長崎大学グローバルCOEプログラム 放射線健康リスク制御国際戦略拠点
Global Strategic Center for Radiation Health Risk Control
30th Anniversary Meeting for Establishment of
A-bomb Survivor Database System and Future Epidemiologic Study
データベース構築 30 周年 記 念 講 演 会
原爆被爆者データベースの現状と疫学研究の未来
平成 21 年 9 月 11 日(金) 17:00 ~ 19:00
11 September 2009, 17:00-19:00
長崎大学医学部良順会館 ボードインホール
Ryojun Matsumoto Hall, Nagasaki University School of Medicine
プ ロ グ ラ ム
17:00-17:10 開会式 司会 三根真理子 (長崎大学大学院原研情報室准教授)
開会の辞 調 漸 (長崎大学副学長)
来賓挨拶 堀 岡 伸 彦 (厚生労働省健康局)
17:10-17:40 座長 柴田義貞 (長崎大学大学院原研細胞教授)
講演1
「原爆被災学術資料センター発足当時の思い出」
岡 島 俊 三 (長崎大学名誉教授)
17:40-18:20 座長 本多正幸 (長崎大学大学院医療情報学教授)
講演2
「日本社会とデータベース」
開 原 成 允 (国際医療福祉大学大学院長・教授)
18:20-18:40 座長 陶山昭彦 (放射線影響研究所疫学部長)
講演3
「被爆者腫瘍の病理疫学研究成果」
中 島 正 洋 (長崎大学大学院原研試料室准教授)
18:40-18:45 閉会の辞 松 山 俊 文 (長崎大学医学部長)
19:00-20:00 懇親会(ポンペ会館)
【 講師略歴・講演要旨 】
岡 島 俊 三
Shunzo Okajima1920年生まれ。名古屋帝国大学理学部卒業。物理学専攻、医学博士。
名古屋大学理学部助手、名古屋大学医学部講師を経て1963年長崎大学医学部附属原爆後障害 医療研究施設教授。この間、長崎大学医学部附属原爆後障害医療研究施設長、原爆被災学術資 料センター長、長崎大学 RI センター所長などを兼務。1985 年長崎大学停年退職。専門は放射線 物理学。長崎大学名誉教授。
原爆被災学術資料センター発足当時の思い出
昭和45年12月原爆後障害医療研究施設長に任ぜられた時、施設の研究所への昇格と、原爆資料センターの創 設を実現すべく、要望書を提出した。このうち原爆資料センターのみが昭和47年実現し、センター長を仰せつかった。
センターには資料調査部と病理部の2部門があり、資料調査部の主任も兼ねることになる。昭和 50 年に建物が完成 し、資料調査部門では原爆被爆者のデータベース作成を目指すことになる。必要なコンピュータの選定につき検討
の結果、特にソフトにおいて格段に優れているIBMのコンピュータ導入を文部省に申請した。しかし当時政府の施設 へのコンピュータ導入は国産機に限るという閣議決定があり、交渉は難航したが、昭和52年導入に成功、昭和53年 から担当者の必死の努力により、かなりの歳月を要したが、被爆者のデータベースは完成をみるに至った。
開 原 成 允
Shigekoto Kaihara1937年生まれ。東京大学医学部卒業。内科学専攻、医学博士。
フルブライト留学生として、米国ボルチモア市 Johns Hopkins Hospital に留学、臨床と研究に従事。
帰国後、東京大学医学部講師を経て、教授、中央医療情報部長。この間、東京大学附属図書館長、
東京大学広報委員長などを兼務。定年退官後、国立大蔵病院長、医療情報システム開発センター 理事長などを経て、現在に至る。専門は、医療管理学、医療情報学。東京大学名誉教授。
日本社会とデータベース
データベースに関する社会の認識が日本と欧米諸国では少し異なっているという印象を私は持っている。具体的に は、日本にはデータベースが少ない、学術的や行政的にデータベースを使って意思決定をすることが少ない、デー タベースを作ることへの評価が低い、データベースを広く社会全体で使うというよりは組織が独占する傾向があるなど である。 なぜこのような状況になっているのかを考察してみると、日本社会の特徴が浮かび上がってくる。今後もこの ままでいいのかを本講演では考えてみたい。こうした中にあって、長崎大学のデータベースは貴重な例で、データベ ースのあり方に対して示唆を与えている。
中 島 正 洋
Masahiro Nakashima1965年生まれ。長崎大学大学院医学研究科修了。病理学専攻、医学博士。
米国UCLA School of Medicine Cedars-Sinai Research Instituteにて博士研究員として内分泌腫瘍 の研究に従事。帰国後、長崎大学医学部助手、同大学院医歯薬学総合研究科講師を経て、准教 授となり現在に至る。専門は人体病理学で、被爆者腫瘍の分子病理学的解析に取り組んでいる。
被爆者腫瘍の病理疫学研究成果
「被爆者の発癌リスクが現在でも続いている」という疫学情報は、被爆者研究の共通認識となっているがその分子機 構は未だ不明である。被爆者腫瘍研究には被爆情報・病理診断とリンクした生体試料が必要不可欠で、30年以上の 長期にわたり蓄積されてきた被爆者データベースは貴重である。我々は、近距離被爆者に、1980 年代に至って重複 がん罹患率が高くなり現在も増加傾向にあることを報告した。多重がんは発がん因子への全身暴露や個人の腫瘍に なり易さを示唆する現象である。被爆者発癌リスク亢進メカニズムの解明は、現在の原爆後障害研究における最重要 課題のひとつである。最近、皮膚癌に罹患した近距離被爆者の一見正常に見える表皮細胞で DNA 損傷応答が亢 進していることを見出した。被爆者では通常の環境下で DNA が傷つき易い状態にあり、放射線被曝により誘導され たゲノム不安定性が発癌の背景因子となっている可能性を示唆している。
デ ー タ ベ ー ス 関 連 年 表
年
1972 S47 原爆医学資料センターの設立
1973 S48 米国AFIPから原爆資料が返還される(米国返還資料)
1974 S49 原爆被災学術資料センターとなる 1975 S50 原爆被災学術資料センター棟が完成
1978 S53 --- データベースシステム(IBM S/370 model 115-2)導入
1980 S55 第1回 システム更新
1984 S59 第2回 システム更新
1985 S60 長崎市との情報提供に関する協定締結 岡島俊三教授退官 1986 S61 第3回 システム更新 検査センターへのオンラインシステム稼働 1987 S62 第4回 システム更新
1988 S63 --- 10周年
1990 H2 台風19号被害
1991 H3 原爆健診カルテの画像データ化作業開始
1993 H5 第5回 システム更新
1997 H9 第6回 システム更新 原研・センターの組織統合
1998 H10 --- 20周年
1999 H11 国際(ヒバクシャ学術情報交換)システム導入 米国返還資料写真データベース構築
2001 H13 第7回 システム更新 資料収集保存部、原研に移転
2002 H14 21世紀COEへの採択
2003 H15 第1回 国際システム更新
2006 H18 第8回 システム更新 被爆体験証言のテキストデータベース化
2007 H19 グローバルCOEへの採択
2008 H20 --- 30周年 第2回 国際システム更新 長崎県との情報提供に関する協定締結
2011 H23 第9回 システム更新(予定)