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(1)

『 帝国主義論 』 の諸問題 (

1)

倉 田 稔

は じめに

序 節

1 普及 の理由

2 構成 と学説史的前提 など

a

構成

b

学説史的前提

C ヒルファデ ィングについて

方法の問題

1帝国主義論』 と弁証法

2 『資本論』 との関係

反動 と独占

1 帝国主義論』 における反動規定

2

時代区分論

小括 ̲反動規定

Ⅳ 寄 生 性 ( 第

8章の研究)

1 帝国主義論』以前の作品

2 帝国主義論』第8 小括 日和見主義 原田論

は じめに

̲ 本稿 は, レーニ ン 『 帝 国主義論』 ( 初版 は,ペテ ログラー ド

,1917年)(1)の成 り立 ちおよびその批判的吟味を試み るものである それ らをい くつかの観点か ら考察す る。それは, 目次 に示 されたような点である。加 えて この狙 いの‑つ は,政治思想 と経済理論の関連 の問題 を扱お うとす ることにある

(1)『レーニ ン全集』第22

巻,大月書店,所収

〔1

(2)

2 商 学 究 第 40巻 第1

1 『帝国主義論』普及の理由

この書 『帝国主義論』が大 いに普及 し,あるいは世界的に有名 にな ったのは, い くっか理由がある。

1に, これが諸帝国主義論 の うち最 も鋭 い議論 を提供 していること, ある いは古典的な帝国主義論の一つ としての立派 な内容 を もっていること,つまり そ うい う意味で学説上 の十分 な地位を獲得 していることである。

2に, これが, あまり長 い作品でな く, また副題 のとお り 「平易な概説」

であることである

3に,当時終 ったばか りの第一次大戦 を理論的にはっきりと説明 している こと, または当時はそ う思われたこと,である。

例えば,フォスターは言 っている。「当時 ポル シェヴィキ,とくに レーニ ンを はじめとす る左翼 は, この戦争 の帝国主義的性格 をはっきりとさししめ した。

彼 らは, これが不正 な,侵略的な,反動的な戦争であることを徹底的に証明 し た。戦争 の帝国主義的な性質 を強調す るこの主張 こそは,左翼 と右翼および中 央派か ら区別す る基本的な一線であ った。」伐)

4は,著者 が最 も有名 な人物であること なに しろ出来 たばか りの ロシア 革命の, あるいは世界史上初 の労農革命の指導者であるか らである。

5は, コ ミンテル ン出版部 あ るいはそれに関係 ある組織 っ ま り各国共産 党,が大 いに宣伝 した こと, にある。 この最後の点が最 も大 きい。

(2) フ ォス ター 『3っ の イ ンタナ シ ョナ ル』 大月書店1957,254ペ ー ジ

(3)

帝国主義論』の諸問題 (1) 2,本書の構成 と学説史的前提など

3

a 構成

帝国主義論の構成 は,次のとうりである。第 1章か ら第7までは,「純」

経済的側面 である ただ し,第7章 は,第 1章か ら第 6章 までの総括 となって いる。(3)同時にカウツキー主義の批判がされ る。ここまでで,帝国主義の第 1の 規定,独 占資本主義, とかかわ っている。第8章 は,帝国主義 の他の経済的側 面, あるいは社会 ・経済的側面の考察であり,すなわち日和見主義の経済的基 盤が論 じられている。第

9

章 は,第

8

章 に基づ きなが ら,帝国主義政策 にたい す る諸態度の批判,実際 はイデオロギー批判 ・政策批判である。 この二つの章

(8・9章)で,帝国主義の第2の規定,腐朽 した資本主義,とかかわ っている 10章 は, 帝国主義の第 3の規定である, 死滅 しつつある資本主義, にかか

わ ってお り,同時 に結論である。

内容的には しか し, このように考え られる。つまり最大の眼 目は,戦争に協 力 した左派社会民主主義 とその思想の批判である。 いわゆる中央派,その中心 的思想であるカウツキー主義の批判である。 もちろん 『帝国主義論』が経済的 側面 に制限 されているか ら,彼 らに対す る経済学的批判である

レーニ ンは,第 1章か ら第 7章 まで■の純経済論 で, そ して第 8・9章 の社 会 ・経済論で,両面か らカウツキー主義を批判 した。

b 学説史的前提

帝国主義論』は,もちろん,カール ・マルクスの 『資本論』を基礎 に し,す でに私が指摘 したように, ヒルファディングの 『金融資本論』を大半 は下敷 に し,そ して ブ‑‑ リンの 『世界経済 と帝国主義』 も参考 に して書 き上 げられた ものである

(3)拙書 『金融資本論の成立』青木書店

(4)

4 商 学 40 1号

「レーニ ンは彼の考 え甲多 くを, J.A.HobsonHieferdingの作品か ら引 き 出 した,」(3a)

よ り詳 しく言 えば,第 1〜7章 の内容 に最 も多大 の影響 を与 えたのは, ヒ ル ファデ ィングの 『金融資本論』であ り(4),第 8章 につ いて はホブソ ンの 『帝 国 主義』 であ る。 (5)

