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―サービス向上へ実験次々(介護サービス最前

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Ⅰ はじめに

 2000(平成12)年から施行された介護保険制度は,

「高齢者の介護を社会全体で支え合う仕組み」(厚生労 働省,2014)であり,高齢者がその方らしい生活を続 けていくための公的支援サービスである.40歳以上の 国民が保険料を払いサービス利用時には自己負担分も 支払う契約に基づいた制度として理解されている.こ れが制定された背景の一つとして,よく知られるよう にわが国の高齢化率,すなわち,人口構造が高齢者を 多く抱える形態であったことを挙げることができるだ ろう.社会保障制度の拡充と転換期であった1970年代,

さらに社会構造の変化から社会保障制度の再整備が迫 られた1980年代,そして1990年代に入ると目前の超高 齢社会において国民が尊厳を守り安心できる暮らしを 国として保障していくために,さらなる社会保障制度 改革が必要となった.その結果の一つが社会保険 ・ 地 域保険としての介護保険制度の誕生であった.

 一方,この介護保険法が施行された2000年は,「高度 情報通信ネットワーク社会形成基本法」,通称,IT

(Information Technology)基本法が成立した年でもあ る.それ以前は「電算化 ・ 情報化」などと記されてい たが,同年の以降は「IT」の表現が一般化した.また 総務省は,2005年度より「IT 政策大綱」を「ICT(Infor- mation and Communication Technology)政策大綱」

と改称する.頭文字を並べて ICT,すなわち,「情報

通信技術」という名称が使われ始めたのはこれが起点 だと考えられている.IT,ICT 双方とも同様に用いら れるが,本稿では介護保険法施行以降での介護 ・ 福祉 分野における情報伝達 ・ 連携,コミュニケーションの 様子を表わす語として「ICT」を用いる.また,介護 保険制度移行以前では情報機器の導入等を指す語とし て「情報化」と記す.

 さて,特別養護老人ホーム(介護老人福祉施設)に おける介護職員の業務は,利用者に対する食事 ・ 入浴 ・ 排泄の3大介助を始めコミュニケーション ・ レクリエー ション等の直接介助業務,そして利用者と直接には関 わらない介護記録や清掃 ・ 洗濯,時には炊事等も含ま れる間接介助業務がある.介護職員は,利用者の生活 を支える為に日中 ・ 夜間と交代で勤務に当たる.業務も 多岐に渡るため,身体的 ・ 精神的に負担が圧し掛かる.

特に介護記録業務は間接介助業務でありながら,直接 介助 ・ 間接介助双方の情報に関わる重要な業務である.

 國定(2011)によれば,間接介助業務の中でも介護 職員が介護現場において介護記録の業務は負担度が高 い.実際,著者らの一人,大門大志は特別養護老人ホー ム職員として,こうした業務に携わったが,その経験 からも介護記録業務の負担は大きく感じられた.直接,

利用者と関わる勤務時間を終えた後に記録作成するこ とも少なくなかった.こうした負担を少しでも軽減で きれば介護職員は,利用者への直接支援に集中するこ とが時間的に可能となり,利用者へのサービス向上に

医療法人財団明理会越谷市地域包括支援センター新越谷病院

* * 元久喜同仁会鶴寿荘介護老人福祉施設ユニットリーダー

* * * 立正大学社会福祉学部社会福祉学科

キーワード:介護保険制度,特別養護老人ホーム,情報化,ICT,介護現場

介護保険制度成立前後の特別養護老人ホーム における情報通信機器の導入

大 門 大 志 大 門 真 澄**

溝 口   元***

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も繋がる可能性が考えられる.介護保険制度は,利用 者がサービスの選択を可能したものでもあり,施設間 にサービスにおいて競争原理を導入しようとするもの でもあるので,こうした職員の時間確保は重要な課題 である.

 この介護記録業務負担軽減を期待できる可能性があ るものの一つが,介護現場への ICT 導入である.もち ろん,そこには施設職員のパソコン入力のスキルやシ ステム,ICT そのものへの理解度がどの程度か等が問 題となる.また,施設において特定の職員のみが ICT に対するリテラシーが高くても,全体として ICT 導入 により職員に時間的余裕が生まれ,利用者に対するサー ビスの向上に繋がるわけではないだろう.逆に ICT 導 入が職員間での意志の疎通の妨げになる場合もありう るかもしれない.施設設置母体の社会福祉法人等の設 備投資財源も考慮の対象であろう.

 そこで本稿は,介護現場への ICT 導入検討の様子 を,介護保険制度移行前後の特別養護老人ホームにお ける情報化と関連させながら,新聞記事等で紹介され た内容分析を通じて浮き彫りにしようとするものであ る.すなわち,介護保険の導入と ICT 導入という時期 的に重なった出来事でサービスがどのように変容した のか否か,それがどのように情報として業界に,社会 に発信されて行ったかを探ろうとするものである.

 比較的若手の施設職員を中心にスマートフォンを使 いこなすことが常態化し,施設現場の業務のシステム 化やモバイル化等の促進も顕著なっている今日,介護 現場への ICT 化導入を検討する際の背景情報に利用さ れれば幸いである.なお,主な分担として,大門大志 は,自身の施設職員としての体験,全般的な文献収集 とその分析.大門真澄は,新聞記事内容の整理と特別 養護老人ホームにおける職員の ICT 利用の実態.溝口 元は,収集分析対象文献の選定 ・ 助言と全体の構成.

を担当し,3名で意見を交換しながらまとめて行った.

