識 研 究 (

Some theories of

consciousness from a neural perspective)にJackendoffは疑問を呈している。これらの意識研究は、

(9)

ある種のニューロンが意識を生じさせる役割を担当していることを指摘しており、Jackendoffもこの

指摘に同意している。しかし、音声(pronunciation、原文も斜体字)に関わるニューロン活動が経験

の形式と密接に相関するのに、思考(thought、同上)に関わるニューロン活動はなぜそうではない のかという問いかけもしていないし、当然ながら答えも用意していないと批判している。Jackendoff は、この問題は自身の仮説で、「理論的」に説明が可能であると主張している。しかし、この主張は、

臨床実験に基づいて

「実証的」に得られた結果ではない。あくまで理論的に説明可能であるという ことを意味している。

これらの意識論よりも有望なものとして、困難な状況になったときに、脳の働きを監視する一種の

「執行能力」(executivecapacity)の理論がある。例えば、自動車の運転技能習得過程で、慣れる につれて、無意識に手足が動くようになる傾向、すなわち意識が薄れていく現象を、意識の本質で あると考える理論である。これは、

哲学者で心理学者でもある

WilliamJames、発達心理学の Jerome

Bruner、コンピューター科学の

MavinMinsky、神経社会学者John

Eccles

などの支持を得 ているという。

同じ流れの中にいる著名な脳科学者

ChristofKochは、意識は「現状を統合的に捉える執行能

力」(an executive summary of the current situation)であり、将来へのプラニング(planning)を決定

することに参与すると説明する。したがって、意識の機能は、自動的プロセスが得られない特定の

状 況

を処理す るこ とで あ る 。この 見解は 、換言 すれば、意識は the

best, highest, and most

important part of thinkingという従来の普通の考えと同じになることが、批判の対象にされている。

このJackendoffの批判は果たして当を得たものであろうか。JackendoffKochを正しく理解して いるのだろうか。Koch(2012)は、動物たち、特に哺乳類は、意識をもっており、何らかの経験をして いると言う。もしそのように考えないとすれば、それは人間だけは特別であるという「厚かましい思い 上がり」(presumptuous)である。人間も他の動物も同じ

祖先から進化した(We are all nature’s

children.)のだから、構造的にも、行動的にも、連続性が認められる(Koch 2012, Chapter 3)。この

記述から判るように、Koch

は決して人間が特別だとは思っていない。Kochはさらに、私たちの太

陽系が、ビッグ・バンによって宇宙の片隅に配置され、やがて私たちの惑星に生命体が誕生した頃

を視野に入れて、物理的存在としての宇宙とは何か、私たちはどこから来たのか、意識はどのよう な物理的法則によって生まれるのか、という難問に取り組んでいる(Koch 2012, Chapter 10)。

この他に、Jackendoffの批判の対象になっているものに、Douglas Hofstadter

“metacognition”

と呼ばれる理論がある。意識は、脳の働きを反映したものであり、「高次の思考」(higher order thought)によって生み出されると主張する。さらに認知心理学者

Bernard Baars

が唱える

“global

workspace”論も批判の標的にされている。この理論の詳しい説明はされていないが、要するに、

「グローバル・ワークスペース」という空間領域が脳内にあると仮定し、特定の意識的情報(内容)が その空間に入って表示されると、多くの無意識的なシステムがその情報にアクセスできるようになり、

その情報は広く(globally)知られるようになると筆者はとりあえず解釈しておきたい。これら2つの理 論はなぜJackendoffの批判を受けるのか。それは簡単に言ってしまえば、Unconscious Meaning Hypothesisの考え方と異なる部分があるからである。その異なる部分とは、両論とも意識形式を思

(10)

考形式と密接に結びつけているからである。換言するならば、意識が脳全体に思考を伝えると考え ているからである([…] consciousness broadcasts to the whole mind.)。Jackendoffのこの仮説では、

意識と繋がるのは音声であって、意味や思考ではない。しかし、Hofstadler

Baars

は意味や思考 を意識に繋がるものと考えている。彼等は脳の中に「内なる声」を聞くという経験に注意を払ってい ないし、意味と音声という2つの全く異なるデータの構造を峻別していないことをJackendoffは批

判の対象にしている。

ごく簡単に言えば、脳の二層構造という想定を基盤とするこの仮説に適合しない考え方、例えば 意識と思考を同一視する論旨などは、Jackendoffは到底受け容れることはできないのだ。なお、

