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『 古 事 記 』 の 研 究 ― 刀 剣 の 記 述 を 中 心 に

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博士学位申請論文

『 古 事 記 』 の 研 究 ― 刀 剣 の 記 述 を 中 心 に

首都大学東京大学院人文科学研究科文化関係論専攻日本文学教室学修番号13969101服部剣仁矢

50字× 24行× 193頁

原稿用紙579枚分

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目次

序…6

第一部天皇の地上支配と刀剣

第一章『古事記』における火神殺害―迦具土殺害と刀剣神の生成…20

一、はじめに二、迦具土殺害と建御雷の活躍三、世界創成のなかの迦具土殺害

四、雷と刀剣五、雷と伊耶那岐・王権

六、建御雷の後段での活躍と中間的性質七、おわりに

第二章「力競」の叙述とその意味―『古事記』国譲りにおける意義…43一、はじめに

二、先行研究三、「力競」の様式と範囲四、〈力競〉の様式の論理

五、『古事記』における〈力競〉六、おわりに

第三章大雀の佩刀と天皇の資格―『古事記』応神記の吉野国主等の歌…63

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一、はじめに二、大雀の佩刀をほめる歌の性質三、吉野国主と神武東征

四、熊野と吉野五、おわりに

第四章箭製造から見る軽太子と穴穂御子の対立―『古事記』の弓矢…75

一、はじめに二、二皇子の矢作り三、戦争と矢

四、軽太子譚の文脈五、おわりに―弓矢と刀剣

第二部地上の刀剣

第五章「大刀」出現譚としての『古事記』ヲロチ退治…93

一、はじめに二、先行研究三、『古事記』のヲロチ

四、ヲロチと「大刀」、「大刀」の献上

五、おわりに

第六章『古事記』における草那芸剣―剣の遍歴譚として読む試み…110

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一、はじめに二、先行研究

三、草那芸剣の出現と移動四、草那芸剣が授けられるとき五、女性の許にある剣

六、おわりに

第七章阿遅鉏高日子根神の位置づけ―『古事記』の刀剣の特質から…130一、はじめに二、系譜における阿遅鉏高日子根

三、阿遅鉏高日子根の「大御神」四、刀剣の神としての阿遅鉏高日子根

五、おわりに

第三部『古事記』の外の刀剣

第八章『日本書紀』における草薙剣―記紀のクサナギの剣…147一、はじめに二、『日本書紀』の草薙剣の展開

三、『日本書紀』の草薙剣四、天武紀と熱田社への剣の送置

五、記紀のクサナギの剣六、おわりに

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第九章枕詞〈剣大刀身に副ふ〉の論理―『万葉集』巻二・194~195番歌…162

一、はじめに

二、主体の整理三、「玉藻成す…嬬の命」と性別

四、刀剣枕詞の論理五、夜床が荒れる六、おわりに

第十章「鞘」が喚起するイメージ―『万葉集』巻七・1272番歌…180

一、はじめに

二、「剣後」の解釈三、「入野」と「鞘」

四、「鞘に入野」と当該歌五、当該歌における「鞘」のイメージ六、おわりに―当該万葉歌の「鞘」と『古事記』の刀剣

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凡例

西』(

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1『古事記』の刀剣伊耶那岐・伊耶那美の二神の性行為によって、国土や神々が生まれる。『古事記』の所謂国生みである。ここでは神名不詳の神も少なくないが、大きな流れとしては、まず島・国が生まれ、次に自然の神が生まれる。そし

て火の神が生まれたことで伊耶那美は陰部を焼き、病む。性交による生成は不可能となったが、病んだ伊耶那美の排泄物からは粘土や金属といった人の資源となる神が生まれる。病によって伊耶那美が死ぬと、伊耶那岐

は嘆き、火神を殺し、それによってまた神が生まれる。火神を切り殺した時に生まれた神は、甕速日神など激しい霊威を表す神々を含み、その中の一柱に建御雷神がいる。この建御雷は、後の国譲り及び神武東征で活躍する神であり、その描写から刀剣の神とされる。注意を引かれるのは、島・国、自然・資源といった一般的な神が生

