ナローバンク論と郵便貯金制度
その他のタイトル Narrow Bank Doctrine and the Postal Savings System
著者 岩佐 代市
雑誌名 關西大學商學論集
巻 42
号 6
ページ 1155‑1193
発行年 1998‑02‑25
URL http://hdl.handle.net/10112/00019185
関西大学商学論集 第42巻第6号 (1998年2月) (1155) 75
ナローバンク論と郵便貯金制度*
岩 佐 代 市
第
1
節 は じ め に「
H
本版金融ピッグバン」の青写真は整った1)。今その実現に向けて準備 作業が進められている。現下の金融制度改革は,金融システムを取り巻く 環境変化,特に国際間の金融サーピス競争の高まりと金融技術革新の進展を受けて,金融の諸制度が陳腐化してきたとの認識を背景に,世界各国で ほぼ同時進行的になされつつある。いち早くピッグバンを終えたイギリス
【喜寿をお迎えの米住哲二先生には.ますますのご健勝を祈念致します。ご在職中のご 指導に深く感謝申し上げます。】
*本稿は,金融学会報告 (1997年11月1日,於北海道大学)を甚とし,これを加筆修正 したものである。報告時にコメンテイターの高木仁氏(明治大学)からは貴重なコメン トを賜った。また,馬淵紀壽氏(慶応義塾大学).蟻山昌ー氏(大阪大学),および城石 和秀氏(九州大学)からは得難いご意見の数々を賜った。記して,諸氏に感謝申し上げ る。項いたご意見等に十分沿わない箇所については,今後の課題としたい。また.言う までもなく.本稿のあり得ぺき過ちはすぺて筆者に帰するものである。なお,本研究の 成果については,平成
8
年度関西大学国内研修員の機会が大きく寄与している。1)これは.経済審議会の行動計画委員会下にある金馳ワーキンググループ(座長は 池尾和人氏)の報告書「わが国金融システムの活性化のために」の公表 (1996年10 月)を受けて,橋本首相が同年11月に「2001年東京市場の再生に向け」て金融シス テム改革の原則
( F r e e ,F a i r , G l o b a l )
と方向性を提唱したもので.具体的な改革の プランは金融制度調査会等の各審議会報告書 (1997年6月)に示されている。76 (1156) 第
4 2
巻 第6
号でも叫イングランド銀行が長らく保持してきた金融機関監督権限を今後 手放し,他方で複数ある業務単位毎の既存の自主規制機関
( S e l f ‑ r e g u l a t o ‑ ry Agents)
を統合しよりシンプルな規制監督体系に移行しようとしている。合衆国ではかねてからの懸案事項であるグラス・スティーガル法によ る銀行証券分離や金融と商業の分離に関わる規制の見直しが法案審議の形 で実行に移されつつある見いずれの国においても,金融機関の業務範囲を 見直し,その競争力を高める一方で, リスクの増大に対応するための有効 な規制と監督の枠組みを構築することが制度変革の趣旨と考えられる。す なわち,基本的な方向性は,銀行の業務範囲を拡大することによってその 効率性を高め,他方でリスク増大に対応して金融システムの不安定化を防 止する方法を改善することとして要約できよう。
本稿は,効率性の向上とも矛盾しない安定化装置の考案を目論んだ「ナ ローバンク論」を取り上げ,これを批判的に検討するとともに,わが国で その論の趣旨を実現するための現実的な方途を探ることをねらいとしてい る。結論を先取りすれば,現在の国営郵便貯金制度をナローバンクとして 活用し,他方で民間金融機関に対してはより自由度の高い業務展開を認め,
その代わりこれら金融機関に対する預金保険カバリッジを現行よりも大巾 に狭める方向での改革案が望ましかろうことを主張したい。究極的には預 金保険制度を廃止し, リーテイル預金の保護は国営郵便貯金制度による金
2)イギリスのピックパンは証券市場の改革を中心とするが,わが国のそれは銀行・
証券・保険,および証券市場の改革, さらにこれに関わって必要な税制・会計・司 法制度の改革なども含むいっそう大がかりなものであると考えられる。このような 広範囲の領域の制度改正を一挙に実行せざるを得ないのは,基本的にはこれまでの 時代の推移や環境の変化にも関わらず制度の大枠を変えないまま頑なに維持してき たことによるが,それは「制度の補完性」という一般的要囚の他,利害関係者の保 守性ならぴにこれら関係者の力学の微妙なバランスの存在にも一因があろう。
3)銀 行 持 株 会 社 の 傘 下 に 被 保 険 預 金 銀 行 の 他 , 非 保 険 ホ ー ル セ ー ル 金 融 機 関
( W h o l e s a l e F i n a n c i a l I n s t i t u t i o n s )
(リーテイル預金の取り扱いは不可)や非金 融業務会社等も設置することのできる改革法案を現在審議中である。ナローバンク論と郵便貯金制度(岩佐) (1157) 77 融資産サービスに委ねる方向性を提案したい。ちなみに,本稿後段で見る
ように,合衆国で
1 0 0
年前に郵便貯金制度(PSS=P o s t a l S a v i n g s S y s t e m )
を創設する動きが生じた背景としては,特に少額貯蓄者の資金に対して金 融パニックの嵐の頻発からの安全な避難所( h a v e n
ないしr e f u g e )
を用意 するというねらいがあった。1 9 8 0
年代の貯蓄貸付組合や商業銀行の多数の 倒産を受けて,6 0
年代半ばに廃止されたこの郵便貯金制度を復活せよとの 論議も見られるが,これは他山の石として貴重な歴史的経験であると言えるのではあるまいか4)0
第
2 節 セ イ フ テ ィ ・ ネ ッ ト と ナ ロ ー バ ン ク 論
2 . 1 セイフティ・ネット
すでに示唆したとおり,金融自由化・国際化・情報化の進展が「金融ビ ッグパン」の名のもと,金融制度の大きな変革への決断を余儀なくさせ た5)。そのことによって何よりも期待されているのは,金融システムの機能 効率性が格段に向上することである。しかし,この方向での改革は,他方
4)ナローバンク論を論じた著作物を見る限り,わが国ではこの論に対して否定的な 見解を持つ論者が多いように思われる。ナローバンク論に関する文献等については 岩佐 [1997]参照。しかし,それはナローパンク論の持つあまりに窮屈な制度デザ インに対する拒絶反応と思われるが,この点において本稿の基本的立場も実は同様 である。ただ,ナローバンク論の基本的な趣旨,すなわち安全な決済システムの構 築,さらには安全な貯蓄手段の提供などについては十分同意できる。ナローバンク 論に対するこのアンピバレンツな姿勢からの脱却は,本稿で主張するように,民間 金融機関(の一部の機能)をナローパンク化するのではなく,民間金融機関に対し てはむしろ広範囲の業務を容認し,その代わりこれら機関との取引に対しては規制 と保護を基本的には無くし,他方ですでに存在する国営郵貯をこそナローバンクと して活用するというプランを考えることによって可能なのではないかと考えられ る。