C ヒル ファデ ィングにつ いて

レーニ ンが ヒル フ ァデ ィ ングを どのよ うに見て いたか は,興 味 あ る点 であ る。結論的 に言 うと,政治 的な状況 の変化 に従 って,●評価 を変 えてい った。

帝国主義論』の原稿 (1916年脱稿)では,その前書 きにあた る部分 で レーニ ンは, ホブソ ンの 『帝国主義論』 とヒル ファデ ィングの 『金融資本論』 とを挙 げて,「この数年 間 に帝国主義 について‑‑・述 べ られた ことは,本質的 には,上 述 の2人 の著者 によって説 かれた, もっと正確 にいえば,概括 された思想の範 囲を, ほとん ど出ていない。」(6)とはめている

しか し,1917 4月の序文で は,ホボソ ンの書 だけが高 く評価 されて いる。(7) つ いで 1920 76日の 「フランス語版 と ドイツ語版 の序文」 で は, ヒル ファデ ィジグにつ いて,「か って 埠 『マルクス主義者』であ り,いまで はカウツ キーの戦友 であ り,『ドイツ独立社会民主党』内 の ブル ジョア的,改良主義的政 策の主要 な代表者 のひとりであ るヒル ファデ ィングは‑‑(8)と非 難 して いる

,この最後 の指摘 は, レーニ ンにとって は政治戟術上語 る必要 があ った。 なぜ な ら, コ ミンテル ンが成立 (1919年) し,1920年 っ まりこれを書 いた年 には,

(3a) AlecNove,Lenin asEconomistin :L.Schapiro

&

P.Raddawayed.,Lenin.

TheManTheTheoristTheLeaderA Rebraisal.London 1967,P.198

(4) 注(3)文献

(5) レーニンは,ホブソンのこの書について記 している帝国主義についての主要な莱 文の労作」

(6)22

,224ペ T ジ

(7) 同,215ペ ー ジ (8) ,222ペ ー ジ

(5)

『 帝国主義論』の諸問題

(1) 5

独立社会民主党 にたい して容赦 ない批判 を浴 びせねばな らなか った年 であ った か らであ る。

というわけで, ヒルファデ ィングにたいす る評価 とその変化 は,政治的 ・政 策的な ものであ ることがわかる。 ホブソンにつ いては後述す る。

方法の問題

1 『帝国主義論』 と弁証法

レーニ ンはこの頃,つま り1914年か ら15年 に,‑‑ゲル論理学 を研究 した。

逆 に言 うて, これ以前 はあまり哲学 は得意ではなか った.あ るいはヘーゲル哲 学 をよ く知 らなか った。例 えば,若 い頃書 いた 『唯物論 と経済批判論』(9)は,非 弁証法的である。

レーニ ンは 『帝国主義論』で弁証法の論理学 を適用 した。

この問題 を Kumpfの書 を利用 して紹介 してお く。(10)クンプ フは書 く。理論 的分析の,抽象か ら具体‑の上向の,決定的な問題の一つは,出発点 の問題 で ある 出発のカテゴ リーは,単純 な直接的な無媒介的 な,ら まり与え られた体 系の枠内で他の何者 に も媒介 されない規定を含む抽象物である レーニ ンはそ れゆえ独 占か ら叙述を始 めた。独 占は 『帝国主義論』 の中で はその意味では抽 象的カテゴ リーである。ただ し,他方ですでに前提 をい くつか持 っているので,

これ自体 は具体的なカテ ゴ リーで もある。

出発のカテゴ リーは,他 の諸規定への移行 とその体系的な発展を必然的に含 む ものである。独 占が帝国主義 の経済的本質を表すな らば,移行が必然的にな

(9)

全集第

18

巻,所収

( 1 0

) FritzKumpf,ProblemederDialektikinLeninslmperialismusIAnalyse.

EineStudiezurDialektischen Logik. Veb DeutscherVerlag derWisse nschaften,Berlin1968,1.Aufl. 212S.

これ には小生 の書評 がある

(

『 三 田学会雑誌

』61

10

号) 。本項 ではクンプ フの部分

的紹介 を してお く。 そ して彼の用語 を

2

,

3

訂正 してお く。

(6)

6

40 第 1号

る。産業資本 における独占の叙述の後, レーニ ンは銀行資本を叙述 した。銀行 の集積 は産業の集積を前提 している そ こで銀行の集積‑ と移行す る。 また銀 行資本 の独 占は産業資本の独 占よりも異体的なカテゴ リーである

金融資本は,産業の独 占と銀行独 占との統一物 であり,総合である。

レ‑ニ ンは金融資本で達 した具体性の段階か ら,帝国主義のより一層具体的 な諸規定へ上向 した。 資本輸出, 領土分割等 である。 そこでは各々のカテゴ

リーは,それに先行す る諸 カテゴリーが含 まれたいるため,より具体的である。

最後 に 『帝国主義論』ではまず帝国主義 の経済的基礎が研究 され,その後そ の諸局面 に基づいた政治的 ・イデオロギー的研究がなされる。 これは科学的上 向法にかなっている。