まれる中に、刀剣という一武器の神の誕生が語られることである。「投げ棄つる御杖に成れる神のように、物に成る神は少なくないが、物、

そのものの神は建御雷の他は天鳥船神くらいで、ほとんど見られない。まして建御雷のようにまとまったかたちで誕生を語られる道具の神は存在しない。『古事記』では、世界が生成していく中で、刀剣という非常に個別的なものの神が、特異なかたちで誕生して

いる。これは言うまでもなく、後段の国譲りや神武東征という、『古事記』の天皇の地上支配に関わる話において建

御雷が重要な役割を担うためであろう。『古事記』の創生神話には人の誕生が語られていないことから、人間一般の世界の生成ではなく、神々とそこにつらなる天皇の世界の生成であると言われる。刀剣神の唐突な誕生も、天皇に関わる世界創生であることのひとつの表れといえる。天皇のための神話という側面が、刀剣に関わっ

て表れている。そしてこの刀剣神は、天孫降臨の際には、難航する国譲りの交渉を成功させ、地上(葦原中国)の主である大

国主に葦原中国を献上させ、天照の御子(天皇の祖神)の降臨を可能にする。また初代天皇となる伊波礼毘古(神武天皇)が、日向から東征して倭に向かう際には、熊野で倒れた伊波礼毘古を救うため、建御雷の刀剣が要請さ

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れる。いずれの場面も天神側からすれば危機的な状況であり、建御雷が存在しなければ、天皇による地上支配は成立しなかったといえる。

国譲りと神武東征は様々な面で関連しており、論によって捉え方に差異はあるものの、基本的に天皇の誕生に至る連続性を持った話として理解されている。このような話の中で、刀剣神・建御雷は重要な役割を担うのである。

さらに、中巻末尾の応神記において、大雀命を吉野国主等が賛美する場面では、神武東征との関連が指摘されている。その賛美は、大雀の佩刀をほめる歌であった。大雀は下巻最初の天皇(仁徳天皇)であり、吉野国主等

の賛美が、次期天皇としての資格を付与していると言われている。『古事記』の刀剣は、国生み・神生みの世界創生から、初代天皇即位に到る天孫降臨、神武東征に関わり、さらには下巻の始発の天皇の誕生にも関わる可能性を持つ。天皇の来歴を語ることを軸とする『古事記』において、

刀剣はひとつの重要な要素なのではないか。しかしこれまでの『古事記』の研究においては、刀剣の要素はさほど注目されてこなかった。国譲りや神武東

征は『古事記』の重要な物語として様々に分析されてきたが、建御雷が刀剣神であることは注意されてきたとは言えず、せいぜい武神として捉えられるにとどまっているように思う。特異な剣である草那芸剣に関する論攷は少なからず存在するが、その多くはある一つの話のまとまり(ヲロチ退治のような)における一要素として扱っ

ており、『古事記』の草那芸剣全体に渡るものではない本研究は、このような状況を踏まえ、『古事記』の重要な要素と推測される刀剣要素に着目することで、『古事

記』の新たな一面を捉えようと試みる研究である。

2研究方法・立場

『古事記』は様々な立場と方法で研究される書物であるため、本研究の立場と方法を述べておく。『古事記』は神話学や歴史研究、文化史研究の研究対象ともなる書物であるが、本研究は文学研究の立場をと

る。つまり、『古事記』の神の物語を取り出して世界の神話の中で位置づけたり、記述の分析を通して歴史的事実を探ったり、特定の要素を抽出して文化史を構成したりするのではなく、『古事記』をテキストに基づいて分

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析し、その語るところを明らかにすることを目指す立場に立つ。文学研究の方法としては、『古事記』の特質や文脈を重視する立場にあり、その点は、作品論の系列に属する ように見えるかもしれない。作品論は、主に西郷信綱によってさかんになり、神野志隆光によって先鋭化された。『古事記』の作品論は、『古事記』を完結した構造を持つひとつの作品として捉えることで、『古事記』の本質に迫ろうというものである。これは、それまでの研究が、横断的にテキストを解釈し、各テキストの文脈、

固有性を軽視することに対する批判に基づいている。作品論は、記紀と並び称され、横断的に読解されてきた『古事記』と『日本書紀』について、異なる世界観(構造)に基づくものであることを指摘し、個別に研究すべきこ