5)その意味では,ピックバンは必然的なものであったと考えられるが,これを実行 しなければ機関や市場が国際間競争に敗退する可能性は高いとの認識から打ち出さ れたものと考えることもまた至当である。
7 8 ( 1 1 5 8 )
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巻 第6
号,で金融システムのシステミック・リスク(不安定性)を高める可能性をも 同時に内包しているように考えられる。少なくとも現行の規制監督体系の もとではそのように言えよう。金融システムが機能効率的であることは望 ましいが,経済のインフラであるという性格を考慮すれば(一国経済が金 融産業に特化し,金融システムが「貸し座敷」として利用されるにしても),
システム安定性が損なわれることは回避しなければならない。とりわけ,
決済機能をつかさどる銀行システム(将来的には既存の銀行のみが決済機 能の担い手であるとは規定し難いので,「決済システム」と言い換えるのが 適切となるかもしれない)は,経済の碁幹的インフラであって,その安定 性およぴ安全性確保は至上命題といわざるを得ない。
そのようなシステム安定性を確保する装置としては,すでに中央銀行の
「最後の貸し手
( l e n d e ro f l a s t r e s o r t )
」,預金保険制度( d e p o s i ti n s u r a n c e s c h e m e )
,そして自己資本比率規制( c a p i t a lr e q u i r e m e n t )
がある。また,合衆国と同様に,わが国でも98年度より,自己資本比率を指標にした「早 期是正措置
( p r o m p tc o r r e c t i v e a c t i o n )
」が導入される運びである。この 措置が実際に適時かつ厳格に執行されるならば,債務超過になる前に特定 の機関を市場から撤退させることになるので,倒産が波及する結果として( c o n t a g i o n e f f e c t )
システミック・リスクが顕在化するということは,論 理的にはあり得ないはずである。しかし,この措置が期待通りに機能する ためには,金融機関行動を常時継続的にモニターし,機関の正味資産を現 在価値で適切に評価し,銀行行動の早期是正を強制的に執行できることが 必要で叫同時にこのような当局の動きは預金者にディスクローズされる か,あるいはそうでなくても監督当局に対する信認が確保されている必要 があろう。資産の評価方法と自己資本の定義が恣意的に決められることな く,経年的に安定したものであることも必要である。このような諸条件を 実際に完全に満たすことは必ずしも容易ではない。したがって,これを補6)そのためには,
f o r b e a r a n c e
(処置の先送り)が生じないよう,執行官に対するイ ンセンティブ・スキームが適切に仕組まれていなければならない。ナローバンク論と郵便貯金制度(岩佐) (1159) 79 完する意味でやはり「預金保険制度」に期待されるところは少なくないと
いうことになる匹
中央銀行の「最後の貸し手」は,一時的な流動性危機
( l i q u i d i t yproblem)
に対処するのを原則とした仕組みで,これによって取付の影響を緩和し,その後の波及の可能性を抑制するものと期待できる。しかし,実際の運用 は原則どおりには必ずしも為しがたい。一つは流動
l
生危機と支払い不能問 題( s o l v e n c yprolem)
とを厳密には区別しにくいこと(情報の非対称性問 題),二つには政府からの要請が両者の区別を曖昧にしがちであること(中 央銀行の独立性欠如の問題)による。このように「最後の貸し手」機能に ついて運用の適正化を確保することは容易ではないが,少なくとも流動性 危機を緩和する効果は大きいと評価できる。「預金保険制度」には[易表的なものから陰伏的なものまで多様な形態が あり,国によってその実態は異なっている8)。ただし,預金保険制度の背後
7 )
特定機関の倒産は,支払い不能状態=債務超過状態( i n s o l v e n c y )
の長期化によっ て発生するが,そうした状態に関する情報が・~真偽は別として一ー預金者に知られ るところとなり,取付(run)が発生することによってもたらさる。一部特定機関の 倒産が銀行全般への信認を欠くようになれば,取付は他の金融機関にも波及し,銀 行パニック( b a n kp a n i c )
となる。これは決済機能のみならず金融仲介機能をも機 能不全に陥れる。預金保険制度は事後的な預金債務損失を補償するスキームである と同時に,預金の安全を保証することによって取付自体を防止するという事前的効 果をも持つ。同様の効果は自己資本比率規制にもある。事後的に損失を吸収するパ ッファーであると同時に,バッファーたり得ることで預金者の資産の保全は確保さ れるとの期待が成立し,取付を回避することができるという事前的効果を持つので ある。早期辿正措置は債務者に対する損失を顕在化させず,事後的補償問題を生じ させないばかりか,そのことが預金者の銀行に対する信認を厚くし,事前的な取付 衝動をも抑制すると言える。8)陽表的な制度の代表例はアメリカ合衆国の預金保険公社であり,陰伏的な制度と しては,これまでのわが国の「護送船団行政」下における大蔵省の「銀行を潰さな い政策」そのものがある。
8 0 ( 1 1 6 0 )
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号には究極的に政府保証が控えているのが一般であり叫そのコストは(少な くとも,部分的には)国民全体が最終的に負担する形で設計されていると 言っても過言ではない。もちろん,すでに合衆国で採用されるに至ったリ スク感応的な保険料率制度を導入することによって銀行のモラルハザード を抑止し,保険機関のリスク負担を軽減することも可能であるが,すべて の銀行に対して公正な
( f a i r )料率を設定して,これを常時維持することは
不可能なことである。また,長期的には預金保険制度の存在が多少とも預 金者に期待されるべき銀行モニタリング意欲を殺ぐことは明らかであり,これがモラルハザードの温床となって金融システムの不安定化体質を強め ることは否定できまい。
