養護教 諭 養 成論
わが国における養護教諭養成制度のあゆみと特色
大 谷 尚 子
(1985年11月5日受理)
は じ め に
近年,養護教諭の専門的機能として,子どもの「人間形成」に関わる教育機能が指摘されるように なった。1)2)しかし,多くの養護教諭は,なお,建前とは別に,「教育職」とは認めてくれない学校お よび社会の現実に直面している。
養護実習で,そのことを垣間見た学生は,「養護教諭になりたくない」と,将来への不安をもらす
こともある3 表1養翻説養成する纈と授与免許の繍
養護教諭養成においては, (S54年度調査)
職務遂行のための専門的力量 (
免許状 中(高)教諭
看保 衛臨床検歯科栄 備 考
をつけさせるだけでなく・上講専記のような轄を克服する視鷺攻
̲や展望も学生に身につけさ 限 が主か)
保健 保体 家庭 理科 看護 護婦 健婦
塾査技師衛生士養士
養教養成課程が設置 ウれている機関名
せることも重要である。 4年 主専攻n=9 9 2 1 教育学部
ウ育,体育,家政,
今日のような養護教諭の立 副・併設n=6 511124222 看護,医,保健学部
3年場上の問題は,原因をたどっ 副専攻n=2 2 看護短大
主専攻n=13 5 ユ 1 養員養成所,短期大学 ていくと,複雑な養護教諭養 2年
副・併設n=5 4 1 2 1 短期大学,保健衛生学院 成の現状(表14)参照)とその
主専攻n=5 国立大学特別別科
養成制度の変遷(経緯)に起 1年
併 設n=0 20 保健婦学校
因しているように思われる。 注)授与免許の種類には養護教諭免許状は省いた。
そこで,本稿は,養護教諭 学生が留年することなしに取得できる免許を示す。
養成制度に関する分析を試みていく。
1 養護教諭養成制度のあゆみ
わが国の養護教諭養成制度のあゆみを図1に年表で示してある。同時に,児童や国民一般の健康実 態,教育界や保健(特に公衆衛生関係)の動向,社会の動きを並記してある。養護教諭の職務や活動 が,これらの諸活動と深く関わっているからである。
なお,年表の養成機関の設置状況欄は,同種の養成機関を1群にして記述したため,年度はその群 のうち最初に設置された機関の設置年度を記した。また,養成機関の名称は,同種の養成機関であっ ても「学校看護婦養成所」や, 「学校衛生婦養成所」等,多様な記録がみられるので,一括して「S
N養成所」のごとく,SNでその職種名を代表とした。
32 茨城大学教育学部教育研究所紀要18号(1986)
図1 養護教諭養成の歴史(年表)
年 社会状況 公衆衛生行政等 養護教諭の状況
ヨ 連 法 規 名称 養成機関の設置・養成の特色(注)
1900 文部省に学校衛生 課設置
明
日露戦争
(1904〜05)
治
トラホーム
蝸ャ行
。最初の学校看護 w(岐阜の小学校 ノ派遣される)
多様
。最初の専任学校 看護婦(岐阜市小
w校) 学学
Z校 独
1 看専 自
(継続的な子ども フ健康保護にあた 護属
w看 の
る) 護 養
第一次世界
婦ナ護
磐灯
大
大戦 f914〜18)
保健衛生調査会設 u(積極的な調査 嚥c活動)
婦学@校
@衛@生 齦w
われず
米騒動 このころより公私 任
立の健康相談所設 学
20 置 校学
ナ校
関東大震災
。初めて学区全校
ノ1校1名の配置 護看w護
正 手
(大阪済美地区) 。文部省,学校衛生講習会(SN対象) 模
等 索
。函館,小樽等SN養成講習 の
(高女卒者対象) 状
態 金融恐慌 このころより公衆 一_一一_一一一一一一9−一一一_●噛_魑曹幽曹幽●1一暫幽一_−1−一曹●−曹,■P−■一■舳曹囑¶雫「
衛生看護=訪問事 ・山形・佐賀,短期講習(Nr免又は 本
世界恐慌 業の開始
。文部省訓令 Tr免対象 の格
昭30一 満州事変
「学校看護婦に関す
