第一次 EEC加 盟 申請 の失敗 とイギ リ スの対 ヨーロ ッパ政策再検討過程
一一マクミラン保守党政権の対応 ,1963年(2)
益 田 実
目 次
は じめ に 第 一次加盟 申請失敗後の政策再編過程 :イ ギ リスの ヨー ロ ッパ統合政策史研究における空 白
第 1章 危 機 の予感,62年 12月‑63年 1月
第 2章 ド ゴールの記者会見 か ら交渉 中断 まで,63年 1月 14日―
1月 29日 (以上,法 経論叢第 25巻 1号 掲載)
第 3章 交 渉決裂か ら,ポ ス ト ・ブ リュ ッセル委員会 による閣僚 レ ベ ルでの基本方針 の確定 まで,63年 1月 末 か ら3月 下旬
(以上本号掲載)
第 4章 基 本方針合意後の対 EEC政 策の遂行,63年 3月 下旬 か ら 7月 中旬 まで
第 5章 WEU閣 僚理事会 開催 に向けて,63年 7月 下旬 か ら 10月 中旬 まで
むす び ダ グラス =ヒ ューム政権 の誕生 とその当初 の対 EEC政 策
第 3章 交 渉決裂 か ら,ポ ス ト・ブ リュ ッセル委 員会 によ る閣僚 レベルでの基本方針 の確定 まで,63年 1月 末 か ら3月 下旬
1
交渉決裂後まず閣僚達が議論したのは, E E C 加 盟を前提にしてきた
(1)
第一次 EEC 加盟 申請の失敗 とイギ リ スの対 ヨーロッパ政策再検討過程
‑ マク ミラン保守党政権の対応 ,
1 9 6 3
年( 2)
益 田 実目 次
は じめに 第一次加盟 申請失敗後の政策再編過程 :イギ リスの ヨー ロッパ統合政策史研究における空 白
第
1
章 危機の予感,62
年1 2
月一端3
年1
月第
2
章 ドゴールの記者会見か ら交渉中断 まで,6 3
年1
月1 4
日‑1
月2 9日 (
以上,法経論叢第2 5
巻1
号掲載)第
3
章 交渉決裂か ら,ポス ト・ブリュッセル委員会 による閣僚 レ ベ ルでの基本方針 の確定 まで,6 3
年1月未 か ら3
月下旬(以上本号掲載)
第
4
章 基本方針合意後の対EEC
政策の遂行,6 3
年3
月下旬か ら7
月中旬 まで第5章 WEU 閣僚理事会 開催 に向けて
,6 3
年7
月下旬 か ら1
0月 中旬 までむす び ダグラス ‑ヒュ‑ム政権 の誕生 とその当初 の対
EEC
政策第
3
章 交渉決裂 か ら,ポス ト・ブ リュ ッセル委 員会 によ る閣僚 レベル での基本方針 の確定 まで,6 3年 1月
末 か ら3
月下旬1
交渉決裂後 まず閣僚達が議論 したのは, EEC 加盟 を前提 に して きた
(
1 )
経済政策全般 をいかなる形で再検討するか という問題であった。
モー ドリングは交渉決裂直後 3 0 日朝の時点で, 2 8 日にマク ミランが アームス トロング報告 について述べた コメ ン トを念頭 に, EEC 市場 に 頼 らない貿易拡大,アメリカ, コモ ンウェルス との協力への関心 を示す コメン トを大蔵官僚に述べていた。二国間協定及び大量買い付 けによる コモ ンウェルス貿易増大,アメリカ‑イギリス間での 6カ国が扱 ってい ない商品についての関税削減, EFTA 関税削減の加速,輸出イ ンセ ン ティブ, EEC への投資拡大防止策,こうした可能性 を検討 し,同時にイ ギリスの国内農業政策 を再検討する必要があるというのが,モー ドリン グの認識であった( 1 ) 。 しか し以後の官僚 レベルでの検討作業ではこうし た可能性の大半が,究極的な EEC 加盟 を目指す とい う長期的政策 目標 とは両立 し難いものとして排除 されてい くことになった。
31日には交渉決裂後 は じめて閣議で この間題が議論 された。 まずマ クミランか ら,新たな経済政策の 目標 は,コモンウェルス ,EFTA,5 カ 国 と協力 して国際貿易 自由化 を進展することであるとの基本方針が示 さ れた。議論で示 されたのは, コモ ンウェルスは単一の経済単位 として扱 える存在ではな く,対 コモ ンウェルス貿易拡大には二国間協議が必要で ある,イギリス経済強化 にはむ しろ保護削減が必要であ り ,EEC か らの 輸入への規制拡大は間違いであるといった声であった。この場では首相 と関係閣僚がブリュッセル交渉後の新たな経済政策についてさらに検討 す ることのみが合意 された̀ 2 ' 。 この議論か らは,開放的国際貿易体制構 築 というイギリス通商政策の年来の原則 を維持すべ きとの判断はほぼ共 有 されていたが, 6 カ国, コモ ンウェルスそれぞれとの距離 をどのよう
にとるか閣僚間である程度の差異が存在 したことが うかがえる
。通商面での 6カ国への報復 と受け取 られかねない対応は,マクミラン
とモー ドリングが,一時的に関心 を示すにとどまったが,外交 ・安全保
障面での報復的対応の可能性 についてはマクミランが相当の間これを忠
第一次
EEC
加盟申請の失敗 とイギリスの対 ヨーロッパ政策再検言寸過程頭 にお き続 けた。
27
日の時点でマク ミランは外相 ヒュ‑ムに対 し,交渉決裂の際 には wE U条約 に定め られた 5 0 年 間の ドイツ駐留 キ ャンセルの可能性 を檎 討す るよう指示 していた 。5 8 年秋, FTA 交渉が挫折 しつつあった際に もマク ミランは同様の提案 をお こない,外務省の反対 でこれをあ きらめ ていた。その時の提案の理 由は経済協力 を拒否する大陸諸国に対 してイ ギ リスが多大の負担の もとで防衛義務 を負 う必要はない とい う感情的反 発 であったが 3 ) ,今 回 も同 じであ った 。5 4 年 にイギ リスが大 陸駐留 コ ミッ トメ ン トを約束 した理 由はフランスに対 して ドイツ再軍備 を受 け入 れ可能にするためであったが,今や独仏和解 は成立 しエ リゼ条約 まで調 印され,駐留継続の必要 はないのではないか とマクミランはヒュ‑ムに 書 き送っていた
。これは明 らかに ドゴール とアデナウアー‑の意趣返 し か らの発想であった̀ 4 ) 。
外務省か らは直ちに, ドゴールによる EEC 加盟拒否 は駐留廃止 を正
当化す る法的根拠 とな らない との外務省法律顧 問の見解が寄せ られると
同時に,兵力引 き上げは 5 カ国 と合衆国がイギ リスに寄せ る支持 をも喪
失 させ る危 険があ る との見解 が伝 え られた( 5 ' 。 この後 もマ ク ミラ ンは
wE U解体 の法的可能性 を検討す ることを要求 したが, 2 月半ば外相か
ら,法務長官及び法務次官の見解 として,現時点でブリュッセル条約第
2議定書第 6条 による ドイツ駐留義務の破棄 を正当化する状況 は存在 し
ない との回答が伝 えられ, WE U を舞台 にした報復 的措置の可能性 をあ
きらめたかに見 えたく 6 ) 。 しか し,後述す るように 3月下旬 フランス政府
が, WE U 閣僚会合 開催拒否の姿勢 を示 した際マク ミランは再度, フラ
ンスの対応 を理由に WE U条約 を破棄する可能性 を検討す るよう外務省
に指示 を下 した。 これに対 して も外務省か らは,条約 には閣僚会合 開催
手続 きに定 まった条項 はな く,開催 を望 まなかったか らといって条約不
履行 とは解釈 し難い との回答が寄せ られ, ようや く,マクミランはあ き
(3)
らめた̀ 7 ) 。 ドイツ駐留兵力の撤退が現実的可能性 でないことは首相以外 の政府関係者 には当然理解 されていた と思われるし,マクミラン自身が どれほ ど真剣 にこの可能性 を考慮 したのかは不明である