Jackendoff自身が全面的に賛同できる論考は本書では1編も紹介されていない。

3.Christof Koch の意識研究

3.1 CONSCIOUSNESS: Confessions of a Romantic Reductionist (2012)の構成

最初に「はしがき」を見てみよう。本書の目的は、簡単に言えば、脳と意識の問題を解りやすく 説明することである。関連して、人間存在という根本的問題に対して、自然科学者たちがどのように 取り組んでおり、どの程度まで成果を上げているのか、将来への研究の方向性はどうなっているの かなどを紹介する。本書は単なる科学書ではなくて、自叙伝や告白なども含んでいる。著者Koch は冷徹な物理学者・生物学者であると同時に、人間がなぜこの惑星に存在するのかという謎を解く こ と に

数年 に わ た っ て 関 心 を 寄 せ 続 け

る ロ

マ ン テ ィッ ク な 人 間

で も あ る ( I am not only a dispassionate physicist and biologist but also a human being who enjoys but a few years to make sense of the riddle of existence.)。

本書は10章(Chapters 1-10)から構成されている。各章の内容紹介として、見出しに代えて数

行から成る説明文が掲げられているので、全編の輪郭をすばやく理解するのに好都合である。各

章の見出し文と本文を参照しながら、各章を

行で要約すると、次のようになる。

Chapter 1

主観的な意識の精神世界と、物理化学的な脳細胞の働きの関連性を説明できる科

学的理論は、まだ提示されていない。これは昔からMind-Body Problemと呼ばれる。

Chapter 2

敬虔なローマカトリック教徒の両親のもとで幸せに育てられた

Kochの現在までの研 究歴、結婚後の子供の教育、そしてキリスト教との訣別など、自分史が語られる。

Chapter 3 Koch のこの研究は、なぜ現代の科学的世界観に再検討を迫るのか。意識の問題は どのような方法で実証されるべきなのか。なぜ他の動物も意識をもつのか。

Chapter 4

手品師は観客の目を欺く技に長けている。目で見ているものが意識されるとは限らな

い。「見ていて見ていない」ことがあるのはなぜか。意識と注意は同じではない。

Chapter 5 大脳皮質を2つに割っても、意識は半減しない。皮質のある部分が失われると、色

(11)

彩感覚がなくなる。脳のある部分が失われると、意識が永久に失われる。

Chapter 6 脳内で進行していることの大部分を私たちは意識できない。人間の行動の多くを支

配しているのは、意志ではなくて、無意識のメカニズム、すなわち zombie

agents ある。

Chapter 7 自分が思っているほど速やかに、自由に、意志決定はできない。脳内で意志決定の

処理がなされたあとで、それは 意識される( Your will lags behind your brain’s

decision)。

Chapter

8

意 識 は

複 雑

な 構造に宿る 基 本 的

特質

で あ る ( consciousness is a fundamental property of complex things)。「統合情報理論」などの情報論は意識の謎を解くのに

有望である。

Chapter

9

脳科学研究を新しい地平へと導く画期的技術は、分子生物学・レーザー光・光ファ

イバーを融合させた

Optogeneticsである。これによって脳細胞の発火を操ることが できる。

Chapter10 科学と宗教の問題について、個人的見解を語る。世界が<精神>と<物質>から 成るという二元論では、物理的世界の法則と整合する説明をすることはできない。

多岐にわたる問題が語られ、説明されている。本書は

1章から10章まで順を追って読まなければ、

著者の理論が理解できなくなるという性格のものではない。この点がJackendoffの著書で提起され 「無意識的意味の仮説」の理解とは大きく異なる。純粋な理論体系や数学などの理解を試みる ときは、大雑把に言えば、理解度が

0%

100%のどちらかに傾きやすい。本書は興味深い挿話 を交えて書かれているので、部分的にも楽しく読むことができる。著者が本書で考えている最重要 問題は、なぜ非物質的な意識が、物質的なニューロンから生じるのかということの追求に絞られる。

次節以下では、この問題を中心にKochの説明を若干の余談を交えて紹介する。

3.2 Kochの意識研究の過去・現在・未来

Kochは自身の歯痛の体験を例に挙げて、次のような歯痛の原因の説明に疑問を呈している。

「歯髄が炎症を起こし、そこから神経電気活動が三叉神経を通して脳幹に送られる。さらにいくつ かの脳の部位を経て、頭蓋骨の収まる大脳皮質に電気活動が伝わる。そこで、ある特定の脳部位 にあるニューロン集団が電気活動を引き起こす。この一連の電気活動が、あの忌まわしい歯痛を生 み出すのだ」という説明は、果たして説明として成り立っているのだろうか、とKochは問いかける。