骭潤v。全国学校看護婦
学校 。聖路加・日赤等公衆衛生看護婦養 ャ科で養成
開養n成
大会(1929〜34) 看
和
日中戦争 保健所法制定『保 瀦w』の名称規定 﨎カ省設置
。学校衛生婦令要
?i「訪問看護婦」
ナなく「教員職員」
志向する)
護婦1学
@i校@i衛 i生 キ i学
。沖縄等の女子師範学校にSN養成 梶i女師校生徒対象)
B大阪等の女子師範学校に長期講習
?i女師校生徒対象)
教@員
@養ウ成 糟n体 iにニ付
40 国民体力管 攝ァ度
各種相談所の統合 ョ理(「保健所」と ネる)
i校
於{i護i婦 。愛知等に県立SN養成所(1〜2
N制)主に女師校に
梹謫セ同属
太平洋戦争
ヒ入
ヒ本翻
保健婦助産婦看護 w法制定
﨎カ省の拡充強化
。「国民学校令」
i教員と同一待遇 規定)
B養護訓導必置制 i国民学校令一部
?ウ)
u教育基本法」「学
蒔舞1懇 。各地で資格取得講習会(1〜6ケ月)
E弘前等にSN養成所 E日赤Nr養成所等指定機関 B県立SN養成所(師範学校に付設,
s剌頼w校に付設)
国@家 {認ャ定 鰍フJ始
法公布 G 保健所の拡充強化 校教育法」 。各地でSN養成講習会(2ケ月) Nr
H (都道府県の衛生 免
50
Q V制大学の
フ発足 指 導
部局衛生教育係の
ン置) 「教育職員免許法」
iNr免許を必須 v件とする)
。岩手等県立SN養成所(4年制)
E山形等県立SN養成所(2.5年制)
が必須条
講和条約⊥ WHO加盟
ァ衛生部縮小
件
の発効 「教育職員免許法」
『 。東大等学士のSN養成
昭
改正
養 。北海道等県立SN養成所(1年制)
B神奈川等指定保健婦養成機関
大{学 ャ制燗x
。山形等県立SN養成所(2年制) 共卒にで
「学校保健法」 開の
。短大のSN養成課程(2〜3年制) 始 60 国民所得倍 保健所の型別再編 東京養護教諭サー
増計画 成 クル(芽の会)発足
護 ・茨大等国立大学にSN養成課程
@ (1年制)
厚生省に公害課
。岡山大,茨大等国立大学にSN養 国@立
成所(3年制) {大護学 教で諭の
教 養成
が
7 加
わ
環境庁発足 全国養護教諭サー る
和 クル協議会発足
「福祉元年」
と称される
諭 ・茨大等国立大学にSN養成課程
アルマ・アタ宣言
』 (4年制)
B山形大等国立大学に特別別科
@ (1年制)
上記
厚生省「国民健康 正の
づくり」事業 規養
80 課機の成
程関がが
SNの配置率81% 加改わ組
(注) SN:その時代の各々の名称をさす(学校看護婦,学校衛生婦,養護訓等,養護教諭)
Nr:看護婦 Tr:教諭
34 茨城大学教育学部教育研究所紀要18号(1986)
以後,本文でも,養護教諭およびその前身は全て,支障のない限りSN(School Nurse)で表すこ とにする。即ち,年代と共に,SNは,学校看護婦,学校衛生婦,養護訓導あるいは養護教諭等,称 されてきた。
なお,SN養成機関の設置状況(設置機関および設置年度)は,杉浦氏の「養護教論の歴史」5)に負
った。
H 養護教諭養成制度の特色
わが国のSN養成制度の特色を年表を追いながら考察し,今日におけるSN養成制度の問題点を歴 史的経緯の中から探ってみたい。
(1)まず,SN制度は子供の健康状態と密着して誕生し,育ったと言える。そして,その後に,養成 が開始された。
文部省が現職者教育を中心とする講習(養成)に着手したのは,学校看護婦の誕生から20年後のこ とであり,さらに,その4年後に,独立した教育機関が設立された(昭和3年・1928年。沖縄県学 校衛生婦養成所)。養成が開始されたということは,その職種の重要性と,人材育成の必要性が,社 会的に認められたことである。それは,先駆的な学校看護婦の活躍(成果)によることはもちろんで あるが,加えて,国民の強い期待が養成を推し進めたとも言えよう。