。ただ 5 8 年 に 一度賢明でない として否定 された対応 を再度,前回よりも執掬 に検討 さ せた とい う事実は, EEC 加盟失敗がマクミラン個人 にいかに大 きな失 望 を与 えるものであったかを示す一つの証拠 とはなるだろう
。そ して, 5 8 年秋の失望がその後, FTA 提案以上 に積極的な対 ヨーロッパ政策再 検討 を促す効果 を持ったのに対 して ,6 1 年 1 月の挫折 は,首相か らそう した積極的意欲 を奪 ったようであった。 2 月上旬マクミランはケネディ に対 して EEC 加盟問題 についての英米首脳会談開催 を打診 したが これ も実現せず ( 8 ) ,その後の対 EEC 政策検討過程で首相 による積極的貢献 は見 られな くなっていった。
2
加盟交渉決裂に至る過程でイギリス政府が外交的接触 を持ったのは, アメ リカ及び 6 カ国にほぼ限定 されていた。イギ リスの EEC 加盟の成 否により直接の影響 を受ける他の関係国,すなわちコモ ンウェルス及び EFTA 諸国はこの間背景に追いや られていた。
28
日マクミランは,交渉決裂時に送付す るコモ ンウェルス首脳宛書簡
作成 を指示 し,カナダ,オース トラリア,ニュージーラン ド首相達には,
性急な反応 をしないよう各国駐在弁務官を通 じて要請することも指示 さ
れた( 9 ' 。決裂直後 2 9 日夜 にはブリュッセルで,ヒース とサ ンズか らコモ
ンウェルス諸国代表に対 し,交渉中断に至った経緯が説明された。 ヒー
スは 5 カ国 との会談内容 を説明 し, 5 カ国 との接触維持により将来の加
盟は促進 されるだろうとの期待 を述べた。サ ンズは,加盟が実現できて
いればコモ ンウェルス諸国 と EEC の間で有益 な協力関係形成が可能で
あった と述べ,交渉中断は遺憾であるが加盟に至 るプロセスは継続する
第一次
EEC
加盟 申請の失敗 とイギ リスの対 ヨーロッパ政策再検討過程と明言 した
̀10)。交渉決裂後のコモンウェルス首脳 との最初の接触 はカナダ首相ディー フェンベイカー ( J o hnDi e f e nba ke r ) か らマクミランへの電話であった。
ディーフェンベイカーはコモ ンウェルス との協議な しでイギ リスが新た な政策を提示す ることは回避 してほしいとの希望を述べ
,62年 9月のコ モ ンウェルス首脳会議で 自身が撞示 した GATT におけるコモ ンウェル ス, 日米,その他諸国の会合開催 とコモ ンウェルス 自由貿易地帯構想へ の関心 を示 した。 これに対 してマクミランはノンコミッタルな姿勢 しか とらず, 6カ国 との交渉はなお継続 してお りカナダが現時点でイニシア チブを取 ることがないようにとの希望を述べた
(l l ) 。アームス トロング報 告 について 2 8 日付モー ドリング宛文書で示唆 されていたコモ ンウェル ス との関係再強化の可能性は,結局対外的に示 されることはなかった。
3 0 日,交渉決裂後早々にコモ ンウェルス諸国首脳 に送 られたマクミラ ン書簡は, 今 回の失敗 は破滅的事態ではない と強気の姿勢 を示 していた。
EEC加盟 を是 とする政治的 ・経済的理由に変化 はな く,む しろフランス の対応 により加盟すべ きとの議論は強化 されたと述べ られていたが,今 後の政策については決定次第連絡するとしかされていなかった( 1 2 ) 。
この後示 された主要 コモ ンウェルス諸国か らの反応では,ディープェ ンベイカーのみが積極的な姿勢であった。彼 は事前協議なしでの新イニ シアチブ提示はおこなわない と約束 し, コモ ンウェルス自由貿易地帯 も 現実的ではない との考えも示 したが,現時点では全ての可能性が除外 さ れるべ きではない とも述べていた。彼はまた 2 月末訪英 して対応 を協読 したい との希望 も示 していたが, 2月上旬カナダ国内へのアメリカ核弾 頭配備 問題 をめ ぐり議会の信任 を失い, この会談 は実現す ることはな かった( 1 3 ) 。
オース トラリア,ニュージーランド両国首脳の加盟交渉中断への対応
は比較的冷静なものであった。現段階でコモ ンウェルス首脳会議 を開催
(5)
す るこ とは, EEC 加 盟 とコモ ンウェルス協 力 が対 立す る選択肢 であ る 印象 を与 えかね ないので 回避 すべ きとの 3 1 日付 マ ク ミラ ンの追加書簡 に両 国首脳 は賛意 を示 した' 1 4 ) 。
2 月 7 日にはモー ドリング,サ ンズ, ヒース, ソームズ,マ ク ミラン によ り将来の対 コモ ンウェルス政策 を協議す る会合が持 たれた。サ ンズ の提 案 によ り閣僚達 は,春 または夏, ケネデ ィラウ ン ド予備交渉のため の ジュネー ブでの GATT 閣僚会合 の際, ロ ン ドンで コモ ンウ ェルス通 商 閣僚 に よる コモ ンウェルス経済諮問理事会 ( t heCo mmo nwe a l t hEc o ‑ n。 mi cCo ns ul t a t i veCo un c i l )を開催すべ きである と合意 した。 これは議 会 において, コモ ンウェルス との協議 は充分 にお こなわれてい る と主張 す るための国内政治的理 由か らの判断であった。 この時点です で にコモ ンウェルス を対象 として新 た な通商 イニ シアチ ブを検討す る とい う可能 性 は主要 閣僚達か らは排 除 されていたわけである̀ 1 5 ) 。 コモ ンウェルス と の関係 で実際 に協議す る必要 が あ るのは EEC 加盟 が不可能 になった こ とを受 けた個 々の構成 国 との二 国間通商協議 である とい うのが 閣僚達 の 合意であ り, コモ ンウェルス首脳側 もこれ に同意 していた' 1 6 ' 。
一方 EFTA 諸 国 との問で は, 31 日訪英 したデ ンマー ク首相 とマ ク ミ
ラン, ヒースの間で会談が もたれた。 この場 でデ ンマー ク側 は, イギ リ
ス及 び他 の EFTA 諸 国 と連携 して EEC 加 盟 を 巨 持旨す姿勢 に変化 はな
く, EEC との協 力 関係 形成 には関心 が ない との姿勢 を伝 えて いた。 こ
れ に対 して ヒースか らも, EFTA 諸 国が個 々に EEC と協力 関係 を形成
して も, EEC に よる通 商上 の決定 に影響力 を及 ぼす ことはで きない の
で,利益 は薄い との判 断が示 された。 ヒース はまた 6 カ国内で協力 関係
の条件 について合意 を得 るこ とは困難 であろ うし ,EEC‑EFTA に よる
工業製 品関税 同盟 といった包括 的合意 にはフランスが反対す るだろ うと
述べ ていた。 この場 で多少 とも前 向 きな対応 の可能性 としてあげ られた
の は, 2 月の EFTA 閣僚会合 で EEC と足並 み を揃 えた関税削減 を議論
第一次
EEC
加盟 申請の失敗 とイギ リスの対 ヨーロッパ政策再検討過程すること, OECD において ヨーロッパ と大西洋の経済関係 を扱 う機能強 化 を検討することの二つだけであった
(17)。3
2 月初めにマクミランとヒースがイタリアを訪問 し,交渉決裂後初め て EEC 諸国 とイギ リスの公式閣僚会談がお こなわれた。訪問前 に外務 省が作成 したブリーフは ,EEC 加盟の必要性 に変化 はな く,ドゴールの 考 える 「 第三勢力」的 ヨーロッパに対 し, 5 カ国は EEC 内で,イギリス は NATO において抵抗す る必要がある と提言 していただけであった が ( 1 8 ' ,イタリア首相,外相 は よ り具体 的対応 を提言 した。す なわち,