Ⅱ 雑誌・新聞記事から見た

特別養護老人ホームにおける情報化

 ここでは,介護保険制度発足以前の特別養護老人ホー ムにおける情報化の様子を文献検索の結果からみてい きたい.

Ⅱ- 1  記事データベース検索結果

 まず国立国会図書館蔵書検索申込システム「NDL-

OPAC」の検索機能を用い,「特別養護老人ホーム」を キーワード,期間を介護保険制度発足の2000(平成12)

年までに設定し検索した結果は631件であった.さら に,キーワードとして「情報」を加えると7件に絞り 込まれ,もう一つ「システム」を加えると2件となっ た.また介護現場への ICT 導入となれば記録業務との 関係性が高いと考えて「記録」をキーワードとして追 加したが検索数は0件であった(2015年5月30日確認).

 これらのことは,少なくとも20世紀末までは特別養 護老人ホームにおける情報化,システム化に対する論 考 ・ 記事は極めて限られていることを示している.具 体的に検索された2件の内1件は,全国社会福祉協議 会が刊行している雑誌『月刊福祉』の1996年6月号の 特集『「使える」福祉の情報システム』と題する事例記 事である.「処遇管理情報システムの導入と展開-特別 養護老人ホーム四恩園における取り組み」と題した記 事(三瓶 ・ 高橋,1996)は,北海道の北広島市に所在 する特別養護老人ホーム「四恩園」の処遇管理情報シ ステムの導入に関するものであった.

 もう1件は,恩賜財団済生会の雑誌『済生』の1999 年7月号の特集『医療 ・ 福祉情報システム』における 記事「特別養護老人ホームやまのべ荘 / 山辺町福祉事 業とのオンラインシステム」である.山形県山辺町に ある特別養護老人ホーム「やまのべ荘」が山辺町保健 福祉課とオンラインで結んで情報管理をしているとい うのがその内容である(山川,1999).

 この2件は,介護保険法施行前の特別養護老人ホー ムへの ICT 導入を先進的な取り組みとして紹介してい る記事であり,当時の大多数の特別養護老人ホームで はほとんど情報化が進んでいなかった中での先駆的な 事例と捉えられる.

 次に「読売新聞」,「朝日新聞」,「毎日新聞」,「日本 経済新聞」の全国主要4紙の新聞記事データベース検 索を行った.読売新聞,朝日新聞,毎日新聞の3紙は 日本における新聞発行部数の上位3紙であり,また日 本経済新聞は経済専門紙としての発行部数が最も多い ことから,この4紙に掲載された記事は福祉現場にも 大きな影響を与え得ることが予想される.

 東京 ・ 永田町に所在する国立国会図書館内に設置さ れている検索端末器を使用し,4紙のデータを比較す るため1987年1月1日から2000年12月31日までを検索 期間とした.また,キーワードは,「特別養護老人ホー ム」,「情報」,「システム」,「記録」である.なお,今

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回は「日経テレコン21」以外の3紙データベースは「特 別養護老人ホーム≠介護老人福祉施設」との設定になっ ており,比較検討が困難であることから「介護老人福 祉施設」をキーワードとしなかった(2015年5月30日 確認).その結果を表1にまとめた.

 さらに,特別養護老人ホームの情報化に関する2紙

の記事を抽出して一覧にしたものを表2にまとめた.

 まず,読売新聞では,記事データベース「ヨミダス 歴史館」を用い,「特別養護老人ホーム」,「情報」,「シ ステム」の3つのキーワードで検索した結果は124件で あった.さらに「記録」を追加すると13件となった.

この13件の記事における傾向としては,災害時の情報 表 1  新聞記事検索結果(1987年 1 月 1 日~2000年12月31日)

記事データベース名 「特別養護老人ホーム」

「情報」「システム」

検索結果 「記録」検索結果 特別養護

老人ホームの 情報化に関する記事

読売新聞「ヨミダス歴史館」 124 13 0

朝日新聞「聞蔵Ⅱビジュアル」 219 18 3

毎日新聞「毎索」 109 5 0

日本経済新聞「日経テレコン21」 136 13 10

※「日経テレコン21」は、日本経済新聞・日経流通新聞・日経産業新聞・日経金融新聞の4紙での検索

表 2  特別養護老人ホームの情報化に関する記事一覧表(1987年 1 月 1 日~2000年12月31日)

朝日新聞 3件

No. 年月日 特別養護老人ホームの情報化に関する記事見出し

1 2000年4月7日 IT 介護で質向上 情報開示にも一役 大分の2施設に見る(西部夕刊)

2 1998年3月17日 老人ホームもサービス競争 介護保険導入で「ビックバン」(大阪夕刊)

3 1996年4月17日 電子手帳で介護記録 ヘルパーが入力,健康管理 八木町で導入(京都朝刊)

日本経済新聞等 10件

No. 年月日 特別養護老人ホームの情報化に関する記事見出し

4 2000年11月17日 特別養護老人ホーム松栄荘 - サービス向上へ実験次々(介護サービス最前線)

(日本経済新聞 地方経済面 茨城)

5 2000年2月28日 大分・津久見市,高齢者見守る共同作戦 - 情報共有,素早く動く(月曜版)

(日本経済新聞 朝刊)

6 1999年6月4日 ヘルスケア高齢化社会迎え脚光 - システム,施設の事務負担軽減(21世紀ビジネス)

(日経産業新聞)

7 1998年10月16日 日通工,介護情報システム,日誌など自動作成 - 福祉施設向け

(日経産業新聞)