とを主張する。異伝を抱える『日本書紀』に比べ、基本的に異伝を排する『古事記』は先ほど触れた建御雷の展開に見るように、全体で高い統一性を持っている。そのため、西郷論のように作品として扱うことは一定の有効性を持ってい

た。また各テキストの持つ特質を捉えようとする研究方法は、研究の精密化をもたらしたと言える。しかし作品論が先鋭化するに至って、『古事記』という作品に閉塞し、その外側は一切考慮しない、という危

険性を抱えるようになる。『古事記』は古代において孤立して存在していたわけではないという一般論から言っても、テキストがその名の通り言語の織物である以上、常にテキストの外側のコンテキストと連絡を持っているという原則論から言っても、作品という枠組みに閉じてテキストの解釈を論じることには問題がある。

現在では、こういった様々な批判があり、各テキストの文脈や特質を重視する一方、個別テキストの外部を考慮した分析が求められている。本研究も同様の方法をとる。

その上で本研究は、『古事記』に記述される刀剣の要素に着目して、その働きや担う意味を見定めることで、テキストの語るところを追及しようとしている。作品論は『古事記』を一つの「作品」ととらえ、表に現れているものを重視する。神野志隆光の、書いてあることしか読むべきではない、という態度も、このような『古事記』

の作品論の姿勢に由来する。それに対し本研究は、刀剣の記述に着目することで、これまで表に現れてこなかった主題を明らかにしようとする。もちろんそれは、書かれていることから出発しなければならないが、書かれて

いるものの背景で働くものを捉えようとしている点、作品論とは方針が異なるといえる。表に現れた作品の構造を捉えようとするのではなく、刀剣に着目することで見えて来る構造や論理といったものを捉えようとしている。

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もちろん西郷信綱が『古事記研究』で神武東征の背後に働く大嘗祭の構造を指摘したように、書かれたものの背景にある論理を探るということを作品論が行っていないかというと、そうではない。ただ、作品論は姿勢と

して表に現れたものを追及するのであり、本研究は、そのように「作品」として統一的に『古事記』を見るだけでは見えてこない部分を、一端「作品」から離れ刀剣に着目することで見出そうとする点、作品論とは異なるのである。

ただこのように、テキスト中の個別の要素に着目することで、個別の箇所の解釈を更新するとともに、そのテキストの特質に迫ろうという研究は本研究以前にも存在する。しかし本研究は着目する要素に新味がある。

刀剣という要素はこれまで注目されていなかったが、『古事記』にとって重要な要素であることは既に述べた通り。そしてこれも既に触れた通り、刀剣は『古事記』の語る天皇の地上支配に深く関わっている可能性が高い。し

たがって、刀剣要素に着目した分析は、『古事記』の語る天皇の支配、いわゆる王権について考えることになるはずである。

『古事記』が王権のための書物であることは広く認められていることではあるが、一方で王権の視点に偏りがちな現在の『古事記』の読解に疑問を投げかける立場もある。確かに王権の論理ですべてが制御されているとは考え難く、こういった立場も重要である。ただ刀剣という題材の性質上、本研究では王権の論理を追うこと

が中心となる。そして王権の論理を追及することは、その限界を明らかにすることにも繋がると考えている。さて文学研究における本研究の立場は以上のようになるが、刀剣という要素に着目する以上、先行論の話は文

学研究だけではすまない。また、『古事記』の刀剣の特徴を考える上で、『古事記』以外、上代以外の刀剣についても多少触れておきたい。

3古代の刀剣『古事記』の研究においてはあまり重視されない刀剣だが、考古学や文化史学といった『古事記』を越えたと

ころでの人文研究では刀剣はひとつの研究対象であり、一定の関心を集めている。まず物質的な特徴の研究が挙げられる。考古学では日本刀が如何にして成立したのか、ということが古代刀に

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関するひとつの問題であるらしい。平安時代末期に登場した打刀(日本刀)は、鋼(炭素を含んだ鉄)を何度も折り返して延伸し、かつ硬軟二種類の鋼を合わせて柔軟性と強度を確保し、更に反りをつける事で切断力を 増し、焼き入れによって刃の強度を高める。これらの特徴のうち、反り以外の点に関しては古墳時代の時点で達成されていたという。古墳時代以前については、石製の刀剣(磨製石剣)が弥生時代早期(縄文晩期)までには存在し、銅製刀剣が