当時はいわゆる大正デモクラシーの時代であり,また国民の健康劣悪状況への対策として,私立の 健康相談所が次々と設置され,また看護婦も病院(治療)から外に活動の場を広げ始めていた。この ような社会状況の中で,学校にも,児童への保健活動(治療も含む)をする職種(公衆衛生的視点か らの)が必要であると認められたのである。
SNがまず配置され,次にその活動の重要性が国民に知られるようになり,さらに養成が始まった と言える。SNの職務・役割に対する国民の期待に応えるべく養成を進めるのは現代でも同様である。
(2)看護婦が学校に配置されたことでSNは誕生したが,その後, SNの養成は,看護婦免許に必 ずしも規制されることなく,模索・試行され,特に養成の初期の段階では,教員養成の一環としての 養成が主流を占めた。
職制が確立し,国家認定の養成制度が確立する(昭和16年)までの期間は,現場においては,看護 婦免許所有者であれば,そのままSNとして任用される状況もあった。しかし,一方では, SN独自 の養成をめざして,各道府県や市段階での試行があった。そのうち特に,女子師範学校在学生対象の
1〜2年養成や,高女卒者対象の県立SN養成所における養成は注目される。
いずれの場合も,卒業生は看護婦と教師の両方の資格が与えられた。SNは看護婦であると同時に 教師であるという捉え方がされていたことになる。
当時の全国SN大会において, 「女子高等師範学校その他適当なる場所に, SN養成機関を設ける こと」と,SNの養成が教員養成の一環として実施されることが要望されている。その後「学校衛生 婦」という名称が法案にも使われたことからも,養護(治療中心)よりは衛生(健康者の養護,保健 活動)がSNの職務の重点となり,教育職員としての養成に期待がかけられたと言えよう。
時代は下って,昭和50年度になって,ようやく多くのSNおよび関係者の要望が実り,教員養成の
一課程として茨大等の4年制大学にSN養成課程が誕生した。そしてその萌芽は養成の試行段階です でに見られ,しかも,主流をなしていた点は驚異でもある。養成の出発点から本格的に教員としての
SN養成が実現されるまでに,迂余曲折の年月があったことを振り返ると,今日の茨大におけるSN 養成の重大性が,今更ながら感じられる。
(3)昭和16年「国民学校令」によりSNの職制が確立し,免許状および検定制度が設けられた。最 低基準として,高女卒以上の学力を有する者という条件が設定され,看護婦免許の有無別に2つのコ 一ス(養成機i関)に分けられた。SN養成所卒業時には, SN免許状のほか,初等科訓導免許状と看 護婦免許状が取得できた(例,愛知県立,2年制)。
教員資格も取得可能なことは,それ以前と変らないことであったが,それまで中枢を占めていた女 子師範学校(教員養成機関)での養成は続行されずに,1校を除いて全て姿を消してしまった。
初の国家認定のSN養成制度の開始時において,教員養成の一環から離れ,しかも多様なコースが 作られたことは,今日に至るまでの複雑多様な養成制度を形成する端緒でもあった。また,戦後の新 教育制度発足にあたり,教員養成課程の中に,SN養成が全く加えられなくなる道程の岐路でもあっ
たように思える。
(4)敗戦後,GHQ指導による行政改革の一環として教育職員免許法が制定された。一般教諭の養 成は,主として4年制大学において,一般教養,教科専門教育,教職教育の3分野にわたって行われ ることになった。しかし,SNの養成は,看護婦免許取得が義務づけられ,しかも大学での養成につ いては全く考慮されることがなかった。つまりSN養成が看護婦および保健婦養成に全面的に依存す る形となり,正規の教員養大学での養成は皆無となった。しかも,教育内容も,看護婦・保健婦免許取 得のための教育内容が優先され,教職教育ならびに一般教養が軽んじられることになった。このよう な養成制度そのものがSNを教育職員として位置づけにくい状況を形成したことになる。