弁証法の根本である矛盾の論理 の点か らも次のように言える。

レーニンは,帝国主義のあらゆる矛盾を資本主義の根本矛盾か ら引 き出 した。

帝国主義論』では資本主義の一層発展 した矛盾が問題 となる。それは,新 し い段階の生産 の社会化 と私的資本主義的取得 との矛盾 として,独 占と競争 との 矛盾 として,現れる。 この矛盾が,帝国主義の諸契機を形成 し,その内的運動 と帝国主義の発展の全方向の規定の,推進動機である.各々の矛盾 は,一つ. 共通の基礎か ら展開 され,契機が 「外」か ら入 って くるのではない。

この矛盾が,銀行資本の領域で具体化 される。生産諸力の発展の結果である 生産の集積 は,規模 をま して,生産手段の社会的管理を要求す る 銀行 は生産 手段の社会的管理の用具である。だが銀行資本の集積 は,一定 の体系の枠内で の部分的解決である

だか らもっと高 い段階でのより大 きな鋭 い矛盾が問題 となる。金融資本の形 成 は,独占と商品生産 ・私的所有 という環境 との矛盾 にもとづ く。生産 の社会 化の特殊な形式 としての金融寡頭制支配が形成 されて, この矛盾が資本主義の 枠内で解決 される。

金融資本 は新 しい矛盾をっ くるー資本所有 と,生産‑の資本使用 との間の矛 盾である これを解決す るために資本輸出の契機が生ず る

この契機を基礎 に帝国主義的植民政策が生 まれ る。資本所有 と資本使用 との

(7)

帝国主義論』の諸問題 (1) 7 分離 が大規模 に拡大 され ると金融権力を持 ったい くつかの国家 が選 り出され

ここか ら帝国主義列強の寄生性 と一層の矛盾が生ず る。資本輸出諸国が発 展 し,資本輸出によって従属国が抑制 される矛盾,全世界の資本主義 の一層の 発展 と深化の矛盾,一方で資本輸出が独 占的諸団体の間で根本的矛盾を作 る。

これ らの諸矛盾を基礎 として,帝国主義列強の間の矛盾が生 まれる。 これは, 帝国主義戟争 を引 き起 こす。

レーニ ンは,独 占が帝国主義の本質 とし,全体系の展開 は,本質か ら現象へ 展開 し,資本輸出,経済的 ・領土的世界分割のような帝国主義の個々の要素 は 独 占の特殊な現象形態である と見た。

2 『資本論』 との関係

日本の論者 は, 『帝国主義論』 の第 1章 について多 くの議論を寄せているの で,それか ら見てお こう。そのために先ず

,

帝国主義論』第 1章の本質的要約 的抜粋を してお こう

工業の巨大 な成長 と, ますます大規模化 してゆ く企業への生産の集中のおど ろ くはど急速 な過程 とは,資本主義の最 も特徴的な特質の一つである

集積 は,その発展の特定の段階において,おのずか らいわばぴった りと独 占 に接近 して くる

生産の集積 による独占の生誕 は,総 じて,資本主義の発展の現在の段階の一 般的かつ根本的な‑法則である。

競争 は独 占に転化す る。

以上が要 旨である。

武田は書 く。

レーニンや ヒルファディングは,帝国主義の経済的本質の解明にあたって,彼 ら の眼前にある,それこそ 「最高」または 「最近」の資本主義を大正 とした。そ して, その経済的諸現象を直接 『資本論』で展開されているような資本主義経済の原理論 をもって説明 しようとした。たとえば,レーニンの 『帝国主義論』の第‑章では 「 新の資本主義の経済における唯一ではないにしても,もっとも重要な現象の一つ」

(8)

商 学 討 究 第 40巻 第1

として,生産の集積 と独占」が述べられているのであるが,その 「独占」は,彼に よれば,マルクスが 『資本論』のなかで,自由競争 ‑ 生産の集積 ‑ 独占という 形で論証 しているものだというのである.そこJTt,'Cの 「独占」を出発点 とする彼 の 『帝国主義論』は,̲す くなくてもその端初においては

,

『資本論』で説かれている ところに直結するという形をとっていることになる。そして章た,あえていえば, そのことが,以後の彼の所論をも,眼前の経済的現象を例証 としつつ,この 「独占」

理論的に展開 していったものという形をとらしめているのである。(ll)

しか しわれわれは, この解明を,たとえば レーニ ンがお こない,多数 のマル クス学者が追随 しているように,「自由競争が生産の集積を うみだ し,この集積 は卓の発展の一定段階では独 占を もた らす」 という形で,いわば原理論を直接 適応 してお こなうわけにはいかないであろう。(12)以上。

宇野 は含蓄のある発言を している.「資本の集中,集積の増進 は,一定の段階 では独 占になるといえば,誰 も疑問 とす るところにないよ うに考 え られます が,よ く考えてみると,そ ういう考えの裏 には常 に∵定の市場を想定 し,特定 の産業を予想す る、ということがあるのではないで しょうか。.[資本論』 におけ ると同様の]抽象的規定の下では 『独占』を説 くことがで きないのではないで

しょうか」 (13)

