近世書籍史料論に関する覚書
甘∪
はじめに
一書籍史料論の立場
二印刷物を理解するために
ニー︼印字様式
二I]‑一整版印刷
ニー一‑二活字印刷
ニー一‑三小括
ニー二整版印刷物
ニー二‑一
ニーニー二二トニー三
二‑ニー四 輸入洪籍と和刻本「書物」「地本」
小括
近世事籍史料論に関する党香(鹿茸) 藤茸久美子
三写本を理解するために
三Il写本の分類(著作者との関係から)
三‑二転写の経路
四非文字情報のい‑つか
四‑一装訂
四‑一‑一
四‑一‑二
EZIl‑1二
四‑二料紙
四‑三番型
四‑≡‑一
四‑≡‑二おわりにかえて 「綴じ」の様式
表萩の色・文様
窺鞍
用語の再検討
機能
史料館研究紀要第三一号(二〇〇〇年)
はじめに
1九七〇年代から近世史科学の確立の必要性が叫ばれ'以後'近世史料iI適合的な研究視角・研究方法の琴不が多(1)(2)角的になされてきた。それらを受けて'とくに文香の様式的類別(名称付与)・社会的機能や、文書・記録史料の管(3)(4)理状況を組織機構との関係から論じる研究などがなされ'有益な議論が行われている。ところが'書籍史料について(5)は一九九〇年代に入ってようやく調査・整理方法について議論が始まったにすぎない。そこで本稿では、近世の書籍
史料を史料学的に検討していくときに必要な論点・視角について'課題発見的にラフな形でスケッチすることにした。
以下、前碇として'近世の書籍史料を素材にして研究を進めてきた書誌学・国文学'および史料論と不可分な関係
にある歴史学に対して、本稿がとろうとする立場を述べる(こ。ついで本論では、書籍史料が内包する非文字情報
に関心を集中し'第一に'書籍史料を印写様式によって大き‑印刷物と写本とに分ける。そして印刷物を文字の印刷
様式によって整版印刷と活字印刷とに分けて、それぞれの近世社会での存在性について考える。続けて整版印刷物を
作成面・流通面に着目して分類する(二)。次に写本を分節的に理解する方法を検討する(≡)。第二に、装訂・料
紙・春型といった非文字情報から書籍史料の特性を引き出す方法を考える(四)0
一書籍史料論の立場
ここでは、近世の書籍史料に関する研究を'どのように既存の学問が進めてきたのかを概括的に記し、併せて本稿
で述べる書籍史料論が'既存の学問に対して、どのような立場をとるのかを明らかにしておきたい。
近世の書籍史料を研究素材とする学問には、書誌学・国文学がある。書誌学は'書籍の物質的形態を枕察しで情報
を簡潔に記述する形態書誌学を骨子としつつ、昏籍の発展過程を明らかにすることを研究目的とする。具体的には'
近世の書籍史料のうち古活字版にと‑に研究が厚‑、近世前期以後については'稀少かつ学術的に優れたものを発見
して'善本などに認定し、研究を進めてきた。
国文学は、文学的価値が高いと評価される作品・作家を論じることを中核的研究領域とLt様式や内容から香箱を
諸ジャンルに分け、と‑に軟文学といわれるジャンルで多‑の成果を蓄積してきた。また補助学として昏誌学を積極(6)的に取り入れて発展させできた。近年では'これまでの書誌学的用語を再検討していこうとする動きが見られる。し
かしながら'それはこれまでの研究蓄積が厚いジャンルを基礎に検討せざるを得ないという側面をもっている。
右からすれば、書誌学は'学術的にみて頂点に位置する史料を対象とLtさしずめ点の連なりを描いてきたことに
なる。また国文学は'ジャンルごとの発展過程を系統的に捉えるもので、賂筋もの線を描いてきたといえようか。こ
れに対して書籍史料論では、書籍史料を学術的な価値の高下によって選別することなく'近世社会に存在した昏姑の
全様相を、いわば面として措こうとする。その方法は、私たちの目の前に有るか無いかにかかわらず、復元的に考察(‑)していくものとなる。
ついで'史科学は歴史学と疎い関係をもつことから'書籍史料が歴史学のなかでどのように扱われてきたのかに触
れておきたい。やや乱暴な言い方をすれば、歴史学は史実を生に伝えている可能性の高さを重視するため'文啓や記(8)録史料から立論する傾向にあり、書籍史料は思想史や文化史など'やや限られた範囲で利用されてきた感がある。こ
れに対して書籍史料論では'書籍史料を文書・記録史料と切り離さず、史料「群」の一部を構成するものとして捉え
近世書籍史料詮に関する党昏(藤賛)1九三
図 書籍史料論の立場
史料館研究紀要第三一号(二〇〇〇年)
ていく。以上は'書誌学・国文
学および歴史学の研究視角と、本稿のそれとの違いであるが、いうまでもなく既存の学問を排除するものではない
。本稿の立場はおおよそ図「書籍史料論の立場」に示す通りである。仮に書誌学をA
、国文学をBt歴史学をCとすれば'書籍史料論の立場はA・B・Cそれぞれのいずれか1つではなく、三つと境
界を接するような'いわばマージナルなものでありたい。それは'マージナルな存在であること、すなわち'各学問の
ニー一印字様式