このように,既存の金融システム安定化装置=セイフティ・ネットは必 ずしも満足のいくものではない。そこで,これらの装霞に強く依存してき た合衆国では特に,こうした仕組みの欠陥を補う意味からも,
8 0
年代後期 から9 0
年代初期にかけて,これとは代替的なあるいは補完的な銀行制度改 革案が強く主張されてきたのである。代表的なものとして「ナローバンク 論(NarrowBank Doctrine) 」
10)をあげることができる。これは,セイフ ティ・ネットそのものを改善するのではなく,セイフティ・ネットによっ て救済されるはずの銀行制度や金融システムのあり方自体を改革しようと するものである。すなわち,ナローバンク論とは,一定の条件を満たした9)これは,表向きは民間保険システムであっても,銀行パニックが発生した場合の 碁金の十分性に対する信認が得難いこと,メンバー銀行間の相互監視システムが機 能しにくく,民間を超越した機関による運営なり,再保険が不可避であることによ ろう。もちろん,銀行パニックが巨大になれば,保険基金は枯渇する可能性があろ うし,事後的には公的資金による補填以外に金融システムの安定性を確保する途は あるまい。合衆国では
8 0
年代貯蓄貸付組合の倒産が相次いだ結果として,その保険 機関FSLIC( F e d e r a l S a v i n g s a n d Loan I n s u r a n c e C o r p o r a t i o n )
が解散し,巨 額の公的資金が注ぎ込まれたことは記憶に新しい。10)日本では,「狭義銀行」とか「業務限定銀行」とか訳されているが,訳語は必ずし も適切と思われないので,以下では「ナローバンク」とそのまま称する。
ナローパンク論と郵便貯金制度(岩佐) (1161) 81 銀行「機能」に対してのみー一「機能」であって,「機関」ないし「業態」で はない一ィ呆険のカバーをつけるもので,このことで預金保険の負担コスト や随伴する社会的コストを削減しようとするものである11)。
2 . 2
ナローバンク論ナローバンク論とは,具体的には.支払い決済機能を有する要求払い預 金の取扱金融機関に対して,その資金運用を比較的安全で流動性の高い資 産等の狭い範囲に限定し.預金保険の対象をこのようなナローパンクに限 定しようとする考え方に他ならない。ここで言う要求払い預金
( t r a n s a c ‑ t i o n s e r v i c e
ないしpayments e r v i c e
の機能を持つ要求払いの預金)も.定義次第では内容の異なったものとなり得るが.通常は元本価値保証
( p r i n c i p a l o f f i x e d v a l u e )
と確定利息( c o n t r a c t e di n t e r e s t income)
と いう性格を備えた,随時引き出しが可能な預金のことである。なお.この ナローバンク論は.他方で同時に.決済性預金を取り扱わない金融機関に は自由な資産運用や金融諸業務を容認し.その代わりこれら機関の債務は 預金保険の対象から外すという考え方と一体になっていることに留意しなければならない。
以上のような趣旨を持つナローバンク論に対しては.即座に次のような 疑問も浮かぶ。まず,①ナローバンクに容認される適格な安全資産とは何 か.その資産は十分に存在するか,②ナローバンクの収益性は確保できる か. したがってナローバンクを選択する民間資本は存在するか,③現行の 銀行に期待されてきた信用創造機能(貸付を自らの間接債務の発行によっ
11)金融システムの機能効率性向上という視点,ならびに金融技術の今日的な水準を 考慮すれば,将来に向けた制度設計のありようは,「業態」概念
( t y p e so f i n s t i t u ‑ t i o n s )
によるよりもむしろ「業務」( s e r v i c e s )
ないし「機能」( f u n c t i o n s )
概念に 沿って考えるのがより適切であろう。この点,Greenbaum=Thakor[ 1 9 9 5 ]
参照。P h i l l i p s [ 1 9 9 5 ]
は,ライタン (R.L i t a t n )
のナローパンク論を源流とするこのよう な考え方をf u n c t i o n a la p p r o a c h
と呼んでいる。8 2 ( 1 1 6 2 )
第4 2
巻 第6
号て弾力的に実行する機能)を発揮できるか,④ナローバンクの経営環境と しては競争的な市場環境を想定するのか,それとも規制(資産運用規制以 外には,特に参入規制など)に服した準公営的な機関とするのか12),⑤自由 な参入を前提とした市場競争環境を前提した場合に,倒産波及効果
( c o n t a ‑ g i o n e f f e c t )
は回避できるか,またその場合預金保険制度以外の政府の支 持的介入が無くても民間機関としての安定的経営は維持できるか,などである。
ナローバンク論に対して批判的な論評を加えるとすれば,①ナローバン クの場合預金と貸付の業務が分離され,これら両業務が統合的になされる ことによる「範囲の経済性
( s c o p eeconomy)
」が損なわれる,②弾力的な 信用創造を通じた内生的貨幣供給のメカニズムが失われる,③限定された 範囲の資産運用では採算が取れにくい,④ナローバンクを競争的市場環境 の中で経営するというイメージは自己矛盾する,などを指摘することがで きよう。預金と貸出の間の「範囲の経済性
( S c o p eEconomy)
」については,そ れは期待されているほど大きなものではなく, したがって両業務を分離し た場合に発生するコストは,得られるであろう安全性という便益によって 十分カバーし得るとの実証分析(Pulley=Humphrey[ 1 9 9 3 ]
)もあるが,これはサプライ・サイド(資金供給サイド)の条件を示唆しているもので あって,ディマーンド・サイド(資金需要者)のニーズに叶うことをそれ は必ずしも意味していない。すなわち,弾力的な資金借入の便宜が失われ
1 2 )
政策構想フォーラム[ 1 9 9 6 ]
は「純粋銀行」という名称でナローバンク論を展開 しているが,ナローバンクについても自由な参入と競争的な市場環境が想定されて いると思われる。しかし,資産運用規制と預金保険制度による保護の存在を考慮す るだけでも,それらがこれまでの銀行と同様の非競争的環境に置かれることははっ きりしているし,またナローパンクに対して極小の倒産確率を期待している点にも 参入規制の影が見え,構想の中身には矛盾点も1司える。政策構想フォーラムの構想 に対する批判的コメントとしては,岩佐[ 1 9 9 7 .l ] ( 9 1