GHQは敗戦後の国民の疲態した状況に接し,健康回復のために,日本国憲法の精神の具現化とし て,公衆衛生行政の拡充強化を図った。6)SNに看護婦免許取得を条件にしたのは,学校を公衆衛生 活動の一つとしてとらえ,その活動に従事する職員の教育水準の共通化により活動のレベルアップを 図ったものと思われる。
このような措置は,公衆衛生活動の視点からはプラスの評価が下されるであろうが,SNを教育職 員の一員として位置づけるという点からはプラスの評価は下しにくい。アメリカにおける同種のSN
(スクールナース)を想定しながら,その養成をそのまま日本に適用させたため,種々の支障を生じ させる結果になった。
そこで,次に,アメリカにおけるSNの特徴7)を日本と比較しながら考えてみる。
a,アメリカのSNは全て看護婦資格を有する者である。
b,SNの養成は,当時大学および他の養成機関(病院附属等)で行われ,必ずしも学士のSNは 多くなかったが,その方向性は持っていた。というのは,約10年後の1959年には,American Sch一 ool Association(ASHA)は, S Nの認定条件として,「学士」を条件に加えることを勧告し§)さ らにその7年後(1966年)には「修士」の勧告9)もみられるからである。(今日,すでに,修士のS NP(School Nurse Practitioner)が活躍している逡))つまり,看護婦養成が「大学以外の教育」と みなされてしまうことはなかった。わが国では,看護婦養成の主流は病院附属の看護学校であり,4
36 茨城大学教育学部教育研究所紀要18号(1986)
年制大学における養成はほんの一握りにしかすぎない。
また,アメリカの看護教育では,一般教養が重視されており}1)看護婦免許取得条件を課したとして も,他の教師職とも共通の教育内容があったものと思われる。
c,アメリカの公衆衛生活動は「1にも2にも衛生教育」と言われるように,保健教育が重視され た。公衆衛生従事者(SNも含めて)の職務の中に占める健康教育の位置は大きかった。従って看護 職と教育を結びつけることはそれほど困難ではなかったと思われる。
d,アメリカの学校では,教師以外に多様な職種の人が関わっていることが多い。SNはその特別 、
ネ専門職員のうちの一人である。
日本のように教師集団の中に異なる職種として設置されたSNの孤立感・被差別感はあまり感じな い体制であったと思われる。(ただし,アメリカでも,予算削減の対象はまずSNが狙われるという 状況はあるようだ。12))
新制大学発足の好機に,一般教師と同等の教育課程を組まなかった(組めなかった)わが国の養護 教諭養制制度は,後々までSNの社会的位置づけに影響を及ぼした。
(5)講和条約発効後のS28年(1953),教育職員免許法が改正され,大学および短大での養成が 開始され,看護婦免許を所有しないSNも巣立っていった。しかし,当初の4年制大学による教育は
SN養成を主とするものではなかった。
その後,より望ましいとされるSN養成機関の設置が順次加わり,多様な養成機関によるSN養成 が行われた。SNとして就職するまでの期間をみると,2年,3年および4年の3種類に分けられる。
前述の通り,アメリカにおいては修士や博士のSNPが登場し,それを国家認定にする州もみられ
13)驕B
また,1978年にはアルタ・アタ(Alma−Ata)宣言が全世界にアピールされ,プライマリ・ケア
(Primary Care。最も基本的な主要なケア,基本的保健医療)の意義が唱えられた。学校において 14)
rNは,そのプライマリ・ケアの一翼を担うべく期待もされている。