弥生時代中期、鉄製が弥生時代後期までには存在したという。どれも韓半島に類似品が存在することなどから、韓半島からまずはもたらされたと考えられている

したがって、刀剣は他の武器(弓矢・槍)に比して、新しくかつ渡来の武器であり、製造に専門的で高度な技術を必要としたと考えられる。つまり、古代の状況として、刀剣は他の武器とは区別され、新しくもたらされた特別なものとして捉えられていた可能性がある。八世紀に成立した『古事記』がどれほど以前の時代を負ってい

るかは論者によって説が異なるが、このような古代の状況から考えても、『古事記』で刀剣が他の武器に比して格別の地位にある可能性は十分あるといえる。

しかし『古事記』において刀剣は「千字文」などのように、韓半島から初めてもたらされたものとは語られていない。刀剣はいつの間にか存在している。ただ迦具土殺害やヲロチ退治において、刀剣(神)の出現は語られている。『古事記』において刀剣はどのようなところからもたらされるのか、ということはひとつ問題

である。考古学の成果としては、刀剣と儀礼の関係についての指摘もある。弥生時代の銅剣は元々実用であったが、用

途不明な関部双孔の出現や、実用に耐えない大型化などから、弥生時代中期を通して祭祀用具として発展したという指摘がある。祭儀に用いられたとみられる武器は刀剣に限らないが、刀剣に何がしかの目に見えない働き、呪力とでも言うべきものが見いだされていた可能性が高い。

古墳時代の記銘の刀剣はその呪力について触れている。江田船山古墳出土の鉄刀には「服此刀者長□子孫注々得三恩也不失其所統

とある。刀剣の目に見えない働きが主張されている。その具体的な内容については、象嵌の翻刻や訓読に諸説あるが、大意は、子孫の繁栄と支配の安定の保証にあるとみられる。また、大陸伝来の刀剣とされる東大

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寺山古墳の鉄刀銘には「上応星宿下辟不祥」という銘がある。これも所持者に安寧をもたらすものとみられている。これらの銘について、早くに末永雅雄が「どちらもこの大刀が佩用者に寿福を与えることとなるという吉 祥句は鏡と共通し、漢代以来の鏡・大刀が時代思想を示すものといえよう」として、鏡の銘文との共通点を指摘するとともに、刀剣の呪力とそれが大陸に広がりを持つことを指摘している。このような守護の呪力は「辟邪」とも言われ、近年の刀剣文化の研究でも指摘される特徴である

『古事記』でも、神武東征で建御雷の刀剣を得た天神御子とその軍勢が失神から回復し、荒神が自ら切り伏せられるという記述があり、また天孫降臨や倭建東征の際に草那芸剣が授けられるという記述が見られ、所持者を

守護する呪力を見出すこともできる。ただ『古事記』の場合、誰でも刀剣の呪力を発揮できるわけではなく、天神とその血をひく皇族に限られる。神武東征では建御雷の刀剣は高倉下という土地の者がもたらすが、荒神の切伏せは天神御子が手にして初めて起

こる。また、なぜこれらの場面で特別な刀剣が要請されるのか、という文脈の問題もある。「寿福」や「辟邪」というだけでは、これら個別の文脈での刀剣のありようは説明しきれない。

これらの刀剣はいずれも高天原に由来を持つ者が地上の荒ぶる神の居る領域に赴く際に授けられており、本研究では、地上の荒ぶる神との接触を媒介しつつ制圧するものとしてとらえた。江田船山出土の刀剣銘は、個人の幸福だけでなく、家や支配といった政治・権力の領域との関わりも窺われる。

また、稲荷山古墳鉄剣の銘には「今獲加多支鹵大王寺在斯鬼宮時吾左治天下令作此百錬利刀

」とあり、時の大王との関係の中で刀

剣が作られていることが分かる。また単に刀剣と権力が関わるということについては、古墳への刀剣の大量副葬などから、早く指摘がある。権力と関わる刀剣というと、有名なところでは三種の神器がある。皇位のしるしとしての刀剣である。しかし、、、

既に言われているように、『古事記』には草那芸剣を含めてそういった皇位の象徴としての刀剣は存在しない。『日本書紀』には宣化天皇と持統天皇が臣下から「剣・鏡」を奏上されて天皇に即位するという記事が見えるが、