頁,脚注1 2 )
参照。ナローパンク論と郵便貯金制度(岩佐)
( 1 1 6 3 ) 8 3
る可能性があり得るということである。Wallace [ 1 9 9 6 ]
は「ナローバンク 論は,自動車事故を防止するために最高速度をゼロkm
/時に抑えたハイウ エイである」と指摘し,ナローバンク論が期待される機能の効率性と安全 性のバランスを欠いた仕組みであることを示唆しようとしている。ナロー バンク論に対して批判的な見解は13),総じて,あまりに安全な決済システム を得るためにあまりに窮屈過ぎる制度を導入しようとしているのではない かとの見方で一致していると思われる14)。ただし,このような批判的解釈の 余地はナローバンク論が許容する運用資産の範囲いかんにも依存してお り,どのような「ナローバンク論」を購えるかで異なった見解に落ち着く 可能性もある' 5)。また,運用資産の範囲が異なるのに対応して,「ナローバンク論」の名称も自ずと異なってきており,、「ナローバンク」の性格にも微 妙な差違が見られるようになってきていると思われる。本稿では,代表的 なものを取り上げて整理しておきたい。
①「
1 0 0
%準備銀行」または「1 0 0
%マネー」これは,要求払い預金見合いの資産を全額法定通貨で準備所有するとい うもの。
1 9 3 0
年代のシカゴ学派を中心に論じられたが,それは預金保険制 度の存在しない中で安全な決済手段の提供と決済システムの安定を図る意 図からであった。同様の議論は6 0
年代に再説される16)。それは,預金保険制 度が銀行に対して多くの規制を持ち込んだというマイナス面はあるが,決 済機構の安定性を保証してきたものとして評価できるとする一方で,部分1 3 )
これらについては,岩佐[ 1 9 9 7 .l ]
(特に,第4
節)を参照。14)
F : l
本ではナローバンク論に対して批判的な兄解が少なくない。しかし,政策構想 フォーラム[ 1 9 9 6 ]
の提言をはじめ,賛意を示す見解も最近は少なくない。これは,ナローバンク論の制度デザインの詳細には問題があっても,安全な決済システムを 構築する仕組みを作るというその趣旨には賛同できると同時に,そうした方向への 時代的要請が高まりつつあることによるかもしれない。
1 5 )
ナローパンク論のいくつものバリエーションの詳細については,岩佐[ 1 9 9 7 .l ]
(特に,第 3節)を参照されたい。
1 6 )
代表はFriedman[ 1 9 6 0 ] 。
84 (1164) 第
4 2
巻 第6
号準備銀行制度のもとでは貨幣集計量が不安定な変動をしがちであるとの認 識に立って「
1 0 0
%マネー論」を再説・展開したものである。併せて,それ は預金準備(中央銀行預ケ金)に対する利息の支払いを提案している。こ れは決済サーピスに対する対価収入と相まって,「100%準備銀行」の収益 性を確実なものとするためであり,そのことを通じてこのプランが銀行の 規制回避的な革新的行動によってなし崩しにされ,実体の伴わないものに なる危険を最小化しようとしている。②「預金化通貨
( D e p o s i t e dC u r r e n c y )
」案( T o b i n[ 1 9 8 5 ] )
これは市場性のある財務省証券か連銀預け金で100%の準備がなされた 預金を指すが,①とほとんど類似のプランである。具体化の一つの方法は,
国民が連銀に預金勘定を所有し,連銀の支店または郵便局店舗からこれに アクセスするというものである17)。今一つは,連銀行預け金を保有できる銀 行が
D e p o s i t e dC u r r e n c y Account
を提供するものである。それは中央銀 行債務によって1 0 0
%裏付けられ預金勘定であり,これを国民が所有するこ とによって,中央銀行預金勘定をいわば間接的に所有することになるとい うものである。とまれ,このプランによって,少額貯蓄者や金融取引に不 慣れな経済主体に対し安全な決済性の資産を提供しようとしている。③「NarrowBank
論」( L i t a n[ 1 9 8 7 ] )
これはナローバンク論の名を刻印した本来の構想である。ここでは,要 求払い預金見合いの資産の運用は,政府短期証券等に限定されている18)0
17)この考えは,現在発展しつつある「電子マネー」の一つの姿を先取りしたものと して評価することもできる。というのは,国民が中央銀行に預金勘定を所有し,こ の勘定間で電子的な振替決済を行えば,銀行券の受け渡しといった伝統的な決済の 方法を代替することができるからである。
18)同様のプランは,わが国では政策構想フォーラム [1996]の「純粋銀行構想」と なって提案されている。これ以外の金融機関は「資産運用・資金供給機関」となり,
自由な資産運用管理サービスが許されるが,政府による保護的措置(セイフティ・
ネット)はまったく受けられないとされている。
ナローバンク論と郵便貯金制度(府佐) ( 1 1 6 5 ) 8 5
④「MonetaryS e r v i c e Company
構想」( P i e r c e [ 1 9 9 1 ] )
資産の運用範囲は,政府短期証券の他に,優良而業手形, C P 等 も 可 能 とされている。これに対置される機関は F i n a n c i a lS e r v i c e Company で , 自由な資産運用投資が許される。
⑤「CoreBank
論」(Bryan [ 1 9 9 1 ] )
これは伝統的な預金貸付業務 ( c o r eb a n k i n g ) を中心に安定性に配慮し た 銀 行 経 営 を 行 う も の を 指 す 。 こ の 案 で は ラ イ タ ン 流 の ナ ロ ー バ ン ク 論 の 資 産 範 囲 に 加 え て , 個 人 や 中 小 企 業 を 顧 客 と し た 預 金 貸 付 が 中 心 を 占 め る ものとして描かれている。したがって,上記①〜④等のナローバンク論と は少し赴きを異にする
19)20¥以 上 が 主 要 な も の と 考 え れ る が , ① か ら ③ ま で い ず れ に お い て も , 基 本 的 に は 信 用 創 造 に よ る 弾 力 的 な 内 生 的 貨 幣 供 給 の 途 が 閉 ざ さ れ て い る 。 こ れに対して,④は伝統的な銀行の基本業務に専念(場合によっては,回帰)