この説明は現在の通説であり、特に間違っているわけではない。しかし、「単なる物質の集まりであ るさまざまなニューロン(有機物質の塊)が、なぜ物質でない主観的感覚を生み出すのか」という疑 問を抱き、その解明を目指すKochにとっては、このような普通の説明には満足できないのである。

1979年、Kochはドイツ西南部のTübingen大学で修士号(物理学)を取得、副専攻で哲学を選

(12)

び、宇宙は精神の現われに過ぎないと唱える一種の唯心論に親しんだ。博士課程では、イタリア人 物理学者

Tomaso Poggio(愛称 Tommy)の指導の下で、単一のニューロンに付着する各種のシナ プス(興奮させたり、抑制したり、さまざまな働きをするものがある)がどのように相互作用するのか

(how the excitatory and inhibitory synapses placed on a single nerve cell interact with each other)

をコンピューターでシミュレーションして調べた。その結果、1982年には、ニューロンの生物物理学 の研究で博士の学位を得た。この研究は、脳内の現象を物理学の視点から説明するものであった。

ところが、このような研究方法は、当時の生物学者たちを困惑させた。現在では当然のことと考えら れているが、彼等はまだこのような方法に慣れていなかったのである。

Kochはドイツで開かれた国際的な学会のポスター・セッションで発表した院生時代の思い出を 語っている。会場の一番奥の一角を割り当てられたこともあってかどうかは判らないが、彼を訪れた のは2人だけで、しかもそのうちの1人はトイレを探す途中だった。しかし、その人は意外にも熱心 Kochの説明に耳を傾けてくれたという。

1980 年代初頭には、意識について論文を書くことは、まっとうな学者のすることではなかった。意 識の問題は取るに足らない周辺的なもの(a fringy subject)であると考えられていた。意識の問題は 自然科学では何も解決できないのではないかとKochは真剣に悩んだという。科学で解決できな いことを、別の方法で納得のいくまで論理的に追求してみようと考えたこともあった。しかし、彼は哲 学的研究に入ることはなかった。最初に紹介したように、あの日に経験したあの忌まわしい歯痛と いう現実問題に立ち向かうことが重要課題であることに気づいたのである。Kochの言葉を借りれば、

彼は「意識の海原」(the seas of consciousness)という広く深い海へ一人で旅に出たのである。

そしてやがて Kochに幸運が訪れた。恩師PoggioMassachusetts Institute of Technology

(=MIT)へ教授として招かれ、この恩師の推薦で25

歳の

Kochは心機一転、MITの研究室で4年

間にわたって自由に研究に打ち込む時間を与えられた。“I was free to pursue science, pure and

simple.”(Chapter 2, p.17)と彼は当時の感激を表現している。

1986年、29

歳になった

Kochは、California Institute of Technology(=Caltech)に職を得た。この 大学は、研究者の数に比して学生数が少なく、研究にも教育にも恵まれた環境だった。Fransis Crickと再会し、学内外に新しい知己を得た。FransisCrickは、JamesWatson1953年に遺伝子 の本体である

DNA

の二重螺旋構造(double-helical structure of DNA, the molecule of heredity)

を発見し、1962年に二人はノーベル賞を得たことで知られている。この発見によって、生命現象が

分子レベルで解明されるようになり、生命科学が飛躍的発展を遂げることになった。Crick

は、歳月 を経て分子生物学が大きく発展し、DNAの巨大分子の複製という仕組みによって、生命原理の謎 がある程度まで明らかになったのを見届けると、彼の関心は分子生物学から神経生物学へと移っ ていった。1976年、Crick60

歳になっていたが、果敢にもこの新しい分野に飛び込んでいった。

同時に旧世界の

Cambridgeから新世界のCalifornia

へと研究の拠点を移した。

Caltechでは、KochCrickはお互いの熱意と才能を認め合った。二人は意気投合、長年にわ たって共同研究し、論文を共同執筆した。Kochの研究成果は、40

歳年長の

Crickの存在なしに は考えられない。CrickについてKochは、長年にわたって多くの優秀な研究者や学生に出会った

(13)

が、その中でもCrickの天賦の才能はひときわ群を抜いていたと述懐している。

脳と意識の問題は、哲学者

David

ChalmersHardProblem(誰も解明できない最大の難問)と

呼んだことで知られる。哲学的推論を重ねた結果、「意識経験は宇宙を支配する物理的法則に従

わない」([…] conscious experience does not follow from the physical laws that rule the universe.)