他の天皇紀には見えず、特異なことと考えられる。『古語拾遺』になると、草薙剣を「天璽」としており、皇位に関わるレガリアとみている。そして平安期においては皇位の象徴としての刀剣が定着しており、さらにそれに

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準ずる大刀と契(大刀契)が存在したという。また、益田勝実は『源氏物語』の桐壺巻を論じる際に、『長秋記』などの記述を根拠に、摂関期の天皇が清涼殿の宝剣と必ず寝所を共にしなければならなかったことを指摘してい る。この剣について益田は天皇が「自分を神聖化しているシンボルから離れることができない」と捉えている 。また古い論文ではあるが、倉野憲司は、古代日本の刀剣が「呪物」であったことを説く中で、『平家物語』

「剣巻」の逸話や北欧神話等の「宝剣説話」を広く比較しながら、特定の刀剣を得ると戦いに勝ち人心を得て覇権を得るが、失うと破滅するという極端な禍福をもたらす刀剣の類型を示している。そして、「霊力ある剣」

が「暗黒的方面」と「光明的方面」の二面性を持つことを指摘し、『播磨国風土記』讃容郡中川里の一家を滅ぼす刀剣の話をその一例とする。翻って『古事記』を見ると、国譲りや神武東征といった天皇の支配権確立には建御雷というかたちで刀剣が関

わっており、応神記には、大雀命(後の仁徳天皇)の佩刀を称賛する歌が大雀に次期天皇としての資格を付与するという指摘もある。確かに権力に関わる刀剣の例は『古事記』にも見られるが、そのあり方はレガリア

としての刀剣とは異なる。『日本書紀』の「天璽」の「剣・鏡」(持統紀)や、平安期の宮中の宝剣のように、朝廷内部に安置され、王権を守護する刀剣ではない。上巻の国譲りの場面では、建御雷は伊耶那岐の佩刀であった伊都之尾羽張と親子となって「他神」の至りつけ

ない「天石屋」に籠っている。高天原の他の天神からは離れたところに存在する神として描かれているのである。また、草那芸剣にしても、ヲロチという地上の怪物から取り出され、いったん天照の許にあるものの、最終的に

は東国との境である尾張国造家の許に定位される。『古事記』の刀剣は、内部に組み込まれて王権を支えるというより、むしろ王権の外縁に位置づけられているのではないか。以上、先行研究を踏まえながら、『古事記』の前後の時代を含めて古代の刀剣のありようを見てきたが、その

上で言えることをまとめておく。古代の刀剣は、中国大陸・韓半島伝来の高度な武器であるとともに、時に目に見えぬ呪力を持ち、政治・宗教

といった社会の広い分野にかかわる重要な存在といえる。この点は、既に前掲酒井論が主張するところである。

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したがって、古代社会において重要な意味を持っていたとされる刀剣を、『古事記』のテキスト理解において着目することは、一定の有効性を持つと推測される。

しかし一方で、古代の刀剣に指摘されている特質と、『古事記』の刀剣のありようは同じではない。これまで指摘されてきた古代の刀剣のありようを踏まえた上で『古事記』独自の刀剣のありようを捉えていく必要がある。その際には、『古事記』の刀剣のありようだけでなく、そのありようが語られる文脈も重要になってくる。研

究方法の箇所で既に触れたように、右に挙げたような、個別のテキストを越えたところにある刀剣の文化を捉えようとする研究においては、刀剣が記述される個別の文脈は重視されない。個別性を越えたところにある古代の

刀剣を捉えようとしているためである。しかし本研究は『古事記』の研究として刀剣について考察する。そのため、刀剣が『古事記』のどのようなところで語られているかというのも、重要な問題である。その点について具体例を挙げて触れておきたい。

刀剣神・建御雷は、火神・迦具土を伊耶那岐が十拳剣で斬り殺す中で生まれる。ここには火や雷や水の要素が見え、古くから神話学を中心に議論のあるところである。酒井利信はこの点につき、雷・火・蛇を古い信仰

とし、それが新しい武器である刀剣と結びつく神話であるとする。そしてそれは、古代中国の刀剣に見られる、陰陽の和合によって生成するという観念、二項対立の融合の観念の日本的展開であると述べる。古代中国の刀剣の話を基に、刀剣には対立するものを融合させる性質があるという主張は興味深い。しかし酒