す る こ と こ そ が , 趣 旨 か ら 言 っ て ナ ロ ー バ ン ク で あ る ( す な わ ち , 銀 行 の 健 全 経 営 に つ な が る ) と の 主 張 で あ り , む し ろ 積 極 的 に オ ン バ ラ ン ス の 預 金 貸 付 取 引 を 容 認 す る 考 え に な っ て い る と 言 え よ う 。 換 言 す れ ば , こ の よ
う な コ ア ・ バ ン ク 以 外 の 諸 業 務 に 従 事 す る 銀 行 等 は , 預 金 保 険 等 の セ イ フ ティ・ネットの対象から外すというものである。
コ ア ・ バ ン ク 論 は 伝 統 的 銀 行 業 務 を 重 視 す る と 言 う 意 味 で の ナ ロ ー バ ン ク 論 で あ る が , 伝 統 的 銀 行 業 務 に お い て も , 原 則 の な い 自 由 な 資 産 管 理 や
1 9 ) この論はわが国の地域金融機関のあるぺき姿を示したものとして解釈することも できる。この解釈については,福光 [ 1 9 9 4 ] 参照。
2 0 ) 以上の他に, H a e m m e r l i [ 1 9 8 5 ] の「消費者銀行 ( c o n s u m e rb a n k ) 」案は,い わばリーテイル専門の銀行を設置し,その預金債務に対して完全な預金保証をつけ るというもの, S e i d m a n [ 1 9 9 1 ]
やFDIC[l992] の「二つの窓口銀行 (Two‑Window B a n k i n g ) 」案は被保険預金と非保険預金とを同一銀行の内部で分別管理する案で,
預金者自らが選択するが,被保険預金の資産運用は伝統的な銀行業務に限定され,
非保険預金の運用については規制を外し自由とする,などの議論もある。これらの
諸案については, P h i l l i p s[ 1 9 9 5 ] を参照。
86 (1166) 第
4 2
巻 第6
号負債管理が許容されてきたわけではない。預金保険制度の適用を受けるか 否かとは別に,健全な銀行経営を実現する観点からの資産・負債管理鉄則 はこれまでも重視されてきた。その代表的な考えが「商業銀行主義」
( C o m ‑ m e r c i a l Banking P r i n c i p l e ,
またはR e a lB i l l s D o c t r i n e )
である。この考え方をナローバンク論の一つと解釈する見方は必ずしも一般的ではあるま いが,明らかにナローバンク論の一種と考えることが許されよう。他方,
事実上ナローバンク論であると理解されてしばしば言及される考え方に
「投資信託銀行
( M u t u a lFund B a n k i n g )
」(代表的な論者としてG o o d h a r t [ 1 9 8 9 ]
やCowen=Kroszner[ 1 9 9 0 ]
)がある。以下,本節の後段では「商 業銀行主義」ならぴに「投資信託銀行」について若干の考察を加えておきた し ヽ 。
まず,商業銀行主義について。これは,要求払い預金等の短期資金に依 存する(商業)銀行は,短期流動的な商業手形の割引を中心に運用すべき であるとする伝統的な考え方である。これは,銀行の流動性を確保する意 味から,満期対応の原則に配慮すべきであるとしたものであるが,実際の 商業取引にともなって発行された手形は商品の売買を裏付けとするもので あるから安全性も高いと考えられたことによる。したがって,商業銀行主 義もまた趣旨からすれば,ナローバンク論の一つとみなすことができよう。
1 0 0
%準備銀行やライタン流のナローパンク論と比較すれば,それは信用創 造の機能を否定しておらず,他方において無原則の資金運用を排し,銀行 が流動性問題や支払い不能の危険に陥る可能性を極力低めるための重要な 鉄則を提示してきた。この考え方が,わが国の「長短金融分離主義」の背 後にある基本的な考え方であったのは周知のことであるが,今日すでにこ の「機関別」ないし「業態別」の長短金融分離主義は事実上消滅している21)。21)金融制度調査会報告書「新しい金紬制度について」 (1989年5月)は,すでに長短 分離の規制は不要であるとし.外国でもすでに機関別の業態規制はないと指摘して
いる。
ナローパンク論と郵便貯金制度(岩佐) (1167) 87 しかし,「機能的」な意味でもこの鉄則が意味を為さないのかと言えば,答 えはノーであろう。機関別ないし業態別分離が消滅しても,否,消滅した が故に,それは機関内においての機能的な分別管理を要請する原則として 今日でもますます重要であると考えるべきではなかろうか。すなわち,同 ー機関が長短の金融に従事するとしても,その資金源に応じて,両者を分 別管理することが健全な銀行経営,ひいては安定的な決済機能の確保に繋 がることは確実であると考えられるからである22)。長期資金と短期資金と が分別管理されることにより満期対応の原則が維持されるならば,銀行の 流動性リスクは最小化でき,この面から銀行経営の健全性ないし安定性は 維持することが可能となる。今更ながらにナローバンク論と名称を改めず とも,それは当然採用されるべき満期対応原則と理解されるべき性格のも のであろう。信用創造の機能を排除していない
CoreBanking
においても,商業銀行主義の重要性は同様に当てはまる。かくして,商業銀行主義は,
信用創造が可能なコア・バンク論等のナローバンク論においてのみならず,
自由な資産運用管理業務を展開することの可能なその他金融機関の両方に も適用されるべき基本原則であると理解されるべきであろう(金融デリバ テイプ取引の手法が銀行の流動性リスク解消策として活用し得るとは言 え,デリバテイプ取引はシステム全体のリスクを削減する訳ではなく, リ スクの主体間配分に寄与するにとどまることに留意すべきであろう)。
次に,「投資信託銀行(以下では,
MFB = Mutual Fund Banking
と略称)」について考察しておこう。これは,(短期金融市場資産)投資信託
(Money Market Mutual F u n d ,
以下ではMMF
と略称)に,決済機能を付与した 金融資産を提供する機関であり,(短期金融市場資産)投資信託とは短期短 期流動的な有価証券を中心とする混合ポートフォリオ( m i x e dp o r t f o l i o )
2 2 )
商業銀行主義が銀行の健全経営という観点において必ずしも完璧な考え方でない ことはこれまでも論じられてきており,本稿はその点を了解した上でなおかつ,機 能的アプローチにおいても依然としてその原則の基本的重要性が小さくないと考え ているのである。8 8 ( 1 1 6 8 )
第4 2
巻 第6
号に資金を一括運用することによって,個々の持ち分に対しては比較的小さ なリスクと比較的高めの利回りをもたらす金融商品である。小切手振り出 し機能付きの