という結論を導き出し、1990年代初めに広く知られるようになった。KochChalmersの哲学的業

績を高く評価していることもあり、彼を大学のセミナーに招き、講演をしてもらったことがあるという。

講演後、ワインを飲みながら意見交換したとき、Chalmers

は、「どんな事実が実験で明らかにされよ うと、生物学上の発見や数学がどんなに進歩したとしても、物質世界と意識の世界という2つの世

界の間に橋を架けることはできない」と断言したことに心底驚いたという。なぜこの哲学者は実証も せずに、そんなに確信をもって発言できるのだろうかと

Kochは不思議に思ったという。どんなに言

葉の上で推論を積み重ねても、数学や生物学の視点からの検討なしには、哲学的考察が、意識と 物質の問題に決定的貢献をすることは今後もないだろうという

Kochの言葉には自然科学者として も信念が感じられる。

Kochによれば、Chalmersの他にも、自分の考えの真実性を固く信じて疑わない哲学者は何人 もいるという。彼等と話してみると、自説と競合する学説に出会っても、自分の考えは決して揺らぐこ とはない。その反面、「この考えも正しい、あの考えも正しい」と暗黙の了解をしている側面がある。

どの考えも正しいなんていうことは、自然科学の世界ではあり得ない。真実は1つしかない。どんな に素晴らしく、美しく見える理論でも、疑問の余地がなくなるまで検証を繰り返すのが科学者の使

命である。Koch

自身も他の学者の指摘や検証の結果、修正を迫られたことが幾度もあったと述べ ている(Chapter 1)。

脳と意識の問題は、科学的に突き詰めていけば、物理的存在としての宇宙とは何か、そもそも私 たちは何者なのか、どこから来たのか、どこへ行くのか、というような問いに行き着く。本書執筆の目 的は、これまで犯してきた誤りや不手際を反省し、現在どのようにして意識の源を探求しているのか を伝え、宇宙は物理法則によって統一的・合理的に支配されているという考えに満足のいく結論を

与えることであると巻末近くで述べている。しかし、Koch

も述べているように、宇宙誕生までさかの

ぼり、その謎を解明することは容易なことではない。38 億年というはるか昔に、ビッグバンが起こっ

たことはよく話題にされる。このビッグバンを引き起こした物理的条件は何だったのか。物理学が実

験で検証できないことであり、物理学が抽象的理論になってしまう地点でもあるという([…] physics meets metaphysics.)。天才的物理学者 Stephen

Hawkingたちが懸命に努力しているが、謎は依然 として謎のままである。

理科系人間であると自認する筆者の友人は、「鉛筆の先のような非常に小さい物質の塊が爆発・

膨張して現在の宇宙が誕生したことがビッグバンである」

と説明してくれた。なぜそんなことが言え るのかと聞き返すと、「現在の宇宙の状態から逆算して(すなわち帰納的に)そのようなことを想定 することができるということだ。これは現在では定説になっている。自然界には不思議なことがたくさ

んあるが、我々はそれがなぜなのかを知らないから、そのように感じるだけの話なのだ」

と平易な言

葉で説明してくれたが、筆者には到底理解できないことである。

(14)

Kochは数学的あるいは物理学的に実証できないことは信じないと言っている。この世界はすべ て物理法則によって支配されているからである。肉体と霊魂の分離を唱える二元論は広く知られて いる。霊魂の存在を信じるのは個人の自由だが、霊魂は人間が生まれる前はどこにあったのかと Kochは問いかけている。Kochは残された研究者人生のすべてを賭けて宇宙の謎に立ち向かい たいと言っていることを付け加えておきたい(Chapter 10)。

3.3 脳と意識に関する基本的知識

この分野の研究は現在どの程度まで進んでいるのだろうか。まさに筆者が知りたいことであるが、

正確な知識を得ることは容易なことではない。専門用語が多く、理解に難渋する部分が多いからで

ある。門外漢の筆者が理解できる範囲で、研究の進捗状況の輪郭について本書(主として Chapter 1)を参照しながら説明したい。

すべての臓器がそうであるように、神経システムは数百億個以上の細胞ネットワークから成る。最 も重要な細胞はニューロンと呼ばれる神経細胞である。ニューロンにはおそらく何千という種類があ ると思われる。血液細胞・心臓細胞・腎臓細胞などについても同じことが言える。ニューロンが相互 に結合されるとき、相手のニューロンを興奮させるか、抑制するかのどちらかの機能を担うニューロ