8 1998年3月6日 アクティブライフ,介護施設向け記録システム

(日経産業新聞)

9 1998年1月25日 市町村の公的介護保険準備本格化(情報パック)

(日本経済新聞 朝刊)

10 1997年12月19日 小田原福祉会理事長時田純氏 - 介護の質,科学的に判定(福祉に賭ける)

(日経産業新聞)

11 1997年11月28日 富士ロジテック・介護関連情報システム - 使いやすさを追求(この会社この技術)

(日経産業新聞)

12 1996年11月6日 第6部変革期の老人福祉施設(3) 特別養護老人ホーム(医療ビジネス誕生)

(日経産業新聞)

13 1995年4月21日 内田洋行,福祉施設結び情報ネット - 自治体用支援システム,実施記録など一元管理

(日経産業新聞)

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や通報システムに関する記事が多く,他は医療分野に おける電子カルテに関する記事や在宅介護サービスの 情報化に関するものであった.しかしながら特別養護 老人ホームの情報化に関連するような記事は見られな かった.

 次に朝日新聞では,記事データベース「聞蔵Ⅱビジュ アル」で同様なキーワードで検索した結果は219件検索 され,キーワード「記録」を追加すると18件となり,

その内特別養護老人ホームの情報化に関連する記事は 3件であった.これらの内,筆者らが最も注目したも のが,表2中の No.3の1996年4月17日付「電子手帳 で介護記録 ヘルパーが入力,健康管理 八木町で導 入」と題した記事である.在宅介護が必要な高齢者の 健康状態を記録 ・ 管理するため,家庭訪問するヘルパー が所持する当時のモバイル機器である「電子手帳」と 町や福祉施設,町社会福祉協議会等のコンピュータと を接続した「長寿在宅システム」を開発 ・ 導入すると いう内容であった.これは訪問介護用システムの紹介 だが,さらに,将来的には特別養護老人ホームや老人 保健施設,病院とも端末を繋いでいく計画であると述 べられていた.当時の介護現場におけるモバイル機器 活用の様子が窺える貴重な記事であると思われる.

 次に毎日新聞の記事データベース「毎索」の検索結 果をみてみよう.キーワード「特別養護老人ホーム」,

「情報」,「システム」での検索総数は109件で,「記録」

を追加しての検索数は5件であった.読売新聞の場合 と同様に,特別養護老人ホームの情報化に関連した記 事は見られなかった.

 経済専門紙として発行部数が最も多い日本経済新聞 の記事データベース「日経テレコン21」では条件とし て,日本経済新聞本紙,日経流通新聞,日経産業新聞,

日経金融新聞の4紙での全文及び見出し記事検索を実 施した.上述と同様の3つのキーワード検索結果は136 件,さらに「記録」を追加しての検索数は13件であっ た.興味深かったのは,日本経済新聞社系の新聞記事 には,特別養護老人ホームの情報化に関連するものが 10件あったことである.

 まず注目したのは,表2中の No.13,1995年4月21 日付「内田洋行,福祉施設結び情報ネット―自治体用 支援システム,実施記録など一元管理」(日経産業新 聞)である.内田洋行が開発した「高齢者保健 ・ 福祉 連携システム(略称 ・ 高福21)」についての記事で,医 療機関,福祉施設,在宅事業所等に分散しているサー

ビス全体をネットワークで管理するシステムが今後は 必要だというものである.施設内外のネットワークを 眼中に入れた情報化に関する最初期の記事といえよう.

 次に注目したのは,表2中の No.11の1997年11月28 日付記事「富士ロジテック ・ 介護関連情報システム―

使いやすさを追求 この会社この技術」(日経産業新 聞)である.これによれば,富士ロジテックは利用者 の使いやすいシステム作りを徹底しており,介護施設 向け情報システム「ちょうじゅ」を開発 ・ 販売してい る.特別養護老人ホームへの対応として,記録を「電 子手帳」を用いて現場で入力する仕組みがある.その ため,介護職員が PC 等に情報入力するためにわざわ ざスタッフルームに戻る必要がなくなった.介護現場 の事情を考慮したシステム構築を考えている所に先見 性が感じられた.(図1)

 経済専門紙の検索で最後に注目した記事は,表2中 の No.4,2000年11月17日付「特別養護老人ホーム松 栄荘

―サービス向上へ実験次々(介護サービス最前

線)」(日本経済新聞)と題したものである.これは茨 城県の特別養護老人ホーム「松栄荘」が1980年開設以 来,試みてきた取り組みについて述べられている.こ こでは,1985年に入所者の排泄介助についてコンピュー タ管理システムを開発 ・ 導入した.入所者の排泄記録 をコンピュータに入力してパターンを割り出すことで,

効率的なオムツ交換と利用者の不快感を極力取り除こ うという試みがなされている.そして最終的には1988 年に紙オムツ使用へ移行したという.福祉施設が利用 者に対するサービス向上について,コンピュータを用

図 1  1997年11月28日付「日経産業新聞」掲載記事

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いて科学的に取り組んだ先進的 ・ 先鋭的な事例の一つ であると感じた.

 以上の記事4件が,2000年の介護保険制度発足に至 る以前に見られた特別養護老人ホームの情報化,すな わち ICT 導入に関する筆者らが興味深かった記事であ る.このように新聞記事から見た特別養護老人ホーム における情報化は,1980年代では表2中の No.4以外 は明瞭でなく,一部の施設でのみ試験的に実施されて いたと思われる.しかし,1990年代に入ると施設用シ ステムも徐々に開発が進んできた様子も少数ではある が窺えるのである.