MMF
やCMA(CashManagement A c c o u n t ,
これはMMF
を核に,決済サーピス,借入便宜等を付与した勘定であり,わが国の「証 券総合口座」はこれに近い)が,ここ1 0
年間に合衆国で急速に発展し,そ の残高は要求払い預金残高を大きく凌いでいる(図1 '
図2 '
図3
を参照)。ただし,現在の
MMF
が決済手段としてのどの程度利用されているかをデ ータで確認すれば,要求払い預金等に比して全くマイナーな存在でしかな いことが理解される(この点は表l
を参照)。すなわちMMF
で引き落とさ れた支払い頷はわずかであり,その額の残高に対する比率(ターンオーバ ー)も小さい。これは,MMF
の残高は増加しているが,それはあくまでも 資産運用の形態として保有されており,決済手段として小切手振り出しの 頻 度 や 金 額 に は 制 約 が あ る こ と , 最 終 的 な 機 関 間 の 決 済 に つ い て はF e d w i r e
の便宜が与えられていないこと(これらのことは相互に関連しあ っている)などが背景となっている。したがって,仮にF e d w i r e
の便宜が図 1 合衆国ミューチュアル・ファンドの資産規模 ( 1 0 億ドル)
1 6 0 0
1 2 0 0
8 0 0
4 0 0
一短期金融市場資産ファンド(MMF)
_―‑その他のミューチュアル・ファンド
0 '40'50'60'70'72'7 ~ —
l—` 4'76'78'80'82'84'86'88'90'92
注: Greenbaum~Thakor [1995], p.768, Fig.17.4を引用。
ナローバンク論と郵便貯金制度(岩佐)
( 1 1 6 9 ) 8 9 図 2 合衆国大手金融諸機関の預金・資産残高
( 1 9 9 2 年末, 1 0 億ドル)
2 4 1 3 . 9
1 6 2 4 . 5 1 5 9 9 . 9
2 4 5 . 1
雪
l
1暉;;;忍商業銀行生命保険会社ミューチュアル•7ァンド貯蓄貸付縫合 信用線合 相互貯蓄銀行
(預金) (資産) (資産) (預金) (預金) (預金) 注:Greenbaum=Thakor
[ 1 9 9 5 ] , p . 7 6 7 , F i g . 1 7 . 3
を引用。図 3 ー (1 ) 金融機関債務残高の推移 ( 1 0 億ドル)
2 0 0 0
9ー現金通貨 つ—貯蓄預金(含MMDA)
→—要求払預金 →—定期預金
1 5 0 0 '
→—他決済性預金→— MMF1 0 0 0
5 0 0
゜ 1 9 8 1 1 9 8 2 1 9 8 3 1 9 8 4 1 9 8 5 1 9 8 6 1 9 8 7 1 9 8 8 1 9 8 9 1 9 9 0 1 9 9 1 1 9 9 2 1 9 9 3 1 9 9 4 1 9 9 5
沢料:FederalReserve Bulletin.
90 (1170) 第 42 巻 第
6
号図
3一
(2)金融機関債務残高(マネーサプライ)の推移
(10億ドル)
500
400
300
200
1 0 0
→—現金通貨 →4他決済性預金→—要求払預金→— MMF
0
1, I I I I I I I I I I I I I1981 1982 1983 1984 1985 1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 沢料:FederalReserve Bulletin.
表
1 銀行預金 •MMF 持ち分での決済額 (10億ドル)及ぴ対残高比率 1993 1992 1991 1990 1989 1988 決済籠妥求払fi金 331,040.2 315,806.6 277,758 277,157.5 256,133 219,709 Now勘定 3,572.8 3,788.1 3,645.5 3,349 2,910 2,477 貯畜預金 3,562.7 3,331.3 3,266.1 3,483.3 457 • 536
(含MMDA')
MMF NIA NIA 1.500 1,320 1,055 899 対残沿j比半
要求払預金 811.4 832.4 803.5 797.8 735.4 622.8
!¥'ow勘定 12.5 14.4 16.2 16.5 15.2 13.2 貯苓預金 4.8 4. 7 5.3 6.2 2.9 2.9
(含MMDAり
MMF N/A NIA 3.3 3.0 2.9 3.3
•MMDA が含まれるのは 1989 年以降。
注:残,i:iに対する決済顧のターン・オーバー比率は會月次データの年率換宮値の平均を採ったもの。
注:Greenbaum=Thakor[1995], p.770, Table.17.3を引用。
開かれるならば,決済手段としての利用度は高まる可能性があるものと推 測されるが,これが大いに普及して
MMF
がn o n ‑ p a rmoney
(交換比率が 1対
1に安定しない貨幣)として広く利用されることになるかどうかは未ナローバンク論と郵便貯金制度(岩佐)
( 1 1 7 1 ) 9 1
知数と言わざるを得ない23)。他方,わが国でもすでに「証券総合日座」に中 期国債ファンドやMMF
を組み込む形でこのようなMFB
は存在すると も言えよう。しかし,これらのMMF
は実績配当主義であり,元本価値も 不確定な金融商品である。さらに,実績配当主義を採用することの必然的 結果として,情報の不完全な貸付債権(claimswith private information)
に投資することは論理的に不可能である24)。したがって,この点ではナロー バンク論一般が持つ信用創造能力の欠如という難点がやはり伴っている。また, もともと元本価値の固定された預金債務であるからこそ,その価値 の安定ないしは安定性に関する信認を確保するために,預金保険制度が必 要と考えられ今
n
において存在している。ナローバンク論は預金保険制度 の対象を資産運用の狭く限定された機関に限ることによってその負担コス トや社会的コストを最少化しようとするアプローチである。片や,投資信 託銀行論はMMF
がそもそも安全なものであるとの前提に立って,MFB
を実現すればこれに対しては預金保険制度は全く不要になるとl:.張する(たとえば,
Cowen=Kroszner [ 1 9 9 0 ]
)。たしかに,要求払い預金は「早2 3 )
ちなみに,Non‑parbanking
についてはJ e s s u p[ 1 9 6 7 ]
を参照。それにしても,いわゆる「
H I h
銀行時代( F r e eBanking E r a )