上記のような状況の中で,人間の,しかも成長課程にある学童の生命の健康に関わるSNの養成は 4年制でも十分とは言い難いとも言えよう。
それにもかかわらず,2年制のSNの養成機関は数の上では今日一番多く,新規SN採用者の約5
割に及ぶ。15
近年2年制養成機関の教育・養成の現状と問趙点が数多く報害6)17)されるようになったが (表2参 照)これとて教育条件の比較的整備された公立やSN養成を主とする機関の場合である。私立や副専・
併設機関では,SN養成という面では,なお一層の困難な状況が推測される。
また種々の専門職者の養成が4年以上の期間を要している今日,「2年制」が主流を占めているこ とが,SNの社会的地位を低くさせることにもなりかねない。
このような社会的評価は,SNの志望する学生の志気・意欲にも影響を与えると考えられる。
2年制を4年制養成に切り替えることが必要であり,SNが自信をもって職務を遂行することは,
国民の期待に応えることでもある(勿論,2年制出身者が,4年制出身者よりも劣ると言っているの ではなく,養成制度としてのあり方を述べていることをお断りしておく)。
そして,今日の養成教育内容に問題があろうとも,現職SNとして子どもに関わる者同志が,質的
18)
?縺E維持に責任をもつSN集団 表2 2年制養護教諭養成の現状と問題 であってほしいと願わされる。
特色 問題と思われる現状(現象)→養教養成への影響(今後の研究課題)
卒前教育に引き継ぐ卒後教育,
一般教育科目:特に少ない→
現轍育(研修)が権利およ礒閣 履習科目数 ■ ●齧蜍ウ育科目:4年制とほぼ同じ
務として浸透することを期待した が 2 が少ない
教職科目:?
い。 年 間
@ ぷ
系統的・段階的に履習できない→
フ用試樋視になりがち一楼霧藻濡顯纏薯一
(6)SNを全ての学校に配置す な 生活にゆとりがない=「社会勉強」ができない→
いべしとうたわれたのはS18年(1943)
サークル活動等において先輩・後輩関係が稀薄→
のことである。それにもかかわら なは専 い限修ず「当分の間置かないこともでき らと 他の科目も履習し 養教養成という観点からは集中しにくい。→ 二忙しくなる。なければならない (プラス面:養教としての視野が広がる)
る」という規定をよりどころに40 条教 専任教官が「養護教諭の職務」を教えるとは限らない=「実務必
@ 携」中心の授業→
余年たった今日でも,全校配置と 件育 が・ならず,81%(公立小・中学校) 不研
フ配置にしか過ぎない。SNとし 備究
学生数に比し教官数が少ない 教官の研究条件がよくない→ (研究する暇。予算・等)
@ 実験,実習の授業が少なくなる→
予算,設備面の制約が多い =図書費が少ない→
注 筆者が所属する日本学校保健学会共同研究「養護教諭の養成・教 らではない。 育のあり方」の中の小委員会で検討されたものである。
図2は,4年制SN養成課程
(最も望ましいとされるSN養成機関)卒業生のSN就職率を示す。
茨大の場合,初期においては,SNを志望すればほとんど全員が就職できたのであるが,茨城県に おける採用人員の年度毎の減少が響き,遂に今年度は,教員採用試験受験者の6ユ%しか合格せず,S Nとしての就職率は激減した。他大学の場合は,所在地道府県の採用人員の減少が茨城県より早期に 開始されたことや,他の養成機関と競合するため就職
100 茨大
率低下が茨大より早かった。なお,看護婦免許取得者
@ 鷲対象の某国立大学SN養成課程(特別別科,1年制。 率
学生数約50名)の場合,昨年度までは,その所在する嚢駒 本
/
県の採用が多く,ほぼ100%の就職率であったが,今琶 年度は採用予定者0という公表により,学生・教官共
0 54 5 56 7 8 59 0 1年