Ⅱ- 2  福祉専門紙にみる特別養護老人ホームの情報

 ここでは本稿脱稿時,データベースによる検索化が 構築されていない福祉専門紙における動向を見ていき たい.

 『週刊福祉新聞』は1955(昭和30)年より刊行されて いる伝統ある福祉業界専門紙である.この新聞におい

て特別養護老人ホームの情報化に関連する記事として,

ケアマネジメントを支援する PC ソフトを紹介するも のが見られるようになったのは,介護保険制度への移 行時期が迫る1999年からであった.同年8月9日付で は「ケアプランコンピュータソフト23社が勢揃い」と 題する見出しの記事が見られ,同年8月30日付では「開 発に施設も参加を ケアプランソフト説明会に1500人」

との記事が掲載されていた.(図2)

 そして介護保険制度移行が差し迫った同年10月4日 付では「さあ介護保険制度が始まるぞ これがケアプ ラン支援ソフト」というケアプラン作成支援ソフトの 見開き特集が組まれていた.(図3)

 以上から特別養護老人ホームにおいて情報化が進展 した背景には,介護保険制度への移行に対応するソフ トウェアの必要性がとくにケアマネジメントの領域で 急速に高まっていたことがあったと考えられる.

Ⅲ 高齢化社会を睨んだ福祉の状況と情 報化の黎明期(1980年代)

 ここでは,1980年代からの介護関連施策を中心とし た介護保険制度成立の経緯と特別養護老人ホームにお ける情報化について10年ごとにみていきたい.まず1980 年代の動向を表3にまとめた.

Ⅲ- 1  1980年代の介護関連施策と特別養護老人ホー

 「福祉元年」とされた1973(昭和48)年に老人医療費 支給制度が実施され「老人が医療保険で受療した場合 に自己負担しなければならない医療費を公費で肩代わ りする」という表現の具体化として,65歳以上の寝た きり老人等の医療費が実質無料化された.これによっ て福祉が大きく増進するはずであったが同年,第一次 石油危機(オイルショック)が起こり,急激に変化す る世界情勢の影響によって日本の高度経済成長は終焉 を迎える.それまでの右肩上がりの税収増を前提に組 み立てられた高齢者福祉施策はあっさりといって良い ほど崩れ去ってしまう.また医療費無料化が高齢者に 対する新たな需要を引き起こしたこともあり,さらに 医療費増大を招いてしまった.

 そこで登場するのが1982年に制定された「老人保健 法」である.『昭和57年版 厚生白書』では,「壮年期 からの総合的な保健対策によって国民の老後の健康を 確保するという点と老人医療費の負担の公平化を図る 図 3  1999年10月 4 日付「週刊福祉新聞」掲載記事

図 2  1999年 8 月30日付「週刊福祉新聞」掲載記事

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という点において,本格的な高齢化社会への対応の第 一着手というべきものである」との記述がみられる.

ここから高齢者に対する医療費等公的負担増加に歯止 めを掛けようとする施策が実行されていくことになる.

 さらに施設整備関係としては,1986年のこの老人保 健法改正に伴う老人保健施設の創設が挙げられる.要 介護高齢者が病院から自宅へ戻るための「中間施設」

として,通称「老健」が誕生する.また福祉サービス の需要が高まる中,専門性を持った従事者の育成と人 材確保は不可欠であり,さらなる高齢化社会に対応し ていくために翌1987年には「社会福祉士及び介護福祉 士法」(昭和62年,法律30号)が成立した.こうした国 家資格の制定により,従来よりも専門的な福祉サービ スの提供が可能になるような制度的整備がなされた.

そして迫りくる高齢化社会への対応には当時の厚生省 だけでなく国が総力を挙げての対策が必要であるとし て,1989年の「高齢者保健福祉推進十か年戦略」,いわ ゆるゴールドプラン策定へと繋がっていく.高齢化社 会が近づく中でいかに高齢者の医療費増大を抑えてい くか.この重要課題を介護関連施策は背負っていくこ とになる.

 特別養護老人ホームは,1963年に成立した老人福祉 法を根拠法とした生活施設である.『昭和50年版 厚生 白書』では「歴史が浅く,老人ホームの中でも最重点 施設として整備が進められている」と述べられていた.

これが『昭和55年版 厚生白書』では「歴史が浅く」

という表現が見られなくなっている.老人福祉法が成

立した1963年には全国でわずかに1施設だった特別養 護老人ホームが,1980年の段階では,1,000施設に届く 勢いで増設された.しかし,同年における高齢化率は 9.1% と伸びてきており,以降も緊急整備が必要な状況 は続いていく.そして,1986年には,全国における特 別養護老人ホームの施設数が1,700施設を超えてくる.

急速な高齢化に対応するために更なる整備が進められ ていったのである.また施設サービス以外に目を向け ると在宅福祉サービスの整備もホームヘルパー(従来 の家庭奉仕員)派遣事業や通所デイサービス事業(1983 年創設),ショートステイ(寝たきり老人短期保護)事 業(1984年創設)の拡充も実施されている.しかしな がら,特別養護老人ホームの必要性もまた揺るぎがな いものであった(冷水他,1986).

Ⅲ- 2  1980年代の社会の情報化と特別養護老人ホー

 さて,1980年代は情報化が社会的に広がりを見せ始 めたが,「ニューメディア」といった表現で様々に新し い提案がなされては消えていった模索の時代でもある.