」(第二合衆国銀行の期限が延長され ず精算された1 8 3 8
年以降,国法銀行の制度が導人された1 8 6 3
年までの期間),「国法 銀行時代( N a t i o n a lBanking E r a )
」(1 8 6 3
年以降の国法銀行の設立が可能となった 時以降今I I
までを怠味するが,ここでは1 9 1 3
年に銀行券発行権限が連邦準備制度に 移された時期までを指す)のn o n ‑ p a rbanking
のシステムが必ずしもうまく機能し なかったことが,中央銀行を設立する必要の認識へと繋がったはずである。その観 点からすれば時代認識は逆行しつつあるようにも兄受けられるが,技術の発展がた とえば,インターネットを媒介とした直接民kt義の可能性を間くのに似て,かつ てのn o n ‑ p a rbanking
が上首尾に機能する可能性が将米的にあるかもしれない。2 4 )
これは,プリンシパル・エージェンシー問題( p r i n c i p a l ‑ a g e n c yp r o b l e m )
の一 事例でもある。ただし,機関投資家を対象に,つまリ専門的金融機関で情報収集能 }Jなり解析能力が備わっている投資家に対しては,たとえば,t f
付債権を組み込ん だ投資信託も1寸能ではあろう。なお,わが1.fj信託銀行の貸付信託の場合には,事実 士.確定利息となっている。それは損失補填の特約付きであるからである。92 (1172) 第 42 巻 第 6 号
い者順の引き出し
( s e q u e n t i a ls e r v i c e c o n t r a c t = s . s . c . )
」であり,確定 債務の価値は資産価値の増滅から影響を被る。これが取付の制度的背景で もある。他方,MMF
の場合においては,持ち分の価値はすべて同一であり( s . s . c
は適用されない),その価値は基本的に,公開された情報と市場価 値で規定されるところの資産ポートフォリオの現在価値に比例して変動す ることが事前に了解されている(貯蓄者にこの点を実際に了解させること ができるか否かは,別の問題)。したがって,預金におけると同様の論理で 取付が発生することはたしかに考えられない。ただし,MMF
は市場性危険 資産の間接的な所有であって,市場性資産の価値の低下は当該資産の売り 逃げを促進し,価値の低下をさらに押し進める。MFB
の窓口では,MMF
の雪崩を打った解約ないし引き出しが発生し得る。もちろん,短期金融資 産市場は非常に流動性が品く,特定資産の市場価値が一方的に下藩する可 能性はかなり低い。しかし,問題は市場価値滅少のリスクの存在であり,MMF
はそのリスクの程度が低いということに過ぎない。かくしてMMF
あるいはMFB
は,それらが支払い決済手段として現在大きな比重を占め ていないが故に須金保険制度の対象とされていないばかりではなく,本質 的にリスクのある金融商品であるが故に保険対象から外されるべき性質の ものであると言うべきであろう。すなわち,「MFB
は,安全でしたがって 預金保険も不要となる」というのではなく,それは価値が変動するもので あるが故に預金保険の対象とするべきではなく,また安全な決済手段を提 供するナローバンクとしての機能も十分ではないと考えるべきであろう。それ故,ここでは投資信託銀行はナローバンク論の範疇からは排除してと らえることにする。これは
MFB
が現実に存在しえないということを言っ ているのではもちろんなく, リスクとリターンのトレイドオフ関係の中で 安全なナローバンク預金か,あるいは多少とも安全で多少とも収益性の高 いMFB
発行のMMF
かの選択が,市場に委ねられるべき性質のものであ ることを意味している。さて,以上見てきたナローバンク論の趣旨については,われわれも同意
ナローバンク論と郵便貯金制度(岩佐) (1173) 93 できる。すなわち,ナローバンク論の主張に沿い,資産管理運用サービス
( f i n a n c i a l s e r v i c e s company, FSC)
を提供する場合と決済サービスを提 供する場合( m o n e t a r ys e r v i c e s company, MSC)
とに峻別し,原則的に 後者の資金調達手段に対してのみ「預金保険制度」のカバーをつけるのが 適切であるとのナローバンク論一般の考え方は適切である。しかし,すで に示唆したところから判断して,われわれは民間金融機関がナローバンク 化することを必ずしも適切とは考えない。わが国の郵便貯金に対応する公 的な金融機関が存在しない合衆国なればこそ,ナローバンク論がそれなり に現実味を帯ぴて論じられたものと考える。実際,民間機関がナローバン ク化しても民間機関に本米期待される機能は必ずしも十分に発揮され得な いことはすでに示唆した通りである。特に,信用創造による弾力的なニュ ーマネーの供給はこのプランによって不可能になってしまう。また,仮に 決済機能をのみ提供する機関を設立しても,少なくとも民間企業である限 りは倒産の確率が存在するし, したがって預金保険制度に期待されるとこ ろが少なくない。倒産確率をゼロもしくは極小化するためには,これまで のわが国の銀行行政の如く政府による支持的規制なり保護が不可欠となっ てこよう。であれば,民間資本によって安全なナローバンクを作り出すこ とは本来的に論理矛盾に陥ることになると言わざるを得ない。ナローバン クが何ほどか公的機関の色彩を有さざるを得ないのであれば,わが国に存 在する公営の郵便貯金制度を活用するにしくはない。現に存在する郵便貯 金制度を単なる財投制度の資金吸収機関としてあらしめるのではなく,ナ ローバンクとして独立させ,資産調達と運用の整合化を図ることがより適 切である。民間銀行制度に荒療治を施し窮屈な銀行制度を構築するよりも,既存の国民資産たる郵貯制度を活用するという観点があってもよいと思わ れる25)。現在,合衆国には郵便貯金制度が存在しない。このことがナローバ ンク論をして,何ほどか現実性を帯ぴた改革案たらしめた理由の一つであ 25)政策構想フォーラム [1996]は,郵貯も民営化し,決済性の部分と貯蓄性の部分
を分けて,前者はナローバンクにするべきであると提案している。
94 (1174) 第 42 巻 第 6 号
ることは,これまた否定できまい。興味深いことに,ナローバンク論の歴 史的な系譜を遡れば,実はこの郵便貯金制度の創設論議へと行き着くこと が理解される。次に,合衆国でのナローバンク論の淵源をさぐってみよう。
そうすることで,郵貯をナローバンクとして捉えようとする本稿の提案の 説得力はより高められるものと思われる。
第 3
節 ナローバンク論の淵源と系譜近年のナローパンク論は,
8 0