WE U において 6 カ国 とイギ リスが,防衛 ・政治問題の協議 をおこなう という可能性であ り,当時議長国であった ドイツにより首脳 /外相 によ る WE U閣僚会合開催 を提案すべ きとい うものであった。 この提案に対 するヒース とマクミランの反応 は 2 月 1 日の会談では憤重なものにとど まった。 しか し翌 日再度イタリア側がこの可能性 を提示 した際には積檀 的な反応が示 され,マクミランとヒースは,オランダ,ベルギー とも協 議 して ドイツに WE U外相会合開催 を提案すべ きであると同意 した。た だ し軍事問題 については NATO での MLF 構想の協議が必要であ り, 経済問題では 5 カ国 とイギ リスの間で EEC 駐在 イギリス代表部強化, 英伊経済委員会,英独経済委員会などの二国間協議 を活用すべ きである ともされていた( 1 9 ) 。帰国後 5 日にオランダ駐英大使 との会談でヒースが イタリアとの会談内容 を報告 したが,オランダ側は WE U閣僚会合 には 消極的であった。オランダ大使 は,ハーグとボンではすでに結束 してフ ランスに対抗する熱意は冷めていると述べ, 2 月 1 日にモー ドリングが おこなった演説に触れ,イギリスはヨーロッパ域外 との貿易 を増大 し安 価 な食品価格維持 を求めるつ もりと判断されていると指摘 した̀ 2 0 ) 。
蔵相演説の内容は,ブリュッセル交渉決裂 を受けてのイギリスの国内
(7)
経済政策 として,消費者需要増大 ・効果的所得政策 ・競争刺激策 ・産業 構造近代化 ・業界再編 ・労働力移動促進 ・再訓練 ・輸出インセ ンティブ などが必要であると指摘するものであった。 しか しこれはあ くまでも国 内経済政策に限定 した発言であった。実際にはモー ドリングはこの時点 で ,EEC と 「 何 らかの a s s o c i a t eme mbe r s hi p 」について合意を得 る可能 性 を排 除 してお らず,「いかなる形式の協力 関係 も不可能 とする外務省 の見解 を安易 に受け入れるべ きではない」 との姿勢 を大蔵省内で示 して いた
(21)。6日にはヒースか ら主要 ヨーロッパ諸国諸機関駐在大使宛 に新たな対 ヨーロッパ政策の外務省構想が伝 えられ, これに対する評価が要請され た。 ここでは ドゴールに対抗 し,フランス を孤立化す る主要 な舞台は NATO とされ, MLF 構想推進に積極的役割 を果た し,同時に政治協議 の活性化 を求めることが提案 されていた。 5 カ国 との関係では,通常の 外交チ ャンネル,二国間ベースに加 えて既存の機構 を利用する必要があ るとされたが,その候補 とされたのは WE Uでの政治協議拡大であった。
イタリア提案 に沿って, WE U閣僚理事会 を 3 月初頭 に開催 し,年四回 の定期閣僚会合, WE U諸国駐 NATO 代表定期会合, WE U諸国駐 EEC 代表定期会合,「 大西洋 とヨーロッパの協力原則の宣言」といった事項 を 議論することが提案 されていた。経済協力ではな く政治協力を促進する ことが重要であるとい うのが外務省 の認識であった
(22)。1 2日には議会 においてヒースが,現時点では EEC 完全加盟 にかわる具体的提案 は存 在 しない しイギ リスか ら提案をする予定 もないが,単なる経済協力関係 構築では不充分であるとの認識を公 にした。 また考慮 に値する提案の満 たすべ き条件 として, 6カ国全体 による提案であること,再度の長期交 渉 を意味 しないこと,全当事者が誠意を持 って交渉に臨まねばならない
こと,の三条件が明示 された̀ 2 3 ) 。
ヒースは,具体的協力関係提案は存在 しないと議会で答弁 していたが,
第一次
EEC
加盟 申請の失敗 とイギ リスの対 ヨーロッパ政策再検討過程実 はこの時点ですでに,英 = EEC 工業製 品関税 同盟形成 と WE U の活 用 を組み合 わせたスパークによる構想が非公式 に検討 されていた。詳細 は後述す るが,その前 に, ・1 月末か ら 2 月上旬 までの官僚 レベルでの検 討作業 に触 れてお く必要がある。 2 月初めの英伊首脳会談後,大蔵省 内 では最終 目標 としては EEC 加盟 を維持すべ きであ り,イギ リス抜 きで 共同体 が発展 を遂 げ加盟が困難 になるの を回避す るため,少 な くとも 5 カ国 との間で緊密 な接触 を維持 しな くてはな らない との合意が得 られ てい た。接触 の手段 と内容 につ い て大 蔵省 で は,二 国 間 も し くはブ リュッセルでの常駐代表問接触 を利用 して,共同体全体 もしくは各加盟 国 と個別 に協定 を結 び,共同体が採用す るであろう労働力 自由移動,資 本移動,社会補償,平等賃金 などの諸規則 との相互性 を確保することが 必要であるとされていた。相互協定の交渉 はそれ 自体が 「ドアに足 を漢 んでお く」効果 を持つ と考 えられたのである
(24)。この大蔵省 の発想 に加 え外務省 ではイタリア提案 を受け, WE U を利用 して 6 カ国ない し 5 カ 国 と継続的 な政治協議 をお こな うとい う発想 が支持 され るようになっ た。 2 月 7 日ヒース と外務,大蔵, コモ ンウェルス関係,農水食糧各省 次官代理級官僚 による会談でこうした方針が確認 され, 5 カ国 との協議 は ,NATO,WE U,二国間及び駐 EEC 代表部間の三つのルー トを通 じ, それぞれ防衛,政治,経済面で推進す るとの大 まかな合意が得 られた( 2 5 ) 。 この間マク ミラン自身は特段の発言 を残 していなかったが,首相秘書官 ド ・ズルユ タか らは 4 日付で,同様 の WE U での政治的協議 と二国間レ ベルでの経済的協議 を提言す る文書が示 されていた( 2 6 ) 0
経済面での実務的協力 については, 2 月 6 日,加盟交渉 において各省
間の調整 をお こな って きた共 同市場 交 渉 ( 官僚)委員会 ( Common
Ma r ke tNe go t i a i t i o ns( Of fi c i a
l)Co mmi t t e e:CMN( 0
))でEEC との制
度調整 の可能性 を各省が検討す るこ とが決定 された。翌
7日には先 の
アームス トロング報告 を下敷 きにす る形で,「ブ リュ ッセル後の経済政
(9)
策」 と題す る報告が官僚 レベルの経済政策 ( 全般)委員会 ( Ec o no mi c st e e r i ng( Ge ne r a
l)Co mmi t t e e:ES( G ) )で承認 され,蔵相名で閣僚 レ ベルの経済政策委員会 ( Ec o no mi cPo l i c yCo mmi t t e e:EPC) に提 出され た 。ES( G) 報告の結論は,国内では生産性向上 と経済成長を目指す,対 外的には最大限の貿易 自由化拡大 を目指すべ く具体方法 を考 える,農業 政策の基本的見直 しをすべ きである, といったアームス トロング報告で 指摘 されていた全般的経済政策再検討 に加 え,将来の EEC 加盟 を念頭 においた経済政策を検討 し,少な くとも加盟が より困難にな らないよう 共同体の政策に影響 を与える可能性 を探 るよう提言するものであった。
この報告は 2 月 1 3 日 EPC で承認 された( 2 7 ' 。
4
こうしてイギリス政府内での議論が進行する過程で浮上 し対応が必要
となったのが,先 に触れたスパークによるイギ リス ‑EEC 工業製品関
税 同盟形成 と WE Uの活用 を組み合わせた構想,通称スパーク ・プラン