たとえば,1985年に茨城県の筑波研究学園都市で開催 された「国際科学技術博覧会」,通称,つくば科学万博 は情報化社会の未来像を広く一般に普及する試みの一 つであった(科学技術庁編,1985).

 1980年代における情報化の代表的な機器は,オフィ ス ・ コンピュータと呼称された電算機(以下,オフコ ン)や日本語ワードプロセッサ(以下,ワープロ専用 表 3  1980年代における動向比較表

和暦 主な福祉・介護関連施策 特別養護老人ホームの動向及び

情報化 社会全般の情報化 西暦

昭和55年 ・ 社会構造の変化に伴って社会 保障制度の再整備が必要にな

・ 全国の特別養護老人ホーム,

1000施設に

・ 1980年前後から OA 革命始ま り,ワープロ専用機開発され

1980年

昭和56年 1981年

昭和57年 ・老人保健法成立

・ 特別養護老人ホームでの情報 化に関する調査研究やコン ピュータの試験的導入が見ら れる

・PC 登場 1982年

昭和58年

・在宅福祉サービス整備も進む ・日経パソコン創刊 1983年

昭和59年 1984年

昭和60年 ・ 科学万博開催,電気通信事業

法施行によって通信自由化始 まる

1985年 昭和61年 ・ 老人保健法改正(老人保健施設創設) ・ 日本で初めて全国の老人福祉

施設コンピュータ実態調査が 実施される

1986年 昭和62年 ・ 社会福祉士及び介護福祉士法成立 ・ PC やワープロ専用機の性能

が上がり,価格も下がってく

1987年

昭和63年 1988年

平成元年 ・ゴールドプラン策定 1989年

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機),PC である.オフコンは,1980年前後における大 企業等の事務手続などを簡略化 ・ 省力化していく OA

(オフィス ・ オートメーション)革命の主役的存在であ る(宮地,1987).1980年当時,日本でコンピュータと いえばこのオフコンを指すことがほとんどで,PC は 勿論日本語ワードプロセッサも初期のものしか存在し ていなかった.1980年代は徐々にワープロ専用機や PC が台頭する時期でもある(日経パソコン,1983).

 また,1980年代での通信事情の特記としては1985年 の「電気通信事業法」等の施行が挙げられる.これ以 降,通信事業が民間サービスへと移行され通信の自由 化の契機となる.また「無線呼出し」いわゆるポケッ トベルや自動車電話といった当時の音声通信における 無線技術機器の開発 ・ 販売競争が始まり,のちの携帯 電話等の普及 ・ 躍進に繋がっていった.有線通信網と しては「パソコン通信」や INS(Information Network System:高度情報通信システム)整備といった動きが 見られた.

 それでは,1980年代の特別養護老人ホームにおける 情報化について福祉専門雑誌「月刊福祉」掲載の記事 を検索しながら検討していきたい.NDL-OPAC を用 いキーワードを「情報」,「特集」として検索してみる と,最初にヒットするのは1978年の特集「社会福祉と 情報」(第61巻11号)であった.この特集において情報 化と考えられる形で触れているのは,「社会福祉協議会 における情報活動」と題する記事である.兵庫県社会 福祉協議会が元来,運営していた福祉資料室を情報セ ンターとしていく過程で,今後の資料整理機材の一つ としてコンピュータの導入を挙げている.1970年代の 福祉分野においては,情報化=コンピュータの利用と いう視点で捉えられ始めたことを示す事例であろう.

 1980年代に入ると,通商産業省の「ニューメディア 計画」,郵政省の「テレトピア構想」等によって,新た な時代と未来像を描くようになっていく.1980年代で 最初に情報について「月刊福祉」で特集されるのは1984 年の「ニューメディアと社会福祉」である.この特集 では,大分県の特別養護老人ホーム「清流苑」でのコ ンピュータ導入に触れている.ここでは,オフコンを 導入し1984年に給与,措置費,経理,栄養管理業務に おいてシステム化を完成させている(児玉,1984).こ の2件はいずれも事務手続きを簡略化 ・ 省力化してい く1980年前後における大企業等における OA 革命の流 れを色濃く受けているものといえよう.

 時同じくして独自の研究を進めてきた事例もある.

介護現場において,直接的なサービスの生活記録を入 力する等コンピュータを使用した研究として,京都府 の特別養護老人ホーム「健光園」のものがある(社会 福祉法人健光園,1985).また,1982年から1984年まで の2年間に実施された『老人ホームの介護サービス用 情報処理システムに関する調査研究』(関西情報セン ターシステム科学研究所,1983)と題する報告書も当 時の状況を窺わせる.

 この研究では,老人ホームにおける介護サービスの 標準化を膨大な介護記録をコンピュータに処理させて 体系化を図ろうとしている.当時,革新的といえる研 究と思われるが,残念ながら技術的に記録情報自体を 紙媒体から置き換えて入力 ・ 処理できるまでには至ら なかった.この努力はその後も続けられ,高齢者福祉 情報サービスシステム開発へと繋がっていく.ここで も用いられた機材は「オフコン」であった.

 特別養護老人ホームにおける情報化への実態を全国 規模で初めて示したのは,老人福祉開発センターが1986 年と1987年に実施した全国老人福祉施設コンピュータ 導入調査であった(老人福祉開発センター,1986,

1987).その報告書によれば,当時の特別養護老人ホー ムへのコンピュータ導入率は25.7% であり,約四分の 一の施設には既にコンピュータがあったことを示して いる.しかしながら,その用途は経理 ・ 事務等が大半 であり,入居者管理に関する内容にしても台帳 ・ 名簿 等管理が最も多く,ケース記録 ・ 看護記録の管理はコ ンピュータではほとんど行われていなかった.