井論は、『古事記』の一部である迦具土殺害を一つの独立した神話のように取り出して論じている点、問題がある。迦具土殺害はいわゆる国生み・神生みの末尾に位置しており、世界とその秩序を構成する神々が生成する中

で、唐突に刀剣関係の神が誕生する箇所である。これは他の道具や武器には見られないもので、世界生成を語る中に、刀剣の神の誕生が位置づけられている点が問題である。また後の展開を見ると、ここで生まれた刀剣神・建御雷は、後の国譲り神話・神武東征譚で重要な働きをする。何度も言及しているように天孫(天皇)の地上支

配確立の話であって、『古事記』の語る権力と刀剣が密接に絡んだ話である。この点もやはり考慮したうえで、迦具土殺害の様相を考える必要がある。そこには天皇のための世界生成という側面が表れているとともに、後の

国譲り交渉を可能にする、刀剣の危ういありようが見てとれる。また、人類学の中沢新一は、須佐之男のヲロチ退治における「大刀」の獲得について、「自然権力」の獲得の

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話として解釈する。中沢論は、王権誕生のプロセスを探る論であり、独自の概念が多くて難解だが要約すると以下のようになる。中沢は、非国家的世界の神話や習俗から、人間の存在を自由に扱う「人食い」としての「権 力」は、元々「社会外」の「自然」の中に存在していたと説く。それを「自然権力」と呼び、その「権力」が社会の内部に持ち込まれることで人々を超越的に支配する王権が誕生するとする。その中で、ヲロチ退治譚を、「自然権力」を「自然」から獲得する神話と読むのである。その際、北東アジアの神話から、刀剣は人間と自然

の、互いに何かを交換し合う対等な関係(「対称性」)を破るものであるとし、一方的に相手から奪う「自然権力」を体現するものと捉える。

これもまた示唆的な論であり、人と自然の対等で相互的な関係(中沢論では「対称性」と呼ばれるもの)が、刀剣の出現によって崩れてしまう例のあることは注意される。しかし一方で中沢論は王権誕生のプロセスを解明することが目的であり、『古事記』の問題として文脈を考えたとき、問題も多い。『古事記』のヲロチ退治ではヲ

ロチの身体から取り出された「大刀」(草那芸剣)は須佐之男から天照に奏上され、邇々芸、伊勢の倭比売、倭建、尾張国造の祖・美夜受比売と所持者が変わり、尾張国に落ち着く。このような展開を見せる『古事記』の草

那芸剣を、単に王権の象徴とは言うことはできない。倉野論が指摘したような、持つ者が支配者となる刀剣とは異なる。酒井論も中沢論も『古事記』の何かを明らかにしようという研究ではないのだから、『古事記』の文脈を重視

しないことは批判に当たらない。ただ本研究の立場としては、この二者のような論は示唆されるところもあるが、『古事記』の記述に即したかたちで、捉え直す必要があるということである。

4構成本研究の構成と内容は次の通り。内容の詳細な紹介は控え、博士論文全体の連関を述べる。

第一部天皇の地上支配と刀剣

第一章『古事記』における火神殺害―迦具土殺害と刀剣神の生成第二章「力競」の叙述とその意味―『古事記』国譲りにおける意義

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第三章大雀の佩刀と天皇の資格―『古事記』応神記の吉野国主等の歌第四章箭製造から見る軽太子と穴穂御子の対立―『古事記』の弓矢

第二部地上の刀剣第五章「大刀」出現譚としての『古事記』ヲロチ退治第六章『古事記』における草那芸剣―剣の遍歴譚として読む試み

第七章阿遅鉏高日子根神の位置づけ―『古事記』の刀剣の特質から第三部『古事記』の外の刀剣

第八章『日本書紀』における草薙剣―記紀のクサナギの剣第九章枕詞〈剣大刀身に副ふ〉の論理―『万葉集』巻二・194~195番歌第十章「鞘」が喚起するイメージ―『万葉集』巻七・1272番歌