であった。先のイタリア政府 との会談後, ドイツか らも wE U活用の可
能性 を支持す る姿勢が伝 え られたが,具体的提案 には至 っていなかっ
た( 2 8 ) 。その中で 2 月 5 日まず駐ベルギーイギリス大使 に対 して非公式な
形で,政治面では WE U を利用 しフランスが参加 を拒絶 した場合 で も
5 カ国とイギ リスの間でフ‑シェ ・プラン形式の政治協力合意 を形成す
る, また通常兵器分野での英 ‑5 カ国軍事協力 も促進する,経済的には
ブリュッセル交渉の合意内容 を基礎 に工業製品についての英 ‑EEC 関
税同盟の可能性 も検討するという構想が伝 えられた( 2 9 ' 。外務省 は非公式
な打診を受けた時点で,スパーク構想はイギリスの政治 目的達成 には効
果がな く, EEC 完全加盟以下の取 り決めでコモ ンウェルスに経済的損
失 を受け入れさせ るの も困難であろうと否定的評価 を下 していた。ただ
し 5 カ国のフランスに対する結束維持に必要であれば提案 自体 は歓迎す
第一次
EEC
加盟 申請の失敗 とイギ リスの対 ヨーロッパ政策再検討過程べ きであ り,短期間で合意 しな くてはならない との条件 を明示 した上で なら検討 して もよい とヒュ‑ムには提言されていた( 3 0 ' 。
7
日,ブリュッセルを訪問 したヒュ‑ムとの会談でスパークはこの構 想を正式 に提示 し,詳細 を記 した文書 を手交 した。スパークによれば英
‑EEC 工業製品関税 同盟は 「 加盟で も協力関係で もない経済的取 り決 め」であ り, WE U活用 と対立せず,政治的機構形成にも至 り得 る可能性 を持つ ものであった。彼 はこの提案をオランダと協議 してベネルクス揺 案 とし,イギリスの同意を得た後で独伊 に提示 し,最後にフランスに提 示す る とい う予定 を披露 した。 ヒュ‑ムはこの場では外務省 の提言 に 沿って提案 を歓迎すると同時に,政治的要素 と早期合意が必要であると 述べた。彼 はまた EFTA 諸国の扱いが問題 にな り得 るとも指摘 した。
会談後の報告でヒュ‑ムは, WE U と NATO での政治的軍事的協議の 前進を妨げず,交渉が長引かない と確実視で きれば検討すべ きであろう と述べていた。 フランスにとって関税 同盟参加の魅力は乏 しいであろう が,イギリス と 5 カ国が賛同する提案 を拒否 した場合 フランスはさらに 孤立す ることにな り,提案す る価値 はあるとい うのが彼 の判断であっ
た ( 3
1) 。
スパーク提案の正式受領後,イギリスは 5 カ国の同構想への姿勢 につ
いで情報 を収集 しなが ら対応 を検討 した。 ヒース及び外務省幹部は提莱
には否定的な姿勢であった。ヒースは再度の長期間に及び得 る交渉 を忌
避 し,関税同盟提案 を拒絶 してフランスの孤立が顕著になって もイギリ
スにとって大 きな利益 はない との姿勢 を示 した。官僚達 も EFTA 諸国
との関係,フランスの反対 により失敗 した場合で もイギリスに責任が押
し付 け られる危険を懸念 した。 ともあれイギリス とベルギーの間で官僚
協議 をおこないスパーク提案の詳細 を検討する,可能であれば提案 を改
善 し拡張することが必要であると外務省内では判断された。ベルギー側
も官僚協議には積極的であ り,ロン ドンへの官僚団派遣を提案 して きた
(l l)
が,外務省 はイギリス側がベルギーを訪問 して検討する方が注 目を浴び るこがな く望 ましい と判断 した( 3 2 ) 。
スパーク提案は 8 日次官補級官僚 による省間会議で も検討 されたが, 他省庁 は外務省 より提案に好意的であ り,工業製品限定の関税同盟は農 業問題の不利益 なしで経済的利益 をもた らすので検討に値するのではな いか との意見が示 された。交渉が長引いてはならないこと
,EFTA諸国 との扱いが困難であることといった問題は認識 されたが,「 技術的」には 反対す べ き理由はないというのが会議 に参加 した大蔵省代表の意見であ り,会議の結論 もベルギー側 と真剣 な協議 をおこなうべ きというもので あった
(33)011日には蔵相モー ドリングもヒースに書簡 を送 り,スパーク 提案 について 「 私 としてはこの線 に沿 った ものが実現 で きれば我 々に 取って多大な利益があると考える」 と述べ,提案は 「 真剣 に検討 される べ きである」 と主張 していた( 3 4 ) 。同日マクミランか らスパーク提案を説 明す る文書の提供が外務省 に要請されたが,彼が この提案に対 して示 し た反応 は記録 には残 されてお らず不明である
。ともか く,結果的に彼の スパーク構想への姿勢は官僚の提言 を通 じて形成 されたヒースの判断を 追認するもの となった̀ 3 5 ) 。
11日にはブリュッセルで外務省及 び大蔵省官僚がベルギー側 と協議 することが合意 され,オランダ政府代表 もオブザーバーとして同席する こととなった̀
36 ' 。ベルギー側 との協議直前の段階でデイクソンは関税同 盟提案 に強 く反対 し,拒否姿勢 を明示すべ きであると進言 していたが, 駐ベルギー,オランダ両大使か らは 5 カ国側か らのイニシアチブを直ち に否定すべ きではない との意見が示 されていた( 3 7 ) 。
1 4 日ブリュッセルでおこなわれた協議でベルギー側は,オランダと協
議 して若干の修正 を加 えたスパーク ・プランを説明 した。提案の目的は
イギ リス とヨーロッパの乗離を防 ぎ,ブリュッセル交渉の成果を最大限
活用 し,イギ リスの加盟に至る基盤 を構築することであるとされ, フラ
第一次
EEC
加盟申請の失敗 とイギリスの対 ヨーロッパ政策再検討過程ンスによる EEC支配 を回避するにはイギ リスの支援だけでな くイギ リ スの指 導 が必要 であ る とベルギー側 は述べ ていた。提 案 の詳細 は, wE U の利用 と限定的関税 同盟形成 を組み合 わせ た ものであ り, まず wE U 閣僚会合 を開催 し, WE Uの政治的活性化 と機能拡張,農業関係規 則 も含 む工業製品関税 同盟結成 を謳 う 「 厳粛 なる宣言 」( a" S o l e mnDe ‑ c l a r a t i o n ' ' )を発する,フランスがこれを拒否する場合,ローマ条約に配 慮 しなが らイギ リス と 5 カ国の政治的統一促進 に努める,その場合 は wE Uでな く,新たな政治機構,二国間合意,ア ドホックな協議 を利用す るとい うものであった。イギリス と 5 カ国が軍事的要素 も含む強固な政 治取 り決めへの意思 を示す ことが,フランスに合意 を促す効果を持つ と い うのがベルギー側の観測であった。 これに対 してイギリス側は ,1 2日 の ヒース演説で示 された条件が守 られねばな らない と繰 り返 し,ベル ギー案の原則承認はで きないが,ベルギーが他の共同体諸国と協議 をお こな うこ とには同意 した。また フラ ンス抜 きの政治 的軍事 的協 議が
NATO 分裂 をもた らす ものであってはな らない とも指摘 された。議論 になったのは農業の扱いであった。農業についてベルギー側は,農業の 完全排除はオランダとフランスに受け入れ難いであろうと述べ,オラン ダ政府オブザーバーも,イギリスが段階的に共同体農産物 をコモンウェ ルス農産物 と同様 に扱 うと約束す ることが最低 限必要であると主張 し た。 これに対 してイギリス側は, コモ ンウェルス との事前合意が必要で あると指摘 した̀ 3 8 ) 0
ブリュッセルでの協議後,21日にはロン ドンでオランダとの官僚級協