 これは1980年代当時におけるコンピュータの性能 ・ 処理能力がそれほど高くなかったこと,また,施設職 員のコンピュータリテラシー即ち,理解度が伴ってい なかったことなどが推測できる.導入されていたコン ピュータの種類はオフコンと PC が半々であった.1980 年代後半において,PC の価格がようやく低価格化し,

機能的にも業務に耐え得るものになりつつあった.し かし,コンピュータの施設導入効果について大半が事 務作業の効率化を挙げてはいるものの,実態として処 遇向上に繋がったと表現している施設が1%に満たな かったと述べていることは注目すべきことであろう.

 こうした大規模な調査実施自体,特別養護老人ホー ムでのコンピュータ導入への関心の高まりが背景にあ ると思われる.とはいえ,当時は福祉関係専用ソフト ウエアが揃っておらず,PC の実働環境が整っていな

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かった.そのため,利用用途は事務室における事務処 理等に留まり,介護職員が使用していたとしても,ワー プロ機能を利用して印刷物を作成する程度であった.

すなわち,1980年代においては,特別養護老人ホーム の情報化は事務処理等の限定的な導入に留まり,介護 現場で情報化が実現されてはいなかったのである.

Ⅳ 介護保険制度成立と情報化時代の幕 開け

 1990年代は,福祉分野において迫る超高齢社会を睨 んでの大転換期となった.また,情報化においても,

PC の一般化や携帯電話の普及開始,インターネット 接続等目覚しい技術的展開によって,以前の年代とは 情報を取り扱う環境が大きく異なってきた.福祉分野 においても福祉情報化が語られるようになり,一部の 地方自治体ではオンラインでの通信連携が開始された.

その様子を表4にまとめた.

Ⅳ- 1  福祉・介護関連施策の転換期と特別養護老人 ホーム

 1990(平成2)年,Ⅰ 活力ある高齢者像の構築,Ⅱ 高齢者の尊厳の確保と自立支援,Ⅲ 支え合う地域社会 の形成,Ⅳ 利用者から信頼される介護サービスの確

立,を基本目標とする「ゴールドプラン」を実施して いくために,「老人福祉法」等福祉関係八法が改正され た.また同年の高齢化率は12.0% となり高齢化はさら に進み,特別養護老人ホームも全国で2,000施設を越え て整備されてきた.そして,施設の入所事務等は市町 村に移譲され,地域で暮らす住民にとって最も身近な 市町村において,主体的にサービスが受けられるよう になった.

 また,ゴールドプランを遂行していくために不可欠 である人材確保施策として,1992年には「社会福祉事 業法及び社会福祉施設職員退職手当共済法の一部を改 正する法律」が成立した.これにより福祉人材センター 等が設置され,施設職員の待遇等についても目が向け られていく.さらに,翌年,特別養護老人ホームの設 置数のような量だけでなく,提供されるサービスの質 を高めつつ,利用者の生活感覚に応じたそれを提供し ていくことを謳った「サービス評価事業」が実施され た.これは,保健 ・ 医療 ・ 福祉関係者,有識者,住民 等により構成するサービス評価委員会を都道府県レベ ルで設置し,いわば第三者が一定のサービス評価基準 に従って施設サービスについての調査,評価及びアド バイスを行うことを目指したものであった.

 しかしながら,ゴールドプラン実施開始から5年後 表 4  1990年代における主な動向比較表

和暦 主な福祉・介護関連施策 特別養護老人ホームの動向及び

情報化 社会全般の情報化 西暦

平成2年 ・ 老人福祉法等福祉関係八法改 ・ 全国の特別養護老人ホーム,

2000施設に ・ パソコン通信,デジタル公衆 電話設置進む

1990年

平成3年 1991年

平成4年 ・ 福祉施設職員等人材確保施策進む 1992年

平成5年 ・施設サービス評価事業実施 ・ 介護業務内容の研究が見られ

・PC 低価格化・高機能化進む 1993年

平成6年 ・新ゴールドプラン策定 ・インターネット一般接続開始 1994年

平成7年 ・介護保険制度の議論進む

「高齢化社会における情報通 信のあり方に関する研究会」

報告

・ 阪神・淡路大震災にてイン ターネット注目される,Win-

dows95発売 1995年

平成8年 ・福祉情報化元年 ・ 携帯電話・PHS 等の無線通

信,インターネット普及が 徐々に進む一方,ポケットベ ルは衰退していく

1996年 平成9年 ・介護保険法成立 ・ 施設への PHS 導入見られ始

め,記録システムも開発記事 が見られる

1997年 平成10年

・介護保険制度施行への準備

1998年

平成11年 ・ ケアプラン作成支援ソフトに

注目集まる ・ NTT ドコモ「i モード」サー

ビス開始 1999年

平成12年 ・ 介護保険制度開始,ゴールドプラン21策定 ・ 施設サービス計画作成に PC

等必要になる ・ IT 基本法成立,東芝ワープロ

事業撤退 2000年

(9)

には,高齢者福祉対策はさらなるサービス拡充の必要 性が明らかとなり,「新 ・ 高齢者保健福祉推進十か年戦 略」,いわゆる「新ゴールドプラン」が策定される.こ れにより従来の与える ・ 与えられる福祉サービスから 脱却した「利用者本位 ・ 自立支援」の視点が盛り込ま れた(筒井,1993).