ではどのようにすればよいか。金子‑ルオは言 う

『資本論』 第‑巻第七編第二三章 「資本主義的蓄積 の一般的法則」 における l

生産 と資本の集積 ・集中 (および 「独 占への傾向」)と 『帝国主義論』第一章

生産の集積 と独 占体」における 「生産 と資本の集積 ・集中」およびそれにもと づ く 「独 占の形成」とは,そのおかれた論理次元を異 に していろ。「生産 と資本 の集積 ・集中」 と 「独占」は,ぜん しゃでは

,

競争の現実的作用」をその 「 囲外」 とした 「資本一般.の論理的次元において把握 されてお り,後者では,

( l l

) 武田隆夫編 『帝国主義論

』上

,p.4

(12)

p.20

(13)

宇野弘蔵

資本論」 と社会主義』岩波書店1958,199‑200

ペ ー ジ

(9)

『 帝国主義論』 の諸 問題

(1) 9

すでに諸資本家の 「競争 の現実的作用がい くつかの資本主義的諸特質をその 対立物 に転化 しは じめたよ うな論理次元 において把握 されて いる。 したが っ

,

『資本論』の 『帝国主義論』‑の理論的上向‑発展 は,『資本論』の資本蓄 積論 と 『帝国主義論』の独 占体論 との無媒介直結 によってではな く,とくに 『 済学批判』 プランにみ られ 『資本論

資本一般」 の 「範囲外」 にあった諸 資本間の 「競争 の現実的作用」 を考察す るいわゆる 「競争論」を媒介 としてお

こなわれ るのである。(14)

‑の瀬秀文 も書 く。「マルクスの資本集中論 は競争論の領域である。(15)

帝国主義論の理論的出発点 は,蓄積 (『資本論』第1巻第 7編第23章)でな く,競争 にお くべ きである。そ うでな くては

,

『資本論』の継承であ って も,発 展,具体化 とな らない, と。

競争論』 の理論的次元で集中や独 占を説 くというのは,一般的には正 しい。

レーニンはそれを認識 していたとは思えない。 まただか らといって レーニ ンの役 割を否定する必要 もない。後世の学者が行えばよいのである。 しか し,、その 『 争論』の完成を後世の学者が行 っていないのはまことに残念である。また 『競争 論』 も, 自由競争段階の競争論 と独 占段階の競争論 との2つがあるだろう。

さて実 はこの問題 をすでにマルクス も考えていた。 マルクスは 『資本論』で 書 いている。 「この資本集 中, または資本吸引の法則 はここでは展開 されえな 。」(16)集中にかん して しか言われていないが,集積 について もある程度あては まるだろう。「ここでは」 というのは,『資本論』 ‑資本一般 の意味である。 こ こで は一般的 に抽象的 に論 ぜ られ るにす ぎず,「簡単 な事実示唆 で充分 で あ

」(17)集積 ・集中それ自体の持っ性格か らそ うなる競争戦 は‑‑」云々(18) とあるよ うに,『競争論』 で, よ り一層展開 され るはずであった。

(14)

『 資本論』の創造的発展としての 『 帝国主義論

」(

『 経済

』1967

12

月)

,210ペー ジ (15)

『 経済

』1967

5

224ペ ー ジ

(16)

長谷部訳 『資本論』第 1巻

972ペ ー ジ

( 川 同上。

(18)

同上。

(10)

10 40

1号

これ以上詳細 に論 じないが,この問題 は

,

競争論』だけにとどま らず,利潤 率の傾向的低落の法則

(

『資本論』第3巻)

,

信用論』,『株式資本論』, との関

わ りで充分展開 されねばな らない。

次 に, レーニ ンの生産の集積 その他 にたい して,すでに上 に挙 げたよ うな反 論があるが,実 はマルクスの集積論 とは少 し概念 が違 うことは, レーニ ンのた

めに も指摘 しておいてよいだろうb

レーニ ンは,資本の集積 ・集中ではな くて,生産の集積 ・集 中 とい う用語を

帝国主義論』の第1章で使 っている

内田は言 う資本の集積 ・集中が生産 の集積 に対応す るのであって,資本 の 集中に生産の集中を対応 させ ることは,無意味であるか,あるいは概念 の混乱 を意味す るであろ う。正 しい意味で は,生産 の集 中」はこれ と別個の概念であ ろう 生産が一定の企業 もしくは一定の地域 にお こなわれ ることを指す もの と 解釈 しなければな らない」(19)

常盤政治氏 は言 う レーニ ン 『帝国主義論』第 1章の冒頭 にあるよ うに,生 産の集 中を巨大企業‑の集中度をあ らわす ものとみてよい, と。

この4つの概念 を 『帝国主義論』 の中で比較 し,つ きあわせてみると,お互 いが これ とこれ,それ とこれに対応 し合 うというのではな く,「資本 の‑‑・」と

生産の‑‑」とが区別 な しに,ほとんど同 じ概念 として使われている。つま り 逆 に言 えば, レーニ ンはマルクスのように 「資本の・‑‑」で はな くて

,

生産の

‑‑」 を多用 したと言 える。

もし厳密に区別すれば次 のよ うになる。『資本論』第 1巻 D.次元では産業資本 が前提 とな っているか ら,資本の集積 は生産の集積で もある 資本の集 中 も生 産の集中になる しか し商業資本や利子生 み資本 の世界では資本 の集積 や集中