議がおこなわれ,オランダ側は,イギ リス農業政策 と共同体農業政策の
漸進的一致 を強 く求めた。正式な回答 は 2 月末以降ヒースがブリュッセ
ルを訪問 してスパーク,ルンスに直接伝 えるもの とされたが, 2月下旬
まで にモー ドリング も含め,関税 同盟形成 に関心 を示 していた一部官
僚 ・閣僚 にも,農業要素の増大によりスパーク ・プランの経済的要素は
(1 3)
受け入れ困難であるとの見方が広がっていった̀ 3 9 ) 。その結果外務省 と大 蔵省では,オランダとベルギーに対 して提案の経済部分 を早期 に断念 さ せねばならない と認識 されるに至った。 しか し 5 カ国が フランスに対抗 して結束 を維持す ることも必要であ り,スパーク ・プラン中 WE U での 政治協議発展 とい う部分だけを利用すべ きであるというのが官僚達の判 断 となった̀
40 ) 。 この判断は閣僚 による正式決定前に外務次官代理 フツ ド
( Lo r dHo o d) か ら駐英オランダ大使 に非公式な形で伝 えられ,軍事面 では NATO ,経済面では二国間 もしくはブリュッセル駐在代表間で協 議 し,政治面での WE U閣僚協議のみを採用することになるだろうとの 姿勢が示 された( 4 1 ) 。
スパーク提案 について外務省内では 2 月中旬発足 したフツ ドを長 とす る臨時委員会 を中心 に対応が検討 された。その結論は積極的に支持する 価値があるのは政治協力 を討議するための WE U閣僚会合 開催のみであ るというものであった。 WE Uの利用 については,欧州委員会 も賛成 し ているとの情報が得 られていたが, 2月下旬時点で具体的にどのような 協議 をおこなうかは議論 されていなかった。 まず 5 カ国 との協議体制 を 構築 して,その後で どの ような進展が可能か見極めるべ きであるという のがフツ ドの見解であ り,次官キャッチ ァもこれに賛成 していた。経済 面でも,入国審査制度や英仏海底 トンネル計画の協議など実務的な大陸 との協力 といったアイデアしか示 されていなかった。軍事面で も,核戦 力 問題 につ い て アメ リカ と事 前協 議 をす ませ た上 で, 3 月 は じめ NATO 理事会 に外相が参加す る方向で調整す るとい う以上の具体的検 討 は進んでいなかった( 4 2 ' 。共 同体機構への影響力 を拡大す るため駐 ブ リュッセル英代表部 を強化するという対応 は支持 されていたが,それに ついても外務省内部では,あま り大 きな成果 を期待すべ きでない と考え
られていた( 4 3 ) 。
5カ国中最 もその対応が重視 されていたのは ドイツであるが, 2月下
第一次 E E C 加 盟申請の失敗とイギリスの対 ヨーロッパ政策再検討過程 旬段 階 で シユ レー ダーの姿勢 は,WEU閣 僚 会 合 招 集 の用 意 はあ るが事 前 に協 議 内容 を明確 に したい とい うものであ り,ベ ネルクス,イ タリア に比 して慎重 な姿勢 であった。 また ドイツ側 か らは,駐 仏 ドイ ツ大使 に よる非公式打診 に対 してクー プは,限 定 的関税 同盟構 築 とい った暫定 的
経済取り決めには完全に否定的な反応を示したとの情報ももたらされて ぃた( 4 4 1 。
2 月 半 ば以降スパ ー ク ・プラ ンヘ の評価 を含 めた閣僚宛 の全般 的対 EEC 政 策報告の起草作業が主 に大蔵省 と外務省 により開始 されたの
。 20日 その第一草稿が作成 された段階で文書はヒースに提出され,ヒ ース 司会で関係省庁次官代理級 を集めた会合が開催 された。報告書草案 は最 終的 に E EC加 盟 を 目標 とすべ きとの前提 に沿 って, 共 同体 は農業政策 な どで保護主義的傾向を発達 させ ることがあってはならない と指摘す る ものであったが,そ のために具体的にイギ リスが どう振 る舞 うべ きかは 触 れ られていなかった。共 同体 との関係維持の手段 としてはブリュ ッャ ル駐在代表間の接触強化が望 ましい とされていた。スパーク ・プランに ついてはその経済部分 は採用で きない,政 治部分すなわち WEUの 活用
は可能かもしれないというのが結論であ り,閣 僚によりこれが承認され ればヒース とルンス,ス パークの会談が必要になると勧告す るもので あった °
。
外務省 ではフッ ド委員会が報告書草案の作成 に関与 し,そ の際に キャッチァが示 した,以 下の検討課題が念頭におかれた。すなわち, ド ゴールがイギリス加盟を認めず,70年 代 まで政権 を維持するという仮定 で,共 同体から排除されることによリイギリスの勢力 と影響力はどれだ け減少するか ? ヨ ーロッパ問題でどのような役割が果たせるか ? 共 同体はどこまでフランスに支配されるか ? 5カ 国と 「 特別な関係」を 構築する価値はあるか ? 大 西洋アプローチを追求すべきではないか ?
ケネデイラウンドが部分的にしか成功 しない場合,英 米加 EFTAに よ
(15) 第一次
EEC
加盟申請の失敗 とイギリスの対 ヨーロッパ政策再検討過程旬段階でシュレーダーの姿勢 は, WE U 閣僚会合招集の用意はあるが事 前に協議内容 を明確 にしたい とい うものであ り,ベネルクス,イタリア に比 して慎重な姿勢であった。 また ドイツ側か らは,駐仏 ドイツ大便 に ょる非公式打診に対 してクーブは,限定的関税 同盟構築 といった暫定的 経済取 り決めには完全 に否定的な反応 を示 した との情報 ももたらされて いた( 4 4 ) .
2 月半 ば以降スパーク ・プラン‑の評価 を含 めた閣僚宛 の全般的対
EEC 政策報告の起草作業が主 に大蔵省 と外務省 により開始 された
(45)。2 0 日その第一草稿が作成 された段階で文書はヒースに提出され,ヒース 司会で関係省庁次官代理級 を集めた会合が開催 された。報告書草案 は最 終的に EEC 加盟 を目標 とすべ きとの前提 に沿 って,共同体 は農業政策 などで保護主義的傾向を発達 させ ることがあってはならない と指摘する ものであったが,そのために具体的にイギリスが どう振る舞 うべ きかは 触れ られていなかった。共同体 との関係維持の手段 としてはブリュッセ ル駐在代表間の接触強化が望 ましい とされていた。スパーク ・プランに っいてはその経済部分は採用で きない,政治部分すなわち WE Uの活用 は可能か もしれない というのが結論であ り,閣僚 によりこれが承認 され ればヒース とルンス,スパークの会談が必要 になる と勧告す るもので あった̀ 4 6 ) 0
外務省 では フ ツ ド委員会 が報告書草案 の作 成 に関与 し,その際 に
キャッチ ァが示 した,以下の検討課題が念頭 におかれた。すなわち, ド
ゴールがイギリス加盟 を認めず
,70年代 まで政権 を維持するとい う仮定
で,共同体か ら排除されることによりイギリスの勢力 と影響力はどれだ
け減少するか ? ヨーロッパ問題でどのような役割が果たせ るか ? 共
同体 はどこまでフランスに支配 されるか ? 5 カ国と 「 特別な関係」を
構築する価値はあるか ? 大西洋アプローチを追求すべ きではないか ?
ケネデ ィラウン ドが部分的にしか成功 しない場合,英米加 EFTA によ
(1 5)
る広範 な経済協定締結は可能か ? EEC 解体 を画策 し新 たなヨーロッ パ経済政治機構 を構築することはイギリスの利益 になるか ? 大西洋同 盟 はいか に して強化 し得 るか ? OECD を大西洋規模 の経済協力のた めの機構 として発展 させ得 るか ?