 さらに,高齢者の医療費負担の増大に対応するため,

新しい公的介護システムについての模索も始まる.そ の具体化の一つが1997年に成立した「介護保険法」で あった.これにより,介護支援専門員いわゆるケアマ ネジャーが誕生し,要介護認定調査処理や各事業所で の介護サービス計画作成,給付 ・ 請求管理等多岐にわ たって PC 等の利用が必須要素となる(徳田 ・ 児玉,

1997).介護保険法成立後はその施行に向けて慌ただし く整備は進められた.介護保険法成立 ・ 施行とともに 特別養護老人ホームは介護老人福祉施設として位置付 けられ,これまでの与えられる措置制度から利用者が 自ら選択する契約制度への大きな転換となった.そし て,1999年,この新ゴールドプランは終了し,介護サー ビス基盤整備を含んだ総合的なプランとして「今後5 か年間の高齢者保健福祉施策の方向」いわゆる「ゴー ルドプラン21」が策定された.

Ⅳ- 2  情報化時代の幕開けと特別養護老人ホーム  1990年代は本格的な情報化時代の幕開けであり,そ れは福祉分野にも影響を与えた.PC を使ったパソコ ン通信やインターネット接続,携帯電話の普及開始等,

それ以前の年代とは情報を取り扱う幅が大きく異なっ てきた.ここでは,福祉情報化と情報機器が特別養護 老人ホームにもたらした状況を見ていきたい.

 1990年代における特別養護老人ホームと情報化につ いて,NDL-OPAC を用いキーワードを「情報」,「特 集」,雑誌を「月刊福祉」と設定して検索すると,1990 年代では1996年の特集「「使える」福祉の情報システ ム」(第79巻6号)がヒットした.ここには特別養護老 人ホーム「四恩園」において,開設時より利用者本位 のサービスを実現するために処遇情報を共有化するシ ステム構築が試みられていたことを扱っている.ナー スコールと構内 PHS(Personal Handyphone System)

を連動させて,その発信情報をデータベースに記録さ せているのである.また日々の処遇記録も,当時とし ては最新機器に相当すると思われるパーソナル ・ コン ピュータ ・ タッチパネル(画面に直接触れて情報を入

力する)方式を採用して,介護職員がデータ入力する 際の負担軽減を図っていた(図4).

 また1995年当時は,郵政省による「高齢化社会にお ける情報通信のあり方に関する研究会」報告や,翌年 の厚生省「保健医療福祉サービスの情報化に関する懇 談会」報告,さらに厚生省統計情報部によるパソコン 通信を利用した資料提供開始等がみられた.これらが 契機となり,翌1996年を「福祉情報化元年」と呼ぶ様 子が記事からも窺える.

 森本(1996)によれば,福祉情報化は必ずしもコン ピュータ化と同義ではないが,情報システムは福祉分 野のネットワーク構築には欠かすことのできない要素 である.実際,多くの PC ソフト開発 ・ 販売会社が,

福祉分野への本格的に参入してきたのであった.

 さて,1990年代における社会一般における情報化や 情報機器の発展,福祉分野における「情報化」の様子 を見てきた.すなわち,特別養護老人ホームにおいて PC 等情報機器が導入されたのは1980年代と同じく主 に事務室である.一方,介護現場において取得した利 用者の情報をリアルタイムで各部署と連携していくよ うなシステムは開発段階であり,実用化には依然,時 間が必要であった.よって,1990年代の特別養護老人 ホームにおける情報化は全般的には進んでいるように も見えるが,介護職員から見た情報化とはその多くが ナースコールや PHS 導入等の音声通信機器連携であ り,PC 等記録業務を支援する情報機器の介護現場へ の導入はほとんど至っていなかったと捉えられる.

図 4  「月刊福祉」1996年 6 月号掲載記事

(10)

Ⅴ おわりに

 これまでみてきたように,特別養護老人ホームにお ける情報化は1980年代ではほとんどみられず,1990年 代においても進んだとまでは言えなかった.しかしな がら,介護保険制度の導入を目前にした1999年段階で は,PC ソフト開発 ・ 販売企業の福祉分野への参入が 急速に進み,それに呼応するように介護施設側の関心 が高まっていく経緯を窺うことができた.

 介護保険制度下での特別養護老人ホームの運営 ・ 経 営は,1980年前後における OA 改革のように効率化を 念頭に置いた情報化を考えざるを得ない状況になって いった.ただし,この時点での情報化とはあくまでも 事務処理を中心とした施設運営効率の向上等の目的が 主(総務省,2001)であり,利用者への直接的なサー ビスの充実を主眼に置いた情報化,即ち介護現場への 本格的な ICT 導入には至っていなかった.

 著者らの内の一人の大門真澄は,介護保険制度導入 後の2006年から2009年まで特別養護老人ホームで実際 に職員として勤務した.当時,介護現場で ICT はほと んど使われていなかったし,使った経験も皆無といっ てよかった.所属していた準ユニット型の施設で PC などの情報機器を使うことがあったのは,生活相談員 やケアマネジャーらであった.生活相談員とケアマネ ジャーの部屋が介護職員の部屋のすぐ隣にあり,PC で 打ち込んだケアプランや利用者の情報をすぐに介護職 員に伝えられるという利便性を感じることがあった.