「第一部天皇の地上支配と刀剣」は、建御雷を軸として、天神の地上支配確立に関わる刀剣の話を集めた。

第一章では火神・迦具土殺害に伴う刀剣神・建御雷の誕生と後段の国譲りとの関係を論じ、第二章では国譲りにおける建御雷の個別の交渉である「力競」に着目することで、国譲り全体と刀剣の働きについて考察した。第三章は先行論で神武東征との関連が指摘され、大雀に天皇の資格を付与するとされている応神記の大雀の佩刀讃美

の歌について、何故それが佩刀讃美なのかという点から考察し、神武東征における建御雷の刀剣との関連を述べ、天皇の資格の問題につなげた。第四章は、前章で問題にした天皇としての資格の問題に関わる刀剣以外の武器の

例である。同じ天皇としての資質を語る際、弓矢と刀剣とでどう変わるかを分析した。「第二部地上の刀剣」は、第一部が高天原に属し、高天原の天神に使役される刀剣神を扱い、王権に近しい刀剣から『古事記』を見たが、第二部では地上のヲロチという天神にとって異質な存在から取り出された草那芸

剣を軸に、地上世界に根拠を持つ刀剣について考察した。第五章ではヲロチ退治譚でヲロチ退治を通して「大刀」を獲得することの意味を、第六章では獲得された草那芸剣が『古事記』の小さな物語を越えて遍歴していく様を

捉えた。第七章は刀剣神とも言われる国神・阿遅鉏高日子根について考察した。いずれも高天原からは異質な世界とされる地上(葦原中国)に根拠を持つ刀剣である。しかし第一部と第二部の結論としては、高天原と一見親

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和しているように見える建御雷も、高天原の天神にとっては異質性をはらむことを述べる。「第三部『古事記』の外の刀剣」では、『古事記』での刀剣の働きに着目したテキスト解釈を踏まえ、『古事

記』以外のテキストを刀剣の記述を中心に分析する。比較を通して『古事記』の分析を特徴づけると共に、刀剣の記述に着目したテキストの分析が『古事記』以外でも有効かどうかを試みた。刀剣の諸研究が述べるように、社会において刀剣が重要な意味を持っていたならば、『古事記』以外のテキストにおいても、刀剣の意味や働き

を考えることは解釈する上で一定の有効性を持つ可能性がある。第八章は『日本書紀』において、『古事記』と同じクサナギの名を持つ刀剣の展開を追う。第六章の写しといってもいい。クサナギの剣を巡る記紀の比較と、

そのような二つのクサナギ譚が並び立つ状況についての考察である。第九章、第十章は『万葉集』における刀剣を用いた表現に冠する論を並べた。現代的感覚では刀剣と恋歌は一見そぐわないようにも思うが、『万葉集』には相聞歌に関わる刀剣を用いた表現が少なからずある。この二章ではひとつの歌の解釈を刀剣表現に着目するか

たちで行った。権力や征服とは直接関わらないテキストにおける刀剣の働きを見る。第一部と第二部で見出したものを、第三部で別の視点から相対化する、という構造になっている。

6結語全体としては『古事記』において刀剣の記述が重要な要素となっていると仮定し、刀剣の担う役割や意味に注

目してテキストの捉え直しを試みた論であり、具体的には『古事記』における天皇の地上支配の様相の新しい一面を明らかにすることを目指した。そして全十章を通して、山河の荒ぶる神や荒ぶる国神を含む、高天原の天神

にとって異質な地上世界(葦原中国)と接触し、征服し、支配するためには、地上と同様の異質性を内包した刀剣の働きが不可欠であったということを述べている。そしてそれは、天皇という超越的な支配者が、超越的であるが故に地上との接触困難性を抱えるということを明らかにすることでもある。ここには、高天原という地上と

は別の領域を語り、その領域からの視点で天皇の支配を語ろうとするとする『古事記』が抱えた、天皇の問題の一端が現れている。地上と天皇のディスコミュニケーション、異質性に関する指摘はこれまでにもあったが、刀

剣の記述を通しても、その点が確かめられるのである

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参照

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〔付記〕

被保険者証等の記号及び番号を記載すること。 なお、記号と番号の間にスペース「・」又は「-」を挿入すること。

2014 年度に策定した「関西学院大学

長期入院されている方など、病院という枠組みにいること自体が適切な治療とはいえないと思う。福祉サービスが整備されていれば