年代の金融システム不安定化(これには不 法な取引や種々のスキャンダルも伴っていた)と預金保険機関の一つ( F e ‑ d e r a l S a v i n g s and Loan I n s u r a n c e C o r p o r a t i o n )
の基金の枯渇,およぴそのことの結果としての膨大な社会的コストの発生(換算額で
1 5
兆円とも 言われる多額の税金の投入)という事実を背景としている。それはすでに 見たごとく,ライタンのナローバンク論に始まり, ピアスその他による多 様な類似の議論へと発展している。議論の発展過程において,ナローバン ク論は理想的にすぎる内容から現実的な内容のものへと次第に変化してき たが,そのことに即応して,提案される「ナローバンク」の性格も,安全 性は高いが窮屈な銀行の制度から,少なくないリスクを抱えた銀行の制度 へと変化してきている。「ナローバンク論」によっては,現行の銀行制度と 内容があまり大きく変わらない制度を提唱しているものもある26)。とまれ,26) 1997年現在合衆国で審議されている金融制度改革案でも,預金保険の対象となる 銀行とその対象外となり広範な業務に従事する「ホールセール金融機関
( W h o l e s a l e
F i n a n c i a l I n s t i t u t i o n s )
」との二分法が採用されている。この点で,ナローパンク論 の基本的な枠組みと近似している。一方で金融システムの安定性を担保し,他方で 金融システムの効率化を格段に向上させる方途を考えるとすれば,自ずとこのよう な二分法に落ち着かざるを得ないものと思われる(合衆国の金融制度改革の流れに ついては,全銀協『金融』1996年7月号, 1997年8月, 9月号等参照)。ただし,こ の制度改正案において預金保険の対象となる銀行は現行の制度のもとにおける銀行 であって,それは必ずしも安全性の高いナローパンクとは言い難い。ナローパンク論と郵便貯金制度(岩佐)
( 1 1 7 5 ) 9 5 8 0
年代の金融システム不安定化に対応して,安全装置としてのナローバン ク論が提唱されたのは,ある意味で当然のことと理解し得る。ところが,ナローバンク論の源流が実は
3 0
年代の「1 0 0
%マネー(あるい は1 0 0
%準備銀行論)」の説に遡るという解釈は,今ではあまねく知られて いるところである。すなわち,それはナローバンク論の最も原初的な形態 として前節ですでに言及したところである。たしかに,3 0
年代は世界大恐 慌の中で銀行の大量倒産と金融システムの不安定化が顕在化し,これへの 対処策としてシカゴ大学の研究者を中心にそれは主張された。しかし,預 金保険制度が発足( 1 9 3 3
年)するに及んで,1 0 0
%マネー論は金融システム 安定化策という観点から後退し,マネーサプライのコントローラビリティ 確保の策として重視されることになった。金融システムの安定性は預金保 険制度によって確保され得ると考えられるようになったからである。とこ ろが,8 0
年代の金融システム不安定化の中で預金保険制度自体が頼りない 存在であり,また預金保険制度のあり方次第ではかえって金融システム不 安定化を増強してしまう可能性(たとえば,固定預金保険料率のもとでは モラルハザードが生じがちであり,被保険銀行に対して過度のリスクテイ キング行動への誘因を与えてしまうなど)が注目されるようになった。金 融システム安定化装置としてのナローバンク論が8 0
年代末から9 0
年代当初 にかけて蘇った理由は,ここにあると理解することができる。本稿では, しかしながら,ナローバンク論の源流は
3 0
年代よりもさらに 時代を遡ると考えることが適切ではないかという解釈を示したい。すなわ ち,低所得者や零細貯蓄者を対象に貯蓄思想を涵養し,安全で便宜的な貯 蓄手段を提供するための郵便貯金制度の創設をめぐる議論がそれである。O'Hara=Easley ( 1 9 7 9 )
およびJessup=Bochnak( 1 9 9 2 )
によれば,合衆 国でも欧州諸国の先例を踏まえて1 8 7 0
年前後から安全な貯蓄便宜を創設す る議論はなされてきた27)。しかし,本格的な論議は1 9 0 7
年の銀行取付騒ぎ 27)初期の郵便貯金制度創設は, 1861年のイギリスを嘴矢として,その後ニュージ一 ランド,ベルギー,そして1875年の日本と続き,欧州大陸諸国でもこの制度は広が96 (1176) 第
4 2
巻 第6
号( b a n k p a n i c )
(ならぴに金融界のスキャンダル)が契機になったとされ る。このおりの銀行パニックが直接の契機となって創設されたものとして は,1 9 1 3
年の連邦準備銀行制度があることは周知の事実であるが,1 9 1 1
年 創業の郵便貯金制度( P o s t a lS a v i n g s System
,以下PSS)
もまたそうであ ったことはあまり知られていない。当時は,そのおりの金融革新( f i n a n c i a l i n n o v a t i o n )
の代表的存在として信託会社( t r u s tcompany)
が急速に発展していた。
1 9 0 7
年にニューヨーク市の大手信託会社に対する取付騒ぎが発 生したのは28),ニューヨークのクリアリングハウスのメンバーである商業 銀行の一つが当該信託会社の資金決済のための流動性資金を供給せず,こ れを直接のきっかけとしてこの会社に対する信用不安が発生したことによ る29)。他方で,銀行スキャンダルの続発から銀行に対する信頼感はすでに低った。なお,イギリスでは1969年に郵政省が廃止され,貯金制度は大蔵省の管轄下 に入り財政赤字ファイナンスのための資金調達を主業務としている。ニュージーラ ンドでは1987年以降株式会社化(政府完全所有)したポストバンクが, 1996年まで に市中売却されている。オランダでは, もともと国営の郵便貯金制度が1986年に民 営化され, 1991年には民間銀行NBMとの合併を, 1993年には保険会社とも合併し て,金融コングロマリットの一角を形成している。 ドイツでは1989年に電気通信,
郵便,郵便貯金の3事業分割公社化が実現し, 1995年に株式会社化されて,ポスト バンクの株式は間もなく市中売却される予定という。これらの動向の背漿や理由に ついては国別に子細に別途検討する必要があろう。
28)これを契機とする同年の銀行パニックについては,
Moen=Tallman
[1992]およ ぴR o b e r d s
[1995]が参考になる。29) 1997年11月半ば,わが国の四大総合証券会社の一つが自主廃業に追い込まれた。
これは