ンに分かれる。多様なニューロンは、シナプスと呼ばれる脳内の狭い空間を介して、データを集め、

処理して、他のニューロンへ伝える。個々のニューロンは、樹木のように細かく枝を広げて樹枝状 突起(finely branched

dendrites)を形成し、それらはシナプスを作り、他のシナプスから情報を受け 取る。それぞれのシナプスは、細胞膜の電気伝導度を増加させるか減少させるかのどちらかの調

節作業を担当している。このときに生じる電気活動は、樹枝状突起とニューロン本体の精巧な細胞 膜による機能(membrance-bound machinery)を介して、1回または

2回以上の「すべてか、ゼロか」

(all

or-none)という電気パルス、すなわちスパイクス(spikes)へ変換される。この電気パルスは、

ニューロンの出力ワイヤー

(axon)を伝わってシナプスを活性化する。 要するに、

膨大な数量の ニューロンは、シナプスを通じて相互連絡しているのである。個々のシナプスは、電子機器に埋め 込まれたれたトランジスターに喩えられる。

脳神経は巨大な規模の情報処理を並列的に高速で行なうことができる。多種多様なニューロン は、大規模なグループを形成しており、それらは10

センチ以上離れた別のニューロン群と相互に

連絡し合っている。また、あるニューロンはある特定のニューロンとしか繋がらないという特性をもっ ている。各種のニューロンと各種のシナプスの機能を包括的に捉えて、意識と脳の本質的な関係 を解明することが今後の課題である。

蛇足になるかも知れないが、付記しておきたい。ごく最近、『文藝春秋』(2015

4月号、pp.176- 190)に、「脳についてわかったすごいこと」という意図的に読者の眼を引くような見出しの記事(立

花隆氏と岡田朋敏氏の対談、論文形式ではない)が掲載された。立花氏は臨死体験など脳と意識

の問題に関心を寄せる著名な評論家であり、岡田氏はこの問題に豊富な知識をもつ

NHK

のチー

(15)

フ・プロデューサーである。同誌に掲載された 「神経細胞とシナプス」

「統合的情報理論」

のイメー

ジ図は、Koch(2012)には載せられていないので、本稿末尾に

転載資料5、6として添付した。

3.4 意識に関する情報理論(information theories)の可能性

意識の問題を説明する数多くの論文が発表されている。それらの中で、一連の情報論は意識の 本質に迫ろうとしている点て評価されるべきであるとKochは考えている。

この問題を追求するには、一貫した論理から成る大きな枠組み(framework,edifice)が必要であ る。それがCrickKochが唱える「意識の大理論」(Holy Grail of the science of consciousness)で ある。この大理論は、意識はシナプスやニューロンと結びつくものでなければならないということを 重要視している。意識と脳内メカニズムの関係を明らかにすることが目的である。Kochが本書で特 に強調していることは、どの意識には脳のどの部位が関わり、どのようなシナプスが必要とされるの かというような、単に現象を記述する(descriptive)だけではなく、その現象が生まれる必要十分条

件を求め、意識発生の原理を規定する(prescriptive)ものでなければならないということである。意

識論はいくつかの大原則から出発して、意識経験という現象をこの宇宙の基本的特性の一部とし て説明しなければならない。したがって、この大理論は精確(preciseandrigorous)であることが要求 される。単なる抽象的主張の寄せ集め(a collection of

metaphysical assertions)であってはならな

い。

Kochによれば、このような厳しい条件を乗り越えて、独自の意識理論を独自に構築しようとして いる研究者は少ないという。Kochは次のよう事実を指摘している。脳と意識の関係を、聴覚経験を

例にして、抽象的に記述したモデルならば、いくつも実在する。例えば、脳内における特定の情報 処理段階をそれぞれ四角形

(boxes)で示し、それぞれの四角形を矢印で結んで、それぞれのモ

ジュールがどのように意識に関係しているのかを図示するモデルである。最初の四角形は初期の

視覚過程を、別の四角形は物体の認識を、また別の四角形は記憶を表わすというタイプのもので ある。提案者は特定の四角形を指して、「このボックスで情報が、(魔法のように)生まれる」と説明 する(p.121)。この種の説明は、なぜ情報が生まれてくるのかということに、全然言及していないとこ ろに問題がある、とKochは言いたいのである。