は,生産の集積や生産 の集中 とはな らない。

さて 『帝国主義論』での次元のように金融資本 の時代では, とりわけそれを

(19) マルクス経済学大系』下,34ペ ー ジ

(11)

帝国主義論』の諸問題 (

1)

ll

考 える必要がある。つ まりたとえば銀行 に資本が集積 ・集中されて も,生産の 集積 とはな らない。 したが って産業資本が集積集中され る場合 は,生産 の集積 などという用語 を使 った方 がはっきりす ることになる。 レーニ ンも特 に第 1章 では 「資本の‑‑・」 とい う語 を使わない方が正 しいと,当然考えたであろう

反動。独 占論 と時代区分論

1 帝国主義論』 における反動規定

レーニ ンが 『帝国主義論』 を書 いた目的の一つ は,近代帝国主義 の反動性 の 立証である。本項 では, そのための論 旨展開を跡づけ,吟味 しよ うとす る だ しレーニ ンは 『帝国主義論』の中で,言葉 としては反動 を多用 していない。

レーニ ンは,『帝国主義論』を,独 占 [論] か ら論 じ始 めた。第 1章 は,「 産の集積 と独 占 []」である。これは多 くの人か ら高 く評価 されている。 しか しレーニ ンは,彼の目的に従属 させて,独 占論か ら帝国主義論 を叙述 しは じめ たのである したが って レーニ ン以外の人 は,帝国主義論 を独 占か ら叙述を始 め一る必要 はない。

レーニンの目的は何であったか? その諸 目的の一つが, 帝国主義の反動性を 暴露す ることであった。 もちろん,帝国主義 というものは反動的であって,民主 的な帝国主義 なぞはない。 レーニンはこれを社会科学的に論究 しようとした。

彼 は,第 1章で言 う「われわれの目の前 にあるものは,独 占に,その圧迫 に, その専横 に服従 しない者 を独 占者が絞殺す ることだ

」(44ペー ジ)

支配関係 とそれに結 び付 いた強制 の関係 ‑ これ こそが,『資本主義 の発展 における最新 の局面』 にとって典型的な ものであ り, また実際に発生 した もの である」(46ペー ジ)「2 銀行 とその新 しい役割」で,彼 は書 く。「銀行 は,仲介者 とい う控え目の役割か ら成長転化 して,資本家 と小経営主 との相対 の貨幣資本のほとん どすべて と, またその国やい くたの国々の生産手段 および 原料資源の大部分を自由にす る,全能の独 占者 となる」(51ページ)

産業独 占体 と大銀行 の癒着 した体制が金融資本であ り, その支配を レーニ ン は第 3章で論ず る。

(12)

72

商 学 討 究 第

4

g巻 第 1号

小数者の手に集積 されて事実上の独占を亨有 している金融資本は,巨額の, しか もますます増大す る利潤を獲得 し, こうして金融寡頭制の支配.を強化 し, 全社会にたい して独占者への貢 ぎ物 を課 している」(89ペー ジ)

重要 な指摘 はつぎである。「独占は,それがひとたび形成 され,数十億の金を 自由自在にす る.ようにと,絶対的な不可避性 を もって,社会生活のすべての方 面に浸透 してゆ く・」(96ペ⊥ジ,

cTp.

355)

そ して,金融寡頭政治の支配が確立 されたところでは,「もっとも広汎な政治

的自由で考え も,われわれが自由のない国民 となることを もはや救 いうるもの ではないと,『バ ンク誌か ら引用す る。

4章か らは, レーニンは,国際的関係 に目を転ずる。

資本輸出により, また金融資本 は,世界を分割す る。世界の分割 は,他国の 領土の独占的領有の ことである。金融資本の国際政策 は,国家的従属の幾多の 過渡的形態を作 り出す。金融資本 は, 自由ではな く支配を欲する(20)0

2

時代区分論

レーニンの政治思想 の最 も卓越 した点の一つは,近代資本主義 ・近代史の時 代区分 にかかわ る。 ここでは,対戦中の発言 にかぎって着 目しよう。 この政治 認識 は∴彼の経済理論 と不可分 に結 びついている。

時代区分論が不明確 な形 で出ているのは,「社会主義 イ ンターナ ショナルの 現状 と任務」の中である。「われわれは, 日和見主義者 につぎのように答える。

羊の戦争の具体的‑歴史的な性格を無視 して・祖国の問題 を提起す ることはで きない. この戦争 は帝国主義撃争,すなわち, もっとも発展 した資本主義の時 代,資本主義の終 りの時代の戦争である。(21)」同 じ作品の最後 にもある 19 紀 の最後 の3分 の 1と20世紀 の初 めの,苛酷 きわまる資本主義的奴隷制 と

QC)

この‑句 は ヒル フ ァデ ィングの言葉。

全集21

,25ペ ー ジ

(13)

帝国主義論』の諸問題 (1) 13

もっとも急速 な資本主義的進歩 との,長期 にわたる 「平和 な」甘寺代‑‑(22)」 し か しこれ らは, まだ不明瞭な発言である 戦争の問題 とか らめて見ている。