に 然自失の状態にあると聞く。つまり,全校配置が
なされていない状況での募集人員の減少は,財政上の 図2 大学別就職率(養教本採用)の年次推移 理由(教育予算縮小)によるものである。 (盛氏作図19)に加筆)
また,学校が大規模化するにつれ,SNの複数配置が必要であるにもかかわらず,この施行は停滞
あるいは退行している状況にある。これも財政上の理由による。 喝
SNを必要としている学校がまだ多数あり,そして, SNとして就職したいと願っている有能な学 生達も多く存在するにもかかわらず,このような学生達をシャットアウトしている今日の教育行政は,
SN養成上の危機でもある。このような事態が続けば,学生だけでなく教官も望ましいSNを創り上 げていこうとする養成側の意欲と努力が水泡に帰してしまうという危惧の念を持つからである。
38 茨城大学教育学部教育研究所紀要18号(1986)
お わ り に
養護教諭養成教育のあり方については,日本学校保健学会が要望課題を設定して3年間(1982〜
84)の研究活動を行い,そのまま共同研究として研究が継続されている(筆i者も研究委員の一員)。
来年度には最終報告がなされる予定である。その成果が,今後の養護教諭養成に早急に反映すること を期待したい。
注 1)小倉学『養護教諭の職務』ぎょうせい 1985 PP41〜49
2)数見隆生『教育としての学校保健』青木書店 1980 PP112〜114
3)大谷尚子,堀江宮子『養護教諭志望学生の養護教諭志向に関する研究』 「茨城大学教育学部紀要』第34号
1985 P225
4)大谷尚子,久保田京子「養護教諭養成機関における学内・学外実習に関する実態調査」未発表1980 5)杉浦守邦『養護教員の歴史』東山書房1974
6)橋本正己「日本における公衆衛生発展の特質と将来展望」 『公衆衛生』Vol 49, No1 1985 P6 7)大谷尚子「アメリカのスクールナースと日本の養護教諭」『健』Vol 6, Nα11 1978 PP64〜69 8)AS, H, A Reccomended Policies and Practices for School Nursing 1959
9)The American NurseもAssociation Functions and Qualifications for School Nurses 1966(文献紹介 本田尚子「スクールナースの機能と資質」 『学校保健研究』第120号 1970)
10)American School Health Association Guidelines for The School Nurse in the School Health Program 1974
11)鈴木文江「基礎教育の立場から一シンポジウム,看護職の生涯教育からみた看護基礎教育と卒後教育」
『第7回日本看護学会集録』
12)鈴木美智子「養護教諭はスペシャリストか」 『健康教室』第410集 1985 PP38 13)小倉学『養護教諭 その専門性と機能』東山書房
14)白戸三郎「学校看護と養護教諭」 『学校保健研究』Vol 22 Nα12 1980 PP552〜555 15)厚生統計協会『国民衛生の動向・厚生の指標』Vol 32 No 9 厚生統計協会 1985 P325 16)飯田澄美子ほか「シンポジウム,養護教諭養成の2年課程というもの」 『保健の科学』Vol l6, Nα1
1974 P35〜43
17)日本学校保健学会要望課題「養護教諭の養成教育のあり方をめぐって」第1・2年次に発表 1982,1983 18)小倉学『養護教諭の職務』ぎょうせい 1985 P32
19)盛昭子「4年制課程における教育計画と運営一学会要望課題(養護教諭養成教育のあり方をめぐって)」
(学会発表時配布資料)第29回日本学校保健学会 1982