EFTAを通商機構以上の ものに発 展 させ るべ きか ? といった問題である
(47)。省 間会合 においてはキャッチ ァの見解 も説明され,イギ リスが 7 0
年以降まで EEC に加盟で きない可能性 を念頭 にお くなら 6 カ国あるいは 5 カ国 との政治協議の意義は薄 く大西洋規模 ない し 5 カ国 との二国間政 治協力の方が重要である, WE U利用は 5 カ国側のイニシアチブとして 提示 させ るべ きであるとの考 えが説明 された。 ヒースはこれに異 を唱 え,大西洋同盟強化の視点か らも, ドゴールによる西 ヨーロッパ支配を 阻止 し,西 ヨーロッパ を 「 大西洋パー トナーシップの均衡の とれた東方 の柱」 とす るために 5 カ国との政治協議 をリー ドすべ きであるとの姿輿 を示 した。 これまで政治連合への国内の反対 を優先 して きた結果イギリ スは大陸側 に自らの ヨーロッパ像 を受け入れさせ ることに失敗 してきた のであ り,いまやイギリス 自ら積極的にヨーロッパのアイデンティティ 構築 を目指すべ きである, ヨーロッパ もアメリカも現時点で大西洋共同 体構築の用意はできていないというのが ヒースの見解であった。フツド
ら同席 した外務官僚達はキャッチ ァ寄 りの見解 を示 したが,大蔵官僚達 は, ヒース寄 りの意見であ り,イギ リスが 5 カ国に対 して ヨーロッパ規 模の政治協力のための指導力 を発揮すべ きであるとの考 えを示 した。ス パーク ・プランについては議論の結果,その経済面は危険が大 きす ぎ, オランダ とベルギーにこれをあ きらめ させ る必要がある と了解 された が,それゆえにこそ政治面での積極姿勢 を示 さねばならない とヒースは 主張 し,対 ヨーロッパ政策の政治面の議論 はなお継続す る もの とされ
た (4B)。
2 2 日の CMN( 0) 委員会で閣僚宛報告草案は審議 され,い くつか修正
第一次
EEC
加盟申請の失敗 とイギリスの対 ヨーロッパ政策再検討過程加筆すべ き点が指摘 された。 まず将来の加盟可能性 について見解 を定め るとともに,完全加盟以外 も念頭におき, より広範なヨーロッパ 自由貿 易 システム,共同体 ・EFTA ・アメリカ間の通商協定などの可能性 を検 討するもの とされた。基本的指針 としては,共同体 とイギリスの政策乗 離 を回避 し可能ならより接近 させる,イギ リスが一方的に合 わせるので な く共同体 を 「 外向 き」にさせ る,それが加盟成功失敗いずれの場合で もイギリスの利益 になると指摘 された。共同体 との関係緊密化 を妨げる 政策は,極めて重要な理由なしで採用すべ きではない とされ,共同体の 利益 に反 しない範囲で 5 カ国か らの協力 を要請すべ きとされた。 これ ら
日的達成のため,ブリュッセル駐在代表部強化 に加 え, 6カ国首都での 二国間外交接触 も強化すること,いずれはフランス とも官僚 レベルの接 触 を回復する必要があることも指摘 された。 これ らの指摘 を反映 した戟 告草案 を閣僚 に提 出するとともに,各省庁が共同体 との政策調整の可能 性 について個別 に検討することも決定 された( 4 9 ' 。
5
2
月2 7
日「 EEC との交渉終了後の主にヨーロッパ にかかわる政治 ・ 通商政策問題 を考慮する」新たな閣僚委員会,ポス ト・ブリュッセル委 員会 ( po s tBr us s e l s:PB) ( 筆頭相バ トラーが長を務め,モー ドリング,
ヒース,ソームズ,サ ンズ らが参加)
(50'が第一会会合 を開 き,前節で触
れた閣僚宛報告の一部,特 にスパーク ・プランの評価 に関る部分が議論
された。報告書が閣僚 に勧告 した主な内容 は,まず NATO において核
戟力協議 を積極的にリー ドし大陸の非核保有国の役割 を強調する, 3 月
中旬の NATO 理事会 に外相が出席 しイギ リスの ヨーロッパ政策を主張
す る,イギ リス と 5 カ国の NATO 常駐代 表が定期 的 に会合 す る,
NATO での政治協議活発化 も提案す る,ついで 5 カ国 との二国間 リン
クとして英独委員会 と英伊委員会 を強化 し英ベネルクス委員会設置 を冒
(1 7)
指す,そ してスパ ークの工業製品関税 同盟提案 はあ きらめ させ るが,
WE U活性化提案 については経済面抜 きで追求するならば支持 し, フラ ンスが参加 を拒否する場合 5 カ国のみ と前進する,その際 ドイツの参加 は不可欠である,とい うものであった( 5 1 ) 。pB 委員会で閣僚達は,スパー ク ・プランの経済面追求は賢明でないと合意 し,スパーク ・プランの政 治面 は検討 に値す る とも概 ね合意 した。手順 としては, 3 月 は じめに ヒースがブリュ ッセルを訪問 してベルギー とオランダにこの考 えを伝 え,その後でシュレーダーに接触すると決定 され, 3 月末にも WE U閣 僚会合開催が可能ではないか と考 えられた 。NATO における軍事面で の協議はこの時点で具体的決定はなされず,次回以降の会合で検討する
もの とされた ( 52 ) 。
この間 ,EFTA 諸国との問では ,1 9 日開催 された閣僚理事会で,より 大 きなヨーロッパ市場構築 を妨げることのない形での EFTA 強化が合 意 され,当面は域内関税削減 を加速することが合意された。 しか しデ ン マークは域内農業政策調和 を要請 し,イギリスへのバ ター輸出拡大 を要 求するなど,完全 な結束が得 られた訳ではなかった。 またオース トリア は EFTA 諸国の了承 を前提 としてという条件ではあるが, EEC との協 定締結 を目指す姿勢 を示 していた( 5 3 ) 。
3 月 5 日訪英 したスウェーデン首相 とヒース,ヒュ‑ム,マクミラン の会談で, WE U を利用 した EEC 諸国との協議継続 を求める姿勢が明 ら かにされ ,EFTA は前進すべ きであるが EFTA と EEC の貿易戦争 を招 いてはならない, EFTA は外向 きで強い EEC を望むことを示 さねばな らない との合意が得 られていた。 またこの席でマクミランは,ブリュッ セル交渉の決裂は 「 一章の終わ りであ り一冊の終わ りではない」と述べ, 加盟が彼 にとって もなお究極 目標であることは示 していた̀ 5 4 ) 。
PB 委員会第 1 回会合後,外務省 内ではフツド委員会 によ り今後の段
取 りが検討 され, 3月 11日にヒース司会で 6カ国及び ヨーロッパ各種
第一次
EEC
加盟申請の失敗 とイギリスの対 ヨーロッパ政策再検討過程国際組織駐在 の大使会合 を外務省 で開催 し,対 ヨーロッパ政策 について の指針 を検討す ることが決定 された( 5 5 ) 。
閣僚宛報告草案 を検討 した後 3 月 4 日, CMN( 0) 委員会 を廃 して対 EEC 政策 に加 え対外経済政策一般 を検討す る対外経済関係委員会 ( Ex ‑ t e r n a l Ec o n o mi cRe l a t i o n sCo mmi t t e e:EER) が設置 され,閣僚 ・官僚 双方の レベルで加盟交渉 「 後」の検討体制が整 った 。EER 委員会 は 5 日 第
1回会合 を開 き,先 の閣僚報告草案の うち
PB委員会 にすで に提 出 さ れた ものを除 く部分の修正版 を審議 し, ES( G) 委員会 に対 して 「 将来の 対 EEC 経済関係」 と題す る報告 を提 出 した
(56)。
この間,ドイツとの問で官僚 レベルの意見交換 も進め られた。 2 月
28日ボ ンで英独経済委員会が開かれ,そ こに参加 したイギ リス政府官僚 ( 外 務次官代理 ライ リー,大蔵次官代理 フランス ( A. W. Fr a n c e ) ) と独外務 省次官代理級幹部が会談 し,スパ ーク提案 を含 むイギ リス ‑6 カ国協議 体制 について意見交換がお こなわれた。 さらに