作 「ロシアの ジュデクム派」で も, プ レ‑ ーノフを批判 してい るが, これ も まだ不明確である。 レーニ ンは書 く。プ レ‑ーノフは,帝国主義時代 (すなわ

ち,ラルクス主義者が一般 にみ とめているところによれば,資本主義の崩壊の 客観的条件がすでに成熟 し,社会主義 プロ レタ リアー トの大衆が現に存在 して いる時代) を, ブル ジョア民主主義的民族運動の時代 と混同 し, プロレタ リ アー トの国際革命によって ブル ジョア祖国を破壊す る時期がすでに成熟 してい る時代 を, ブル ジョア的祖国の発生 し結集 した時代 と混同 している」(23)と。

『ナー シェ ・スローヴォ』編集局へ」で も,戦争 の問題で述べ る。

帝国主義戦争 は,資本主義の最後 の発展段階の時代,一国の限界内での ブル ジョア国家が生命をおえて しまった時代の戦争」である,云々。

作 「よその旗 をかかげて」の中で彼 は,ポ トレソフを批判 して言 う。ブル ジョ アジーはポ トレソフのや ったのと同 じす りかえをやろうとつ とめている。すな ■ わち 「帝国主義時代を, ブル ジョア進歩派 の運動,民族解放運動 ・民主主義的 解放運動 の時代 とす りかえようとっ とめている。」(24)

レーニ ンはい う。「マルクス主義者 は,封建的 ‑絶対主義勢力 にたいす るブル ジョア的民族解放運動 の進歩性 を否定 した ことは, けっしてなか った」(25)

さて この論文で明確 な時代区分論が出て来 るのである。 レーニ ンは通例の歴 史的時代区分をあげる。つまりマルクス主義文献や カウツキー らによっていっ も述べ られた ものである。(‑)1789

1871年 (二)1871‑ 1914 (≡)

1914‑ 0

フラ ンス大革命 か らフラ ンス‑プ ロシア戦争 までの第 1の時 代 は,「ブル

ジョア ジーの興隆の時代,彼 らが完全 な勝利 をおさめた時代である。それはプ

2)27‑28ページ

C23) 110ページ

伽) 133ページ

e5) 134ページ

(14)

14 商 学 40巻 第1

ル ジョアジーの上向線 であ り,一般 にブル ジョア民主主義運動 の, とくにブル ジョア民族運動 の時代であ り,命数 のつ きた封建的‑絶対主義諸制度の急速 な 崩壊の時代である。」第2の時代 は,「ブル ジョアジーの完全 な支配 と衰退 の時 代であ り,進歩的 ブル ジョア ジーか ら,反動的な, さらに もっとも反動的な金 融資本への移行 の時代である。」第3の時代 は,「ブル ジョアジーを,第1の時 代の封建領主 と同 じ 『地位

においている これは,帝国主義の時代であ り,

また帝国主義か ら生ず る帝国主義的激動 の時代である。」(26)

カウツキー らのかつて述べた この立場 を, レ‑ニ̀ンは墨守 しよとす る。 日和 見主義者 はこの観点か ら方向転換 していると言 う。「3の時代 にも,国際的紛 争 は,その形か ら見れば,依然 として第 1の時代のばあいと同 じ国際的紛争で あるが, しか しその社会的内容 と階級的内容 は,根本か ら変化 した。●● ●● 」(27)「ブル ジョア ジーは,興隆 しつつある先進的階級か ら,転落 しっつある,衰退的な, 内面 には死んだ,反動的な階級 にな った。」(28)レーニ ンにとって最 も大事 な観点 は, ブル ジョア ジーが進歩的か反動的かである その点か ら時代区分す ること である もっともそれは,かつてのマルクス主義者 は行 っていた。 レーニ ンの 特徴 は,第 1次大戦 のさなかで もその観点 を堅持す ることであった。

小冊子 『社会主義 と戦争』(ジノヴィエフと共著)で も,まず戦争 の型 につい て論 じている。

「フランス大革命は人類の歴史に新 しい時代をひらいた。 そのときか らパ リ・コ ンミューンまで, つまり1789か ら1871年までは, 戦争の一つの型 として, ブル ジョア進歩派の民族解散戦争があった。いいかえれば,これ らの戦争の主な内容 と 歴史的意義 は,絶対主義 と封建制度を打倒 し,それらを掘 りくず し,外国の圧制を 除去することにあった。だか らこそそれ らは進歩的な戦争で」あった。(29)

( 139ページ

( 2

7)141ページ

e8) 142ペ‑ジ 鍋)306‑7ページ

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帝国主義論』の諸問題 (1) 15

資本主義 は,封建制度 との闘争 のさいには諸民族の解放者であったが,帝国 主義的資本主義 は諸民族 の最大の抑圧者 にかわ った。資本主義 は進歩的な もの か ら反動的な ものにかわ った(30)

「ツインメルヴァル ド左派の決議草案」で もレーニ ンは書 く

現在 の戦争 は, ブル ジョア ジーが進歩的な ものか ら反動 的な もの とな った 全然別 の歴史的時代 によって生み出された ものである(31)

帝国主義 は,労働者階級 に,階級闘争 や,窮乏や,失業や,物価騰貴や, ト ラス トの圧制や,軍国主義の未曽有 の激化を,もっとも自由な国 さえふ くめて, すべての国々に頭 を もたげている政治的反動 を, もた らす。」(32)