近世の印刷物は、印字様式から整版印刷と活字印刷とに分けることができる。整版印刷と活字印刷とはある程度、
習熟すれば枚面の遠い(例えば、活字印刷物には文字列に揺れが見られる)から肉眼で判断できる。そのためここで
は'両者を見分ける技術的な方法には触れない。
ニー一‑一整版印刷(9)整版印刷は、1枚の坂に逆文字を薬研彫で陽刻して摺ったものをいう。これは'中世以来tT寺院が中心となって行(10)った出版事業に用いた印刷方法で、近世前期に商業資本と結びついて社会で広‑行われることとなった。この印刷方
法は'明治二〇年代に活版印刷が主流となるまでt商業的印刷物の代表を占めた。なお、整版印刷物については、節
を改めて詳述する。
ニー一‑二活字印刷
活字印刷は、原則として、一字ずつ陽刻した文字を組み合わせて造った活字によるものである。これは用材から木
活字と銅活字とに分かれる。この方面については'ここ十数年の研究によってそれまでの通説、例えば慶長勅版は朝uWC鉢より伝来した技法にならって作成されたとする説など、に変更が迫られているので、簡単にその成果を紹介してお
きたい。
活字印刷の技術は、近世初期に西洋・朝鮮・中国の三経路から日本に入ったo後陽成は朝鮮の技術を導入して文禄(12)勅版を、また西洋の技術にバレンで摺る日本の技術を組み合わせて慶長勅版を作らせた(ともに木活字)。徳川家康
近世書籍史料論に関する覚書(藤賛)一九五
史料館研究紀要第三一号(二〇〇〇年)一九六(13)は朝鮮・明の技術を活かして伏見版(木活字)・駿河版(銅活字)を作らせた。このほか木活字本には'寺院版・本
阿弥光悦の嵯峨版などがある。とくに校勘を経た本文をもつ嵯峨本は'古典の普及に大きな役割を果たし、商品生産
として出版業が成立する遠因となった。
しかしながら'活字印刷の隆盛は文禄から慶安年間までの約六〇年間に限定的である(この時期の活字印刷本を古
活字本と呼ぶ)。活字印刷がにわかに衰微した理由は'活字版は多く摺ると文字が動‑ため大量の印刷に耐えない。
再版が容易ではないといった技術面ばかりでなく'板木が権利として売買の対象となり'青棒の営業の基盤となって(14)いたといJT商業慣習と相容れなかった点に求められる。
ただし'木活字印刷は近世前期以降も、通常の商業出版とは耽れたところで命脈を保ち、私家版の作成や私塾・藩
校の教科書印刷'あるいは近世後期の幕府諸機関の刊行事業で用いられた。木活字印刷は板面に多少の見苦しさがあ
り'挿し絵を入れたり'ルビを振るなど装飾を施しづらいというマイナス両があるが'整版印刷よりも少数部であれ
ば一部あたりのコストが低い。植字さえすればよいため簡便で即時性に富む。板木よりも保管に場所を安さないなど
の利点があった.また、活字は崩してしまえば証拠が貯らないところからしばしば禁書の出版などに使用された。
また'生産の場から流通の場に目を移せば、幕府公認の株仲間に属する三部(京都・大坂・江戸)の青棒は'原則(ほ)(16)として木活字本を扱わなかった。つまり'木活字本の流通経路は'「表向き」という限定を付けるとしても'正規の
出版手続きを経て刊行された盤版印刷物とは違ったことになる。
ニー1‑三小指
近世前期比降に作成されたある印刷物が、整版印刷物であれば、作成の過程に何らかの形で出版業者が介在した可
能性が高‑'1定部数以上が広‑社会に流布した。1方'木活字印刷物であれば'出版業者の介在はほほ無く'部数
は一〇〇部程度であったと考えられる。また木活字本の場合は、禁香に類する書籍か否かを検討する必要がある。
二‑二整版印刷物
先に、整版印刷が近世前期に商業資本と結びついた背後には、板木に商品価値を置‑商業習慣があったと述べた。
これは近世社会で書籍を出版する時に、同業者による規制が伴ったことを示している。ここでは、このように昏籍を
出版する'あるいは流通させるといった活動を制約した事柄について、国家による塊制に枠を広げて記し'整版印刷
物を分節的に理解する視角を里示したい。
ニーニー一輸入漢籍と和刻本
近世における漢籍の輸入については、幕府の鎖国政策との関係から、その幹部が明らかにされている。ただし、そ
の成果は必ずしも広‑共有されていると思われないので、ここではまず、輸入湊籍の国内での流通機構の大枠をまと
め、それを前提に国文学でいう漢籍の定義とそれへの若干の疑問を示したい.
慶長一八年二六一三)'幕府はキリシタン禁制を命じ'寛永一二年(一六三五)には日本人の海外渡航を厳禁し
た。そのため'以後、日本に入る海外の書籍は、唐船に積まれた輸入書に限定されることとなった。渡唐本は史的に
不安定であり、決算の金額面からしても多‑はなく、貿易品の主流となり得たものではない。とは.いえ、井府政策の
施行とその修正の影響を大きく蒙った点で、他の貿易品と違いはない0
通例'持渡書籍は船頭の裁量で選別されてもたらされたため、書籍はまず長崎の聖堂で書物改めを行い、禁書にあ
近世書籍史料詮に関する党昏(藤賓)]九七