2月末か ら
3月初 め,ス チールに代わ り新 たに着任 した駐独大便 ロバーツ ( S i rFr a n kRo b e r t s )
と独外務省高官の問で もこの問題 について接触が持 たれ, ドイツ政府 の 意向が確認 された( 5 7 ) 。
一連の会合 で ドイツ側 は,政治協力 のための WE U活用 に好意的姿勢 を示 したが ,3 月中の閣僚会合 開催 は困難ではないか との見方であった。
シュレーダーを含 め独外務省 は, フランスが WE U 閣僚会合参加 を拒否
した場合 5 カ国 とイギ リスの協議 を進 めるべ きで はない との姿勢 であ
り, まずは 3 月 9 日ボ ンで予定 されている独外務省幹部 と仏外務省幹部
の会談で フランス側 の姿勢 を確認す ることが先決である とイギ リス側 に
伝 え られた。経済面ではブリュ ッセルでの多国間接触維持が望 ましい と
い うのが独外務省 の姿勢 であ り, EEC 常駐代表 間の接触増大が必要 と
い う点ではイギ リス と意見 は一致 した。 この時点で独外務省 も, またエ
アハ ル トも,何 らかの関税 同盟形成 は好 ましい との見解 であった。 しか
(1 9)
し,イギ リス側が明確に反対 したことにより, ドイツ側 も関税同盟構想 は追求 しない との姿勢 を採用 した。それで もドイツ側は,何 らかの暫定 的制度枠組みなしで経済協議継続は困難であるとの姿勢は維持 し,交通 エネルギー政策統一, WE U経済理事会設置,ケネディラウン ドでの新 貿易 自由化構想提唱, OECD でのヨーロッパ域内貿易 自由化協議,イギ リス ‑ECSC 形式のイギ リス ‑EEC 協力 関係 な どの可能性 を例示 し た。 これに対 してイギリス側は, OECD 利用や WE U内の経済問題のた めの特別委員会設置 という構想 は歓迎すると述べたが,英 ‑ECSC 式の 協力関係 についてはすでに外務省で効果はない と判断されてお り,支持 は しなかった( 5 8 ' 。英 ‑ECSC 協力関係審議会形式の協力関係 を EEC と 形成する可能性 はこの後, 3 月末の WE U 閣僚会合開催案をフランスが 拒否 した後,再度 ドイツか ら碇示 されたが,やは り効果は薄いとして外 務省,大蔵省の検討の結果イギリス政府内で否定 された(
59'。3月初め ドイツ議会ではエ リゼ条約批准のための審議が大詰めにさし かかってお り,アデナウアーも参加 した上院の審議では,イギリス及び 他の希望国の共同市場加盟を通 じた ヨーロッパの統一,英米 6カ国間の 関税低減 を求める議会決議 も採択 されるなど,イギリスの ヨーロッパ参 加 を求める声が示 されていた。 しか し新大使 ロバーツは, ドイツ国内の 親英感情 はなお脆弱であ り,イギリスが積極的に 「よきヨーロッパ人」
となる意思 を示す ことが必要であると報告 し,そのためにも真剣 に多国 間協議実現 に向け努力する姿勢 を示 さねばならない と提言 していた
(60)。他方 フランス との関係 は以前冷 え きった ままであった 。 3 月は じめ デイクソンは日常的 レベルでのフランス との接触通常化 もドゴールの拒 否 を受け入れたもの と解釈 される危険があるので最低限にとどめるべ き と提言 し,マクミランも 3 月 1 0 日時点でヒュ‑ムに対 し,フランス との 関係で重要な政策については留保的姿勢で臨むよう指示 していた
̀61)。3 月 5 日には,マクミラン, バ トラー,ヒュ‑ム,モー ドリング,ヒ‑
第一次
EEC
加盟申請の失敗 とイギリスの対 ヨーロッパ政策再検討過程ス によ り,今後数 ヶ月の政治経済双方 の対外基本政策 を検討す る臨時閣 僚会合が開催 され ( 官房長官 トレン ド ( S i rBu r k eTr e nd ) も参加) ,この 席 で 27 日の PB 委員会決定 もヒースか ら説 明 された。議論 では,
2月 1 2 日の ヒース議会演説 で示 された EEC 諸 国 との協 力 条件 が再確 認 さ れ, WE U を活用す る とい う方針 も異議 な く了承 された。他方, WE U と は独 立 に NATO においてナ ッソー合意 の実現 を図 るべ く MLF 構想 の 議論 をリー ドす る必要性 も再確認 された。 日程 としては 3月上旬のヒー ス に よるブ リュ ッセル訪問で上記方針 を伝 えるほか, 3 月 2 0 日ヒュ‑
ムに よる NATO 理事会 出席 ,5 月前半 ケネデ ィラウン ド予備交渉 に備 えてロ ン ドンで開催予定の コモ ンウェルス通商 閣僚会議が重要 なイベ ン トとされ,前者 については外相 と防相が準備 をお こない,後者 について は,国内農業政策の検討 も含 めて商相 と農相が協議 を行 うことが決定 さ れた( 6 2 ) 。
6
3 月 6 日ブ リュ ッセルで ヒースは,スパ ーク,ル ンス と会談 し, WEU 閣僚会合 開催 に向けての折衝 を開始 した。会談で ヒースはまず長期的に は ドゴールへ の対抗 は NATO の場で追求すべ きである と述べ, 2 0 日の
NATO 理事会 にヒュ‑ムが出席 してイギ リスの考 える ヨーロ ッパの将
来像 について説明す る との予定 を告 げた。 また ヒース は, NATO 核 戦
力 についてイギ リス と 5 カ国の NATO 代表が会合 を持つ ことも考慮す
べ きであ る と述べ た 。NATO での協力 について具体 的合意 はこの場 で
得 られなかったが,スパーク ・プランへ のイギ リスの反応 についてはほ
ぼ完全 な合意が得 られた。 フランスは関税 同盟提案 を直 ちに拒否せず共
同体 内の海外領土 との協力関係や農業政策での合意促進 を条件 として求
め,それが獲得 された後でスパーク提案 に対 して, 5カ国には拒否 しが
たいがイギ リスには受 け入れ不可能な修正提案 をお こな うであろう,仮
(21)
に交渉で きたとして最終的にフランスは再度拒否するだろうといった描 摘 は受け入れ られた。イギリス との経済的接触の維持,ケネディラウン ドや共同体の共通農業政策 ( Co mmo nAgr i c u l t ur a lPo l i c y:CAP) につ いての意見交換 を求めるスパークに対 してヒースは, WE Uでの経済問 題協議はフランスに拒否 される可能性が高 く,二国間委員会 ( 新たに英
=ベネルクス経済委員会 を設置) とブリュッセル駐在代表定期会合,各 国首都 での幹部官僚 レベルでの接触 によることになるだろ うと回答 し た。他方, WE U 閣僚会合 は政治協議 に有効であるとヒースは指摘 し, ヨーロッパの将来 とその大西洋同盟内及び世界での地位 について述べる
「 共通の 目的 と意図」宣言草案を提示 したい,フランスが署名を拒否す るならイギリス と 5 カ国だけで もよい と撞案 した。 3 月未 までに WEU 閣僚会合 を開催すべ きであると確認され,議事は 「ブリュッセル交渉失 敗 を受けての ヨーロッパの将来の検討」 とすることが合意 された。 フラ ンスの反対で WE U を利用で きない場合 は官僚 レベル ・閣僚 レベルでイ ギリス と 5 カ国が定期会合 を開催すべ きであろうとヒースは述べたが, 上記の議題であればフランスは拒否 しに くいだろうとい うのがスパー ク,ルンスの意見であった
(63)。
ブリュッセルでの英蘭白閣僚会談の内容は直ちに独伊 にも伝達 され, 両国 とも合意内容 に好意的反応 を示 した。 ドイツは WE U 閣僚会合の招 請に同意 し, 3 月 1 0 日にはフランス政府 に対 して駐仏 イギ リス大使館 か ら,ドイツ政府 に WE U閣僚会合招請を依頼 したことが通知 された
(64'。3 月 1 1日,ヒースの司会 により外務省 において ,EEC 諸国駐在大使,