レーニ ンは,進歩 と反動の時代を区別す る。そ して帝国主義 は, また帝国主 義戟争 は反動的であるとす る ここか ら帝国主義を打倒すべ きだ という論が出 て来 る。

小括 反動規定

レーニ ンが独 占資本主義を反動 の時代 とし,それゆえ,革命を主張す ること がで きると考えている点を,吟味 してお きたい。

帝国主義』の中で,彼 は,帝国主義を反動的な ものと見 な している (吉葉 と しては多用 していない)。 それはまた 『帝国主義』 全編 を貫 くモチーフで もあ る。そ して彼が独 占か ら書 き始 めたのは, そのためで もあ った。つまり独 占資 本 あるいは金融資本が結局反動 にな ると言 いたいためで もあった。

帝国主義 は反動的である。 そ して,反動 は革命によって倒すべ きだ という問 題 を考 えよう。 もし時代が反動的であればそれを倒 してよいとい うのは,理論 の上で は間違 いではない。さて時代 が反動牢 と規定す るには,客観的な指標が 必要である もしそれが確認 された として,つまり反動的だと認 め られた とし

(30)307‑8ペ ー ジ

355ペ ー ジ (32)356ペ ー ジ

(16)

16 商 学 究 第 40 1

て,今度 はその上 に,それを倒すや り方 が問題 となる。議会を通 じて反動体制 を倒す こともで きる。 あるいは実力革命で倒す こともで きる レーニ ンの この 時代の政治論文 は,武力革命方式 を述べて いる。つまり帝国主義戦争を内乱へ,

というスローガ ンを掲 げているノ内乱,Btirgerkrieg,Cvilwarは,もちろん 武力革命を指す。 この戦術 は,一つの戦術である 仮 に反動 だ と規定で きた と

して も, この戦術を採用 してよいことには必ず しもな らないのである。

Ⅵ 寄 生 性 ( 第

8

章の研究)

レーニ ン 『帝国主義論』の第

8

章 は,第

2

イ ン?ナ ショナルが崩壊 した経済 的原因を研究 し論述 した ものである

ここで 「経済的」 とい うことを強調 してお きたい 。 経済的原因に限 っている のは

,

帝国主義論』の内容 を帝国主義 の経済的側面 に限定 しているか らで もあ る。

また第 2イ ンタナ ショナルの崩壊 といって も,実際 は組織的に崩壊 したので はな く,思想的 ・政治的 に崩壊 した ことを意味 している。その上,思想的 ・政 治的崩壊 といって もレーニ ン的な意味である。つま り第二次世界大戦 に協力 し て しま

たことである。 だか ら戦争を是認 して も,組織的に崩壊 したわけで は

ない

,

それどころか組織 を守 るために戦争 に賛成 したくらいである。

第 2イ ンタナ ショナルの属す る政党 は,戦争への賛成 を止むをえないこ

とと

え,思想的 ・政治的に崩壊 した とは認識 していない。

1 『帝国主義論』以前の作品

帝国主義論』以前の諸作品ですでに レーニ ンは,第2イ ンタナ ショナルの崩 壊 の経済的原因を数 カ所で論 じている。 それ らを取 り上 げておきたい0

言 うまで もな く,第 2イ ンタナショナルの崩壊の原因 は,経済的な ものだけ ではない。運動上 の,思想 ・イデオロギー上 の,総 じて政治上 ・組織上 の原因 であ り, それ らこそ直接 の原因である。経済的原因 は,第2イ ンタナ ショナル

崩壊 の間接的原因である。『帝国主義論』以前 の レーニ ンの作品では,政治的な

(17)

帝国主義論』の諸問題 (1) 17

原因が数多 くの箇所で論 じられている だか ら,彼が経済的原因だけを論 じて いるのでないことは,確認すべ きである。

彼 は,戦争にかんす るテーゼ」●ぉよび 「ヨーロッパ戟争における革命的社会 民主主義派の任務」で述べ る。

「この崩壊 の原因 は,小 ブル ジョア的 日和見主義 がイ ンタナ ショナルで実際 に優勢 を しめていた こと」(33)であ る, と。

「よその旗をかかげて(1915 2月以降執筆)で彼 は,植民地領有 ・植民地 領土 の拡張を取 り上 げる。

それは,1870〜1914年 の時代の,また大国家の大多数の 「著 しい特質の一 つ」であった。 これが経済的たは何 を意味 したか? と,彼 は問 う。その答えは

こうである lf

「それ はブル ジョア ジーに とって は,一定 の超過利潤 と特別 の特権 との総和 を意味 し,ついで,それは疑 い もな く, ごく僅かな小 ブル ジョアにとって も, さらに高級職員や労働運動 の役員その他 にとって も, これ らの 『ピロー

』(辛)