 介護職員の部屋にもパソコンは置かれていたが,使 うことがあるのは掲示物や記録用紙の作成であり,そ れも限られたユニットリーダーなどであった.記録用 紙の作成は PC で行うが,利用者の実際の生活記録は 手書きによっていた.利用者の生活記録を忘れないよ うにメモし,それを記録用紙に手書きで転記するとい うスタイルが多かった.介護現場では,記録が利用者 を知る大切な手段であるといえる.記録が正確にされ ていなければ,利用者の身体 ・ 生活状況を知ることは できず,利用者の求めるサービス提供を考えていくこ とは難しいであろう.

 業務が多忙になるとメモが取れず,失念してしまう ことや職員が共有すべき記録に転記ミスや漏れが起き たり,記録する量が膨大で業務時間外に処理しなけれ ばならないなど介護現場で働く職員の負担が大きかっ たように思えた.介護現場に ICT が導入されれば,こ

のような記録のミスや介護現場で働く職員の少なくと も記録に関する負担軽減がほぼ確実に可能になるので はないかと思われた.

 介護保険制度施行から1年が経過した2001年に刊行 された「月刊福祉」では,特別養護老人ホームの個室 化への取り組みについての記事が見られ,さらに利用 者本位の生活の場へと変わっていく様子を扱っていた

(斉藤,2001).そうした中で介護保険請求業務や事務 手続の効率化の必要性から ICT 導入は進んでいった.

 しかし,だからといって施設現場における ICT 化の 促進が施設職員の時間的余剰を産み,直接的なサービ ス提供,その質的向上につながるという単純な図式に なるとは限らないだろう.それでは今後どのような工 夫や実践が考えられるのか.この点を検討するには,

医療と介護の連携の場面における先行事例が参考にな ると思われる.

 まず,iPhone/iPad の利用である.これが導入され る以前は自席のデスクトップ型パーソナルコンピュー タ(PC)を用いて電子メールに対応していたが,導入 後は自席 PC 47%,iPhone/iPad 49%と逆転した.もっ とも効果があったのは,意思疎通スピードの向上で96%

の職員がそれを実感しているという.さらに90%の職 員が患者への対応の速さ,84%が部下への指示や上司 への報告に効果があったという結果を示している.

 しかしながら,こうしたデータが福祉現場に該当す るかどうかは疑問である.むしろ,勤務 ・ 残業時間へ の影響は68%で,影響がなかったとしていることであ る.また,今後の期待として95%近くが資料の共有,

82%がスケジュールの共有を挙げている(葭葉,2014).

これらは福祉現場の場合にも参考になると思われる.

 さて,ICT 導入が実現すればそれなりのメリットが 期待されるであろうが,躊躇せざるを得ないのがコス トの問題であろう(右田 ・ 菊池,2014).まず,イニ シャル ・ コスト(初期投資)が依然高額であること.

ランニング ・ コスト(運営費)やメンテナンス ・ コス ト(維持費),さらにリニューアル ・ コスト(更新費 用)も大きいことである.また,メーカーが提供する システムは,利用者側である施設職員にとって不明な 点が少なくなく,メーカー側のペースの費用の見積が 行われてしまうことがしばしばである.さらに,アプ リケーションソフトの導入によっては,サーバーの交 換が必要な場合もでてくる.これらは間違いなく財政 収支を圧迫する.

(11)

 それでは,どのように対応すればよいのか.この論 考では,隣接する病院と介護付有料老人ホームでネッ トワーク接続をし,同じシステムを利用すること等か ら医療と介護の連携を実施している.地域包括ケアシ ステムの実現である.サーバー,ソフトウエア,接続 費用等が圧縮できたという.「医療 ・ 介護 ・ 予防 ・ 生活 支援を一体的に提供できる」,「どこの施設を利用して も情報は一元管理され,全ての利用者 ・ 患者に関わる 医療従事者,介護従事者が同じ情報を共有し,医療 ・ 介護を実施しなければ,情報遅延による機会ロス(対 応すべき肝心な時にその機会を失してしまうこと)を 起こし,最終的には利用者 ・ 患者への不利益につなが る」の指摘は福祉施設の場面でもあてはまるところが あるだろう.そこでの経験から指摘されているのが,

「職員リテラシー」(利用能力)の向上である.これに より情報の一元管理,端末からのリアルタイムの入力 ・ 表示が可能になり,機会ロスの軽減もできたという.

 問題点として PC をはじめとする ICT の利用につい ては,使いこなすまでの練習や試行錯誤など時間を要 することである.また,世代間格差も考慮する必要が あるであろう.ベテラン介護職員は,新米の頃はパソ コンどころかワープロすら一般に普及していなかった 時代である.生理的に機器に拒否反応を示す方がいて も不思議でない.このような方に,スカイプやクラウ ド化の習得をして頂くのは苦痛以外の何物でもないか もしれない.

 反面,若い世代はスマートフォン,モバイル機器に 抵抗がない方が圧倒的に多い.実際, 特別養護老人 ホーム施設職員と利用者の孫にあたる親族との連絡や 施設職員間の情報交換では,ごく自然に ICT 機器が利 用されている.少なくとも,利用されつつある.こう した経緯を基に,今後,スピードはともかく福祉施設 における ICT 化は確実に進んでいくことであろう.そ して,最終目標とし利用者に関わる時間の確保ができ,

丁寧で質の高い介護,さらに濃密な関わり合いができ るようになるのではないかと思われる.それが,特別 養護老人ホームへの ICT 導入の最大の意義であろう し,目標でもあると考えている.

文 献

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96頁

(2015年10月31日受理)

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