EFTA 諸国駐在大便, NATO・OECD・EFTA ・EEC ・欧州審議会各常
駐代表,外務担当相,外務次官 ・次官代理 ・次官補級, さらに大蔵省か
らブリュッセル交渉次席代表を務めたロール ( Si rEr i cRo l l ) が参加 して,
ブリュッセル交渉決裂後のこれまでの対応 を評価 し,今後の課題 を整理
する会合が開催 された。議論はまず ヒースによるこれまで検討 されてき
第一次
EEC
加盟申請の失敗 とイギリスの対 ヨーロッパ政策再検討過程た対応方針の説明か ら開始 された。すなわち, ドゴールへの対抗 はまず NATO でなされるべ きであるが ヨーロッパ規模の政治協力問題 につい て主要な議論の舞台は WE U とな らざるを得ない, ドイツか らの支援確 保が重要であるが ドイツに対 して英仏間の選択 を強いるべ きで もない,
EEC 加盟 より交渉が容易 な経済的協力関係の可能性 はない, EEC 諸国 との経済協議の方法 は,ブ リュッセル代表部強化 関係各省庁 による
EEC の制度発展‑の対応, WE U経済委員会設置 といった もの となるだ ろう,まず多国間枠組みを優先 しそれが不可能なら二国間枠組みを利用 すべ きである, といった内容であった( 6 5 ' 。
その後,各大使か ら関係国 ・諸機関についての分析が披渡 された。 フ
ランスについてはデイクソンか ら,ドゴールの政策にも柔軟性 はあるが,
フランスの指導する独立 した ヨーロッパ というビジョンは確 固たるもの
であ り, WE Uでの政治協議は必ずや妨害 されるだろうとの見通 しが示
された。 5 カ国はフランス抜 きでの前進は望 まないであろうし,イギリ
ス としては独米の支援が得 られる形で単なる反 ドゴールではない建設的
提案が必要であるというのがデイクソンの意見であった。 ドイツについ
てはロバーツか ら,現在 ドイツの対英感情 は
54年以来最 も好意的であ
るが,同時にエ リゼ条約 もまた大半の ドイツ国民か ら評価 されてお り,
ドイツ政府 は英仏 間で板挟み状況 にあるとの見解が示 された。 またロ
バーツは,イギ リスの EEC 加盟の動機が真剣 に統合 に参加する意図に
基づ くものなのか という疑念 も ドイツ国内には依然存在 していると指捕
し,デイクソン同様,アメリカによるイギリスの行動への支持が ドイツ
か らの協力確保 にはは不可欠であると述べた。彼 もまたフランス抜 きで
のイギリス と 5 カ国による制度的取 り決めには ドイツは反対すると予悲
し,フランスが拒否 した場合 3 月中の WE U 閣僚会合開催 は不可能であ
ろうと指摘 した。 また ドイツ政府内で親英的なのは経済省 と財界 であ
り, WE Uで政治的協力 を追求することは,親英度の薄い層 に働 きかけ
(23)るこ とを意味す るので容易 で はない とも指摘 された。 さ らに NATO 核 戦力 につ いては, ドイツはイギ リスの参加す る MLF を望 むだ ろうとも 指摘 された 。NATO/ MLF につ いて は, NATO 駐在代表 シ ャ ツクバ ラ か らも,イギ リスの核抑止力 の独 立性 をあ ま り強 く主張すべ きではな く, 人員 設 備 双 方 で積 極 的協 力 の意 思 を示 す べ きで あ る と指摘 され た。
シ ャ ツクバ ラは また NATO において フランス を孤 立化 させ るべ きで は な く ,NATO を強化 し,その分裂 を回避す るイニ シアチ ブが必要 である とも述べ た
(66)。
そ の他 EEC 諸 国 につ い て もそ れ ぞ れ駐 在 大 便 か ら見 通 しが示 され た。 イ タリアはフランスへ の抵抗 を長期 間貫 くこ とはで きないであろ う とされた。ベ ルギーの親英感情 も長続 きはせずやが て EEC の発展 を 冒 指す方 向 に回帰 す るだろ うとされ, さ らに NATO と WE U はベ ルギー には関係 が薄 く, む しろイギ リス と EEC 問の 日常 的法制標準化 の試み な どの方が協力維持 のためには有効 ではないか と指摘 された。 オ ランダ につ いて も, 5 カ国中最 もフランスへ の反感 は強 く,協力の意思 は強固 であ るが, WE U の価値 には疑 問が抱 かれ てい る と指摘 され, ブ リュ ッ セル代 表部強化 の方が有効 であろ うとされた( 6 7 ' 。
EFTA 諸 国 につ いては ともに加 盟 申請 をお こな った一部諸 国 を 5 カ 国 との協 議 に参加 させ るべ きではないか との声 もあ ったが, ヒースはイ ギ リス と EFTA 諸 国内部 で協 議 を進 め るべ き と して これ を退 けた。
EEC/ 欧州委員会 との関係 では,今後共 同体 が新 た に制定す る規則 は, その ままではイギ リス加盟 をよ り困難 にす る可能性 が高 く, ブ リュ ッセ ル代表部 を強化 し,単 なる第三国代表 を超 えた地位 を構築す る, そ して 欧州委員会,特 にハ ル シュタイ ンとの連絡 を密 にすべ きである とい うの が駐在代表の意見 であった( 6 8 ) 。
対 EEC 関係 を超 えた全般 的通商政 策 と してはケ ネデ ィラウ ン ドの見
通 しが議論 され,成功 のため にアメ リカ との連携 を緊密 にすべ きとい う
第一次
EEC
加盟 申請 の失敗 とイギ リスの対 ヨーロ ッパ政策再検討過程声 と ,EEC が農業貿易面で譲歩 し,アメリカが工業製品関税削減で譲歩 して合意が形成 されるよう, GATT の場で EEC ,アメリカと協力すべ きとの声の双方が示 された 。EEC 内部に関 しては,フランスはケネディ ラウン ド関税削減合意を取引材料 として共同体政策について他の 5 カ国 か ら譲歩 を引 き出すつ もりであろうと推測 された
(69'。最後 に議論 されたのはイギリスの対 ヨーロッパ政策の基本 目標の再確 認 とその実現のための機構であった。最終的な EEC 加盟 を目指す とい う方針 は正 しいか とのヒースの問いかけに対 して,外務次官代理 ライ リーは,加盟追求の上で直面する困難は大 きく,加盟以外の何 らかの魅 力ある代替案が生 じる可能性 は排除で きない との慎重な意見 を述べた○
またデ イクソンも,イギリスの政策は必ず しも共同市場加盟ではな くイ ギ リスの望む政治的 ヨーロッパ像形成の促進 とすべ きであると述べてい た。 しか し駐ベルギー大使ニコルズ ( Si rJ o hnNi c o l l s ) は, EEC 加盟が 究極 目標であることをより強 く示す方がベルギーの協力 は得 られやすい と述べ, ヒース も, 5 カ国 との協力確保のため加盟 を目標 として維持す べ きであるとの考えであった。ただ し短期的には加盟失敗の故に 5 カ国 と合意で きない問題 も生 じる可能性 はあ り,その際には事情 を率直に説 明すべ きであるとされた。加盟 を最終的 目標 として EEC 諸国,少 な く とも 5 カ国 との協力 を推進す るための機構 としては,やは り NATO と WE U,特に後者が中心 となるとい うのが結論であった 。NATO , WEU 双方においてフランスを過度に孤立化 させてはならない との制限も容認 された。また WE Uで政治協議のみをおこなうなら意見の相違が表面化 するのは回避 し難 く,経済面での協議 も可能な限 りおこなうべ きである ともされた。当面 WE Uでは実務的協議 を追求 しフランスの参加拒否は 回避すべ きであるが,それで もフランスが参加 を拒むならどうするか,
とい う点については妙案は得 られなかった̀ 7 0 ' 。
ヒースのまとめた結論は,イギ リスによる 「 大 きな新イニシアチブ」
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