Koch自身も過去に、上記に類する説明をしたことがあることを、罪深く(guilty)感じていると告白 している。いつ頃のどのような論文であるかは明らかにされていないが、「視覚皮質の高次領域と、

前頭前皮質の

planningstagesの間を往来する情報が意識にのぼる」という説明は、実験結果から

正しいことが判明しているが、なぜそのような情報のやりとりが意識を生み出すのかについては、何

も説明しなかったことを例に挙げている。Kochの主張は、現象や事例を観察したら、それらを羅列 するだけでなく、それらを一般化するか、それらの中から普遍的真理や原理原則を導き出さなけれ

ばならないということである。一般的に言えば、これは誰もが認める学問研究の普遍的原則である。

「なぜ」 という問いから、1 つしかない答えに到達することが目的なのである。

(16)

意識に関する情報理論に話を戻そう。同じカテゴリーの中にある有力な理論と思われるものに、

認知心理学者

Bernie Baars

“global

workspace”

model

がある。このモデルは、人工知能の黎明

期の blackboard

architectureに基づいている。特殊な専門的なプログラムが「黒板」と呼ばれるス

ペースに載せられた情報にアクセスでき、それによって、高度に特化した局所的プログラムから全

体の状況を知ることができる。Baarsの主張は、「人間の意識とは、専門化した局所的モジュール群 が共有アクセスできる

“global

workspace”に載った情報のことであり、情報がさまざまなモジュール に知られるように、広く伝達するという働きはその情報が意識にのぼることと同じである」ということで ある(p.122)。Kochはこのモデルは直感的に正しいような気がするし、実験結果とも合致すると言っ ている。

この

“global workspace”

に修正を加えたのが、分子生物学者Jean-Pierre Changeux(Collége de France in Paris)と共同研究者で数学者の

Stanislas Deheane

である。彼等は、最新の心理物理学

実験、脳機能イメージング、脳波記録 、外科手術患者の脳内から直接計測する脳波などの手法

を組み合わせて研究を進めており、その成果によって脳と意識の問題を詳しく説明できるように なったという。

このような記述モデルは、検証可能な仮説を立てていくのに、重要な役割を果たすことになる。と り わ

段 階で は 、 研 究 に 弾

み を つ

る 。 し か し 、 「

述 的 な

モ デ ル

」 と 「

規 定

(prescriptive)のためのモデル」を混同してはならないとKochは念を押している。前者の類いのモ

デルは、なぜ意識が生じるのかという問いに答えていないからである(The models simply assert

that this is what it happens: they do not explain how.)。

現代社会では情報は不可欠である。それは発信者と受信者によって共有される。一般的な文脈 では、情報は外部から観察できるものであり、通常は「外因的情報」(extrinsicinformation)と呼ば れる。

Kochと親交のあった哲学者

David Chalmers

は、情報を外因的(extrinsic)なものと内因的な

(intrinsic)ものに2分して、情報理論の可能性を求めた。内因的情報とは、結局は意識経験のこと に他ならない(The hidden, intrinsic attitude of information is what it feels like to be such a system .)。

この二面性理論(dual-aspecttheory)の根底には、Giulio Tononiによって最初に定式化された「統

合情報理論」(the theory of integrated information)がある。膨大な情報が一瞬のうちに処理される

ように感じるのは、意識の対象になる情報が脳内で高度に統合されているからである。また同時に、

統合されない、それよりもはるかに膨大な量の情報が排除されている。だから、長い人生において

も、完全に同じ経験を二度することはまずあり得ないのである。

情報が統合されているとは、どのようなことなのか。Koch

が挙げている事例を紹介しよう。彼のパ

ソコンのハードディスクに、2歳のときの自分の娘、12 歳のときの娘、22 歳のときの娘のそれぞれの

成長過程を示す写真が保存されている。親が見ればすぐ判ることだが、パソコンは3枚の写真が

同じ人物であることが判定できない。パソコンには多量の情報が内蔵されているが、これまでに蓄 積された経験や情報を統合して状況を判断する能力も意志もない。

対照的に私たちは、経験する情報が何であれ、それを統合された単一体として意識する。それ

参照

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不変量 意味論 何らかの構造を保存する関手を与えること..

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  憔業者意識 ・経営の低迷 ・経営改善対策.

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