の残 りものを頂戴す る可能性 を意味 した。労働者階級の ごく僅かな小数者が, このように植民地か らの利得,特権か らの利得の残 りものを 「享有」す ること は,例 えば,イギ リスで生 じているのであるが,‑ これは,すでにマルクスと エ ンゲルスによって認め られ指摘 された,争 う余地 のない事実である。しか し, その当時にはイギ リスだけの例外的な現象であった ものが, ヨーロッパ のすべ ての大資本主義国が大規模 な植民地領有へ移 るに したがい, また一般 に,資本 主義国 に共通 の現象 になぅた。」(34)

日和見主義成熟の経済的原因論 は,本質的には上 の引用 に尽 きる。 これが後 に 『帝国主義論』 で全面的 に発展 され るのである。

作品 「ロシア社会民主党在外支部会議」で彼 は,社会主義的 日和見主義の主

(33) 4ペ ー ジ

(*)ロシア鰻頭 ・パン

145ペ ー ジ

(18)

18 40 1

要な社会的支柱で,かつプロレタリアー トに対す るブル ジョア的影響の伝道者 として,労働者階級の一定の層 と,社会主義諸党内の小 ブル ジョア的同伴者 と を挙 げている。 前者を説明 して, 「労働運動内の官僚。 植民地 の搾取か らの所 得, また世界市場での 『祖国』の特権的地位か らの所得の一部分のお こぼれを 貰 った労働貴族」(35)としている。 とこで労働貴族 とい う用語を使 っていること

に注意 したい。

2イ ンタナショナルの崩壊で彼 は再 び論ず る。

「日和見主義 は,特権的な労働者層の比較的に平和で文化的な生存が彼 らを

『ブル ジョア化』し,彼 らに自国の資本の利潤のおこぼれを与え,零落 させ られ 貧窮 している大衆 の厄災や苦難や革命的気分か ら彼 らを分離 させた,資本主義 発展の一時代の特殊性 によって,数十年 の間に生み出された ものである 小市 民 の 『上層』または労働者階級の貴族 (および官僚) としての自分の特権的地 位を擁護 し強化す ること,‑ これが,小 ブル ジョア的‑日和見主義的希望 と

それにふさわ しい戦術 との,戦時における自然の継続であり, これが今 日の社 会帝国主義の経済的基礎 なのである。」(36)

同 じ論文の他の箇所で も言 う。

労働運動 における排外主義 と日和見主義 との経済的基礎 は同一の ものであ すなわち,それは,『自』国の資本の特権のおこぼれを頂戴 しているプロレ タリアー トと市民の小数 の層が,プロレタ リア大衆,一般に勤労者 と被圧迫 の 大衆 にたい して対抗 してむすぶ同盟である(37)

この作品では,社会排外主義(38)という用語を使 っている また彼 は, 日和見

155ペ⊥ ジ 価)242ペー ジ (37)244ペー ジ

(38)普通 には,社会主義 を唱えなが ら,外国を排斥す るもの。 レーニ ンによるとこうあ o社会排外主義●●●●●は,ブル ジ ョア的腫れ物 である日和見主義 が,社会主義政党の 内部で いままでどお りの存在をっづ け られな くな ったほどに成熟 した ものである。

(244ペー ジ)他の箇所 ではこうも書 いている社会排外主義 とは,完成 された日和 見主義 である」(316ペー ジ)

(19)

帝国主義論』の諸問題 (1) 19

主義 の社会層をよ りくわ しくあげている。 つまり, 「国会議員, ジャーナ リス ト,労働運動 の役員,特権的な職員,グ ロレタ リアー トの若干 の層か らなるま とまった‑社会層」(39)であ る。

レーニ ンは,「イギ リス人の平和主義 とイギ リス人の理論 ざらい」で,イギ リ スについて述べ る。

「イギ リスの労働組合 は,賃金労働者の約五分の‑を包含 している。これ らの 労働組合の指導者 は,大部分 自由主義者 であって, マルクスは,ず っと昔 に彼

らを ブル ジョアジーの手先 と呼んだのである。」(40)

小冊子 『社会主義 と戦争』の中で, レーニ ンとジノヴィェフは, 日和見主義 と社会排外主義 との経済的基礎 に論及 している。(41)そ こでは,既 に示 した主張 が概括 されている。

「日和見主義 と第2イ ンタナ ショナルの崩壊」で も,祖国擁護 の経済的本質を 説明 している

●●●●

「すべての大国 ブル ジョア ジーは,世界を分割 し搾取す るために戦争 を行 っ ている。労働官僚,労働貴族,小 ブル ジョア的同伴者 の小 さな層 には,ブル ジョ アジーの大 きな利潤か らのかけ らが落 ち こぼれ るか もしれない。社会排概主義 と日和見主義 との階級的基礎 は同一 である。すなわち, それは,労働階級 の大

●●●●●

衆 に対抗 しての,特権的な労働者 の小 さな層 と

,

『自』国のブル ジョアジーとの

●●●●●

同盟であ り, ブル ジョアジーに搾取 され る階級 に対抗 しての, ブル ジョアジー の従僕 とブル ジョアジーの同盟である。」(42)

帝国主義論』以前 に レーニ ンが 日和見主義 の経済的基礎 について述 べた主 要点 は,以上 の ものである。『帝国主義論』第8章 ではこれ らの議論 が豊かに展 開 されるのである。

250ページ

(4q)264ページ )317ページ

(42

) 第

22,124ページ

参照

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